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ステッパーズ・ストップ

そのほか

2011年


トド03




「まあともかく」
 話を元に戻すよ。トドちゃんが素直な子だってのはちょっと脇道に逸れた話だったね。でも問題は最初からたったひとつ、彼女が気にしている相手が黒野大地だってことなんです。
 良くないです。はっきり言って、悪いです。考えられ得る中でも最悪に近いイベントと言っていいでしょう。黒野くんがトドちゃんに一方的にモーションをかけてるだけならまだ、気をつけろで済む話なんだけど、彼女自身にその気が沸いてきちゃってるから大変なんです。
 守りたいとおもう。
 トドちゃんはわたしの数少ない友達の一人だからなおさらだ。
 だからわたしは少しだけ動く。わたしが出来ることなんてたかが知れているけれど、出来ることだけはしたいんだ。
「トドちゃんはこれからどうするのかな」
「え? 分からない……」
 おやおや、顔を真っ赤にしてうつむいちゃったよ。
「本当に分からない?」
「うっ……ごめんなさい嘘ついた。気持ちは伝えたい。告白したい。ねえ、どうやって伝えたらいいかな……手紙? メール? 呼び出し?」
「どうどうどう」
 トドちゃんは慌て過ぎだね。素直な性格が、情熱でキックされるとこうなっちゃうんだろうね。
「さっきも言ったけどね。彼はやめた方がいいと思う。こんな野暮なこと言いたくないけど……相手が黒野くんとなると話は例外になるよ」
「え? なんで?」
「彼……あまりいい話は聞かないから」
 黒野大地っていう男は、とっても悪い奴なんだよ。法も倫理も平然と犯して、人の思いこみにつけ込んで嘘をまき散らして、善人面で弱者を虐げて踏みにじる。蛇のように狡猾で、罪も証拠も隠匿して巧みに罰を逃れてしまう。みんなの前ではいい人ぶって信頼を勝ち取り、弱者を悪者に仕立てて善良な一般人から迫害されるように仕向ける。妹想いの優しい兄を装って……
 わたしもきっと、何も知らなければ騙されてたんだと思うよ。わたしが本質を見通せるのはつきあいの長い人だけなんだ。彼の情報を持ってる今でさえ、ぼんやり彼を見ていても悪い人のようには見られない。
「それって噂? 噂を信じるのは良くないよ」
 トドちゃんはもっともなことを言う。正しい。人から流れてくる情報なんてだいたいの場合は信用ならないし、すべきものでもないよね。でもね、この話については情報ソースは堅いんだ。それは、黒野大地のいとこの人。黒野宇多。いい加減なことを言うひとじゃないから、ほぼ一次情報と言えるんです。
「うん。噂を信じるのは良くないよ。でも嘘だと決めつけるのも良くないよね?」
「それは……そうだね」
 トドちゃんはこくりとうなずいたよ。素直だね。正論は謙虚に受け入れてくれるんだ。話が早くてうれしいね。
「鴨居くんの不登校の原因も、どうも彼にあるみたいなの」
「え?」
 わたしはクラスメートの名前を出したよ。鴨居陽太。夏休み前から不登校気味で、先月からとうとう一切学校に来なくなってしまった男の子。先生からは心の病気だと説明されている。それはそうだと思うよ。でも実状は大分ぼかされている。彼を弱らせたのは複数人の暴力で、その根源がおそらく黒野くんなんじゃないかって思うんだ。
「いじめ!?」
 トドちゃんは本当にストレートだ。
「そうかも知れないって思う。証拠はないし、憶測の域を出てないんだけどね。ただ、黒野くんが、そういう人だったら……そんなことをするような下衆だったら……そんな最悪なのと付き合ったら、だめだ」
 そんなことを許したら、トドちゃんが酷い目に遭うかも知れないよね。あるいはもしかしたら、トドちゃんが悪い影響を受けてトドちゃんじゃなくなってしまうかも知れない。それは防ぎたいと思う。わたしに出来る、少しだけの範囲で。
 ところがどっこい。
「そんなことないよ」
 トドちゃんはそんなわたしの想いをきっぱりと否定してきたよ。
「そんなことないと思う。それがただの噂じゃなくて、本当だとしても。人のこと悪く言うのは、良くないよ」
