[0-773]
HP56/知4/技5
・格闘/10/7/6 封印
・ヴァイオレット・プリフィケーション/21/6/8 炎熱
・急降下キック/30/7/10 封印
・ヴァイオレット・クリメイション/35/15/12 炎熱
定義:X=相手のHP+(相手の現在の構えor前回の同時選択時選択スキル)の防御力
1:X<10なら「格闘」。
2:X<21×(100+経過カウント)÷100(切り捨て)なら「ヴァイオレット・プリフィケーション」。
3:X<30なら「急降下キック」。
4:X<35×(100+経過カウント)÷100(切り捨て)なら「ヴァイオレット・クリメイション」。
5: 最大HP>HPの場合、急降下キックを使用する。
6:格闘する。
女。
フリーランス。
ザルづくりの内職をこなして暮らしている貧乏少女。
リリオットに暮らす黒髪少女として平均的な、人との関わりを極力避けようとする性質を持っているものの、決して卑屈な性格ではない。
ホーリーマゼンタと名乗る謎の妖女から受け取った「精霊皮(ホーリー・テクスチャ)」を装着し、「ホーリーバイオレット)」へと変身。
公騎士団所属の兄が殺された原因を探るべく、リリオットを調査する。
トサツ
ツイッター arabaki
リリオットに住んでいると色々あるが、それでも、すみれは幸せだった。
すみれには自慢の兄がいるからだ。
すみれの兄は一族の中でもとりわけ能力が高く、23歳という若齢にも関わらず、公騎士団の幹部候補生試験に合格。芽の生えた芋で作ったスープと味のボソボソした乾パンだけで日々を過ごしていた家族に別次元の生活を与えてくれた。
抜きん出た能力を鼻にかけない優しい性格は、黒頭として産まれてしまった出来損いの妹・すみれにも向けられており、公騎士団に入団してからは表立って面会することが叶わなくなったものの、ブルカによって頭を隠し、夜毎町外れで大好きな兄に面会し、たわいない一日の報告をするのがすみれの唯一の憩いの時間だった。
だった。
だった、が。その幸せな時間は、突然の終焉を迎えた。
差別の対象となる黒髪を隠すのも忘れ、公騎士団病院に駆け込んだすみれが見たものは、治療室のベッドに横たわる兄の無残な亡骸だった。擦り傷だらけの頭部に、鼻から上唇まで食いちぎられたような裂傷が存在していたが、死後に施された洗浄によって傷口には一滴の血液も滲んでおらず、人間の断面図解模型がそのまま展示されているように見える。身体にかけられたシーツの隆起は、腰が存在するはずの位置から垂直に近い不自然な傾斜を見せており、兄の下半身がさっぱりと消失していることを表していた。
消毒剤の香りが充満した室内は、寝台以外の余分なもの廃した機能的な空間が広がり、その中で兄の存在だけが異彩を放っている。いつからか、兄の亡骸に焦点を合わすことを放棄していたすみれは、自らが、それまでの世界から切り離されたことをぼんやりと、しかし、確実に感じていたのだった。
兄の無残な死に様を問いただしたものの、公騎士団の職員は頑として「職務中の事故」の一点張りを崩さず、詳しい事情を教えてくれない。職員はヘレン教ではないようだったが、黒髪の私と長々と会話しているところを余人に見られると厄介なことになると考えたのか、わたしは早々に病院を追い出されてしまった。遺体は火葬した状態で送り届けるとのことだ。呆けた頭をなんとか持ち上げ、途方に暮れながら帰路をよろよろと進んでいると、人気のない裏路地に差し掛かったところで、妙な振動音を耳にした。
こるこるこるこるこるこるこるこる。
ガラス玉が器の中で転がり続けているような音。通路の端に流れる下水溝に何かが引っかかっているのかとも思ったが、そうでないことはすぐにわかった。暗がりの中から音の発生源がのそのそと近づいてきたのだ。
真四角。全身が鬱血しているような紫色をしている真四角の大型動物……いや、「怪物」とでも呼んだほうが良いのだろうか。攻撃的な角、中心に寄りすぎた二つの目玉、多過ぎる脂肪に、たるんだ皮膚。兄が読ませてくれた動物図鑑のどの動物にも似ていない、醜悪としか言いようのないその姿は、万物に恐怖を与えるべく生まれたような印象すら漂わせていた。
怪物はこちらに対して明確な害意を持っているらしく、歯を剥き出しすると、こるこると喉を鳴らして近づいてくる。わたしはサッと血の気が引いてしまった。唯一の生きがいである兄が死んだ世界に、今更、未練などないものの、こんなものにくれてやるほど命を安売りしているわけではない。
わたしはどうにかこの場を逃れようとするものの、すくんだ足は縺れるようにしかならず、怪物はゆっくりと距離を詰めてくる。どうやら、一息で獲物まで飛びかかれる確実な距離を測っているようだ。到達まで目測で30歩、あと10秒ほどだろうか。
逃げなきゃ。
逃げなきゃいけない。
しかし、震えた足を無理に動かそうとしたツケは、わたしに転倒という罰をもたらしてしまう。どすっという間抜けな音と同時に、脳内に死という文字が浮かび上がった。わずかだけ、ほんのわずかだけあったかもしれない希望が完全に潰えたことにより、それまでの身震いが嘘のように収まり、全身を脱力が襲っていった。
ttp://drawr.net/show.php?id=3775451
「――お兄ちゃん、今からそっちに行くね」
