語りで消化できる感動には限界があって、余ったエネルギーは自然消滅を待たずに形を得ようとすることがあります。 ふしぎの城のヘレンは素晴らしすぎてぼくを困らせました。 つねづね、既存のゲームには不満がありました。もうちょっとうまく作れるんじゃないのかと、自分の出力を棚に上げて思っていました。たとえば、 邪悪なオープニングや待ち時間がゼロ秒しかなくって、システムはシンプルで、情報をごちゃごちゃ出して来なくって、退屈さに耐えなければならな いチュートリアルは無くって、長くて面白くもないセリフや長くて面白くもないダンジョンやエンカウントに耐えなければならないこともなくって、 あらゆるストレスが徹底的に排除されていて、それでいてシステムは面白くて、無駄がなく意味の明確なパラメータだけで構成されていて、考え甲斐 があって、理不尽な運要素はほとんど無くって、隠蔽ルールやボスのインチキ能力はほとんど無くって、それでいて適度に驚きがあり続けて、主人公 を始めとする登場人物も魅力的で、なおかつこれらのリスト項目を満たした優秀さだけではなく異質で飛びぬけた何かもある、そんなゲームがあって もいいだろうにと。 ふしぎの城のヘレンを初めて数秒で、ぼくはうれしくなりました。 オープニングが無い! すぐ歩ける! いや走れる! 髪振り乱す!? デフォグラベースなのに!? ツボを調べると、こんな!? ひつじもいる! この時点でもう良い予感しかしなかったのですが、さらに戦闘で衝撃を受けました。 敵の攻撃に備えて盾を構える……カツン! 0ダメージ! この0ダメージが驚異的なんです。既存の戦闘システムでは考えられません。 一対一の戦闘で、防御で攻撃を確実に0ダメージにできたら、多くの場合破綻してしまうからです。 このシステムはそれを回避して鮮やかな解を見せた。 攻撃力、防御力、行動ウェイト。それから防御無視の有無。 これだけのシンプルな要素だけで、武器の個性が表現される。状況に応じて使い分けられる。 美しさ=豊穣さ÷複雑さ、というのがぼくの持論なのですが、そこからいくとこれはもう本当に美しい。 これだけ簡単なシステムなのだから誰か思いついても良さそうだけど、たぶんこれまで他の誰も思いつかなかった。 一体いくつの固定観念を破壊したら、この正しい戦闘システムに辿りつけるんだろう。 ふしぎの城のヘレンはすべて素晴らしいのですが、その素晴らしい中でも戦闘システムは特に素晴らしくて、特に琴線に触れて、 戦闘システムを考えるのが大好きなぼくとしては、しまった、これはぼくが思いつけば良かった! などと謎の後悔に苛まれました。 その抑えがたい思いは主人公と重なり、ヘレン様に心を奪われ、システムに想いを馳せる日々が続きました。 良すぎて惚れて、どうすればいいか分からなかったんです。 人に紹介したり、感想書いたり批評書いたりすればいいかも知れないけど、どうにもそれでどうにかなりそうにない。 ヘレンを作れなかった自分の敗北をなぞるような作業になってしまいそう。 少しでもその存在を自分の内側に取り込みたくって、ぼくはヘレンの基本のゲームシステムを、キャラクター作成ゲームにしました。 ポイント割り振りのキャラクター作成ゲーム自体はこれまで何度か作ってイベントを開いてきたんで、それは困難な作業ではありませんでした。 最初はX/0/1一つ持てば最強になれるようなアンバランスだったのですが、調整を繰り返して今の形に出来ました。 ふしぎの城のヘレンは本当によく出来ていて、原作が持っていた剣、弓、盾、魔法のバランスをなぞるだけで、丁度いいバランスになりました。 つまりこのイベントは、ふしぎの城のヘレンへの回りくどい賛美です。 ただ誉めるでは足りずに作った、ぼくの想いの掃きどころです。 ストーリーも原作を想う一心で作りました。 いやまあ、結局クセの強い自分のノリは混ざっちゃってるんですけど。 だから、それはそれだけのことで、参加者には悪いけどこれただの原作バンザイ祭りだから、という気分も少しあったのですが、 イベントとは面白いもので、予期していなかったいろいろな驚きも運ばれてきました。 たとえば、サブイベントの総当りですべての対戦相手を薙ぎ払って本戦でも優勝したスタープレイヤーとか。 「総当りで全勝」というのは快挙です。凄いです。 それに嬉しかったです。 なぜなら、それが実現し得たことは、ゲームの奥深さの証明になるからです。 これまで開催したキャラクター作成ゲームでは成されなかった、初めてのことです。 誰が考えてもすぐ最強解や似たり寄ったりの水準のメタゲームに達してしまう底割れの早いシステムでは、こうはいきません。 これも原作の基礎アイデアがあればこそです。 またそのうち、似たようなイベントを開きたいな、とも思いました。 そのときには、参加者のより様々なポテンシャルを引き出せるようにしたいものです。 どれだけ素晴らしく感動をもたらすものでもすぐに新しいものに押されて過去になってしまう昨今、 ふしぎの城のヘレンはしかし、予想以上にたくさんのものをもたらしてくれたし、それは今もなお続いています。 参加してくれたみなさん、ありがとうございました。 いろいろと盛り上げてくれて嬉しかったです。 サブイベント開催やシミュレータ作成をしてくれたN.Mさん、イベントの細々とした問題を遊撃的に解決してくれるTHEKIさんには、 特にお礼を申し上げたいと思います。 そして原作者であるさつさん自身にも手伝ってもらったこのイベントですが、その核たるゲームルールと併せ、 さつさんに捧げたいと思います。 本物の作品をありがとう。 2012/05/23 ポーン