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ステッパーズ・ストップ

そのほか

2012年


黒野宇美01


 どうして黒野さんはあんなに最高なのだろうか?
 恋は誰でもするものらしい。だから特別なことではないのかも知れない。ぼくは黒野さんに恋をした。彼女はすてきだった。教室で鞄を下ろすのも、配られたプリントを後ろに回すのも、すべての仕草が魅力的だった。特別だった。彼女と同じクラスになれたのは七分の一の幸運だ。お陰でぼくは毎日彼女の姿を見ることが出来る。昨日と変わらずにかわいいのを見て安心する。昨日までには気づかなかった新しい魅力を発見してさらに好きになる。どんどん気持ちは強くなる。
 小さいのは悪いことだと思っていた。なぜなら弱いからだ。足が遅いし力も出ない。チビは馬鹿にされる。喧嘩も弱い。幸いにしてぼくはチビではなかったので、安心してチビを馬鹿にする側に回ることが出来た。でもまあそれは中学一年くらいまでの感覚の話だ。
 黒野さんがとてもかわいいのに気づいたとき、ぼくは目の覚めるような気持ちになった。黒野さんは小さい。しかも女だ。その上口数が少ない。これはちょっと前までの感覚で考えれば最悪だ。三拍子そろって弱い。ぼくは中学のときの黒野さんを知らないけど、もし同じ中学だったら馬鹿にしまくってたと思う。そういう存在として扱っていたと思う。けど今のぼくはそこまで幼稚ではない。だから黒野さんをそんな理由で馬鹿にしたりはしない。それどころか大好きだ。数年前ならばジャリにしか見えなかったであろうはずのものが、今は魅力を凝集した宝石のように見えるから不思議だ。
 そもそも黒野さんはハイスペックなのだ。小さいながらも高性能。それは特に体育の時間に発揮される。テニスでアホみたいに鋭いサーブを撃ちまくってたとか、短距離走で学年トップだとか、結構な武勇伝が伝わってくる。部活は剣道部で、中学のときに県大会準優勝まで行ったらしい。物静かだから文科系にも見えるけど、運動神経は抜群なのだ。それと知ってぼくはますます好きになってしまうけど、高嶺の花にも思えてつらくなる。勉強の成績も理数以外はそこそこらしい。
 彼女が最高なのはいいけど、どうすればいいのか分からなくてつらい。そもそもぼくはどうしたいのか? と言うとそれは簡単で、端的に言って付き合いたい。付き合った先で出来る様々なこと――セックスしたり、キスしたり、一緒に帰ったり手を繋いだり、昼飯を一緒に食って羨望の眼差しを浴びたり、セックスしたり、メールしたり、キスしたり、セックスしたり、デートしたり――をしたい。彼女をぼくのものだと認識したい。彼女が最高すぎてどうにかなりそうな気持ちを、付き合っているという状態に収めたい。彼女のことが好きで好きでたまらないのだが付き合っているので何ら問題ない、という状態になって無敵になりたい。そう、黒野さんと付き合えればぼくは何があろうと無敵になれる。
 であれば告白すればいいっていう話なんだけど、現実はそう簡単ではない。勇気がなくて告白できないというのはありがちな話だ。だけどぼくの場合はそうではない。そりゃ、フラれたらどうしようとか、黒野さんはこれだけかわいいんだから他にも狙ってるやつがいるはずだとか、他に好きなやつがいたらどうしようとか、フラれたのがみんなにバレたら恥ずかしいなとか、そもそも黒野さん本人に嫌がられたらどうしようとか、尻込みしたくなる要素はいろいろとある。でもそれらは瑣末な問題だ。黒野さんへの告白が成功して彼女と付き合えるという最高の可能性があることを考えれば、ぼくの不安なんて考慮するまでもなく今すぐ告白すべきだ。けど、安易な告白を許さない重大な問題がこの世には存在する。

 黒野大地。

 黒野さんの兄。一学年上の先輩。この学校で彼は有名だ。それも悪い意味で。


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