私の口から溜息のような言葉がこぼれたその時。
頭上から銀色に輝く腕輪が無造作に落下してくると、
スコン
という簡素な音と共に足元の土に刺さった。
突然の出来事を訝しんでいる間もなく、
「まだ、諦めちゃダ〜メダメ、ダメっ子! それを腕につけて『ホーリーシステム・ウェイクア〜ップ!』って叫ぶのよ〜」
と、気の抜けた炭酸水のようなハリのない女の声が路地裏に響く。
…………。なんだろう、この声は、誰なんだろう? とにかく、本当に笑えない冗談だと思った。いや、というより、わたしは人付き合いを殆どしたことがないので、全般的に冗談を聞くのも言うのも苦手である。もしかしたらこの冗談も、本当はすっごくおかしい、すごくすごく笑える冗談なのかもしれない。もしかしたら。仮に。万が一の確率で。
これから私は無残に殺されるだろうというのに、この人は何故それを茶化すんだろう。面白いの? ……でも、もうどうでもいいかな。今日はもう笑えない冗談だらけで疲れていたし、どうせこのまま死ぬのなら少しくらいは、苦手な冗談にチャレンジしてみようか。天国の兄に持っていく土産話として。
冗談に乗る決心を決めたわたしは、足元の腕輪を腕にはめると、怪物が間近に来るまで待った。冗談のあとに出来るだけ恥ずかしい思いをしないよう、叫んだらすぐ死にたかったのだ。もっと近づいて、近づいて……よし、これくらいかな?
息を吸って、腕輪をかざし。怪物が私の体をひとのみにするくらいの大口を開いたのを確認して、
「ホーリーーシステムッウェイクアーーーップッ!!」
わっよく通る声が出た!
こんな大声出せたんだ、わたし。すごいすごい!
この声が自由に出せてたら八百屋のおじさんも、もうちょっとわたしに気づいてくれてただろうにな。
おじさん、玉ねぎ売ってくれますか! それと、大変申し訳ないんですが、芽の出てる芋とか、虫食いで捨てちゃった葉野菜の外側もらっていいですか!
なーんて!
……さ、死のう。
粘液に濡れた怪物の牙がわたしの肉体に食い込んだ、そう思った瞬間。
怪物の目を晦ますように、全身からすみれ色の強い光が放たれていたのだった。
ttp://drawr.net/show.php?id=3776407
体を包む強い光が……収まっていく。
今のは、一体、なんだったのだろう?
目を眩ませていた怪物が、まぶたをゆっくりと開いた。表情にはいくらかの狼狽が残っていたものの、ふた呼吸もしない内に、やがて平静を取り戻す。
今しがた起きた怪現象のせいか、先ほどまでとは違い、怪物は明確にこちらを敵と認識しているようだった。歯をむき出して睨みつけてくる、その凶相に、わたしは思わず唾を飲みこむが、思った以上に大きくなった唾の嚥下音が攻撃の合図となってしまう。
仰天するほどの速度で駆け寄った怪物は、躊躇なく、わたしの右腕に噛み付いた。
始まってしまった! わたしは襲いくるであろう激痛に耐えるべく、目を閉じて奥歯をぎっと噛みしめる。
しかし、
しかし……。
おかしい。なにも痛くない。感触はあるものの、手を握られてるほどしか感じない。目を開いてみると、怪物は一生懸命にわたしの右腕を噛み切ろうとしていたが、まるで歯がない老人が干し烏賊を咀嚼しているかのように口をもごもごさせているだけだった。
わたしは反射的に噛まれた腕を引き抜こうとするが、瞬間、縄が切れるようなブチブチとした音を鳴り、怪物の歯が飛散した。同時に巻き起こった大量の出血から、先ほどの音が、わたしの動作によって怪物の歯肉が断裂した音だと理解する。
「いやあーーっ!」
肉体を破壊する生々しい感触と、グロテスクな傷口を目前にした不快感から、両手で思い切り突き飛ばすと、怪物はものすごい勢いで後方に飛んで行く。そのまま頚椎を壁に激突させると、ぐにゃりと力なく地面に倒れこみ、怪物はピクリとも動かなくなった。絶命したようだ。
「おめでとう、すみれちゃ〜ん! いやさ、新たに誕生した愛と正義の使者〜ホ〜リ〜〜ヴァイオレットちゃん!」
呆然とするわたしに、先ほどの音が鳴らない失敗作の笛のような声がかけられる。緊張感を著しく欠如した声の持ち主は、倉庫の屋根から跳躍してきた。
「ハ〜イ、ヴァイオレット。初陣は成功、まさにSAY HOってかんじね〜」
まさにSAY HO。
……セイホーがなんのことかはわからなかったが、理解せずとも話は続けられるのでは? という直感に従い、わたしは、はぁ、まぁ、と濁った返事を返す。
目の前に現れた妙齢の女性は、顔立ちこそ美しいものの、年齢に合わない少女趣味の服装で身を包み、いくつもの三つ編みをぶら下げた銀髪のロングヘアー、三つのレンズで構成されたゴーグルグラスなど、およそ正気とは思えない格好で着飾っていた。
「あ、あなた……誰ですか? あと、なんなんですか。その、なんというか、その格好は……」
その異常な美意識に則して作られた狂気と冒涜の服装はなんなんだ、と本音を言いたかったが、わたしは人を傷つける言動が苦手なのだ。わたしはグッとこらえ、オブラートを幾重にも重ねた物言いをするように心がけた。
「あら。あらあら! あなたひど〜いこと想像してるでしょ〜。自分だってはずかわいい格好してるくせに〜!」
恥ずかしい格好? 近所の市場で買った、このなんの変哲もない革製ワンピースが?
