千夜一夜の果てに

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[600] 2012/06/23 01:08:54
【カラス 24 幕開け】 by s_sen

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人と異形の間に生まれ落ちた娘、アーネチカ。
彼女の強大な力に、人々は恐れおののいた。
そこで困った人々は、三人の騎士を魔の山へと遣わした。

騎士たちは山を登る。
兜を被り、長い外套を羽織った騎士が言う。
「ここを登った猟師は帰って来なくなったという。
仲間達よ、気をつけたまえ。いつ、どんな敵が襲ってくるかも分からん」
もう一人の、柄の大きな騎士は答える。
「大丈夫。もしもの事があってもこの身体。あっという間に弾き返してくれるさ」
彼はおどけた仕草で踊るように、全身を揺らす。
「はっはっは、頼もしい。ところで、君は先ほどから何を考えているのだ」
外套の騎士は、最後の騎士へ聞く。
他の二人と比べて彼はまだ若く、未熟に見える。
そのひときわ美しく白く輝く鎧は目立ったが、同時に経験の浅さを示している。
「山に住むアーネチカ。その姿はただの娘だと聞くが」
彼は考えているようだが、怯えているようにも思える。
「いや、恐ろしい人喰いの獣とも言う。噂は信用ならないぞ。
この身体と強さは信用できるが」
「会ってみないと分からんな。先を進もう」

雨が降ってきた。
彼らが慌てる合間に、黒い塊が次々と現われてくる。
それは一斉に吠え出した。
「獣だ!油断をするな、喰われてしまう」
「分かっている…ああ、やめろ!獣よ!仲間に何をするんだ!」
黒い塊の一つは若い騎士を地面になぎ倒し、他の騎士の動きを制した。
「卑怯な。よりにもよって彼を狙うなどと…!」
「ここは一旦、麓まで引くしかない。雨脚が強くなっている」
「すまない…」

夕暮れと夜の境目。雨はきれいに止んだ。
自分を囲んでいた獣達はいつの間にかいなくなり、若い騎士は取り残されていた。
しかし、その身体は傷ついていた。
そこに、一人の娘が現われた。
「その姿…もしかすると噂に聞く、アーネチカだろうか?」
騎士は聞いたが、娘は答えない。
娘は匂いを嗅ごうと、鼻を突き出して寄って来る。
「人のかたちをした…獣か…」
彼はふと思いつき、食料を娘――アーネチカに差し出した。
すると、彼女はそれに夢中になって喰らいついた。
騎士はその場から逃げようとしたが、夜が迫っていた。
「雨のせいで灯りが…ああ、どうすれば」

山の洞。
「アーネチカ、何故、私をここまで…」
彼女は答えない。
「これは薬草か…?傷の具合が良くなっている」
彼女は相変わらず答えない。
騎士がうつむいて考えている間に、獣のような娘は丸まったまま眠ってしまった。
「ここで、殺してしまえば…民の敵を討つことが出来る。しかし…」
騎士は剣を取らなかった。

目覚めるアーネチカ。
獣のようなうなり声を上げる。
「ああ、君たちは…」
洞の中に、仲間の騎士二人がやって来る。
「生きていたのか。良かった」
「その娘は、まさか」
「まずは、話を聞いてくれ。彼女は…」
彼らは若い騎士ではなく、アーネチカの方へと向かう。
「やめてくれ!」

アーネチカは吠える。
それは人の歌う美しい声のように、
または獣の吠える荒々しい音のように、
その場へ響いた。
騎士たちは全て、気を失った。

山の洞。しかし、一人を除いて誰もいない。
いたのは若い騎士だった。
彼は横たわっていた身体を起こして、洞を出た。

騎士が再び山を登る。
今度は一人。白く輝く鎧を身に着けている。
その手には衣が携えられていた。
――騎士の差し出す衣装掛けにかかっていたものは、未だ誰も見ぬ、美しいドレスだった。
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[601] 2012/06/23 01:15:51
【メビエリアラ14】 by ポーン

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 そこは祈りの集う場所。救いを求める怨嗟の声を、美しく飾って崇める館。
 そして、アーネチカが歩んできた無数の故郷のひとつでもある。彼女は歩く。どこからも来る。どこへでも行く。
 礼拝堂の床には死体が溢れかえっていた。それは神を信じ切れなかった半端者たちの夢の跡だった。
 アーネチカはそれも踏み越える。どこでも歩ける。

 教壇に一人の女がいた。光に満ちるステンドグラスを背に、超然とアーネチカを見下ろしている。
 アーネチカは女に問う。
「ああ教師様、わたしは果たしてここに来ました。ここでなら、神さまに会えると思ったからです。ねえ、神さまはどこにおわしますの? わたしはお礼を言いたいの」
 教師は断言した。
「そんなものはいません」
「そんな! 教師様ともあろうお方が神を否定するのですか? そのくせ神について説き、神の名の下に民の心を平伏せさせる。何という茶番なのでしょう!」
「疑うことで神を殺し続けているのはあなたがたです。望む答えを得て喜ぶ人たちに、真実が姿を見せることはないでしょう」
 否定されても意に介さず、アーネチカは反問する。
「では教師様、あなたにだけ見えるというのですか? そして見えない私たちを見下ろして嘲笑っているのですか?」
「見せることは出来ます……これです」

 教師は手のひらを差し出した。石が乗っていた。そこら辺に転がっているような、何でもない石だ。

「聖石。またの名を――『虚妄石』。何の価値もないこの石を宝と信じ、何万人もが争って死んだ。そんな物語の宿った石。本当に信じきれば、いつしか光輝くでしょう」
「茶番ね!」

 アーネチカが腕を一閃する。不可視の刃が空間を薙いだ。
 教師の体がどさりと崩れ、元からあった死体の群れに加わる。
 その手から虚妄石がこぼれる。
 それを拾ったアーネチカを、暴力的な力が襲った。
 アーネチカは訳も分からず礼拝堂を端まで吹き飛ばされ、背中から壁に叩き付けられる。血を吐く。
「!?」
 教師の肉体は贄に過ぎなかった。その背中を突き破って腕が出る。体が割れて、巨大な竜が現れる。
 竜はこの世に現出してすぐに暴虐の限りを尽くした。咆哮は礼拝堂の壁と天井を吹き飛ばした。
 山が飛び、海が割れた。大地も裂けた。
 暴れる世界の中で、アーネチカの肉体ももみくちゃにされる。
 すぐ悟る。これは勝てない。規格外れの卑劣な強さだった。
 為すすべなく死んでしまう。

「茶番には付き合わない」

 彼女は虚妄石を両手で包み込み、そのまま本のように閉じてしまう。

 ふっと舞台は暗転し、幕が下りる。

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[602] 2012/06/23 01:16:28
【観測者004:6:舞台】 by THEKI

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そこは深き暗き森の中。
広葉生い茂る樹木の上で、一人の狩人が息を潜める。
彼が見ているものは少女の形をしているものの、人でもなければ人外でもない。
言語とするならば「伝説」、つまりは「アーネチカ」である。

この森は、少女が一人でいるには余りにも不自然すぎたが、
この少女は余りにも美しく、狩人は一瞬にして魅了された。
彼は先代より伝わる、言い伝えを思い出していた。
この森に時々訪れる、無限の世界を渡り歩き、無限の姿を持つ竜の話…。
しかし、今までは寓話だと思っていた先代の話が、急に真実と感じられてくる。
狩人は少女を見つめたまま、気付かれぬように息を潜めることしかできなかった。
少女が再び森の奥に姿を消すまで、その行動は続けられた。

次の日も、狩人は少女を見つける。
感づかれぬように少女の後をつけていくと、いつの間にか山の麓へと辿り着いていた。
山の斜面には洞窟があり、少女は躊躇せず入っていく。
狩人は洞窟の【地図】を残すため、紙と鉛筆を手に後を追った。

自ら発光する精霊に足元を照らされながら、洞窟の道は着実に地底へと潜っていく。
おおよそ人間の身長にして8人分ほど深くへと進んだ所で、
禍々しいドクロの絵が描かれた大きな扉を見つける。
狩人は手持ちの地図にその模様を残し、扉の奥へと進んでいった

扉の奥の広々とした空間には、燃えるような色に輝く、大きな魔法陣があった。
狩人がその魔法陣に足を踏み入れようとした時、後ろから大きな咆哮が聞こえる!

咄嗟に後ろを振り向けば、巨大な竜が首を高く上に向け、轟いていた。
狩人は咄嗟の判断で、瞬時にロングボウを掴み矢を番え、竜に向けて振りしぼる。
竜が顔を下ろした瞬間に、瞳を目掛けて矢を放つために。
だが、その狩人が見た瞳は、今まで追い掛けていた少女の瞳そのものであった。

一瞬の迷いが、狩人の矢の行方を揺らがせる。
弓が竜の頭上をかすめると同時に、剣のように尖った竜の尾が狩人の胸を貫いた。
狩人はこの竜が少女であることを確信し、矢が逸れた事に安堵して、微笑むと同時に息絶えた。


アーネチカは、異形の獣の姿となって狩人を背負い、洞窟の入り口まで運んでいった。
手頃な樹のそばに横たえさせ、その胸に弓矢と地図を抱かせて。
そしてまた少女の姿となりて、その微笑みに口づけを残し、再び洞窟の中へと戻っていった

その森で少女を見た者は、二度と現れなかった。

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[603] 2012/06/23 01:19:09
【ウォレス・ザ・ウィルレス 33 「アーネチカと『大断崖』」】 by 青い鴉

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 そこは大地の終わる場所。全てが凍りつき、光さえ届かぬ果ての果て。
 大地の終わり、いわゆる「大断崖」を背にして、アーネチカは踊る。アーネチカは舞う。その軌道は剣戟の中で既に決定されている。嗚呼、なぜ私はアーネチカなのか。なぜあなたはアーネチカではないのか。無数の殺意の刃を掻き分けながら、アーネチカは魔法使いに問う。
「『希望のランプ』はどこに?」
 それはここに。この中に。鞄を叩いて、魔法使いは応える。大地の終わりでは、長命の魔法使いもまた、ただの鞄持ちに過ぎない。
 
 刃の数はいや増し、アーネチカの軌道はますます鋭利に決定される。敵は千万。味方は一人。残された武具は「希望」だけ。それは昼に陽の光を取り込んで、夜に闇を引き裂く、無敵の象徴。
 魔法使いは戦いの隙を突いて、アーネチカの爪と牙に「希望」を宿らせた。時が経てばその力は、愚かしい数を圧倒するだろう。
 
 アーネチカは世界の果てで悪魔と戦う。理由などという野暮なものはありはしない。強いて言うなら、その生き様が悪魔の逆鱗に触れたとしか。あるいはこれは夢かもしれない。それは夜明けが来るまでの儚い闘争なのかもしれない。
 だが関係無い。アーネチカは戦う。
 
 宙に浮かぶ無数の刃は、悪魔の用意したアーネチカ殺しの武具。その全ての刃が乱舞するのだけれども、どの刃もアーネチカの心臓を貫くことは無い。直観による計算は終えている。戦闘結果は既に得られている。そしてアーネチカにはそれを実行に移す技量があった。
 アーネチカは咆哮する。魔力を失った数百の刃が地面に落ちて刺さる。悪魔の力にも限りはあり、悪魔の用意した武具の数は、無限では無かった。千万の刃を揃えてなお、悪魔は劣勢であった。
 いつしか無数の刃はきらめきを失い、アーネチカの爪と牙は直視できぬほどに輝きを増す。
 アーネチカはその爪で、刃を薙ぎ払うように打ち砕く。いつもどおりに。悪魔は恐怖する。これは夢だとアーネチカに告げる。全ては幻だとアーネチカに告げる。なにもかもが無駄なのだとアーネチカに告げる。
 だが関係ない。全ての刃を折るまで、アーネチカは戦う。
 
 魔法使いは知っている。ここは大地の終わる場所「大断崖」。夜明けは来ない。アーネチカは悪魔の必死の懇願すら拒絶して、戦い続ける。
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[604] 2012/06/23 02:26:17
【えぬえむ道中記の31 貪る炎】 by N.M

肉体言語の押し問答。
同時にソフィアはオシロに問いかける。

これはちょっと割り込めない。
しかし、この闇の塊がオシロで、常闇の精霊王を精製したとはちょっと信じ難い。
(事実は事実だ。受け入れろ)
そのオシロは、人殺しはもう嫌だと言っている。
だが、もう手遅れに見える。
闇は動き始めた。あとは自力でなんとかするアテがあるのだろう。
精霊鉱山で精霊を…
あの時ウロは何を貰ったか。たしか神霊の採掘と言ったか。
「まさかあいつの目的は神霊…」
ソフィアの中のヘレンは勝つためにオシロの力が必要と考えているらしい。
(もしかしてあんたも精霊王の封印方法とか知ってるの?)
マルグレーテからの声に問いかける。
(128個ぐらい瞬時に思いつくね。だが解は出さない)
(けちー)

ソフィアと緑髪の少女が間合いを取る。
割り込むなら今だろう。

「二人とも落ち着いて。私達はあの常闇をなんとかしたいだけ。一緒にきてくれれば助かるのだけど」
オシロのほうを向く。
「あと、もう目覚めないと言ってたけどそれは間違いね」
レディオコーストが深い闇に包まれて行く。
「闇が動いてる。目覚まし時計を手で探るかのように、精霊、恐らくは神霊を掴むわ」
緑髪の少女を見やる。
「手遅れになる前に鉱山へ。さもなくば…」
肩を竦めて鉱山のほうを向く。
「全て死ぬだけよ」
振り向かず言葉を続ける。
「オシロ君。私は行くわ。関わりたくないというならそれでもいい。けれども、あれを精製した事実は変わらないわよ」
再び振り向き二人を見る。
「まずはアレを、常闇を始末しましょう。そのためには人手は多いほうがいいわ」


[605] 2012/06/23 02:31:59
【【アスカ 35 闇を裂く地平の果てと、心内洗浄】 】 by drau

グラタンは後ろから二人を剣の峰で殴り気絶させて、公騎士専用の馬車の後部座席に運んだ。
この後は騎士団本部に、ラクリシャ卿が直々に出向いてくれる手筈になっている。
無理を承知で持ち出した捜査なのだ、待たせる訳にも逃げられる訳にもいかない。この街の安寧はもうほとんどない。車輪が動き出す。運転席の横で、時に追いつけずとももっと早く動けとグラタンが苛立った。炎熱が車内に漂う。
後ろの二人が、どちらともなく目覚めた。
車内で立ち上がったバーマン卿が真横にアスカを押し出す。
「わっしょーい!」
どおうっ!と扉を突き破って、アスカの体が外へ飛び出して宙に浮く。
「っせーら!」
寸でのところで腕を伸ばし、天井部を掴んだ。巨体の足が馬車に引きずられ、音を立てる。
「わ、わたしは悪人じゃじゃじゃ!」
もう一方の手で卿も同じように車外へと引き出した。
このまま手を放しそうになるのを堪えて、馬車の屋根に上がり込む。
車内は狭く、小柄な卿に分が在るからだ。
戦いの歯車は回りだした。街道を走り、揺れる車上で二人は向かい合い、再度組み付いた。
落とされぬように踏ん張る両者の足が、屋根に窪みを作る。アスカの顔が苦しそうに歪む。圧されているのだ。
本来なら、体格や筋力が劣る卿が容易く御される筈の一戦。しかしこの戦いは心世界にて真実が浮かびだす。
心の砂漠で、黒い闇がアスカの自我を飲み込もうと、猛攻を繰り出している。ドワーフの自己プロテクトを用いて、エルフの力を借りて、ようやく防げでいる。
卿は鍬を車に打ちつけて自らを支える。「《鉄とモールシャは耕すためにある》か…」屋根を見上げるグラタン。突風が二人を苛む。瞬間、アスカは後ろに退き、飛び降りた。卿を掴んだままで。


路上を転がり抜ける二人。頭を打ちつけ、血を垂らして、アスカはマウントを取る。
「(打ち勝てる)」
「何をしているのかね、ねねね」
そう感じた瞬間、背後から声と殺意が圧し掛かる。咄嗟に真横へ退く。新手だ。降りてきたグラタンが叫んだ。
「まさか、ラクリシャ卿まで!?」
「のこったのこった!」
「わっしょい!」「らっせーら!!」三竦みか、否、アスカ一人を敵として二人が組み付いてくる。
「(感染?いや、連鎖反応。この人間もまた同じ別思念に囚われている)」

二対一。ラクリシャ卿がバーマン卿の肩に乗った。
「《我らが教育が人を創り、街を動かす》」
押さえ込まれる。暗黒は重なり、心内にてアスカを抉り付けた。路上をじりじりと後ろに押されていく。足が大地を削っていく。
命運尽きた時、朝焼け前のメインストリートを女が歩いてくる。

「“白痴事”か!?」グラタンは息を呑んだ。
「ドスコイドスコイ」と吼えながらつっぱりをかます彼女に、男達は「わっしょいわっしょい!!」とつっぱりで返す。千日手。
女はむっとしたのか。面白いと思ったのか。卿達の背中に力を籠める。それは挟撃の形となった。
「(この光。これは、精神干渉!この女は、リリオット家か!)」
暗黒の精神体を背後から光が襲う。アスカの縛りが緩まった。その隙に、アスカが叫び、暴れ、喰らいつく。がぶりだ。
陣形を咄嗟に変え背中合わせになり、前後のアスカ達を迎え撃つ卿達。
バーマン卿は落ちたときの衝撃で片腕が折れていた。しかし、がくがくと震えながらなお、アスカを通さない。
「(後一歩、後一歩及ばぬ)」
「「「らっせーら!っしょい!のこったのこった!!せーらっ!!っしょい!!」」」
心内にて、影が微笑む。アスカの心を強く苛む。アスカの母、祖母、父が砂の上に描かれては熱風に散っていく。
食いしばり、抗え。
「ぼ、ボクは、ママを、迎えに、いくんだ」
踏み出す。
「そこを、どいて。阻むなら、立ち塞がるのなら、ボクは、ボクは!!!」
拳を握る。強く高く。
「打ち」「ドスコイドスコイ」「砕く」
剛拳を足元に叩きつける。ひしゃげる、路上。
「……だよー!」
その勢いを殺さずに、手が、指が、足が大地を跳ねた。浮きあがる。卿たちを巨体に乗せて突き抜ける。



地平の向こうに、真っ白な朝焼けが今まさに昇る。
「“今一度問う”」
巨漢の問いに、男達は片膝をついて頭を垂れた。
「「我等の忠誠は、我等の主、リリオットの為に」」


[607] 2012/06/23 03:25:41
【ダザ・クーリクス:36 退職届】 by taka

宿の外に出て、一番初めに目に入ったのは北に広がる闇だ。
街で叫ぶ声によると、エフェクティヴが蜂起したらしい。

そして、チリチリ痛むこの空気。よく見ると、薄く霧が出てる。

ダザの魂は、本来張ってある魂を護るための膜が、精霊との無理やりな結合により破かれていた。
それ故に、精霊や精神攻撃に対して敏感になっている。
ダザは自身の魂を燃やし攻撃を防いでいるが、それは確実にダザの寿命を縮めていた。

この霧の正体は、例の戦闘衝動を引き起こす精霊を溶かしたものだろう。
吸い続けることにより、徐々に精神が蝕まれ正気を失っていく。

ダザは咄嗟に布で口を覆った。

謎の闇にしろ、エフェクティブにしろ、この霧にしろ、自分だけでは無理だ。
現状、最も信頼でき最も影響力があり自分との接点がある人間。
あの人の元へ。
ダザは闇が広がる北ではなく、南へ走った。

*

途中、霧が濃くなっている場所を見つける。不審に思ったダザはその霧が濃い方へ移動してみる。
人目に付かない倉庫の裏側に、奇妙な機械が置いてある。その機械から霧が発生してるようだ。

機械に近づこうとしたとき、倉庫の影からフードを被った少年が出来た。
右手首に装着した義手で襲い襲い掛かってくる。
ダザは咄嗟に避け、ブラシで殴りつける。

「ぐっ、ヘレン様・・・。」
少年はそう呟くと倒れ込み気を失った。

ヘレン教、先生の弟子の一人か。
ダザは気がついたときに暴れないように少年をロープで縛る。
そうして、霧を発生させている機会をブラシで叩き壊した。

恐らく、これ一台ってわけじゃないだろう。
他にも探したいが人手が足りない。やはり、先を急ごう。

ダザは再び南に向かって走り出した。





ダザは清掃美化機構の課長の前に来ていた。

「無断欠勤をしておいて、よく来れたものだな。」
課長はダザを睨みつけて言い放つ。

「一応、ケジメを付けておこうと思いまして。」
ダザは課長に紙を叩きつけた。

「・・・なんのマネだ?」
「退職届です。あ、退職金は義足代に回しといってください。」
「・・・ほぅ。」
ダザの挑発的な態度に課長は少し顔が引きつった。

「ということで、一般市民からの要望を伝えとくぜ?
 現状、北に広がる謎の闇に加え、精神汚染の疑いある霧が発生。
 エフェクティブの蜂起に会わせ住民達による暴動も起きてる。
 至急、霧の発生を食い止め、エフェクティブの沈静化と共に住民の安全確保を行って頂きたい。」
「・・・ふん、ワシの一存では決めれんな。」
「一存?それはどうかな?」

「一存じゃない、だよー!」
課長室の扉を勢い良く開けて、アスカとグラタンが、長い銀髪の女性を連れて入ってきた。

「ク、クローシャ卿!?」
課長は立ち上がって頭を深々と下げた。


[608] 2012/06/23 07:59:06
【マドルチェ 12 マドルチェのアーネチカ】 by ゴールデンキウイ

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黒い輝きを失った水晶を加工して作ったイヤリングを見つめながら、マドルチェは小さく頷く。吸い込まれるような魅力を放つ破片をぼんやり眺めていると、何か懐かしい感覚に囚われて、マドルチェの脳裏に『自分では無い何か』に変貌してしまうのではないかという無益な考えが過ぎった。

(それでも、構わないのかもしれない)

これから私はアーネチカになる。私ではない何かを演じる。ここから、私は『自分では無い何か』になればいい。軽く頭を振る。もう、彼女に余計な雑念は無かった。マドルチェはイヤリングを丁寧な所作で身に付ける。今この瞬間から、私はマドルチェではなくアーネチカ。戦いの果てにヘレンを求めたアーネチカなのだ。

「……かつてヘレンを求めた全ての者たちよ、私は覚えている。全ての物語を。皆の生きた証を。」

一息に、過去を追想するように、何かを再現するように、心を込めてアーネチカは呟く。

「それぞれが異なる72の意思を持って、しかしヘレンという同一の存在を目指し、その戦いの果てに全てを掴む者はただ1人なのだ」

「この歌が聴こえている命ある全ての者よ、真実は貴方の胸の中にある。夢半ばで敗れた者、涙を飲んだ者、全てここに集うが良い。忘れ去られた嘆きを再生しよう。私が読み取る、私が理解する、私が伝える。72の願いと幻想を。果ての向こうにある全ての意思を。私の意思を。戦いの果てに辿り着き、瑞々しい生をこの身で実感したい。箱庭ではなく私の意思を以て謳歌できる生が欲しいのだ。」

この瞬間、世界の中心はアーネチカだった。アーネチカ以外の全ては塵芥も同然であり、彼女こそが世界の全てと錯覚しても何ら不思議ではなかった。

「さぁ始めましょうミルミ。全てを赤く染める炎は此処にある。燃え盛る焔の中でも、決して傷つくことのない強さを持つのはどちらか。今ここで、決着を付けましょう。」

照明が落ちる。さぁ、72の嘆きを再生しよう。その果てにヘレンがいる。アーネチカは暗闇でふっと微笑んだ。
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[609] 2012/06/23 08:00:25
【ヴィジャ:10 歌】 by やべえ

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 アーネチカは壊れなかった。
 服が裂け、煤に塗れ、撥条を欠き、駆動部分が剥き出しになり、人とも獣とも龍ともつかぬ形となってなお。
 アーネチカは淀み無く歌い上げた。

 アーネチカの歌は欲張りで、際限なく欲しがった。
 山を、海を、村を、人を、森を、獣を、火を、岩を、雲を、空を、認識を、虚構を。
 やがてそれらは区別なく歌の一節となり、アーネチカとなった。

 アーネチカのまわりから、何もかもが消えていった。
 昼も夜も無くなり、歌を聞く者も無くなり、世界はとても狭くなった。
 アーネチカの他に何も無くなると、歌はアーネチカを欲しがった。

 愛が失われた場所から少年が生まれた。
 少年はアーネチカに近づくと、彼女の胸に光り輝くものを見つけた。
 手を伸ばして取ると、それはギザギザとした指輪の形をしていた。

 指輪はアーネチカを動かす歯車だった。
 アーネチカは駆動を止め、アーネチカの歌は律動を止めた。
 するとそこからあらゆる全てが溢れ出した。

 後にはアーネチカのいない世界が残った。

 少年は愛の奔流に触れ、消えた。

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[611] 2012/06/23 11:15:19
【夢路30】 by さまんさ

(夢路26の続き)


二色の糸とかないな、と思った。

二つ以上の夢、というか目的を持っている人というのはいる。でも二つに見えても根っこは繋がっていて、矛盾に見えても矛盾じゃなくて、どんな人も結局一つの夢しか持ってないはずだ。
そもそも真っ黒な糸自体初めて見た。いや、一度だけ見たことがある。
「――《シャドウ》?」
少年がクスリと笑った。

「ムールド、ここにいたのか」
男性の声。
振り向いて驚く。この人の体も二色の糸をまとっていたからだ。
「お前は本当に本が好きだな。母親より叔母の方に似てるんじゃないか?」
朗らかな笑い声。白髪の混じった頭髪。威厳をまとった背格好。
その姿になんとなく目を奪われていたら、男性も夢路に気づいた。首を傾げ、
「――はて、こんなメイドがいたか?」
とだけ呟いた。
それから、孫娘の姿をメイドの手の先に見つけて眉を尖らせた。
「マドルチェ。勉強の時間だろう」
見れば男性の、くすんだ方の糸が活発に動いている。
「だっておじいちゃん」
「言い訳は悪いことだ。悪い人間になってはいけない、マドルチェ」

貴族の家族。庭。それは美しい夢の出来事であった。

次の瞬間、リリオット卿のもう一方の糸がぴゅん、と勢いよく飛びだした。
「マドルチェ!」
輝く糸がお嬢様の体をつつみこんだ。いいや、マドルチェを抱きしめたのはリリオット卿その人の腕だった。
「マドルチェ、マドルチェ・・今まですまなかった、ああ、本当は、本当に、お前を、愛しているとも――」
輝く糸は優しくそよいで、二人のことを包んで。そこはもうくすんだファンタジーの世界ではなかった。

(あ。)
夢路はやっと自分の"仕事"を思い出したようだ。
(私の仕事。暗殺指令。貴族の夢を、食べろって――対象は――)

『そう。あの孫大好きのおじいちゃんが君のターゲットだ』
少年が夢路に囁いた。
(あなた、《シャドウ》ね)
『そうだ。久しぶりだね、《獏》。君のおかげでこの体を得られたこと、感謝している。』
(でもおかしくない?あの時、私は暗殺に失敗したのに。)
『いや、それでよかった。――君の"暗殺"に頼らなくとも、私にも洗脳の心得ぐらいあるのでね。指令は、君の能力について識るため。それから対象に近づきやすくさせてもらった。陽動作戦ってやつだね』
(なーんだ。)
少年は熱心に本を読みながら夢路に話しかけている。

この仮想空間はただの夢ではない。メビが夢路とカガリヤの能力を合成して作った「精神感応網」のエフェクトで、夢路の過去の記憶と、記憶に繋がっている人々の精神とが重なって存在しているのだ。金の糸は、《シャドウ》になる前の少年ムールド。黒の糸は現在の《シャドウ》。エフェクティヴのパトロン、たぶん偉い人、夢路も一度しか会ったことがない。

彼が現実の世界で今どこにいるかはわからないが、精神感応網の中にいるということは、
「ふーん。あなたも眠るんだねー。」
『ははは。人を幽霊みたい』
あながち間違いではなかろう。


[612] 2012/06/23 16:12:25
【ソラ:30「探検!レディオコースト」(MHP56→54)】 by 200k

 裂けたかばんから出てきた道具たち。布きれ、壊れたランプ、チョーク、ノート、筆、飴玉、折り鶴、希望という名前のランプ、時計塔の鍵、リソースガード登録証、木の枝、梯子、チロリン棒の当たりくじ。ソラは「希望」を携え、残りを都合よく近くにあった自分の家に放り込んだ。

 レディオコースト内部は方向感覚を狂わされる入り組んだ迷路、毒ガスの充満する道、地の底も見えない大穴など、様々な地形が待ち構えていた。ソラとマックオートの二人はランプの灯りを頼りにしながらそれらの障害を踏破していく。
 このまま順調に行くかと思われたが、切り立った崖に作られた細い足場を渡る途中、山全体が大きく震動した。その拍子でソラは崩れた岩肌に足を取られて転落した。
「あ……」
 ソラは底の見えない闇の中へ消えていった。
「マックさんごめーん!後で必ず追いつきますからー!先に行っていてくださーい……」
 声は段々と遠ざかる声が山の壁に反響して、マックの耳に届いた。

