「三つ」
男がまたつぶやく。
***
食事をとってた偶像が何かに惹かれるように飛び出す。
あとをソフィアと追ってみると、そこには行進を続ける少女の姿。
マルグレーテの情報が、彼女こそリリオット家のマドルチェだと告げる。
ともかく彼女を止めなければ惨事は止まらない。
「刹那の幸せ振りまいて、残すは屍ばかりなり。
汝が望む幸せは、心なき死の道程か?」
大仰に問う。同時に虹色の剣を振るい、耳目を集める。
(ソフィア、任せたわよ)
「あなたはハッピー?」
無邪気な笑みを浮かべて問いかける。
「答は、否ね」
「じゃあ私がハッピーにして「お断りします」
拒絶の言葉と共にマドルチェが仰け反る。
観客はどよめく。リリオット卿は呆然とする。
何の事はない。黒い情報圧を拳として飛ばしてぶつけたにすぎない。
「あなたは少々幸せを振りまきすぎた」
再び殴る。仰け反る。それでも笑顔は消えない。
事情を察したのか像が向かってくるが、剣で軽くあしらう。
「あなたはやり過ぎた。あなたにふさわしい罰」
再び殴る。
「偽りの幸せから引き剥がす」
再び殴る。きっと死ぬ間際でも笑っているのだろう。
「あなたの失ったものを以て!」
その瞬間、偶像に紛れてたソフィアが、
光る右手で、
哀しみで、
マドルチェの失くした負の感情で、
「哀しみかあるからこそ、幸せもあるのよ」
そっと、撫でた。
***
マドルチェは呆然としていた。
そして精霊が躰に染み込み…
空を向いて、地面にへたり込み、大声で泣き始めた。
それを合図に、偶像も精霊となって消えていった…。
「いろいろ言いたいことはあるけど、とりあえずお店入りましょうか」
ぐずるマドルチェと展開について行けないリリオット卿、そのお付きのメイドともども、ラペコーナに入っていった…。
「さて暗弦七片について訊かないと」
ウォレスは暇であった。それというのも英雄の到着が遅れているからである。
調子に乗って登ったベランダから眺めた精霊採掘都市リリオット。夜景は美しかった。精霊灯が光り、いたるところにエフェクティヴの火の手があがり、公騎士団が慌ててその火を消し止める。メインストリートのパレードは絶景であった。いや、死屍累々、阿鼻叫喚の地獄絵図といったほうが近いか。
応接間の椅子に座り、紅茶を入れて、ペテロに勧める。せっかくなので角砂糖も入れた。毒が入っていない鉦鼓に、ウォレスが先に飲んだ。ペテロも紅茶をすする。
「……なんでウォレスさんは英雄にして剣<<ヒーローソード>>を裏切ったの?」
「それはな、いまや儂はヘレン教の教師、白のウォレスだからじゃ」
「……ヘレン教? あの黒髪を差別する悪い奴らの仲間になったの?」
「儂が黒髪のお主を差別したかの? 世の中には色々な考えの人がいるのじゃよ」
遅すぎるティータイムを取っていると、城下の庭園で、戦闘音がする。
弟を助けに来たライだろうか、あるいは、それとは別の英雄も来ているのか。眼下を見下ろす。硬貨で出来た、鈍い輝きはなつ強欲の獣〔グリード・ビースト〕たちが、次々に飛びかかり、襲いかかり、敵の体力を削っていく。だが中には力尽き、金貨に戻ってしまう強欲の獣も何体かいた。全部を任せきりにするわけにもいかないだろう。
***
ライは最初、愚痴っていた。茨に囲まれた庭園を制圧するのも面倒だったし、途中で出会った女――こもれ火すみれという――が一緒に行くと言い出したのだ。ライは自分が戦力にならないことは知っていたが、この女はさらに足を引っ張るのではないかという予感があった。
しかしライの予感は外れた。庭園から襲ってきた強欲の獣たちは、すみれが変身したホーリー・ヴァイオレットの必殺技によって撃退されてゆく。討ち漏らした、あるいは手負いの強欲の獣を倒すのは、ライの役目だった。幾つかかすり傷ができるものの、致命傷ではなかった。
普通、獣を切れば剣にはアブラがつき、切れ味が悪くなる。今回、敵は血の通わない金貨で出来た強欲の獣だ。ためらえば剣がへし折れる危険性はあった。それを理解してなお、ライは全力で剣を振るう。今のライにはそれしかできない。だが一振り一振り毎に剣戟は洗練されていった。
城門がひとりでに開く。「白のウォレス!! 弟ペテロを返してもらうぞ!」
(四天王とかいないのかな……)
大きな扉の前に立つと、扉がひとりでに開く。ライは慌てて後ろに跳び退った。
扉の奥にウォレスとペテロがいる。
(見られた)(ス、ステップバックだ)(豹のような俊敏な動きで回避)(中から矢が飛んできてたりしたら死んでたんだ、正しい)(セーフだ)
「白のウォレス!! 弟ペテロを返してもらうぞ!」
魔法使い相手にどうすりゃいいんだ、土下座でもして返してもらうか、と思っていたが、なんだかすごい怪力の女が仲間になってくれた。ここは強気だ。そう思いながら一歩を踏み出そうとして、気づいた。
すみれがいない。
(おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい)
多分不意打ちかなんか仕掛けるために隠れてるんだろう。そう勇気付けながらライは進んだ。謝るのは後でもできるが、振り上げたはったりを引っ込めたら取り返しがつかない。
「ウィルレスは二人もこの世にいらねえ。決めようぜ、どっちが本物のウィルレスか」
弟がこちらを見ている。昔からそうだった。一人きりでは、夜になると墓場のことなど考えるのも嫌だ。しかし、誰かが見ていれば強がらなくてはという思いから強気の振る舞いをする。墓場を歩くことだって怖くなくなる。死ぬのかもな俺、と思ったが、それでもいい気がした。
「もうわかったろう。嘘なんだ、全部」
「……うん」
ライは自分のいない間にとっくに嘘が全部ばれているだろうと思っていた。ペテロは嘘というのを、ウォレスが裏切ったのを伏せていたことだと理解した。もしかしたら、<エクスカリバー>は既に壊滅しているのかもしれない。「どうして俺の名前を知っている!?」という兄の言葉を思い出す。きっとシラガもウォレスも洗脳され、ライのことを忘れてしまったのだろう。
「<エクスカリバー>なんて存在しない。ウォレスも【物乞い】も仲間じゃない。悪者を全部やっつけて、伝説の剣を振り回して、弱者を全部救えて、そんなのは全部空想の話だ」
わかってなかった。何のことを言われているのかわからない。
「ウォレスさんは仲間だってさっき言ってたよ」
そう言いながら弟はウォレスを見上げる。今度はライがわからなくなった。時間伯爵といい、未曾有の危険の中だというのにくれって言ったら素直に剣をくれる公騎士といい、こいつらは一体何なのだろう。特にウォレスが何を考えてるのか気になって仕方なかった。ものすごく話を聞きたい。しかし、聞き返すとかうろたえるとかはヒーローの振る舞いではない。ライは聞こえなかったことにして話を進めた。いよいよ何か誤解があるとすれば向こうから言って来るであろう。
「でも、一つだけ本当のことがある」
そう言ってライは、いつも持ち歩いているインク壺を取り出した。開けようとしたが、手が疲労しているからかインクが固まっていて蓋が開かない。こういうことは予想できたじゃないか。なんで一旦開けておいて戻すということをしておかなかったのだろう、とライは後悔する。
手に持った剣がまた蓋を開けるのに邪魔なのだが、ではこの剣をどこに置くといって、股に挟むのはかっこ悪い。いざという時に剣を握っていないのも危険だ。かといって間が空くのも困る。ライは困りっぱなしだった。
インク壺をひねくり回してちょうど両手が水平になったとき、その間を虚空から現れた巨大な刃が通り過ぎていった。ちょうどインク壺がぱっかりと空く。ライは実に、ウォレスが首切り鎌の準備を終えるのに十分な時間インク壺を相手に焦っていた。
「相変わらず間が悪いのう。語りに重要なのは練りに練った内容よりも、むしろわかり易さとテンポじゃぞ」
こんなのを相手に戦うのか、という恐れになるべく目を向けないようにして、ライはインクを頭から被り、手で髪に伸ばした。途中、片手だとやりづらかったので一旦剣を置いた。殺す気ならさっきのでやれてたはずだから、待ってくれるだろうと思ったのだ。さて続きを言うぞ、と思って顔を上げたら額にインクが垂れてきた。一瞬迷いが起こったが、迷いが動作に結びつく前にライはストールで手を拭き、頭に巻いた。
(これ結構高かったのに)(服にも垂れてきた)(だが英雄は服にインクが落ちることなんか気にしない)(さっき金貨いっぱいあったし帰りに拾おう)(この強い気持ちが英雄なんだ)
「……俺がヒーローソードだってことだ」
何が「ってこと」なんだっけ、と弟が文脈の把握に困るのに十分なだけの時間を経て、ついにライは前口上を終えた。
ttp://stara.mydns.jp/upload/up/herosword.png
***
ウォレス・ザ・ウィルレスに決闘を挑む。
-100/+100でキャラクターを変動し、24時までに neo-nitoro666@live.jp (nitoroさん)に送る。
敗北したらライは死ぬ。ウォレスが敗北した場合生き死には好きにしていいが、弟は返してもらう。
「すまねぇ、おふくろさんに、あの日の坑道作業を手伝わせちまなければ…」
「もう、いいんです、だよー」
謝罪を繰り返す鉱夫に微笑と許しを返す。
アスカは、数多くの魂達と会話をした。少年に助言されたように。エフェクトを起こそうと足掻いている。
少しずつ体は街から離れて、空が近くなる。夜の街を眺めて、色んな人が空を漂っていた。
愛しい者を救おうとした人。仇を取ろうと足掻いた人。街を守ろうとした騎士。恋心を利用した男。
中には見知った顔も多い。それだけ今、命が散っているのだ。
「アスカ」
髪を二つに束ねた女が微笑んでいた。
「嘘、貴方まで…」アスカは死者達と話す中で感じる無常さと、じれったさに止まらない涙を流し続けた顔を歪ませた。
「どうして泣いているの」
「だって嫌なんだもん。こんなの悲しすぎるよ」
あの少年の全てを投げ打ち、どこか満たされたような顔を思い返す。自分は、そんなの、納得できない。そんな結末。そんな切断。
「なんだか、貴方は合う度泣いてるわ。ジェシカさんは元気みたいね」
「うん、ジェシカん、笑ってくれるようになった、だよー」
この街に来て間もない頃、深夜、アスカは暴漢に襲われたジェシカを助けようとした。複数人に囲まれて袋叩きに合って、助けれなかった。
その時、泣き叫んで這う自分と光の無い瞳で虚空を見るジェシカの傷を癒してくれたのが彼女だった。
助けたい時は、突進して一気に攫うようにしなさいと教えてくれたのも彼女だ。
「ボク、納得できない。誰かを残して、殺されて、無念を残した人がここにいっぱい居る」
「そうね、悔いが無いというのも稀有ね」
「もっと、幸せになれたはずなのに」
「満足した人たちもたくさん居るわ。聞いたでしょ、彼女もそうよ。友の為にその命を懸けた」良く似た姿の女が並ぶ。
「でも!残された人たちはどうするの!?貴方達が居なくなって、置いてけぼりになった人は!?そんなの、自分、勝手だっ!!」
母は、ここにも居ない。会って、くれない。
「そうね、無責任かもしれない。でもねアスカ、私達の物語の続きはね。残された人たちがその手で紡がなくてはならないの。
私達はやれるだけのことをやったわ。例え悪手でも、愚かでも。もっといい結末だってあったに違いないけど」
「ぐすっ…ひぐっ…」
「これは私達の物語なの。区切りはもう、ついた。後は、任せるわ」
「無意味、だよー!無、価値、だよぉー!こんなのぉ!!」
「だから、よ。だから貴方達が意味を作って、価値を与えて?続きを、貴方達の物語の中で時折描いて頂戴。たくさん、色々と」
「ふえぇ…?」
「それでいいの。それがいいのよ。私は幸せよ?
こうやって泣いてくれる人が居て。思い出してくれる人が居て。受け継いでくれる人が居て。語ってくれる人が居て」
「ぐすっ!ぐすっ!でも、忘れられたら!?いつか、丸ごと消えるボクたちは何の為に生きて死ぬの!?ママは何故死ななければならないの!?」
納得いかずに、延々と疑問が涙と溢れて止まらない。
「忘れてもいいの。死んだっていいの。永遠なんていらないわ。美しくなくてもいいの。私は私だもの。それでもいいのよ。既に応えたでしょう?貴方が作って。物語を見せて聞かせて。
まだない物語を。まだない私を。まだない貴方を。まだない命を。私達、世界の果ての観客に。感動を、感慨を、価値と意味を」
「ボクが?」
「貴方達が。ふふ、あの子も言ったでしょう?」
彼女はこちらに銅貨を渡して微笑んだ。
「納得できないのなら、エフェクトを起こせばいいって」
それは、命。譲れぬ自己の破片。誇り。
「これは?」
「私達からの依頼料。楽しませて。ロマンチックで素敵なお話を。いつかお茶も飲ませてね、期待しているわ、店員さん」
空を昇り太陽を目指す無念と満足の意思が、大量の手となって、アスカを包み、抱き締める。
「……暖かい。暖かいよ。ママに抱き締められた時みたい。こんなに暖かいの、コレが最後だね」
「何を言ってるの、また出会えるわ。もっと、もっともっと暖かい温もりの抱擁に、いつか、きっと。むしろ見つけなさい?」
女はウインクして笑った。アスカの顔が赤くなる。
見上げた月の夜。喧騒の街。
皆の高度が上がっていくのに反して、自分は下がっていく。押し出されていく。
「え?」優しい手が、雨となってアスカを殴りつける。激しいつっぱりで押し出す。
「ほら、いってらっしゃい、アスカ」
母が微笑んだ。
アスカは、体の最奥から、精神の深淵から、心の砂漠から、声をすくい上げて、叫んだ。世界中が弾けて震いあがった。
教会の巨大な氷解の中で魂まで凍らされたヘルミオネは再び眠りに付いた。
ヘリオットを護るのではなかったのか。約束が違うではないか。
消え行く意識の中でダザは思った。
・・・誰かの声が聞こえる。
(どうした?オマエの怒りはそんなものか?もっと怒れよ、オレが手伝ってやるからよ!)
氷解の元になっている水は、教会に充満していた霧、怒りや憎しみを誘発する精霊水であった。
氷の中の精霊がダザの魂を揺さぶる。怒れ、怒りは炎、怒りはエネルギーだ。
魂が熱い。燃えるようだ。
ダザは魂で叫ぶ。
『ヘリオットを護れ!大切な人達を護れ!そして・・・』
『『戦え!ヘルミオネ!!』』
氷解にヒビが入る。中のヘルミオネが動き出す。
破壊音と共に、ヘルミオネが飛び出す。
「了解です。マスター。」
誰もいない教会でヘルミオネは呟く。
ヘルミオネは教会の天井を見上げると、足をキリキリと曲げ、跳んだ。
天井を突き破って屋根に出る。
情報集積開始。
精神感応網アクセス。関係者の現在位置把握。
続けて、システムジーニアスのデータベースにハッキング。暗号を復号展開。必要情報取得。
ヘルミオネは事態を把握する。
現在、最も危険な人物は先ほどの少年。少年を止めなければ街は護れない。
ヘルミオネは胸に手を当てる。
胸が熱い。こんな感覚初めてだ。
マスターの魂はここにあります。
マスターの魂が有る限り、貴方の物語は終わりません。
マスターの魂が有る限り、貴方の物語を紡いで魅せます。
ヘルミオネは屋根から飛び降りて走り出す。
*
ヘルミオネは劇があった舞台にやってきた。
ヴィジャとカガリヤ、そして鉄の竜がいた。
「また貴女ですか。よくあの氷解から出て来れましたね。魂まで凍らせたというのに。」
「マスターの熱い想い、熱い魂にはあのような凍結は無駄です。」
「熱い想い…、ですか。」
ヴィジャはつまらなさそうに呟く。
「人形かと思いましたが、想いや気持ちが分かるんですか?」
「確かに私は人形です。しかし、マスターの魂を引き継いでいます。
魂があるなら、思いや気持ちだって分かり得ます。」
「…それで、また一人で来たのですか?同じように竜に凍らされるのがオチなのでは?」
「今度は一人ではありません。」
そう言うと、ヘルミオネは左手を上に掲げ呪文を唱える。
「集え!我がマスター『ダザ・クーリクス』の魂の元へ!
戦う意思がある者よ!魂の繋がり、共感に応え給え!
我らの世界を護るため、大事な人を護るため!戦え!
『英雄召喚』!!」
ヘルミオネの後ろに何柱かの火柱があがる。そして、中から人影が現れた。
「魂の訴えに応えていただき有難うございます。」
ヘルミオネは召喚した人々に礼を言う。
「私はヘルミオネ!我がマスター、『ダザ・クーリクス』の魂と意思を引き継ぐ者!
街を、世界を、大切な人を護るため、一緒に戦ってください!」
ヘルミオネはダザの形見である鋼鉄ブラシを構え叫んだ。
今、最後の戦いが始まる。
==============================
(補足情報)
『英雄召喚』は生前貴方と縁があった人たちを呼び出す魔法です。
自分一人の物語では誰も呼び出せない魔法です。
誰も呼び出せなかった場合は、もっと人と関わっとけば良かったと後悔してください。
さて、貴方の物語はどうだったでしょうか?
