---------------------------------------------------------------------- ●論理占術マヌーヴァ ---------------------------------------------------------------------- 精神の形而境界にヒビがあり、内から沸いてくる悪夢を流出させてしまう少女・グロウベリー。 彼女は必死にこらえようとする。 そのの暗黒の妄想を垂れ流せば悪夢は現実となって彼女の大切な人たちを襲う。 それは彼女にとっての真の悪夢だ。 しかし悪夢を精神内に閉じ込めればそれだけ彼女自身が凄まじいストレスに苛まれることになり、 嘆くことも逃げることもできない地獄の日々を送っていた。 そこにひとりの少年、シェックケイトが現れる。 彼は正誤協議会のデーデルタの階段でグロウベリーに恋をした。 シェックケイトは彼女に近づき、グロウベリーもまた洒脱で魅力的な彼に惹かれるが、 彼を傷つけてはいけないという思いゆえに、彼から遠ざかろうとする。 夜の闇にフクロウが鳴く。 それは未来の悲劇を暗示していた。 シェックケイトは新運命論者であった。 新運命論者は運命やその流れをまず「在る」ものとするが、それは絶対のものではなく、 「運命に対して何も対策を講じなかった場合のデフォルトの未来」として捉え、 それを超克したり、情報源として積極的に活用することを考える。 シェックケイトは頑健かつ強靭な精神を備えていた。 シェックケイトはまず未来の運命を知ろうとした。 より遠い範囲までの未来を、より正確に知るためには、より有能な占い師を尋ねる必要がある。 その最高峰はどこにいるか? 金が最も流れる場所にいる。 論理占術の腕において、王宮論理占術師マヌーヴァの右に出る者はいない。 もちろん一介の学生に過ぎないシェックケイトが、そんな住む世界の違う存在にアクセスできる訳がなかった。 シェックケイトは才気溢れる学生であったが、これまで何かに本気になったことが無かった。 だが今は違う。 グロウベリーへの恋心が、彼にかつてない情熱を与える。 魚が水を得たように、シェックケイトの知性はエネルギーを得てドライブする。 今は具体的には思いつかないが、彼はいろいろ頑張って王宮論理占術師マヌーヴァとコンタクトを取ることが出来た。 マヌーヴァは運命を告げる。 ・シェックケイトはグロウベリーの精神の開放に成功する。 ・しかしそれによりグロウベリー自身はストレスから開放され、  悪夢の制御も出来るようになるが、同時に世界を滅ぼす魔王の運命を得る。 ・彼女の前に魔王を殺せる勇者が現れる。 ・シェックケイトは勇者の前に立ちはだかり、戦いになる。 ・シェックケイトは勇者を殺してしまう。 ・そしてグロウベリーはシェックケイト以外の人類を悪夢に閉じ込め、十億のストレスを永遠にむさぼる。 ・シェックケイトはその傍らでグロウベリーといちゃいちゃする。 ・その後は不明。 刹那、悪くない……とシェックケイトは思ってしまった。 この未来を知ってしまったマヌーヴァを殺すか、ということまですら考える。 グロウベリーだけがいてくれれば彼は嬉しい。 彼にその未来を拒む理由はないのだ。 ……というのは表層意識で自覚している願望だけの話で、シェックケイトはさすがに、 「二人きりの滅びた世界」などという安直な未来像を良しとするほど単純な男ではなかった。 「二人きりの滅びた世界」にも、問題点はいくらでもあった。 ・グロウベリーもシェックケイトも、今まで一人きりで生きてきた訳ではない。  大切な知人を地獄に落としてしまうと自分の精神に取り返しのつかないダメージを負う。  その知人の知人を地獄に落としても、その知人の精神に取り返しのつかないダメージを負う訳だから、キリがない。  結局「世界をどうこうする力」を持ってしまったのだから、世界規模で利害を考える必要が生じてしまっている、  というのが正しい現状認識だ。 ・二人だけの世界は狭い。退屈。人間はその精神のために多くの人間を必要とする。 ・二人だけの社会は柔軟性に欠ける。ちょっとした破綻で永遠に離れ離れで孤独になってしまう。リスキー。 ・グロウベリーは魔王になって存在の構造が特殊化して永遠の生命を得るが、シェックケイトはそうはいかない。  シェックケイトが死ねばグロウベリーは一人きりになり、グロウベリーは永遠に不幸になる。  それはシェックケイトの望むところではない。 そういうわけで、シェックケイトはその未来を拒絶することにした。 時間をかけて深く決意した。 まず自分の無意識に影を落としているフクロウを探し出し、それを殺した。 これは、新運命論ではよく知られる、運命に立ち向かおうとする者の前に現れることがあるという、 「絶望を語る悪魔」(のロール/比喩を備えた人物 or 何らかの知的生命体)の精神攻撃を凌ぐために必要な儀式だった。 