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ステッパーズ・ストップ

そのほか

2011年


トド11




 なにしてるのこの人たち。
 すごく気分が悪くなる。わたしは震えていた。耳鳴りがする。寒い。怖い。とてつもなく歪んだ世界を感じる中で、わたしの理解が追いついてくる。
 リンチだ。
 黒野くんたちは鴨居くんをリンチしている。暴力で脅して、無理矢理恥ずかしいことをさせている。古沢くんも、友達らしき不良の男子も、女子も、そして黒野くんも、鴨居くんを一方的に痛めつけて、虐げて、遊んでいる。人であることを無視しておもちゃにしている。
 最悪。何考えてるの。
「はい戸所さん許さず、と。まだまだ誠意が足りないみたいだな。じゃあ次は7eバージョンで、」
「やめて!」
 呆然と見ている場合じゃなかった。これを止められるのは一人しかいない。ようやくわたしは声を上げて、この状況に関わった。
「こんなの……こんなのって無いよ。酷すぎるよ。もう許してあげてよ!」
「けどさ、戸所さん」
 黒野くんがまじめな顔で言う。
「彼は君に対して、やっちゃいけないことをしたんだ。許されないことだ。当然その罪は裁かれるべきだ。報いを受けるべきだ」
「それがこれなの?」
 罪。鴨居くんが犯した罪。それを黒野くんが裁くと言う。
「そもそも、なんで黒野くんがそのことを知ってるの? わたし、誰にも言ってないのに」
「戸所さんが傷ついてたのは見て分かったよ。陽太にプリントを届けた翌日だったから、原因の見当もついてた。陽太にカマかけながら締め上げたら全部吐いた。簡単だったね。ただこいつは引きこもりだから家からここまで連れ出すのには小細工が必要だったけど。て言っても、友達の女の子に頼んで釣り上げただけだけどね。単純な欲望に目が眩んで、ノコノコここまでついて来たって訳だ」
 ベンチに座ってる女の子が手をひらひら振っている。普通の女の子に見えた。それが不良に混じって悪巧みに嬉々として参加して鴨居くんをいじめている。わたしの知らない人種だ。彼女も。不良の人たちも。そして黒野くんも。怖い。わたしはまだ震えていた。
 でも。言わなきゃ。
 言わなきゃこの事態を止められない。
「こんなことしたらダメだよ! いくら鴨居くんが悪いことをしたからって、それで酷い目に遭わせていい訳じゃないよ」
「これでも戸所さんの意志を尊重したつもりなんだけどなあ」
 黒野くんが困ったような顔をする。いつもの黒野くん。やさしくて、丁寧に接してくれる黒野くん。それが鴨居くんにだけ、信じられないくらいつらく当たっている。黒野くんはいつも通り、叫びも怒りもしない。ただ鴨居くんを空気のように、物のように扱っている。どうしてそんなことが出来るのか、わたしには分からない。
「戸所さんは、親にも学校にも警察にも言わなかった。大事にしたくなかったんだよね? きみ自身のためもあったし、何より陽太のためだったんだろう。とても立派だ。でも優しすぎる。この場合、陽太は誰がどう裁けばいい? 戸所さんが受けた精神的苦痛は何によって購われればいい? 何もなかったことにすればそれで済む? あり得ない。おれは見過ごせなかったよ。当たり前だよね。大事な友達が酷い目に遭ったんだから。だから友達の力を借りて、陽太が戸所さんに謝る場を設けた。すべてを秘密裏に収めたまま、かつ相応の決着をつけるためにね」
 黒野くんの言い分はとてもきれいだ。でも、納得できない。飲み込めない。違和感がある。何かが違う。何かがねじれている気がする。
「嬉しくない」
わたしは想いを言葉にする。
「こんな風に謝られてもわたしは嬉しくない。鴨居くんがかわいそうでつらいだけだよ。黒野くんにも、こんなことして欲しくない。それに、わたし。わたし、平気だよ。平気だから、お願いだから、こんなことしないで!」
 わたしは叫んでいた。なんでこんなことになっているなろう。なんで黒野くんと言い合いになっているんだろう。
「本当かな。本当に平気なのかな」
「平気だよ!」
 勢いに任せて言い切る。黒野くんはこんなことを言った。
「仮にさ、襲われたのが戸所さんじゃなくて、別の女の子だったとしよう。たとえば、戸所さんの友達だったとしよう。その子が誰かに襲われたけど、平気だって主張したする。そのとき戸所さんは、それを信じられる? 本当は傷ついている可能性を無視できる?」
 わたしは息を飲む。黒野くんの反問は胸にグサリと刺さった。
「何もなかった? 前と何も変わらなかったって言える? 嘘も方便とは言うけど、自分に嘘をついてしまうと、自分の気持ちを誤魔化していると、だんだん心が軋んでいっちゃうよ」
「嘘はついてない」
 わたしは嘘をついた。ばればれだった。誰一人騙せない、ぺらっぺらの嘘だった。
 鴨居くんは過剰なほどの仕打ちを受けた。それをしたのは黒野くんだ。彼の言い分は尤もに思える。黒野くんを信じたい。でも彼は信じられないようなことばかりを言う。言葉の流れだけはスムーズ。でもその裏にある気持ちは信じられない。どんな気持ちなのか感じられない。
「本当、だよ」
 つらくなってきた。悲しくなってきた。わたしは泣いていた。涙をこぼしていた。こんな体たらくで平気だなんて、誰がどの口で言ってるんだろう。
 嘘は良くない。でも、もっと良くないこともある。ここで被害者面をしたら、出なくてもいい犠牲者が出るのだ。
「嘘じゃないの。本当なの。わたしは平気なの! だから。だから、こんなことはもうやめて!」
 滴は頬を伝い、顎から離れて地面に落ちていった。
 黒野くんはわたしを見ている。



つづく


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