千夜一夜の果てに

インデックスに戻る

[500] 2012/06/17 13:16:51
【ソラ:26「再会」】 by 200k

 ソフィアを連れてソラとえぬえむの二人はリリオットの街へ戻った。街でマックオートと合流をし、ソフィアも目を覚ましたが、様子がおかしかった。自分のことも、ソラ達のことも全て忘れていた。エーデルワイスに封じ込まれれたヘレンの記憶、ソフィアはダウトフォレストで何を知ったのだろう。
 一旦宿に泊まろうと皆で歩を進めたが、マックの始めた黒髪の話を聞いてソフィアは豹変した。何か独り言を呟いた後、白と黒の二本の剣を持って突然駆けだした。
「って、ちょっと、ソフィアさん?!」
 ソラは声をかけたがソフィアの耳に入っていないようだ。えぬえむが追いかける。
 追いかけなきゃ。ソラはマックの方をちらりと見た、マックもソラの方を見て頷いた。

 ソフィアの後を追うえぬえむの黒髪が角へと消える。マックオートとソラもそれを追う。
「マックさん」
 ソラは走りながらマックに話しかけた。
「私、リソースガードに入ったんです。マックさんやソフィアに助けられた後考えて、今度は私が恩返しをしたいなって思って。それから、仲介所にいればまた会えるかなって……ケホッ!」
 ソラは咳をした。ダウトフォレストからずっと休みなしで来たために体に無理が生じたようだ。
「大丈夫かい、ソラちゃん」
「ごめんなさい、ちょっと無理し続けちゃったみたい……。少し休めば大丈夫だから、マックさんは先に追ってください」
「いいや駄目だ。こんな所で女の子を見捨てるなんて、俺には出来ないな」
「うわわ、きゃ!」
 マックはソラを両腕で抱きかかえた。
「前が見辛いから、ソラちゃんはどっちへ行ったらいいか指示出してくれよ!」
「は、はい!」

 ソラとマックオートが追いついた頃には、ソフィアとえぬえむの2人はダザを見つけていた。


[501] 2012/06/17 17:01:42
【     :30 たたかい と へれん】 by ルート

くろかみ ごろし を みつけました。すこし いそいでる みたい。
くろかみ ごろし が わたしたち に きづく。えぬえむ を ちらっとみてから わたしたち に こえをかける。

「やあ、お嬢さんたち。夜の街は物騒だから、早く家に帰った方がいいぜ」

しんせつな ひと。でも いえ って どこだっけ。まあ いま は どうでもいいし。

「みつけた から」
「ん?何を見つけたんだ?」
「くろかみ ごろし」

わたし が そういうと くろかみ ごろし は おどろいた。
あれ? ちがった のかな。なんで おどろくんだろう。

「くろかみ ごろし でしょ」

もういちど いってみる。そうしたら くろかみ ごろし は もってた ぶらし を ふりあげた。

「何故分かったのか知らねぇが、それなら生かしておくわけにはいかねぇな!」

ぎしっ と ぎそく が きしむおと。くろかみ ごろし が まあい を つめて おそいかかってくる。
わたし は マントの精霊を駆動。瞬時に金属並みに硬化した布地が、鋼鉄のブラシの一撃を受け止める。

「あぶない よ?」
「テメェが余計な事を言うからだよ!」

くろかみ ごろし は おこってる みたい。けったり たたいたり してくる。マントを連続駆動。それらを受け流し、あるいは硬化させた布地で防御する。
たたかう とか よくわからない のに。からだ は かってに うごく。そのあいだに わたし は きになった ことを きいてみる。

「あなたは なんで くろかみ を ころすの?」
「あぁ?黒髪は駆逐されて当然の存在だろうが。オレはそいつらを狩ることで、×××に近付くのさ!」
「なにに ちかづく の?」
「聞こえてなかったのかよ呆けてんのか白髪頭!」

ぼけては いないもん。こわれてる だけで。
くろかみ ごろし は もういちど さけんだ。

「ヘレンだ!ゴミ共を殺す戦いへの高揚感こそが、オレ達をヘレンに導くのさ!」

へれん。
こんどは ちゃんと きこえた。なぜか こころ に なじむ そのひびき。
ぼんやり で ぐちゃぐちゃ だった あたま の なか が。すこしだけ ととのうような きもち。

「何急に泣いてやがんだ!今更許してくださいってか?」

あ。わたし ないてたんだ。べつに かなしく は ないんだけど。
でも たいせつな なにか が どんどん とおざかる ような……
そんな いやな きもち。



ダザの攻撃を受け続ける彼女の肉体に、突如変化が表れる。
彼女の白髪が、煌く金髪へと色を変えていく。それは"ソフィア"本来の髪色でありながら、"ソフィア"ではない誰かを、一人の戦乙女を思わせるものだった。

「な、あんたは……」
「この男の肉体は傀儡。意思の本体は義足内の精霊。この意思の活動能力を喪失させる手段。義足の封印または切除」

ダザが、正確にはダザを操る意思が抱いた動揺。その隙を逃さず"彼女"は言葉を紡ぐ。ダザではなく、味方へ向けた助言を。
そしてそれを受け取ったマックオートも、ソラも、えぬえむもまた隙に乗じ、それぞれのタイミングで戦線へ乱入していく。

ループする戦局が動き始める。
後退する"彼女"は、その様子を静かな眼差しで見つめていた。


[502] 2012/06/17 20:46:03
【ウォレス・ザ・ウィルレス 29 「エフェクティヴとの取引」】 by 青い鴉

「心当たりは無いか……だが、この街は狭い。いずれその剣の主と出会うこともあるじゃろう」ウォレスは言う。
 リューシャは納得がいかないという表情だったが、それ以上を聞き出すことは諦めた。剣匠でもない魔法使いの言うことである。嘘か誠かはいずれ知れるだろう。爆発事故についていくつか質問した後、リューシャはその場を立ち去る。

 残されたのは、ウォレスとエフェクティヴの男。エフェクティヴは秘密を洩らさないことで知られる。脅して情報を吐かせるのは難しい。そこで、ウォレスはなるべく穏便に行動することにした。
 
***
 
「助けてくれ。この男が道に倒れておった。誰か介抱してやれる者はおらんか」職人街の戸を叩くウォレス。
 すぐに数人の屈強な男たちがウォレスを取り囲み、気を失った男を奥へと運んでゆく。

「おい白いガキ。お前があいつをここまで運んできたのか?」
「ああそうじゃ……そりゃあ重かったが、死なずに済んで本当によかった。じゃが、せっかく人助けをしたんじゃ。少しでいい。皆、儂の愚痴を聞いてくれんかのう」

 そこからはウォレスの語りが続いた。まず爆発事故の件について話し、ウォレスは深い哀悼を捧げた。その話の中で、事件の規模と概要を知る。次に最近相次いでいる黒髪殺しのことについて話し、黒髪の男に注意を促す。そして、話はついに粗悪な精霊武器のくだりに及んだ。
 
「成金教師ハルメルの倉庫から盗まれた多くの精霊武器が、未回収のまま裏で流通しているらしいのじゃ」
「てめえ……ただのガキじゃねえな。なんでそんなことまで知ってやがる」
「それはな、儂がインカネーションの伝言係だからじゃよ。ちょうど精霊武器の調査の件でその場に居合わせたんじゃ。いや、嘘は言っておらんぞ」
「インカネーション……お前はヘレン教が差し向けたスパイか?」
「馬鹿を言うな。儂はただ、倒れておる者を見捨てては置けんと……おっと、話が逸れたな。それで本題じゃが、その粗悪な精霊武器の回収を、エフェクティヴの者に依頼したいのじゃ」
 エフェクティヴという言葉に場がざわめく。何か言おうとする者たちを、最年長の男が制する。「それで、依頼料は?」
「集めた精霊武器の数に応じて、ハルメルの奴に金を出させよう。精霊武器の流通は止まり、治安は良くなり、エフェクティヴは戦力と活動資金を得る。ヘレン教はそれを黙認する。悪くない取引だと思うが?」
 
「この白いガキを信用するのか?」「だが粗悪な精霊武器の流通は事実だ」「戦力を強化するには……」「それで活動資金を得られるなら……」
「さてと。愚痴を聞いてもらって助かった。あの男もそろそろ目を覚ます頃じゃろう。儂は失礼させてもらう」
「おっと、名前を聞いていなかったな。名乗れ」「そうじゃな――紫色〔バイオレット〕とでも言ってもらえれば、話は通じるじゃろう」


[503] 2012/06/17 20:55:29
【マックオート・グラキエス 37 再戦】 by オトカム

ソフィアを追う最中、ソラはマックオートに自分がリソースガードになったことを告げた。
直後、ソラは体に無理をさせていたらしく、咳き込んでかべにもたれかかってしまった。
「ごめんなさい、ちょっと無理し続けちゃったみたい……。少し休めば大丈夫だから、マックさんは先に追ってください」
「いいや駄目だ。こんな所で女の子を見捨てるなんて、俺には出来ないな」
「うわわ、きゃ!」
マックオートはソラを抱きかかえ、ソラに道を聞きながらソフィアを追いかけた。

***

「この男の肉体は傀儡。意思の本体は義足内の精霊。この意思の活動能力を喪失させる手段。義足の封印または切除」
追いついた頃には、ソフィアとダザが交戦状態だった。
いつのまにか髪が金色に変わっていたソフィアは、二人の到着に気が付き、後退していく。
「おう、マック!次会ったら殺してやると言ったな!」
「黒髪殺しはもう終わりだ、ダザ!」
「”さん”をつけろっつっただろ!!」
マックオートはソラを下ろすと、アイスファルクスを抜刀した。
振り下ろされる鋼鉄ブラシに、あわせるようにアイスファルクスが動く。
えぬえむは横から剣で斬りかかるが、義足によって防がれた。
2体1の状況だったが、ダザは余裕の笑みを見せた。
「えぬえむ、ダザの義足が温まるまえに決着をつけるんだ!」
「残念だが、遅いんでね!」
ダザが燃え盛る義足で蹴りかかる。マックオートは防ごうとするが、段違いの力になった蹴りを受け止めきれなかった。
大きく弾かれ、何歩も後退してしまう。
「くっ・・・!」
「この魂の高揚感!これこそがヘレンだ!」
左手を握りしめ、雄叫びをあげるダザ。勝利を確信して周りを見渡すと、咳き込みながらも体を光らせるソラがいた。
「おじょーさん、具合が悪いようだねぇ。すぐに楽にしてやるよ!」
獲物を見つけたダザは義足で地面を蹴り、ソラに飛びかかる。
「やめろ!」
マックオートが叫んだ時には体も動いていた。ソラの前に立ちはだかり、振り下ろしたブラシを受け止めた。
「ヒュー、若いねぇ!」
ダザはがら空きのマックオートの腹に義足をぶつけた。
「がはっ・・・」
マックオートに全身に焼けるような激痛が走った。しかし、後ろにはソラがいる。
膝を地につけるも、アイスファルクスを杖に倒れまいと持ちこたえた。
しかし、次の義足蹴りには耐えられなかった。
「死ね!ウジ虫!」
すくい上げるような蹴りに、マックオートの体は真上に浮いた。
(どうすればいい・・・どうすればダザを止められる・・・?
 どうすればソラを守れるんだ・・・?教えてくれ・・・)
マックオートは地に落ちた。立ち上がる力は無かった。


[504] 2012/06/17 21:11:30
【ライ:09】 by niv

「よう、フライ」
 第8坑道から帰る途中、人気のない道でエフェクティヴの男に話しかけられた。
 ひょろっとした色白で、鋭くはないが細く吊り上がった目をしている。
 ライはこの男に誘われ、断りきれずにエフェクティヴの会合に参加したことがあった。名前を既に覚えていないので、ライは「細ガエル」の名で認識していた。
 ライは通り過ぎようとしたが、細ガエルは隣をついてきた。
「おいフライ、まだ逃げるのか? いつまで臆病者でいるんだ?」
「臆病者でいいよ。フライにいちいち寄ってくるな」
「いいのか、ライ。知ってるんだぞ俺は」
 何が、と言いかけて目を向けた時には「弟がいるんだろう」と聞こえていた。

 他人に弱みを見せていいことは一つもない、と、前の街で既に叩き込まれていた。誰にも弟の話をしたことはない。
「なんでそれを、」
「エフェクティヴは何でも知っている」
 ようやくこっちの土俵に乗ってきたな、という顔で細ガエルはライを見た。
「最近エフェクティヴが死にまくっててな。もう悠長なことは言っていられないんだ。な、頼むよ、<<ヒーローソード>>。本物のヒーローになりたくはないのか?」
 ライは発作的に細ガエルの胸ぐらを掴んで壁に押し付けたが、細ガエルはライを余裕の目で見下ろしている。
「なあ、俺の【能力】教えてやろうか? 名付けて【効率的な力<<エフェクティヴ・フォース>>】。能力は『お前なんか簡単に殺せる』」
 突然予期しない文脈が入り込んできて、瞬間ライは理解を踏み外した。声から意味を抽出するまでの間に、胸ぐらを掴んでいる手を押し下げられていた。
「もう1つ、【闇から闇へ<<イントゥ・ザ・ダークネス>>】。能力は証拠なんか残さないし、捕まらない」
 組織力を背景にした脅しである。
 しかも自分への揶揄たっぷりな言い回しだ。
 しかしそれはそれとして、ライは細ガエルの意外なセンスの良さに驚いていた。
 (全部知られてる)(仕方ない)(逆らえばペテロが)(いや、こいつがエフェクティヴだって突き出した方が)(俺こういうダブルミーニングに弱いんだよな)
 怒り。羞恥。恐怖。かっこよさに触れた喜び。自分をからかっているだけなのか、それとも素でそういうのが好きなのかという疑問。
 後ろ2つのせいで怒りや羞恥に感情がまとまらない。正直、少し困っていた。
「お前はニュークリアエフェクトの理念は理解できないようだが、理想を持った人間だってことはわかる。
 お前がエフェクティヴを変えていったっていいんだ。一番ヒーローに近い場所にいるのは俺たちだぜ。
 な、来いよエフェクティヴに。そういやお前【物乞い】に気があるのか?なんだったら俺が口を利いてやってもいいぜ、あいつはあれで……」
 重い心理と迷いを後頭部のあたりに抱えながら、ライは第8坑道の秘密にだけは手紙で触れなかった自分の慧眼を【梟の目<<フェイルセーフ・ナイトウォッチ>>】と名付けるのはどうだろうか、と考えていた。


[505] 2012/06/17 21:12:21
【ヴィジャ:07 物乞い】 by やべえ

「出発は夜。それまではここで待機」
「はい」
 ヴィジャはテーブルに広げた物を、一つずつポーチの中へ仕舞う。
 ほどなくして、カガリヤはどこからか升目のついた板と小箱を持ってきた。
「チェスよ。ルールはわかる?」
 穏やかな時が流れた。

 *

 もう真夜中だと言うのに表通りは騒がしかった。大声を上げる酔っ払いや道の端にずらりと並んだ乞食たち、目つきの悪そうな集団など、ヴィジャにとっては何もかもが物珍しい。しかし今は、カガリヤの後をついて歩くので精一杯だ。
「――――!! ――! ――――!」
 露店らしき看板を立て、何事かをまくし立てる女性の前でカガリヤは足を止めた。
 女性の言葉はひどく訛っている上にスラング混じりで、ヴィジャにはよくわからない。聞き取れた単語から推測するに、無料で魔法な少女(?)にしてくれるお店らしい。
 カガリヤは銀貨を一枚取り出し、女性の前のお椀に放り込んだ。魔法な少女に興味があるのだろうか。
 ヴィジャは気になって仕方がなかったが、下手なことを言って限られた時間を無駄にしたくはなかったので、代わりにこう聞いた。
「無料と言っているのにお金を払うんですか?」
「無料と謳って本当に無料であることはないわ。彼女は物乞い、可哀相な方。可哀相な方には親切を与えるのが市民の義務だと、いつも生徒に教えているのでそれを実践したまで、ね」
「わかりました、カガリヤ」
 ヴィジャは彼女に倣い、ポーチから銀貨を取り出そうとした。しかし、ふと思い直して手を止める。
 物乞いの女性は笑顔で首を傾げていた。

 *

 魔法弾が飛んできて、カガリヤと物乞いのやり取りは中断された。魔法は威嚇用の、ほとんど殺傷力の無いもののようだった。
 インカネーション部隊を名乗る修道女が、ちょこまかと動く物乞いの女性を追い回す。殺気立つ修道女を相手にしているというのに、物乞いは妙に楽しそうだ。
 ヴィジャは喜劇でも眺めているような気分で傍観していたが、物乞いがカガリヤに触れたのでその背を指で貫いた。華奢な体躯が音を立てて崩れ落ちる。
「殺したの?」
「いいえ」
 指先が少し破れたようだ。どこかの骨に引っ掛けたのかもしれない。
 垂れてきた『血』を服の端で拭う。
「戦闘に巻き込まれたくありません。ここから去りましょう」
「あら、どうして? あなたには都合がいいはずよ」
 カガリヤは肩越しに指さした。
 振り返れば、草色のローブを纏った金髪の女性がそこに居た。


[506] 2012/06/17 21:13:04
【ヴィジャ:08 弱者】 by やべえ

『クックロビン殺しのメビエリアラ』
 カガリヤはローブの女性を差して言った。
 クックロビン卿。ミゼルの友達だったそうだが、見たことも会ったことも無い。
 灰の教師メビエリアラ。クックロビン卿自刃の現場に居合わせた来訪者。出がけにカガリヤから聞いた情報によれば、真相に近い人物であることは確かだ。叩けば埃くらいは出るだろう。
「なるほど。覚えておきましょう」
 しかしヴィジャはメビエリアラを前にして、驚くほど空虚な感覚に囚われていた。
 何も感じない。
 ローブの少女は土を踏み、諦観しているように見えた。彼女が何もしないのは『何もできないことを彼女自身が正しく理解しているから』で、そんな人間に人殺しが務まるとは思えない。貴族どころか、道端の猫すら蹴り飛ばせないだろう。
 1、2、3、……。敵性は全部で6人。気絶している物乞いを除けば、修道女とメビエリアラに駆けつけた増援(インカネーション部隊員)を合わせて5人。カガリヤの手を借りずとも、倒すのは容易い。
「ですがカガリヤ。僕はここで戦う意味を見いだせません」
 思考の中のメビエリアラに手をかざすと、潰れて消えた。塵すら残らなかった。
「彼女は弱い」
 ミゼルの声が頭に響く。
 弱い者に手を上げるのは、弱い者のすることだ。ヴィジャ、お前は強くあれ。
「……このっ、言わせておけば!!」
「ネイビー、いけません!」
 飛びかかる修道女の頬に触れた。修道女は膝から崩れ落ちた。
 制止の声を上げたメビエリアラはその場から一歩も動かない。戦況を見れば、どこまでも正しい判断だ。
「これじゃ、箱が積んであるのと変わらないわね」
 カガリヤはつまらなそうに言った。メビエリアラは涼しい顔をしていた。
「行きましょう、ヴィジャ。夜が明けてしまうわ」
「はい」

 二人は表通りを後にした。
 追う者はいなかった。


[507] 2012/06/17 21:25:59
【オシロ29『神霊の眠る街(2)』】 by 獣男

「それが六年前の事故の真相。
君にとっては、因縁の深い、あの事故のね」

男が語った過去。『神霊』はすでに一度掘り出されたという。
そして、その精製に失敗した。その事故でオシロの両親は死んだ。
確かに奇妙な因縁といえるのかもしれない。
今度は再び、その『神霊』の精製がオシロに求められている・・・。

「けれど、その失敗をきっかけに、セブンハウスは完全に混乱状態に陥りました。
中でも決定的だったのは、ジフロマーシャの裏切り。f予算の告発です。
知っていますか?リリオットの抱える、あらゆる問題を解決する事ができるとさえ噂され、
大富豪から乞食に至るまでが、その行方を捜しているという夢の埋蔵金、f予算。
しかし、何という事はない。その実態は、f、found《建国》、つまり《建国予算》。
88年前の大戦終結以来、『神霊』を基軸に秘密裏に温められてきた、リリオット独立計画。
その最大の要であり、証拠でもあるf予算が暴露されるなど、あってはならない事でした。
さらに、ジフロマーシャは巧みに採掘権をも独占し、
二つ目の神霊を手土産に、残る六家全てを逆賊として、本国へ売ろうとしていたのですよ。
もっとも、そのジフロマーシャも今では、ヘレン教によるクックロビン卿殺害と、
あなたが実行した自爆テロによる、採掘責任者全員の死亡という不幸によって、
もはや家の体すら成してはいませんがね」

男はそこで話を一区切りすると、足音をたてながらオシロから遠ざかり、
何かをガチャリと動かした。

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・

重く低い音が部屋全体に響き渡り、何かが下から上がってくる気配をオシロは感じた。
「第二神霊は現在、セブンハウス同士の猜疑心から、
一商人の手にその全権が移っており、迂闊には手が出せません。
ですが、第一神霊は事故以来、その欠片は幾度となく精製を試みられ、
もはや原形すらとどめない劣悪な失敗作として、ほとんどが放置状態にあります」
ガチコーンッ、と大きな音が鳴り、重低音がやむ。
「DS1-4p13《ザドキエル》。横縦約3メートル、高さ約6メートル、まだら黒色の第一神霊の欠片です。
あなたの両親の命を奪った神霊であり、エフェクティヴ悲願の破城槌。
まるで聞こえるようだ。エフェクトの革命歌。みなが散っていった。大いなるこの時の為に」

感極まった様子の男とは裏腹に、オシロには一つの疑問があった。
『なぜおやのことしってるの』、そう書き綴る。
親なしである事はともかく、その経緯まで知っているのは、同じ基地内でも、
わずかな人間だけのはずだった。
実際の事故を知る人間となると、ほとんど育ての親であるベトスコくらいしか思い当たらない。

「手紙。誠に残念ながら手紙を頂きました。遺書です」
男が声の調子を落として、言う。オシロは嫌な予感がした。
「病で先の長くない身と聞きましたが、その前に」
聞きたくなかった。
「手を下したのは公騎士だったそうです。恐らくは、報復でしょう」
死病に侵された老人に?
「これがセブンハウスのやり方です。誰かが正さなければ、永遠に続く」
(殺すなら僕を殺せ!!)
「遺書にはあなたへの深い愛情と共に、最後にこう書き綴られていました。
お前がエフェクティヴの無念を受け継ぎ、最後まで戦ってくれると私は信じている。と」


[508] 2012/06/17 21:51:00
【えぬえむ道中記の26 地の獄の針】 by N.M

ソフィアは黒髪殺しを追っていたらしい。
エーデルワイス。マルグレーテ。二つの剣を使用して犯人の位置を特定したとか。

ソフィアを追った先にいたのはいつだか『泥水』近くで出会ったダザ。
だが明らかに様子がおかしい。

彼を見て「黒髪殺し」と断言するソフィア。

ダザは図星を突かれたか激昂してソフィアに襲いかかる。
ソフィアは表情を変えるでもなくマントでひらりひらりと攻撃を躱す。

そうこうしてる間にソラを抱えたマックオートが追いついてくる。

「えぬえむちゃん、ソフィアちゃんは!?」
「ダザさん、いや、『黒髪殺し』と戦ってるわ」
「ダザのこと知ってたの?」
「えぇ。最初会ったときは黒髪を憎む様子はなかったのに…」

等と言ってる間に『黒髪殺し』の語りは最高潮に達していた。

「ヘレンだ!ゴミ共を殺す戦いへの高揚感こそが、オレ達をヘレンに導くのさ!」

その言葉に反応するようにソフィアの白かった髪が金髪となり、動きも疾く、鋭くなっていた。
ダザがひるんだスキにソフィア(あるいはヘレンと言うべきか)はつぶやく。

「この男の肉体は傀儡。意思の本体は義足内の精霊。この意思の活動能力を喪失させる手段。義足の封印または切除」

マックオートが駆ける。魔剣とブラシが激突する。
ブラシでは分が悪いと見たか、義足による蹴りに変えてきた。

私も剣を構築する。その剣は針のように細く、鋭い。
「ソラさん、封印術の類はあるかしら?」
「あります」
「義足を狙って、撃てる? 当たったら追い打ちをかけるわ」
「ええ!」
そう言うと手を組んで祈りはじめた。
私もマックの加勢に向かう。

***

『黒髪殺し』は、1対2という状況下でも平然と攻撃を受け流していた。
あの針を振るっても軽く弾き返される。
マックが大きく後ろに蹴り飛ばされる。隙を突かれたわけではない。
赤熱した義足の威力が防御を大幅に上回ったのだ。

狙いをソラに定めた『黒髪殺し』。マックオートが割り込む。
だが、二度の蹴りで彼の体は宙に舞い上がった。

「マックさん!!」
「ふん、お前も一蹴りで後を追わせてやるよ」

マックがしたたか地面に打ち付けられる。
『黒髪殺し』が左足を振り上げる。距離的に間に合わない

駆ける。

それでも駆ける。

救える可能性がある限り、駆ける。

足が振り下ろされようとしたその時、義足を曙光の如き光が貫く。

「光よ……!」
『ガッ!?』

ダザの口からではない、義足そのものから発せられた声。
同時にソラが血を吐いてマックの上に倒れこむ。

千載一遇。この瞬間をおいて他にない。
神速一閃。針の如き剣が義足を貫く。

『グアアアアアアアアアア!!』

この世のものとは思えぬ断末魔。
もう一つ剣を構築し、居合の構えを取る。

「汝の執念、怨念、悪行三昧。夜明けとともに幕を下ろせ!」

義足を根本から断ち切る。

***

「…さて、どうしようかしら」
ソラは魔法の過剰使用が原因と思われるグロッキー状態、
マックは立てそうにない。ダザも気を失っている。それに義足もない。
義足が原因なら同じ義足を使い続けるのは危ないだろう。
ソフィアは一歩引いた場所で一連のやり取りをじっと見つめていた。

風に舞うチラシが私の顔を覆う。
引き剥がして中身を読む。

チラシはギ肢のオーダーメイドの宣伝。そしてそこにある似顔絵。
この絵には見覚えがある。彼女は一度宿で見たことがある。もしかしたら泊まっているかも。

「ソフィアさん、いやヘレンさんというべき? …三人を連れて宿に戻りましょう」

問題は二人で三人をどう運ぶか、だ。


[509] 2012/06/17 21:58:51
【カラス 19 誰かが何とかする】 by s_sen

生まれた地で十年も長く続いた戦争も、
サムライ流派の命がけの決戦も、
誰かが何とかして終わっていった。
私は何も出来なかった。今も何も出来ない。
魔女の水晶を落とした。でも、誰かが何とかする。
私と同じく呪われた人物がいた。でも、誰かが何とかする。
放っておけない誰かがいた。でも、誰かが何とかする。
リリオットの街は相変わらず暴力と混沌の渦にある。でも、誰かが…。

カラスは一人分多く作られた夕飯を食べ、汚い部屋を今さら片付けて寝た。
机の上にあった魔女の水晶のスケッチは、荷物袋の方にしまった。

それから、カラスは部屋の鏡を覗き込んだ。
目の前には、女がいた。
髪は肩までの長さまで伸びている。
魔女にできるだけ気に入られるようにとの事だった。
できるだけ魅力的になれば魔女が興味を持ち、
近くに寄せてくれるかもしれない。
そこで生まれる隙を狙う目的だった。
案の定、魔女は自分のことをあっさりと引き入れた。

カラスは化けた姿で、魔女と少し話をした。
魔女は己の『魅力』、全ての女性に備わる『魅力』を憎んでいたようであった。
果たしてそのような力は実在するのか、カラスにはとても疑わしかった。
おかげで、魔女の話は全てがまるで幻のように思えた。
幻といえば、己の扱う『変化の術』や『ソールの衣』も
光の見せる幻を利用しているに過ぎない。
今のかりそめの姿もまた、幻に過ぎない。

この幻に働きかけ、何とか出来るのは自分自身に他ならない。


神々の王様が与えた幻の力、魅力。
女たちの力の一部から引き抜いて作られた幻。
その幻を巡り、天の神々が地の人々が、
大きな混沌の果てへと誘われました。
ある者は魅力を求めて旅立った。
ある者は魅力を増やそうと躍起になった。
ある者は魅力を手に入れたつもりになった。
ある者は魅力の正体を探るべく、持つ者全てを集めようとした。
ある者は魅力には差があると考え、ひどく悩んだ。
全ては幻に包まれました。
神々の王様はとんでもないことをしたと悔やみました。
それと同じく、魅力についてもっと知りたくなった彼は、
夜になってからお后様にそっとお願いしました。
「あら嫌だ。あなた、自分のしでかした事をお忘れになったのかしら?」


[511] 2012/06/17 23:56:36
【ダザ・クーリクス:32 闇から再び闇へ】 by taka

ひひひ、もう終わりか。少し暴れすぎたかな?

