[0-773]
HP70/知5/技5
・D/1/6/1
・E/20/0/10 防御無視 封印
・A/30/0/12 防御無視 封印
・T/40/0/14 防御無視 封印
・H/50/0/16 防御無視 封印
心は自然数です。
以下に、心の条件式を記します。
《相手の攻撃力+(心-残りウェイト)×相手の技術<自分の現在HP》
何も構えていない時、残りウェイトは0です。
何も構えていない時、相手の攻撃力は∞です。
条件式を満たす最大の心とは、愛のことです。
満たす心が無いなら、愛は0なのでしょう。
愛が10より少ないならD――あなたに近づきます。
愛が12より少ないならE――あなたを見つめます。
愛が14より少ないならA――あなたへ手を伸ばします。
愛が16より少ないならT――あなたに触れます。
愛が数え切れないならH――あなたを抱きしめます。
男。
封印宮に眠る禁忌の残滓。
金属術を施され、永遠の時と引き換えに心を失った少年。
肌は白金、髪は鉄。瞳は紅く錆び淀んでいる。
暗く、冷たい場所にいる。
誰かを待っている。
【金属術】
命を持たない金属を命の代わりとする術。
死に近づく魔術とも言われ、現在では禁忌とされている。
【封印宮】
リリオットのどこかにあるとまことしやかに噂されている迷宮。
貴族の暮らす区画の地下に隠されているとか、
貧民街の建物にひっそり紛れているとか、
オカルト的な方法で不可侵な場所にあるとか色々言われている。
わかりやすく例えるなら、七不思議や都市伝説のような与太話。
最近は『f予算』と絡めて埋蔵金がどうこう言う輩まで出る始末。
やべえ
ツイッター tkooool
金貨が7416枚。銀貨が34410枚。銅貨が16189枚。
宝飾剣が189振り。宝石が散りばめられた装飾品が407点。
呪術書、骨董品、絵画、風変わりな刀剣、怪しい光を放つ玉――。
水晶の檻には無数の財宝がある。
ヴィジャもその中の一つだ。
――――カシャン、……カシャン、……。
足を踏み出す度に奇妙な音が響いた。
錆色の瞳。冷たい身体。白金に覆われた色味のない肌。
全身を廻る、血ではない重い流体……。
それらはヴィジャが人でないことのわかりやすい証明と言えるだろう。
少年の姿をしていた。動き回ることもできた。
しかし、彼の心は空っぽだった。
どこで抜け落ちてしまったのか。いつからヴィジャはヴィジャなのか。
わからない。
記憶も無い。
ただ、渇望だけがあり……彼はそれを数字で埋めた。
金貨を数える。銀貨を数える。
指折り数える。自分を数える。
溢れても、零れても、彼は数えるのを辞めなかった。
数え終われば数え直し、幾度も幾度も確かめた。
ヴィジャは少年だった。
いつから少年だったのかは、もう覚えていない。
ヴィジャは誰かを待っていた。
それが誰なのかは、もう覚えていない。
心は自然数である。
鉄扉が重々しい音を立てて開いた。
「ヴィジャ。元気にしていたかね?」
髭を蓄え、煤けたローブを羽織った男が問いかける。
その姿は以前より大分やつれているように見えた。
「特に変わりありません」
「それはよかった。……物音や、誰か私でない者がここへ来たりは?」
「いいえ。この九日と十七時間、四十二分、十秒の間は、とても静かでした。僕は正常です」
「手紙を開けてはおるまいな?」
「はい、ここに」
「よろしい。素直でいい子だ」
「…………」
「今日はこの指輪を置いていこう。高価な代物でなくてすまないな」
「……いいえ」
ヴィジャは、男に直接触れないよう注意して指輪を受け取る。華美な装飾の無い質素な銀細工だ。
いくつかの文字列が刻まれていたが、ヴィジャの知らない言語だった。
「では、また十日後に」
「はい。お待ちしています」
鉄扉が閉まる。
それから1209601カウントが経過した。
男は現れなかった。
*
『私が最後に訪れてからまだ二週間が経っていないなら、この手紙を閉じなさい。
もし、そうでないのなら……続きを読み、考え、行動することを許可する。
…………
…………
…………
残念だが、私がお前と会うことはもう二度と無いだろう。
とても悲しいことだ。
「悲しい」とはどういう感情かわかるか?
