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ステッパーズ・ストップ

そのほか

2012年


ジュエル・ダークマター01


ジュエル・ダークマター



 同点引き分けという例外を考えなければ、どんなジャンルでも、世界一すごいという人間はかならず世界に一人はいるはずだ。それ自体は大したことではない。だけど、世界一のすごさを一人の人間が複数のジャンルで兼ねていたら、それはそんなことがあり得ることそのものを不思議がってもいい奇跡と言える。その奇跡の申し子が、彼女だった。

 ジュエル・ダークマターは十二歳の少女だ。

 前述の奇跡により、彼女はまったく独立した三つの点において世界一のスペックを誇る。

 ひとつめは、美貌。腰まで流れ落ちたオーロラのように鮮やかに煌めくブロンドと、その名の通り宝石のように澄んだグリーンアイズ。小さくふくらんだくちびるは、形よく桜色に咲いている。ひと目みれば老若男女すべての人間が彼女に恋する……というのは言い過ぎだ。人には好みや無感症というものがあるから。けれど全人類に全人類の容貌一位を投票で決めさせれば、間違いなく一位に輝くのが彼女だった。

 ふたつめは、知性。素粒子やそれより小さい物理現象に至るまで、現代の観測技術では認識できないほどの微細な振動をも情報伝達媒体として無限の記憶容量と理想的に最適化された思考を持つ彼女は、頭脳の中に宇宙を内包できるほど頭がいい。間違いなく世界一だ。図抜けている。彼女は人間一人分に相当するサイズの思考をたくさんプールに泳がせて、そのコミュニケーションのネットワークによって大きな思考を作り、さらにそのレベルの思考をまたたくさん泳がせて……という構造を繰り返し、七階層の知性レイヤーを作ることでより高度な思考の領域に到達している。そしてその構造は今も、思考によって常に改良が加えられている。人の脳がその思考を、同じく脳でしか認識できない波動の形で非物理空間に放射されているのを発見し、チャンネルの調律とプロトコルの統一によってコミュニケーションするテレパシー技術、別名「マナティックチャンネル」「エルフィンハイウェイ」「無損失疎通路」を開発して人類の社会を一変させたのが、彼女の知性がもたらした、目に見えるもっとも分かりやすい成果だ。ちなみに彼女によれば、この技術は地球外異生物の探索にも応用できる可能性があるらしい。

 みっつめは、性欲。神がかった出来の良さを誇る理性を持ち合わせながら、熱望を通り越して狂気と言えるほどの獣欲が彼女にはあった。この特徴の発芽だけは他の二特徴よりも遅れており、二年ほど前にはなかったことだった。そのとき手近にいた男は彼女の父親だ。実の娘の巧妙な誘惑と暗示に彼は支配され、彼は娘の無限とも思える貪欲な要求に三日三晩付き合い続け、ついには腹上死させられた。また彼女の母も嫉妬したり嘆き悲しんだりする間もなく娘に絡みつかれ、七日間の痴闘の果てに天に召された。そうしてやむにやまれぬ事情で天涯孤独となったのちに、ジュエルは邪神じみた欲望を、その優れた頭脳によって何とかコントロールする術を見いだした。

 美貌、知性、性欲。

 神の悪ふざけによって三つの極端な特徴を備えたジュエル。彼女は、自分の根元動機を、ふたつ、知性を高め続けて自らの精神をより高次な領域に導くことと、他者を巻き添えに欲望の限りを尽くして法悦の限りを尽くすことと、の間の拮抗するポイントに設定している。



 ぼくのような凡夫が彼女と出会ってその世界をのぞくことが出来たのは、ほんの偶然だ。神様の考えることなんて分からないから、彼女が変装して町に出かけたときに、ぼくを見初めたその理由を聞かれても困る。ただぼくの方は、ぼく自身の華のない思考ルーチンがもたらす退屈な生活に飽き飽きしていて、何か特別な幸運が舞い込んでこないかなーなんて考えていたから、彼女に腕を引かれたのは渡りに船だった。

 彼女がぼくの袖を引っ張ったのは一度だけで、その後は何事もなかったかのようにすたすた歩いていくので、ほんとうに僕を呼んだのか不安になるくらいだった。高級住宅街の中にあった彼女のお屋敷に着き、部屋でお茶菓子を出された時点で、ようやくぼくの思い違いのストーキングでなかったと確信でき、ぼくはほっと一息をついた。