「さてと」
 全身が風にあおられる。闇と落下の恐怖に対面しながらも、ソラは冷静になっていた。こんなもの何一つ恐れる心配はない。打ち勝つ力は既に手にある。
 ソラは『頼りない翼に大空を羽ばたく力を与える魔法』を使い、耳を覆うきらめく大翼を作り宙に飛び立った。手から掲げた「希望」の灯りを頼りに空洞内で姿勢を整える。
「今のうちにマックさんの元に戻ることもできるけど、このまま手分けした方が効率いいよね。探索、探索ーっと」
 適当な横穴を選んで進むと縦穴に出た。床には真新しい土砂が降り積もっており、その上や中に鉱夫達が倒れている。
「大丈夫ですか!?」
 返答はない。駄目そうだった。
 パラパラと、上からは現在進行形で砂が落ちてきている。
「うーん、上で何かあったみたいだね……」
 ソラは垂直のトンネルの上を目指して再び飛んだ。


[613] 2012/06/23 20:22:37
【サルバーデル:No.16 物語の果て】 by eika

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「アーネチカ、君の腕は大したものだ! 我がサーカスにおいて君の評判は、絶えず窓辺から差し込む月明かりのようだ。私も団長として鼻が高い」
 仮面に表情を隠したまま、団長が笑う。
 アーネチカを含めた13人の団員達と1人の団長はサーカス・テントの脇に燃える焚火を囲っていた。
「ありがたいお言葉です。団長」
「さて、いよいよ明日は、我々の最後の公演だ」
「この日の為に、今まで練習をつんで参りました。どれも難しい演目ばかりですが、必ずや成功するでしょう」
 団長は頷くと空を見上げて語り出した。
「思い返せば我々は、このサーカスの行き着く先、別々の街で出会ったものだ。私を含めた誰もが、みすぼらしい人生を送っていた。──しかし、だからこそ我々は知ったのだろう。見えぬもの達がある事を。そして、そんな者達も人の心を照らす程の輝きを持っている事を。だからこそ」

「その剣も私を殺せぬ」

 アーネチカと暴君を除いた12人が糸が切れたように崩れ落ちる。
 暴君が言う。
「無駄だ、万の軍勢を動かしたところで、故郷を持たぬ者に私は裂けぬ」
 アーネチカは叫ぶ。
「貴方は自らを飾る為だけに、多くの者を無情にも殺した」
 暴君が笑う。
「ほう、そうかね。……だが、意思の薄い彼らを殺める事の何が悪い。彼らを幾らでも殺す事の何が悪い。彼らは悪人だというのに!」
「貴方がそう作ったのだ」
「良き王である為だ。それによって救われるものはあまりにも多い。──そうとも、多過ぎたのだ!」
 暴君が再び笑おうとした時、それをアーネチカが斬りつけた。暴君は咄嗟に身を翻す。
 暴君の腕が裂かれ、血が滴り落ちた。
「お前は、その意思は……」
 暴君が逃げ出し、アーネチカはそれを追った。

 アーネチカが歌に誘われるまま顔を出すと、紳士が佇んでいた。

「お嬢さん、踊りへ出かけましょう」
 アーネチカは困った顔をする。
「でも、一人では外に出てはいけないって」
「なに、新月の夜に紛れれば、誰も気付かぬ事でしょう」
 紳士が優しく囁いた。
「私なんかが行っても良いの?」
「勿論ですよ、お嬢さん」
 アーネチカはうんと迷ったが、ついにその小さな手を差し出した。
「良いわ、何処へでも連れて行って」
 紳士が少女の手を取る。
「宜しい。其れでは参りましょう! 開いた窓からこぼれる灯りを置き忘れ、歌と踊りの夜会へ。……だけどアーネチカ。私は、もういかなくては」

 ふいに紳士が手を放した。
 幕が下り始める。

「待って、サーカスの最後の公演は、暴君の結末は、舞踏会の続きは……」

「時の針が止まる時、総ての魔法が解ける時、どんなに美しい衣装だって片付けなくてはいけない」

「続きは、君が綴るんだ」

 幕が落ちた。

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[614] 2012/06/23 22:12:22
【マックオート・グラキエス 43 別れと集合】 by オトカム

鉱山レディオコーストの内部は、まるで意志を持って侵入者を拒むかのような複雑で殺意に満ちた地形だった。
マックオートとソラはランプの灯りを頼りに切り立った崖まで到達した。その先は細い足場になっている。
渡る途中、山全体が大きく振動する。マックオートはなんとか持ちこたえたが、振り向くとソラは闇に引きこまれていく。
「ソラちゃん!」
マックオートは手を伸ばした。しかし届かない。
(待ってくれ!行かないでくれソラ!俺はまだ君に想いを伝えていないんだ!俺は君のことが・・・)
「マックさんごめーん!後で必ず追いつきますからー!先に行っていてくださーい……」
迫り来る不安で頭がいっぱいになったマックオートはソラの声を聞いて自分を取り戻す。
ソラの声はどんどん遠ざかっていくが、とても冷静だった。なにか秘策があるのだろうか?
いや、秘策があると信じるしかない。ここで立ち止まるわけにはいかない。
マックオートはランプの代わりに剣を抜き、灯りにして先に進んだ。

***

奥深くまで進んでいくと、剣の光があってなお、5メートル先の岩肌すらみえない程の深い闇が広がっていた。
一方を指し続ける剣の光に導かれて歩いていると、マックオートの元に何かが近づいてくるのがわかった。
「・・・誰だ!」
近づいてくる足音に振り返り、剣を構える。鋭い刀身が目の前まで迫るのと同時に剣の光が一団を照らしだした。
「マックオート!?」
「リューシャちゃん、ソフィアちゃん!?えぬえむちゃんに、レストちゃんまで!」
顔なじみばかりだったが、知らない人も混じっている。
「え、えーと・・・黒い人は・・・」
「オシロです・・・」
「あぁ、なるほど。そちらの黒髪・・・いや、闇髪のお嬢さんは・・・」
「”女の子に乱暴する奴は生かしちゃおけねぇ”だっけ?かっこつけやがってな」
「分かったぞ!君は恐怖の巨大パンジー!」
「なんだその呼び名は!」
「私はリオネ。よろしく」
銀色の手足を持つ女性は自ら名乗った。

「マックさんも神霊を目当てにここまで?」
「神霊・・・?」
「は?こいつは何しにこんな所まで来たんだ?」

話を聞くと、闇の騒動は神霊とよばれる巨大な精霊が原因らしい。
「この剣の光が一方向を指し続けているんだ。もしかしたら神霊の場所まで導いてくれるかもしれない。」


[615] 2012/06/23 23:09:34
【リューシャ:第四十夜「暗路迷走」】 by やさか

リューシャは北へ向かうほどに濃くなる闇の中を、吹雪の中を行くように感覚を研いでなお走る。

いつか訪れた工房の、老職人を思い出す。
このまま精霊を掘り続けると大いなる災いが人々を襲うのでは、という言葉。

「……予言の厄災と戦うなんて、遠慮したいわねえ」

坑道の入り口まで駆け抜けたところで、視界にえぬえむの後ろ姿を捉えた。
よくわからない人影も増えていたが、とりあえず名前だけを紹介してもらったところで、えぬえむは坑道を指し示す。

「続きは歩きながらしましょう、急がないといけないから」
「仕方ない、か……」

リューシャは顔をしかめたものの、とりあえず連れ立って歩き出した。
坑道の暗い道をえぬえむの精霊砲で照らしながら、事のあらましについて説明を受ける。

「……大変だったみたいね」

口数の少ないオシロやソフィアにちらりと目をやって、リューシャは呟いた。
神霊。常闇の精霊王。ヘレン。この街で見聞きした単語がつながっていく。

「で?この一行はその常闇の精霊王を斬りに行くところってわけ?」
「……そういうことになるわね」

ふうん、とリューシャは頷いた。

「つい連れてきちゃったけど、リューシャはどうする?」
「遠慮したいわねえ……わたしは剣士じゃないし。戦闘のための戦闘はしたくないし、役にも立てないわよ」
「……マジで?」
「そのかわりと言ったらなんだけど、えぬえむ、この刀を使う気はないかしら」

リューシャはシャンタールを鞘ごと抜いて、えぬえむの前に差し出した。

「……その剣、なんかとんでもない話してなかったっけ?」
「抜いた人間をみんな殺して返ってきたって話?……でも、わたしの知ってる限りだと、主はあなただと思うんだけど」
「抜いた人間をみんなって……リューシャは?」

純粋な問いかけに、リューシャはぱちりと瞬いた。

「……わたしは製作者だもの。例外でしょ?」
「そうかしら。製作者が死んだとか発狂したとか、そういう魔剣の話ってよく聞くけど」

首を傾げたえぬえむに、次の言葉を迷った。
他の剣なら迷わなかっただろう。だが、シャンタールだけは別だ。
自分の作った剣なのに、ずっとわからなかった。シャンタールの真意も、シャンタールの望みも。

「まあ、時間はまだあるし、もう少し考えたら?」

えぬえむの言葉に、リューシャは口をつぐんだ。
その空白に、足音がする。

「……あら、さっきの人ね」

振り返った面々の前にいたのは、見知らぬ黒髪の少女を連れたリオネだった。次いで、光の剣を掲げたマックオートが現れる。
それぞれの名前が知れたところで、リューシャはふう、と息をついた。

「……盛り上がってるところ悪いけど、わたしは抜けるわ。人数もこれだけいれば十分でしょ」
「……さっきも思ったけど、あなた、本当に空気読まない人ね」
「空気で命を賭けるほど自分の実力を過信しちゃいないわよ。わたしは技術者だし、必要もない危険に突っ込む趣味もない」

リオネの言葉にも、涼しい顔で肩をすくめる。

「わたしは街に戻るわ。暴動も酷いみたいだし、人間相手ならわたしでも多少戦力になるでしょ」

お互い気をつけて、とリューシャは踵を返し、そのまま数歩進んでから、……ああそうだ、と足を止めた。

「……オシロくんに、ひとつだけ。伝言は聞いた?」
「えっ……あ、はい……」
「事態が落ち着いたらでいいから考えてみて。わたし、君みたいな技術者って好きよ。……それは変わらないから」

平時と変わらない笑顔でウインクを残し、リューシャは一人、一行と離れて去っていった。


[616] 2012/06/23 23:42:45
【ライ:12】 by niv

 ゲドルト・ハラルシュティンの提唱した進化論という説がある。
 生物は初めからそのような姿であったのではなく、長い時代を経て変化してきており、声や翼はその過程において獲得されたものとする考えである。
「つまり君の言ってることはこうだろう、鷹のトーテムの祖神がおりました、祖神は翼を得て空を飛びたいと願いました。こうして鷹は翼を手に入れました――学者というより語り部だな、現住民族の」
 ハラルトシュティンはこうして生物学の教授と袂を分かった。
「種が種単位の優位を得る為に、目的を持って戦略的に機能を獲得しているというのなら」と、ゲドルトが自説の披露にこぎ着けた生物学の権威、エドワン・トンプソンは論文を机に放った。「人間以外の種はこの世に存在しないだろうね」
 ゲドルト自身は明言していないが、論理を演繹し考古学的知見と合わせればヘレンは猿だったという結論が得られる。危険な学説だった。

 想像力を刺激するこの理論は、フィクションでしばしば引用される流行のネタだった。
 進化論によれば、生物の種は目的を持ってその機能を獲得している。冒険小説の中で登場する魔物の機能やパワーアップを説明付けるのにちょうどいい材料だったのだ。

 ライは投稿小説用に、というよりも身に付いた習性としてだが、この進化論についての考察を弄くり回していた。
 いろいろな秘術や魔人を進化論で説明付けていくうちに、やがてライは、なぜ自分はこんなことを考えているのだろうと思い至る。

 人が物語を書く意味は何なのか。
 人という種が自然の中を生き抜く上で、物語は何に寄与しているのか。

 それは一種の感覚器官だ、とライは設定を進める。
 物語とは事象と事象の連なり、因果の具体例と言える。
 どのような事象がどのような結末を導くのか、ある事象にはどんな予兆が現れるのか。
 多くの物語を知ることはその可能性のリストを拡充することであり、数多くの未来を予知できることは生存に繋がる。
 ここまで考えたが、ライにはこの設定を活かした物語は構想できず、頭の片隅でいつか役立てる時を待っているだけだった。

 この眠れる設定を、劇は呼び覚ました。
 教会での虐殺。
 リリオットの都市伝説、封印宮の金属少年ヴィジャ。
 ウォレス・ザ・ウィルレス。
 『アーネチカ』本来の筋書きにこんなガジェットは存在しない。
(これは『アーネチカ』なんかじゃない)(この演劇のテーマはこの街だ)(しかもあの魔法陣)(バラす気なのか、あれを)
(これは危険な物語だ)
 「危険な物語」の響きにも酔いながら、ライの中で不安が膨れ上がる。
(不安は臆病や気病みじゃない、発熱や恐怖と同じ、【因果覚】が発する警告だ)(【因果覚】……どんなルビを当てればいいのか思い浮かばない……)
 vip席の時間伯爵と一瞬目が合う。ような気がした。
(まさか本当に、闇の総帥……)(いやないない)(ね〜よ)(ほんとだったら嬉しい)(いや困る)
 こんな物語に遭遇した時にどう動けばいいのか、そんな物語のストックはライにはなかった。


[618] 2012/06/23 23:59:18
【     :36 想起の狭間とヘレンとソフィア】 by ルート

ヘレンは進む。闇のより深い方向へ、敵が待つ場所へ。
オシロとの会話で、常闇に対処する算段はついた。仲間も増えた。
敵の実物はまだ未確認だが……勝率は格段に上がったと、そうヘレンは判断する。

(わたしは また たたかう。これまで と おなじように)

味気無い、無意味な、戦いのための戦いを、また続ける。
……そう、これまでと同じ。その筈なのだが。
すこし、今の自分は何か「ブレている」気がする。再び人と言葉を、心を交わせるようになって生まれた、かつてとの誤差。
かつての自分は、これを消し去るために言葉を捨てた。だが、今は不思議とそういう気持ちも起こらない。
"ソフィア"がこの魂に遺していったものは……もしかすると、想像よりも多かったのかもしれない。

「……盛り上がってるところ悪いけど、わたしは抜けるわ」

益体もない思考を続けていたところに、ふとそんな言葉を耳にした。
道中合流した金髪の、リューシャという女性。どうやら彼女は闇と戦う気は無いらしい。
懸命で、正しいと思う。既に戦力も充実している今、無理にひき止める必要も無い。
にも関わらず、口が勝手に動いた。

「あなたの けん」
「……?」

既に離れていたリューシャが、少しだけこちらを振り返る。

「あなたに よく にあってる。こおりの けんと こおりみたいな ひと」
「……それは褒められてるのかしら」
「みたままを いっただけ」

へレンは首を振る。

「……あなたは その剣を作った人。想像だけど、あなたはずっと"製作者"としてその剣と向きあってきた。
 どうぐ は……使い手を選ぶものも、ある。だけど使う道具を選ぶのは、いつだって人間のほう。
 ……じぶん と、"使い手"として向きあってくれない人に、剣はその身を委ねたりするのかな。そのひとのことを、どんなに気に入っていても」

自然に言葉が紡がれる。とても自分らしくない思いを、考えを、その言の葉に乗せて。

「その 剣のこと、知りたいと思うなら……そういう事から始めてみても、いいんじゃない?…って よけいな おせわを いってみる よ」
「……そう」

長々と喋ったせいで、どっと疲れが出てくる。言うだけ言った後、思案気に頷くリューシャから視線を外し、ヘレンは再び闇へと歩を進める。
……本当に、今のは"ヘレン"らしくなかった。自分でないものに自分の身体と心を動かされるような。
やはりこれも、"ソフィア"の残滓ということになるのだろうか。

「えぬえむ」
「ん?」

隣を歩くえぬえむに声をかける。その視線は、彼女が持つ想起剣、マルグレーテへ向けて。

「あなたは そふぃあ を つれもどしたいの?」
「……ええ、そうね」

思ったより素直にえぬえむは頷いた。
彼女が持つマルグレーテ。無限の情報を秘めた剣。エーデルワイスと違いヘレンの作では無いが、その機能は知っている。
剣の封印を解き、情報を引きだす事ができれば、"ヘレン"を"ソフィア"に戻すことも可能だろう。…そして、これから先の戦いできっと、その封は解かれることになる。

「いいよ」
「え?」
「たたかい おわったら このからだは そふぃあ に かえす」
「ソフィア…いえ、ヘレンさん……?」

魂に残った"ソフィア"の残滓。その中から新しい要素を見つけて、ヘレンはそれを表現する。

「わたしには たたかいしか ないから。いつしんでも いつきえても くいはない」

きっと、ぎこちないものだったろう。
それでもはっきりと、ヘレンは笑顔を浮かべて、そう告げた。


[619] 2012/06/24 01:08:08
【えぬえむ道中記の32 風蝕刃】 by N.M

とにもかくにも、オシロと緑髪の少女レストを加え、鉱山へ向かうことになった。
鉱山へ向かう途中、いかにも魔法少女的な女の子が空から急降下着地してきた。
「ホーリーヴァイオレット、ただいま参上!!」
なんだかんだでレストを知っているらしく、一緒にくることになった。
黒髪殺しを追っていたらしいがその件は解決した旨話すと、
「あ、あらそうなの…あはは…よかった…」
なんか振り上げた拳の着地点に困ったような反応だった。
オシロのほう表情こそ見えないものの、安堵のため息が聞こえた気がした。

そうこうしているうちに、鉱山入口へ。
後ろからくる足音に振り向くと、そこにはリューシャが。
灯りをアルティアに任せ、歩を進めながら情報交換をする。

リューシャは奥までは来ないらしい。彼女の魔法は役に立つかと思ったが、戦いは不得意なので遠慮するという。
鍛冶屋は強いというイメージがあったがサンプルがあいつである。参考にならない。
「そのかわりと言ったらなんだけど、えぬえむ、この刀を使う気はないかしら」
シャンタール。リューシャの持つ、曰く付きの妖刀。
普通この手の武器で真っ先に犠牲になるのは製作者である。
「抜いた人間をみんなって……リューシャは?」
「……わたしは製作者だもの。例外でしょ?」
「そうかしら。製作者が死んだとか発狂したとか、そういう魔剣の話ってよく聞くけど」
リューシャ本人の元へ戻っていることも気になる。
普通なら戻らず犠牲者を増やすものだ。

「まあ、時間はまだあるし、もう少し考えたら?」

そうこうしているうちにリオネやマックに合流した。
リューシャは街の暴動の対処をしに行くという。

ソフィアは、いやヘレンは戦いが終わればソフィアを返すという。
ただ、闘う。死んでも悔い無き純粋さ。
ヘレンの笑顔は、とても護りたくなるものだった。


[620] 2012/06/24 02:04:57
【ダザ・クーリクス:37 間の話】 by taka

ダザが頼ったのはリリオットの守護神、マカロニ・グラタンであった。
性格は良くないが、他家の暗躍を疑い、リリオットの平和を護る男。
他のセブンハウスの連中よりかは幾段に信頼でき、また、影響力もある。

公騎士団本部に行くと、中は慌ただしかった。
「グラタン様は何処へ行かれたんだ!」
「し、知るか!とにかく、落ち着いて行動しろ!!」

どうやらグラタンは不在らしい。困った。
その時、一台の馬車が荒々しく走ってきて、本部の前で止まった。
中からグラタンが出てきた。
「グ、グラタンのおっさん!」
「うん?おお、ダザ君か。なにやら街が騒がしいみたいだね。ちょっと待っといてくれ。」
グラタンはそう言うと本部へ足早に入っていった。

「ダザさん?だよー?」
馬車の中から聞き覚えのある口調の声が聞こえる。アスカだ。

「アスカ!なんでお前が?」
馬車のほうに駆け寄ると、異様な格好をしたアスカに、他に数人乗っているのがわかった。
ただでさえ、アスカの格好に驚いたが、それ以上に乗っている顔ぶれに驚く。
セブンハウスのトップ、モールシャとクラリシャの当主だ。二人は大分疲れた様子だ。
そして、もう一人。

「あら、あなたはうちの清掃員ね?」
長い銀髪の女性がダザに声をかける。
ダザが所属する機構や病院を統括するクローシャの現当主だ。
ダザは咄嗟に片膝をついて頭を下げた。
「ク、クローシャ卿!何故こちらに!?」
「うふふ、このアスカって子にね。リリオットへの忠誠を聞かれちゃったのよ。
 私ったら、今まで、忠誠とか考えてなかったけど、グラタンやアスカの話を聞いて目が覚めたわ。
 それにね…、あんな熱い抱擁をされちゃったしね。」
クローシャ卿はアスカの方を見て顔を赤らめる。抱擁?なんのことだ?

「ダザさん、体の方は大丈夫?だよー?」
「アスカ、こりゃ一体どうなってんだ?」

ダザはアスカから事態のあらましを聞いた。

「そうか、アスカが宿まで運んでくれたのか。助かったよ。ありがとうな。」
「ううん。無事でよかった、だよー!」

あまり理解できなかったが、エルフからの契約でセブンハウス面々のリリオットへの忠誠を確認しているらしい。

「…アスカ、聞いてくれ。今、街では住民の暴動やエフェクティブの蜂起が起きている。
 これを抑えるにはセブンハウス全体の協力が必要だ。
 俺が所属している清掃美化機構にも動いてもらいたいんだが、グラタンのおっさんが帰ってきたら、クローシャ卿を連れてきて欲しい。
 お願いできるか?」
「う、うん。わかった、だよー!」
「助かる。俺は先に行ってケジメをつけてくるよ。」

そういうと、ダザは課長の元へ向かったのであった。


[621] 2012/06/24 04:30:10
【ハートロスト・レスト:24 おちていく】 by tokuna

 何かが。
 何かが変だと、私は感じていました。
 朝が訪れないことではなく。
 街を暴力的な空気が包んでいることではなく。
 もっと、根本的な部分で、何かが。

 闇を纏ったオシロさんの、半ば告白のような依頼に、私はハートロストさんを思い出していました。
 オシロさんと一緒に街を出る。それもいいかもしれないと考えました。
 私も彼女のように、自分だけのためではなく、自分とオシロさん、二人のために動いてみようと、そう決意しました。
 オシロさんに何事かを強要する白髪の女性と切り結びながらも、その思いは揺るぎませんでした。
 揺るいでいないはずでした。

「まずはアレを、常闇を始末しましょう。そのためには人手が多いほうがいいわ」
 けれど直後、黒髪の女の子、えぬえむさんと言うらしい彼女が出した誘いに、私は。
 少しでも危険を感じたら、いつだってすぐに逃走を選択してきた私は。
「そうですね。街を出るにしても、心残りがあってはいけません。出来るだけのことをやってみて、逃げるのは、それからでもいいはずです」
 そんな、歌物語に聞く勇者のような言葉を。
 報酬も無しに、ただ街のために我が身を争いに投じるような言葉を口にしていました。
 不確かな物質で焼けた半身を補っているだけの、傍目にもボロボロなオシロさんが、誰かに裏切られでもしたかのような愕然とした表情で私を見ます。
 それでも私は微笑み、あまつさえ彼に手を差し伸べて。
「さあ、行きましょう。オシロさん――」
 
 何かが変だと感じていました。
 何故そう感じるかも解らないまま、ただ、何かが変だと感じていました。
 えぬえむさんと、正しい名前の解らない白髪の女性、そしてオシロさんと連れ立ってレディオコーストに向かう最中も。
 空から不思議な装束の女性が降ってきた瞬間も。
 坑道の中で導かれるように、リオネさんやマックさん、それに見知らぬ綺麗な女性二人と合流したときも。
 私はずっとうわの空で、ひたすら、この奇妙な不快感について考えをめぐらせていました。
 気のせいかもしれません。気にしすぎかもしれません。
 確かに私は、心残りがあるのは良くないと判断しました。
 オシロさんのためにも、逃げる前に出来ることはしておいた方がいいはずだと考えました。
 それが間違っていたとは今でも思いません。
 でも私は、自分のそんな思考をまったく信じることが出来ないでいました。
「本当に、その光の指す方向に常闇の精霊王が?」
「ああ、理由は解らないけど、なんとなくそう感じるんだ」
 彼らの会話にふと、昨夜のすみれさんの言葉を思い出します。
(「この街には、様々な悪が居るらしいんです」
 「悦楽のために人を食べる怪物や、欲望のために人を虐げる人間。そして」)
「危ない!」
 オシロさんの悲鳴が坑道内で反響しました。
「えっ?」
 物思いに沈むあまり、周囲への注意が疎かになっていました。
 気が付いたときには、私は坑道内の崩れた岩場の上で脆い岩を踏み砕いていて。
 崩れる体勢を立て直すことは出来ず、オシロさんが伸ばしてくれた手も私の左手をすり抜けて。
「レストさん!」
 その叫びの悲痛さに何かを思う間も無く、私は、暗く深い崖の底へと滑り落ちていきました。


[622] 2012/06/24 11:57:16
【オシロ34『嵐の前』】 by 獣男

「レストさん!」
崩れた崖の底へ消えていくレストを見て、オシロは叫んだ。
「私が行きます!」
そう叫んで真っ先にレストを追ったのは、魔法少女形態のすみれだった。
それから二人が消えた崖の横で、リオネがどさりと荷物を降ろす。
「足りるかわからないけど、ロープ代わりになる物を降ろしてみるわ。
あの調子じゃ放っておいても戻ってきそうだけど、いかにも天然二人組って感じだしね」
「それなら僕も・・・」
「てめーが遅れてどうすんだよ」
ドレス姿の少女と化した常闇の精霊王に『闇』の体をつかまれて、
オシロは無理矢理その場を引きずられていった。

静かな暗闇の中を、マックオートの剣の光と、
えぬえむの妖精の光を頼りに進んでいく。
「変ね。オシロ君の話じゃ、『神霊』は今、
公騎士団とエフェクティヴの取り合いの真っ只中なんでしょ?静かすぎるわ」
えぬえむが疑問を口にしていると、
不意にマックオートの剣の光が、より一層強く輝き始めた。
「近い!皆、気をつけるんだ、って、うわぁ!」
坑道が広い空間に抜けたかと思うと、突如、マックオートとえぬえむの周囲に、
ボーガンの矢やら精霊の弾丸などが集中砲火された。
「ひかり ねらわれてる」
「そっか!アルティア、消灯!マックオートさんも剣収めて!」
全員でわたわたと坑道に引き返して、照明になるものを全て消す。
しばらくすると攻撃はやんだようだった。
「むう、どうやら膠着状態みたいだ。剣が反応する方向の周囲が、うっすら光で囲まれていたよ」
「それが戦線ってわけね。柵に精霊灯か何かをかけて、近づいた者を攻撃する境界。
恐らく、その中心にいるのがエフェクティヴと・・・」
言葉を途中で切って、えぬえむは耳を澄ました。足音が後方に遠ざかっていく。
「ヘレンさん?オシロ君?常闇・・・、ちゃん?皆、無事?」
しかし、えぬえむの点呼に答えたのは、ヘレン一人だけだった。

「ここまで来りゃ、後はお前が俺を復活させるだけだ。わかるな、オシロ」
オシロの手を引きながら、常闇の精霊王が言う。
「『闇』の術者がエフェクティヴの人間か、『俺』かは知らねーが、
どういうわけか、お前抜きでも『神霊』を使える気でいるらしい。
白状するが、はっきり言って、今の俺は常闇の精霊王の雑種みたいなもんだ。
恐らく、基礎部分のそれに、お前が都合のいい精霊をつぎはぎして出来た、
合成人格ってとこだな。本物の常闇の精霊王は、俺みたいにフランクじゃねえ。
洒落抜きで街の一つくらい、一発で消える。わかるか?
のんびり奴らがお見合いやってる間に、あの『闇』が来たら終わりだ。
その前にお前が『神霊』を解放しろ。お前なら暗闇に紛れられる」
複雑に入り組んだ坑道を、明かりなしに常闇の精霊王がずいずいと先導する。
引かれて足を進めながら、オシロは手を、その後ろ首に当てて答えた。
「心配ないさ。あの『闇』の中には、誰もいない」
「な、グァ!?」
首に衝撃を受けて、常闇の精霊王はそのまま倒れこんだ。
「だって、あれを動かしているのは、僕なんだから」


[624] 2012/06/24 13:17:58
【夢路31】 by さまんさ

体が宙に浮いた。
ちょっとした振動がきっかけで足が鉄骨から離れたのだ。
「・・!」
頭上からロープが投げられた。勿論それはウロに差し向けられたものではなくエレベーターを乗っ取ったやつらが仲間のために投げたのだ。
「さんくす!」
女はそれをひっつかむと同時にウロの手を放して、
「ばいばい、来世で会お〜う」
そうは行かない。