わからないなら、それでもいい。その方が幸せなのかもしれない。
だが、人間には悲しい時もある。
論理や倫理で計れないものに支配され、思いもよらぬ行動を取ることもある。
覚えておきなさい』
羊皮紙にはそれから数頁に渡り、様々な情報が丁寧に記されていた。
礼儀、礼節、食事のマナー。
硬貨の種類。リリオットの各種施設の情報。
襲われた時に身を守る手段。頼れる人の居場所。
封印宮を出入りする方法もあった。
『ヴィジャよ。
お前には今まで、待つことと数えること以外何もさせてやれなかった。
暗いところに閉じ込めていた。
愚かな私を許してくれとは言わない。だが、せめて謝らせてくれ。
すまなかった。
――――ミゼル・フェルスターク』
銀糸の服の内ポケットに羊皮紙を仕舞いこむ。
手紙が一つ、ヴィジャの心を埋めた。
ヴィジャが鉄扉へ触れると、扉は淡い光を放ちながら溶け出した。
粘度の高い液状となった鉄が足元に集まり、うねりながら再び形を成していく。
鋭い鉤爪、体表を覆う鱗、猛々しい翼、角、髭、牙……。
それは昔、彼が書物で見た『龍』という生き物の模造品だった。
「留守を頼みます」
鉄の龍は一度だけ嘶くと、水晶の檻の入口にどっかりと座り込んだ。
手紙に記されたマップを頼りに迷宮を進む。
フェルスターク邸への直通路は落盤で塞がっていたので、ヴィジャは二番目に近い出口を目指すことにした。
入り組んだ小路や殺意に満ちたトラップが行く手を阻むが、あらかじめ存在がわかっていれば脅威ではなかった。
「46、47、48……」
分かれ道の数、飛び来る矢の数を数えながらヴィジャは歩く。
封印宮第二層、鏡の間。
「あなたは誰ですか」
無限の広がりを見せる天井の高い部屋にヴィジャそっくりの少年がいた。
ゆらり、ふらりと左右に揺れ、目の焦点も定まっていない。
「ボクは誰なのでしょうか」
ヴィジャは少しだけ考えた。この子は誰だろう。
僕ではない。ヴィジャはヴィジャだ。
ミゼルでもない。髭が生えていない。
マップを見ても鏡の間について特に記述は無い。
わからない。
「そこを通してもらえませんか」
扉の前に立つ少年に、ヴィジャは言う。
「ここを通して良いのでしょうか」
会話は成立しなかった。
手を伸ばす。触れる。
少年はたったそれだけで、粉々に砕け散った。
「743」
少年を構築していた硝子の破片を数える。
扉の影に目をやると、屈強そうな男の死体が横たわっていた。
「744」
*
カシャン、カシャンと、足音が回廊に反響する。
出口はもうすぐだ。
ノックの音が頭に響く。
貴族街の北端、中心街との境にある宿で彼女は寝泊りしていた。立地のせいか由緒正しい貴族様が利用することはなく、そのくせ宿代だけは妙に高いので、客のほとんどは訳ありの半端者かはぐれ者だった。
彼女がここに居ることを知る者は少ない。
ジフロマーシャ本家の中でもごく一部の人間か、あとはせいぜい宿帳を預かる従業員くらいである。
しかし本家の人間がこの部屋を直接訪れることは絶対に無い。従業員なら専用のベルを鳴らす。
ならば。
――再び、ノックの音。
ならば、この音の主は誰だ。
部屋を間違えたうっかり者か、覚えの悪い新入りか……あるいは幻聴か。
ここ数日、色々なことが起こりすぎている。それらの事象を直接体験したわけではないとはいえ、少し疲れているのかもしれない。
彼女は大きなため息を吐き、もそもそとベッドから身体を起こすと……。
そこで、足元にひやりとしたものが触れた。
「…………っ!」
黒い光沢を放つ、鼠のような生き物が彼女を見上げていた。
魔法生物? 使い魔の一種? ともかく、敵であることは間違いない。
枕元の短剣を抜き放つ。
鼠の背に向けて思い切り振り下ろしたが、鈍い音を立てて弾かれた。狙いを逸れた短剣が床に突き刺さる。
この感触は……、
「それは扉の留め具ですよ」
向き直ると、部屋の中心に古めかしい貴族服の少年が立っていた。いつの間にか扉が開いている。
黒い鼠はキィキィと耳障りな声をあげて部屋から出ていった。
「僕はヴィジャです」
少年の顔色に生気は無い。少年の瞳に光は無い。
床が軋む音と共に、灰色が近づいてくる。
「カガリヤ・イライア。あなたにお願いがあります」
