対峙。 演舞場に二人の女子。 右に、百草灯。けだるそうな三白眼で明後日の方向を見つめている。 左に、弓野理解子。緊迫した表情。垂れ目をうるませ、何かに耐えるように両肩を抱いている。 試合開始。 先に動いたのは、弓野。 額のスタンプ跡を子どものおもちゃみたいに安っぽくペカペカ光らせる。 両腕を顔面の前で交差し、その隙間で目を大きく見開き、百草の積分を始める。 先手必勝の気概。彼女は先行剣で先をとり、警戒剣で後の先に対する構えである。 弓野の瞳に映り込んだ百草は、慣れた手つきで細身の剣を地面にバラ撒く。 適当に構成された魔法陣から、もう一人の弓野理解子が現れる。 0反。敵同士を戦わせ自滅を図り、自身は煙草型押分剣で悠々と勝ちを拾う。 実に百草らしい戦法。本人も気に入っている。 「反響剣の後の悪寒さえなきゃ、何も言うことはないんだけどな」 その場に座り込んだ百草は、火がついて間もない煙草を地面に強く押しつける。 消火を確認した百草が顔を上げると、弓野がいつの間にか両手に剣を握っている。 百草の生み出した弓野も、鏡像のように全く同じ動作を取る。 合計四振りの黙祷剣。頭上で力強く交差され、大きな金属音を響かせる。 「災厄剣か?」 二本目の煙草に火をつけた百草は早速の傍観態勢。 しかし、彼女にとっての災厄は違った形で出現する。 百草の前に揺れる、見覚えのあるスパッツを履いた尻。 その全身は百草と寸分違わぬ姿。 「残響剣……!?」 彼女の煙草を持つ手が震える。 二人目の百草はけだるそうには七本の剣をバラ撒く。 しかし、魔法陣は沈黙のまま。 しかめっ面の分身は、所在なさげに煙草に火をつける。 「はー気持ち悪かった」 弓野が初めて口を開く。 「百草さんってさあ、どうしてそうなの?」 「そうなの、って?」 分身の後ろにいる弓野は、もう腕を構えていない。 ギョロギョロした瞳で前のめりに百草の顔を覗き込んでいる。 「どうしてそんなに無気力なの、ってこと」 百草の右前方から、別の弓野が声をかける。 「……別に」 百草が煙草と言葉を吐き捨てると、弓野たちは同時にクスクスと意地悪く笑った。 「そうだね、百草さんにはわからない」 「わからないよ」 「わからないね」 矢継ぎ早に言葉をつなぐ弓野たち。その数はさらに増えて三人。 「だって、百草さんはわかりたくないんだ」 「わかる、って行為にすら無気力なんだもん」 「今だってそう。本当は焦りと恐怖を感じてるのに、それを把握するのを諦めてる」 百草は初めて、自分の心臓が高鳴っていることに気がつく。 「……だから、なんだっての」 だったとしても、することは変わらない。 百草は口から紫煙とため息を漏らす。 『でも、私には理解るよ』 四人目の弓野の言葉は、他の三人と同調した。 『灯ちゃんは、怖いんだ』 百草の胃がぐぎゅっと鳴く。 背骨を冷たいものが走り抜ける。 「……なんだそれ」 『灯ちゃんは、自分が怖いんだ』 「…………」 『自分がしたことで、自分が知れるのが怖いんだ』 「…………」 『自分の底が知れるのが、自分の限界を感じるのが、怖いんだ』 弓野のユニゾンは時と共にその声量を増していく。 「……違う」 「努力しても成功しなかったらどうしよう」 「こんなものだったの、って思われるのは嫌」 「哀れみの視線や蔑みの言葉を受けたくない」 「自分が愚かな人間だなんて受け入れたくない」 「他人の評価が怖い。それに耐えられない自分が怖い」 『怖い。怖い怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い』 「違う。違う! 違う!! ……っ! げほっげほっえほっ」 咳き込む百草。 彼女に嘲笑を差し向ける弓野たち。 金属音と共に現れた六人目の弓野は、 百草サイドの最前列に立つ、ビルドされた百草の右腕をつかむ。 「灯ちゃん。理解るってとってもきもちいいんだよ?」 煙草を取り落とした百草の分身。戸惑っている。 「私は、私たちのことがよくわかる」 五人目の弓野が左手首をつかむ。振り払う動きも意味をなさない。 「だから私たちはとってもきもちいい」 四人目の弓野が右足首を踏みつける。痛みに顔を歪める。 「私たちは私がどうしたらきもちいいか、ちゃんと知ってる」 三人目の弓野が左大腿部を撫でる。おぞましい感触にぞっとする。 「灯ちゃんも、自分と向き合お? 自分だけは、最後まで自分の味方だよ」 ニ人目の弓野が背中に組み付く。もう、逃れられない。 「灯ちゃんのどこがきもちいいか、一緒に考えよう」 本物の弓野が左手で頬にを触れる。右手にはてらてらと光る黒い大剣。 めりっ デス剣が下腹部を貫き、腰骨を破壊した。 終わらない。 右腋窩をえぐられ、左手首を掻き切られ、 右足小指を切り取られ、左大腿骨をへし折られ、 背骨を粉々に打ち砕かれた百草の分身は、いびつな形の針山のようになる。 百草の顔色が真っ青になる。 「な、なん……っ!」 百草サイドの弓野が応戦する。 放たれたデス剣は六人目の弓野の後頭部を貫く。 振り向いた弓野は、額から飛び出た切っ先を撫でさすり、うっとりする。 次の瞬間、ビルドされた七人目の弓野が、百草サイドの弓野の肺を貫く。 赤く開いた穴からひゅーひゅーと空気が漏れる音がする。 「こんな偽物作って戦っても、何の意味もないよ、灯ちゃん」 返り血で真っ赤に染まったスカートをはためかせながら、弓野が笑いかける。 「次のターンには一人になるから、そこできちんと自分と向き合お?」 「くそっ……ちくしょう、ちくしょう!」 百草は震える口に煙草をくわえるが、ライターはカチカチと音を立てるだけで、火が点かない。 「私はあなたの本気が見たいの。そんな虚勢色に染まったチンケな灯火じゃない。  あなたの奥からあふれ出る熱を感じさせてよ!」 百草の頬を、大粒の涙が伝った。 「い、いや、いやだ……た、助けて」 「心の底から、自分百パーセントの思いを、叫んでね♪」 弓野が百草の腰骨に手をかける。 「お、お母さああああああん!」