光あふれて死ねばいいのに15 ☆  わたしは自分を知っている。荒野のこともよく知っている。あとは敵の情報も揃ってしまえば、おのずと解は 見えてくる。  織原七重を除く敵八人をわたしはさらに精査する。戦力を数値だけで見るのは雑だ。そのため予想の揺らぎは 悪い方に倒している。それでも取りこぼれる各人の警戒すべき個性については、特殊能力として認識する。八人 のうち特能を持っているのは二人だった。左の方の8は目がいい。精密な挙動と鋭い反射神経を持ち合わせてい る。以降、こいつは8視と呼称する。それから右の6は顔に精気が漲りい呼吸が荒い。戦力こそ高くないものの アドレナリンが出まくり落ち着かない。自他のダメージを省みずアグレッシブに動くだろう。6怒とリネーム。 他に評価に値する個性の持ち主はいなかった。  それから武器だ。右にいる方の7がサバイバルナイフを持っている。隠さずこちらに見せているのは、輪姦を 円滑化するための威嚇用だからだ。戦闘で使うにしてもこちらを刺す気がないのが分かる。しかし扱いには不慣 れな様子だ。手元が狂ってこちらを傷つけることもあり得る。そのためブラフは結果として成立している。その 効果は戦力2相当の上乗せだ。7+2の答えはいくつであるか。9だ。荒野を上回った。以降こいつを7+2と 呼称する。  ほかの連中が武器を隠し持っている様子はない。いま知れるだけのことは知った。Xの性能は不確定なままだ がこれは後で炙り出せばいい。わたしは荒野に小声で指示を出す。 「全員逃さず潰すよ。わたしが攻めるから荒野は退路を断って。四人倒した後でいい。金髪は目がいいから気を つけて。あとナイフは舐めないで」 「はい」  敵の数は多い。つぼみがいればもう少し楽なのだが仕方が無い。準備は終わった。先手を打って仕掛ける。  6怒に肉薄する。  不意を衝いた。不規則なリズムで走り、速度に緩急をつけて意識振動の間隙を縫った。正面からの強引な不意 打ち。臨戦態勢の不備を衝く必要があるので一度しか使えない。夜襲。言わばわたしの特能だ。6怒は訳も分か らないまま接近を許して面食らっていることだろう。周りの連中も反応できていない。まるで止まったような時 の中で、わたしは十分に集中して一撃を繰り出す。拳を顎にかすらせる。脳を揺らした。倒すまでの手数をこれ で大幅に省略した。これも特能だ。針穴通し。特殊な集中を要し、自分の意識振動の極点でしか使えないので連 発はできない。  6怒の体が力を失う。もう立っていられない。危険な相手なので真っ先に無力化した。本当は総合力で最も強 い8視の方を先に潰したかったが、奴の特能にこの不意打ちは通じない。だから距離も近い6怒の排除を優先し た。集団戦において、攻撃優先度を決めるのは脅威と倒し易さの二点だ。  まだ時間に余裕がある。誰も反応しきれていない。わたしは特能を惜しまず使う。舞踏。勢いに乗って体を翻 す。倒れつつある6怒の横をすり抜けて、いい角度の位置に立っていた4の側頭に回し蹴りを見舞う。こめかみ 。脳を直打する一撃。隙が多い相手だったので、針穴通しも要らなかった。4も崩れる。わたしは特能を連発す ることで、先手で二人を無力化した。  左足を上げた。背後から迫っていた、ロウキックとも足払いともつかぬ曖昧な蹴りを避ける。このわたしの反 応も特能だ。結界。わたしが能動的に用いるのではない。身を包む領域が、接近物に反応してわたしに回避を強 要するイメージ。強力だが脳の一部がへたばるので数に限りがある。残り二枚。  完全に回避するのではなく、爪先を垂らしてかすらせる。速度と重さを量ってみた。それなりの蹴りだ。食ら えば痛むだろうが、脅威となる速度でも精度でもない。  Xだ。敵の中に移動したわたしは、織原七重を視界に入れないように振り向いてXを視認する。特能発動。透 徹。戦力5。武器、特能なし。これで情報が出そろった。すべてが見えるようになった。あとはもはや消化試合 だ。  他の連中はまだ襲ってこなかった。寝ているのか? 荒野はドアを守る8に近づいている。  残り六人。7、8視、6、5、7+2、8。 「なにこいつ」 「カツオやりやがった」  6怒のあだ名だ。本名は勝俣信夫。どうでもいい。 「すげ。格闘とかやってんの?」  