「……来ないで」
壁に掛けておいた外套を投げつけたが、少年の歩みは止まらない。
ヴィジャ。ヴィジャ。聞き覚えの無い響き。見覚えのない子供。
観測ログを確認――間に合わない。
床の短剣を引っこ抜き、斬りつける。手応えがおかしい。
傷はつくが、刺さらない。斬る。何度も斬る。少年の歩みは止まらない。
背が壁にぶつかった。白く光る両の手が迫ってくる。
恐ろしく冷たい感触が彼女を包んだ。
暖かい鼓動を感じる。
*
それから半刻ほどが過ぎ、ベッドに横たわる金髪の女性――カガリヤは目覚めた。
しかし、脇に座るヴィジャの姿を見るやいなや、頭から毛布を被って動かなくなってしまった。
「気分はどうですか」
ヴィジャは出来るだけ言葉を選んだつもりだったが、やはりというか返事は無い。
声も出せないほど気分が悪いのか、あるいは機嫌が悪いのか……判断を保留して言葉を続ける。
「抵抗しないんですね」
「意味がないもの」
毛布越しにくぐもった声が届いた。どうやら後者だったようだ。
「大丈夫。たぶん、ただの回復酔いだから……」
「そうでしたか。あなたの薬を一瓶、治療に使わせてもらったんです。よく効きますね」
「使いすぎよ……。というか、原液を瓶のままなんて」
カガリヤはそこで言葉を区切ると、がばっと毛布を跳ね除けて起き上がる。
寝ぼけ眼を擦りながら姿見の前へ向かう彼女に、ヴィジャは微かな違和感を覚えた。
「これは……。二、三年“イった”かも……」
だぼついた寝巻きを手で抑えながらカガリヤは言う。それを見て、ヴィジャは違和感の正体に気づいた。
会った時より背が縮んでいる。
「ヴィジャ、だったかしら」
「はい」
「あなた、ミゼルの隠し子でしょう」
「いいえ。ですが、似たようなものかもしれません。何故わかったんです?」
「観測で見えない部分を都合のいい推測で埋めただけよ。……ともかく」
カガリヤがヴィジャの方へ向き直った。
「二つ言っておくわ」
彼女は薬の空き瓶を手に取ると、ヴィジャの目の前で振ってみせる。
「これは遡行系回復術の触媒なの。扱いには気をつけなさい。それから」
寝巻きがずり落ちた。
…………。
しばしの間をおいて、カガリヤはヴィジャの後ろの壁を指さした。
固く口を噤み、それ以上何も言おうとしない。
指先を見つめるヴィジャはその意図を測りかね、
「……あの」
「あっち向いてて」
「はい」
衣擦れの音を背に受けながら、ヴィジャは部屋の隅に座り込んでいた。
全てが手紙の通り、とはいかなかったが、概ね順調である。
なによりこれ以上の戦闘が発生しないのはありがたかった。
ヴィジャは自分の力を振るうのに慣れていないのだ。
「……あなたのお願いのことだけど、おそらく不可能よ」
「そうなんですか?」
カガリヤにはまだ何も話していない。
彼女は一体、どれだけの事象を観測してきたのだろう。
彼女の目には、世界がどのように映っているのだろう。
口調は平坦に。事実のみが告げられる。
「ヴィジャ。あなたを本家で保護することはできない」
「……」
「ミゼル・フェルスタークと旧知だったクックロビン卿は、先日、自刃したわ」
多くを知ることは、多くを背負うこと。
与える以上に奪われる。
「何者かによる精神操作、自刃に見せかけた暗殺。根拠のない憶測は飛び交っているようだけど事実は揺らがない。クックロビン卿は死に、ジフロマーシャとペルシャを結びつけるものは失われた」
彼女の言葉には確かな重みがあった。
*
「では、カガリヤが保護してください」
ヴィジャは大真面目にそう言った。
腰のポーチを外すと、中身をテーブルに並べていく。古びた金貨や装飾品……それらは水晶の檻で同じ時を過ごした、ヴィジャの一部だった。
ポーチが空っぽになると今度は服のポケットに手を入れる。いくつかの宝石と硬貨、そして指輪が一つ、テーブルに加わった。
「依頼料です」
「ヴィジャ、よく聞いて」
着替えを終えたカガリヤは、子供に言い聞かせるような口調で言う。
「私はジフロマーシャの人間よ。本家が協力しないなら、私に出来ることはほとんど無い。それはお金や言葉ではどうにもならない問題なの」
「カガリヤはクックロビンなのですか?」