「――アナ・ライザー!」
ウロは光線銃をツルハシに変化させた。空中で振りかぶり、壁に打ちこむ。岩壁に深く食い込んだそれに、ウロはぶら下がった。

頭上を見上げる。
エレベーターは巨大な光源を抱えたまま、黒い霧に包まれたように見えなくなった。


〜〜〜


「とーちゃーっく!!」
やっとのことで地上である。夢路は鉄骨からぴょんと飛び降りた。仲間たちも。
「皆さん、ご苦労様。」
顔が見えないが、《セクレタリ》だろう。巨乳美女の。彼女は仲間の声を一人一人確かめると、
「テイゴンはどうしたの?」
「・・ごめん。途中で落ちた。あとマーロックも」
「そう・・」
今は悲しんでも仕方ない、と言った。作戦の遂行が大事よと。
周囲にはすでに戦闘の跡があった。あたりは暗いが、血の臭いがする。ここで神霊の受け渡しを行う任務だった公騎士達だろう。
キュポンッ
《セクレタリ》が精霊爆弾の安全弁を抜いてトンネルの中に放り投げた。
「どしたの?」
「リソースガードと思しき集団が坑道からこちらへ向かっているそうよ。道を封鎖するわ」
「怖や怖や。で・・・これどうやって運ぶの?」
「《シャドウ》がここに向かってるわ。まだちょっと穴の中に吊っといて。」
「フーン。あ、山道を転がしていけば超速いと思うわ回転力で敵とか千客万来ハネとばせるし三者凡退!」
「一石二鳥でしょ。いいから私たちは、手分けして他の出口を封鎖しましょう」
そう言うと彼女は夢路に精霊爆弾を投げてよこした。
「よろしくね。生あればまた会いましょう」
「はいはーい」


〜〜〜


ツルハシを駆使して岩壁を上るが、まだ数メートルも進んでいないのに汗だくだ。先ほど下の方で爆発音がした。壁を通じて、坑道のあちこちが崩れていく様子を感じる。意外にもこいつは俺を殺す気じゃないのか、まだ生きてる。

足元の闇からバッサバッサと風の音がした。

何者だ。鳥か。こんなところに?
風の音がウロの方へ上ってくる。
闇の中から光があらわれた。

ランプだった。
淡くとも闇の中でも衰えない光を持った少女が宙に浮いている。
「え!?人かな?大丈夫ですか?」
俺は天使とやらを初めて見た。


[625] 2012/06/24 13:57:52
【【アスカ 36 偽りの猫と、凍れる旅狐】】 by drau

二人の卿を引き連れ、捜査は順調に進んだ。二人は揃って頭を抱え、件の人影について思い出そうとしている。
クローシャ邸にて、銀髪の婦人であるクローシャ卿を抱き、しな垂れた彼女の口と心から忠誠を聞いた。彼女の瞳の熱っぽさにアスカはきょとんとしていた。
騎士団総本部でダザと再会する。彼は無事のようだが、街の様子がおかしい。北部に広がる闇と、住民達による暴動騒ぎ。
ダザの頼みに応え、クローシャ卿に協力してもらい、清掃機構の人員を動かしてもらう。
「エフェクティブが遂に動いたか。アスカ君と離れるわけにも行かない。私の妻と妻の騎士団にも協力してもらって、私と数人の部下を除いた公騎士団総出であちこちの沈静に励むことになりそうだ。長引けば長引くほど被害は増えそうだからね」

そう、急がねばならない。

「ありがとうな、アスカ、助かるよ」

礼を言うダザに、アスカは自分の母の心臓の事とオーフェリンデについて話した。あの老婆も、早く見つけなければならない。
そしてなにより、懸念することがあった。アスカは内に秘めた自分の思いをダザに伝えた。ダザは、“ダザの言葉”を与えてくれた。彼は笑って去っていく。
アスカは、その際ダザの精霊器の異常を感じた。だが、時間はない。今、自分が優先すべきこと、出来ることを考える。手紙に書かれていた祖母の教えを思い出す。
《故持って人に組し、故持って人を捨てよ。故とは、自己。何よりも譲れないもの。後悔の無い様に動きなさい。暖かく、冷徹であれ。せめてその故が、貴方の良心でありますように》。


ジフロマーシャ邸前。急いで捜査を行いたいが、有力な卿の死亡や爆発事故による被害等の混乱が続き、此処の内情に詳しいであろう者が思いつかない。
頭を抱えていると、アスカの耳と目が在る人物を発見した。相手にも、それを気付かれた。相手が逃げる。グラタン達を置いていって、アスカは追いかける。
細い路地を潜り抜け、襲い掛かる男達を轢き飛ばして、アスカは遂に逃げる猫を追い詰めた。
「……と、思いましたかぁん?」
音を立てて地面に横たわるアスカ。その顔と体から血が流れる。口角を吊り上げる女。ペルシャの猫目だ。いや、偽猫目か。
「誘い込んだんですよぉん、邪魔が入らないように、ねぇ!」
猫目の蹴りが、何度もアスカの頭や腹を蹴りつけた。
「捕まえれると思いましたぁん?私を力ずくで組み伏せれるとでもぉ?あぁあぁ!嫌だなぁ!コレだから男って奴は!ばぁっかみたぁい!!」
アスカの防御を掻い潜り、再び蹴りつける。アスカの息が荒い。
「はぁはぁと野蛮ですねぇん、まるで獣!けだもの!あっはっはっは!」
ゲシゲシと背中を踏みつけられながら、なんとか立ち上がる。
「う、うう、だ、よー…!」
「貴方、弱すぎですよぉん?力と図体だけじゃないですかぁ。遅いんですよ、次への動作が。来ると解ってればこちらも防げますし、こちらの防御を貫こうと大技を構えて防御を捨てさせたら、そのすきっ腹に連撃で打ち込む。貴方がのんびり防御してたら、此方も穴をつけばいいんですからねぇ。本当に楽勝ですよぉ!」
アスカのビンタを避けた猫目が、巨漢に掌底を喰らわせる。アスカが再びよろめいて倒れた。
「なんせ、ふふ、手負いの相手にもしてやられてるんですからねぇん」
猫目もよろめいた。汗をかいている。
「あの緑髪。ワードプロト。本当にいかれた女でしたねぇ…あのまま、【変装】や【変声】をやられるわけにもいかないとはいえ、私も庇って駆動をくらってしまう始末、苦しいんですよぉ、正直」
だから、と猫は笑う。ナイフを取り出した。
「早く白状なさいなぁ?何を企んでるんですかぁ卿を引き連れて?害虫?いやいや害獣さぁん!」

後ろから足音。振り向く猫。
「あら、人知れずの逢瀬の邪魔をしたかしら」
金髪の狐目が闇の茂みから現れた。


[626] 2012/06/24 15:48:21
【     :37 精霊砲と導く剣】 by ルート

「とっぱ する」

エフェクティブの防衛線手前で足止めされている状況下、ヘレンはえぬえむとマックオートにそう告げる。

「おしろ ひとりで きえたなら。れすとを たすけにいった かと おもったけど。
 とこやみ …ちゃん? も いっしょなら。じぶんたちだけで しんれい に むかってると おもう。はやく おいつかないと」
「…って言っても、どうやって?」
「とびどうぐ には とびどうぐ」

ヘレンはえぬえむと、彼女が連れる妖精を指さす。

「……アルティアの精霊砲?」
「いちどに すべての てきを ねらいうつ。できる?」
「溜めに時間がかかるし、相手が見えてないと……」
「それは わたしが なんとかする」

こつん、とヘレンはえぬえむと額をくっつける。そこにぽう、と淡い光が灯った。

(エルフの、精神感応網。人間同士だと、持続時間は僅かだけど)
(これが……?)
「わたし が おとりになって てきを みきわめる。そこを ねらって」
「ソフィアちゃんが囮に?!だったら俺が…」
「ぼうぎょすきる ないひとが むりしないの」

作戦を伝え終わると、ヘレンはマントに身を包んで坑道から飛び出す。
その手には淡く輝くエーデルワイス。その光を目印にして、エフェクティブの攻撃が殺到する。

(二時方向に二人、3度……いや、もう5度右に修正。十時方向にも一人)

飛び交う矢や精霊弾から敵の位置を逆算し、精神感応網でえぬえむに情報を伝える。
背後の坑道から、精霊砲の輝きが高まっているのが分かる。

(正面……二人。これで、全部)
(撃っちゃって大丈夫?)
(ここは開けてる。砲撃で多少崩れても、道が閉ざされる心配は無い)
「じゃあ……アルティア!」

さっと身を伏せた直後、束ねられた精霊エネルギーの光線がヘレンの真上を通過する。
放たれた光線は途中で分裂し、無数の光の雨となって、エフェクティブ達へと降り注いだ。
閃光と、轟音。それが収まった時には、ヘレンへの攻撃も途絶えていた。
坑道側に軽く手を振ると、えぬえむとマックオートもこちらへ向かってくる。

「おつかれ さま」
「いや、それよりあなたの方は大丈夫なの…?」
「かすりきず。……とは いいづらい かも」

マントを貫通したボウガンの矢を身体から引き抜きながら、あくまでこともなげにヘレンは答える。
ダメージはあっても、動きが鈍る程では無い。戦えるのなら、それでいい。
先に進もうとしたところで、進路の先から爆発音が聞こえてきた。ここからそう遠くない。

「何だ、今の音?」
「みちを ふさごうと してるのかも」
「じゃあ急がないと!」

広間を抜けて、先へと続く坑道へ。マックオートの剣が、道を指し示すように光り輝く。
全ての出口が塞がれる前に、坑道を抜けるために。剣の輝きを頼りに、三人は駆ける。


[627] 2012/06/24 17:09:48
【マックオート・グラキエス 44 たとえ死の谷を歩こうとも】 by オトカム

残念ながらリューシャは街の暴動を止めるために引き返すという。
去っていくリューシャの影に隠れて見えなかった少女の名前はホーリーヴァイオレットというそうだ。
奇抜な衣装に見を包んでいるが、実に正義の味方らしく思える。
「危ない!」
突然オシロが叫ぶ。振り向くと、レストが体勢を崩していた。
オシロが伸ばした手をすりぬけ、闇にのまれていく。
「私が行きます!」
そう叫んで真っ先にレストを追ったのはホーリーヴァイオレットだった。
レストが消えた崖にロープ代わりの道具を降ろすリオネを後に一同はさらに奥に進んだ。

***

坑道を進み広い空間に出た瞬間、不意に矢や精霊弾が一同に襲いかかる。
なんとか坑道に引き返してやり過ごすと、照明を消した。えぬえむが言うには、
公騎士団とエフェクティブが神霊の取り合いのために設置した攻性防衛境界のたぐいだという。
「ヘレンさん?オシロ君?常闇・・・、ちゃん?皆、無事?」
照明を使えない状態に戻り、えぬえむは暗闇の中で点呼するが、ソフィアだけが答えた。
「オシロ?パンジー?」
「どうやらはぐれてしまったようね・・・」
無事が確認できたのはマックオート、えぬえむ、ソフィアの3人だけだった。
「とっぱ する」
ソフィアは自分を囮にえぬえむの連れの妖精砲で敵を殲滅する作戦を提案した。
エーデルワイスの光と共に闇に飛び込み、ほどなくして妖精が精霊のエネルギー光線を打ち込む。
轟音と共に敵の攻撃はやみ、先でソフィアが刺さった矢を引き抜きながら出迎えてくれた。
しかし、安心はできないようだ。
進路の先から爆発音や岩の崩れる音が聞こえてくる。
「何だ、今の音?」
「みちを ふさごうと してるのかも」
「じゃあ急がないと!」
広間を抜けて、先へと続く坑道へ。マックオートの剣が、道を指し示すように光り輝く。
3人はその光の先を目指し、駆けた。

***

剣の光が一層強くなる。見ると、神霊と思わしき巨大な精霊結晶が穴から吊るされていた。
剣の光が強くなったわけではなく、これ自体が巨大な光源になっていたのだ。
よくみると一箇所だけほくろのような影がある。いや、よく見ると・・・
「オシロ?」
影はこちらに気が付き、ふりむいた。
「パンジーはどこに?」
オシロは答えず、神霊に向き直した。


[628] 2012/06/24 19:22:40
【リオネ:27 "不可視の底"】 by クウシキ

レストの悲鳴が見えない崖の底に吸い込まれていき、
それを追ってよく分からないファッションの少女がよく分からない叫び声を上げながら崖に飛び込んでいく。
そして他の人は神霊の方向へ向かってしまった。

「うーん、取り敢えず姫荊の種[アルラウネ・ユニット]を起動して下ろしてみたけど、
 こう、底も見えないと、結局どうなってるか分からないわねぇ」
おーい!! と声を投げるも、返ってくるのは自分の声の反響音だけだ。

「やっぱり……降りてみるしかないか」


姫荊の種[アルラウネ・ユニット]を回収し、
大きな岩を探して、それに姫荊抱擁[アルラウネ・スクィーズ]で茨を巻きつける。

普段着けている腕型ギ肢を、千手の腕[ヘカトンケイル・ユニット]に換装する。
鈍色の茨蔦で身体を支えつつ、岩壁を無数の腕で掴みながら少しづつ下っていく。

「結構辛いわねぇ。これが終わったらもっと効率良くエネルギーを回せるギ肢を開発しましょうか。
 っとと、きゃあっ!!!」
足を掛けていた石が崖から剥がれ落ち、それと共にバランスを崩したリオネも転落する。


======
無数の腕で岩壁に爪を立てるようにしがみつこうとするが、
落下の勢いは止まらず、それどころか壊れた腕が弾け飛んでいく。
茨の蔦はとうに千切れ、殆どコアユニットしか残っていない。

千手の腕[ヘカトンケイル・ユニット]の殆どの腕が弾け飛んだ所で、
鳥人の翼[ハルピュイア・ユニット]を展開する。
この翼型ギ肢は飛ぶのには役立たない。人間の身体は鳥に比べ密度が高すぎる。

翼をパラシュートの様に広げ、空気抵抗を利用して落下速度を緩めようとしたが間に合わない。
「きゃあああぁぁぁ……」

======
ずん、という衝撃を全身に受ける。
私もいよいよ死んだかなぁ、とか考えていたが、それにしては意識がはっきりしている。

恐る恐る目を開けると、そこにはレストの顔があった。
「あの……大丈夫でしょうか?」
「……ってて、私は……生きてる?」
「ええ、たぶん」
「……っていうか、貴方は大丈夫なの? こんな深い崖を落ちたのに」
「はい、身体は少し傷ついてしまいましたが、私は大丈夫です」
「『大丈夫です』って、痛くないの、その傷!」
「ええ……私には、心がありませんから」

私は、はあ、と肺の底から空気を吐き出すように溜息を吐いた。
「えーっと、貴方のあと、もう一人落ちてきたと思うんだけど、その方は?」
「すみれさんは、そちらに。
 傷は殆ど無いんですけど、着地に少し失敗したみたいで、気絶してしまっているみたいです」

私は今度こそ、心の底から溜息を吐いた。
すみれさんを起こしたら……どうしよう?
降りてきたはいいものの、戦闘用ギ肢の殆どを失った今の私は何も出来ないことに気が付いた。

------
リオネは以後しばらく、矢羽掃射[ハルピュイア・フラッタ]・千手円盾[ヘカトンケイル・コンパス]・姫荊抱擁[アルラウネ・スクィーズ]を封印状態として扱う。


[629] 2012/06/24 22:58:20
【えぬえむ道中記の33 災厄の剣】 by N.M

いつだかアイツが言っていた。
「いいか。『救う』と言うことは、救う対象に仇為すモノに逆らうことだ。
 刀剣、傷、病、重力、死、破滅の運命。お前は、全てに逆らえるか?」

***

ヘレンの精神感応網。
一度、似たようなものを見たことがある。
無損失疎通路。
無限の知覚が開かれる。
そのとき、頭の中で、最後の1ピースがかちり、とハマった。

***

ソフィアが飛び出すことにより、エフェクティブたちの攻撃が殺到する。
彼女が察知した相手は全くの損失なく私の知覚に伝わる。
狙いをつけ、射角を調整しながら精霊砲をチャージする。
(天に満ちたる星々よ、地に溢れたる精霊よ。我が妖精の手に宿りて、全てを揺るがせ。スターシェイカー)

アルティアへの合図とともに、無数の精霊砲が過たず敵を貫く。
坑道を崩す音が聞こえる。
マックとソフィアに遅れないよう、坑道を奥へ奥へと駆け抜ける。

***

通路の果て。大空洞。そこには神霊が、そしてオシロがいた。
マックが呼びかけるがオシロの返事はない。
なにか物凄く嫌な予感がする。アルティアも私の左腕にしがみついて震えている。

「…ソフィア、エーデルワイスあるわね。それで、マルグレーテを斬って」

そう言って黒の剣を掲げる。
ソフィアも白の剣を掲げる。
マルグレーテの情報圧。耐えられるものがあるとすれば、それはヘレンの精神感応網を吸収したエーデルワイスのみ。

「1,2の3で行くわよ」
「わかった」
「それ1,2の…3!!」

交差する剣。砕け、バラバラの情報に分解される鞘。押し寄せる情報圧。

1010100010100010101

彼女は正しかった。マルグレーテの情報の奔流を受け流せるものはエーデルワイスだった。
彼女は間違っていた。エーデルワイスを持っているのはソフィアだった。

溢れる情報は、えぬえむをアルティアごと飲み込み、そして、何も残さず、消えた。

0010101010011010100

「ここは…」
私が気づくとそこには何もない。自分もない。全てがない。
(ようこそ、全ての情報へ)
「これは一体どういうこと?」
(お前は『情報』そのものになったんだよ。0と1の集合体)
「つまり、死んだのね」
その言葉とは裏腹に、自分の心は落ち着いていた。
(何馬鹿なこと言ってんだ。お前は全てだ)
「こんなに要らないわよ。不要なものが多すぎる。宇宙の果ての星の動きとか興味ないし」
(なぁに全ては連鎖してるのさ)
「全てといったわね。では全てを救う方法は?」
(無いな。そもそもこれは情報を集め、情報で以って全てに逆らう剣だ。相反する2つのものを両方破壊することはできても、両方救うことはできぬ)
「敵も救えと?」
(それが全てということだ。誰かが割を食うしか無いんだよ)
「本当に?」
(やってみろよ。今のお前にできることを)

00101010100010111010

情報が再構築される。0と1が組み合わさる。
そこには黒髪、黒目、黒ストラップシューズのいつもの少女。
ただひとつの違いは、背中に広がる4枚の羽。
広がる闇よりなお闇く、羽の中では太陽が、月が、惑星が、星々が、宙を巡り、輝いていた。
(情報化した時、アルティアと一緒になっちゃったみたいね)
黒い剣を握る。刃からは情報が黒い靄となり無限にあふれだす。
剣を回して突きつける。

「…さぁ、精霊王。死の連鎖反応、その終端。汝を弑して、終わらせる!」


[630] 2012/06/24 23:59:56
【リューシャ:第四十一夜「記憶」】 by やさか

暗闇の中を駆け戻りながら、リューシャは記憶の深みをも過去へと駆け抜けている。
シャンタールが常よりも重いような気がする。その存在を主張している。

記憶はやがて、シャンタールとなるべき氷塊を見つけた日へと辿り着く。

リューシャはその日、雪崩に巻き込まれ、目的地から軽く数百メートルは押し流されて現在地を見失っていた。
とはいえそんなことは、年に数度はあることだ。
リューシャは必要なら自分で雪崩を誘発することさえ辞さない。
当然怪我や骨折も絶えないが、今回は幸い、動きに支障が出るような怪我はなかったようだ。

だとすれば、適当にビバークできる場所を探して数時間も待てばいい。
しばらくすればヴェーラが雪崩の規模と方向を割って、文句を言いながら掘り出してくれるだろう。

見渡す限り広がる雪原の、目の痛むような白。果てしなく頭上を覆う空の、冷たく硬い青。
横に断ち割ったような二色のコントラスト。
そんな故郷の景色が、リューシャは好きだった。
吸い込まれるような青い空を、独り占めしているような気分が好きだった。
雪崩によって綺麗に均された雪の上に、ブーツの足跡をつけていくのが好きだった。

だがその均一な雪の中に、不意に、蒼い氷塊が顔をのぞかせていた。

雪よりも輝く、空よりも薄い蒼。
リューシャがそれを見つけたのか、それがリューシャを待っていたのか。

なんにせよ、リューシャはその中に、剣のかたちを見た。

リューシャは救助に来たヴェーラを閉口させながらも、結局、その氷塊を工房へと持ち帰った。
刃のかたちを与え、柄を与え、鞘を拵える。
蒼い妖刀が生まれ、シャンタールと名付けられた。

最初の主が死んだ時、誰も気にしなかった。武器を持ち戦う以上、死は常にそばにある。男は、殺した相手の剣を奪って主となった。
二人目の主が死んだ時、縁起の悪い剣だな、と話の種になった。だが、廃棄するには惜しいと、腕のいい女剣士が引き取った。
三人目の主が死んだ時、手に負えない、と恐れられた。シャンタールは、リューシャの手元へと戻ってきた。

リューシャはそれからずっと、シャンタールを振るってきた。
自分の見出した刀を、刀として使ってやりたかった。
自分がシャンタールを見出したように、シャンタールが、望む主を見出すまで。
それが、製作者として、リューシャがシャンタールに注ぐ愛情のかたちだった。

ソフィアの声が耳に蘇る。

製作者として。使い手として。
……いや。
ただ、リューシャという人間と、シャンタールという刀として。

「……お前、わたしがいいの?」

リューシャは剣士ではない。
だが、それでもリューシャを選んで、シャンタールは来たのだろうか。

坑道を抜ける。
未だ闇に閉ざされた街並みで、リューシャは静かに、シャンタールを抜き放った。


[632] 2012/06/25 00:06:18
【ソラ31「飛翔」(MHP54→34)】 by 200k

 ソラは翼を羽ばたかせながらトンネルを上昇していった。トンネルではたびたび揺れが起こり、岩肌が剥がれおちていく。偶然か、それとも何か別の……?と考えていると、ソラの横を何かがかすめていき、下で爆音を起こした。
 天井に開いた穴まであと少しといった所で、壁にへばりついている影を見つけた。
「え!?人かな?大丈夫ですか?」
 ソラはツルハシで岩壁を登っている鉱夫に声をかけた。
「天使の登場か。とうとう俺の命運も尽きたか」
「何言ってるんですか!捕まっていてください!今助けますから!」
 ソラは鉱夫を抱え上げようとするが、力が足らずびくともしない。
「ふんぬーっ!」
 ソラはさらに気合を込め、肌が真っ赤に光に輝かせた。ランプよりも明るい太陽のような光がトンネルの中に形成される。ソラはその光を維持しながら、鉱夫を怪力で抱え上げた。
「ここは危ないですよ。出口へ行きましょう」
「なら上へ行ってくれ。神霊がある」
 ソラは鉱夫の指示に従い、彼を抱え上げたまま天井の穴へ進路を取った。羽ばたくついでに自己紹介も軽く済ませる。鉱夫の名はウロといった。そして、上から神霊を引き上げるために穴を掘っていたが、雇い人の商人マーロックが謎の秘書とともに山を甘く見て凶行に走ったという話を聞いた。

 崩れゆくトンネルを抜けてソラは久々に空の下へ出た。まだ闇の幕は張られたままで、ソラの体を包む赤い光と、神霊の白い輝きが周囲を照らしているのみ。ソラは地上に降り立って羽根を閉じ、ウロを降ろした。その後、少し離れた場所で息を整えた。
「はあ……もうくたくた……」
 突然後ろから手が伸びてきてソラの胸を触った。
「きゃ!」
「あーら、残念なおっぱい!」
 後ろから女性の声がし、手は引っ込んでいった。ソラが振り向くと、まとめ上げられた青髪を持つスーツ姿の女性が立っていた。
「あなたがウロさんの言っていた、ラペコーナのメニューに並んでいそうな名前の人ね!どうして他の人を巻き込んでこんな危険なことをしているの!これ以上私の大好きなリリオットの街を……リリオットの人達を玩具にするのなら……」
 ソラはランプを持った手で胸を隠すように覆いながら、もう一方の手の人差し指を夢路の方へ突きつけた。
「返答次第では……絶対に許さない!」


[633] 2012/06/25 01:38:38
【サルバーデル:No.17 最終幕】 by eika

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 アーネチカはある朝目覚めると、自分の姿がみすぼらしい娘になっている事に気が付いた。
 あれ程美しく、アーネチカを飾り立てた衣装は何処にも見あたらない。
 騎士の名を呼ぶが、返事も、姿も無かった。

 部屋の壁にある大きな窓から外を眺めると、世界を黒い幕が覆っていた。
 目を開けているのが怖かった。
 目を閉じてしまうのが怖かった。
 アーネチカはもう一度騎士の名を呼んだ。

 ふいに、アーネチカは、手に何かを持っている事に気が付いた。
 其れは、空を飾るだけの、何の変哲も無い一つの衣装掛け。
 アーネチカは其れを見て思い出す。騎士と出会ったあの日の事を。
 部屋中を引っくり返して漁った。
 見つけた。石を、地図を。
 アーネチカは物語の欠片を拾い集める。

 欠片を手に取る度、アーネチカの周囲を光の粒子が舞った。
 形のあやふやな光は彼女を慰めているかのようだった。
 一夜限りの夢は朧げでこそ美しい。
 泡沫は色々の輝きを受けて弾ける。
 物語は終幕する。いつかは本を閉じねばならないのだ。
 そんなこと、アーネチカにだってわかっていた。

 目を閉じると、記憶の中で騎士がアーネチカを呼んだ。
 アーネチカは返事をしなかった。
 頬を暖かいものが伝った。
 わがままなのはわかっていた。
 でも――それでも。
 大切な、大切な物語たちを胸に抱き、アーネチカは祈った。


 ―――――――もしも、果てをも超えられるのなら―――――――


 ――――――――――――――――――――――――――――

 ――――――――――――――――――――――――――

 ――――――――――――――――――――――

 ――――――――――――――――
 ――――――――――
 ――――

 。


 物語に雫が落ちた時。
 欠片たちは輝きだした。
 光の渦はアーネチカを白く塗りつぶし。
 彼女に翼を織り上げた。


 闇は晴れた。
 部屋は花になった。
 空に終わりは無かった。
 アーネチカはどこへだって行けた。


 迷うことなく飛び立った。
 物語はアーネチカの全てを祝福した。
 彼女はその大きな翼で風をも掴み、果てをも超えて何処までも行くのだ。
 柔らかな微笑みを携えて。





 ――――――何処までも。









 何処までも!



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


[637] 2012/06/25 01:49:05
【サルバーデル:No.18 千夜一夜の果ての物語】 by eika

 二時間に渡るアーネチカの上演は無事に幕を閉じた。
 夜を星が飾る頃、舞台は月灯りと精霊灯の下に照らされていた。
 我々20人の役者は舞台袖から出て幕の前で一列に並ぶと、観客席から止め処無く拍手の大雨が降り注ぐ。
 私は列から一歩前へ踏み出して、高らかに声を上げた。
「皆様、如何でしたでしょうか。皆様、お楽しみ頂けましたでしょうか。もしそうならば、我々も本望で御座います。その為の舞台なのですから。その為の役者なのですから」
 私はエヘンと咳払いをすると、心のうちで笑った。さあ、喜ばしくも悲しくも時は来た。最後に退屈の奴を憎んでやろう。
「──いやいや! 勘違いなさってはいけません。夜明けを告げる鐘まであと暫く、まだまだ演目は御座います。古城に住む不死の魔法使い、自律する金属の少年、千の果てをも見通す女、金銀財宝の獣、鉄の竜、銅の虎、それから偶像たちのパレード! そして、最後に白い光に塗り潰されて、美しくも儚いこの舞台に幕が下りるのです。……それはリリオット中を舞台とした、何よりも大きな、正真正銘最後の催し物なので御座います」
 私が此処までまくし立てると、人々の表情からは変化が見て取れた。訳も分からず微笑みを保っているもの、告知に無い演目に疑問を浮かべているもの。観客席の端々から囁きが浮かび上がり、其れは次第に数を成しどよめきへと変化して行く。
 お構いなしに私は、次々と言葉を紡ぎ出し、強く叫び続けて行く。
「人は誰しも生まれつきの役者。何者でも無かったが故に、何者かになろうとするのです。綺麗な衣装で身を飾り、おとぎ話の主役に憧れて。しかし、やがてそれだけでは飽き足らず、さらに綺麗な衣装を探すでしょう。月夜の舞踏会か、それとも未知の冒険の旅か。──だが、あまねく物語には果てがある。これでおしまい、という時がやがて来る」

「ならば私は名優を集め、今ここに千夜一夜の果ての物語を紡ごう。この、お世辞にも美しいとは言えぬ不格好な舞台、其の終わりに、英雄達の姿を迎えて」
 月灯りを遮り、大きな影が舞台を隠した。

『──まだない話をしよう』


[638] 2012/06/25 01:51:07
【ウォレス・ザ・ウィルレス 34 「宴の始まり」】 by 青い鴉

 前口上が終わると同時に、サルバーデルはお辞儀をする。拍手が広がる。

 舞台の上にウォレスが立つ。
「英雄たちよ! 牧人たちよ!」白のウォレスの言葉は、まるで演劇の続きのようで。
「暗弦七片(あんげんななひら)を、物語の七つの欠片を集めよ! さもなくばこの街はあとかたもなく滅ぶであろう!」

 上空から、水晶の檻が落ちてくる。舞台が崩れる。悲鳴が起きる。砕け散った水晶の格子の中から、莫大な財宝がこぼれ落ちる。ざっと見積もっても金貨7000枚超。しかしそれは財宝と認識されるよりも早く、恐るべき獣の姿を形作る。まるで金属製の彫刻が、命を持って動き出したようであった。
 その衝撃がトリガーとなって、舞台に込められた大魔法陣が起動する。舞台のあった広間の全体を中心に、巨大な魔法陣の光が覆う。
 
 混乱はまだ続いている。白のウォレスに気付いたのは、ライだけだった。ライの秘められた能力、因果覚〔ストーリー・グラスプ〕を以てしても、その話の筋書きを把握するのは至難のわざだった。物語の欠片を集める? いまから? どうやって?

