光あふれて死ねばいいのに ☆ 「それで俺、八つ当たりをするようになって。ストレスが自覚もなく漏出するんですよ。気づいたらコップ握り つぶしてたり、クラスメートを睨んでたり。彼女らは近所に住んでて、幼稚園の頃からの付き合いだったから、 そういう遊びをするのがずっと当たり前だと思ってて、拒否しようなんて考えもしなくて、でも表現しづらい居 心地の悪さとか、何しても落ち着かない感じがありました」  俺は説明する。織原七重は体をゆすっている。黙ってるから、たぶん聞いてるのだと思う。 「遊びは彼女らと俺が大きくなるにつれて、落ち着くどころかどんどんエスカレートしていきました。ちょっと した宗教みたいなものだったんだと思います。大人とかクラスメートの目の届かない閉鎖空間でよく遊ばれてま したし。彼女らの部屋とか俺の部屋とかです。性的接触も強要されました。彼女らの中で序列があって、その順 番で」 「ほら来た! ほら来たよ荒野くんはー!」  織原七重はなぜか満面の笑みだ。俺は心底、他人は分からないと思う。そして彼女は聞いてきた。 「その子たち、可愛かったの?」  「そんなことは無かったと思います。たぶん」  俺は曖昧に答えた。これが一番正直な回答だからだ。 「たぶん? 何それおかしいよねたぶんって。可愛いかは分かるでしょ」  織原七重は俺の髪をまた握ってきた。 「それやめて欲しいです。いや俺、あんまり分からないんですよそういうの。そりゃ黒野さんとか織原さんが人 より均整取れてるぐらいは分かりますけど、基本的に俺は、人の美醜の判断はつかないです。一時期は、例えば 女子についてなら、目が大きいことがみんなの言う可愛いの基準なのかなって当たりをつけたこともありますけ ど、どうやら必ずしもそうって訳ではないみたいですし。ただ彼女らのことは他の人はブスだって言ってたんで 、おそらく織原さんから見てもそうなんじゃないかなって思います」  俺は思ってるまんまを言った。分かりません、は回答としては曖昧に過ぎる。しかし可愛い可愛くないを俺が 決める必要もない。曖昧でいい。 「とにかくですね、俺が陥ってた状況をまとめると、心底苦痛でしかない彼女らとの関係に甘んじるストレスか ら来る、憎悪のやり場のなさで、俺は歪んでいったんです」 「ふーん。結構ヘンテコだね荒野くん。だってその子たち荒野くんのことを好きだったんでしょ? 荒野くんの 好きにすればいいのに。逆に言うこと聞いてもらったりさ。ナナエなら絶対そうするね」 「黒野さんが言ってました。彼女らは、俺のことを好きな自分が好きなだけなんです」 「だから何? ナナエのファンだってそうだよ?」 「そんな人たちをよく相手に出来ますね。怖くないですか?」 「怖くないよ。ナナエだって自分だーい好きだしね。それで自分好き同士、気が合うんだよ」 「よく分からないです」  本当によく分からない。好きとはAがBを好きになることだ。AとBが一致してるとは、どういうことなのだ ろう。俺は自分のことは別に好きではない。嫌いでもない。だから分からなかった。よく聞く自己嫌悪というの も分からない。 「その辺ウタちゃんはどうなんだろうねー。あーそうだ! それで、その困ってた荒野くんに、ウタちゃんがど う絡んで来るわけ?」  織原七重が俺に興味を持つのは、俺を通して黒野さんを見ようとしてるからなのだろうか。 「中三で同じクラスになったんです。数日で歪みを見抜かれました。俺自身ですらよく分かってなかったのに。 公園に連れ出されて、俺の私生活を聞かれました。素直に答えてたんですけど、なんか俺、彼女らのことになる と誤魔化したりはぐらかしたりしちゃうんです。でもそうとするとそこをビシビシ追求されて。で、俺はよく分 かんなくなってキレたんですが、引っぱたこうとした手を跳ね退けられたかと思うとバッキバキにボコされまし た。公園はそれも見越した場所選びだったみたいです。俺は砂場に倒されました。なんなんだこの女はって思っ てたら今度は黒野さん、俺にいきなり、彼女らをやっつけろって言ってきて」 「やっつけたの?」 「はい。最初はそんなのあり得ないと思って、断りました。また蹴られるかと思ったんですけど、黒野さんは『 あんたがやらないなら私がやるよ』って言ってきました。それは困るって言ったら、軽いビンタでもいいから俺 がやったら自分は手を出さないって言ってきたんです。何でそんなことを言うのか分からなかったんですけど、 でもそれならいいかなと思って俺は深く考えずに承諾しました。