千夜一夜の果てに

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[400] 2012/06/10 14:05:15
【ダザ・クーリクス:26 不老不死の魔法使い】 by taka

雨が降る中、ダザとウォレスは対峙していた。
ここは、初めてダザがウォレスを見かけた、ほとんど人が通らない街路地。

「どうした、そんなに殺気を出して。儂に暗殺命令でも出たのか?」
「・・・はっ、ウォレスの爺さんには隠し事はできねぇってか」
ウォレスは相変わらずなにもかもお見通しな感じであった。

「暗殺するにしては、悲しい顔をするもんじゃのう。まるで無理やりやらされてるようじゃ。」
「・・・」
ダザは何も答えず、鋼鉄ブラシを構えた。

「・・・こんなことになって、残念です。」
「あぁ、儂も残念じゃ。じゃが、これも運命というものかのう。」

ウォレスは人差し指をダザに向ける。それと同時に凄まじい破裂音が響く。
ウォレスの人差し指から『死』を発射した。しかし、それはダザの鋼鉄ブラシによって防がれる。

「対魔法コーティングか。よう対策を練っておる。ならば・・・」
ウォレスは同様の技は通用しないと判断し、次なる技を繰り出すために構えを変える。

その瞬間、ダザはウォレスを初め見たとき以上の恐怖を感じる。
ウォレスの中で死そのもの存在が大きく膨れ上がっている。そんな感覚だ。

この技を使わせるわけにはいかない!ダザ意を決してウォレスにブラシで殴りかかる。

ダザの攻撃は直撃する。しかし、ウォレスは不動のまま動かず、血を流しながら呪文を唱え続ける。
死の感覚はまだ膨れている。ダザは蹴りによる連打を行うが、手ごたえがない。

これが・・・不老不死の魔法使い・・・!?


そして、死の存在は最大まで膨れ上がる。
もう遅いとダザは咄嗟に義足で身を護る。

「終わりじゃ、ダザ。 『ウォレス・ザ・ウィルレスの首切り鎌』!!」

ダザの義足による護りはまったくの無駄だった。
完全なる死角から鎌は現れ、防御の隙を縫ってダザの首をめがけて斬り裂いてきた。


鮮血が飛び散る。
ダザは咄嗟に身をそらし、首への攻撃を避けたが、それでも、肩からバッサリと斬られていた。
ダザは膝を付く。

もはや止めを刺す必要がないぐらいの致命傷だ。
ウォレスは少し哀れんだ顔をするが、仕方がないという表情で去っていく。


その時、ダザの義足から回転音と共に淡い光が発せられた。
その光はダザを包み込む。

痛みが和らぐ。まだ戦える・・・?

「精霊駆動の回復術!?」
ウォレスを驚いて振り返る。

ダザは義足で地面を蹴り飛翔する。そして、ウォレスの顔をめがけて、義足で蹴り込む。
ウォレスは顔面を潰され、その場に倒れ込む。

殺した?不老不死の魔法使いを?
ダザは疑問に思ったが、傷口がまだ痛む。完全には回復してないようだし、血も出しすぎてる・・・。
この場に再び倒れ込むわけには行かないダザは、義足を使い現場から離脱した。

雨に濡れ、顔を潰されたウォレスが街路地に残された。


[401] 2012/06/10 15:32:23
【ウォレス・ザ・ウィルレス 24 「死体のゆくえ」】 by 青い鴉

「――というわけで、裏路地での戦闘により、ウォレス・ザ・ウィルレスを撃破しました。負傷のため、俺はいったんひきあげましたが、後に第一発見者から通報を受けた公騎士団により、ウォレスの死亡が確認され、死体は共同墓地に埋葬されました」

 肩に包帯を巻いて、ダザは課長に報告する。負傷のせいで、報告が少し遅れた。ウォレスの爺さんには悪いことをしたが、上からの指令だったのだからしかたがない。ダザはいつも通りに、ターゲットの死を、そう割り切っていた。
 だが、普段なら「ご苦労」などと声を発するはずの課長は、黙して何も言わない。

「あの、何か問題でも? これで俺の潔白は証明されたはずですよね」

「――本当に、死んでいたのかね?」

 その質問に、ダザは少しむっとする。ダザは多くの暗殺を経験してきた。ターゲットが死んでいるか死んでいないかの判断くらいはつく。ダザは念を押すように言った。

「直接は確認していませんが、死体は公騎士団によって検死済みです。心臓は停止していましたし、瞳孔も開いていたとの報告書が上がっています。これでは不満ですか」

 課長はしばらく沈黙し、そしてまた口を開く。

「そう、たとえば、首と胴は切り離したのかね? 心臓を貫いて潰したのかね?」

「課長。一体何を言っているんですか。それじゃまるで、不老不死の化物の――」

 そこまで言って、ダザは課長が何を言わんとしているかに気付き、ぞっとする。

「ウォレス・ザ・ウィルレスは不老不死だと噂されている。無論、君との戦闘でウォレスが死んだということを疑っているわけではない。それだけの大怪我をしてまで君が嘘をつく理由は無いからな。ただ、その後の後始末をどうしたのかと、少し疑問に思っただけだ」

「――引受人の無い死体は、葬式無しで、共同墓地に埋葬されます。墓掘人が深い穴を掘って、死体を埋めて、土を被せて、それでおしまいです」

「そうだな。そうだったな。いや、要らんことを訊いた。今の会話は忘れてくれ。よくやってくれた。君の潔白は証明されたよ。ただ――」

「ただ、何です?」

「君も知っているだろうが、ダウトフォレスト攻略作戦が計画されている。その志願者名簿に、『ウォレス』という名前が書かれていたそうだ。だが君との戦闘以降、紫色のローブを着た少年は全く目撃されていない。きっと――同名の赤の他人だろう」


[402] 2012/06/10 15:42:35
【ソラ:21「離職」】 by 200k

 合図とともに侍従が部屋に入り、ソラの目前に金貨袋を置いて出て行った。ソラが袋を持つと、ジャラジャラと中の硬貨が音を立てた。
「さて本題じゃ。その金は今回の迷惑料じゃから受け取るがいいぞ、ヒヒヒ……。本物は物言わぬ死体となって出て来よったからな。まったく、大事な賓客だというに勝手に命を投げ捨ておって……」
 老婆は執務机の下から金貨袋を取り出した。ソラに手渡されたものの3倍以上はある。
「さて、あたしゃお前を雇いたい。どうじゃ?それ以上の報酬を出すぞ、ヒヒヒ……」
 それを聞いてソラはすっくと立ち上がり、目の前の袋だけかばんに入れると部屋の戸を開けた。そして振り向いて口を開いた。
「……ごめんなさい。私、あなたのこと大っ嫌い。二度とこんな薄気味悪い物が並べられた陰気臭い部屋に呼ばないでよ。今日これっきりで私のペルシャとの縁も掃除の仕事もぜーんぶおしまい!変な容疑をかけられたんじゃなければこんな所一秒でもいたくないね!退職金奮発してくれてありがとうございます!べーっだ!」
 弾丸のようにまくし立ててソラは勢いよく扉を閉めた。
「やっちゃった……やっちゃったよ……」
 まだドキドキする胸を抑えながら、ペルシャの廊下の絨毯を踏んで外へ出る。その間に誰かに呼び止められることも、捕えられることもなかった。

 通りに出て、ソラは背伸びした。
「仕事なくなっちゃったなあ。これから先どうしよう」


[403] 2012/06/10 16:56:48
【えぬえむ道中記の22 虚像】 by N.M

昼なお薄暗い森、ダウトフォレスト。
えぬえむとソフィアはその真っ只中にいた。

「ダウトフォレスト、ねぇ。少なくともエルフとは取引ができる相手であるはずだけど」
「そうでなければわざわざミスリル貨渡してまで依頼はしないでしょうしね」

他の参加者たちの士気は高い。
前金を受け取ったとも言うのもあるだろうが、やはりダウトフォレストに隠されたf予算の手がかりだの、封印宮だの、女のエルフだのそういうものに興味があるらしい。

「本当に大丈夫かなぁ。反感買って私達まで襲われるかも」
ブツブツぼやいてるうちに準備が完了したらしく、第一陣が突撃を開始した。

突然虚空から矢が飛び出してきた。
傭兵たちの数名が胸や頭を穿たれ絶命する。

「んなっ!? どこから撃ってきやがった!?」
「上だ、あっちから飛んできやがった!」

遠くから見ていたえぬえむはソフィアに訊く。
「今の、見えた?」
「いいえ、全然…」
「数は少ない。けど、狙いは恐ろしく正確…。次はどう来るかしら?」

見ているうちに傭兵たちは次なる行動に出た。

「こうなりゃ焼き討ちだ! 松明用意しろ!」
「多分木の上から撃ってきやがったな。切り倒してやる!」
先陣の様子を見た後続隊は斧やら松明やらを持ちだして来る。

「…ダウトフォレスト(疑いの森)と言われる理由がわかった気がしたわ」
「?」
「例えば、あの傭兵が木に斧振るおうとしているけど…」

次の瞬間、木が不自然にしなり、傭兵を枝で強く打ち付けた。

「…ツリーフォークね。あんなコトされたら反撃食らっても仕方ないわね」

火も突進してきた獣―人の世では見たこともないような
―に踏み潰され、矢は降り注ぎ、一人、また一人と倒れていく。

「ちょっと安全な所に退避したほうがよさそう…」
「でも、安全なところってあるの?」
「わからない。けど見た感じ、敵意を剥き出しにした者から順々に攻撃してるみたい」
「専守防衛ってこと?」
「多分ね。そろそろ本陣から離れたほうがいいかも」

次の瞬間、獣が本陣に突進してきた。幻影を盾に咄嗟に躱す。ソフィアもマントを翻して防御の姿勢をとっていた。

「とりあえず、話せそうな相手が見つかるまで逃げましょう!」
「ええ!」

二人は森を逃げ惑う。
目を瞑れば付かず離れず追ってくる気配。そして、森の上に感じる巨大な存在。噂の『目』だろうか。

気づけば犠牲者の叫び声も聞こえない。獣の暴れる音も、木々が動きざわめく音も聞こえない。

「終わった…の…?」
「だといいけど…誰かがいるわ」

今まで何もなかったように見えるところから、一人。
その見かけは伝承に出てくるヘレンに酷似していた。

「贄の時間は終わり、交渉の時間が始まる。相応の代価を支払えば、それに応えよう」

おそらくは、エルフなのであろう。
見えはしないが、他にもそこらかしこに気配を感じられる。
下手な動きをしたらどうなるかわかったものではない。
森の木々や獣たちの監視の中、交渉は始まった…。


[404] 2012/06/10 19:11:35
【ソフィア:23 エルフと契約】 by ルート

「贄の時間は終わり、交渉の時間が始まる。相応の代価を支払えば、それに応えよう」

部隊が突撃から壊滅に至るまでには半刻とかからなかった。戦場から離脱した私とえぬえむの目の前には今、一人のエルフがいた。
贄という言葉からこの侵攻作戦の真意、そして『盟約』の対価についても想像はついた。私達はどうやら、幸運にも贄から除外されたらしい。

「まずは、汝らが我らと交渉するに足る者であると、証を示せ」
「証…まさか、エルフと戦ったりするの?」

顔をしかめるえぬえむ。が、私は硬貨袋から一枚のミスリル貨を取り出し、そのエルフへと投げ渡す。
エルフの女性は受け取った硬貨を確認し、小さく頷く。

「これはかつてソウルスミスが、我らとの交渉で使用したミスリル。汝らを交渉の資格ありと認めよう」
「え……ソフィア、そんなの持ってたの?」
「前金の中に入ってたんだよ。一枚だけやけに古い硬貨が混ざってるから、何かあるとは思ってたんだけど」

まさかエルフとソウルスミスの契約証書代わりだとは思わなかったが。私の内心の動揺を察したように、エルフは言葉を紡ぐ。

「かつて、リリオットという人間がこの森を訪れ、我らと契約を交わした。契約と引き換えに、リリオットとその縁者は我らと交渉する資格を得た。
 交渉により、リリオットはこの地に街を興す資格を得た。
 後にこの地を訪れたソウルスミスもまた、契約に加わり交渉権を得た。
 リリオットの配下、モールシャは交渉により我らより土地を得た。
 88年前、贄と引き換えに我らとリリオットは相互不可侵を取り決めた。
 我らは人の世の慣わしに興味はない。故に人と交渉もしない。これらはいずれも、契約に基づく交渉権によるものだ」

淡々と語るエルフの女性。その姿は、伝承に現れるヘレンと酷似していることも相まって、説法を行う宗教家を連想させる。

「契約、っていうのは、一体何?初代リリオットは何を契約したの?」
「"神霊"だ。"神霊"の眠る山はドワーフの領域であり、森のエルフの力は及ばぬ。
 "神霊"を求めし我らは、人を利用する結論に至った。"神霊"を探り当て、我らに献上せよ。それがリリオットとの契約だ。
 リリオットの者共は契約に従い、ドワーフを狩り尽くし、山を掘り崩していった。我らに"神霊"を捧ぐ日も遠くはないだろう」

その口調に僅かな期待感が混ざる。高揚しているらしいエルフと裏腹に、私の心中と言えば(まずい)の一言だった。

(いや、絶対人間は、そんな昔の契約なんか忘れてるって…!)

エルフというのは意外と素直な連中なのか。契約は必ず果たされるものだと信じきっているらしい。
契約の事を覚えている者がいたとしても、精霊の力と"神霊"の価値を知った現代の人間が、それを素直に渡すとも思えない。
契約が破られたと知れば、エルフ達は怒り狂うだろう。リリオットに大攻勢を仕掛け、"神霊"を奪いに来るかもしれない。
私の暗澹たる想像を知ってか知らずか、エルフの言葉は本格的な"交渉"へと進んでいく。

「汝らはソウルスミスの使者であると同時に、自らも我らに問いたき事柄があると見える。
 告げよ。問いと共に対価を差し出せば、我らは答えを与えよう」


[405] 2012/06/10 19:55:22
【ヴィジャ:03 硝子の少年】 by やべえ

 ヴィジャが鉄扉へ触れると、扉は淡い光を放ちながら溶け出した。
 粘度の高い液状となった鉄が足元に集まり、うねりながら再び形を成していく。
 鋭い鉤爪、体表を覆う鱗、猛々しい翼、角、髭、牙……。
 それは昔、彼が書物で見た『龍』という生き物の模造品だった。
「留守を頼みます」
 鉄の龍は一度だけ嘶くと、水晶の檻の入口にどっかりと座り込んだ。

 手紙に記されたマップを頼りに迷宮を進む。
 フェルスターク邸への直通路は落盤で塞がっていたので、ヴィジャは二番目に近い出口を目指すことにした。
 入り組んだ小路や殺意に満ちたトラップが行く手を阻むが、あらかじめ存在がわかっていれば脅威ではなかった。
「46、47、48……」
 分かれ道の数、飛び来る矢の数を数えながらヴィジャは歩く。


 封印宮第二層、鏡の間。
「あなたは誰ですか」 
 無限の広がりを見せる天井の高い部屋にヴィジャそっくりの少年がいた。
 ゆらり、ふらりと左右に揺れ、目の焦点も定まっていない。
「ボクは誰なのでしょうか」
 ヴィジャは少しだけ考えた。この子は誰だろう。
 僕ではない。ヴィジャはヴィジャだ。
 ミゼルでもない。髭が生えていない。
 マップを見ても鏡の間について特に記述は無い。
 わからない。
「そこを通してもらえませんか」
 扉の前に立つ少年に、ヴィジャは言う。
「ここを通して良いのでしょうか」
 会話は成立しなかった。

 手を伸ばす。触れる。

 少年はたったそれだけで、粉々に砕け散った。
「743」
 少年を構築していた硝子の破片を数える。
 扉の影に目をやると、屈強そうな男の死体が横たわっていた。
「744」

 *

 カシャン、カシャンと、足音が回廊に反響する。
 出口はもうすぐだ。


[406] 2012/06/10 20:05:48
【ハートロスト・レスト:15 めのまえの】 by tokuna

 虫の声が響く、深夜の林道で。
 私は精霊結晶を二つ、口に放り込みました。
「さて」
 改めてあたりを見回し、周囲に誰も居ないことを確認します。
 ヒヨリさんからの依頼その二。
 深夜に、誰も居ない林道あたりで、左腕を限界まで駆動させ、その後は何もせずに一時間待機しろ。
「どういう意味があるのかは解りませんが、依頼、ですからね」
 虚空に左手を伸ばして、
「左腕駆動、です」
 声と意志に応じて、左腕がゆっくりと震えはじめました。
 何もない空間から精霊を奪おうとしているせいか、腕からは聞きなれない異音が鳴り、虫の声を掻き消しています。
 いつもなら駆動して数秒で目的を果たして停止する腕を、そのまま無理やり連続駆動。
 他に奪うものが無いからか、私自身の中から精霊が奪われていくような感覚に身震いします。
 一瞬ごとに身体が重くなっていくようですが、まだ止めません。
 十、十五、二十。……二十五。
 三十秒で限界が来ました。
 左腕を停止させると、もう立っていることも出来ず、その場に倒れ込みました。
 心臓がほとんど止まりかけているような気がして怖くなりましたが、指示通り、そのままの状態で何もせずにただ待ちます。
 十分、二十分、三十分。
 どこかで、男性の悲鳴が聞こえました。
 気にせず、三十五分。
「もういいぜ」
 倒れたまま声のした方に目線だけ動かすと、満月を背にヒヨリさんが立っていました。
「いやあ正直、ここまで上手くいくとは思わなかったな。観測者システムも種さえ解れば大したことがねえ」
「う、うう」
「さて、これでようやく安心して話が出来る。もう推理とかまどろっこしいことをする必要は無いぜ。
 事の首謀者たるあたしが直々に解決編を始めよう」
「う……」
「あ? うお、やべえ、早く結晶食え。死ぬぞ」
 言われ、震える指で精霊結晶を飲み込みます。
「焦らせるなよ、お前が死んだら何のためにあたしが動いたか解らないだろ」
 行動を指示したのはヒヨリさんなのですが、反論する体力も残っていません。
 ただ、聞かねばならないことだけを尋ねます。
「……何のため、ですか」
「ああ? ……あたしが動いた理由、ってことか? 最初に言っただろ。すべてはお前のためだよ」
「……私、の?」
「そうだよ。依頼したのはほとんどお前のためだし、そもそも依頼書を奪ったのからしてお前のためだ」
 少し不機嫌そうに言われたその言葉。
 ええと、今、ちょっと頭が回らないのです、けれど、何を。
 何を奪ったと。
「あれ、言ってなかったか? ……そういえばそうか。悪い。
 余計な話ばかりして、いつも肝心なことを言い損ねまう」
 飲み込んだ結晶のおかげで、次第に精霊心臓が正常な動きを取り戻してきます。
「そう。お前の依頼書を奪ったのは、あたしだ」
「なんで、そんな……」
 というか、依頼書を盗んだのは、鉄腕に刃の指を持った女性では無かったのでしょうか。
 わけが解りません。
「それももう言った気がするんだけどな。私が動かなかったら、お前は死んでいたんだよ」
「死ん……?」
「お前は、教会で起きた惨劇を見たはずだ。見られるように、わざわざ教会へ行く用事を与えたんだからな」
 ええと、実は争いの気配を感じて逃げてしまったので、具体的に何があったかは知らないのですが。
 一応、血の海はちらっと見ましたから、見たということにしておきましょう。
 回復してきたとはいえ、多くを話す元気はまだありません。
 ヒヨリさんは、私を見下ろしたままで続けます。
「あの教会で血の海に沈むのはな。公騎士どもなんかじゃなく、お前の予定だったんだよ」


[407] 2012/06/10 20:52:56
【カラス 13 ある日中の話−真実】 by s_sen

新しい心配の種が増えたにもかかわらず、カラスは張り切って出勤した。
時計館"最果て"の雇われ人になってから、生活がだいぶ変わった。
最近は、時計館での泊まりの仕事が多い。
ちなみに完全な住み込みは緊張のためか、まだ出来ないでいた。
そのうち、慣れてきたら申し込んでみようと、カラスは考えている。

汚い街並みは、相変わらず…
とも言い切れなかった。
どうやら、少しずつ整備されているようである。
カラスは自分の生活が変化すると共に、
街並みが美しくなっていくように思えた。

今日は、時計館にある、展示品の整備である。
サルバーデルはカラスを部屋の一つに連れて行き、道具箱を渡した。
カラスは道具を使い、一つ一つ時計を手入れした。
細かい作業なら、自分の中では割と得意な方であった。例えるなら、
歴史、文学、計算、料理、絵画、音楽、徒競走、剣術、魔術…と同じくらいに。
何事も割と得意な方だったが、つまり、
言い換えると何事も突出していない半端者になる。
そんなことを考えていながら、カラスは黙々と作業に取り組んでいた。
サルバーデルは時々指示を出しながら、その様子をじっくりと見守っていた。

時計を構成する金属のパーツを磨き上げると、
それは朝の日差しと同じように美しく輝いた。
さらに、それらを一つに組み直すと、
穏やかに澄んだ針の音が聞こえてくる。

東の国の剣術道場では、師に従って修行をこなした。
師は様々な難題…
時には常人でも叶わない働きを、
時には意図すら不明の謎かけを、
時には拍子抜けするようなとんちを、
弟子のサムライに与えたのだった。
時計の手入れもまた、半端な自分の為の修行である。
カラスは思い出し、その日々を懐かしんだ。
作業がふと、ゆっくりしてしまったのは…彼には見られていない。
いや、知らないふりをしているだけかもしれない。

他愛のない冗談を言いながら、二人はとても楽しんでいたようだった。
昼前に時計を二十四個全て整備し終えると、サルバーデルは誉めてくれた。
彼はこれから趣味の散歩に出かけるというので、カラスは他の仲間と共に見送った。
それから、カラスが嬉しくなって夢うつつの世界に入ろうとした時だった。
覚めるような主の鋭い一言が投げかけられた。
「これからは、あまり大切なものを落とさぬように……」
カラスはただただ驚いた。
この街でせいぜい魔女の水晶のことを話したのは、
旅人や冒険者向けの商店の店主一人くらいである。
サルバーデルは顔を仮面で隠して変わっているが、その顔は広いのだろうか。
もしかして、そのことを知っていて自分に話しかけたのか。
それとも、とんでもない炯眼の持ち主で、
わずかに漂う水晶の邪気を見逃さなかったのだろうか。
いずれにせよ、彼はただ者ではない。
カラスは感心してしまった。
固まっているカラスをよそに、仲間たちはくすくすと楽しそうに笑っているのだった。
カラスもそれにつられて、笑い出した。
事の重大さを、しばし忘れながら。


[408] 2012/06/10 21:19:38
【マックオート・グラキエス 30 自由だ!】 by オトカム

その後のメビエリアラの証言により、無実が認められたマックオートは飛び出すように教会を出た。
血がついた服も洗濯して返してもらえ、これといった害を受けることはなかった。
しかしメビエリアラの目は襲ってきた時と同じものだった。本来は黒髪に敵対する勢力。もう戻ることもないだろう。
メインストリートまで駆け抜けたマックオートはかぶりっぱなしだった兜を取り、辺りを見回した。
見える景色はいつもの人ごみと行き交う馬車。当たり前だが、ソラは見つからない。
もしも騎士団に捕まっていたら・・・嫌な不安は拭えない。焦りばかりが先回りする。
「ちょっとそこのお兄さん!」
焦るマックオートを呼び戻したのは露天のおばさんだった。リリオット名物お菓子を売っているらしいが・・・
「何があったがしらんけど、何か食って落ち着いたら?」
「あぁ、そうだね・・・じゃあ、この”ピーチ味チロリン棒”をひとつ買うよ」
「ピーチ味?お子様だねぇー!」
笑われつつも代金を払おうと財布に手を入れた。そういえば今は食事一回分程度しか持ち合わせていない。

チロリン棒をかじると、気分もいくらか落ち着いた。
とりあえず、ソラはいない。無事かどうかもわからないだけで、惨劇が確定しているわけでもない。
そして、今は金もない。
ソラを見つける方法は不明、しかし金を集める方法はいくらかある。
マックオートはソラの無事を願いつつクエスト仲介所に向かった。


[409] 2012/06/10 21:40:45
【オシロ23『一日目』】 by 獣男

精霊精製競技会一次審査、一日目。

精製競技会一次審査は、あらかじめ用意された粗悪な粗霊の山から、
参加者が任意の粗霊を三つ選び、その精製を三日かけて行うというものだった。
もっとも、粗悪といってもあくまで主催者側の文句であり、
実際、オシロから見ればどれも、
一年に一度回ってくるかどうかというほどの良質な粗霊に思えた。
その中でも、とりわけ使いでの良さそうなものを選ぶ。

「型板をください。あと、あれば百層分離機も。ヘラは200枚ほどお願いします」
精製作業の前に、オシロはまず道具を揃えなければならなかった。
会場に用意された道具は、何もかもオシロが見たこともないような物ばかりで、
とても扱えそうになかったからである。
次々とオシロの周りに集まる時代遅れの精製器具と、大量の木板を見て、
周囲の見学者からは、少なからず失笑がわき始めていた。
「その傷はどうしたんだね?」
血がこびりついたオシロの服に気づいて、運営員が声をかけてきたが、
近くに立つ、尋問の時にいた中年男性の一人が手で制すると、そのまま押し黙った。

一般に精霊は、いくつかの特性において分類される。
厳密にはあらゆる精霊は、全て異なる特性を持っているが、
大雑把にそのカテゴリーを定める事はできた。
この特性をならし、汎用的に扱える統一規格に揃えるのが精霊精製の目的の一つである。
が、オシロの精製はこの目的からは、全く外れていると言えた。

百層分離機から、現代精製では不要とされるほど細分化された粗霊を回収する。
それをオシロは、間に何枚も仕切り板を挟みながら、型板の中へと振り分けていった。
それは全く突飛な作業だった。
本来、定型化された組成へと再構築する作業工程であるはずの場面で、
オシロはまるで絵を描くようにまばらに、
しかし無意味とも思えるほど多くの仕切り板を用いて、型板を粗霊の破片で埋めていった。
「何だあれは。子供の砂遊びか?」
そんな冷やかしも聞こえたが、オシロは無視した。
感覚を研ぎ澄ませて、精霊のあるべき姿を思い描く。
7歳から粗霊だけを見続けたオシロだけが持つ、肌感覚。
その完成図に根拠はなかった。

オシロが原料に乏しいエフェクティヴで見い出した、精霊を最大利用する精製法。
それは特性を平均化するのではなく、あえて特化させ、
あるべき精霊の姿への純度を上げる精製法だった。
使用できる目的は完全に限られるが、出力は通常の精製の3倍はくだらない。

(言われてみれば、確かにこれは精霊の『再生』とも言えるのかもしれない。
精霊の本来の姿が、本当に人の精神なら、この精製を完璧に極めれば、それが起こる)

アルファ粘板と呼ばれる、焼き入れ直前の粗霊の板状の塊までを完成させて、
オシロはその日の作業を終えることにした。
かたずけを終わらせ、最後に粘板段階での出力測定を行うと、
その規格外の数値にどよめきが起こり、周囲からも人が集まってくるような騒ぎになった。
その隙に、オシロは作業中に並列して簡易精製した小さな精霊をポシェットへしのばせ、
またあの技術者達のいる部屋へと戻った。


