---------------------------------------------------------------------- ●流血しても優しく笑おう ----------------------------------------------------------------------  知ってる? 本当に頭がいい人は、精神力も強くなるんだよ。自分の心の仕組みを把握して、つらい気持ちを 脇にどかせられるからね。頑張りどころをわきまえてるから、大事なときに弱音を吐くのをやめることも出来る。 そして、平均寿命六十年の限りある人生の中で、大事じゃないときなんて一瞬だってないことも、ちゃんと心得 ている。  だからわたしのモットーは、どんなときだって笑い続けることだ。笑顔は、これ即ち心の余裕のことだからね。 他界したおじいちゃんが今際の際に笑ってたのはかっこよかったし、だからわたしも笑顔で見送った。人生なん のために生きたらいいんだ、って話があるけど、笑った者勝ちってことでいいでしょう、もう。 「ねえねえ、殴られて服破かれて無理矢理暴行されんのと、お互い合意の上でまったりエッチするの、どっちが いーい?」  注目、いまわたしの目の前にゲスが三人います。ゲスくんたちは、そりゃもう好色そうなゲス目でわたしたち の体を上から下まで嘗め回しています。いやー気持ち悪いですねー。 「ひっ!」  ナイフを太股に押し当てられて、恵那が小さな悲鳴を上げる。もともと小さめの体なのにぶるぶる震えて縮こ まっていて、完全に小動物みたいだった。  これまでのあらすじ。  わたしたち二人は、下校途中で川沿いの道を歩いていたところをいきなりゲスに後ろからクロロロロル?入り のハンカチを嗅がされて、ゲスが運転してきたゲスワゴンに詰まれて、このマンションの中と思しきゲスルーム に運ばれ、拉致なんてされてしまったのだ。もちろん今、あたしたちの手足はゲスガムテープでしっかり拘束さ れている。ちょっと試してみたけど、全然ビクともしない。  恵那の、弱っちくて可愛らしい反応に、ゲスくんたちはすっかり男としての本能を刺激されてしまったらしい。 「うおおお、まじ興奮してきた!」とか騒いでいる。あたしはニコニコしていた。 「おねがいです、帰してください。このことは誰にも言わないから、お願いだから助けてください!」  恵那は三人のゲスたちに向かって、必死に懇願していた。いやーそれは無理だよね。だってゲスだもん。わた したちみたいな可愛い子をひっ捕らえておいてタダで済ましてくれるなんてあり得ないし、わたしたちだって、 もしこのまま解放されたら間違いなく速攻で警察にチクりを入れるよね。どっちにしろ後で破滅するってんなら このクズたちは目先の快楽を手放すはずがないし、それに、ビデオにでも撮られて逆にこっちが脅されて口止め されるんじゃないかしら。ほら、パソコン机の上にビデオカメラが見えるよ。ネットデビュールートかこれは。 「本当に誰にも言わない? このまま帰したら、警察にも家族にも、絶対に言わないって約束できる?」  ベッドに腰掛けてる背の高い丸顔のゲスが、恵那を見てそんなことを訊いてきた。もちろん恵那はコクコクと 頷く。 「絶対に言いません! だから、お願い許して」 「言わないでくれるってさ。どっしよっか?」  丸顔のゲスが、ほかのゲスに訪ねた。パソコン机の椅子に座ってるトサカヘアのゲスが、腕を組んで悩むポー ズを取った。なんて茶番だ! ゲスたちには今たいへんな犯罪を犯しているという罪悪感も緊張感も見られず、 まるで晩飯のおかずでも相談するかのようにリラックスしている。そうとなれば、彼らは今友達同士でちょっと 危険な遊びをしてるだけなんだから、冗談も言うし茶番もかますわよね。  恵那の提案に答えたのは、彼女のそばにかがみこんでナイフを突きつけている坊主頭のゲスだった。 「じゃあさ、裸になってくれないかな」 「え?」 「いや『え』じゃなくて。このまま帰しちゃったらさあ、俺たちなんのためにわざわざきみらを拉致ったか分か らないじゃん? 分からないよね? 分かる?」  坊主頭はナイフをふりふり恵那に訪ねる。 「えーと、でも……」 「いや『でも』でもなくて。話もたつかせんなよ。刺されたいんですかあ?」  坊主頭にライトに恫喝されて、恵那は慌てて頷く。 「す、すいません! 分かります、分かりましたから!」 