 財宝で出来た強欲の獣は、観客席を壊しながら行進してゆく。白のウォレスはそれらと共に歩み去る。いけない。このままでは見失ってしまう。ライはどうするか迷った。身に振りかかる危険も忘れて混乱し続ける人々を、目覚めさせる方法は無いのか――あった。唯一の、危険な方法が。
 
「そこまでだ! ウォレス・ザ・ウィルレス!」ライはとりあえず叫んだ。後のことは何も考えていない。ただ、この最悪の状況を変える必要があった。観客のうち何割かは、正気に戻ってライの台詞に注目する。

「ウォレス! 齢三百も生きておきながら、時間伯爵の愚かな企みに加担するなど、気でも狂ったか!」

「ほう。儂に説教をするつもりか。ライ・ハートフィールド」ウォレスは言う。

「どうして俺の名前を知っている!?」

「魔法使い相手に何をいまさら! いずれ敵となる者の名前くらい、酒場で会ったときに調べておるわ! ――とはいえ、客席で暴れるのは儂は好かぬ。儂は丘の上の古城にて待つ。劇のヒントにあった通り、儂の七片は『希望のランプのオリジナル』。せいぜい仲間を集めてやって来るがよい」

 強欲の獣〔グリード・ビースト〕の一匹の鷹が、振り向いて咆哮を上げる。
「誰か、俺に剣を!」ライは叫んだ。それに応えるように、公騎士団の一人が剣を鞘ごと投げる。一振りの剣が宙を舞い、ライのふるえる手に渡った。
 リューシャは、その一部始終を見ていた。あんな臆病者の少年までもが、剣を持ち、脅威に立ち向かおうとしている。自分がシャンタールを持って立ち上がらずにいてよいものだろうか。答えは――否。

----
白のウォレス/HP72/知3/技5
スキル
・死/5/0/1
・意志/1/6/1
・首切り鎌/65/0/16 防御無視
プラン
1:最初に意志
2:相手のHPが40以上65以下なら首切り鎌
3:相手の防御が1以上なら首切り鎌
4:さもなくば死

※復活により、HP-10のペナルティ


[640] 2012/06/25 02:52:32
【ヴィジャ:11 七人】 by やべえ

 ヴィジャはその力を解放した。
 カガリヤは冷やかに見つめていた。
 ウォレスは舞台に屹立していた。
 メビエリアラは不敵に微笑んだ。
 マドルチェはニコニコしていた。
 カラスは呆然と突っ立っていた。
 サルバーデルはその姿を消していた。

 水晶の檻を運んできた鉄の龍が風を裂いて降り立ち、凍てついた巨躯に月を映した。カガリヤがその背に跨りヴィジャを待つ。
 ヴィジャが舞台の残骸、瓦礫の柱の銅塊に触れると、それは大きくうねりながら虎の姿になった。
 熱気を纏った銅の虎は猛々しく夜空に吠え、メビエリアラの前に傅いた。
「どうぞ。龍の背に三人は、少々窮屈でしょう」

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極鉄龍
HP136/知4/技4
・c/0/6/1
・o/4/24/5
・l/8/36/10 凍結
・d/40/0/15 凍結 防御無視

構え無しなら「c」
「c」の次は「o」
「o」の次は「l」
「l」の次は「d」
「d」


灼銅虎
HP96/知4/技6
・h/6/0/1
・e/26/6/5
・a/34/12/10 炎熱
・t/54/0/15 炎熱 防御無視

構え無しなら「h」
「h」の次は「e」
「e」の次は「a」
「a」の次は「t」
「t」


[641] 2012/06/25 08:07:35
【ダザ・クーリクス:38 溝】 by taka


クローシャ卿は課長に暴動の対応と住民保護を指示した。
同様にクローシャ騎士団、公騎士団病院にも動くように伝える
「癒しと秩序をこの街に!これが我々の本来の使命です!一人でも多くの者を救いなさい!」
クローシャ卿は凛々しく叫ぶ。チラッとアスカの方を見て顔を赤らめる。

「ダザ君。話は聞いたよ。公騎士団総出で事態に沈静化を図ろう。暴動の原因となっている霧の発生機も直ぐに探させよう。」
「ありがとうよ、グラタンのおっさん。なるべく犠牲者が出ないよう頼む。俺も一人でも救えるよう動くよ。」
「しかし、何故わざわざ機構を辞めたんだね?」
「命令されて人を殺すのは懲り懲りなのでね。これからは、自分の意志で動きます。」
「なるほどな。自身の意志で動く者の方が強いというものだ。しっかり頑張りたまえ。」
そういうと、グラタンは凄い勢いでダザの背中を叩き付ける。

アスカにも礼を言う。アスカはまだしなければいけないらしい。
ある懸念を持っているアスカに"言葉"を伝える。

*

再び街に繰り出す。公騎士団が隊列を組んで進んでいく。
清掃員達は走り回り、癒師達は怪我人の治療し、運んでいく。


ダザは霧の発生源を探す。そこに先生がいるかもしれない。
商店街と職人街の境目ぐらいの場所に数人の人だかりがある。

ヘレン教のインカネーションと黒髪を含む商店街や職人街の住人が対峙していた。
住民側の先頭に、マーヤが混ざり包丁を構えて住民を護っていた。
しかし、インカネーションはプロの戦闘集団だ。住民側に怪我人が出ている。

「あの包丁は危険だ!精霊駆動体を使え!」
インカネーションは呪文を唱えだす。危ない!

ダザは走り出し、リンカネーションと住民の間に割り込む。
そして、術者から発射された精霊駆動体をブラシで弾き飛ばす。

「なんだてめぇは!庇うっていうなら容赦しねぇぞ!」
インカネーションの一人が吼える。目が正気ではない。


ダザはブラシをもってインカネーションの集団に突っ込む。
相手の攻撃を避け防ぎ、隙をついて相手を沈めていく。
魂を開放されているダザは、その寿命を引き換えに高い戦闘能力を発揮できた。

インカネーションは数十秒で全員地に臥せた。
住民側から歓声があがる。同時に
「ヘレン教め!殺してやる!!」
と怒号もあがった。住人側も殺気づいている。

「やめろ!!」

ダザも叫ぶ。

「これ以上、恨みや憎しみを増やしてどうする気だ!それを子供達に背負わせるつもりか!」
「し、しかし、こいつ等は黒髪殺しを・・・。」
「・・・黒髪殺しは死んだよ。ただの戦闘狂の男だった。」
どよめきが聞こえる。迷いが感じられる。
簡単にヘレン教と黒髪の溝が埋まるはずがないのだ。

その時、マーヤが一人前に出てきた。そして、包丁をかざすとインカネーションを回復させる。

「な、なんのマネだ・・・。」
目を覚ました男が問いかける。
「・・・私も恨みの連鎖を断ち切りたいです。今度、私のお店に食べに来てください。」

簡単に溝は埋まらない。しかし、絶対埋まらないわけではない。


[642] 2012/06/25 14:13:02
【【アスカ 37 彼の問いと、彼の答え】】 by drau

声を落とし、震える吐息と言葉を吐いた。
「ダザさん、ボクね……怖いんだ」
清掃員、今や元清掃員のダザに、以前自分に指摘をしたダザに、言葉を求めた。
「ボク、あれから、考えたんだ。何をしたいのか」
「……」
「ボク、受け入れられてないんだ。ママが、死んだって事が。もう、五年も前のことなのに、ね……」
母の死体だって、確認した。その死に顔だって、見た。
「ボク、すごくちっさい頃とか、学校の長期休みとかに、お祖母ちゃんに連れられていろんな所を見て回ったことが在るんだ。
大きな崖も砂漠も、海も見せてもらった、だよー。……あんまり覚えてないけど」
てへっ、と笑う。
「ボク、ヒト以外の血も混じってるんだけど……ボクよりもヒト以外に近い亜人の村や、黒髪差別のとても強い街とかにも行ったこと、ある。
そこで、たくさんの人が悲しんでたり、苦しんでるのも見たことある」

罪への罰として火をつけられて焼けた街や、訳もわからずいじめられる人を遠めに見て、あの時、祖母はこう言った。

「世界は醜い。決して、優しいだけじゃないんだ。そのことを覚えておきな、ってお婆ちゃんは言った。それで、ボクは勘違いしていたんだ。知っているつもりになった。そういうものなんだって解ってるつもりだった。納得したつもりだった、勘違い。
他人から見てとった悲しみと、自分の悲しみは違うんだって。ママが死んでから、気付いちゃった。同じじゃなかった。ボクは受け入れられなかった。認められなかった。ボクは世界なんて全然知らなかった。だから、もう一度、今度は自分の力で、もっと旅をしたかった。納得したくて、この街に来た。ママの世界を感じたかった。ママと、けじめをつけたかった」

自分は理由や原因を求めていた。


「ダザさんに言われたことは、正しい。ボクは、焦ってるんだ。わだかまりが固まる前に。向き合わなくちゃいけない。ママの事と、今くすぶってるボクの事に。向き合わなくちゃ。でもね」
アスカは震えた。
「ボクね。ボクからママを奪った人に出会ったら、殺してしまうと思うの。その人が本当に反省してても、謝ってきても。その人の大切な人まで、手にかけてしまうかもしれない。ボクは、そんな、自分が怖いんだ。……殺したくなんてないんだ、傷つけたくなんてないんだ。でも、手が、震えるんだ。頭が、凍るんだ。ボクは、どうしたらいいの?目を背けて、逃げ帰って、忘れたらいいの?むしろボクは、そうしたいと思ってる。でもそんなの嫌だとも思ってるんだ」

灰だなと、ダザは思った。
黒にも白にもなりきれない。自分らしく生きることも死ぬことも出来ない。アスカは変わった祖母や家族に守られて、生まれつきの巨大な体格に守られて、黒髪や血の事で悩むことなく、優しい世界で、優しいつもりの自分を育ててきた。
優しくないものに、出会ってしまったんだ。優しくない世界の実感を、優しくない自分のことをこいつは今更になって知ったんだ。

「アスカ、全ての親がそうだとはいわない。お前の親がそうだともいわない。それが正しいことだともいわない。
アスカ、お前も知ってるあの気のいい鉱夫長はな、幼い娘さんを病気で失って、エフェクティヴに入った。産れや金銭の理由から、治療してもらえなかった。見捨てられたのさ。
アスカ、親ってのは勝手なもんでな。自分の子供が殺されちまったら、復讐に狩られちまったりする。俺も、一応、子供いるんだけどさ。もしかしたら、俺も、ぶち切れるかもしれねぇ。
でもな、立場が逆だったら、俺も、鉱夫長だってそうだ。俺達が死んだからっていって、子供にそれを背負わせるつもりはねぇよ。もし、子供が、俺の跡を継いでくれる。遺志を引き継いでくれるってなったら、複雑だけど、照れくせぇけど俺は嬉しい。でもな、そいつ自身の生き方を、人生を、染めちまう気まではねぇ。犠牲にしたくねぇよ。
“俺を殺した奴の事なんか忘れちまえ。俺の事なんか忘れちまえ。復讐なんか気にすんな。お前は自分のやりたい道を進んで、悔いの無いよう幸せに生きろ”って思う。だって、俺は、悔いの無いよう、生きて、死んだんだ。“お前は、俺じゃねぇだろ”って言う。…矛盾してるけどな。立場逆だったら復讐するのにさ。しかも、なんか、良く在る言葉みたいだよな。ははっ!」

ダザは、そういうと、背中を見せて歩みだした。

「アスカ、俺が言えるのはコレだけだ。良く在る言葉なんて思わないで、俺の言葉として受け取ってくれ。ハハッ……じゃあ、俺も、行って来る」


[643] 2012/06/25 17:04:56
【ハートロスト・レスト:25 じんるいの】 by tokuna

 左腕で速度を殺しながら落ちた私も、私を追って飛び降りたらしい不思議な装束の女性、ヴァイオレットさんも、更に後から落ちてきたリオネさんも、奇跡的に重大な傷は負っていませんでした。
 それならばと、気絶したままなかなか起きないヴァイオレットさんを背負って、私はリオネさんと共に、崖の底を歩きはじめます。
 出来るだけ早く、オシロさんらと合流しなくてはいけません。
 弱い明かりだけを頼りに、どちらに進んでいるかも解らぬまま道なりに進んでいくと、眼前にドクロの描かれた扉が現れました。
 恐る恐る扉の向こうを覗くと、山の中とは思えないほどに開けた空間の中心に、巨大で複雑な模様が描かれた円。
 リオネさんが、小さく呟きます。
「これは、魔法陣……?」

『一つ、昔話をしよう』

 唐突に。
 あまりにも唐突に、言葉が空間に反響しました。

『昔々。
 エルフの少女が武勇を誇った時代より遡ること更に数万年。
 世界がまだ、魔法で満ちていた頃。
 一人の魔術師が、究極の魔法を完成させた』

 声は、空間内のあちこちで発されているようであり、常に全体から発されているようでもありました。

『【核融合炉】。
 それは、神話に謳われる魔術の到達点。
 それは、地獄の炎を操る最凶の兵器』

 『などでは無い』

 私とリオネさんは辺りを見回しますが、手元の弱い明りでは暗闇を照らしきれず、声の主を見つけることが出来ません。ただ、声だけが響きます。

『魔法は、それがもたらす現象が奇跡に近ければ近いほど、より大きな代償を必要とするのは知っているか?
 確かに【核融合炉】は殆どの生物を死滅させる、地獄の炎をもたらした。
 だがそれは、奇跡の結果などでは無い。代償なのだ』

 地獄の炎とは、神話でよく語られているそれのことでしょうか。
 声は厳かに続きます。

『【核融合炉】は、人類をより高等な存在へと進化させる魔法だ。
 全ての生命を炎で浄化し、その心、魂の核である精霊を一つに融合させる奇跡の業だ。
 数万年前の旧人類は、その儀式により各々を縛る肉体を捨て、一つの精霊になろうとしたのだ』

 何を言っているのか、荒唐無稽すぎてよく解りません。

『無論、それだけの規模の魔法だ。
 必要な過程を代償として処理することで、超越した奇跡を得られたとは言え、儀式の完遂には永き時が必要だった。
 最初の数百年で多くの精霊が、融合しきれずに炉からこぼれ落ちた。
 それらは千の時を経て結晶となった。
 更に数万年の後、旧人類に近しき生命が未知を求めてこの地を訪れ、未だ融合を果たせず荒れ狂う炉に近付いた。
 幾億もの精霊のうねりは、一個の矮小な生命にとって猛毒だ。
 多くの生命が、肉体はそのままに精霊だけを飲まれて死んだ。
 新人類は、瞬間のうちに命だけを刈り取るその現象を恐れ、死神らの王、冥王毒と呼んだ。 
 しかし、新人類は諦めなかった。
 彼らは、恐怖と闘う術を知っていた。
 ある者は毒を防ぐために防壁を造った。
 ある者は結晶化した精霊に目を付け、そこに街を築いた。
 ある者は核融合炉を研究し、『闇』を統べる王となって街を滅ぼした。
 ある者は英雄として、その『闇』を討ち果たした。
 それから何千年もの間、この山はその在り方を変えながらも、ずっとこの場所で、様々な物語を生み続けた』

 空間全体が、強い光で満たされました。
 暗闇に慣れていたので一瞬、目が眩みます。

『私は、その全てを見守り、陰ながら人々を導いてきた』

 ゆっくりと目を開けると、いつの間にか、リオネさんが魔法陣と呼んだものの中央に、人の形をした光の塊。

『よくぞ来た。人を捨てようとする者、人を守ろうとする者、そして人を造ろうとする者よ』

『私はジーニアス。
 核融合炉を産み出した稀代の魔術師にして、核融合炉によって産み出された旧人類の総意』

『君たちの言うところの、神だ』


[644] 2012/06/25 17:36:15
【マドルチェ 13 終わりの始まり】 by ゴールデンキウイ

ヴィジャの力を受けて、無機物である71の偶像が動き始める。

抽象的な形をしたそれらの偶像は、裏打ちされた過去など持たぬはずの偶像は、まるで明確な意思を持っていると見る者を錯覚させるほどの鮮烈な輝きを放っていた。無機質の中の生。不気味さの中に、どこか神々しさを同居させた生命の形。かつて戦いの果てにヘレンを目指した71の魂の形。

――さぁ、パレードを始めよう。鳥籠に囚われていたマドルチェはもう居ない。アーネチカのように、自由に、鮮烈に、そして無規律な生を謳歌しよう。それこそが生きるということ。あらゆる過去を超えて、彼女は彼女の望むままに生きる。その果てにどのような結末が訪れようとも今の彼女には『今』が一番幸せなのだから。

このリリオットに住む人たちを、みんなみーんな幸せにしてあげたい。マドルチェの願いは、ただそれだけだった。マドルチェの口元が歪んでいく。かつて支配され続け、その心に憎しみを植え付けられた彼女の歪められた願いは、もはや正しく導く事も、別のカタチに昇華させることも叶わないのかもしれない。赤く染まった彼女の手は何を為すためにあるのだろう。



生き生きと輝くマドルチェの姿を、マドルソフは穏やかな面持ちで見つめていた。かつてリリオットの屋敷で生まれ育ったマドルチェが、これほど明るい表情を見せたことがあっただろうか。そういう意味でも、あの文字盤の男には感謝すべきなのかもしれない。正体は明かさぬものの、一度はマドルチェの危機を救い、そして笑顔を取り戻してくれた人物。……いや、彼の正体なんて二の次で構わない。今はただマドルチェが元気に明るく過ごしてくれればいい。それを脅かす存在があるならば、何であれ許すつもりはない。卿は懐に控えるメイドに目配せをする。彼女は主人の視線に気付き、軽く目礼するとマドルチェのパレードに足並みを揃えて歩き始めた。


[647] 2012/06/25 19:01:44
【オシロ35『戦いの前口上』】 by 獣男

「かつて、精霊は計り知れない暴虐のただ中にあった。
終わらない凄絶な悪夢に、精霊達はその声を聞く一人の少年を見い出し、
精霊の王として、無数の精霊が彼にその身を捧げた。
少年はその力を振るって戦い続け、いつしか百虐の魔王とさえ呼ばれるようになった。
その望みは、ただ、人間が精霊を使うのをやめさせたい。
それだけだったのに」

眩く輝く神霊を背に、オシロはそこから飛び降りた。

「エフェクティヴの本隊とは、行き違いになったみたいですね。
これだけの坑道だから、完全封鎖は難しい。
が・・・、偶然ではないな。ジーニアスの手引きか」
「あなた、本当にオシロ君?それとも、誰かに乗っ取られて・・・?」
えぬえむが厳しい顔でそう尋ねた。神霊の光によって闇は晴れ、互いの姿が視認できる。

「正真正銘の、オシロです。
そして同時に、その意志を譲り渡された、エフェクティヴの新しい指導者でもある」
言いながら、オシロは足を進めた。
そのつま先から、『闇』の体が肌色を取り戻し、
見る見るうちにそれは全身に広がると、瞬く間に完全なオシロの元の肉体を復元した。
「指導者!?って、オシロ君、体が!何で裸!?うわーっち!」
「つまり、お前は悪の親玉になってしまったって事か、オシロ!?」
混乱するえぬえむの横で、マックートが光り輝く剣を握って、オシロに問う。
「僕はあなた達に問いたい。なぜここに来たのか。
エフェクティヴの誰もが、圧政に義憤し、犬死の恐怖を克服して、この作戦に殉じている。
その聖なる戦いに、なぜあなた達が邪魔をするんですか。
この戦いは街に光を取り戻す戦いだ。しかし、あなた達はそれを潰そうとしている」

冷たく問い返すオシロに、マックオートは剣を振って叫んだ。
「勝手なことを言うな!エフェクティヴのせいで、
どれだけの人達が傷ついてると思ってるんだ!その涙を、俺は見過ごせないだけだ!」
「私も、この街にどんな歪みがあるのかはわからないけど、
それを暴力で無理矢理解決するのが正しいなんて思えない。
あなただって、そう、そう言ってたじゃない!(でもとりあえず服を着て!)」
反論する二人を制して、ソフィアが一歩前に出る。
「もう なにをいっても むだ。それに じかんが ない。もうすぐ やみが くる」

オシロの周りに『闇』が集まり、ぐにゃりと捻れて八体の人形が現れる。
「つまりは、通りすがりに上っ面の犠牲だけを見て、
正義の使者気取りで、のこのことやって来たってわけか。
ソフィアさん、僕、あの時言いましたよね。膨大無限の『闇』を倒す唯一の方法。
その精神の発生源たる術者を殺す。それが最短にして不可避の手段だと。
やれるものなら、やってみて下さい。
僕は、ぬくぬくと自分だけが安全な場所にいて、人殺しを指示してきた先代とは、違う」
そう言って、オシロは宙を舞う人形と共に三人に襲いかかった。(すっぽんぽんで)

==========<補足情報>==========
これ以降、オシロの無許可での殺害を解禁します。
オシロの戦闘データはオシロ投稿時のスペックに準じますが、
『闇』が到着するとパワーアップします。
PCに対しても積極的に致命傷を狙い、許可があれば殺害します。
英雄になりたい人は、英雄になって下さい。


[648] 2012/06/25 19:54:24
【マックオート・グラキエス 45 闇から空を取り戻すための戦い】 by オトカム

オシロは闇の塊のような姿から人間の肉体を取り戻した。
しかし、同時にエフェクティブから意志を受け継ぎ、マック達の叫びも届かず、敵意を向ける。

「つまりは、通りすがりに上っ面の犠牲だけを見て、
正義の使者気取りで、のこのことやって来たってわけか。
ソフィアさん、僕、あの時言いましたよね。膨大無限の『闇』を倒す唯一の方法。
その精神の発生源たる術者を殺す。それが最短にして不可避の手段だと。
やれるものなら、やってみて下さい。
僕は、ぬくぬくと自分だけが安全な場所にいて、人殺しを指示してきた先代とは、違う」
そう言って、オシロは宙を舞う人形と共に三人に襲いかかった。(すっぽんぽんで)

マックオートはでまかせで言った正義の味方っぽいセリフに後悔した。
「確かに、上っ面の正義を掲げても虚しいよな。なら正直に言おう。
 俺は・・・ソラを守る。そして、ソラが愛したこの街を守る!それだけだ!」
八体の人形の一体が腕を振り回しながらマックオートに飛びかかる。
腹に一撃を食らいながらも、マックオートも右ストレートを人形の頬にねじ込んだ。
首から歪んだ顔にもう一発殴りかかろうとすると、別の黒い人形が間に分け入った。
殴れども殴れどもその体は傷ひとつつかず、むしろマックオートの拳から血が滲んできた。
殴るたびにソラの笑顔と、闇に包まれた街が交互に脳裏に写る。
「俺は・・・」
表情を変えずに拳を受け続ける人形に不気味さを感じるも、それを上回る感情があった。
手の感覚が薄れる中、ハッキリとした想いが一つだけ、叫べるほどに混じりけのない想いが一つだけ。
「ソラのことが・・・」
突如、背中から燃えたぎる剣を持った人形が襲いかかる。即座に振り向き、光の剣で受けた。
大きく弾かれたが、マックオートはひるまずに光の剣を振り上げる。
「好きなんだああああああああ!!」
重く振り下ろされた一撃は、炎の剣の人形をかばおうとした黒い人形ごと切り裂いた。
砕け落ちる人形の残骸を前に、荒い呼吸を整えながらマックオートは口を開く。
「俺は、俺のことを守りたいと想ってくれた両親に守られた。
 だから俺も、守りたいと想った人を守る。」
その目は燃えていた。


[650] 2012/06/25 22:15:06
【夢路32】 by さまんさ

ゴツゴツした岩場に二人の長い影が伸びていた。ウロは寝ていた。
エビチリ・ソース(だっけ)は問いに答えもせずソラの顔をじっと見て、

「あれ?気づいてないのー?ソラちゃん」
「へっ?」

テンシン・ハン(だったかも)はまとめていた髪をフサッと下ろし、手の甲で口紅とマスカラを落とした。
彼女はソラを見てヘラヘラ笑った。
「ゆ、夢路さん!?」
「やーやー、こんなとこで会うなんてねぇ〜」

彼女はメイン・ストリートで開業している占い師だ。精霊灯の掃除の仕事をしているとよく会うことがあり、よく一緒にお昼ご飯を食べた。
「なんで・・夢路さんが・・その、」
「エフェクティヴ」
「なの?」
「まーこの不況でしょ?正直占いだけじゃ食べていけないのよー。ソラちゃんも大人になったらわかるって〜」
「わっ…わかんないよっ!」

先ほど、穴の中で見た光景が蘇る。土に埋もれ誰にも看取られない場所で死んだ抗夫の人たち。ソラの隣の部屋に住んでるおじさん(よく野菜くれた)も抗夫だった。それから町で見たたくさんの争い、殺人。友達だと思ってた夢路さんもその仲間で・・

「わかんないよ!だって、夢路さんはいつも私に優しくしてくれたし、悩みを聞いてくれたし、初めて会ったときは私がハスのために焼いたけど失敗して炭になっちゃって捨てようとしたクッキーを美味しい美味しいって食べてくれたし、」
「ソラちゃん、悩んでる顔だねー?」

…これが夢路さんのいつものセリフだった。そして人の話を聞かないいつもの癖。
「恋してる顔。」
「ぇいっ」びっくりして変な声が出た。
「いやぁー、前の彼氏?公騎士団の?あれはねーよくなかったよ〜。女性の手料理を残す人間はクズ中のクズだからね。でも今の人はいい感じだねー、本物の恋だね。ソラちゃんの夢がそう言ってるわ〜」
「えっ、えっ、ううっ…いい人なのか酷い人なのかわかんないよ…」
恥ずかしいやらなんやらで何がなんだかわからなくなってきた。
「まあまあ、立場は違うけどさ。言ったじゃん?……私は、いつだってソラちゃんの味方よって。」
「夢路さん…。」

立場の違い。それは、大人の言い訳のように聞こえた。
でも味方という言葉は信じられたし、嬉しかった。

「ふむふむ、ソラちゃんの夢は幸せな夢だけどちょっと不安な味がするわねぇ。なるほど、彼氏が今戦ってるんだ。」
(でも、前にも似たようなことが…)
「信頼はしてるが向こう見ずなところがあるので心配、と・・これが彼氏の顔か・・見たことあるような。いや、ないな。名前はマックオート君」
「夢路さん、なんでそこまで知って・・・っ!」

プチン。
糸が切れるような音がして、ソラの意識が飛んだ。



「―――あー美味しかった!」

夢路は女性の夢は残さず食べる方だ。


[651] 2012/06/25 22:57:46
【     :38 愚かな女と愚かな剣】 by ルート

マルグレーテは解放された。
闇は迫る。
今代の精霊王は、まさに今、目の前に在る。
戦いの火蓋は切られた。
もはや語る事も無い"敵"目掛け、ヘレンは疾駆する。

「きりさけ」

主を護るかのように進路を塞ぐ人形へ、エーデルワイスを振るう。しかし、輝きも鈍く衰えたままの刃は、がりっ、と人形の表面を浅く削ぐのみ。

「きりさけ きりさけ きりさけ」

だが構わない。本来の性能を発揮できずとも、今は刃物としての役割を果たすなら十分。
連続して放たれるヘレンの乱舞が人形を後退させる。その隙を突いて、更に前へ。一歩でも、敵の近くへ。
その戦う姿はただがむしゃらで、見苦しく。しかし口元に笑みすら浮かべているヘレンを見て、呆れたようにオシロが問う。

「ソフィアさん。あなたはなぜここに来たんです?本当に、戦いたかっただけなんですか」
「そう。わたし は たたかえれば それでいい」
「実に愚かな」
「そのとおり。わたしは おろかもの。いくさおとめ でも かみさま でも ない」

ぎこちなく微笑みを浮かべてみせながら、ヘレンはエーデルワイスを振りかぶる。


「わたしは へれん。この おろかしさを くるおしさを しかと そのめに やきつけろ!」


「見苦しい」

刃がオシロに届く、それよりも一瞬早く。音も無く背後より忍び寄った人形が、ヘレンを背後から吹きとばす。
無防備な背中に放たれた連撃。エーデルワイスを取り落とし、自らの背骨が軋む音を聞きながら、ひょいと身をかわしたオシロを通り過ぎ、ヘレンは彼の背後にあった神霊へと叩きつけられた。

「がっ……!」
「ソフィア!」

口から血を吐きながらも、ヘレンは腰から一本の短剣を抜き、神霊に突き立て、転落を防ぐ。えぬえむの悲鳴のような声が聞こえた。
神霊にしがみつくヘレンに、オシロは侮蔑の意を込めて言葉を吐き捨てる。

「弱すぎる。あなたがあのヘレン?愚かなだけでなく、現実と世迷言の区別すらついていないのではもう救いようが無い。
 もういい、さっさと退場してもらいましょう。そこでぶらさがったまま、これ以上神霊を傷つけられ……たら……」

オシロの言葉が途切れる。彼は見た。神霊の、ヘレンが短剣を突き立てた部分が、鈍く黒ずみ始めていることに。
ヘレンはにっこりと微笑んで、新たな短剣を取り出し、突き立てる。その周囲もまた、同じように黒ずんでいく。
その短剣の名は、愚霊剣。今のヘレンには、最も相応しい名を持つ剣。

「このけん なーんだ?」
「お前、それは……」
「わかるよね あなたなら。こんなにぐちゃぐちゃで どろどろで ぼろぼろで さびきっていても」
「その短剣の素材……第一神霊の破片なのか?!」

かつて、現在の第二神霊よりも先に発見され、精製に失敗した第一神霊。
その破片の中でも、オシロの手で『闇』となったものよりも遥かに状態の悪い、そこいらのクズ粗霊以下の存在になり下がり、放置された粉々の欠片。
正体も忘れられたまま市場に流れたそれらに、気紛れな誰かが意味を与えた。クズにはクズなりの使いようがあると。
かくしてそれは朽ちたまま刃となり、己以外の全てを朽ちさせる刃となった。

「まだまだ あるよ。ざいこ いっそう せーるっ」
「やめろ……」

やめない。手持ちの全ての短剣を、次から次へと神霊へ突き立てる。
精霊は採掘時点で個別の塊として存在し、他の精霊同士では結合させることはできない。逆に言えば、"同種"であれば、分かたれても再結合させられる。
第一、第二の差異はあれど、ソレは同じ"神霊"と呼ばれたモノ。眩く輝いていた神霊はみるみるうちに愚霊剣の精霊と混じり、汚染され、光は弱くなっていく。

「くちて くだけて こわれちゃえ!」
「やめろおおおおっ!!!」

さも愉快そうに、痛快そうに笑うヘレンに激昂したオシロが、それまでの戦術をかなぐりすて、残っていた人形を一斉にヘレンへ向かわせる。

(そう それでいい)

それこそが、彼女の目的。

(わたしは よわい)

自分は、単独で彼に勝つ事はできない。ならば"自分達"の勝利のために戦おう。
この一瞬、彼に決定的打撃を与え得る、致命的な隙を作るために……!