[410] 2012/06/11 00:00:19
【ライ:06】 by niv

 ペテロヘ。

 「まだ」ってとこによく気づいたな、さすが俺の弟だ。
 ちょっと前から髪の毛黒に染めてるんだ。
 この間の尾行で顔を覚えられてる可能性があるからな、もしヒーローソードの活動中に顔を見られたら正体が割れちまう。ちょっとした変装だってことだが、弱者の味方として、弱者の立場を知るのにちょうどいいってのもある。
 自分の髪が黒になってみるとわかることもあるな。髪の色変わったら手のひら返す奴なんかもいて面白いぜ。飯食いに行ったらさ、俺の顔覚えてていつもにこにこしてたオヤジがすげえ形相になってよ、席座ろうとしたら「そこは今日は予約がある」、別の席座ろうとしても予約がある、って。要するに「出てけ」ってことさ。髪の色一つでな。でもこんな奴はつまんない奴さ。性根が腐った奴は誰か、って見分けがついてむしろよかったよ。

 リリオットに来る、っていうのはまだやめておいた方がいいな。こっちは黒髪への風当たりが厳しいんだ。
 この街はいろいろと危ない。ヘレン教に横暴な公騎士、セブンハウスの陰謀、それに俺たちの宿敵【時間伯爵】……。
 【時間伯爵】は正直なところ、何をやっているのか俺たちにもわからないんだ。顔を時計の仮面で覆ったキザな喋り方の奴なんだが、<<エクスカリバー>>の探索の行く先々で現れて意味深なことを言って消えやがる。こいつはリリオット全土、下手をすると世界のすべてを支配している可能性すらある。
 厄介なのは、こいつは「時間を撒き戻す」っていうとんでもない能力を持っていることで、【物乞い】が情報を探っても時間を撒き戻して証拠隠滅しちまうんだ。
 だがこいつが何か巨大な陰謀を張り巡らしていることは間違いない。こいつを倒すためには伝説の魔剣を手に入れる必要があるかもしれない。

 もちろんお前が街に来たら俺は全力守るが、あえて危険なことはしないっていうのは戦いの基本だ。
 それより、今度そっちの方にサーカスが行くみたいだから行ってみたらどうだ? チケット2枚手に入ったから好きな子でも誘って行けよ。
 どうせお前のことだから、好きな子なんかいない、とか言うんだろう? いいんだよそんなの、後から好きになれば。別に好きでなくてもいいから誰でも誘っておけよ。でもまあ、ヘレン教とエフェクティブはやめておけよ。エフェクティブ、あいつらもろくなもんじゃない。富裕層に入れなかった奴らがまた自分らの中で順位争いして、上の奴らが甘い汁吸いたいだけのねずみ講みたいなもんだ。関わったらまず不幸にしかならない。ヘレンもそうだ、弱者救済とか言ってるが一番弱いのはあいつらさ。いつまでも黒髪にいじめられたってことを忘れられずに腹いせしてやがる。
 俺はヘレン教を倒すために戦っているが、もしヘレン教徒が弱者に転落したら、その時はそいつには優しくしてやれ。
 わかってる、あいつらがマリラにしたことは忘れていないよ。でもな、強い奴に牙を向けてもいいが、死にかけてる犬を蹴っ飛ばすような真似はしちゃいけない。本当の男っていうのはそういうもんだ。

                                           5/27 ライ・ハートフィールド


[411] 2012/06/11 00:02:17
【ライ:メモ】 by niv

ヒーローソードは黒髪。
ペテロが来る前に髪を染める、3日くらい前。
魔剣【ヘリオット】をダウト・フォレストで手に入れる。


[412] 2012/06/11 00:11:44
【カラス 14 ある夕暮れの話−掛物】 by s_sen

これから雨でも降るのだろうか、上から大粒の雫が落ちてきた。
ごろごろと頭上で音が鳴り始めた。

その正体は、屋根に上っているものであった。
さながら東国の門外不出の怪物絵巻そのままの、
普通の人間よりもはるかに大きい鬼女の姿だった。
カラスは仕込んだ刀を構えた。しかし、刃を出せるかどうか分からなかった。
その間にも、この鬼女が邪気を放って雨と雷を起こし…

というわけではなかった。
身体が山のようにでかく、その顔は真っ赤に泣き腫らしている。
それが、鬼女に見えてしまっていたのだ。
おそらくは、ごく普通の女性のようであった。

その昔、カラスがサムライになる前に東の国に流れ着いたところを、
剣の師匠が見つけて弟子にしてくれた。
彼がカラスを拾った当時のことを、「鬼や妖怪に見えた」と後で話してくれた。
彼のように、この身体の大きな泣き虫を自分の弟子にならないかと声をかけるのは
何十年もの鍛錬が必要であったが、情けをかけるのは今でも行うことができる。

付近の住民が明らかに不審がっている。
カラスはソールの衣をそっと、その大きな身体に羽織らせてやった。
光の屈折を利用した魔術の衣は、対象の姿を光の中へ隠す。
この間、不覚にも無くしてしまってから再び作り上げ、
魔力の定着が少し不安定となっていた。これで誰も気にしない…

というわけではなかった。
しくしくとした声はやがて、本物の雷を上回る鳴き声へと変わり、
周囲を大きく震わせるような邪悪さを増すようになってしまった。
カラスはそれを鎮めるべく、歌を歌い始めた。

鳴き声や歌声で時々周囲から注意や苦情を受けながらも、
カラスは粛々と歌い上げた。
歌が終わると、少し枯れた「ありがとう、だよ…」という声がした。
その後猛烈な風が吹き荒れて、濡れた風呂敷一枚がひらひらと残った。
もしかして、彼女は成仏してしまったのか…

というわけではなかった。
この奇怪な現象は、不完全だったソールの衣の魔力定着によるものだった。
衣を作るときに素材とした風呂敷が、
泣いている巨大な女性らしき者の涙をたっぷりと吸い上げた。
そこで光屈折の魔力は墨のように落ちてしまい、
この巨体の全身に一気に染み渡った。
姿の見えなくなった巨体はカラスに礼を言いながら、
ものすごい速さで駆け抜けていったと考えられる。

まあ、あれだけの強靭そうな肉体なら無事であろう。
ソールの衣は、また作り直せばよかった。


[413] 2012/06/11 01:14:04
【リューシャ:第二十七夜「技術者の高み」】 by やさか

翌日。
プラークに用意させた見学席で、リューシャはオシロが粗霊を精製し始めるのを見ていた。
オシロには暴行を受けた痕跡があったが、動きを見る限り支障はなさそうだ。

精霊精製には門外漢のリューシャだが、オシロの求めた器具が現代のものから軽く見積もって二世代は前のものだとわかる。
だが、オシロが分離機とヘラで粗霊を分類していく手さばきには淀みがなかった。
器具が旧式であるだけに、リューシャには、その卓越した技術が輝くように見える。

技術者としてのオシロはリューシャの同類だ。リューシャはそう思う。
幼い時から、ただひたすらにひとつの技術を磨き続ける日々。
そうしてきた者だけが得られる感触。素材を前にして見える、根拠のない完成図。オシロにはきっと見えているはずだ。

彫刻家は言う。
掘り出すべきかたちは大理石の中に既にあり、かたちを造るのではなく、それを見出すのだと。
誰かが決めるのではない。すでに、“ある”のだ。

リューシャは凍土の氷の中に、オシロは精霊の中に、それを見出す。

オシロが彼のすべてを賭して競技会に臨んでいると知りながら、リューシャは笑みがこぼれるのを止められなかった。
高い技量の技術者を、その腕を愛するのはリューシャの性だ。
オシロに最高の環境を提供したら、あの技量はどこまで伸びるのだろう。……興味はあるが、今はその時ではない。

「……あの子なら、少なくとも、一次審査で落ちるようなことはないでしょ」

作業を中断して席を立ったオシロを見送り、リューシャもまた席を立った。
明日から先もとりあえず見学席を確保しておくように係の人間に託けて、会場を出る。

「さて、と……」

拘束中のオシロに会わせることはできないと、プラークからは念を押されている。
居場所がわかれば手がないでもないが、最低限、一次審査が終わるまで命の心配はしなくてもいいだろう。

問題は、ダザに事の次第を伝える方法だった。
当人に会うことはもちろん、手紙を出すにしても記録を残すことは避けたい。
……とすると、また適当な相手を捕まえて手紙を託すか。

リューシャは少し考えて、ペンを走らせる。

『今日、精霊精製競技会を見学してきたわ。
 一人、いい腕の技術者を見つけたの。あなたもきっと興味をもつと思う。
 居所の知れない子とはいえ、あの様子ならジフロマーシャのお抱えになれるかもね。
 残念ながら声は掛けられなかったけど、そのうち引き抜きの話をしてみるつもり。
 もう少し追いかけてみるから、続報を待っててちょうだい』

誰の手に渡ってもいいように、サインはしない。確定的なことも書かない。
問題は、この手紙を誰に託すかだ。閉じた封筒を手に、通りを歩きながら適当な相手を探す。
やがてリューシャの目に止まったのは、異国の服を着た白髪の少女だった。


[414] 2012/06/11 01:25:22
【ダザ・クーリクス:27 転】 by taka

(ダザとウォレスが戦ったすぐ後)


ウォレスと戦った場所から離れたダザは、傷口を押さえながら裏路地に座り込んでいた。


ウォレスの爺さんを殺してしまった・・・。本当に良かったのだろうか。

ダザはウォレスを殺したことを後悔していた。

殺される覚悟で挑んだのだが、まさか不老不死の魔法使いに勝てるとは。
確認はしてないが、あれで死んでいなかったら本当に化け物だな。

ダザはふと、義足を見る。先ほど発動したのは精霊駆動の回復術。
恐らく、義肢技術者の先生が付与してくれた機能なんだろう。
まさか、こんな機能が付いているとはな。おかげで助かったが・・・。


ズキッ


斬られた傷口も痛むが、頭も痛い。吐き気する。
顔見知りを殺してしまったせいで精神がまいってるのか・・・。

(戦いは気持ちいいだろ?殺人は気持ちいいだろ?それがヘレンへの扉だ。)

頭のなかで声が聞こえる。幻聴?ヘレン?いつか、夢で聞いたような・・・?


その時、道の角から人影が現れる。ダザは咄嗟にブラシを握る。
「あら?あなたは、確かこないだの清掃員さん?」
それは、夢路やベトスコを受け入れてくれた、公騎士団病院の黒髪の癒師だった。


「! 怪我をしてるのね?ちょっと見せてみて!」
そういうと、黒髪の癒師はダザの傷口を確認すると、テキパキと治療を始めていく。


「あんた、なんでこんなところに・・・?」
「・・・妹がね、行方不明なの。裏路地で見かけたって話を聞いて探しにきたのよ。」

妹、確か仲介所にいる回復術の使い手。直接にはあったことはないが噂では聞いたことがある。

(黒髪を殺せ!裏切り者の黒髪を殺せ!)
また、声がする。止めてくれ・・・。

ダザは頭を押さえる。

「傷口は塞がったわ。一応包帯を巻いたけど・・・、あら?頭が痛いの?」

癒師の手がダザの頭に触れた瞬間、ダザの意識はなくなった。






ふぅー、溜まっていたものを放出できたような爽快感だ。
やっぱり我慢は良くないな。

えーと、ここはどこだっけ?オレはなにしてたんだっけなぁ。


そう思いながら、ダザは裏路地を移動していく。

ダザがいた場所には、黒髪の癒師だったモノが転がっていた。


[415] 2012/06/11 09:43:58
【【アスカ 23 再発進と、再挑戦】】 by drau

ダザがため息を吐いて去った後、取調べ室にて。

「ど…どうして、お祖母ちゃんの名前をしし、知ってるの…だよ…?」
「ハハハ、教えてあげよう。私は君のお祖母さんの事を幼少のときから知っているんだ、アスカくん。そしてそれこそが、私が君の尋問を買って出た理由だよ。
君のお祖母さんは昔、本を書いていてね。羽蝶の書という本だが知っているかな?」

首を振る。

「そうか、まぁそうだろう。評価自体は芳しくないし。出回ってる絶対数も少ない。この街の、品揃えが多い事が自慢な図書館にも置いてないしね。まぁ、君が生まれてくるより前、君よりも若い年齢だった私が、家にこっそり持ち出してそれっきり返さなかったからなんだが。身内にも伝えないだろうなぁ、ああいった自伝めいたものなんて気恥ずかしくて。しかし、ははは、私はその本が大好きだったのさ。
『物語冒頭で自らを混ざり血と称した娘。父方や母方の一族それぞれに溶け込めず、苛まされ飲まれ縛られて生きる自己の無いか弱い少女ヒチョウが、全てから逃げだして東西南北と旅を続けていく中で、最後には決定的な自己性、旅人アゲハ・スカイマイグレイトへと羽化するに至る』といった話さ。聞き覚え、あるんじゃないかな?実際、彼女は、混ざり血だったのかい?」

自分よりもうんと小柄なのに自分よりも力強い祖母の、悲しげな顔が思い浮び、言いよどんだ。

「ははは、あながち空想や自虐でもないのかな。だとしたら興味深いね。ファンとしては」
「ファン…?」
「私は生まれも育ちもずっとこの街でね。生まれる前から一族の意向で、バルシャ家とこの街を背負うべき騎士のお偉方になることが決められていたのさ。そこに私の意志は当然無い。そういう運命だった。だからこそ、鎖を投げ飛ばして踵を分かった彼女の自由さと無謀さには強く憧れたものだ」

グラタンは満足げにお茶を味わう。

「そう、私はその手紙の内容を、他の騎士ではなくこの私自身で直接拝読したかったのさ。その手紙を目に入れた瞬間から。彼女は若き旅人に何を語るのか?素の彼女の言葉に、憧れは持続するか?底が知れるか?頭は一杯でね。私もまだまだ若いんだろうね。この感情は嫉妬にも近い。」



「この叫び声、確かに彼の声だと思うのですが」

リリオットのメイドが首をかしげて、呟いた。
「マドルチェお嬢様も見つかりませんし、困りましたわ。しゃくですが、彼が勤務しているというお店に行ってみましょうか。疑ったお詫びとして服も差し上げましたし、そこまでする義理もないでしょうけどしかし、彼の暴れた原因ですし。一応彼にも伝えておかなければ。今日の朝頃、猫目の遺体が丘で見つかった、と。」
「ええっ、だよー!?」
「ひっ!」
猫の片耳が砕けても、アスカの耳は、その言葉を聞き逃さない。
屋根の淵から、壁横に跳び降り、整えられた岩壁を蹴って掴んで下へと伝い降り、ある程度の高度からメイドの横へと一直線に飛翔し着陸する。
耳元に突然飛び込んだドスンッ!という震動音とアスカの声が、メイドを脅かした。
「猫目さんならお昼に、会ったところなのに」
「へ?今日?そんなはず…え、え、といいますかその声は、リオネ様のお連れの、アスカ、様?…あ、え?」
突然の状況に腰を抜かして、彼女はへたり込んでいる。
「あ、でも、今はまず優先しなきゃいけないことがあるん、だよー!」

アスカは一目散に走り抜けた。
メイドは目を丸くしてパクパク口を動かし、カラスは屋根の上で首をかしげていた。

喉が痛む。目が痛む。胸が痛む。だがアスカの顔に、苦みはもう消えていた。未熟な怯えや悲しみも、透けて、消えた。


[416] 2012/06/11 11:06:33
【XhcyYHDlDOACsR】 by Petr

What lbiretiang knowledge. Give me liberty or give me death.


[418] 2012/06/11 11:50:27
【sJZMzUxMbfEBQJRpuT】 by Susan

Action requires konweldge, and now I can act!


[419] 2012/06/11 11:55:01
【メビエリアラ10】 by ポーン

ヘレンには七人の信徒がいた。ヘレンはかれらに教えを与えた。

一人は教えに満足し、明日も要らぬと自害した。
一人は教えを誇りとし、教えを知らぬ者を蔑んだ。
一人は教えを道具とし、富と法と文化に変えた。
一人は教えに酔いしれて、詩吟に変えて愉快に暮らした。
一人は教えを永らわすべく、教えを教えるよう人々に教えた。
一人は教えを進めるべく、思考の深みに潜っていった。

果たして、教えはかれらの蒙を啓いたのだろうか。蒙が蒙と分からぬほど複雑化しただけではないのか。

そして、最後の信徒は教えを受け入れなかった。

裏切り者のヘリオット。
かれが欲したのはヘレンそのものだった。
かれは信徒のふりをしていたのだ。
結局ヘリオットは失敗し、ヘレンを手に入れることはできなかった。
ヘレンはそれを見抜いていたからだ。
それでもかれを手元に置いていた、ヘレンの心情は伝えられていない。

メビエリアラは考える。
おそらくヘレンには、裏切りなど怖くはなかったのだろう。
言葉を捨てて孤独になれるのなら、失って恐れるものなど何もない。
しかしながら、ヘリオットの恋慕を知りながら看過し続けていたのなら、裏切ったのは彼女の方ではないのか……

いや、それではただの痴情劇だ。
ヘリオットが、教えを理解できず我執に耽溺した愚か者であったというだけの話か?
しかしその愚かさが、聖書では妙に入り組んで描かれる。その意味は?
「人が真実を理解するとき、その真実に囚われる」――謙虚者のパラドックス。
自分が黒髪嫌いの愚かさを胸中に飼うのは、無意識にそれに対策しているからなのかも知れない。

自分を助けた黒髪の男。マックオート。
彼は傲慢だ。そして自己中心的だ。ソラを自己演出に利用した。
彼自身がそう言っていた。よく理解しているものだ。
しかしながらその熱量は感動的で、メビエリアラにも稀有な感慨を与えた。

良心。

それは素晴らしく心地よい、ある種の繭だ。みなが篭絡されるのも頷ける。自分を暖かく包んでくれる。守ってくれる。
危険と、新しさの、両方から。
この繭を内側から破るためにはナイフが必要になる。安寧の白を引き裂く、真っ黒なナイフが。
幸いメビは黒髪嫌いだ。
彼女が黒髪を汚物として裁くとき、その手と心が既に黒く汚れている。これが必要だ。

マックオートの熱弁が教会の者たちの心を打ち、黒髪への許容心が芽生えた絶好のタイミングで、黒髪を断罪して見せたかった。
そのエフェクトが何をもたらすのか、とても楽しみにしていたのだが……
マックオートは不穏なものを嗅ぎ取ったらしく、話の途中で逃げ出してしまった。
霊感の強い人だ。

素晴らしいと思ったものをいつでも捨てられることが、とても重要だ。

究極的には、ヘレン以外は、何もかもが手段だ。
≪受難の五日間≫たちを真剣に愛せば、愛をもって応えられるだろう。それは使える。
黒髪嫌悪も手段だ。良心の束縛を逃れて選択肢を広げるための。
そうして得られる回復術や洗脳術も手段。ひとの体と、心を理解するための。

本当に大事なのは、たったひとつ――ヘレンだ。
ヘレンと会いたい。
ヘレンになりたい。
ヘレンを作りたい。

ああ。

ヘレン、どこにおわしますか?


[420] 2012/06/11 13:32:25
【KOxuZQICuOxMUAS】 by Silvia

Thanks for shainrg. What a pleasure to read!


[421] 2012/06/11 15:32:44
【JQVgmIEzLSGpCMNCV】 by Tetsuya

The heonsty of your posting shines through


[422] 2012/06/11 16:22:42
【hELomwdPmnvCJojDcqD】 by Akhil

Whoa, tihngs just got a whole lot easier.


[423] 2012/06/11 16:49:31
【ハートロスト・レスト:16 すくいのて】 by tokuna

「そういや、お前はヒヨリに頼みごとをしてたんだっけな。救済計画について教えろ、と。
 じゃあ今その約束を果たそう。
 救済計画ってのは、ヘレン教がf予算を獲得するための手段だ。
 大金使って貧民どもを救済してやるっつー、上から目線も甚だしい試みだ。
 そして、セブンハウスがヘレン教弾劾に利用するはずだった計画だ」

「貧民を救済する。そのお題目は素晴らしい。
 表に立って批判をすれば、批判者の方が悪になる。
 それだけの意味を持つ言葉だ。
 当然、実際に救済が為されるまで計画が真実かどうかは解らない。
 だが、敢えて疑うだけの理由も無い。
 善行したがりな奴らが支持をするから、下手に手を出すことも出来ない」

「しかしどうだ。
 誰かの依頼で偶然計画を調べようとした一人の傭兵が、有無を言わさず殺されてしまったら。
 昔からこの街に住み、生きてく金を稼ぐため傭兵に身をやつし頑張る少女が、貧民を救済しようという計画を調べただけで殺されてしまったら。
 そんな計画が言葉通りのものだと、誰が信じられる?」

「紫ローブのガキは見たか? ふん、なら話が早い。
 あいつはな、f予算を狙う奴を打倒するよう、教会上層部から指示されてたんだ。
 f予算を獲得するための計画に、f予算を狙う人間を殺す教会の私兵。
 さあ、そこに姿も隠さず計画を嗅ぎまわる傭兵を放り込んだら、どうなってただろうな。
 公権力が相手でさえ問答無用でぶち殺す奴らだ。相手がただの傭兵だったなら?」

「実際は殺さないかもしれない。
 情報操作や攪乱にも騙されず、策謀の気配を察知して賢く立ち回ったかもしれない。
 インカネーション内でも、あのガキは得体が知れないって噂だったしな。
 けどまあ、正直そんなのはどっちでもいいんだ。
 ヘレン教が殺さないなら、ヘレン教のフリをした奴が殺せばいい。
 それで教会が悪事を企んでるって構図は成立する。
 セブンハウスが胸張ってヘレン教を糾弾するには十分な材料だ」

「お前に救済計画を調べさせるわけにはいかなかった。
 かといって、下手にセブンハウスの計画を妨害するわけにもいかなかった。
 だから、あたしはお前に成り代わり、お前として調査を成功させてしまうつもりだったんだ」

「まあ想定外のエフェクトのせいで偽物騒動が観測者システムに認知されちまったから、その作戦は失敗に終わったんだが……結果的にお前は偽物探しに奔走し、救済計画に近付くことは無かった。
 していると今度は何の因果かクックロビンが死に、あたし自身がお前に接触できる機会が生じた。
 あとは観測者システムの裏をかき、ひとまずの安全を確保することで、こうしてお前に種明かしが出来る状況になったというわけだ」

***

「細かい部分は省いたが、これが簡単なことのあらましだ。単純な話だろ?
 ここまでで何か質問はあるか?」
 なぜ私が、そんな生贄のような役に選ばれたのか。
 なぜヒヨリさんがそうした企みを知っていたのか。
 なぜそこまでして私を助けようとするのか。
 どうやって私のフリをしたのか。
 観測者システムとは何なのか。
 疑問は多くありましたが、今尋ねるべきは一つです。
「f予算とはなんですか」
 大金の気配がする単語に、私は強く惹かれていました。
「えっ……? ああ……いや、うん……。とにかく、危険な金だよ。……追うなよ。絶対追うな」
 なぜか落胆したふうに答えるヒヨリさんに、私は「はあ」と曖昧な返事を返しました。


[424] 2012/06/11 17:13:09
【ウォレス・ザ・ウィルレス 25 「復活と、疾駆」】 by 青い鴉

 深夜。墓場には死が集まる。そして死はウォレスの手足でもある。
 土中からの「死」の連打は、墓地の一画に人が通れるだけの縦穴を開けた。ウォレスは穴の中から這い上がる。
 ヘレン教の死者に与えられる純白のローブを叩き、土を落とす。染色技術が発達した現在において、白はありふれた、みすぼらしい色だ。だが、今はこのほうが都合が良い。
「紫色のウォレスは死んだ。思った通り、儂は御伽噺のウォレス・ザ・ウィルレスなどではなかった。不老不死の、常勝不敗の、無敵の化物など存在しない。今や儂はただのウォレス。白のウォレスじゃ」
 
 時は朝。ウォレスは街を疾駆する。
 復活の直後、ウォレスは日付を指折り数え、ダウトフォレスト攻略作戦が近いことを知る。時間が無い。ウォレスは駆けた。ときに獣のように、ときに鳥のように。最短距離を駆け抜けてダウトフォレストに向かう。
 
 森は、既に戦闘準備を整えているようだった。ウォレスは飛び来るエルフの矢を避け、森の中に侵入した。公騎士団、リソースガード、インカネーションの死屍累々。その傍らには、黒髪の少女とソフィア、そして伝承の中のヘレンそっくりのエルフが居た。純白のローブを着た、白のウォレスが、ソフィアの隣に立つ。
 
「どうやら間に合ったようじゃな」
「あなた誰?」えぬえむが問う。
「ウォレスさん!」ソフィアが答える。

 エルフはウォレスの顔を見つめ「ウォレス。久しぶりですね」と言う。それはむかしにあった因縁を感じさせるような、あるいは久方ぶりの友を見た時のような、不思議な対応。
「顔見知りなんですか?」「若い頃に、な」ウォレスは呟く。
 
「さて、よければ儂の話も聞いてくれんかのう。今回は対価として『幸運のコイン』を持ってきたが、これではどうじゃ?」投げられるミスリル貨。それはありえぬことに、両面が表に彫られたコインであった。

「『幸運のコイン』――持てば好きなだけの金銀財宝が手に入ると言われる――我らは金銀財宝に興味はないが、このコインが持つ貴重さは理解しているつもりだ。交渉の資格ありと認めよう」


[425] 2012/06/11 17:31:26
【夢路20】 by さまんさ

(《ジェネラル》)
(時間はダザ27よりも前)

ヒカリが沈痛な気持ちで病室のドアを開けたとき、窓のカーテンが風に大きく捲られた。看護師が窓を閉め忘れたわけではなく、部屋に人がいたのだ。見舞い客だろう。
「あら、こんにちは。」
患者の家族だろうと思い、にこやかに挨拶した。
中年の男もこちらを見た。
「こんにちは。あんたが担当医?」
男はいかにも人の好さそうな赤ら顔、若干残念な頭髪と立派なビール腹の持ち主だった。愛想のいい笑顔をヒカリに向けた。

「内科副主任のヒカリ・ジャーマニエです。」
「どうもどうも」
「息子さんです?」
「はっはっは。」
「おっほっほ。」
「手足が折れてる。怪我の修復はできないんですか?」
「不可能です。」
「不可能ってことないでしょう。」
「精霊を使わず、時間をかければ…、でもこの人は…、」
「……先が長くない?」
「はい」

中年の男性は神妙な顔で患者の手を握ろうとした。
「待って。あなた精霊を持ってる?だったら触ったらだめですよ!」
「なるほど、精霊病か。いや、持ってないよ」
「ならいいですけど」
「この方と話がしたい。席を外してもらえないのかね」

ヒカリは廊下に出た。
だがドアを閉めるその瞬間に見た、男の横顔。何かを感じた。
悪い予感がする。
その時、

「ぐぅッ……!!」
老人の声。
ヒカリはさっき閉めた扉をバタン!と開け、
「何してるんです!!」

男の手には精霊の光があった。精霊拒絶症の患者にとって致命的な精霊の光。

「悪かった。手を修復させてもらった」
「何言ってるんです、何を馬鹿な!!何を!大馬鹿!!」
ヒカリは慌てて患者の側に寄ると容態を確認した。全身が青ざめ苦しそうだ。
「出て行きなさい!!二度と来るな!」
ヒカリは怒鳴り散らしたが、中年の男性は毅然として、
「この方は、職人だ。手は命よりも大切だと。職人が自分の指も動かせないまま死の瞬間を迎えるのがどんなことか、女のあんたにはわからないだろう」
「わかりません!!」
そのとき息も絶え絶えの老人の口から言葉が漏れた。

「・・私が、彼に頼んだんだ・・。あんたは、頭が固そうだったから・・な」
ヒカリは黙った。

背後で、ごそり、と音がした。
見れば中年の男がもう一人の患者を肩にかついでいた。
「この女は私が貰いうける。」
ヒカリが怒鳴りつける暇もなく男は病室から去っていった。


[427] 2012/06/11 20:20:42
【マックオート・グラキエス 31 次回予告】 by オトカム

運か不運か、ひょんなことから教会の動乱に巻き込まれたマックオート。
しかし、そこでは剣の呪いを解く理由と、それすら無価値に思えるほどに価値のあるものを見つけたのであった!

