---------------------------------------------------------------------- ●ガラス玉のシステム使い2 ----------------------------------------------------------------------  ぼくたちは青い光のところまで行った。部屋にたくさん散らばっている単純な構造の椅子とは違う、特別に豪 華な、背もたれと肘掛け付きのやわらかそうな椅子がそこにはあって、その上に、備え付けられた美術品のよう に、青い光を放つ球体がそこにあった 「これは、システム……ではないね」  ぼくらが見慣れているガラスの球体ではない。その球体は、物質ではないようだった。球面上の空間に青い光 の模様がびっしり浮いていて、中は空洞だ。模様は文字のように見える。ぼくの知らない文字だ。そして球面上 を動いて複雑な動きを見せている。ストロベリーが顔を近づける。青い光に照らされて、シンプルな構成の顔が 闇の中でぼうっと浮かび上がった。 「むかしの人のシステムなのかな。触る前に、ちょっと解析してみよっか」 「ぼくがやるよ」  ストロベリーばかりにシステムを使わせてもバランスが悪いので、ぼくは自分のザックに手をつっこんでシス テムを取り出した。手のひら大のガラス玉の中には、無数の光の粒が規則的に並び、振動している。これが解析 のシステムだ。ぼくはすぐに手を揺らして球体を小さくはずませ、システムを起動した。  ぼくは椅子の上の青い球体を見つめる。その視線に呼応して、緑の粒が空間を自由に舞う解析のシステムは、 明かりにたかる虫のように青い球体のところに集まり、周囲を飛び回った。  光の粒たちの単調な動きから察するに、あまり解析の成果は芳しくないようだった。しばらく待ったあと、案 の定それらはお手上げとばかりに、ぱっと飛び散ってしまった。 「だめだ。この模様はポータブルなシステム程度じゃ解読できないか、もしくは文字じゃないんだ」 「じゃあ、触ってみよっか」  接触をトリガーにして起動するシステムは多いから、分からないものはとりあえず触ってみよう、叩いてみよ うというのはぼくたちの典型的なやり方だった。もっとも、この遺跡を所持者だった人たちもぼくたちと同じよ うなシステムの作り方をしていたのかは分からない。触ってもんいが起こるかは分からないし、もっと悪い予想 をすると、罠にかかってしまう可能性さえある。だからぼくはストロベリーがそれを触るのには関心しなかった 。だけど何度も連続してストロベリーがやろうとすることを邪魔するのも出しゃばりすぎるかなと思ったので、 彼女が球体に触るのをぼくは止めなかった。 「わ!」  ストロベリーが触れた途端、何もないように見える球面上をウゴメいていた青い模様は、ストロベリーの指を つたって彼女の腕の表面を走った。彼女の腕が発光する。 「なんだ!?」  ぼくはザックに手をつっこむ。何かまずいことが起こったら、すぐに対処しなければならないからだ。だが、 とりあえずストロベリーの様子に危険な兆候はなかった。少なくとも、苦悶の声をあげたりはしていない。 「なんだろね、これ。熱くも、冷たくもない。触ってる感じはぜんぜんないよ」  表裏に手を返して、肌の上をうようよ這う模様を見ながらストロベリーが平静に言う。ぼくもとりあえず警戒 を解いて、ザックを背負い直した。椅子の上にあった模様はすべてほどけて、ストロベリーの手に移ってしまっ たようだ。ぼくは球体のあった空間に手をのばしてみたけど、すかすかと手は空を切り、そこにはもう何も無い ようだった。次にぼくは、ストロベリーの光る手を握ってみた。さっき球体からストロベリーに模様が移ったよ うに、今度はぼくの手に移るかもしれないと思ったからだ。だけど触れるや否や、激しい電気のような衝撃と共 に、ぼくの手は弾かれてしまった。 「うわっ!」 「コロン、大丈夫!?」  ストロベリーがぼくの名を呼んで心配した。 「大丈夫。ちょっとだけ痛くて、ひりひりするだけ」  ストロベリー自信は何ともないようだった。とすると、今起こったのは防御のような機能を持った現象である 可能性が高いと思った。