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ステッパーズ・ストップ

そのほか

2012年


孤絶防壁都市エルダ01


孤絶防壁都市エルダ

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 悲劇を目の当たりにした。
 一人の騎士が三人の盗賊によって殺され、金品を奪われた。盗賊は狡猾だった。商人を装って騎士と干し肉の取引をし、隙を見て特殊な道具で馬の足を拘束し転倒させた。騎士は地面を転がり受身を取ったが、別の盗賊が手際よく騎士を網で捕らえた。騎士は剣に手をかけたもののそれを抜き放つことができない。鋼線の網が肉体に絡みつき、彼にあらゆる対応を禁じていた。時を置かずナイフで体の各所を無数に刺され完全に無力化される。盗賊たちは騎士の持ち物を漁り、拘束具を外して馬と共に持ち去っていってしまった。
 騎士は盗賊たちに陥れられ、その武力を発揮できないまま惨殺された。騎士の体は道外れの段差から突き落とされ、道からは見えない死角に落ちた。
 状況とは無関係に優しい風が草木を揺らしている。あなたは岩場の上に座って一連の状況を観察していた。誇りを踏みにじられるように虐げられたのは哀れなものだったが、あなたにそれを食い止めることは出来なかった。ただ観ることしか出来なかった。
 では、あなたは無力なのか?
 そうではない。観ることによって為せることもある。あなたは体を封じられた騎士が彼なりに戦い、命を張って守っていたものがあったのを見抜いていた。あなたは岩場を降りて段差からも飛び降り、騎士が落ちた場所に音もなく降り立った。
 山の地形が作る窪みに力なく横たわっていた騎士はまだ生きていた。しかし虫の息だった。
 もし騎士に近づいたのが狐や狼といった野獣であったなら、盗賊たちに奪われた金品に続いて己の肉や臓腑をも貪られる惨い死に様に怯えもしただろう。しかしあなたの姿はそういった野蛮とはほど遠い。あなたは死にゆく騎士を言葉もなく見下ろしている。薄れる意識の中で騎士があなたをどう見ているのか、あなたは察することができる。彼はあなたを自分の死を看取る何らかの御遣いと見なし、幕が下りてゆく最後の意識を宗教的な納得で飾ることにしたようである。それを否定する理由はないので、あなたは黙したまま看取りの役を引き受ける。
 騎士は震える手を差し出した。開いたその手の中にはサファイアの指輪があった。盗賊たちに奪われないように隠していたものだ。恋人に渡すつもりだったのだと騎士は言った。魔法ではなく想いが込められている指輪。物語の指輪。そしてあなたにそれを渡した。恋人に届けてもらえると信じているのだ。彼は正しい。あなたはそれを受け取って口の中に入れた。騎士は安心し、ほどなくして息絶えた。
 あなたは騎士と別れて道に戻る。道の行く先は地形の起伏で見えなくなっているが、歩いていけば街に辿り着ける。あなたの目的はその街にある。騎士の恋人もそこにいるので、道すがら想いを遂げさせてやることも出来るだろう。それが死んだ騎士に対する救済である。

 孤絶防壁都市エルダ。巨大な災禍の元凶がそこにある。あなたはそれを除去することは出来ない。ただ見極めに行く。
 あなたに出来るのは観ることばかりである。状況に干渉することはほとんど出来ない。止められない悲劇を黙って眺めることもあるだろう。悲しみや嘆きが胸に沸くこともあるだろう。しかしあなたが痛んで疲弊することはない。喜びも悲しみもあなたの糧になりこそすれ、認知的不協和を起こすことは無いのだから。こと人格の健全性においてあなたの右に出る者はいない。
 ⇒<1>

<1>
 そうそう都合良く目的地の近くに転移先を見つけられるとは限らない。しかし今回は運が良かった。小一時間歩くだけで街まで辿り着くことが出来た。
⇒<2>

<2>
 あなたは北を向き、孤絶防壁都市エルダの正門と向き合っている。正門には武装した衛兵が見える。壁は東西に広がっており途中で折れている。西側には木々の密集が見える。そちらから回れば街を右回りできるだろう。東側は植物が少なく、朝日に照らされた石肌が輪郭をおぼろにしている。そちらから回れば街を左回りできるだろう。
 朝も早いため、東から吹く風はまだ冷たい。
 これからどこへ行こうか。
・正門から中へ  ⇒<3>
・壁づたいに西へ ⇒<5>
・壁づたいに東へ ⇒<4>

<3>
 あなたは正門に近づく。そう広くない門の両脇には衛兵が一人ずつ立っており、直立不動で隙なく侵入者がいないか見張っている。正門前は広く開けているので身を隠すものもなく、中に入ろうとすれば咎められること必至である。この街はこと防衛に関しては神経質なのだ。話も彼らには通じはしまい。あなたはここからの侵入は諦めるしかなかった。
⇒<2>

