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ステッパーズ・ストップ

そのほか

2011年


トド10




 黒野くんは学校を休んだ。
 どうしたんだろ。風邪とか引いちゃったのかな。風邪で寝込んでるんだったら黒野くんはさくら台公園にも来られない。そしたら公園での待ち合わせもなくなるかも知れない。心配だしそのことをメールで聞いてみたけど、<平気だよ。公園で待ってる。心配してくれてありがとう。>と返ってきた。
 今日は学級委員の仕事もなかったし、学校が終わったらわたしはそのまま公園に行った。



 黒野くんが告白してこなかったら告白する。辛うじてそのミッションだけは頭にキープできていたけど、後は真っ白だった。公園が近づくにつれて心臓の鼓動も早くなっていく。
 学校から歩いて五分くらいのところにある駅を通り抜けると、坂ばっかりの住宅街がある。上るとフェンスで囲われた丘があって、木がこんもりと生い茂っている。そこがさくら台公園だ。木だけじゃなくて池もある。子供の頃、そこで男の子がザリガニ釣りをするのについていったことがある。池は泥で濁っていて、こんな汚い場所に生き物が住んでる訳ないと思ってたけど、男の子たちが煮干しをつけた糸で、水中からその怪奇生物をやすやすと釣り上げるのを見て、池も馬鹿にしたものじゃないなと見直したのだった。
 黒野くんは公園の入り口の近くに立っていた。ぎゃあ! わたしは立ち止まる。公園の中で待っていると思ったのに、彼がフライングで現れた。不意打ちだ。
 黒野くんがわたしに気づいてこっちに歩いてくる。今日は私服姿で、真っ白なパーカーを着ていた。黒のデニムがぴったりと足にフィットしている。黒野くん足長いなー。
 当たり前だけど、私服姿でも黒野くんは黒野くんだった。さわやかに笑って和ませてくれる。
「ありがとう来てくれて。変なとこ呼び出してごめんね」
「いいけど。でもなんでこんなとこで待ってたの? 公園の中にいるかと思ってたのに。びっくりしたよ」
「公園の中広いからね。ここだと必ず通るだろ」
 もっともなことを言われた。確かにそうだ。気がつかなかった。
「ついてきて。見せたいものがあるんだ」
 そう言って黒野くんが前を歩く。見せたいもの? 何だろう。ザリガニだろうか。告白じゃないのかな。そうだったら、やっぱりわたしはそれを自分から言い出さなければいけないことになる。うう。



「おーっす」
 四人の男女が待っていた。黒野くんが挨拶を交わす。ほかの誰かがいるなんて、わたしは予想もしていなかった。
 公園にいくつかあるうち、奥の方にある広場。そこに先客がいた。みんな黒野くんの知り合いらしかった。同い年くらいの男女。不良の古沢くんもいる。
 四人のうち三人はベンチに座っている。うちのクラスの不良の古沢くんと、同じく不良っぽい知らない男子と、べつに不良には見えない知らない女子。
 わたしは正直ショックだった。黒野くんとわたしは二人っきりではなく、告白とかそういう話でもないみたいだ。
 けどそんなわたしの事情よりも、もっと重大なことがあった。ベンチではなく地面に正座している、もう一人の男子。鴨居くんだった。
「え!?」
 彼はわたしをちらっとだけ見る。すぐにその後うつむく。喋らない。震えている。わたしは状況がつかめない。黒野くんは言った。
「戸所さん、災難だったね。陽太の家で何があったか、彼から直接聞いたんだ。戸所さんにとんでもないナイトメア行為を働いたんだってね? 信じられないよ。絶対にやっちゃいけないって誰もが分かることだ。到底許されることじゃあないよね。だからさ。償いをしてもらおうと思ったんだ。陽太」
 黒野くんが合図をすると、鴨居くんは五体投地して、わたしに向かって深々と頭を下げてくる。
「このたびわたくし鴨居陽太は、戸所硫花様に対して取り返しのつかない粗相を働きました。心よりお詫び申し上げます」
 わたしは唐突な展開についていけない。そもそもこの状況の意味が分からない。鴨居くんは馬鹿みたいに丁寧に謝った。わたしが何も言えずにいると、黒野くんが話を続ける。
「あーだめか。そりゃそうか。そりゃそうだよね。この程度の謝罪で許せる訳がないよね。あんな酷いことをされたんだ、当然だよ。おい陽太、戸所さん、やっぱりお前のこと許せないってさ。お前の誠意が足りないんだよ。やり直しだ。もっと誠意を込めろ。教えただろ」
 黒野くんが言うと、鴨居くんは今度は大声を張り上げた。
「先達ては、拙者鴨居陽太が、貴殿戸所硫花に対して働いた意馬心猿甚だしき狼藉並びに、その後御詫びに伺いもせぬ厚顔無恥極まるご無礼の段、此の場にて心よりお詫び申し上げ候!」
 侍風だった。わたしは呆気に取られる。黒野くんが言う。
「はいだめでした。やり直し。誠意不足。次は萌え美少女バージョンな」
 パン、と彼が手を叩くと鴨居くんは正座したままの状態で体をくねらせる。涙目だった。
「う、うにゃーん! カモカモ魔が差しちゃって、リュンリュンにとーんでもないいたじゅらしちゃったにゃあ! しょーじきカモカモ悪かった! はんせーしまーす、反省ごーっつん!」
 言い終わると同時に鴨居くんは、ゴッ、と地面に頭突きする。見ているこっちが痛くなりそうな、勢いのある頭突きだった。
 ベンチの三人が爆笑している。
「ぶははははは! 馬鹿だ! 馬鹿だこいつ!」
「つーか、カモカモ萌えないんですけど。つかキモい」

 なにこれ。



つづく


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