7、6、5、7+2がじりじり寄ってわたしを包囲する。わたしは特能のため背後にも包囲にも強いので気に しない。むしろ動こうとしない8視を観察していた。なぜ静観しているのか。分かる。わたしの性能を見極めた いのだ。それからプライドに裏打ちされた自信もある。他の仲間が負けても、まさか自分が負けることはない。 ましてや相手は非力な女だ。そう思っている。頭は悪くない。それほど間違った思考ではない。わたしや荒野が 持ち合わせている特能の豊富さなど想像もつかない普通の視点では、むしろ妥当な判断と言える。闇雲に攻めず に観察を選ぶ慎重さには好評価を与えてもいいくらいだ。問題は、彼の目を以ってしてもわたしのことなんて分 かりっこ無いことだ。誰もわたしを分かってくれない、と怒りたくなる。嘆かわしいからではない。優位を追認 したいからだ。他人を負かしながらその弱さを悪徳であるかのように非難するのは最高に嗜虐心を満たす。堕落 するから滅多にやらないけど。  しかしながら、この情報格差も向こうの知る由は無い。だって分からないのだから。  囲まれている。わたしはこういう時、むしろ背後の方がた易く捌けることが多い。後ろから襲いかかってくる 奴は、まさかわたしの背中に目がついてるなどとは思わないからだ。その油断をわたしは衝く。この特能を猿騙 しと言う。  前にいる7が掴みかかろうとしてきた。わたしはそれを避ける。下方に。接地して両手で地面を押さえる。そ して同じくわたしに掴みかかってナイフを突きつけようとしていた7+2の睾丸を後ろ足で蹴る。冷徹。共感を 完全に切り離して躊躇も容赦もなく急所を打つ。人を刺す時にも使える特能だ。7+2は悶絶し、よろめいて後 退していった。膝をつき、うずくまって寝込む。無力化した。ナイフが落ちたけど遠い。回収はあきらめる。す ぐに手放さなかったのは偉いもんだ。  斜め後ろに飛ぶ。頭部を容赦なく狙ってきた6の蹴りを回避した。追撃が来そうだった5からもついでに遠ざ かる。この俊敏な機動も特能だ。さきほども触れたが舞踏と言う。意識振動の周波数の優位と、力学的ロスをな くした動作の連続により、平均の倍以上に手数を増やせる。移動を減らしつつ運動量を増やすので、必然的に回 転を伴った動きが多くなる。  荒野も指示通り退路を断つべき時期を伺っている。敵に逃げたいと思わせるのは出来るだけ遅らせたい。逃が さないためだ。  8視はまだ動かない。と言うか携帯を取り出している。こらこら。結構賢いんじゃないのこの子。プライドは 相当高いだろうに、そこに負けなかったところが素晴らしい。決めた。尋問はこいつにする。存在評価を格上げ して名前で認識する。戸所慎也。痩せマッチョだけどトドと呼ばれている。トド。  会話の見当はついているが、わたしは765を相手にしながら傍聴した。当然向こうの声まで聞き取れる。 「おう。ナルセだ」  ナルセ。権力のありそうな男として思い浮かぶところでは創攻会の会長である鳴瀬和孝や、その息子である鳴 瀬克美、この学校のOBで今はバイク屋を営んでいる成瀬道夫などがヒットする。絞り込もう。 「トドでっす。7e囲んでたのは生徒会長の黒野宇多と男一人です。すんませんたぶん負けます。黒野は女なんで すけどめっちゃ強いです。いやもうなんかおかしいですよこいつ。カツオとか瞬殺してますもん。もう三人…… あ、四人やられてます。すんませんマジすんません」  話し相手は鳴瀬克美だ。トドよりも立場が上のようだが妙に精神距離が近い。同じ高校生だからだろう。それ に鳴瀬克美の親は暴力団のトップだ。織原七重とのリンクもこれで説明がつく。 「つまりてめえの話だとよ、てめえらは女一人まともに片づけられませんってことだよな。そうだな? そうな んだろ? おい怒らないから言えよ。そうなんだろ?」 「すんません! はい! あ今も次々やられてます。男一人の方も駒沢潰してます」  わたしは特能を連発し、結界を使い果たしながらも765と順序よく片づけていった。荒野も指示の遂行条件 が満たされたのを認識してドアの8に攻撃を仕掛ける。戦力は同値だが相手は特能無しだ。荒野の方が有利だ。  トドの受話器からドスの利いた声が聞こえてきた。 「おいトド、てめえはうんち君かこの野郎。