パラメータ合計10のファンタジー ☆ (もしも生まれ変わったら……)  閉じてゆくまぶた。  失われていく平衡感覚。 (……生まれ変わったら……)  魔法使いが生み出した雷撃の槍でトドメを刺されるその間際に。  エヴォは来世に想いを馳せる。 (……精神攻撃耐性を強化したい)  それは断末魔の願いだった。  惑乱の魔法でパニックになり、それに乗じて殺されたエヴォの。 ☆ ――きみがいてくれたうれしさ ――きみが笑いかけてくれた幸せ ――この孤独で愚かでみじめなぼくを ――きみが救ってくれたから ――きみが何を望もうとも ――ぼくはすべてを叶えよう ――ぼくの脳から爪の先に至るまで ――すべてはきみのためにある ☆  目を空けると、だだっ広い空が広がっていた。  エヴォは草原で目を覚ました。 「ああ……」  あたたかい風が体を撫でる。  草の絨毯が揺れていた。 「またくたばったんだっけか」  自分の手を、じっと見る。  彼が起床時にはいつもこうする。  そうやって内面を見つめ、記憶を整理する。 「思い出した。いきなり視界がネガポジ反転して、取り乱してる間にやられちまったんだ」  敵の魔法使いにかけられた惑乱の魔法を思い出す。  エヴォは精神攻撃に対する耐性が皆無だったので、それを全く防げなかったのだ。  結果、攻撃も防御もできなくなり、無防備になって殺された。 「それで……意志を1にしたんだった」  エヴォは勇者である。  勇者は魔王を探し出して殺すために、危険な草原を徘徊する存在だ。  そして勇者は殺されても、草原のホームポイントにに戻されて復活することができる。  さらに勇者は自分の性能を合計が10点と定められているパラメータとして自覚している。  パラメータは復活のたびに振りなおすことも出来た。  たとえば今回のエヴォは、パラメータをこのように振りなおした。 ============================== エヴォ・トライデント ============================== 武力  :5 剣技  :2 探知  :1 未来予測:1 意志  :1 ==============================  エヴォはこれまでは意志には1点も振ったことがなかった。  しかし前回の戦いで、精神を乱す魔法の効果をまともに受けることはほぼ死んだも同然であることを学習し、「意志」を強化したのだ。 「あら、エヴォ? また死んだの? ずいぶん変わり果てたわね」  エヴォ考えごとをしてると、聞きなれた声がした。  振り返ると、バンダナを巻いた少女が歩いてきていた。 「ディディ」                           ドレス 「珍しい、今回は男の子なのね、エヴォ。残念だな。前の容姿、すごく可愛かったのに」 「ああ。どうもパラメータを特化集中型にすると、男になりやすい傾向があるみたいだな。  前は体力3と破壊力3だったけど、今回は意志1増やしたから、武力5にしたんだ」  「武力」というパラメータは、「体力」「攻撃力」「素早さ」という3つのパラメータを兼ね備えた上位互換のパラメータである。  割り振り得るパラメータは上記ですべてではなく他にも多数あり、全部で100個存在する。  なおかつそれぞれのパラメータは等価ではなく、明らかにこっちの方がいい、という不平等があったりする。  「破壊力」は「攻撃力」の2倍の攻撃力を備える上に敵の装備や剣、施設を破壊する力もある。  この優れたパラメータは、エヴォのお気に入りだった。  しかし今回、意志に振る分、他のパラメータを減らさなければならなかった。  体力も攻撃力も3はないと戦闘力に不安があったので、兼用の武力でカバーしたのだ。  ちなみに、「意志」も精神系の「精神」や「無痛」に対する上位互換パラメータである。  精神的な攻撃力と防御力の両方を兼ね備えている。 「男になるのはバランス悪い証ってことじゃないの?」 「そういうお前のバランスはどうなんだよ」  ディディもまた勇者である。  エヴォは第五感のひとつであるパラメータ感で彼女を見つめる。  彼女のパラメータはこのようになっていた。 ============================== ディディ・フィフィ ============================== 体力  :1 魅力  :3 思いやり:3 歌声  :2 少女  :1 ============================== 「エッチ」 「うるせえな。お前やる気がねえのか?」  やる気がないのか、というのは、魔王を殺す気が無いのか? という意味だ。  勇者は実は何千人もいる。  そして彼ら彼女らは、この草原のどこかにいる、魔王を探し出して殺すために存在する。  そのためにすべてを惜しんで努力する。  勇者には食欲や性欲よりも切実な、魔王殺害欲とでも言うべき根源欲求が設定されているからだ。  どうしてそのようなことになってるか、考える者はほとんどいない。  ただただ、魔王を殺すために努力するだけだ。  魔王妥当のために勇者が前準備として出来ることは、主に以下の3つである。  ・戦闘を繰り返して「より強いパラメータの組み合わせ」を追求する。  ・他の勇者と情報交換する。  ・魔王を探して草原を徘徊する。  ディディのパラメータは、そのどれを行うにも不適切なようにエヴォには見えた。 「まあ強いて言うなら、情報交換のためのコミュニケーション能力に特化してるのか?  でもここまでしなくてもいいだろ。つうかなんで『少女』とかあるんだよ」 「だってこれがあれば確実に女の子になれるし! それにかわいくないとヤじゃない」 「バカじゃないのか。これじゃ魔王を殺せないにも程がある」 「『歌声』で他の勇者の応援もできるよ?」 「うるさいだけだ!」  「歌声」が他者に対する支援効果がある、という話は一度も聞いたことがない。  つまりほぼ確実に死にパラメータ同然だということだ。 ☆  だがディディこそが、他のすべての勇者が血眼になって探していた魔王だった。  魔王と言っても、彼女も勇者と同じくパラメータ合計10の範囲でしか自分を変えられない。  ただし勇者と違い、死ななくてもパラメータを振りなおすことが出来た。  そして勇者の魔王殺害欲と対になるように、通常の人間以上の生存欲があった。  魔王はパラメータ割り振りの仕様全てを知っている。  その膨大な可能性のプールの中で魔王が最強解として目をつけたのは……洗脳だった。  か弱い少女を演出し、相手を思いやって被理解の欲求を満たしてやり、洗練された容姿と仕草で魅了する。  そして、歌う。  大声で歌って、ディディに対する泣きたくなるような素朴な思慕を、大勢の勇者たちに刷り込んでいく。 ――きみがいてくれたうれしさ ――きみが笑いかけてくれた幸せ ――この孤独で愚かでみじめなぼくを ――きみが救ってくれたから ――きみが何を望もうとも ――ぼくはすべてを叶えよう ――ぼくの脳から爪の先に至るまで ――すべてはきみのためにある  今やすべての勇者が彼女の傀儡だった。  無数のさまざまなパラメータ合計10たちが、その性能を以って彼女の手足になろうとしていた。 「そういうことかよ馬鹿野郎」  ……一人を除いて。 ☆  『意志』は洗脳を退けた。  それどころかより強固に魔王殺害欲求を彼に自覚させた。  彼は狂喜した。  味方がいなくなってしまったが、競合相手もいなくなった。  魔王を殺せる可能性があるとしたら、もうエヴォしかいない。  エヴォはパラメータ10の制限下で、何千人もの勇者相手に互角の戦いを演じて見せた。  コツは彼のホームポイント近辺で戦うことだった。  死んでも蘇生できる。  そのたびに自由にパラメータを振りなおせる。  相性によってはどうにも勝てない相手も、これでいくらでも倒すことができた。  最後は逃げる魔王を、光り輝く聖剣の投擲で倒した。 Endia