[653] 2012/06/25 23:59:07
【えぬえむ道中記の34 暗殺】 by N.M

あの時アイツはなんと言ったか。

「『あのクソッタレ以外』が『生き残る』。」

***

マルグレーテの唯一欠けてた情報、剣の打ち手。

その姿形は見覚えがあって…

***

正義気取り? そうじゃない。
私はただ目の前の敵を砕きたいだけ。

オシロがマスターオブエフェクティブ?
圧政に対する聖なる戦い?
街に光を取り戻す?

そんなのはどうでもいい。本当にどうでもいい。
ただただ、目の前の傲慢極まりない存在が気に食わない。
だいたい「常闇」とやらが光を取り戻すとか臍で茶が沸く。

もはや言葉は要らない。
私は私のやり方で、全てを、打ち砕く。

***

八体の人形。どれも性質を一点特化させた力ある精霊だ。
マックが向かう。人形を光の剣を抜き、拳で殴り、斬り裂く。
ソフィアもエーデルワイス片手に突撃する。

この程度、マルグレーテを抜くまでもない。
手を合わせてマルグレーテを虚空へしまう。

「無明闇夜よりなお冥き闇、その身に刻んで悔いて死ね」

***

飛び交う人形。そのことごとくを無視する。

ソフィアが「神霊」に叩きつけられる。
ちょっと驚いたが突き刺した短剣を見て、思わず笑みがこぼれる。
それはそれとしてソフィアを傷付けた分も上乗せである。

最速で、戸惑うオシロに近づく。光の精霊ごと手刀で斬りつける。闇の精霊が防ぐ。

返す拳を情報化する。光の精霊が何かしているが、無視。

「想起せよ、汝の敗北を」

現れるは市松模様の盤面。そして、チェスの駒。


「あの時お前は、どう打った?」

「あの時お前は、どう指した?」

「あの時お前は、…」

「あの時…」

拳を叩きつけるたびに進む盤面。

「そして、あの時お前はクイーンを取った」

「なれば、その後は?」

「私の手は何だった?」

「死角から来る騎兵『ナイト』が」

「背後を通る僧兵『ビショップ』が」

「そして最奥で成りたる歩兵『ポーン』が」

「精霊王『キング』をチェックメイトに追い込んだ」

マックの剣と、私の手、そしてソフィアの愚霊剣。

その三閃がオシロを、神霊を貫いた。

そのままオシロの真髄を掴む。

01010001001010101…

情報となり、融けて、圧縮され…

FFFFFFFFFFFFFFFFF…

塊となった情報を握りしめ。

「神霊と共に、ぶっ死ね!!」

全力の拳を神霊に叩き込む。
ソフィアが反動で飛ばされ、マックが間一髪受け止める。

神霊も情報と化し、潰れた情報の塊をさらに押し潰し、虚空へ、消えた。


[654] 2012/06/25 23:59:30
【リューシャ:第四十二夜「吹雪のごとく」】 by やさか

シャンタールは、リューシャの手によく馴染んだ。

凍土に冷やされ、斬りつけるように吹く風の気配が、闇に沈む薄蒼い刃からかすかに立ち昇る。
深く濃密な闇の中、吹雪に閉ざされた故郷の夜を思う。
まるで今、そこに立っているかのように自然に、心が冴えた。

「お前は、あの場所が好きなのね。生まれ故郷が、愛しいのね」

わたしも同じよ。
リューシャはかすかに微笑んで、故郷を一身に閉じ込めたような、その刀身にくちづけた。

たしかに、この街で過ごした日々は楽しかった。
見慣れない技術、それを扱う職人、商人、たくさんの旅人たち。
だがそれも、みな結局は旅路の話。
どんな出会いも戦いも、故郷のあたたかな暖炉の前で、あるいは工房の片隅で、幼馴染に語るべき一幕にすぎない。

それが、リューシャの選んだ生き方だ。

たとえ神様に選ばれたと言われても、そんなものはいらない。
リューシャが神から得るのは、見出されるのを待つ剣のかたちだけでいい。
残りのすべては、自分で選ぶ。

「行きましょう」

誰にともなく――いや。シャンタールに告げる。

「帰る前に、カラスさんたちの劇を観に行かなきゃいけないものね。こんなどうでもいいことで、予定を変えられたら困るわ」

地を蹴った足は、軽かった。
走るほどに、夜が明けるように闇が薄らいでいく。闇の外に広がるのは、神の手にさえ御しきれぬ混沌。
リューシャは、その混沌のひとしずくで構わない。

「……あら、人知れずの逢瀬の邪魔をしたかしら」

闇の外で、争い合う男女に介入した。
争いの原因にさほどの興味はない。事態が収拾すればそれでいいからだ。
だから、男同士にも女同士にも平気で踏み込んだ。
刃を振り上げるエフェクティヴ、狂乱するヘレン教徒、復讐の好機に目を輝かせる黒髪、リューシャの前に一切の区別はない。
事態の収拾に走り回る公騎士たちの鎧は、あの日、『泥水』で死んだ四人と同じものだ。それもまったく気にならなかった。
叩き伏せた暴徒も、逃げた暴徒も、手に負えない暴徒も、みな彼らに任せる。
できないことはやらない主義だ。
天秤の片方に必要と意思を、もう片方に自他の性能と、そこから導かれる勝率を。天秤は揺らぐが、心は揺れない。
一人ならば不意打ちした。複数ならば分断した。勝てなければ逃げた。
引き際を誤るような無様はしない。卑怯と呼ばれることなど厭わないから。
自分が変わらず自分であるなら、正しくなくていいと知っているから。
ずっと変わらずそうしてきた。ずっと変わらずそうしていく。

リューシャが、そしてシャンタールが生まれた故郷の、いつまでも融けぬ雪と氷の世界。
それこそが、リューシャの心の在り様だから。


[655] 2012/06/26 00:43:29
【カラス 25 輝く舞台へ】 by s_sen

白く輝く鎧を纏った騎士は、舞台を降りればただのカラス。
どうやら何とか、台詞でつまずくことがなかった。奇跡であった。

舞台は目まぐるしく変化していった。
ここで最高級の精霊技術を駆使した演出は、
見る者を誰でも圧倒し、魅了した。
まるで物語の世界引き込まれていくようだ。

そして、カーテンコール。
全ての演者が集結し、観客に最高の楽しみを与えたのだった。


――主催者サルバーデルの最後の挨拶が終わった瞬間。
煌びやかな檻のようなものが舞台に落ちてきた。
無数の金貨や彫像などの、それは価値のありそうな光るものが大量に降り注いだ。
先ほどまでの楽しかった舞台は、重さに耐え切れずに崩れてしまった。
人々の悲鳴が聞こえる。
と思ったら、それを拾いに来る者も現われた。
他の共演たちは…
ある者は魔法の力で彫像を獣に変えてけしかけ、
ある者は逃げ惑う人々を冷酷に笑い、
ある者は忽然と姿を消した。
一体、どうなっているのだ。
カラスは、二本の足で立っていた。というより、立ちすくんでいた。
言葉は聞こえていた。状況は分かっていた。
しかし、どうしたら良いのかわからない。

公騎士は、一生懸命ここの治安を守っていた。
対立する傭兵軍団も、ヘレン教の信徒たちもいた。
皆が人々の避難経路を確保し、獣たちの動きを牽制し、関わった者を取り締まろうとしていた。
が、やはり彼らも逃げ惑う人間である。その動きは統制が取れていない。
カラスは近づいた誰かに聞かれた。しかし、どの勢力の者かはわからない。
「おい、君!さっき舞台にいたろう。この状況…一体どうなっているんだ!」
舞台に立ったときと同じくらいの冷静さを取り戻し、カラスは答えた。
「…皆様には、ここの対処をお願いします。
残念ながら、今しばらくお手伝いは出来ません。
私は、主催の方を捜してみます。
何としてでも捜し当てて、事情を全てお話ししてもらうつもりです。
どうか…お許しください!」
カラスは、混乱の渦にある劇場を後にした。


空には月が輝いていたが、それとは別に異様な輝きがあった。
強い魔法の力を感じる。
カラスは、ソールの衣を身につけた。
通常、光の届かない夜間は効果が減ってしまう。
しかし、今は光に満ち溢れていた。
騎士か傭兵か僧侶か、数名がカラスを追ってきたが、すぐに見失った。

祭りの後の静けさ。
場所が変われば、狂気。
そして途中ではマドルチェが微笑を浮かべ、多数の行列と共に大通りを練り歩いていた。
人間の姿もあった。動物の姿もあった。飛んでいるものもあった。
カラスはその人影の中に己の姿を見出したが、気のせいだろうか。

あの劇場から離れていくうちに、静けさが取り戻されてきた。
今はソールの衣を掲げ、さらに舞台用の白銀の鎧をそのまま着込んだ姿である。
傍からは何も見えない。誰も追って来ない。
だが、鎧の重さで全身に衝撃が伝わる。
それでも走り続ける。
あのお方は、こんな事をするはずがない。
あのお方は、出来の悪い自分に優しかった。
あのお方は、路頭に迷っていた自分を救ってくれた。
あのお方は、こんな自分を輝く舞台にまで立たせてくれた。
今こそ、その恩を返す時である。


[657] 2012/06/26 02:14:44
【サルバーデル:No.19 束の間の灯】 by eika

 騒ぎの影に紛れて私は夜を行く。
 魔方陣から発せられる光は街中を昼間のように照らし、まるで水族館の中にでも迷い込んだかのような心もちであった。
 しかし、この幻想的な姿も、あと十時間もすれば炎と冥王毒に飲まれ、総ては朽ちる。
 私は足を運ぶ。舞台の総てを見渡す事の出来る、尤も太陽に近いあの場所へ。


[660] 2012/06/26 03:04:26
【マドルチェ 14 幸せの序曲】 by ゴールデンキウイ

「な、何だ……?」

メインストリートを歩く者は立ち止まり、突如として現れた異形の集団に目を奪われていた。剣士がいた、ゴーレムがいた、精霊がいた。そしてその中心にはマドルチェが、軽やかな足取りで笑うように歌っている。まさに非日常と形容するのが相応しい。ここ数日で不穏な空気が流れ始めたこのリリオットの中でも、飛び切りの異端が街の中心に溢れ返る。夢か幻かと見間違う光景に、街の住人はただ呆然と立ち竦み、その異様な一団を眺めていた。



   月は揺らめき 空に花咲き
   塵と屍と粗霊と夢と
   あなたは踊る わたしは歌う
   神を祈りを失意を果てを

   時よ止まれ 宵よ続け
   巡り廻る マルグレーテ



マドルチェの澄んだ歌声を、従者の笛の音と偶像たちの舞が飾り立てる。まさしく今宵この場にふさわしい、絢爛なパレードだ。

「見て、おじいちゃん! 私たちの歌で、リリオットの皆がハッピーになっていくわ!」
「よかったのう、マドルチェ。本当に……」

歌を聴いた聴衆の身体が青白い輝きに包まれた。それはマドルチェと「幸福」を共有し、最期に咲き乱れる命の色、精霊の輝きだった。



   影は蠢き 闇に仇なし
   意志よ仮面よ鴉よ灰よ
   あなたは踊る わたしは歌う
   愛も瞳も勇姿も果ても

   刻は訪れ 夜は掠れ
   生まれ滅ぶ エーデルワイス





マドルチェと偶像のパレードは進んでいく。死体の山を築き上げながら。マドルチェが絶対王制を敷いた後に残るのは、精霊の残滓と、一様に悲痛な表情を浮かべる人間だったモノの抜け殻。それこそがマドルチェの幸福だった。痛み、苦しみ、孤独、不安、絶望、ありとあらゆる負の感情を全て捨て去らなければ、己の存在自体を維持することが出来なかったのだから。彼女を理解できる者でなければ、彼女と同じくらい壊れていなければ、彼女と幸せを共有することは出来ないのだから。

みんな、みーんな幸せになろう、私と一緒になろう。私の温度を理解して、ただ隣に居て、私を理解してほしい。うわべだけの薄っぺらい言葉は要らない。私と同じになって、それでも尚私と共に歩める者が居るのなら、そこに彼女の目指す果てがあり、救いがある。

パレードを続けよう。マドルチェは疲れも、喉の渇きも忘れて歌い続けた。果てに到るまで。――その先にたとえ破滅が待ち構えていたとしても。


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マドルチェと偶像

HP74/知1/技5

・40人の偶像/8/180/8 献身
・16人の偶像/1/142/6 献身
・8人の偶像/1/94/4 献身
・4人の偶像/1/46/2 献身
・2人の偶像/1/22/1 献身
・アーネチカの偶像/72/0/6 回復 献身
・Absolute Monarchism/100/0/25 凍結 防御無視

構え無し、技術≦2人の偶像の防御:2人の偶像。
構え無し、技術≦4人の偶像の防御:4人の偶像。
構え無し、技術≦8人の偶像の防御:8人の偶像。
構え無し、技術≦16人の偶像の防御:16人の偶像。
構え無し、技術≦40人の偶像の防御:40人の偶像。
防御0の自分スキルを3つ以上所持:Absolute Monarchism.
残りウェイト12以上、自最大HP>自HP:アーネチカの偶像。
残りウェイト9以上:2人の偶像。
残りウェイト1〜8、防御無視でも回復でもなく、攻撃≦40人の偶像の防御:40人の偶像。
残りウェイト1〜6、防御無視でも回復でもなく、攻撃≦16人の偶像の防御:16人の偶像。
残りウェイト1〜4、防御無視でも回復でもなく、攻撃≦8人の偶像の防御:8人の偶像。
残りウェイト1〜2、防御無視でも回復でもなく、攻撃≦4人の偶像の防御:4人の偶像。
残りウェイト1、防御無視でも回復でもなく、攻撃≦2人の偶像の防御:2人の偶像。
残りウェイト7以上:2人の偶像。
アーネチカの偶像。
Absolute Monarchism.


献身<行動ウェイト+0>
防御無視でない攻撃を受けた場合、構えていた自分スキルの防御力を相手スキルの攻撃力の数値分永続的に減少させる(0未満になる場合は0にする)。
このオプションが付与されたスキルは、技術16として攻撃力、防御力の値を設定する。
このオプションが付与されたスキルは、所持に知性を必要としない。

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[663] 2012/06/26 03:22:01
【メビエリアラ15】 by ポーン

 大きな虎が銅の皮膚をこすれさせながら、観客を蹴散らしてライを追った。ライは逃げようとした。しかし虎は素早かった。回りこまれてしまった。
 その背に座っていたヘレン教の女教師が、優雅に降りる。語りかけてきた。
「今、あなたは逃げようとしましたね。勇敢にも。自分を守るために。大切な人を守るために。正しい選択でした」
 ライはとりあえずほっとした。相対することになりそうなのが禍々しい魔法使いでも機械のような虎でもなく、自分とそう歳が離れていない女だったからだ。
「行動には、目的があります。自覚せずとも必ず。内在する欲求がそれを成すこともあるし、自ら定めることもできます。ライ・ハートフィールド、あなたは何のために生きていますか? 自分の命を、何になら捧げる気になりますか?」
 美しい女の笑顔。しかし見ていて寒気がする。ライは不吉なものを覚えた。魔法使いや虎よりも脅威は少なそうに見えるが、自分の手に負えないものであることに変わりは無いのではないのか。危機的状況にあるというのに彼の頭には(まずいことになった。こいつはあの【受難の五日間<<ペインウィーク>>】の末席、【灰<<フレイムエンド>>】のメビエリアラ……)などと余計な文句も浮かんでいた。
 ライはメビエリアラに剣を向けて言い返した。逃げても無駄だし、弟の目もある。それに哲学問答なら得意だった。
「失せろ。人の命を何かのコストだと思っているような邪悪な存在に、俺は負けない」
 決まった、と思った。メビエリアラもほう、と感嘆を見せた。
「あなたを選んだ甲斐がありました。あなたはとっても……」
 時間伯爵と言いウォレスと言い公騎士と言い、自分の演技に対して好意的だ。世界は案外優しいものなのかも知れない。
 それにしても、とライは考える。この女はなぜ自分などに絡んで来るのだろう。
 その疑問を読んだかのように、メビエリアラは言葉を続けてきた。
「私はもう人生の目的を果たしています。完全に。もはや後は消化試合。余った命を、私は何に使おうかと考えました。答えは出ました。これまで出会った中で、私の命から最も大きなエフェクトを受けそうな人物は誰か」
 メビエリアラは近づいてくる。ライは剣を持つ手が震えるのを感じた。怖いと言うより、剣を持つ手がそろそろ疲れてきている。
「あなたに一つ、プレゼントを差し上げましょう。『勇気』です」
 (勇気? 何のことだ?)(ウォレスの七片は『希望』……『希望のランプのオリジナル』)(メビエリアラのは、劇中では確か『虚妄石』だったはず)(勇気……【勇気<<シャイニングハート>>】ということなのか?)(違うのでは?)
「俺は負けない! うおおおおおお!」
 そう叫んで飛び出したのはライではなかった。ペテロだった。メビエリアラに向かって駆けていく。彼は【致命的な小枝<<ミストルティン>>】。
「あっ、馬鹿――」
 ライの反応は間に合わなかった。メビエリアラはタイミングを合わせて踏み込み、近づく子供を思い切り蹴った。つま先がペテロのわき腹に刺さる。ペテロはゲッと息を漏らす。そのまま真横に吹き飛び、石畳の上をごろごろ転がる。
 ライの頭の中を渦巻いていた言葉が消え失せた。


 何がどうなったのだろう。
 ライは弟を傷つけられて、その安否を確かめるよりも前に逆上してしまい、メビエリアラに斬りかかった。
 そして気がつくと、メビエリアラとの戦いは終わっていた。
 メビエリアラを見る。狂女は仰向けに倒れていた。
 勝てたのが不思議だ。ライの剣に彼女は精霊で応戦したが、不思議と彼の攻撃ばかりが当たった。ライも無傷では済まなかったが。
 逆に、メビの攻撃はライの剣でほとんど弾き返した。剣はまるで、精霊の動きを予測しているかのように動いた。いや、逆なのかも知れない。
(死んだのか……)
 メビエリアラは穿たれた胸と背中から血を流していた。死んでいた。微動だにしないが、目は開いていた。大きく。空を見て驚いているかのように。そしてまだ笑っていた。
 刺したのはライだった。剣を伝ってきたヘレン教教師の血は、彼の手を汚した。
(殺したのか)(俺は変わったのか)(一線を越えちまったのか)(ぺテロになんて)(ヒーローソードから、ブラッ……うっ)
 頭が痛い。吐き気もする。気持ち悪い。手も洗いたい……
(ペテロ)(ペテロは……さらわれてしまった。鷹に乗ったウォレスに)(弟の命が惜しければ虚妄石を持って来いとか言ってたな……)
 その石は彼のすぐそばに転がっていた。刺される間際、メビがわざと落としていた。
(馬鹿にしやがって)(こんなことまでして人を茶番に付き合せようってのか)(さながら俺は悲劇に魅入ら)(うっ……)
 複数の感情が混濁する。怒りとも絶望とも苦痛ともつかぬそれは、ライの心を激震で満たした。叫ぶ。
「うああああああああああ!」




 ライが叫んだ後に少ししてから、インカネーションの数人が来た。彼らはライや虚妄石には目もくれず、メビエリアラの遺体を回収してしまった。彼女自身の指示だった。
 その時点ではまだメビの腹はふくらみ始めたばかりで、異変に気づいた者はいなかった。


[664] 2012/06/26 03:29:39
【リオネ:27 "幻の叡智"】 by クウシキ

『君たちの言うところの、神だ』
自らを「ジーニアス」と名乗った存在はそう言い放った。
すみれさんも、一瞬の強い光で目を覚ましたようだ。


神。

神、ねぇ。




『私は君達に契約を申し入れたい。その対価は、我が叡智の全て。
 受け入れるか?』
「そうねぇ、ジーニアスさん。契約の前に、幾つか質問してもいいかしら。」
『当然だ。君が望むなら、何でも答えよう』

「一つ。貴方が私達三人を此処に呼んだの?」
『そうだ。私が君達をこの場に導いた』
「一つ。貴方の実体は何処?」
『私は何処にも存在しない。故に何処にでも存在する』

「一つ。契約の意図は?」
『この街は今、大きな混乱と暴虐の意思に支配されている。
 連鎖の中心に居る人物を討ち、これを止めてもらいたい』
「一つ。その人物とは、具体的に?」
『絶対零度の刀匠、リューシャ。
 日出る処のサムライ、カラス。
 混血の異端児、アスカ』

「では、最後に。私の義肢会の会員番号は?」
『……それが何の役に立つ?』
「いいから答えて。
 あと、私が今持ってる精霊繊維用高濃度精霊の試験管の数。
 私が着けてる黒髪ウィッグの毛の本数。
 それと、鳥人の翼[ハルピュイア・ユニット]に残っている羽根の数。
 今直ぐ答えられます?」
『……』
「うん、まぁそんな所ね。
 それじゃあ数えてみましょうか」

リオネは鳥人の翼[ハルピュイア・ユニット]を装着し、空に向けて矢羽を無数に撃ち出す。
同時に増殖しきった姫荊の種[アルラウネ・ユニット]の蔦を地に巡らせながら
千手の腕[ヘカトンケイル・ユニット]で人の形をした光の塊に殴りかかる。
光の塊には触れられなかったが、空間が一瞬揺らぐ。

「レスト! すみれ! ここは幻術空間[ファンタズマゴリア]よ!
 ちょっとでも変な壁や床や空間があったら、そこを全力で叩いて頂戴!」

======
すみれが思い切り叩いた、何も無さそうな空間から、罅が入り、亀裂が走り、そして一気に割れた。

そこにあったのは、腰の高さ程の円柱の上に乗った、
魔法陣が描かれた円状の底面と、それを透明な半球が覆う、手のひら大のオブジェだった。


「大体、突然『神』とか言い出す輩は信用出来ないわよねぇ。
 よく分からん広さの空間とかよく分からん声の出処、暗示を掛けるような光の演出。
 こんなことが出来るのは、『本当の神』か『幻術』のどっちかよ。
 
 『幻術』ならば、幻術を使っている者が答えられず、私達の表層心理を映しても不明な質問、例えば、
 私達が記憶に残していない、かつ確実な答えのある質問をすれば、大体見破れるわ。
 本当の『神』ならきっと、さっと答えてくれるでしょうし、
 そうでなければ、幻術を利用してこちらの思念も実体化出来るわ」

いまだボロボロの姫荊の種[アルラウネ・ユニット]を掴みながら、誰が聞いているのか、リオネは一人ごちる。

------
[叡智の地図]
全てを識る精霊、ジーニアスに繋がるとされる半球状のオブジェ。
物語の七つの欠片の一つ。


[666] 2012/06/26 04:39:27
【観測者004:7】 by THEKI


私は絶えず世界を観測していた。
だから、私は観たもの全てを想起できる。
つまり、私は如何なる過去にも歩いて行ける。

私は世界中に五感を持っている。
しかし、私は人の心を観る事はできない。
よって、私は如何なる未来にも到達できない。


彼は知っていた。私の欲望を。
自分には観ることができない「未来」が観たい。このリリオットの。
彼は教えてくれた。私の解法を。
未来を観ることができないのならば、演じればいいのだ。自らで。

あの日あの時、私はサルバーデルの誘いに乗った。
彼の持ちかけた計画は、お互いにとって非常に魅力的なものであった。
私は彼に、ジフロマーシャの有する【核融合炉】の起動技術を。
彼は私に、【核融合炉】によって産み出される未来を、
もしくは、その未来を打ち破らんとする英雄が産み出す、また新たなる未来を。

私としては、この街が冥王毒の炎に包まれようが、それを誰かが阻止しようが、
はたまた予想外のヘンテコ結末が訪れようが、どうなろうがどうでもよかった。
いずれにせよ、まだ誰も観た事のないリリオットの街の姿を観ることができるのだから。

=========

【核融合炉】の起動陣(──ジフロマーシャの研究員は『スイッチ』と呼んでいた)を
動かし始めた時点で、私がやるべきことは全て終わった。
私は役者となった今も、観客であり続ける。舞台が消えたあとも、観客であり続ける。
あとは思うがままに、未来の動きを観るだけだ。


首謀者のサルバーデルは、全てを見渡す場所へと向かったようだ。
空間上を直線的にしか観測できない人は不便だな、とつくづく思う。

…いや、「全てから見渡せる場所」というべきか。なるほどね。楽しそう。
各演者はそれぞれ、自身の暗弦七片を持っている。
英雄がサルバーデルのそれを求めてやってくるのならば、よく見える場所の方が都合もよいだろう。

でも私は、役者として舞台の前の方に立たないと観えないものもあるということを知ったから。
ひとまずは、観客たちの顔でも見に行こうかしら?
鉄の竜と鉄の少年、そして彼の持つ【歯車】と共に、本日の目玉演目「偶像のパレード」へと向かう。



私はあなたの全てを観てきたわ。今までも。これからも。
ねぇ、リリオット、教えてよ、

あなたは今、何を観ているの?
 