ででん!

日銭を得て宿に泊まる生活に戻る中、裏では巨大な陰謀が渦巻いていた・・・

でででん!

愛する人には会えるのか?友の義足の秘密とは?リリオットは無事なのか!?
黒髪マックオートの心は何色か?

ででででん!

次回、最終章『戦いの果て』
時計男が物語を教える・・・


[428] 2012/06/11 22:10:46
【オシロ24『二日目』】 by 獣男

精霊精製競技会一次審査、二日目。
雨。

昨日作った粘板を確認し、精霊釜へと放り込む。
近くに時計を置いて針を確認してから、オシロは釜に火をつけた。
「昨日は驚いたぞ。特化精製で出力を上げるとは、どこで学んだ?」
尋問の時にいた中年の男が話しかけてくる。
後ろには、昨日はいなかった残りの三人も、プラークを含め、全員が集まっていた。
「考えました。普通に特化させても、五十回に一回くらいは出力が上がるんです。
そこから色々試して、三回に一回まで底上げしました。
後は工程に最初から三回として組み込むだけです」
「簡単に言ってくれる。しかし、少しは期待できそうだな」
そう言うと男は再び後ろへ下がり、残りの三人となにやら相談を始めた。

「悪いがこれじゃ『再生』はしねーぜ」
そう言ったのは、頭に巻いたポシェットに入った花弁だった。
「そもそも素材に『再生』可能なほどの精霊が含まれてねーし、
濃縮も全然足りねー。短時間過ぎる。焼き入れ前に、あと三段階は同じ工程が必要だろ。
得意のコーティングはどうしたんだよ。お前、やる気あるのか?」
久しぶりの毒舌に、オシロは苦笑しながら返す。
「やっと喋ったか。よく言うよ。誰のせいでこんな事してるんだか」
「おいおい、俺に責任転嫁しようってのか?
お前、まさかあのジジイ達も、醜悪で生き汚い卑怯者だとでも思ってるんじゃないだろうな。
ありゃ当然の反応だぜ。自分の命が惜しくて何が悪い?
俺だって同じだ。身を守る為に黙ってた事を責められる覚えはねえ」
「そんなこと思ってないよ。今朝、ちゃんと彼らに脱出用の精霊も渡してきただろ」
「どうだかな。俺はてっきり、この警備の中を脱走未遂でもさせて、
仕返しする気なんだと思ってたぜ」
ふー、とオシロは息を吐いた。
「警備は手薄になるよ。そもそも『再生』ができたって、助かる保障なんてない。
ただ逃げても、技術者に固執してる連中がいる限り追手はかかるしね。
今日は彼らが全員集まってくれてラッキーだった」
「お前、何を言ってるんだ?何か仕掛けるつもりか?・・・いや、まさか、おいお前」
オシロは時計をコンコンと指で叩きつつ、釜の中を覗きながら言った。
「これは僕の『責任』なんだよ」
「馬鹿か、お前は!あんな連中に義理立てする理由なんぞ何もないだろ!
お前はお前で足掻けばいいって、そういう話だろうが!?」
「お前の言うこともわかるよ。
でもそんな理屈は、現実の前じゃ、こうだ」
オシロが掲げた右手は、人差し指と中指が折れ、すでにぱんぱんに腫れあがっていた。
「痛くてたまらない。痛みは、痛みであって痛みじゃないんだ。
僕は何もわかってなかった。わかった気になって、痛みや死を知った気になってた。
都合よく、痛くも痒くもないものに置き換えてたんだ。
でも、本当に直面した時、それじゃ通用しない。通用しないんだよ」
そのまま振り返って、後ろの四人に声をかける。
「そろそろ完成しまーす」
気づいた四人は、ぞろぞろと足を動かし始めた。他にも多くの見学者が近寄ってくる。
「おい餓鬼、やめろ」
「お前には感謝してる。あの時、本当は基地を皆殺しにすることもできたんだろ?
でもしなかった。感謝してる。
本当はとっくにわかってたんだ。全部、僕のせいだったって。
協力はしてやれなくて、ごめん。でもお前も、置いていくわけにはいかないから・・・」
「やめろ、オシロ!!」
ポシェットからの叫び声に周囲がぎょっとして視線を集めた直後、
オシロの横の精霊釜は、工房一棟を丸々巻き込んで大爆発を起こした。

――僕の両親もこんな風に、関係ないたくさんの人たちを巻き込んで、死んだ――


[429] 2012/06/11 22:27:01
【サルバーデル:No.9 対話】 by eika

「……回りくどい真似をしおって、この老いぼれをどうするつもりじゃ」
 夜空の下、月灯りがリリオット卿の表情を奇しく照らし、その魔力の成す業か、まるで嘗ての威厳を取り戻したかのような卿とその従者の姿が其処にあった。
「ごきげんよう、リリオット卿」
 そう言って私は挨拶をしたが、卿の表情は険しく、私を睨んでいた。卿のそんな態度に、私は少し腑に落ちかねた。
「その反応は、ちと不服ですな。狼が吠えるのはつかの間の蝋燭が消えるまで。こうして私が照明を落とさねば、どうなって居た事か」
 私はそう言うと肩を竦め、首を横に振った。
「そのような奇妙ななりをして、一体何を信用出来る。仮面を外したらどうかね」
「そのようなことは、まるで無用の心配だ! もし私が貴方なら、自分の仮面の中よりもマドルチェ様の安全を考えますがね」
 私がわざと大きめの声でそう言い放つと、卿は激しく瞬きし、震えた声で問いかけた。
「何か知っているというのか」
 卿はそう言うと急に押し黙った。私の言葉を待っているようだった。間もなく、私は語り出した。
「ムールドという男は、彼奴は危険です。──彼奴がマドルチェ様を攫ったのは、魔女の水晶でマドルチェ様の心を操るため。彼奴が今宵訪れたのは、卿の命を奪うため。彼奴がマドルチェ様を帰らせたのは、その罪の総てを負わせるため」
 私はそれだけ言ってから一呼吸置き、最後にこう付け足した。
「此の脅威についてよく知る私だけが、魔女の水晶を砕き、マドルチェ様を取り戻す事が出来ましょう」
 私がそれだけ語り終えると、卿は訝しげに眉を潜め、よりいっそう懐疑の瞳を私に向けた。
「魔女だと、妙な事を言い出す」
 リリオット卿! と私は叫んだ。
「大切なものは今や狂気の亡霊に憑かれ、やがて退屈である事にすら疲れたのです。もはや脅威は貴方の想像している以上に大きな獣へ、その姿を変えようとしている。つまり私が何者であれ、私は貴方の味方だと、そう言わざるを得ない。リリオット卿、どうか事態をご理解下さい」
 私は半ば彼を宥めるよう、十分に気を使ってそう言った。だが、リリオット卿は肩を震わせた。
「馬鹿馬鹿しい……、馬鹿馬鹿しい! そんな戯言など──」
 しかし、従者が卿の肩を掴んだため、其処で言葉は途切れた。
 卿は暫く言葉を詰まらせたが、急に肩を落とし、項垂れた。
「本当に、マドルチェを救えるのはお前だけなのか」
 卿は信じたく無い、という風に弱々しく言葉を発したが、私が「いかにも」と伝えると、また小さく息をつき、それから弱々しい声で言った。
「良いだろう、時間をくれてやる。だが、マドルチェに少しでも危害を加える素振りを見せたなら、その時は……」
 従者が動き、風切り音が私の耳元を霞めた──蝶模様の短剣が一瞬見えた──すると、私は何だか愉快になってきて、歌を歌いながら二人と別れる事にした。
「口先だけで実のない男は、雑草だらけの庭のよう──」


[430] 2012/06/11 23:00:11
【ソフィア:24 見知らぬ記憶と無間の追憶】 by ルート

装いを白に変えた魔術師ウォレスを交渉人に加え、私達はエルフとの取り引きを進めた。
ソウルスミスから依頼された品々の入手はすんなりといった。金銭に興味を持たないエルフ達がそれらの対価に要求したのは、ミスリル貨に宿る魔力。
エルフから渡された荷物の中身を確認した後、私は本題に入る。

「この剣について知りたい。対価は、残ったミスリルで足りる?」
「不足する。その剣の力を封じている呪文と魔力、それを我らに捧げるならば答えよう」
「……分かった」

封印とは一体…?疑問は抱くが、ここで引き下がるほどの理由ではなかった。
エルフが剣に手をかざす。一瞬エーデルワイスから強い光が発せられたかと思うと、その輝きの全てがエルフに吸い込まれていった。

「対価は受け取った。汝の問いに答えよう」

淡々とエルフが語る。待ちわびた筈の言葉だったはずなのに、私はそれに集中できないでいた。
封印が解かれたエーデルワイス。それを握る手が震える。剣に触れているだけで、自らの過去が走馬灯のように脳裏をよぎる。抜こうとしているわけではないのに、何故。

それだけではない。過去と共に流れ込む、覚えのない景色や言葉。
剣を振るい、魔術を操り、手を差し伸べ、数多の人々を救い、殺し、私は戦い続けてきた。

私?違う、この記憶は私のものじゃない。

私ではないものを私は追憶する。

私でないはずのそれが、私の心の奥深に刻まれていく。



「エーデルワイスは情報圧を攻撃的エフェクトに変換する兵器だ。製造者はヘレン。
 性質上、剣は常に情報を、記憶を積極的に収集する。封印はその性質を抑えるものだった。『剣を抜こうとしなければ、記憶を読まれずにすむ』という抑制だ。
 ヘレンはこの剣を製造する際、誤って手を切り、エーデルワイスの刃をその血で染めた。
 それによりエーデルワイスはヘレンの情報を獲得し、精神感応網からも言葉からも解放されたヘレンと疎通する、数少ない手段となった。

 ヘレンはこの剣をヘリオットという人間に渡した。
 ヘリオットは空虚な人間だった。その精神の空洞は、常人より遥かに広く深かった。その広すぎる心の隙間に、エーデルワイスに宿るヘレンの記憶が流れ込んだ。
 ヘリオットの心はヘレンで満たされた。自らを満たした情報の根源たるヘレンに執着した。その執着故に、彼はヘレンを裏切るという結末へと至った。
 汝に起こっている事象も、ヘリオットと同様だ」

「わたし、も……ヘリオットのようになる、ってこと?」

「事象は同じだが、ヘリオットと汝が辿る結末は異なるであろう。
 汝はヘリオットと同等に空虚な人間だ。そしてヘリオットより遥かに脆弱だ。
 ヘレンの記憶と情報量は、人の心には収めきれないほどに膨大だ。空洞の中にそれを受け入れたヘリオットの強靭さは、寧ろ驚嘆に値する。
 剣より逆流するヘレンの記憶は汝本来の記憶を圧迫し、押し流してしまうだろう。その時、汝は今の汝とは呼べない存在になるだろう。
 既に記憶の圧迫は段階的に進んでいる筈だ。心当たりがあろう」

「私は……そんな…」

「その剣を汝に渡した者の事を思い出せるか?」

「馴染みの骨董屋の男…いや、女だっけ……名前は……」

思い出せなかった。

「家族や友人、汝がこれまで出会った人物で、名前を呼べる者は何人いる?」

「私は……!」

リューシャ、ソラ、マックオート、シャスタ、ウォレス、えぬえむ。私は覚えている名前を心の中で読み上げる。
この6人で全部だった。両親の名前すら思い出せない。
絶える事無き追憶で意識が朦朧とする私に、エルフが告げる。

「汝はいずれ、ヘレンになるだろう」


[431] 2012/06/11 23:11:26
【ソラ:22「リリオットの短い一日」】 by 200k

 大通りの喧騒に囲まれながら、ソラは市場を見て回っていた。露店には占い師、装飾品屋、路上理髪師など、様々な店が立ち並んでいる。ソラはそのうちの一店で足を止めた。木製の立て台に吊るされた色とりどりのリボン。
「どうだい、買っていかないかい。お嬢さんなら似合いますよ」
 ソラは青いリボンに引き寄せられた。そういえば、マックオートさんの昔話を聞きそびれちゃったなあ……。あの時自分が制止して語り出していなければ、あの人のことをもっと知ることができたかもしれない。ソラはそう思った。
「青いリボンが気に入ったの?買っていくかい?」
「い、いやいや今はやめておきます!すこし考えてきます!」
 ソラは自分の頭の中が店員に見透かされたのかと思い、慌てながら店から離れた。
 近くの理髪師が「今黒髪になろうなんて自殺行為だぞ!考え直せ!」と誰かに叫んでいる。その横をソラは耳を揺らしながら通り過ぎていった。
 市場で色々と見て回った後、ソラはラペコーナで食事を取った。街道に面したテラスは日当たりもよく、隣では駆け出しリソースガードの男女が食事と歓談を楽しんでいた。花に雨亭のメニューとは違った肉料理やパスタ料理の味にソラは舌鼓を打った。
 ソラは次に図書館へ行ってみることにした。図書館の中は大通りと違って、静謐な空気に包まれている。ソラは『石の城の吸血鬼』という本を手に取ってしばらく読んだ。ソラは途中で本を閉じ、そっと棚に戻して別の本を取り出す。『おいしいあられの揚げ方』、あられ揚げから始まる恋を綴った恋愛小説だった。ソラの時間は本と共に過ぎて行った。
 ソラが本を読み終え図書館を出ると、周囲はもう暗くなっていた。夜空には月と星々が瞬いていた。大通りまで出ると、家の窓から漏れる明かりと街路を照らす精霊灯がまるで地上の星々のように輝いていた。
「……そうだ」
 ソラはポケットから一本の錠を取り出す。仕事を辞めた時に返すのをすっかり忘れていた時計塔の鍵。ソラは階段を登り、立体交差の橋を渡り、街の奥にひっそりと建つ時計塔の前まで来た。リリオットでは、ここが一番太陽に近い場所。
 ソラはそっと鍵を開け、階段を登り、展望室から屋根へ這い上がった。普段誰も入らない、自分だけの貸し切り。そこから見るリリオットの夜景は、ソラが見たどんな夜空よりも綺麗だった。
「次は一人きりじゃなくてちゃんと……」
 ソラは時計塔の屋根から、夜のリリオットずっと眺めていた。


[432] 2012/06/11 23:46:06
【リューシャ:第二十八夜「無垢のサムライ」】 by やさか

「ちょっと、そこのあなた」
「ぎえっ!? 違います、つまみ食いしたいなんて思ってません!」

あられ揚げの屋台をとっくりと眺めていた少女に声をかけると、少女は悲鳴をあげて、文字通り飛び上がった。

「……ごめんなさい、そこまで驚かれるとは思わなかったんだけど」

少女に触れた手を中途半端に上げたまま、リューシャは目を瞬かせる。
その表情に我に返ったのか、少女ははっと礼を取った。

「お、驚かせて申し訳ありませんでした。私は東の国のサムライ、光陰相対流のカラスと申します」
「……いえ、こちらこそ、急に声をかけてごめんなさい。丁寧な名乗りをありがとう。それで、カラスさん。今、時間はある?」

カラスは少し首を傾げてから、はい、と答えた。
それを受けて、リューシャは微笑む。
もの慣れないふうのカラスの様子は、ここ数日ピリピリしていたリューシャの心をほのかに暖かくする。

「ありがとう。……そこの広場でいいかしら?それともお腹が空いてるなら、どこか入りましょうか」
「いえっ、広場で十分です!」
「そう?じゃあ、驚かせたお詫びにあられ揚げを奢らせてね」

リューシャは目の前の屋台であられ揚げの大袋をひとつ買うと、カラスを連れて広場のベンチに陣取った。
二人の間に袋を置いてカラスに勧めると、カラスは慎重な手つきであられ揚げをひとつ摘み、じっと見て、それから口に運ぶ。
ふわりと蕩けたカラスの笑みを、リューシャは優しく見守っていた。なんだか、餌付けをしているような気分だ。

「……はっ!ついあられ揚げに夢中になってしまいました!何か御用があったんですよね!」

しばらくあられ揚げに集中していたカラスが、不意にがばりと顔を上げて叫んだ。
リューシャはその様子に、口元をおさえて吹き出した。

「き、気にしないで。大丈夫よ」

ひとしきり笑ったあと、リューシャがコートの内ポケットから手紙を取り出す。

「あなたにお願いしたいことがあって……。ある人に、この手紙を届けてもらえないかしら。
 相手は、ダザって名前の清掃員よ。できれば直接手渡してほしいの。……わたしからだってことも、秘密にしてほしい」
「そ……それはもしや、恋文というやつでしょうか……!?」
「こ……まあ、そういうことでも構わないけど……お願いできる?もちろんお礼もお支払いするわ」

封筒の上に銀貨を二枚重ね、カラスの手にそっと握らせる。
カラスは瞳をきらきらと輝かせて、リューシャの手をぐっと握り返した。

「お任せあれ!あなたの恋路のため、不肖このカラス、全力を尽くします!」
「恋路……。いや、いいわ。わたしのことは、くれぐれも秘密にしてね」

リューシャは微笑んで、だって恥ずかしいもの、と嘯いた。


[433] 2012/06/11 23:59:44
【ヴィジャ:04 観測者】 by やべえ

 ノックの音が頭に響く。

 貴族街の北端、中心街との境にある宿で彼女は寝泊りしていた。立地のせいか由緒正しい貴族様が利用することはなく、そのくせ宿代だけは妙に高いので、客のほとんどは訳ありの半端者かはぐれ者だった。
 彼女がここに居ることを知る者は少ない。
 ジフロマーシャ本家の中でもごく一部の人間か、あとはせいぜい宿帳を預かる従業員くらいである。
 しかし本家の人間がこの部屋を直接訪れることは絶対に無い。従業員なら専用のベルを鳴らす。
 ならば。

 ――再び、ノックの音。

 ならば、この音の主は誰だ。
 部屋を間違えたうっかり者か、覚えの悪い新入りか……あるいは幻聴か。
 ここ数日、色々なことが起こりすぎている。それらの事象を直接体験したわけではないとはいえ、少し疲れているのかもしれない。
 彼女は大きなため息を吐き、もそもそとベッドから身体を起こすと……。
 そこで、足元にひやりとしたものが触れた。
「…………っ!」
 黒い光沢を放つ、鼠のような生き物が彼女を見上げていた。
 魔法生物? 使い魔の一種? ともかく、敵であることは間違いない。
 枕元の短剣を抜き放つ。
 鼠の背に向けて思い切り振り下ろしたが、鈍い音を立てて弾かれた。狙いを逸れた短剣が床に突き刺さる。
 この感触は……、
「それは扉の留め具ですよ」
 向き直ると、部屋の中心に古めかしい貴族服の少年が立っていた。いつの間にか扉が開いている。
 黒い鼠はキィキィと耳障りな声をあげて部屋から出ていった。
「僕はヴィジャです」
 少年の顔色に生気は無い。少年の瞳に光は無い。
 床が軋む音と共に、灰色が近づいてくる。
「カガリヤ・イライア。あなたにお願いがあります」
「……来ないで」
 壁に掛けておいた外套を投げつけたが、少年の歩みは止まらない。
 ヴィジャ。ヴィジャ。聞き覚えの無い響き。見覚えのない子供。
 観測ログを確認――間に合わない。
 床の短剣を引っこ抜き、斬りつける。手応えがおかしい。
 傷はつくが、刺さらない。斬る。何度も斬る。少年の歩みは止まらない。
 背が壁にぶつかった。白く光る両の手が迫ってくる。

 恐ろしく冷たい感触が彼女を包んだ。


[434] 2012/06/12 00:05:43
【ハートロスト・レスト:17 いのちある】 by tokuna

 ここからは移動しながら話そう。
 ヒヨリさんにそう言われ、私はゆっくりと立ち上がりました。
 多少足元がふらつきましたが、普通に歩く分には問題無いでしょう。
 彼女は私と並んで林道を歩きながら、再び語り始めます。
「観測者システムというのは、ジフロマーシャが精霊研究を行う過程で生まれた副産物だ。
 他人の身体に特殊な精霊を溶け込ませ、そいつを通して視聴覚を盗む。
 メイン・ストリートで粗霊揚げの屋台を見たことがあるだろう。
 あの辺りで売ってる粗霊揚げの半分ぐらいは、その特殊な精霊を使ってるんだぜ。
 盗視盗聴を可能にする精霊を老若男女問わず食わせることで、街全体を監視できるようにしてるんだ」
 にわかには信じられないような話です。
 酒場で酔った人が語る武勇譚の方が、まだしも信じられるかもしれません。
 けれど私には、不思議とヒヨリさんが嘘をついていないことが解りました。
「だがこのシステムじゃあ、そういう行為に気付くような高い霊感や察知技術、あるいは盗聴遮断システムを有する敵対勢力を監視出来ない。本当はそういう奴らをこそ監視したいのに、だ。
 それに、監視だけ出来ても干渉出来なきゃ意味が無い。
 そこで設立されたのが、特殊技術を用いて敵陣に潜り込み、スパイ活動を行う機関。
 知る人間すらほとんど居ない、セブンハウスでも暗部中の暗部。
 過去の自身の在り方を捨て、人間であれば恥じて然るべき行為を行う人非人たちの機関。
 通称『ハートロスト』だ」
 言葉は淡々と。歩みは粛々と。
「あたしはインカネーションに潜入するハートロストだった。
 だから当然、救済計画については知ってたし、セブンハウス側の企みも教えられていた。
 紫ローブのガキが動かなかったら、お前を殺すのはあたしだったんだ」
 こちらを向いて、何かを誤魔化すような笑みを浮かべ。
「とまあ、そんなところか。これでひとまず事情説明は終了、次は今後の計画だ」
「えっ、あの」
「安全を確保したとは言ったが、バレずに居られるのは次の定例報告会までの、せいぜい一週間だ。
 あたし達は、裏切りが察知されてない今のうちにこの街を出てグラウフラルに向かう。
 義肢のメンテナンスはあたしにも心得があるし、精霊心臓の技術を交渉材料にすれば、義肢会に保護してもらうことも可能だろう。精霊は今より手に入りにくくなるかもしれないが、まあ死ぬよりマシだ」
「いえ、あの」
「なんだよ。お友達に別れを告げるのは諦めろ。誰が観測されてるか解ったもんじゃないからな。また糸を付けられるのは避けたい」
「そうではなくて。その、なぜ、私のためにそこまでしてくれるんですか」
 私のような、心のない人間のために。
 彼女がヒヨリさんでは無いのなら、面識すら無いはずなのに。
「それは……償いだよ。全てはあの、爆発事故の償いだ。お前を巻き込むつもりなんて、なかったんだ」
「え?」
「あそこに居たのは任務のためだったが、お前と仲良くしてたのは、任務とは無関係だったんだぜ」
「ええと、どういう……」
「おいおい、いくら死んだことになってるっつっても、ここまで言えば解るだろ。
 どうしても解らないというなら当時の名前を名乗ってやろうか。あたしは」

 そこで、彼女の言葉は唐突に途切れました。
「どうしたんですか」
 怪訝に思い隣を見ると、彼女は驚愕したように目を見開いていて。
 その腹部からは、冷たく光る刃が突き出ていて。
「はい、退屈な思い出話はそこまでですよぉん?」
 いつの間に近付かれたのでしょうか。
 見知らぬ猫目の女性が、私たちのすぐ後ろで、楽しそうな笑みを浮かべていました。


[435] 2012/06/12 01:33:45
【リオネ:19 "山の神"】 by クウシキ

翌朝。
目覚まし時計が故障したようで、予定より起床が少し遅くなってしまった。


「泥水」を探して彷徨いてはみたものの、嘗てそれだったと思われる建物は半壊していた。
薄れてはいるが血の匂いも微かに感じる。いや、残っている、と言った方が正しいか……
レストに聞いた限りでは、ここまで酷い状況になったとはとても思えないのだが。

巨大パンジーの残滓に直接触れようとすることは端から諦めていたが、
「泥水」の店主あたりから聞き込みくらいは出来ると考えていた。
しかしそれも望めそうにない。

警備に当たっている公騎士団に話を聞いても、
のらりくらりと質問を躱すばかりで詳しい話を教えてはくれなかった。
取り敢えず、巨大パンジーが暴れた以上の事件が起きたことは理解した。

あまり深く突っ込むと要らぬ疑いが向けられそうなので適当に切り上げ、ラボタ地区を離れる。



……ふむ。
手掛かりは失われてしまった。
巨大パンジーに取り憑いた精霊、いや、精霊が取り憑いたからパンジーが巨大化したのか、
その精霊を精製した技術者に会えれば良いのだが、
レストからはその技術者についてはあまり詳しい話を聞いていなかった。

レストの偽物探しも、リリオットのお嬢様探しも、
両者ともに特に手掛かりはなく、同時にあまり興味もなかった。
私が興味があるのは、現象とその原因と結果だけだからだ。


と、その時、すれ違った鉱夫らしき男たちの声が耳に入ってきた。
「……、……すぐ『神霊』の採掘が終わるらしいぜ」
「人の背丈の十倍はあるっていう例の馬鹿でかい精霊か? あんなもン、どうやって掘り出し……」

『神霊』? 聞いたこともない単語だ。
それに、人の背丈の十倍? 世界中の建物を探しても、それより高い建物は数えるほどしか無いだろう。
「そ……」思わず振り返って声を掛けようとしてしまったが、思い留まった。
職人気質の強い人は、余所者に厳しい場合が多い。
理不尽に絡まれても面倒だ。

鉱山ツアーか何かに向かう振りでもして情報収集した方がよいだろう。
私は北へ向かうことにした。


[436] 2012/06/12 06:57:19
【カラス 15 無力で一人】 by s_sen

彼女、リューシャはそっと街の一画に消えた。
銀貨二枚を駄賃として、彼女は手紙を届けるようにカラスに頼んだ。
照れくさくてなかなか言えないようだったが、想い人への文だった。
そんなところもたまらなく可愛かった。
一緒に食べたあられ揚げは格別に美味しかった。
また会いたい。しかし…

輝く金色の髪に雪のように白い肌。
広い草原を思わせるエメラルドの瞳。
北の大地で聞いた太陽の女神、ソールの美しい姿まさにそのもの。
ひとたび笑みを浮かべれば花は咲いて木々は芽吹き、
世は光に満ちあふれるだろう。

彼女は、目の前で少し笑ってくれた。
だが、そこから深い悲しみが見えた。
本当に心の底から笑っている様子ではなかった。
緑色の草原は氷に閉ざされ、続く寒さの中、
永遠に来ない春を待ち受けているかのように。
その名が示すとおり、彼女は光だ。
でも、その光は弱々しく濁っている。
と、カラスは思った。

たかが一つ物事を頼まれただけだ。
なぜだ。どうして、こんなに気になるのだろう。
惚れたのか?いや、そんな下品なことでは決してない。
断じて違う。ちゃんと手紙を渡す人もいる。
恥ずかしい内容の書いてある手紙が。
開けてみようか。いや、絶対にだめだ。それこそ恥ずかしくて下品だ。
開けたい!下品だ!開けたい!下品だ!開けたい!下品だ!開けたい!開けたい…

