---------------------------------------------------------------------- 水のシステム使い1 ---------------------------------------------------------------------- 1 システム使いについて  システム使いはエージェント現出タイプの超能力者だ。タイプと言ってもシステム使い以外の超能力者は発見 されていない。ただ今後ほかのタイプの超能力者が発見されたときのために、便宜上そう呼ばれている。  システム使いは肉体を一切動かさずに自分の意志で、システムと呼ばれる液体をエネルギー源なしに空間に出 現させることができる。出せるシステムの質量は最大で100リットルまで。個性差はない。システム使いは、 現出させたシステムを自由に動かすことができる。システムそのものは液体だが、術者がそう望めば形を保てる ので、個体のように振る舞わせることもできる。  システムはその心臓部分たるコアを持つ。コアは複数個形成できて、その数だけシステムも複数個分割するこ とができるが、コアを形成するには直径20センチの球体を作らなければならない。体積にして約4.19リッ トル。従って、システムの最大分割数は23個である。  コアが破壊されたり、システムの一部が何らかの理由でコアから切り離されると、その部分は術者の制御を離 れてシステムとして死滅し、ただの水になってしまう。そのとき失われた分の術者にダメージとして課され、再 現出することはできない。ただし術者はバイオコアという特殊なコアを形成することができる。バイオコアは普 通のコアと違ってシステムを制御することはできないが、一時間で約1リットルのペースで、システムダメージ を回復することができる。バイオコアを複数個同時に生成すれば、その分だけダメージの回復は早くなる。もち ろん、最大現出量である100リットルを越えることはできない。これを利用すれば、システムで水道を兼ねる こともできる。システム使いは渇きで死ぬことはまずない。  システムはデフォルトでは水と同じく無色透明である。術者が望めば色を変えることもできる。  システム使いは何百人も発見されているが、そのシステム使いとしての基礎能力に個性差はない。現出量の限 界は前述の通り100リットルまでだし、動かすときのスピードやパワーも、測定方法を統一すれば一律だ。  しかしシステムドライブを絵を描くことに例えるならば、個性差がないというのは、誰でも筆を持つことくら いは出来る、という程度の話に過ぎない。システムは術者の想像力や思考能力次第でいくらでも複雑にすること が出来る。これはシステムドライブの能力の問題ではなく、脳のスペックの問題である。絵や彫刻を作る才能や 空間把握能力、形状のイメージ能力に秀でたシステム使いは、そうでないシステム使いよりもほぼ例外なく、シ ステムを高度に運用することが出来た。レベルの高い者になると、楽器や自転車などの複雑な道具をシステムで 形成することも出来た。  システムは当然軍事への利用を研究されている。現状では、「ハンドレッド」というマニュアルによってどの ようなシステム使いでも歩兵百人分程度の働きができるように訓練することができる。トップクラスのシステム 使いになると歩兵一万人程度の働きができるというが、システムの運用が術者の思考能力の個性に依存し過ぎて おり、汎用的なマニュアルは今のところ作成できていない、とされている。  そう、システムというまったく平等な能力を持ちながら、システム使いの戦闘能力には、個人個人によって歴 然とした差があるのだ。複数人の兵士に同じ武器を持たせても戦闘能力には差が出る。システム使い同士の場合 はその行動選択の幅が広いため、能力による差はより顕著に開いた。 ☆ 2 システム使いの知名度  システム使いの存在は一般にはまったく知られていない。噂は流れているが都市伝説レベルだ。その歴史は浅 いらしい。能力に目覚めた者はほとんどがその能力を隠そうとするし、目立つ動きをした者にはすぐ政府の人間 が接触し、秘密の組合に所属させられた上でさまざまなサポートを受ける。 ☆ 3 武藤誠司  ぼくは武藤誠司。高校生、そして政府の犬だ。市立インベスト高等学校にどうやら未登録のシステム使いが多 数潜伏しているらしいということで、その原因を調査するために謎の転校生をさせられた。