光あふれて死ねばいいのに12 ☆  パパとママには愛されていたと思う。  愛。  愛のことを考える。愛は、あたたかい。やさしい。安心できるし、結構うれしい。たまに窮屈だけど、とても 居心地がよい。愛はナナエを包んでくれる。それは素晴らしいものだ。  だけど、すごいと思ったことは一度もなかった。 ☆  すごいことがいい。  すごいことが一番いい。一番ほしい。だって、すごいことよりもすごいことなんてこの世にはない。すごいこ とに出会ったときにだけ、本当の本当を感じ取れていると思える。きっとナナエは、すごいことのために生まれ てきたのだと思う。すごいことのためなら死んでもいい。  衝撃で破裂してしまうくらいの、すごいことを。 ☆  高校でバンドをした。ナナエはベースを持って歌った。あれはナナエの人生では珍しく最悪だった。練習をし てても、ほかの奴らがすぐ帰ってしまうのだ。ナナエはがんばった。奴らを帰らせないようにした。部室に鍵を かけて、その鍵を窓から投げ捨ててやった。そしたらあいつらは本気で怒りだして、電話で人を呼んで鍵を開け て帰ってしまった。それからはもう何を言ってもだめ。みんなバンドをやめていった。なんなの。始める前には 命をかけるようなことを言ってたくせに、鍵捨てたぐらいでおしまいかよ。  そんなのなら要らない。仲間はいて欲しかったけど、なれる奴がいないのだからしょうがない。ナナエが一人 でやるしかなかった。 ☆  テレビが歌のオーディションをやっていた。これだと思った。ナナエはすぐ応募した。リサとかに手伝っても らって履歴書を作って送った。ナナエなら受かるかもね、と言われた。どうやら受からないかも知れないと思っ てたみたいだ。いつもじろじろ見てるくせに、ちゃんとナナエが見えてないのか?  会場はぜんぜん豪華じゃなくてがっかりした。係の人に言われて並ばなくてはいけなくて、学校みたいだった 。  オーディションに来てたほかの子たちは審査基準がどうだとか細かいことを話していた。深呼吸をしたりして る人もいた。とてもこれからテレビに出るような人には見えなかった。ぜんぜんすごくなかった。  どうせナナエが受かる。なんでか知らないけど最初からそれは分かっていた。とくに不安もなかった。その結 果が見えていて審査のために並んでいるときの、あの変な気分が分かるだろうか。ナナエは茶番につき合ってる のだ。それがちょっとおかしくて吹き出した。それでもナナエの番が近づくと、気持ちは高ぶった。あれは緊張 だったのだろうか。たぶん違う。脳味噌の奥からマグマみたいに熱いかたまりが沸いてきて、外に出たがってナ ナエの体を内側から叩きまくる。暴れる。腕を押さえても震えが止まらない。どうにかなりそうだった。並んで る間にウーッウーッとうなった。  ナナエの歌う番が来たとき、せり上がってきたそれを声にして思いっきり吐き出した。自分でも驚くくらいの 大声が出た。体が勝手に動いて止まらなかった。まるでせき込んでいるときみたいに。からっぽのナナエの体に 、何か得体の知れないものが乗り移って声を出しているような感じだった。どこまで行ってしまうかは分からな かった。でも止まりたくなかった。ブレーキは踏まなかった。  体が汗でぐっしょり濡れた。出すべきものを出し尽くした。スカッとはした。でも頭がガンガンした。痛かっ た。割れてしまいそうに痛くて痛くて、気持ちいいのか悪いのか、自分でもよくわからなかった。だけど、すご かった。それは確かだ。これだけすごいのだから、頭が割れてしまっても別にいいやと思った。そもそもナナエ がなんのために生まれてきたって、それは爆発するためだろう。ナナエは花火の花子ちゃんだ。この体が爆ぜて 消し飛ぶなら本望だ。ただし丸く百キロは巻き添えにしちゃうけどね。 ☆  そのあとも踊ったり、演技したり、面接したり、また歌ったりと審査は進んでいった。みんながナナエを見て いると感じた。また目玉の集まったあの怪物がナナエを見ていたのだ。怪物は前よりも凶暴になっていて、大き な手でナナエを掴んだ。強く握られた。痛かった。だけどナナエは怖くなかった。怪物にはすっかり慣れている 。怪物の目玉をじっと見つめると、怪物はおとなしくなった。かわいいやつだと思った。  審査では最後に三人が選ばれた。もちろんナナエも入っていた。そのときにはナナエもぼーっとなっていた。 だからナナエ以外の二人のことはよく覚えてない。その子たちもすごくなかったし。