---------------------------------------------------------------------- ●ガラス玉のシステム使い1 ----------------------------------------------------------------------  ぼくたちは、自分が大人たちより賢いと思っていた。  それはある程度は正しかった。ぼくたちは学校でシステムの扱い方を学び、下手な大人たちより全然それを使 いこなせる。そのシステムを僕たちに教えようと決めたのも大人たちの一部だったから、世の中にはぼくたちよ りも賢い大人もいるんだろうなとは思っていた。けど、世の中で動くあらゆるシステム――たとえば自走価値エ ーテル(通貨のことだ)や水流式動力機関、マナティックチャンネル――の仕組みや扱い方に大人たちよりも通 じているという事実は、ぼくたちに自信を持たせるには十分だった。けどぼくたちが甘く見ていたのは、大人た ちがぼくたちよりも風上に立っているということだ。大人たちはぼくたちの知らない事実を隠しているし、ぼく たちよりも多くの時を過ごしてきたから、安全に動く実績のあるシステムをたっぷり持っていた。だから、ぼく たちはいつも思わぬところで足下をすくわれた。  ストロベリーと手をつないで探検をした。いろいろなところをだ。そして遠くない場所をランダムに見ていた ぼくたちは、とうとう町外れにある洞窟に行き着いた。  それは、膝を草で切らないように長いジーンズを穿いて、山の奥の方まで潜らなければ辿り着けない、斜面に 埋もれた遺跡だった。警告の看板や標識と言った、大人たちがつけるしるしがそこにはなにもなかったから、ぼ くたちは、大人たちも見つけてないものを見つけたのだと思って興奮した。危険のことなんて心配しなかった。 だってぼくたちはシステムが使えるんだから。まるでお屋敷に招待でもされるような心持ちで、ぼくはストロベ リーの手を引き、暗闇の中に吸い込まれていった。  ぼくたちが知っている中で一番大きなシステムは、神さまが作ったもの、すなわちこの星だとされている。宇 宙にはこの星以外にもたくさんの星があるけれど、システムとして機能しているような兆候が見られた試しはな い。この星のシステム、生態系を神さまが作ったとする根拠は単純だ。ぼくたちが触れているシステムは、その ほとんどが設計者の知性によって作られたものだ。実際システムたちは、ランダムな偶然によって出来たとはい いがたい複雑さと巧妙さを備えている。それはこの星も例外ではないはずだ。だからこの星もまた、何者かによ って作られたもののはずだ。その何者かを神さまと呼ぼう。と、こういうわけだ。  人間が作ったものではないとされるシステムはこの星そのものを含めて7つある。そしてそのうち3つについ ては、設計者の存在を示唆する証拠が、出土品もしくは論理証明の形で発見されている。残りの4つは検討中で、 いずれその真偽も判明する。(人格化したシステムと対話して証言を引き出すという方法を取るので、設計者が いない可能性についても論理的に不可能な不在証明に頼る必要はない。)従って、この星が神さまに作られた可 能性は実に80パーセントもあると言える。(石のたくさん詰まった袋から、石をランダムに取り出す実験をす る。ひとつ取り出したら、必ずその石を袋の中に戻してから、また取り出し直すようにする。3回取り出して3 回ともが黒石だったなら、4回目も黒石になる確率は80パーセントだ。)(ここで、非人工システムの総数で ある7を計算に組み込む必要はない。7回取り出すことが決まっていても、そのことは4回目の結果には影響し ない。) 「結構、中は舗装されているのね」  ストロベリーは、入り口近くの平べったい壁をさすった。さっそく遺跡の本質を知るための情報を集めている。 壁の触感、という情緒的なものに注目するのはいかにも彼女らしい。 「十中八九人間が作ったんだろう。サイズが人間サイズだ」  人間大の未知の別生物が作った可能性は考えない。 「中、暗いけどどうする?」  遺跡の奥には陽の光が届かなくなる。ぼくたちのための明かりなしでは進めそうになかった。 「光源が設置されていないか調べよう。