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ステッパーズ・ストップ

そのほか

2011年


トド14




<戸所硫花>

 不良の男たち。瞳さん。鴨居くん。たくさんの手がわたしを掴み、押さえ、わたしの衣服を剥いでいく。鴨居くんは嫌々参加しながらも蒼白になりながら「ごめん」と謝っている。分かってくれたならそれでいい。あなたがやってることはこういうことなんだ。本来耐えられるようなことじゃないんだ。
 覚悟した。これからわたしは犯される。痛い思いと、怖い思いをする。何かの報いだとは思わない。わたしは人から後ろ指を差されるようなことは何ひとつしていないし、これからも胸を張って生きていく。
 黒野くんはわたしを見下ろしている。
「本当に残念だ。おれも、きみが、好きだよ。だから分かって欲しかった。自分の過ちを」
 黒野くんから返事がきた。少しうれしい。とてもがっかり。わたしの告白を跳ね返すような言葉だった。分かりました。それがあなたの答えなのでしょう。
 速やかに暮れていく公園で、一枚また一枚とわたしは開かれていく。ぎゅっと口を閉じ、目を瞑る。言うことは言った。あとは耐えるだけだ。

「――潜みて見よ。つがいを求めて踊る鴉。揺れる枝葉に。招く巣穴に」

 幻聴かと思われた。その声は唐突に聞こえてきた。どこからともなく流れてくる。この状況にはひどく場違いな、朗々と歌うような口ぶり。
 わたしを汚そうとする手が止まり、みんな辺りを見回して声の主を探す。黒野くんは口に手を当て、眉を寄せていた。集中して考えている。何かを。

「――人の理は世の理。数尽きるほどに例えたり。野に風に。花に魚に、水面に虹に」

 倒れたままわたしはみんなを見ていた。みんなの視線はあちこちをうろつくままだ。声の主を、まだ見つけられていないいるようだ。
「誰だよ。出てこいよ!」
 瞳さんが叫ぶ。黒野くんは考えている。

「――手繰れば触れる此処元も理の中、その陰は黒に、唄われるを拒むこと決して能ず」

 声は広場の一角の方からした。同時に、みんなの視線が定まる。姿を見るにはまだ遠い。声から察するに、女の子らしかった。黒野くんが口を押さえながらもごにょごにょつぶやくのが聞こえてくる。「この計ったようなタイミング……無駄な演出そして余裕の誇示……まさか……」
 女の子は外灯の下に姿を現した。知らない高校の制服を着ていた。