二人とも、自分が選ばれて たことに驚いたふりをしていたと思う。 ☆  たくさん告白された。  オーディションに受かってからはよく男子から呼び出されるようになった。最初はただうれしかった。恋だよ 恋。愛だよ愛。パパでもママでもない人が、ほかならぬナナエのことを好きだというのだ。スタンプをもらえた ような気分になった。可愛くてありがとう、素敵でいてくれてありがとう、というスタンプだ。ふっひっひ。  だから二人目、三人目と続けて告白を受けたとき、「これは集まる」と思った。ナナエはメモ帳と☆印のスタ ンプを買った。そして告白してきた奴らみんなに、名前を書いてもらった。で、横に☆をスタンプしてもらった 。  ☆はどんどん集まってメモ帳を埋めていった。流星帳だ。どのくらい集まったかなって、その数を数えるのが とても楽しかった。これはすごい発明だ。何回数えても飽きないのだ。たいがいのことはすぐつまらなくなるも のなのに、こんなに繰り返しても飽きないというのは今までにはなかったことだ。  ☆は今では三十二個も集まっている。中には女の子の名前もあった。  流星帳はナナエの財宝だ。 ☆  流星帳は最高だけど、告白してくる男子はどいつもこいつも☆一つのボンクラばかりだった。何がボンクラっ て、ナナエがテレビに映るのを見ていておきながら、それに当てられて告白しておきながら、ナナエがどれだけ 大きいのか分かってないってとこだ。みんなの前で裸で叫んでみろとか、ちょっと無理を言っただけで尻込みし やがる。もう少し面白くてもいいだろう。ナナエと付き合うのがどれだけのことか分かりもせずにナナエに付き 合えと言ってくる。これはもうボンクラと言うしかない。  学校にボンクラしかいなかったせいで、結局ナナエのセカンドバージンは何とか言うヤクザの親分に貰われる ことになった。 ☆  ある日、ナナエのマネージャーが打ち合わせ室でタロットカードを三枚並べて見せた。ナナエがワクワクする 話しか聞けないのを、この人はよく知っている。  教皇。  悪魔。  愚者。  マネージャーはナナエに説明した。日本でナナエのことを知っている人はまだまだ少ない。ナナエの歌をみん なに聴かせるには、もっとナナエを売り出して人気を稼がなければならない。ドラマやバラエティ番組や映画に 出たりして。芸能界での人の流れを握ってるのは権力だから、権力のバックアップが必要になる。けど権力はた だでは貸してもらえない。相手の望むものを差し出す必要がある。たとえばお金。でも権力を持ってる人は元か らお金持ちだから、多少のお金では動いてはくれない。その代わりナナエの場合には、もっと効率のいい方法が 用意されている。それはナナエがその人たちと仲良くなることだ。ナナエは魅力の塊そのものだから、仲良くな りたがっている男の人は多い。意味は分かるね?  とうとうセックスを使う時が来たということだ。なんで回りくどく言うのかは知らないけど。  マネージャーはカードをとんとんと叩いて、それぞれの意味を説明した。  ――法皇は信者数五百万を誇る潜伏型宗教団体「正誤の福音」の教団幹部のおっさん。  ――悪魔は裏日本第二層を掌握する暴力団のひとつ「創攻会」の会長をやっているおっさん。  ――愚者は日本中の誰もが知る最強のお笑い芸人「駄目丸」の雨宮さん。おっさん。  まずはこのうちの一人とセックスするなら誰にする? と言われた。持っている権力の範囲はそれぞれバラバ ラで、誰とセックスするかで今後の展望も変わるらしい。ナナエにはよく分からなかった。だけど選ぶのは簡単 だった。ナナエは悪魔のカードを指で弾いた。これが一番爆発に近い。一番ナナエの目指す輝きに近い。こうい うところではナナエは間違わない。 ☆  虎の屏風のある部屋で、ナナエは親分に貫かれた。からだの芯をほじくられた。気持ちいいというより痛かっ た。痛くて痛くて爆笑した。親分は容赦がなかった。前から後ろからナナエを荒らした。涙が出たよ。でも泣き はしなかった。親分が「何がおかしい」と聞いてきた。ナナエは思ってることをそのまま答えた。びっくり体験 だ。親分はナナエの目をのぞき込む。睨むように。ナナエを見抜こうとしているのだ。あ、すごい。あの目玉の 怪物と同じ感じだ。この人はたった一人でも怪物のパワーが出せるのだ。ナナエの選択は正解だった。触るだけ でも価値があるパワーと出会えたのだ。  親分はナナエに注射を打った。一瞬だけからだが沸騰した。世界が泡になった。