しかし、楽しい二度目の人生を満喫することが出来たぜ。

黒髪を再び大勢殺した。全然足りねぇが殺せた。
あぁ、全然足りねぇよ。まだまだ多くの黒髪が残ってる。
全員殺したかったなぁ。


戦いの高揚感を得ることが出来た。
生前の時代では味わえなかった感覚だ。
凄く面白かった。まだまだ戦いたかった。本当は全然物足りない。

マックオート、結局殺せなかったな。
女を護ってかっこつけやがって。殺してやりたかった。

リューシャ、凍った心を怒りや憎しみでドロドロに溶かしてやりかった。
いい表情見せてくれたんだろうなぁ。殺してやりたかった。

黒髪の店員や、変な格好した女も、再び戦って殺してやりたかった。

オレを切り落としやがったクソガキどもも、殺してやりたかった。


けど、オレの時間はここまでのようだな。


ヘレンにまた近づけた。
いや・・・、最後にはヘレンに会えた気がした。
あの白髪から金髪に変わった女からヘレンを感じることができた。
裏切り者のヘリオットと違い、白色から金色へ。
それは奇跡にも見えた。ヘレンの再誕に見えた。


憧れのヘレン。
アンタの素晴らしさを伝えるため今までやってきた。
アンタに近づくために今までやってきた。
アンタに会いたかった。
アンタと戦いたかった。
アンタを殺したかった。
アンタに殺されたかった。




ひひひひ。でも、オレの悪意はまだ終わらねぇよ?
悪意の種は既に蒔かれた。発芽はもうすぐだ。

あとは任せたぜ、先生!ひひひひひ!


[512] 2012/06/17 23:58:30
【リューシャ:第三十四夜「シャンタール」】 by やさか

「心当たりは無いか……だが、この街は狭い。いずれその剣の主と出会うこともあるじゃろう」

そうウォレスは言った。
爆発事故についてもいくつか話を聞けたが、シャンタールについてはそれ以上なにもわからなかった。
それはいったい嘘か真か、はたまた単に担がれたのか。確証などなにひとつもない。

リューシャは日の落ちた街を歩きながら、この街で出会った人々のことを思い返していた。

彼ら、あるいは彼女たち。
互いの道は時に触れあい、時に交わり、そして離れる。
分かり合うことも、相容れないことも、道を外れることもあるだろう。
だがそれでも、彼ら彼女らは、みなそれぞれの生を歩んでいる。今も、各々が持つ細い道を懸命に。
その、果てしない熱量。

「……お前のお気に召すような相手が、いたかしらね」

シャンタールの柄に手を置く。刀は何も応えない。
リューシャはほのかに苦笑した。
自分の作品については誰よりも知っているつもりだったが、シャンタールには本当に手を焼かされる。

気に入らぬ主を殺すこと三人。
手に負えないとリューシャのもとに戻ってきたとき、蒼い刀身はただの氷のように濁っていた。
欠けた刃を調整し、研ぎ、魔力を焼きなおしている最中、何度ヴェーラに廃棄を薦められたかわからない。
それでもなおもう一度刀として仕上げたのは、シャンタールが……その蒼い氷が、それを求める声を聞いたからだ。
凍土の中から見出した氷塊。そこに秘められた、あるべきかたち。
シャンタールのそれには、シャンタールを振るうべき主が必要なのだ。
そしてリューシャには製作者として、己の手でシャンタールを“あるべきかたち”にしてやる責任がある。
生涯変わらぬ主としてシャンタールを振るう者を探す、責任が。

「と、言っても……凍剣と同化できるような性質の人は、いなかった気がするんだけど」

劣化しないこと。変質しないこと――凍剣として加工される氷の性質。
シャンタールはその主に、自らと同じ性質を求めている。己があるべきかたちに収まるために。

……だがこの世界では、信念さえもたやすく曲がる。

環境に、他人に、自分に、魔術に、剣に、痛みに、優しさに、恐れに、愛に、憎しみに、死に。
あらゆる事象にエフェクトされて、心の在りようは変節しうる。
刀一本のために心を割き続けることは、心の変化を拒否することだ。

「……難題ね」

リューシャはやれやれと天を仰ぐ。
星はやはり、リューシャになにも応えはしなかった。


[513] 2012/06/18 00:27:29
【サルバーデル:No.11 洋菓子とテーブルについて】 by eika

「おかえりなさいませ……って! ままま、マドルチェ様!」
「おじゃましまーす!」
 マドルチェを連れて時計館へ戻ると、出迎えたカラスは吃驚仰天してきゃあきゃあと叫んだ。
「ふふふ、お客さんですよ。落し物を探すついでにね」と私は言った。
 マドルチェは両手を背に隠して──こっそりと箱を背に隠しているのだ──カラスの傍へ近づいた。
「この前は道案内ありがとう、カラスさん!」
「へっ、あっ、いえいえ! 当然の事をしたまでですよ」そう言うとカラスは照れた様子で頭を掻いた。
「それで、お礼にって、おじいちゃんが持たせてくれたの」
 マドルチェが背に隠していた箱を前につき出すと、カラスに向って「開けてみて」と言った。
 私はきっと、あれは、絡繰り箱に違いないと思っていたので、もしそうだとしたらカラスはどんな反応を示すのだろうかと、よくよく注意深くカラスに注意を向けていた。
 しかし、カラスが箱を空けると、どうも特別に仕掛けがある訳でも無いらしく、それどころか 彼女は瞳を輝かせるのだった。
「わあっ」
 目をやれば丁寧に組まれた紙の箱の中に、苺のホールケーキがすっぽりと収まっていた。 
「おやおや、それでは折角ですから、お茶でも淹れて一緒に召し上がる事にしましょうか」
 私は近くに居たネクタイの仲間に声をかけ、お茶の仕度をするよう伝えると、調子良く一つ手を打った。
「ではカラスさん、彼女を応接室まで案内して下さい」
「解りました。……それではお嬢様、どうぞ此方へ!」
「わーい!」
 カラスに連れられるマドルチェの後に、私も続いた。


[515] 2012/06/18 02:04:34
【サルバーデル:No.12 屋根裏の小劇場】 by eika

 張りつめた後には、紅茶の香りの、私の心をなんと穏やかに慰めてくれる事だろうか。
 連続する幸福に劇的さは無い。ならば、私は少量の毒を飲もう。幸福たらしめる為に。
 ケーキナイフを操り、カラスは私の分のケーキまでをも切り分けようとしたが「お腹が空いていないので、私の分は結構ですよ」と言って断った。
 それから私は他愛ない世間話を持ち込んだつもりが、マドルチェにとってそれは余程面白かったらしく、随分とその、在り来たりな肴で盛り上がってしまった。──じっさいのところ、このテーブルを囲んでいるのは、つい最近になるまで全く関わりの無かった三人なのだ。私にはそれが愉快でたまらなかった為、その後の話には其々の思い出話に耳を傾け、一時を楽しんだものだった。
「……それでね、お爺ちゃんが優しくなって、これからは自由に外へ行っても良いって!」
「わあ、良かったですね。それは本当に、良かったですね……」カラスはハンカチを片手に、涙を浮かべて頷いていた。
 それから、ふいにカラスとマドルチェがこちらに目を向けた。
「サルバーデル様のお話もお聞きしたいです」
「そうね、気になるわ!」
 二人とも期待を瞳に灯すので、私はううむと考えた。
「幾多の街をも廻った私は、其の話の多くを旅先に配ってしまったから。さあ、どうしたものか……」
 しかし、積もる話も冒険譚も抱えていた為に、まぁ、出し渋る事も無いだろうと考えて、私はこう語り出した。
「かつて──」

「私は、最初の友達に、ある一つの物語を伝えた」


[516] 2012/06/18 05:25:39
【ハートロスト・レスト:21 たがために】 by tokuna

 オシロさんを探して、街のあちこちで聞き込みをして回ります。
 観測者と言うらしい、この街を常に見張っている方々の存在を知ったせいでしょうか。
 それとも単に、偽物騒動が一応の解決を見たことで気分が高揚しているのでしょうか。
 なんとなく、目に映る景色が、いつもとは違った意味を持って感じられます。
 街は、今日もあまり穏やかな空気ではありません。
 あちこちで怒声があがり、道を一本奥に入れば壁や地面に血痕が染みついています。
 どうも最近、また黒髪の方ばかりを狙う殺人者が現れたようです。
 『泥水』周辺は戦争でもあったような有様でしたし。
 ちらりと見た教会には血の海が出来ていましたし。
 噂に耳を傾ければ、ダウトフォレストに乗り込んだ人たちが殺されてしまったとか、北側の公営工房で爆発事故があったという話まで聞こえてきます。
 今までも決して治安のいい街ではありませんでしたが、このところのそれは異常です。
 けれど、それでも。
 クエスト仲介所では、行方不明者の捜索や、黒髪の方の護衛を引き受ける人たちが居ました。
 裏通りでは、清掃機構の方々が血痕をブラシで掃除していました。
 『泥水』では、公騎士の方々が調査や死体処理をしていました。
 教会では、教会に所属する方々がきっと片付けをしたのでしょう。
 争いや事件を起こす方々が居るのと同じかそれ以上に、争いや事件を収めようとする方々も居るのです。
 そしてそれは、きっと金銭目的というだけでは無くて。
 たとえば、私の偽物探しを手伝うと言ってくださった皆さんのように。
 私の偽物であった、カットスティールさんのように。
 自分自身には益の無いことでも、どころか、自分を半ば犠牲にしてでも、街のために。誰かのために。
 ただ他人のために、何かを。
 そう考えると、どこまでも自分のためにしか動けない私自身が、今まで以上に、なんだか、つまらない存在のように思えてしまって。
 なんだか、それが、どうにも息苦しくて。
「考える必要が無いと解っていても、一度気になってしまうとどうにもなりませんね」
 ため息をひとつ。
 今日のところは諦めて帰ろうかと考えていると、黒髪の女の子に声をかけられました。
「あの、すみません。人を探してるんです」
 女の子は、手描きでしょうか、人相書きを私に示します。
「その人、お姉さんと同じような、義肢をしてて。あ、その人は義足だったんですけど。知りませんか?」
 人相書きは、あまり上手ではありませんでしたが、特徴をよく捉えていました。
 清掃機構の制服に、ブラシ。そして、どこか見覚えのあるようなその顔は。
「……ダザさん?」


[517] 2012/06/18 14:04:52
【【アスカ 30 人間馬車と、聖女御一行】】 by drau


夜道を歩いていると少女の話し声と何かを引きずる音が聞こえた。
こんな、おそらく夜遅くの時間に路地の奥から。怪訝に思い、ちらりと覗くと、森で遭遇した彼女達を見つけた。
少女を支え、二人の男を引きずっている。異様な光景だった。お持ち帰りかな?見かねて話しかける。

「あのー、大丈夫ですか?……って、ソラちゃん?ダザさん?ど、どういう状況なの、だよー?」
「あ、さっきの。って貴方、腕が?」
「あ、お蔭様で、だよー」
繋がった腕を見せる。
「いやに治るのが早いわね」
驚くえぬえむを尻目に、店で追われてるのを見て以来だったソラを確認する。調査をペルシャ家優先にするぐらいには気にかけていたのだが無事そうで良かった。
ふと、此方への視線に気付く。
「えっと、ソフィアさん、だよ、ねー?」
「……」「……」
髪の色の違うソフィア。先程のエルフのような、ヘレンのようなと金髪。
じっとこちらを見たまま、彼女は何も言わない。エルフの首を絞めたときの感情。手折る直前の感触を思い出す。嫌な沈黙。なんだか気まずい。
場を切り替えようとえぬえむからある程度事情を聞き、宿に向かってる途中であることを知る。彼女達だけでは大変だろう。
ソフィアとダザを見返す。……借りを返そうか。


「ソフィアさん、えっと、その糸でボクを縛ってくれる?」




「よいしょー」

右手にダザを、左手にマックオートというらしい男を抱え込む。
背中にはソラをくくりつけた。
このまま宿まで運んであげよう。淀みなく歩き出す。
「悪いわね、助かるわ」
「エヘ♪困ってる女の子を放って置くのも忍びないしね」
置いていった場合も在るけど、と小さく零す。
「さっ、出発進行、だよー!」
「一応、余り目立たないようにはしてね」
「……」
「ヘレンさん?」
ソフィアが背中に飛び乗った。
「わっ」
飛鳥の髪を引っ張る。
「いてて、だよー」
手綱を取られたアスカが四人を体に乗せて、走り出した。
「まるで馬ね」
えむえぬがその後を追いかける。
街中心の表通りまで来ると、この時間帯でも人は居るみたいだ。
目立たぬように、路地を駆ける。
宿まで無事連れていくと、リオネと会おうかという話になっていた。
アスカは事後処理のことで改めて謝りたかったが、壊れた片耳の事がちょっと気まずいので今は離れることにした。
ペルシャ家突撃捜査の前に、取り合えず店に戻って情報収集しよう。


[518] 2012/06/18 20:04:31
【ウォレス・ザ・ウィルレス 30 「出頭命令」】 by 青い鴉

 ウォレスが共同墓地に拠点を置いてからしばらくして、ヘレン教からの伝令が来た。
 
 暁の教師ファローネの証言通りなら、ウォレスは「ヘレン教大教会襲撃事件」の被害を自らが悪役となることで未然に防いだ形になる。そして公式には、公騎士団に多大な犠牲を強いた罪で暗殺されたことになっている。つまり一通りの、ヘレン教の「殉教者」の条件は満たしているわけである。
 
 それがさらに生き返り、白のウォレスとなってダウトフォレストにまで出向き、エルフたちから「f予算」の在処を聞き出したという。その後、非公式ではあるが、エフェクティヴとの取引も成立させた。
 
 問題なのはその次であった。ウォレスが次から次へと引き起こすエフェクトは、今のところヘレン教にとって有利に運んでいる。だが、それは単なる偶然かもしれない。
 ウォレスが今も生きていることがバレたなら? うっかり公騎士団に捕まったのなら? そうでなくても、ヘレン教の不利になる行動に出たとしたら?
 さらに言えば、セブンハウスの観測者はどこにでも存在している。ウォレスをこのまま共同墓地に放置することは、リスクが高すぎた。

 少なくとも≪受難の五日間≫は、墓碑の司祭ヤズエイムは、精霊投票システムは、そのように判断したようだった。
 ウォレスは出頭命令を受けた。表向きは、その働きを表彰するために。実際のところは、その独断を裁くために。
 
「――なお、この呼び出しを以て、白のウォレスは教師に昇格。しばらくはデスクワークに専念してもらうことになります」
「それより精霊精製競技会の爆発事故のほうの調査はどうなっておる? ダウトフォレストは建前上は全滅じゃが、生存者には監視をつけたか? リソースガードどもの動きに変わった点は?」
「私はただの伝令です。そんなことは知りません」
「使えん奴じゃな……そういう重要な情報を伝えずして何が伝令じゃ」

 とはいえ、常々思ってきた疑問。己が無敵の魔法使い、ウォレス・ザ・ウィルレスではないことはダザ戦で証明された。ウォレスは負けた。結果的にはこうして生き返ったものの、あとほんの少しで完全に死ぬところだった。
 ウォレスは考える。ここが潮時だろうかと。ウォレス・ザ・ウィルレス〔意気地なし〕は引き際が肝心だ。そこを誤れば命がいくつあっても足りない。
 
「だが、今や儂は(意気地なしではない)ただのウォレスじゃ」誰に言うでもなく、ウォレスは呟いた。


[519] 2012/06/18 20:53:19
【オシロ30『神霊の目覚める街』】 by 獣男

夜。石畳の冷たさに目が覚める。
泥の香り。寂しく道を照らす精霊灯。静か。
ここはリリオットのメインストリート。その外れ。
もう帰ってこられないかもしれない。そんな不安も、あった。
不意に頭上で声が響く。
「ことによると、明日からはお前と引き離されるかもしれねえ。
そうなったら、お前一人でも俺を復活させろよ。どうも嫌な予感がする」
「・・・弱気だな」
「保険だ。お前よりは、お前の状況のヤバさはわかってる。
お前の精神の一部に、精製に関する情報を書庫にして転写しておいた。
だがこいつは、あくまで臨時のものだ。展開しても、持続的に定着するわけじゃねえ。
場合場合によって、部分的に解凍して使え。キーワードと目次はこれから教える」
「知らないよ。それに、そんな怪しげなもの使えるもんか」

×××××××××××××××××××××××××

(デコード。精神のみで行う精製法)
心の中で・・・、精神で念じる。
すると一瞬気が遠くなり、次第に膨大な記憶が、映像で、音声で湧き上がってきた。
それに混じって、精霊の光沢に似た、扁平な板を持つ手が見える。
これはまさか常闇の精霊王の手だろうかと、オシロは思った。
男に、神霊とオシロの脳とを近接させるよう指示を出す。
(デコード。乱結晶化した巨大粗霊の精製法)
知識がはじける。内容は極めて難解だったが、精製に関する事だけは何とか理解できた。
巨大精霊の精製は、その精霊自身の一部を精製デバイスと化して、精製する方法が基本となる。
巨大だからこそできる無駄使い、異なる精霊では実現できない拒絶反応の穴。
(乱結晶の再構築にはスライディングブロック法が適する。
デコード。スライディングブロック法。
ついでだ。デコード。自解式多段連鎖精製について)

水槽越しにオシロの脳と接した神霊は、
精霊が回路を造成する時に発する、特有の光で包まれていた。
光が血管のように神霊に張り巡らされ、ギシギシと音を立てて、
その全体がたわんでいく。
「素晴らしい」
男がぽつりと賞賛の声を漏らす。
「やはり復活していたのですね、常闇の精霊王。そして受け継いだ、その知識を。
彼はどうしました?再び死んだのですか?まあいいでしょう。
しかし、何という激しい精製だ。
脳と精霊の間の遮蔽物がなくなったことで、より純粋な精神の交感が果たされている」

バキャメキャッ!!

精神を集中して精製を行っていたオシロの補聴器に、そんな異音が飛び込んできた。
まさか暴走、と焦ってオシロは義手を動かそうとしたが、
文字を書ききる前に男が状況を説明する。
「心配はいりません。精製の終わった部分が天井を突き破っていっただけです。
その本来の姿、闇となって、天を覆い尽くす為に」
男が涼しげな声で説明する。破壊音にかき消されないようにする為か、その声は近かった。
(闇・・・?)
「かつて精霊の力によって全世界を支配した、掛け値なしの大魔王。
その力の源こそ、この無限にも近い闇の精霊の粒子でした。
あらゆる都市、あらゆる国が光を奪われ、
ドラゴンひしめく大密林でさえ、その気まぐれに、ことごとく滅んでいった・・・。
その魔王の名が、常闇の精霊王スルト・メルコスティン」
破壊音はさらに激しくなっていく。
高速で連鎖的に精製状態が伝播していく神霊は、もはやオシロの手を離れ、
後は全てが完了するまで、その精製を自動的に続けるだけだった。
今度は途中で止めずに、最後まで義手で文字を綴る。
『あなたはなにもの』。
「私?私は、ムールド・アウルリオス・フォン・ラクリシャ。
エフェクティヴの真なる指導者、マスターオブエフェクティヴにして、
連綿と続く古代精神の後継。つまり、この時代の精霊王です」


[520] 2012/06/18 21:20:12
【マックオート・グラキエス 38 使命】 by オトカム

「俺は死んだのか?」
マックオートは泥水で見た光の幻の中にいた。
「いや・・・まだお前は生きている。時ではないからな。」
ジーニアスは続けて言葉を送った。
「”会いたくば強く望め”と言ったな。何が聞きたい?」
「・・・あなたはそれさえも知っているのでは?」
「ははは・・・確かにそうだ。しかし、それではコミュニケーションにならない。
 ダザの義足は切り離された。ソラは倒れたが、命は無事だ。」
「そうですか・・・それは良かった。」
マックオートの目の前はただ光が満ちているだけだったが、その光が改めてかしこまったようにも見えた。
「さて、今度は私が聞こう。なぜソラを護った?」
「それは・・・体が勝手に・・・」
「いや、君は知っているはずだ。」
長い沈黙があった。ジーニアスはマックオートの心を開くようにうながす。
「ソラは弱く、情けない存在だから仕方なかったといった所か?」
「そんなことはない!」
マックオートは叫んだ。
「ソラは・・・」
ここまでか。小さな溜息をついて、マックオートは言葉を続けた。
「好きなんだよ、ソラの事が・・・」
それはやわらかな光だった。
「良い答えだ。あの時と似ているとは思わないか?」
「あの時?」
「君が剣を背負った日の事だ。両親はなぜお前のために犠牲になったと思う?」
マックオートは”自分が弱かったからだ”と答えようとしたが、意図を理解した。もう一度、小さな溜息をついた。
「本当は分かっていたはずだ。君の両親は君を愛していた。命さえ惜しまないほどに。
しかし君は、自分のせいで両親を死なせた事にしなければ生きる意味を失うと感じていた。
 君が背負った剣の呪い・・・いや、君が背負った呪いは、君が望む時に解ける。
 両親の死を負い目に生きるのをやめようと望めば・・・」
「・・・そうだな」
マックオートが答えると、手に持っていたアイスファルクスに無数の筋が入り、砕け散った。
その破片は種のようになり、花が咲くような光を発していた。喪失感よりも、開放感が満ちていた。
「さぁ、これからどうしたい?」
「ソラを護りたい。そして、ソラが願うようにリリオットが輝く事を願いたい!」
恥ずかしいセリフだが、全てを知っている相手に話すのは簡単だった。
「良い答えだ。・・・実はな、私が君をこの街に導いたのだ。」
「?」
「今、深い闇がリリオットを包もうとしている。
 私は、その闇を打ち破る大勇士を方々から集めた。君もその一人だ。」
「それは一体・・・?俺が大勇士・・・?」
「さぁ、行け!」
突然、マックオートの体が揺れる。
「な、なんだ!?」
「行け!」

***

マックオートが目を覚ますと、大男に抱えられていた。揺られるたびに剣の鞘からジャリジャリと音が聞こえる。
今のは夢だったのだろうか?
『新たな剣は用意した。時が来たらまた導こう』
そんな言葉が頭をよぎると、マックオートはまどろんだ。


[521] 2012/06/18 21:27:37
【メビエリアラ12】 by ポーン

 f予算そのものはメビエリアラの的ではない。ウォレスから得た情報はファローネたちに投げた。

 今や状況は流転している。
 日々加速していく現実を追うのに、もはや組織の伝達網では間に合わない。
 精神感応網に触れられる能力者――夢路に会えたのは渡りに船だった。
 メビエリアラは負傷した夢路を捕らえて拘束し、鎮静剤を打った。
 メビエリアラもまた別の薬を自分に注入した。血中の成分を分解再構築して精霊化させる薬だ。メビエリアラの精霊力が瞬時にして癒える。ただしその副作用で子供時代の記憶がいくらか溶けた。まあ大した落し物ではない。急ぐべき時というのはある。
「お姫様、明日はこれを着てお出かけしましょう」
 夢路の内心をノックして鍵を開ける。夢路は答えた。
「ママ……」
「夢路、ママを助けて。夢路の糸で、みんなの夢を見せて……」

 睡眠時間帯を狙って精神感応網の夢想域を駆け抜ける。夢路を案内人に立ててメビエリアラは目的のものを探した。≪それ≫がどこにいる誰なのかは知らない。存在する、という情報を掴んでいる訳でもない。すべてはメビの想像だ。しかし、セブンハウスやエフェクティヴが≪それ≫を「研究して」「作って」いない訳がない。
 メビエリアラはウンディーネを撒き散らして、寝ているリリオットの住人をランダムに発狂させた。その時、その動きを感知する「視線」があるはずだ――
「いたよ、ママ!」
「すごーい夢路! さすがはお姫様! どっちかな?」
 夢路が一方向を指し示す。メビエリアラはそちらに向かって走り出す。迷わずに。
「待って、ママー!」
 夢路が転ぶ。泣く。メビエリアラは待たなかった。捨てた。顔面に笑みを張り付かせて目標へと飛ぶ。

「感知……接近。インカネーション教師。≪受難の五日間≫末席。灰のメビエリアラ」
「はじめまして、観測者さん」
 精神感応網上の夢想域上の仮想空間内でカガリヤ・イライアと出会った。そのまま交戦。千日手で勝利。頭を抱えて心を繋ぎ、マウントする。

 視界が広がった。街の情報が流れ込んでくる。

(ヘレンは実在した――エルフだった)
(その力が、波及が、ソフィアなる女性に宿っている。なるほどしかし、わたしが求めているのは実在などではない)
(ヘレンの名を関する事象は複数ありましたか。名は、ふさわしいものに名づけられるべきもの――)
(もっと大きな概念を探しましょう――精霊王? 核? 理解を絶する力――人は、かつてそこに至ったことがあった)
(ムールド・クオル・カナル・ヒエト・ラクリシャ。ムールド・アウルリオス・フォン・ラクリシャ。彼は――)

 ついでにこれまで会った暖かい者も覗く。

(ウォレス・ザ・ウィルレス――意気地を得た。足踏みはやめたのね)
(マックオート・グラキエス――迷いを抜けて光を得た)
(シャスタ――立ち止まりながらも決意を決めましたか)
(リューシャ――最初から力強かった。鍛えられた鋼のよう。氷のうちに秘める炎)
(ヴィジャ――あれこそヘレンか。練り上げられていた。完成されていた)
(ライ・ハートフィールド――分岐点に立った。言葉に、詩にヘレンを見ている)

「ヘレン。白痴の戦乙女。剣を振るい、強大な敵を破った英雄。多くの者がその神話を求めた。それは夢のような物語だった」
 俯瞰に没入していたメビエリアラに、背後から声がかかる。
 振り向くと、男がいた。その顔は見えない。時計だった。仮面を被っている。
「どなたですか?」
「メビエリアラ・イーストゼット。貴方も役者に相応しい」
 こちらの質問に答えない。駆け引きか? 違う。演出だ。この男は詩を使う。会話を成立させるには、波長を踊らせる必要があるようだ。
「既に誰もが、この世を演じる役者なのでは?」
「私はこの世という劇に、もう一枚ヴェールを被せたい。『物語を綴るもの』、そして『強大なもの』。……ヘレンが其処にある時、何時だって其処には物語と強大な力がありました」
 メビエリアラは口に手を当てる。
「あなたが綴るというのですか? ヘレンとなって?」
「貴女にも綴ってもらいます。もしも──、意図的にヘレンを呼び起こせるのだとしたら。そして、その為に貴方の力が必要だとしたら」
 男が一歩近づいてくる。メビはカガリヤを通して確認する。その名はサルバーデル。
「手を貸して頂けますね?」
「条件次第ですね。あなたの綴る物語が十分に、新しいなら、間違っているように見えるなら、悪いなら、美醜いずれかに振り切れているなら――」
 サルバーデルはフフフと笑った。
「任せて下さい」


[522] 2012/06/18 22:10:10
【     :31 不穏な気配と伝わらない言葉】 by ルート

白から金への髪の色の変化。
それはエーデルワイスとの繋がりが薄れたこと、ヘレンの記憶の逆流が完了したことを意味した。
崩壊した自我が、新たな記憶に基き再構成されていく。

「ソフィアさん、いやヘレンさんというべき? …三人を連れて宿に戻りましょう」

えぬえむに二通りの名を呼ばれる。
一方の名は、この身体の本来の名前だったのだろうと推察できた。その名を聞いた瞬間、淡い喪失感を覚える。
もう彼女の中には、"ソフィア"の記憶はほんの僅かしか残っていなかった。
黒髪の少女に、彼女は答える。

「すきな ように よんで。…いまの わたし は へれん」



えぬえむとヘレンは、ダザとマックオート、ソラの三人を運んで宿まで戻ってきた。
女二人には厳しい道程だったが、途中アスカという男に出会い、運ぶのを手伝ってもらう。
どうやら彼とは知り合いだったらしいが…"ソフィア"であったころの記憶を喪った今のヘレンには、初対面なのに親切な人、という認識だった。
宿の大部屋に三人を寝かせ、えぬえむと共にそれぞれの容態を診る。命に別状のある者はいないものの、それぞれに肉体、精神の消耗が大きい。眠らせておくのが一番だと判断する。
三人の中でも気になるのはやはりダザか。ヘレンは彼と、彼から切除された義足を交互に見て呟く。

「技術としては高度。しかし稚拙な精製。情報体の再生。代償に情報本体の劣化。生体への干渉。代償に生体への精神負荷……」
「え、ちょっと…ヘレンさん?何を言ってるの?」
「……、…」