「違うわ。あなたには私が、白髪まじりの黒髪で、居丈高で、白痴で、腹黒で、口を開く度に雑言と唾液を撒き散らす中年の男性に見える?」
ヴィジャはふるふると首を振った。
カガリヤはそれを見て、少しだけ表情を緩めた。
「いい子ね」
「……でも、それなら。カガリヤのことはカガリヤが決めるべきです」
「私は世界を観測する。でも、観測者は私だけじゃない。私自身もまた、観測されている」
彼女は淡々と述べる。
「ヴィジャ。あなたが妙な行動を取れば、本家は事態を収拾しに来るわ。今はまだ、判断を留保しているようだけど、私と長く居ればそれだけ危険が増えるの。あなたにも、私にも」
カガリヤの言葉を理解するのは難しかった。額面通りに受け取れば、今すぐにここを離れるべきに思えた。
観測者。ジフロマーシャを構成する部品。
彼女が意志を露わにしないのは、観測を恐れているからなのか――それとも。
言葉が見つからない。
「この指輪」
カガリヤはテーブルの端、銀細工の指輪を手に取った。
「ミゼルが置いていった物です。指輪に限った話ではありませんが」
「暗号文字が彫り込んであるようね。私には読めないけれど、解読できる人物には心当たりがある」
段々と、風景が遠のいていくような錯覚に襲われる。
「案内するわ。その後はあなたの好きなようにしなさい」
「僕の、好きなように」
椅子が、指輪が、外套が、天井が、彼女が。離れていく。
「指輪の謎を追ってもいいし、クックロビン卿の死の真相を探るのもいい。ペルシャへ行けばあなたを知る者がいるかもしれない。もちろん、元いた場所へ帰って何もせずに過ごすのも……ヴィジャ、あなたの自由よ」
自由。
書物によれば、それは束縛からの解放を意味する素晴らしい言葉だ。
だが、それが訪れた時、ヴィジャはまた一人ぼっちになるのだろう。
時は刻々と迫ってくる。秒針が心を削っていく。
数えたくないと思ったのは初めてだった。
「出発は夜。それまではここで待機」
「はい」
ヴィジャはテーブルに広げた物を、一つずつポーチの中へ仕舞う。
ほどなくして、カガリヤはどこからか升目のついた板と小箱を持ってきた。
「チェスよ。ルールはわかる?」
穏やかな時が流れた。
*
もう真夜中だと言うのに表通りは騒がしかった。大声を上げる酔っ払いや道の端にずらりと並んだ乞食たち、目つきの悪そうな集団など、ヴィジャにとっては何もかもが物珍しい。しかし今は、カガリヤの後をついて歩くので精一杯だ。
「――――!! ――! ――――!」
露店らしき看板を立て、何事かをまくし立てる女性の前でカガリヤは足を止めた。
女性の言葉はひどく訛っている上にスラング混じりで、ヴィジャにはよくわからない。聞き取れた単語から推測するに、無料で魔法な少女(?)にしてくれるお店らしい。
カガリヤは銀貨を一枚取り出し、女性の前のお椀に放り込んだ。魔法な少女に興味があるのだろうか。
ヴィジャは気になって仕方がなかったが、下手なことを言って限られた時間を無駄にしたくはなかったので、代わりにこう聞いた。
「無料と言っているのにお金を払うんですか?」
「無料と謳って本当に無料であることはないわ。彼女は物乞い、可哀相な方。可哀相な方には親切を与えるのが市民の義務だと、いつも生徒に教えているのでそれを実践したまで、ね」
「わかりました、カガリヤ」
ヴィジャは彼女に倣い、ポーチから銀貨を取り出そうとした。しかし、ふと思い直して手を止める。
物乞いの女性は笑顔で首を傾げていた。
*
魔法弾が飛んできて、カガリヤと物乞いのやり取りは中断された。魔法は威嚇用の、ほとんど殺傷力の無いもののようだった。
インカネーション部隊を名乗る修道女が、ちょこまかと動く物乞いの女性を追い回す。殺気立つ修道女を相手にしているというのに、物乞いは妙に楽しそうだ。
ヴィジャは喜劇でも眺めているような気分で傍観していたが、物乞いがカガリヤに触れたのでその背を指で貫いた。華奢な体躯が音を立てて崩れ落ちる。
「殺したの?」
「いいえ」
指先が少し破れたようだ。どこかの骨に引っ掛けたのかもしれない。
垂れてきた『血』を服の端で拭う。
「戦闘に巻き込まれたくありません。ここから去りましょう」