で、その後約束通り彼女らをビンタするんです けど、そしたら俺、堰が切れたみたいに彼女らに対する怒りが噴出したんですよ。縮こまる彼女らを喚きながら 何度もぶっ叩きました。黒野さんは暴れる俺を止めました。そのお陰で相手に酷い怪我を負わせることも無かっ たんですけど。で俺は落ち着いて、その後で黒野さんは、俺が陥っている状態のことを教えてくれました。彼女 らもそれ以来俺に変なことはしてこなくなりました。馴れ馴れしく話しかけてくるのは相変わらずなんですけど 、まあそれだけです。無害になりました。それから黒野さんからオファーを受けました。俺は犬みたいなもので 、俺に必要なのは彼女らみたいに俺を人形にする幼稚な主人じゃなくって、俺の性能を引き出してくれる優れた ブリーダーだ、だから自分が荒野を使ってやる、って言ってきたんです。俺はその話に納得して、ああじゃあそ れでお願いしますって承諾しました。こんなとこですかね。長くなっちゃいましたけど」 「そっかー。ウタちゃんってなんか、ウタちゃんなんだねえ」  織原七重は俺の長話をしっかりと聞いていた。これだけ長いと途中で放り出されるかと思っていたので意外だ った。やはり彼女の興味の中心は、黒野さんにあるのかも知れない。  織原七重は運転手に言った。 「ねえねえ、ちょっと止めてくんない?」 「え、そりゃあ出来ませんよ。克美さんたちと一緒に石切り場まで行くんですから」  この車は石切り場に向かうらしい。克美という名前も一応覚えておく。何を意味するかは分からないが。 「いいから止めろよ」  織原七重が強く言うと、運転手はコンビニの駐車場に車を止めた。そして織原七重は俺に言う。 「放してあげるよ」  唐突な申し出だった。 「は!?」  抗議したのは金髪だ。 「いや放しちゃ駄目だろ。克美さんに殺されるだろ。俺らが。って言うか俺が」 「田園は黙ってろよ」  織原七重が言った。金髪は引き下がらない。 「7e、頼むよ。克美さん怖ぇんだよ。そいつ下ろすのはだめだろ。ナシだろ。俺、止めるからね? 力づくでも 」  どうやら克美というのが、この状況を指揮してるリーダーらしい。俺と黒野さんをさらったのはその克美だ。 織原七重はそれを蹴って俺を解放しようとしている。なぜ? 織原七重だからだ。おそらく筋の通った理由はな い。 「めんどくせえなーもう。はーめんどくさ、はーめんどくさ」  織原七重はぼやきつつ、携帯を取り出して誰かに通話を繋いだ。 「ヘイかっつみ? あのさ荒野くん逃がしたいんだけどいい? んー、ナナエは天使になりました! ってーか 、なんかいじめる気しないんだよね。こいつ。は? つかナナエのためって、それならナナエの言うとおりでい いじゃん。ナナエがいいっつってんだからいいんだよ。ウタちゃんも捕まえてる訳だしさ、ウタちゃんだけいれ ばいいっしょ。知ってる? ウタちゃんがボスなんだよ」  話しぶりから察するに、織原七重と克美は対等の関係にあるらしい。克美は俺たちを捕まえてどうするつもり なのか。おそらく織原七重を痛めつけた俺たちに報復し、支配し、さらには弱みを握って情報や金銭を吸い上げ るつもりなのだろう。それは彼らまたは彼女らの行動原理そのものだ。であれば、一度捕らえた獲物を、何もし ないうちから逃がす道理は無い。金髪や克美の反応は尤もだ。 「いーってさ。やったね荒野くん」  織原七重が通話を切って言った。「マジかよ。まあ、克美さんが良いって言うなら」と金髪も矛を収める。  しかし俺は言った。 「いや、このままでいいです。運んでください」  俺は考えた。一度逃げるよりも、黒野さんと一緒に運ばれてしまった方がいい。  一度逃げれば、この束縛を外せる。行動不能が回復する。そして黒野さんの居場所はGPSで分かる。携帯が 捨てられてもネックレスの発信機がある。警察を呼んでもいいし一組の人らを引っ張ってもいい。しかし時間が 惜しい。フル武装で現場に駆けつけたもののすべて手遅れでした、では意味がない。黒野さんがどんな状況にあ ろうが、あの人自身ほど頼りになるパワーは他に無い。であれば、黒野さんのそばにいていつでも補助できる状 態にいる方がいい。束縛は黒野さんが何とかしてくれるだろう。おそらく似たような束縛は黒野さんにも施され ているのだから。 「黒野さんから離れる訳にはいかないです」 「はあ? ナナエが放してあげるって言ってんだから行きなよ。テープも外してあげるからさ。ナナエって優し い。すごい天使」 「いやそりゃまずいって。そのまま外したら暴れるだろ。一回寝かすんだよ」  金髪がまた割り込んできた。 