---------------------------------------------------------------------- ●流血しても優しく笑おう ----------------------------------------------------------------------  彼女に告白したのは気の迷いだった。  気持ちが嘘だった訳ではない。杉村奏での美しさは内面から滲み出ているものだ。彼女の他人に対する気遣い は少し巧妙である。それとなく人を立てる。みんなの良さをみんなで共有する。「あの子は性格いいよね」なん て評価を独り占めするような真似は間違ってもしない。誰かを悪者にすることもない。場を居心地の良いものに したいのだろう。嫌味なく自然とやってのける。ささやかに優れている。  そんな彼女のことを好きになるのは、なんら不思議なことではなかった。その気持ちは自然と沸いた。黙って さえいれば悪くない恋だった。彼女の魅力に気づいている男子は僕だけではない。独り占めを考える方がどうか している。想うだけでいい。そのすばらしい人間性について考えるだけで、音楽を聴いてるみたいに気分良くな れる。見えるところにいてくれるだけで足りる。焦ることも苦しむこともない。  少し気持ち悪い言い方になるのを許して欲しい。「彼女はみんなのものだ」。この物言いに偽善や歪みを感じ たならあなたの感性はまともだ。独占欲の裏返しでそんなことを言う奴は多い。しかし僕のクラスはその解釈で 均衡が保たれていたし、何より杉村奏で自身がその役割に収まろうとしている節があった。彼女は平穏を望んで いるのだから理にも適っている。  告白はしない。そう決めていた。なぜなら仮に告白が成功したとしても、付き合うなんて選択肢は有り得ない からだ。他の男はどうか知らないが、僕は奪うことに魅力は感じない。羨望や嫉妬という針のむしろのような視 線の中で彼女と付き合えたとして、それが一体何になるというのだろう? 僕がもし自分の欲望を適えたらどれ だけのものが壊れてしまうか? それを考えれば杉村と付き合いたいなどとは思えなくなる。想いを伝える必要 すらない。現状を維持したい彼女に負荷を強いる結果にしかならないからだ。どちらにせよ意味は無い。意味の 無いことはしない。  遅くまで文化祭の準備をしていた日、下校中に彼女と二人になった。 「あー疲れた疲れた、こんなに疲れるってなかなかないよね」  杉村は思いっきり伸びをした。夕暮れの半端な光で彼女の表情は見えないけど、一仕事終えたという感じでい かにも気持ち良さそうだった。僕も同じだ。空気は美味しく感じられ、散発するカラスの声も耳障りよく聞こえ る。充実したときは幸福が内側から沸いてくる。 つづかない ----------------------------------------------------------------------