マックオートは不思議な浮遊感の中にいた。
恐怖と混乱で満ちたリリオットの街がどんどん遠ざかり、自分は高くあげられていく。
きっと死んだ時はこんな気分なのだろう、とマックオートは思った。
自分は死んだと感じたのはその直後だった。
周りには色んな人が漂っていた。きっと彼らも死んだのだろう。
コツン、
頭に何かがぶつかった。銅貨だった。
コツン、
また銅貨がぶつかった。なんだか癒されていく気分がした。
コツン、
ぶつかる度に体に刺さった矢が光になって消えていく。
マックオートは今の気持ちを言葉にしようと考えたが、できなかった。
最後に、1枚の銀貨が降ってきた。
『あなたは幸せものね』
女性の声が聞こえた。
すると突然、世界が震えるほどの叫び声が聞こえてきた。
声の方に振り向くと、見覚えのある大男が大量の手につっぱられ、押し出されていた。
最後の強いつっぱりが大男を弾き飛ばし、マックオートめがけて飛んできた。
そのまま激突し、街に落下していく。
「目を覚ましてよぉ……この大馬鹿やろぉ……。お前なんか英雄失格だよぉ……女の子にプレゼントを贈るところからやり直しだよぉ……」
かすかに女性の声が聞こえた。さっきの人とは別の人だ。唇に感触を覚えた。
「ねえ……マックオートぉ!!」
また聞こえた。今度はハッキリと。ソラだ。
***
目を開けると、ソラが泣いていた。
倒れたマックオートの目の前で、マックオートのために泣いていた。
マックオートは全身の機能を確かめた。体中に矢が刺さっている。
しかし、右腕だけは一本しか刺さっていない。角度を考えれば、いける。
右腕を動かしたいと願った。それは願いどおりになった。
涙を流して震えるソラを右腕でそっと抱きしめると、ソラの動きは止まった。
声はどうだろうか。声は出せる。
「どんな動物が好き?猫とか、うさぎとか・・・
木を削って、好きな動物の形にしてあげるよ。それをプレゼントにする。」
ソラは何も言わない。
「高価でキラキラした指輪の方がいいかな・・・?」
ソラはまた泣きだしてしまった。
===================================
オシロへ
お前に秘密を明かす前に私が死んだ時の為に、この遺言を残しておく。
なるべくなら、落ち着いた所で読んでほしい。
まず、直接お前に話してやれなかったことを謝りたい。
全ては告白を先延ばしにし続けた私の責任だ。
お前のことだから、きっと基地の襲撃の事を、
自分のせいだとか思っているのだろうが、
決してそんなことはないので、安心するように。
エフェクティヴは、皆が皆、それぞれに覚悟を持ち、
他人を傷つけながら理想を追い求めているのだから、
その責任はいつも自分だけのものだし、
お前が背負おうと思っても背負えるものではない。
それどころか、エフェクティヴはお前に借りすらあるのだ。
お前の両親は、エフェクティヴの中で結婚し、
お前を産んだ後、六年前の神霊強奪作戦に従事して、
その暴走に巻き込まれて二人共が死んだ。
お前はそう思っていただろうが、それは違う。
この二人はお前の本当の両親ではない。
お前がまだ二歳くらいの頃、
お前はエフェクティヴによって、ある中流貴族の屋敷から攫われてきた。
エフェクティヴはお前を人質に、ある要求を通そうとしたが、
立場を優先したその貴族は、身代わりの死体でお前が殺された事にして、
要求を無視し、お前を切り捨てた。
その後、使い道のなくなったお前を引き取り、親代わりに育てたのがあの二人だ。
本当は、あの二人が死んだ時にお前に教えてやるべきだと思った。
だが結局、私はそれを最後までお前に打ち明ける事ができなかった。
お前を失うのが怖かったからだ。
大人というのは、誰もが誰も、こんなにも自分勝手なものなのだ。
お前があの、リソースガードの娘に、
両親の事故を重ねて、負い目を感じているのも知っていた。
しかしそれも本当は、お前が背負わなくてもいいはずの負い目だったのだ。
お前は、エフェクティヴではないのだから。
だからもう、お前はエフェクティヴに縛られず、
自分のしたいように、思うように生きなさい。
これまで全てを隠していながら、
勝手な言い草で、本当にすまないと思っている。
勝手ついでにもう一つだけ言わせてもらうと、
お前と過ごした日々は本当に楽しかった。
これからはその清々しい笑顔で、
愛する人と幸福な時間をすごしていっておくれ。
精霊がお前をいつまでも愛するように。
じーちゃんより
===================================
「もう遅い・・・。遅すぎるよ、じーちゃん・・・」
解凍された精霊王の精神は、ゆっくりと確実にオシロの精神を侵し始めていた。
それは上書きではなく、追加。
膨大な歴々の記憶と知識がオシロのアイデンティティを押し流し、
その人格を、オシロのまま精霊王へと変えていく。
訳もわからぬまま、気づくとオシロは、
そこから全力で逃げ出していた。
[オシロ31へ]
カラスが話を続けようとした。
同じ頃、黒い虫の衣を纏った人型の魔物が空を飛び、
時計塔に近づいていた。
魔物は怒りに満ちた言葉と共に矢を放ち、それはサルバーデルの胸に刺さった。
そして、彼はゆっくりと地面に倒れていった。
彼はカラスの前に立ちふさがり、かばってくれたのだった。
カラスはまた、呆然と立ちつくそうとしていた時だった。
階下からは魔物を追う剣士が現われた。
いつか、酒場で見た青年だった。
青年は剣を捨てて魔物に呼びかけ、その攻撃を受け止めた。
青年はカラスに、今のうちに逃げろと合図を送ったように見えた。
カラスは倒れた主人を背負い、塔の階段を下った。
外は静か…でもない。かすかな声が聞こえる。
聞きなれない言葉だが、時々『時計』という単語が聞き取れた。
遠くには、長い耳の生えた者たちの姿が見えた。
不安が加速した。
身体と鎧の重さも関係なく、カラスはひたすら通りを走り、
あの場所へ行くしかなかった。
"最果て"へ。
前にもこんな事が。帰巣本能なのか。
鍵は閉めてあったが、中にいた仲間たちが開けてくれた。
カラスは仲間たちに、サルバーデルの受けた怪我の説明をした。
そこまでの経緯を話している時間はなかった。
サルバーデルは、折りたたみベッドの上に横たえられた。
医療に詳しい者が彼のシャツのボタンを開け、胸に刺さった矢を見る。
矢は魔法でできていて、実像はなかった。しかし、それは黒く闇を落としていた。
いわゆる『霊傷』だった。
仲間のうちで最も魔法が使えるのは、今にも疲れて倒れそうなカラスだった。
カラスは水を張った桶を用意させ、きらきら反射する水面に向かって手を伸ばした。
その光は手に吸い込まれ、水はあっという間に蒸発してなくなった。
カラスは、彼の胸に光る手を当てた。
染み込んでいた黒い『霊傷』は、だいぶ小さくなった。
彼の呼吸は、良くなってきた。
カラスは水面の輝きを代償にして、『スリスの泉』という癒しの魔法を使ったのだった。
カラスは鎧を外してもらい、仲間たちと共にサルバーデルの様子を見守った。
彼はその顔だけでなく、全身も傷跡だらけであった。
舞台から降りたカラスは、悪事を行った彼を討とうとしていた。
しかし、できなかった。
「カラスさん、ありがとう。…助けてくれたんだね」
リボンをつけた仲間は、無事に戻って来られたようだった。
彼女に頼まれたとおり、サルバーデルを連れてくることはできた。
しかし、まさか彼が自分を守ってこのような事になったなどと話せようか。
とうとうカラスは堪えきれなくなり、両の目をひどく熱くしてしまった。
舞台の後で、声はほとんど出なかった。
(ヘルミオネ42の続き)
「あっれぇー?ダザじゃないじゃーん?」
火柱の中から気の抜けた声がしてヘルミオネはガックンと膝折れた。
マスターの記憶から声の主を探し当てると、
「よりによってお前かよぉオオオオ!!!!?」
「あ、やっぱりダザだ」
「ハッ、マスターの口調が感染ってしまったようです…」と、ヘルミオネは口に手を当てた。
「ダザの女装ちょーかわいー!」
火柱の中からもう1人起きあがった。
「………あなたはマスターが一度泥水で食事代を貸しただけの関係のウロさん!」
「頭いってェー。なんだここ?」
「すみません、こんな時になんですがあとで50ゼヌ返してください」
「なんで俺がお前に。」
「そうか、お金を貸したのはマスターで、私は只のオートマトンで、マスターはもう死んでて、ああ、こんがらがってきた」
ブォーム。
金属の竜が眠そうに欠伸をした(床が焦げた)。
実はもう1人召喚されていた。
「わーん、ママぁー!ママぁー!」
小さい女の子。
ヘルミオネの脳裏に一瞬で検索結果が出た。
「…サラ。」
「なに?」
「マスターの娘です…ね。召喚魔法を使うとき、この子の映像が混じってしまったのでしょう。」
ヘルミオネはサラを抱っこした。
女の子は一瞬で泣き止んだ。
「……パパ?」
「違います。あなたのパパは、」
死にました、という言葉をヘルミオネは言えなかった。
夢路は舞台の右袖を指差した。
「……あれが敵?(あのお姉さん超見たことある)」
「そうです」
「あれを倒すの?」
「はい」
「手伝おうか?」
「いえ、夢路さんはこの子を連れて逃げてください。」
夢路はニヤリと笑うと
「やぁ〜だね!」
「・・・あの」
「おっとこんなところに便利な紅い糸が」
精神感応網を通ったおかげでいったん外れたらしい。
夢路はその糸でもってヘルミオネの背中に女の子をくくりつけた。
「・・・あの、すみません、ちょ」
「あっはっは!!これで死んでも死ねないね!!!これぞ背水、いや背子の陣!あーっはっはっはーっっ!!がんばれ生きろダザ、カッコ悪くな!」
「夢路てめーいつかコロス――ッ!!!」
ヴィジャは暇であった。それというのも英雄召喚と言いながら特に英雄があらわれなかったので。
それらの変化のすべてはごく短時間で起き、すべて記録された。
死んだ女教師は聖骸として保管された。記録上は処女のままであったとされた。
一方それが産み落とした泥は監視の下に置かれた。
それは増えた。
水汲み桶からはみ出たので洗濯桶に移し変えたが、その容量もほどなくして不足した。
どうも増え方自体が増えているようで、放置すればリリオットはおろか世界中をこの泥が覆ってしまう危険も考えられた。
よく分からないが安全には代えられない。それは燃やされた。しかし失敗した。
一部は燃えたが、すぐに泥全体が耐性をつけた。
大鍋に入れて加熱したり電撃を加えたりと色々試されたが、何をしてもそれはすぐに無効化された。
泥を分割しても同じことで、耐性学習らしき効果は他の塊に伝播した。
どうやっても滅ぼせないようだった。
しばらくすると泥は増えなくなった。
その代わりに形を変えたり外的刺激に反応したりと、生命らしき振る舞いをするようになった。
危険がとりあえずなくなり、なおかつ観察者の好奇心を刺激したことで、それの管理はふたたび監視へと移行した。
泥が人間に危害を加えることは無かった。
後知恵では都合のいいように何とでも言えるものだ。
泥の振る舞いは記録を元に、後になってから以下のように解釈された。
・泥は生物のようなもので、ゲドルト・ハラルシュティンが言うところの≪進化≫のようなものを行っていた
・ただしその速度は既に知られている生物の比にならない
・最初はその体積を増やようとした
・しかしそれは失敗した。その方向には障壁があると見て、泥は存在維持のための戦略を変えた
・環境を意識していた。すなわち、自分が遭遇している何者か(人間)と協調するために気を引いたり、意志の疎通を図ろうとした
・やがて泥は、効率よく意志疎通をはかるため、形を変えての身振りなど、人の振る舞いを模倣することを発見した
・母体に関する記憶を、いくらか保持していた
紆余曲折を経て、泥は人の姿になった。
ドゥッドゥッドゥドゥドゥ♪ ドゥッドゥッドゥ〜〜♪
低いドラム音がホールに響く。
室内にいる面々が音のなる方に目を向けると、暗闇から一人の女が現れた。
「気になってるみたいなので教えてあげるけど、これは”ホーリー・マゼンタ 〜リリオットの危機のテーマ〜”よ〜」
テーマ曲は今日の朝にようやく完成にこぎつけたものだった。マゼンタはマゼンタなりにリリオットの一大事に備えていたのである。
さて、すみれはというと、いつの間にか亀甲縛りで天井に吊り下げられていた。
「マゼンタさん、早く降ろしてください! こ、こんなことしてる場合じゃないんですよ」
すみれを縛る縄は、解こうとすればするほど体に食い込んでいき、すみれの自由を完全に奪っているのだ。
「こらこらヴァイオレットちゃ〜ん。彼らの邪魔しちゃダメよ」
「クク、紫色〈バイオレット〉か。奇遇なもんじゃの? 白痴嬢」
「あ〜らあら、おっちゃん。あなたは白色〈ホワイト〉になったんでしょ?言いっ子なしよ」
ウォルスと軽口を叩き合うマゼンタに、すみれの苛立ちはついに限界を迎えた。
「わたしが戦わなきゃ……ライさんが死んじゃうんですよ!!」
すみれの激高を受けたマゼンタは、ピクリと止まると、ふーんと鼻を鳴らす。
「ライ君、聞いた〜〜? どうしてもとっつぁん坊やが怖かったらヴァイオレットちゃんを降ろしてもいいわよ〜」
「そんな当たり前の事聞かなくてもいいです! わたし、わかるんです。同じだから……。ライさんは……わたしと同じ……戦う力をもってない人なんです! 本当はこんな場所に居させちゃいけないひとなんです」
「……だってさ、ライくんはどう思う〜〜?」
マゼンタの質問を受けたライは、目を閉じて大きく息を吸うと迷いを振り切るように、噛み締めるように言葉を紡ぐ。
「降ろ……さなくても、いい」
「ど、どうして!?」
「……元を正せば。ここでペテロがこんな目に合ってるのも、俺に勇気がなかったから、なんだよな」
ライは握り締めた剣をじっと見つめ、視線を緩やかにペテロに移した。
「お兄ちゃん?」
「俺は後ろめたさを感じながらも、どこかで自分のやってることがペテロの為になっていると思っていた。俺の手紙でペテロが元気になれば良いと……楽観していた。だけど俺が積み重ねた負債によってこの状況が作り出されてしまったのなら……。どこかで勇気を持たなくちゃ、またこんなことが繰り返すんだろう」
「たとえ現実が英雄と程遠くても……今だけは……いや、今からは! 手紙の中の英雄〈ヒーローソード〉に負けないくらいの勇気を持たなくちゃいけないんだ!」
ライの叫びを聞くと、マゼンタとウォルスは心底愉快そうに喉を鳴らした。
「ふふ……一世一代のドスコイに言葉は最早不要。あとはどちらかが土俵を割るまで突っ張るだけよね」
突風とともに純白ローブがたなびくと、ウォルスの表情から笑みが消え去り、あたりを緊張が覆い尽くす。
「おのがすべてを投げ打ち、ただ弟を救わんとするお主が英雄でなくて、一体この世界の何者が英雄であるというのか。まるで幾万と繰り返された、いにしえの英雄譚の中にいるようじゃ……。相応しいぞ、ライ。いや、ライ殿。貴殿こそが我が物語を締めくくる最後のひと欠片だったのじゃ」
戦いが始まりをつげた。
墨色に塗られた翼を精製し、レストとすみれを抱えて、『常闇』が落ちてきた穴から一気に上昇し、
そして最短距離を辿りながら(ときどき壁をぶっ壊したりしつつ)神霊を引き上げていた穴から上空へと向かう。
第二神霊を無理矢理掘り出そうとしたせいで坑道の構造が不安定になりつつあったのに加え、
霊的に山を支えていた神霊が失われたことで、坑道が崩れてしまうのは時間の問題だった。
その手には【叡智の地図】。
エルフが築いた『ジーニアスの偶像』。
ジフロマーシャが築いた『観測者システム』に《獏》の力が合成された『精神感応網』。
通信規約[プロトコル]も暗号鍵[サイファ・キィ]も全く異なるそれらも、
ヘレンが用いたとされる絶対言語[アブソリュート・ランゲージ]に変換してしまえば大した差異はなかった。
『常闇の精霊王』がリオネに託した情報書庫[アーカイブ]に加え、
リアルタイムに情報のやり取りが為されている精神ネットワークへのアクセス権を
【叡智の地図】によって手に入れた、という事実は、
リオネを全智レベルにまで押し上げた……訳ではない。
ひと一人の情報処理能力には限界がある。世界中の図書館の本を一生掛けても読み切れないのと同じだ。
だが、それでも、
今この街で起きていることは大体理解した。
山肌まで脱出した頃は昼だったが、街に降りる頃には夜になっていた。
その間、半刻も経っていないはずだった。
時間も精神も掻き混ぜられながら、この街は一つの物語を紡いでいる。
その物語の欠片の一つが、この手の内に握られている。
レストとすみれをメインストリートに降ろしたのち、
蜘蛛の巣のように絡まり繋がる精神網を巡るため更に空を翔ける。
観測者システムの中心[ルート]を探し辿る内、
同様にシステムをクラックしている存在を見付けた。
******
人の形。
一体何が、人を人足らしめるのか。
意思なき人形に意思を見出した時、その意思は何処にあるのか。
意思は誰かの中にあるのではなく、其れを意思だと感じる心こそが意思なのではないか。
人と人でないものの境界はどこにあるのか。
そんな境界はどこにも無いのではないか。
ヘレンならどう答えるだろうか。ヘレンは人だったのだろうか。
******
夜空を翔ける翼は闇に溶け、極光のような光を撒き散らす。
私が望むものは、無機なる装置[デバイス]ではなく、有機なる意思[デバイス]なのだと証明するために。
舞台は其処に在った。人と人ざる者の境界の、最も曖昧な場所。
炎が上がる。戦いの果てに、私は何を見るだろうか。
夜が更ける。光る街の上空で、闇は深い。戦いは続く。どこかで、あるいはそこここで。
立ち上がる英雄たちの手をすり抜けて、たくさんの人間が死んでいた。
偶像のパレードや財宝の獣に、あるいは錯乱した同じ街の住人によっても。
リューシャは、その只中にいた。
崩れ落ち金貨の山となった獣を一瞥し、荒くなった息を整える。
シャンタールには刃毀れひとつないが、リューシャのほうはそうはいかない。
今朝、宿を出てから、もうずっと駆け回りっぱなしだ。心は揺れなくとも、身体はどうしたって疲弊する。
「あ、あの……」
「ああ、……無事でよかったわね」
背後にへたり込んだ子連れの家族に、広場に端を発し、リリオットに広がった事態を簡潔に説明してやる。
やはりサルバーデルを名指ししたヴィジョンは見ていたらしく、話が通じないということはない。
巻き込まれることを厭うなら、故郷だって家族だって、捨てることはできる。
捨てたくないのなら、そのために動くことだ。
「逃げてもいい。戦ってもいい。ここはあなたがたの街だ」
説明を終えて次の地区へ走りだそうとするリューシャを、小さな少女の手が止めた。幼い手がスカートの裾をつかんでいる。
「……おねえちゃんは?おねえちゃんはその、えいゆう、なの?」
リューシャは、その子に向き直る。
そして、笑った。
「いいえ、違うわ。そういうことは、もっと頑張っている人に言ってあげるといい」
じゃあね、とその手を引き剥がすと、リューシャは路地を抜けていく。
振り返らなかった。
走り、斬って、逃げて、時に手を差し伸べて、捨てて。
光る路地裏で、煉瓦造りの壁に背を預けて息をつく。
肩で息をするリューシャの頬に、光の一部が触れた。
「……ダザ?」
彼とともに戦う者を求める声が、聞こえた気がした。英雄を求める声が、ほんの小さくだが確かに。
顔を上げる。もちろん、そこには誰もいない。
「英雄、ね」
応えれば、そうして立つこともできるのかもしれない。魔力はそのための道を開いている。
先ほどの少女の声が、耳に残っている。
おねえちゃんは、英雄なの?
それでもリューシャは胸を張って、何度でも、いいえ、と答えるだろう。
刀匠が、英雄と肩を並べて戦ってどうするのだ、と笑うだろう。
「……裏方が、わたしの仕事場よ」
したいことと、できることを、できるだけ。
仮に歴史に残すとしたら、自分の名より、自分の造った剣の名を。
それでいい。それが望みだ。
リューシャは休憩を終える。
もう休まなかった。
「……どうして」
「ラペコーナ」店内。ソフィア達に泣きながら引っ張られてきたマドルチェが、ふいに口を開く。
「ん?」
「どうしてこんなもの返したりしたのよ!」
泣き喚くマドルチェが右手をかざす。ソフィアは驚くこと無く、その手に自分の右手を重ねた。
再び流れ込んでくる負の感情に、びくっと震えた彼女が手を引っ込めようとするが放さない。暴れる少女をそのまま抱きしめる。
「だめ。目を逸らさずに、ちゃんと見ないと」
「そんな薄っぺらい言葉なんていらない!みんなみんな、こんなもの全て捨てて、幸せになればいいのよ!そうじゃなきゃ、私は幸せになれないのよ!