なるほど。狂人の世界では常人の格好がひどく恥ずかしく見えるものなのだ。わたしの世界と彼女の世界は根本的に見え方が違うのだなあと納得しつつ自分の服に目を向けると、先ほどまで着ていた革製ワンピースはどこかに消えており、奇天烈ファンシーなロリータファッションに身を包む緑髪少女がそこにいた。
「な、なんなのこれーーーっ!?」
ttp://drawr.net/show.php?id=3782955
「わたしの名前は……そうねえ……あなたがヴァイオレットだから……ああ、ちなみになんでヴァイオレットかというと、菫(ヴァイオレット)ちゃんが暴力的(ヴァイオレント)だったら面白いかと思ってつけたのよ〜」
「すごい……それはすごい良いアイディアですね……。独創的というか……。それでは、満を持してあなたの名前を教えてくれると嬉しいんですけど……」
「あ〜〜名前を教えて欲しいんだったわね、ネーミング。ググッと、とにかく、くわしく、唇から、ラララ〜〜♪ わたしの名前は〜〜、えーと、何がいいかしらね〜。うーん、……そう。紫の淑女〜〜ホ〜リ〜・マゼンタ〜〜よ〜〜♪」
「まあ、なんともしりとりと歌がお上手で……」
噛み合わない会話を前に、頭痛を通り越して解脱の境地に至りそうだったが、
「おだてても銀貨くらしかでないわよ」
なんと銀貨をもらえたので、ふっと我に返った。
いけない、わたしが聞きたいのは歌じゃなくて、この状況だ。
「それで本題なのですけど。わたしの着ているこの服…というか、髪の毛も……もっというと皮膚の色も少し変わっている気がしますけど、これはなんなんですか? さっきの腕輪が関係しているんでしょうか」
「あら、冴えてるわね! 頭のいい子は好きよ〜〜。わたしより頭がいい子はそんなに好きじゃないけど。あなたは勉強とかロクにできなかった貧乏少女でしょう? だから大好きよ〜」
「その腕輪はとーっても高度な精霊加工品なの。『精霊皮(ホーリー・テクスチャ)』っていうんだけど、うん。でもやっぱりダサいから正式名称は『愛の調べ(ラヴ・ドレス)』なんてどうかしら? うん、それはそれでダサいわね。すみれちゃんは、どっちがいいかしら? あなた乾パンばっかり食ってそうだし、『乾パン一丁』とかの名前のほうがお好みかしら〜? あら、違うの? そうなの。意外ね〜〜、ウフフ。やだやだ、ちょ〜っとした冗談よ」
自分の言ってることが心底楽しいのだろう。マゼンタが話せば話すほどケラケラ笑いが増幅していくのだった。
「まあ、仕組みを詳しく言っても技術者じゃないあなたがわかるわけないし、簡単に言えば音声コードを入力すれば即座に人体の境界に極薄の装甲膜を展開する、戦闘に良し、変装に良し、特殊な性癖のかたにもウフフな、そりゃあもうフレキシブルな兵器なのよ〜」
「……そんな高価そうなものを、何故わたしに?」
「そりゃあ、今みたいに人をパクパク食べちゃう怪物を退治してもらうためよ〜」
何を言ってるんだこの人は。本当に話が通じない。
もういいからさっさと退散しよう。
「わたしにそんなこと出来るわけありま……」
――いや、待って。人を食う怪物?
もしも私がこの腕輪を得ていなかったら、その死に様は一体どうなっていた?
腕は噛みちぎられて、振り回された身体は擦り傷だらけになっちゃって。動かなくなったらはらわたなんかも食べられちゃって――、下半身なんてすっぽりなくなっちゃうんじゃないだろうか。
そう、今日病院で出会った兄のように。
あれ?