「でね、とりあえずは酷いことはしないであげるけど、せめてきみたちのキレーな体くらいは見ておきたいワケ。 だから今から脱がすから、抵抗しないでほしいの。OK?」 「……はい……」  恵那はもう抵抗する気力を失っているようだった。素直だと思う。 「ふーん。佐藤恵那ちゃんに……えーと、瀬戸内……腕? うで? うでちゃん?」  トサカヘアのゲスが、座っている椅子を左右に回しながら、手にした生徒手帳を見てわたしたちの名前を確認 していた。わたしたちの鞄は部屋の脇に置かれて、両方とも開いていた。勝手に中を調べて取り出したのだろう。 「ううん、それはカイナって読みまーす」  わたしが場違いに明るい声で答えたから、ゲスの三人ともが一斉にこちらを見てきた。わたしは、にっこりと 微笑み返してあげる。ゲスどもに拉致られても、わたしはニュートラル。 「カイナちゃん、こんにちはーっ」  丸顔のゲスが歩いてきて、座っていたわたしの胸元を蹴ってきた。わたしは為すすべもなく床に倒れる。男の 子の力って本当に強いんだ。わたしは縛られてなくても倒れていただろう。 「余裕かましてんね? そんなにおれたちに遊んでもらえるのが嬉しい?」 「そんなワケないじゃん! あんたたちみたいな社会の底辺を歩いてそうなクズなんて、顔を見ただけで吐き気 を催してくるよね! ははは!」  仰向けになっていたわたしの顔が、わたしの意に反して横向きに倒れた。丸顔のゲスがわたしの上に乗っかっ てきて、わたしの顔に張り手を食らわせたのだ。お陰で、驚いた表情でわたしを見ている恵那の顔が見えた。わ たしがこんな状況でも元気なのにびっくりしたのだろうか。それにしても、ゲスはしっかり股間のゲスをわたし の下腹部のあたりに押しつけて来やがっている。ぶはは。気持ち悪いったらない。 「なあ、今クズって言った? すげー傷ついたんだけど」  わたしがクズ呼ばわりしたゲスが顔を近づけてくる。わたしを脅したいのとわたしにむしゃぶりつきたいのの 半々なんだろうね。やってることの焦点が合ってない。そしてわたしはニヤニヤを止めない。 「うん、言い過ぎました。ごめんなさーい」 「ごめんで済んだら警察はいらねーんだよ!」  何言ってんだこのゲス! ゲスにしては出来のいいブラックジョークに、わたしは不覚にも爆笑「させられ」 てしまった。自分の意志で笑うのではなく。まあ大して違いはないんだけど。 「あははははははは! そりゃそうだ! って、警察呼ぶの、そっち方かよオーイ!」 「おい、笑ってんじゃねーよ」 「……うふふふ……ごめんなさいね。わたし笑い上戸だから。箸が転がっても笑わずにはいられないのね。でも 気分を害したのはわたしが悪いから謝るし、ちゃんと償いもするよ?」 「償い? 何してくれんだよ」 「ひとつあなたに、プレゼントを差し上げましょう。受け取ってくれますか?」 「なんだよ。早くしろよ」 「ちょっと待ってくださいね……」  そう言って、わたしは目を閉じた。揺り椅子にでも座ってるような安らかな気分で。数秒経ってから、目を開 き、目の前のゲス顔に唾を吐きかけた。 「おわ! きったねーなこの野郎!」  また殴られる。痛みは単に激痛でしかなかったのでわたしは笑ったままだったけど、相手が予想以上に短気な ので驚いた。この人は、圧倒的優位な状態にいるのになんでこうも余裕がないんだろうか。レイプを楽しむなら、 何を言われようが構わずにこっちの肉体を弄んでりゃいいようなものに思えるけど。そういうことではないん だろうか。人の気持ちは分からない。  その後、そいつはわたしにまた顔を近づけて、仕返しとばかりに唾を吐きかけてきた。執拗に何度も何度も。 うひゃあ、この人すげえ粘着だあ!  結局、目立ちすぎたせいか、わたしが先に脱がされることになった。まあ怯える恵那に先陣を切らせるのは可 愛そうだから、これでいいっちゃあいいんだけど。  まず手の拘束を解かれ、上の制服を脱がされる。下手に抵抗して体を傷つけられたり制服を破かれるのも嫌な ので、わたしは万歳をしてされるがままにした。ブラまで外されちゃって、わたしの88センチが露わになる。  ヒュウ、とゲスの一人が口笛を吹いた。ぜんぜん嬉しくなかったけど、まんざらでもないと思うことにした。  またガムテープが登場して、両手をベッドの端に固定された。隠していた胸がまたさらけ出される。次は足を 縛っていたテープが外された。 