 帽子を取って髪をほどいた彼女の姿を見たとき、ぼくはこのジュエル・ダークマターを、まるでその名前のような格好の子だと思った。膝までのスカートも、その上にかかってスカートを相対的に短く見せているブラウスも、黒くて落ち着いた調子だったけど、さらに上からかかった長いブロンドは彼女を特別な存在であることを十分に説明していた。金色の輝きと黒の闇のコントラストは、まさしくジュエル・ダークマターの名を冠するにふさわしい様相と言えた。噂を聞いてなんとなく人形のような美しさを想像していたのだけれど、彼女の柔和な表情はぼくの緊張を一瞬でほぐしてなくしてしまった。やわらかいほっぺに触れるくらいは問題ないんじゃないかな、とさえ思えてしまう。すべては彼女の計算の上なんだろうけど。

 勧められたふかふかの椅子は背もたれが傾いていて、試しにそこに背中を預け、自分の体が尊大にふんぞり返るのを確認してると、いきなり彼女がまたがってきた。しかも少しの躊躇も遠慮も勿体付けもなく、ぼくの股間のシステムの上に彼女のシステムをもろにあてつけてきている。僕のシステムはすぐに起動してしまった。

 そしてこちらをまっすぐ見据えながらつぶやいた彼女の言葉には僕の名前が含まれていたけど、世界一賢い彼女が既にぼくの名前を知っていることは不思議でも何でもなかった。

「スモーク・バテレンシア。きみの目と鼻の先にある天国はきみに土足で踏み入られることを心から望んでいるよ。機会を棒に振って一生を後悔と共に過ごしたくなければ、やりたいことを今すぐ全てはぁんうん、あ、あ、ああん、いや、ふうううん、あふああああああああああん」

 ジュエルがみなまで言う前に、ぼくは淫ら姫の腰を取って揺さぶった。布越しに密着し合った互いのシステムがよく摩擦しあうように、念入りにねちっこく。システムで堪能する刺激はもちろん、衣擦れの音と、指を加えて感じ入る彼女の整った顔、振動に合わせて揺れる髪が、豪奢な心地よさを僕に与えた。

 それから二人でもつれ合い、手首まで沈む絨毯で横になる。ぼくは彼女の衣服のうち重要なものだけを脱がし、あれやこれやと感度の優れた体で遊び、彼女のあえぎ声に聞き入りながらシステムを密結合させ、何度も何度も果てた。

 至福のひとときを終えてぼくが裸でぐったりしていると、彼女は休みもせずに立ち上がり、テーブルの上にあったティッシュで軽く体を拭いて、さっさと服を着てしまった。

「分かってはいたが半端に煽られて焦れただけだ。きみに激しい遊びを求めるのも酷だろうからちょっとレイプされてくる。家の設備は好きに使っていいし帰りたくなれば帰ってもいいよ」

 それだけ言い残し、ぼくが何か言う間もなくさっさと出かけて行ってしまった。



 ぼくには彼女の欲求を全く満たせないらしい。とすると何のために招かれたんだかさっぱり分からないんだけど、この豪華なお屋敷で好きにくつろいでいいらしいので、ぼくはお言葉に甘えることにした。ジュエルの家来みたいな人がたくさんいて、どうやら既に事前に言い含められていたらしく、ぼくに親切に尽くしてくれてとても居心地がよかった。その日の夕方、やたら広い上に何やら不穏な用途に使われるらしい器具まで設置されているお風呂に浸かりながら、いつまでここにいようかと考えた。快適とは言ってもずっとここにいてもさすがにやることがない。何日か経ってジュエルが帰ってこなければ帰ろうかなとも思った。けど彼女は翌朝に帰ってきた。

「ただいま。ほらおみやげだよ」

 と軽い口調で言って、ソファで本を呼んでいたぼくにくれた背伸びをしてくれたキスは、ぼくを世にも邪悪な暗黒の世界に誘った。



 テレパシーの帯域は両者の肉体の距離の二乗に反比例する。なのでゼロ距離接触時には無限となって、単なる思考や情報だけではなくさまざまな印象やニュアンスまでまったく劣化なく相手に伝えることができる。これを無損失疎通路という。

 無損失疎通路を通じてよこされた彼女の記憶は、彼女がたったいま「ちょっとレイプされてきた」その様子を、ぼくに一から十まで包み隠さず知らしめた。(もっとも、彼女の巨大な思考を受け止めるにはぼくの脳のキャパでは足りなさすぎるので、彼女はそれをちょうどよいサイズに軽量化してくれていたのだが。)



 彼女はもっともっと刺激を欲している。彼女のきれいな皮膚の下の内臓には、ぼくと交わした平和なまぐわいなどでは全く飽きたらぬほどの激しい欲望が宿っていた。しかし、自分で自分を慰めたり「自分の中に別人格を作って両手のみのコントロールを与える」などということもやったのだが、ほとんど効果は無いらしい。あくまでも自分の脳とは別物である「他者」の手によって触れられなければ感じられないのだそうだ。獲物を求めて、彼女は町に繰り出した。