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緑色の髪の毛が徐々に黒色へと染まっていき、可愛げのある服は蒸発するように消え去った。
はぁ、はぁ。失敗、失敗した。
こんな凄い力持ってて、なんで失敗するんだろう。最後、守ろうとしてた人に守ってもらっちゃったし。
「精霊皮」……多分これは凄いものなんだろう。運動なんてまるでできない私でも一端の戦士以上に動けるのだから。でも、運動ができない私じゃ、所詮一端の戦士に毛が生えたようなものだった。場馴れした戦士と戦うには程遠い……。
今日のことを報告したらマゼンタさんは何と言うだろうか。……怒るだろうか。
「精霊技術の粋である新兵器をありがとうございます。今日はブラシを持った男に殺されかけましたが一般人の助けもあって命辛々逃げ切れました」
……報告の時間を想像し、気が重くなりながらわたしは食堂に入った。
今日はこの店でマゼンタにホーリー・ヴァイオレットとしての業務報告をしなければいけないのだ。
「っらっしゃーーせーーっ」
店員であろう少女の瑞々しい声がホールに響く。
私の声は瑞々しくないので羨ましい。
お兄ちゃんは「すみれの瑞々しくない声が好きだ」と言っていた。わたしは多少ブラコンの毛があるので、お兄ちゃんに「好き」と言われると嬉しくなって、赤面して、ちぢこまってしまうが、お兄ちゃんじゃない人が同じセリフを言ったらレンガで殴るだろう。いや、殴れない。
現実では殴れないけど、妄想の中で殴る。そして、目をぱちくりさせる不心得者にこう言うのだ。
「……わたしをか弱い少女だと侮りましたね。あなたは、もう少し人を見る目を養うべきで……」
「はい? なんですって?」
「ひっ、い、いやなんでもないです……」
店員の声でわたしは現実に引き戻される。無意識の内に声に出てたようだ。
黒髪のショートカットに赤ずきんをかぶった店員さんがわたしを訝しんで見ていた。
……!!
この人、さっきの襲われてた人だ!……こ、こんなところで働いてたのね。
「お一人様ですか?……ただいま午後四時なので、黒髪少女のお客様は特別席になりますが、本当に大丈夫ですか……?」
「は、はいそれでお願いします」
思わず息を飲んでしまう。落ち着け、落ち着け。彼女はわたしには気づいていない。
いや、気づけない。
精霊皮は服装、髪色はもとより、面影、声色すら変質させ、変身者の面影すら残さない。
私だって鏡を見てビックリしたくらいだし、お兄ちゃんだって見分けられないだろう。
いや、そんなことはない。お兄ちゃんなら見分けるな。うん、見分ける。見分けて。
「こちらが特別室となります」
ん、なんだって。特別室?
今更だけど、なんで私が特別室に案内されるのだろう?
まあ、「特別」って響きがいいし、なんでもいいか……と思っていたわたしは、特別室と呼ばれる部屋を見て絶句する。
その部屋は床一面に鋭く尖った剣山が敷かれており、人一人が片足でやっと立てるようなスペースの前にテーブルが置いてある、およそ食堂とは似つかわしくない異常な部屋だった。
「あの、わたし拷問されたいわけじゃなくて……ご飯食べさせてもらいたいんですけど…」
「お、お客様、一応確認は取ったんですけど……もしかして知らなかったんですか? 午後四時に黒髪の少女が食堂に入る場合”片足で立たないと大怪我してしまう特別席”に案内しないといけないという条例が新しく出来まして…」
「な、なんですか!? その狂った条例は!」
「リリオットのご令嬢……あの”白痴事”リリオット様がまたわけのわからない条例を作ったみたいで……ごめんなさい……。それと一回了承されたら1時間はこの部屋からお出しできない決まりなので、どうにか耐えてください。本当にごめんなさい!」
――少々時間を遡る
店を出る際、店員が顔面に塩をぶつけてきた。
塩が大量に目に入ったために、私は声もなく号泣してしまったが、店員が申し訳なさそうな声で謝っているので、これ以上泣くことは許されないのだろう。これも最近制定された「新たな条例」のひとつようだ。
聞いたことはあった。”白痴事”シヴィライア・リリオット。
生まれ持ったその類まれなる頭脳は、歴史学、地学、経済学、算学、科学、法学あらゆる分野に精通し、若くしてリリオットの街のかつての名門であったリリオット家を再興するであろう超才女として期待されていたが、この街の政治の中枢に座したとたん生来の悪癖を発露し、民を無用に苦しめるようになった。
「貴族はメインストリートの右側を逆走して良い」。この法律を制定したのも彼女だ。そもそも、一方通行でもない道をわざわざ逆走することにメリットなど無い。近道になるでもなく、特別空いた道であるわけでもない。ただお互いに通せんぼし合ってしまうだけだ。事実、この法が制定されたあとに進行方向を逆走した貴族は一人しか存在しない。誰あろう、彼女自身だ。彼女は一日一回大きな声で「ドスコイドスコイ」と吠えながら、町人につっぱりをかまし、進路妨害をする。日課だ。明らかな嫌がらせだが、法に逆らうことのできない町人たちは彼女のつっぱりの洗礼を受ける。来た道を300m以上は押し戻されてしまうが、彼女が飽きるのをただただ待つしかない。
「立法する無法者」の異名を持つ彼女が罷免されないのは、ひとえにその才能のなせる技だ。彼女はその不世出の才能をすべて自分の不始末のフォローに注いでいる。その働きは大変めざましく、日頃の彼女の非道と天秤にかけたとしても、わずかに善政が優っているのでは?といわれほどである。
彼女の嗜好がもう少しだけまともであれば、リリオット家も再興を遂げており、現在のような地位に甘んじていなかったのではないだろうか。実際は、彼女の評判が世間に聞こえるたびに、リリオットにおけるリリオット家の影響力は弱体化していったようだ。現実は非常である。
私が特別室で一時間たっぷり拷問を受けた直後に現れたマゼンタさんは、わたしの身体をジロジロと眺めて、剣山がまったく刺さってないことを確認すると、がっかりした顔でわたしにローキックを食らわせてきた。グウアアッなにするんですか! 1時間ほど片足立ちしていたために足が限界だったものの、流石にここまで我慢したのだ。倒れ込んで剣山に刺さるわけにはいかない。わたしが根性で乗り切るのを見ると、マゼンタさんは深く頷いた。
今の頷きは一体――。彼女は今のローキックになんの意味を込めたのか?