ひどく久方ぶりになる言葉は、どうも上手く伝わらなかったらしい。
"ソフィア"の記憶の残滓の一つ、言語思考能力。こんなにも使い勝手の悪いものだったか。
もう一つの記憶の残滓は戦闘能力だが、本来ソフィアより遥かに強いヘレンにとって、こちらも枷でしかない。面倒な。
しかしそれでも制約には対応しなければならない。要点を絞ればなんとかなるか。

「この ぎそく。とても きけん」
「……うん、そうね」

……他者との交流とはカロリーを消費する行為だったんだな、と、今更ながらに実感する。
俄かな脱力感を覚えながらも、ヘレンはエーデルワイスを手に部屋の外へと向かう。

「ってちょっと、ヘレンさん。どこに行く気?」
「さがす」
「何を?」
「うごめく ものを。せかい と こころ を さわがせる ものを」

この街で自我を取り戻してから、街に満ちる精霊を通して感じ続けていた、不穏という名のエフェクト。
強大な精霊の気配。精神領域内でも波乱の予兆。

「とこやみの せいれいおう。めざめ の とき が ちかい」


[523] 2012/06/18 22:51:23
【リオネ:23 "最強の魔物"】 by クウシキ

階段を登る。

その長さは(実際は)さほどでも無かったが、
寝食を忘れギ肢を作り続けるという高揚感の糸からプツンと切り離されてしまったリオネには、
絶壁をよじ登るかのようにすら感じられた。

階段を登り終えた先の部屋には、
かの男の言ったとおり、報酬が置いてあった。

金貨100枚。
ソウルスミスの上層部への紹介状。
ラクリシャの特別顧問の証明書。
リリオットの居住権(家付き)の権利書。

並の商人だったら泣いて喜ぶであろう紙切れが3枚。
リオネにとって"使える"のは金貨だけだ。
価値に換算すれば、権利書3枚の方がずっと高いだろうが、この街に留めようとする意思が透けている。
下手に売ることも出来ず、また放置することも出来ない資産は、価値どころか毒だ。
破り捨ててやろうかとも思ったが、それはそれで面倒な事になりそうなので止めておいた。

全くと言っていい程、頭が働かない。
……駄目だ。取り敢えず全て持ち帰ってから考えよう。
最悪一生この街に留まらなければならないことになったとしても……


======
どうやって宿に帰ってきたのかを、よく覚えていない。
むしろ宿まで無事に帰ってこれたのが奇跡的だった。

「一号……わたしは、ねるわ。
 おきたら、あなたにもっと、かつどうしやすいからだを……」
そこまで言うと、リオネはそのままベッドに倒れ込み、眠ってしまった。
先程までいた場所から地響きのような音が聞こえてきたことも、
天が闇に覆われようとしていたことも。
睡魔という名の魔物には勝てなかった。


[524] 2012/06/18 23:39:50
【リューシャ:第三十五夜「凍剣二本」】 by やさか

宿に戻ったリューシャを訊ねたのは、えぬえむだった。
会えてよかった、とほっとした顔をしたえぬえむは、既に何度かリューシャの部屋を訊ねた後のようだ。
えぬえむにつれられて部屋を移動する。

「……あらまあ……」

案内された室内には、青白い顔で意識を失った少女が一人。
同じく意識と、さらに義足を失ったダザ。
大剣の鞘を前に、険しい顔の黒髪の男が一人。
みな、ほとんど満身創痍といっていい。

「さっきまでヘレン……ソフィアさんもいたんだけど、彼女は今いろいろあって……うーん、説明が難しいわね。
 とにかく、今の彼女は微妙な状態なの。私は彼女を追いかけなきゃいけないんだけど、この三人も放っておけなくて。
 それに、ダザの義足をなんとかするのに、技師も探さなきゃいけないし……」
「……それで、わたしにこの三人のお守りを?」

リューシャはえぬえむと室内の二人を見比べて、肩をすくめた。

「ソフィアの方はアテがあるの?」
「なんとかするしかないわね。成り行き上、しばらく面倒見るって契約しちゃったし」
「なら、そうね。……まあ、さしあたり朝までくらいなら構わないわよ」

請け負ったリューシャに礼を言い、えぬえむはリューシャに黒髪の男を、黒髪の男にリューシャを紹介する。
それだけ済ますと、えぬえむは慌ただしく宿を飛び出していった。

「……リューシャちゃん、君、凍剣造りの鍛冶屋なんだって?」

しばらくして、マックオートが口を開いた。
リューシャは扉に寄りかかったまま、目線だけで頷く。

「……頼みがある。俺に、剣をくれないか」

マックオートの視線は、リューシャの腰、シャンタールに注がれていた。

「こんなことを言うのは図々しいとわかってる。でも、俺には剣が必要なんだ」
「その大剣があるじゃない」
「これは……アイスファルクスは砕けてしまった」

大剣の鞘から、じゃらり、と砕け散った氷片がリューシャの前にさらされる。
リューシャはそれに歩み寄り、その一片を手に取った。刻まれた銘――グラキエス。

「アイスファルクスは俺の両親の形見だった。
 ……だけど、砕けてしまったこと自体はいいんだ。死んだ両親よりも、今は、大切な人を守りたい」

そう言って、マックオートは自分の見た夢について語る。
まっすぐに自分を見つめるマックオートに、リューシャが静かに口を開いた。

「……まず結論を言うわ。
 グラキエスの剣とわたしの剣は、同じ凍剣でも根本的な性質が違いすぎる。シャンタールは、あなたでは扱えない。
 この剣はもう三人殺してる。無理に抜けば、あなたも死ぬわ」
「そんな……」

リューシャの冷徹な断言に、マックオートが歯噛みする。
だがリューシャは、そこでふと柔らかな息をついた。

「それに。……両親の死を乗り越えたからといって、形見まで捨てる必要はない」

銘の残った氷片を、マックオートの前に投げ出す。

「あなたが望むなら、この剣を。アイスファルクスを、剣の形に打ちなおしてあげる」


[525] 2012/06/18 23:59:26
【夢路25】 by さまんさ

深夜だというのに。メビの自室の戸をドンドンと叩く人間がいた。

「メビ様!ご無事ですか、メビ様ー!」
メビの名を呼ぶ少女は寝巻き姿だ。愛用の毛布を腕にかかえている。

「メビ様!返事してください。あたし、さっき変な夢見ちゃって!夢にメビ様が出てきたんです。夢に出てくるメビ様はいつもはあたしのこと凄い叱るんですけど、でも今夜のメビ様はニコニコ笑って『さようなら、ネイビー』って言ったんです。そんで夜空の彼方に飛んでっちゃって。ああー!あたしもう、不安で不安でしょうがない!ねえ御無事ですか!お願いです、返事してくださいメビ様ぁー!」

だが返事はなかった。
やがてネイビーは寝ぼけ眼のシスター・シャスタに、自分の部屋まで連行された。
「メーーービーーーさーーーまああぁぁぁ・・・・・」

メビエリアラ・イーストゼットは自室兼実験室の中央に置かれたノッキング・チェアの上で静かに眠っていた。
もし今の彼女を、エフェクティヴの心理暗殺士《獏》が見たならば、彼女の"夢"が、彼女の心臓から出て床まで伸びている様子を見ることができただろう。
しかし《獏》もまたその場所で眠っていた。メビエリアラの"夢"は、《獏》の心臓まで一直線に繋がっていた。
「ママ・・・おいてかないでぇ・・」
アラサー女は夢の中で母親を探して泣いていた。


〜〜〜


「《獏》。起きたか?」
汚らしい部屋。
目を開けると目の前におっさんがいた。
「うーん、私・・・」
「何を覚えている?」
「・・・おなかすいた。」
「ははは。そりゃそうだろう。1週間何も食ってないんだ。点滴はしてやったが、胃袋は空っぽだ。」
「うん。おなかが・・からっぽだ。」
おっさんは少し顔を曇らせたが、
「まあ待て。食事の前に仕事の話をしよう」
そう言って埃だらけの椅子に私を座らせた。
「お前には"夢喰い"の能力がある。それは、覚えてるか?」
私は頷いた。
「使い方は?」
「わかるよ!食べてあげようか?おっさんの夢!」
「やめてくれ。・・食って欲しいのはこの人物だ」
おっさんは、紙切れに長い長い名前を書いた。ふふん、小学校を卒業した私に、字を読むなんて朝飯前だ!
「ええと、ムール貝・・・アルフォート・・・ラングドシャ・・・」
おっさんはゲラゲラ笑って、
「"ムールド・アウルリオス・フォン・ラクリシャ"。」
「だれ?」
「"ラクリシャ"の名前ぐらい聞いたことがあるだろう。貴族だ。我らが憎むべきセブンハウス。彼はまだ子どもだが」
「ふーん?」
「お前の初仕事だ。《シャドウ》直々の指令だ、誰にも内緒だぞ」
「《シャドウ》って?」
「その名前も、言っちゃだめだぞ、誰にも。」

そして次の瞬間――明るくなった。
場面は、貴族の屋敷のお庭だった。


[527] 2012/06/19 00:36:30
【えぬえむ道中記の27 修復】 by N.M

天は自ら助けるものを助くとは誰の言葉だったか。
ダウトフォレストで出会ったアスカと再会し、ソラたちを宿まで運んでくれることとなった。

「四人も担いて平気なの?」
「へーき、へーき」

平気というよりもはや重戦車か何かの兵器だ。

宿の前で別れを告げ、三人を部屋に寝かせる。
ソラは呼吸が苦しそうだ。熱もある。
マックオートはだいぶ痛手を負っている。包帯巻いて応急処置をしておく。
ダザは未だ目を覚まさない。相当精神が摩耗しているようだ。

今のうちにとギ肢技術士(チラシによるとリオネというらしい)の部屋に行ってみたがすでに就寝中だったらしく反応がなかった。
リューシャはまだ帰ってきていない。
ソフィアはあの通りヘレン状態である。
あいつが云うには「ヘレンが皆を救ったわけではない。皆がヘレンに救われたのだ」
義足を見てソフィアが何かつぶやいている。

何を言っているのかよくわからなかったが、平易な言葉で言い直してくれた。
念のため刺してた針を抜き、精霊結晶部分を突き砕く。
そんなことをしているうちにソフィアが部屋を出ようとしている。
なんでも「とこやみのせいれいおう」とやらの目覚めが近いらしい。
ものすごく嫌な予感がする。追わねばなるまい。
だが、三人を放置するわけにもいかない。

そこにリューシャが帰ってきた。
「アルティア、ソフィアを追って! 後から追うわ」

リューシャに簡単に事情を説明して宿を飛び出…


「あら?」
「…っと、ちょっと忘れ物!」

部屋に戻り、マルグレーテを手に取る。ついでにチラシと仕様書も。
「多分この人この宿にいるからダザさんが困ってたら紹介してあげて!
あとこれ仕様書ね! 今渡さないとなんか渡し損ねそうだから!」
「え、えぇ。わかったわ…」
いうだけ言ってリューシャの手に書類を押し付け、半ば呆然としている彼女を尻目にえぬえむは闇夜広がるリリオットへと駆け出して行った…


[528] 2012/06/19 01:11:55
【ソラ27「精霊」】 by 200k

 リリオットの精霊は楽しそうだった。太古の昔に命を失った者達が蘇り、新たな世界で第二の人生を謳歌していたから。

 初めて話をしたのは街灯の精霊。彼は命を光と燃やしながら1年私の話し相手となり、消えていった。精霊は永遠の存在と親から聞かされていたけれど、人々の道具として使われる彼等は他の生き物のように寿命があった。

「oOxBxrJjPM」

 ――他にもたくさんの精霊に出会った。

「KObIfsZrADYdqAQ」

 ――彼等の言葉は、皆楽しそうだった。

「XhcyYHDlDOACsR」

 ――解放されて喜ぶもの、

「sJZMzUxMbfEBQJRpuT」

 ――新たな世界で動く力を得たもの、

「KOxuZQICuOxMUAS」

 ――彼等は想いを共有し、

「JQVgmIEzLSGpCMNCV」

 ――人生に新たな輝きを見出し、

「hELomwdPmnvCJojDcqD」

 ――私たちとリリオットの街で暮らしていた。

 けれど、彼は違った。ダザの義足に宿っていた精霊は、今まで話してきた精霊とは違う言葉を発していた。封印した時に入り込んできた感情は、これまでの【精製された】精霊達のように純粋な物ではない。怒りや憎しみといった裏の感情に雑念が入り交じったそれは、まるで人間の内の黒い箱を透かして見ているようだった。

 ――ヘレン。

 確かにあの精霊はそう言っていた。そのことが心に引っかかる。ヘレンは黒髪を憎んでいたの?ヘレンは誰かを殺すことで近付けるものなの?
 ヘレン教、精霊の言葉、そしてソフィア。私の知らないヘレン達の姿。彼女達は誰と戦っているのだろう、そしてどこへ行こうとしているのだろう。


[529] 2012/06/19 14:33:30
【【アスカ 31 再会と、別れ】】 by drau

深夜の《花に雨》亭では、理性から解き放たれた酔いどれ共が、店員や女性客に絡んでいた。

「んなぁー、ねえちゃんも酒飲めよおー、ぐへへ」
「お客さん、困ります。あたし勤務中ですし」
「いいじゃないのぉ、このまま夜闇にまぎれちまおうずぇえ。今日はあのでけぇのもいねえし」
「うわージェシカ見て。キャリーが絡まれてる。あいつ鬱陶しいのよね」
「普段はおとなしいくせにね、アスカんが居ないとこれだわ。酔っ払い、しつこいなぁ」
「ちょっと店長、落ち込んでぐだってないで何とかしてくださいよ」
「花に、雨を…ううう…」
「だめだわこりゃ、さっきから仕事してないでお酒飲んでるし」
「貴族帰属貴族ぅぅ……、花に雨は降ってこないか?あぁこの乾いた心は酒では潤わないのか!?」
「しらねーよ!……あ、いらっしゃいませー♪」
「「いらっしゃいませー♪」」
「夜分遅くに失礼します、アスカ様はおいでですか?」
「うおメイドさんだ!本物!?ジェシカ、あれ本物!?」
「はい、私、リリオット家に仕えております」
「いらっしゃいませ、ご婦人。ようこそ御出でくださりました。アスカ君のお知り合いですかな?あいにく彼は今日は休みでしてなんでしたら連絡先をお伝えしましょうか」

リリオット家という言葉にスイッチの入った店長が、姿勢を正して二カッと笑う。咄嗟に投げつけた酒瓶は放物線を描いて酔っ払いの頭にめり込んだ。

「いってぇえっぇ!!なにすんだ親父!」
「速やかに枯れろ!朽ち果てろ!本物の花に栄養を譲れ!」唾を吐く。
「きゃ、客に向かって何たる!?この親父を囲め!デルタフォーメーションだ!」
「「おう!」」
冷ややかな目でメイドは店内を見ている。
「……あぁ、彼の働いているお店と言う実感が湧きましたわ」
「すみませんお客様、騒がしくて…」
「彼が居ないのならしょうがありません、また後日改めますわ」

ちりんちりん!

「こんばんわだよー♪」

巨漢の登場に店内がざわついた。上半身は裸で、下に緑色のエルフ族のスカートを履いている。
「ア、アスカん!よかった、ちょっと助けて!喧嘩が起きてるの!」
「だよー」
「(げぇ!?出た!!つーか何処の部族だよあの格好!!)」
「(逃げるぞ!抱きしめられるのは勘弁だ!)」
アスカの大胸筋の蠢く様を見て、もはやメイドじゃあない、と男達は天井を仰いだ。冷や水をかけられたように場が静まる。
「アスカ君ちょうどいいところに!此方のご婦人が君に用が在るようなんだが」
「アスカ様?その格好は?」
「あ、リリオット家のお姉さんだ。ごめんね、せっかく貰ったあの服、人にあげちゃった、だよー」
「あら、そうですか、とりあえず、先の借りを返させていただきますわ」
すかさず張り手。
「お蔭様で腰を抜かしてしまって大変でしたわ、ええ、それはもう」
流れるような往復張り手。
「いててだよー」
「ええそれはもう!ええそれはもう!」
店内に、張り手の音が数分間響き渡った。
お客や店員に聞いた情報収集の結果。
爆発や連続殺人等のきな臭い噂。いや、きな臭い事実が街には満ちていると再確認する。
メイドからは全身骨折した猫目の遺体の事と。あの日の門番の証言を聞きなおし、門番の偽者の存在が発覚した事を聞いた。
アスカはメイドを貴族街に送り届けた後、公騎士団総本部に直行した。グラタンに捜査の後押しをして貰おう。まさに事態は、濁流のごとく激しく流れていた。この街は、大いなるモノに飲まれようとしていた。世界は、最期の劇に辿り着こうとしていた。アスカは、警備の人間に捕まった。

「あ、店長、アスカんと最後に何か話してましたけど?え、どうしたんですか?」
「……自分は今夜限り居ないものと思ってくれだそうだ。恐らくもう、いつものようには会えない…らしい」
「えっ」
「……おお、花に、雨を!」



[530] 2012/06/19 14:50:51
【ウォレス・ザ・ウィルレス 31 「精霊投票システム 2」 】 by 青い鴉

 街を見下ろす薄暗い会議室に、墓碑の司祭ヤズエイムは黒のローブを着て立っていた。
「久しぶりだな、白の教師ウォレス」
「ずいぶん歳をとりましたな、ヤズエイム。噂では、もう自分の頭で考えることもやめたらしい。この呼び出しも精霊投票システムの決定ですかな」
「そうだ。精霊投票システムは間違わない。間違えるようには作られていないのだ」
「既知情報から演繹と帰納を重ねるだけのくだらんカラクリに、よほど信頼を置いているようですな」
 皮肉を受けても、黒いローブはかさりとも動かない。
「ウォレス――今までの独断はまあ許そう。だが次は無い。お前はインカネーションのいち遊撃戦力だ。指令のあるまで待ち、動くべき時に動いてもらわねば困る」
「では、今はその時ではないと? 無意味な書類と格闘して、重大なエフェクトの流れを取り逃がせと?」

 ヤズエイムは感じる。これは闘争の前の空気だ。それを、ウォレスの一言が裂いた。

「ヤズエイム。一つ、賭けをしようじゃあないか。まず『f予算を狙う輩を打ち倒せ』という指令は一切合財狂っていた。誰も『f予算』など真に求めてはいなかった。滑稽なことに最初に『f予算』の在処に辿り着いたのは、そんなものに興味の無いこの儂じゃった。ではさて、晴れて教師となった儂が精霊投票システムを使うとどうなるか?」

 会議室の中央の机に設置された精霊投票システムは、静かに光を放っている。置かれた精霊結晶に、ウォレスはありったけの殺意を詰め込み、精霊投票システムに投げ入れる。
 その結果は――
「ウォレスを殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ……」

「もうお分かりじゃろう。このシステムは自我と自己保身の傾向を持っている。殺意を向ける者には殺意を返す。嫌いな人間には嫌な役目を押し付ける。御機嫌を伺い、色目を使う」
「ヤズエイム。お主が創り上げたのは公正なシステムではない。善良なる審判者でもない。せいぜいがよくて独裁者じゃ。そろそろ古臭いガラクタとは縁を切って、自分の頭を使って考えたほうがいいと思うのじゃがな」

「ウォレス。私の創り上げた精霊投票システムを、欠陥品だと言うのか?」
「いや、そうでもない」
 ウォレスは肩をすくめてみせる。
「単なる道具と認識して使うぶんには、使えんこともないじゃろう」


[531] 2012/06/19 16:20:57
【ダザ・クーリクス:33 精霊の導き】 by taka

「うっ・・・ゲホゲホッ!」
俺は咳き込む。咳と一緒に血が出てくる。

「大丈夫かい?」
先生が心配する。

「ああ、精霊と精神を無理矢理結合させたから拒絶反応出てるんだろう。
 あんまり永くは持たねぇかもな。オレもこの体も、コイツの魂も。」
「そうか、それは残念だ。僕の研究不足だな。すまない。」
先生が申し訳なさそうに言う。

「いいってことよ。それより計画の方はどうだい?」
「順調だ。君の精霊反応のうち、感情部分を取り出し、他の精霊に転写している。
 これを粉末状した物を街中にばら撒き、人々に口径吸収させる。
 精神の乗っ取りまでは出来ないが、感情を誘発させる程度は可能だろう。」
「怒りや憎しみを増幅させ、戦闘本能を呼び起こすと。いいねぇ。皆してヘレンに近づける。」
「現状の情勢なら、暴動が起こるのも時間の問題だろうね。」

「あとは、他に裏で動いている連中に乗れればいいがな。」
「気配的には、ラクリシャ辺りが匂うんだっけ?」
「ああ、あの屋敷から昔嗅いだことがある匂い。懐かしのあの方の匂いがした。
 誰かまでは分からないが、突き止めてお会いしたいものだ。」
「まぁ、なにはともあれ、計画の実行は近いね。」
「そうだな。仮にオレがやられても、後は任せたぜ?先生?」
二人の男が愉快そうに笑う。

*

俺の記憶。俺ではない誰かの記憶。

止めなければ。止めなければ、更に被害が増える。

だが、護るべきリリオットの住人を殺し
一緒に戦った仲間を襲い、傷つけた。
義足を失い、戦う力を失った俺に何が出来る?

(それでも、この街を護りたいのだろう?)
聞き覚えのない声が聞こえる。

護りたい。俺が生まれ育ったこの街を護りたい。
しかし、俺には・・・。
(お前にはまだ右脚がある。両腕がある。考える頭があり、街を護りたい熱い魂がある。)

俺には、まだ出来ることがあるのか?
誰かのために戦い、誰かを救い、誰かを護ることが出来るのか?

(それはお前の"覚悟"次第だ。お前には街を護るための"覚悟"が足りていない。)
覚悟・・・?

(精霊と魂が導くまま進むがいい。)
あんたは一体・・・?

辺りが光に包まれる。

*

ダザは見知らぬ部屋で目を覚ます。
操られていたときの記憶を思い出し、目から一筋の涙が流れるが、ダザはそれを拭う。
悲しんでいる、悔やんでいる場合ではない。

俺にはやらなければならないことがある!

ダザは立ち上がろうとした。
しかし、義足がないことに気がついた。


[532] 2012/06/19 18:30:29
【     :32 ヘレン教と迫る敵】 by ルート

「ずっと ずっと むかし」

私は戦った。戦って戦って戦った。
その戦いの果てに何を望んだ?

戦いの高揚感?精神の昂りは戦力にムラを生む。
更なる強さ?別に弱くたって戦うことはできる。
勝敗?覚えるだけ面倒だ。
救った人々?これは次なる戦いの火種となってくれるなら有用か。

私が本当に望んだのは戦いのみ。
もっともっと戦いたかったが、永遠に戦い続けたいと思っていたわけでもなかった。ただ漠然と、今にして思えば子供のようにねだりつづけていただけだった。

そうして私は戦いに傾倒した。己のリソースの大半を戦闘に裂いた。
その過程で言葉も捨てた。孤独?それもいい。誰にも愛されないなら、皆に蔑まれ憎まれるのなら、戦える敵はぐっと増える。
敵は私に戦いをくれる。ならば私は敵こそが愛おしい。この世の全てが敵ならば、私は無限に世界を愛せるだろう。事実愛したのだ、全てを。

「あいして たたかって ころして そして わたしも ころされた」

そう、そして私は死んだ。いつ、どこでかは忘れた。いつ死んでもおかしくない生き方をしていたのだから、いつ死んだか記憶する事に意味はない。
とにかく、私は殺されて、そこで私の戦いは終わった。終わってしまったものは仕方無い。
一人の愚かな女が死んだ、これはただそれだけの話の筈だった。
その筈だったのに。

「へれん きょう」

"ソフィア"の記憶の残滓、最後の一つ。
ヘレン教。私の生きていた頃にも、それらしいものはあった。戦いを挑むのでもなく、私の周りに集まってくる、奇妙な人達。彼らはまだ続いていたらしい。
それも、私にまるで理解の及ばない形で。

かつての私は愚かに過ぎた。無意味に終わった。
あまりに無意味だったものだから、私は賢い後世の人達に意味を与えられてしまったらしい。
無意味なものは意味が無いということが、意味で世界が満たされている人達には分からなかったらしい。

人は、自らと心を通わせられないモノに、時に神秘を感じる。
物言わぬ石の神像を拝むように。
形無き天災に神の意思を見出すように。
言葉を捨て、人とつながる術を失った私を、人々はそんな風に見ていたのかもしれない。
だが私など所詮この程度だ。無謀で愚かだったからこそ、英雄譚の主役のような行動も行った。成し遂げたとしても、それは偉大さとは結びつかない。
言葉と言葉による思考を取り戻した今、私はただの女でしかない。

誰が憧れる?
誰が崇める?

「あのひとたち が もとめてるのは。わたし じゃ ない」

彼らが求めているのは遠い昔、誰かが私を通して見た、私でないものだ。
何を求めようとも構わない。けれど、私でないものを私の名前で呼ばれるのは嫌だ。
名は、ふさわしいものに名づけられるべきもの。彼らが求めるものに、私の名はきっとふさわしくない。

「だから たたかおう」

もう一度、戦おう。
意味のある行為とは思えない。だからこそ行おう。
願わくば、なるべく多くの人に私の戦いを見て欲しい。どれだけ勇敢に、無様に、獰猛に、滑稽に、私が戦うかを。そして幻滅されればいい。
狂人扱いされ見向きもされないなら、それでもいい。私の名を、私にふさわしいように穢し直そう。
そして叫ぼう。愚かな私にも分かる、簡単な真実を。

現実は遊戯ではない。必勝法も、最適解も、存在しない。あるいは届かない。
回答は無い。結論は無い。究極は無い。絶対は無い。"ヘレン"もいない。

きっとみんなが知っている。
知っている事を伝えるのだから、これは全く無意味なことだ。

もう一度、無意味に生きて、無意味に戦い、無意味に死のう。そのための敵も、じきに現れる。
それが、ヘレンという名の私の在り方だ。


[533] 2012/06/19 19:43:59
【マックオート・グラキエス 39 約束の剣】 by オトカム

マックオートが再び目を覚ますと、宿の大部屋にいた。
ソフィアとえぬえむは見当たらないが、隣にはダザとソラが寝ている。確かにジーニアスの言っていた通り、ダザの義足は切断されていた。
ソラは・・・ひどい熱があるようだ。
ふと、背中に違和感を覚えたマックオートはアイスファルクスを引き抜こうとするも、刃がなかった。
もしやと思い鞘の中をのぞくと、砕けた刃の破片が詰まっていた。これも、あの時夢で見たものと同じだ。
マックオートは氷の破片をいくつか取り出し、外したバンダナでくるむと、ソラの額に乗せておいた。
さて、ここまでが言う通りなら”新たな剣は用意した”というのも本当なのだろうか?