 探せば下衆などいくらでもいる。下衆というのはつまり、普段から並ならぬ性欲を常に抱えており、法の監視の目から隠れおおせる機会があるなら、いつでも女を強引に犯してやろうと考えるタイプの下衆のことだ。ジュエルはそういう道行く人々が無意識にたれ流す心の中を驚異的な解読力で一方的に覗き、自分が求める人間を探した。

 彼女が白羽の矢を立てたのは、二十代の低賃金労働者だった。彼は本当に性欲が強く、かつ幼児愛好家の上に大変な嗜虐趣味の持ち主だった。しかしそれと相反して善良な人格を持っており、満たされぬ自分の欲望にいつも苦しんでいる。そういう意味では、彼はまだ下衆ではなかった。

 ジュエルは嗜虐趣味も被虐趣味も両方備えているらしい。ただ今日はいじめられたい気分だったのだそうだ。そうと決めれば彼女は行くところまで行く。そうしないと満たされないから。彼女は性的にすごくいじめられたい気分だった。レイプされたかった。合意も示し合わせもなく無理矢理されたかった。しかも、快楽を自ら求めて味わい尽くしたようなスレた感性ではなく、幼く無垢な状態でトラウマになるような酷い扱いを受けたかった。

 彼女は彼女の広大な脳の中で「胚」と呼ばれる状態の精神を作り、哀れなその生け贄に名を与えた。チェルシー。そして高速でシミュレーションさせた世界を生きる夢を見せて育て、膨らませる。やがて彼女と同じ十二歳ほどの段階に辿り着いたとき、仮想世界から引き上げて現実の肉体のコントロールを与えた。チェルシーは特に違和感を覚えず、この世界に降り立つ。ジュエルは変装も兼ねて、自分の顔を変えた。髪も肩までの短さに縮める。色は金色のまま。

 チェルシーは仮想世界で獲得した常識的な知識と自分自身のささやかな思い出以外、何も知らない。その肉体が世紀の大天才のものであることも、自分がその大天才によって生み出された人工精神であることも知らない。ただ思うところのままに行動するだけだ。

 一方ジュエルは、チェルシーに同調してそのすべてを認識する。光、音、肌に感じる空気、味わい、におい、内臓の座り具合、自分自身の思考、無意識に流れるリズムとメロディー。ジュエルは一時的に自分自身を忘れ、チェルシーを疑似体験する。地獄を楽しむために。

 チェルシーを地獄に導くために、ジュエルはチェルシーの無意識から最低限の誘導をする。

 ジュエルが獲物と定めた男は、町の広場でホットドッグを食べていた。チェルシーはその男の指をにぎり、お腹が空いたからそれをちょうだいとか、暇だから遊んでくれと誘う。抱きついてみたりすり寄ってみたりして、そうとは知らせずに男を刺激した。



 夜、無防備なチェルシーは男の暮らすアパートに誘いこまれる。手足を縛られ、口を封じられ、道具を用いて体中を手ひどく傷つけられて犯される。特に、敏感な部分やシステムなどは、刃物や針、ヤスリなどで入念に痛めつけられた。ジュエルの計らいでチェルシーの精神はやたら頑丈に作られており、壊れることも狂うことも出来ないまま一晩中、凄絶な苦しみを味わわされた。そしてジュエルはその拷問に心身ともに身を委ねて、心ゆくまで堪能し、味わい、己の身に溜まりに溜まっていた欲望を解放した。

 男は、引き返せないところまで来たのに自分のしていることを割り切ることも出来ず、罪悪感に苛まされながら、しかし長年抱いていた願望を満たした。

 夜が明け、宴が終わる。
 ジュエルは縛を解き、破損した肉体の修復と変身の解除を同時に行い、ぼくとした後のときみたいにさっさと服を着てしまう。用が済んだチェルシーの壊れかけた精神は、いたわりと共に浄化してしまう。
 部屋の隅でひざを抱えて、狂騒が消えて罪悪感と後悔だけを残した精神で自分のしでかしたことに震えていた青年は、目の前で起こった超常現象に目をしばたく。ジュエルは青年に近づき、腰を曲げてその額にキスをした。

「ありがと。すごく気持ちよかったよ。お兄さんセンスいいね。でも二度とやっちゃだめだよ。じゃあね」

 呆気に取られる青年を残して、ジュエルは軽い足取りでアパートを出ていった。



おわり
 


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