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ステッパーズ・ストップ

そのほか

2011年


トド12




「何調子乗ってるのこの女」
 嫌悪のこもった言葉が聞こえてきた。ベンチに座っている女の子だった。
「せっかく大地が、あたしたちが味方になってあげてるのに、何こっちが悪いみたいに言ってんの。良いとか悪いとかあんたが決めんの? あんたそんなに偉いの? 何様なの? 端から見ててすげえイラつくんですけど」
「ごめんなさい。そんなつもりは無いの。わたしはただ、人が傷ついてるのがつらいだけで」
 わたしは弁解する。でも逆効果だった。女の子は激昂した。
「はあ? 傷ついてるのがつらい? 善人ぶってんじゃねーよ偽善者」
「まー落ち着いてよ、瞳」
 黒野くんが間に入って、女の子をいさめる。瞳さんと言うらしい。
「戸所さんに悪気は無いんだよ。さっきも言ったけど戸所さんは、ちょっと優しすぎるからさ、判断が甘くなっちゃうんだよね。だから目の前の人に同情しちゃって、公平になれない。瞳にはすっごい感謝してる。瞳がいなかったらこんなこと出来なかったしね。もちろん古沢とクッキーにも。戸所さんにはおれから言って聞かせるからさ、許してあげてくれないかな」
 黒野くんが頭を下げる。瞳さんは鼻を鳴らしたけど、それ以上何も言わなかった。そして黒野くんはわたしに言う。
「戸所さんの、弱者をいたわる気持ちは立派だと思う。実際陽太は弱いし、弱いからあんな行為に出ちゃったわけだしね。けど、なんでもかんでも許してたら世の中は回らないんだよ。事前にどんなに教育しても、自分で自分を押さえられないほどの馬鹿はいつも現れる。そのままだとたくさん被害が出てしまう。どうすればいい? その方法はたった一つだ。そういうのが現れるたびに、こうやって」
 黒野くんが鴨居くんの方を向く。右足を一度引いた。
「やめて!」
 わたしは頼んだ。でも聞き入れられなかった。黒野くんは鴨居くんのお腹を思いっきり蹴った。座っていた鴨居くんが、少し浮く。前かがみになる。がふ、と口から息が漏れた。痛そうだった。
「しつければいいんだ。簡単だろ?」
 わたしは叫ぶ。
「こんなの最低だよ!」
「おい!」
 瞳さんが怒鳴る。怖い。でもわたしは言うのを止められない。
「弱い人を一方的にいたぶって! 鴨居くんは悪いかも知れない、確かにそうかも知れないけど、でも、だとしても、黒野くんたちはもっと悪い!」
「もういいよ。最悪だよこいつ。やっちゃおーよ! 結局こいつがされたのってキスまでなんでしょ? レイプは未遂だったんでしょ? そんで大地にも守られてるから、自分が安全だと思って調子に乗ってんだよ。ほんと馬鹿だから、マジに酷い目に遭わなきゃ分からないんだよ。だから、分からせようよもう」
 瞳さんが立ち上がりかけるのを黒野くんが手で制止した。不良の二人はにやにやしている。彼らはずっとおとなしいけど、黒野くんさえゴーサインを出したら、いつ襲いかかってきてもおかしくない雰囲気があった。
 何をされるか分からない。逆らったら大変なことになる。鴨居くん以上に酷いことになるかも知れない。すごく怖い。逃げ出したくなる。でもわたしは言った。
「黒野くんは間違ってる」
 分かった。混乱はなくなった。この人たちは最悪だ。黒野くんも含めてだ。それがはっきり分かった。黒野くんは鴨居くんを蹴った。それで分かった。やっと分かった。本当は最初から答えは出ていた。見えてなかっただけだ。
「あなたたちは間違ってる。理由をつけて鴨居くんをいじめたいだけだ。弱さも悪さも全部鴨居くんに押しつけてるだけだ!」
「あー! もう我慢できない」
 黒野くんの制止を振り切り、瞳さんはとうとうこっちに歩いてきた。