私はどこにも行けなかった、何も掴めなかった、私の気持ちなんて、誰も聞いてくれなかった!私は…」
泣き喚く少女を宥めるように、ソフィアは静かに言葉を返す。
「なら、あなたは誰かの気持ちを理解した?」
「……え?」
「してないでしょう。幸せっていうのは相互作用なんだよ。人は一人じゃ幸せになれない。互いの一部を交換して、始めて成立するものなんだから」
だから、あなたは人を幸せにしなさい。
誰かの幸せを思考し、スキルを見直し、プランを形成し、実行しなさい。
その代わり、あなたの幸せは、私も考えてあげるから。
「考えてくれるのは、私だけじゃ無いだろうけどね」
そう言って、ソフィアは笑う。マドルチェの持つ絶望色のイヤリングをそっと手に取り、自分の耳につける。
突如として転移魔力が生じたのは、その時だった。
えぬえむが転移先を教えてくれる。どうやら、騒動の渦中らしい。危険だが、好都合だ。
「それじゃ、生きてたらまた会おうか」
ひらひらと手を振る。次の瞬間、ソフィアの身体は焔に包まれた。
※
人の逃げさった舞台で、静かに周囲を睥睨する鉄の竜。その眼前に、ソフィアは転移する。
竜。英雄の物語ではお馴染みの悪役。冷え切った金属の身体から、吹雪のように冷たい吐息を浴びせかける。
「まぁ、私は英雄じゃ無いんだけどね」
脚が凍る。機械化した左足が冷えて痛い。
「けれど道化ではある」
左手をかざす。
「役者なら、この舞台に上がる資格はあるでしょう?」
ぱちん、と指を鳴らす。それだけで、吐息は止まった。
竜は大きな顎で噛みつくことも、鋭い爪を振り上げることもせず。全ての行動を縛られる。
「けれどその舞台も、もうすぐ終わるみたいだね」
指を鳴らす音は、いつの間にかカチ、コチ、という時計の針の音に変わる。
「全ての魔法が終わる刻。"十ニ時の鐘"が鳴るよ、カボチャさん」
からん、コロン、と鐘の音。
それが鳴り止んだ時には、既に竜は物言わぬ屑鉄へと還っていた。
道行くリューシャの前に、金髪の少年が現れた。緑のローブを引きずっていた。
誰かに似ていると思ったが、すぐには思い当たらなかった。
金髪と言えばソラ、メビエリアラやそれを殺した少年と言った面々が思い浮かぶが、どれも異なる。
ヴェーラが比較的近い気もするが、やはり違う。彼女ほどではないにしろ、よく見たような顔なのだが。
少年は言葉を話さなかった。
話せなかったのかも知れない。何かを訴えようとしていた。身振りだけで、懸命に。
リューシャは言葉を持たぬものと接する術も心得ている。
その少年が伝えようとするものを辛抱強く読み取ろうとした。
じっと見つめてリューシャは直感する。
「お礼を言いたいの? わたしに?」
何の感謝だろうと考える。はたと、彼が誰に似ているかを悟った。
その言い分は、姿をくれてありがとうございます、と言ったところだろうか。
精霊が飽和して現実を塗り替え続けたリリオットだ。
何かのエフェクトでこのようなものが生まれることもあるのだろう。
「二つ。」
男はつぶやき、丘の上に寝転がる。
***
マドルチェの七片『絶望』は、彼女のイヤリングだった。今はソフィアの耳に飾られている。
ラペコーナで事情説明をしていると、転移の魔力が展開する。
マルグレーテで確認。逆算。
「…ソフィア。コレはダザさんのところへ跳ぶみたい。そして、龍と、観測者と…。とにかく、了承すれば跳べるみたい。」
などと説明してたら夢路とウロがすっ飛んでいた。
「危なくない?」
「むしろ出た先のほうが危ないわね。でも、虎穴に入らずんば虎児を得ず、って言うでしょ?」
「じゃあ、行きましょう」
そして二人も跳ぶ。
***
「英雄は、いないのでしょうか」
そうつぶやくヴィジャの背後に現れるえぬえむ。
「英雄なんていないわね。そんなのはお伽噺の中だけ。真実は、奇人、変人、戦闘狂」
「では、貴方は何者でしょうか」
ヴィジャが問い返す。
「私は私。それだけ」
「貴方もあの呼び掛けに応じたのかしら」
観測者、カガリヤが問う。
「もちろんよ。聞くまでもないでしょう?」
ヴィジャと背中合わせになる。金属特有の冷たさが伝わる。
「貴方も、暗弦七片が一つ『歯車の指輪』を持っている」
「はい」
「頂くわ」
「その前に、僕を倒してください」
「…それしか手がないのなら」
「手加減は、できませんよ」
「ならば、私もちょびっと本気を出しましょうか」
変動:エンドロールを4番目に、ハルシネイションを1番目に。
カガリヤが一瞬目を見開く。
えぬえむは高らかに宣言する。
「これは、決闘よ。他のものは皆手出し無用」
「いつでもかかってきてください」
「ならば、三歩進んで振り向いて斬る。いいわね」
「いいでしょう」
二人が離れる。一歩。二歩。三歩!
***
「あなたの手はわかっている。初手を見せ、その反応を伺い、後の先をとる」
振りぬく剣。飛び散る火花。
「そして、避けられぬ死の運命を以って、眼前の敵を貫く」
居合一閃、伸びる腕。
剣閃は腕を切り裂き、
腕はえぬえむの心臓を貫く…
「残像よ」
確かに貫いたはずの心臓。だが、そこにあるのは、長い、長い針。
空間に止められたかのごとく、引くことも、押し抜くことも出来ない。
「天を惑う星々よ。我が命に従い、剣と為せ」
羽を巡る星々が次々と飛び出し、刃となる。
「禍の火種、災厄の剣」
燃え盛る剣が金属の体に傷を入れる。
「混沌の呼び水、狂乱爪」
ねじくれたナイフが肩甲骨を貫く。
「木霊する風、嵐を運ぶ者」
豪風とともに大剣が真一文字に斬り裂く
「打ち砕く金剛、岩穿ちの剣」
無骨なサーベルが腹を貫通する
「巨岩を土塊へ還す、風蝕刃」
小振りのソードブレイカーが身を削る。
「貪欲たる日輪、貪る炎」
黒く輝く処刑剣が叩き込まれる
「そして月夜に煌く死の刃…」
ヴィジャの目の前まで寄る。
その手には薄く、儚く、鋭い刃。
「暗殺」
その一振りはヴィジャの、頸動脈にあたる部分を、斬り裂いた。
どこかの国のどこかの街、ある物語では精霊の都と呼ばれていた場所。その職人街の中にある一軒の工房。その建物の前を子供達がはしゃぎながら通り過ぎていく。その後、一人の黒髪の少女が工房の玄関口の階段を駆け上がり、戸を開けて中に入った。
「おかーさん!」
少女は声をあげて入り口のカウンターの中で赤ん坊をあやす女性が顔を向けた。金色の髪に、鳥の羽根のような耳を持った女性は、少女の方を見てふふっと笑った。
「おかえり、ヒヨリ」
「おとーさんは?」
「鍛冶場の方にいるから邪魔しちゃ駄目よ」
「じゃまはしないよ!」
元気な声を出して黒髪の少女、ヒヨリは建物の中を駆け抜けていった。
母親はヒヨリの姿を見送ってから、額にはめられて棚に飾られた写し絵の羊皮紙を眺めた。
羊皮紙の背景には教会が描かれ、その中央には若い頃の女性と、青いバンダナを巻いた黒髪の男の姿があった。その周囲には、彼等の友人であろう様々な人物も映っている。
あの後、私たちは結婚した。結婚式は教会で盛大に挙げられ、その後私たちはしばらく傭兵稼業を続けた後、色々な理由があってガラス工房を始めた。
工房を始めてまもなくして、最初の子供が生まれた。かわいい女の子だった。彼女の名前は悩むことなく決まった。『ヒヨリ』。どこかで聞いた覚えのある懐かしい名前。どこでその名を聞いたのか記憶の中からはすっぽりと抜け落ちていて思い出すことができないけれど、私の心を温かく包み込んで癒してくれる。
二人目の子供は数ヶ月前に産まれた。また女の子だった。今度は結婚式の時にも来てくれた友人から名前を勝手に貰ってしまった。この子が大きくなった時、彼女に紹介したらどんな顔をするだろう。今から楽しみで仕方ない。
「おかーさーん!」
ヒヨリが鍛冶場から戻ってきた。
「おとーさんがおしごとてつだってほしいって!」
「うん、じゃあヒヨリはその間お店と赤ちゃんをよろしくね」
母親は赤ちゃんを揺り籠に乗せ、店と鍛冶場の境界を跨いだ。
窓の外には真っ青な晴れ空が広がり、太陽が燦々と輝いていた。
おわり
私の使命は、全てを観測し続けること。
ヴィジャとえぬえむが戦い始めた瞬間も、彼女は精神感応網へのアクセスを止めなかった。
感応網は高負荷で直に焼き切れるだろう、
エルフの軍勢はパレードとぶつかり減衰。
そのパレードはマドルチェの消沈で解体、
メビエリアラは泥となった。
ウォレスも人数的劣勢であり、
サルバーデルの変り身は弓で瀕死。
眼前には英雄たち、
私の背には水すらない。
サルバーデルの計画は、恐らく失敗であろう。
いや、むしろ、本人の狙い的にはまずまず成功なのかも知れないが。
私の観測範囲内の全ての事象、
現在から過去へと繋がる連続空間がそう言っている。
少なくともリリオットの街が冥王毒で包まれることはないだろう。
暗弦七片は英雄たちによって全回収される。確実に。
ヴィジャはこの勝負に勝てないから。
本当に?
本当に暗弦七片は回収されるの?
まだ回収されたわけではないのに?
ヴィジャは負けるの?
負ける。
ヴィジャは負ける。
ヴィジャは最初に、相手に近寄る事しか出来ない。
私はヴィジャの過去の戦闘を既に観測している。
それはプラン化可能であることを知っている。
私はえぬえむの過去の戦闘を既に観測している。
それはプラン化可能であることを知っている。
疑似乱数が介在する一瞬の余地もなければ、
神の気まぐれ、蝶の羽ばたき、天啓、垂らされたミルク、何も存在しない。
戦いは、始まる前から結果が決まっている。
戦い始めた瞬間に、その先の未来が観える。
ヴィジャは負ける。
本当に。
私は知っている。
これは演繹と呼ばれる。
((A⇒B)∧A)⇒Bは常に真となる。
前提を知るものは結論を手に入れる。
私はこの世界の全ての前提を観測してきた。
私はこの世界の全ての結論を観測できる。
だから私には分かる。
リリオットは生き続ける。
英雄たちの手によって。
彼は今、誰そ彼にて、結界門にたゆたい、そのリンクは、上位10%、この一次元上においても、数多の指、意志が介在する、更なるレイヤー、読み間違い、何が何でも、他人には観えない笑み、鬱憤、一身上の都合、恋愛、母性、等身大、霧だらけ、爆発、過去の足跡、あっと言わせる、装置、新展開、論理演算、排他制御、膨れる、欠落、レール、音楽、苦悩、賑やかな喧噪とともに、スティグマ、奇跡、尽きぬ言葉、最大多数、ようこそ、観えてるんでしょう?
本当だ。
今ここで、この事は、揺るがぬ事実として、私に吸着している。
手に入れた。
誰がこの結論を手に入れているだろうか?
教えてもらった。
私には観えているから。
竜が自然へと帰って行った。
ヴィジャの水銀が身体中から零れ落ちる。
だよね。
ごめんね。
さて、どうしようか。
もう、私には何だって観える。
過去も未来も全部観える。
あなたが今付き合ってる恋人と別れるべきかどうかから、
酒場『泥水』のアラレ産精霊酒で悪酔いするかどうかまで、全て。
え?
あぁ、そうなの。
分かった、待ってる。
ええと、そうじゃないね。
「待てます」。
目前の敵?
最初はどうせ様子見でしょ。ブラシとか粗悪な精霊とか即席攻撃とか。
分かってるよ。全部。しばらくは耐えれるから。
主役が来るまでは、ここが私の舞台だから。
だから。
ここからが、クライマックスだ。
さぁ。
そろそろ、終幕だよ。
――――この指輪には異国語で名前が彫られている。君の名前と、それから――――
――――劇の練習、ですか? それが何に……なるほど、よくわかりません――――
――――ヴィジャ。どうするかはあなたが決めて。そう、あなたが決めるの――――
*
街のあちこちで騒ぎが起こっていたが、相掛け岩と精霊の広場は静かだった。
鉄の龍が降り立つ。ヴィジャとカガリヤは舞台の端に並んで座る。
壊れた客席が、崩れ落ちた舞台が、演じている劇を盛り上げるための装置としてそこにあるように、ヴィジャには感じられた。
「……この指輪を持って、時が来るまで悪者を演じきる。なんだか、お話の続きを見ているみたいですね」
リリオット中を舞台に物語を紡ぐ。時計の人はそんな風なことを言っていた。ヴィジャにはいまいちぴんと来なかったが、カガリヤと過ごす時間が増えるのは嬉しかった。
出番はそれほど多く無かったけれど、劇の練習も楽しかった。それに新しい友だちもできた。お姫様やカラスの人、カガリヤと同じ教師をやっている人や本物の魔法使い(本人がそう言っていた)、時計の人とその仲間たち。
「そうそう、リボンの子に飴玉をもらったんですよ。カガリヤも食べますか?」
ヴィジャは飴玉の小袋を差し出した。
カガリヤはそれを受け取り、服の内に仕舞い、立ち上がった。
「来るわ」
メインストリートの方から、規則正しく地を刻む足音が聞こえる。
「――『英雄』よ」
青い長髪の人形が再びやって来た。
彼女の立ち振る舞いは、なるほど、物語で見た英雄のものに近しいかもしれない。
台詞の応酬は劇の一幕のようで、ヴィジャの心は踊った。このシーンが終われば彼女とも友だちになれるのだろうか――漠然と、そんな思いがよぎった。
いくつもの火柱があがり、中から様々な格好をした人が現れた。見覚えのある人もいた。みんな彼女の友だちらしい。英雄は友だちも多いのだ。
龍が舞い、戦いが始まっても、ヴィジャはどこか夢見心地だった。
「ちょびっと本気をだしましょうか」
背後に現れた黒髪の少女がヴィジャに決闘を挑んだ。彼女もまた英雄だ。
腕と剣がぶつかり、火花が散る。
ヴィジャの戦い方はとても単純である。死なないように突っ込む、それだけだった。
対して黒髪の少女は、身体中から手品のように剣を取り出した。
それは長い長い針。
それは星々の羽刃。
それは燃え盛る剣。
それは捻れた短剣。
それは無骨な曲刀。
それは閃く小太刀。
それは黒い処刑剣。
戦闘中だというのに彼女はよく喋った。
歌うように演じるように、彼女は詠唱した。
役者として舞台に立ったヴィジャ。しかしこの瞬間は、彼女の演舞の観客だ。
剣が振るわれるたびヴィジャの身体は壊れていったが、そんなことは気にならなかった。
最後の一撃が振るわれる――それは儚く鋭い刃。
ヴィジャは銀の飛沫を散らしながら倒れ。
その手から指輪がこぼれた。
*
少年の終幕を悼むかのように、空が雫を落とした。
雫は瞬く間にその数を増やし、やがて雨となった。
死によって御伽噺の足枷が外れ、自由人となったウォレスは、魔王となることを選択した。明白なるリリオットの敵となることを選択した。
決断は成された。もはやウォレスを意気地なしと呼ぶ者はいないだろう。彼は正真正銘の化物になったのだから。白の魔王ウォレスになってしまったのだから。
そして、白の魔王ウォレスと<<ヒーローソード>>ライの戦いが始まった。
最初に動いたのはウォレスだった。
「この戦い、全力で行かせてもらう」白の魔王ウォレスが己の『意志』を示す。
ライはその言葉を終わりまで聞かぬうちに斬りかかる。ウォレスの片腕の無力化を狙い、剣を『叩きつける』。事前の計画〔シミュレーション〕は完璧だった。だが、ライは見誤っていた。ウォレスは予想よりもずっと狡猾だった。
「誰も儂の使う『死』からは逃れられぬ」
剣を振りおろすまでの数瞬のうちに、指先から放たれる『死』の連撃を食らうライ。ライはそれでも剣を『叩きつけ』、ウォレスの腕を一本麻痺させた。
だがウォレスは狼狽えることなく、悠然ともう一方の腕を持ち上げる。再び『叩きつける』ことしかできないライの目に、絶望の色が浮かんだ。
「お主はよくやった。だが人間にも魔王にも、二本目の腕があることを忘れてはいかん」
再び、『死』の連撃がライを襲った。さっきは気合いで耐えたが、今度は無理だった。視界が暗転し、床にどさりと倒れるライ。それきり、ライは立ち上がらなかった。
ライは死んだ。
「お兄ちゃん!」「ライさん!」弟ペテロとすみれの悲鳴が広間に響いた。
「決闘の時間は終わった。儂の名は白の魔王ウォレス。いずれ英雄に倒される運命を背負い、死の夢を希う、脆く儚い化物じゃ……だが、今はその時ではない」
「暗弦七片の一つ『虚妄石』はライが持っておる。そして儂の暗弦七片『希望』のオリジナルはこの城の奥の部屋にある。どちらも今の儂には不要のものじゃ。持っていくがいい」
ウォレスはライの死体に駆け寄るペテロを見ながら、悲しげな表情をして言った。
「儂はこれからこの城を離れ、しばらく旅に出る。行く先々に死を振り撒き、破壊の限りを尽くし、新たな英雄たちと戦おう。さすればいつか不死者の儂にも、きっと死がやってくるじゃろう」
「だから儂の話は、これでおしまいじゃ」
ウォレスの姿は消え、最後に声だけが響いた。
----
名前:白の魔王ウォレス
性能:HP70/知5/技5
スキル
・意志/1/6/1
・金縛り/10/0/8 封印 防御無視
・死の沼/30/0/12 封印 防御無視
・首切り鎌/65/0/16 防御無視
・死/5/0/1
プラン
1:最初に意志
2:相手が防御無視なら死
3:相手の防御力が0(参照不能では無い)なら死
4:相手の残りウェイトが16より大きく、相手のHPが65以下なら首切り鎌
5:相手の知性が1で、自分が金縛りを一度も使っていないなら金縛り
6:相手の知性が2または3で、自分が死の沼を一度も使っていないなら死の沼
7:相手の残りウェイトが12より大きければ死の沼
8:相手のHPが40以上65以下なら首切り鎌
9:相手の残りウェイトが8より大きければ金縛り
10:相手の防御が1以上なら首切り鎌
11:さもなくば死
12:さもなくば首切り鎌
人生は選択の連続であり、その結果でもある。
自分の選択、他人の選択、それぞれが今の世界を形成する。
自分の選択が違えば、また別の人生、別の世界があったのかもしれない。
それは、路地裏でひっそり死ぬ人生。
それは、誰かを庇って死ぬ人生。
それは、怒りと憎しみで暴れ、英雄に殺される人生。
それは、街を捨てて旅に出る人生。
全ては可能性である。
そして、今の世界はその無限の可能性のうちの一つ。
だけど、それは奇跡にも近いものなのかもしれない。
*
呼び出しに応えてくれた英雄達は想像以上に強かった。
封印宮の少年のヴィジャとえぬえむさん
鉄の竜とソフィアさん
残った観測者は、自然に自分の相手かと思いましたが
空から降りてきたリオネさんと対峙しています。
さぁ戦いなさい英雄達よ。街を世界を、自分の大切なものを護るため。
「パパ、凄いね!物語の中みたい!」
背中に背負ったサラが無邪気にはしゃぐ。
「そうだね。物語の中みたいだね。」
私は優しく答える。
「ねぇ、パパは戦わないの?」
「・・・戦っていますよ。今も昔も、そしてこれからも。君たちの未来を護るため。」
「ふーん?」
舞台の裏から銅の虎が現れ、ヘルミオネに襲い掛かってくる。
ヘルミオネは鋼鉄ブラシで殴りつけ、吹き飛ばす。
夢路に縛られた赤い糸を解く。相変わらず縛るのが下手だ。
「サラ、あそこにいる夢路のおばちゃんのところに行ってなさい。」
サラは頷いて、夢路の所へ行く。
夢路は不満そうな顔をする。
「ウロさん、折角来たのです。最後ぐらい一緒に戦いましょう。」
「戦闘は専門じゃない。」
「ほらほら、そんなこと言わないで。マスターが貸した50ゼヌとその利子分働いてください。」
「割に合わない仕事だな。」
ウロは仕方なしにスコップを構える。
ブラシを構える少女とスコップを構える男
その様子が面白いのか、夢路はケラケラ笑う。サラも一緒に笑ってる。
銅の虎は火を吐く。炎熱の大剣はその炎を吸い、熱を増す。
ウロのスコップがドリルとなり、虎の体を削る。
「かなり硬いぞ?本当に銅で出来てるのか?」
「魔力で硬化されています。炎熱で溶かしますのでその隙を!」
ヘルミオネは熱が溜まった炎熱の大剣を銅の虎を斬りつける。
剣で斬られた所が溶ける。ウロはその溶けた場所を目掛けて、ツルハシで叩きつける。
銅の虎は、ツルハシが食い込んだ場所からバラバラに崩れる。
鐘の音、降り出す雨が戦いの終わりを告げた。
マドルチェはおぼつかない足取りでフラフラと店を出て、夜道を歩いていた。最高の時は終わった。偶像は消え、イヤリングも失った。あれほど盛大なパレードも、ヴィジャの魔力が解け、マドルチェの意志が砕かれればカーテンコール、全てが泡沫の夢のように消えてしまう運命だった。
「マドルチェ……」
その後を追うようにリリオット卿も歩き出す。が、その行く先はメイドによって遮られた。
「……何のつもりだ」
「……」
「私はマドルチェを追わなければならぬ。もう二度と、悲しい想いをさせない為に」
「なりません」
「何故だ!」
「このままではリヴァイエール様の身が危ない、事が収まるまでリリオットを離れて何処か安全な地に身を隠すのです」
「ダメだ! それだけは断じて有り得ぬ! 仮にリリオットを離れるとしても、それならマドルチェを連れていくのだ! マドルチェを置いてこのリリオットを離れるな、ど……?」
言葉の途中で、リリオット卿は倒れ込むように意識を失った。目にも止まらぬ速度でメイドが放った鮮やかな手刀がリリオット卿の意識を刈り取ったのだ。
「申し訳ありません」
俯きがちに謝罪の言葉を紡いだ。マドルチェの犯した罪を鑑みても、リリオット家へ批難が集中することは既に誰の目から見ても明らかなのだ。このままマドルチェを庇い続ければ卿も同罪とされてどのような憂き目を見るか想像に難くない。そして彼女を卿と共に連れていけば、きっと再びリリオットと同じことが起こる。
人間である為の歯車を失い、人とは異なった精神に変わり果て、他者の非を是とする価値観を持ち、リリオットの呪いを受けた力を引き継ぐ者、それがマドルチェなのだから。
「……行きましょう、どこか遠い場所へ。私は貴方を守り続る。そう命じたのは紛れも無い貴方でしょう」
ふっと溜息を吐いて、メイドは一度振り返った。そこには夢遊病患者めいた頼りない足取りで、何かを探し求めるように彷徨うマドルチェの姿があった。
「アーネチカ……」
その後ろ姿に何か懐かしいものを感じつつ、そんなものは有り得ないと頭を振って無益な考えを否定した。
斯くして、リリオット家は。
その名前と長い歴史に幕を下ろす。
どこで踏み違えたのか、何が悪かったのか、今となっては誰にも分からない。
*
「私は……、私は……」
これから何をすればいいの? もう何も分からない。演劇もパレードも全てが終わってしまった。剣士に傷付けられた身体を引き摺って歩き続けてながら、マドルチェは頭の中で寸刻前の会話を反芻していた。
あの女。あの女は誰だ。マドルチェの手に触れて、マドルチェの絶対王制を感じて、それでも尚、マドルチェに幸せを説いたあの女は。
(幸せっていうのは相互作用なんだよ。人は一人じゃ幸せになれない。互いの一部を交換して、始めて成立するものなんだから)
――あぁ、本当にそう。
最後に触れた優しい右手、彼女は一体誰だったのだろう。優しくて、温かくて、生まれた時からあの温度を共有する誰かが居たなら、或いは違う人生を歩むことが出来たのかもしれない。絶対王制を持つ彼女を受け入れて、私を見て、理解して、同じ時間を過ごしてくれる人がいたなら、もっともっと幸せで、きっと誰よりも優しい時間を……。
「行かなくちゃ……」
あの人と一緒なら、私は変わることが出来る。もしかしたら今からでも、間に合うかもしれない。私は、私は……!
