当サイトは CSS を使用しています。

ステッパーズ・ストップ

そのほか

2011年


トド16




<戸所硫花>

 結局黒野くんは逃げた。
 不良の人らとつぼみさんが戦っている間に、走りもせず、公園の外へ歩き去ってしまった。一度倒れた不良の人が起き上がったのは、つぼみさんがへたり込んで何やら泣きわめいていたからだった。黒野くんが何か酷いことを言ったらしい。こんなに酷い人だけど、わたしは彼のことが好きだ。そのことを、不思議とも、嫌だとも思わない。ただ、どうすればいいのか分からなくて困った。
 そして結局、つぼみさんは不良の人らをもう一回やっつけた。相手は二人もいるのに、だありゃーとか叫びながら正義の味方みたいに敵を軽々と蹴散らしてしまう。かっこいいなあ。ぼんやり見ていると戦いが終わった。つぼみさんはこちらに歩いてきた。
「あーつかれた、あーうざったかった、あーむかついた」
「お疲れさまです」
 わたしはハンカチを差し出す。汗かいてるし土埃で汚れている。
「あーありがと! うれしー!」
 と言ったくせにつぼみさんはそれを受け取らなかった。その代わりにわたしに抱きついてくる。ぐわっなんだこの人。
「つ、つぼみさん!?」
「必要だから! 必要だから!」
 訳の分からないことを言いながらわたしを捕らえて離さない。逃れようとしても無駄だった。仕方ないのでそのまま話す。
「あの、助けてくれて、ありがとうございます」
「いやわたしは黒野さんに言われただけだけどねー! まあでも感謝されるのは嬉しいしありがたく受け取るよ。そのお礼として! こうして! ハグさせてください!」
 事後承諾で頼まれた。
「はあ。いいですけ……どっ! おっ!」
 わたしは受諾した。戦ってなければきれいな人だ。嫌な気はしない。だけどだんだん抱きしめる力が強くなってくる。苦しい。
 しかしすぐに解放される。つぼみさんは唐突に離れた。
「あー忘れてた! まだぶっ殺すべき人間が残ってたよね、死ねばいいのにわたしが殺す。鴨居くう〜ん?」
 さっき黒野くんたち相手に凄んでた時とはうってかわって、びっくりするような猫撫で声でつぼみさんは鴨居くんに歩み寄る。腰を屈め、まだ地面に座っていた鴨居に目線を合わせて、優しく優しく言葉をかけた。お母さんが子供をいたわるように。
「鴨居くん鴨居くん、大丈夫だった? ああ、どうやらガツンガツンやられちゃったみたいだね。痛かったよね。辛かったよね。ごめんね来るのが遅くなってー。ね、一人で立てる?」
 そう言ってつぼみさんは鴨居くんに手を差し出す。鴨居くんがたじろぎながらもその手を取ろうとすると、案の定つぼみさんは鬼に豹変した。
「自分で立てよボケ!」
 カミソリみたいなローキックを鴨居くんの肩にたたき込む。唾を吐き、白目を剥いて鴨居くんは倒れた。
「生きてる価値皆無のハナクソのくせに調子乗りやがって! てめえみたいなザ・駄目ナイズドがわたしに触れるわけねーだろ舐めてんのか! そんなきったねえ手で触られたらさあ、わたしの手が腐っちまうことぐらいさあ、ちょっと考えれば分かるよね? 分かんないか? 分かんないくせに生きてんなよ死ねよ殺す! あんたトドちゃんにとてつもねえことしたくせに反省ゼロか? ゼロ反省か!? この野郎この野郎この野郎! ああああ蹴ったら余計にむかついてきた! わたしの靴が最低クズ菌で汚染されちまうじゃねええかああああ!」
「つ、つぼみさん! つぼみさん!」
 その蹴りは不良の人らや黒野くんに放ったものよりも苛烈で、しかもエスカレートしてそのまま鴨居くんが死んじゃいそうだったので、わたしは慌てて後ろからつぼみさんを止めた。わたしは、女だから、触っても大丈夫……だよね?
「お願いやめて、その辺にして! 死んじゃうよ!」
 つぼみさんは止まらない。
「問題ないよ良いんだよむしろ死んだ方が得じゃん! この宇宙にとって!」
「でも鴨居くんは被害者だよ!? そりゃわたしに変なことしたけど、でもこの子は本当に追いつめられてて……」
「いいやむしろこいつが一番悪! こいつが一番むかつく! こいつを見てるとわたしのウジ虫レーダーが振り切れるの! こいつを殺さなければならないという絶対の確信がわたしにはあるの! わたしの足はきっと、こいつを蹴り殺すために生えてきたんだ!」
 わたしは必死にしがみついて止めようとする。
「お願いだからやめて! こんなリンチばっかりしてたら、黒野くんたちと同じになっちゃうよ!」
 わたしがそう言ったのは破れかぶれだった。だけどつぼみさんはピタッと止まった。どうやら鴨居くんへの嫌悪に負けず、黒野くんへのそれもそれなりに大きいらしい。
「うー……」
 つぼみさんは唸りながら、鴨居くんから離れる。鴨居くんはもう動かない。息はしてるみたいなので安心した。
「ごめん。興奮し過ぎちゃった」
 つぼみさんの暴力は、やっとこれで打ち止めとなった。



 わたしが助かったそもそもは、利根川さんのお陰だった。黒野くんのいとこで黒野宇多という、みんなの親分みたいな、頼りになる人が違う学校にいて、その人がつぼみさんを遣わしてくれたらしい。そしてその黒野宇多さんに事情を話したのが利根川さんだった。何でも「黒野くんに惚れちゃってる子が友達にいて、このままだと絶対にろくなことにはならないから彼女を守って欲しい」とかそんな風に言ったそうだ。
 見知らぬ人を含めて三人もの人が関わってわたしを守ってくれたんだ。そのことを嬉しくも、申し訳なくも思った。利根川さんとつぼみさんにはお礼を言った。後でその黒野宇多さんにもお礼に行こうと思う。
 しかしその前に、片づけておかなければならないことがあった。
 黒野くんだ。
 彼にきちんとした返事をもらっていないというのもある。わたしはまだフラれても受け入れられてもいない。
 だけど、それだけじゃない。
 わたしは、わたしを、果たしていない。



つづく


© Pawn