いや謎じゃ困る。普 通の転校生と思われないと。ぼくがシステム使いであるということは悟られてはならないし、ましてや政府の犬 であるこという秘密は命に代えても死守しなければならない。ぼくの正体が悟られた場合、速やかに自害しない とぼくの家族が責め殺されることになっている。やる気が出る話だ。けどシステム使いが頻出している原因が分 かれば、現時点ではランダムに覚醒しているとしか思えないシステム使いを人為的に出現させられる可能性が生 じるから、ぼくの任務は重大だ。成功すればいっぱい誉められるしお金もたくさんもらえる。がんばろうと思う。  黒板に自分の名前を書き、ぼくは自己紹介をした。 「武藤誠司です。親の仕事の都合でこの町に引っ越してきました。高校二年という中途半端な時期ですがみなさ んどうかよろしくお願いします」  特に足を引っかけられるということもなく、ぼくは先生が示した自分の空席についた。となりに座っていた男 子に挨拶すると、そいつは会釈もせずにぼくに折り畳んだ小さな紙をよこした。そこにはこう書いてあった。 「水使えるだろ バラされたくなければ放課後つき合え」  この男は馬鹿なんだなあ、と思った。ぼくは声にはっきり出して言う。 「え? 『水使える』ってなに? なにこれ、そういう人の名前?」  ぼくがシステム使いであることを、この男が本当に察しているかどうかは関係ない。まあ十中八九カマをかけ ただけなんだろうけど。どちらにしろぼくはしらばっくれるだけだ。そして、この男は、こんなことをするとい うことは、ほぼ間違いなくシステム使いと見ていいだろう。だからどうということもないんだけど。 「い、いや、何でもない」  男は慌てて紙切れをぼくから取り上げた。あとで、間抜けなこの男の名前は、宮原総というのだと知った。 ☆ 4 神谷に水木のことを聞く  一ヶ月経つころには、友達もそれなりに出来た。宮原を皮切りに調査も行い、この学校のシステム事情も見え てきた。思ったよりもここは危険な場所であるようだった。  生徒たちだけで秘密裏に構成された、システム使いの大きな組織がある。少なく見積もっても百人、生徒の総 数の十分の一くらいはそれに所属していそうだった。組織は一人の上司に二人の配下がつく二分木のヒエラルキ ーになっており、その頂点に《ルート》と言われるボスがいる。ルートが誰なのかはもちろん分からない。この 組織《水木》はシステム使い(というのはシステム管理委員会による非公式名称だ。この学校の生徒たちは「水 使い」と呼称しているらしい)である生徒を発見すると、すぐに数を頼みに脅して組織への加入を迫るらしい。 目的は不明。  ぼくはこのことを、自分がシステム使いであることを隠したまま、噂や立ち聞きだけで知った。しかし、出来 れば組織の創造者兼運用者である《ルート》に接触したい。組織そのものには興味はないが、ここのシステム事 情を掌握していると思しき彼(もしくは彼女)なら、この地域一帯でシステム使いが急増している理由を知って いるかも知れない。ぼくは情報収集を高速化することにした。  ぼくが知っている範囲だけで、システム使いであることが確定している生徒は十二人いる。全員《水木》に所 属しており、かつ下っ端だ。一番口が軽そうなやつに接触することにした。ぼくにしょっぱな間抜けなダウトを かましてきた宮原も十分口が軽そうだったんだけど、席が隣同士だし何かが起こればぼくとの関連を疑われるか も知れないので、ぼくは違う生徒をターゲットに選んだ。  ぼくが白羽の矢を立てたのは神谷という男だった。彼は生物の観察が趣味という暗い奴で、休日に一人で近く にある森林公園に、虫取り網を持って出かけていく。十二人も候補がいればこんなにうってつけの人材がいるも のだなと思った。  日曜の朝。無防備に一人で公園に入っていく神谷の後を、ぼくは離れた位置からそっとつけていく。そして人 気がなくなったところで、不意を突いてシステムをけしかけた。  それは例えるなら百本足の蛸だ。コアを包んで保護している中心の球体から、帯状の無数の足が延びている。 ぼくは自分の指を自由に動かせる程度には、それらの足に自由に別々の動きを命じることが出来た。  森の中で神谷が向こうを向いた瞬間を見計らい、システムを急接近させて後ろから神谷を抱き込む。特に、目 のあたりは色を付けた帯を念入りに巻き付けた。