ぼくらの使うものとは違うけど、この模様もおそらく何らかのシステムなのだろう。そ のシステムが、装備者であるストロベリーを保護しているのだろうと思った。 「ストロベリー、それは防御用のシステムなのかも知れない。でも、このままだと良い状況であるとはいえない ね。ぼくを含めて誰もストロベリーの右手に触れなくなってしまうし、危険から身を守るにしても、右手だけじ ゃ中途半端だ。コントロールできないかな?」  ストロベリーはその右手で、自分の体や服などを触っていた。特に反応はない。自分以外の生体だけから身を 守るのだろうか。 「それとももしかしたら、攻撃用のシステムなのかも知れないね」  ストロベリーが推測を口にする。確かにそうかも知れないと思った。攻撃に使うなら、右手だけに宿る方が都 合がいい。  そのあと彼女は僕に言われた通り、コントロールを試みているようだった。青い模様が、すっと消えたり出現 したりを繰り返した。 「出したり消したりできるのか」 「そうね。正確には消してるんじゃなくて、ここに収束してるみたいだけど」  ストロベリーがぼくに手の甲を見せる。その中心に、細くて青い光の糸が密集していた。うねうね動いている が、さっきよりも動きはおとなしい。 「『呪縛の剣 待機中』って書いてある」 「読めるようになったのか!」 「うん。なんか、自然に」  ストロベリーの一言が、いろんな情報をもたらしてくれた。過去の文明の遺跡で見つけたものだからって僕は あなどっていた。このシステムは、予想以上に高度なシステムだ。文字を表示し、自分の状態を表示できること。 使用者の言語野だかにタッチして、使用されている文字を読めるようにできること。少なくとも待機とそうじゃ ない状態があり、使用者の意志ひとつで任意に切り替えられること。そして、このシステムの名称。 「呪縛の剣……だって? ぞっとしないな。呪われるのは、このシステムで攻撃された者なのか、それともきみ 自身なのか」 「ううん。どうやらそんな危険なものじゃないみたいだよ」  既に彼女の頭の中にはこのシステムに関する情報が流れ込んできていて、いま少しずつ把握しているのだそう だ。ぼくの大切な彼女は、目を宙に泳がせながら呪縛の剣について説明してくれた。 「このシステムで使われてる言語の単語に、一番近いニュアンスなのかなって思ってわたしが選んだ言葉が『呪 縛』なんだけど。わたしたちが考える呪いみたいな、おどろおどろしくてネガティブなものじゃないよ。このシ ステムは、触れた対象に、あらかじめ用意されたいくつかのリストの中から自由に状態を選んでそれを付与でき るみたい。ほら、こんな風に」  そう言って彼女は呪縛の件が宿った右手で、近くにあった小さな椅子に触れた。すると椅子は空中に浮かび上 がった。まるで水の中の泡のように。トンとストロベリーが押すと、ゆっくり回転しながら平行移動していく。 「しかもその状態は、解除しない限り恒久的に効果が続いて、消えることはないんだって。だからあの椅子は、 ずっともうあのままだよ」 「確かに、呪縛っぽいね」 「でしょ。けど呪縛と言っても、効果がずっと続くってことしか言ってない。このシステムは汎用的なものであ って、悪い効果を及ぼすためのものじゃない。だから、悪いものじゃないんだ」  だけど、ぼくは疑問に思った。剣という名前がついてるなら、それは武器であることを意味するんじゃないの か。それを聞くとストロベリーは、ゆっくり考えながら説明しようとした。このシステムの知識を既に頭に入れ た彼女にとっても少し難しい話であるらしい。 「うーん。なんていうかね……」  その時だった。  背後から、さっき一度だけ聞いた異音がした。扉が開く音だ。 「誰かきた!?」  ぼくは弾かれたように振り返った。部屋に入ってきたのがぼくらと同じ盗掘にしろこの遺跡を守護する何かで あるにしろ、かなりの確率で敵同士として遭遇することになる。ここには人目がない。町の中と違って、法律が 効力を発揮するのにタイムラグがある。つまり、殺傷・強奪・尋問を目的とした戦闘になる可能性が高い。緊急 事態の中で血流が速くなる。しかし心は平静だった。  ここは暗闇だ。だから鍵となるのは光源だ。 