「あら、どうして? あなたには都合がいいはずよ」
カガリヤは肩越しに指さした。
振り返れば、草色のローブを纏った金髪の女性がそこに居た。
『クックロビン殺しのメビエリアラ』
カガリヤはローブの女性を差して言った。
クックロビン卿。ミゼルの友達だったそうだが、見たことも会ったことも無い。
灰の教師メビエリアラ。クックロビン卿自刃の現場に居合わせた来訪者。出がけにカガリヤから聞いた情報によれば、真相に近い人物であることは確かだ。叩けば埃くらいは出るだろう。
「なるほど。覚えておきましょう」
しかしヴィジャはメビエリアラを前にして、驚くほど空虚な感覚に囚われていた。
何も感じない。
ローブの少女は土を踏み、諦観しているように見えた。彼女が何もしないのは『何もできないことを彼女自身が正しく理解しているから』で、そんな人間に人殺しが務まるとは思えない。貴族どころか、道端の猫すら蹴り飛ばせないだろう。
1、2、3、……。敵性は全部で6人。気絶している物乞いを除けば、修道女とメビエリアラに駆けつけた増援(インカネーション部隊員)を合わせて5人。カガリヤの手を借りずとも、倒すのは容易い。
「ですがカガリヤ。僕はここで戦う意味を見いだせません」
思考の中のメビエリアラに手をかざすと、潰れて消えた。塵すら残らなかった。
「彼女は弱い」
ミゼルの声が頭に響く。
弱い者に手を上げるのは、弱い者のすることだ。ヴィジャ、お前は強くあれ。
「……このっ、言わせておけば!!」
「ネイビー、いけません!」
飛びかかる修道女の頬に触れた。修道女は膝から崩れ落ちた。
制止の声を上げたメビエリアラはその場から一歩も動かない。戦況を見れば、どこまでも正しい判断だ。
「これじゃ、箱が積んであるのと変わらないわね」
カガリヤはつまらなそうに言った。メビエリアラは涼しい顔をしていた。
「行きましょう、ヴィジャ。夜が明けてしまうわ」
「はい」
二人は表通りを後にした。
追う者はいなかった。
月が沈み始めた頃、古びた屋敷へ到着した。
正面の大きな装飾扉は固く閉ざされていたので、ヴィジャとカガリヤは裏口へ回り込んだ。
階段を上り、小さな扉を潜り、廊下を渡る。
どこからか、規則正しい針の音が聞こえてくる。
*
カガリヤは絵画の前で踵を素早く三度鳴らし、軽く咳払いをした。
壁が割れ、奥から帽子を被った少年が出迎えた。
「どうぞ、お入り下さい」
案内されるままに梯子を上ると、そこには丸テーブルを囲んでカードを嗜む四人の男がいた。
そのうちの一人がこちらに気づくと、読みかけの本を閉じて席を立ち――顔が時計で覆われた男だ――二人に向けて両手を広げる。
「ようこそ、おいで下さいました。おや、お二方とも当館は初めてですね。なに、遊び道具は色々あります。今宵は心行くまで──」
「いえ、寛ぎにきたわけではないわ」
時計の男の声を遮ると、カガリヤは懐から指輪を取り出してみせた。
「これを」
「おや、おや、その指輪が如何かしましたかね。歯車の模様と、……何やら文字が彫られているようですが」
「あなたなら読めるはずよ。何が書いてあるのか、この子に教えてあげて」
「お願いします」
ヴィジャはぺこりと頭を下げた。
「なるほど。まぁ、立ち話もなんですからね。お二人とも、宜しければこちらの席に、どうぞ腰をお掛け下さい」
飲み物を用意致しましょう、と言って、時計の男はカウンターの奥へ消えた。
カウンターの前にカガリヤと並んで座る。宿で過ごした時のような安心感がヴィジャを包んだ。
男たちの談笑や、カードをパチパチ弾く音が屋根裏に響く。
「頃合いを見て自己紹介など、そう思ったんですけどね。そんな事は、どうも不要らしいです。カガリヤさん、それにヴィジャさん……。…………」
針の音はいつの間にか聞こえなくなっていた。
*
文字盤の紳士がグラスを片手に語りかける。
「どうも、お疲れのようですね」
金属の少年はカウンターに突っ伏して眠っていた。
観測者は一瞥すると、無言で席を立つ。
「親が子を放って帰路へ向かうとは、感心しませんな」
「彼が"底"から出て最初に頼ったのが私だった……それだけよ。親でも無ければ縁も無いわ」
「ですが、彼はあなたによく懐いている」