「――え?」
激痛と共に、見えない手に突き飛ばされたのはその時だった。たまらずに尻餅を付いてから、痛みの走った胸元に視線を向ける。
「あ」
マドルチェの胸から流れる混じり気のない赤。震える手でナイフを握り締めた少年が、ボロボロと涙を流しながら彼女を睨みつけていた。
「父さんと母さんの仇だ……! お前が、お前がみんな殺したんだ!」
少年が吠える。お前が仇だと。お前さえ居なければ良かったのに、という呪詛を投げ掛けながら。
「私が、殺した……」
そうだ、私はたくさん殺した。門番も、公騎士も、街のみんなを。きっとこれは罰なんだ。人に私の幸せを押し付けて、殺して殺して殺して殺して、その果てにこの結末がある。それなら文句は無い。私は私のやりたいようにやって、あの少年も私を殺したかったから殺したのだ。
「……は、は」
口から真っ赤な血が零れる。受け入れなければいけない。後悔なんてしてはいけない。全部私がやると決めたんだ。そんなことは分かっている、分かっていたはずなのに。
「――あぁ、それでも、ね」
あの優しくて温かい手に、もっと早く、お屋敷に閉じ込められる前に出会えていたら――。血の海に倒れ込み、全身を赤く染めながらマドルチェはふっと微笑む。叶うなら、次の人生があるなら、私は、もっと優しくて、みんなと同じ幸せを分かち合える人に、なりたいな……。
真っ赤に染まった右手。絶対王制の宿った右手を、マドルチェは天に掲げる。果たして、この手で『幸せ』にしようとした者は、本当に『幸せ』にしたかった者だったのだろうか。赤く染まったその手を眺めて、やっと自らがしてきた愚かさを、過ちと認めるその罪を、マドルチェは涙を零しながら受け入れた。
----END----
ダザらしき魂の糸に引っ張られて精神感応網を行く途中、いろんな人に出会った。
「夢路さん!」
「あ〜、ソラちゃ〜ん」
ぱしーん。平手で頬をはたかれた。
「いい加減にして、ね。」
「うう、暴力酷いわ…ドメスティック・バイオレンス…」
「私、夢路さんのせいで大事な人にひっどいことしちゃったから。次に現実世界で会ったときも殴るんで、そのつもりで」
「ごっめーん…だって恋する少女の夢ほど美味しいものはなごめんなさい反省してます!!」
ソラはもう1発殴ろうとしていた手をひっこめた。
「帰り道わかった?」
「うん。もう見つけたよ。記憶の欠片は無くしちゃったけど、大事なものはちゃんとあるから」
「ほぉ〜。さすが、強いね」
ソラの魂は道を急いでいたのでダッシュで行ってしまった(別れる前にもう一発殴られたが…)。
次に会ったのは黒髪のシスターだった。
ヘレン教のシスターが黒髪。
なんだか変な気もしたが、
「すまないが情報を検索させてもらっている。このあたりで一番安全な場所はどこかな?」
「ああ、たぶん商店街が安全ですよ。夜中なのにほとんどの店が開いてるみたいですね。武器屋も食堂も床屋さんも張り切っちゃって」
「……ヘレン教徒でも安全か?」
商店街は黒髪の人が多い。
「大丈夫ですよ。少なくともこんなに綺麗な星夜ならね」
「ありがとう。なら子どもたちはそこに避難させよう」
そう言ってシスターは消えてしまった(現実世界に戻った)。
最後に、青い髪の少女に出会った。
エーデルワイスが連れてきてくれたのだろう。
強くてまっすぐな瞳の女の子だ。
だが、その強さは過去のもの。
今の夢路は弱い。
この子と別れてからの14年間、言い訳と正当化を積み重ねながら生きてきた。
記憶が戻っても夢まで戻るわけじゃない。
信じていた上司に自分の子を殺されていた事実には確かに傷ついた。だが、私だってあれから沢山の酷い事をしてきたんだ。
その罪は消えない。
反省もしない。
過去は過去は過去だ。
だが少女は言った。
「ただいま、夢路」
「―――おかえり、私」
私も帰ろう、と思った。
この戦いが終わったら。
仲間がいて、子どもたちがいる、私の「家」に。
帰ろう。
「おとーさん!」
とある街のとある工房で、黒髪の少女が父親の元に駆け寄った。
「ヒヨリー、ちょうどいい時に来た。」
ヒヨリは、マックオートが工房を始めてまもなくして生まれた一人目の子供である。名前は妻がつけた。
「ステンドグラスの原画が3パターンほどできたんだ。お母さんを呼んできてくれ。」
「はーい!」
劇団によるテロは英雄達の活躍によって打ち砕かれた。
その後、マックオートは結婚した。教会で行われた結婚式は盛大だった。かつて共に戦った黒髪の少女から
空色のストラップシューズをもらったのをまだ覚えている。
結婚後はしばらくは傭兵稼業を続けたが、テロでステンドグラスが砕けたヘレン教会のために
ガラス工房を始めることにした。いろいろなガラス細工を造ってノウハウを学び、いよいよ本題。といった所だ。
数ヶ月前に二人目の子供が生まれた。ヒヨリと同じ、女の子だった。やはり名前は妻がつけた。
とてもえぬえむっとした響きの名前だ。よく妻の耳をボフボフと叩く。愛おしい。
「あの時の記憶だけで再現したんだけど、どうかな?個人的に3番目がいいんじゃないかと・・・」
「3番目って、私の顔じゃない?もうっ」
「はははは、君の美貌はヘレンもびっくりだよ。」
「2番目がいいわね、2番目。」
「やっぱり3番目が・・・」
「2番目」
「はい。」
マックオートの妻は美人だった。美人なだけではなく、世界で一番の妻といえる確信があった。
「・・・なぁ、」
「何?」
「あの日、時計塔で俺が何かを言いかけて途切れたのを覚えてる?」
「・・・」
「あの時は”ソラ、君のことが好きだ。”って言いたかったんだよ。」
そう言うとマックオートは妻に口付けをした。
「もう・・・」
妻は照れた様子だった。
そして1000年の歳月が流れた。
突如、酷い頭痛に襲われて、オシロは目を覚ました。
が、何も見えなかった。
精霊の力を駆動して、視覚代わりの回路を造成する。
同時に聴覚も復元し、反響を分析して空間を把握した。
ごちゃごちゃとした密室と、
その中心に置かれた、人体と言うにはあまりに小さな塊。
それは、現在のオシロの姿に他ならなかった。
「なんてこったああーー!」
感情がそのまま精霊を駆動し、爆風が巻き起こる。
(死んだ?僕は死んだのか?それで精霊になった!?そんな馬鹿な・・・)
混乱しながらも、オシロは精一杯現状を把握しようと、
生前の記憶を思い出そうとした。
しかしその追憶は、どさりと物音がしたことで、すぐに中断される。
「いたっ」
「誰だ!」
物音の先には、逆さまに壁に張り付いた、一人の少女がいた。
「精霊?精霊が喋ってるの?」
ぽろりとこぼした少女の言葉に、オシロはついカッとなって叫んだ。
「うるさい!僕を精霊って呼ぶな!
くっそ〜、まさかいきなり本気で殺しにかかってくるなんて・・・。
僕が精霊になってしまうなんてぇ〜、笑えない。悪夢だ・・・」
ひっくり返ったまま、大きな目をぱちくりさせている少女を見ながら、
どこか奇妙な既視感を感じつつも、オシロは少女に質問をぶつけた。
「ねえ、君。僕を再生したのは君か?答えてくれ」
「再生、っていうか、復霊はした。精霊が喋るなんて聞いたこともなかったけど」
(復霊・・・?なんだそれ?)
精霊王の知識にもないその単語に、オシロは困惑した。
しかし、落ち着いて部屋の中の道具を見回してみると、
それらはどれも見たことがなく、しかも相当に複雑な構造を持っているように見えた。
(未来。それも、これまでの時代よりも、
さらに進んだ精霊技術を発展させた時代、だっていうのか・・・)
考え込んでいる間に、気がつくと少女がこちらへ近づいてきていた。
(まあいい。どちらにしたって、再生技術が確立されていないなら同じだ)
驚きを隠しながらも、牽制するようにオシロは声を出した。
「ねえ、君。えっと、まあ、君は・・・、きっと賢いんだと思う。
しかもたぶん、稀有な才能も持ち合わせている。でも聞いてほしい。
精霊は、精神の化石だ。動物では持てない、人間の独自の精神が堆積し、
奇跡的な物理的、霊的条件を経て初めて結晶する魂の宝石なんだ。
正しい手順をもって再構築を行えば、過去の精神を再生することすら可能になる」
オシロの説明に、少女は場違いなほど無表情に、ふんふんと頷く。
「そして僕が、その精霊を害する人間を一掃する為に、彼らから選ばれた王。
その最後の後継者、精霊王だ。悪く思わないでほしい。
僕の本体を再生するまで、君のその体を使わせてもらう!!」
「そんなことしなくても義体があるから、それを使ってよ」
「え?」
精霊エネルギーを展開し、あと少しで少女の神経系を掌握するという寸前で、
その冷ややかな言葉を受けて、オシロは精霊駆動を中断した。
少女が指差す方向を見ると、
そこには何体もの巨大なケースがずらりと並んでいた。
辺りは暗い。四方を暗幕が覆っている。何処からか低く、優しい声が聞こえる。
暗幕を潜ると、また暗幕が現れる。しかし、潜る度に次第に歌声は大きくなって行く。やがて、歌われる詞が鮮明に浮かび上がる程にも声が近くなる。
十二回目の暗幕を潜ると、僕は劇場の観客席に座っていた。ふと舞台に目をやれば、背を向いたまま懐かしい姿で紳士が歌っている。僕が呆気にとられて席を立つと、乾いた靴の音が劇場に響き渡った。すると紳士は突然歌うのを止め、その背を向けたまま穏やかな声で言った。
「君には、つらい目にあわせてしまったなあ」
紳士がゆっくりと振り返る。文字盤の表情が見えた。
「馬鹿だね、私の代わりなんかしなくて良いのに」
僕は声を出そうとしたが、まるで自分の身体では無いかのように声は出しにくかった。震える喉をを絞るように、僕は一言ずつ言葉を発した。その間も、紳士は此方の言葉を待つかのように、舞台照明の中で佇んでいた。
「これは、夢?」
私のその言葉を聞くと、紳士は仮面の口元に手を当てて、小刻みに身体を震わせて笑った。
「ふふふ、夢かもしれんね。だけど、まぁ良いじゃないか、そんなことは」
「そんなことで良いんですかね……」
「言っただろう、時は容赦無く過ぎ去るもの。どんな楽しみにもいつか必ず終わりが来る。だけどそれは仕方ないのさ」
「相変わらずですね」
「それでいいんだよ、変わる必要は無い。たとえ、どんな悲しみや、怒りや、果てなんかが君を襲ったとしてもね」
紳士がコツコツと杖で舞台を鳴らした。
「総てを受け入れるのさ。そして、総てを知りながらも楽しまなくては、人生というこの舞台を。私は、君と旅が出来た事を、死して尚も一度だって悔やんだ事がないのだよ」
死んでから後悔なんて出来っこない。このナンセンスな台詞も、今となっては何処か懐かしい。
ブザーが鳴り響く。観客席と舞台とを遮るように、暗幕が徐々に落ち始めた。
「さあ、そろそろいきたまえ。別れの時だ」
「はやいです」
「そんなものさ」
紳士が再び背を向き、舞台の奥へと進んで行く。
折角また会えたのに、もうお別れなのだろうかと私が考えていると、その考えを遮るかのように声が聞こえた。
「最後に一つ、アンナは私の恋人だからね。恋人のフリもやめたまえ、いくら君とて許しはしないぞ」
暗幕が落ちる直前。幕を隔て、サルバーデルが仮面の奥でニヤリと笑うのが見えた。
僕は一瞬、その暗幕をも潜ってしまおうかとも考えた。しかし其れを止めて、代わりに呟いた。
「さようなら」と。
いつから眠っていたのだろう。気が付くと、カラスが心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。揺らめく炎のような瞳が、涙で滲んでいる。僕の為に泣いてくれるのだろうか。
「カラスさん、無事で良かった……」
私は身体を起こそうとしたが、激痛が走りそれを断念した。
胸のあたりが熱い。視界が絵の具を混ぜるように揺らいでいる。
「サルバーデル様、動かないで下さい!」と慌ててカラスが言った。
「情けないですね」
私はそう呟くと、勲章を付けたお仲間に合図を送った。
彼はその場を離れると、直ぐに白塗りの柱時計を抱えて戻ってくると、カラスに差し出した。
カラスは、なんだろうと言わんばかりに不思議そうな表情を浮かべている。
声を出すのが苦しい。しかし、伝えなくては。
「……此れは、ある少女の宝物。しかし、今はもう動かない時計。そして物語の欠片の一つです」
私は息を少し吸うと、心を宥めながらも彼女に言った。
「カラスさん、まだ記憶にも新しいでしょう。貴方はこの時計と対になるものをご存知ですね。其れが最後の物語の欠片です」
咳き込む。背筋に寒気を感じる。
「──行きなさい。英雄が暗弦七片を総て揃えるまで、何も終わっていないのですから」
カラスは涙を拭うと、その瞳に意思を宿し、言った。
「お任せ下さい。……必ず、必ずや見つけてみせましょう」
いつのまにか、雨が降り出していた。
その雫に融けるように、事態は少しずつ収束に向かっていた。
人は死に、傷ついて、たくさんのものが戻らない。
拾える命だけを拾ってきた。拾えないものは拾えないと割り切った。
失われたものを悲しいと思うことはある。惜しいと思うことも。
だが、それでも選んで進むことしかできない。それが人間の限界だ。すべてを選ぶことはできない。
リューシャは英雄ですらないのだから。
「つっ……かれたー……」
宝石の鷹を地に叩き落として、リューシャはついに腰を落とした。
シャンタールを胸に、天を仰ぐ。
「あー、人生で一番動きまわった。巻き込まれるって最低ね……ヴェーラのこと尊敬しちゃうわ」
深く息をついたリューシャは、隣に佇んだ少年にちらりと視線を投げた。
「君、よくついてきたわね……」
理解しているのかいないのか、こくりと首を傾げた少年のローブから、リューシャよりもわずかに淡い金髪が覗く。
手を伸ばして頭を撫でてやると、嬉しそうに微笑んだ。
顔は同じだが、表情の作り方は……どうだろう。刀を打ち始めるより前のことは、よく覚えていない。
「……子供ができたみたいな気分なんだけど」
苦笑すると、不思議そうな顔をする。
「迷子、ってわけじゃないわよね。……どうしようかしら」
リューシャは空を仰いだ。
曇天。雨粒はただひたすらに降り落ちて、ひたすらにリリオットを濡らしていく。
「……雨より、雪が見たいわ……」
どうせもうここに、リューシャにできることはない。したいことも、ほとんど終えた。
「君、雪、見たことある?