鞘を前に考えていると、えぬえむが金髪の女性を連れて帰ってきた。
彼女の名前はリューシャ。凍剣造りの鍛冶屋だという。
そうか!これか!と思ったマックオートはリューシャが帯剣していた凍剣”シャンタール”を欲しがった。
そのためには昔話や夢の話だってした。しかし、ダメだった。
だがリューシャは、そこでふと柔らかな息をついた。
「あなたが望むなら、この剣を。アイスファルクスを、剣の形に打ちなおしてあげる」
(もう一度打ち直されたアイスファルクスが約束の剣?)
そう考えたマックオートの頭に、不意に言葉が流れる。
『約束の剣はシャンタールでもアイスファルクスでもない。見よ、鞘がある。』
「さ、鞘ってありますか・・・?」
マックオートの突然の質問にリューシャは首をかしげたが、一方を指さした。そこには鞘だけが立てかけられていた、
『その鞘を取り、砕けた破片を集め、剣と共にしまえ』
立てかけられていた鞘に近づき、手にとった。リューシャはなにも言わないが、不思議そうな顔をしていた。
マックオートは、自分はなにをバカな事を、と思っていた。この声はただの空想ではないのかと。
しかし、心を強く動かしているのもまた事実だった。
床に散らばった破片を集め、ソラを冷やしている破片も集めた。刃の砕けたアイスファルクスは、不思議と鞘に収まった。
『剣は欲しいか・・・?』
(欲しいです!)
『ならば引き抜け!お前の願った通りになれ!その剣は、鷲のように新しくなる!』
それを合図に引き抜くと、白い光を発する両刃の剣がそこにあった。
『必要は全て満たした。よろしく頼む。』
感動なのか、怪奇現象に思考が追いつかないのか、マックオートは一筋の涙を流した。
「・・・もう俺は背負わなくていい。」
そうつぶやくと、マックオート剣をしまい、鞘についていたベルトを腰に巻きつけた。

--
ステータス変化

スキル:
・光の剣/19/24/10 炎熱 :両刃の剣。世界が闇に包まれると、この剣が持つ僅かな光でさえも輝く。
・貫く/15/0/9 防御無視 炎熱 :闇を打ち砕く一筋の光。
・パンチ/5/0/1 :その破壊力は想いでできている。

プラン:
01:相手が何も構えていないなら「パンチ」。
02.相手のスキルの攻撃力が0なら「パンチ」。
03.相手のスキルが回復でないかつ、ウェイトが9以上かつ、攻撃力が自分のHPより下かつ、相手のHPが{15×(100+経過カウント)÷100 (端数切捨て)}以下なら「貫く」。
04.相手のスキルのウェイトが10以上かつ、相手のHPが{15×(100+経過カウント)÷100 (端数切捨て)}以下なら「貫く」。
05:相手のスキルが回復もしくは防御無視かつ、ウェイトが10以上かつ、{19×(100+経過カウント)÷100 (端数切捨て)}÷10(端数切捨て)が5以上なら「光の剣」。
06:相手のスキルが防御無視か回復なら「パンチ」。
07:相手のスキルの防御力が0かつ、ウェイトが2以上なら「パンチ」。
08:相手のスキルの攻撃力が24以下かつウェイトが10以上19以下なら「パンチ」。
09:相手のスキルのウェイトが10以上なら「貫く」。
10:さもなくば「光の剣」。


[534] 2012/06/19 21:02:11
【オシロ31『闇の狼煙』】 by 獣男

その夜、ゆっくりと隠れていく星空に、気づく者は気づいていた。
夜が明け、いつもなら朝日が射す頃になると、
むしろ街を覆うそれが、夜よりも暗い闇だという事に、多くの人間が気づき始めた。

ランプを持った人々が、うろうろと闇の中を歩き始める。
偶然にも『闇』の壁を見つけた人間は、ある者は怯えて近づかず、
ある者は無謀にも踏破し、『闇』が無害である事を証明し、
壁の向こうには朝日が訪れている事を知った。
しかし、ある者はそれを見て、『闇』が動かせない可能性に気づきつつあった。

「始まった!」
「急げ!今日こそ、この街を俺達の手に取り戻すんだ!」
バタバタと男達が走り回る。
乏しい明かりの中、街中のエフェクティヴ基地には、
精霊武器を持つ構成員達が続々と集結していた。
「とうとう腹くくらにゃいかんなぁ」
薄い頭をぼりぼり掻きながら、男が言う。
街が闇で覆われた時、それが作戦開始の合図。
それが、マスター・オブ・エフェクティヴから出された指示だった。
「みな集まったか?全員、合い鈴を持つのを忘れるなよ。
では、そろそろ『神霊』をいただきに参ろうか」
男がそう言うと、集まったエフェクティヴ達は、それに応えて声を上げた。

『闇』はリリオット北部をドーム状に覆い、
その北端はレディオコーストにまで達していた。
それらの、街を包む薄い層状の『闇』とは別に、
その半球の中心部、シャトラン救済教会の半径50メートル以内には、
ランプの光さえ役に立たない、濃霧のような『闇』が渦巻いていた。
『闇』の力が放たれている中心地。使用者のいる場所。
そこから真っ黒な人影が走り出していった。
『闇』の塊。それは無意識に『闇』で体を補い、
ムールドの傍から逃げ出したオシロの姿だった。


[535] 2012/06/19 21:38:31
【夢路26】 by さまんさ

キラキラしてる。見たことのない花。つるくさ。庭の真ん中には噴水があり水しぶきがキラキラキラキラしていた。
「なんか、いい匂いとかするー」

噴水のそばでスーハスーハしていると、話し声が聞こえた―――どちらも子どもの声だ。

「おにいちゃーん」
女の子の声。夢のように美しい庭に似つかわしく銀の鈴のように愛らしい響き。
「ねー、あそんでよー」
「マドルチェ。僕いま忙しいから、あとでね」
男の子の声もまた、小川の流れのように澄んでいた。彼もまた、ファンタジーの住人なのだろう。
水しぶきの間からこっそり覗く。
彫り模様の美しいベンチに、子どもが二人、座っていた。女の子は4歳か5歳ぐらい、白いリボンのついたふわふわのワンピースを着て男の子の顔を覗き込んでいた。男の子は7歳か8歳ぐらい、難しそうな分厚い本を読んでいた。
「ムールドおにいちゃん!ごほんばっかよんじゃだめ!」
「ねえマドルチェ。この世界にいったいどれぐらいの本があるのか知らないの?ラクリシャの図書館に行ってごらん。この庭ぐらいの大きさの部屋が、床から天井までびっしり、本で埋まってるんだよ。僕が一生かかったって読み切れない、でも世界にはもっともっとたくさんの本がある。わかるかい、僕には時間がないんだよ」
男の子はゆっくりと丁寧に説明したが、女の子は、本が鬼ごっこよりも面白いわけがないのに、といった表情だ。
「つまーんなーい」
女の子はベンチから跳びおりると"てててててて"と噴水の周りを走り出した。
おっと、こっちに来るぞ。

夢路と目が合った。貴族のお嬢様は夢路をぽんと叩くと、
「たーっち!」
くるりと後ろを向いて逃げる。
すでに夢路の頭からは、"仕事"のことは抜け落ちてしまった。ニヤリと笑って噴水周りを駆け出すと、
「まてまてー!おにだぞ、がおー!」
「きゃーきゃー」
「わたしはおるくすだー!このもりはほういされているー!」
「きゃー、たすけてへれーん!」

男の子はふと本から顔を上げ、ずいぶん服の汚れたメイドだな、といった顔で見た。
「ねえねえボク!」
その少年に声をかける。
「君もいっしょに鬼ごっこしよう!楽しいよー!」
「しいよー!」
「いや、僕は・・」
賢そうな少年の困った表情。しゅるり。彼の体から二色の糸が零れた――金色の糸と、闇のような黒い糸。


[537] 2012/06/19 22:39:45
【リューシャ:第三十六夜「人の剣、運命の剣」】 by やさか

光の剣を手にしたマックオートが、ぽろりとひとつ、涙をこぼす。
それをリューシャは、ごく冷ややかに見ていた。

人の手から成らぬ剣。
資格あるものに与えられるという剣の伝説は、枚挙にいとまがない。
彼の手にあるものも、そうなのかもしれない。

だが、リューシャはそういった剣を愛さない。

剣は主を選ぶ。主もまた剣を選ぶ。
リューシャは人のために剣を造る。運命は自らのために剣を与える。
氷塊の内に剣のかたちを決めるのは運命だが、それを愛してかたちを与えるのはリューシャの自由意志だ。
その在り方を誇る以上、リューシャは運命から与えられるものに己の道を選ばせたりはしない。

リューシャは別に、マックオートを否定しない。
だが、リューシャとマックオートの生き方が交わることはきっとない。
そしてそれ故に、シャンタールをマックオートが振るうことはけっしてないだろう。

「……剣の問題は解決したみたいね」
「リューシャちゃん……」

はっと気づいて涙を拭ったマックオートが、リューシャに向き直る。

「ああ、この通り。リューシャちゃんの気持ちは嬉しかったけど、これが俺に約束された剣なんだ」
「別にそれはどうでもいいわ」

微笑んだマックオートに、リューシャはすっぱりと言い切った。
仕事がないのなら、マックオート自身に特段の興味はない。炎の力を感じる彼の剣にも、同じく興味をそそられない。

「で、あなた、そっちの女の子とダザ、どちらを看病したい?」

マックオートの身に起きた奇跡を完全に横においてリューシャが示したのは、そっけないほど現実的な二択だった。

「えっ?」
「大部屋は食堂の真上でしょ。病人を置いておくなら、もっと静かな部屋に移動させたほうがいいわ。
 わたしの部屋と……もうひとつ部屋が空いてる。どちらも一人部屋だから、手を分けたいの」

先日オシロにとってやった部屋は、まだそのままだ。
リューシャは長期滞在の居住性を、オシロには奇襲の可能性を考えて、どちらもここよりはよほど静かな部屋を取ってある。

「……じゃあ、俺はソラちゃんを」

その答えに軽く頷くと、リューシャはマックオートに、二人を順に運ばせた。
リューシャの部屋にダザを、オシロが使っていた部屋にソラを移して寝かせる。
ソラのため、水盆に雪をどっさりと作り置きしてから、リューシャはマックオートと別れた。

灯りを絞ったベッドサイドでえぬえむに渡された仕様書を確認しながら、ダザの呼吸を数える。
夢でも見ているのか、ダザの呼吸は時折大きく乱れる。
だがそこに、昼までの濁った気配はもう感じられなかった。呪われていると称される前の、ただのダザだ。

そしてダザが、目を開いた。


[538] 2012/06/19 22:44:56
【【えぬえむ道中記の28 二値化】 by N.M

えぬえむはアルティアを、そしてソフィアを追っていた。

(アルティアの位置なら目を瞑ったってわかる!)
冗談半分に目を瞑る。マルグレーテの鞘を握った手がチリチリする。

思考が闇に溶けていく…

***

脳裏に浮かぶはリリオットの街路ではなく、どことも知れぬ場所。
左右には本棚、そして目一杯詰められた本。
それらは全て白の枠と中身の黒で埋められている。
いや、感じる世界全てが、白と黒でできている。

「この世の全てが詰まっても、その手に掴むは虚ろのみ
 ここは開かずの大図書館、知も鍵無くば無用なり」

脳裏に響く声。いや、声と言うよりは文字。心に思い、問い返す。
「あなたは誰?」
「え? お前がそれ訊く? ゲラゲラゲラ」
突然格好つけた喋り方を捨てて笑い始めた。最悪である。
「答える気がないならいいわ。ここはどこ?」
「お前が握ってるマルグレーテの心象風景だ」
今度は存外あっさり答える。わけがわからない。
「無限に広がる情報も、在処知らねばただの屑。全ての知識を持て余したる、愚者の聖堂、情報庫」
「へぇ、それでマルグレーテは辞書で他人を殴るような武器に?」
「まぁな。鞘だけでも殴り続ければ人は死ぬ」
「バールのようなものでも同じでしょ」
「で、結局マルグレーテって何なの」
「情報だよ。錠前かけて、誰にも開けられない無用となった情報の塊だ。無理にこじ開ければ死ぬ」
「エルフはなんか読み取ってたけど」
「鞘だしな。名札みたいなもんだ」
「錠前といったわね。『鍵』はどこ?」
「え? お前がそれ訊く? ゲラゲラゲラ」
「ふざけないで」
「まぁ昔話をしてやろう」

どこぞに金髪の女エルフがいた。
武器を持たせりゃ部族内で敵うものはいなかった。

部族間の闘技でも、彼女を破るものはいなかった。
彼女は全てを打ち倒してなお不満気だった。

そうしているうちにただの力比べでは満足できなくなった。
彼女は故郷を飛び出した。

彼女は強きものを探した。
弱きものは強きものに悩まされていた。

彼女は斬った。
強きものを斬った。

弱者は救われた。
彼女は不満気だった。

強きものが弱かったからではない。
弱きものが何も知らずに彼女を讃えたからでもない。

彼女は、餓えていた。
戦に、餓えていた。

彼女は戦って戦って戦い続けた。
何も言わず、弱きものを救うその姿、まさに英雄なり。

だが、違う。
真実は、違う。

彼女を敬うものたちが現れた。
彼女を崇めるものたちが現れた。
彼女に恋焦がれるものたちが現れた。

それでも彼女は意に介さなかった。なぜか。
彼女には戦いしかなかったのだ。

「…で?」
「ソフィアを救いたくはないか?」
「何よ突然。そりゃ救いたいわよ」
「他はどうだ? ソラは? マックは? ダザは?」
「救いたいと思ってなきゃ宿まで運ぼうと思わないわよ」
「なんだかんだでお前も甘いな」
「さっさと要点に入りなさい」
「さっきも言った通り、マルグレーテは情報だ。何の、では無い。全ての情報だ」
「記憶を失う前のソフィアの情報もあるわけ?」
「当然だ」
「鼻持ちならない物言いね」
「当然だ」
「もう突っ込まないわよ。で、どこにあるの?」
「お前の記憶力悪いねぇ。『鍵』が必要に決まってんだろ」
「つまり、それを見つけろと?」
「お前は知ってるはずだぞ。じゃ、そろそろ追いつきそうだからお暇するわ」
「ちょ、ちょっと待って」

***

ぼふん。何かにぶつかる。
ソフィアだ。アルティアが心配そうにこっちを見ている。
「ちょっと勢いつきすぎちゃった。てへ」
笑ってごまかしアルティアの方を向く。そこには、闇。

「…『ソフィア』さん、これは…」


[539] 2012/06/19 23:18:11
【カラス 20 日時計のある街】 by s_sen

サルバーデルは散歩や用事で、館を空けることが多くなった。
カラスはその間、館内を片付け、食事などの準備をし、もしもの事態に備えた。

時計館"最果て"は、日中では時計を扱った美術館として営業している。
本日の主な仕事は、その入館受付である。
入館料は10ゼヌとなっており、古今東西様々な時計を見ることができる。

人類最古の時計は、日時計。
東でサムライとなる前、カラスの住んでいた南の半島の国にもあった。
町に設置された大きな柱の影を見て、人々は時間を計った。
影ができるのは太陽様のおかげだと、国教である太陽崇拝を教えられた。
町は戦争によって火が放たれ、カラスは東の最果ての国へ流れた。
今となっては、ただの焼け野原と化した場所である。

東の国で見たからくり時計もあった。
そこではつい最近まで鎖国という政策を行っており、
それが解かれるようになると、様々な国の貿易品が流れてくるようになったらしい。
カラスもそうやって流れて来たのだと、剣の師匠が冗談交じりに言っていた。
祖国を失ってしまったカラスは、以後この国を新しい故郷とした。

客の中に、少し目が合ってしまった者がいた。
彼は恥ずかしそうに、目をそらした。
確か、ブロンドの青年だったと思う。
熱心にメモを取っていた様子が印象的だった。

色々な客が来て、様々な時計を見て行った。

そろそろ"最果て"の閉館時間だ。
最後の客は、これまた面白い姿をしている。
目を引く美しさの少女。
長く伸ばした髪に、質素ながらも気品のよさを感じる。
そしてその手を引く、背の高く、一見すると立派な紳士。
高価そうな帽子の下は、文字盤の仮面…
何ということだ。
「し、失礼しました!お帰りなさいませ!」

カラスが主人を迎えたとき、彼は誰かを連れてきたようだった。
それは見覚えのある顔だった。
リリオット家のご令嬢、マドルチェである。

三人はテーブルに座り、ティーとケーキ、そしてしばらくの話を楽しんだ。
カラスは東の国、そしてその前に住んでいた南の半島の話を少しした。
暗い話になりそうな箇所は話さないでおいた。
それから、マドルチェがここに来るまでのいきさつを嬉しそうに話した。
マドルチェは厳しい祖父によって籠の鳥のようにされていた。
それどころか、存在自体を家から、世間から隠されていた。
それが最近になって、ようやく祖父と和解できたらしい。
カラスは、彼女と共にとても感激し、喜んだ。
その事だけではない。
彼女の屋敷に落としてきたと思われる水晶が、取り立てて報告するような害を起こしてなかったからだ。
最悪、マドルチェのようなか弱い者が魔女の水晶に食べられでもしたかと思うと、
気が気ではなかったのだ。
カラスは二つの出来事について、安心のあまり涙を流した。


[540] 2012/06/19 23:40:23
【サルバーデル:No.13 誘い】 by eika

「役者として、舞台へ上がってみませんか?」
 こう言って私は、カラスとマドルチェの二人に提案をした。
「えっと、役者ですか」
 カラスが首を傾げて、言葉を聞き返した。
「ええ、先程話した物語。其れを、このリリオットで上演しようと思うのです。リリオット卿が丁度、何かこの街で楽しい事を出来ないかと仰られていたので」
 私は右手の人差し指をピンと立てて顔の傍まで持ってくると、指で空を一つ掻き混ぜた。
「このリリオット中を幸福に包む、それは大きな催し物となる事でしょう」
「面白そう!」
 マドルチェがテーブルに乗り出してきた。
「ええ、ええ、そうでしょうとも。お二人とも、素敵な魅力を持っていらっしゃる。綺麗な衣装で着飾って舞台へ上がれば、誰も名優として不十分とは、まさか言えぬ事でしょう」
「わ、私は気恥ずかしがりなので……」
 カラスが脇に目をちらちらと反らして、小さな声で呟いた。
「カラスさんは必ず出て下さい」
「あ、はい」


[541] 2012/06/19 23:48:44
【リオネ:24 "作り物の夢"】 by クウシキ

私はいつも一人だった。

いや、正確には一人ではなかった。
周りには沢山の人がいた。その人達は、全員大人だった。子供は私だけ。
だから、私はやっぱり一人だったのかもしれない。

私は、大人達から色々なことを学んだ。
言葉。算術。音楽。歴史。魔法。精神。法則。
私が一つ覚えれば、大人達は喜んだ顔をした。だから私はいっぱい覚えた。


遊び相手はいなかった。

いや、正確には遊び相手はいた。
周りには沢山の人形があった。それらは全て、動かなかった。喋らなかった。命を持っていなかった。
だから、私にはやっぱり遊び相手はいなかったのかもしれない。


私は、大人たちに色々なことを尋ねた。
論理。構造。矛盾。紀源。深淵。生命。世界。
私が一つ識れば、大人達は困った顔をした。だから私はいっぱい識ろうとした。



私が部屋を出た時、そこには私が触れたことのない情報で溢れていた。
私の知識は、"外"では全くと言っていい程役に立たなかった。それは誰とも共有されていない情報だったから。
私の知識は、"外"では何事にも優先する程役に立った。それは誰とも共有されていない情報だったから。


私が求めたのは何だっただろうか?
私が求めたのは誰だっただろうか?



チキリ、と胸で音がする。
白い部屋。この場所は、私の、……
違う。此処は。


******
流石に丸一日ぶっ続けの作業は堪えたらしい。
目が覚めた時には既に外は暗くなっていた。

「おう、やっと目を覚ましたか。
 こりゃあいよいよ死んじまったかと思うくらいよく眠っていたぜ」
「あらおはよう、試作一号」
「そろそろその呼び方も止めてくれねえか。俺は『常闇の精霊王』だって言ってるだろ」
「知らないわよ。大体『常闇の精霊王』って長いのよ。
 それは肩書きでしょ? 名前は何て言うのよ」
「それは、いいかよく聞け、俺の名は」
「まあ何でもいいわ」
「聞けよ!」
「私が眠る前に言ったこと、覚えてる? あなたに、もっと活動しやすい身体をあげる、って言ったわよね。
 私は、精霊ギ肢装具士である前に、『人形職人』なのよ。
 あなたには、私が今までに作った人形のうちの一つをあげるわ。
 嗚呼、その人形の身体で暴れようなんて考えないでね。焼き殺されるのがいいところよ」

======
人形を組み立てていると、二人の男女が訪ねてきた。

女性の方は、金髪で、何処かで見たことがあったような気がする。
男性の方は、まだ見たことが無かったはずだ。見たところ、左足を失っているようだ。

ということは、
「ええと、ギ肢製作の依頼、でよろしいでしょうか?」


[542] 2012/06/20 00:02:01
【【こもれ火すみれ 第6話 「レッツゴー食堂! 敗北の味を噛み締めて!」】】 by トサツ

緑色の髪の毛が徐々に黒色へと染まっていき、可愛げのある服は蒸発するように消え去った。

はぁ、はぁ。失敗、失敗した。
こんな凄い力持ってて、なんで失敗するんだろう。最後、守ろうとしてた人に守ってもらっちゃったし。
「精霊皮」……多分これは凄いものなんだろう。運動なんてまるでできない私でも一端の戦士以上に動けるのだから。でも、運動ができない私じゃ、所詮一端の戦士に毛が生えたようなものだった。場馴れした戦士と戦うには程遠い……。

今日のことを報告したらマゼンタさんは何と言うだろうか。……怒るだろうか。

「精霊技術の粋である新兵器をありがとうございます。今日はブラシを持った男に殺されかけましたが一般人の助けもあって命辛々逃げ切れました」

……報告の時間を想像し、気が重くなりながらわたしは食堂に入った。
今日はこの店でマゼンタにホーリー・ヴァイオレットとしての業務報告をしなければいけないのだ。

「っらっしゃーーせーーっ」
店員であろう少女の瑞々しい声がホールに響く。
私の声は瑞々しくないので羨ましい。
お兄ちゃんは「すみれの瑞々しくない声が好きだ」と言っていた。わたしは多少ブラコンの毛があるので、お兄ちゃんに「好き」と言われると嬉しくなって、赤面して、ちぢこまってしまうが、お兄ちゃんじゃない人が同じセリフを言ったらレンガで殴るだろう。いや、殴れない。
現実では殴れないけど、妄想の中で殴る。そして、目をぱちくりさせる不心得者にこう言うのだ。
「……わたしをか弱い少女だと侮りましたね。あなたは、もう少し人を見る目を養うべきで……」

「はい? なんですって?」

「ひっ、い、いやなんでもないです……」
店員の声でわたしは現実に引き戻される。無意識の内に声に出てたようだ。
黒髪のショートカットに赤ずきんをかぶった店員さんがわたしを訝しんで見ていた。

……!!
この人、さっきの襲われてた人だ!……こ、こんなところで働いてたのね。

「お一人様ですか?……ただいま午後四時なので、黒髪少女のお客様は特別席になりますが、本当に大丈夫ですか……?」

「は、はいそれでお願いします」

思わず息を飲んでしまう。落ち着け、落ち着け。彼女はわたしには気づいていない。
いや、気づけない。
精霊皮は服装、髪色はもとより、面影、声色すら変質させ、変身者の面影すら残さない。
私だって鏡を見てビックリしたくらいだし、お兄ちゃんだって見分けられないだろう。
いや、そんなことはない。お兄ちゃんなら見分けるな。うん、見分ける。見分けて。

「こちらが特別室となります」

ん、なんだって。特別室? 
今更だけど、なんで私が特別室に案内されるのだろう?
まあ、「特別」って響きがいいし、なんでもいいか……と思っていたわたしは、特別室と呼ばれる部屋を見て絶句する。
その部屋は床一面に鋭く尖った剣山が敷かれており、人一人が片足でやっと立てるようなスペースの前にテーブルが置いてある、およそ食堂とは似つかわしくない異常な部屋だった。

「あの、わたし拷問されたいわけじゃなくて……ご飯食べさせてもらいたいんですけど…」

「お、お客様、一応確認は取ったんですけど……もしかして知らなかったんですか? 午後四時に黒髪の少女が食堂に入る場合”片足で立たないと大怪我してしまう特別席”に案内しないといけないという条例が新しく出来まして…」

「な、なんですか!? その狂った条例は!」

「リリオットのご令嬢……あの”白痴事”リリオット様がまたわけのわからない条例を作ったみたいで……ごめんなさい……。それと一回了承されたら1時間はこの部屋からお出しできない決まりなので、どうにか耐えてください。本当にごめんなさい!」


[543] 2012/06/20 00:02:45
【ウォレス・ザ・ウィルレス 32 「精霊投票システム 3」】 by 青い鴉

「いや、そうでもない」
「単なる道具と認識して使うぶんには、使えんこともないじゃろう」

 置かれた精霊結晶に、ウォレスは再びありったけの意志を、情報を詰め込み、精霊投票システムに投げ入れる。今度は、憶測と言う名の、無数の不確定要素をもぶち込んで。
 
「精霊精製競技会の爆発テロは人為的なもの。それは証拠の抹消と神霊精製のための技術者の獲得手段」
「エフェクティヴにより神霊は精製される」
「ダウトフォレスト攻略作戦の生存者ソフィアの人格はヘレンの追憶に上書きされ、ヘレンのコピーとなる」
「黒髪殺しは終わった。だが、ばらまかれた憎悪の種はまだ芽吹いていない」
「メビエリアラは『f予算』に興味は無い。そしていまや『救済計画』にも興味は無い。今まさに、リアルタイムでエフェクトが起こっている」
「そしてこの街を常闇が覆う」
「勇者たちが要る。ヘレンが要る。物語が要る。筋書きは既に書かれている」
「このまま何もしなければ、精霊採掘都市リリオットは滅びるだろう」

 精霊投票システムから、言葉のサラダが溢れた。
 ウォレス自身、思いもよらぬような言葉が、明確な形を伴って現れる。
 聡明なる墓碑の司祭、白髪片眼鏡のヤズエイムであっても、その情報の全てを認識するには、多少の時間が掛かった。
 
「事実なのか? 我ら≪受難の五日間≫の策謀連鎖網の外部で、それだけのエフェクトが起きているのか?」ヤズエイムはエフェクトの数と大きさに狼狽する。
「精霊投票システムは間違わない。間違えるようには作られていない――でしたかな」ウォレスはヤズエイムの台詞を引用する。

 精霊投票システムを見やり、それで儂への新しい指令はなんじゃ? と問うウォレス。
「白の教師ウォレスよ。舞台に上がれ。歌い踊れ。壮絶華麗に。豪華絢爛に」精霊投票システムは、自信に満ちた声で言った。それは意味不明な指令だった。だが幸いなことに、教師としてしばらくデスクワークに専念しろという意味ではなさそうだった。

 そしてようやく。
 墓碑の司祭ヤズエイムはようやく記号着地した。概念構築の段階で気付いて然るべきだった。精霊投票システムは、使う者を映す鏡であると。そこには、左右が逆転した心が映し出されている。自我と自己保身。それは使う者の心の裏返しだ。
 ならばそれは、精霊投票システムは、その心無き論理〔ハートレス・ロジック〕の果てにヘレンを見出さんとするヤズエイムの理想から見れば、完全な失敗作であった。


[544] 2012/06/20 13:29:26
【ダザ・クーリクス:34 謝罪】 by taka

ダザは、義足がない足で立とうとし転びそうになる。
そうか、精霊と俺を切り離すために義足を斬ったのか。危ない危ない。

と、誰かの視線に気づく。リューシャが冷たい目でジッと見ていた。

「い、いたのか…」
「ええ、ずっと。ようやく目が覚めたようね。」

ずっと。つまり、涙を流したことや、それを拭ったこと、それに義足が無くて転びそうになったことも、全部見られていたということか。
それは…、なんか恥ずかしい。

「…なんで、リューシャが?ここは何処だ?」
確か、記憶の最後の戦いではリューシャはいなかったはず。

「えぬえむに頼まれてね。ここは宿の私の部屋よ。」
「そうか、えぬえむが・・・。えぬえむや、マックオート達は今?」
「えぬえむは、どこかへ行ったソフィアを追ってるわ。
 マックオートは、ソラって子の看病をしてる。」
ソフィア、ソラ、どちらも聞いたことがある名前だ。
ソフィアは古い塔に住んで雑貨屋か何かやっている。
ソラは街灯掃除などをやってる女の子だっけ。
どちらも直接面識はないが、話に聞いたり、見かけたことがある街の住人達だ。

義足を斬られたときの戦いに、ソラらしき少女がいたのは覚えてる。
では、最初に現れ、白髪から金髪に変わった女性がソフィアなのだろうか。
何故だか分からないが、義足の精霊に乗っ取られていることを看破し、俺を救ってくれた。
礼と謝罪を伝えなければならならい。えぬえむにも、マックにも、ソラにも、そのソフィアって人にも。
そして・・・。

「…すまなかった。急に襲ったりして。」
「あら、あの時の記憶があるのね?まぁ、私達を襲ったことなら気にしなくていいわ。
 大して損害もなかったことだし。」
「…すまない。」

ダザは再度謝る。リューシャは軽くため息を吐く。
「えぬえむからも詳しく聞いてないのだけど、もし良かったら何があったか教えてもらえるかしら?
 一緒にいたカラスと言う白い髪の子が言うには、貴方は呪われていたみたいだけど?」

ダザは少し迷ったが、迷惑をかけたてしまった謝罪の意も込めて全てを話した。
義足のこと、先生のこと、黒髪殺しのこと、えぬえむ達に助けられたことを。
逆に、リューシャはオシロのことを教えてくれた。

「…そう、それで義足が斬られているのね。」
リューシャはダザの話を聞いて、少し考え込む。

義足、それがないと歩くことも満足に出来ない。オシロの安否も気になると言うのに、早急になんとかしなければ・・・。
しかし、誰に頼む?先生は無理だし、施療院の他の人間も信頼できるか分からない。
残るは義肢会ぐらいしかないのか・・・?