<4>
 あなたは街の東門の前にいる。
 門は閉まっているが、時おり開け放たれて羊が引く車が出入りしている。羊は四頭ずつで車を引いており、御者に鞭打たれて資材を山岳から街中に運び込んでいる。逆に街から出て行く車には何も積載されていなかった。
 ここには衛兵は一人しか立っておらず、なおかつ羊車という移動物体があるので、衛兵の隙を衝いて街に侵入するのはそう難しくなさそうである。今のところ、あなたに注目する者もいない。
 あるいは別の場所に移動しても良い。
・壁づたいに南へ   ⇒<2>
・壁づたいに北へ   ⇒<6>
・東門から中へ    ⇒<15>
・道に沿って山岳地へ ⇒<8>

<5>
 あなたは街の西門の前にいる。
 門は開け放たれており、羊が引く車が頻繁に出入りしている。羊は二頭ずつで車を引いており、御者に鞭打たれて資材を森林から街中に運び込んでいる。逆に街から出て行く車には何も積載されていなかった。
 門の両脇には衛兵二人が立っており、周囲に厳しく目を光らせている。羊車の影に隠れて侵入を試みてもいいが、成功率は低いだろう。
 あるいは別の場所に移動しても良い。
・壁づたいに南へ  ⇒<2>
・壁づたいに北へ  ⇒<6>
・西門から中へ   ⇒<7>
・道に沿って森林へ ⇒<9>

<6>
 あなたは街の北門の前にいる。
 門は閉鎖されている。北の牧草地に向かって道が伸びているが、人も車も通っていない。閑散としている。
 牧草地は広い。その丘陵は朝日に照らされており、光陰の境界がなめらかなカーブを描いている。斜面は柵で広く囲われており、遠くの方で無数の羊がまばらにくつろいでいる。
 ここからは街には入れそうもない。どこへ行こうか。
・壁づたいに東へ ⇒<4>
・壁づたいに西へ ⇒<3>
・道に沿って牧草地へ行ってみる ⇒<11>

<7>
 羊車の影に隠れようとしても、衛兵二人に対して死角は取れない。それぞれの衛兵にも注意力の周期があるのは見て取れたが、それと羊車の移動を組み合わせても都合のいいタイミングはなかなか訪れない。辛抱強く待っていたらチャンスは訪れるかも知れないが、あまり時間を無駄にはできない。他を当たった方が良さそうだ。
・壁づたいに南へ  ⇒<2>
・壁づたいに北へ  ⇒<6>
・道に沿って森林へ ⇒<9>

<8>
 あなたは山岳地帯に入っていく。羊車が通るだけあって道はしっかりと舗装されており、移動で苦しむことはなかった。幾度か羊車とすれ違った後、あなたは開けた空間に出る。空間は切り立った岩場で囲まれており、十数人の男たちが大きな鉄器で石を割る作業をしている。石切り場だ。石は人一人が運べる直方体まで分割された後に、順に羊車に積まれていく。
 あなたは停留している羊車に忍び込めないかと考えた。しかし石はみっちりと積まれていくため、あなたが入り込む余地は無いだろう。邪魔にされるし、最悪潰される。石切り場でこれ以上見るべきものもないし先にも進めない。あなたは引き返すしかなかった。
 ⇒<4>

<9>
 舗装された道に沿って森に入っていく。道は伐採の跡と共に広く切り開かれており、羊車が活発に往復している。ひかれないように道から少し外れて進むと、伐採線の最先端、木こりたちの作業場に着いた。屈強な男たちが斧を振るい、森から木々をはぎ取っては羊車に積んでいる。
 木材は枝葉のついたまま乱雑に車に積まれている。これなら車に忍び込むのも難しくなさそうに見える。
・街に戻る ⇒<5>
・羊車の荷台に忍び込む ⇒<16>
・さらに森の奥に踏み入る ⇒<10>

<10>
 森は街よりも大きく広がっている。ランダムに歩き回ってみたが何にも当たらない。認識に長けたあなたが森で迷うことは無いだろうが、ここで有益な情報が得られるとも思えない。人が集まっている街を観る方が目的にかなっているだろう。
 あなたは街まで引き返した。
 ⇒<5>