一面の雪景色なんて、すごく綺麗よ。……遠い地平線で、斬ったみたいに白と青が分かれてて……」
ふと微笑む。
ああ、帰るべきときがやってきたのだ。
旅が終わる。
「……君にも見せてあげたいわ……」
眼を閉じると、瞼の裏に浮かぶ景色。
リューシャを呼ぶ声が聞こえる。
ああ、そうだね。
怒ってるだろうけど、あんまり怒らないでよ。
もうすぐ帰るよ、ヴェーラ。
ウォレスの去ったあと、すみれはライの亡骸にすがりついて泣いていた。
「こんな……こんな……こんなの……」
ただの自己満足だと思った。個人の想いだとか、矜持だとか。そんな不確かなもののために死なれては残された人はどうすればいいのか。格好悪くたって、生き残れればいいじゃないか。すみれには、ただ納得がいかなかった。
「ヴァイオレットちゃん、当事者であるペテロ君が泣いてもいないのに、ちょっとみっともないわ〜」
マゼンタの言うとおり、ペテロは涙を流していない。ライの亡骸を真剣な眼差しを向けているだけだった。ペテロの心境が理解できないすみれは、嗚咽しながらペテロを見つけ続ける。ペテロはライのことをどうでもよく思っていたのか? そんな仮定すら脳内に浮かんでいた。
マゼンタはそんなすみれを一瞥すると、
「ペテロ君、お兄さんはどうだった?」
ペテロに問うた。それはまるで一人蚊帳の外にいるすみれに諭すような質問だった。
「……格好よかった。僕の思った通りの……英雄だった」
注視すると、ペテロが震えているのがわかった。
ペテロは涙をこらえている。悲しくないわけはないのだ。
「そう。それでいいのよ」
ペテロは最愛の兄の死という場に直面し、しかし、それでもその死に様をなにかを受け取っているのだろう。その表情には、悲しみ以外の強い感情をたたえている……すみれは察しが悪いなりに、そう感じた。
「なんとなく……わかりました、けど」
「この世には人に迷惑をかけなきゃ生きていけない人種がいるわ。わたしやウォレスのように……。ライ君もそういう人間だっただけの話ね」
「そうなんでしょう。ライさんも、ペテロさんも、魔王さんも……納得しているんでしょうね。……でも、マゼンタさん……。わたしは、マゼンタさんのしたことをどうしても許せそうにありません」
マゼンタはうんうんと頷いた。
「わかってるわ〜〜。いつかはこうなると思ったけど、案外早かったわね、ヴァイオレ……ま、もういいか。すみれちゃ〜ん」
精霊皮はもういらないからあげるわ〜と言うと、マゼンタはすみれたちに背を向け、歩き出した。
「マゼンタさんはこれからどこへ?」
「わたしはすぐにウォレスを追いかけるわ〜。ちょっとした諸事情もあって、この街でのお楽しみがしづらくなっちゃったからね〜〜」
マゼンタは陶酔しているかのように頬を紅潮させると、愛しそうに目を細めながら続ける。
「あのおっちゃん、今頃格好つけながら放浪し始めたところだろうし、まさか自分がDOS‐KOIされるとは思ってないと思うのよね〜。とりあえずローブに染色引っ掛けて、白色の<ホワイト>ウォレスから木材色の〈ナチュラルブラウン〉ウォレスにクラスチェンジしてもらおうと考えてるの〜〜」
「魔王さんに冗談なんかしかけたら、殺されちゃうんじゃないですか?」
すみれがため息をついた。
「あら、わたしが人に迷惑をかけるときはいつでも命懸けよ〜。あなたの精霊皮だってわたしの奴より新型なんだから、今この時だって逆上されたらとっても大変!命懸けなのよ〜」
じゃあ、機会があったらまた相手してね。そういうとマゼンタは、ソイヤ!ソイヤ!ソイヤ!ソイヤ!と左右交互にボディーブローを素振りしながらどことなく去っていった。
カラスは再び鎧を身につけた。
そして、仲間二人と時計館を出発した。
二人は、しっかりと『柱時計』を抱えている。
長い外套の騎士と、柄の大きな騎士。
騎士たちの出陣だった。
「仲間達よ、気をつけたまえ。いつ、どんな敵が襲ってくるかも分からん」
劇場の跡は焼け野原と化していた。
それも雨によって消され、灰色の風景が広がっている。
きれいに並んでいた観客椅子は、吹き飛ばされて木材と布のゴミになった。
整備されていたはずの床から地面が見えている。
人々はまだ残っている。
彼らはあちこちに固まり、何かにくるまって震えていた。
カラスたちの姿を見るなり、さらにぎゅっと小さくなった集団もいた。
控えに使った組み立て小屋はまだ残っていた。
外装は焦げていたが、崩れた様子はなかった。
鍵がかかっていた。
「誰だ!氷の姉ちゃんか!?」
子どもの声がした。
「違う、とにかく開けてほしい。君たちを助けに来た」
カラスはきちんと返事をした。
「…まあ、入れっ」
すんなりと開けてくれた。
中には、数名の子どもたちだけがいた。
カラスより背の高い人物もいたが、明らかに幼かった。
「騎士団か…?」
「いや、違う!こいつら…舞台の役者だ!」
「くそっ、俺たちを殺す気か!」
察しのいい連中であった。
「…違う。これから、街を元に戻すんだ」
カラスはゆっくりと話した。
「お前らのせいで!うちら、迷子になったじゃないか!」
子どもの一人が怒鳴りつけた。無理もない。
「やめろ!」
リーダー格と思われる、背の高い子どもがそれを制した。
「街を戻すというのは本当か?」
「ああ、嘘はつかぬ。他の役者のみんなと違ってこの騎士たちだけは裏切ったりはしない。
この通り、剣は捨ててきた…君たちと同じ位置に立つために」
「なるほど。俺たちは氷使いの姉さんの言いつけで、ここに隠れているようにしていたんだ。
鍵もあるし、雨風をしのげる。安全になるまで出てくるなと」
「もう、大丈夫なの?」
「帰ってもいい?」
子どもたちはざわついた。
「だめだ。まだ危ない。私はここにある物を探しに来たんだ。そいつがあれば、街は救われる。
このことを信じて、協力してくれ」
カラスは小屋にある道具箱を探した。
「おかしな奴…」
「こいつ劇でセリフうまく言えてなかった気がする」
「つっかかってたよね」
「もしあぶねー事をしたら、このおもちゃの剣と棒でいっせいに囲んで殴れよ。
ま、ひよこみてーなこんなチビの兄さんと親父二人だし。大丈夫だろ。人数ですぐ狩れる」
「姉ちゃん、早く来てくれないかな。また変なの入ってくるよ」
その間、隠れている子どもたちがひそひそと話した。
気がつくと、アスカはシーツにくるめられて路上に横たわっていた。立ち上がり、周りを見てみると商店街らしい。
通りの奥より、金属の虎が駆けてきた。血濡れの体で、馬車や壁を破壊し、止まることなく人を轢き、炎を吐いて此方へとやってくる。
グラタンが叫ぶ。「なんという暴力だ。数が意味を成さない。一人の剣技では仕留め切れん!奴を止めなくては!我が炎熱で!」
力なら、と脳内で復唱しながらアスカは突撃した。虎に押されながらも、踏みとどまり、その頭を殴り、ひしゃげさせた。
「ごめんね、これは、八つ当たりなの」
義憤というよりは、純粋なる怒りだった。苛立ちだった。灼熱の炎を浴びせられてなお、突進し大口を上げてアスカは唸った。何度も何度も殴り、蹴り、首を絞めた。
「ぐるるるるるるる」虎を持ち上げ、投げつける。完全には砕かない。グラタンに押収品の精霊爆弾をありったけ持ってきてもらおう。そしてこの獣の体に埋め込んで、こんな劇の役者達に投下して爆発で金属片を飛散させてやろうと思った。役者たちのことは話に聞いている。勝てないかもしれない。勝てないだろう。でも方法が在るならしたいと思った。抗いたいと。
しかし虎は不意をついて逃げ出した。主のところへと。
*
リリオットのお嬢様が、いつかの公騎士のように、大勢の命をその力で奪っていく光景を見た。倒される光景も。彼女の涙も。彼女の死に顔も。アスカは止めなかった。ただ見ていた。
血染めの少年が泣いている。安堵と恐怖と、虚しさで泣いている。あの少女の体を目の前で引き裂いてやったとしても、彼は泣き止まないのだろう。アスカは少年を抱き締めてやりたかった。でも、それを見捨てた。自分に何が出来るかを考えた。戻ってきた自分に何が出来るのかと。何の為に戻ってきたのだ。何のために命を貰ったのだ。何のために、人を見捨て、人を助け、この場所に居るのだ。出来ることをやろう。考え付くことをやろう。死に行く彼らの為に、観客の為に。祖母の手紙を思い出す。
*
商店街奥でアスカは、異変に巻き込まれて朝から帰れずに居たジェロニモ鳩に乗りこんだ。空へと舞い上がる。
雨がぽつぽつと降ってきた。遠くよりリオネが飛んでくるのが見えた。少し前には救援を求めるダザの声も聞こえた。それは、もういい。任せよう。
「ボクはボクの成すべきことをやる」
心の中のアルケーに問いかける。今、ボクとお前達に何が出来ると。中途終了した儀式により、ドワーフや、多くの無念の魂がアスカを器として埋めていた。森で吸ってきた贄達の命が体を蠢いた。
命だ。魔力だ。精霊だ。神霊でもいい。ボクの腕も耳もまた投げ捨ててやる。なんでもいい。ジェシカを背負い、教会に駆け込んだ時のような気持ちだ。体中から体液を零して、懇願する。
「助けて!!」
自分の体を殴りつける。精霊が魔石から放射される。
「ボクのことはいいから!自分で何とかするから!だから、この人を、この人たちを、皆を救って!!お願い!何の為の死?何の為の生?こんなの、こんなの……」
何度も何度も殴りつけた。空へと、雲へと、放射した。宿る大量のエネルギーを雨に混じらせた。癒しの雨をふらせたかった。
死に行く人を、死んでしまった人を、彼らを助けたかった。何一つ納得できなかった。
「何の為の、力?何の為の、争い?こんなに簡単に、人を殺しておいて、薄っぺらく扱っておいて、なんで助けれないん、だよー!!」
雨が降る。殴る。降り続ける。
「おぉ、花に、雨を!」一人でも多く。
「花に、雨を!雨を!」あと一人でも多く。
「雨を!雨を!」あと少しでも多く。
「花に、雨を!!」もっと。もっと。力を、命を、少しでも分けてあげたい。このまま、塵にさせたくない。死に行った者の犠牲を、無駄には出来ない。
「コレで救えなかったら、何の為に存在しているんだ!!こんな物の為に、争ってきたの?こんな程度のものなの!?――ふざけないで!!救ってよ!!」
アスカの顔も、腕も、腹も、指も、歯も、ボロボロになった。殴る。命を振りまく。もう、可愛さなんていらない。周りの命を吸収して、取り込み、また振りまく。
「う、わぁぁっぁぁぁぁぁあぁl!!!こんな物なのかよよおおおおおお!ボクらはぁぁぁぁぁぁぁ!!」
助けて、助けて、助けて。
「ウおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
嫌だ。嫌だ。嫌だ。納得できない。こんなもの、納得できない。
「お願い、誰か!!皆を助けて!!お願い、聞いて!!」話しかける。叫びかける。
「力を貸してよぉ……!!」宣誓し訴える。
「ボクはアスカ、アスカん!!ヘレン!神霊!こんなの認めない!天の国に空席は無い!!皆の命を、死の価値を!地に貶めさせてよ!お願いだから、ぐすっ…ひぐっ…死なないでよぉおおおおおおおおお!」
気を失い、落下するまで、命を振りまき続けた。
「一つ」
男は上体を起こした。
***
雨が降る。
ヴィジャが遺した歯車の指輪を拾う。
「総ては救えない。オシロも、ヴィジャも、犠牲になった」
集まった暗弦は二つ。カガリヤと対峙しているリオネの分を合わせても三つ。足りない。
そこに来たるはランプを提げた少女と石を握った少年。
ウォレスの古城からリリオットへと戻ってきた、すみれとペテロだった。
「それ…もしかして、暗弦七片!?」
「え、えぇ。これが『希望』と…」
「『勇気』…」
ランプと石を掲げる。
「これで五つ。あとの二つは…」
舞台の上には、一人の騎士。
その躰はボロボロで。
でも。だからこそ。
声をかけずにはいられなかった。
***
暗弦七片の記憶。
役者たちの心。
深い、深い、孤独。
それらはマルグレーテを通じて想起され、
えぬえむは、
涙を、流していた。
何が英雄だ。
徒党を組んで事件に当たって、
それを力か何かで解決すれば英雄か。
街を脅かす事件なんて知らない。
共に戦う仲間なんてもういない。
何が英雄なんだ。
剣を使えばそれで解決か。
人が死ねばそれで解決か。
魔物なんて倒せやしない。
家の名前なんて知らない。
事件の経緯なんて分かるはずがない。
分かりたくもない。ああ。
でも、本当はうらやましかったんだ。
彼らのようになりたかったんだ。
カラスは小屋にいる子どもたちを仲間二人に任せ、
一人で『柱時計』を抱えて中央部まで進んだ。
長身の主人だって抱えて逃げてきた。今さらどうということはない。
英雄たちが集まる。
そこに、鎧を身につけた者の姿があった。
舞台にいた騎士のようだった。
その顔は煤けて、髪は汚れ、瞳に輝きがない。
騎士は英雄たちの呼びかけに、かすれた声で応じた。
「…あなたたちは、暗弦七片を求めておいでなのですね」
当てはまった者がいっせいに目を集める。
「私は、劇場の彼らに…利用されていました。
私自体…この出来事については、一切知らされていませんでした。
と、申し上げてもにわかに信じがたいでしょう。
私はこれから代わりに、彼らの罪を償うつもりでいます。
…残りの暗弦七片なら、ここにあります」
「ですが、お願いがございます。
いくら利用されていたとて、彼らは短い間の友でした。
劇の内容がなかなか覚えられなくて困った私に気を使ってくれたし、
時たま見せてくれた笑顔は嘘偽りのものではなかったと思います。
死んでしまった彼らに、哀悼を捧げてくれてはもらえませんでしょうか。
そして…生きている者に許しを与え、これからの償いをさせてほしいのです」
そう言って、鎧の騎士はひざまずいた。
彼らは考えた。
悔しい表情を浮かべる者がいた。
涙を流す者もいた。どこかで見たことのある顔だ。
苦しいのは、彼らとて同じだった。
「…これが、 白塗りの『柱時計』」
すでに脇に置かれている、大き目の物体。
「そして、最後の…『衣装掛け』です」
カラスは懐からそっと、『衣装掛け』を取り出した。
これで、暗弦七片が揃った。
教師の『虚妄石』。
叡智の『地図』。
希望の『ランプ』。
絶望の『イヤリング』。
歯車の『指輪』。
白塗りの『柱時計』。
そして、嘗ては美しい衣装を飾っていた『衣装掛け』。
今までの輝き――魔法陣から発せられるものとは違う光が、
辺りを、そしてリリオットの街中を覆った。
それが収まると、暗い灰色の風景がやってきた。
強い光は消えたが、その場は優しくほのかに明るかった。
街に、夜明けが訪れた。
「観測」によって事象は決定する。
誰も「観測」しない事象は、そもそも存在しないのに等しい。
リオネとカガリヤは互いを同時に観測する。
その刹那、リオネは機械とも精霊とも闇黒とも言えぬ翼を組み替え始める。
カガリヤは外套を翻し、隠し持ったナイフを三挺、変成中の翼に投げつける。
それはリオネの翼を一瞬傷付けはしたが、組織の再編成によって傷の存在は失われ、
そして翼の代わりに生成された無数の茨蔦がカガリヤを襲う。
カガリヤは蔦の飛んでくるベクトルを観測し最小限の動きで回避したが、
蔦は一瞬にして手となり腕となり、カガリヤを拘束する。
カガリヤの外套は、その拘束から身を守るのには充分だったが、抜け出すのには不充分だった。
そして同時に、リオネも全力でその拘束を維持せねばならず、互いに動きが取れなくなってしまった。
それは奇妙な抱擁にも思えた。
「あなたは、……この街で、この街の何を視てきたの?」
「私は『観測者』。それ以上でも以下でもないわ」
「この街の人々の精神を、心を、……意思を視ても、あなたは何も思わなかったの?」
「私は私の役割を果たす。それが私の務め。それが私の使命。」
「ならば、何故……」
「私が劇に出演したのか、ですって? そんなの決まってるじゃない」
『『未だ見ぬ果てを観る為』』
「もうそろそろ限界ね」
「奇遇だわ。私もよ」
「それじゃあ、また。きっと私とあなたは、いい友だちになれると思うわ」
「ええ、きっとそうね。次があれば、また会いましょう」
そう言って、二人は倒れた。
雨が降る。優しい雨が。命の雨が。
戦いの果て。闇夜の果て。その"時"は、千の夜のように永く、一夜の夢の如し。
悪い夢のようだった。
いつか種明かしが始まると思ってた。
カーテンコールはまだかよ、と言いかけて途中でやめた。喉の奥に溜まる血が吹き上がるだけなのに気づいたからだ。
(ウィルレス。遺言も言えねえ)(何がしたかったんだろうこいつらは)(操り人形みたいだった。意志もねえ)(悪かったな、ペテロ。まだ8歳なのに)(こいつそんな悪い奴じゃなさそうだし)(死)(死ぬ)
視界が霞んでいる。見下ろしているはずのウォレスの姿が、滲んだインクのようにしか見えない。回りで喋っているのが耳に入ってくるが、声でなく音としか聞こえない。
ろくな兄ではなかった。いつ嘘がばれるかとびくびくしていた。劇が終わったとき、このまま死んでくれれば嘘がばれずに済む、と期待しているところすらあった。
でも最後にかっこいいところ見せられてよかった。いや、大きくなったら馬鹿な兄だった、って笑われんのかな。そこまで生きてくれりゃそれでいいか。
「」
ありがとう、と言おうとしたが、もう声にはならなかった。
***
名前:ライ
性能:HP64/知6/技5
スキル
・弾き落とす /20/0/7/封印
・<暗弦七片−勇気−> /45/0/9/回復
・薙ぎ払う /10/0/8/防御無視・封印
・侵されざる物語 /25/15/10/吸収
・叩きつける /25/0/8/封印
・滅多打ち /5/0/1/
プラン
【定義】
1.相手のスキルが回復である時、または相手がスキルを構えていない時、相手の構えているスキルの破壊力は0である。そうでない場合、破壊力は相手のスキルの攻撃力に等しい。
2.「〜から〜を引いた値」とは、前者から後者を引き算し、それが正の数の場合はその値、そうでない場合は0を意味する。
3.「防御x、ウェイトyのスキルを使って死なない」とは以下A,Bのいずれかを満たす時である。
A.[相手のウェイトがyを上回る]
B.以下の2つをともに満たす。
[・相手のスキルが防御無視
・(y-相手のウェイト)×(相手の技術からxを引いた値)+相手の構えているスキルの破壊力<自分のHP
・「yから(相手のウェイト+3)を引いた値が0」か、「(yから(相手のウェイト+3)を引いた値)×相手の技術+相手の構えているスキルの破壊力<自分のHP」
以上をすべて満たす。]
[・相手のスキルが防御無視でない、またはスキルを構えていない。
・(y-相手のウェイト)×(相手の技術からxを引いた値)+(相手の構えているスキルの破壊力からxを引いた値)<自分のHP
・「yから(相手のウェイト+3)を引いた値が0」か、「(yから(相手のウェイト+3)を引いた値)×相手の技術+(相手の構えているスキルの破壊力からxを引いた値)<自分のHP」
以上をすべて満たす。]
【行動指針】
1.相手がスキルを構えていない場合
・防御0、ウェイト8のスキルを使って死なない場合、叩きつける。
・防御15、ウェイト10のスキルを使って死なない場合、侵されざる物語。
2.相手の防御が0の場合
・相手のHP<相手のウェイト×5なら滅多打ち。
・相手の知力が4以下で、防御0、ウェイト7のスキルを使って死なない場合、弾き落とす。
・相手のウェイト2以上なら滅多打ち。
・相手のウェイトが1で、破壊力1以上で、防御無視でなく、「防御15、ウェイト10のスキルを使って死なない」場合侵されざる物語。
3.相手の防御が15以下で、防御0、ウェイト8のスキルを使って死なない場合叩きつける。
4.防御0、ウェイト8のスキルを使って死なない場合、薙ぎ払う。
5.防御15、ウェイト10のスキルを使って死なない場合、侵されざる物語。
6.相手ウェイトが9で、自分のHP+45未満の破壊力のスキルを構えている場合、<暗弦七片−勇気−>。
7.滅多打ち。
鐘が鳴り、雨は振り、そして夜が明けた。
暗弦七片の輝きが街を覆い、そして消えた。舞台の幕は下りた。
街の危機は去った。けれど、それだけ。失われたものは、もう戻らない。壊れたものは、もう直らない。
街が失ったものたちを、ソフィアは静かに追憶する。涙はない。それは森で流しきってしまったから。
「何が英雄よ…私はただの無慈悲な人殺しよ…!!」
けれど、えぬえむが泣いていた。役者達の思いを想起して、小さな身体を震わせて。
見ていられなくて、そっと抱きしめる。さっきもこんなことをしたな、と思いながら。
マドルチェは、まだラペコーナにいるだろうか。慌しく別れてしまったが、今度はもっとちゃんと話がしたい。
えぬえむの涙をそっと拭って、静かに言葉を紡ぐ。
「えぬえむは英雄じゃない。けれど、ただの人殺しでもないでしょう?あなたが頑張らないと、街は失われていた。
私の知ってるえぬえむは、それを見過ごせずに頑張っちゃうような、お人好しの女の子だよ」
その言葉が救いになるかどうか。せめてそのまま抱きしめ続けながら、ソフィアは七片を揃えた騎士を見る。
「私はソフィア。あなたの名前は?」
「……カラスと申します」
擦れた声でも、輝きのない瞳でも、はっきりと騎士は答えた。
「カラス。あなたは、この舞台で失われたものを知ってるよね。何かを失った人たちの、その痛みを、悲しみを、理解してるよね」
「……」
「していないはずが無いよね。だって、それはあなたも同じだから」