わたしはじっと彼女の目を見つめ二の句を期待したが、マゼンタさんは窓辺に寄り添って、おもむろに天気の話をし始めた。雹 が振ると、ヒョウッという気分になるらしい。死んでほしいと思ってしまった。いけない。わたしはできるだけ人を愛したい。
「それはそうと、あなた、今日は散々だったみたいね〜」
ギクッ。もしかして見てたのか。
「あなたはまだま〜だ戦士としての実力が足りないみたいだけど、強くなりたいって気概が全然ないのが問題ね」
そりゃそうです。わたしは町娘なのだから。
「じゃあ、ご褒美をあげたらやる気が出るかしら?」
「ご褒美?」
「今日のブラシくんをやっつけられたら、お兄さんの手がかりをひとつ教えてあげるわ〜」
この場合、わたしに選択肢はない。私は店をすぐ飛び出していた。
多分、レストさんは私とちがって「戦いができる人」なんだろう。そして、おそらくだけど、武器は左腕につけられた義肢に隠されている。
街の人たちに襲撃されかけたとき、レストさんは一瞬足を止めて左手を緊張させていた。人は単純だ。迫り来る脅威に対面した時、立ち向かうか、逃げるかしか選択できない。わたしという足でまといがいるからか、結局は逃走をえらんだが、あの時のレストさんは、逃走よりもまずは立ち向かうことを優先して考えているようだった。そして、その「立ち向かう選択」の根拠になるものは、瞬時に緊張させた左手が関係するのだろう。おそらく。
わたしはこの危機を乗り越えるために、自分の身を守るために、とりあえず変身しておこうと考えた。それに、私なんていない方がレストさんも自由に動けるだろうし、二手に別れたほうが追っ手も分散するだろうし、と。目論見はほぼ成功している。わたしに向かってきた追っ手も大体振り切れた。わたしなんかが振り切れるくらいだ。レストさんだって振り切っているだろう。おおむね正しい判断だった。
……なんだろう、考えすぎている。
わたしは何故こうまで自分の行動を分析しているのだろう。
気分が、良くない。
その答えは簡単だった。わたしは自分に対して言い訳をしているのだ。
もしもレストさんが戦士だというわたしの目論見が外れていたら?
もしもレストさんが偶然足を捻ったら?
もしも大部分の暴徒がわたしでなくレストさんを追いかけていて、レストさんが追い詰められてしまったら?
もしも、もしも、わたしがレストさんから離れたせいで、レストさんが死んでしまったら?
考えすぎだというのはわかってる。
それにレストさんに出会って、まだ一日も経ってない。心の通じた友達だってわけでもない。だというのに、わたしはそんな他人になぜ入れ込んでいるのだろう。レストさんがどうなったって関係ないし、なにもわたしは悪いことをしているわけじゃない。当然の行動をとっているだけだ。それはその通りだと思う。
しかし、
わたしのお兄ちゃんはわたしのしらないところで死んでしまった。
それはわたしのせいじゃないかもしれない。それでも、わたしになにかが出来たのかもしれない。少しのなにかでお兄ちゃんは死ななかったのかもしれないのだ。
今日話したレストさんはいい人のようだった。もしかしたら、これから友達になれるかなと思った。そう考えるとグッと胸が締め付けられ、震えた。もう嫌だ。わたしの無関心が大事な人の命を奪うことになるのは。わたしは戦う武器を手に入れた。それを使って、どうすればいいだろう?
――どうするか。わたしはわたしが納得した行動が取りたい。そう思った。
心の中で火がともり、わたしは絶叫によってわたしの意思を表明することにする。
「恥ずかしい服・着装〈ホーリーシステム・ウェイクアップ〉!!」
いや、もうこの服装も恥ずかしくない。恥ずかしいが、この恥ずかしさが人を救う痛みなら、わたしは甘んじてこの痛みを受け入れよう。
この服は――この力は、わたしがレストさんを、わたしの周囲のみんなを助けるものなのだから!