この用事を終えたら、彼女は少しでも喜んでくれるだろうか。
そんな思いで、カラスは街の清掃員の中からダザという男を探した。
親切に彼のことを教えてくれる清掃員がいた。彼は義足らしい。
彼のことは最近見ていないと言う清掃員もいた。不穏である。
黙ったままの清掃員もいた。別の意味で、不穏である。
つま先のみ金属の年老いた清掃員もいた。人違いもはなはだしい。
見えない所で黒髪狩りに遭った無残な遺体を片付ける清掃員たちもいた。
辛い仕事である。

時間がどんどんと過ぎて行ったが、目的の清掃員は見つからなかった。
事務所に問い合わせたところ、体調不良で欠勤ということらしい。
そして、彼の自宅までは聞き出せなかった。
空はあっという間に暗くなってしまった。
これでは、リューシャをますます悲しませるだけになってしまう。
カラスは一人、落ち込んでしまった。

街の人通りも少なくなり、清掃員たちも帰ったことだろう。
ふと、傷ついて汚れた格好の清掃員がふらふらと歩いているのをカラスは目撃した。
義足をつけた青年だった。
その目は虚ろに見開かれていて、乾いた表情を浮かべていた。
カラスはその姿に恐れをなし、近づく事すら出来ずに逃げてしまった。
彼は、呪われていたのだ。カラスの受けたものよりはるかに強い力を感じる。
何とかしてやりたかったが、これ以上呪いの力を浴びたら自分の命も危うくなってしまうのが分かる。
カラスは、震えながら涙を呑んだ。
リューシャの手紙は渡せなかった。


[437] 2012/06/12 07:06:47
【ダザ・クーリクス:27 オーバーライド】 by taka

「やぁ、そろそろ来るころだと思ったよ。」

ダザは特殊施療院に来ていた。先生はいつもどおりニヤニヤして、ダザを向かい入れた。

「コイツの記憶を辿って、一番事情を知ってそうなのがアンタだったんだが、当たってたみたいだな。」
先生は「くっくっくっ」と楽しそうに笑う。

「偶然、違法精錬された精霊を手に入れてね。面白い精錬方法だったからちょっと解析してみたんだ。
 そうすると、微かに意志のような反応を見せてね。これには驚いたよ。
 精霊が人の精神の化石だという仮説は昔からあったからが、それを証明した人間はいなかった。」
先生は楽しそうに語る。ダザはそれをジッと聞いていた。

「それを証明するために、意志を増幅させる方法を考えたんだが、どれも上手くいかない。
 そこで、思いついたのが、生きた人間の精神に直結させてみるという方法だ。
 丁度いい実験台がいてね。そいつの義足にその精霊を仕込んでみたんだ。」
「つまり、その実験台がコイツで、その精霊の意志がオレっていうわけか?」
「そのとおり。つまり、精霊による精神のオーバーライドだ。
 トリガーは、精霊駆動と使用者の精神状態が影響したのかな?
 人の精神を乗っ取るっていうのはどんな感じ?」

「・・・目が覚めた時は多少混乱したが、今は大体整理が出来てる。昔の記憶もあり、自分が一度死んだことも思い出した。」
「ふむふむ、では、質問してもいいかな?君は何者だい?」

「100年程前に生きてたヘレン教の人間だ。裏切り者の象徴である黒髪連中を狩ってたら、捕まって殺されちまった。」
「ほう。では、君が黒髪とヘレン教との対立の原因になった、殺人者か。」
「殺人?ただの駆逐だろ?しかし、オレの駆逐によって黒髪が忌諱されるようになったのは喜ばしいことだ。ヘレン教も迫害されるようになっちまったがな。」
ダザはニヤリと笑う。先生も笑う。

「なるほど。で、現世に再び復活した君は、これからどうするのかね?」
「先生の方こそ、オレを蘇らせて何か調べたり、させたかったんじゃないのか?」
「いやいや、僕は精霊が人の精神の化石である仮説が証明出来ただけで満足だよ。」
「そうかい。じゃあ、オレは自由にさせてもらっても構わないんだな?」
「ああ、好きにしてくれ。」
「ならばオレは生前同様に黒髪を狩らせてもらうよ。裏切り者の象徴である黒髪共をな!
 そして、戦いへの高揚感を全ての人間に教え、ヘレンへ導いてやるよ!
 今現在、この街に流れている不穏な空気を濃くし、爆発させてやる!
 そうだ、先生も一緒にどうだい?オレと一緒に街を混沌の渦に巻き込んでみないか?戦いたいんだろ、先生も?」
「はははは!いいねぇ!面白そうだ!」
ダザと先生は互いに手を握り合う。交渉成立だ。

「幸いにも、このダザってやつの肉体や技術は、生前のオレより良い。まぁ頭はよくねぇみたいだから、その辺はオレがなんとかしよう。」

こうして、リリオットに新たな悪意が放たれた。

ttp://takatume04.seesaa.net/article/274624465.html


[438] 2012/06/12 13:57:12
【【アスカ 24 覚悟と、意地】】 by drau

再挑戦の扉を開ける。

「グラタンさん」
「ははは、初めてだよ。尋問から開放された後に、自発的に戻って来る者は。どうしたんだね、答えは出たかい?」

先程と変わらず彼は取調べ用の机の前で椅子に座っていた。食後のお茶をのんびり味わっているらしい。

「貴方は意地悪、だよー」
「そんなことはないさ。私はリリオットと、バルシャの正義であろうと心がけている。だから街に仇なす者を焼き捨てる、善良な一介の騎士だよ?」
「母は、……ママは貴方の粛清に関係ない筈、だよー。焼き捨てられずに、ボクの前に戻ってきたもん。あくまでママは、不慮の事故に遭ったん、だよー」
「おや、分かっちゃったのかい」
「ママは、何処に搬送されたんですか?担当した人に会いたい、だよー」
「ははは、あの日の事故は粛清ごと機密扱いなんだよ。情報規制は知っているね?合わせれないなぁ、すまないね」
「ボクもママも、お祖母ちゃんの身内だよ?」
「だから、さ。私はやはり若いね。この場合、私は善良な騎士の前に、君の祖母に憧れた男になる。だから、なのさ」
「やっぱり、意地悪」
「憧れの存在の子供や孫をこの手で特別に助けることよりも。私は道を阻むことを選ぶね。再起不能、自己崩壊、夢破れたり。憧れの存在の後継者の目論見を阻め、憧れた者に間接的に傷を与えれる。これほど、ファンとして光栄なことは無い」
グラタンはこちらを一切見ない。彼の視線も、微笑みも、精神的には自分に一度も向けられていなかった事に気付く。彼は、羨望の剣をアスカの後ろの祖母に突きつけていたのだ。
楽しそうに祖母の手紙を読んでいる。
「やはり旅人アゲハは面白いね。冒頭から、いきなりの諦めろの連続に、締めは子供を早く二人生め、一人には名付けさせろ、それまで死ぬな、だ。暖かいのか、冷たいのか」
「担当者に合わせてください、グラタンさん。お願いします、だよー」
アスカは頭を下げた。それを背で感じたのか、グラタンは笑う。
「ハハハ!!……いいだろう、いいとも。合わせてあげよう。対価を差し出せばね
君も、旅人になるんだろう?――冒頭からいきなりの、祖母越えをして見せてくれたまえ。彼女が行く事を途中で拒んだ場所へ行き、我々の望むであろう対価を持ってきたまえ、無理だろうがね」
「ボクにだって、意地はあります、だよー」
浅慮で無謀な答えに、グラタンが微笑んで振り向いた。そして、その顔が驚愕に染まる。
ダザに対してとは違い、歯牙にもかけなかったアスカへの警戒心。アスカの存在の変貌に、筆頭騎士団長は思わず、腰の炎熱剣に手を伸ばす。
「……アスカ、君だよね?ま、待ちたまえ!!」

応えはない。


警備する騎士を通り過ぎながら、アスカは自身の変化を理解した。

今なら、今ならば、出来るかもしれない。
五体全ての意識を、前に向けた。走り出す。
人ごみを掻き分け、街道を駆ける。
今ならば、土や、木の根を踏み越えて、恐怖や死の影を振り切って、劣悪な道を突き進める。
走って走って走って、転んでも、走れる。
向けられた視線を掻い潜れる。例え人の死を見ても、例えこの身を矢で射抜かれても、人間馬車は止まらないだろう。
そんな覚悟と共に、アスカは空気を裂く。


[439] 2012/06/12 18:07:36
【夢路21】 by さまんさ

夢路は《ジェネラル》から受け取った紙を開いた。
「・・・・。ふわぁ〜」
大きく欠伸をしたのち、ポイッと投げつける。
「読めまっせん!」
投げられた紙は《ジェネラル》の顔面にぺしんと貼りついた。《ジェネラル》は首をくいっと捻ると、
「…小学校は出たんじゃなかったのか?《獏》。」
「人の名前は難しーですねぇ。特に貴族の名前はくそむずいっすわ」
「今までの指令書はどうしてた?」
「んー?そこの、」
夢路は部屋の隅を指差し、
「お姉さんに読んでもらってた。」
お姉さんといっても夢路より年下である。夢路にとって、巨乳の美女は全員残らず「お姉さん」であった。その巨乳美女は今は書き仕事に追われ夢路の相手はしてくれない。
「わかった。なら私が読んでやるから聞」
「っハァああ〜〜〜それにしても夢に出てきた金髪で狐目のお姉さんかぁわいかったなあ〜〜〜すっっっごいいい夢だったなあ〜〜なんかチューーーとかした気がするなあ〜〜〜あぁ〜〜」
「聞けぇえええ!!」
《ジェネラル》の必殺ちゃぶ台返しが炸裂した。


前回のあらすじ:上司に病院から拉致られた夢路は一週間寝ていられるはずだったのに精霊回復術で無理矢理叩き起こされしかも大量の仕事が待っていて大ピンチ!早く帰って寝たい!


上司は自分で書いた指令書を解説を交えながら読み上げた。
「『《獏》への指令。期日までに以下の人物を"暗殺"せよ』
『マーロック・ヒルダガルデ』。クックロビンの死後、彼が神霊採掘の指揮権を金で買ったという噂がある。噂と言っても確証は100%。
『メビエリアラ・イーストゼット』。ヘレン教教師。信者に対して最も影響力が強い。しかしクックロビン殺害の容疑者でありヘレン教を利用する権力者にとっては厄介者。本人の意志さえ砕けば信者の一部ごと戦力に引き抜ける。
『リリオット卿』。本来は通常の暗殺対象のはずだったが、諸事情でお前の仕事になった。
『以上』」

《ジェネラル》は指令書から顔を上げて部下の顔を見た。部下はあさっての方向を見ながら「あられ揚げ・・」と呟いている。

「…ちゃぶ台返し!!」
「ぎゃー!!」

それでも一応聞いていたらしい夢路はコブのできた額をさすりさすり、
「なんってぇかなー。セブンハウスにソウルスミスにヘレン教。なんでもかんでも敵に回すんだね、おやっさん」
「我々の目的を忘れたか?」
「耳タコです。《ニュークリアエフェクト》」
「この町は、経済も宗教も政治も、全て腐敗している。」
「じゃあ私らはぁ?」
《ジェネラル》は、指令書を静かに折り畳むと、
「リンゴが腐っているなら、リンゴの芯だって腐っているだろう。」
「あっはははー!」何のジョークだと思ったのか、夢路はゲラゲラ笑った。


[440] 2012/06/12 19:43:08
【マックオート・グラキエス 32 害虫駆除係】 by オトカム

マックオートが引き受けたクエストは路地裏に巣食う害虫の駆除だった。
駆除用の粉が入った袋を受け取り、地図で確認したマックオートは路地裏に向かった。
黒髪に回ってくるクエストはいつもこのようなものばかりだったが、それでも数をこなせば一日を過ごす金は手に入った。

***

「あぁ、こいつらか」
目的地にて、害虫と思わしき虫の巣を見つけたマックオートは粉をふりかける。
最初は何が降ってきたのかわからない害虫たちだったが、1匹、また1匹と死んでいくのを見てあせりだし、
せわしなく動き出すも、最後は全滅した。

証拠として羊皮紙に情景を写し終わり、あとは戻って報酬を得るだけ・・・だったが、なにやら音が聞こえてくる。
ガツン・・・ガツン・・・鈍い音だ。嫌な予感がしたマックオートは音の出処へ走った。

そこにいたのは何人かの倒れた黒髪と、不気味な笑い声をあげるダザだった。
「何やってんだよ!ダザ!」
「”さん”をつけろよ黒髪野郎!!」
呼びかけに気づいたダザはこちらを見ると、なんのためらいもなくブラシを振りかざす。
ガキン!
マックオートはなんとかアイスファルクスで打ち合うも、ブラシはびくともしない。
どうやら、鉄か何かでできているようだ。公衆浴場で脅しに使ったのも納得できる。
ダザは続けて義足による蹴り技を繰り出す。絶え間なく放たれる重量級の攻撃に、マックオートは防戦一方だった。
蹴りが飛んでくるたびにアイスファルクスにかかる負担が増えていた。よく見ると、義足からは煙があがっている。
このまま力が強くなれば、対応できなくなるのも時間の問題だ。
ならば逃げ出そうか?いや、この状態から背中を向ければ即死だろう。
「死ね!死ねぇー!」
作戦を考える間も蹴りの力は強くなる。低い姿勢で受け止めなければ跳ね飛ばされるほどだ。
(跳ね飛ばされる・・・?そうか!)
秘策をひらめいたマックオートは大きく後ろに下がり、ニヒルな笑を浮かべながら手をパタパタと動かした。挑発だ。
「てめぇ!ふざけてんのか!」
ダザは今までにない力を義足に込めた。チャンスだ。
マックオートはアイスファルクスを構えて蹴りを受けると、全身をバネにしてそのまま跳ね飛ばされた。
「あばべぇぇぇぇ!」
相手の攻撃の勢いを利用し、素早い撤退を可能にした完璧な作戦だ。着地方法を考えていない点をのぞけば・・・
マックオートはそのまま吹き飛ばされていった。


[441] 2012/06/12 21:07:33
【オシロ25『死への沈降』】 by 獣男

――今日からお前はエフェクティヴの男だ――
――弱きを助け、強きを挫く、そんな勇敢な男になれ――

――作戦は失敗した!精霊爆弾の暴走らしい、ボルツ達も全滅――
――もうこいつを生かしておく理由も――

――今日からお前は精製作業を覚えるんだ――
――嫌だ!僕は戦士になるんだ!そんなのじゃ、敵を殺せない――

――あなたみたいな人が、そこまでして何故こんなことを続けるんですか――
――あの事故以来、私には――

――永久精霊っていう物があるんだって!それが作れれば――
――そんな物はできん。そろそろ図書館に行くのも――

――こんな粗霊じゃ駄目だ!何もできないじゃないか!――
――また失敗だ!なんで上手くいかないんだ、なんで――

――あの、これ、あまりいい物じゃないんですけど――
――また失敗しただと!お前一体、どれだけ精霊を無駄にすれば――

――信じられん出来だ。各基地への配備を進める、量産を急げ――
――よくやった。エフェクティヴの男として、もう一人前だな――

――精霊か?精霊が喋ってるのか?――
――そして俺が『常闇の精霊王』――

――やめて!彼らにはまだ何も聞いていないのよ!――
――駄目だ!この精霊じゃ危険な状態を抜けるまでは――

――責任を取れ!エフェクティヴの男だろうが――
――あんな連中に義理立てする理由なんぞ――
――とっくにわかってたんだ。全部、僕のせいだった――

・・・・・・・・・・

――リオネ・アレニエールが街に来ているという報告が――
――至急手配を。もっとも、これに手の施しようがあるとは思えないが――


[442] 2012/06/12 22:14:59
【リューシャ;第二十九夜「豹変」】 by やさか

宿の食堂で朝食を摂りながら、リューシャは今日もリリオットの軋みを聞く。
曰く、ヘレン教の教会が襲撃された。曰く、ダウトフォレストへの派兵が始まった。
中でも商人たちの槍玉に上がっているのは、昨夜のうちに黒髪ばかりが十数人も殺されたという話だった。
ここは、リリオットで黒髪を受け入れる数少ない宿のひとつだ。必然、黒髪襲撃に危機感を覚える者も多い。

「……カラスさん、大丈夫かしら。黒髪じゃあなかったけど、なんだか放っておけない感じの子だったのよねえ……」

おかげで、伏せておくつもりだった名前までこぼしてしまった。
情報が漏れることを心配しているわけではないが、何も知らないほうが彼女自身のためだ、とリューシャは思う。
カラスには、行きずりのリューシャの名前を律儀に隠し通そうとするような、まっすぐな純真さが見えた。
もしも巻き込んでしまった場合、それは非常に危うい気がする。

「競技会の見学に行く前に、少し探してみようかしら」

昨日の様子なら、一次審査が終わる明日まで、オシロが積極的に危険に晒されることはないはずだ。
それに、手紙が無事に渡っていれば、ダザから何か反応があるかもしれない。

とりあえずの方針を立て、リューシャは席を立つ。

昨日の広場を中心に、通りを行くリューシャの足取りは散歩をするように軽い。
だが、その視線は油断なくすれ違う人々を観察していた。やがてその目が、どことなくしゅんとしたカラスを見つける。

「……カラスさん。どうしたの、落ち込んでいるみたい」
「リューシャさん?リューシャさんですよね、ああ、またお会いできてよかった!」

カラスは潤んだ瞳で、ダザを探したこと、見つけたこと、呪いの気配に近づくこともできなかったことを切々と訴えた。
渡せなかった手紙を懐から取り出して、申し訳ありません、と詫びる。

「ああ、これであなたの想いが伝わらないなんてことになったら……!」

俯いたカラスを慰めながら、しかしリューシャは別のことを考えていた。

「ダザ、……彼、呪われてるの?」
「なんだ、呪われてるとは人聞きが悪いじゃねえか」

後ろから声を掛けられて、リューシャとカラスがばっと振り返る。
そこに立っていたのは、ニタニタと暗い笑みを浮かべたダザだった。

「ダザ……じゃ、ないわね」

半歩前に出ようとしたカラスを、リューシャが押し留める。
そんな二人に、ダザがモップの柄を振り上げた。

「今はオレがダザだよ!」

殺気に反応し、リューシャが反射的に雪華を放つ。
鋭い雪片はひとつ残らず弾かれたが、リューシャは即座に凍土によってダザとの間を塞ぎ、カラスの手を引いて走りだしていた。

「逃げましょう」
「え、えっ」

ここからなら、精製競技会の会場が近い。あそこなら警備兵がいる。
部外者のカラスを連れ込むとなるとまたモメるだろうが、やむを得ない。

……だが、走る二人が辿り着く前に、その会場で、工房の一棟が大爆発を起こした。


[443] 2012/06/12 23:20:52
【ソフィア:25 壊れる記憶と夢と現実】 by ルート

地獄とは、虚空の只中にあることを指すのだと思う。

ヘレン教師に拾われる前、孤児だった頃の私がそうだった。
幼すぎる知性は昨日の事すら覚えていられず。明日の事など夢にも描けず。
現在とは前触れなく未来から現れ忘却の過去へと消えていく、一瞬の残像に過ぎなかった。

確かなものなど何もなく。何かに縋りつくことも、誰かと繋がることもできない。
どれだけ近くにあっても。
どんなにはっきりと見えても。
触れられないのなら、それは無だ。

だから、私の手をとってくれたあの人達のことは忘れない。
彼らを通して、私は初めて現実を実体として受容できた。故に私は彼らを絶対の価値として誇った。
彼らを否定する事は地獄に戻ることだ。それは絶対に避けねばならなかった。
私は両親を愛した。両親の行いを肯定した。彼らの信じるものを信じた。
あのまま成長していれば、私はさぞ妄信的なヘレン教徒になっていたに違い無い。

だが、そうはならなかった。
私の両親が行う救済はまやかしだと。押しかけた黒髪達の手によって彼らは殺された。
教会は彼らを異端者とし、最後まで手を差し伸べることなく彼らを見捨てた。
そして、私は再び地獄に堕ちた。
教会や黒髪への憎しみは、怒りは、瞬く間に消えていった。
何よりも大切だったはずの両親への想いすら、1年と経たぬうちに過去の幻影となった。

それからの日々は夢のようだった。
辛いことも苦しいことも、楽しいことも嬉しいこともあった。
けれどどんなに幸福な夢だろうと、覚めない夢は全て悪夢だ。

私は再び縋るべきものを求めた。
それは愛する人のような形あるものでも、信念のような形なきものでもいい。
私は確かにここにいるのだと。そう教えてくれる何かが欲しかった。

目に写る全てに手を伸ばそうと。

耳で聞きとる全てに駆け寄ろうと。

触れ得る全てをこの手に掴もうと。

そうすればきっと、いつか、何かが手に入ると、信じて……



気付けば、私は森の中で泣いていた。
腕の中にエーデルワイスを抱きしめて、止め処なく溢れる涙を、拭う事もせずに。

あぁ、壊れていく。
私の記憶が。思い出が。私のものでない記憶に押し流されていく。
嫌だ。忘れたくない。失いたくない。
消えていく記憶に恐怖する。その恐怖が、喪失感が、何よりも心地良い。

あぁ、私は今、こんなにも。
こんなにも、過去を愛おしく感じている……!

心を芯から凍えさせる、リアリティに溢れた恐怖。
忌避すべきその感覚が、私の夢を現実にしてくれる。

壊れていく父の言葉に、母の面影に、消えないで、と心の中で叫びながら。
恐怖と歓喜に、私は泣き続けた。


[444] 2012/06/12 23:25:03
【ソラ:23「誰でもなれる救世主」】 by 200k

 リソースガード仲介所。ソラはテーブル席に座り待っていた。
「ソラさん。登録証出来ましたよ」
 受付に呼ばれてソラは席を立った。傭兵としての注意と依頼の説明を一通り受けた後で登録証を手渡される。ソラは傭兵になった。
 登録証を受け取ると、再びテーブル席に座った。

 依頼は行方不明者の捜索が多かった。黒髪の男性、黒髪の女性、黒髪の子供、黒髪の女性、黒髪の――。捜索依頼が出されているのは黒髪ばかり。ヘレンは黒髪を救わない。だから、救いを求める人達はここに足を運ぶのだろう。「誰だっていい、助けてくれるのなら」一抹の希望にかけて、大切な生活費を出しながら依頼書を書く人が今日だけで3人、ソラの前を横切っていった。

「いってー、誰か回復術使える奴はいねえかー」
 傭兵の男は仲介所に入って来るなりボロボロの体で声を張り上げた。彼は席全体を見渡すと、「ちっ、今日もコイン女はいねえのか……」と呟きがっくりとうなだれた。ざっくりと切り口が開いた腕から血が滲み出ている。
「あの、私少しなら癒しの魔術が使えます!」
 ソラは男に駆け寄り、魔法を使った。かざした手から赤い光球が生まれ、男の腕を包む。傷は急速に癒えた。
「ダウトフォレストは駄目だ、少なくとも俺の周りは全滅。あれは森じゃねえ!どこからともなく矢が降り注ぐし、木一本一本が襲い掛かってきやがる、まるで一つの大きな怪物の腹の中……」
 男は仲介所に響き渡る大声で語った。彼の話を聞くべく他の傭兵達が集まってくる。
「ダウトフォレストで何かあったんですか…?」
「おっと、あんた新人か?ダウトフォレスト攻略作戦を知らねえのか。100人以上の大所帯で埋蔵金探しにエルフの森まで侵攻したのさ。だが駄目だ、あそこに行った奴らはもうみんなやられちまってるはずだ」
「ここに参加者の名簿もあるぜ」
 別の男がソラに名簿を渡した。何ページにも渡り参加者達の名前が列挙されている。その中に見知った名前を見つける
「ハスにウォレス…!?それにソフィアまで!!」
「嬢ちゃんの知り合いもいたか……そいつは気の毒に……」
 ソラは人だかりを押しのけ、仲介所を飛び出した。
「待て!手練れの戦士でも歯が立たなかった場所だぞ!死にに行くつもりか!」
 背後から傭兵の止める声がした。
 コホ、コホ、とソラは少し咳き込みながら大通りを真っ直ぐ南へ駆けていった。ダウトフォレストの中へと。

====

魔法を使った後休む暇がないため、ソラの最大HPは一時的に-1されます


[445] 2012/06/12 23:58:36
【ライ:07】 by niv

 ライの義父は札付きのクズだった。彼に関して褒められるところといえば子供に性的虐待をしなかったことと、明らかな弱者に暴力を振るわないことくらいだ。もっとも、ライの妹アマラが成熟していたらどうだったかは確かめようがないことだし、明らかな弱者といっても家族が反抗したり泣き喚いている場合は例外となる。
 義父の投げつけた酒瓶で母は片目を失明した。ライの家を訪ねてきた母方の祖母がそれを知ると、
「バカだね、こんなになるまで耐えて。あたしが全部何とかしてやるからね」
と、娘を胸に抱いて慰めた。その晩、祖母は酔いつぶれている義父を絞め殺した。ライたちはこのことを知らされていない。
 村の誰もが殺人を疑ったが、義父が死んで悲しむものはいなかったため、たいした取調べも受けなかった。
 幼くて分別のつかないアマラは別にして、ライと弟ペテロは父の死を喜んだ。祖母の家で始まる新しい生活に、二人は胸躍らせていた。
 母の実家では暴力の代わりに精神的な責め苦が待っていた。前よりも暮らしは貧しくなり、祖母による義父の殺害で母は精神を病んでいた。そんな母を祖母は毎日なじっていたし、そうでない時は子供の誰かが責められた。
 疲れきった母をヘレン教は救った。黒髪だった義父を悪と断定することで精神の平静が得られたが、新しい葛藤も生まれた。前夫との子ライは母に似て金髪だったが、ペテロとアマラは黒髪だった。
 ライの家は貧しかった。三兄弟が流行り病にかかった時、ライだけが治療を受け、食事もよいものを与えられた。アマラは衰弱して死んだ。ペテロは自力で立ち直ったが、左手の小指がほとんど動かなくなった。
 妹が死んだ時、ライはなんとも思わなかった。それが自分でなくてよかったと思ったし、自分によい治療を与えてくれたことを喜んでいた。
 ライのいた田舎ではヘレン教の勢力はさほどなく、怪しいカルトと見做されていた。ライとペテロは食事も着るものも明らかに違う。ライはしばしば子供たちから鬼や人非人とからかわれた。ペテロは乞食と呼ばれた。彼らは大人たちから、ライの一家を狂人の一族と吹き込まれていた。次第に自分の家が異常であることを認識するようになると、妹の死を何とも思わなかったことをライは深く恥じた。
 家の中にペテロの味方はいなかった。祖母はヘレン教ではなかったが、義父の血の濃いペテロは当り散らされた。もっとも、祖母は母の味方でもなかった。義父などと結婚した愚かさを母は毎日責め続けられた。この頃になると、祖母や父に罵られる一方だった母も時折ペテロに八つ当たりをするようになった。ライにすることもあった。
 何度か、ライはペテロとの平等を母と祖母に要求した。彼らはそれを差別であるとは決して認めなかった。さまざまな正当化を、ライには言い負かすことができなかった。その理屈にライは何度か納得させられた。優遇される環境に安住したいという誘惑もあった。別にいいやという気になることもあった。魂を屈従される前にライは弟を連れて家を出た。
 子供二人で暮らすのは大変だった。悪い大人に何度も騙されたし、年下の子供ですら後ろ盾がないとわかればなめてかかってきた。暮らしはさらに貧しくなった。
 ライは弟にいろんな約束をした。この国を変えるだとか、お金を貯めて弟を学校にやるだとか、いずれ二人で会社を作って車を乗り回すだとか、動かなくなった指を治すとか。
 人間の成長に必要なものは食事だが、子供の場合には希望がそこに加わることをライは本能的に知っていた。
 彼は稼ぎを求め、弟を置いて治安の悪いリリオットにやって来た。それでも、二人分の生活費を一人で稼ぐことはできなかった。