紡ぐ言葉は静かに穏やかに。責めるつもりなど無いのだから。責めることに意味など無いのだから。
「私は、あなたの友達を責めないよ。それは、もう終わってしまったことだから。失われたものの対価になるものなんて何も無い。だから、私はあなた達に何も求めない」
「……はい」
「だからあなたも、償いなんて求めるな」
初めて、強い口調で。ソフィアはカラスの瞳をじっと見つめた。
「罪は、許されることはできても、償うことはできない。あなたも私も、何物にもかえられないものを奪う、そんな行いをしたんだから」
失われたものは、もう戻らない。
だから、それを取り戻そうとする行いに、意味は無い。
「どうしても、あなたがこの街に対して何かをしたいのなら。それは失われたもののためでなく、残されたものを活かすために行ってほしい。
私は、これからずっと考えるよ。あなたと残ったあなたの友達に、これから私が何ができるのかを。あなたたちの傷を癒し、喜びを、幸せを手にさせるために、私に何ができるのかを。
だから、あなたも考えてほしい。残されたものと、あなたの友達が残したもののことを」
「私の友が、残した……」
「何も残さずに、消えていくものなんて無いからね」
カラスが持つ暗弦七片を指差して、ソフィアは小さく笑った。
できる限りの思いを言葉に乗せ終えて、ソフィアは再びえぬえむを見る。
「えぬえむ。あなたはこの後、お師匠さんのところに帰るの?」
「え…?ええ、いずれは戻らなきゃいけないけれど…」
「私もついていっていいかな?」
「え?」
「やりたい事があるんだよ。夢と言ってもいい。あなたの師匠は、色々と知識が豊富そうだからね」
夢?と首を傾げるえぬえむに、ソフィアは微笑みかける。
失われたものは、もう戻らない。
だから、それを取り戻そうとする行いに、意味は無い。
だけど、たとえ意味が無くとも。
失って、抗って、そうして生きると決めたなら。
否応なく、次の段階を目指さなくてはならないから。
「私はね うしなわれたものを とりもどしたいんだ」
坂道を上っていったヒヨリは、古城で一人の少年の夢につまづいてその中に入り込む。
床に寝ていた少年は頭を抱えて起き上がり、ヒヨリと目を合わせる。
たった今死んだばかりの人のようだ。『希望』の光で見出され、ここに来るまでヒヨリの手の中で温められてきたコインには、直後ならば死者をも蘇らせるだけの力が蓄積されていた。
この人が素敵な物語の続きを書けますように。そう思いながらコインを差し出そうとした時だ。
「痛って〜えなあ。お前の【運命支配者<<ドゥームズ・ディーラー>>】はこういうとこ気が利かねえんだからなあ」
ルビつきの妙な2つ名に一瞬固まったが、夢の背景の読み方はもうわかっている。ここに来るまでに死者の夢の中を渡り続けてきたのだ。
「申し訳ありません、<<ヒーローソード>>。追っ手をようやく撒いたところでして……」
自分とは縁のない世界観だったが、やってみるとなかなか面白い。
「なあ、俺考えたんだけどさ、お前コイン投げる技使ってみない? 能力名は……【黙示録の射手<<ドゥームズデイ・ダート>>】」
死は敗北ではない。人生は最期が悲劇であってもそれまでの行動は消えるわけではない。
ヒヨリは無理にコインを受け取らせるよりも、この楽しそうな少年の空想につきあうことにした。しばらく、この夢の中に住んでみよう。
「光のコインが闇を裂く!悪に振り下ろされる黙示録の鉄槌!ドゥームズデイ・ダート!!」
コインは夢の空間の枠外に消え去った。
「死」を通してその様を見ていたウォレスは悲しみをその顔に見せた。
(相変わらず間の悪い男だ。そのコインを受け取っていればお前は生き返れたものを)
物語を締める口上を終えた後、ウォレスは闇に掻き消える。
(もっとも、わしはお前の間の悪い語りは嫌いではなかったがな……)
ウォレスの古城に立ち寄ったサルバーデルは、そこで夢の中に入り込む。
中央にいるのはあの時の少年だ。
「約束通り、ふさわしい舞台に参りました。物語の続きと行きましょうか」
読心術など使うまでもなく、この年頃の少年の考えていることなどサルバーデルにはわかる。さて、心躍る闘争を、と懐に手を伸ばしたところで気づく。
ここには役者があまりにも少ない。ウォレスにでもマクガフィンを務めてもらおう。
剣を抜きかけたライの手をゆっくりした動作で押さえ、サルバーデルは語りかける。
「そんな物騒なものをどうなされるおつもりです? 我々は『白の魔王』ウォレスに踊らされていただけだったことが判明したでしょう。ウォレスに道化を演じさせられていたこの【時間伯爵】とともに力を合わせ、ウォレスを討つ――そんなお話でしたな?」
しばらくぼうっと聞いていたライの両目に、熱い炎が宿る。
「そう――そうだ、過去の禍根は忘れ、ともに戦おう。<新生エクスカリバー>として」
二人が熱い握手を交わすその刹那、手の間にコインが飛び込んできた。
「私の運命はあんたたちの手の中、ってね」
ヒヨリが二人にウィンクをして見せた。
少年の夢は単純な筋書きだ。取り戻せない懐かしさは感じるものの、サルバーデルはやがて飽きてきた。
「そろそろお帰りになられてはどうです、<<ヒーローソード>>。ご家族が心配されますよ」
「家族……?」
ライはしばらくぼうっとした目をしていたが不意にはっきりした目をしてサルバーデルを見上げる。
「何を言っているんだ? 俺は天涯孤独の英雄、<<ヒーローソード>>だぜ」
時間は無限ではないが、一刻を惜しむほど希少でもない。サルバーデルはもう少し、少年の芝居につきあうことにした。
ウォレスの放った膨大な「死」によって、古城周辺の死は消耗し尽くされ、霊圧の真空状態を作り出していた。
劇で死んだ魂が引き寄せられてやって来る。劇場の役者と観客は次第に増えていった。
「あなたはいらっしゃらないのですか?」
木陰から物語の中心を見ていたヴィジャに、サルバーデルが声をかける。
即答を避けてヴィジャは話を逸らした。
「……僕に魂があるとは思いませんでした」
サルバーデルは答えない。しばらくしてヴィジャの方から尋ねる。
「あれは何をやっているのですか」
「演劇です。ただし、今度演じるのは悪役ではなく、英雄です。深みのある物語には二面性や多律背反は不可欠。いかがです、ヴィジャさん。一度悪役を演じたあなたなればこそ、物語に華も添えられようというもの。あの舞台に立ってみては」
英雄。
悪役として舞台に立ちながら、ヴィジャの心はむしろ英雄を観る観客であった。いくつもの剣を持ち替えて舞うように戦う彼女の姿は華麗だった。
「英雄になることに意味はあるのでしょうか」
サルバーデルはそれには答えず、話を逸らす。
「ミゼル・フェルスタークはあなたが正義の振る舞いをするのを喜ばれるでしょうな」
ヴィジャの重い足が一歩踏み出した。
「遅かったじゃねえか、【熾鉄天使<<メタトロン・オブ・メタル・スローン>>】」
英雄と言っても何をすればいいのか。悪役はしかるべきところで待ち受けていればよかったが、英雄というのは忙しそうだ。あの少女もよく動いていた。
「ウォレス・ザ・カラーレスの七凶獣、【グリードビースト】をようやく倒したところだ。次に待ち受けるのは人の心を翻弄する【エンヴィビースト】。お前の鉄の心が切り札となるだろう」
この少年もよく喋る。英雄とはこういったものだろうか。たくさんの友だちを紹介してくれた時計の人もいる。変わった髪形のこの女の人とも仲良くなれそうだ。
「待ちなさい、あなたたち!」
筋書きにない、突然の乱入者だ。振り向くと、屋根の上にあのお姫様がいる。
「私は魔法公女マジカルハッピー! この私を差し置いて人々をハッピーにしようなんて不届き千万よ! エンヴィビーストは私がいただくわ……これはほんの挨拶代わりよ!」
グリードビーストとの戦いで足を負傷していたライを、マジカルハッピーの放ったピンク色の光線が狙う。
ヴィジャは既に為すべきことをわかっていた。素早くライの前に立ち、光線を薙ぎ払う。
「誤解しないでください。あなたのためにやったわけではありません」
表情一つ変えずに言うヴィジャに、ライは最高だ、という顔をしてヴィジャの背中をはたく。
「お前、行けるクチじゃねえか!」
木陰で佇んでいたサルバーデルは、物語の中心へとまた歩み始めた。
サルバーデルには見飽きた物語だが、子供たちにはこれが楽しいのだ。観客席でも子供が【時間伯爵】の怪演を待っている。
<<ヒーローソード>>一行につき従いながら、サルバーデルは懐から時計を取り出した。針は既に止まっている。
魂の解放によってアロケーションの解かれた記憶領域は徐々に侵食され、ところどころ白いノイズが走りはじめている。いずれこの舞台は消え去るだろう。
――そして、最後に白い光に塗り潰されて、美しくも儚いこの舞台に幕が下りるのです。
え?、と振り向いたライに、サルバーデルは答えない。ライももう気にしていない。【時間伯爵】はいつも謎めいたことを言っているからだ。
サルバーデルは仮面の下で笑いを噛み殺していた。
蛇を連れた友達は、「そんなことは無理だ」と言っていた。
賭けは私の勝ちだ、友達よ。
物語は、こんなところで続いていたのだ。
その剣を見て氷を知った。
とはいえ「氷」などといったシンボルに概念を結びつけることはしないが。
彼の脳を中心とする肉体組成のうねりは、言語思考とは異なるプロセスでイメージを展開した。
氷も結晶構造を持つので鉱物である。
構造の密度と堅牢性によっては融点が鉄ほどに高まり、そのような氷は加工や鍛造にも耐える。
目の前の女性が馳せる想いが、何なのかは分かる。
熱の少ない思考を持つ彼女とは言え、肉体が耐える冷たさには限界がある。
彼女の服はその脆さを保護するように出来ている。
強い太陽光に耐えそうな肌でもない。
やはり彼女は、とても冷たいところで発生したものであるらしい。
そのような場所では特に水分の震動が失速し、固まって動かなくなる。
おそらく地表は氷かそれに類似するもので覆われているだろう。
視界は画一的になり、単純になり、偶然による印象の統合が形成されやすくなるはずだ。
彼女はそれをずっと見てきた。当たり前のように。
しかしものごとの特徴は、別物との比較で明らかになる。
ものごとの輪郭は、そこから外に出て初めて見えるようになる。
いま彼女はここにいて、もといたところを別の視点から見直しているのだ。
そして間接的に自分自身を再認識している。
自分を多く知るほどに、その欲求や、能力の限界や、それらから導かれる戦略が明確になっていく。
それは彼にはまだない感覚だ。
自分の能力の限界をほとんど知らないからだ。
しかし、目の前の相手を通して類推することはできる。
彼女に迷いはなく、自分がこれから素朴な喜びに至れると、極めて楽観的に期待しているようだ。
未来への楽観は、この世の在りようへの信頼に近い。
そこには自分自身をも含むのが、神頼みとは一味違うところだ。
彼にかすかに残っている母体の余韻も、それを推奨していた。
少年は言葉を持たない。
しかし彼がリューシャに感じた勝手な共感を、氷のような心の内に見い出せる落ち着いた揺らめきを、言葉という枠に押し込めてみたなら、たとえばそれを「暖かさ」とする主観もあるだろう。
『数ヶ月が経ちました。町は復興作業が続いています。《花に雨》もあの日に焼かれてしまったらしく、店長がジェシカん達を連れてラペコーナで働いていました。クローシャ卿やリリオット家のメイドさんがご贔屓にしてくれてるそうで、順風満帆のようです。
リリオット家は、卿の行方不明やお嬢様の事で没落してしまいました。困惑しながらもバルシャとクローシャが先導して、ラクリシャとモールシャが穴を押さえて復興を頑張っています。ジフロマーシャとペルシャも、代表を決めなおして後続しています。それぞれがそれぞれの得意分野を分かち合って、手を打っていました。
この街で、大勢の命が失われました。各勢力に多大の被害が残り、皆が等しく手を合わせています。私は誰かを助けることができたのでしょうか。大勢の失いつつある命に、精霊を振りまき、一命を取り留めることは出来ました。第八坑道の時のように、いえそれ以上に、開放された教会や病院等の施設は満室です。それでも、全てをまかないきることは出来ないのかもしれません。死者も意識不明者も数多く存在しています』
片腕で手紙は馴れない。息を吐く。
無茶と、後のエルフとの再交渉によって、繋げた腕と耳が外れた。筋肉は衰え、頬もこけて、足もフラフラだ。
あの日、大勢のエルフも生かすことが出来たからか、交渉も意外と融通が利いている。リリオットはまだ、生きていた。
これからも、探し続けよう。
*
「おめでとー!」「ひゅーひゅー!」
「マーっク!マーっク!!」
「ありがとー!」「わっしょーい!」
ソラの結婚式に参加した。
可愛かった。とても可愛かった。羨ましい。
「若いっていいわねぇ」「だ、だよー!」クローシャさんがしな垂れかかってくるので恥ずかしくて逃げた。
「俺の陰に隠れるな」ウロがため息をつく。
「ふふふ!」
「ははは、いけませんな、クローシャ卿。若い男を誑かしては、可哀想ですよ」
「あら、そういう守護神様だって随分と年の離れた妻を捕まえてるじゃない。私より5歳若い娘と。男のそういうところ羨ましいわ」
「はは、参ったなぁ。あれはお互いの親が決めたことですし私が積極的に捕まえたわけでは…むしろ捕まったというか」
「あー、のろけはいりません」
「アスカさん!」黒髪の治療師がやってきた。頭に纏った包帯から、二つに束ねられた髪がはみ出ている。
「だよー?」
「この前の検査の結果が出ました!心臓は生身のまま駆動しています」
心臓は、今までどおり動いていた。代わりに、ママの心臓は何処を探しても見つからない。
「助けられてばっかり……」
「あの日の雨で、死に掛けてた私も助かったのに、暗い顔しないでください!」
「貴方、こそこそ這って逃げてたんだとか。生命力、お強いですね」ヘルミオネさんが感心していた。
「ええ害虫ですから、しぶといんです」
「ごめんなさいごめんなさい、とマスターが言っています」
「それより、アスカさん!大問題です!貴方の体の中で、大変なことが解りました!」
「マーっク!キスしろマーっク!!」
「げへへ、照れてやがる。だんなの前でオッパイモマセテ、ソラちゃ〜ん」
「結婚ですか」と緑髪の傭兵さんが口を開けていた。
「すごいですね、【変数】」
「ですねぇぇん?って・・・今はお役ごめんですし、兄さん、でいいよ」
「兄さん」「兄さん」偽猫目とその仲間が居た。
「いい、天気だね(【変針】の野望は潰えた。しばらく、この精神にわたくし猫目は身を潜めてましょうかねぇん。あっはっはっは!)」
「トライアライランスさん、ちょっとお話が。」
「なんでしょう?」
それぞれの旅は続く。教会内は騒がしかった。
「アスカさん、あの、その!」
「よーし、続け!」
「俺のソラに触るなお前ら!!」
「どうしたの?ボクの体は?」
そして、もっと騒がしくなった。
「お、おめでとうございます!」
*
「ハァァァァァァ!?」
「合点!冷静わっしょい!どどすこ!!」
「夢路ー!こっちに来い!乳が出るやも知れんぞ!」
「ないだろ……」ウロが本気で引いていた。
「ど、どういうこと、だよー!?」
「どどど、どういうことも何も、居るんですよ、貴方のお腹の中に!!」
もしかして、あの時に、命を貰ったって事だろうか?つまり?ママだったりする?
「なんですって、誰の子よ!?くやしいいいい唾付けられたぁぁっぁぁぁ!!!」クローシャ卿が必死の形相で喰らいついてくる。
「え、えっと、思い当たる人があまりに多いので、見当がつきません、だよー」
「不潔です!」元リリオットのメイドがビンタをかます。
「ドスコイドスコイ」その陰に隠れてツッパリが打ち付けられる。リリオットの人は張り手が好きなのだろうか。
「お、おなかはやめて、だよー!」
「おぱーい!もむもむっとした感触!って、何コレ豊満なのに硬いー」
「きゃー、だよー!!!」
「夢路がビンタでふっとんだぁー!!」
「早く旦那を探すことだね、念願叶うじゃないか。花嫁衣裳」店長が慰める。
「そ、そんなの困る、だよー!ボク、男の中の男になるのが夢なのに!」
全員が「はぁ?」という顔をした。
「言語能力、亀裂入ってるの?」
「男の中の男は子供生めんのかよ!広!」
「じゃぁマックはまだ女なの?ソラちゃんどう?どうだったの?マックは男なの?どれぐらいの男だったの?」
「いや、花嫁が弓を取り出したぁー!」
「お前ら静まれー!!」
全ては救えなくても、まだまだ、ボクと皆の旅は続くの。この街だって。終わったりしない。それでもいいでしょ? ママ!
リオネさんの手でメイン・ストリートに降ろされた私は、あたりの混沌とした様子を確認し、すぐさま、リリオットからの脱出を決意しました。
ここしばらくの間、色々な騒動に巻き込まれて解ったことがあります。
私はやっぱり、他人のためには動けません。
どこまで行っても、自分のためにしか動けません。
であれば今回も、お金にならない危険を避けて逃げる以外の行動はあり得ませんでした。
私はただひたすらに、街の出口に向かって走ります。
走りながら思うのは、今回の騒動の原因はなんなのか、ということです。
悲鳴や怒声に交じって漏れ聞こえるのは、英雄がどうとか、劇がどうとかいった内容で、どうにも要領を得ません。
なんとか理解できたのは、皆さんが正義を謳い、何かを守るため、何かを救うため、悪しき何かと戦っていることぐらいで。
でも、それはつまり、ただの、普通の、何の変哲も無い争いです。
少し規模は大きいようですが、こんな争いのどこに、英雄や劇なんてものが関係するのでしょうか。
理想があれば、心があれば、この争いの正当な理由が、あるいは不当な理由が、理解できるのでしょうか。
私は何も理解できないまま、街に、危険に背を向けました。
馬車を使えればよかったのですが、どの馬車も破損しているか満員状態だったので、仕方なく歩いて隣国グラウフラル方面を目指します。まあ、三日も歩けばどこかの街には辿りつけるでしょう。
街を出てしばらくは街道のあちこちに、私と同様に騒動から逃げ出した方が散見されましたが、彼らはあくまで一時避難だったようで、そのまま数時間も歩くと人通りはほとんど無くなりました。
既にだいぶ暗くなっていたので、この辺りで夜を明かすことにします。
火を焚いて、騒動に乗じて失敬してきた精霊結晶を飲み込んで。
ぼんやりと火を眺めながら、改めてオシロさんの言葉を思い出します。
精霊を私に渡していたのが、自分のエゴだ、というその言葉を。
私の目からは他人を思いやる行動にしか見えなかったそれが、自分のエゴだ、というその言葉を。
たとえば。
たとえば、人を正しく導く神様は幻で。
たとえば、観測者システムは他人の視聴覚を借りるだけで。
たとえば、人の心は、精霊になってしまえば全て等しく燃料で。
たとえば、一連の騒動は全て、たぶん、心ある方々の手によるもので。
ならば、今まで私が他人に感じていた心というものは、きっと。
「……」
私は、ポーチに大切にしまっていたハートロストさんからの手紙、『自分の意識を現実に強制』できるというコードが書かれた手紙を、細かく破いて、たき火に放りこみました。
英雄的な行動は、私にはやはり、似合いそうもありません。
翌朝。
私は再びグラウフラルに向かって移動を開始しました。
前方には草原と雲一つない青空が広がっていて、リリオットでの争いが嘘だったようにのどかな空気です。
「オシロさんも無事に街を出られたでしょうか……」
リソースガードとしての仕事はどの支部でも出来るらしいのでリリオットを離れるのに抵抗はありませんが、退寮手続きが出来なかったことと、『オシロさんを街から連れ出す』という依頼を果たせなかったことだけはずっと引っかかっていました。
そもそも、オシロさんはあんな人間離れした身体で、普通に他の街へ入ることが出来るのでしょうか。
逃げ出してしまった私が気にすることでは無いのかもしれませんが……。
考えながらぼんやりと歩き続けていると、後方から馬車が走ってきました。
端に避けて先に行ってもらおうとしましたが、馬車はなぜか私のすぐ横で止まり、馬車の中から顔を出した女性がこちらを見てにっこりと笑いました。
「あら、あなたの左腕、とっても素敵ね〜。その心臓もSAY HOってかんじよ〜」
「えっ」
い、いきなりなんでしょうかこの人。セイホウとはいったい、いえ、それ以前に、左腕はともかく、なぜ私の心臓のことを、一目見ただけで。
動転する私を気にする様子も無く、女性はマイペースに、
「気が変わったわ〜。やっぱり魔王気取りにDOS-KOIするなら、かわいい魔法少女より正義の心を持った10万馬力の機械人形よね〜。よし、馬車に乗りなさい。わたしはあなたを研究して、一年でCOOLな機械人形を作り上げてみせるわ〜〜」
「いえ、私は……」
もう妙な騒動に巻き込まれるのは嫌だったので断ろうとすると、女性の服の袖からじゃらじゃらと金貨が零れ落ちました。
「行きます」
「ノリのいい子は好きよ〜〜」
馬車に乗ると、中は思ったよりも快適な空間でした。
女性、馬善多博士を名乗る彼女の雑談を聞き流しつつ、気になっていたことを尋ねます。
「ところで、機械人形とはなんですか?」
「自分でものを判断して動く、とっても優秀なお人形のことよ〜。ああ、でも人が乗れるようなのもいいわね〜どっちにしようかしら〜」
全てが私の義手や心臓のような人工物で出来た人形、ということでしょうか。
それが、自分の心を持って、動く?