「寝かして、ガムテ外して、こんなとこじゃなくてもっと人気が無いとこに放置な。ここじゃ駄目だろ。目撃さ れたら騒がれる」 「うっせーな。大丈夫だから。見られないから」 「見られるだろ。ここどこだよコンビニだろ」  俺も言う。 「あーの、でもまあ俺このままでいいんで」 「だーもう!」  織原七重がキレた。沸点が恐ろしく低い女だ。 「せっかく人が天使やってんのに、何なのそのごちゃごちゃ。ごちゃごちゃ言うのがいっちばんうざいわ。うる さいうるさい! ごちゃごちゃ禁止! もういいよ。天使やめるわ。ナナエには無理だった。寝る。天使やめて 寝るわ。おやすみ!」  一方的に話を閉じて、織原七重は横になった。俺の膝に頭を乗せる。 「うっわ。超暴君。超アントワネット」  俺は金髪と顔を見合わせる。一瞬だけ、妙な馴れ合いの空気になって俺は頼んでみた。 「先輩、この人なんかもういいみたいなんで、このままお願いできますかね」 「おう」  金髪が了承し、この場に異論がなくなった。金髪は運転手に頭を下げる。 「じゃ、行くでいいみたいっす」  車はブロロンと発進した。 ☆ <坂井終司>  わかった。  それは学校や家でマーガレットをやっている時ではなく、下校途中、夕焼けで逆行になった家や電柱を見なが ら、漂うようにマーガレットについて思いを巡らせていた時に、急に形になったアイデアだった。 「シナジースターだ」  思わず口に出していた。それが、あの魔女の塔を攻略する鍵となる概念だった。  シナジーとは相乗効果のことだ。二つ以上の物が組み合わさることで、単なる合計以上の出力が得られること だ。  マーガレットは組み合わせのゲームだ。キャラクターにセットするスキルや武装を選ぶとき、単に強いものを 選んだだけではそれなりのキャラクターしか生まれない。しかし武装やスキルの組み合わせによっては、より強 力な効果も得られる。それがシナジーだ。  例えば舞踏というスキルがある。これは同じ行動を立て続けに行えるという技だ。軽装でないと使えないのが 難点だが、攻撃の回数を増やして多連攻撃を行ったり、手持ちの罠を一気に散布したり出来る。  そしてこの舞踏とシナジーがあるのが特殊武器だ。これは、敵を攻撃した時に単にダメージを与えるだけでは なく、追加で別の効果をもたらすことがある。追加効果の代表的なものが塗布薬品で、致死毒や麻痺毒、聖水な どを矢や刃物に塗ってその効果を付与することが出来る。ほかにも鞭や鎖鎌で敵を束縛して一部の行動を封印で きたりするし、極端なものでは、殴ると敵のパラメータ二つ、例えば攻撃力と防御力などを入れ替えるヘンテコ の杖とか、与えたダメージの分だけ時間を進める流星刀なんてものもある。これらは効果だけを見ると強そうに 見えるかも知れないが、デメリットもあってそこはバランスが調整されている。純粋なダメージ武器に比べて攻 撃力で割を食ってたりするし、何より重要なのが、特殊武器の追加効果の発動は確実ではないという事実だ。運 否天賦の判定が必要になる。例えばサイコロ二個を振って8とか9以上を出さないと効果が現れないなど、武器 に応じた確率の門をくぐり抜けないとならない。  しかし特殊武器を装備した上で舞踏を使えば、ヒットした一撃ごとに追加効果を与えるチャンスを得られるの で、確率の揺らぎをかなり抑えることが出来る。1/6でしか効果を発揮しない麻痺毒も、舞踏で四連攻撃すれ ば671/1296、つまり約1/2の確率で与えられる。  そして平面上に武器やスキルを配置して、シナジーがあるもの同士を線で結んだ絵を考える。シナジーライン の分布は均等ではなく、他に比べてたくさんの線が集まるスキルまたは武器がある。例えばこの舞踏がそうだ。 舞踏は十二種類くらいある特殊武器すべてとシナジーがある。こういうものを見つけると、総合的に強いキャラ クターを作りやすくなる。例えば舞踏のスキルを習得した上で、特殊武器を複数携行したり、戦闘後に別の特殊 武器に持ち変えたりすれば、何種類もの敵の弱点をほぼ確実に衝くことが可能になる。幸い魔女の塔に巣くう敵 の情報はある程度割れているから、それを元に都合のいい武器を選べばいい。  これはマーガレットに限らず、組み合わせが効果を発揮するあらゆるゲームで有効な考え方だ。たぶんこの先 、ゲームをするにも作るにも、ぼくはこれについて何度も振り返って考えるだろう。この概念に名前をつけよう と思った。シナジーラインが集中し、燦然と輝く一つ星。シナジースターだ。 ☆ つづく