服の裾が少年に掴まれていた。
「…………」
「もちろん、約束を果たす用意はあります。しかしですね、カガリヤさん、私は貴方にも用があるのですよ」
「何も見えていないような顔をして、私のことは知っているのね」
「有能な教師であると、そう、お聞きしています。人より多くを識り、人より多くを説く。そのために日夜書を読み、耳を傾け、考え、刻む。全くそれは、素晴らしい衣装だ」
「ありがとう。あなたの帽子もとても素敵よ。滑稽で」
「本当に褒めているのですよ。──しかし、貴方のような名優では、それも役不足というものでしょう」
「見てみたいとは思いませんか、連綿と続くこの街の、艶やかに花開き、最後に辿りつく場所を」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
アーネチカは壊れなかった。
服が裂け、煤に塗れ、撥条を欠き、駆動部分が剥き出しになり、人とも獣とも龍ともつかぬ形となってなお。
アーネチカは淀み無く歌い上げた。
アーネチカの歌は欲張りで、際限なく欲しがった。
山を、海を、村を、人を、森を、獣を、火を、岩を、雲を、空を、認識を、虚構を。
やがてそれらは区別なく歌の一節となり、アーネチカとなった。
アーネチカのまわりから、何もかもが消えていった。
昼も夜も無くなり、歌を聞く者も無くなり、世界はとても狭くなった。
アーネチカの他に何も無くなると、歌はアーネチカを欲しがった。
愛が失われた場所から少年が生まれた。
少年はアーネチカに近づくと、彼女の胸に光り輝くものを見つけた。
手を伸ばして取ると、それはギザギザとした指輪の形をしていた。
指輪はアーネチカを動かす歯車だった。
アーネチカは駆動を止め、アーネチカの歌は律動を止めた。
するとそこからあらゆる全てが溢れ出した。
後にはアーネチカのいない世界が残った。
少年は愛の奔流に触れ、消えた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ヴィジャはその力を解放した。
カガリヤは冷やかに見つめていた。
ウォレスは舞台に屹立していた。
メビエリアラは不敵に微笑んだ。
マドルチェはニコニコしていた。
カラスは呆然と突っ立っていた。
サルバーデルはその姿を消していた。
水晶の檻を運んできた鉄の龍が風を裂いて降り立ち、凍てついた巨躯に月を映した。カガリヤがその背に跨りヴィジャを待つ。
ヴィジャが舞台の残骸、瓦礫の柱の銅塊に触れると、それは大きくうねりながら虎の姿になった。
熱気を纏った銅の虎は猛々しく夜空に吠え、メビエリアラの前に傅いた。
「どうぞ。龍の背に三人は、少々窮屈でしょう」
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極鉄龍
HP136/知4/技4
・c/0/6/1
・o/4/24/5
・l/8/36/10 凍結
・d/40/0/15 凍結 防御無視
構え無しなら「c」
「c」の次は「o」
「o」の次は「l」
「l」の次は「d」
「d」
灼銅虎
HP96/知4/技6
・h/6/0/1
・e/26/6/5
・a/34/12/10 炎熱
・t/54/0/15 炎熱 防御無視
構え無しなら「h」
「h」の次は「e」
「e」の次は「a」
「a」の次は「t」
「t」
「団体行動が苦手なタイプ、ね」
銅虎と共に観客の一人と戯れ始めたメビエリアラを見て、カガリヤは嘆息した。
戦力的な問題もあり、この後は三人で行動する手はずだったのだ。
「彼女、死にますよ。武器は所有者を強くはしません」
「ええ。……けれど、それが敗北と言えるのかしら。彼女にとって」
「死は終わりです。勝つとか負けるとか、そういう段階の話ではないです」
人は皆、やがて死に至り、終わる。勝利や敗北はどこまでも過程であり、敗北を与える重みと死を与える罪を比べることはできない。
これもミゼルに教わったことだった。
「……ヴィジャ」
「はい」
「あなたの言っていることが正しいわ」
カガリヤは普段通りに抑揚の無い声で言った。
ヴィジャはミゼルが褒められたような気がして、ちょっと嬉しくなった。