「――かくしてその手は此処元に届き、吉凶もろとも獲い尽くすだろう」

 前口上みたいなのが終わると、その叫んだ。生声とは思えない、大声量で。
「大地ぃいいいいいいいいいい!!」
「オオイまじかよっ」
 叫びに弾かれて、バササササと鳥の群れが飛んでいく。黒野くんも逃げたそうにしていた。
「欺瞞2! 恐喝2! 純暴力7! 性暴力1! 思想汚染4!」
 何かを数え上げながら、女の子が走ってくる。
「これはもうほんとどうしようもなく! 処す!」
 弾丸のような勢いだった。茶色の長い髪が、ふわふわと跳ねている。その顔は桜みたいに可愛いらしいのに、表情は怒りに満ちあふれている。悪鬼羅刹のようだった。
 黒野くんは首を傾げている。
「宇多……じゃないのか? 誰だ?」
「何このバカ。一人? とりあえずやっちゃお」
 瞳さんが言うまでもなく、不良二人が走ってくる女の子の前に立ちはだかる。しかし女の子の勢いは止まらない。喋りながらも口から涎を垂らしている。まるで狂犬だった。
「黒野大地! 宇多さんから言付けを預かっている! 聞け!」
 女の子が飛び上がる。不良の人がガードを上げる。フェイントだった。そのまま、いや不自然な速さで着地して、潰れてしまったかと思うほど低い体制から足払いをかける。不良の人が転ぶ、女の子が踏み抜く、「げっ」と変な声をあげて彼はそのまま動かなくなる。あっと言う間だった。
 古沢くんがその横から殴る。女の子の振り向きざまの蹴りが、かかとが、その拳と衝突した。当然拳の方が負ける。
「痛てええっ!」
「痛いかどうかなんて――」
 女の子は足を下ろし、もう片方の足を上げる。高く。タイツに包まれた両足が、きれいな直線をつくった。
「尋ねてねえんだよ!」
 そしてそれが、古沢くんの脳天に振り下ろされる。鉄槌みたいな重い一撃。それだけで古沢くんは沈んでしまった。
「……このドカスが」
 足を引き戻して着地する女の子。あれだけ激烈だったのに今は音もない。運動後の終点。体操のフィニッシュのように静かに止まる。跳ねていた髪も重力に従う。尋常じゃない汗にまみれながらも、一息ついた表情はきれいだった。
「な……何なの!?」
 逃げようとする瞳さん。でも逃げられない。髪を捕まれて引き戻される。少しぶちぶちいった。うええ。
 黒野くんが誰何する。
「あんた誰なんだよ。いや、ていうか何なんだよ」
「淡島つぼみ。宇多さんの左手だ。宇多さんに代わっておまえを罰す」
 女の子は、つぼみと名乗った。
「やーっぱり宇多の差し金か。あのさ、言っておくけどおれ、大したことしてないよ。なんかもう勘弁してくれよ。ってか、それはそれとして、何であんたそんな嵐みたいなんだよ。あんたはどういう生き物なんだよ」
「わたしは宇多さんの左手。わたしはあの人の感情。悪を許さない燃える心を体現しているからだ。黒野大地、おまえは燃やす。凪ぐ。消し飛ばす」
 瞳さんの髪を掴み、その頬を左右にパンパンはたきながら吐き出す言葉も激しい。黒野くんは頭を傾げる。
「ええー。いやあのさ、宇多ってさー、なんか、そういうんじゃないだろ。いや、あんたが宇多の指示で動いてるのは分かるよ。けど、そのダイナマイトみたいな無闇なエネルギーは、あんた個人の特性だよね?」
 つぼみさんは黒野くんを無視する。代わりにその宇多さんという人のものらしき言付けとやらを口にした。
「『大地、なんでこうなるのか分からないとは言わせない。わたしの言いつけを忘れたなら何度でも思い出させてあげるからね。』」
「分ーかーらーなーいー。意ー味ー不ーめーいー。言いつけって、確か『人様で遊ぶな』だったよね? 破ってないよ。おれ。遊んでないよ。真剣だよ。あれから心を入れ替えてさ、真面目に善行を積んでたんだよ。なのに、何かする度に悪者扱いされるんじゃ、やってらんないよほんと。って宇多に言っといて」
 つぼみさんは瞳さんをさんざん殴った後、お腹にドスンと蹴りを入れる。瞳さんも崩れた。そのまま、次はお前だとばかりに黒野くんの襟を掴む。「痛いよ」と黒野くんが非難するけど、つぼみさんは取り合わない。
「返答Fか。それに対する宇多さんの返答はこうだこのナメクジ野郎。『あんたがかつて犯したのは自殺とか出家しても釣り合わないレベルの罪悪だ。となれば、のうのうと恥ずかしげもなく生きてること自体が反省してない証拠だよね。わたしがあんたを殺さないのは、そんなあんたですら貴重な黒野の資産だからだ。聖戦でまともに使えるリソースになる見込みが無いと分かれば、わたしはいつでもあんたをこの世から取り除く。現状の、判断材料不足からの保留に感謝して欲しいよ』」
 黒野くんは頷く。
「なるほどそうだ。確かに宇多の言う通りだ。目から鱗が落ちたよ。おれが間違っていた。うん。罪悪感で胸がいっぱいで耐えきれなくなってきた。これは死ぬしかないよね。今から罪を償うために死にます。だから、とりあえず襟を離してくれないかな。ゲホッ、オエッ!」
 つぼみさんにギリギリ締め付けられながら、黒野くんは水みたいなことを言う。



つづく


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