やられてますじゃねえよやれよ。出来ませんでしたで済むと思って んじゃねえぞ。やんねえとお前の妹犯すからな。犬が」 「勘弁してくださいよ」  そこで通話が切れた。  鳴瀬克美は手下に容赦が無い。トドがよこした情報に報いず、こき使うための難癖をつける。向こうは完全な パワーワールドだ。日々発生する勝負の掛け金が大きいから成り立つのだろう。かわいそうなトド。  痛みが走った。脇腹だ。  なぜ? 刺されたから。なにで? ナイフで。7+2が持っていたサバイバルナイフで。誰に? 背後の誰か に。でもトドと荒野は視界内にいる。トド以外の男も既に全員無力化した。確実に。しかしわたしの認識の外か らわたしを刺せる人間が一人いる。  傷は浅くない。深く刺さっている。さらに傷口の中を荒らされる前に、わたしは体を回してナイフを抜いた。 その勢いで回転し、わたしを指した相手に向き直る。  相手の姿は見えなかった。黒で塗りつぶされていた。こいつは誰か。言わずもがなの織原七重だ。視界は極め て悪く、ナイフを持つ手がどこにあるかも把握できない。しかしこの霧は払わない。織原七重を直視してはいけ ない。見ればそれでおしまいだ。  今この瞬間だけでいい。わたしはセーフモードを起動する。灰色の時間を呼ぶ。視界から色が落ちていく間に 、織原七重はささやいてきた。 「凄いでしょ」  確かに大したものではある。  織原七重の戦力は1だ。話にならない。しかしとびきりの特能で、このわたしに一撃を食らわせしめたのだ。 これはちょっとした奇跡なのだが、そもそも彼女が悪い奇跡だった。  そして彼女は黒に隠されたまま言葉を重ねる。 「痛いでしょ。嬉しいでしょ」  嬉しくはない。そんな回路は作っていない。 「ナナエは魔法が使えるんだよ」  知っている。彼女自身よりもよく知っている。だからこいつを倒すのだ。黒のヴェールも剥がれ落ちて、灰色 の視界に彼女が映った。当然ながら笑っている。こいつはいつも笑っている。やわらかく。幸せそうに。うれし そうに。まばゆい光に満ちている。 「その魔法に限りは無いの。地の果てを越えて星を包むの。太陽を知らずにいられないように、誰もそれから逃 げられないの。あらゆるものの振動をナナエは止めるの。オーバーキルマリア。呼吸させない。夜を明けさせな い。次のいのちを生ませない」  出血が激しい。体を酷使した影響で、立て直すのに時間がかかる。織原七重のナルシスティックな独白を許し ている。 「だからウタも貫いたの。黒の唄って、ナナエを誉めてるみたいじゃない? 光あふれて死ねばいいのに」 「七つの大罪の一つ――意味不明ポエム!」  力を振り絞った。ハイキックで喉を蹴る。織原七重は数秒呼吸を止め、意識を失って地面に崩れた。無力化し た。  しかしわたしのダメージも大きい。膝を突く。ぼたぼたと脇から落ちる血は石畳の隙間に滲んだ。セーフモー ドは解除した。灰色だった血が本来の色を取り戻す。  なんとか振り返ってトドと向き合う。しかし余力が無い。戦えない。気力とは無関係に体が動かない。だから 出来ることをする。すべてを見て考える。いつものように。  トドがこちらに近づいてきている。妹を守るためだ。わたしを倒してさらうことが妹の安全に繋がるのだ。荒 野も走り寄り、間に入ってわたしを守ろうとしている。動ける敵は今やトドだけなのだから、退路を塞ぐ必要は もうなかった。  意識が霞んでいく。目が塞がっていく。両目の視界だけではなく、比喩としての目、すなわち世界を認識する あらゆる知覚が閉じていく。もう外界は認識できない。それでもわたしは考える。気絶するまであと四秒。多量 の出血で供給が断たれた思考処理エネルギーの残量を気にしながら、これからのことを考える。トドと荒野では どちらが勝つだろうか。トドが妹を守る意志の後押しと、荒野がいま物理的にわたしを守らなければならない足 枷を鑑みるに、八割でトドが優勢か。  どうしてこうなったか。織原七重だ。あんな異常値をを相手にしているのだから、二回や三回の予想外はある だろうと予想していた。覚悟していた。その一回目がここに来ただけだ。  これからわたしは気を失っていく。無防備になる。生命も危うい。焦っても未来は変わらない。だから焦りは しない。 ☆ つづく