[667] 2012/06/26 07:05:52
【ダザ・クーリクス:39 大教会での決戦】 by taka

ダザは精神汚染の恐れがある霧の情報を伝え、近づかないように住民達に注意した。
幸い、顔見知りも多かったため、住民たちは納得してくれた。
「わかったよ、ダザ。アンタが言うなら信じよう。一応、安全のためにこいつ等は縛っておくからな。」
そう言うと、住民たちはインカネーションを縛り始めた。
「しかし、この空の暗さはなんなんだ?もう昼が近いというのに。」
それはダザにも分からない。何が起きているんだろうか・・・。

インカネーションや住民を回復させたマーヤが、ダザの顔をじっと見る。
「やっぱり、あの時はいつもの貴方じゃなかったんですね。安心しました。
 またご飯食べに来てくださいね!」
「あ、あぁ。」
ダザが頷くとマーヤは笑顔を見せて去っていった。

俺ではないが、俺がやったことには変わりない…がな。

*

ダザは誰かに導かれるように再び走る。
急げ、時間がない、間に合わなくなる。誰かがそう言ってる気がする。

ダザは特殊施療院の近くまで来ると、大教会が濃い霧で囲まれていることが分かった。あそこか!
ダザは教会に急ぐ。

*

教会の中に入ると、中は異様な光景が広がっていた。
暗い教会内は蝋燭の炎によって照らされている。
椅子に座らせられた子供とシスター達。いつか見た、子供と白髪のシスターもいた。みんな寄り添い、怯え、泣いている。
それを見張るフードの男が2人が武器を構えている。

そして、ヘレン像の前にある祭壇の上に座っている、両腕両脚が義足の男。
男の義肢は赤く血に染まっていた。
祭壇の下には霧を発生させる機械が置いてあり、教会は濃い霧で充満していた。

「やぁ、遅かったね。」
「俺を呼んでいたのはアンタか。」
「そうだよ。この霧を使った精神感応網だ。これで何人か釣って遊んでたんだ。」
周りを見ると、公騎士やエフェクティブなどの死体が転がっていた。

「で、なんだよ。この子供達は?」
「ん?あぁ、将来有望なヘレン教の子供達にね、戦闘の楽しさを知ってもらおうかと思ってね。」
「はっ!よく言うぜ。単なる人質だろうが。」
「ククク、酷いなぁ。本心から言ってるのに。まぁ、いいや。・・・戦うんだろ?」

男は祭壇から飛び降りる。


「あぁ、人の精神弄んで、街を混乱させて、さらには子供を人質にし、自分の価値観を押してけるクソ野郎は」
ダザはブラシを構える。
「その根性、叩きなおしてやるよ!」

「ククク、見たところ新しい義足は軽量の精霊繊維型みたいだね。そんな貧相なもので勝てると思ってんのかな?」
「アンタの義足よりかは使いやすいぜ?」
「面白い。じゃあ、その性能見させてもらうかな?」

男は義肢を過剰駆動させる。回転音が教会に鳴り響く。
ダザの前の義足と同じような瞬速移動による攻撃。右義手で振りかぶり殴り込む。
が、殴る前にダザの蹴りが顔面に当たる。ひるんだ隙に蹴りの連撃。腹への渾身の一撃で男は後ろへ吹き飛ぶ。
「おせぇ。全然遅いぜ先生?」

男は、口から血を流しながらニヤリと笑う。


[668] 2012/06/26 13:18:23
【【アスカ 38 理由と、利用】】 by drau

「えぇお邪魔ですよぉ、去りなさいなぁ?」
「そう」
金髪の女が本当に去ろうとする。
「……いや、待ちなさい、貴方、パールフロストの、リューシャさんですよねぇ。プラーク顧問に会いに来てましたよねぇん?お話、お聞かせ願えますかぁ?」
女が踵を返した。向かい合う目に冷気を感じると同時に、二人の立ち回りは始まった。
刀剣と凍剣の擦りあい。路地での攻防。僅かな時間の後、猫目が舌打ちしながら後ろに引いた。
「口は災いの元。好奇心は猫を殺すわ」
「私はハートロストのトライアライランス。人非人の暗殺者。ジフロ本家に害の在りそうなものは消しておかないといけない。貴方は有害と判断しました。今、私の主観で」
「そう、私もよ」
「今は逃げます、全力で」
「逃がしはしないわ。そこのあなた」
アスカの事だ。
「狭い路地でその体は不利と思ってるの?小回りのきく猫を捕まえるにはむしろ丁度いいわ。その巨体を伸ばして、捕まえなさい、邪魔な壁ごと壊せばいい」
「だ、だよー!」
それを聞いたアスカが、壁や障害物を砕きながら腕を振るう。
「ばぁか!不意打ちならともかく。来るって解ってたら避けれるって言ったでしょうがぁぁ!」
なんなく避ける猫目。
「そうね。何処に避けるか解ってれば刺せるしね」
「…ぁん?」
猫の腹を、背後から侵入した刃が突き抜けた。
「し、まっ…」
刃が体内を昇っていくのを感じた猫が顔を歪める。
なんと言うこともない顔で女が刃に力を籠めようとした瞬間、巨体の剛拳が迫り、咄嗟に避ける。刃も猫から抜けた。
「やめて、だよー」
「……降りかかるなら斬るわ」凍剣をかざす。
「猫目さんもだけど、話を聞いて」
そういうとアスカは自分のお腹を殴りつける。遅くても自分には当てれるね、と呟いた。
巨体から精霊が放射される。凍れる獣達に吹き付けた。痛みはない、むしろ彼女達を回復させる。
「ボクの言いたいこと、伝わった?」
記憶の噴射。
「……なるほど。ダザの知り合いで、今は公騎士団と卿たちとを繋いでいる、と」
「見逃してくれる?」
「貴方はね。でも、そいつは駄目」
「くっ…」
「今ここで、殺さないでおく理由がないもの」と、刃を振り下ろす。
「だめ!」
女の放つ一閃が、盾代わりに突き出された路地の壁の瓦礫ごと、アスカの胸から腹までを袈裟切りにする。
傷跡は凍りつき、血も吹き出ない。
「……貴方の心は虚数?何故、庇うの」
「同じく、見捨てる理由がないもの」
「それだけ傷を付けられてるのに?」
冷ややかな目でアスカは見られた。別に、構わない。その目を覗く。
「勘違い、だよー。ボクは別に猫目さんに害する気はない。話せば話る。それにジフロマーシャの暗部に関わってる人なら、むしろ今の状況では、必要で、利用できる……だから、この人を殺さないで、だよー」
「……勝手になさい」女が剣を鞘に納める。
「勝手に話を進めないでくれますかぁ?二度ならず三度まで私を助ける気ですかぁん?笑わせないでくださいよぉ。…こっちは叩けば埃の出る身、捕まる気はない。……隠し玉!!」
猫目が何かを地面に投げ付けた。路地を白煙が包み込む。
視界が埋め尽くされる中、金髪の女は剣を構えた。煙の中、自分に近寄れば斬る。それだけだ。



煙が晴れると、猫はアスカに抱えられていた。
狭い路地の中で巨体を伸ばし、横を通り過ぎようとする所を捕まえたのだ。
「何処に避けるか解ってたら、抱き締めれるね♪」
「あっはっはっは!!普通、この状況だと警戒して少しは身構えてるでしょうにねぇん!ガードを捨ててまで体を開いて無防備になるとか…ばぁっかみたい!」
「きっと襲ってこないと思ったもん。猫目さん、…ううん偽猫目さん?ボクに協力して、だよー」

沈黙の後、猫が小さく鳴いた。


[669] 2012/06/26 14:00:30
【ライ:13】 by niv

 冗談じゃあない。
 かっこつけるのはもう十分やった。時間伯爵との会話だってある。ペテロに疑われることはもうないだろう。
 あとはその辺の車でも奪って逃げればいいはずだった。言い訳はなんとでもできる。

 ライはいつでも複数のことを考えていた。
 どんな危険のただ中にあっても、ライは自分がヒーローとして振舞う空想を現実の上に重ねるのをやめることはできなかった。そして、ヒーローとして考えても、ここでウォレスを追うのは愚策だ。
 ミスディレクション。
 手品師がよくやる手だ。観客の注意を引きつけておき、死角で手品を進める。
 あれだけ派手に出てきたのはそういうことだろう。【時間伯爵】が既に姿を消している。本命は【核融合炉】に違いない。あんな仕掛け誰も気づきはしない。あの演劇自体がミスディレクションという可能性はあるが、誰も知らない【核融合炉】では囮の役には立たない。向かうべきは第8坑道だ。街を救おうとする者はウォレスのところに向かうはずだ。【時間伯爵】を止められるのは自分しかいない。
(「たいしたマジシャンだな、ウォレス。もっとも、あんたは魔術師じゃなく手品師だったようだがな――それもたいしてうまくない」)
 だが、弟はほうっておけない。幸い、ウォレスの館と第8坑道はそれほど離れていない。弟を確保して第8坑道へ。


 走りながらライは、街のそこかしこにある伝言板にメッセージを残した。この混乱の中どれだけ効果が期待できるかはわからないが、伝言板に書かれた噂は信じられない早さで広まることがある。一刻も早く、という気持ちもあったが、ライは酒場でのウォレスを見ている。おそらく、あいつは自分と同じ、真性のかっこつけたがりだ。仮にミスディレクションの役を買って出たのだとしても、自分が到着するまで弟に危害を加えることはしないだろう。
 「時計仮面が、第8坑道の核を放つ」「『希望』を持つ者はウォレスの館へ」「わが手にヘリオットを」

***

 聞かれればエルフは答えたろう。だが、誰も聞かなかった。
 リリオットに配置された伝言板は、エルフたちが街に張り巡らせた【目<<オクルス>>】の1つだ。
 ここを通してエルフたちはこの街を見張っていた。
「見ろ、核だ」
「我らの盟約が汚された」
「人間たちは、我々に隠れて核を見つけ出し、研究していたのだ」
「悲しい」
「我々は残飯を食わされた」
「我らの名誉を残飯で汚された」
「最早ダウトフォレストにはとどまれぬ」
「悲しい」
 食事を断ち、厳しい苦行によって生きたまま精霊となったエルフにとって、「残飯を食わされる」というのは最大の屈辱と怒りの表現である。

「時計仮面、サルバーデルか。よそ者が何も知らずに禁忌に触れてしまったようだな」
「時間が惜しい。『ジーニアス』を全面解放しよう」
 ジーニアス。ダウトフォレストのエルフたちが夢を使って人間を都合よく導くために使っていた偶像だ。
「アルケー、『願い事の泉』にこんな書き込みが」
 ライがヘリオットを求めた伝言板は、書いたことが現実になると噂されている。
 実態は、そうした迷信を人間に信じ込ませ、知性の階梯を上るのを抑圧するために、エルフたちがたまに書き込みを実現するよう計らっていたのである。マックオートの両親も新婚旅行に来たときに「男の子なら英雄に、女の子ならお姫様に」とそこに書き残していた。エルフたちはこの願いを聞き入れた。マックオートの呪いに意味が見つからないのは当然で、ただ旅と冒険の運命を与えるためにエルフたちが用意したものだったからである。
 ライはナメられないように知識をつけていたが、学がない。急いでいる時などスペルミスが多くなる。ライの書いた「ヘリオット」は、「地獄の暴動」という意味に読めた。
「サルバーデル、あの粋を気取る猿風情が。エルフ流のユーモアというやつを見せてやろう」
 エルフの太祖は、数千年来見せたことのなかった笑みを見せた。


[670] 2012/06/26 14:01:40
【ライ:14】 by niv


「争いの手を収めよ、愚かものども!黒髪はヘレンを迫害したが、ヘレンが黒髪を迫害したことは一度もない!」
 リリオットを被う闇を引き裂いて、それよりも大きな人型が現れた。
 実際にはそこには何も存在せず、エルフたちがリリオット住民全員の頭に描き出したのである。寝ているものは夢の中に、地下にいるものには視界と両立する謎めいたヴィジョンとして、それは現れた。
「今こそお前たちがひとつになるときが来た。リリオットの未来のため、全員が力を合わせるのだ。数千年の昔から生き続け、ヘレンの遺産たるリリオットの壊滅を狙っていたヘリオット。その魔人がついに動き出した。セブンハウスを陰で操って弱者を弾圧し、またエフェクティヴを支配して多くの貴族を葬り、この街を支配してきた男。名をサルバーデル、時計の仮面でそのヘリオットの素顔を隠してきたこの男が、第8坑道に眠る【核融合炉】を解き放とうとしている」
 争いを中断させられ、一度敵を見失った群集に、エルフたちは統一された敵の姿を示した。時計の仮面の男はヘレン教にとって未だ憎むべきヘリオットであり、公騎士や貴族にとってはエフェクティヴの首領であり、エフェクティヴにとっては憎むべき貴族の頂点だった。
「さっきあっちで時計の男を見たぞ!」
「いやこっちだ!」
 動揺が走る中、ひょろっとして色白の、カエルのような顔のエフェクティヴが拳を振り上げた。
「これだけいるんだ、みんな手分けして探せ!」
 聞こえた言葉が納得に至るまでの僅かの時間を追って、エフェクティヴは続ける。
「今までこの街はリリオットではなかった! ヘリオットだった! 今日が、今日こそがリリオットの建国記念日だ!」
 地上が咆哮に包まれた。「ヘリオットを!」「ヘリオットを捕まえろ!」「俺たちの街を守るんだ!」
 エフェクティヴの男は最高に酔いしれていた。元々こういうのが行けるクチだったのである。

***

 ライもこのヴィジョンを見ていた。あまりに自分の幻覚かと思ったが、それは他の人の動きでわかる。
 これで、第8坑道は大丈夫だろう。その代わり、ウォレスのところには自分が行くしかない。

***

 時を同じくして、ダウトフォレストのエルフたちがリリオットへと全軍進撃を始めた。


********

 リアル時間で10時間後にはエルフの群れが街に着き、サルバーデルを血眼で捜し始めます。


[671] 2012/06/26 15:33:20
【ウォレス・ザ・ウィルレス 35 「古城への帰還」】 by 青い鴉

「古城への帰還……というには、あまりにお粗末な拠点に見えるじゃろうな」

 硬貨で出来たきらめく鷹が着地したのは、荒れ果てた庭園。薄暗がりの中、歩くウォレスの白いローブの裾を掴んで離さないのは、ペテロだ。あちこちが茨に遮られた庭園。手を放せばたちまち迷子になるだろう。
 鷹は鷹で城のてっぺんへと飛び立ち、そこで毛づくろいを始める。遅れてきた他の強欲の獣〔グリード・ビースト〕たちは、庭園に陣取って、迎撃の態勢を取った。

「小僧、名を何と言う?」
「ペテロ。致命的な小枝<<ミストルティン>>のペテロ」
「そうか。儂はウォレスという」

「……ウォレスさんは悪者なの? 英雄にして剣<<ヒーローソード>>の仲間だったんじゃないの?」ペテロが問う。
 その問いを聞き、ウォレスは背景を理解する。察するにライは、ペテロに嘘の手紙を送っていたのだろう。勝手に味方にされていたとは知らなんだが。
「ああ、紫色のウォレスは仲間じゃったとも。だが今の儂は白のウォレス。互いに敵同士じゃ」
「……兄ちゃんはきっと僕を助けに来るよ! <<ヒーローソード>>は無敵なんだ! いまのうちに降参したほうがいい!」
 ペテロはライを信じ切っている様子だった。いちいち誤解を解こうとは思わないウォレスは、そのまま庭園を歩き続け、門前に立つ。錠前に手をかざすと、門がひとりでに開いた。
 
「では、その助けとやらが来るのを待ちながら、儂らは優雅な一時を過ごすとしよう」
 門が閉まる。完全な暗闇が落ちた。
「ウォレスさん? いるの?」ペテロが怖がる。「まあ、見ているがいい」ウォレスが応える。
 ぽつりと、小さな光が現れた。ぽつり、ぽつりと。ぽつぽつと。それは大広間の輪郭に沿って一斉に輝き始める。闇の中に階段が浮かび上がる。

「綺麗……」ペテロが手を伸ばそうとするのを、ウォレスが止める。
「触れてはならぬ。お主も劇を見ておったはずじゃろう。『希望』は本来、ランプに入れて使うものではないのじゃ。それは武具じゃ。使うものに『炎熱』を与える、おそらく世界最古の武具。あのアーネチカが使ったかもしれぬそのオリジナルが、この城には眠っておる。いくら調べても、一体どれだけの太陽を貪り、溜め込んだのかもわからぬまま、永久光源となって光り続けておる。こぼれ落ちた欠片でさえ、これだけの光を発しておるのじゃ」
「それって……すごいものなの?」
「ああ。すごいものじゃよ。だから儂はその番人なのじゃろうと、そう思って生きてきた。このちっぽけな古城から離れられず、リリオットの地に住み続けたのもそれが理由じゃ」
 
「じゃが、今回の外出で、儂はダザに敗北した。死を知った。己が生まれ変わるようなあの感覚! 儂は確かに死んだのじゃ。そして白のウォレスに成った。もはや儂は御伽噺ではない。あの面倒くさいウォレス・ザ・ウィルレスではない。ただのウォレス!自由人のウォレスじゃ!」

 ウォレスはペテロを抱きかかえ、歓喜に満ちた表情で階段を駆け上る。城の上のベランダから城下を眺めて、ウォレスは言った。

「だから儂は、白のウォレスとして、今宵明白にリリオットの敵になろうと思う」


[672] 2012/06/26 16:04:32
【ヴィジャ:12 醜悪】 by やべえ

「団体行動が苦手なタイプ、ね」
 銅虎と共に観客の一人と戯れ始めたメビエリアラを見て、カガリヤは嘆息した。
 戦力的な問題もあり、この後は三人で行動する手はずだったのだ。
「彼女、死にますよ。武器は所有者を強くはしません」
「ええ。……けれど、それが敗北と言えるのかしら。彼女にとって」
「死は終わりです。勝つとか負けるとか、そういう段階の話ではないです」
 人は皆、やがて死に至り、終わる。勝利や敗北はどこまでも過程であり、敗北を与える重みと死を与える罪を比べることはできない。
 これもミゼルに教わったことだった。
「……ヴィジャ」
「はい」
「あなたの言っていることが正しいわ」
 カガリヤは普段通りに抑揚の無い声で言った。
 ヴィジャはミゼルが褒められたような気がして、ちょっと嬉しくなった。
「行きましょうか。パレードが始まる頃合いよ」
「そうですね」
 二人を乗せた鉄の龍がリリオットの空へ飛び立つ。
 夜の風は冷たかったが、ヴィジャの身体はそれ以上に冷えていた。

 精霊採掘都市リリオットを北から南へ縦断するパレード。上空からの眺めは、なかなか見ごたえがあった。
 カガリヤの忠告により一定の距離を保っての見物となったが、ヴィジャの紅く錆びた瞳は見た目に反して遠くまでよく映す。マドルチェの笑顔や偶像たちの楽しげな踊りがはっきりと見てとれ、蒼く迸る光や地面に伏す住人たちは幻想的ですらあった。
 しかし、パレードがまだ半分も進まないうちに、カガリヤがメビエリアラの死を観測した。
 まだしばらくメインストリートの上を飛んでいたかったが、しぶしぶ鉄の龍に旋回を命じる。もうあまり時間は残されていないのだ。
 目指すは北の大教会、である。

 *

 ヘレン教の最も象徴的な建造物とも言える大教会のステンドグラスを、ヴィジャは思い切り蹴り割って飛び込んだ。ヘレンを模した装飾硝子はけたたましい音を立てて砕け散り、色とりどりの破片が雨のように降り注いだが、ヴィジャの身体には傷一つつかない。続いて、カガリヤを乗せた鉄の龍が旋風を起こし乗り入れる。蝋燭の炎は全て掻き消えた。建物の中に充満していた濃霧が吹き起こる風に導かれ、リリオットの空へ吸い込まれていった。
「汚い、醜い、おぞましい。……この街は腐っている」
 巨大魔方陣の光が教会の惨状を照らし出す。
 転がる死体、呻き声を上げる子供、四肢を血に染めた男。
 教会を名乗るには無理のある光景だった。
「物語の方が、よほど綺麗ですね」
「それは当然。こんなものばかり観測しても、気分が悪くなるだけよ」
 その台詞だけ切り取れば、聞く者には二人が一昔前の英雄譚で主人公のもとへ駆けつけた仲間のように感じられるかもしれなかった。しかしヴィジャとカガリヤは、別に正義の味方を気取っているわけではない。役者を演じている間は『リリオットの全てが敵』なのだ。
 彼らは悪意も善意も区別なく滅するだろう。
「さっさと掃除しましょう」


[673] 2012/06/26 19:26:37
【オシロ36『常闇の終わり』】 by 獣男

茹で卵が、頭の先から割られるのを、もし内側から見ていたとしたら、
そんな風に見えたかもしれない。
街を覆った『闇』のドームは、その天頂から静かに崩れ落ちていった。
巨大な明り取りの窓のようなその光が、何を意味するものなのか、
ほとんどのエフェクティヴは知らされていたが、それを即座に受け入れられた者は、
けして多くはなかった。

「持ちこたえろ!必ず、必ず将軍達が常闇を率いて帰って来る。それまで・・・」
「命令を忘れたのかー!撤退だ!この戦いは失敗したのだ!
次の作戦の為に、何としても生き延びろ!無駄死には許さん!」
街とレディオコーストの境界で交戦するエフェクティヴ達の後ろでは、
重ねて失敗を知らせる合図である鏑矢が、狂ったように射鳴らされていた。
「俺は最後までここを守る!誰が逃げるか!」
「俺も残るぞ!まだ立ち直せ・・・、ぐわぁー!」

喧騒鎮まらない中、街を蹂躙した『闇』は、
その全てが灰となって、うず高く積み上がっていった。
高度な中継回路によって制御された精霊兵器といえども、
その源となる『精神』を失っては、
一秒たりともその機能を維持することはできなかったのである。

かつて常闇の精霊王と呼ばれた人間が、
核の冬と恐れられた無尽の灰と精霊から作り出した、世界を覆うほどの『闇』。
バラバラに散らばった不滅のそれが、いずれまた集結し神霊となるまでには、
それからおよそ、1000年もの歳月が再び必要だった・・・。


[674] 2012/06/26 20:03:58
【ソラ:32「劇、見に行きたかったなぁ」】 by 200k

(ソラが夢路に糸を食べられてから少し後)

「あーあ、呆気ない幕引きね」
 神霊が消えた洞窟の中に少女の声が響いた。えぬえむ、マックオート、ソフィアの3人を、羽根のような耳をした少女が見下ろしていた。少女の全身は緑白色に発光し、黒蛾の一群を率いている。
「ソラ!」
「そうやって自分たちに都合の悪い物は摘み取って、都合のいい物は刈り取って、あなた達人間達は本当に傲慢。平和を望む者達に武器を振るい、あらゆる物を奪っていくのだから。彼だって、ただ精霊の言葉に耳を傾けただけなのにね」
 ソラはマックオートの呼びかけに答えることなく話をする。
「闇の王は消え、街を覆う闇の帳は消えた。しかし、夜はもう訪れている。闇の時間はまだ終わらないわ。いいえ、本番はこれから」
 ソラは先ほどまで神霊が吊るされていた虚空に手を伸ばし、そこから一本の弓を取り出した。
「あなた達が見て来た精霊はみな偽り、本当のセイレイはエイエンの中にある。そして、人間達への憎悪もまたエイエンに積み重ねられていっている……。憎しみは地の奥底に染み込み、水となって流れ、樹となって枝葉をつけるの」
 ソラはマックオートのすぐ目の前まで翼を羽ばたかせて近寄ると、目線の高さを合わした。
「お前達への恨みは忘れていない、英雄の名を冠して私の家を、故郷を、家族を奪った傭兵ども!私の……私たちの憎悪を受け取りなさい……」
 ソラはマックオートのおでこに口づけをすると、黒蛾に包まれて姿を眩ませた。
 その後、神霊の上に見える空から声が響いた。
「それは『死の印』、あなたはあと数日で死に至る。それが嫌なら私の所まで来るのね。時計塔、そこで待っているわ。そこでしましょう……殺し合いを」
 遠くからかすかに聞こえる翼の音が遠ざかり、ソラの気配は完全に消えた。
 神霊の裏側には手を縄で縛られたまま眠る夢路が横たわっていた。

====

スキルに変更があります。
「かばんで防御」→「憎しみの弓」(名称変更のみ)
「月明り」→「黒蛾と死の口づけの魔法」(名称変更のみ)
「夕焼け空」→「熱と魔の力の解放の魔法」(名称変更のみ)
「夜明けの光」→「渇きと精霊隷属の魔法」(名称変更のみ)
それ以外はMHPが56になること以外データもプランも変わりません

少し時間を置いてから決闘しましょう!決闘!


[675] 2012/06/26 20:52:29
【ソフィア:40 うしなわれたもの と 失うもの】 by ルート

オシロが、神霊が、情報へと還元され消えていく様を、ヘレンは見届けた。
その後に訪れたソラの宣告を、彼女は新しい戦いの予兆と捕らえた。
だが……ヘレンがこれ以上の戦いを続けることは、無理だった。

「マックオートさん、大丈夫……ってちょっと、ソフィアまで?!」

糸が切れたように、ヘレンはその場に倒れ伏す。
満身創痍だった。休む間も無く敵を探しては戦い、傷ついて。気を抜くと意識を失い、そのままニ度と目覚めなくなりそうだ。
けれど、今は死ぬ前にやることがある。こちらを見下ろしてくる仲間達に、手を伸ばす。

「えーでるわいす を わたしに。このからだを そふぃあに かえさないと」

この戦いの最中に、少しずつ思い出してきた。解放されたマルグレーテから溢れた情報、その中にあった"ソフィア"を、魂とエーデルワイスが少しずつ拾い集めることによって。
あとはほんの少し強く、魂をノックしてやればいい。
落としたエーデルワイスを、えぬえむが渡してくれる。ありがとう、とヘレンはまた微笑んだ。

「……追憶せよ」

刃を握りしめる。自らの来歴を追憶する。記憶の中の、ヘレンにとっての"わたしでないもの"、それを強く意識する。

「追憶せよ マルグレーテ」

不足情報はえぬえむの想起剣から補う。情報の闇をエーデルワイスが収集し、それがヘレンへと流れ込んでくる。

「追憶せよ リリオット」

それでも足りない生きた情報は、ソフィアが生きたこの街から得る。
街に刻まれた記憶を追憶させ、収集し、取り込み、継ぎ合わせる。

失われたもの、忘れられたもの、壊れたもの。
悲しみに、苦しみに、傷跡に、涙に触れて。
街の"喪失"から、ソフィアは自らを再構成する。


「銅貨の塔は崩れ落ち」

左手の中に銅貨が生まれる。握りしめれば、傷は癒えた。

「悲しみは忘れ去られ」

右手をかざせば、その中に精霊の欠片が生まれる。

「見えない時計が時を刻み」

カチ、コチ、カチ、コチ。どこからともなく針の音。

「断たれた義足は歩みを捨てて」

左足が、鋼と機械仕掛けに作り変えられていく。

「精霊の想いは砕けた」

散らばった人形の破片と灰が、彼女の中に取りこまれる。


失われたもの、目に見えないもの。ソフィアはその全てを糧として、魂で抱きしめる。
失うこと。それに抗う事。それがソフィアが自らの消滅の際、見出した世界との接点だった。
ヘレンが戦うように、ソフィアは失う。

「それでいい」

いつか全てを失うと知って、それに抗い続ける。

「それが、私。私は、ソフィア」

さあ、いかないと。根拠の無い予感が、私の胸の内にある。
街を飲み込む、大きな"喪失"の予感。それはきっと、すぐそこまで近付いているから。

========================================
ソフィア・エーデルワイス

性能:HP70/知5/技4

スキル:
・崩れた銅貨の塔/42/0/10 回復
・捨て去られた悲しみ/80/0/25 凍結 防御無視
・見えない時計/40/0/16 封印 防御無視
・断たれた義足/20/42/12
・砕けた八精霊/4/0/1

プラン:
1:相手が何も構えていない時、プラン内の「攻撃力/防御力/残りウェイト」の値は0とする。
2:相手の知性が1なら「見えない時計」。
3:自分のHPが「相手の攻撃力+技術*(25-残りウェイト)」より高ければ、「捨て去られた悲しみ」。
4:自分のHPが「相手の攻撃力+技術*(16-残りウェイト)」より高ければ、「見えない時計」。
5:相手の攻撃力が69以下かつ「自分のHP+42」以下で、凍結でなく、防御無視で、残りウェイトが10以上なら、「崩れた銅貨の塔」。
6:相手が何も構えておらず、相手の最新同時選択スキルの行動ウェイトが1なら、「断たれた義足」。
7:相手が何も構えていないなら「砕けた八精霊」。
8:相手のHPが「(4-防御力)*残りウェイト」以下なら「砕けた八精霊」。
9:さもなくば「断たれた義足」。


存在しないもの、失われたものを魂に抱いたソフィア。
偽・精霊王。賛美なきヘレン。道化。
いつか失う全てのもののために、今は前へ。

========================================


[676] 2012/06/26 22:02:05
【マックオート・グラキエス 46 終わりを迎える前に】 by オトカム

ソフィアが神霊を腐らせ、3人の剣の一閃により神霊は跡形もなく消え去った。
空に広がる闇も、一瞬にして消えていく。

<ソラ:32まるごと引用>

その後、ソフィアが剣の力によって最後の命を燃やそうとしていた。
しかし、マックオートは死の印を受け、ソラの言う事なら数日で死に至る。
完全に失念していた。マックオートは恋心でふわふわしていたために、ソラの過去を完全に忘れていたのだ。
(俺はどうすればいいんだ・・・ジーニアス・・・?)
(ジーニアスなんてものがあると思うのか?)
ソフィアが握る剣から不意に声が聞こえてきた。
「その剣・・・触ってもいいかな?」
マックオートは答えを聞く前にマルグレーテと呼ばれる黒い剣を、半ば奪い取るように握った。
『いいか、ジーニアスなんてものは偶像だ。』
今度はハッキリと聞こえてくる。
『ダウトフォレストでソフィアがエルフと話をしてきたことは聞いただろう。
 いいか、ジーニアスなんてものは、そのエルフ達が人間を頭の悪い種族のままにしておくためのトリック。
 エルフがジーニアスのフリをして手のひらの上で踊らせていただけだ。』
(嘘だ・・・)
『まぁ、この時点で嘘か本当か見極めるのは無理な話だな。
 この街の伝言板代わりにされている建物に願い事が書いてあるのを見たことはあるか?』
(願い事・・・?)
『その中の願い事をエリフが見、それをジーニアスの名目で叶えさせたらどうなる?』
(ジーニアスの存在が・・・しかし・・・)
『今のお前の状況を見ろ。闇を打ち砕き、街を救ったその姿はまさに・・・』
(英雄?)
『街を巡って伝言板を見て回れ。何を受け入れるかは、お前が決めろ。』
マックオートは駆けた。えぬえむやソフィアの声は届かなかった。