わたしは建物を飛び越えるように大きく跳躍すると、発達した眼力を使って上空からレストさんを探しだした。
気絶から目覚めたわたしは、レストさんの背中を離れました。
道中は長く軽い話題もつきた頃。
同行するリオネさんがチラチラとこちらを眺めたとおもうと、一息つき、私に話しかけたのです。
「それでその、なんだっけ?……ホーリー・ヴァイオレット?はどうしてそんな格好してるの? イカレてるの?」
「しょ、正気です。正気だけど、わけあってこういう格好しています。そ、そんなに恥ずかしい格好でしょうか…」
「どうだろう。わたしはそんなの着て外歩けないなあ。レストはこの格好どう思う? かなりヤバイだろ?」
「ノーコメントとさせてもらいます。わたしには心がありませんから」
「逃げんな!」
「しかし、ホーリー・ヴァイオレットじゃ長いわねえ。うーん、ヴァイオレット……そう、ヴァイオレット転じて”すみれ”ってあだ名はどう? 可愛いでしょ、女の子の名前みたいだし」
「は、はあ、ちょっと野暮ったくないかな…と……思いますが…」
「わたし、ホーリー・ヴァイオレットさんのほかにも、すみれさんというお知り合いがいるのですけど」
「へ、へえそれはまた偶然ですね! じゃあ、すみれというあだ名はやめて別のにしま」
「これも何かの縁ですし、親しみを込めてヴァイオレットさんはすみれさんと呼びましょうか」
「あ、そうっすか……ありがとう…ございます…」
シヴィライア -迷惑編-
「我が店『花と雨』の冷蔵庫をミルミサーモンの材料であふれさせたい」
その申し出を受けた時、はじめは100%の善意からくる謝罪行動なのだと思っていた。
しかし、店内に運び込まれた山のようなサーモンとミルクを見ると、わたしの考えは変わった。善意じゃない。これは明らかに善意じゃない何かだ。わたしは顔面を蒼白させた。その量は我が店の冷蔵庫を軽く上回っており、いくらウチの目玉がミルミサーモンだと言っても、冷蔵庫を溢れるほどミルクとサーモンを入れられては他の食品が仕入れられず商売が出来なくなってしまう……。うず高く積み上げられた食料の山はまるでおすもうさんの巨体に見えた。圧倒的であり、支配的であるおすもうさん。
私が緊張によってカラカラと乾いた口から「おすもうさん……」と声をひねり出すと、彼女はこちらを振り返り、我が意を得たりといった表情でウィンクを飛ばしてきた。
「…ミ……ス・リリオット……。ご厚意は大変有り難く思いますが……その、何分ウチの冷蔵庫はそこまで大きくありません」
「大丈夫よ。中に入れられなくても、残りは冷蔵庫の近くに敷き詰めておくわ〜。ジュウタン・イズ・サーモン。最高にCOOL SHO〜〜Pよね〜〜」
会話が通じない。しかしまだ負けるわけにはいかなかった。
「……率直に言わせていただきますと、迷惑です。お辞めになっていただけるとありがたいです」
「あら、迷惑だったかしら?」
やった、通じた!所詮相手も言葉の通じる人間だ。諦めなければ希望は開ける、そう思った。
「ごめんなさいね。じゃあ、後ほどまた”お詫びのお詫び”に来なくちゃいけないわね〜〜」
その時、わたしの心臓は確かに一瞬止まった。
やられた。
やられてしまった。
この悪魔は俺の言質を取りたかったのだ。
私はそれ以上の言葉が継げなかった。勝敗は決まってしまった。
もう私は彼女の暴虐を止めることを完全に諦め、この生臭い絨毯をどう処理するかを考えていた。そうだ。顔なじみの食堂・ラペコーナだ。ラペコーナの冷蔵庫ならこの絨毯を仕舞える筈だ。
そう考えると少しだけ絶望が和らいだ。
※※※
こもれ火すみれ -困惑編-
どこからか声が聞こえてきた。遠くから響くような、かすかな声が。
……――れ――
……――れちゃ――
……――すみれちゃ――
……――すみれちゃん 指令じゃん 私の心は逆ギレじゃん
あなたのミッション失敗 説教あるYOいっぱい でも触らせてくれるなら許そうおっぱい
わたしマゼンタ いつでも狙うセンター ひとりぼっちのあなたにエンター
かすかな声は徐々にはっきりと形をなしていく。それはマゼンタさんの珍妙な歌だった。
「な、なんですかマゼンタさん。こっちは余韻に浸ってるんだから、妙な歌を響かせるのは勘弁してくれませんか。っていうかこんな機能あるなら待ち合わせとかしないでも良かったんじゃ……」
「ウフフフ〜〜どうどう。わたしの新しく開発した押韻歌。わたしって天才だから文化も創造できちゃうのよ〜〜尊敬した〜?」
マゼンタさんはその発明にラップと名付けたらしい。
「どうでもいいです! で、なんの用なんですか?」
「う〜ん、与えたいミッションは二つあるんだけど、ひとつは冷蔵庫がサーモンとミルクに占拠されてかわいそうな『花と雨』をすみれちゃんの暴食によって救ってあげよう作戦で〜、もうひとつはリリオットを滅ぼそうとする、とっつぁん坊や魔王ウォレスくんを懲らしめにいこう作戦なんだけど〜。お勧めはすみれちゃんが胃袋をはち切らせて絶命する可能性がある『花と雨』の方で〜」
マゼンタさんがいまだに何か喋っていたが、わたしの耳には届いていなかった。
リ、リリオットが滅ぶ……? そんなの絶対させちゃいけないよ!