[446] 2012/06/13 00:11:04
【ヴィジャ:05 秘薬】 by やべえ

 暖かい鼓動を感じる。

 *

 それから半刻ほどが過ぎ、ベッドに横たわる金髪の女性――カガリヤは目覚めた。
 しかし、脇に座るヴィジャの姿を見るやいなや、頭から毛布を被って動かなくなってしまった。
「気分はどうですか」
 ヴィジャは出来るだけ言葉を選んだつもりだったが、やはりというか返事は無い。
 声も出せないほど気分が悪いのか、あるいは機嫌が悪いのか……判断を保留して言葉を続ける。
「抵抗しないんですね」
「意味がないもの」
 毛布越しにくぐもった声が届いた。どうやら後者だったようだ。
「大丈夫。たぶん、ただの回復酔いだから……」
「そうでしたか。あなたの薬を一瓶、治療に使わせてもらったんです。よく効きますね」
「使いすぎよ……。というか、原液を瓶のままなんて」
 カガリヤはそこで言葉を区切ると、がばっと毛布を跳ね除けて起き上がる。
 寝ぼけ眼を擦りながら姿見の前へ向かう彼女に、ヴィジャは微かな違和感を覚えた。
「これは……。二、三年“イった”かも……」
 だぼついた寝巻きを手で抑えながらカガリヤは言う。それを見て、ヴィジャは違和感の正体に気づいた。
 会った時より背が縮んでいる。
「ヴィジャ、だったかしら」
「はい」
「あなた、ミゼルの隠し子でしょう」
「いいえ。ですが、似たようなものかもしれません。何故わかったんです?」
「観測で見えない部分を都合のいい推測で埋めただけよ。……ともかく」
 カガリヤがヴィジャの方へ向き直った。
「二つ言っておくわ」
 彼女は薬の空き瓶を手に取ると、ヴィジャの目の前で振ってみせる。
「これは遡行系回復術の触媒なの。扱いには気をつけなさい。それから」
 寝巻きがずり落ちた。
 …………。
 しばしの間をおいて、カガリヤはヴィジャの後ろの壁を指さした。
 固く口を噤み、それ以上何も言おうとしない。
 指先を見つめるヴィジャはその意図を測りかね、
「……あの」
「あっち向いてて」
「はい」

 衣擦れの音を背に受けながら、ヴィジャは部屋の隅に座り込んでいた。
 全てが手紙の通り、とはいかなかったが、概ね順調である。
 なによりこれ以上の戦闘が発生しないのはありがたかった。
 ヴィジャは自分の力を振るうのに慣れていないのだ。
「……あなたのお願いのことだけど、おそらく不可能よ」
「そうなんですか?」
 カガリヤにはまだ何も話していない。
 彼女は一体、どれだけの事象を観測してきたのだろう。
 彼女の目には、世界がどのように映っているのだろう。
 口調は平坦に。事実のみが告げられる。
「ヴィジャ。あなたを本家で保護することはできない」
「……」
「ミゼル・フェルスタークと旧知だったクックロビン卿は、先日、自刃したわ」


[447] 2012/06/13 00:28:39
【マドルチェ 10 マドルチェの激昂】 by ゴールデンキウイ

「今のは、何だったの……」

右腕の感覚を確かめるように、マドルチェは強く拳を握る。どのような手品を使ったのか分からないが、とにかく腕さえ無事なら問題なく私の力を使う事が出来る。ぺっ、と口の中に残る吐瀉物を吹き出してから、マドルチェは浅く呼吸を整えた。

「おじいちゃん、どこなの」

執務室に姿がないのなら、応接間か、それとも食堂か。……全く、先ほどの男といい余計な手間ばかりが増えていく。マドルチェは若干の苛立ちを覚えながら、気持ちを切り替えて廊下に向かって歩き出した、その時。

「どこへ行くつもりですか?」
「えっ」

突然の呼び掛けに、声の主を探して部屋の中を見回した。しかし姿が見えない。聞き覚えのない声だ。――ああ、また私の邪魔をする輩が増えたのか。事態がどんどん煩雑になる。マドルチェは苛立ちを隠せず、小さく舌打ちした。

「……あなた、どこにいるの」
「おっと、これは大変失礼しました」

そして、黒い影が部屋の扉から姿を現した。文字盤の仮面を付けたその男は悠然とマドルチェの数歩手前まで歩み寄ると、芝居がかった動作で恭しく一礼した。

「お迎えに上がりました。マドルチェ・ミライエール様」
「……お迎え? おじいちゃんに命令されたの?」
「いいえ、違いますよ。……私が、私の理由であなたをお出迎えしたのです」

男の言葉を全く理解出来ずにマドルチェは眉根を潜めた。こんな男は知らない。意図が掴めない。私は早くおじいちゃんのところに行きたいのに。マドルチェの中の苛立ちは、ここにきて最高潮に達していた。

「どいつもこいつも……」

小さく、しかし確かな怒りを込めて呟く。それに呼応するかのように暗黒の水晶が再び鈍い光を放つ。それはマドルチェが久しく忘れて無かった、負の心、憤怒の感情。

「私の邪魔ばかり!!!」

そう叫ぶと同時にマドルチェは動いた。邪魔な者は殺す。一刻も早く。私にはやらなければいけないことがあるのだ。

「――絶対、」

一息で彼我の距離を詰め、右手を大きく振り上げる。

「王制……!!」

右手をかざす。仮面の男の胸元が白く輝き始める。感情の摘出。それは多くの人間にとって『死』に他ならない。感情を失った自分に耐え切れず発狂して死ぬ者。精霊を奪われ生命そのものを絶たれる者。いずれにせよ、圧倒的多数にとってこの状況はチェックメイトのはずだった。――この男、サルバーデルただ1人を除いて。


[449] 2012/06/13 02:19:15
【メビエリアラ11】 by ポーン

「うわあいい胸! おんいしそう〜っ」
「どなたです?」
 礼拝堂を訪れた女に、メビエリアラは尋ねた。
「私? うん、夢路。表の顔は占い師。裏ではエフェクティヴのために心理暗殺士をやってる。灰の教師メビエリアラ・イーストゼット様のお命、頂戴しに来ました! って、すぐ正直になっちゃのが夢のメンドくさいとこなんだよねえ……ま、その記憶を持ち帰らせる気はないんだケド」
「なるほど。ここは夢でしたか。どうりで」
 夢路の眉間に穴が空いた。即死だ。
「まだ摂取が十分でないのに精霊が使えるわけですね」
 サラマンダーテイル。メビエリアラの指先から放たれたのは、瞬間に生きて死ぬ精霊駆動体だった。質量を持った刺突。夢の中では融通が利くようだ。
 夢路の体は灰になってぼろぼろと崩れてしまう。しかしメビの背後から声がかけられる。
「メビ……メビエリアラ……争ってはいけません」
 振り向くとステンドグラスが喋っていた。ヘレンを象っていたはずのそれが夢路になってしまっている。モザイク模様の夢路がふざける。
「あなたは間違っています……っていうかイカレてます分かってください……改心してエフェクティヴの理想に従うのです」
「稚拙ですね」
 夢路が攻撃を始めるまでに余裕があると見て、メビエリアラはウンディーネを放つ。瞬間に生きて死ぬ精霊駆動体。指先から勢いよく放水する。割れたステンドグラスはしかし、ヘレンのものに戻っていた。
「えーっ、うそ、ヘレン教の教師様がヘレン様を冒涜!? なんてバチ当たり! はわわわ!」
 その後も教会を訪れた迷える老人や、ウォレス・ザ・ウィルレスなどに、明らかに騙す気のないクオリティで変身する夢路にウンディーネを放つが、メビは夢路を捉えることが出来なかった。
「あーあーあーあーメビさん暴れちゃってしょうがないですねえ。い〜の? 教会をこんなに水浸しにしちゃって」
 メビが放ったはずの水は膝の高さまで溜まっていた。どんどん水位が上がる。
(まずい)
 メビエリアラは窮状を悟った。ここでの敗北はおそらく現実にもエフェクトする。
「さーて。単刀直入に聞きましょうか? Q.あなたの一番大切なものは? まあだいたい答えは分かってんだけど……」
「無意味な質問ですね。答えは、ヘレンです。究極です。大切なものは究極そのもの、同語反復です」
 正直に答えてしまう。夢では質問に対して偽ることも黙ることもできないようだ。では、逆に質問し返してはどうか。
「では夢路さんの一番」
「わーわーわーわー聞こえない聞こえなーい!!」
 夢路は耳を塞いで質問を拒む。そして一方的に言いたいことを言ってくる。
「は? 究極? それって具体的には何も決まってないのと同じじゃないの? 意味ふめーなんですけど」
「その通り。まだないものこそが、未来におわす、」
 メビエリアラはその意に反して、心のうちをどんどん吐かされていく。



「メビ様! メビ様!」
「!」
 シスターに起こされて、メビはベッドで目を覚ました。
 深夜。窓から月明かりが差す。
「どうしました? すごいうなされてて……」
「心賊に襲われました。起こしてくれてありがとうございます」
 メビは礼を言う。このシスターのお陰で間一髪助かった。
 しかしまだ危機は去っていない。心理暗殺士なる者に狙われてしまった。しかもどうやら夢の中では勝てないようだ。そして眠ったらまた夢を狙われる。
 つまり、もう寝てはいけないということになる。寝たら殺されるか、精神を破壊されてしまうだろう。
(これから一切眠れない――あの暗殺士を止めるまでは)
 メビは薄く笑う。
 覚悟した。
 シスターに指示を出す。彼女もインカネーションの一人だった。
「貧民街およびラボタ地区を中心に、インカネーション第一および第二部隊全員、それから捜索範囲の信徒も投じて夢路なる占い師を捜索。殺してはなりません。捕獲します」
 距離を無視して人の心を覗ける能力者。
 是非とも欲しい、とメビエリアラは思った。


[450] 2012/06/13 06:00:53
【ウォレス・ザ・ウィルレス 26 「f予算のありか」】 by 青い鴉

魔剣エーデルワイスを抱いたソフィアがくずおれ、泣き伏す中。
「儂は『f予算』について訊きたい」とウォレスはエルフに向かって切り出した。

「人間の価値観では、その情報の対価は大きすぎる」最初は乗り気ではなかったエルフであったが、ウォレスは譲らない。
「じゃがエルフの価値観ではどうじゃ? たしか金銀財宝には興味が無いのではなかったか?」ウォレスはエルフがさっき言った言葉のあげあしを取る。

「我らはそのことについて深くは知らない」
「かまわん。知っていることだけ話してくれれば十分じゃ」

「『f予算』は、封印宮にある。そして封印宮の扉はもう開いている」
「トリガーはミゼル・フェルスタークの死、か」
「そうだ。エルフはこれを脅威としては認識していないが、人間にとっては脅威となるかもしれぬ」
「人間にとっての脅威? 地獄の軍勢が這い上がってでもくるか?」
「当たらずとも遠からず、というところだ」

 エルフたちは言葉を濁し始める。分からないことがあると、エルフは分からないと言う代わりに、断定を避ける言葉を使い始める。このへんが潮時だろう。
 もう「f予算」のことは十分にわかった。それが存在そのものが謎に包まれている「封印宮」にあるのだとすれば、入手はほぼ絶望的だろう。
 つまるところ、リリオットの人間たちは、入手不可能な金を巡って争っているにすぎない。人間のこういう愚かしさを、メビならば愛おしく思うのだろう。だが、ウォレスはそういうのが嫌いであった。今回のダウトフォレスト攻略作戦のような、無駄死になどもってのほかだった。
 
「ところで88年ごとの不可侵契約じゃが、今回の生贄で更新されるのじゃな?」
「はい」
「それを聞いて安心した。じゃが、この88年でリリオットはだいぶ変わった。エルフもそのことには気付いておろう。時と場合によっては――いや、今は言うまい」

 ウォレスはそこで言葉を切った。今はリリオットの未来について考える時ではない。「f予算」について、ヘレン教上層部に報告を上げるのが先だ。


[452] 2012/06/13 09:09:02
【ダザ・クーリクス:28 害虫駆除係駆除】 by taka

黒髪の駆逐を行っていると、害虫の癖に害虫退治している黒髪を見つけた。
たしか、マックオートって奴だ。あんな黒髪と一緒に温泉に入ったと思うと体が痒くなる。

駆逐しようとしたが、オレの攻撃利用して逃げやがった。
害虫と同じく逃げ足も速い。小賢しい。

「次会ったら絶対殺してやるからなぁ!!」
黒髪が逃げた方に向かって叫ぶ。
追っても良かったが、そろそろ活動限界だ。
体内の精霊が減りすぎると、今度はオレ自身が磨耗しちまう。
多少の磨耗では大して影響はないって話だが、念のため精霊水で補給しねぇとな。

精霊水を飲みながら、ふと、黒髪が駆逐していた害虫が目に留まる。
まだ、生きてる。気持ち悪い。足で踏み潰す。

黒髪もこの害虫も同じようなものだ。存在そのものが気持ち悪い。不快だ。
足に害虫の踏み潰す感覚が広がる。あぁゾクゾクする。気持ち良い。
残った害虫たちも足で踏み潰す。自然に笑いがこみ上げてくる。ひひひひひ。

*

帰り道、視線を感じる。
周りを見渡すと、白髪の女が背を向けて走っている。
微かに、あのリューシャって女の匂いがする。

あのリューシャって女は良い。
強く凛々しく上に優しさも持つが、本質的には冷静で、冷徹で、冷酷だ。
あの凍った心をオレの熱い思いでドロドロに溶かしてやりたいね。ひひひ。


白髪の女を付けようと思ったが、丁度そのタイミングで先生が現れた。空気を読めよ。

「随分と暴れているようだけど、大丈夫なのかい?しかも、そんな清掃員姿で。」
「あぁ、黒髪を狩ればヘレン教が疑われる。この姿でやればセブンハウスが疑われる。
 ヘレン側はセブンハウスが自分達に罪を擦り付けると疑うし、
 セブンハウスは、ヘレン教が清掃員の姿で暴れると疑う。
 一般市民は両方に不信を抱く。不和の空気がどんどん広がるって寸法だ。」
「なるほどねぇ。まぁ捕まらないように注意してくれ。」
「ひひひ。それより、先生の方はどうだい?」
「僕の弟子を使って準備を進めているよ。」
「了解。」

周囲に注意を向ける。本体が精霊なせいか、感覚が敏感になっている。
この街に広がる不穏の空気。邪悪な意志が渦巻いてる。
上手く便乗できれば面白そうだが・・・。
まぁ、楽しくやらせてもらうぜ。


[453] 2012/06/13 13:19:50
【【    道中記の25 対価】】 by drau

肌を擦る音。
鎧を指先でなぞる音。限り無く無音に近づくよう心がけ、呼吸を抑えて、荷物を漁る。
リソースガードの男が持っていたのは自身の血で清められていた刃のみ。
次へ。そっと、うねる様に液体を含んだ土の上を這って、隣の女の元に向かう。察するにインカネーションだ。
衣の隙間に手を伸ばす。女は黙ったまま、体をなぞる視線と手に抵抗しない。ただこちらを見ているだけだ。
見開かれた女の目、片方の穴からは棒を生やしていた。長い睫毛には赤い泥がついていた。
手で覆い、そっと目を閉じさせる。せめてもの救いを与えてやろう。もう見なくてすむように。いや、彼女は見たいのかもしれない。
その欲故にこうなったのだとしても。其れが彼女達だ。開いていようが閉じていようが、彼女の視界に自分の姿が映ることはない。
ああ、ならばこの情けは黒髪らの復讐になるのだろうか。誰も答えない。自分の胸の内から心の臓が鳴く音。あとは、獣の声や、風切音が、時折小さく掠めるだけだ。それもだんだん弱まっていった。
結局、薄目にさせた彼女。目的のものは持っていなかった。目を凝らして、次へ向かう。これで、十……、何人目だったか。
早く見つけて、交渉に及ばなくては。交渉の期間が終わる前に。


先程横目で見た、彼や彼女、ソフィアやウォレスのように、自分は他人の血で汚れたミスリルを差し出す。

「…まぁ、いいだろう。認める。交渉を行おう」

悩んだが、出せるものは、コレぐらいしかない。

「えっと……、い、今着てる服とか…シューズじゃ駄目、かな?」
「見合う価値があるならば」
「こういうの、凄く好きで、ちょうど、今着てる奴は最近手に入ったばかりのとても、お気に入りの、だから」
「見合う価値があるのであれば」
「最悪、下も、とか…」
「価値があるのであれば」

顔を赤らめて、周りを見返す。背に腹は変えられない。ごくりと音を鳴らした後、しゅるしゅると、肌の擦れと共に、纏っていた制服を差し出した。
黒髪をたなびかせ、腕で胸を抑え隠し、体を外気に晒す。アルティアがじっとこちらを見ていた。

「ど、どう?」

周囲から、大きな共鳴音が波打ち騒ぐ。

それは、悲鳴にも似た戸惑いと、強くこみ上げてくる怨嗟だ。
「臭う」

予期せぬ現状を見返して、彼らは理解し、そこに至った。
音と共に、自分の腕が、千切れて飛んで、エルフとの間で舞った。

「臭うぞ」
最初からこの森自体が血生臭いじゃないか。見つめた端正なエルフの顔が、その眉間と口が、形を歪める。怒りだ。怒るのか、彼らも。
「ヒトの血に混じって、お前の、不浄の腐れた贓物から!かすかに臭ってくるぞ!」
強い耳鳴りが彼らの吐くヒトの言葉に混じっている。
「お前は《ドワーフ》だ!何故ここに居る!?何故、存在している!!何故、リリオットの印しの付いた衣を着ている!!我等は知っている、それは従者の衣だ!」
森が蠢いた。
「あまつさえ其れを、“我等に差し出す”だと!?おぐぃあ!ふぃじじ!ぐドぅ!ぐ!!あ!あ!あああ!あああ!!」
彼ら自身の言語でも、ヒトの言語でもない。瞬間的に狂ったか。
「答えろ!――リリオットは我々を謀ったのか!?」

「対価を」

解き放たれ、肌を晒したまま、彼らに方法を説く。
片手を広げて、にっと笑う


「対価を出して、――だよー♪」


[454] 2012/06/13 20:34:49
【マックオート・グラキエス 33 清掃員の本気】 by オトカム

「次会ったら絶対殺してやるからなぁ!!」
その捨て台詞は”きっと彼も何か嫌な事があったのだろう”では済まされないレベルの叫び声だった。
幸いにもゴミ溜めの山に激突して柔らかく着地できたマックオートは次に両足を使って逃げ出した。
ソラの安否の確認と、剣の解呪。やることがあるマックオートはそう簡単に死ぬことはできない。
そのまま仲介所まで逃げ込み、報酬を受け取った。泥人間にゴミ人間、仲介所に来るたびにおかしな格好をする姿は
もはや名物なのか、『おお、今日はゴミ男か』と関心する者までいる。
その後、雑用クエストをいくつかこなしたマックオートは公衆浴場へ向かった。

***

ここはダザと腹をわって話をした所だ。
害虫駆除の時、黒髪が倒れていたり、自分に対して”黒髪野郎”と呼んだのを考えると、黒髪狩りをしているのは間違いない。
しかし、よそ者嫌いのダザがなぜ黒髪嫌いに変わったのか、そもそも本当にダザなのか。
手がかりがない。このまま考えてものぼせるだけだろう。
マックオートは風呂からあがると、預けていたいつもの服とゴミまみれの服を交換してもらい、宿へ向かった。

***

翌日は食堂「ラペコーナ」で食事を取ることにした。
頼んだラザニアを食べながらふと物思いにふける。もし、このテーブルの対面する席にソラがいて、
ちょっとした事を話してお互いで笑いあえたら・・・
やはり、ソラを自分の所有物にしたいのか?マックオートは思い悩んだ。
「お客さ〜ん?恋でもしましたか?」
ワッと顔を向けた先には店員のマーヤさんがいた。そういえば、ソーダ水のおかわりのために店員を呼んでいた所だった。
「え、あぁ・・・まぁね・・・最近会えてないんだ。」
思わず照れるマックオートを見てマーヤは笑っていた。その時!
「そういえばここの店員に黒髪がいたっけな」
マックオートの顔はひきつった。奴だ、奴が来たんだ。


[455] 2012/06/13 21:18:45
【カラス 16 最果てまで】 by s_sen

翌日のことだった。
カラスは自由時間をもらい、広場でぐったりと日を浴びていた。
リューシャには申し訳ないことをした。
と後悔したところ、その顔がちょうど良く現われた。
カラスは手紙の事を正直に謝り、彼――ダザという清掃員に降りかかった呪いの話をした。
少し声が大きかったかもしれない。
その顔がちょうど良く現われた。何度見ても不吉だった。

呪われた男が追ってくる。
カラスはリューシャに連れられて、その場を逃げた。
リューシャは氷の魔法を使い、ダザの動きを牽制した。
氷…については後で考えよう。

逃げた先は、カラスにとって未知の場所であった。
だが、そこでは別の恐ろしいことが起こっていたようだった。
物が燃えた臭いがして、警備兵がそこを取り囲んでいた。
『審査会』中に爆発事故があり、一面を封鎖をしているらしい。
話を聞くうちに、見える範囲から彼が迫ってくる。
「…そうだ!『最果て』まで!」
今度はカラスが前を走り、彼女を連れて行った。

時計館『最果て』まで。
もう、あの特徴のある足音は聞こえなくなった。カラスは安心した。
リューシャは、建物の外観を不思議そうに眺めた。
「大丈夫ですよ、ここは私の働いている場所。
もう少ししたら開業になるんですが、とりあえず入れてもらいましょう」
と、カラスはリューシャを連れて館の裏口から入った。
いつもの仕事仲間たちが、新しい客人をご機嫌で迎えてくれた。
「あ、あの…私たち…」カラスが震えた声で説明しようとすると、
リューシャが落ち着いて話をした。
「突然、すみません。緊急の用件で、こちらのカラスさんから
助けていただきました」
「あ、あの…追いかけられて…それで…」
カラスが弱々しく声を出した時、奥から館の主人サルバーデルが現われた。
今日も落ち着いた佇まいである。文字盤の仮面が、上品に光っている。
リューシャはその姿に多少、面食らっているようだった。
事態を良く説明してないせいか、彼は相変わらず優雅な調子だった。
「初めまして、カラスさんのお友達の方。丁度良いところにおいで下さりました。
いいお茶が入ったんですよ。お菓子と共に如何ですか…?」
いっぺんに色々な事が起こり、カラスにはリューシャがとても疲れているように見えた。
彼女は、出されたもののほとんどに手をつけていない。そして、顔色がとても悪い。

カラスは何とか主人に頼み込み、時計館の二階にある宿泊用の自室の使用許可を得た。
そしてリューシャに、そこでしばらく休むように言った。
「もう少しでお仕事の時間になります。まだ、あの人がうろついているかもしれないので
様子を探るつもりです。それから、例の事故についても情報を…」
彼女の不安を感じ取り、カラスは話題を打ち切った。
「手が空いたら、また…戻ってきますから。私の部屋は、お好きに使ってください」
カラスは、何とか笑顔を作った。無事に作れたかどうかは分からない。
「ええ、ありがとう…」彼女はこれまでにないほど、力のない返事をした。

カラスもまた、突然の出来事で不安になっている。
二つ、大事なことを忘れていた。
一つは、自室を全然片付けていないこと。
荷物や雑貨、ここや図書館で借りた本、机の上のスケッチを散らかしたままにしていた。
もう一つに至っては、思い出すのも忘れていた。


[456] 2012/06/13 21:30:23
【えぬえむ道中記の23 歪曲】 by N.M

「対価を出して、――だよー♪」

そう、彼―彼なのだ―は、アスカだった。

彼はドワーフだという。
エルフは明らかに動揺している。

ここに至るまでえぬえむは何をしていたか。
ちょっと前に遡る。

「対価にミスリルねぇ…」

えぬえむは悩んでいた。


ヘレンについて訊こうかと思っていたが、ソフィアがヘレンになりうるという。
そしてエーデルワイスはヘレンの情報を収集したという。
アイツならとても興味を持ちそうな話である。
もしかしたら知っていたのかもしれないが。
ヘレンになるのなら、ソフィアを見ればその生き様がわかるかもしれない。

リリオットの埋蔵金「f予算」についてははウォレスと言う少年―と言うには老成されている感じがするが―が答えを得た。

ならば、この黒い剣は。エーデルワイスと対になっていると言わんばかりの魔剣は。何かが引っかかる。

荷物袋から一振りの剣を取り出す。
アイツと関わってから日が浅い時に渡された剣だ。
今はより手に馴染んだ剣を自分で構築できるのですっかり忘れていたが…。
見合わぬ鋭さ、輝き、その材質は…。

「この剣、対価になりうるかしら?」
鞘から抜き放った真銀の長剣。
その輝きは今も昔と変わらなかった。

「…いいだろう。対価と引換に汝の問いに答えよう」
再び剣を鞘に収め、エルフに手渡す。

「私は、と…ソフィアさん?」
ソフィアは滂沱の涙をこぼしている。
エーデルワイスの封印。話から察するにエーデルワイスの記憶が流れ込んでいるのだろう。
エンドロールで流れを断ち切れば止まるのかもしれないが、ヘレンになりかけているのなら中断するのもまずい気がする。
「ちょっとこれ、借りるわね」
黒の剣を取り、エルフに見せる。

「私が求めるのはこの剣について。わかるかしら?」
「この剣は…情報だ」
一瞥してエルフが答える。
「エーデルワイスみたいに情報圧を攻撃的に使うの?」
「いや、この剣、柄、鞘、全てが情報そのものだ」
「えっ」
言われてみると握る手にぞわぞわした感触が。
「情報というけどどんな情報?」
「有り体に言えば、ありとあらゆる情報」
「…この剣の特徴とか名前とか記憶とかも?」
「少し見せてもらうぞ」
エルフに黒の剣を手渡す。
「この剣の情報を少し頂くぞ」
「どうぞ」

エルフは手をかざす。
エルフの手に黒い靄のようなものが吸い込まれていく。

「代価と回答の分は頂いた。応えよう」
エルフは語る。
「この剣は想起剣『マルグレーテ』。エーデルワイスに対抗するかのように造られた剣。
 エーデルワイスが情報を収集するのに対し、マルグレーテは情報を放出する。どちらにせよ、情報圧による攻撃は同じだ。
 情報は常に、万物に存在する。情報を少しずつかき集め、圧縮して放出する。流転するが故に放出しても失くならない。
 そして、この刀剣を打った者、製造者の名だが…ない。存在しない」
「えっ?」
「打った者はいる。だが、名前がない」
「……まさか」
もたげる疑惑。それを押し殺すように問う。
「他にはなにかないかしら?」
「刃を抜くと圧縮した情報が所有者を襲い、よくて廃人、悪ければ死ぬ。耐えられるもののみが真の力を発揮する」
「とんでもない魔剣ね」
「ちなみに今の情報はすべて吸収した情報によるもの。
 そして最後のは注意書き扱いとなっていた」

とりあえずマルグレーテを返してもらう。
エーデルワイスはもはや持ち帰れないであろう。
ソフィアにこの剣を買い取ってもいいかと訊こうとしたがどう見てもそれどころではない。
最悪何があったかも覚えていない可能性がある。

方針を考えていると地響き。起こる方角を見れば砂煙。
可愛らしい服を着た、筋骨隆々の男が向かってきている。
彼も、エルフの話を聞きに来たらしい。
そのあとは、ご覧のとおりだ。

男は残った手を広げ、ソフィアは涙を流し、ウォレスは成り行きを見守っている。

えぬえむはソフィアのそばに駆け寄り、目まぐるしく変わる情勢を見ることしか出来なかった。


[457] 2012/06/13 23:07:51
【リューシャ:第三十夜「戦いの果てに至る前に」】 by やさか

何が起きた。
あまりに突然の出来事に足が止まり、思考が空転する。
爆風の届くような距離でなかったことを幸いとするべきか。だが、逃げる先はなくなった。
原因は。規模は。あの規模なら死人も出ているだろう。では――オシロは?