***

街のあちこちにある伝言板代わりにされた建物の壁を見て回る。
*ラペコーナいたずら要因募集中。興味の・・・・
*仲間急募!『f予算』に興味があって・・・
*お願いジーニアス!3/24は晴れにして!
*ジーニアス様、私の弟を病気から癒してください・・・
ジーニアス、ジーニアス・・・伝言と同じくらい、願い事も書かれている。
そしてついに見つけてしまった。
*男の子なら英雄に、女の子ならお姫様に
それはまぎれもなく両親の筆跡だった。かつての記憶が蘇ってくる。
─いいか?お前は立派な英雄になるんだぞ。父さんがそのためのいい剣を打ってやるからな─
まさか、まさか・・・
この街に導かれた奇跡、剣の奇跡、強大な敵を打ち倒した奇跡・・・
それは全て茶番だったのだ。
今までの自分は意志もなく、ただ好きなように動かされていた操り人形。気づかなければ幸せだったのかもしれない。
マックオートは両手を握りしめ、叫んだ。多くの人が振り返ったが、どうでもいい。
その後、ソラと見ると約束した劇を見ても、心を動かすものは何もなく、
リリオットを滅ぼすというウォレスの言葉も、それを確信させる偶像の行進を見ても心を動かすことはなく、
ただただ思いにふけっていた。

今の自分が、本当の自分が、何かできないか。
愛するソラのために何かできないか。
たとえ力がなくても、導きがなくても、奇跡がなくても、何か、と・・・


[677] 2012/06/26 22:06:07
【カラス 26 心変わり】 by s_sen

カラスは、リリオットの街の時計塔に向かった。
そこは、遠くを見渡せそうな場所だった。
かつて、カラスも訪れた事があった。
そこから昇る鮮やかな朝日と夕日は、街では格別の風景であった。
サルバーデルが、それを勧めてくれた所だった。
そして彼と、密かに約束をしていた。
劇の後にここでまた日を見ようと。
もしかすると、彼の居場所になっているかもしれない。

その途中で、時計館"最果て"の仕事仲間と出会った。
小さなリボンをつけた年少の女の子だった。
彼女はとても焦っていた。カラスと同じように。
「ああ、カラスさん。カラスさん…」
「どうしたんだい、私にわけを話してごらん」
カラスもできるだけ、落ち着いて彼女に聞いた。
「…あのひととお友だちを、助けてほしいの」
「あの人…サルバーデル様のことかい?」
少女は少し間を置いてから、何度もうなずいた。
「あのひと、ここに来る前から、ずっとお友だちがいたの。
でも、でもね…いなく、なってしまったの」
彼女はよほど慌てているのか。カラスには話の内容が理解できない。
「なるほど」けれども、耳を傾けるようにした。
「いなくなってしまったけど…『お墓』がある。でもね、本当にそこに入ってるのは…」
「…」
二人はしばらく黙った。
「あのひと…」
そして彼女は、ぽつりと言った。そして、しくしくと泣き出した。
「分かった。君のためにも、サルバーデル様と他の仲間の皆は必ず助ける。
とにかく、これを被って安全な場所に隠れていてくれ」
カラスはそう言って、少女にソールの衣を渡した。
衣に準ずる力なら、この明るさがあれば何とか捻出できる。
それほどまで、魔が立ち込めていたのだった。

カラスは時計塔を登った。そのたびに、外の喧騒の音が強まってくる。
街には徐々に狂気が広がっていた。
ここは、まだ静かでいた。

彼は、いた。リリオットで最も高い場所へ。
「やはり、来てくださると思っていました」
仮面の姿はそのままだったが、以前とはまるで違った表情で、カラスは彼に見つめられた。
「私を幽霊だと思うのなら立ち去りなさい。さもなくば声を挨拶なさると良いでしょう」
カラスは剣を掲げた。劇中での、騎士の挨拶であった。
「素晴らしい劇を、ありがとうございました。
私をこの舞台に立たせていただいたことは、真に感謝いたします。
ですが…今は…」
「ご覧ください、リリオットの全景を。街は今や色とりどりの光に包まれています」
夜だというのに、明るい街中。
それとは別の光を放つパレード。
獣たちの吐く炎の息。
それに混ざった人間たちの狂気。
「サルバーデル様…なぜ…このような…」
カラスは、しぼり出すような声で話しかけた。
彼の顔はというと、狂気に染まった街を見下ろす嬉しさ…
というよりは突き刺すような悲しさをたたえていた。

「解りません。あなたのような方がどうして、こんな事を……」


[678] 2012/06/26 23:52:48
【夢路33】 by さまんさ

夢路とカガリヤの複合能力である精神感応網はまだ生きていた。夢路の胃袋に飲み込まれたソラの精神も精神感応網に吸収された。このネットワークはソラの能力によってさらに進化した。精霊の言葉を理解したことで精霊を繋ぐエネルギー糸が視覚化。アクセスした人間はリリオットの正確な精神地図をロードできるのだ。


〜〜〜


ソラはリリオットの町を歩いていた。

町の様子は変わっていた。炎を吐く竜に異形たちのパレード。
住民たちの殺し合いもまだ続いていた。

「うーん。私、元の体に戻れるのかなぁ…」

北へ南へ。
そしてソラは、太陽に最も近い場所に向かう坂道を上っていた。
もちろん今は太陽などなく藍色の闇に月が輝いているだけだ。
ソラは『希望』のランプを持って坂道を歩いていた。
すると、
「ない、ない・・・」
道の端で這いつくばっている人がいた。
何かを探しているように見えた。
「あの、落とし物ですか?」
そう言ってソラは声をかける。
女性は立ち上がると、
「ええ。とっても大事なものを落としてしまって・・・」
女性は独創的なバランスで黒髪を2つにまとめていた。ソラを見てニコッと笑った。
「コインのたくさん入った袋を落として中身をぶちまけてしまったのよね。頑張って拾ったんだけど、どうしても銅貨1枚だけ見つからなくって」
「銅貨、1枚?」
「そうよ。もう何日も探してるのに…」
「わかった。私も手伝うよ!私ランプ持ってるから、きっとすぐ見つかるよ!」

しかしここは坂道。丸いコインだし、ずっとずっと下まで転がっていった可能性もある。
(もし遅くなったら、二度と自分の体に戻れないかも…)
そんな根拠のない不安もよぎったが、目の前の困っている人を放っておくのはよくないと思った。
「私、下の方から探すね。あの、・・お姉さんは、上の方から探してね。もしかしたら道を逸れて岩場の方に落ちてるかも。もしかしたら砂の中に埋もれてるかも。」

そうやって二人で一生懸命探した。
いつの間にか月が空のてっぺんを越えていた。

「あった!!あったよ!」
ソラの『希望』が、岩と岩に挟まった小さな小さなコインを見つけ出した。
女性は飛び上がって喜んだ。
「ありがとう、ありがとう、ソラ」
女性はその小さなコインを大事に大事に袋にしまった。そして、その袋からまたコインを取り出すと、
「あなたにあげるわ。」
と言ってソラのポケットに突っ込んだ。

「え…大事なものなんでしょ?」
「フフフ。これは不思議なコイン。人にあげてもあげても減らないのよ。だから、あげればあげるほどどんどん増える、魔法のコインなの」
「へぇー、すごい。」

女性はソラの手を握ると、
「さよなら。短い間だったけど、あなたとの出会いはきっとヘレンの導きね」
そう言って背を向けて坂道を上りはじめた。
ソラは泣いていた。涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃになっていた。
堪えきれず叫んだ。
「――ヒヨリぃ!!」
母が言っていた。死んだ人の名前を呼んではいけないと。その人の魂を縛ることになるから、その人が無事太陽にたどり着くまでは呼んではいけないよ、と。だから我慢していたのに。
ヒヨリは振り返った。
「また会おうね、ソラ」
約束。
「ずっと未来に。あなたが大人になって、子どもを産んだり、いろんな仕事をしたり、いろんな人と出会ったりして、おばあちゃんになって、それから―――ずっとずっと未来で。会おうね」
ソラは頷いた。月はもうすぐ沈む。


[679] 2012/06/26 23:55:29
【【こもれ火すみれ 真第9話 「世間話! 世間は着々と終わりに近づいているのに!」】】 by トサツ

気絶から目覚めたわたしは、レストさんの背中を離れました。
道中は長く軽い話題もつきた頃。
同行するリオネさんがチラチラとこちらを眺めたとおもうと、一息つき、私に話しかけたのです。

「それでその、なんだっけ?……ホーリー・ヴァイオレット?はどうしてそんな格好してるの? イカレてるの?」
「しょ、正気です。正気だけど、わけあってこういう格好しています。そ、そんなに恥ずかしい格好でしょうか…」
「どうだろう。わたしはそんなの着て外歩けないなあ。レストはこの格好どう思う? かなりヤバイだろ?」
「ノーコメントとさせてもらいます。わたしには心がありませんから」
「逃げんな!」

「しかし、ホーリー・ヴァイオレットじゃ長いわねえ。うーん、ヴァイオレット……そう、ヴァイオレット転じて”すみれ”ってあだ名はどう? 可愛いでしょ、女の子の名前みたいだし」
「は、はあ、ちょっと野暮ったくないかな…と……思いますが…」
「わたし、ホーリー・ヴァイオレットさんのほかにも、すみれさんというお知り合いがいるのですけど」
「へ、へえそれはまた偶然ですね! じゃあ、すみれというあだ名はやめて別のにしま」
「これも何かの縁ですし、親しみを込めてヴァイオレットさんはすみれさんと呼びましょうか」
「あ、そうっすか……ありがとう…ございます…」


[680] 2012/06/27 00:01:45
【えぬえむ道中記の35 迷彩】 by N.M

「四つ。」

リリオットからやや離れた丘の上。

男がつぶやく。

***

精霊王は跡形もなくなった。
常闇は潰えた。
そしてそこにはソラがいた。

しかし、あの時「えぬえむ」と呼んでくれた。優しい少女の姿は微塵もなかった。
憎しみに囚われた、不合理な感情を持って。

今の自分なら憎しみごと砕けるかもしれない。
だが、砕いてしまっては救えない。

などと考えているとソフィアがくずおれた。
ヘレンが限界に近づいているらしい。

取り落としたエーデルワイスを返す。
握りしめたエーデルワイスの刃をマルグレーテの刃と交える。

黒髪の癒師の記憶が。
幽閉されし少女の記憶が。
破滅呼ぶ時計の男の記憶が。
業持つ清掃員の記憶が。
精霊王の記憶が。

そして、螺旋階段の主の記憶が。

ソフィアを、ソフィアたらしめる。

***

(うわーソラって肉食系だなー濃厚な口付けだぜ)
(あんたの情報が死の呪いだと告げてんだけど)

(ジョークも情報の一つだ。…ジーニアスねぇ。あれ嘘っぱちだ)
(何言い始めてんのよ突然)
(いいからマックのヤローに渡せ。奴には情報が必要だ)

ちょうどマックオートが近づいてくる。触ってもいいかと訊かれたので何気なく渡す。

どうせ持たずとも直結してるのでマルグレーテと交信を試みる
(何話してるのよ)
(まぁヤツが悩んでたようだからな)
(どういう風の吹き回し?)
(ソラを救うにはヤツがうってつけ。それだけのことだ)

マックは何を思ったか駆け出した。
放り出されたマルグレーテを拾う。

その頃にはソフィアも起き上がっていた。

***

「これからどうしよっか」

(ぼさっとしてる暇はないぞ。暗弦七片。核融合炉大爆発。市民の暴動)
言葉に圧縮された詳細な情報。それはリリオットの破滅への道を示していた。
(最善はここから逃げ出すことに思えるけど?)
(抗うこともなくか?)
(まぁ止められるなら止めるに越したことはないけど…)
(歩きながらでいい。思考せよ。全てに抗う一閃を)

***

「…えぬえむ?」
ソフィアが心配そうにこちらを覗き込む。
「ソフィア…?」
「ええ、私は、ソフィアよ」
「……っ!!」
それ以上言葉は出なかった。抱きしめるというより、抱きつく、その感触。
それは、とても暖かくて…

「何やってんだ?」
男の声に我に返る。あわててソフィアから離れる。ソフィアも心なしか照れている。
「…って…ウロさんじゃない。こんなところで何を?」
「神霊を掘ってたんだがな…まぁもう無くなったようだな」
「ごめんなさい…」
「気にすんな。ここはあらかた掘り尽くしたし、次の山を探す頃合いだ」
「そう…じゃあ一緒に下山する?」
「そうだな」

***

「何か手を縛られたまま眠ってる人がいるんだけど」
「あれ、これ夢路さんと言ったっけ?」
「マーロックの秘書やってたぞ」
(こいつバクだからなんか特殊なもので捕縛したほうがいいぞ)
四者四様の反応。
「あの赤い糸ある? ちょっと借りてもいい?」
「いいけど、一体何を?」
「まぁ彼女もエフェクティヴだろうし念のため、ね」
きっちり縛ってウロに渡す。
「何で俺が」
「あの時の趣向返し。それと、放っといてなんかあったら目覚めが悪いし」
一行は山を降りる。鉱山の危機は去った。今度はリリオットの危機である。


[681] 2012/06/27 00:06:29
【ダザ・クーリクス:40 魂はそこに】 by taka

「随分と余裕そうじゃねぇか。」
笑った先生にダザは言い放つ。

「余裕?そんなモノはないよ。もう手遅れだ!
 劇は既に終わり、パレードが始まっている!終焉の始まりだ!」

劇?確かに今日劇をやるとかは聞いたが、それは夕方だ。
今はまだ昼のはず・・・。

「なっ!?」
窓の外を見たダザは驚愕する。
外は相変わらず暗い、しかし、それは闇のせいではない。
月が昇り星が見える。つまり、今は夜!?

「どういうことだ!なんで時間が!?」

「これが時間伯爵の力だ。覚えがないかい?集中したときに時間が長く感じたり、短く感じたりすることを。
 今日が何日か分からなくなったことは?似たような出来事に会った事は?
 時間伯爵はそういう時間の流れを操ることが出来る。」

「何だその時間伯爵っていうのは?」

「時計館の主であり、最悪の魔術師だよ。詳しくは知らないけどね!
 あそこにある中身が見えない砂時計だけが真実の時間を示してるらしい。胡散臭い話だ。
 だが、実際にこうやって時間が変動した。ペルシャの婆さんが言ってた通りだよ!」
先生は嘆くように叫ぶ。
「つまりは、全てはアイツの掌の上ってわけだ。そして、今度は核融合炉で全てを終わらせるつもりだ。
 だからこそ、最後に自分の望みどおり戦いたかった!だから、君を急がせた!
 しかし、全部無駄だ!時間はもう残されていない!
 僕では物語の最後にふさわしくないらしい。」
そういうと、先生は座り込む。
「ということで、僕は足掻くのを辞めるよ。・・・けど?君は足掻くんだよね?」

当然だ!そう言おうとしたとき、口から血があふれ出す。限界が近い。
しかし、ダザは先生を睨む。諦めないことを意思表示する。

「なるほどね。意志は硬く、願いは重いようだ。ならば、君にこれをあげよう。」

先生がヘレン像に手を伸ばし、なにやら操作をする。
すると、礼拝堂の床が開き、下から棺が現れた。
棺は上昇を終えると、自動的に蓋を開けた。中には長い青い髪の少女が眠っていた。

「ヘレン教会が最もヘレンに近づいたと崇める少女、ヘルミオネと呼ばれるものだ。
 しかし、実際はレディオコーストから掘り出された核融合炉と同じ過去の遺物。機械人形さ。
 こいつは使用者の魂を吸い、使用者の願いを叶えるために動く。
 意志が硬く、願いが重く程こいつは強くなる。」

先生はダザの目を見て囁く。
「残り少ない命。コイツに捧げてみないか?リリオットを救うにはこれしかないぞ?」
悪魔の囁き。リリオットを救うには・・・。

「使用方法は簡単だ。コイツに口付けをすればいい。さぁ、時間伯爵の手先がやってくるぞ?覚悟を決めるんだ。」
『覚悟』。俺に足りないもの・・・。これでリリオットを救えるのなら・・・。

ダザは吸い込まれるように少女に近づく。そして

(みんな、すまない。先に逝くよ。)
ダザは少女に口付ける。

*


こうして、リリオットに生まれ、育ち、そしてリリオットを愛し護ろうとした一人の男の物語は終わりました。


しかし

眠っていた少女が目覚める。そして、ステンドグラスを割って入った来訪者に言いました。
「私はヘルミオネ。願いは『リリオットを護る』ことです。」


しかし、彼の魂はこの世にまだ残っていました。


========================================
ヘルミオネ・ダザ

HP64/知6/技5

スキル
・ヘルミオネの大剣/20/45/10 (義足蹴り 名称変更 微調整)
・炎熱の大剣/10/45/11 炎熱 (熱暴走義足 名称変更 微調整)
・ヘレンの加護/30/0/7 回復  (義足自動回復 名称変更)
・雷撃/20/0/7 防御無視   (仕込み錐 名称変更)
・光珠/5/0/1 (蹴り 名称変更)
・鋼鉄ブラシ/15/15/5 (変更なし)

プランはオーバライド・ダザのプランでスキルの名称変更したもの。
ただし、3つ封印により敗北はしません。


ダザの魂を吸い、ダザの願いを叶える為に戦います。
体も人格も異なりますが、ダザの記憶を持ち、そして魂を持っています。
さぁさぁ、戦いましょう。そして護りましょう。


[682] 2012/06/27 03:09:29
【リューシャ:第四十三夜「幕間に立ち」】 by やさか

闇が晴れる。
夕陽の輝きによって、リリオットにつかの間、光が満ちた。

そしてその光が地平へ消えてゆこうとする頃、リューシャは相掛け岩と精霊の広場にいた。

鉱山の中で何があったのか、誰が勝って誰が負けたのか、リューシャは何も知らない。
ただ、終わったのだろう、と漠然と思うだけだ。
事実こうして、劇場は整えられている。開演は待ち望まれている。
リューシャにとってはそれで十分だ。

「──本日当舞台へ御出で下さった事は、真の幸福、感激至極で御座います」

多くの観客を前にしながら、サルバーデルの語り口は、友人を前に紅茶を楽しむ時と変わらなかった。
口上が終わり、幕が上がる。

そして物語は綴られる。跳ねる。飛ぶ。断章は連続する。
理解を求めながら理解を拒むように、アーネチカが舞い、踊った。
舞台の上には、知った顔がたくさんあった。そして多くの、知らない顔があった。

その舞台は、リューシャにとってのリリオットに似ていた。

――だから、その舞台の終わりに混沌が訪れても、動揺することはなかった。
リューシャにとってのリリオットとは、めまぐるしく移り変わる混沌の幕間を、ひたすらに駆け抜ける場所だったからだ。
そして今なお、リリオットは「そう」である、というだけ。

「それにしても、本当に落ち着かない街ねえ」

立ち上がる人々。震える青年までもが剣を取る。
住人も、旅人も、みなサルバーデルの舞台に上がろうとしている。

熱狂する広場。狂乱するリリオット。

この事態がどう終わるにせよ、リリオットは変わってしまうのだろう。
聞き続けてきたリリオットの軋みは、崩れ落ちていこうとしている。
起きた雪崩は止められない。巻き戻すこともできない。行き着くところまで行くしかない。

さて、とリューシャはシャンタールに触れる。

選び取りたいものがあるのなら、そう望む者が選び取ればいい。
それがサルバーデルだろうと、どんな臆病者だろうと、どんな結果をもたらそうと。

「……ヴェーラっていつもこういう気分でいるのかしら。これはお小言が長くなるわけだわ」

巻き込まれるとはこういうことか。確かにこれは面倒だ、よく見放されない。
軽くため息をつき、リューシャは周囲を見渡す。

立ち上がることが正しいか。正しいのだろう。だが、そんな正しさは必要ない。知っていてなお用はない。
義憤に燃えるのが正しいか。正しいのだろう。だが、リューシャは炎に属さない。シャンタールがその証だ。

今、リリオットは役者を求めている。
英雄の役を、戦士の役を、立ち上がる群衆の役を、あるいは逃げ惑う群衆の役を。
戦うことでも、逃げることでも、選べる者は選べばいい。
だが、そうしたどれをも選べないなら。
リリオットという舞台に乗る気がないのなら、リューシャは幕間から、その手を引いてやろう。

「少しばかり、身につまされるところもあったことだしね……」

人々の狂乱に取り残されて立ち尽くす誰かに、リューシャは手を差し伸べる。
望むものがあるならば舞台へ。望まぬ者は幕間へ。

時間を、果てしないほどに長く感じた。


[683] 2012/06/27 03:24:04
【リオネ:29 "真の叡智"】 by クウシキ

「くっそ、あの餓鬼め、この俺様を気絶なんてさせやがって……
 奴らは誰も戻って来やしねえし、
 かと思ったら爆弾が飛んできて道は塞がれるし、
 何か俺、悪い事したか?」

白黒のゴシックドレスを着た幼き少女……もとい、自称『常闇の精霊王』は悪態を吐く。

「ったく、この身体じゃ塞がれた道を突破することも出来ねぇし、
 かと言ってこのまま此処にいたって埒が明かねえし、
 あの餓鬼の気配は馬鹿みてえにでかくなってやがるし、
 クソ、取り敢えず戻るしかねえか。
 次に会ったら、あの餓鬼、ぶっ殺してやる」

目の前が塞がれた坑道を戻ろうと、後ろを振り向いたその時、

大きな振動が常闇人形を襲った。

「!!! 何だ、この情報圧は……!
 てめえ、オシロ、俺が倒す前にやられるなんてのは許さねえぞ!!」

悪態を吐いてはいるが、振動に足を取られて身動きが取れない。
砂埃が舞い、壁から石が剥がれ落ち、全身を襲う。
足元の大地がずれ、「あ、これはヤバい」と思った瞬間、
人形は崩れた穴に落ちていった。

「ああ、クソ、クソが!!!!」


******

「――そうでなければ、幻術を利用してこちらの思念も実体化出来るわ」

誰が聞いているのか分からない独り言をリオネが呟き終わるのとほぼ同時に、
背後上空から叫び声が落ちてきた。

「…………ぁぁぁぁああああああああ あ あ あ あ あ あ あ あ!!!!!」

「え、な、何!? きゃああっ!」

ぐしゃり、と嫌な音がする。

「わ、人が、落ちて、きた……?」


リオネが恐る恐る近づくと、その人が落ちてきた辺りの瓦礫から、突如声がする。
「もう、何だってんだ! クソが!!!」
「え……っと……? もしかして、『常闇』?」
「この声は、リオネ、てめえか! さっさと助けやがれ」
「……何だか今ものすごく助ける気を失ったわ」
「いいから助けやがれ! 助けろ! ……助けて下さい」


======
瓦礫から三人がかりで引っ張りだした常闇人形は、物の見事にぶっ壊れていた。
「ちょっと、どうすんのよこれ」
「いや、どうしようもねえだろ……つーか不可抗力だし」
「あんたの事じゃなくて、此処から這い上がる方法よ」
「少しは俺のことも心配しろよ!
 ……ああ、だがな。
 ここは、懐かしい場所だな」
「今、あんたの昔話なんか聞いてる暇なんて無いわ」

「いいから聞け。
 ……ここは、ずっと昔、俺が死の灰[ニュークリア・エフェクト]を発動した場所であり、
 そして封印された場所でもある。
 今の時代だと『冥王毒』とか呼ばれてるらしいが、あれは毒とは違う。
 死の灰[ニュークリア・エフェクト]は、"命を奪う"……文字通り『命を奪う』魔法だ。
 幾千、幾万、幾億の精神を束ね、融合する魔術。
 その術の中心となる魔法陣。
 
 人々の知識、記憶、経験、その他諸々を繋ぎ合わせ、意識と無意識の海を渡る"地図"が……『これ』だ。
 
 エルフ共が使う『精神感応網』。それを真似しようとしたらしいんだが……
 無理やり一箇所に集めて繋ぎ合わせられたせいで、精神が奪われ、そこに残ったのは山程のカラっぽの肉体。
 当然、死の灰[ニュークリア・エフェクト]を発動した魔術師も、それに飲まれて死んだ」

「待って! さっき、似たような話を……此処で、というか幻術空間[ファンタズマゴリア]の中で聞いたわ。
 それは、本当のことなの?」
「あー。それはどうだか。
 大方、誰かが俺の精神の残りカスを利用して幻を見せていた、辺りが妥当じゃないか。
 真実と虚構は、混じっているのが一番厄介だからな。幾つかは本当で幾つかは嘘なんじゃないか。
 俺の言っていることも、今となっちゃあ何処まで本当か嘘か、俺にも、もう分からん」
「それはどういう……」
「ああ、長話に付きあわせちまって、悪いな。つまり、こういうことだ」

何かが胸の中に飛び込んできたような、内なる衝撃。
「受け取れ。我が叡智。人を造らんとする者よ、神を冒涜せしめんとする者よ!」



「……なんか、あんまり変わってるように感じないんだけど」
「まあそう言うな。今のお前なら、天を舞う翼も、山を砕く腕も、地を巡る茨も、思うがままに作れるはずだ」


[684] 2012/06/27 04:53:28
【ヴィジャ:13 魂】 by やべえ

 カガリヤは鉄龍から飛び降りると、一番近くの武器を持った男に短剣を突き立てた。二撃、三撃と立て続けに急所を突くと、男はたまらず倒れた。振り返りざまに、逆手に持ち替えて横一文字に振り抜く。もう一人のフード男の喉が裂け、鮮血が溢れ出す。
 死体で血を拭い残りを片付けようと半身に構えた直後、二発の光弾が破裂した。カガリヤの目が潰れた数カウントの隙に、白髪のシスターと子供たちは教会の外へ逃げていってしまった。

 血塗れた男の両腕両足が回転鋸の如き駆動音を上げる。次の瞬間、男は爆ぜるような速度でヴィジャとの距離を詰めてきた。そのままの速度で振り上げられ、振り抜かれようとしていた腕を、ヴィジャは片手で掴んで止めた。もう片方の腕も掴み、そのまま両の義肢を思い切り握り締める。
 ギチギチと金属がひしゃげていく音に混じり、ビブラートのかかった悲鳴のような声が聞こえる。腕の精霊が霧散し消える音だった。
「……ふふ、僕では役者不足。そりゃあそうだ」
 腕が、足が、ひしゃげて砕けて溶け落ちる。血衣の男は笑みを絶やさない。
「さあ! 僕を殺すのか? 僕の死は伯爵の劇にどんな彩りを加えるんだ!? やってみなよ!! あはははははははははは!!!」
 蠢く流体となった金属は、大量の血が混ざってしまったことで上手く形を成せず、溝へ流れていく。
 四肢を失った男はほとんど骨格しか残っていないパーツを使って大きく跳ね、ヴィジャに頭突きを食らわせた。
「ガキが」
 地に落ちる。男は目を見開いたまま息絶えていた。

 ――――キリキリキリキリ。

 撥条を巻くような音と共に死体の一つが起き上がった。
 背に二振りの大剣を交差させた、青い長髪の少女。
 ガクンガクンと揺れながら立つ少女の振る舞いは人間味を感じさせない不気味なものだったが、その瞳には確かな意志の光が宿っていた。
「わたしはヘルミオネ。願いは『リリオットを護る』ことです」
 少女はその手に鋼鉄のブラシを構え、ヴィジャの前に立ちはだかる。
「あなたは誰ですか? あなたは悪者ですね。わたしが倒します。わたしがリリオットを護ります」

 しばしの間、金属と金属がぶつかり合う音が教会に響いた。
 自律する機械人形の少女ヘルミオネは、龍の吐息によってその魂ごと凍りつき、氷像となった。

 *

「……風が騒がしいわ。舞台へ戻りましょう」
「はい」
 英雄は未だ現れない。


[685] 2012/06/27 05:00:31
【サルバーデル:No.20】 by eika

『待ってください。私達の旅は、世界の果てを目指す旅は』
『親愛なる友よ、私の事は忘れなさい。来るべき時が来た、ただそれだけの事なのだ。ただ、それだけの事なのだ』

『やり残した事ばかりです』
『君は、まだまだ怒る事も、悲しむ事も出来る。私の代わりに生きなさい。世界とは、きっと面白いものだよ』

『嫌です』
『私の為に涙を流してくれるのかい。だけど、もう行かなくては』

『……さようなら』
『さようなら』


[686] 2012/06/27 12:44:10
【【アスカ39 】ボクと、ボクの深遠なる空】 by drau

偽猫目の知識と、観測者システムを利用して老婆の行き先を見つけた。
街の西端にポツリと存在したあばら家。特に他に目立つ施設の無い区域。そこの廃墟の地下で、代々ペルシャ家の呪術者達は、儀式を継続してきた。
神霊と交わる究極なる呪法。規模に反して一室分程度の大きさの魔方陣。
陣内には数多くの溶媒、贄、魔法道具、そしてそびえ立つ心臓の山。
怨嗟と渦巻く命の奔流が周囲を取り囲む。その陣内で母の心臓を見つけた彼に老婆が笑う。