ドゥッドゥッドゥドゥドゥ♪ ドゥッドゥッドゥ〜〜♪
低いドラム音がホールに響く。
室内にいる面々が音のなる方に目を向けると、暗闇から一人の女が現れた。
「気になってるみたいなので教えてあげるけど、これは”ホーリー・マゼンタ 〜リリオットの危機のテーマ〜”よ〜」
テーマ曲は今日の朝にようやく完成にこぎつけたものだった。マゼンタはマゼンタなりにリリオットの一大事に備えていたのである。
さて、すみれはというと、いつの間にか亀甲縛りで天井に吊り下げられていた。
「マゼンタさん、早く降ろしてください! こ、こんなことしてる場合じゃないんですよ」
すみれを縛る縄は、解こうとすればするほど体に食い込んでいき、すみれの自由を完全に奪っているのだ。
「こらこらヴァイオレットちゃ〜ん。彼らの邪魔しちゃダメよ」
「クク、紫色〈バイオレット〉か。奇遇なもんじゃの? 白痴嬢」
「あ〜らあら、おっちゃん。あなたは白色〈ホワイト〉になったんでしょ?言いっ子なしよ」
ウォルスと軽口を叩き合うマゼンタに、すみれの苛立ちはついに限界を迎えた。
「わたしが戦わなきゃ……ライさんが死んじゃうんですよ!!」
すみれの激高を受けたマゼンタは、ピクリと止まると、ふーんと鼻を鳴らす。
「ライ君、聞いた〜〜? どうしてもとっつぁん坊やが怖かったらヴァイオレットちゃんを降ろしてもいいわよ〜」
「そんな当たり前の事聞かなくてもいいです! わたし、わかるんです。同じだから……。ライさんは……わたしと同じ……戦う力をもってない人なんです! 本当はこんな場所に居させちゃいけないひとなんです」
「……だってさ、ライくんはどう思う〜〜?」
マゼンタの質問を受けたライは、目を閉じて大きく息を吸うと迷いを振り切るように、噛み締めるように言葉を紡ぐ。
「降ろ……さなくても、いい」
「ど、どうして!?」
「……元を正せば。ここでペテロがこんな目に合ってるのも、俺に勇気がなかったから、なんだよな」
ライは握り締めた剣をじっと見つめ、視線を緩やかにペテロに移した。
「お兄ちゃん?」
「俺は後ろめたさを感じながらも、どこかで自分のやってることがペテロの為になっていると思っていた。俺の手紙でペテロが元気になれば良いと……楽観していた。だけど俺が積み重ねた負債によってこの状況が作り出されてしまったのなら……。どこかで勇気を持たなくちゃ、またこんなことが繰り返すんだろう」
「たとえ現実が英雄と程遠くても……今だけは……いや、今からは! 手紙の中の英雄〈ヒーローソード〉に負けないくらいの勇気を持たなくちゃいけないんだ!」
ライの叫びを聞くと、マゼンタとウォルスは心底愉快そうに喉を鳴らした。
「ふふ……一世一代のドスコイに言葉は最早不要。あとはどちらかが土俵を割るまで突っ張るだけよね」
突風とともに純白ローブがたなびくと、ウォルスの表情から笑みが消え去り、あたりを緊張が覆い尽くす。
「おのがすべてを投げ打ち、ただ弟を救わんとするお主が英雄でなくて、一体この世界の何者が英雄であるというのか。まるで幾万と繰り返された、いにしえの英雄譚の中にいるようじゃ……。相応しいぞ、ライ。いや、ライ殿。貴殿こそが我が物語を締めくくる最後のひと欠片だったのじゃ」
戦いが始まりをつげた。
ウォレスの去ったあと、すみれはライの亡骸にすがりついて泣いていた。
「こんな……こんな……こんなの……」
ただの自己満足だと思った。個人の想いだとか、矜持だとか。そんな不確かなもののために死なれては残された人はどうすればいいのか。格好悪くたって、生き残れればいいじゃないか。すみれには、ただ納得がいかなかった。
「ヴァイオレットちゃん、当事者であるペテロ君が泣いてもいないのに、ちょっとみっともないわ〜」
マゼンタの言うとおり、ペテロは涙を流していない。ライの亡骸を真剣な眼差しを向けているだけだった。ペテロの心境が理解できないすみれは、嗚咽しながらペテロを見つけ続ける。ペテロはライのことをどうでもよく思っていたのか? そんな仮定すら脳内に浮かんでいた。
マゼンタはそんなすみれを一瞥すると、
「ペテロ君、お兄さんはどうだった?」
ペテロに問うた。それはまるで一人蚊帳の外にいるすみれに諭すような質問だった。
「……格好よかった。僕の思った通りの……英雄だった」
注視すると、ペテロが震えているのがわかった。
ペテロは涙をこらえている。悲しくないわけはないのだ。
「そう。それでいいのよ」
ペテロは最愛の兄の死という場に直面し、しかし、それでもその死に様をなにかを受け取っているのだろう。その表情には、悲しみ以外の強い感情をたたえている……すみれは察しが悪いなりに、そう感じた。
「なんとなく……わかりました、けど」
