---------------------------------------------------------------------- ●クローズドエデン ---------------------------------------------------------------------- 人間の脳のアーキテクチャが人間によってデザイン可能な文明。未来。 しかし人間が生来持っている呪われた構造(「本能と理性の乖離」や「死の自覚」)のせいで 社会問題が絶えず、世界はディストピアと化していた。 システム設計とアートの天才的な才能を兼ね備えた十二月博士は、 晩年の全リソースを賭けて一人の娘「フルージェ」を作る。 フルージェは「人はどうすれば幸せになれるか」を追求した結果得られた数々の仮説たる解のうちの一つを備えており、 その小さな頭脳を半分以上占有した、フルージェの意志とは無関係に独立して自走する楽園を抱えている。 その楽園は、世界と呼ぶに足る十分な緻密さと広がりを備えているので、仮想世界とは呼ばれない。 ヘヴンと呼ばれる。 ある意味、フルージェの脳は別世界に通じる門に過ぎないとも言える。 くもりに似た存在。 フルージェはいつでも楽園と共に在るので、最高の幸せを常時享受している。 ・幸福とは「何を感じるか」ではなく「何を為すか」すなわち自己実現によるのではないか? ・孤独に独り占めする幸福は真の幸福と言えるのか? といった疑問もあったが、十二月博士はとりあえずその疑問はないものと仮定してフルージェを作った。 フルージェのような最高に幸せな存在があること、そしてそれを自らが生み出したということが、 彼が自分のつらい人生を癒すための最高の慰みなのだ。 フルージェは脳の半分が楽園に取られているので、人格的にすごく魅力的だが、世界と戦うアビリティに欠けた。 平たく言うと、自分の力で生き延びれないタイプ。 十二月博士がフルージェを守っていた。 しかし十二月博士に死期が迫り、彼はフルージェの新たな庇護者が必要だと考えた。 十二月博士は、研究所に忍び込んできたため捕獲し監禁していた不届き者の男に嘘の恩の記憶を与えて洗脳し、 フルージェを保護するナイトに仕立て上げた。 男の名はボーデルと言った。 世界のディストピア化が進行する。 テレパスたちのネットワークたるハイウェイも荒廃し、退廃的で救いの無い世界のイメージが共有され、 それがまた人々の精神を退廃に追いやるという悪循環が起こっていた。 そこで王立ネットワークは精神世界のクリンナップの必要性を認識し、美しいイメージによるリライトを計画した。 その計画の名は「最高作戦」。 最高作戦の要として白羽の矢が立ったのがフルージェ、そして彼女が持つ楽園だった。 世界を救える立場に立ったフルージェだったが、彼女は真・善・美のうち美の原理主義者であったため、 「真理だとか」「モラルだとか」「そういう無粋なことを有難がっている奴ら」が心の底から、本当に本当に大嫌いだった。 だから彼女は、ハイウェイと交わりたくなかった。 彼女は王立ネットワークの請願を拒絶したため、彼らと利害対立する。 ボーデルは王立ネットワークの襲撃から、フルージェを護る。 「世界で唯一、他の何者にも依存しない価値を持った存在」。そう彼女を信奉する。 王立ネットワークの戦力は無尽蔵かつ組織立っており、ものすごく強いボーデルでも戦闘に限界を感じた。 フルージェのために戦ってフルージェのために死ぬことを、ボーデルは受け入れていた。 ボーデルが彼女のために戦って死ぬことを、フルージェは当然のことと認識していた。 だが「あなたのために戦って果てるなら本望だ」とボーデルが言うと、フルージェは冷たく答える。 「だめ。あなたはわたしのために戦い続けるの。死んでも戦い続けるの。何があっても絶対に。 どんな条理もどんな決まりもどんな因果も越えて、煉獄のようにいつまでもいつまでも。 あなたはただの機能なんだから、わたしが必要とする限り使われ続けなければならないの。 あなたが愛しくて言ってるんじゃないの。あなたの騎士としての幸福を考えて言ってるんじゃないの。 ただわたしは安全を欲しているだけなの。あなたが生きても死んでも、幸せでも不幸でも、 そんなことはどうでもいいから私を安全にしなさい。敵という敵を根絶やしにしなさい。 それが終わったら消えていいわ。わたしも余計なことは忘れて二度と思い出さない。」 それはフルージェの本心だった。 ボーデルは、そんなフルージェの愛の無さにはかまわず、その言語のインパクトの起伏が持つリズムに、 ただ酔いしれていた。 フルージェのために戦い続けるボーデルだが、いつしか力尽きる。 その死の瞬間を、フルージェは両の目でしかと見る。 エゴイストのフルージェが、ボーデルを想って見ているのでは、決してなかった。 ボーデルという防壁を失って、フルージェは王立ネットワークに捕獲される。 そして贅を尽くした宮殿で丁重に扱われつつ、ハイウェイに強制的に接続される。 夢と希望を持って、ハイウェイからフルージェの世界に来訪者が殺到する。 しかし、それらのすべてがバタバタとなぎ倒され、引きちぎられ、ハイウェイに送り返される。 漆黒の翼をたたえた、フルージェの楽園を護るガーディアンが現れた。 それはボーデルだった。 フルージェは、ボーデルの動きや言葉や振る舞いをその末期に至るまで見続けることで、 ボーデルと同じ構造を持った存在を楽園内に再構築していたのだ。 最後の彼の死が、ガーディアン誕生の決定的なトリガーとなった。 それはまるで、ボーデルがフルージェの楽園内に生まれ変わったかのような構図だった。 ボーデルは漆黒の翼を広げてハイウェイ内を飛び回り、世界中の有象無象の精神を蹂躙していく。 それを笑いながら眺めてフルージェは、楽園に住まう幸福を、地獄を見下ろす愉悦でさらに増加させていった。 おわり。 ----------------------------------------------------------------------