「行きましょうか。パレードが始まる頃合いよ」
「そうですね」
二人を乗せた鉄の龍がリリオットの空へ飛び立つ。
夜の風は冷たかったが、ヴィジャの身体はそれ以上に冷えていた。
精霊採掘都市リリオットを北から南へ縦断するパレード。上空からの眺めは、なかなか見ごたえがあった。
カガリヤの忠告により一定の距離を保っての見物となったが、ヴィジャの紅く錆びた瞳は見た目に反して遠くまでよく映す。マドルチェの笑顔や偶像たちの楽しげな踊りがはっきりと見てとれ、蒼く迸る光や地面に伏す住人たちは幻想的ですらあった。
しかし、パレードがまだ半分も進まないうちに、カガリヤがメビエリアラの死を観測した。
まだしばらくメインストリートの上を飛んでいたかったが、しぶしぶ鉄の龍に旋回を命じる。もうあまり時間は残されていないのだ。
目指すは北の大教会、である。
*
ヘレン教の最も象徴的な建造物とも言える大教会のステンドグラスを、ヴィジャは思い切り蹴り割って飛び込んだ。ヘレンを模した装飾硝子はけたたましい音を立てて砕け散り、色とりどりの破片が雨のように降り注いだが、ヴィジャの身体には傷一つつかない。続いて、カガリヤを乗せた鉄の龍が旋風を起こし乗り入れる。蝋燭の炎は全て掻き消えた。建物の中に充満していた濃霧が吹き起こる風に導かれ、リリオットの空へ吸い込まれていった。
「汚い、醜い、おぞましい。……この街は腐っている」
巨大魔方陣の光が教会の惨状を照らし出す。
転がる死体、呻き声を上げる子供、四肢を血に染めた男。
教会を名乗るには無理のある光景だった。
「物語の方が、よほど綺麗ですね」
「それは当然。こんなものばかり観測しても、気分が悪くなるだけよ」
その台詞だけ切り取れば、聞く者には二人が一昔前の英雄譚で主人公のもとへ駆けつけた仲間のように感じられるかもしれなかった。しかしヴィジャとカガリヤは、別に正義の味方を気取っているわけではない。役者を演じている間は『リリオットの全てが敵』なのだ。
彼らは悪意も善意も区別なく滅するだろう。
「さっさと掃除しましょう」
カガリヤは鉄龍から飛び降りると、一番近くの武器を持った男に短剣を突き立てた。二撃、三撃と立て続けに急所を突くと、男はたまらず倒れた。振り返りざまに、逆手に持ち替えて横一文字に振り抜く。もう一人のフード男の喉が裂け、鮮血が溢れ出す。
死体で血を拭い残りを片付けようと半身に構えた直後、二発の光弾が破裂した。カガリヤの目が潰れた数カウントの隙に、白髪のシスターと子供たちは教会の外へ逃げていってしまった。
血塗れた男の両腕両足が回転鋸の如き駆動音を上げる。次の瞬間、男は爆ぜるような速度でヴィジャとの距離を詰めてきた。そのままの速度で振り上げられ、振り抜かれようとしていた腕を、ヴィジャは片手で掴んで止めた。もう片方の腕も掴み、そのまま両の義肢を思い切り握り締める。
ギチギチと金属がひしゃげていく音に混じり、ビブラートのかかった悲鳴のような声が聞こえる。腕の精霊が霧散し消える音だった。
「……ふふ、僕では役者不足。そりゃあそうだ」
腕が、足が、ひしゃげて砕けて溶け落ちる。血衣の男は笑みを絶やさない。
「さあ! 僕を殺すのか? 僕の死は伯爵の劇にどんな彩りを加えるんだ!? やってみなよ!! あはははははははははは!!!」
蠢く流体となった金属は、大量の血が混ざってしまったことで上手く形を成せず、溝へ流れていく。
四肢を失った男はほとんど骨格しか残っていないパーツを使って大きく跳ね、ヴィジャに頭突きを食らわせた。
「ガキが」
地に落ちる。男は目を見開いたまま息絶えていた。
――――キリキリキリキリ。
撥条を巻くような音と共に死体の一つが起き上がった。
背に二振りの大剣を交差させた、青い長髪の少女。
ガクンガクンと揺れながら立つ少女の振る舞いは人間味を感じさせない不気味なものだったが、その瞳には確かな意志の光が宿っていた。
「わたしはヘルミオネ。願いは『リリオットを護る』ことです」
少女はその手に鋼鉄のブラシを構え、ヴィジャの前に立ちはだかる。
「あなたは誰ですか? あなたは悪者ですね。わたしが倒します。わたしがリリオットを護ります」
しばしの間、金属と金属がぶつかり合う音が教会に響いた。