まずい、と呟いて、リューシャはカラスを連れたまま現場に向かう。

現場では警備兵たちが慌ただしく行き来しながら、爆発した工房の周囲で怪我人を搬送していた。
周辺は封鎖が進み、じきに野次馬も追い出されるだろう。当然、リューシャたちも長くはいられない。
しかも、同じく爆発に惹かれたのか、撒いたと思ったダザがこちらに向かってきていた。

「すみません、競技会参加者の安否は」
「悪いが今はそれどころじゃない。今まさに生死の境をさまよってるような奴ばっかりだしな」
「リューシャさん、あの人が」
「……くっ」

カラスが袖を引く。だがリューシャには、リリオットの中で安全に逃げ込める場所を持っていない。
宿に戻ろうと思えばダザを完全に振り切るしかないが、女二人で彼の機動力に勝てるだろうか

ぎりっと奥歯を噛んだリューシャの手を、今度はカラスが引いた。

ダザの目を掻い潜るよう野次馬の集団を突っ切って走る。
カラスはリューシャがこれまで通ったことのない通りを抜け、入ったことのない区画に入る。
華奢な少女に見えたが、感心するほどの健脚だ。

やがて辿りついたのは、『最果て』という名の時計館だった。

時計館、というのも目にしたことがなかったが、サルバーデルと名乗った館の主は、輪をかけてお目にかかったことのないタイプだ。
痩せた長身にシルクハット、文学的な語り口。極めつけに、文字盤の仮面。
彼は二人が不意に現れた事情も深くは聞かず、リューシャをカラスとともに本格的なアフタヌーンティーに招いた。

柔らかな紅茶の香り、……いい葉を使っている。

リューシャは一口それに口をつけると、ふう、とため息をついてカップを置いた。
ふと、公騎士団病院の待合室を思い出す。あそこもいい葉を使っていた。

宿を提供しようかという提案に、照れくさそうに笑ったオシロ。
あの子の知識も腕も、あの爆発で失われてしまうのだろうか。
才能、適性、情熱、研鑽……すべて揃った確かな技術者が。
なんて惜しいのだろう。できるならあの才を、もっと高度な環境で伸ばしてやりたいとさえ思ったのに。

口数の少ないリューシャを慮ってか、カラスはティータイムの後、二階の自室を使ってくださいと提案してくれた。
ダザや、工房の爆発事故についても調べてくれるという。

「手が空いたら、また戻ってきますから」

安心させるように微笑んだカラスに礼を言って彼女を見送り、リューシャは静かに目を閉じた。
そしてそのまま、深い深い思考の海へ沈んでいく。
ダザの様子からすれば、戦闘になることも視野に入れなければならない。
ならばその果てに至る前に……考えることが、山のようにあった。


[458] 2012/06/13 23:26:42
【ハートロスト・レスト:18 ひととして】 by tokuna

 刃物を引き抜かれたヒヨリさんではない彼女が、重い音を立ててその場に倒れました。
「裏切ったり機密を漏らすぐらいならともかく、そんなつまらない話は感心しませんよぉ、カットスティールさぁん? 大事な時間を割いてまで始末しにきてあげてるんですからぁ、もっと楽しく行きましょうよぉ」
「っ、トライトランス……! どうして、」
 倒れたまま苦しそうに言う、ええと、ヒヨリさんでは無くカットスティールさんと、手に持った刃物を軽く振りながら笑う猫目の女性、たぶんトライトランスさん。お二人とも変わったお名前です。口ぶりからすると、トライトランスさんもハートロストの方なのでしょうか。
「観測者は無力化したはず、ですかぁん? ワードプロトは重要な道具なんですよぉ、監視方法が一つなわけないじゃないですかぁん」
 何を話しているのでしょうか。もしかして、ワードプロトというのは私のことなのでしょうか。
 トライトランスさんは、笑いながらカットスティールさんを踏みにじります。
「ぐうっ……!」
「大体、事情説明終了って、肝心なことを話してないじゃないですかぁん? どうして山と居るリソースガードの中から彼女が生贄に選ばれたか、とかぁ? どうやってあなたが、その黒髪の姿になったか、とかぁ?」
 ねえ、とこちらを振り向きながら。
「あなたも知りたくないですかぁ……あ?」
 林の中に半歩ほど踏み込んでいた私の方を見て、トライトランスさんが硬直しました。
 お二人が話し込んでいるのでその隙に逃げようかと思ったのですが。バレてしまったようです。
「……見捨てられちゃったみたいですねぇん?」
 いえ、助けを呼ぼうと思っていたんですよ?
「それで、いい……どうせ、あたしはもう、助からねえ、から、な、ぁがっ」
「自己犠牲の精神ですかぁん? 嫌ですねぇ、そもそもあなたのせいでこんな事になってるっていうのに。
 ねえ、カットスティールさぁん?」
「やめ、」
「あなたが、瀕死の彼女を精霊心臓とワードプロトの組み合わせ実験に提供して、死を先延ばしにしなければ。今、ワードプロト回収のために彼女が生贄として扱われることは無かったはずですよねぇん?
 あなたが自分の保身のために姿を変えようと考えなければ。その黒髪の傭兵は、少なくとも死体を無残に切り刻まれることは無かったはずですよねぇん?」
「……つっ」
 嗜虐的に笑い続けるトライトランスさんと、口の端から血を流しながら歯を食いしばるカットスティールさん。
「……」
 ど、どうしましょう。お二人でだいぶ盛り上がっているようですが、全くついていけません。
 いえ、なんとなくニュアンスは解るのですが。
 問題は、どう反応するべき話なのかが全然解らないということです。
 本物のヒヨリさんが死んでしまっているのは先ほどの話で想像出来ていましたから、正直、遺体の状態が何か問題なのか、としか。
 どんな取引があったのかは知りませんが、私の死を先に延ばせるなら、それは普通に良いことだとしか、思えないのですが。
 それは、悪なのでしょうか。
 そういう考え方は、非難されるべきなのでしょうか。解りません。全然解りません。
 なので一応、口を両手で押さえて衝撃を受けたようなポーズをとってみました。
「ま、まさか、そんな!」
 ハートロストのお二人が、怪訝そうに私を見ました。
 ……私はまた、何か間違えてしまったのでしょうか。


[459] 2012/06/13 23:40:01
【ソフィア:26 狂喜の狭間とソフィアとヘレン】 by ルート

どんなに怖くても、どんなに悲しくても、涙はいずれ枯れ果てる。
途切れ途切れになった己の人生を一通り追憶すると、ソフィアの知性は辛うじて現実を認識する許容量を取り戻した。

「……あ、ソフィアさん、気がついた?」

黒髪の少女に名を呼ばれ、"ソフィア"の自我は回復する。



「……あぁ、ごめん、心配かけた?」
「いえ、ソフィアさん……で、いいのかしら。それともヘレンと呼んだ方がいいかしら?」
「今はまだソフィアだよ。いつまで"ソフィア"でいられるかは分からないけど。
 虫食いになった記憶の布地に、違う色の布を継ぎ接ぎされてる感じかな。凄く嫌な気分」

問いかける黒髪の少女に微笑みを返しながら答える。事実こうしている今も追憶の2ループ目が始まっていて、気を抜くと意識が飛びそうだ。

……そういえば、さっきから何かおかしい気がする。
目の前の黒髪の少女をじっと見つめる。私と一緒にこの森に来た少女。覚えている。
何がおかしいのか良く分からない。おかしいのは分かるのに分からない。
まあいいか。
おかしいから笑っておこう。
あはは。
あははは。

「あはははは……」

…………。

「はっ」

何やってんだ私。
我に返ると黒髪の少女が不憫そうにこっちを見てくる。そうだ、やっと何がおかしいか分かった。

「えっと、あなた、名前は何ていうの?」
「……えぬえむ、よ」
「ん、ありがとう」

人格も記憶も、何を忘れたかも忘れてしまう崩壊寸前の心。
ヘレンの伝承の通りなら……そしてエーデルワイスが伝えるヘレンの記憶が確かなら、やがて言葉すら失ってしまうだろう。
"ソフィア"の全てが"ヘレン"に入れ替わるまでの数時間か、長くとも数日の間に、私はどんどん壊れ、狂っていくだろう。
恐ろしいのに、それが嬉しくもある。身震いするほどの恐怖に笑みすら零れる。
少しでも正気が残っている間に、できそうな事なら何でもしたい。絶望の只中で、世界がこれまでより遥かに輝いて見える。
とりあえず黒髪の少女から現状を教えてもらい(説明中に結局、私は三度も彼女の名前を尋ねる羽目になった)、私はこれからの事を考える。

「……まずは、あのエルフと男の様子を見てようか。争い事になるようなら、すぐさま逃げられるようにして」

えぬえむ(やっと覚えられた)と共に、目立たぬようエルフ達から距離を取る。
状況次第で、これの力に頼ることにもなる。"追憶"を一度終えた今ならばと、私はエーデルワイスの柄に手をかけた。


[461] 2012/06/14 00:42:25
【サルバーデル:No.10 幸福たらしめる為に】 by eika

 マドルチェが右手を翳すと、耐え難い苦痛が私を襲うのが解った。
 間もなく意識が遠のきだし、眼前に噴き出した眩きは湯気のように渦を巻いて、視線で追い切れぬ速さのまま肥大して行く。
 身体が熱い、それでいて悪寒がする。心臓が出鱈目に時を刻み、もう壊れそうだ。視界は捻じ曲がりつつある。──だがしかし、彼女が手を下すと共に苦痛は夢のように引いた。
 つい今まで、すぐ傍の空を漂っていた目も眩むような輝きも、ふいに私の身体にすっかり収まり消失してしまった。
「何故でしょうね」
 マドルチェは目を見開き「どうして」と、唖然とした表情を向けて呟いた。
「──じっさいの所、何故なんでしょうね。如何して死なないのでしょうね。私は、旅が好きでした。未知の冒険に心躍らせました。時計が好きでした。美しい彼等の元に在れる事を心から喜びました。仲間や友達と共に喜びを分かち合う事もあれば、別れの日には涙を流しました。そういった大切なものの一つ一つを、私は心から愛しているのです。そういったサルバーデルという一人の人間は、御伽話の、ブリキの木こりでもなければ、案山子でもない筈なのに。そうだ、総て夢に違いない。我々がそれを考えるよりも早くに夜が来るのだから。眠りは我々から考えを奪い去ってしまう。まだやりたい事もあったのに。やり残した事ばかりだ。私も純粋であった頃に戻りたかった。だがしかし、君はそんな事を気にしなくて良い。総て忘れたまえ、楽しみごとの前の晩には誰もが眠りに落ちるべきだ。だってそうでしょう。夜の間は、夢が強くて全く、仕方ないのですからね……。さあ、おやすみなさい!」


「マドルチェ様」私がそう呼びかけると、床に崩れ落ちていた彼女は瞳をゆっくりと開けて、虚ろに視線を彷徨わせていたが、その先に私を捉えた。
「貴方は、誰?」静かに口を動かして彼女が言った。
「……そんなことよりも、外でお爺様がお待ちですよ」私はそう言って窓の方へちらと目をやると、見下ろした先に二人の姿を見た。
「おじいちゃんが?」と、彼女が心配そうに尋ねた。
「ええ。──今まで、本当に辛かったですね」
 彼女の元へ歩み寄り、手を差し伸べると、おずおずと戸惑った彼女だが、仕舞にはそっと手に捕まり、その身体を引き起こす事が出来た。
「きっと、解って貰えますよ。勇気を出して、お爺様に本当の気持ちを話して御覧なさい」
 私がそう言って微笑むと、マドルチェは小さく頷き、ぱたぱたと足音を残して部屋の外へと駆けて行った。
 それから私は、床に散らばった水晶の欠片を拾い集めると、誰も居ない部屋を出た。
 じきに夜が明ける。


[462] 2012/06/14 01:30:15
【リオネ:20 "歴史の足跡"】 by クウシキ

「えぇっとぉ、今ぁ、一般の方が参加できる鉱山ツアーはやっていないんですよぉ。
 とぉっても大きな精霊をぉ掘り出してるとかでぇ、危険なんですってぇ」
案内所のお姉さんが、やたら間延びした話し方で答えてくれた。
聞いてるこっちまで眠くなりそうだ。
「そうなんですか。分かりました、残念です。
 ちなみに、あとどれくらいで採掘が終わるかって分かりますか?
 私も旅の途中で、ずっとこの街にいられるわけじゃないんですけど」
「そうですねぇ、私にはちょっと分かりませんねぇ。
 上の人が、あんまりそういう情報教えてくれないんですよぉ。
 あたしは案内係だからぁ、お客さんからの質問にはぁ、できるだけ答えたいんですけどねぇ」
「そうですか。では、しばらくしたら、また寄りますねぇ」
……少し口調が伝染ってしまった。


案内所とは云っても、その広さは結構なものだ。
幾つかの土産屋や、鉱山の歴史を集めた小さな博物館も併設されている。
多分、リリオットの学校に通う子供たちが社会見学で訪れたりもするのだろう。

土産屋には、鉱石を使ったアクセサリや銀細工に加え、何故か木刀も置いてあった。
が、それよりも興味を引いたのは、博物館の方だ。


今からおよそ数百年前。
ドワーフの領域だったこの山を征服し、精霊鉱山として拓いたのが、初代リリオット。
その切欠となったのが、エルフとの契約。契約の内容は深くは知れないが、
もしかしたら、今掘り出しているとかいう『神霊』も何か関係があるのかもしれない。

"征服"と言えば聞こえはいいが、要するにそれは、ドワーフを追い出し、鉱山を"略奪"したということである。
逆に、"略奪"と言えば聞こえは悪いが、人の歴史とは奪い合いによってのみ成立する。
水。土地。食物。命。権力。名声。カネ。資源。それらの中に、精霊が取れる山が含まれていただけの事だ。
いくら「可哀想」だのと口に出したところで歴史は変わるわけでもなし、
結果的にリリオットが精霊採掘都市として栄えることで私達が利益を享受していることは間違いないのだから。

鉱山の構造。精霊の掘り方。ここで取れる精霊の種類とその見分け方。鉱夫たちの生活。
既に古ぼけてしまった様々な展示物の中でも、やはり目を引くのは『神霊』の説明されているコーナーだ。
どうやら、『神霊』の存在自体は鉱山が拓かれ始めた時点で噂レベルで知られていたようだ。

どうやって地中にある精霊の存在を知ることが出来るのかは、私には分からない。
それに、鉱脈の在処を読めた所で、そこに人の背丈十倍の精霊が眠っていることまでは確信できないだろう。
しかし、何れにせよ、その『神霊』が実際に発見され、その採掘が進んでいることは確からしい。
この採掘が成功すれば、精霊採掘都市としてリリオットの名は、今より更に広まるに違いない。
「まあ、今はその本家リリオットよりも、周りの家の方が力を持っているみたいだし。
 軽く戦争くらい起きてもおかしくないかもしれないかしらね。」


役に立つ情報を探しに来たのだったが、普通に観光していた。
が、たまには悪くないだろう。


博物館から出ると、案内所内は慌ただしく人が交っていた。
また、「何か起きたんですか?」
「はい、精霊の精製工房で爆発事故があって! ちょっとあなたに構っている暇がありません、すみません!」
先程の間延びした話し方だったお姉さんまでもが人手に駆り出され、走り去っていった。


[463] 2012/06/14 07:38:12
【ソラ:24「枝」】 by 200k

 ダウトフォレストの森は鬱葱と茂り、人を通すまいと木の枝と根は絡み合い道を塞ぐ。
「よっこらせっこら」
 ソラは木の幹に登ると、樹上伝いに森を渡っていった。森は不気味なほどに静かだ。人一人いないどころか、死体の一つも転がっていない。木の根元には矢のように鋭い下草が生え、まだ丈が伸び始めたばかりの若木が新芽と葉を広げているだけだった。ダウトフォレスト攻略作戦は本当にあったのだろうか、仲介所に来た男は嘘をついたのかと訝しみながら、ソラは森の奥深くへと入って行った。

 森の奥、斜面の中ほどにソラは一つの動く影を見つけた。それは皮が土のように腐り落ち、全身が腫れあがった人型の化け物。辛うじて人の服を着ていることから人間であることが推測できるそれは、木に背をついて座っていた。ソラはハスに近寄るため樹の枝から降りた。
「ソラちゃん!」
 ハスはソラに気付き顔を上げた。目玉は片方どこかに落としてきたらしい。
「助けてくれよ……胸に矢が刺さって痛いんだ。抜いてくれよ」
 ソラがハスの胸を見ると、左胸から木の枝が突き出ていた。
「何なのこれは……」
 ソラは力を入れて胸の枝を抜いてみようとしたが、枝はハスの体の奥深くに刺さって抜けない。背中の方を見てみたが、そちらまで貫通しているわけではない。
「なんでだよ……なんで俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだよ……。なあソラ、助けてくれよ!」
 ハスはソラに両手でしがみつきながら、ソラの体を揺さぶる。立ち上がりかけたハスは、しかし、脚を取られてその場に崩れ落ちた。ハスの足から小さな根が張っている。
「いい加減にして!ハス、あなたは自分が何をやって来たかわかってそんなことを言っているの!」
 ソラは掌でハスの頬を殴った。失意に満ちた横顔を見せながら、ハスは弱弱しく答える。
「わからないんだよ。わからないんだ。目にはもう色が映らず、今までの記憶もどこかに消えてしまって、それなのにどれだけ痛みを受けてもこの体は死なないんだ……。お願いだ教えてくれ。どうしたら俺はこの苦しみから解放される」
 ソラは何も答えられなかった。出来たのは言葉の代わりに魔法を使うことだけ。
 赤い光に包まれたハスの体は朽ちてゆき、最後には一本の苗木が残った。彼の体が癒えることはなかった。
「苦しいのはこっちだよ……」
 ソラは涙を手で拭い、再びダウトフォレストの森を歩きだした。

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最大HP-1します(累積-2)


[464] 2012/06/14 12:11:17
【ダザ・クーリクス:29 愛情表現 】 by taka

「昨日、黒髪の方が大勢殺されました。犯人は清掃員の格好をしてるという噂がありますが
 恐らくヘレン教でしょう。夜間外出には注意してください。」
ダザは黒髪に声をかけ、夜間外出をしないように注意していく。
もちろん、黒髪を心配しているわけではない。
これはマーキングである。黒髪の居場所や匂いを覚え、後々狩っていくための下準備である。
どうせ、黒髪大量殺人で外出を控えるんだ。注意喚起したって大して影響はない。
逆に少しでも信用が有ったほうがやりやすい。
掃除をするフリをしながら黒髪に声をかけていく。
イライラは我慢。我慢した後の方が気持ちがいいし。


広場に着いたとき、リューシャの匂いがするのに気づく。
匂いの方を見ると、リューシャと昨日の白髪がいた。

なにやら話している?ダザの名前が出る。呪われている?呪われてはないだろう。

「なんだ、呪われてるとは人聞きが悪いじゃねえか」
声をかけてアプローチしてみる。冷たい視線を浴びさせられる。気持ち良い。

「ダザ……じゃ、ないわね」
おお、ダザではなくオレを感じてくれてるのか?嬉しいねぇ。でも残念!
「今はオレがダザだよ!」
そう愛を込めて叫ぶと、雪片が飛んで来た。
やった!オレの愛に応えてくれた!
雪片を全て弾くが、次の瞬間、凍った土が目の前に現れる。
これはオレの愛を拒絶しているということなのか。


いいね!拒絶されるほうが燃えるってもんだ!

凍土を熱した義足で蹴りまくり穴を開け、逃げた二人を追いかける。
途中爆発とかあったけど気にせずに追いかけるが、見失ってしまった。
匂いすらしない。どこかの結界にでも隠れたのか?

付近を捜したが見つからない。
仕方がない、諦めて昼食をとりに店に行く。

「そういえばここの店員に黒髪がいたっけな」
そう言いながら入ると、店内が少しざわつく。当然か。

そんなざわつきを無視し、黒髪の店員を探す。
居た。しかも、昨日逃がした害虫も一緒だ。めんどくせぇ。

「お、マックじゃん!久しぶりだな!」
友好的に近づく。すっごく警戒している。

「ダザ・・・さん・・・?」
「ん?なんだよ水臭い。ダザでいいって言ったろ?」
水臭いというか、少しゴミ臭い。流石害虫ってところか。

「昨日、黒髪が大勢殺される事件があったらしいな。お前も注意しとけよ?
 まぁ、マックなら大丈夫だと思うがな。
 そうだ、店員さんも気をつけてくれ。
 なんでも清掃員に扮してるって噂だが、ヘレン教の過激派の仕業だろう。
 くれぐれも夜間に出歩かないように!」

「あ、ありがとうございます。」

店員は少し怯えながらお礼を言う。いいねぇ。そういう反応、唆るよ。
次の駆除対象にしてやろうかな。

害虫がこっちをジッと見ている。気持ち悪い。
お前は次こそ絶対殺すからな!


[465] 2012/06/14 14:00:33
【ライ:08】 by niv

リリオットでライが見つけた稼ぎのいい裏の仕事は、第8坑道内作業だった。
トップシークレットのこの仕事を行うにはまず、カムフラージュとして半日、他坑道の廃土を第8坑道エリアに運ぶ作業を行う。
そのまま第8坑道内の休憩所で休んだ後、地下での仕事が始まる。
ここでの仕事はたいした労力の要るものではなく雑用の類だが、秘密保持のためにごく限られた者にしか行えない。

刺激が強く質の低い娯楽にしか感心のない底辺の労働者は、自分たちが何をしているのか誰も気づかなかった。
言語と文明が滅んだ後にさえ残る警告として描かれたドクロの意味を理解したのはライだけだった。

それが数万年に渡って土壌を汚染する冥王毒に対する警告の印であることに思い至った時、ライは反射的に逃げ出しそうになった。しかし、既に仕事を始めてだいぶ経ってもいた。伝説どおりの殺傷力を持つなら、リリオットはとうに滅んでいるはずでもある。ジフロマーシャの研究員を地下で見たこともある。伝説が伝説に過ぎないのか、冥王毒ですら薄らぐほどの時が過ぎたのか、少なくともそこまでの危険はないと判断してライはこの仕事にとどまった。

ジフロマーシャが第8坑道で見つけてしまったもの。
ウォレスよりさらに古い時代の強大な魔術の到達点。
ヘレンとヘリオットら僅かな生き残りを除いてほとんどの生物を死滅させた地獄の炎。
伝説の中にのみその姿をとどめる正体不明の概念として言語の中に残り続けてきた神話の語彙。
リリオットの公用語で核と呼ばれるそれを操る超巨大魔方陣、【核融合炉】である。

神霊を囮にして残り6家の目を逸らし、ジフロマーシャは核を独占するつもりだった。
この秘密を解き明かせばバルシャを上回る武力でセブンハウスを制圧することも可能だ、と彼らは考えていた。
しかし、すぐにセブンハウスなど卑小な問題であることに気づいた。彼らの見つけたそれは、世界を手にすることすら可能な力だったのだ。

考古学調査から、ジフロマーシャは【神霊】の正体を、ウォレスなど本物の子供にしか見られぬほどの太古の大魔術師、スルトの化石だと推測していた。
ジフロマーシャのごく限られた人間だけが知るこの仮説に、ライは想像でたどり着いていた。
髪が金のままであることを知られたくないのもあるが、弟がリリオットに来るのを牽制している一番大きな理由はこれだ。

強大な精霊ともなれば意志を持って人を襲うこともあるという。
それが、かつて世界を滅ぼしたほど凶悪な魔術師の精霊だったら?

そのような巨大な災厄を相手に僅かばかりの距離をとることに何の意味があるのかはわからないが、遠くにいて困ることはないはずだ、とライは考えていた。


[466] 2012/06/14 14:02:05
【【アスカ 26 と、契約】】 by drau


「対価だと」
「うん、だよー。情報に見合う対価を」
「貴様ら薄汚い山の穴掘り蛆が、我らと交渉するに足るはずもない」
「さっき、自分で言ってた、だよー?認めるって。貴方達エルフが、契約を、約束を反故するなんてことあっていいの?」
「あのミスリルは貴様以外の血で濁っていた。大方殺生の果ての盗掘品だ。貴様らにお似合いの汚れた品だ」
「そう、だけど、あのミスリルを濁らせたのは貴方達。解っててさっき認めたのも貴方達、だよー」
「……ふん」
「さぁ、対価を」
「彼らは贄だ。ソウルスミスによって、この森と我等に捧げられたものだ。先程のミスリルも、彼らの命と共に“既に捧げられている”のだ」
「……むー」
やっぱり、リオネちゃんみたいにはいかないなぁ、とアスカは心中で頭を垂れた。
「それならおかしい、だよー。あのミスリルはソウルスミスが配布したものなんだから、そこのお姉さんは交渉を認められていいの?」
「生き延びて、贄の役目が解かれたからだ」
「…じゃあもういい、帰ります、だよー」
「帰す筈がない」
「どうして?」
「意図を話せ。リリオットの真実を告げよ」
「ボク、服を渡しただけで何も言ってないもん」
「いいだろう。交渉などせずとも、貴様の体に聞けば解ることだ」

今度は耳が千切れて飛んだ。弓だ。左耳が背後の木に縫いつけられた。
でも、音は変わらず聞こえる。

「脅しに屈すると思うの?」
アスカは前に出た。エルフの至近距離へと歩みだす。
一本の矢が肩を射抜き、次いでもう一本が胸に刺さった。
「ねぇ、屈すると思うの?」
更に歩む。エルフを見下ろした。
「ボクは人間のつもりだけど、《ドワーフ》なんでしょ?だったら解るはず。ドワーフは、納得いかないことには絶対に従わない」
「……」
「だから貴方達はヒトを利用して駆逐させた。ヒトに攫わせて連れてこさせることだって出来たはず、言うことを聞かせようと。実際に、死ぬまで、拷問もしたんでしょ?血の臭いも知ってるんだから」

エルフが大口を開けて、こちらを威嚇する。

「でも、彼らは最期の最後まで従わなかった。尊厳の崩壊した朽ちた操り人形には出来ても、意思と知恵を残したまま従える事は出来なかった、だよー」

その目を、覗き込む。

「お祖母ちゃんだってボクだって、そんな横暴には従わない。死にたくなんてない、生きることは何よりも重要だから。でも自己を無くしたくもない、だよー」

エルフの智と本質を覗き込む。

「知りたいのなら。ボクをソウルスミスとの契約の対象にしないのなら。ボクと契約して、だよー」

「契約」

「そう、契約、ボク個人と。真実を対価に」

「……お前の名は」

「ボクはアスカ。アスカ・スカイマイグレイト」

あっ!と、思い出して付け足した。

「アスカんって呼んでね、だよー♪」


首を傾げて、納得いかない顔のエルフ。
ウォレスが見かねてそっと助け舟を出した。

「……契約成立、じゃな」

そうしておけ、とエルフに耳打ちして付け足した。

アスカは、意気揚々とf予算について聞くことにした。

「――アスカよ。それは儂が既に聞いておるんじゃが」

アスカは、何故自分の事に気付いたのか聞くことにした。
エルフとウォレス、えむえぬ、アルティア、ソフィアが指を刺して答える。


「あっ」

指の先を見ると、自分の尻に矢の先が浅く刺さっていた。


[467] 2012/06/14 17:27:51
【夢路22】 by さまんさ

(ヴィジャ、ネイビー)

パッチン!