ふと、リューシャが読んでいた紙の横に置いてあったチラシが目に入る。

「…精霊ギ肢装具士、リオネ?」


[545] 2012/06/20 13:34:21
【     : 33 やみ と ひかり】 by ルート

「とこやみ」

自分を追ってきたえぬえむの疑問に、ヘレンは答える。
そこにあったのは、闇。街の一角をすっぽりと覆う闇のドーム。
常闇の精霊王が纏いし闇精霊の粒子。懐かしい、と柄にも無くヘレンは思う。
因縁の相手でも初対面でも、彼女は敵と戦えればそれで良いのだが。

「とこやみの せいれいおう。その ちから」
「この、闇が…?」
「かけら みたいな もの」
「これで?!」

そう、この程度の闇ならばかつての王の力と比べるべくもない。力の質そのものは間違いなく常闇の精霊王のものだが、出力も制御も甘い。
王の力の欠片を手にした何者かが、王に代わり力を操っている。ヘレンはそう推測する。いずれにせよ、闇を操る「敵」がこの先にいる事は間違いなかった。
ならばまずは、この鬱陶しい闇から先に吹き飛ばしてしまうか。

「えぬえむ すこし さがってて」
「?ソフィアさん、何を…」

えぬえむはヘレンを再びソフィアと呼ぶようになった。好きなように呼ぶように言ったのはヘレン自身なので、それほど気にはしないが。
ヘレンは腰のエーデルワイスを抜き放つ。既に十分な情報を集積していた追憶剣は、遅すぎるほどのウェイトからの解放に歓喜するように純白に光り輝く。
それはただの光学現象とは似て否なるもの。情報圧から変換されたそれを、ヘレンはかつて"叡智の光"と名付けた。

「やみ には ひかり を。せいれい には せいれい を」

精霊は動力回路であると同時に、魂が結晶化した情報体でもある。
生命体としての生存を放棄して精霊化…情報体としての永遠を得た者を、真の意味で"殺害"する手段は限られる。
最も安易な手段は、"精霊による攻撃"。最も確実な手段は、"精製"技術を転用した"精霊の完全破壊(クラック)"。
そして最も単純な手段は、"情報そのものを攻撃力とすること"。

「きりさけ えーでるわいす」

純白の刃が閃く。駆動した追憶剣は、その輝きで斬撃の軌跡を描く。
斬撃はそのまま光速で空間を疾走し、夜明けの朝日よりも眩くリリオットの街を照らし、闇のドームへと一直線に突き刺さる。
衝撃も、爆音も、光と闇を除くエフェクトは何も発生しない。光の斬撃は闇へと飲み込まれ……

次の瞬間、闇の中で太陽のように、閃光が弾けた。



「すこしは きれいに なった」

先程までリリオット北部をすっぽりと覆っていた闇は、エーデルワイスの閃光によって大きく散らされ、ドームに大穴を空けていた。
闇は元の形状を取り戻そうと蠢くが、純白の光が収まった後も闇に張り付く、青白く輝く薄氷がそれを阻害する。
自らの存在する時空ごと凍結させられれば、闇も暫くは満足に活動できまい。
そのまま大穴を抜ける。内部に入れば、より強い闇の存在と同時に、移動する小さな闇の塊の気配を感じる。
敵はどちらだろうか。両方かもしれない。まずは確かめるべきだろう。

「いく。てき の いるばしょ に」

迷う事なく、ヘレンはそれらの方角へと向かう。するとえぬえむもついて来る。
彼女がヘレンの無意味な闘争に関わる理由は無いだろうと疑問に思ったが、戦力(味方であれ敵であれ)と観戦者が増える事は好ましかった。

「たたかい が わたし を まっている」


[547] 2012/06/20 13:54:39
【【アスカ 32 たがいの愛の抱擁と、微笑みの応酬】】 by drau

ペルシャ家、応接室。
威圧感を放つ老女と、アスカが対面する。

「よくもまぁこんな夜更けに、守護神様は礼を知らないのかねぇ?」 
ぎらついた目で、こちらを睨み付ける。アスカの真横に座っているグラタンが肘を突いて笑う。顔が疲れていた。
「起こすのも忍びないとは思っていましたがね。既に起きてらっしゃって助かりました。オーフェリンデ様も流石に朝が早くなりますね」
「わざわざあたしに嫌味を言いに来たのかい、マカロニ坊や。それもでかいのを横に連れてきて。一人じゃ夜道も歩けないのかねぇ?」
「ははは、敵いませんな。私は彼の道案内をしたまでです。こちらの彼がペルシャ家に用が在るとのことでしたので」
「下らない用でないことを願っているよ。さぁ、名乗りな若造」
老女に礼をする。
「突然のご無礼をお許しください。ボクはアスカ、だよー」
「お前さんは何処の誰の使いだい?」
「森のエルフ、だよー」
「…ほう、長耳どもかい。何のようだね?」
「“時は来たり。満ちる前に、リリオットの者共に、今一度リリオット家と神聖なる契約への忠誠を問う”、だよー。リリオット家を愛してますか?」
「ヒヒヒ……今更かえ?自信家のあやつらにしては珍しいことさね。下々の者を疑うだなんてね。
しかしまぁ、忠誠だって?ヒヒヒ、笑わせるねぇ。土底のクックロビンに聞かせてやりたいよ」
「ちなみに我等バルシャ一同は、忠誠の剣のままですな、《我が栄光と誇りは、我が背後に立つ》。家訓は揺らいでません」
「リリオットのマカロニ坊やの話はいいよ。一介のロニ坊やとしてはどうなんだい?」
「変わりませんな。いや、結局、幼い頃から変われませんでした。私は結局周りに言われたとおりの騎士のままです」
「ヒヒヒ……しかしどうやって忠誠を試すんだい?エルフの下男。
一言で終わらせてしまっていいのかえ? 変わらぬ、さぁ、お帰り 」

言葉でならいくらでも言える。
エルフにおける重要な契約の、正当性を補足する行為に虚があってはならない。
アスカは魔石を胸の隙間から取り出して、その手を伸ばし、抱きついた。枯れた木のような手応えだった。
「な、なにすんだい!離しな!この、助平がっ…!」
離さない。全身の筋力で、老婆を肉の中に閉じ込める。
「ハハハ、コレも捜査なんだそうですよ。私もフラフラになるまで吸われましたからね。さぞ苦しいでしょう」

公騎士団へ持ち帰った情報は、他勢力に劣らぬ新たな尋問の方法だ。アスカの持つ石に宿る魔と精霊を解して、老女の精霊を此方へ吸収する。老女の記憶と自意識がアスカの精霊器内を通過する。
エルフが使う、他者の内面への侵入ではなく、自己精神を用いた他者意識の反芻。照付ける脳内で、老婆の情報に色濃く残るものを反芻する。

――ハス・ヴァーギール。ミゼル・フェルスターク。死の連鎖反応[フェイタル・ドミノ]。ハッサン・フィストの召還。ソラちゃん。マスター・オブ・エフェクティヴ。常闇。グラウフラル。更なる血。手紙。そして、この部屋に仕掛けられた封印魔方陣。

「グラタンさん、ここから離れて執務室に急いで!このお婆さんの、グラウフラルとリリオットの戦争をしかける手紙が在るはず!」

「お、お前、このガキ共が!イヒ、ヒヒヒ…!!此処から出れると思ってるんじゃない!生贄にしてやるよ!」

老婆の意思により、室内に隠された魔方陣が輝く。アスカと、グラタンの体が瞬時に硬直する。
グラタンが微笑んだ。

「既にうちの部下に捜索させています、ご安心を」

――誰かの心臓。そして、これは、触媒の山。沈没事故?ドワーフ?

「クス♪」

アスカもまた、微笑んだ。渦巻く奔流の中で見つけた、自分の母へ。
老婆もまた、微笑んだ。室内奥の小さな扉から、異形の獣が姿を現した。


[548] 2012/06/20 14:02:53
【ライ:10】 by niv

 ペテロへ。

 調べてみると、時間伯爵は何百年も前から生きているようだ。ミルミ・ザ・ドラゴンスレイヤーに出てくる【時計女】や【充填歯車】も時間伯爵の眷属らしい。
 奴の牙城、【最果て】と呼ばれる時の迷宮はリリオットでも怪談話になっている。
 見慣れたはずの路地で、昨日までなかったはずの時計の城が突然建っている、一度迷い込んで出てきたら何年も経っている、抜け出して振り返るといつも通りの路地に戻っている……。

 奴を倒すには時空を切り裂く魔剣【ヘリオット】が必要だ。
 俺たちは、エフェクティヴに紛れてこの街の情報を探っていた旅人【シラガ】とともに魔剣の眠るダウトフォレストへ向かった。
 【シラガ】は遥か東の方からやってきたニンジャで、主君に最高の切腹を捧げる為に魔剣ヘリオットを求めてやってきたんだ。利害は一致した。協力してダウトフォレストを攻略し、【ヘリオット】で時間伯爵を倒した後、【シラガ】にヘリオットを渡す。

 ダウトフォレストには既に、時間伯爵の先兵が待ち構えていた。
 4本の生身の手足に4本の精霊機械の手足を持つ伯爵の強化怪人、【レディスパイダー】だ。
 こいつは顔の右半分が生身の金髪の顔で、左半分が黒髪の機械の顔というおぞましい姿をしている。奴の能力、【刃の包囲網<<ブレード・ネット>>】は生身の腕から粘つく蜘蛛の糸を出し、機械の腕から出す怖ろしい切れ味の糸でとどめを刺してくる。
 俺は果敢に闘ったが、何せ向こうは手数が2倍だ。
 致命的な刃の糸を剣で受け止めながら徐々に距離を詰めていったが、次第に蜘蛛の糸に絡めとられ、動きが鈍くなっていった。あと一歩で間合い、というところで奴の放った刃の糸をかわすと、後ろで鈍い音が聞こえた。狙ってたのは俺じゃない、後ろにある大聖堂ほどもある巨大な樹だったんだ。
 【レディ・スパイダー】は粘着糸でこの巨木を捕まえ、横薙ぎに振り回してきた。
 さすがの俺も、このときはもうダメだと思ったよ、いくらこの俺でも、巨木を一刀両断するほどの力はない。
 その時だった、俺の周りを鉄格子が覆った。
 【物乞い】の真の能力、【物乞い<<ジャック・オブ・オール・トレーズ>>】だ。雨乞いが雨を呼ぶように、こいつは何でも瞬間的に呼び寄せることができる。
 鉄格子が間一髪の距離までひしゃげて、なんとか巨木の攻撃は防げた。
 あとはもう説明はいらないな? 刃の届く距離まで近づけば、怪人など俺の敵ではない。俺は左右で分かれた顔のちょうど真ん中をまっぷたつに切り下ろした。

 ヘリオットを求めて死んでいった幾多の戦士たちの屍を踏み越え、俺は【ヘリオット】に手を伸ばした。
 剣は凶々しいな力で俺を支配しようとしたが、俺はそれを克服し、封印されていた魔剣を引き抜いた。
 と、その時後ろから声がかかった。
「ご苦労、それをこっちに渡してもらおうか」

 【シラガ】の従者、「カエル男」っていうせむしの男が傷ついたウォレスを抱え上げ、首に刃を当てていた。
 汚いもんさ、エフェクティヴなんて。ニンジャってのは根が素直だから騙されやすいんだ。
 こんな時、本当の英雄はどうしたらいいと思う?
 ウォレスも助けて、ヘリオットも奪い返すのが理想だ。でも俺はただの英雄だ、神様じゃない。どちらかしか選べない。
 俺はヘリオットを放って渡した。
 ヘリオットはまた取り返すことができるが、ウォレスは死んじまったらおしまいだからな。
 従うしかなかったんだ、この時は。


                                           6/1 ライ・ハートフィールド


[549] 2012/06/20 18:30:17
【ハートロスト・レスト:22 ひとさがし】 by tokuna

「ダザさんが、黒髪連続殺人犯、ですか」
「はい、そうです」
 夕食時を過ぎて尚、酒場と変わらず繁盛している食堂、『ラペコーナ』のテラス席で。
 私の疑いを含んだ確認に、黒髪の女の子、すみれさんは強い頷きを返しました。
「信じられません……」
 ダザさんとはそれほど多くの言葉を交わしたわけではありません。
 けれど、黒髪のマックさんとも普通に接していましたし、そんなことをする方には見えませんでした。
「でも、わたし、実際にその人が黒髪の人を襲っているところを見ましたから。わたし自身も殺されかけましたし」
「はあ、なるほど」
 確かにすみれさんの髪色は黒です。黒髪殺しに狙われることもあるかもしれません。
 清掃機構はセブンハウスの組織ですから、ハートロストさんたちの変装でもないでしょう。
 実際に襲われたと言うなら、間違いでは無さそうです。でも。
「でも、なら、どうしてダザさんはそんなことを」
「悪い人じゃないんですか」
「ええ、そもそもヘレン教の信者ですら無かったはずです」
「……じゃあ、もしかしたら」
 何か心当たりがあるのでしょうか。
「あの、これはマゼ、いや、知り合いから聞いた話なんですけど。この街には、様々な悪が居るらしいんです」
「悪ですか」
 なんとなく、息をのみます。
「はい。悦楽のために人を食べる怪物や、欲望のために人を虐げる人間。そして」
 一息、
「目的のために、人を操る精霊、です」
 すみれさんは、自分で言いながらも半信半疑の様子でした。
「そのダザって人が悪人じゃないなら、もしかしたら。精霊に操られているのかもしれません」
 私は水(情報料としておごってもらいました)で喉を湿らせながら、内心で息をつきます。
 今度は、人を操る精霊、ですか。
 いえ、まあ、パンジーを操る精霊も居たことですしね。
 観測者システムやハートロストさんに比べれば、今更それほど驚くことではありません。
 ……ありませんよね? なんだかもう、基準がよく解らなくなってきました。
 すみれさんは、がったがったと椅子を揺らして「ああ、やっぱり普通の席が一番だ」などと意味のとれないことを呟いてから、
「まあ、悪人でも精霊でも、会ってみれば解るはずです。で、その人はどこに居るんですか?」
 そういえば探しているという話でした。
 ですが、見るからに争いとは無縁そうなすみれさんが、殺人犯(かもしれない人)に会って、一体どうするつもりなのでしょうか。
 私の視線の意味に気付いたのか、すみれさんは両手を振って、
「いえ、ちょっと事情がありまして、ですね。あ、危ないことはしませんよ!」
「そうなんですか?」
「はい、むしろ会えない方が危ないことになるかもしれません! ……わたしが」
 何か複雑な事情があるようです。
「解りました」
 そこまで言われては断る理由もありません。
「ええと、ダザさんはですね」
 ラボタ地区にある『泥水』という酒場に行けば、と続けようとして、はたと気付きました。
 『泥水』は今、廃墟です。
 というか、精霊に操られているのなら、行動パターンも変わってしまっているのでは。
「はい!」
 すみれさんが期待の眼差しでこちらを見ています。
「ダザさんは……」
 ええと、ええと。
 ああ、すみれさんが段々と不思議そうな顔に!
「ダザさんは、一緒に探しましょうか」
「はい……はい!?」
 私のとっさの提案に、すみれさんが素っ頓狂な声を上げました。


[551] 2012/06/20 19:41:12
【マックオート・グラキエス 40 冷ややかで優しい指令】 by オトカム

(ヘレンとは、一体・・・?)
『ヘレンとは、偶像だ。』
(偶像?実在するんじゃ・・・)
『確かにヘレンという名の戦いに果てたエルフはいた。
 しかし、人々が思い描くヘレンは偶像だ。』
『あるものは戦いに明け暮れるためにヘレンを掲げ、
 あるものは人々の輪の中に入るためにヘレンを掲げる。
 ヘレンの名を掲げた者の数だけ、自分に都合の良い、勝手なヘレンが存在する。
 ヘレンの名さえ掲げれば、何をやっても自由だ。黒髪を殺し歩くのもな。』
(そんな・・・)
『”自分のために”と言いたくないなら、”ヘレンのために”と言えばいい。
 全くおかしな話だ。しかし、これがおかしいと気がつきたい者はそう多くない。
 たとえ世界に朝日が注いでも、人々の心は常闇が支配しているのだ。』

***

マックオートは新たな剣を手に入れた後、リューシャに提案された通りにダザとソラを別々の静かな部屋に運んだ。
リューシャは凍剣のような冷たい眼差しだったが、病人を心配したり、ソラのために雪をつくってくれたりと、
現実的かつ効果的な行動だった。
その場のノリで動くマックオートとは真逆の存在。マックオートとリューシャは袂を分かつようにそれぞれの部屋に戻った。

マックオートはソラの看病に名乗りでた。ソラは熱で顔が火照っている。
マックオートもソラと二人きりになって顔が赤くなったが、そんなジョークを言える状況ではない。
さっそくリューシャが作りおきしてくれた雪をバンダナでくるんでソラの額に乗せた。
看病といっても、できる事はこれくらいだ。東の国では”紙の鶴を千羽つくって病を治す術”というものがあるらしいが、
今から千羽は到底無理だった。
「あぁ、あばらぼねぇ・・・」
包帯に巻かれた体の節々が痛む。別に肋骨だけ折れたわけではない。
リューシャが現実的判断と考えたが、もしかしたら違うかもしれない。いや、実際に運べたからには正解か・・・
そんな事を思いながら痛む体を抑えると、何かが当たった。取り出してみると、ピーチ味チロリン棒だった。
「そういえば、3本買って2本食べたんだっけ」
マックオートはソラの横にピーチ味チロリン棒を置いておいた。
しかし、これを食べたからといって体調が良くなるわけではないし、戦闘をくぐり抜けて形が崩れていない保証もない。
相変わらずの非現実的行動だった。


[552] 2012/06/20 22:11:19
【えぬえむ道中記の29 嵐を運ぶ者】 by N.M

解は常闇。
先ほど言ってた「とこやみのせいれいおう」いや「常闇の精霊王」。それが、この闇らしい。
徐々に広がる闇。相当強力な力の持ち主に違いない。
だがソフィアの中のヘレンはそれを何事もないかのように語る。

「えぬえむ すこし さがってて」
「? ソフィアさん、何を…」

抜かれるエーデルワイス。刃を見ただけでわかる凄まじい情報圧。軽く振るだけで灰燼残さず吹き飛ばしかねない。

「やみ には ひかり を。せいれい には せいれい を。 きりさけ えーでるわいす」

破滅級の一撃を、ソフィアは何の躊躇いもなくぶっぱなした。

***

闇は裂かれた。空は凍った。あまりに非現実的な現象。
ソフィアは障害が取り除かれたとばかりにずんずん進む。
慌てて後を追いかける。

(何が起こってるんだか…)
(見たか、エーデルワイス。いつ見てもすごいねぇ)
突然割り込む文字の声。
(だから何よ)
(マルグレーテでも似たようなことは出来るぜ)
(抜いたら死ぬような武器が使えるとは思えないけど?)
(まぁそれも一理あるな)
(あるな、じゃないわよ。だいたいあんた何者よ)
(抜けばわかるぜ。まぁ抜けないけど)
(じゃあどうすればいいのよ)
(あ? お前も存外鈍いな。お前は既に知っている。『鍵』もある。後は理解するだけだ)
(だからズバリといってよ)

だが声は返らない。

ソフィアを追って走り続ける。
ドームの中心部に見えるは、教会か。


闇を切り裂く白の剣、
闇く沈みたる黒の剣。

二つの剣は闇の根源へと駆けていった…。


[553] 2012/06/20 22:36:39
【ソラ:28「氷」】 by 200k

 ソラは意識を取り戻した。うっすらと目を開けると、ベッドに寝かされていることがわかった。おでこがひんやりとしていて気持ちいい。頭はまだくらくらするが、このまま起きられないこともない。だが話し声がしたため、ソラは留まった。一人はマックオート、もう一人は誰だかわからないが女性の声だ。マックがリューシャちゃんリューシャちゃんと名前を連呼している。
「あなたが望むなら、この剣を。アイスファルクスを、剣の形に打ちなおしてあげる」
 リューシャの言葉はそう聞こえた。その後、何かやり取りがあり、マックに額に乗せられた氷嚢を奪われた。そして部屋に不思議な光が放たれる。
「もう俺は背負わなくていい」
 そう言ってマックオートは新しい剣をアイスファルクスのあった背中ではなく、腰に取り付けた。ソラはベッドの中でプルプルと震えた。
(突っ込みたい……!)
 「背負う」にかけられた動作と言葉の一致に、ソラは今にも飛び出したかったが、マックオートが涙を流しながら感慨に耽っていたので踏み止まった。
 マックオートに対するリューシャの反応は冷ややかだった。
(これは冗談に笑えなかった時の反応だね……)

 その後、マックオートに抱きかかえられて紅潮している間に別の部屋に連れて行かれた。交わされていた話の感じでは、リューシャはダザを連れて別の部屋に連れて行ったらしい。
(つ……ついに二人きりになってしまった……)
 ソラの心臓が高鳴る。そこにタイミングよく乗せられるひんやりとした布。体調もすっかり良くなり、頭もスッキリした。ソラが再び薄目を開けてみると、マックがチロリン棒ピーチ味を取り出してソラの横に置いていた。マックはあばらの辺りの傷がまだ癒えていないらしく、少し苦しそうにしていた。
「ピーチ味だ!」
 ソラは起き上がり、チロリン棒にかぶりついた。チョコとピーチの何とも言えない味の組み合わせが、ソラの口の中に広がる。
「完・全・ふっかあーーつ!」
 ソラはベッドの上に立ち上がり決めポーズを取った。
「ソラちゃん、もう大丈夫なのか!?」
「マックさんのおかげですっかり良くなりました。それより今はマックさんの体の方が心配です」
 ソラはマックをベッドに押し倒し、腹部に手を当てて癒しの魔法を使った。赤く暖かい光がソラの手から発せられ、マックオートの体を癒した。
「ねえ、教えてください。私、マックさんのこともっと知りたいんです」
 ソラは上目遣いでマックオートを見据え、そう言った。

====

休息を取ったので最大HPは元の値に戻します。


[554] 2012/06/20 23:26:30
【リューシャ:第三十七夜「融点」】 by やさか

どうやら目覚めたダザには、“呪われていた”間の記憶も残っているらしい。
ひとしきりそれぞれの情報を交換したところ、目下の問題はダザの義足だった。
今後どう動くにせよ、義足がなければどうにもならない。

「……精霊ギ肢装具士、リオネ?」

ふと、ダザが卓上を見つめて呟いた。
そこには、先ほどえぬえむが残していった一枚のチラシが残っている。

「……ああ、この人、この宿にいるらしいわね。今は不在みたいだけど」
「精霊、ギ肢……」

迷うように零れた言葉に、リューシャは首を傾げた。
今の彼には必要な情報だ。何を迷うことがあるのだろう。

「なんだか不安そうね。もう一度精霊技術に頼るのが怖いの?」
「……それも少しある。……ただ」
「ただ?」
「精霊義肢っていいやつになるとめちゃくちゃ高いんだよな……」

ダザの真剣な答えに、リューシャは思わず吹き出した。
口元をおさえて横を向き、くつくつと肩を揺らしてしばらく笑い続ける。

「……そんなふうに笑うこともあるのか」

そんなリューシャに、ダザは少し驚いた顔をする。
リューシャはそれに答えずしばらく笑い続け、ようやく落ち着いてからダザに向き直った。

「くっく、……いや、ごめんなさい。
 そうね、わたしは基本的に冷たい女だけど、普通に笑うことくらいあるわ。
 氷は水になれるし、水は氷に戻れる。それでなにかが変わるわけじゃないでしょ」

今は気を抜いてもよさそうだしね、とリューシャは微笑む。
ダザはなにやら曖昧な顔でリューシャを見返すと、小さく息をついた。

「……俺はお前を、もっと氷そのものみたいなやつだと思ってたよ」
「ふうん? ま、それも別に間違ってはいないわ。わたしはそれが必要なら、氷で構わないと思ってるもの」

リューシャはあっさりと笑みを引っ込める。

「まあ、とにかく。チラシを見る限り、義足の予算に関しても相談はできるんじゃない?」
「そ、そうだな」

あっという間にいつもの切って捨てるような語調に戻ったリューシャに、ダザがわずかに鼻白む。
リューシャはそれに構わず、この装具士にはできるだけ速く接触しましょう、とてきぱき話をたたんでしまった。

「で、あなたは寝なさい。義肢があればすぐ動けるくらいに回復してもらわないと困るわ」
「……リューシャは」
「怪我人からベッド取り上げようとは思わないわよ。別に気にする必要はないから」

わたし工房の床でも平気で眠れるし、ときっぱり告げて、リューシャは部屋の反対側のソファに移動する。

「あのな、男の立場ってもんが……」
「その足でここまで来られるなら場所を代わってあげるけど」

ぐっと詰まったダザにくすりと笑い、リューシャは部屋の灯を落とした。

おそらく明日以降、また走り回ることになるのだろう。
休息が必要なのは、リューシャも同じだった。


[555] 2012/06/21 00:00:10
【夢路27】 by さまんさ

「―――街が闇に包まれた?」
金の力で神霊採掘・保管の全権を手に入れた成金、ヒルデガルデ。彼は近頃足しげく第一坑道に通っていた。
マーロック・ヒルデガルデの成功の秘訣は、八割が運だが、残りの二割は、欲深さと懐の広さの絶妙なバランスであった。今は欲深さを見せる時。目の前に大きなチャンスがある人間は皆、ビジネスが成功するように最善の努力をしなければならない、というのがヒルデガルデの倫理であった。第一坑道に通うのは、私の大切なビジネスのために部下達を労うため――というのが、彼が自分に用意した建前だった。
第一坑道。
言わずもがな、「神霊」はここにある。
神霊なんぞ、世界中の全ての財宝が凝縮されてどーんと置いてあるようなもので、もとより光り物が大好きなマーロックが心を奪われるのも当然であった。
しかし心は奪われても冷静さは奪われていないので大して問題はなかった。

「なんか、そう言ってました。"上"から降りてきたやつらが」
ここはもとより地下の暗闇だ。抗夫達は今が昼なのか夜なのかすらよくわかっていないだろうに――
「確かに今は昼だな。」
マーロックは懐中時計を照らしてそう呟いた。
「おおかた、ソールが月に食われたんじゃないか?」
「ソール?」
「東の国ではそういうらしいよ。"上"に行った者たちが目を焼かれなくて結構なことだ」
だがマーロックには天文学の知識はない。

ごごーん。
地の底に何かが降りてきた。エレベーターだ。鉄骨を組んで鎖で吊しただけの簡素なものである。神霊採掘の実質の現場責任者が、丈夫でさえあればいい、と言っていたから。
たった今、エレベーターから降りてきた男がそれだ。マーロックは彼に声をかけた。
「どうだ、ウロ君。通れそうかい?」
彼は頷いた。
「大丈夫とは言い切れないが。急いだ方がいいな。大地が俺達を生き埋めにしたくてうずうずしてやがる」
マーロックはハーと息を吐いた。巨大な精霊結晶が縦穴にひっかかってトンネルの土ごとまっさかさまに落ち、なにもかもが台無しになってしまう未来を視てしまったからだ。
やっぱりこの作戦は失敗だったんじゃないか、と言いかけた言葉を飲み込んだ。
「・・・・」
「とにかく上げ始めた方がよさそうだ。もし狭い場所があればその都度削ればいい。」
「君も無茶苦茶だな、・・いや、」
マーロックは顔の汗とともに不安を拭ってカラカラと笑った。
「君に任せるよ。エレベーターには僕も乗せてくれるかい?」
ウロは、エレベーターをこれ以上重くする気か?といった表情でマーロックの腹を見た。
「…そんな目で見ないでくれ、冗談だ」
「乗りたければ乗ればいい。だがこの垂直のトンネルは、今まで見た穴で一番の快楽殺人鬼《ラストマーダー》だな」


[556] 2012/06/21 00:04:24
【カラス 21 何を今さら】 by s_sen

最後は、サルバーデルが物語を話した。
カラスは面白いと思って聞いていたが、その後ですっかり頭から消えてしまっていた。
後で何度も確認できることではあった。

「役者として、舞台へ上がってみませんか?」
彼はそう聞いたのだ。
どうやら、リリオット卿が先ほどの物語で劇を上演しようと提案しているらしい。
事件続きのリリオットの街に、文化や楽しみをもたらすという目的であるというが。
最近の爆発事件のこともあって、警備面などでカラスは少々不安に思った。
が、卿にも考えがあるのだろう。
それより、自分が役者に選ばれるなんて何という光栄…
というより恥ずかしさでいっぱいだった。
カラスは断ろうとしたが、サルバーデルは必ずと言っていた。
サムライは、主の命に背くことを許されない。

カラスの手には、真新しい台本が握られていた。
傍にはマドルチェがいて、早速芝居の稽古をしている。
彼女は真面目で、一生懸命に役になりきろうとしている。
一方、カラスは何とか理由をつけて逃げ出そうと考えていた。
このような恥ずかしい姿を衆目に晒すのは、どうしても耐えられないことだった。
この姿がなぜ恥ずかしいのか、街で話したのはただ一人だけ。
それ以上に嫌と言うほど自分の中では説明したし、後悔もした。
ああ、今さらどうしろと!どうしろと!