余力はなるべく温存したい」  ぼくたち自身にも明かりをつけるシステムの準備はあった。けど極力、ぼくたち自身のシステムの使用は控え たい。使用できるシステムには限りがある。この先になにが待っていて、どういう形でシステムが必要になるか 分からないからだ。  陽が差していて見える範囲と、そのもう少し奥までをぼくらは当てずっぽうで探したが、それらしき仕掛けは 見当たらなかった。結局明かりを出すことになった。 「あたしが出すわ」  ストロベリーが自分のザックを漁る。  ぼくのザックでも同じだけど、中にはたくさんのシステムが入っている。システムの実体は、大小のガラスの 球体だ。複雑なシステムほど球体は大きくなる。状況によってどんなシステムが必要になるか分からないので考 えつく限りのシステムを入れておきたいけれど、あいにくザックの容量は有限なので工夫が必要になる。ザック の中にひとつ、決まってないというシステムを入れておく。決まってないのシステムは、それと一緒に入れられ たシステムを、認識によって汚されるまで何のシステムなのか決まってない状態にする。そして、何なのか決ま ってないシステムを最初に認識した者は、そのシステムが何なのかを確定することが出来るのだ。手に触れた時 点で大きさが確定し、視覚で捉えたらシステムの内容が確定する。もっとも、その時の頭の力の入れ方にはコツ があるのだけど。とにかくこれにより、まるでお金で物を買うように、ザックの中の容量を消費して任意のシス テムに変換することが出来る。決まってないのシステムは大人の両手でやっと覆いきれるほど大きい。だからこ れを入れるとザックの残りの容量は半分近くになってしまうのだが、汎用性のメリットは高い。もちろん、これ から何が起こるかの予想に自信がある場合には不要な代物だ。システム上級者の中には、決まってないのシステ ムをあえて使わない人もいる。  前から二人で決めていたことだけど、反射神経も運動能力もストロベリーよりはぼくの方が高いので、突発的 な危機への対処ではぼくが率先してシステムを使うようにしている。だから代わりに、緊急性の低い事態ではス トロベリーがシステムを使ってぼくのシステムを温存する。またぼくらは二人とも、決まってないのシステムを ザックに入れている。 「あった」  ストロベリーがザックから明かりのシステムを見つけた。正確にはザックの中に明かりのシステムがあったか どうかなんて決まってなかったけど、ストロベリーがそうと決めた瞬間、それはそこにあるのだ。  彼女が手にしたガラス玉の中には、橙色のプラズマがとぐろを巻いている。 「こんにちは、明かりちゃん」  システムを使うときの手続きは人によって様々だが、ストロベリーは、システムを人のような何か(たぶん精 霊のつもりだと思う)に見立てて話しかけるのを好んだ。ぼくは起動に時間をかけたくないので、もっと手っと り早い方式を採用している。  明かりのシステムは彼女の語りかけに呼応して、ぴかぴかと二回ほど光を強める。その光は、彼女だけに通じ る秘密の質問らしい。用心深い彼女は鍵のシステムで、自分のシステムが他の人に勝手に使われないよう鍵をか けている。 「ハンバーグだよ」  好きな食べ物か、もしくは昨日食べたものでも聞かれたのだろうか。とにかく、彼女の回答がキーとなって明 かりのシステムは起動した。ガラス玉は一瞬でその球面の厚みをゼロにして、内と外の区別をなくす。中のプラ ズマが解放され、場に溶け、ガラス玉が元あった位置を中心として何かの波動が収束し、さっきのプラズマとは 比較にならないほど明るい光球が生まれた。それは疑似的な昼だった。闇がもたらす情報不足と、それによって ぼくらの中に生じる根元的な恐怖をなぎ払う。  かつて人が自分の考えの正しさの測量器を持っていなかった時代には、システムは属性によって六種に分類さ れていたらしい。明かりのシステムは光属性。光は、最初は聖なるものとして他の属性とは違う特別の待遇を受 けていた。もう少し文明が進んだ頃には光が人間に与える影響が精査され、光は聖なるものではなく情報と権威 の象徴と結論づけられる。そして今では、属性によるシステムの分類は、システム史か占いの本の中に追いやら れている。  