ああ、それは、とても。
とても、おもしろいかもしれません。
「馬善多博士さん、私にも、その機械人形を作れるでしょうか」
私の不躾な質問に、彼女は笑顔を崩さないまま、特に疑問を挟むこともなく。
「あら、私の弟子になりたいっていうの? 私のしごきは死ぬほど強烈よ〜? それでも平気?」
「ええ、構いません」
私は微笑んで、答えました。
「私には、心がありませんから」
そして、白い剣の物語も終幕へと向かう。
それは、一人の女の物語の始まり。
※
街を出る前に、店じまいをしておこうと思った。
いずれ戻ってくる場所なら、また開店できるようにしておかないと。
それからもう一つ。ソフィアはもう一人、旅の道連れを増やそうと思っていた。彼女も暫くは、この街から離れたほうがいいだろうから。
そう思っていた。思っていた、なのに。
「……ぁ…」
劇場からラペコーナへ戻る道の途上。
ソフィアは見つけた。見つけてしまった。
何者かに刺され、血を流して倒れている――マドルチェの姿を。
「……ちょっと!?」
叫びはほとんど悲鳴だった。駆け寄って、その手を取る。
雨に濡れた少女の身体は、もうすっかり冷え切っていた。
少女のいのちは うしなわれて いた。
「なに、やってるの、さ……」
ラペコーナでマドルチェに言った。幸せは相互作用だと。
なら、不幸だって相互作用なのだ。それは近しい者達に伝播する。
「なんで、こんなところで、死んでるのさ……っ!」
劇場でカラスに言った。罪は償う事はできないと。
こんな死が、こんな終幕で、一体誰が満足するのか。彼女は満足できるのか。
「認められないよ……」
右手で少女の右手を掴む。左手に白き追憶剣を握る。
流しきったなんて大嘘だった。涙で視界が滲む。
「認められるか、馬鹿っ……!」
確かに約束したんだ。この少女の幸せを考えると。
思考しろ。彼女の幸せは今ここで死ぬことか?
違うと思うならば、取り戻せ。
彼女の命を、"失われたもの"を、取り戻せ!
「エーデルワイス……!」
街の記憶を追憶する。膨大な都市の記憶から、彼女の蘇生手段を模索する。
「足りない…これじゃまだ、足りない…!」
降り注いでいた癒しの雨を飲ませてみた。まだ足りない。
絶対王政で、ソフィアの命を、精霊を、彼女に分け与える。それでもまだ足りない。
「もっと、何か、もっと…!!」
(わたしも てつだう)
「?!」
魂の中で聞こえた声。知っている。これはヘレンの声。
"ソフィア"に戻っても尚失われなかった、強い魂の声。
(うしなわれた ものを とりもどす。とても おろかで むだなこと)
「分かってる!分かっていてもやりたいの!やるしかないんだよ!」
(うん。わたしと いっしょだね)
「……え?」
(わたしも おろかで むだなことに いっしょうを ついやした。だから あなたのきもち りかいできる)
ヘレンの記憶が、街の精神感応網への回線を繋ぐ。
これまでよりも遥かに膨大な情報の波が、彼女に押し寄せる。
(てつだって あげる。だから たたかいなさい。あなたの たましいが くちるまで)
「言われなくても……!」
そしてソフィアは見つけ出す。夢と現の狭間、人の心の海を漂う、一枚のコインを。
(つかまえた)
(放しちゃ駄目だからね…!)
(わかってる。それよりはやく これをそのこに わたさないと)
(こっちだって分かってる!)
エーデルワイスが光を放つ。闇を切り裂いた時以上に強く、そして暖かく。
それが収まったとき、剣は一枚の銅貨に変わっていた。
「お願い……!」
両手でマドルチェの手を包みながら、そっと銅貨を右手に握らせる。
祈るように目を閉じた。次に目を開いた時、彼女もまたそうであってほしいと。
どんなに私の生き方が無意味で、無価値だったとしても。この少女の命には、きっと価値があるのだからと――
そして、永遠とも思えた沈黙の果てに。
握りしめた少女の右手が、そっと私の手を握り返してくれた。
※
その記憶は、生涯を通して私の宝物になった。
あの時の自分といったら、嬉しいくせに変に格好をつけて。
やあ、また会ったね、なんて、涙でぐしゃぐしゃの顔ですませてみせたものだ。
あれから沢山のものを私は失った。新しい何かを得ては、すぐに別の何かを失う、そんな人生だ。
失ったものを取り戻せたのは、今のところはこの一度きりだ。奇跡というのは起きないから奇跡なのだと痛感する。
そしてまた、それでも求めてしまうのだから奇跡なのだとも。
リリオットで出会った人々の何人かとは、今もまだ交友が続いている。
みんな失いたくない人たちだ。できれば一人も余さず、彼らが失われるところを看取ってあげたい。
ヘレンの記憶との融合で、私の寿命は随分エルフ寄りになっているらしいから。
「そふぃあ」
目を開いて、追憶から戻ってくると、愛娘が私の顔を覗き込んでいた。
「どうしたの?」
「ひより たちが あそぼうって」
「いいじゃない、行ってきたら?あと、私の事はお母さんね」
「……ほんとうは わたしのほうが ずっととしうえ」
「でも今は私の娘でしょ?」
むぅ、と不満そうに唇を尖らせる。その仕草が可愛くてつい笑ってしまう。
この子もまた、かつての自分から随分変化したのだろう。私と同じように。
「ほら、言ってごらん?言えたら晩御飯大盛りにしてあげるから」
「……いってきます おかあさん」
「はい。行ってらっしゃい、ヘレン」
私からヘレンの記憶を受け継いだ子、愛しい私のヘレンは、ぱたぱたと外へ駆けて行った。
それを見送って、私はまた目を閉じる。
※
全てを追憶させてくれる剣は、今はこの魂の中に。
目を閉じれば、失ったものの全てを思いだすことができる。
例え千夜一夜が過ぎ去った今でも、それは色あせる事なく。
いつか、全てを失うその日まで。
私の物語は終わらない。
まだない話をしよう。
マルグレーテによる役者達の想いは私たちにも流れてきます。
えぬえむさんは泣いています。
ソフィアさんは慰めています。
私はどうなのでしょう。
流せる涙も、かける言葉もありません。
ただ、魂だけが震えています。
怒りと憎しみ、そして悲しみに。
『ふざけるな!お前達のせいでどれだけの人間が犠牲になったと思ってるんだ!』
マスターの魂が叫びます。
しかし、許しが欲しいのは、償いをさせて欲しいのはマスターも同じなのです。
黒髪殺しの大罪、救えなかった命。
護り戦うことで、許されると償えると思っていました。
しかし、それは間違っていたのでしょうか。
なにが正しかったのか、もはや解りません。
マスターの魂もまた泣いています。
『…すまなかった。君達を救えずに。』
全てを救うことなんか、傲慢にしか過ぎません。マスターも解っています。
しかし、謝らずにはいられなかったのです。
私達は彼女達を許しました。それが正しいと信じて。
*
*
*
「わははは!わしは大まおう、ウォレスだぞー!」
「ひーろーそーどをくらえー!」
「ぐわあああ!」
「おれは、やみのせいれい王だぞ!」
「ひかりのけんしがあいてだ!」
「えむえぬもいわるわよ!」
「ヘレンだって!」
子供たちが教会で遊んでいる。
その中には黒髪の子も一緒にいる。
「しゃすたせんせー!」
「…うん?」
シャスタは読んでいた本を置いて、子供を見る。
「みてみて、ちょーかくしんてきなけんができたよ!
やばい!せかいがげきしんする!」
「うん、よく出来てる。」
シャスタは微笑みながら答える。
「シャスタさん!もうダメです!手伝って下さい!。」
ヘルミオネは子供たちに囲まれ、ヘトヘトになってシャスタに助けを求める。
シャスタはクスッと笑う。
「いまいくよ」
*
私は、シャスタさんと一緒に教会で孤児院兼託児所をやっています。
黒髪の子も隔たりなく受け入れています。
教会の上層部の反発は大きく、異端扱いはされていますが
クローシャ卿の支援もあり、なんとかやっていけてます。
造られてからずっと戦いしかしてなかった私には大変なことだらけです。
けど、娘のサラが手伝ってくれたり、夢路が邪魔…ではなく様子を見にきてくれます。
アスカさんやマーヤさんも、マックオートさんも、ソラさんも、ソフィアさんも。
色々な人が手伝ってくれます。
彼らの子供達も一緒に遊びにきてくれてます。
マスターの願い『リリオットを護る』。
つまり、リリオットの未来である子供たちを護ることにしました。
あの事件では、多くの若い命が失われました。
リリオットの闇が生んだ犠牲者達。
再び同じような悲劇が起きないように。
それは、戦うことでしか護ることが出来なかったマスターの意思でもあります。
(けど、こっそりと夜中にすみれさんと一緒に治安維持活動をしたりしてます。)
マスターの魂は炎熱の様に熱くたぎり、尽きるのはまだまだ先になりそうです。
戦いの果てではなく、子供たちが紡ぐ千の物語の果てまで。
私はマスター『ダザ・クーリクス』の魂と共にリリオットを護り続けます。
千夜一夜の果てのヘレン ダザ・クリークス
[託児所の護り人END] GOOD END
二人は新婚旅行で訪れた街で「願いを込めて硬貨を投げると叶う噴水」というのを見つけた。
硬貨を投げようかと考えたが、投げなかった。
しかし、二人に願いが無いわけではない。
*男の子なら幸せものに、女の子なら幸せものに
それが二人の願いだった。
おしまい
この町はたくましい。町とは人間だ。生きようとする心が集まり、歪な形で合体して共同体となる。そこに善も悪もない。命は命を生み、心は心に触れ、どんどん繋がり、どんどん連鎖し、新たなエフェクトが街を覆い、新しいこの町の姿へ近づいていく…
未来はある。
しかしあなたは視ることができない。
この物語はもうすぐ終わり。
***
「ばいばーい、夢路のおばちゃーん!」サラが手を振る。
「うーん、また遊ぼーねぇ〜」夢路もヒラヒラと手を振った。
夕暮れ。
赤。
時計塔の鐘の音が、子どもがごはんを食べるべき時刻をお知らせしている。
夢路は時計塔を見上げた。
(これでよかったのかなあ?)
町は生きていく。今日も明日もあさっても。あらゆる孤独と不安と矛盾を抱えて。
(私たちは負けた?それとも勝った?)
作戦は失敗したが、この町のシステムは大きなエフェクトを受けてひんまがった。いい方向に、かはわからない。収束したように見える事態はいろいろゴチャゴチャしていて把握しきれない。
(これからだよね。何もかも)
私はこれからも、自分がやるべき仕事をするだけだ。
私は真面目なんだ、こう見えて。
いつもの道。少しずつ人通りが多くなる夕刻の裏通り。崩れそうな階段、懐かしいボロい建物の二階へ。
ギギィと、扉を開く。
「ただいま〜」
部屋は真っ暗で誰もいない。
いや、客人が二人、いた。
「遅かったな、《獏》」
「《ジェネラル》・・・」
上司が暗闇の中に立っていた。その後ろにはいつもの巨乳美女。
夢路は食ってかかった。
「出てって。ここは男は入るなって言ったじゃん!」
「そんなこと言ってる場合か。」
「みんなはどうしたの!?」
「本部に移動してもらった。エフェクティヴの緊急集会だ。これからの作戦をキッチリ練んなきゃいけないからな。お前もすぐ来い、という連絡を伝える。それから、この基地を引き払う」
「……なに言ってんの?」
「ここは目立ちすぎる。武力が整うまで、街の中心部に基地を置く必要はない。」
「嫌!ここは私の家だ!出てって!男は出てけっ!!」
「そう言うと思ったぜ。だがお前の意志は関係ない。抵抗するなよ。《セクレタリ》、」
巨乳美女は左腕を失っていた。上司に言われて彼女は、残った片腕で相棒のフリントロックピストルを構えた。
だが夢路にではなく、オッサンの背中に。ごつり、と。
「申し訳ありません、《ジェネラル》」
「・・・裏切る気か?」
「あなたは、今回の作戦失敗の責任をとって自害。そういう筋書きです」
見れば、《獏》は涼しい顔をしていた。
謀られた。と男は気づいた。
「あなたは私の尊敬する師。しかし、あなたのやり方は間違っていた。今回の失敗で、それが証明されました」
「つまりー、老害ってわけだね♪」
嬉しそうにはしゃぐ《獏》。なるほど、いかにもこいつが好きそうな筋書きだ。
「私、貴方には結構恨みがあるけど。でもそれは赦す。全部赦す。でも死んで、ね?あっはっはっはー!」
命運尽きたり…か
思えば残酷な因果だった。沢山の仲間が死んだ。自分は常に前線に立ったつもりだったが、英雄の死には恵まれなかった。こんなに生き残ってなお、理想ははるか遠い。
ケラケラ笑う女を見る。
コイツは最低の阿呆だ。だが、こんな阿呆な理想を継げるのも、阿呆だけだ。
彼はゆっくり両手を上げると、
「また会おう。―――地獄で待ってる」
銃声。
======
本名、ユメジルコア・チグリス。
《獏》。心理暗殺士。
エフェクティヴ中央支部の基地長。
女尊男卑の差別主義者。
そしてリリオットの新しい通信体系《テレパシー・ネットワーク》の実質的支配者。
彼女が撒く新しい差別の種が、リリオット中に芽吹くまで、あと十年とかからないだろうと思われる。
「リリオット?誰それ、友達?」
義体、と呼ばれる人工の身体に潜り込んだオシロは、
少女に連れられて、外へ出る為の自動昇降機に乗っていた。
「街の名前だよ。そうか・・・、いや、知らないならいいんだ」
「ふーん」
いまいち感情に乏しいその少女の横顔を見ながら、
オシロは他に何か、この時代まで残っているものはないかと思案してみた。
「そうだ。レディオコー・・・」
「あ、着いた」
言葉を遮って、ががんっ、という音と共に昇降機が停止する。
鉄骨で編まれた扉がばしゃりと開いた。
「うーーーーーーん、久しぶりの朝日だ。気持ちいー」
少女はさっさと昇降機から降りると、伸びをしながらそんな声を上げた。
そこは芝草の植えられた、簡単な庭園のようになっており、
頭上には昇ったばかりの太陽と、薄く雲の伸びた青空が広がっていた。
勝手に走り回り始めた少女は放っておく事にして、
オシロはふと見えた、庭園の端にある柵へと歩いていった。
庭園は小高い丘になっているらしく、そこからは辺り一帯が見事に一望できた。
「すごいでしょ。ディバインフォール、神様の落ちた穴って呼ばれてる。
まあ実際は単に、ずっと昔に掘られた精霊の露天掘り跡らしいんだけど」
いつの間にか横に来ていた少女が、さらりと解説を加える。
庭園の眼下には、巨大な穴が広がっていた。
遠近感が狂ったような巨大な、そして深い穴。
それは、かつてのリリオットやレディオコースト全てを囲んでなお、
余りあるような大きさの穴だった。
「これじゃ、神霊も・・・、残ってはいないだろうなあ・・・」
柵に手をつきながら、心地よい風に忍ばせるように、オシロはぽつりとそう呟いた。
「これからどうするの?」
戻ってきた作業場らしき部屋で、
朝食を食べながら、少女は単刀直入にオシロに聞いてきた。
「そうだなあ。死んだばっかりで、ちょっとまだ混乱してるんだけど・・・」
「なら、しばらくここにいる?話も聞きたいし」
謎の果実を頬張りつつ、本を読みながら言ってくる少女のその言葉に、
オシロはふと懐かしさを感じながら、自分でも意外な返事を返した。
「うん、じゃあお世話になろうかな」
「おっけー。じゃ、登録しときます。名前はオシロだっけ」
少女は手を掲げて指を弾くと、机の上にある複雑な装置に手をあて、
それを駆動させた。
その瞬間、オシロの脳裏に無数の心象風景が流れ込んできた。
それはバラバラで様々な人生の断片。精神の火花。そして悲鳴だった。
(タスケテクルシイキエテイクヤメテタスケテヤメテクレ・・・)
それは、少女の駆動した装置から聞こえていた。
「今使ってる、それは何?」
「霊算機のこと?ネットにアクセスする為の端末。珍しい物じゃないよ」
「それは、精霊で動いてるの?
・・・いや、いいや。わかってる。そうか・・・、そうだよなあ」
「?」
耳を澄ませば、それはそこら中からも聞こえてきた。
世界は、精霊の悲鳴で満たされている。
消えていく精霊、それは無数のかつての人々の精神であり、
そこにはかつての、リリオットの住人達の精神も含まれているのだろう。
もちろん、オシロの関係のあった人達の精神も。
それが消えていく。完全な無へと還っていく。
(これが、あいつが魔王になった理由か。
あの人が自分で自分を殺させてでも、伝えなければならなかった願いか・・・)
「ごめん。やっぱり僕は、ここにいられないみたいだ」
「ふーん」
少女がそっけなく呟く。
オシロは立ち上がった。
「どうして?」
「精霊を使うのをやめさせたい。やめないなら、そいつらを殺しにいく」
それは言うべきではない言葉なのかもしれなかったが、
せめてもの恩返しのつもりで、オシロは正直に少女に答えた。
「それは難儀ね。手伝いましょうか?」
「え?」
意外なその少女の言葉に、オシロは少し面食らって、思わず振り返った。
「精霊が過去の精神の化石なら、それは私達のご先祖様の想いの残滓。
もう使うのはやめないとね。そういう話でしょ?」
霊算機を停止させ、少女が立ち上がる。
そのまま、少女もとすとすとオシロの方へと歩み寄ってきた。
「意外だな。てっきり馬鹿にされるかと思ってた」
「失礼な。するわけないじゃない。
だって私には、心があるんですもの」
緑髪の、その機械人形の少女は、
不服そうに自分の胸を叩いて、オシロにそう言ったのだった。
おわり
「ゼロ。時間だ」
男は立ち上がり、顔をしかめる。
「核は……、止まったか」
そうつぶやくと、リリオットへ向かい、歩き始めた。
***
気がつくと、ソフィアに抱きしめられていた。
「うっ…ぐすっ…」
「えぬえむは英雄じゃない。けれど、ただの人殺しでもないでしょう? あなたが頑張らないと、街は失われていた。
私の知ってるえぬえむは、それを見過ごせずに頑張っちゃうような、お人好しの女の子だよ」
その言葉を反芻する。
自分は何か。私は私だ。妖精とストラップシューズが大好きで、困っている者には手を差し伸べ、反する者は咎めたがる。
何が正しくて、何が間違っているか。何も、何もわからない。
…結局、迷いながらも自分の道を信じて、進むしか無いのだろう。
***
ソフィアは私と一緒に、アイツに会いに行く事に決めたらし…えっ?