「ストロベリー、とりあえず剣は待機中にしたまま、手を相手に見えないように隠して」  ストロベリーはこくりとうなずき、僕の言うとおりにした。 「それから、こっちの明かりは向こうの方に移動させるんだ」  相手には見られたくないけど、相手のことは見ておきたい。だから光源は、相手のそばに寄せるのが望ましい。 ストロベリーの指示に従い、光球は部屋の反対側対角線――ぼくらもこの部屋に入るのに使った入り口に移動し た。  照らされたのは、大人の男だった。山中を歩くのに最適な、機能的で洒落っ気のない装備をしている。腰に何 本かナイフを刺している。胸のところにシステム入れと思しきポケットが並んでいるのも見えた。そして――銃 を手にしている。 「なんだてめぇは!」  その荒々しい罵声が、多くのことを教えてくれた。奴はこちらが見えていない。ぼくらを一人だと思いこんで いる。しかもその思いこみは奴自身が一人であることも示唆している。それから、今わかったことの中で一番重 要なのは、奴は独占欲と同類に対する敵愾心の強い盗掘で、この遺跡にあるかも知れない掘り出し物を、こちら と分け合うつもりは無いということだ。戦闘は必至だ。  できれば戦わずに逃げたい。傷つけ過ぎたり殺したいするのは御免だし、殺されるのはもっと御免だ。しかし 奴は、おそらく唯一の出口を塞いでいる。他に出口があったとしても、既知の階段からは遠い。二人で奴をかわ して逃げ仰せるのは難しい。  戦うしかない。  奴はこちらの方に向けて一発、発砲してきた。横でストロベリーが縮こまる気配がするが、声を出さなかった のが有り難かった。案ずることはない。稚拙な威嚇だ。当てずっぽうにこちらに向けた銃は、絶対に当たらない だろう。システムで補助すれば話は別だが、こちらの姿が見えなければ対象を指定しようがない。  相手の姿が見えているなら銃と絶対命中のシステムの組み合わせが最強だ。ぼくからは敵の姿を見えているの だからそれをやればいいようなものだが、あいにくぼくには銃を手に入れられるようなお金もつてもない。しか しそれに準ずる攻撃手段はある。ぼくはザックから小さなシステムを取り出した。片手ですっぽり包み込んで相 手に見えないようにし、自分の目だけでちらと見る。その中で反射を繰り返している直線の光は青白い。 『ショット』。  戦闘においてもっともよく使われるシステムだ。改変を重ねた気配のないシンプルな名前が、それが長年の間 戦闘のスタンダードである実績を物語っている。量産されているから安価で手に入り、それでいて強力。まるで 水のように身近で貴重な攻撃用システムだった。  強い。速い。小さい。  当たれば体を貫通し、うまくすれば一撃で相手を無力化できる。遠距離攻撃に適し、拳銃ほどではないが見て 避けるのは困難なほどの速度で相手に襲いかかる。そして小さいので、たくさん持ち運びが出来る。  ぼくはガラス球を回転させながら空に弾き、システムを起動させた。ガラスが消え、電光がぱっと明るくなっ てから消える。そして一瞬の間を空けて収束し、僕が狙った男の銃を持つ手を狙って光の帯が放たれた。  男はこちらのシステムを見て、慌てて壁沿いに跳んだ。光の帯は光の速さで放たれたが、始動までのタイムラ グに男は反応しきれたようだ。さっきまで男がいた場所を光は通過し、壁に穴を開けた。  僕は少し焦った。男が予想以上に機敏だったし、いまの一瞬の光でこちらのことが見られたかも知れない。い や、見られたと思うべきだろう。男はさっきいた場所にはいない。跳躍に合わせてストロベリーも光明を移動さ せるが、奴の姿は見えない。しゃがんで椅子の陰に隠れたらしい。  ぼくらも位置を移動させたかった。向こうからぼくらの姿は今も見えている訳ではないから銃撃される心配は ないが、あんなに身のこなしの良い大人に接近されたら厄介だ。ストロベリーにあまり機敏な動きは要求できな い。  仕方がない。今日はシステムの大盤振る舞いだ。ぼくは自分のザックから、一気にシステムを3個取り出した。 2つを左手に、1つをすぐ起動できるように右手に持ち、ぼくは相手の出方を待った。 つづかない ----------------------------------------------------------------------