光あふれて死ねばいいのに18 ☆  シナジースターになり得るスキルまたは武装は、この舞踏のほかにもいくつかあった。しかし、まずは舞踏を 中心とするキャラクター作成を検討することにした。  それから、舞踏とのシナジーが特殊武器以外にあるかも考えておく。たとえば針穴通しというスキルがある。 これは舞踏と同じく軽装の時のみに使えて、攻撃六回ごとに確実にクリティカルを出せるという技だ。舞踏とは いかにも相性が良さそうだ。  また、星巡りというスキルも良い。これは未来のダイス目を確定させた上で、その出る順番を入れ替えること ができる。この技を使えば、舞踏の効果を十分に引き出せる。舞踏による行動の反復回数はダイス目に依るから だ。ちなみにダイス目は戦闘のそこかしこに影響を与えるので、星巡り自体も強力なシナジースターであると言 える。  ただし先ほども触れたが、舞踏をセットすると重量制限のため武器をあまり持てなくなる。これを解決できる のが抽象化というスキルだ。抽象化は戦闘時ではなくキャラクター作成に影響を及ぼすスキルで、ある武装をそ れ自身のカテゴリーとして抽象化した状態で所持することが出来る。例えばマーガレットでは八種類の剣が存在 するが、レイピアや流星刀といった個別のものではなく、ただ「剣」として所持し、戦闘中に好きな剣に具象化 して使用できるのだ。具象化前の武装の重さや購入時の価格はそのカテゴリーに属する武装すべての平均値とな っており、具象化時にはその重量も変化する。敵に応じて具象化する武装の種類を変えたり、高価な武装を本来 より安値で買って使用できたりとメリットの多い抽象化だが、具象化する為にはマテリアライズという魔法を実 行しなければならない。魔力を消耗し、1ターンロスするので、それなりにコストもかかる。  多重抽象化というのもある。この場合は最初に「武器」という武器をする。そして戦闘になったら、武器⇒剣 ⇒レイピアというようにマテリアライズを二回行うのだ。これも同じ行動を反復できる舞踏とシナジーがあった 。舞踏つよい。  などといろいろ考えているうちに、ぼくの中で、舞踏する戦士のイメージがだんだんと固まってきた。一瞬昔 のアラブや中国の踊り子みたいのを想像したが、弱々しそうな彼女らは戦士としては違和感があった。しかし次 に浮かんだ映像にはとてもしっくり来た。原住民だ。原住民。こう、密林の奥とか、砂漠とかで、テントとか高 床式住居に住んでて、半裸で槍とか弓とかを持って、鹿とか……文明人とかを追い回す、誇り高き民みたいな、 空と大地と神霊に魂を捧げる的な、なんというか部族だ。その部族の、外の世界に憧れて部族を飛び出した、血 気盛んな若者だ。こういう戦士なら、マテリアライズなどの魔法を使える理由にもなる。  興奮してきた。家に帰ったら、紙を使ってじっくり検討してみよう。 ☆ <黒野宇多>  潮時が来た。  泣き叫ぶわたしを石切り場に投げ出し、嗜虐心を丸出しにした鳴瀬克美が四人いた手下にわたしを押さえつけ させて、わたしの膝と足のガムテープをナイフで切ったところで、可愛そうなわたしの人格は崩壊した。崩壊さ せた。嗚咽や激情のカタルシスがもたらす中毒性のある陶酔から、わたしは目覚めなければならなかった。  楽しかった弱虫ごっこもこれまでだ。  刹那も待たずに起動する。  まずは鳴瀬克美の鼻を蹴った。地面に押さえつけられたわたしは手下に覆い被さられ、鳴瀬克美を目視するこ とは出来なかったが関係なかった。今の今まで体を預けていた偽装人格はセーフモードとは違う。ここに居合わ せている人物の性能は走査済みで、現在の配置も完全に把握している。わたしの見えない位置から、薄笑いを浮 かべてわたしの足を広げようとする鳴瀬克美の手をすり抜けて、その鼻をかかとで強打するのは簡単だった。何 の苦労も無い。わたしは手持ちのカードを最善の順列と最善のタイミングで切り続けるだけだ。いつものように 。  冷徹を二枚重ねする。わたしの顔を押さえる手の指に噛みつきつつ、覆い被さってるチンピラの左の睾丸を蹴 り潰す。わたしは押し倒された状態のまま二人の男に痛打を与えた。しかもただの攻撃ではない。この時のため にわたしは観察を続けていた。こいつらの精神構造、とりわけ肉体を制御する神経連絡網を読み取っていた。痛 みに悶絶してのたうつカオスを調べ尽くし、攻撃の位置と角度を調整して理想の結果を生む。