紐が切れるような音がした。
真夜中の表通りで露店を開いていた夢路は舌打ちをする。界隈は深夜でも精霊灯がともり酔払いやギャルの集団や不倫貴族カップルなどの人通りがあった。
「―――チェッ、切られたかぁ。面倒っちいねぇ宗教家の夢ってのはホントアレ高防御力でね。こうなりゃ直接接触するっきゃないかなあ、でも正体知られちゃったからなあ・・。面倒くさっ!っあー!面倒くさっ!もういいや知らんもう帰ろうゴーホーム。ゴーホームアンドスリープ。また今度明日の夜に来ればイッツオーケー。でもその前にわたくしお腹をおこしらえましてお家にお帰りあそばしまし、あっ、ちょうどいいところに金髪でちょっと服がブカブカの可愛い女の子がお嬢さーん!占いとかどうですか、全国津々浦々の女の子がすべからく大好きな占いですよ!今なら無料キャンペーン実施中でなんか魔法少女になれそうなお告げっぽいものが貰えるホーリーチャンスもありますよーっ!」
金髪でちょっと服がブカブカの少女は、後ろに従者を控え歩き方も正しく貴族っぽい雰囲気だ。なぜちょっと服がブカブカなのかも、なぜ夜中に出歩いているのかも知らないが。
少女は銀貨を一枚取り出すと、微笑みながら夢路のお椀に放り込んだ。
「無料と言っているのにお金を払うんですか?」従者が尋ねた。
「無料と謳って本当に無料であることはないわ。彼女は物乞い、可哀相な方。可哀相な方には親切を与えるのが市民の義務だと、いつも生徒に教えているのでそれを実践したまで、ね。」
「わかりました、カガリヤ」
「えー?いやー?本当に無料ですよー?」
銀貨はおいしい収入ではあったがそんなことより夢が食べたい。この少女、パッと見夢が見えないけど、会話しだいでは引き出すことができるだろう。

「ねっ悩みがあったらお姉さんに言いなさい?不思議な力でびびびーっと解決しちゃいますよっ!」
「・・・・」
「父親がうざい―?自分が何者かわからない―?呪いを解きたい―?好きな子がいる―?家族を守りたい―?友達と仲直りしたい―?毎日が退屈だ―?」
だが女の子の体からは糸の先っぽすら出てこない。
「・・ふーん、何もひっかかんないね。夢がないんだね。会社の言いなりになってるだけの干からびたサラリーマンみたい、可哀相に」

自分のことを棚に上げて好きなことを言う夢路であったが、しかし少女はふと、
「余計なお世話かもしれないけど、あなたの脅威がここに近づいてるみたい」
「はいィ?」

チュンッチュンッ!夢路と少女の間を閃光弾が2発、通り過ぎた。
「インカネーション部隊だ。占い師、同行しなさい!」


[468] 2012/06/14 18:47:26
【ウォレス・ザ・ウィルレス 27 「わらべうた」】 by 青い鴉

 ダウトフォレストから帰ったウォレスは、大教会にほど近い共同墓地に戻り。古い付き合いの墓守りに筆を借りる。
 書き記すのは簡単な暗号。メビならば一瞬で理解するであろう文字の羅列。しかしそれを直接手渡しすれば、ウォレスが生きていることが、そしてf予算のことがバレてしまう。そこでウォレスは修道院の世話する子供たちに混ざり、一緒に遊び始める。目的は暗号の伝達。白い服を着た子供が一人増えていると、修道女の一人が認識した時には、既にウォレスはどこにもいない。

 えふさんねむり ふうきゅうひられ よーのれる しるしばっかり♪

 日が落ち、帰ってきた子供たちが揃って歌うその不思議な童歌(わらべうた)を聴いて、メビは不審に思う。
 えふさん。まさかf予算のことか。メビはそれに気づくと、瞬時に文字を頭の中で組み上げる。

 f算眠り
  封宮開れ
   予のれる
    印ばかり

 f算眠り
 封宮開れ
 予のれる
 印ばかり

 f予算の 眠れりる 封印宮ば 開かれり
 
 はたして文字は揃った。この暗号は決して偶然ではない。そして子供達に接触し、メビに対してこの情報を伝え得る人間は、さほど多くはない。
 ウォレス・ザ・ウィルレス。死んだはずの紫色〔バイオレット〕。制止を振り切ってエルフに一目会おうと、ダウトフォレストに出発したインカネーション部隊の中に、死人が一人紛れ込み、エルフたちから情報を引き出したのか。
 
 俄かには信じられない話だが、偶然として片付けるにはあまりに状況が符合しすぎていた。つまるところ、起きたことは単なる情報の伝達である。このエフェクトを事実として認識し、咀嚼し、飲みこまねばなるまい。
(f予算は、封印宮にあり、そしてその扉は既に開かれている――)

 こうして灰の教師メビエリアラは、≪受難の五日間≫は、f予算の在処(ありか)に到達した。漠然とした予想では無く、厳然たる真実として。


[469] 2012/06/14 19:16:44
【オシロ26『取り戻せないもの』】 by 獣男

エフェクティヴによる自爆テロと断定された、
精霊精製競技会での大爆発から数日後。
稀代の精霊ギ肢職人、リオネ・アレニエールは、
七家ラクリシャから口外無用と念押しされ、ある薄暗い医療施設へと招かれていた。

「『これ』は何?」
「何だと思いますか?」
縦長の水槽に浮かぶ『これ』を見上げながら、リオネは眩暈を感じながら言った。
人払いのされた誰もいない室内で、
名乗りさえしない男が、抑揚のない声で逆に質問を返してくる。
「史上最悪の拷問を受けた死体の成れの果てって感じかしら」
「非常に示唆に富む推論です。
しかし、それは完全なる誤解ですよ。
彼は先の36名もの死者を出した自爆テロ、その最も爆心地近くにいたとされる少年です」
「確かにこれは爆創ね。でも、そんな事ってありうるかしら」
「もっともな疑問だと思いますよ。
最低限必要な臓器を除き、皮膚、筋肉、骨格、血管、ほとんど何も残っていない。
しかし、我々は何らかの精霊防御によって、それが行われたのだと考えています」
「関係ないわ!これはもはや死者でしょう!?何もできることなんて、ない」
リオネは半ば悲鳴のような声で叫んだ。
しかし、そんな反応もまた想定内だったのか、特に気にするでもなく、男は話を続ける。
「爆発直後こそ何度も生死を行き来しましたが、今では精霊液の中で十分安定しています。
それに何も、彼をもう一度歩けるようにしてくれ、などと頼んでいるわけではない。
内耳と鼓膜、補聴器、つまり聴覚までは精霊で代替することができました。
しかし、それだけではコミュニケーションは成立しない。
彼の声帯、さもなくば筆談可能な程度の義肢を接続して頂きたいのです」
「はっきり言って、気が進まないわね」
「あなたが断れば、他の誰かが行うことになるでしょう。
結果的には、彼の安楽が遠ざかるかもしれませんね。
私としては、そのような状況になることは、あまりに忍びない」
「そこまでして、一体何を喋らせようっていうの・・・?」
「あなたも精霊に携わる者なら聞いたことはありませんか。
精霊技術の常識を覆す、リリオットに眠る途方もない精霊の話を。
その最後の鍵を持つのが、この少年なのですよ」

××××××××××××××××××××××

(知ったことか・・・)
思考の中で、オシロはそう呟いた。
激痛が全身を支配し、吐き気がやまず、凍えるように寒い。
しかし、この話が幻聴でなければ、もはやその感覚ですら、偽物のはずだった。
(あの人達は無事に逃げられたんだろうか)
目は何も見えなかったが、奇妙な浮遊感だけはあった。
三半規管が補われているからかもしれない。

――ほらな?あんなしみったれた奴らに肩入れしても、所詮こんなもんだ――
――今からでも遅くねえ。捨てちまえ。お前には俺の隣こそが相応しい――

(そうだな。いいよ。好きにしてくれ。
どうすればいい?お前を『再生』する方法を考えるよ。
僕も、ちゃんと治してくれるんだろ?もううんざりだ。
約束だったよな。世界を愛でられる玉座をくれるって。
それでいい。何でもいいから、早くして。もう、今にも死にそうだ・・・)
しかし、その懇願に答える幻聴は、二度と聞こえることはなかった。
もう何もかもが遅い。
言い知れぬ喪失感と恐怖が、無いはずの胸を締め付けたが、
泣く為の涙腺はおろか、オシロにはもはや眼球すらもなかった。


[470] 2012/06/14 19:20:40
【マックオート・グラキエス 34 暗い噂と明るいニュース】 by オトカム

「お、マックじゃん!久しぶりだな!」
下品にラペコーナの扉を開けてダザがやってきた。
黒髪を殺しにきたのは目を見れば一瞬でわかったが、襲いかかるそぶりはない。
確かに、昼間から客が大勢いる店の中で暴れだしたらそこで終わりかもしれないが・・・
”最近は黒髪が襲われるから気をつけて”と伝えたダザは弁当を買って店を出ていった。

「おい、知ってるか?犯人はセブンハウス系列らしいぞ?」
「いや、黒髪嫌いといえばヘレン教だ。あいつらに違いない。」
ダザの言葉をきっかけに噂話がそこかしこで始まった。
マックオートは犯人を知っているが、話した所で噂のひとつにしかならない。
「ブラシで殴られると、人は死にます・・・気をつけて・・・」
マックオートはマーヤにそう耳打ちした。何かできることはないかと思ったからである。
しかし、マーヤは逆に怯えてしまったようだ。
「そ・・・そういえば最近この店、恋焦がれる人たちが集まるようになったのよ。
 リソースガードの男女とか、金髪の子もあなたみたいな顔していたわ。」
マーヤは他愛もない話題に切り替えようとしたが、気になるワードがあった。金髪の子・・・
もしもソラのことなら、ソラは無事かもしれない。マックオートは表情を変え、少し身を乗り出した。
「その金髪の子って、羽毛みたいな耳をしたそれはそれはかわいくて魅力的て素敵な子ですか!?」
「え・・・ええ、そうね、羽毛だったわ、羽毛」
「いつ頃来ましたか?」
「昨日は肉料理とパスタ料理を食べてたわね・・・あとは今日の朝も来たわよ」
こういう店において、店員が客のことを話すのは禁止だとは思うが、マックオートの顔が脅しの顔に見えたのか、
マーヤは素直に話してくれた。
ソラは無事だ!少なくとも朝までは無事だった!その事実はマックオートの身体能力を極限まで高めた。
「あぁ、ありがとうございます!」
マックオートはマーヤの手を掴んで握手すると、急いで店を出た。店からは声が聞こえる。
「お客さ〜ん!お会計!」
これはしまったと急いで店に戻ると、硬貨をいくつか取り出した。
「急いでるんで、お釣りはいりません!」
店を出ると、また声が聞こえた。
「足りません!」
これはまたしまったとさらに急いで店に戻り、正しく会計を済ませたマックオートは走った。


[471] 2012/06/14 20:30:45
【カラス 17 さえない姿】 by s_sen

「おい!またお前か!何なんだ、コラ!
だからソトヅラはいくらキレイにカワイく着飾ってても、
お前自体からは一切楽しい女の匂いがしねえっつってんだろ!
この鼻が分かってるんだ、こっち来んなや!
俺はお前みたいな男女の理から外れた畜生野郎とのおふれ合いをする奇特な趣味はねえんだよ!
ましてやぶっ殺したくなるような黒髪でもねえ、分かったんならさっさと行け!気味が悪い!」

時計館二階にある個室。
アンティークの家具でまとめられ、その一つ一つが目に刺さる派手さがなくとも、
調和の取れた美しさを感じさせる。しかし、使用状況が良くない。
本棚からは乱雑に本が取り出され、それは床の上にいくつか堆積している。
品物自体は良いが、机の上もひどい。
おもちゃの騎士人形三つと明らかに安物のアクセサリーの数々が汚い列をなしている。
チラシの裏に描かれた不気味な絵も気になる。棘の生えた石ころみたいだ。
脇には『Krystallos Magissas』という字がある。
食べ物の跡がないのがせめてもの救いだ。
そして壁に立てかけられた箒に、リューシャの目が行った。
先ほどまで、この部屋の主が持っていたものだった。
リューシャは内緒で、それを『開けて』みた。

しばらくして、カラスがクラッカーとレモネードを持参してきた。
カラスは部屋を見るなり慌てて机の上を寄せるように片付け、差し入れ品を置いた。
「失礼しました。あの人のことなんですけど、私じゃ興味ないご様子で…」
まずは、ダザのことを話した。
「誰かに呼ばれているみたいで、目の前でそのままいなくなってしまって。
その誰かというのは、本当に人なのか、呪いの…幻覚によるものなのかは、分かりませんでした」
「…なぜ、呪いのことが分かるの?」
やはり、リューシャは疑問に思ったようだ。仕方なく、カラスは街に来てから初めての事を話そうとした。
「この事は、誰にもお話ししませんか」
「ええ、もちろん」

「私が…このように呪われているからです」
カラスは腕の防具を外し、リューシャに呪いの釘の刺さった左腕を見せた。
傷は、ちょうど火であぶったように焼けている。
「…霊傷!」
「今ある姿は、仮の姿。呪いの主により、この、女子の姿へと変えられてしまいました」
リューシャは黙って聞いている。
「はは、可愛いでしょう。本当はもっと…魅力もなくさえない姿の、ただのサムライなのです」
彼女はカラスの顔を、まじまじと見始めた。カラスは恥ずかしくなったが、話し続けた。
「旅の途中魔女を封印しようとして、最後のあがきにより呪いの術を返されてしまいました。
私はもう、呪いの力を受けすぎて…近づくと霊傷の部分が焼けてしまいます」
その次の、魔女の水晶を落としたというさらに情けなくてかつ恐ろしい話は出来なかった。
「ごめんなさい。つい自分のことを…わ、忘れてくださいませ…」
カラスはリューシャに謝った。リューシャはあまり笑っていない。それもそうである。
霊傷で思い出したが、爆発事故の話も彼女にしなければならなかった。
彼女は、そちらの出来事もダザの件と同じくらい、心配している様子だった。

「例の、事故の話ですけど…瓦版をいただきました。ご覧ください」
カラスはリューシャに街角でもらった瓦版を渡し、自分の所持分を読み上げた。
「精霊精製競技会で爆発事故発生。死者二十数名、怪我、行方不明者は増加の一途。
自爆テロの可能性が濃厚…」


[472] 2012/06/14 22:44:29
【リューシャ:第三十一夜「氷結」】 by やさか

考えはまとまった。あとはどう行動するかだ。
危ない橋も渡るかもしれないが、……引き際を誤ることだけはすまい。

心を決めたリューシャが手持ち無沙汰に部屋を眺めていると、少ししてカラスが戻ってきた。

カラスはリューシャにクラッカーとレモネードを勧める。
それからダザのことを、そしてカラス自身のことを語り聞かせてくれた。
ダザの呪い。カラスの呪い。ダザは精神が、カラスは身体が、呪いによって変化してしまったらしい。

「ごめんなさい。つい自分のことを……わ、忘れてくださいませ……」

身の上話を恥じているのか、カラスはそっと目を伏せる。
……その仕草からして、元の姿でもきっと可愛いのに。
言いかけて、リューシャは口を噤んだ。さすがに失礼にあたるだろう。

そんなリューシャの内心をつゆ知らず、カラスが手に入れてきた瓦版を差し出した。

爆発事故についての速報。死者二十数名、怪我人、行方不明者は増加中……。
見出しに踊る自爆テロの文字。そのすぐ下に、エフェクティヴの犯行か、と添えられていた。
あの競技会には、ラボタで確保された技師も何人か参加していたはずだ。
本当にエフェクティヴの犯行だとしたら、彼らもまとめて吹き飛ばしても構わないと判断したのだろうか。

「……わたしだったら、少なくともオシロは救出したがると思うけど……」

資材の乏しい反体制組織で、あの精製の腕は貴重だったはずだ。
とすれば、捕まっていた技師……あるいはオシロ自身が?

「リューシャさん……あの、なんと言ったらいいか……あまり落ち込まないでくださいね……」

自分の考えに沈み込んだリューシャにカラスが寄り添い、たどたどしく慰める。
釘が刺さった腕。焼けた肌。仮の姿だとわかっていても、少女の腕としては見るに堪えない。
リューシャはそれを見て、飲み終えたレモネードのグラスに純白の雪を生成し、カラスの腕に押し当てた。

「ありがとう、カラスさん。……こんな霊傷があるのに、わたしのために手を尽くしてくれたのね」
「い、いえ、サムライとして当然のことですから」

ほのかに赤くなったカラスに微笑んで、リューシャは立ち上がる。

「本当に感謝してるわ。……だけどわたし、今日はもう行かなくちゃ」
「えっ?もう少しゆっくりしていっても……」
「気持ちは嬉しいけど……。
 ああ、でも、何かわたしに出来ることがあれば、カラスさんもわたしを頼って。ね?」

リューシャは机の上からペンと紙を取り上げる。
そうしてそこにリリオットでの宿泊先と、ソウルスミス経由で手紙を送る際の連絡先をさらさらと書きつけた。

「また会いましょう」

ウインクをひとつ残して、リューシャはカラスの部屋を後にする。
そして――扉が閉じると、カラスに微笑んでいたリューシャの瞳は、すっと凍りついた。

ここからは、冷たく鋭い氷の時間だ。


[473] 2012/06/14 23:40:29
【ハートロスト・レスト:19 さそわれて】 by tokuna

「……その、常に自分のことだけを考える精神、私は好きですけどねぇん?」
 猫目の女性、トライトランスさんが笑みを消し、ヒヨリさんの姿をしたカットスティールさんを思い切り蹴飛ばしました。彼女の首が曲がらないはずの方向に曲がります。
「まあ、本来の仕事も途中ですしぃ、遊びは止めて、とっとと片付けましょうかぁ」
 だらり、と。
 身体の力を抜いたようにして、けれど目線はこちらを射抜く力強さで。
 私を殺そうとする、暗殺者の構えです。
「……」 
 ああ、でも、これでやっと理解できました。
 カットスティールさんは、私の偽物でしたが、実は私を助けようとしてくれたいい人で。
 トライトランスさんは、見覚えの無い方ですが、私を殺そうとする悪い人で。
 私は生きるために、トライトランスさんをなんとかしなくてはいけない。
 つまり、それだけのことです。
 最近は考えることが多くて忘れていました。
 生きていくには最低限、敵と味方さえ把握できていれば大丈夫なのです。
 私は素早く精霊結晶を五つほど飲み込んで、トライトランスさんが音も立てずに走り寄ってくるのを正面に見つつ、心臓を、過剰駆動。
 ゆっくりと右から切りかかってくる短刀。左腕を当てて軌道を上に逸らす。
 相手は軽くバックステップ、続けて今度は下から伸び上がるような動きで刺突。
 重心の移動だけでそれを避け、ようとしたところで膝が抜け、肩を浅く裂かれる。
 誤魔化しのカウンター狙いで突き出した左手も、やはりステップで回避される。
 ――体調が万全では無い。相手もプロ。普通に戦っていては勝ち目が薄い。
 牽制のためナイフを投擲。相手が身体を軽く傾けて回避する隙に、私は林の中に逃走。
 適当な木の陰に隠れる。
 相手はナイフでこちらは手。リーチの差も木々の間では活かしにくいはず。
「変装の精度、という点だけ見ればカットスティールの方が上なんですけどねぇん」
 木の向こうから声。道とは違い雑草が茂っているため、足音は隠せない。
 それを誤魔化すためのかく乱だと判断。
 こちらの体力に余裕が無い。一撃で決める必要がある。
 足音の方向に意識を集中。左腕を構える。
「【変声】、【変装】、やれ」
 他にも敵が? いや、足音は一人分のみ。これもかく乱。
 まだ数歩分は遠い位置で、足音が消える。
 一秒、二秒、三秒、四秒、五秒。
 ザッ、とすぐ側で強い足音。振り向きざまに左手で相手の胴を突き、
「レストさん!?」
 聞き覚えのある声。オシロさんの声。相手の顔を見る。
 暗闇の中に浮かぶ、驚いたようなオシロさんの顔。
 心臓の過剰駆動を解除して、
「えい」
 私は気にせず左腕を駆動させました。
「うわああ!」
 オシロさんの姿が、がくがくと震えてその場に倒れます。
 あら? 変装がどうとか言っていたので、トライトランスさんの変装かと思ったのですが、左腕を使っても姿はオシロさんのままです。本物だったのでしょうか。
 でも手に短刀を握っているので、念のためもう一度、今度はちゃんと心臓付近を狙って、
「止めろ!」
 オシロさんの姿をした方が、オシロさんの声で叫びました。
「そのまま左腕を使えば、僕は死にます。だけどレストさんもただじゃ済みません。今、僕の仲間が遠くからあなたを狙ってます。僕が死ねば、彼らも動く」
 早口で言われた言葉に、私は動きを止めました。
「いや、予想外でしたよ。想像以上と言うべきなのかな。まさかここまでの精神とは思いませんでした。裏切り者のおかげで貴重な人材を失わずに済みました」
 おそらくトライトランスさんであろう方は、オシロさんの顔で微笑んで、
「あの、レストさん。唐突だけど、お願いがあるんです。僕たちの仲間になる気はありませんか?」
 そう、言いました。


[474] 2012/06/14 23:52:42
【ソフィア:27 想起剣と堕ちる狂気】 by ルート

男とエルフの交渉は、互いの契約という形で纏まったらしい。
……ふと思うのだが彼、怪我の方は大丈夫なのだろうか。

「……そこのあなた。少しじっとしててね」

見た目が痛々しいので、私は彼に近付くと、この場でできうる限りの治療を行う。
矢を引き抜くと、自分の衣服を裂き、包帯代わりにして止血を行う。

「とりあえず、応急手当だけ。化膿する前に街で医者や癒師に診て貰った方がいいよ。運が良ければ、腕もまだ繋げられるかもしれない」
「ありがとう、だよー」

気にしないで、と返したところで、えぬえむがこちらが近寄ってくるのに気付く。

「ねぇ、ソフィアさん。ちょっと相談があるのだけど…」
「ん、何?」

彼女の手にあったのは、"螺旋階段"に配達されていた黒い剣。彼女はエルフからこの剣の情報を得たという。
想起剣マルグレーテ。情報を読み取るエーデルワイスとは違う、純粋な情報の結晶体。
彼女はこの剣を買い取りたいという。

「んー……」

少し考える。間違いなくこの剣は危険だ。これから正気を失っていく私が持つよりも、しかるべき人物に管理して貰った方がいいだろう。

「いいよ、売った。それじゃあお代の事なんだけど…」
「えっと、今の手持ちで足りるかしら」
「あぁ、お金はいいよ。その代わりに頼みたい事が一つ」
「頼み?……って、ちょっと?」

首を傾げるえぬえむに、ぽてん、と身体を預ける。諸共に押し倒されそうになるところを、どうにか彼女は私の身体を支える。
ひとまずは限界か。どうやら私が一度に正気を保っていられる期間はそう長くないらしい。
また正気に戻れるのか、それとも次に目覚める時はヘレンになりきっているのか…判断は難しいが、狂っている間の保険は欲しい。

「とりあえず、街まで連れて帰ってくれるかな……後は、私がおかしくなっている間の面倒見てくれると、嬉しいなぁ、って……」
「ちょっと、ソフィアさん?!」
「数日後も狂ったままなら、見捨ててくれていいからー……」

そこが限界だった。視界がぼやけ、頭の中から何かがごっそり抜け落ちていく。
消えていく思い出は……父さんと、母さんの記憶。

(消えないで……!!)

心の中で悲鳴を上げる。けれど記憶は砂の城のようにぼろぼろと崩れていく。

(忘れたくないのに……!)

なのに忘れてしまう。何を忘れたか、それさえも。



ソフィアの瞳から、涙が一粒零れ落ちる。
地面に染み込む雫と共に、彼女の中から"親"という存在は消え去った。


[475] 2012/06/15 00:23:00
【     :28 こわれた わたし と しろい けん】 by ルート

め をひらくと そこは もり のなかでした。

わたし はどうして ここ にいるのでしょう。

わたし はどうやって ここ にきたんだろう。

わたし ってなんだろう。

わたし の なまえ は?

おもいだせない。

きがつくと わたし は だれか にささえられていました。

くろかみ の かわいい おんなのこ でした。

「大丈夫、××××さん?」

……?

よく ききとれない。

けど しんぱい されてるみたい。

「だいじょうぶ」

へんじ はちゃんとできた。よかった。

ことば は きおく してるみたい。

「くろ、くろくろくろ、きれい。くろかみ、まばゆく、しろく、かがやく!」

……なにか へん だったかな?