「やっとさね。神霊と交わり、願いを実現させる。イヒヒヒヒヒ!時は来た!!」
「ボクが邪魔すると思わないの?」
「もう既に実行しているよ。もう、止められない」
魔方陣は光と音を撒き散らしている。アスカは下の衣を破り、投げつけた。老婆の視界から、自らの姿を覆い隠す。
「ボクは、アスカ・スカイマイグレイト。ボクのママを奪った貴方をユルセナイ」
跳びかかる。放り投げた布を突き破り、接近する。
老婆は抵抗せずに、床に組み伏せられた。
「そうかいそうかいあの時のねぇ…何か勘違いし取るようだが、あたしゃあんたの母親を殺しちゃいないよ。搬送先の特殊施療院でくたばったあんたの母親から心臓を失敬しただけさね。後は埋められるだけの物を再利用するのは悪いことかね?」
「何をしようというの」
「ふさわしい理由があれば納得するのかねぇ?この街、この世、この星夜を消そうとする時計に抗うため、ではどうだい」
「なに、それ」
「神の力を得れば、不老不死にさえなれる、エルフを支配できる大いなる力を得れる。納得しな若造。術は動いた。そして、あんたの母親はとっくに死んでいる」
「そんなの!」
「さぁ、あたしの望みも叶う。あたしが、神に成り代わってやるのさ!ヒヒヒヒヒ!!!」

本格的な駆動。贄は塵となって空へ昇っていく。
「時は来た!神よ、大いなる物よ!贄を捧げる!ドワーフの心臓、死者と、死の連鎖反応の意図を!繋げる!」
「ママ!」アスカは陣に入り、母の心臓を取り出して陣の外に投げつけた。
「ママは、巻き込ませない。ママの魂は、安らかでなければならない!」
「ヒヒヒ!!馬鹿な子だよ!そんな物体の為に!!自分が贄になるだなんて!」
アスカは、体が軽くなるのを感じた。自分の中心。自己。自分の、ドワーフの心臓が溶けていく。流砂となり、滲み出し溢れていく。
力が入らなくなり、巨漢は床に崩れ落ちる。

――ボクの目的は、ママの生きた日々と、死を追うこと

「そうか、ボク、追いついちゃったんだね、ママ」

――ボク、悪い子だね

目を閉じた。

――今行くから、ボクを、叱ってね


地下から地上に溢れたその赤い輝きの渦は、神霊の降りた山へと向かっていく。
命の瞬き。明暗の点滅を繰り返す、眩いそれら光の粒子が世界中の夜を彩り、朝へと繋ぐ。昨日も、今日も、明日もずうっとそうやって世界は続いてきた。。
千の夜。一の夜。その果て。変わらず、ずっと。
始まり、終わり、失い、去り、消える命の流れ。

失い行く旅路の果て。
全ての瞬間にヘレンはいた。
ヘレンはそこにいた。
ぼくたちはそこにいた。


《それで?皆さんは、納得できましたかぁん?できるんですかぁぁん?あっはっはっはっは!!》



神霊が、情報の塵となって消えた。夜が訪れた。オーフェリンデは発狂した。
アスカは、消え行く少年と、光と闇の点滅の中で邂逅した。少年は、たゆたっていた。

「あなたはそれで、よかったの?」
「僕は満足です」
「本当に?」
「僕は納得しました」
「ボクは納得できない」
「僕の夜は、夢は、苦しみは今、終わったんです」
「ボクは終わってない」
「僕の生と死。その価値を。その意味を。世界に残したつもりです」
「そんなの、わかんない」
「僕の起こしたエフェクトが答えを出します。この街に、この世界に」
「その解は間違ってる、そんなの絶対におかしい」
「世界は明日も回ります。演者は明日も演じるでしょう。劇は、終わりません」
「あなたは誰を演じてきたの?」
「僕です」
「貴方はだれ?」
「僕は、そうですね、ヘレンです」
「全然、納得できないよ」
「じゃあ、貴方も起こしに行けばいいんです。エフェクトを。サヨナラ、大きなヘレンさん」
「……さようなら、小さなヘレンさん」

アスカは空を舞っていた。行き場の無くした魂たちと。夜の劇場を見ていた。どんどん増えていく魂の群れが、リリオットを鑑賞していた。
アスカは魂たちに答えを問い、得ようとする。誰もが、己の生でそうしてきたように。 


[688] 2012/06/27 17:02:49
【サルバーデル:No.21】 by eika

「解りません。あなたのような方がどうして、こんな事を……」
 と、カラスが言った。
 私はその言葉を、何処か遠くで聞いたような気がした。
「アーネチカの結末をご存知ですか」
 私がこう言ってカラスに問いかけると、カラスは表情に疑問を浮かべ、答えた。
「『アーネチカは物語の果てをも超えた』でしょうか」
 私は頷いた。
「そうです。──しかしそれは演劇として広く知れ渡っているもの。実際には、果てをも越える結末そのものが果てを象ったのです。其処にアーネチカは倒れ、もう誰も彼女には気が付きませんでした」
 私はカラスに背を向けると、呟いた。
「果てとは、急に訪れる物です」
 懐から見えない時計を取り出し、それを撫でながら私は語り出す。
「かつて──、私は、人に無条件で従う事のみを自分の価値として生きてきました。総ては歓喜と歓楽に振り分けられると、耐えた先に幸福が在るのだと妄信しました。多くの人が私を求めました。其れは嬉しかった。命令されればどのような事でもした。……しかしある日、私の力に興味を示さない者が現れました。彼は、私に一つの提案を持ちかけました。『世界の果てを目指さないか』と。彼は、行く先々の街で私のような者達を誘っては旅の仲間に加えました。旅の仲間は皆が魅力的で愉快でした。そのお陰か、私は旅の途中で哀しむ事も、怒る事も思い出す事が出来た。驚きました。こんなにも世界が鮮明だったとは。旅は楽しかった。何時までも続くと思いました。何処までも行けると思いました」

「……見えない時計。廃材を繋ぎ合わせた不格好な時計。不器用ながら、あの人へのプレゼントにと、そう考えていたんですけれどね」
 私は見えない時計を丹念に眺めると、懐に仕舞った。
 カラスの方へ向き直る。
「カラスさん、どうして貴方はカラスなのでしょうか」
 そう言って私は問いかけた。
「私は、ある朝目覚めるとサルバーデルになっていた。しかし、本当は解っているのです。共に旅路を歩んだ彼は、もう何処にも居ないのだと。私では彼の身代わりにはなれないのだと。カラスさん、私は最早貴方の知るサルバーデルではありません。貴方の大切なものをも壊さんとする、ただの悪人です」
 カラスの瞳の奥が、悲哀に染まっている。
「今も私は夢見ている。あの頃の、何処までも続く筈であった楽しい旅の幻を。冒険譚を。そして物語の続きを。もう二度と返らないと本当は知りつつも、望みを捨てられずに。私はもう、完全に狂ってしまった」

「意思を持たぬ者に私は決して殺せません。矢の雨は掠めるばかりで、剣は必ず空を斬る。この、夜と昼とが同時にくる物語という魔法において、私を打倒せるのは英雄のみ、──カラスさん、貴方なら私を討つ事が出来る。弱きものを活かし、守るために」
 私は文字盤の仮面にそっと手を伸ばすと、それを取り外した。
 被虐による痣と傷が、犬として生きた証が、私の顔に刻まれている。
 しかし、カラスは驚かなかった。
 私は弱々しく笑みの表情を作ると、言った。
「剣を抜きなさい。僕はもう止まれない。もう、どうにもならない。ただ、どうにもならないんですよ」

--------------------------
サルバーデル/HP114/知1/技4
・哀/40/0/16/封印/防御無視


[690] 2012/06/27 19:05:07
【マックオート・グラキエス 47 贖罪】 by オトカム

心は決まった。この先の結末は誰も用意していない。
悪くない、とマックオートは思った。
もしかしたら、後悔のどん底で死に至るかもしれない。
悪くない。

***

時計塔の中では、ソラが待っていてくれた。
ふと横を見ると、あの時の酒場の歌い手がいた。戸惑っている様子だ。矢を受けた仮面の男が倒れている。
ソラがマックオートを見ると、持っていた弓を向けた。
それに答えるようにマックオートも剣を抜いたが、捨てた。
「なんのつもり?」
答えず、マックオートは3歩ほど近づいた。
「俺は、自分が正しいと思っていた。
 自分の考えで善や悪、敵や味方を判断していた。でも、その考えが間違っていたんだ。
 本当の俺は身勝手で、傲慢で、自己中心だ。」
矢が放たれた。矢はマックオートの腹に突き刺さり、あばら骨を砕いた。
激痛が走ったが、マックオートは黙らない。
「ジーニアスなんてものは最初からなかった。偶像だった。
 今の俺は歩いたら迷うし、剣を振っても敵を倒せない。何も守れない。」
もう一本、矢が放たれた。今度はマックオートの左肩を貫き、反対側から飛び出した。
「だから俺は考えたんだ。自分はなにをしたいのか、なにをするべきなのかを・・・
 今の自分が、何もできない自分が、何かできないかを・・・」
ステンドグラスの前で悲惨な過去を打ち明けてくれたソラが脳裏に写った。
その時のソラは輝いていた。

「だから俺は、少しでもいい。たった少しでもいいから、君の増悪を受け取りたいと思う。」
マックオートは両腕を広げた。この行為はソラを激怒させるのに十分だった。
「黙れ!黙れ黙れ黙れぇぇぇぇ!!」
無数の矢が放たれ、そのことごとくがマックオートに突き刺さった。
腹に、胸に、肩に、腕に、足に・・・
「お前なんかに何が分かる!お前なんかに!!」
矢の応酬は止まらなかった。その一本一本がマックオートの体を打ち砕き、破壊しつくしていく。
マックオートの体中から死の危険を知らせる激痛が走ったが、すぐに消えた。
それすらもできなくなったからである。
ソラの増悪を取り出す。それすらもマックオートの果てしない傲慢の一つなのかもしれない。
しかし、自分の意志でここまでたどり着いたマックオートには不思議な安心があった。
「ソラ・・・」
”君のことが好きだ”と続けようとした言葉は、途中で果てた。マックオートはついに倒れた。
暗くなる視界・・・遠ざかる意識・・・・
今までなら、ここでジーニアスが現れて奇跡を起こしてくれるだろう。
しかし、ジーニアスは来ない。
マックオートはそれがたまらなくうれしかった。

体は動かず、声も出ず、何もかもできなくなる前に、最後の行動を起こした。
マックオートは涙を流した。

-----
戦いの果てのマックオート
HP76/知4/技5
・恐れ/0/750/103 炎熱
・迷い/0/750/102 凍結
・不安/500/0/103 防御無視
・平安/750/0/103 回復

プラン
01.ソラの増悪を受け取る。
02.さもなくば、生きている意味なんかない。


[691] 2012/06/27 19:34:45
【メビエリアラ16】 by ポーン




『死』を境に、メビエリアラの腹は見る見るうちに膨らんだ。
膣口を広げて出てきたのは、泥だった。



[692] 2012/06/27 20:48:17
【カラス 27 Callas Leukos】 by s_sen

『彼』はカラスの呼びかけに応じ、自らの身の上話を語った。
席を共にした時よりも、詳しい話だった。

リボンの子の言っていた、あのひととお友だち。
彼らはかつての旅の途中、入れ替わっていたのだ。
墓に葬られているのはサルバーデルという人であり、
今、サルバーデルと名乗っているのは友達の『彼』だった。

『彼』はおもむろに仮面を外した。
もし、その下に時計のように精密な機械があったらどうしようかと考えていたが、
人間の顔をしていた。だが、痛々しい傷跡だらけである。
そして、わずかに獣の特徴を残していた。
自分と『彼』はどこか似た者同士、だから惹かれあっていたのか。
カラスは思った。

「剣を抜きなさい。僕はもう止まれない。
もう、どうにもならない。ただ、どうにもならないんですよ」
『彼』は術式を構えた。
しかし、その顔は今までと変わらずに優しい。

『彼』は意思を持たぬ者には殺せぬ。
私に意思はあるのか。
私はなぜ、私なのだろう。
私は…

魔女との戦い。
変わった姿。封じられた『変化の術』。
私はなぜ、呪われているのだろう。

街での出来事。
友と出会い、別れ、その身を案じた。
さらなる狂気に飲まれ、彼らはどうしているのだろう。

彼との出会い。
共に喜び、遊び、劇を演じた。
今はなぜ、悲しんでいるのだろう。

人か獣か。
男か女か。
生者か死者か。
私はその間をさまよい、演じている。
『彼』もまた同じだ。

私は、私である。
大切なもののために、意思を持って戦う。
サムライの忠義とは…主君に仕えること。
それだけではない。
もしも主君が誤った道を歩もうとしているのならば、
それを正すことでもある。
カラスは剣を取った。
それは、舞台で使うただの刃のない鉄の塊だった。
しかし、それで良かった。

「北のソール、
南のアポロン、
西のベレヌス、
東のオオヒルメ。
忘れ去られてもなお、
輝きを失わない太陽の神々よ。
我にしばしの力を。光を。祝福を。
かつて愚かな従者の翼を封じたように、
今は愚かな主の望みを封じる、
輝く釘の魔術よ、ここに!」
カラスは剣を床に刺した。
刺さった剣、さらにそれを媒介として力を伝えた時計塔は一時的に大きな封印の釘となり、
サルバーデルの術式を全て封印した。

カラスは『彼』に合わせるように、穏やかな表情で話した。
「あなたにお仕えできて、私はとても幸せでございます。
嬉しかったです。もし、あの時お声をかけてもらわなければ、きっと…。
…覚えていますか?私、初めにお話いたしました。
たしかに私の剣は弱きものを活かし、守るためにあります。
ですが、戦いの意思はあれども、あなた様の命まで斬ることは出来ません。
あなたには白く輝く、優しい心があります。
その心を使って、罪を償うことが出来ます。
そういう、未来があります。ですので、どうか…」

ttp://www.geocities.jp/s_sennin1217/s_skhelp/s_sknig.html


[694] 2012/06/27 21:59:05
【夢路34】 by さまんさ

街中は思った以上に凄いありさまだった。詳細は省くが

「あのー、私、どこに連れてかれるんでしょー。よかったら降ろしていただけませんでしょーか?」

目を覚ましたらしいエフェクティヴの女性がウロの肩の上から訴えている。
「私はどっちでもいいんだけど。マルグレーテが」
(そいつを逃がさない方がいいぞ
 ソラの精神とか記憶とかがそいつに吸収されてる。たぶん)
「……なるほどね。それでソラが炎天使みたいになっちゃったわけ
 元に戻す方法は?」
(そいつの意思では無理だな。一番確実なのはそいつの腹をかっさばいて胃袋を切り刻むことかねえ)
「うーん、できれば他の方法がいいわね」

パレードを避けながら歩いていたら、ソフィア、えぬえむ、ウロ、夢路の一行は商店街まで来ていた。
『ラペコーナ』の看板を見て、夢路が腹が減ったと騒ぎはじめた。
「そういえば私も」
「俺も何か腹に入れたい」とウロ。
「いえ、行きましょう。この戦いが終わったら私がなんでもご馳走してあげるわ」

…と言っていたソフィアの腹の虫が盛大に鳴ったので4人は『ラペコーナ』の扉を開けた。

どうせ営業していないだろうから適当に食べ物を拝借しようと思っていたのだが開けてびっくり『ラペコーナ』は大入満杯の超満員だった。
右手に3枚左手に3枚頭に1枚皿を載せたマーヤが忙しく走り回っていた。
「いらっしゃいませーっ!4名さまーっ!」

「こんな時なのに営業してるなんてね」
メニューを持ってきたマーヤが汗だらけの顔でニコニコと答えた。
「こんな時だから、ですよ。私も考えたんです。私、リリオットに来て間もないですけど、この商店街もこの店に来てくれるお客さんも大好きになっちゃって…それで、私なりにこの町のためにできることがないかなって。やっぱり、おなかがすいてるとみんな凶暴になるのかなって…で、今日は、メニュー全品無料です!!」
「やった、ラッキー?」

店内には本当にたくさんの人がいた。
抗夫もいたし公騎士もいた、乞食もいたし商人もいた、黒髪もいたしヘレン教もいた。
窓際の席ではパレードを抜け出したらしい異形がごはんを食べていた。
「ううむ、このミルミサーモンとやら実にうまいでござるな、シャード殿」
「他人の皿に醤油をぶちまけないでくれないかな、醤油武者君。」

ミルミサーモンは『花に雨』のメニューじゃ…とソフィアが思っていたらラペコーナの厨房から『花に雨』店主が顔の半分を覗かせていた。

「店も焼かれてしまったし、こんな危険な町からはとっとと逃げようと思ってたんだがな。ラペコーナの店主が怪我をして人手が足りないからと、山田君に頼まれてしまってね…あの子はいい子だね。うん。」

よく見たら店内にはフリフリ衣装のウェイトレスも何人も働いていた。店ごと引っ越して来たらしい。
「はい、ソフィア」
とえぬえむにメニューを渡された。

開くと、大きな炭文字で「ミルミサーモン」とだけ書かれていた。

『花に雨』の店主が、「こないだうちに来たリリオット家の方が、迷惑をかけた詫びだと言ってうちの冷蔵庫をミルクとサーモンでいっぱいにして行ってね…」と呟いた。


[695] 2012/06/27 23:08:26
【【こもれ火すみれ 第10話 「新たな迷惑! 新たなる文化!」】 by トサツ

シヴィライア -迷惑編-

「我が店『花と雨』の冷蔵庫をミルミサーモンの材料であふれさせたい」
その申し出を受けた時、はじめは100%の善意からくる謝罪行動なのだと思っていた。
しかし、店内に運び込まれた山のようなサーモンとミルクを見ると、わたしの考えは変わった。善意じゃない。これは明らかに善意じゃない何かだ。わたしは顔面を蒼白させた。その量は我が店の冷蔵庫を軽く上回っており、いくらウチの目玉がミルミサーモンだと言っても、冷蔵庫を溢れるほどミルクとサーモンを入れられては他の食品が仕入れられず商売が出来なくなってしまう……。うず高く積み上げられた食料の山はまるでおすもうさんの巨体に見えた。圧倒的であり、支配的であるおすもうさん。

私が緊張によってカラカラと乾いた口から「おすもうさん……」と声をひねり出すと、彼女はこちらを振り返り、我が意を得たりといった表情でウィンクを飛ばしてきた。

「…ミ……ス・リリオット……。ご厚意は大変有り難く思いますが……その、何分ウチの冷蔵庫はそこまで大きくありません」
「大丈夫よ。中に入れられなくても、残りは冷蔵庫の近くに敷き詰めておくわ〜。ジュウタン・イズ・サーモン。最高にCOOL SHO〜〜Pよね〜〜」

会話が通じない。しかしまだ負けるわけにはいかなかった。

「……率直に言わせていただきますと、迷惑です。お辞めになっていただけるとありがたいです」
「あら、迷惑だったかしら?」
やった、通じた!所詮相手も言葉の通じる人間だ。諦めなければ希望は開ける、そう思った。
「ごめんなさいね。じゃあ、後ほどまた”お詫びのお詫び”に来なくちゃいけないわね〜〜」
その時、わたしの心臓は確かに一瞬止まった。

やられた。
やられてしまった。
この悪魔は俺の言質を取りたかったのだ。
私はそれ以上の言葉が継げなかった。勝敗は決まってしまった。

もう私は彼女の暴虐を止めることを完全に諦め、この生臭い絨毯をどう処理するかを考えていた。そうだ。顔なじみの食堂・ラペコーナだ。ラペコーナの冷蔵庫ならこの絨毯を仕舞える筈だ。
そう考えると少しだけ絶望が和らいだ。

※※※

こもれ火すみれ -困惑編-

どこからか声が聞こえてきた。遠くから響くような、かすかな声が。


……――れ――

……――れちゃ――

……――すみれちゃ――



……――すみれちゃん 指令じゃん 私の心は逆ギレじゃん 
あなたのミッション失敗 説教あるYOいっぱい でも触らせてくれるなら許そうおっぱい
わたしマゼンタ いつでも狙うセンター ひとりぼっちのあなたにエンター

かすかな声は徐々にはっきりと形をなしていく。それはマゼンタさんの珍妙な歌だった。
「な、なんですかマゼンタさん。こっちは余韻に浸ってるんだから、妙な歌を響かせるのは勘弁してくれませんか。っていうかこんな機能あるなら待ち合わせとかしないでも良かったんじゃ……」
「ウフフフ〜〜どうどう。わたしの新しく開発した押韻歌。わたしって天才だから文化も創造できちゃうのよ〜〜尊敬した〜?」
マゼンタさんはその発明にラップと名付けたらしい。

「どうでもいいです! で、なんの用なんですか?」

「う〜ん、与えたいミッションは二つあるんだけど、ひとつは冷蔵庫がサーモンとミルクに占拠されてかわいそうな『花と雨』をすみれちゃんの暴食によって救ってあげよう作戦で〜、もうひとつはリリオットを滅ぼそうとする、とっつぁん坊や魔王ウォレスくんを懲らしめにいこう作戦なんだけど〜。お勧めはすみれちゃんが胃袋をはち切らせて絶命する可能性がある『花と雨』の方で〜」

マゼンタさんがいまだに何か喋っていたが、わたしの耳には届いていなかった。
リ、リリオットが滅ぶ……? そんなの絶対させちゃいけないよ!
 


[696] 2012/06/27 23:18:31
【ソラ:33「時計塔」】 by 200k

 リリオットの地下に広がる下水道。ソラはしばらくその中に身を潜めた。
 排水口からはとめどなく汚れた水が流れ出てくるが、そのほとんどは精霊精製の際に洗浄をするために使われた水だった。
 コク……コク……と、ソラは穢れきった感情に満ちた水を飲んだ。そして、時計塔での戦いに思いを馳せる。あの英雄は私の憎しみを受け止めてくれるだろうか。神霊の向かいで、見ず知らずのはずの私の名前を叫んでいたあの男ならば……。
「行こう」
 ソラは矢なしの弓を持って決闘の場に赴いた。

 ソラが時計塔に入ると、既に先客がいた。一方は帽子を被った紳士、もう一方は白髪の女性。紳士は釘を受け膝をついていた。
「どうしてここにいるの……?」
 ソラは弓を構えた。ここはずっと自分だけの場所だと思っていた。だから彼等を呼んだ。
「ここは私の場所、どうしてお前達はここにいる!邪魔をするなぁーーー!!」
 ソラは弓に憎悪を込めて引き絞り、それをカラスめがけて放った。
「カラスさん!」
 紳士が女性の前に飛び出し、ソラの撃った矢を胸に受けた。白髪の女性は彼の姿を見て戸惑っていた。
「あ……」
 ソラは一瞬顔を曇らせたが、背後から来たマックオートの足音に表情を戻した。マックオートは剣を抜いたが、すぐに捨てた。
「なんのつもり?」
 ――私が求めている英雄は、そんなことはしない。
 ソラは武器を持たず近付くマックオートに何度も矢を放った。
 マックオートはなおも、言葉を並べながら近づいてくる。
「黙れ!黙れ黙れ黙れぇぇぇぇ!!お前なんかに何が分かる!お前なんかに!!」
 ――情けない言葉を並べ立てるな、私がどんな思いでちゅーまでしたと思ってるんだ。お前にやる気を出させるためにやったのに、どうしてわかってくれないの。
 ソラは矢を出鱈目に撃った。その一本一本がマックオートの手を、足を、体を貫いた。
「ソラ・・・」
 マックオートはボロボロになり、涙を流しながらその場に倒れた。
「目を覚ましてよぉ……この大馬鹿やろぉ……。お前なんか英雄失格だよぉ……女の子にプレゼントを贈るところからやり直しだよぉ……」
 ソラはえぐえぐと泣きながら、マックオートの唇に自分の唇を重ねた。
「ねえ……マックオートぉ!!」
 ソラは最愛の人の名前と顔とちゅーした回数を思い出した。


[697] 2012/06/27 23:41:04
【オシロ37『継承前夜(1)』】 by 獣男

「ラボタの人々には悪い事をしたと思います。
しかし、爆発もせず、ただじくじくと飼い殺しにされ続ける、
そんな監獄こそが本当の地獄なのです。
なればこそ、たとえ自らを自らで傷つけたとしてでも、奮起せねばならない」
鳴り止まない破壊音の中で、オシロはその不可解な告白に、
義手を使って疑問を書き記した。
『どういうこと』。
「あなたの所にスラッガーを送り込んだのは私です。
彼らの犠牲が糧となり、全エフェクティヴの意志がより一層強固なものとなる」
ムールドがいう言葉の意味は、オシロには理解できなかった。
(つまり、なに?この人は、なにを言ってる・・・?)
「つまり。私があなたのおじいさんを殺したのは、
あなたのその激情を利用し、あなたに神霊の精製を行わせる為だったという事です」
オシロには理解できなかった。
理解はできなかったが、その瞬間、神霊の欠片から立ち昇る『闇』は大きく方向を変え、
ムールドの下腹を貫き、そのまま壁へと磔(はりつけ)にした。
吐血しながらも、ムールドは平静を保って、なお喋り続ける。
「そう。それでいい。
かつて精霊王の中で最も力を振るった常闇の精霊王も、
そんな風に肉体を『闇』で補い、何百年もの間、『精神』を維持し続けたそうです。
あなたは本当に、彼に似ている・・・」
気づけば全身を襲っていた激痛は和らぎ、オシロは奇妙に赤く染まった視覚を取り戻していた。
それだけではない。『闇』でできた手足も、もはやオシロの自由に動かす事ができた。
「あなたの精神に、私の精神の全てを圧縮して移植しておきました。
後はキーワードを念じるだけで、全てが解凍され、あなたは私の、私達の後継者となる」
「誰が念じるものか、そんなキーワード!」
『闇』はオシロの声帯すら再現し、微妙にノイズを混ぜながらも、
その口から望み通りの声を発した。
「解凍は本人の、『精神』の意思なくしては成立しません。
あなたは自らの意思で、私にならなくてはならない・・・」
次第にムールドの焦点が合わなくなっていく。
『闇』の渦巻く部屋の中でも、オシロの『闇』の目は、それを鮮明に映すことができた。
「本当の、遺言を知りたくはありませんか・・・?あの老人の・・・、
それを知っているのは、もう私、だけ・・・ですよ・・・」
その言葉を最後に、現代の精霊王を名乗ったムールドという人間は、
『闇』に磔にされたまま、完全に事切れた。


[699] 2012/06/28 00:02:52
【ソフィア:40 ゆめと パレード】 by ルート

闇の騒動を終えて、今また街全体を舞台とした演劇に乱れ狂うリリオット。
そんな中で平時どおりか、あるいはそれ以上の賑わいで営業を続ける「ラペコーナ」で、ソフィア達は食事を取っていた。
ミルミサーモンを口にしながら、そういえば前に食事をとったのはいつだっけ、とソフィアは考える。
人前でお腹を鳴らしたのを思い出し、少し頬が熱くなる。
速やかに忘れる事にして、切り分けたミルミサーモンを縛られたままの夢路に差し出す。

「はい、あなたもどうぞ」
「(モグモグ)おかわりー」
「どうぞ」
「(モグモグモグ)おかわり」
「どんだけ食べるのよ」
「(モグモグモグモグ)んー、もっと。それか夢が食べたいわねぇ」

えぬえむがマルグレーテの知識から、彼女は獏だと言っていた。夢を喰らう人。
栄養補給は普通の食事より夢のほうが効率的なのかもしれない。

「私の夢で良かったら、食べていいよ」
「え、いいの?」
「中身は内緒にしてね」
「もっちろん。あ、ならついでにおっぱもがっ」

何を言いかけたか知らないけど切り身を口に詰めて黙らせる。
もぐもぐ、と彼女がサーモンを咀嚼するのと一緒に、何かが自分の中から吸いだされていく感覚。
恐怖は、あまり無い。少しずつ消えるなら、エーデルワイスが失われた夢を追憶させてくれる。

「ふむふむ。へー、これがあなたの夢ねぇ」
「今までは、考えたこともなかったけどね」
「いいんじゃないのー?叶うといいわねぇ、にしし」
「……面白がってるでしょ。そういうあなたは夢は無いの?」
「私?」
「そう」
「えー、っと、待ってね、えぇとえぇと……」

夢路が首を傾げて唸る。何かを思いだそうとするような、手応えの無さに空回りを続けているような、そんな表情。
見ているのが面倒になって、ソフィアはエーデルワイスを彼女の頭に当てる。

「え?なに、私斬られちゃうの?」
「違うよ。思いださせてあげるだけ」

追憶せよ。
忘れた過去を、捨てた想いを、思い出せ。
エーデルワイスが、夢路の記憶を掘りかえす。彼女の表情が、戸惑いの色に染まる。
にわかに店の外が騒がしくなったのは、丁度その時だった。

「なに、今度は何の騒ぎ?」
「パレードだ!あの娘、戻ってきやがった!」

店に駆け込んできた男が叫ぶ。

「変な歌歌って、変な連中連れて、あの娘の通った後にはみんな抜け殻みたいになって、誰も立っちゃいねえ!ありゃぁ死神か何かか?!」

半狂乱のまま男は状況を説明してくれる。店内にはその"パレード"とやらから逃げてきた者もいたらしく、「ラペコーナ」が今までと違った種類のざわめきに包まれる。
ソフィアは、語られたパレードの娘の姿に、心当たりがあった。自分が自我を取り戻す際、その魂に抱いた"失われたもの"。
とある少女が捨て去った負の感情が今、彼女の右手の中に、精霊として握られていた。

「ウロさん、その人の事を見ててください。えぬえむ、ついてきてくれる?」
「どうせもう少し食っていくつもりだったからな」
「いいわよ」

夢路にエーデルワイスを触れさせたまま、店の外へと出る。
絢爛なる破滅のパレードは、もうすぐそこまで迫っていた。


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