<東海道瞳>

 くだらない。絶望的にくだらない。人の楽しみに水を差してくるなんて野暮ったいにも程がある。理由をつけていじめたいってあんた。だから何? そりゃそうだ。誰だってそうだ。わたしたちが悪いって。あのね。あんた馬鹿じゃないの。あたしたちを馬鹿にしすぎだ。そんなの分かってる。あんたは分かってない。こっちが悪いにも関わらず鴨居みたいなクズをズタズタにしてなお正義を振りかざせるから痛快なんじゃないか。
 まあいいけど。よく考えたらこういう馬鹿を叩き潰すのってむしろ楽しそう。つーか、鴨居みたいな雑魚よりクッサい正論振りかざしてくる偽善者の方が潰し甲斐があるよね。あーあ。趣味が合わないなら黙ってりゃいいのにねえ。どうしよっかな。どうしよう。なんというか、心を折りたい。追い詰めてこの女自身に鴨居を痛めつけさせる、とかやりたいなあ。んで、あんた最低じゃないか、って言ってやるっていう。
 あるいはあれだ。鴨居に事件の続きをやらせりゃあいいんだ。鴨居みたいのを許してのさばらせるとこういうことになるよって教育するっていうお題目で。処女喪失させた後で、ほら勉強になったでしょ? 教えてあげたんだかお礼を言いなさいって言う。絶対お礼を言わせる。自分が無力だって分かるまでしつこくしつこくなぶって、場合によっては鴨居を痛めつけて、是が非でも酷いことしてくれてありがとうございますって言わせる。一回言わせたらこっちのもの、何回も何回も言わせる。動画撮っといて脅して、その後も何度も何度も呼び出してこいつを壊す。
 内心、わたしはわたしの構想に震えていた。想像するだけで絶頂に達しそうになるプランだ。地獄を見せる。最高に興奮する。わたしがこの女に代わってもらいたい気持ちが沸くくらいだ。失うものが多すぎるから絶対に代わらないけど。わたしは横でそれを見ていられればそれでいい。この女が酷い目に遭うのを見てそのシーンをキープしたまま自分の部屋に戻って、布団にくるまって一人で出来ればそれでいい。わたしは清楚だから、自分の体を安く投げ出したりはしないのだ。
 戸所の横っ面を叩く。大地が困ったような顔をしている。こいつもほんと大概だよな。業が深すぎる。自分が一番楽しんでるくせに、最後まで露骨な善人面をキープするんだから。正義を貪るのは分かってる奴だけに許された貴族趣味だ。大地とは趣味が合うとは思ってたけど、こいつはわたしなんかよりずっとこの道を極めてる。大好きすぎる。最初は、なんだこの良い子クンはって思ってたけど、本性を知ると俄然魅力を感じた。わたしは清楚だけど、こいつになら抱かれてもいいかなって思う。戸所へのお仕置き動画を流しながらそれをBGMにして大地に抱かれたら、わたしはどうなってしまうだろう!? 興奮と快楽で確実におかしくなる。あははあはあは!
 戸所が言ってくる。ガッタガタに震えながら。
「好きなだけわたしを殴ればいい! 暴力を振るえばいい! そんなことをしても絶対、絶対にわたしは撤回しない。あなたたちは間違ってる! 人を痛めつけて自分を腐らせてる、大馬鹿者だ!」
 本当むっかつく。でも良い。このむかつきこそが、これからこいつをズタズタにする痛快の布石になるからだ。わたしは飛び跳ねてしまう。
「暴力オッケーだって。許可が出たよー」
 ベンチの方に目配せすると、古沢とクッキーも立ち上がってきた。はいリンチけってーい。
 戸所の顔は今や恐怖でかなり面白いことになっている。痛快すぎる。自業自得だ。あはあはは!



つづく


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