「はーい脱がしまーす」 「はいなー」  トサカ頭が手際よくわたしのスカートと下着を脱がす。どちらもするっと一発で、滑るように下まで脱げた。 「早! 器用だねあんた」 「うす」  わたしが誉めると、まるで先輩相手みたいにトサカヘアは頭を下げた。いい調子だ。  横を見ると、ベッドの脇に座る恵那がわたしを心配そうに見ていた。わたしはウィンクする。大丈夫だよ。た とえ手足が切り落とされても、わたしは元気だよ。  ――それに、もう『観察』は済んでいる。  わたしの足を派手におっぴろげやがってくれちゃって、そして「失礼いたします!」とか言いながらおもむろ にその間に入ってこようとするトサカヘアに、わたしは言ってやった。 「女脱がすのも服作るのも上手いし、レイプなんかしちゃってインスピレーションの源たる非日常体験もバッチ リだし、ファッションデザイナーとしての将来もこれで安泰だね!」  わたしの股の間で凍り付いたトサカヘアの、ぽかんと開いた口が見物だった。 「え?」 「だから、いいデザイナーになれそうでよかったね、って言ってるの。夢を持ってる男っていいよね。ま、今の ままじゃあ特殊なセンスを誰も分かってくれなくて、場末の小さな店すら持てそうにないけど」 「デザイナー、って、え? なんでお前そんなこと知ってんの?」 「おい、何やってんの? 後がつかえてんだから止まってんなよ」  わたしは次に、恵那のブラウスを開きながら、トサカヘアに文句をつけている坊主頭のゲスに矛先を向けた。 「それからそこのハゲ!」 「……あ? それって俺のこと? それともクリリンのこと?」 「いじめられっ子だったお兄ちゃんも、立派なレイプ魔として食われる側から食う側に回れてごきげんだよね。 これで、小さい頃からこっちが守られてばかりで情けないところしか見せられなかった妹さんにも、胸を張って 顔を合わせられるってもんだよね!」 「……はあ? 何言ってんの?」  坊主頭はわざとオーバーリアクション気味に首を傾げてきた。悪くない演技だけど、図星なのは明らかだった。 「それから……」 「!」  トサカヘアの後ろにいる、丸顔の大男にわたしが目を向けると、彼は明らかに身を強ばらせた。そう。意味が 分からないなりにも、何が起こっているか分かりかけている、察しのいい反応だ。だからこそ――  いじめ甲斐がある。うふふふふふふ! 「あたしたちを拉致ってヤろうってのは、あんたが言い出したことでしょ?」 「おい。やめろ」  丸顔がこちらが喋ってるのに割り込んで止めようとしてくるけど、わたしは口を動かし続ける。 「レイプ、レイプ、レイプ……毎日毎日働きもしないで暇を持て余してるクズのズッコケ三人組だったけど、ま さか本当に女子高生を車でさらうなんて計画、立てるほどバカなノリでもなかったはずだよね、あんたら? 全 部はそこの図体ばっかりでかいウドが言い出したこと、そうでしょ? なんでかな? ねえウドくん、レイプな んて発想どこから出てきた? コンビニの雑誌コーナーの隅のサブカル本の読みすぎって訳でもないよね? き み、レイプっていうイベントに……こだわりがあるんだよね? いつからそうなっちゃったのかな?」 「やめろって言ってんだろ!」 「やめてあげる」  腰を上げかけた丸顔の要求を、わたしはあっさり飲んだ。それで彼の動きは止まる。場の流れを掴みつつある とは言え、こっちは女でしかも拘束されている。その上裸。向こうを激昂させて結局暴力を振るう『勢い』を与 えてしまったら、掌握しかけた彼らの精神をみすみす手放してしまうことになる。場の全員が固唾を飲んでわた しの一言一句に注目しているのを確認すると、わたしはたっぷりの間を置いてから、傲然と言い放った。 「ファッションデザイナー? ふん、ならせてあげる。おどろくほど簡単にね。妹? 豚を見るような目で見て くるのをやめさせたいの? いいよ、尊敬のまなざしに変えてあげる。それから、ウド。あなたにはわたしが自 らチャンスをあげるわ。ずっと後悔してたことを、白紙に変えるチャンスをね。だから、あんたらみんな――わ たしに従いなさい!」  わたしが腹の底から出した大声は……三人の愉快なゲスと、勢い余って恵那までをも平伏させたのだった。 ☆ おわり ----------------------------------------------------------------------