睾丸男は全力で「 あ」を言いながら親切にもわたしを避けるかのように倒れ、指男はのけぞって後ろにいた男の鼻に頭突きした。  同時に地面に転がる石の突起を利用し、背中に回されていた手を束縛するテープを切断する。わたしはチンピ ラの指をぶっと吐き出した。前歯が骨まで到達し、肉と神経を噛み千切った無惨な指を。そしてテープを引き剥 がし、自由になった手で跳ね起きる。ついでに拾った石を肩越しに投げて、無傷だった最後の一人の右目に命中 させる。睾丸男は完全無力化。他のチンピラ三人はまだ軽傷。動ける。  わたしは全員に一撃ずつ見舞った。しかしその中で、ただ後退させられただけで怯みも驚きもしなかったのが 一人いる。そいつがこの状況の最大脅威だ。 「暴れるのはいいんだけどよ」  鳴瀬克美。虹色頭の牛巨人。創攻会会長の息子にして幹部。親を凌ぐ搾取の才覚を備えた高校生。 「人を騙すのは良くねえよ」 「違うでしょ。悪いのは簡単に騙されるその心の弱さでしょ。あんたらの倫理観に照らし合わせたなら」  鳴瀬克美の恫喝じみた独白にわたしは応じる。突っ込みを入れる。と同時に、空いた体で根性のあるチンピラ たちを一人ずつ無力化する。と同時に、蹴りの最中に空いた手で、はだけたシャツのボタンを閉じる。空間を相 手にした情報処理の中で、ひらひら舞いはためくノイズが目障りだった。 「騙されるのが雑魚だったらな。あいつらは仕返しひとつ満足にできねえ。鋳潰して小銭に変えてお終いだ。け どだめだ。だめなんだよ。俺みたいのを騙すのは。意地が悪いからよ」 「怒ったの? 鳴瀬克美」  わたしは最後のチンピラを片づけた。全員無力化した。 「悲しくなったよ。色っぽく誘ってくるからよ、俺もその気になったんだよ。なのに遊んでやろうとした矢先に 態度コロッと変えやがってよ。鬼か」  わたしは微笑み返しながら足下を蹴る。石が二つ跳ね上がる。わたしの目の前に浮く。どちらも手頃な大きさ で、よく尖っているものにした。わたしは右腕を振って、それらを指に挟み込む。 「あんまりだよ。女は信用ならねえとか思いたくねえんだよ。やめろよそういうの。人の純情弄ぶとかよ……」  鳴瀬克美が動き出す。歩いてくる。走りはせず、遅くも速くもない、普通の速度で。この揺らぎの無い雰囲気 が、普通は威嚇になるのだろう。 「許せねえじゃねえか」 「ごめんね」  わたしは謝った。心から。鳴瀬克美の言い草は滅茶苦茶なようでいて一部は筋が通っている。少なくともわた しは合意できる。わたしが彼を騙せたのは彼の願望につけ込んだからだ。目の前で泣き叫ぶこの女は、他の奴ら では手の付けられない暴れん坊だが俺にとっては美味い肉だ。好みだ。ねじ伏せて俺のものにしたい。簡単だ。 力づくで征服すればいい。……これらすべての心の声は、わたしから見れば悲しい希望的観測でしかなかった。 彼はわたしに騙されてから、ようやく現実が見ることが出来た。文句を言いたくもなるだろう。鳴瀬克美のこの クレームが無かったら、わたしから謝ろうと思っていたくらいだ。だから彼は正しい。これからわたしに報復し 、そして再度ねじ伏せられると未だに信じ込んでいる、その話にならない脳天気な認識を除けばだが。 「思わせぶりだったよね。こっちはぜんぜん興味なかったのにさ」  大振りのオーバースローで石を投げる。鳴瀬克美の右目を狙って。錯視しやすい軌道を選んだ。これは避ける 方が簡単なのだが、彼は大ざっぱにはたき落とした。スペックと性格がよく分かる。  わたしは痛覚の棄却を一瞬だけ解除し、わき腹の痛みを確かめる。痛い。でも多少は動ける。体力は刻々と減 耗している。活動限界が迫っている。しかしそれを鳴瀬克美に悟らせる気は無かった。 「謝っても許さねえ。薬漬けにして風呂行きだ」  敗北のペナルティが跳ね上がる。関係なかった。そもそも確率がゼロなのだから、リスクはまったく変動しな い。倒せる。さらに言えば、彼を倒した後に生じる別の問題の解法も見えていた。しかしながら彼を凌ぐには代 償が必要だった。全通り探索してみたが、鳴瀬克美に無傷で勝つルートは無さそうだ。彼は万が一レベルの怪物 だった。  鳴瀬克美が目の前まで来た。周りにほかの敵はおらず、なおかつ相手は強大だ。だからわたしは勝ちを急がな い。後の先を取ることにした。わたしは彼の目を見つめ、攻撃を待った。  奴の右手が飛んでくる。わたしは頭をそらして避ける。それ自体は苦労もないが、一択なのがこの状況の厳し さを物語っている。それはナイフだった。