「ねえ、カラスさん!いっしょに練習しましょうよ。
舞台の立ち位置みたくして、私がここにいて、カラスさんはそっち」
「え、あ…あ、はい。分かりました」
マドルチェが台詞を読む。くるくると動いて止まる。
カラスの頭は上の空へと進んだ。
「…もう。ちゃんとして下さる?」
「は、はい…」
「お芝居の経験はあるのかしら?」
「い、いえ…」
「私もないけど初めて同士、共に手を取り合って…頑張りましょう!」
「は、はい…」
マドルチェは、とにかくはり切っている。
これもサムライとしての仕事の内。
でも今こうしている中で、何かとてつもない重大な事件が起きてはいやしないか。
こんな場所で、こんな事をしている場合なのか、情けないサムライよ。
ああ、何を今さら…
カラスは促されるまま震える声で、台本を読み上げた。
動きもぎこちなかったが、何とかやってみせた。

「そこは、私の台詞よ。それにそんなアクションなんてしません。しっかりして」
ああ、本当に情けない!情けない!


[559] 2012/06/21 02:02:21
【ライ:11】 by niv

 ライがあれだけ来るなと言ったにも関わらず、ペテロが来てしまった。
 髪の色に触れられたライは
「【ヘリオット】を手放した時に金に戻ったんだ、多分ヘリオットもあの魔剣を手放した時は白髪に戻ったんだろう」
とごまかし、こんなこともあろうかと(思ってなかったが)ヘリオットを出しておいたのだ……さすが我が【梟の目<<フェイルセーフ・ナイトウォッチ>>】……!と胸を撫でおろした。

 リリオットは治安は悪いが華やかだ。街を歩く人の姿にもバリエーションがある。ペテロは首を左右に振りながらついてくる。ライはとっくに忘れていたが、田舎では見られない光景だったのだ。
 少しくらいいても平気だろうし、見せてやれてよかったな、と思っているとペテロが「あっ」と声を上げて指を差した。

 油断していた。時計館だ。【最果て】と看板に書かれているので言い逃れはできない。
「時空城」
 ライは慌ててペテロを連れて行こうとした。だが、ペテロは動かない。
「兄ちゃん、行かなくていいの」
「お前を危険な目に合わせるわけには行かない」
「平気だよ。俺もヘレン教と戦う!」
 ちょうどそばをヘレン教の女が通りかかってライたちを見ていく。これ以上騒がれたくないし、ヒーローが断るのは一度までという掟もある。
「……わかった。お前は今日から【英雄にして剣<<ヒーローソード>>】の弟分、【致命的な小枝<<ミストルティン>>】だ。<エクスカリバー>は隠密組織だ、ヘレン教と戦うとか大声で言うんじゃないぞ」
 はしゃいでジャンプしながらついてくるペテロの手を引いてライは階段を上った。

 時計館は何度来ても飽きない。一つとして同じ時計はなく、精巧な細工物やラインの美しさで虜にするもの、一見時計と見えない時間の表示方式のまったく違うもの……見入っている間に後ろから大きな声がした。
「時間伯爵だ!」
 なぜ考えなかったのだろう。入ればいるに決まっているのだ。
 仮面の男を指差してペテロはライに期待の目を向ける。

 常識人としての振る舞いは分かっている。だが、常識人の振る舞いはしばしばヒーローのそれとは隔たっている。ライにとってペテロの前でカッコよくあることは常識以上に大事なことだったのだ。
「……弟には手を出さないでもらおう」
 ライはペテロと仮面男の間に割って入った。周りの客の目が集まる。
(恥ずかしい)(この後どうすりゃいいいんだろう)(時よ早く過ぎてくれ)(『時』の進みを遅くして……俺をいたぶっているのか、伯爵……)
 ライが困っている間、その巨体の紳士はほんの少し仮面の奥で何かを考えるそぶりをしていたが、手を大きく広げて
「いいでしょう、我々にはもっと相応しい舞台があるはずですからね」
と言って去っていった。
 その姿、立ち居振る舞いはペテロの想像していた闇の支配者、時間伯爵そのものだった。ペテロの目が輝いた。兄ちゃんすっげーという目だ。
 ライも想像の世界のシーンを一瞬演じられたことで興奮していた。
 なぜ男が都合よく、悪役とヒーローがどちらも負けずに終われるパターンを演出してきてくれたのかはライにはわからない。わからないながらも、「さすがは【時間伯爵】……敵ながら天晴れだ(敵じゃないが……)……さすが我が最大の宿敵よ(敵じゃないが……)……」と、仮面の男にかなりの好印象を持っていた。

 しばらくして館を出ようとすると、着物の女が入れ違いに入ってきた。ペテロがシラガ、と言いかけたのをとどめて、
「時間伯爵の館で隠密活動中だ、正体をバラすんじゃない」
と小声で言い聞かせて外に出た。

 よりによってそこで今度は青髪の占い師が来た。
「お兄ちゃん、あれ【物乞い】!?」
 ライは先ほど演じた英雄的な一幕をまだ反芻していたのを中断し、全力でペテロを引っ張り寄せた。
 (あまりにも失礼だ)(【謎の美人】とかにしときゃよかった)(聞こえたかな)(こいつ【物乞い】が一番好きなんだよな)(【梟の目<<フェイルセーフ・ナイトウォッチ>>】は片目が利かぬ……)
「【物乞い】との情報のやりとりは教えたな? 正体は絶対に秘密なんだ、目を合わせるんじゃないぞ」
 目を輝かせたままのペテロは兵隊のような動作で体を真横に向け、壁に向かって直立した。
 <エクスカリバー>としての使命を果たすために最初は壁だけを見つめていたが、すぐに好奇心が勝って横目で【物乞い】の方を見始めた。通り過ぎる時は我慢しきれず、体は壁を向いたまま体を捻って顔を覗き込んでいた。
 物乞いは特に何も言わずに通り過ぎてくれた。


[560] 2012/06/21 02:15:07
【ヴィジャ:09 時計】 by やべえ

 月が沈み始めた頃、古びた屋敷へ到着した。
 正面の大きな装飾扉は固く閉ざされていたので、ヴィジャとカガリヤは裏口へ回り込んだ。
 階段を上り、小さな扉を潜り、廊下を渡る。
 どこからか、規則正しい針の音が聞こえてくる。

 *

 カガリヤは絵画の前で踵を素早く三度鳴らし、軽く咳払いをした。
 壁が割れ、奥から帽子を被った少年が出迎えた。
「どうぞ、お入り下さい」
 案内されるままに梯子を上ると、そこには丸テーブルを囲んでカードを嗜む四人の男がいた。
 そのうちの一人がこちらに気づくと、読みかけの本を閉じて席を立ち――顔が時計で覆われた男だ――二人に向けて両手を広げる。
「ようこそ、おいで下さいました。おや、お二方とも当館は初めてですね。なに、遊び道具は色々あります。今宵は心行くまで──」
「いえ、寛ぎにきたわけではないわ」
 時計の男の声を遮ると、カガリヤは懐から指輪を取り出してみせた。
「これを」
「おや、おや、その指輪が如何かしましたかね。歯車の模様と、……何やら文字が彫られているようですが」
「あなたなら読めるはずよ。何が書いてあるのか、この子に教えてあげて」
「お願いします」
 ヴィジャはぺこりと頭を下げた。
「なるほど。まぁ、立ち話もなんですからね。お二人とも、宜しければこちらの席に、どうぞ腰をお掛け下さい」
 飲み物を用意致しましょう、と言って、時計の男はカウンターの奥へ消えた。
 カウンターの前にカガリヤと並んで座る。宿で過ごした時のような安心感がヴィジャを包んだ。
 男たちの談笑や、カードをパチパチ弾く音が屋根裏に響く。
「頃合いを見て自己紹介など、そう思ったんですけどね。そんな事は、どうも不要らしいです。カガリヤさん、それにヴィジャさん……。…………」
 針の音はいつの間にか聞こえなくなっていた。

 *

 文字盤の紳士がグラスを片手に語りかける。
「どうも、お疲れのようですね」
 金属の少年はカウンターに突っ伏して眠っていた。
 観測者は一瞥すると、無言で席を立つ。
「親が子を放って帰路へ向かうとは、感心しませんな」
「彼が"底"から出て最初に頼ったのが私だった……それだけよ。親でも無ければ縁も無いわ」
「ですが、彼はあなたによく懐いている」
 服の裾が少年に掴まれていた。
「…………」
「もちろん、約束を果たす用意はあります。しかしですね、カガリヤさん、私は貴方にも用があるのですよ」
「何も見えていないような顔をして、私のことは知っているのね」
「有能な教師であると、そう、お聞きしています。人より多くを識り、人より多くを説く。そのために日夜書を読み、耳を傾け、考え、刻む。全くそれは、素晴らしい衣装だ」
「ありがとう。あなたの帽子もとても素敵よ。滑稽で」
「本当に褒めているのですよ。──しかし、貴方のような名優では、それも役不足というものでしょう」

「見てみたいとは思いませんか、連綿と続くこの街の、艶やかに花開き、最後に辿りつく場所を」


[562] 2012/06/21 10:04:50
【観測者004:4:街を飛び交う広告について】 by THEKI


昔は優雅を誇ったリリオット家が、今やただのチラシ配り。
時計の針の動きは無情であり、
時計盤の奥の表情はどこか楽しげであり。

==============================

アーネチカ

 日時 :  6 / 22
 開場 : 17 : 30
 開演 : 18 : 00

 場所 : 相掛け岩と精霊の広場
 入場 : 無料 / 全席自由

  人と異形の間に生まれたアーネチカ。
  彼女を討つ為に三人の騎士が山へ向かった。
  降り出した雨に仲間と逸れた一人の騎士はアーネチカに出会い、
  彼女の生き様に心奪われ使命を捨てた。
  そして再び、騎士は彼女の元へ訪れた。
  未だ誰も見ぬ衣装を携えて。

 脚色・演出 : サルバーデル

==============================

今日もどこかの館の時計達が、厳かに十二時の鐘を鳴らす。
私の瞳には、その音色ですら映るだろう。


[563] 2012/06/21 14:02:55
【【アスカ 33 握った手と、放した手】】 by drau


奥の扉から一匹、また一匹と獣が入室する。異形の其れは、まさに魔物と呼ぶべきものだった。
足が動かぬので逃げることは出来そうにない。
グラタンが笑う。
「これはこれは!ここ最近、うちの者を貪ってくださったのもこの獣達なのですか?」
「ッヒヒヒ!!さあねぇ?知ったところでもう遅いだろうさ。既に、血と死は及第点まで集まっている」
「何をなさろうとしているんです、オーフェリンデ様。争いをけしかけようなどと」
腰にぶら下がった剣が炎を纏うが、手は動かない。
「相手がグラウフラルじゃなくても、大きな争いの波は幾度と目前に迫ってきておる。それも、練り上げられ、より大きく、より激しくなった血の渦が!。
いったいどんな波がこの街を飲み込むのかは、あたしにももはや解らんよ!ヒヒヒ!この子達を使ってやろうかねぇ。肉に飢えに飢えたこの子達を、場繋ぎにさ!」
「世迷言を。狂ったのですかな!オーフェリンデ様は!」
「あたしが一番最後に笑ってやろうと、そうしているだけさね!この街でね!既に、エフェクトの手も、獣達も、あちこちで解き放たれているのさ!」

騎士と魔女が言葉をぶつけ合っていた。その諍いをアスカは中空で掴む。

「そうなんだ、すごいね」

両腕に籠める力。骨の砕ける音が老婆の悲鳴と協演した。
「ペルシャのお婆様、もう一押しでボクは貴方の背骨と胸骨を砕けます。体が動きませんが其れぐらいはまだ出来ます、だよー」
既にもう、老婆の肩の骨はひしゃげている。
「このままだと一緒に贄になるだけ。獣を止めて、縛りを解いて降伏して?ボクも貴方を解放します、だよー」
顔を歪ませながら思案した老婆が、答えを返す。「ヒギギ……い、いいだろう、1、2の3で術を解いてやるよ…」
「1、2の、3、だよー」上半身の硬直が解けた。手を放して後ろに伸ばす。老婆がよろめきながら、距離を置く。
「ギッヒ、ヒヒヒ、やっちまいなぁ!!」
指示に、獣達が唸りを上げた。アスカ達の足は依然動かない。解けたのは上半身だけだ。半端に解けた術式が中途再開し、数十秒後に今度は全身が再封印されるだろう。
老婆は舌を出してよろよろと部屋を出て行った。

「どうするんだい、アスカ君」炎熱の剣が獣を威嚇する。
「くすくす」
強く握って食い込んだ爪。振りかざした拳から、血が滴っている。薄くて、匂いの濃い血が獣を誘う。
「おいでー」
炎に怯えた獣が、涎を垂らしながら飛び掛る。その顔を空を切って振り下ろした拳が、寸でのところで机に叩き付けた。
「いいこ、いいこ」
頭蓋と眼球を破砕するその手が、石造りの机を二つに叩き割り、咀嚼するような耳障りな音と、砕けた石と獣の脳髄と赤黒い肉片が螺旋を描いて溶け合い、床へと熱く注がれた。香りが強

い。打ち砕く音は室内や扉の外まで響き、床に咲き乱れる亀裂の花。そこに染み込んだ淹れ立ての茶が、整えられた魔方陣を上から悪戯書きの様に書き換えて濁し、効力を損なった。
ごりごりと、擦る音を奏で終え、歩みだす。
「さぁ、追いかけましょう、だよー♪」

満面の笑顔。隠し切れない愛情。

「ママが、ボクを待ってる!」

飢えた獣は、確かに解き放たれた。


[564] 2012/06/21 18:49:57
【ダザ・クーリクス:35 新しい義足を求め】 by taka

朝、目を覚ましたダザは早速、精霊ギ肢装具士を訪ねることにした。

「肩、貸してあげましょうか?」
「い、いらん!」
デッキブラシを杖代わりに歩くダザを心配してか、リューシャが声をかける。
ダザの反応が予想通りだったのか、クスリと笑う。
からかわれているのか?

「…なんで、付いてくるんだ?」
「別に、精霊義肢っていうのに興味があるだけよ。」
装具士への依頼に付いてくる理由を問うと、リューシャは素っ気無く答える。
そういえば、精霊技術に興味があるんだっけな。

「マックたちは起きてるかな?」
「まだ寝てるかも知れないし、ほっときましょう。」
装具士を訪ねる途中、マックとソラの様子を見に行こうとすると、リューシャに止められる。
まだ礼と謝罪を言えてないが、確かに起こしてしまったら悪いか。

仕方なく、ダザは先に精霊ギ肢装具士の部屋を訪ねることにした。

装具士の部屋の扉を叩くと、中から金髪で黒のウィッグをつけた少女が出てきた。
少女はダザの足を見ると

「ええと、ギ肢製作の依頼、でよろしいでしょうか?」

と聞いてきた。恐らく精霊ギ肢装具士の子供か弟子なんだろう。

「ああ、早朝から申し訳ない。精霊ギ肢装具士のリオネって方はいますかね?」
「私が精霊ギ肢装具士のリオネよ。」
ダザは予想以上に若い精霊ギ肢装具士に驚いたが、きっとウォレスのような不老不死か
または、えぬえむのように変な師匠に鍛えられたんだろうと勝手に納得した。

「失礼。使用していた義足が壊れてしまって、新しい義足が欲しいんだけど、
 成るべく安くて早く装着出来る義足ってあります?」
「安くて早く装着できるギ足ね。分かったわ。とりあえず上がってもらえるかしら?えーと、あなたは?」
リオネはリューシャの方を見て聞いてきた。
「ただの付き添いよ。見学は可能かしら?」
リオネは少し胡散臭いような目でリューシャを見たが、とりあえず見学を許可した。


[566] 2012/06/21 20:54:29
【マックオート・グラキエス 41 ひととき】 by オトカム

「ピーチ味だ!」
突然、ソラが飛び上がり、チロリン棒をかじりはじめた。チロリン棒はみるみるうちに姿を消していく。
「完・全・ふっかあーーつ!」
ソラはそのままベッドの上に立がり、決めポーズを取った。
「ソラちゃん、もう大丈夫なのか!?」
「マックさんのおかげですっかり良くなりました。それより今はマックさんの体の方が心配です」
いきなり回復したソラに驚く暇もなくマックオートはベッドに押し倒され、回復魔法によって癒された。
「ねえ、教えてください。私、マックさんのこともっと知りたいんです」
目の前にいるソラ。自分の上にのっかるソラ。胸のドキドキが止まらないマックオートは顔から湯気を吹いて気を失ってしまった。
「マックさん?マックさん!・・・」

***

マックオートが目を覚ますと、ソラが覗き込んでいることがわかった。
見えているソラの顔は90度ほど回転しており、後頭部にはベッドではない感触がある。
ズッキュゥゥゥゥーーーン!
マックオートの心のなかで、凄まじい兵器のような爆音がした。
「ひざまく・・・・!?いて!」
「きゃ!」
思わず起き上がったマックオートはソラと額をぶつけてしまう。膝枕だった。
「キングスインディアンアタック・・・ジオッコピアノ・・・クイーンサイドキャスリング・・・」
「?」
マックオートはチェス用語を意味不明につぶやいた。

***

「それで、そのゴーレムがなんで暴れていたかっていうと、ゴツゴツした体を丸めたかったらしいんだ。
 だから、寝ている時にアイスファルクスで角を落として、無事解決。」
襲いかかるように迫ってくるソラが落ち着いた頃、マックオートは今までの旅の話をした。ソラは目を輝かせて聞いている。
「アイスファルクスは頑丈だった。刃こぼれしたことは一度もなかった。」
そういえば、あの時話そうとしていた昔話はしていない。とマックオートは改めて剣の話をした。
「・・・それで、今はこの剣。
 なんだか恥ずかしいなぁ。俺は両親だけでずっと悩んでいたのに、ソラちゃんはもっと苦しい事にあって、
 それでもこんなに輝いているんだ。」
ステンドグラスの前のソラを思い出し、マックオートは恥ずかしそうに頭をかいた。
「・・・・む・・・むぷぷ・・・・」
しかしソラは必死に笑いをこらえて震えていた。
その理由を聞いてみると、アイスファルクスが光の剣になった一部始終を見ていて、”背負わなくていい”が
ツボになっていたそうだ。

部屋にあったベッドはひとつだけだった。
マックオートはソラから二人でベッドを使わないかと提案されたが、あまりにも照れたために床で寝かせてくれと頼んだ。
ベッドの中で耳の羽をパタパタさせるソラを確認して、灯りを消した。


[567] 2012/06/21 20:59:00
【オシロ32『暗闇の回廊』】 by 獣男

「皆さん、落ち着いて下さい!
外出は控え、できる限り、屋内で待機して下さい!
エフェクティヴによる大規模な武力蜂起が懸念されています!
現在、公騎士団が全力で原因究明に取り組んでいます!
皆さん、落ち着いて下さい!」

そんな注意喚起をして公騎士団達が走り回っている中を、
オシロもまた闇の塊となった体で、がむしゃらに走っていた。
背後の空を見上げると、教会にあったはずの闇の塊が、少し北に移動している。
それはレディオコーストで『神霊』がエフェクティヴによって奪取される頃、
ちょうど、その場に達するはずだった。

「待て、そこの黒い奴!何者だ!」
すれ違った公騎士に腕をつかまれる。が、その腕は闇となってすり抜けた。
その『闇』のほんの一部を操作し、公騎士の両目に貼り付ける。
すぐさま公騎士は悲鳴を上げ、自分の顔面を押さえて足を止めた。
「待て、オシロ!」
前方からかけられた声にぎくりとする。
「神霊を放り出してどこへ行く?仲間達を裏切る気か?」
それはありし日の父だった。隣に母親も立っている。
「途中で投げ出さないで!最後までやり遂げて!」
かまわず二人に体当たりすると、そのまま手応えなく、二人は闇へと還った。
間を置かず、さらに前方に一人の老人が現れる。
「私は信じていた。お前なら立派に私の後を継いでくれると。
憎い公騎士達を殺せ!犠牲を恐れるな!私達の犠牲を無駄にしないでくれ!」
「だまれー!」
向かってくるベトスコを振り払うと、
その後ろから今度はレストが姿を現した。
「確かにあなたに精霊を渡し続けたのは、単なる僕のエゴだったよ!
父さん達の起こした爆発の犠牲者と重ねて、あなたの為に何かすることで、
罪滅ぼしをしてる気になってた!でもそんなのは全部まやかしだ!
その為に磨いた精製技術で、僕はまた父さん達と同じ事をしたんだ!
たくさん死んだ!こんなこと正しいはずがない!セブンハウスと同じだ!」
叫びながら両手を叩きつけようとすると、
レストはその場から素早く身をかわし、オシロはそのまま転倒した。
衝撃が内臓を叩き、咳き込むオシロの上から、レストがランプの光を当てる。
「ええっと、もしかしてこの黒い塊は・・・、オシロさんだったりするのでしょうか?」


[568] 2012/06/21 21:09:48
【カラス 22 許されない】 by s_sen

「町には、劇場がありました。
幼い頃に誘われて一度行ったきりですが、
人間と神々のどたばたする話はとても面白かったです。
劇場はとてもきれいでした。
ですが、やがて戦争が始まり、
劇場はそのまま戦士たちの見世物である闘技場になりました。
それから敗戦の色が濃くなるにつれ、兵士の訓練の場…
そして埋葬の場となりました。
私は北の地にて戦乙女を探す旅から戻ってきた後、
兵士の埋葬に立ち会いました。
…あのきらびやかな劇場が、あのような場所になってしまって…」

広告チラシの見本が手渡された。
カラスは開催告知について、サルバーデルに質問した。
「広告は、私の仲間達の方で行うのでご心配なさらずに。演技の練習に集中なさると良いでしょう。
そして…演じる事にばかり意識を向けず、物語そのものをお楽しみになっては如何でしょうか」
「はい、ありがとうございます…」
台本は少ししか読んでいない。対するマドルチェは、全て覚えてしまったとか。
カラスは主人の気遣いに対し、面目がなくなってしまった。

カラスはふと思いつき、背格好の近い仕事仲間と入れ替わり、芝居の広告をしに出た。
カラスは見覚えのある場所に、次々と広告チラシを貼りつけた。
サルバーデルと出会った酒場。
立ち寄った雑貨屋。
暇潰しの世話になった図書館。
そして、リューシャの連絡先となっている宿へ。
これで、もう逃げることは許されない。

「ああ、あの。こんにちは。今度、開催される劇が、あるのです」
「ふーん」フロントには中年の女性が座っていた。
「あの、それでリューシャさんという方はこちらに…」
「いるね」
「この劇なんですけど、予定が開いたらでいいですから、見に来てくれるように…」
「あいよ。でも、あの子最近忙しいみたいだからね。
…それに、席の方はどうなってるのかね。二人分とか座れるのかな?
今朝は男の子といっしょに部屋を出るのを見たよ。仲良しなのかね、同じ部屋だよ」
「えっ…」
「おっと、ごめんごめん。今のはお子ちゃまには少々刺激が強すぎた」
「…」
カラスは黙り、やがて震える声でしゃべった。
「お、お、お友だちが、な、何人いらっしゃっても大丈夫です。ですから、
ぜ、是非リューシャさんには見に来てもらいたいなと…では!」
カラスは逃げるようにして、宿を出た。

それからというもののチラシは二度と配ろうとせず、
カラスは空いた時間で、ひたすら演技の稽古に入った。
今はこの物語と共に歩み、影のようについて行き、支えるのが使命。
もう逃げることは許されない。


[570] 2012/06/21 22:16:21
【夢路28】 by さまんさ

(時間は夢路26よりもかなり後)


偉大で巨大な神霊様は格子状に組まれた鉄骨に拘禁および剥き出しのごんぶとワイヤーに吊されている。保健所の野犬さながらだ。白煙色の結晶体の内部は怒りで震えているように感じられる。
「自分の末路に足掻くなよ、みっともないぜ」
だが、まだチェックメイトではない。
ここからは、山か、人間様か、悪運の強い方が勝つだろう―――ウロは悪運には自信があった。垂直トンネルの長さは、数百メートル。

ガララララ

エレベーターを地底に固定していたワイヤーが解かれた

「マーロック、お前も乗るんじゃなかったか?」
雇い主様に声をかける。
「ああ…僕は乗る。だが君は乗るなよ、ウロ君」
「なに?」
それはない、と思った。
この場所に、俺以外に、この穴の殺意を感じ取れる人間がいるならまったく構わない。しかし、
「僕が責任者だ、エレベーターに乗る人間は僕が決める。――ええと、」
「はい。コウルス、オツリック、ヘイジ、それからテイゴン」
マーロックの後ろで削掘員の名前を読み上げたのは、聞き覚えのない声の女だった
「――だそうだ。」と、マーロック。
「お前誰だ?」
俺は思わず女に詰め寄った。

女はスーツ姿、青い髪を後頭部でまとめ上げていた。
「あ、どうも、私、マーロック・ヒルデガルデ様の秘書のレバニラ・イタメでーす」
そう言って謎の書類片手に赤いメガネをくいっとさせた。

汗臭く、土臭く、鉄臭い精霊ガスの充満する坑道で、彼女は異様な存在に思えた。
「さささ、マーロック様。早く神霊をセブンハウスに届けて、こんな暑っ苦しい場所からはおさらばいたしましょ!」
「ああ、もちろんだよ」
「マーロック様にとって一番に大事なのは、早く家に帰って冷たーいアイスクリームを食べることだもの。ねっ!」
「ああ、そうだとも」
「マーロック!」
ウロは声を荒げた。
しかしマーロックは再度、「僕が責任者だ、ウロ君」と言い放ち、名前を呼んだ削掘員及び怪しい秘書とともにエレベーターに乗り込んだ。

「・・・なんなんだ!」

ウロに雇い主に逆らう趣味はない。だが命の危険を感じた場合は別だ。この狂った穴を自分以外の手に委ねることは、ここにいる人間全員の死に直結してる。

エレベーターは上昇を開始した。
ウロは急いでアナ・ライザーをひっつかむと、エレベーター――というかただの鉄骨の塊――の尻に飛び乗った。

ギッ
ギギギギギ…!