情報と権威の象徴の助けを受けて、ぼくたちは良好な視界を獲得した。入り口の通路はかなり奥まで進み、途 中から光が届かなくなっている。ぼくたちは手をつなぎ直してそちらに向かった。生み出した光球はストロベリ ーの指示で味気なく平行移動し、一緒についてくる。  壁も床も天井も、無機質な平面だった。風砂で少し汚れているだけで、崩れかけた古代の遺跡のような荒れ方 はしていない。壁にはときどき入り組んだ隙間があったけど、開けたり押したりすることはできず、それがただ の飾りなのか、それとも何かの機能の一部なのかは分からなかった。  光明に照らされた通路は途中で、左上――天井および左側の壁――がなくなった。穴が空いているのではなく、 もっと大規模な空間の広がりだ。おとなしく歩いてそこまで着くと、通路は終わってそこから大きな広間になっ ているのが分かった。  ストロベリーが「あっち」「そっち」「もっとこっち」とか言いながら、光明をふよふよと動かす。壁や天井 が、光球の移動に合わせてぼうっと闇の中に浮かび上がった。広間は直方体の空間で、その端に僕らはちょこん と立っている。  3〜4階くらいをぶち抜いた空間らしい。僕らから見て左右の壁には上の階の通路が走っていた。手すり越し にここを見下ろすことも出来るだろう。ストロベリーがぎゅっと僕の手をにぎるのを感じた。狙撃されやすい状 況に、本能的に不安を感じているのだろう。ぼくは彼女の手を引いて移動を再開する。  階段を探し出し、ぼくたちは上の方の階も探索する。指標がないので無作為にいろいろ歩いて回るしかない。 さっき広間で見上げた2階より上の廊下からは、壁の奥への分かれ道がいくつも伸びている。それぞれは扉で行 き止まっていた。  そのうちのひとつに入ってみることにする。危険に遭遇した場合の脱出の都合を考えて、2階の一番階段に近 いところの扉を選んだ。扉は構造から見て引き戸のようだけど、取っ手がなく開け方が分からない。ぼくは助走 をして両足で押し蹴っても、壁を相手にしてるような感触しかなかった。  とくれば仕方がない。ストロベリーが開けろのシステムを起動した。開けろのシステムは大きく、高くつく。 ただ単に物体を動かすだけじゃ済まず、鍵の構造の調査と開け方の解析もシステム任せにしなければならないか らだ。人間が調べてもいいけれど、それが出来るならシステムは要らない。専門家にでもなるのでなければ、鍵 の勉強をするよりもシステムに頼った方が安上がりだ。  扉が自走仕掛けによって振動音と共に開いた。ストロベリーと一緒に先に進みながらぼくは、これってどうや って閉めたらいいんだろうな、と考えていたが余計なことだった。あるいは考えが足りなかった。勝手に開いた 扉は、僕らが通った後に勝手に閉まった。 「アラーマッ」  ぼくはストロベリーのお母さんの口調を真似して驚きを表現した。彼女が僕の手を握る力が強くなる。 「怖くなるね」 「うん。でも大丈夫だ」  警戒は必要だけど恐怖は不要なので、僕はそう返事をした。  帰りのシステムも残しておかないと、ぼくたちはここに閉じこめられてしまう。  気をつけようと誓い合って、ぼくたちは扉を抜けて入ったこの部屋を調べることにした。天井は一階分の普通 の高さだけど、広さはさっきの広間に匹敵するくらいある。集会所として使われていた場所なのか、簡単な作り の椅子がたくさん置かれていた。整然と並んでいるのではなく、あちこち不規則な方向を向いている。  光を見た。  ストロベリーが操作している光明のことではない。ぼくたちが入ってきた扉とは対角線の位置にある部屋の隅 に、ぼんやりと青い光があった。遠くて何やら分からないけど、移動はせずにその位置で揺れ動いている。 「何かある。行ってみよう」  扉からの距離の遠さは不安を煽ったけど、恐れに従ってばかりいたら探検は進まない。ぼくらは鬱陶しく散ら ばる椅子をよけながら、その青い光を見に行った。遠見のシステムは使わないでおいた。  ぼくたちが何かすごいものを見つけたのなら、退屈な大人たちを見返せると思った。 つづく ----------------------------------------------------------------------