「し、正気? 前に話したと思うけど、アイツはあんな奴よ!?」
「まぁまぁ。会ってみなくちゃわからないじゃない」
「ほー。どんなことを話したんだ? ん?」
誰かに後頭部を鷲掴みにされる。いや、もうわかっている。後ろを振り向かなくてもわかる。
アイツだ。作務衣を着て、ボサボサ頭のアイツだ。頭を掴まれたまま持ち上げられる。
「あ、あなたは?」
「あー、不肖の弟子…弟子でいいのか? まぁ弟子でいいや、がお世話になりましたな。ソフィアさん」
「いえ、こちらこそ…」
「いやーうちの馬鹿弟子がさぞかし迷惑かけたことでしょう。まぁ恩返しには足りないかもしれませんがぜひいらしてください」
やっと解放される。まだ頭が痛む。
行く前に店じまいをするとのことなのでソフィアと一度別れた。
その間もアイツは好き勝手行動する。
***
「おっ、光陰相対流のカラスじゃねーか。何呪われてんだ? ん?」
えっ、と思い、アイツが声を掛けた騎士の方を見る。
よくよく見る。衣装が変わっても、姿が変わっても、心で見れば確かにあのカラスだ。
「私を…知っているのですか?」
「まぁな。実のところ、侍同士の例の争いに紛れ込んでたしな。その釘引っこ抜いてやろうか?」
どこからか釘抜きのようなものを取り出してカラスに近づく。
「それで抜くのは痛そうなのでいいです」
「いやいや、コレで叩いて貫通させる」
「もっと痛そうじゃないですかー! やだー!」
そろそろ止めどきである。
「いい加減にしなさい」
本気でアイツの後頭部にマルグレーテを振り下ろす。
ガチリ、という鈍い金属音。あろうことかマルグレーテを釘抜きで受け止めている。バケモノである。
「あぶねーなー」
「呪い解くにしてももっとマシな方法はないの?」
「だって準備面倒じゃんそういうの」
「はぁ…」
アイツのフリーダムさ加減には呆れるしか無い。
***
待ち合わせは『螺旋階段』。それまでに、済ませることがある。向かいながらアイツに話しかける。
「ねぇ…マルグレーテを打ったのも、マルグレーテを『螺旋階段』に送りつけたのも、あんたの仕業でしょ?」
「まぁそうだな。材料見つけんの苦労したなー。打つのも苦労したなー。で、なんだ?」
「これ、返すわ」
意外だ、とでも言いたげに口笛を鳴らす。
「ほー、全てを斬り裂く究極の力を要らないと言うか」
「だから、よ。想起剣とはいうものの、その実は暴虐の剣、弑逆の剣。逆らうものを悉皆殺しするための剣」
「それでも、救えるものはあっただろう?」
「本当にこれが必要だったかは、疑わしいわ。とにかく、こんな力なんて要らない」
自身を情報化し、自分とアルティアを取り除き、再構築する。
そこにいるのは、妖精を頭に乗せた、いつもの自分。手には柄から鞘まで真っ黒な、一本の剣。
「返すわ」
マルグレーテを投げ渡す。
「へぇ。その剣の力なら、俺を殺すこともできたんじゃないか?」
「そんなのは殺したとは言わない。アンタだけは私の力だけで殺す」
「救えなかった奴らのことを悔いてた少女のセリフとは思えんなぁ」
「アンタだけは例外よ」
「いいだろう。いつでも殺しに来いよ」
***
『螺旋階段』前。
そこには、幸せを追い求めた少女と、涙で顔を濡らしたソフィアの姿があった。
旅の道連れを増やし、リリオットでの冒険は、終わりを告げる。
だが、彼女の旅路は、終わらない。
***
かつて、精霊の街に未曾有の危機が襲った。
そして、危機は解決した。
語る者もいるだろう。調べる者もいるだろう。
その中で一輪、街を駆け巡り、危機を防ぐために剣を振るった、一人の名も無き剣師(Nameless Marguerite)がいた。
お人好しな彼女は、今もどこかで、妖精とともに、自分の道を信じて、闘い続けている。
Neverending Mobiusloop.(おわり)
白髪の女ザムライはリリオットの街の復興を手伝った後、
ある日忽然と姿を消した。
ちょうど時計館が閉館したのと同じ頃である。
彼女は館の者たちと街を出たらしい。
それから、また少し時間が経過した。
自ら封じた魔女に呪われ、
様々な街の事件を見送り、
特に大規模だった劇場での一件については…。
実はクラスをサムライに変えて一年も経たない(このことをうっかり正直に話せば
誰も雇わなくなる危険性があったので、今まで誰にも告げてなかった)
のはどうしても仕方がなかったが、冒険者として明らかに力不足だった。
カラスはその事を恥じ、さらに修行に励むことにした。
以上のことをきちんと正直に話し、
カラスは世話になった仲間たちと別れた。
その際、絵を贈った。
とある人物の肖像画だった。
よく見ると、少し描き直された跡がある。
修行の後の再会を願っての贈り物だった。
空は美しく晴れていて、透明な風が吹いている。
今なら翼を伸ばして、自由に飛べるかもしれない。
ttp://www.geocities.jp/s_sennin1217/s_skhelp/s_skhelend.html
☆END☆
ただいま、と扉を開けたリューシャに、ヴェーラは振り返りもせずにおかえり、と返した。
カリカリとペンを走らすヴェーラの後ろを通り、旅装を解いて、紅茶を入れる。
「あ、そうだヴェーラ。悪いけど、優先で仕上げたい依頼があるんだ。明日から仕事にかかるから、準備お願い」
「はいはい……」
ヴェーラの声は、ため息混じりだった。だがそれも、いつものことだ。
積み上がった書類の隣にティーカップを置いてやると、ヴェーラはペンを投げ出して息をつく。
「留守中、変わりは?」
「依頼には延納のお願いをしてあるわ。あんた、しばらく遊んでる暇ないわよ。ていうか遊んだら今度こそ死なすわよ」
カップの縁越しに、ヴェーラがぎろりとリューシャを睨んだ。リューシャはその視線を軽くいなして、はいはい、と微笑む。
何よ、とくちびるを尖らせるヴェーラ。眉間にはうっすらとしわが寄っている。
たぶん、本当はそれほど怒っていない。
彼女が本気で怒ると、大抵はしばらく口をきいてくれなくなる。どちらかといえば、心配していてくれたのだろう。
だが、ヴェーラはそういうことをしれっと言葉にできるほど割り切った性格をしていない。
だからいつもわたしに振り回されちゃうのよ、と、リューシャは内心で少し笑った。
リリオットで起きたあれこれは、周辺諸国でもそれなりにニュースになった。
ヴェーラは外の時事にも敏いから、リューシャが実際に帰ってくるまで、ずいぶん気を揉んだに違いない。
「心配かけてごめんね、ヴェーラ」
むっとした顔のヴェーラが口を開きかけたのを遮るように、その時、がしゃあん、とけたたましい音がした。
工房の方からだ。ヴェーラがぱっとそちらを振り返る。
「技術窃盗にしては派手ね。舐めてるのかしら」
ヴェーラは席を立ち、ソルヴェイグと銘打たれた剣を手に取る。
工房に向かうその後ろ姿を追いながら、リューシャはやや視線を泳がせていた。
先行したヴェーラが立ち尽くしているのに追いついて、言葉を選ぶ。
「……リューシャ?」
「はい、ヴェーラ」
「この子は、どうしたの?」
説明は、……やや難しい。
「まあ……連れてきちゃったっていうか……ほら、他人とは思えなくて。雪も見せてあげたかったし……」
「いつの間に産んだの!?」
「いや、ちょっと、普通に考えてよ。産んでないわよ。……産んでないってば」
散らかった工具の山を見下ろす少年を前に、二人の声が響く。
振り返った少年は、リューシャによく似ていた。
「とにかく、しばらくヴェーラが色々教えてあげて。
この子物覚えが早いから、いろいろやりたがるんじゃないかしら。何かやりたがったら、経費で落としていいわよ」
「ちょっと、これ以上私の仕事を増やす気!?」
リューシャは途中で説明を投げ、叫んだヴェーラに向かって少年の背を押した。
ヴェーラを見上げる瞳はあまりにもリューシャに似ていて、しかも幼い。
無言の視線に反論を封じられ、ヴェーラが言葉に詰まった。
「大丈夫よ、臨時ボーナス出すから。なんだったらお給金も上げてあげる。どさくさに紛れてそれなりに臨時収入あったし」
大丈夫じゃない、と悲鳴を上げるヴェーラと、それを笑うリューシャ。
少年は二人を見ながら、心なしか楽しそうだった。
ここからまた、新しい日常が始まる。
いつか、そのうち、新しい旅が始まるまで。
END
ささやかな行為ならば、ささやかな結果が返ってくるものなのだろうか。
この町は少し変わった。この教会も少し変わった。
そして私は変わったのだろうか?私がしたこと。私自身が何かを為した訳じゃない。
たとえば少し前、この町が、教会がおぞましいものに包まれた。
その時の私はただ訳のわからないまま必死に子供達を守ろうとした、ただそのぐらいのことしかしていない。
その後しばらく経ってこの教会は黒髪の保護も行うことになった。
教会の中には反対する者もいたが、いつの間にか黒髪の子供達は自然と受け入れられていた。
資金面に関してはクローシャ卿の支援のおかげもあったのだが、一部のシスター達の根深い嫌悪はどこにいったのだろう?
それが私にはわからなかった。でも皆打ち解けていたのは事実で……。
ふと、私の隣に緑髪の少女と、その子より年下の少年がいた。
つい最近にこの施設に保護された子供達だ。
「シャスタ、これあげるよ!」
そういって彼女の手から飴玉が一粒差し出された。
ぼろぼろに擦り切れた表紙を撫でる。私の理想のヘレンの物語を撫でる。
空は青く高く、果てなかった。あの人に私の秘密を打ち明けた日もこんな青い空をしていた気がする。
私はこれから何かをこの子達と為すことができればいいのではないだろうか。
こうして黒髪もそれ以外の子も、分け隔てなく触れられる日を続けられるようにしたい。
※
「あの子はわかっているのかねぇ。」「ん?なんですか婦長。」
「婦長って呼ばない、掃除の手を休めない!いや、シャスタの話さ。あの娘が黒髪寄りだったのはなんとなくみんな察していたんじゃないか?」
「あーそうですねーそれでバレてないと思ってたあたり彼女も意外とアレですよねー。私みんなにごまかすの大変でしたわー。」
「でも実際昔からあの娘がしてきた、ほんのちょっとずつの行動でさ、結構考えの変わった子とかいるんじゃないかね。
特にシャスタが面倒見てた子供達なんかさ、すぐに打ち解けたじゃあないか。あんたもそういう口だったんじゃないか?ミレアン。」
「………。」「物語は終わらない。そして始まる前から始まっている、人の目に見えないところまで果てなく広がっているものさ。」
「教会長……。」「なんだい?」「その締め方って、なんかズルいです、正統じゃないですよ!!」
「勝てば官軍、終わりよければ全て良しなんだよ、なっはっは!」「リアリティとか説得力はどこにいったんですか!!」
「いーいじゃないか、皆、良い人に恵まれたってことだ!それは素直に祝福すべきことだよ!」
【なんとなくおわった】
太陽の光が夜の終わりを告げた。
永久(とこしえ)なる闇黒を取り込み組織を変成させていたリオネの身体は徐々にその形を失っていき、
それは砂のように崩れ、光のように儚く、やがて朝日に融けるように消えてしまった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
嘗て、誰もが其の果てに追い求めたもの。
其は人であり、そして人にあらじ。
時を刻む音。
一秒毎に、規則正しく正確無比に其れは鳴る。
決められた回数のカウントが刻まれたら、自動人形は決められた通りに動く。
そして其れが終わるとまた、決められた通りに次の動きを定め、決められた回数のカウントを待つ。
二つの自動人形は互いに其れを繰り返す。
其の先に追い求めた果てに、自らが求むるものがあると信じながら。
時を刻む音。
舞台に残ったのは、嘗て時を刻んだ其の時計の壊れた歯車だけだ。
其の躰も、穿たれた胸の穴も、もう何処にも残っていない。
『嗚呼、我が主(あるじ)よ! 今貴方は何処におわしますか!
哀れな私は、貴方の命(めい)を守れなかった! 貴方の命(いのち)を護れなかった!』
時を刻む音。
私達は幾度も、幾度でも繰り返す。
幾多の世界が生まれ、幾多の人形が産まれ、壊れ、消えていった。
舞台の上には、歯車が、幾重にも、幾重にも、積み重なっていく。
其の歯車はやがて一つの回路を為し、
人となり、精霊となり、言葉となり、音を、傷を、物語を刻んでいく。
時を刻む音。
人の中心に在り、命を刻むデバイス。
其の鼓動は、機械仕掛けのように、それぞれの速度で駆動し続ける。
時を刻む音。
アーネチカの紡ぐ物語は、アーネチカそのものとなり、そしてアーネチカそのものだった。
其の姿は見えない。
其の叫び声は届かない。
漆黒の闇は世界の全てを喰らい飲み込み塗り潰していく。
時を刻む音。
朝を告げる鐘の音が鳴る。
意思なき操られ人形[マリオネット]達は、物語の中に命を持ち、そして生き、そして死んだ。
其は誰が為に語られる物語か。
其は誰が為に語られた物語か。
舞台の帳が降りる。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
******
「嗚呼、やっと出来たわ」
『生ける人形[オートマトン]』。それは嘗ての少女の夢。
おはよう。次は貴方の番よ。よろしくね。
少女は、その人形に銘と名と命を刻んだ。
《闇は光と共に在り 誰も見果てぬその先へ:リンネ》
ヴィジャ
HP70/知5/技5
・H/1/6/1
・E/20/0/10 防御無視 封印
・A/30/0/12 防御無視 封印
・R/40/0/14 防御無視 封印
・T/50/0/16 防御無視 封印
心は自然数でした。
心の条件式を記す必要はありません。
《大切なものはもう見つけました》
何も構えていない時、あなたが僕を拒んでも。
何も構えていない時、僕はあなたを愛します。
見える全てが愛です。見えない全てが愛です。
心は満たされ、愛が尽きることはありません。
寂しい心を見つけたらH――あなたに近づきます。
道に迷ってしまったらE――あなたを見つめます。
全てを許す愛を求めてA――あなたへ手を伸ばします。
たとえそれが過ちでもR――あなたに触れます。
僕を包んで欲しいからT――あなたを抱きしめます。
──
────
────────
──。
戦闘の疲労による意識の断絶から復帰。
観測を再開。
夜が明けている。
リリオットは静穏を保っている。
意識が断絶するまでに観測されていたリリオットの姿と同じ。
そう。全く同じ。何も変化がない。
未来の観測結果と現在の観測結果が一致している。
私はどうやら、本当に、時間という果てを超えたらしい。
とても妙な気分。
なんだか、観る前から結末を知っている演劇を観終わった感じ。
数時間前までは私しか知りえなかった、リリオットが救われた姿も、
今となってはリリオット中の全てが知っている。当然の話だ。
…面白くない。
よくよく考えてみれば、子供ですら分かる理屈だ。
そんなに未来が観たいのならば、未来を待てばいい。誰だってできること。
全ての過去を演繹した未来が観れることなんて、大して凄くないんだ。
それに、私が観測できるのはこの狭いリリオットの中だけ。
こんな大事を起こしてしまっては、私はもうこの街に居られないわけで。
少なくとも、私の未来の観測結果は、20分後にリリオットを出た時点で途切れている。
そう。私の知る未来なんてものは、お話の結末を先に知るようなものなのだ。
お話の後の話が読める訳もなく、リリオットの外の世界が観える訳もない。
リリオットを去れば、観測者システムも利用できなくなる。
観測してきた事象も、全くの無意味となる。
私が今までやってきた唯一の事が失われる。
これから私はどうすればいいのだろうか?
茫然自失。五里霧中。
当たり前のこの事実に、私は暗闇の中に投げ込まれた気分になった。
私は答えを掴まぬまま、一先ずリリオットを出ようと動きだした時、
東の空に、鈍く眩く輝く太陽の姿が見えた。
雨雲は西へと流れ、 入れ替わるように光が降り注ぐ。
リリオットの街が、明るく照らされてゆく。
パレードの足跡が残るメインストリートにできた水たまりが光を反射する。
雨のあとの涼しい風が、少し強く吹いた。 朝の香りを運びながら。
小鳥たちの鳴き声が聞こえる。昨日と変わらぬ声で。
朝が訪れる。 昨日と同じように。 明日も同じように。
私は、ただ、美しいな、と思った。
リリオットの街並みが、こんなに美しいだなんて。
これまでに私は全てを観測してきたけど、こんな感情を持ったことは初めてだった。
私が今まで観てきたものは、ただのデータでしかなかった。
この光景には、とても鮮やかな色がついている。
そして私は、こんな光景を、もっともっと観たい、と思った。
私が本当に観測すべきものは、こういうものだったんだろう。
美しい光景には、未来も過去もない。ただ、現在だけが残る。
その考えに辿り着いた途端、私の心はスッと軽くなった。
観にいけば、いいじゃないか。リリオットの外へと。
この世界の中に、これほど美しい光景があるのかは分からない。
もしも分かったら、実際に観れた時に全然感動なんてしないじゃない?
この街の騒動の顛末と全く同じで。
だからこそ、観に行くんだ。未来は観るものでなく、辿り着いた時に観えるものなんだ。
アーネチカは、物語を翼として織り上げ、果ての向こうを目指したという。
自らの物語を見つけるために。
それならば、私は今一度、アーネチカを演じてやろう。果ての向こうへと辿り着いてやろう。
まだ観ぬ美しき光景を観つけるために。
(おわり)
極寒の地にて。
酒場では、旅人が歌を歌っていた。
その格好は異様で、明らかに凍死とは言わなくとも
かなりまずそうな薄さであった。建物の中でも見ていて恐ろしい。
そして、まだ少年のような、大人の女性のような、
よく分からない、だが決して高くない歌声が内に響いている。
リューシャはその歌に何となく聞き覚えがあり、声をかけてみた。
「あの、あなた…もしかして」
「ああ、リューシャさん!あなたをお…いえ、この北の地に眠る、
素晴らしい刀の情報を聞いてここまで来ました次第であります、はい。
そういうことにしておいてください」
白髪の若者だった。
「あ、実は…忘れていたものがございまして…」
若者は慌ててポケットを探し込んだ。
「お約束の、これを…お返しに…」
お約束の、と言いかけたところで、リューシャはその顔を覗き込んだ。
その人物は恥ずかしそうに顔を赤く染めながら、二枚の銀貨を彼女に差し出した。
「あ、遅くなって…すみません。こちら、ずっとお返ししていなくて…。
そう、ほら、見てくださいよ。おかげ様で、すっかり良くなって!」
それから、その人物はリューシャに左の腕を見せた。
少し何かの跡がついていたが、特に問題はなかった。
「申し遅れましたが…リリオットにいたサムライの、カラスです。
これが、私の本当の姿でございます」
リューシャは再び、その顔を覗き込んだ。
以前は確か、女の子の姿にされたとか言っていた。
「劇場での一件はわけも分からずお誘いしてしまい、申し訳ありませんでした。
あの時は…呪いの事など気にする間もなく、
解決のためにずっとひたすら走り回っていました。
姿こそ変われど、二本の足は動き、剣は変わらず振るえました。
それに気がついたら、呪いの釘は自然に消え始めて…」
リューシャはあの少女の記憶の限りの情報と照らし合わせたが、
特にどこも変わった様子がない。
相変わらずリューシャよりも背が低くて、痩せている。
見た目も背丈も声の感じも全部、変わっていない気がする。
リューシャはがっかりした、というよりは別の気持ちが浮かんで来そうになった。
その傍を、ぱたぱたと小さな子どもが歩いて来る。
子どもの姿は、リューシャによく似ていた。
「だめでしょう、こんな所まで来ちゃ」
リューシャは、子どもに優しく言った。
カラスと名乗った者はその姿を見て、先ほど以上にひどく慌てた。
「えっ…え、え?ま、まさか…その、お子様がいらっしゃるとは…し、失礼しました!」
「待って、誤解よ!誤解なんだから!」
★Secondary End★
わたしはそれまで幸せだった。愛する兄がいたからだ。敬愛する兄の存在のおかげで、リリオットにおいて被差別者である黒髪に生まれても、なんの苦もなく伸び伸びと生活していけた。しかし、兄はいなくなった。スイッチをパチリと切ったように兄は死んでしまった。
途方にくれ、いっそ死んでしまおうかとも考えたものだが、それでもわたしは生き続けることになる。マゼンタさんが現れたからだ。マゼンタさんは兄ほど優しくなく、わたしに迷惑しかかけていなかったが、それでもわたしに目的を、戦う力をくれた。生きる理由を与えてもらった。
今さらになって気づくのだ。自分はいつも保護されていた、と。
誰かしらの助力なしで生きていたことなど、一日たりともなかった、と。
ふと、歩みを止める。
「どうしたの?」
手を繋いでいた少年がこちらを覗き込む。
兄がいなくなった時、すべてを失った感覚にとらわれていたが、それは当然だ。それまでのわたしには何もなかったのだから。自分ではなにも選択してこなかったのだから。誰かの支えがなければ生きることすらままならない出来損ないの人生だったのだから。
いつの間にかわたしは、この数日間を走馬灯のように思い出していた。マゼンタさんの命令に従って、いろんな人に会い、いろんな出来事に遭遇した数日間。わたしは彼女に従う理由は兄の為であると信じていたが、わたしは誰でもいいから人生の指針を与えられたかっただけなのではないだろうか。今までどおり、なんの責任も負わず生きていきたい、そう望んでいたのではないか。
しかし、この数日による様々な出来事を経たわたしは、最終的に保護者であるマゼンタさんとの別離を選択した。
わたしは成長したのだろうか?
そう、自問する。
――いや、これではダメだ。
わたしは、わたしの周囲にある大切なものたちの為に、もっと明確に成長しなければいけない。
今までのように守られる側ではなく、わたし自身が守る側にならなくてはいけないのだ。
「ねえ、ペテロさん」
わたしは、胸に溜まった空気をほーっと排出すると、
「ううん、ペテロ。今日からわたしがあなたのお姉さんになります」
と言った。
その言葉にペテロはちょっとだけ驚いたようだが、徐々に落ち着きを取り戻すと、少し考え込み――頭の中で推敲したらしいセリフを、一言一句違えぬように喋りだした。
「それでも、僕は”ヒーローソードを継ぐもの”だからさ」
「これからは、僕も強くならなくちゃいけないんだ。だから、お姉さんとは呼べない」
どこか間の抜けている、芝居がかったセリフ。
到底格好良くは思えなかったが、わたしは心の中になにか暖かい手応えを感じていた。
「じゃあ、どうするの?」
「すみれって呼ぶだけさ」
「生意気なんだから」
二人は軽く笑い合うと、再び朝焼けに輝くリリオットへと歩き出した。
【ZrPUsxXLkBnH】 Eden
声がする。一つか、二つか、あるいはそれ以上の。
辿っている、あれは、素敵な物語に違いない。
「──これで、この物語は終わり」
「解りかねます。何処までが本当なのですか?」
「私にも解らないわ」
「──しかし、未知があるからこそ、旅という物は面白い」
「その通り」
「さあ、私達も旅を続けよう」
The curtain fell.