ごんぶとワイヤーの軋む音がトンネルに響く。慎重とは言えないスピードで上昇がはじまった。

赤メガネの女が鉄骨の上段からウロを見下ろす。
「あなた死にたいのー?」
「それは俺が言いたい。」


[571] 2012/06/21 22:55:18
【リューシャ:第三十八夜「旅の終わりは近く」】 by やさか

翌朝、リューシャはダザと共にリオネの部屋を訪れた。
リオネの部屋は、宿の一室でありながらも、馴染み深い作業場の気配がする。
その独特の気配に、自分の工房……ついでに、そこでふつふつと怒りを燃やして待っているヴェーラの顔が脳裏をよぎった。

「……そろそろ帰らないとまずい気がするのよねえ……」

精霊の技術は確かに面白い。オシロを見ても、リオネを見てもそうだ。
しかし一方で、リリオットで得たそれら知識の断片は、リューシャにとってそれほど必要とも思えなかった。
オシロのような技術者を見てしまった以上、それである程度興味は満足した、と言い換えてもいい。
ましてここ数日のリリオットは、不要な技術のために留まり続けるには不向きな状態だ。

ダザとリオネの会話を聞きながら、リューシャは別のことを考えている。

この街でやり残したこと。やりたいこと。
……何人かの顔がよぎって消えた。リューシャはそれに、淡々と優先順位をつける。
そしてダザに声をかけた。

「……ダザ。あなたの義足はなんとかなりそうだし、わたしは先に出るわ」

不意に言い出したリューシャに、ダザとリオネが振り返る。

「義肢に興味があるんじゃなかったのか?」
「興味はあるわよ。でも、今の状況でここに二人いてもしょうがないでしょ」

えぬえむとソフィアも戻ってないみたいだし、とリューシャは肩をすくめた。

「何かあれば後で伝えるわ。後の二人は……まあ、わたしは親しくないし、あなたに任せるから」

リューシャはそう言って二人のいる部屋をダザに教え、あっという間にリオネの部屋を出ていった。
質問を差し挟む間もなく去ったリューシャに、残された二人は顔を見合わせる。

「……変わった人ね。どういう知り合いなの?」
「……俺にもよくわからん」

もちろんそんな会話も、リューシャには届かない。
規則正しい足取りでそのまま宿を出ようとするリューシャを止めたのは、ダザやリオネではなく、フロントから掛けられた声だった。

「貴方に渡してくれって、さっき白髪頭の女の子が置いてったよ。見に来てほしいんだってさ」

手渡されたチラシ。劇のお誘い。
そこにはサルバーデルの名前もある。

「なら、置いていったのはカラスさん、ね。……出演するのかしら」

リューシャは厳しい目元をほんの少し緩ませて、ふふ、と笑った。
カラスが舞台の上を歩く姿は、是非見てみたいものだ。きっと微笑ましいに違いない。
丁寧にチラシを折りたたみ、ポケットにしまうと、フロントの女性に礼を言う。

「その子がもしもう一度来たら、是非お伺いしますと伝えておいて」
「あいよ。今日も出かけるのかい?……外は昨日からエフェクティヴがどうとかで騒がしいから、気をつけて」
「……そう。ありがとう」

リューシャは頷いて、今度こそ宿を後にした。


[573] 2012/06/21 23:15:11
【     :34 蠢く敵意と常闇のヒト】 by ルート

闇の内部では既に動揺が広がっていた。
怪現象に慌て、何事かと口々に噂しあう人々。ヘレンは彼らの一部に、異質で尖った感情を察知する。
怒りや憎しみ、そして闘争本能。ヘレンにとって馴染み深く、好ましい感情の群れ。
気がつくとヘレンとえぬえむは、強い敵意を向けてくる一団に囲まれていた。

「何なんだよこの状況……」
「わけわかんねぇよ……」
「死ねよ……」

見るからに正気ではない。体内の精霊に澱みも感じられる。
どうやら精神操作を受けている。特定の感情の誘発。

「何、この人達…」
「だざ と おなじような もの。せいれい に たたかわされてる」

悠長に解説する間もなく、彼らが襲い掛かってくる。動きは素人だが、殺意は本物。敵だ。
即座にへレンは前に飛び出し、注意を惹きつけながらマントで攻撃をいなす。その隙をついて、えぬえむが彼らの意識を刈り取っていく。
大した時間もかからずに、敵全員の無力化は完了した。

「てかげん した?」
「そりゃあね。むしろあなたが殺さないか心配だったけど」
「むやみ に ひと を きずつける しゅみ は ないから」
「………」

胡乱気な視線を背中に感じつつ、倒れた敵から適当な一人を引っ張り起こし、観察する。やはり、ダザの義足の精霊のような、悪意ある精霊の気配。
ふむ、とヘレンは少し考えてから、おもむろに気絶している相手と唇を重ねた。

「んっ…ふ、ちゅっ……」

舌で口内を擦りあげ、少しの間そうしてから、ぽい、と相手を放りだす。混ざり合った唾液を吐き出すと、黒いものが混じっていた。
目論みが上手くいったのを確認して、残った相手にも同じようにしていく。

「な、何してるの?」
「かれら の せいれい を すいとってる」

彼らの意識が戻ってまた暴れられたのでは、勝った気がしない。戦いには決着が不可欠だ。
"ソフィア"の身体に特殊能力はないし、道具もない今は粘膜接触か体液から直接精霊を吸い取るくらいしか手が無い。

「だったら、ちょっと傷を付けて血を吸う、とかじゃ駄目なの?」
「むやみ に ひと を きずつける しゅみ は ないから」
「………」

視線が寒い。何かおかしな事を言っただろうかと、ヘレンは首をかしげた。



後処理を済ませる内に、強い闇の気配は北へと離れていってしまっていた。方角から察するに、目的地はレディオコースト。
道中でまた同じような連中を見かけたが、寄り道は"最小限"にしたほうがいい。
……そう思ってはいても、見逃せない気配が一つ。街を駆け回る小さな闇。闇本体へ向かう前に、まずはソレを見極める。

「……みつけた」

道端にうずくまる小さな人型の闇を視界に捉える。その傍には、緑色の髪の女性。
駆け寄ってみれば、彼らもこちらを見る。残念ながら敵意は感じられない。少なくとも今は。
口はきけるだろうか。少し疑問に思いながらも、ヘレンは闇の塊に問いかけた。

「とこやみの せいれいおう。めざめさせた のは あなた?」


[574] 2012/06/21 23:55:16
【リオネ:25 "足跡の岐路"】 by クウシキ

よく見てみれば、女性の方は、前にこの宿の食堂でちらりと見かけたことのある人だった。
初めて彼女を見た時は、剣を向けて倒れた男を睨みつけている氷のような目が印象的だったが、
今の彼女は雰囲気が少し違うように思う。

男性の方は……彼女の恋人か何かだろうか? 仕事にはあんまり関係ないけど。

「今まで使っていたギ足が壊れてしまったのね。
 そのギ足って、今ありますか? 重さとか大きさとか付け心地とか色々参考にしたいのだけど」
「……」どうするべきか、と小さく呟く声が聞こえた。
「わたしが持ってくるわ」
「……分かった、頼む。すみません。少し待っていて下さい」
金髪の女性が部屋を去っていった。
何か事情があるのかもしれないが、そういうことにはあまり突っ込まないことにしている。

「そういえば、名前を聞いていなかったわね。貴方の名前は?」
「俺はダザ・クーリクス。ダザって呼んでくれ」
「分かったわ。
 それで、ダザさん。
 『安くて早く』とは言ったけど、機能的には何か欲しいものはある?
 とりあえず歩ける、走れる、くらいでいいのかしら」
「ああ、それでいい」
「予算はどれくらい?」
「それはその、できるだけ安く」
「うーん、安いと言ってもいろいろあるのよ?」
「とは言っても……」
ダザが押し黙ってしまったその時、女性が義足を抱えて戻ってきた。

「ありがとう。ちょっと渡して……結構良いギ足じゃないの、これ?」
何故か真っ二つに折れている点を除けば。
「精霊駆動型。
 精霊をエネルギー源として様々な挙動を可能にしているみたいね。
 高速駆動による瞬速移動。加熱駆動による熱源展開。
 それに、これは……精霊エネルギー還元による装着者の自動回復機能かしら?」

……いや、それだけじゃない。
詳しく調べなければ分からないが、
おそらくこれは、装着者を単に回復する為に精霊エネルギーを還元しているというよりも、
むしろ精霊そのものを装着者の身体に流しこむような作りをしているような……

「こんなギ足、一体、何処で……」
「ああ、それは……ヘレン教の特殊施療院で……」
また特殊施療院か。
レストの左手も相当なものだったが、このギ足も大概なものだ。

「いいわ。このギ足、もう要らない? これをくれるなら、それなりに良いギ足を作ってあげられるわ。」
「? もう壊れてるけど、そんなんでいいのか?」
「ええ。対価としては充分すぎる程よ」

======
金髪の女性が宿を出ていった後も、ギ肢を作るための質疑と身体計測は続く。

「多分、ギ足自体は数時間もあれば出来るわ。
 本来なら、微調整のために一、二週間は掛けるのだけど……
 そんな暇は無いのよね? まあ出来るだけ頑張ってみるわ」
「それは本当か?」
「ええ、本当よ。だけど、その前に……」
「何だ? 俺に出来ることならなんでも言ってくれ」
「……お腹が空いたわ。そういえば私、昨日から何も食べていないのよ。
 ちょっと大変かもしれないけど、食堂に行って何か包んでもらってきてくれない?
 貴方も、良かったら朝食にしましょう。お代は私が出すわ」


[575] 2012/06/21 23:59:09
【【こもれ火すみれ 第7話 「ひどいことしないで!リリオットは今日も晴れ」】】 by トサツ

――少々時間を遡る

店を出る際、店員が顔面に塩をぶつけてきた。
塩が大量に目に入ったために、私は声もなく号泣してしまったが、店員が申し訳なさそうな声で謝っているので、これ以上泣くことは許されないのだろう。これも最近制定された「新たな条例」のひとつようだ。

聞いたことはあった。”白痴事”シヴィライア・リリオット。
生まれ持ったその類まれなる頭脳は、歴史学、地学、経済学、算学、科学、法学あらゆる分野に精通し、若くしてリリオットの街のかつての名門であったリリオット家を再興するであろう超才女として期待されていたが、この街の政治の中枢に座したとたん生来の悪癖を発露し、民を無用に苦しめるようになった。

「貴族はメインストリートの右側を逆走して良い」。この法律を制定したのも彼女だ。そもそも、一方通行でもない道をわざわざ逆走することにメリットなど無い。近道になるでもなく、特別空いた道であるわけでもない。ただお互いに通せんぼし合ってしまうだけだ。事実、この法が制定されたあとに進行方向を逆走した貴族は一人しか存在しない。誰あろう、彼女自身だ。彼女は一日一回大きな声で「ドスコイドスコイ」と吠えながら、町人につっぱりをかまし、進路妨害をする。日課だ。明らかな嫌がらせだが、法に逆らうことのできない町人たちは彼女のつっぱりの洗礼を受ける。来た道を300m以上は押し戻されてしまうが、彼女が飽きるのをただただ待つしかない。
「立法する無法者」の異名を持つ彼女が罷免されないのは、ひとえにその才能のなせる技だ。彼女はその不世出の才能をすべて自分の不始末のフォローに注いでいる。その働きは大変めざましく、日頃の彼女の非道と天秤にかけたとしても、わずかに善政が優っているのでは?といわれほどである。
彼女の嗜好がもう少しだけまともであれば、リリオット家も再興を遂げており、現在のような地位に甘んじていなかったのではないだろうか。実際は、彼女の評判が世間に聞こえるたびに、リリオットにおけるリリオット家の影響力は弱体化していったようだ。現実は非常である。

私が特別室で一時間たっぷり拷問を受けた直後に現れたマゼンタさんは、わたしの身体をジロジロと眺めて、剣山がまったく刺さってないことを確認すると、がっかりした顔でわたしにローキックを食らわせてきた。グウアアッなにするんですか! 1時間ほど片足立ちしていたために足が限界だったものの、流石にここまで我慢したのだ。倒れ込んで剣山に刺さるわけにはいかない。わたしが根性で乗り切るのを見ると、マゼンタさんは深く頷いた。

今の頷きは一体――。彼女は今のローキックになんの意味を込めたのか?
わたしはじっと彼女の目を見つめ二の句を期待したが、マゼンタさんは窓辺に寄り添って、おもむろに天気の話をし始めた。雹 が振ると、ヒョウッという気分になるらしい。死んでほしいと思ってしまった。いけない。わたしはできるだけ人を愛したい。

「それはそうと、あなた、今日は散々だったみたいね〜」
ギクッ。もしかして見てたのか。
「あなたはまだま〜だ戦士としての実力が足りないみたいだけど、強くなりたいって気概が全然ないのが問題ね」
そりゃそうです。わたしは町娘なのだから。
「じゃあ、ご褒美をあげたらやる気が出るかしら?」
「ご褒美?」
「今日のブラシくんをやっつけられたら、お兄さんの手がかりをひとつ教えてあげるわ〜」
この場合、わたしに選択肢はない。私は店をすぐ飛び出していた。


[576] 2012/06/22 00:30:59
【サルバーデル:No.14 御伽話】 by eika

 沈みかけの陽は空を焦がし、街並みを紅の色に塗り潰していた。一度は訪れた場所でさえ、また別の時にその姿は大いに異なっている。時に、残酷を思わせる程にも。
 君は、本当は気付いているのだろう。思い出さないふりをする事すらも偽り、なのではないかね。
 建物から出てくる少年の姿を見つけた。凛々しい顔つきをして、白いローブを纏っている──尤も、建物の影から踏み出すと共にその色も姿を変えてしまった。私は彼の傍へと近付くと、彼が此方に気付くのを見て、それから語りかけた。
「美少年の君よ、その力に魅せられてしまっては、時のきまぐれな砂時計も、いのちを刈る鎌も無力になる」
 少年の表情をも夕日は焦がす。
「お迎えにあがりました。不死の王、ウォレス・ザ・ウィルレス様」

 揺るぐ音を響かせながらも馬車は進む。
 こうして自動で動く乗り物に乗っていると、その窓はさながら額縁となりて、飾られた絵は、まるでリリオットの街並みの行進を描いているかのように思えた。──その行進の、なんと奇妙な事だろうか! その行進と言えば、端では無く真ん中だけを空けて、規則的に前進する街灯もあれば、形の合わぬ建物の群れが気まぐれにゆっくりと通り過ぎて行くのだ。空の色もちょうど赤と青の交わり初め、夜は星の浮かび上がる頃合いで、その光景を幻想的に彩っていた。
「儂はもう、お主の言うウォレス・ザ・ウィルレスでは無い。何故お主は、儂に御伽話の服を着せようとするのじゃ?」
 沈黙を破り、ウォレスが問った。
「其れを望むものがあるからです。その為に舞台が存在する。──貴方様の名演を、誰もが心待ちにして御出でです」
 行進に目を向けたまま、私は其れに応じた。
「『舞台に上がれ。歌い踊れ』か。ならば、お主の言う舞台とはなんじゃ?」
「精霊の街リリオット、その全土」
 
「意気地なしのライオンが何度も死を味わい、実は総てを知りながらも最後は少女と別れたように。御伽話は今、最終章の頁に移ろうとしています。やがて街を常闇が覆い、羊が溢れ出し、リリオットは最後に夢を見るでしょう。──それは幼い頃、暖炉の炎のはぜる傍で聞いた夢。楽しみごとの前の晩には誰もが眠りに落ちます。だから我々は参りましょう。御伽話たらしめる為に」
 ウォレスは少し考える素振りを見せてから、こう返答した。
「ただの夢など見飽きた。だがリリオットの見る夢はさぞかし美しかろうな」


[578] 2012/06/22 00:47:31
【えぬえむ道中記の30 狂乱爪】 by N.M

ソフィアについて行くとそこには人が。人々が。
「何、この人たち…」
ソフィアの話から察するに、悪意のある精霊に乗っ取られているらしい。
(大正解)
求めていない返事と共に、群衆が私とソフィアに襲いかかった!

***

さすがに切り捨てるのも躊躇われるのでソフィアがマントで受け流した相手をマルグレーテで片っ端から殴っていった。
特に威力があるということはなかったが、暴徒を鎮圧するには十分だった。

ともかく二人の前では暴徒も風に吹かれる木っ端の如し。
互いに手加減してもこんなもんである。

「ダザさんの場合はわかりやすかったけど今回は…」
などと思ってたらソフィアが倒れた男に濃厚な口付けを始めたではないか。
口付けを終えると情熱は何処へやら、男を放り捨て、あまつさえ口が穢れたと言わんばかりに何か黒いものを吐き出した。
なんでもこの黒いものが群衆を狂気に駆り立てた原因らしい。
見ててなんかアレなので傷口からの吸引を提案してみたが、傷つけるのは趣味じゃないという。

なんだかなぁと思いつつ、処理が終わるまでベンチで休むことにした。

***

「おわった」
その声に閉じてた目を開く。
闇は北の方角へ逃げている。鉱山の精霊が目当てか、また別のものか、

ソフィアはまっすぐ向かわず、何かを追うかのように道を辿り始めた。
果たしてそこで見つけたのは、左腕が義手の少女と、闇の塊。

(こいつはお前の知り合いだな)
(彼女とは初対面だけど?)
(闇の方に決まってんだろこのすっとこどっこい)
(いや知らないわよ?)
(お前も薄情だな。見た目に惑わされんな。チェスした仲だろ)

そこまで言われると、心当たりは一人しかない。
「…まさか、オシロ!?」


[579] 2012/06/22 07:59:02
【ソラ:29「エフェクティヴ蜂起」】 by 200k

 その後色々あった。例えるならそれは、ピーチ味のチロリン棒とミルミサーモン。郷愁の語らいと未知への冒険。

 朝、小鳥の囀り合う音に誘われてソラは目を覚ました。宿屋のロビーに降りると、一枚のチラシが目に入る。演劇があるらしい、サルバーデルという名前は聞き覚えがあった。ソラはばたばたと足音を立てて部屋に戻り、窓の外を見ていたマックオートの鼻先にチラシを突きつけた。
「マックさんマックさん!これ行きませんか!」
「それよりも空が気になる……。あれを見てくれ」
 窓の外、マックオートが指差した北の空は薄暗い闇に包まれていた。闇は貧民街をすっぽりと覆い、レディオコーストの方まで延びている。
「なんだろう」
 ソラが窓の外を見ている間にマックオートはチラシを流し読みし、ソラに返した。
「ひとまず外の様子を見に行こう。これが始まるまでまだ時間はあるようだしな」
「うん、これは気にならない方がおかしいね」
 ソラはかばんを、マックオートは剣を身につけて、二人は通りへ出た。

 リリオットの北方に張られた闇の境界は無害で、二人はすんなりと入ることが出来た。途中でランプを持つ先導と共に進む一団と対面した。大小様々な体躯の男達がツルハシやスコップなど、思い思いの道具を手に取り武装している。
「そこの二人、悪いがこの先は立ち入り禁止だ」
 先端にランプが提げられた錫杖を持つ男が、それを振りながら警告を出した。
「どうする……蹴散らしちまうか?」
「えーと、見覚えのある顔がありまして……」
 鉱夫の一団の中にはソラが間借りている共同住宅の住人達が混じっていた。ソラは顔馴染みの鉱夫に尋ねてみる。
「ちょっとお兄さん、これは何ですか」
「革命だァ!これは俺達の、長い間虐げられてきた市民の革命だァ!エフェクティヴの怒りを知れェ!」
 鉱夫は手に持っていたバールのようなもので殴りかかってきた。ソラは必死にかばんで防御したが、受け止めきれずにかばんが裂け、中の雑多な物がガラガラと転がった。
「女の子に手を出すなんて、それが男のやることか!」
 マックオートは腰から光の剣を抜く。それを皮切りにエフェクティヴ達がマックオートへと突撃する。
「うおおおお!」
 マックオートは迫りくる攻撃を剣で受け止めながら、男達の腹に拳の制裁を入れて黙らせた。あっという間に気絶した男達の山が出来上がった。
「これからどうしましょう」
「ジーニアスが呼んでいる……!行くぞ!」
 マックが指差した先はレディオコースト。神霊の眠る山。


[581] 2012/06/22 19:01:50
【ダザ・クーリクス:35 暴動】 by taka

ダザはリオネにギ足を装着してもらった。
動いてみると、前の義足より軽くて動きやすい。
精霊駆動型とは異なり、精霊繊維を使ったギ肢のためらしい。
残念ながら、耐久性は下がり、加速機能等はなくなったが、全然問題ない。
今は、すぐに動けるほうが重要だ。

「ありがとうございます。リオネ先生。」
「いいえ、私も面白いものが手に入ってよかったわ。」
リオネはダザの義足を指でクルクル回しながら答える。

そのとき、下の階からガラスの割れる音が聞こえた。
同時に誰かの叫び声や、怒号が聞こえる。

「!?な、なんなの?」
リオネが驚く。

「・・・動きだしたか。」
ダザはブラシを持つと、リオネの方を向き
「リオネ先生、今この街は非常に危険です。
 このままお隠れになるか、街から逃げて下さい。
 俺はこの騒ぎをなんとか治めてきます。
 またお会いできたら改めて御礼をさせて頂きます。
 では、失礼します。」
と、口早に伝え、一礼してから部屋を出て行った。

「え、ちょ、ちょっと!」

*

ダザはマックとソラの部屋を訪れたが、部屋には誰もいなかった。
街に出たのか。お礼も謝罪も言えてないが仕方がない。
再び会えることを祈ろう。

「う、ガハ、ゴホゴホ!」
ダザは急に咳き込む。口から血を吐き出す。
記憶の中で先生と話していた言葉を思い出す。
精神と精霊の無理矢理な結合による拒絶反応。もう永くないかもしれない。

はっ!ならば悔いのないように生きるだけだ。
命を掛ける事が覚悟って言うなら、いくらでも掛けてやるよ。

フロントに降りると、そこは酷い、惨状になっていた。
割れた窓に、壊れた扉、倒れる男にそれを蹴りつづける男。
フロントの女性を殴っている男が
「リソースガードに部屋を貸す裏切り者が!死ね!死ね!」
と叫んでいる。目は空ろで正常な状態ではないのが分かる。

ダザは走り出し、男たちをブラシで殴りつけ気絶させる。
蹴られていた男は意識が無いがまだ生きている。
フロントの女性は、まだ意識があった。

「大丈夫ですか?」
「うう、ありがとう、助かったよ。急に窓とガラスを壊して男たちが・・・。」

宿の外から、物が壊れる音や、人々の叫び声が聞こえる
他にも暴動がおこっているらしい。
「じっとして隠れてて下さい。すぐ助けを呼びますから。」

助けとは言ったものの、一体誰を呼べば・・・。
この現状だって俺一人ではどうしようもない。
一人でも助けるため、守るためにはどうする。
頼れる、信頼出来る人は誰だ。

「・・・あの人しかいないか。」

ダザは店を飛び出し走り出した。


[582] 2012/06/22 21:51:10
【カラス 23 二極の間を動く砂】 by s_sen

「あの瓦版屋、集金をもう少しくらい待ってくれれば良いのに…
今、剣術道場のお金がどんな風になっているか…」
「光と影、善と悪…この世にはその二極しかないと思うておるな。
それは違うぞ。光が当たって影ができ、その間にいるのは我々じゃ。
瓦版屋には幼い子が大勢おる。養っていくためには早く金が必要なのじゃ。
我らの前では悪を演じているが、子らの前では善なのじゃ。
善と悪の狭間にいる我らは二極を常に動き続ける。
さあ、お主が今すぐ期限通り月謝を払えば瓦版屋に金を渡せるぞ」
「あああ、もう少しお待ちください、頭首様。この間買った地名入りの木刀のお金が…」


夢か。今日はとても大切な日。
六月の二十二日。
『アーネチカ』開幕の日だ。
午前中は時計館の清掃。当然だが、今日は休館となっている。
カラスは、少し遅れてから向かう予定である。
皆は道具の搬出作業で、朝早くから現場にいる。

閉じている館内は静まり返っていた。
カラスは何度も何度もその様子を見てきたが、今日は特に静かであった。
静かといっても、全くの無ではない。
時計たちはそれぞれの音を出しながら佇んでいた。
人の声がしない今、それらはまるで歌い合っているようだった。
劇場の音も、こんな風に響き合うのだろうか。

カラスは時計の一つ一つに目を配せ、館の主人よろしく挨拶をした。
長いこと彼らに触れていると、その顔までが分かるようだった。
彼らはこれから物語の世界へ赴くカラスのことを、見送っている。
カラスはいちばん広い部屋から、いくつかを回り、あの部屋へと動いた。
二十四個の時計は、いつもと変わらず元気にしていた。
カラスは彼らの内の部分までを知っている。
ただ一つ以外は。

『見えない時計』。
そう書かれた展示台には、何も見えない空気が乗っかっている…
はずだった。
そこには、大きな缶二つをつないだ奇妙な姿のオブジェが置いてあった。
カラスには覚えがあった。
缶の上下をくるりと回すと、それはかすかな音を発した。
砂の流れ落ちる音だった。
ただ、砂の様子は目にすることができない。
そういうことか。
カラスの目の前は、少し明るくなった。

戸締りを全て終え、カラスは時計館を後にした。

戦乙女に祈ろうか。
以前も彼女を探しに、戦いと戦いの間を走り回ったことがある。
彼女は結局見つけることができなかった。
彼女は高い高い天の上にいる。
時々だが、地を歩く我々の前に翼を下ろすこともある。
彼女は優しい。
天に祈れば、きっとそれは届く。


[583] 2012/06/22 21:57:41
【ハートロスト・レスト:23 かげににて】 by tokuna

 すみれさんは少し戸惑っている様子でしたが、最終的には一緒にダザさんを探す運びとなりました。
 ただ、深夜に人を捜すのは効率が悪い上に危険です。
 すみれさん自身の提案もあり、早朝にもう一度ラペコーナ前で落ち合うことを約束して、その場では一旦別れます。
 利益の無い行動を敢えてやろうとする自分に、不快と少しの満足を同時に覚えながら、その日は帰途につきました。

 そして翌朝。
 現れたすみれさんは、なぜかとても疲労していました。
「ど、どうしたんですか?」
「いえ、ちょっと寝不足で」
 昨日、あれから寝ていないのでしょうか。
「……で、探すにしても、何か当てはあるんですか」
「あっ、はい。特殊施療院に行ってみようと思います」
 ダザさんは確かこの街の生まれですから、義足は特殊施療院製のはず。
 特殊施療院には知り合いも居ますし、何か情報が得られるかもしれません。
 私とすみれさんは、街を更に北に向かって歩き始めます。
「何か、暗くないですか?」
「そうですね、もう日は昇っている時間帯のはずですが」
 そんな他愛ない言葉を交わしていると、貧民街の方向で怒声が響きました。
「行ってみましょう、黒髪殺しかも!」
 走り出したすみれさんに、渋々ついていきます。
 果たしてそこには、手に手に様々な精霊武器を持ち、殺気立った貧民の方々がいらっしゃいました。
 無警戒に飛び出してしまったので、ばっちり目が合いました。
 すみれさんが「ひぃっ」と小さくひきつった声を上げ、大きな剣を提げた貧民の方が「んだァ?」と独特な言葉遣いでこちらを威嚇します。
「戻りましょう!」
 私はとっさにすみれさんの手を引いて走り出しました。
 同時に、「逃がすな!」という嫌な命令が貧民街に響きます。
 追われる理由は無いはずですが、その言葉に従うように背後からは複数の足音が。
 私の左腕は、一対一の戦いや不意打ちではとても役立ちますが、多くを相手取るのには向いていません。
 それでも数人ならなんとかなるかもしれませんが、一般人のすみれさんを連れてあの人数と戦うのは無謀です。
「あっ」
 すみれさんが転びかけ、引いていた手が離れました。
「すみれさん、早くっ」
「ふ、二手に分かれましょう! 目的地は解ってますから!」
「えっ」
 返事をする前に、すみれさんは狭い路地へと入っていってしまいました。
 後ろを振り向くと、武器を握って追いかけてくる方々。
「……」
 少し不安はありましたが、逃げるだけなら確かに別れた方が合理的です。
 幸いにも空は暗く、一人ならば追っ手をまくのもそう難しくは無さそうでした。

***

「なんとか振り切ることは出来ましたが……」
 さすがに、何かがおかしいことに気付きました。
 どれだけ経っても夜は明けないどころか、北に向かうにつれてその暗さを増していきます。
 ところどころで夜が大きく切り裂かれて朝の光が射し込んでいるのが、事態の異常性を強調していました。
「これは、一体……」
 更には目の前で、周囲の闇が一箇所に集まって凝固した、立体的な影、とでも言うような物体が、何事かを叫びながら暴れています。
 その言葉に耳を傾けると、それは罪の告白で。
 その内容は、まるで――
 影が叫びながら繰り出した、子どもの駄々にも似た攻撃を、軽くステップで避け、私は、それ――彼に問いかけました。
「ええっと、もしかしてこの黒い塊は……、オシロさんだったりするのでしょうか?」


[584] 2012/06/22 22:11:27
【夢路29】 by さまんさ

ゴウンゴウンゴウンゴウン

地上まで残り200m。

ウロは叫んだ。
「エレベーターを止めろ、マーロック!土が震えまくってる!」

「そーはいかないんだなー?こっちも急いでんだなー?わるいねー?」
返事をしたのは例の秘書だった。鉄骨の上から気の抜けた声が聞こえてくる。
「時間ぴったりに神霊を地上に届けないと誰かさんが考えたインテリジェンスな作戦が狂っちゃうんだよねー。公騎士団はとっくに動き出してるって話だし、リソースガードも来ちゃうかもしんないし、とにかくはやはやにやるにこしたことはないって訳」
ウロはリリオットの情勢は全くわからない。
「お前、何だ?」
だが何者であろうと、殴ってでもエレベーターを止めたい。ウロはアナ・ライザーの柄を口にくわえて鉄骨をよじ登りはじめた。

「おーほほほほほー!私が誰かって?町内の悪をぶちのめす隣の突撃ボマー、好きなものはカレーとおっぱい!その名もエフェクティヴの《獏》ちゃんでーす!おっと!?」
ダンッ。
ウロは"レバニラ・イタメ"と同じ高さの鉄骨まで上ってきた(自己紹介は聞いてなかった)。
「エレベーターを止めてくれ、それかマーロックを説得しろ」
「・・・さもなくば?」
「さもなくば、この俺が相手だ」

シャキンッ

細い足場。
ウロのスコップが、細身のドリルに変化した。回転音。
片手で構えて突く。

「あーらよっと!」
女は避けた。
だが、ヒールの踵が鉄骨を踏み外した。

「ぎゃー!」
ガシッ
(自分で攻撃しといて何だが)手を伸ばして助けてやる。地底までは明らかに致命落差だ。
彼女がかけていた赤メガネが暗闇に落ちていくのが見えた。
「あ、ありがとう・・・」
女は顔を赤らめて礼を言ったのも束の間、ウロの手を掴んだまま、エレベーターをガンッガン蹴りだした。

「あーっはっはァ!一緒に落ちろ!そして死ねーっ!」
「お前も死ぬぞ!」
「私パラシュート持ってるもーん」

そんなのありか。ウロが呆れた瞬間、

ゴォン。
鈍い音がして鉄骨の檻がトンネルの壁に衝突した。
「きゃーっ!」
ぐにゃんぐにゃんと、エレベーターが激しく横揺れした。降る砂利。さらに「うわあぁ〜」という男の叫び声が頭上から足元へ消えた。

ウロはドリル型のアナ・ライザーを、今度はボウガンの形に変化させた。

セットされているのは網のついた矢。パシュ、パシュ、とトンネルの壁に向かって放つ。矢は壁に沿って螺旋を描き、剥き出しの土壁を網で覆った。
次の瞬間にはアナ・ライザーを光線銃に変化させる。土を覆う網を精霊光線の力で鋼鉄に変化させトンネルが崩れるのを防いだ。
この間わずか6カウント。

だが、応急処置にすぎない。
「あと50m、か」
地上に到達するのと、トンネルが再び崩れるのと、足が滑って鉄骨から落ちるのと――どれが早いかはウロの悪運にかかっていた。


[585] 2012/06/22 22:41:33
【オシロ33『つれだして』】 by 獣男

「本物の・・・」
オシロが返事をしようとすると、その前にさらにレストが続けた。
「いえ、そんなはずはないですよね。オシロさんは人間です。
ちょっと暗くて動転していたようです。では、先を急ぎますので」
レストはそう言うと、倒れたままのオシロの横をすり抜けた。
「待って、レストさん!行かないで!」
そう叫んで立ち上がる。
レストがぴたりと足を止めた。
「オシロです!こんな姿ですけど、オシロなんです!」
そう言って、立ち止まっていたレストに抱きつこうとするが、
やはり素早くかわされ、オシロは再び転倒した。
「確かにオシロさんの声のような気もするのですが・・・」
「僕の体はもうないんです。爆発で焼き尽くされて。
でも、お願いです。僕をこの街から連れ出して下さい。
街から出て、ずっとずっと遠くまで、連れ出して下さい!!」
見上げながら、オシロは無茶苦茶な事を叫んだ。
レストはびっくりしたように、顔をきょとんとさせていた。
「ええっと、オシロさん?私、今、実はある方の頼みで、ダザさんを探しているのですが・・・。
それに何だか街もおかしな事になっていますし、少し状況を把握しなければ・・・」
「依頼料は一生かけて払います!
ずっとレストさんの為に、精霊を精製し続けます!」
「ええっ!?」
一転、レストは表情を変えて驚いた。
そのまま腕を組んでうつむき、うんうんと唸りだす。
その時、二人の人影がオシロ達の近くへ駆け寄ってきた。

「とこやみの せいれいおう。めざめさせた のは あなた?」
「…まさか、オシロ!?」
えぬえむと、もう一人は金髪の女性だった。
「えぬえむさん・・・?」
オシロは立ち上がりながら、えぬえむと、もう一人の金髪の女性を見た。
「どこへ いく?とこやみの せいれいおうは ふかんぜん」
奇妙な喋り方で金髪の女性が言う。
なぜこの女性が、常闇の精霊王を知っているのかはわからなかったが、
そんな事はもうオシロにはどうでもよかった。
「常闇の精霊王は、もう目覚めない。こんな力、さらに争いを呼ぶだけだ!」
「それは こまる。わたしには それしか ないのに。
こばむなら ちからずくでも つれていく」
「ソフィアさん!?」
剣を構える女性、ソフィアを見て、えむえむが悲鳴を上げた。
隙のないその構えに、オシロは思わず後ずさる。
するとその二人の間に、レストがとすとすと歩み寄り、
オシロを背にして、滑らかに構えをとった。
「どこのどなたかは存じませんが、依頼人を誘拐されては私が困ります」


[586] 2012/06/22 22:49:37
【メビエリアラ13】 by ポーン

 メビエリアラが説教を終えると弟子達はいつも、感激の声を上げる。
「素晴らしいです! 一生ついていきます、メビエリアラ様!」
「わたしもヘレンのように、強く美しく生きたい……!」
 節穴そのものの目を輝かせる弟子達。メビエリアラは内心で嘆息する。

 あなたがたは、わたしの話でいったい何を聞いていたのか?
 今感じているその喜びこそが目を曇らせる霧そのものだと、なぜ気づかないのか?
 自分は変わった、目が覚めた、と口々に言いながらも昨日と変わらぬ今日を生きる。あなたがたは何なのか?