 何かと思ったら、子供みたいな意見だね。わたしはトドちゃんに諭すよ。
「あのねトドちゃん。悪い人は悪いって言わなきゃだめだよ。そうして区別して、罰したり、近寄らないようにしないと。警察があるのは何のため? 悪人っぽい人を裁きの場まで運ぶためでしょ?」
「うん。罰は……いると思う。悪い人も悪いって言うのも必要だと思うよ。でも悪く言うのはだめだよ。悪いって言うのと、悪く言うのは、ちがう。下衆とか最悪なんて言葉を使ったら、心が荒むよ」
 これはびっくり。わたしは反省しないといけないな。きっとトドちゃんのことを侮り過ぎていたんだ。この子のことを頭がいいと思ったことはないんだけど、こうして話してると、彼女がかなーりきめ細やかに概念を区別しているのが分かる。勉強とか、普段のお喋りではそんな精密性は垣間見られたことはなかったのに。その違いはどこから来るんだろうね。恋の力かな? うーん……
「それに、たぶんわたし、相手が悪い人でも、好きって気持ちが変わったりはしないと思う」
「……」
 わたしは黙ってしまいました。トドちゃんの言うとおりかも知れない。いや、そうなのだろう。そうやって純粋に自分の気持ちを見つめるのがトドちゃんなのだろう。この子は芯がはっきり決まっていて、きっと何言っても変わったりはしないんだ。
 だから、わたしがするべきなのは説得ではない、っていうことになるね。
「わかった。ちょっと待ってね」
 わたしは立ち上がったよ。そして壁の戸棚を開いて、上から二段目の棚を見る。小さい置物をいろいろ置いてある。エプロンを着たリス、糸で吊られた魚、知恵の輪みたいな真鍮のパズル、正十二面体のパズル、などなど。わたしはそこに置かれているひとつを手に取って、トドちゃんに手渡しました。
「これ、あげるね」
「え……宝石!?」
 その通り。それは水晶です。
「なんで……こんな、大変なものをくれるの?」
「別に高価なものじゃないよ」
「……」
 おっとっと。トドちゃんがわたしを怪人を見るような眼差しで見てきたよ。どうやら誤解を与えてしまったみたいだ。
「いや、ただの原石だから。本当に高くないの。デパートで、一切れ何百円とかで売られてたりするんだよ」
「へー」
 そう言えば、トドちゃんとそういう場所に一緒に行ったことはなかったかな。
「それね。お守り」
「お守り?」
「それを買った帰りにね。そのお店は誕生月の人は誕生石が割引してもらえるんだけど、申告し忘れたことに気づいて、引き返したの。そしたら後ろですごい音がして、何だと思って振り向いたらバイクが転倒してたんだ。それでわたしは考えたの。誕生月割引が無かったらわたしはひかれてたって。変に思うかも知れないけど、それをわたしは、この石が守ってくれたんだって定め……解釈したの。それで、お守りにしてたんだ」
 なーんて、大嘘ついてみたよ。トドちゃんの主観におまじないをするためだ。この話には矛盾が二つあるんだけど、構わないだろう。トドちゃんだったら、そういうのには気づかないだろうし。ここで大事なのは、わたしの善意なんだしね。
「トドちゃんが自分の気持ちに正直なのは分かった。わたしはそれを曲げられないし、曲げようとも思わない。でもね。心配なんだ。何が起こるか分からないから」
 わたしは、無力だ。いつも自分のことに夢中で、楽しくて、気がつけばいろいろなものから遠ざかってた。それを呪いはしない。ただ、いつか、いつかは、本当に人を守れるような力を得られればいいのになって思うけど……
「だから、せめてトドちゃんが酷い目に遭わないようにってお祈りしたくて。それが物質化したものがその水晶だよ。きっと、トドちゃんを守ってくれると思う」
 つい物質化とか余計なことを口走っちゃった。デパートで買ったって言ったばかりなのに。でも、そんな細かいことはどうでもいい。
 その証拠にトドちゃんも喜んでくれた。
「ありがとう。大切にする!」
 ぱっと、花のような笑顔が咲いた。やった。



つづく


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