---------------------------------------------------------------------- ●アイデンティティの海賊 ---------------------------------------------------------------------- かつて、自らの家族たちを手にかけさせられるという悪夢のような拷問にかけられた主人公・リファーティ。 彼は彼にそれをさせた教団ヴェアウに復讐を誓う。 彼は強さだけを追求する非道の戦闘者集団「ツヨズ」に入り、自らの戦闘力を磨くと共に、処世術や組織力も得ていく。 その中で出会った一人の少女コローチェは、自分も教団ヴェアウに用があると言ってリファーティとの共闘を申し出る。 初めは得体が知れない上に足手まといを得てもしょうがないと断ったリファーティだったが、 コローチェが教団ヴェアウについてリファーティよりも多くの情報を知っていることや、 戦略家としても有能であったことから、コローチェの有用性を認めて共闘を承諾する。 二人は教団ヴェアウのアジトに乗り込んで教団を塵殺し半壊にさせる。 そしてコローチェの目的である、教団が秘匿している秘宝を盗み出すことにも成功する。 だがそこに教団の教祖ジェオリオンが現れる。 彼はたいへんに強力な精神攻撃を使い、トラウマを持つリファーティをアイデンティティ崩壊の危機に陥らせる。 リファーティは大変な戦闘力があるが、心が脆い。 コローチェは人生に後ろ暗いことがなく堅牢な精神を持っているが、一人で教団と戦えるほどの戦闘力はない。 状況を窮地と認め、コローチェは盗み出した秘宝の使用を決意する。 メタジャッカー。 そう名づけられている一振りのナイフ。 それは、切り裂いた他人のすべてを手に入れ、引き受けることの出来るナイフであった。 財産、肉体、精神、記憶、人間関係、過去のカルマ、宿業、魂、それらの何から何まで。 コローチェはリファーティにそのナイフを与え、自分を斬らせたのだ。 かくしてリファーティはコローチェのすべてを得て、「コローチェ」そのものになる。 新しくコローチェとなった一人が残り、元のコローチェはいない。 ではリファーティが消えたのと何が違うのかというと、メタジャッカーはその「乗っ取り」の過程で、 元の自分が持っていたものを自由に持ち込むことができるのだ。 概念としては、二人の人間のうち都合のいいところを合わせるのに近い。 精神も肉体も美しく健康な少女となったリファーティは「コローチェ」そのものとなり、 今や過去の悪夢の記憶や宿業から完全に解放され、癒された。 教祖ジェオリオンは形勢の逆転を悟ると、部下を盾にして素早く背走に転じる。 その優れた手腕に、さすがにコローチェは追いつくことも出来なかったが、復讐の動機から解放された彼女にはどうでも良いことだった。 コローチェは精神に束縛がない。 そのため人生に目的もない。 さしあたっては、世界を放浪し、メタジャッカーを最大限に用いて自己の存在をどんどん良化させていった。 自分にないものを持っている人間を襲うたびに、彼女は美しく強く、あらゆるものを持てる者になっていく。 やがて彼女は、旅先で教祖リジェリオンと再開する。 彼は企業家として精力的に活動をしていた。 二人は茶を飲む。 コローチェがリジェリオンに何らの恨みを抱いていないように、リジェリオンもまた、教団を潰された恨みなどは無いようだった。 彼は、自分は最大多数のために奉仕する機械のようなものだと語る。 教団ヴェアウも、最大多数を救済するために、我を捨てて奉仕する集団として育成している途中だったのだという。 しかしリファーティの一件からこのアプローチの不確実さを認め、 活動の結果ではなくその過程で人を幸福にする組織作りをしていたのだという。 コローチェは、リジェリオンの話を注意深く聴き、「自分が持っていない良いもの」を持っていないか貪欲に考えた。 大きなもののに奉仕する精神は、もしかしたらその見た目の不自由さを背負ってでも得る価値があるのかも知れないと思えた。 コローチェはリジェリオンに一時的に力を貸し、行動を共にすることで、それを見極めようとした。 決め手はその奉仕精神が、リジェリオンをとりまくすべてと複雑に絡み合ったネットワークを形成していることだった。 コローチェは今まで旅をしてきて、この生い茂る森林のような精神よりも大きなものを見たことがなかった。 コローチェはリジェリオンをメタジャッカーで斬りつけ、その精神を得ると共に、彼の事業を引き受けた。 だがタイミングの悪い偶然により、その殺害と略奪の現場を、リジェリオンの息子ホボロウが目撃してしまう。 リジェリオンそのもののアイデンティティを得たコローチェを、 ホボロウは親の敵であると同時に親であるとも認識することになり、自我に混乱をきたす。 元来自由な精神を持っていたコローチェは自分は何をしても良いという信念を持っていたが、 それはリジェリオンの奉仕精神と混ざることで、全体の幸福のためなら何をしてもいという、 条件付きではあるがより強固な信念に変わっていた。 彼女は自己矛盾した魂を抱えてしまったホボロウが幸福になるのは無理だと考えた。 特に彼女は幸福の基準が高かったことが、その判断を後押しさせた。 そして彼女は最高の幸福を多数にもたらす手段として安楽死という発想に至った。 幸福に包まれながら死ねば、死が、ネガティブな意識なしに選択可能なものになれば、 ≪死の認識についての自己矛盾≫を抱えた人類を根本的なレベルで癒すことができる。 彼女は組織を用いて、二つのものを創造した。 ひとつは、そのような思想を広めるシステム。 もうひとつはそれを実現する薬。 だが出来上がった薬を前にして、彼女は、彼女の世界救済計画のためではなく、突然の、 いきなりの発作により、急激にそれを服用したい衝動にかられ、そしてふらりと飲み、逝ってしまった。 メタジャッカーは不要な記憶を、実は消滅させるのではなく、通常の精神処理ではあり得ないほど強固に抑圧していただけだった。 度重なるアイデンティティの略奪でその抑圧は蓄積され、ひそかに内部で死の願望を膨らませ、圧力を増し、 そしてそれを何の障害やリスクやデメリットもなく実現させてくれる手段を前に、堰を切ったのだ。 倒れる彼女を見つけて、彼女の息子と妻が泣く。 (完) ----------------------------------------------------------------------