 世俗は常識に囚われている。しかし常識を脱したヘレン教徒もまた、新たな枠に囚われてしまう。
 そんなことだからメビが河原で拾った石ころを高値で買わされる羽目になる。何が聖石か。

 もういい。

 メビエリアラは教会を去った。夢でサルバーデルと交わした約束に従い、時計館”最果て”に赴く。
 そこで彼女を出迎えたのはウォレスだった。

「教会を切ったか。相変わらず生き急いでるな、メビエリアラ」
「いいえ、わたしの求める未来――≪未だ在らざるもの≫のために教会はまだまだ必要です。しかしウォレス様も変わられましたね。死の経験はいかがでしたか? それはあなたの身も心もを作り変えましたか? 新たな段階に引き上げましたか?」
「さよう。今のわしはもはやウィルレスたり得ない。死んでしまったからな。しかし死を恐れることもなくなった。消えることも変わることもだ。わしはわしを変え続ける。魔力で死を弄ぶ。この身も今や、どこまで人と言えるのか……」
「よくぞここまで練り上げました。お見事です。そのウォレス様に是非とも一つ、頂きたいものがあります」

 メビエリアラは彼女の「希望」を告げる。

 ウォレスは笑った。それは非常に稀有な現象であった。
「クックッ……何を言い出すかと思えば、お主はつくづく狂っているものだ! このわしに、あろうことかウォレスに、そのような世迷い事を抜かす者が、まさかこの世にいようとはな! 本当に、メビ、全くお主はどういう育ち方をしたのか……」
 過去を問われてメビエリアラ・イーストゼットの脳裏をかすめるのは、幼き日の記憶だった。
 燃える屋敷。自暴自棄に笑う姉。彼女は今頃どうしているのか。生き延びたのだったか、死んでいるのだったか、彼女には愛されていたか、そうではなかったか。いや、あれは姉ではなく母であったか。薬にかき混ぜられ過ぎた記憶は既に情報を損失し、どのような手段でも遡行できない。それなりに特殊な過去だったはずだが、それはもう無い。

 どうでもいいことだ。心の空洞を吹き抜ける風の音も、メビエリアラには心地よい。

「良かろう。わしはもはやウィルレスではない、遺言なしでもない、願いなしでもない、意気地なしでもないのだからな。お主の『希望』、叶えてしんぜよう。ただし――」
 ウォレスは言った。
「わしは『死』を使うぞ」
「望むところです」
 メビエリアラは笑う。いつだって。


[588] 2012/06/22 23:41:21
【マックオート・グラキエス 42 闇と光】 by オトカム

「ふぁー、雑魚寝さいこぅー・・・」(雑魚寝ではない)
翌朝、マックオートが目を覚ますとソラの姿は無かった。
ぼんやりと窓から日光浴をしていると、北の空が薄暗い闇に包まれていた。
「マックさんマックさん!これ行きませんか!」
不思議に思っているとソラに呼ばれ、振り返ると目の前がチラシだけになった。
「それよりも空が気になる……。あれを見てくれ」
マックオートは闇の方向を指さし、ソラが見ている間に受け取ったチラシを流し読みする。
”劇:アーチネカ”これはぜひともソラと一緒に見たいものだった。しかし、空に広がる闇に妙な胸騒ぎを感じる。
「ひとまず外の様子を見に行こう。これが始まるまでまだ時間はあるようだしな」
「うん、これは気にならない方がおかしいね」
チラシをソラに返した。

***

「ダメですよ!あの闇はどんな危険があるかわかりません!近づいちゃ!」
闇を目指す道すがら、仲介所にいた警備公騎士に声をかけられてしまった。しかし、使命を受けたからには行くしかない。
「いえ、俺たちは行きます!」
そう答えても行かせまいとする公騎士が突如表情を変えた。窓の割れる音、物が壊れる音、人々の叫び声が聞こえたのである。
「ぼ、暴動?まさかエフェクティブ!?」
向きを変えて騒ぎに駆けつけようとする隙に、マックオートとソラは闇に向かって走りだした。
「もう!生きて帰ってくださいよ!」
「あなたも!」
公騎士も暴動の鎮圧とマックオート達の制止の両方はできず、お互いに無事を約束した。
「あぁ私の愛したリリオット!どうか無事であってくれ!」
やはりこの公騎士にも守りたいものがあったようだ。
常に二人以上の班行動をすると聞いた公騎士が、彼一人だったからである。彼は規則よりもリリオットを優先していた。

***

闇の境目も害を受けずに通り抜けると、肉体系労働者と思わしき集団がスコップなどで武装していた。
「そこの二人、悪いがこの先は立ち入り禁止だ」
リーダー格と思われる一人が警告を出している。しかし、ソラは知り合いがいるらしく、その中の一人に尋ねていた。
「ちょっとお兄さん、これは何ですか」
「革命だァ!これは俺達の、長い間虐げられてきた市民の革命だァ!エフェクティヴの怒りを知れェ!」
残念ながら怒り狂っているらしく、労働者の一人がバールのよなものでソラに殴りかかった。ソラはかばんで防御するも、
バールのようなものは無情にもかばんを引き裂く。
こぼれた雑貨のひとつが地に落ちた時、マックオートは判断した。彼らは敵であると。
「女の子に手を出すなんて、それが男のやることか!」
マックオートは剣を抜いた。その刀身は淡い光で闇を照らしている。
「うおおおお!」
光に釣られるように襲いかかるエフェクティブの攻撃をことごとく打ち落とし、空いた腹に、頬に、背中に右ストレートをねじ込む。
このようにしてエフェクティブ達は一人残らず地に伏した。
「これからどうしましょう」
「ジーニアスが呼んでいる……!行くぞ!」
マックオートには先に見える鉱山から呼ぶ声が聞こえた。


[589] 2012/06/22 23:44:58
【【こもれ火すみれ 第8話 「決意の変身! 今日からわたしは正義の使者!」】】 by トサツ

 
多分、レストさんは私とちがって「戦いができる人」なんだろう。そして、おそらくだけど、武器は左腕につけられた義肢に隠されている。
 街の人たちに襲撃されかけたとき、レストさんは一瞬足を止めて左手を緊張させていた。人は単純だ。迫り来る脅威に対面した時、立ち向かうか、逃げるかしか選択できない。わたしという足でまといがいるからか、結局は逃走をえらんだが、あの時のレストさんは、逃走よりもまずは立ち向かうことを優先して考えているようだった。そして、その「立ち向かう選択」の根拠になるものは、瞬時に緊張させた左手が関係するのだろう。おそらく。
 
わたしはこの危機を乗り越えるために、自分の身を守るために、とりあえず変身しておこうと考えた。それに、私なんていない方がレストさんも自由に動けるだろうし、二手に別れたほうが追っ手も分散するだろうし、と。目論見はほぼ成功している。わたしに向かってきた追っ手も大体振り切れた。わたしなんかが振り切れるくらいだ。レストさんだって振り切っているだろう。おおむね正しい判断だった。

……なんだろう、考えすぎている。
わたしは何故こうまで自分の行動を分析しているのだろう。
気分が、良くない。

その答えは簡単だった。わたしは自分に対して言い訳をしているのだ。

もしもレストさんが戦士だというわたしの目論見が外れていたら?
もしもレストさんが偶然足を捻ったら?
もしも大部分の暴徒がわたしでなくレストさんを追いかけていて、レストさんが追い詰められてしまったら?

もしも、もしも、わたしがレストさんから離れたせいで、レストさんが死んでしまったら?

考えすぎだというのはわかってる。
それにレストさんに出会って、まだ一日も経ってない。心の通じた友達だってわけでもない。だというのに、わたしはそんな他人になぜ入れ込んでいるのだろう。レストさんがどうなったって関係ないし、なにもわたしは悪いことをしているわけじゃない。当然の行動をとっているだけだ。それはその通りだと思う。

しかし、
わたしのお兄ちゃんはわたしのしらないところで死んでしまった。
それはわたしのせいじゃないかもしれない。それでも、わたしになにかが出来たのかもしれない。少しのなにかでお兄ちゃんは死ななかったのかもしれないのだ。

今日話したレストさんはいい人のようだった。もしかしたら、これから友達になれるかなと思った。そう考えるとグッと胸が締め付けられ、震えた。もう嫌だ。わたしの無関心が大事な人の命を奪うことになるのは。わたしは戦う武器を手に入れた。それを使って、どうすればいいだろう?
――どうするか。わたしはわたしが納得した行動が取りたい。そう思った。

心の中で火がともり、わたしは絶叫によってわたしの意思を表明することにする。

「恥ずかしい服・着装〈ホーリーシステム・ウェイクアップ〉!!」
いや、もうこの服装も恥ずかしくない。恥ずかしいが、この恥ずかしさが人を救う痛みなら、わたしは甘んじてこの痛みを受け入れよう。
この服は――この力は、わたしがレストさんを、わたしの周囲のみんなを助けるものなのだから!

わたしは建物を飛び越えるように大きく跳躍すると、発達した眼力を使って上空からレストさんを探しだした。


[590] 2012/06/22 23:48:12
【リューシャ:第三十九夜「境を超えて」】 by やさか

視界の奥にそびえる闇の壁を目指し、リューシャは逃げていく人を躱しながら北へと向かっていた。

逃げていく者が発するのは、エフェクティヴの蜂起だ、という声が大半。
それに混じって、闇が、という声を上げる者もいた。見ればわかる。中がどうなっているかは知らないが。

「……闇、ねえ」

常闇の精霊王。
ソフィアが残し、えぬえむが伝えた単語。
精霊王とは大きく出たものだ、と思ったが……リューシャは、喋る精霊を精製した、という少年を知っている。
そして彼の腕ならばできるだろうと、知っている。彼以外にはできないだろうとも。

「死にかけていると言っていたわりに、その死にかけにやらせることが壮大ね」

北へ向かうほどに、街の空気は荒れていく。
逃げていく男の一人が、リューシャを引き止めて警告をする。

「これ以上行くと危ないぞ。奴ら、街の人間だろうとよそ者だろうと、エフェクティヴ以外は全部敵だと思ってやがる」
「数は?」
「相手にする気じゃないだろうな。数十人じゃきかねえぞ」

なるほど、エフェクティヴは本気だ。今回でなんらかの決着をつける気だ。
リューシャは男と別れ、メインストリートを離れた。

幸い、回り道をしても闇まではそう遠くはない。
裏路地を駆使して人目を避ける。駆ける。
それでも道中二人ほどには見つかって、それぞれ地面に沈んでもらった。

「まったく、見境のない……」

溜息とともにシャンタールを納め、リューシャは一度立ち止まる。
眼前には、目指してきた闇の境界があった。

足元に転がった男の武器を投げ込んでみるが、特に障壁としては機能していないらしい。
次いで、意識を失った男を蹴り転がして半身を突っ込ませる。男は呻いたが、そんなことを気にするリューシャではない。
しばらく待ってから、男を引きずり出してみる。外傷なし。脈拍、呼吸、共に正常値。
よし、と軽く頷いて、リューシャはその闇を透かし見る。

「……えぬえむたち、中にいるのかしら」

聞いた話からして、少なくとも一度はこちらに向かったと思うが……二人が出ていったのは昨夜だ。
事態がどうなっているかを知るすべはない。だが、他にアテもない。

「……お前がわたしから離れるまで、もう少しだけ、付き合ってちょうだいね」

呟いてシャンタールに触れる。シャンタールが、かすかに嫌がるように震えた気がした。
リューシャは苦笑してとんとん、とその柄を叩き、息を詰めるようにして闇の中に足を踏み入れていった。


[591] 2012/06/22 23:48:57
【観測者004:5】 by THEKI


6月22日は16時。本日の観測予報をお知らせいたします。

街はいつもより一際賑わっている。
様々な声が聞こえる。大きな声、小さな声。
聞き取れぬ間際の密やかな、何かを企む声も。

リリオット卿の催す劇の始まりが近い。アーネチカ。
リソースガードを大量に雇っている。劇の保全のため?
騎士団はエフェクティブ対策に動くものもいるが、全てではないか。

劇を一目見ようと、広場に人が集まりだす。街の全てが、広場の方向を向いている。
この街の声は、歓声となるか、悲鳴となるか。
それは劇が始まるまで、この私にも観測できない。
そう、それはこの街の行方と同じように───
 


[592] 2012/06/23 00:00:34
【【アスカ 34 暗黒と、戦場】】 by drau


応接室同様に執務室からも湧き出した獣達をあらかた処分し、反逆の物理的証拠の手紙をグラタン率いる公騎士団が見つけた。
だが、老婆の姿はない。アスカが老婆の記憶の中で見た、何らかの術に用いるであろう触媒たちも見つからなかった。
不気味な触媒の中でも特に異彩を放ったのが、心臓入りの水槽だ。それも、室内を埋め尽くすほどの数え切れぬ量。
あの魔女は、何を行うつもりだったのか。
「(あれは、ドワーフ族の心臓だ)」
アスカの頭の中に声が響く。森のエルフ。アルケーの声だ。
「(ドワーフ族は信仰心が強かった。山と神霊に対しては、特にだ)」
アスカの偏見や思い込みが捜査に混じってしまえばエルフの為に成らない。故にエルフはアスカの心象世界に楔を置き、あの砂漠に配置したアルケーの分体を通して、捜査を監視していた

。その楔によって、アスカが捜査を放棄して逃亡したりできないようにもしている。アスカが自己プロテクトを解除した時にあおれは仕掛けられていた。
「(血と死の連鎖。生贄。前述した触媒を用いた術式。察するに神霊に働きかける術だ)」
「詳しいね、だよー?」
「(当然だ。我等もいつか行うであろう手段として、認識していたからだ)」
「……やっぱりエルフ、だね。でも、それはいい。アレは、あの心臓には、ママの分が入っていた、だよー。ママは最終的にペルシャ家に運ばれていたんだ」
「(なぜ、解る)」
「……男の子の勘、だよー」
正直、母の顔を見つけてから、アスカは気が気でなかった。瞬間的に、漆黒に染まっていたといっても過言ではない。いや、今もだ。



「ようこそ……、モールシャへ……御出でくださった」
「直々のお出迎え恐れ多いことです」
「だよー」
モールシャ邸に出向き、痩せこけた顔のバーマン卿に出迎えられた。大勢の命を奪った第二次ダウトフォレスト侵攻の実行者。その彼の顔に、酷く苦悩した痕が見受けられた。
彼にも良心は在るのだ。だがそれはまた別の話。捜査を行う。アスカは卿を抱き締めた。
「ぐう……!」
「ははは、少々我慢なされば直ぐに終わりますよ」
「ううぅ……」
特別、異常は見受けられなかった。彼は、己の主へと忠誠をもっていた。
「何も、異常はなさそうですね、……だよー?」
黒い影が見えた。何だアレは。誰だアレは。アスカはその影に関する記憶を探る。
「最近、誰か、ここに来ましたか?客として」
「う、う、ううう!!!わ、わたしは!!わたしはぁぁぁっぁ!!わわわ!」
「バーマン卿?」
どうしたのですかと訊ねようとしたグラタンの声が止まる。
バーマン卿が頭を強く振り出した。
「わっしょい、わっしょい!」
「は!?」
アスカもまた、それに続けて叫ぶ。
「らっせーら!らっせーら!」
「(これは、なんだ)」
グラタンが、アルケーが困惑する。
心象世界の砂漠で、黒い思念が渦巻いていた。アルケーは、アスカが反芻する卿の記憶と精神の中に、トラップが仕掛けられていた事に気付いた。
「わたしはね!悪人に!成りたくなんて!なかったよ!」
「仕方がない!仕方がない!仕方がなかった、だよー!」
密着した男達がぐるぐると回りだす。卿は懐から鍬を出す。鍬が高速で回りだす。
このままでは拙いと判断したアルケーが、手をかざす。
「わっしょいわっしょい!!」「らっせーら!!」
エルフの力が、洗脳によるアポトーシスの、そのベクトルを逸らす。

「「せーの、のこった!!」」
二人の男が、お互いに強く組み合った。



[593] 2012/06/23 00:08:31
【リオネ:26 "虚と実"】 by クウシキ

「ねぇ、何が起きてるの?」
「うるせえ、今までずっと無視しやがって」
「しょうがないじゃないの、結構集中力使うのよ、精霊繊維を張るのって」
「んなこと知るか!」
「うーん、でも、どう見てもあれは"闇属性"よねぇ。
 貴方に何か関係あるの? 『常闇の精霊王』さん」
「何だよ"闇属性"って。……ん、まぁ、関係ないことはない」
「貴方が、『あれ』を操ってるわけじゃあないのよね。
 貴方は《ここにいる》もの」
「ん、何故俺が《ここにいる》と断言できる?
 分裂したり瞬間移動したりできるとは考えないのか?」
「だって、そんなこと出来たらこんな処に留まる理由がないでしょ」
「まあそうだな」
「やけにあっさり認めるのね」
「まあな」
「ん……できたわ」
「……俺、"これ"に入るのか?」
「しょうがないでしょ。今直ぐ用意できる全身型はこれしかないんだから。
 汚さないで帰ってこれたら新しいのを作る時間もあるわよ」
「別に俺は人形じゃなくても取り憑けるんだが?」
「そういうのは、ここぞと言う時に切り札として取っておきなさい。
 『人の姿をしている』。『人の言葉を喋る』。たったそれだけで人は人を人だと認識するわ。
 それに、永い眠りから目覚めて、まだ数日なんでしょ?
 人の世を識るのには、人の姿が一番適しているわ。
 何をするにしても、現代の情報を蒐集するのは重要よ。
 また『精霊を食われて一撃』なんて格好悪いことに陥りたくなければね」
「……だからといって、この姿はだな……」
「でも、この姿なら、誰もこの中に貴方が入ってるなんて思わないでしょう?」
「いや、だが、しかし」
「文句言わない。
 そうそう、髪の色は何にする?
 ウィッグなら余りがあるから、今なら割と何色でもいけるわよ。
 金、茶、黒あたりがベーシックね。一応白とか緑とか銀とか赤とか、あとは紫とか水色とか桃色もあるけど」

======
「……なんだかすごく悔しいが、まるで最初から自分の身体だったかのようだな、これは」
「貴方は元々精霊なのだから、精霊繊維とは相性がいいのかも知れないわね。
 そういえば、『あれ』が何なのか、まだ聞いていなかったわね。『あれ』は、何?」
「……『あれ』は、常闇の精霊王。」
「? 貴方が『常闇の精霊王』じゃなくて?」
「ああ、俺は、初代というか元祖というか……
 俺が封印された時に漏れだした俺の一部が、様々に形を変え、種々の精神を取り込み、
 現代まで残った搾りカスみたいなもんだ。
 『あれ』は俺であって俺じゃあない。
 大体俺が力を振るった時は、あんなちっこい闇じゃなくて、大陸全土を闇夜にするような……」
「嗚呼、話が長くなりそうね。行くわよ。そんな話を聞いてる場合じゃなさそうだし」
「聞けよ!」


******
二人の少女が宿を飛び出していく。

一人は、常人の倍の数の腕と足の緑色のドレスを着た年頃の少女。
そしてもう一人は、それより更に幼い、黒と白のゴシックドレスを身に着けた、吸い込まれそうな闇色の髪の少女。


[595] 2012/06/23 00:56:22
【     :35 剣とナイフと言葉】 by ルート

「こわい の?」

エーデルワイスを構えたまま、ヘレンは問う。オシロと呼ばれた闇の塊へと。
会話を隙と見てとった緑髪の女が間合いを詰めてくる。手には小振りのナイフを構えている。
得物のリーチの差を活かし、先んじて斬りつければ、弧を描くような動きで相手は身をかわす。僅かに切っ先が身体に触れるが、傷は浅い。
防御のために剣を構え直すよりも速く、女のナイフが振るわれる。右腕を切られた。こちらもまた軽傷。
そのまま戦線は膠着する。女もヘレンも、互いに決め手を放つ隙を見出せず、間合いを探りあいながら牽制に徹するのみ。
しかし小技での削り合いで、こちらに勝機は無いとヘレンは悟る。互いに薄皮を削ぐような牽制の果てに、先に倒れるのはヘレンの方だろう。

「ああ、怖いさ!あんなもの、精製するべきじゃなかった!」
「せいせい できたなら また ねむらせる ことも できるはず」

敗北へのカウントを刻みながらも、ヘレンはオシロとの会話を続行する。
彼は、常闇の精霊王は目覚めないと言った。だがこれ以上の覚醒が無かったとしても、現に闇は何らかの意図を持ったような動きを見せている。
彼の言う通り、精霊王が目覚めていないのだとしたら……

「とこやみ を あやつっている ひとがいる。とめないと あらそいは もっとひろがる よ?」
「エフェクティブの考えなんて、もう知ったことか!これ以上人殺しの片棒を担ぐのはごめんだ!」
「あなたが とめればいい」
「もう関わりたくないんだよ!」

叫ぶオシロの感情に呼応するように、彼を構成する闇が震える。
会話に集中する内に、緑髪の女のナイフがもう2度3度、閃く。こちらも斬り付け返すが、小回りの良い女の動きを捉え切れず、与えた傷はこちらが受けたものより浅い。

(………?)

しかし、一瞬。エーデルワイスで切りつけたその瞬間だけ、女の表情に動揺が走ったように見えた。
封印を解かれたエーデルワイスは、虎視眈々と情報を収集する機会を狙っている。
刃に触れた瞬間、一太刀浴びる毎に、何か"追憶"させられでもしたか。

「大体、なんであなたは僕を連れて行こうとするんだ!あれと戦いたいなら、一人で行けばいいだろ!」

逸れかかった思考を、オシロの叫びが引き戻す。
何故かって、そんなのは決まってる。

「わたし は よわい から。いまのままじゃ かてない」

"ソフィア"の身体と戦闘技術で、単身で闇本体を討つのは無理だろう。アレが不完全なら、今のヘレンは不良品だ。
壊れていても、戦闘に狂っていても、ヘレンは状況の判断力は失わない。それが彼女の歪な価値観に則ったものだとしても。

「わたし は たたかえるなら かちまけは どうでもいい。
 けど かつための どりょくを しないのは じさつ で たたかい じゃない。
 だから わたしは かんがえるし ひとの ちからも かりる」

既に十数度に渡るナイフと剣の交錯。切られ、切り返しながら、ヘレンは言葉を紡ぐ。

「あなたが たたかわないのなら。そのたたかいは わたしがもらう。
 あなたが なにもしないのなら。あなたにしかできないことを わたしにさせて」
「………」
「あなたを つれていかないのなら そのかわり。
 あなたがもっている ちしきを。やみをたおすか ねむらせる ひんとを。わたしに おしえて」

バックステップで一旦間合いを取る。幸いにして、緑髪の女からの追撃は無かった。
ヘレンはオシロの返答を待つ。次に取るべき手を見定めるために。


[598] 2012/06/23 01:03:35
【サルバーデル:No.15 アーネチカ】 by eika

 相掛け岩と精霊の広場、──リリオットの街の特色たる、精霊採掘における資源置き場。其れは名に恥じぬ程にひらけた地だった。
 其処に数十日とかけて巨大に、巧緻に組み立てられた装飾の舞台は、それだけで一つの芸術とも言えるだろう。
 作らせた72個の金属の像は大きく、小さく、尖ったような形もあれば、ひしゃげた形の物も、抽象的な形のそれらは観客席を囲むように並べられていた。
 広場のあちこちに、其処で争いが起こらぬよう、大勢のリソースガードの傭兵達が配備されている。
 我々が十分に街の端から端まで逍遥したお陰か、黒髪も、金髪も、地位ある者も、乞食も、こうして舞台から眺めると沢山の姿を見る事が出来た。
 畜群ともなったざわめきの音は、まるで大海、その波の調のように、或いは不気味な獣の声のように私の耳へ届いた。
「ようこそ御集まり頂きました、紳士淑女の皆様」
 私は舞台へ上がり、大衆に大きく手を広げて礼をする。
 波の音は静まった。
「──本日当舞台へ御出で下さった事は、真の幸福、感激至極で御座います」
 
「さてさて、本日お目にかけます演目は、未だ誰も見ぬ世にも珍しい一つの物語。演目を披露するは、20人の名優たち。
皆様は、もしも自らが物語の中の登場人物であったなら、そして、もしも美しく楽しい物語の主役であったならとお考えになった事はおありでしょうか?
想像より広く、期待よりも高く、──そして時に喜ばしく、時に悲しく、此処にあるのは幾個の物語で御座います。
たかが劇と言わせはしません。ご覧下さい、そうは言わせぬ程の鮮やかさを。アーネチカ、ある少女の物語を!」
 再び私が大きく礼をすると、舞台は拍手に包まれ、幕が昇りはじめた。


CGI script written by Porn