何よりも視界を塞ぐことが重要だ。神谷は慌てて自分のシステ ムを現出させるがもう遅い。奴はこっちのシステムのコアの位置(出したシステムは一体だけど、念のためにコ アは複数作っているからひとつくらい破壊されても屁でもない)が見えてないし、さらに本体であるぼくがどこ にいるかも理解できない。奴のシステムががむしゃらに繰り出す錐のような刺突攻撃を無視して、カモフラージ ュもされていないコアをやすやす破壊することが出来た。奴はパニック起こして同じようなシステムを何度も出 す。いちいち簡単に破壊できた。  頃合いを見計らってぼくはその御身を晒して奴に近づく。ぼくが誰なのかを悟られないように声色を変えなが ら、「おい」と声をかけた。  神谷はまたシステムを出してきた。奴にしてみればこれが状況を逆転できる最後のチャンスだ。周囲の空間に コアを複数個浮かび上がらせ、たっぷりの質量を使ってたくさんの錐を出してくる。だがすでに、これを予想し てぼくは彼から距離を取っている。ぼくの自分のシステムの足のいくつかを動かして、やはり簡単にすべてのコ アを破壊できた。どんどんシステム残量を消耗してくれて非常に助かる。 「おい、まだあるんだろ。残り17リットルってところか」  対システム使い戦闘において、相手のシステム残量の見積もりは欠かせない。抵抗される危険は残したくない ので、状況が優位なら相手のシステムは潰せるだけ潰す。 「出し尽くせよ。じゃなきゃまず、お前の耳を千切ってやろうか」  バイオコア分の4リットルは残しておいていいからさ、とぼくは付け加えた。別に仏心を出したのではない。 ぼくが出すのはシステムと知恵だけだ。今はこうしてぼくの正体は隠しているが、同じようなことを続けるつも りだから遅かれ早かれ襲撃者がぼくであるということはみんなにバレるだろう。バイオコアも出せないほど完膚 なきまでに相手のシステムを壊滅させたら、そのときになって要らぬ恨みを買ってしまう。  神谷はおとなしく、13リットル分のシステムを出し、自らコアを崩壊させて水にしてくれた。びちゃびちゃ と地面に水が降り、あたりに出来た水たまりのかさが増える。まだ残っているはずの4リットルほどでぼくなら 反撃を試みるけど、こいつにそんな気概はあるまい。ぼくは相手に対して完全に優位になったので、尋問に移る ことにした。 「水使いと《水木》について、おまえが知っていることを話せ。すべてだ。話さない時間が長引くだけ痛めつけ る」  とちょっと脅したら、神谷は簡単にいろいろ吐いてくれた。もともと気の強そうな奴に見えなかったし、最初 に視界を塞いだのが効いたのだろう、姿すら見えないぼくにかなり怯えているようだった。  水木が二分木の構造になっているのはさっき述べた通りで、神谷は10階層目にいるらしい。10階層という と倍々ゲームで2047人の組織になってしまうのでは? と思ったが、組織のツリーのすべての枝が等しく部 下を持っている訳ではないので、勢力の大きい枝になると、階層が他よりも深くなることになるそうだ。また、 組織の上下と階層は実力に応じて頻繁に入れ替わるらしい。実力というのは、より多くの水使いを部下にした実 績と、純粋な戦闘力だ。戦闘力が高ければ部下を増やすのはたやすいだろうから、二つはほぼ同義と見ていいだ ろう。組織の存在目的は下っ端のこいつは分からない。ただ、大規模な戦闘に備えているらしいという話だった。  それから、知っている中で他にどんなシステム使いがいるのかも教わった。  とこれだけ知れた。戦果は上々だったが、相手が簡単に情報をくれすぎてぼくはちょっと残念だった。強情な 相手に手荒い真似をして強引に吐かせるのが好きだったからだ。家族と名誉とお金のためだ、仕事はなるべく最 大効率で進める。けど一方で、戦闘や尋問などを楽しみたい気持ちがあるのも否定できなかった。  それから最後に、生徒会長である幸田益美という女が、どうやらかなり上層のシステム使いらしいという噂も 聞き出した。神谷のような下層にまで知れているのは、意に添わない生徒をリンチにかけたりと、動きが派手だ かららしい。なんだか気が合いそうだ。  ぼくはシステムの足で神谷の首筋を打って気絶させ、さっさとその場を去った。 つづく ----------------------------------------------------------------------