でもそれだけだった。すぐに 世界は元に戻る。親分は言った。「なんだ、効かねえのか。すげえな」薬はナナエを侵すには薄かったらしい。 そんなナナエは麻薬はよせっていうCMの撮影を来週やる。 ☆  死ぬほど気持ちいい目に遭った後、親分がご飯を食べるのにも付き合った。分からん高級車に乗せられた。運 転するのは親分だった。だけどナナエは助手席ではなく後ろの席に座らされた。  隣に知らない男が乗り込んできた。  やたらでかい男だった。ナナエと同じ高校生だ。制服を着てたから分かった。まるでミノタウロスが服を着て るみたいだ。滅茶苦茶凶暴そうだった。また怪物だよ。ナナエは怪物に縁があるのかな。ミノタウロスが言った 。 「どこ行くんだよ」 「メシだ」  親分が答えた。二人の声は重低音だった。車の振動も。お腹に響いて心地良かった。親分はナナエにミノタウ ロスを紹介する。 「俺の息子だ。名前は克美。跳ねっ返りのクソガキだが、仲良くしてやってくれ」  克美。彼の坊主頭は虹色に染め上げられていた。 「へえ。克美の頭、きれいだね」  触ろうとした。だけど振り払われた。克美はこちらを見ようともしない。 「女作るたびにいちいち俺に会わせんなよ。寂しいのか?」 「そうだよ。老い先が見えてくるとな、クソガキが突っ張ってるだけでも嬉しくなるんだよ。まんま昔の俺じゃ ねえかってな。遺伝子だ、遺伝子」 「気持ちわりい」  克美はナナエを露骨に無視して父親と会話する。おいシカトかよ。ムカつき行為だ。ナナエは思い出した。人 から無視されるのなんて久々だ。もうここ何年も、ナナエはみんなから注目されるのが当たり前だったよ。  親分が言った。 「ただの女じゃねえ」 「あん?」  親分が克美の思い違いを正したけど、それ以上の説明はしなかった。しばらくして克美はようやくナナエを見 る。 「あ。こいつ7eだ」  やっと見えたか。ナナエは親分に話しかける。克美のことはシカト仕返すことにした。困れ。 「親分、何食べに行くの?」 「寿司だ。言っとくがな、旨いなんてもんじゃねえからな。金だけあっても一生入れねえとこだ。楽しみにしと け」 「ふーん」  腕に激痛が走った。  ナナエの肺が勝手に膨らむ。息が吸い込まれる。痛い。死ぬほど痛い。ナナエの腕が克美に捕まれていた。凄 い力だ。変な声が出た。 「おあっ!?」 「無敵だと思ってんのか?」  ぎりぎりと腕が軋む。握りつぶされちゃいそうだ。 「ちょっと人気あるからって、どこ行っても無敵だと思ってんのか? 死なないと思ってんのか? おい7eさん よお」  克美がナナエを責める。ナナエはどきどきする。ふっひっひ。嬉しくなる。楽しくなる。ナナエは別にMい訳 じゃない。痛いのが楽しいんじゃない。克美のおかげで今日は退屈しなさそうだ。それが嬉しいのだ。強い強い 刺激がある時だけ、ナナエは退屈しなくなる。痛みがナナエの苦しみを和らげる。 「あはははは、怒った! 克美怒った! クソうける! 克美のマジギレクソうける!」  痛い痛い痛い。ナナエは克美をバカにする。思いっきり笑ってやる。楽しい楽しい。強そうなミノタウロスの プライドを傷つけるのも、こっぴどく痛めつけられるのも、どちらも楽しかった。痛い痛い痛い痛い痛い。 「オレがキレると楽しいか? じゃあもっと楽しくしてやろうか」  胸を揉まれる――と言うよりも、つねられる、と言う方が近かった。でかい手で大きく捕まれてるのに、つね られたみたいに鋭く痛い。いま、ナナエの胸は相当可愛そうなことになっている。痛い、痛い、痛い、痛い。笑 ける。 「その辺にしとけよ」  親分が止めに入ってきた。 「言っただろ。ただの女じゃねえんだよ。壊したらてめえが賠償すんだぞ。年に十億稼げるか? てめえにその くらいの働きが出来るか? てめえはその女よりも弱い。分かるか? 粋がるだけ無様なんだよ」  克美は黙って親分の話を聞いていた。ナナエを睨みながら。しばらくして手を話した。滅茶苦茶怖い顔してた のが、すっと無表情になる。 「悪い。いい女だからうっかりおっぱい揉んじまった」  なんだそれ。 「親父、この女食ったのか?」 「食ったらどうなんだ。悪いのか」 「食ったのかって聞いてんだよ」  ごちゃごちゃ言い合ってる。しかも失礼な感じで。ナナエは割り込んだ。 「逆だよ。ナナエは誰にも食われない。ナナエが親分を食ったんだよ。ぱっくんちょって」 「ははははは! そうか、俺を食ったか!」  親分は笑った。克美は仏頂面だった。 ☆ つづく