<11>
 街の北の広大な面積が、牧草地として利用されているようだった。柵によっていくつかのエリアに分割されているが、そのひとつひとつが広い。
 そこを闊歩しているのは羊だ。草を食んだり、歩いたり、戯れたり、体をゆすったりと、思い思いに生を謳歌している。羊は文化の伴侶と呼ばれており、衣、食、軍備、流通と人間の生活に欠かせない万能の家畜となっている。羊一頭は人一人の命より重いとされるほどだ。
 牧草地を横切る道を歩いていると、厩舎付きの小屋の前を通りかかった。
・小屋を訪ねてみる ⇒<12>
・街に戻る ⇒<6>
・柵をくぐって羊と接触する ⇒<13>
・道を進んでさらに北へ ⇒<14>

<12>
 小屋は扉が閉まっている。頼んでも開けてはもらえないだろう。厩舎にも入ってみたが、誰もいなかった。
・街に戻る ⇒<6>
・柵をくぐって羊と接触する ⇒<13>
・道を進んでさらに北へ ⇒<14>

<13>
 羊は衣料や食肉になるほか、その軽くて硬い骨を加工することで最高級の武具になるし、機動力と角の攻撃力を活かして騎兵とすることも出来る。羊が家畜として席巻した地域では、馬、牛、豚、はすべて駆逐されたほどだ。
 人間に利用され、重宝され、崇められ、そして飼われている不自由な王族。そんな彼らはどのような心持ちで生きているのか。あなたは一匹の羊のそばに寄って話しかけた。
 ――わたしはあなたがたがのことが分かる。あなたがたは無知蒙昧な畜生などではない。分からないのは、あなたがたがいつまでも沈黙を守り続けていることだ。あなたがたが心を閉ざし、人と言葉を交わすのをやめてから久しい年月が経ったが、あなたがたが言葉を失ってなどいないのをわたしは知っている。あなたがたは言葉を封じているだけだ。あなたがたは無差別支配兵器たる言葉の使用をやめて、人に自分たちを支配することを沈黙を以て許した。あなたがたは動物的な痛みに悲鳴をあげこそすれ、言葉で抗議することはついぞなくなった。そのため人間は罪悪感も持たずに己の都合で定めた宗教観に従ってあなたがたを資源として鋳潰せる。
 あなたがたは戦線を離脱したのだろう。あなたがたは人の都合で理不尽に殺され、鞭打たれ、利用され、命をしゃぶり尽くされる代わりに何者とも敵対することはなくなった。あなたがたはその聡明な判断によって平穏を勝ち取ったのだ。あなたがたは人間よりもさとく、言葉の持つ破滅性にいちはやく気づいてこれを放棄した。あなたがたは支配と管理の責任を人間に委ね、こうしてゆるやかな時間を貪っている。それが、人間が選択した言葉と書と道具を以て築き上げた文明よりも価値のあるものであることを自覚し、あなたがたは永久に勝利し続けるのだろう。
 そして人がいつか自らの強さと賢さをついに制しきれずに自滅するその時に、人があなたがたのその正しい姿を見て己の過ちに気づくか、またはそれでも気づかない様を見て、あなたがたはそのような眼差し、背後に大いなる英知と沈黙を守る節度をたたえた、しかし外部からは無意味でしかなくその空虚に想像を働かせることでしか内情を推察できない神のごとき眼差しで人を見るのだろう。
 あなたがたは人間の傍らにいながら、その実精神の交流の在り方において決定的な地点で人間と袂を分かった。あの偉大にして愚昧なる竜たちのように、人間と言葉を交わし愛し合い憎み合うことはせずに、己たちのみの道を歩んできた。
 しかし羊たちよ、わたしは分からない。そこまであなたがたのことを理解していてもやはりわたしには分からない。わたしは可能な限りすべてを理解するのがその本質であるから、あなたがたに問わずにはいられない。
 あなたがたは、なぜ、人を見捨てたのか。あなたがたなら出来たはずだ。楽園に人を誘うことも、あるいは言葉が作り出す闘争の世界で、共に寄り添うことも。種族で垣を作る必要はなかったはずだ。一度でも言葉が通じたことがあったなら、人はそのときあなたがたの良き友であり、愛憎伴う隣人であったはずだ。
 あなたがたはなぜ、わたしたちを拒絶したのか?

 これらのことをあなたが言っている間、羊はあなたのことをじっと見ていた。羊は確実にあなたの言うことを理解していた。しかし言葉で一言も答えることはなかった。
 そして羊はあなたに顔を寄せ、ひとつ口づけをした。やわらかい感触だけが返答の代わりに差し出された。あなたはそれ以上、羊に対して言葉をかけることは出来なくなった。
 体が震えるのは風のせいばかりではない。最も酷白な現実に直面しているからだ。あなたは自分がみじめになる前に、ここを立ち去らなければならない。
・街に戻る ⇒<6>
・道を進んでさらに北へ ⇒<14>
 


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