---------------------------------------------------------------------- ●ハチェリエール ---------------------------------------------------------------------- 好奇心旺盛な魔法王国の王妃ハチェリエールは、宝物殿に秘蔵されている禁書を開き、 悪魔を呼び出してしまう。 悪魔は解放の謝礼を装って三つの願いを請う。 ハチェリエールは母から読み聞かされた童話からこの先の展開を警戒し、 第一の願いを「あなたの言う『願い』とやらの過去のすべての使用履歴とその顛末の、 多項目で検索可能なデータベースをよこせ」とした。 データベースを閲覧すると、案の定『願い』を使った者たちは、そのほとんどが、 ・その愚かさゆえに使用法を誤り自滅 ・生き方・戦い方において願いの効果に依存してしまい自滅 ・肝心なシーンで願いを使い切っており自滅 といった顛末を迎えていた。 そこでハチェリエールは第二の願いを「自分を人間の可能な限り賢くしろ」とした。 ハチェリエールは天才になった。 頭脳さえあれば願いは要らない。 それでも奥の手として第三の願いを保留しておく。 ハチェリエールは他人に禁書を使用されないように、情報分解した上に暗号化し、 巨大な石の象に変えた。 ハチェリエールはたいへんに賢くなった結果、すべてを悟り、見切った。 平たく言うと、感情面において出来ないことがなくなった。 ハチェリエールは両親を暗殺して王座を簒奪する。 元老院が彼女を操ろうとして、彼女にしてみれば拙い入れ知恵をしてきたが、 彼女は彼らの傀儡のフリをして実質自分自身で国を動かしていた。 だからハチェリエールが世界制覇に乗り出したときも、 『真の黒幕』にしてスケープゴートたる元老院を保険として利用することができた。 自分自身が暗殺の対象になるケースにも備え、宮廷騎士カーウェンの戦闘技術の手ほどきも受ける。 ハチェリエールは優秀な頭脳で授業をすくすくと吸収し、戦闘者としても超一流の技術者になった。 また、美しい少年少女の愛人をはべらせ、贅沢の限りを尽くした。 その中でもとびきり美しかった二人の男女をピックアップし、性技以外の技能の教師もつけて最強の奴隷とした。 二人の名を、グレフとヘニーデと言った。 グレフとヘニーデを従えて、知略謀略を駆使して、ハチェリエールは大陸中に国の版図を広げていく。 だが侵略の最中、三つの障害が彼女の覇道を阻んだ。 第一の障害は、東の島国リグルエグル。 豊かな富や強力な軍備はもとより、リグルエグルの王ガシュラーウの、 ハチェリエールに匹敵する知略が、版図の拡大をあの手この手で阻んだ。 第二の障害は、湖畔の竜王と呼ばれる存在。 グレートヴェール湖に住む竜は、百年前に一人の人間と結んだ盟約により、西の諸国を侵略から護った。 盟約の内容は、「カナンの街の美しき光景を、世界に存在するあらゆる脅威から護ってくれ」だった。 カナンの経済や文化を維持するためには、交流対象である西の諸国すべてが正常に機能している必要があった。 第三の障害は、ヘニーデの裏切り。 ヘニーデはハチェリエールの手足として動き、下層に伝令すると共に、 誰にもそうとは知られないようにクーデターの準備をしていた。 ハチェリエールは異変には気づいていたが、ヘニーデの愛人の技能を味わっていたかったのと、 ヘニーデの能力の最大値を図るために、長期間放置していた。 グレフは何も知らずにハチェリエールに忠誠を近いつつ、時にはヘニーデに利用されていた。 ハチェリエールはまずリグルエグルの王ガシュラーヴの能力を高く評価し、直々に会見しに行った。 ガシュラーヴはハチェリエールを迎えると人払いをし、自分の能力の秘密をハチェリエールに教えた。 ガシュラーヴは転生を繰り返して膨大な知識を持っているのだという。 ハチェリエールは外法により人間を越えたガシュラーヴに親近感を持ち、 数週間寝食を共にし、子種を貰って帰った。 ハチェリエールはヘニーデの攻撃をすべて暴いて屈服させた後、 世界征服を中止してガシュラーヴの子供を生み、育てた。 だが育った子供は容姿こそハチェリエールに似て美しいものの、 あまりにも馬鹿だったので興味を失い、ガシュラーヴに送りつけた。 だが送り返され、結局はヘニーデらに育てさせた。 ハチェリエールはつまらなかった。 世界にはもう見る価値のあるものがないように思われた。 ハチェリエールは最後の希望として、湖畔の竜王に会いに行った。 いつも寝ていて退屈ではないか、と竜王に聞くと、かれは目を閉じてできる最高の享楽をハチェリエールに教えた。 それは睡眠ではなく、むしろ覚醒だった。 それは頭脳のパワーに任せて、想像内部で新しい世界を作ることだった。 ハチェリエールはいくらなんでもそれは無理だと思ったが、竜王が伝える手順を踏むとそれができた。 ハチェリエールは竜王の傍らで眠り、頭の中で新たなる世界を生む。 もう何も要らなかった。 おわり。 ----------------------------------------------------------------------