自律する機械人形の少女ヘルミオネは、龍の吐息によってその魂ごと凍りつき、氷像となった。
*
「……風が騒がしいわ。舞台へ戻りましょう」
「はい」
英雄は未だ現れない。
――――この指輪には異国語で名前が彫られている。君の名前と、それから――――
――――劇の練習、ですか? それが何に……なるほど、よくわかりません――――
――――ヴィジャ。どうするかはあなたが決めて。そう、あなたが決めるの――――
*
街のあちこちで騒ぎが起こっていたが、相掛け岩と精霊の広場は静かだった。
鉄の龍が降り立つ。ヴィジャとカガリヤは舞台の端に並んで座る。
壊れた客席が、崩れ落ちた舞台が、演じている劇を盛り上げるための装置としてそこにあるように、ヴィジャには感じられた。
「……この指輪を持って、時が来るまで悪者を演じきる。なんだか、お話の続きを見ているみたいですね」
リリオット中を舞台に物語を紡ぐ。時計の人はそんな風なことを言っていた。ヴィジャにはいまいちぴんと来なかったが、カガリヤと過ごす時間が増えるのは嬉しかった。
出番はそれほど多く無かったけれど、劇の練習も楽しかった。それに新しい友だちもできた。お姫様やカラスの人、カガリヤと同じ教師をやっている人や本物の魔法使い(本人がそう言っていた)、時計の人とその仲間たち。
「そうそう、リボンの子に飴玉をもらったんですよ。カガリヤも食べますか?」
ヴィジャは飴玉の小袋を差し出した。
カガリヤはそれを受け取り、服の内に仕舞い、立ち上がった。
「来るわ」
メインストリートの方から、規則正しく地を刻む足音が聞こえる。
「――『英雄』よ」
青い長髪の人形が再びやって来た。
彼女の立ち振る舞いは、なるほど、物語で見た英雄のものに近しいかもしれない。
台詞の応酬は劇の一幕のようで、ヴィジャの心は踊った。このシーンが終われば彼女とも友だちになれるのだろうか――漠然と、そんな思いがよぎった。
いくつもの火柱があがり、中から様々な格好をした人が現れた。見覚えのある人もいた。みんな彼女の友だちらしい。英雄は友だちも多いのだ。
龍が舞い、戦いが始まっても、ヴィジャはどこか夢見心地だった。
「ちょびっと本気をだしましょうか」
背後に現れた黒髪の少女がヴィジャに決闘を挑んだ。彼女もまた英雄だ。
腕と剣がぶつかり、火花が散る。
ヴィジャの戦い方はとても単純である。死なないように突っ込む、それだけだった。
対して黒髪の少女は、身体中から手品のように剣を取り出した。
それは長い長い針。
それは星々の羽刃。
それは燃え盛る剣。
それは捻れた短剣。
それは無骨な曲刀。
それは閃く小太刀。
それは黒い処刑剣。
戦闘中だというのに彼女はよく喋った。
歌うように演じるように、彼女は詠唱した。
役者として舞台に立ったヴィジャ。しかしこの瞬間は、彼女の演舞の観客だ。
剣が振るわれるたびヴィジャの身体は壊れていったが、そんなことは気にならなかった。
最後の一撃が振るわれる――それは儚く鋭い刃。
ヴィジャは銀の飛沫を散らしながら倒れ。
その手から指輪がこぼれた。
*
少年の終幕を悼むかのように、空が雫を落とした。
雫は瞬く間にその数を増やし、やがて雨となった。
ヴィジャ
HP70/知5/技5
・H/1/6/1
・E/20/0/10 防御無視 封印
・A/30/0/12 防御無視 封印
・R/40/0/14 防御無視 封印
・T/50/0/16 防御無視 封印
心は自然数でした。
心の条件式を記す必要はありません。
《大切なものはもう見つけました》
何も構えていない時、あなたが僕を拒んでも。
何も構えていない時、僕はあなたを愛します。
見える全てが愛です。見えない全てが愛です。
心は満たされ、愛が尽きることはありません。
寂しい心を見つけたらH――あなたに近づきます。
道に迷ってしまったらE――あなたを見つめます。
全てを許す愛を求めてA――あなたへ手を伸ばします。
たとえそれが過ちでもR――あなたに触れます。
僕を包んで欲しいからT――あなたを抱きしめます。
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