「この世には人に迷惑をかけなきゃ生きていけない人種がいるわ。わたしやウォレスのように……。ライ君もそういう人間だっただけの話ね」
「そうなんでしょう。ライさんも、ペテロさんも、魔王さんも……納得しているんでしょうね。……でも、マゼンタさん……。わたしは、マゼンタさんのしたことをどうしても許せそうにありません」
マゼンタはうんうんと頷いた。
「わかってるわ〜〜。いつかはこうなると思ったけど、案外早かったわね、ヴァイオレ……ま、もういいか。すみれちゃ〜ん」
精霊皮はもういらないからあげるわ〜と言うと、マゼンタはすみれたちに背を向け、歩き出した。
「マゼンタさんはこれからどこへ?」
「わたしはすぐにウォレスを追いかけるわ〜。ちょっとした諸事情もあって、この街でのお楽しみがしづらくなっちゃったからね〜〜」
マゼンタは陶酔しているかのように頬を紅潮させると、愛しそうに目を細めながら続ける。
「あのおっちゃん、今頃格好つけながら放浪し始めたところだろうし、まさか自分がDOS‐KOIされるとは思ってないと思うのよね〜。とりあえずローブに染色引っ掛けて、白色の<ホワイト>ウォレスから木材色の〈ナチュラルブラウン〉ウォレスにクラスチェンジしてもらおうと考えてるの〜〜」
「魔王さんに冗談なんかしかけたら、殺されちゃうんじゃないですか?」
すみれがため息をついた。
「あら、わたしが人に迷惑をかけるときはいつでも命懸けよ〜。あなたの精霊皮だってわたしの奴より新型なんだから、今この時だって逆上されたらとっても大変!命懸けなのよ〜」
じゃあ、機会があったらまた相手してね。そういうとマゼンタは、ソイヤ!ソイヤ!ソイヤ!ソイヤ!と左右交互にボディーブローを素振りしながらどことなく去っていった。
わたしはそれまで幸せだった。愛する兄がいたからだ。敬愛する兄の存在のおかげで、リリオットにおいて被差別者である黒髪に生まれても、なんの苦もなく伸び伸びと生活していけた。しかし、兄はいなくなった。スイッチをパチリと切ったように兄は死んでしまった。
途方にくれ、いっそ死んでしまおうかとも考えたものだが、それでもわたしは生き続けることになる。マゼンタさんが現れたからだ。マゼンタさんは兄ほど優しくなく、わたしに迷惑しかかけていなかったが、それでもわたしに目的を、戦う力をくれた。生きる理由を与えてもらった。
今さらになって気づくのだ。自分はいつも保護されていた、と。
誰かしらの助力なしで生きていたことなど、一日たりともなかった、と。
ふと、歩みを止める。
「どうしたの?」
手を繋いでいた少年がこちらを覗き込む。
兄がいなくなった時、すべてを失った感覚にとらわれていたが、それは当然だ。それまでのわたしには何もなかったのだから。自分ではなにも選択してこなかったのだから。誰かの支えがなければ生きることすらままならない出来損ないの人生だったのだから。
いつの間にかわたしは、この数日間を走馬灯のように思い出していた。マゼンタさんの命令に従って、いろんな人に会い、いろんな出来事に遭遇した数日間。わたしは彼女に従う理由は兄の為であると信じていたが、わたしは誰でもいいから人生の指針を与えられたかっただけなのではないだろうか。今までどおり、なんの責任も負わず生きていきたい、そう望んでいたのではないか。
しかし、この数日による様々な出来事を経たわたしは、最終的に保護者であるマゼンタさんとの別離を選択した。
わたしは成長したのだろうか?
そう、自問する。
――いや、これではダメだ。
わたしは、わたしの周囲にある大切なものたちの為に、もっと明確に成長しなければいけない。
今までのように守られる側ではなく、わたし自身が守る側にならなくてはいけないのだ。
「ねえ、ペテロさん」
わたしは、胸に溜まった空気をほーっと排出すると、
「ううん、ペテロ。今日からわたしがあなたのお姉さんになります」
と言った。
その言葉にペテロはちょっとだけ驚いたようだが、徐々に落ち着きを取り戻すと、少し考え込み――頭の中で推敲したらしいセリフを、一言一句違えぬように喋りだした。
「それでも、僕は”ヒーローソードを継ぐもの”だからさ」
「これからは、僕も強くならなくちゃいけないんだ。だから、お姉さんとは呼べない」
どこか間の抜けている、芝居がかったセリフ。
到底格好良くは思えなかったが、わたしは心の中になにか暖かい手応えを感じていた。
「じゃあ、どうするの?」
「すみれって呼ぶだけさ」
「生意気なんだから」
二人は軽く笑い合うと、再び朝焼けに輝くリリオットへと歩き出した。
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