ジャブのように連発してくる。三回。本気で刺しに来ている。腕で受 けるルートもあるが、これ以上失血したくない。わたしはすべて避ける。しかしわたしのフットステップのリズ ムの中で、どうしても方向転換できない一瞬があった。鳴瀬克美はそれを見逃さない。そこを狙って左のストレ ートを繰り出してきた。甘くない。これだ。これが避けられない一打だった。最も被害が少ないこのルートです ら、甘んじて受け入れなければならない一撃。  右腕で受け止める。骨が折れた。痛覚の棄却により毛ほどの痛みも感じないままわたしは、相手の懐に飛び込 む。左手で作った拳を鳩尾に差し込む。止められた。筋肉がみっちり詰まっていた。関係ない。その割れ目の交 点となる隙間を、硬質の突起が貫通する。石だ。わたしはさきほど蹴り上げた石を拳から突き出させ、鳴瀬克美 の腹にめり込ませていた。石は鋭く尖っていた。まるで刃物のように。彼は舌を鳴らした。 「ちっ」  石を持った手を力強く押し込み、傷口を広げると共にわたしは自分の体を回す。その勢いでさらに左足での蹴 りを見舞う。石に。同じ場所に。鳴瀬克美が息を吐いた。初めて彼にダメージらしいダメージを与えられた。こ の間半秒にも満たない。彼では割り込めない。  耐えられず彼は後退する。よろけながら。大したダメージではないだろう。三秒も保たずに克服される。しか し三秒も稼げた。わたしは足下の石をまた蹴り、彼の左目に直接当てて瞳孔を傷つける。今度は避けられなかっ た。彼はさらなるダメージに悶える。ここからもう、わたしは彼に一切手番を譲る気は無かった。もう彼は何も できない。もうわたしはは何でもできる。勢いに乗ってわたしは、彼をきっちり片づけにかかった。  悪寒がした。 「ぉぃ……」  空気が、風が、わたしの体に警告を伝える。選択分岐ツリーの先にある、恐ろしい破滅のイメージを見せる。 「おい……っけんなよ……」  鳴瀬克美の口から呪詛が漏れる。片目は瞑っている。残った片目でわたしを睨む。体が震えている。怒りで興 奮しているようだった。 「ざけてんじゃねえぞおおおお!」  声は体感できる振動となってこの石切り場を広がり満たす。それはこの怪物の存在の大きさそのものだ。  だめだ。  近づくな! 生物が違う! そう主張するのはわたしの本能だった。あまりに荒々しい圧力が、わたしの抑制 を貫いて本能を揺り起こした。 戦えやしない! あそこにあるのは死だ! 逃げろ! 黙れ。数億年の蓄積ご ときが偉そうに指図するな。状況判断も例外対応もできない統計ごときが、わたしからハンドルを奪おうとする な。わたしは暴れる感情をねじ伏せて疾駆する。と同時に推論を押し進める。いま、鳴瀬克美は何を思っている か。その心の内には何があるか。それはわたしへの威嚇。精神的圧迫だ。つまり時間稼ぎ。ナイフを捨てて胸元 に移動する右手。ほうらね。分かってんだよ。鉄砲だろ? 抜かせる訳ないでしょイノシシが。  しかしながら鳴瀬克美の発する波動は、わたしが進むにつれて圧力を増した。近づけるほど反発する磁石のよ うに。だから逃げろって! 今は黙っててってばもう。わたしは左手で肩を抱き、自分の震えを押さえつける。 ☆ <荒野>  ブロロンと車は到着した。  石切り場だ。一面に転がる大小の石を、車が砂利のように踏みつけていく。一枚岩の小山を曲がると開けた場 所に出た。地面には複数の人体が転がっている。戦闘の後だ。男五人。女一人。女はもちろん、黒野さんだった 。 「克美さん!」  車が止まってすぐに金髪が飛び出す。角刈りも遅れて外に出る。二人で克美なる男に走り寄っていた。克美は うつむいた状態で地面に座っている。動かない。 「わああああ、ウタちゃんと相打ち? ちょっと、こいつらカッコ悪過ぎるんだけど」  織原七重も車を出る。広い空間を仰いで伸びをした。観光気分のようだった。そして倒れるチンピラを回って は、楽しそうに蹴りつける。 「あれ、克美さん……なんで巻かれてんだ?」  金髪が言った。俺は動けないので遠目にしか見られないが、克美もガムテープで束縛されているらしかった。 そして目と口も封じられているようだ。金髪が先にそれらを剥がすと、克美はスピーカー要らずの大声量で叫ん だ。 「黒野宇多を潰せ!」  しかし遅かった。既に黒野さんは起き上がっている。走っている。数秒前までの沈黙が嘘みたいだった。近づ いて来る。車がある方へ。俺のいる方へ。 ☆ つづく