そしてシェックケイトは、グロウベリーの精神を開放するところまでは運命どおりに実行する。 グロウベリーは悪夢/地獄の力の制御力を得て、魔王になる。 と同時に、彼はマヌーヴァの助力を得ていちはやく勇者にコンタクトを取り、話し合いの場を設ける。 彼は、勇者の力を用いて、魔王を殺すのではなく、グロウベリーと魔王の属性を切り分けられないかと考えていた。 勇者の説明によると、シェックケイトが望むことを実現するには、勇者が持つ聖剣だけでは足りず、 その聖剣に「概念切断」の魔法を付与する必要があるという。 概念制御は禁呪である。世界を作り変えるほどの力があって危険なうえ、 それを手にした者は精神世界の急激な拡大に耐えられず、間違いなく自我を失ってしまう。ボンと吹き飛ぶ。 シェックケイトは概念切断を用意するから魔王戦を待っててくれと言うと、勇者は断った。 だがシェックケイトは勇者の大切な妹を殺すと脅す。 勇者は魔王の真覚醒が五日後なので、余裕率40%を見込んで三日後までなら待つと約束した。 しかし世界の王は、世界がどうしようもなくなった場合の最後の切り札として、 概念制御に手を染めた古い魔王ディナーリオを、とある孤島の地下洞窟に幽閉していた。 地下洞窟内は概念が歪んでおり、ものごとの理が安定しない。そ れに幽閉された魔王の怨念が加わり、おどろおどろしい悪霊と怨霊のさまようような呪いの場所になっていた。 この先に飛び込んだらどうなってしまうか、情報のノイズが多すぎて論理占術もまったく通じなかった。 勇者が魔王戦を始めるまでの時間がないのでシェックケイトは今すぐにでも 我が身を捨てて地下洞窟に飛び込みたい衝動にかられたが、 それはただの思考放棄+献身酔いであって何ら状況改善の成功率を高めないと自分に言い聞かせ、 自らの左手をナイフで机に打ち付けて自縛の儀式で自分を抑え、どうすればいいかを考え続けた。 (グロウベリーとの邂逅以来、抑え難い衝動の暴走がシェックケイトのアキレス腱となり、  シェックケイトはそれをよく自覚していた。) 一日使って概念制御について調べたが、自分で使うにも研究の時間がまるで足りず (実際に使えたとしてもデメリットが多くて彼は使わなかったが)、地下洞窟に挑む以外無いかと思われた。 彼は気分転換に物理学をやった。状況解決の手順が見えてない以上、それは絶対に必要なプロセスだった。 また、彼の先攻は物理学だった。 そこで奇跡が起きた。 物理学の一部には奇妙な法則があり、それは、超微細な領域においては観測した対象の挙動が 確率的に不定になるというものだった。 この直感に反することおびただしい法則には以前から違和感を覚えていたのだが、 今回の気分転換で、彼はそれから、この世界そのものが概念制御によって作られた幻像ではないか、 という着想を得た。運命の存在はその傍証にも思えた。 この先にヒントがあるようにも思えた。だがそれは確実ではない。 彼自身の希望的観測に過ぎないかも知れない。 彼は時間を区切ってそのアイデアの証明に取り組んだ。 三時間かけて、彼はその着想を論理的に証明することに成功した。 だが三時間ではなく一日が経っていた。あまりに集中し過ぎていて時間の感覚が狂ったのだ。 証明完了と同時に、概念世界へのゲートが開いた。 「この世界そのものが概念制御である」という概念はそのキーであり、 その考えに彼が確信を持った時点で彼はそこにアクセスする資格を得たのだ。 それはあの地下洞窟最深部への裏口でもあった。 魔王ディナーリオもまた、そのゲートを通って概念の世界にアクセスしたのだ。 魔王ディナーリオはすでに発狂していた。 常人の精神ならその狂気に侵食されて取り込まれてしまうところだったが、 シェックケイトは自らに「正気の覇王」と名づける儀式によって決して精神の正常性を失わない 概念制御を自らに施していた。これにより、自らの「精神世界の急激な拡大」も抑制することが出来た。 シェックケイトは魔王ディナーリオを殺し、概念制御の力を手に入れる。 だが四日が経っていた! だがシェックケイトは事前に策を弄していた。 三日経ってもシェックケイトが戻らない場合、勇者の妹に、 勇者を引き止めるように恋の暗示をかけていたのだ。 シェックケイトは帰還して勇者に謝罪すると共に勇者の聖剣に概念切断の魔法をかける。 勇者はグロウベリーから魔王を切断し、「魔王というロールそれ自体」だけを殺す。 グロウベリーは普通の女の子になり、シェックケイトと結ばれた。 その後、シェックケイトは再度、論理占術師マヌーヴァの元を訪れる。 彼は油断しない。 戦いが終わった後の平和な日々にもまた、様々な破局の可能性が待ち受けていることは、 過去の悲劇ログの数々が物語っているのだから。 シェックケイトにしてみれば戦いはまだ始まったばかりであった。 が、この物語はこれでおしまい。 バイバイ。 --------------------------------------------------