おんなのこ が くび をかしげてる。

おんなのこ が わたし の て をひいて たたせる。

そこで わたし は しろい けん をもっているのに きづきました。

「けん。しろいけん」

ふしぎ。

なにもおぼえていない わたし だけど。

これをてばなしちゃいけないって そうおもいます。


[476] 2012/06/15 00:33:17
【えぬえむ道中記の24 空無】 by N.M

「これは困ったことになったわね…」
気を失ったソフィアを背負い、えぬえむは途方にくれていた。

ウォレスは何時の間にか姿を消し、アスカは到底手伝える状況ではない。
えぬえむは半ば引きずるようにしてソフィアを背負いながら森を歩いていた。
「エーデルワイスが情報を収集し、マルグレーテが放出するのなら…」
腰に下げた魔剣を手に取り、鞘をソフィアにあててみる。
「これで少しは持つかもしれない…」
流石に抜くのは危険だろうけど、と肩を竦める。
とりあえず縄で剣を固定し、再びソフィアを背負う。

しばらく歩いていると、ふわふわした耳毛を持つ人を発見。
何か俯いてて所在なさげである。
どうしたのだろうと声をかけてみる。
「こんにちはー。どうしましたか?」
こちらを向くと目を丸くて、
「そ、ソフィアさん!?」
どうやら知り合いだったらしい。
「うーん。長くなるけど…」
かくかくしかじか。恐るべきはエーデルワイス。欲しがる莫迦な師の気がしれない。
ついでに互いに軽く自己紹介を済ませる。
「…というわけで、ソラさん、ちょっと手伝ってもらえる?」


[477] 2012/06/15 00:41:56
【マドルチェ 11 マドルチェの再開】 by ゴールデンキウイ

「おじいちゃん!」

メイドと共に佇む祖父の姿を見て、マドルチェは駆け出した。ようやくおじいちゃんと会えた。どうして自分がここまで祖父に会いたがっていたのか思い出せないが、とにかく探していた人を見つけることが出来た喜びにマドルチェは飛び上がるような気持ちでリリオット卿に駆け寄った。

「マドルチェ! 一体、今までどうしてたんだ!」
「えっ……」

しかしそれを一喝するようにリリオット卿は凄んだ声音でマドルチェを怒鳴り付けた。マドルチェは冷水を掛けられたような気分で、それまでの浮き上がる心は急速に萎んでいった。どうして、どうしておじいちゃんは怒っているの? 確かに私は勝手に家を飛び出したけど、心配を掛けたのは分かっているけど……

「何も言わずに居なくなって、私がどれだけ心配したと思っているんだ!!」
「……し、心配かけたことは、分かってる」
「分かっているなら、お前は私の気持ちを考えたりはしなかったのか!!」

わたしの、きもち……? 考えたこと? その言葉を聞いた瞬間、マドルチェの中の溜め込んだ記憶が滂沱として溢れ返った。

「何が……」
「……?」
「何が私の気持ちなの?! おじいちゃんの馬鹿! それじゃあおじいちゃんは『私の気持ち』を考えたことがあるの?!」
「当たり前じゃないか、だから私はこうしてお前の身を案じて……」
「全然分かってない!」

一度声に出してしまった瞬間から堰を切ったように言葉が湧き上がる。17年間ずっと立ち止まり続けたマドルチェも、今はもう止まらなかった。

「おじいちゃんは小さい頃からずっと、ずーっと私をお屋敷の中に閉じ込めて! 本当に私の気持ちを考えたことがあるの……!? 私がどんな思いで毎日過ごしていたか、一度でも考えようとしたことがある? 私はお屋敷の外に出たかった。一人ぼっちが、寂しかった! 街の人とお話をしたかった! 眠れない夜は、もううんざりなの!」

マドルチェはそこまで一息で言い切ってから、ひくっ、と身体を震わせて顔を伏せてしまった。


「わ、私は……、お前を危険な目に合わせたくなくて、リリオット家の異能を引き継いだお前を……」
「私はずっと外の世界に憧れてて、リリオットの皆に幸せにする夢を叶えたくて、だから、今回だって……、私は……、私……」

その言葉を聞いて、卿は僅かに逡巡してから厳かに一度頷き、ゆっくりとマドルチェに歩み寄った。

「マドルチェ……、すまなかった。私は、本当のお前のことを見ていなかったようだ。当主である以前に私はお前の家族なのだ、私はお前の力を怖れるあまりに大切なものを見失っていたようだ」

リリオット卿はマドルチェを抱き寄せて、小さく肩を震わせた。その姿を見て、近くに控えていた青髪のメイドも何か感じ入ることがあったのだろう、この時ばかりは柔らかい眼差しで2人のことを見つめていた。

――どさり。

不意に、メイドが地に倒れ込む音がリリオットの庭に響く。暗闇の中から、静かに文字盤の仮面が浮かび上がった。


[478] 2012/06/15 02:05:45
【リオネ:21"一つの選択肢"】 by クウシキ

「随分と簡単に言ってくれるわね」
水槽の部屋から男が去っていった後、誰に届かないように呟いた。

身体の機能の殆どを人工臓器で賄っているレストを見た時も驚いたが、
まさかそれに近いことを私がやることになるとはね。

そう。最初から選択肢など無い。
やらなきゃどうせ私も殺されるんでしょう。
尤も、依頼を完遂したところで、私の命の保証など無いのだが。


それにしても、こんな状態にまでされて"保存"されている彼は一体何者なのかしら。

などと考えていると、背中の荷物の中が、がさごそ、と音を立てる。
何事かと思って荷物を広げると、
私が初めて作った人形『試作一号』が、なんと意思を持ったかのように動いている。
あれは布と綿製だし、精霊繊維を開発する何年も前に作ったもので、
球体関節どころか針金一本仕込んでいないのだが。

頭に疑問符を幾つも浮かべながら『試作一号』を観察していると、
『試作一号』が喋りかけてきた。

「おおう、やっと"出られた"ぜ、嬢ちゃん。
 正直消えちまうかと思ってたんだが、丁度いい媒体があったからな。
 乗り移らせて貰ったぜ」
……そうか、この声の発生源は『試作一号』じゃなくて、直接頭に声が響いているんだ。
「あなたは……誰? というか、何?
 まさか、この子じゃ無いと思うけど」
「はン、俺がこんな、生きてるか死んでるかも分からん鼻タレた餓鬼なわけあるまい」人形に鼻で笑われた。気がする。
「俺は『常闇の精霊王』。暗黒を制し、精霊を統べた百虐の魔王だ。
 今は精霊力が尽きちまって動けないが、俺の真の姿は……」
「はいそこまで」
「ふぎゃっ」
私は『試作一号』を叩き潰す。布製なので、人形自体にダメージは無い。
「てめえ、何しやが……」
「丁度いいわ。手伝ってもらうわよ。返事は要らないわ」

面白そうだから、恐ろしい精霊王様に鏡を見せるのは後にして差し上げましょう。

======
コンコン、と水槽をノックする。
「あなた。オシロ、という名らしいわね。
 件(くだん)の巨大パンジー、いえ、『常闇の精霊王』から話は聞いたわ。
 あれを精製したのが、貴方だそうね。素晴らしいことだわ。
 
 どうしてこんなことになっているのかは知らないし、あんまり興味が無いけど。
 何も出来ない貴方に今、選択肢は無いわ。
 
 貴方は今、生きてもいないし死んでもいない。
 
 だから私が、貴方に選択肢をあげる。
 
 先ず『生きなさい』。其の為の身体は、私が用意します。
 貴方はまだ"意思"を持っています。
 しかし、それを発する"器官"が無ければ、其れは"意思が無い"のと同義です。
 "意思"は、其れを伝えることで初めて意味を為します。
 それが『生きる』と云うことよ。
 
 もし貴方が『死にたい』というなら、それも貴方の意思だから、私は止めないけど。
 でも、その選択肢も、今、貴方は選べない。
 
 だから私は、貴方にギ肢を作る。
 
 仮初だろうが偽物だろうが、其れは貴方の『身体』となる。『肉体』となる。『魂』となる。『命』となる。
 
 返事は、……要らないわ。」


[479] 2012/06/15 07:42:09
【夢路23】 by さまんさ

「インカネーション部隊だ!占い師、同行しなさい!」
続いて三連発。インカネーション・ガールの指先から発射された火球は夢路のデコを正確に直撃した。
「あちあちあちあちあちちあちちち!」
夢路はさっきもらった銀貨を素早くポケットにしまうと逃げる体勢を整えた。物理攻撃なら少しは回避できる夢路だが、精霊駆動を主体に戦うインカネーションとは相性が悪すぎた。
バキュンバキュンバキュンバキュン!
「逃げるな占い師ーッ」
「ぎゃあーーっいやーん!」
発光する指先にまた照準を狙われ、夢路は目の前のお嬢様を思わず盾にした。
「!」
小柄な少女にしがみつきながら声高らかに叫ぶ。
「おーほほほほ!!正義のインカネーションともあろうものが一般市民を、しかもヘレンの象徴である金髪の女の子を攻撃できるわけがないわ!!おーほほほほほほほ!!」
「クッ、この卑怯者がぁーっ!」
しかし当の金髪少女は、
「あの…」
「(小声)ごめんねー!ちょっと時間稼がせてほしいだけだから!まじごめんっ!」
「あの、どさくさに紛れて胸を触らないでもらえませんか?…あっ」
どさり。占い師は白目を剥いて倒れた。

カガリヤ・イライアが占い師の背中を見ると肝臓から水銀の雫が零れていた。そして、ヴィジャの指先からも。
「殺したの?」
「いいえ。」
彼は水銀――のように見えたが、ただの血かもしれない――を拭うと、
「戦闘に巻き込まれたくありません。ここから去りましょう」
「あら、どうして?」
カガリヤ・イライアはヴィジャの顔を見もせず。
一方インカネーションの少女は攻撃対象を失ってきょとんとしていた。が、きょとんとしていた理由はそれではなかったかもしれない。
深夜の表通り。
精霊灯の輝きは、少年ヴィジャの滑らかな体表を照らした。目元が、指先が、有機物のそれではない光沢を帯びている。だがその光沢は今少しだけ不安な色をしていた。
そして占い師はゲーゲー言いながら吐いていた。

「あなたには都合がいいはずよ。――彼女が、」
カガリヤは肩越しに後ろを指差した、親指で。
ヴィジャは振り向いた。緑のローブを着た少女が立っていた。彼女もまた美しい金髪であった。
「『クックロビン殺しのメビエリアラ』」

「・・・なるほど」
1、2、3、・・


[480] 2012/06/15 08:30:23
【ソラ:25「名前はえぬえむ」】 by 200k

 ソラは森の中でソフィアに再会した。ソフィアはえぬえむっとした黒髪の少女に引きずられて運ばれていた。えぬえむっとした少女は名前もえぬえむだった。
 ソラはかばんから出した木製組み立て式梯子のパーツをばらし、布を張って即席の担架を作り、そこにソフィアを乗せた。その間にえぬえむにダウトフォレストで何があったのかを教えて貰った。
「……というわけなのよ」
「でもよかった。ソフィアさんが無事で」
「本当に無事ならいいんだけど……。交渉中は私の名前を聞き直したりして様子がおかしかったし」
「名前、もう一度聞いてもいいですか」
「ん、えぬえむよ」
 えぬえむっとした名前の響き。
「もう一回聞いてもいいですか」
「ん……あなたわざと聞いてるでしょ!」
 えぬえむは反撃でソラの耳毛をぼふぼふと叩いた。
「うわー、やめろー」

 ソラはソフィアと再会できて嬉しかった。そして、その場にウォレスがいなかったことも運が良かった。もしウォレスに出会っていたら、自分が何をしてしまうかわからない。きっと怒りに我を忘れていたことだろう。
 ソラは心を落ち着けるために呪文を唱えた。

「……えぬえむ」
「どうしたの?」
「……言ってみただけ」
 ソラがえぬえむに笑って返すと、えぬえむはさらに耳毛をぼふぼふと叩いた。


[481] 2012/06/15 20:18:09
【オシロ27『優しい問答』】 by 獣男

このリオネという少女(オシロには声からしか判断できなかったが)は、
さぞや優秀なのだろう、とオシロには思えた。
それだけに、彼女の期待に応えられないのは辛かった。
絶えず励まし、休みなく作業を続けた彼女が、
やっとの思いでオシロに接いだ細身の義手で、オシロが綴った文字は、
『しなせて』の一言だった。

その後、長い沈黙があった。
「こいつはもう駄目だ。体の問題じゃねーんだ。
一度自分で死を選んじまうと、たとえ助かったとしても、
その決断をした自己との同一性を保とうと精神が固化しちまうんだよ。
こいつが今望んでいるのは、本当に死、だけなのさ」
聞き慣れた、いつも通りのくだけた声が言う。
常闇の精霊王。巻き添えにしたつもりだったが、二人とも生き残ってしまったのは、
何とも皮肉な結果に思えた。その周囲で36人もの人間が死んだというのに。
「一号は黙ってて。
オシロ。貴方の意思は尊重するわ。
私には自殺志願者を止めるほどの力はない。
でもね、私は諦める事が救いになるなんて事は信じていないの。
そんな姿になるまで貴方が貫こうとした事は、今ここで諦めて達成されることなの?
無念は本当にないの?
その為に何かが必要なら、人はいつだってそれを補うことができるのよ」
必死で訴えるリオネに申し訳なさを感じながら、オシロはさらに義手を使って、
『らくにして』と書き綴った。
くっくっく、と常闇の精霊王が笑うのが聞こえた。
「いーいカウンセリングだったが、言葉通り聞く耳もねーとよ。
実際問題、こいつを立たせようとするだけで、安い家の二、三軒でも立つんじゃねーか?
死なせてやれよ。お前がお払い箱になった後は、それこそ何をされるか、わかったもんじゃねーんだ。
そして俺と組め。お前は優秀だ。『神霊』へ導いてやる。そこで俺を復活させろ」
「そんな話は・・・」
そこで階段を響かせて、誰かが降りてくる音がした。
全員が口を閉じた後、扉を開く音が鳴る。
「結構。義手の接続は成功したようですね。
報酬は上に用意しておきました。あなたの役目はここまでです」
最初の男の声だった。リオネが慌ててそれに反論する。
「待って!まだ終わっていないわ。彼にはまだ・・・」
男の足音がオシロに近づき、何かを取り上げる音がした。
「しなせて、ですか。生憎とそんな事ができるほどの自由を与えられては困ります。
これだけ書ければ十分。さあ、お帰り下さい。
それとも、契約を放棄してその名を地に落としますか?リオネ・アレニエール」
ぐっ、とリオネが言葉を飲み込み、
そのまま階段を上がっていく音を、オシロは少しだけ安堵しながら聞いていた。


[482] 2012/06/15 20:52:13
【カラス 18 炎熱くすぶる】 by s_sen

彼女はひょっとすると、競技会の関係者なのだろうか。
大事な人が精神を侵されてしまい、おまけに自分の関わる競技会で爆発があった。
さらにカラスが余計な事もしゃべってしまい、心配の山を高く積み上げてしまった。
カラスはリューシャを慰めようとしたが、どうすれば良いのか迷った。
すると、リューシャは氷の魔法を使い、カラスの出したままの傷を冷やしてくれた。
こんな事をしてくれたら…ますますどうすれば良いのか分からなくなってくる。
思ったとおりに、優しい人だ。

リューシャは決心がつき、ここを出ることにした。
出発の前に、彼女は新しいチラシの裏に連絡先を書いてくれた。
この時に見た彼女の顔の、何と美しいことか!
カラスはチラシを握りしめて、嬉しさのあまりぼんやりと見送った。
その顔からは炎の熱が出そうだった。

リューシャがなぜ気になったのか。
それは、危うかったからだ。
このままにしておくと呪われるよりもっと恐ろしい道を、自ら進んでいくような気がする。
かつて自分が進もうとした魔物への道だ。自分は魔物になり切れなかった。
あの時教会前にいた大男もまた、魔物になり切れなかった。
それと比べるのはあまりに違いすぎるが、リューシャにはそうなって欲しくない。
彼女は優しさを持っている。
しかし人を斬りつけても、平然としていそうな冷酷さを同じく持っているのではないか。
もしくは、すでに人を斬ってしまい、その事を他人や自らに隠しているのではないか。
そんな悲しさが漂っていた。
それを是非助けてやりたいという気持ちがあったが、
それは同時に彼女に対する恐ろしさも生まれさせていた。
カラスは恐ろしい気持ちを隠し、彼女に近づいたのだった。
人の形をした魔物はこれ以上、増えて欲しくない。
カラスは強く願っている。
だが、結局は何も伝えられなかった。本当に情けない。
せめて、送り届けようとしても…また呪いの傷が焼かれてしまう。
魔女の水晶を落としてから、同じく呪われたダザに遭ってから、
ますますそれは凶悪になったかもしれない。

それは剣術を修行して、初めてになる命懸けの試合だった。
負けた者には、死が待っている。
カラスは負け、サムライとなった運命を呪った。
意識がゆっくりと落ちてゆき、夢を見ているようだった。
気がつくと、背に翼を生やし自由に飛び回り、カラスは異形の魔物となった。
そして、憎いサムライを斬りつけてやった。
しかし、止めは刺せなかった。
悔しくなってカラスはさらに飛び、魔物の棲む穴へ堕ちていこうとした。
魔物たちもまた、強さを誇るための試合を望んでいた。
カラスは再び負け、目を覚ました。
身体は弱っていたが、異形の姿は消えていた。
カラスは少しでも呪った事を悔やみ、再び剣術道場へ帰っていった。


[483] 2012/06/15 21:05:42
【マックオート・グラキエス 35 喪失】 by オトカム

「すみません、羽毛で覆われた耳の金髪の女の子を見かけませんでしたか?」
「ふーむ、羽毛の耳の子か・・・
 そういえば急いだ様子で南に向かったのを見たな。
 まさか、ダウトフォレストに行ったわけではないとは思うが・・・」
「ダウトフォレスト?」
「”第二次ダウトフォレスト攻略作戦”という大規模クエストがあってな。
 多くの死者、行方不明者を出している。森にいった友人を探しにいく者が後を絶たない。」
「そうですか、ありがとうございます」
クエスト仲介所の警備公騎士に礼を行ったマックオートはダウトフォレストに行くことにした。
「犠牲になった人たちは欲に目が眩んだをだけで、善良な人たちだよ。きっと・・・」
「まったくお前はいつもおめでたいな」
後ろから聞こえてくる公騎士の会話を聞いて、彼らにも守りたいものがあるのだろうと思った。
もちろんマックオートにも守りたいものはある。しかし、守れなかったものも多かった。

***

ダウトフォレストに入ってすぐ、担架を運ぶ人影を見た。一人は黒髪の少女で、もう一人は見覚えのある人影だ。
「ソラちゃん!」
「マックさん!?」
「あぁ、良かった無事で!急にいなくなって、濡れ衣で捕まったんじゃなかったと心配で心配で・・・」
一度は安心したマックオートだったが、担架で運ばれている人を見て、その安心も消え失せた。
「ソ・・・ソフィアちゃん・・・?まさか、ダウトフォレストで・・・」
「怪我をしたわけじゃないみたい。だけど・・・」
ソラはどうも安心しきれていないようだった。
「エーデルワイスに封じ込まれれたヘレンの記憶がソフィアの記憶を押し流したって、エルフが言っていたわね・・・」
ヘレンは実在する人物?エルフ?黒髪の少女はにわかに信じられないことを言ったが、それが本当のことだとわかったのはすぐだった。
マックオートの気配に感づいたのか、ソフィアが目を開いた。
「ソフィアちゃん、大丈夫?」
マックオートの問いかけに対し、ソフィアは首をかしげるだけだった。
「あなた は だれ ?」
その言葉を聞き、ソフィアの身に起きたことを知ったマックオートは鳥肌がたった。
「マックオートだよ、聞き覚えない?ソフィアちゃん・・・」
ソフィアは首を横に振った。
「わたし ってだれ?」
それを聞いたマックオートはソフィアの手を優しく握って答えた。
「君はソフィアちゃんだよ。とっても素敵な女の子だ。」
しかし、ソフィアは首をかしげるだけだった。マックオートの目から涙がこぼれた。
ソラも、ソフィアがこうなったのを今知ったようだ。


[484] 2012/06/15 23:07:24
【ダザ・クーリクス:29 帰り道】 by taka

『ラペコーナ』の店員であるマーヤは仕事が遅くなり、夜遅くに帰っていた。

昨日、黒髪が大勢殺されたばかりであり速く帰るべきだったが、あれこれやっていたらこんな時間になってしまった。急いで帰ろう。

マーヤは駆け足で帰っていたが、帰り道で一番暗くなる場所に人影を見つけ、足を止めてしまう。

(ま、まさか黒髪大量殺人の犯人!?)

マーヤ警戒しながら、後ろへ下がる。すると、人影が話しかけてきた。

「あれ?ラペコーナの店員さん?」
聞いたことがある声だった。人影が近づいてきたため、顔が見えてきた。
「あ、昼間の清掃員さん?」
昼間に夜間出歩かないように注意してくれた清掃員さんだった。ほっと一安心。

「夜間外出は控えるように言ったのに・・・。」
清掃員さんは困ったような顔で再度注意する。
「す、すみません。仕事が遅くなってしまって。」

ふと、何かの匂いを感じる。清掃員さんが昼間にも訪れてくれたときにも感じた匂い。
なんの匂いだったかな。あ、そうだ、包丁で手を切ったときに嗅いだことがある匂いだ・・・。

えっ・・・?

清掃員さんが一緒に話していた黒髪の人の言葉を思い出す。
『ブラシで殴られると、人は死にます・・・気をつけて・・・』

清掃員は嫌な笑みを浮かべながらブラシを握り近づいてくる。マーヤは後ずさりをする。

「ん〜?どうした?何故逃げてる?」
清掃員は更に笑みで顔を歪める。
マーヤの顔は恐怖で引きつり、目には涙が溜まっていた。

「いいねぇ。いいねぇ。その顔いいよ!すぐにグチャグチャにしてやるよ!」
清掃員はそう叫びながら走り出し、ブラシを振り上げた。

(おにぃ!助けて!)

キーン!と金属音が響く。

マーヤは護身用に持ち歩いていた包丁で、清掃員のブラシを防いだ。

「・・・ほぅ。やるじぇねぇか。」
ただの食堂店員だと思っていた黒髪の娘に、まさか攻撃を防がれるとは思わなかった。

清掃員は間合いをとり、再度ブラシ構える。
その時、清掃員の腕から血が噴出す。

「なっ!?攻撃は受けてないはずなのに!?」
しかも、傷口から体力が吸われている感覚がする。

マーヤが構えている包丁が白く光る。

ただの包丁ではない。妖刀、霊刀の一種か。

清掃員はブラシを強く握り再度、黒髪の娘に襲い掛かる。
ブラシによる連打!連打!連打!

しかし、全て包丁によって防がれる。
これは、娘の力じゃない。包丁自身が意志を持って護っているんだ。

埒があかない。清掃員は再び間合いをあける。
それと同時に、攻撃した回数の箇所だけ腕が斬れて血が噴出す。

「これは・・・不味いな・・・。」
清掃員は額に冷や汗をかいていた。


[485] 2012/06/15 23:21:45
【【アスカ 27 自己防衛と、天秤】】 by drau


ミスリルを探さずに、ウォレスの話を横で聞いておけばよかったのか。
白けた雰囲気の中、他の交渉者が撤収する。
アスカの怪我の応急処置をしてくれた女性、ソフィアの容態が急変し、えむえぬという少女に運ばれていく。妖精が去り際にこちらを見てくる。恥ずかしい。
僅かな時間だったが、ヘレンの器に(恐ろしいことだ)、ではなくソフィアに感謝する。優しい人だった。自分が彼女に出来ることがあるならば、しかし
今は、契約の方が大事だ。天秤は、破壊されていく彼女の自己や涙よりも母へ傾く。多くの森の犠牲者を天秤に架けたときと同じ様に。
エルフの声がアスカを呼ぶ。
「…いいだろう。契約を認める」
今までずっと考えていたのだろうか。
「それじゃ、改めてボクに情報を」
「その前に、対価を。衣は受け取った。残りと、真実を差し出せ」
「ふぇ!?服もなのー?」
「我等への軽視の証で無いのであれば、ただの捧げ物と認めよう。契約は既に認められた」
「……なかったことにしたいだよー」
「既に対価として受け取った。返却の為の対価を与えよ」
「ううー!」
無茶苦茶だ。
「……?ちょっと待って、残りと、真実!?残りの真実じゃなく?」
「対価として受け取る」
「さ、最悪、下もとか、言わなきゃ良かった、だよー……」


体を震わせて、膝を抱えて蹲るアスカの顔に、エルフがその手を近づけた。
「わわ!顔がち、近い、だよー!?」
「真実を見せて貰う。その為の手段だ。逃げるな」
長い指が、アスカの千切れた耳の穴に突っ込まれる。顔を両手で固定された。
「あふっ!!」
冷たい指の感触に声が出る。
「お前の中に入らせてもらう」
「ひっ、うっ、やっ!」
「受け入れろ。入れない」
「あぁっ!!」
エルフがその額をくっつけると、目の前が光り輝き、視界が白く塗り変わる。精霊封印に受けるときに近い感覚。精霊による精神への侵入。
渦に飲まれるような感覚。
気がつくと、アスカは朦朧として、広大な砂漠の上に立っていた。
「ふわぁー…?こ、ここは?」
「お前の精霊と、記憶の在る場所を風景として目視化した世界。情報閲覧の為に、お前には自己プロテクトを解除してもらわねばならない」
「じ、自己プロテ?」
エルフが指刺す方を見ると、熱砂の先に黒い半球型の壁が見えた。
「お前が言ったとおり、ドワーフの自己プロテクトは頑強だ。守られた情報ごとこの壁を壊すことは出来ても、それを覗くことは出来ない。だからお前も共に連れてきた」
「ほへー、だよー」
「解除を、念じよ」

さて、どうしたものか。
アスカは、エルフの視線に身を捩じらせながら思考する。


[486] 2012/06/15 23:31:15
【リューシャ:第三十二夜「少年の安否」】 by やさか

『最果て』を出たリューシャは、ダザの影を警戒しながら職人街に足を運んでいた。
目当ての工房を訪れると、すでに何度目かになるリューシャの訪問に、職人たちが一様に振り返る。

「またアンタか。何度も言ってるが、この工房は、一般の見学は受け付けてないよ」

顔をしかめる者、苦笑する者、反応は様々だがリューシャはにっこりと笑ってみせた。

「今日は見学目的じゃないの。……この中に、『腐ったリンゴを再生する』ことのできる技師は?」
「……!」

リューシャの言葉に、工房の空気が音を立てて変わった。
だが、殺気立った職人たちにも、リューシャを融かすほどの熱はない。

「お前、それがどういう意味だかわかって言っているのか。……どこでその言葉を知った?」
「オシロという少年から。彼には『泥水』襲撃で貸しがあるの」

『泥水』の名に、エフェクティヴの男たちが口を開きかける。
それに先んじて、リューシャは更に続けた。

「言っておくけど、わたしは襲撃に巻き込まれただけよ。エフェクティヴに敵対するつもりはないし、参加するつもりもない」
「……だったらお前は、何をしにきた?」
「エフェクティヴには興味がないけど、オシロくんには興味があるの」

あっさりと肩をすくめたリューシャの気負いのない様に、男たちは武器に伸ばした手を下ろす。
その視線から疑いの色が抜けたわけではない。
それでもリューシャは涼しい顔をしている。疑われても痛くも痒くもない、とでも言いたげだ。

「聞きたいことは、さしあたりひとつよ。……あの子、無事なの?」

リューシャが発した問いに、男たちの表情が一様に苦くなった。
その顔に、リューシャがぴんっと片眉をあげる。

「死んだの?」
「……死んだほうがマシだったんじゃないか、アレは」

吐き捨てるような言葉。
よほどひどい状態なのか。それとも、身内の暗部でも見てしまったか。
リューシャにはそれを推し量るすべがないが、彼らがそう言うほどのことがあったのだろう。

「……会える状態かしら」
「無理だろうな。まだ生死の境を行ったり来たりさ。……いや、半分以上死んでると思うがね」
「じゃあ、あなたに言付けを頼むことは?」

男は眉をひそめて、保証はできない、と言った。

「オシロは多分、どこかに搬送されるはずだ。エフェクティヴで長くもたせられるとは思えんからな」
「……なら、保証はいらない。できれば、でいいわ」

来る気があるなら、わたしのところへ来なさい。わたしは君のことを買っているから。

「……それだけでいいのか?」
「それ以上言ってもしょうがないでしょ。
 わたしは回復術を使えないし、死にたい人間を生かすほどお人好しでもない。……惜しいとは、思うけどね」

リューシャはそう言って、肩をすくめた。


[487] 2012/06/16 01:17:59
【ハートロスト・レスト:20 のこされた】 by tokuna

「私に手紙、ですか?」
「はい。二通届いてますね。どうぞ」
 林道での出来事から、明けて翌日。
 『救済計画』の調査依頼に関する報告のために訪れたクエスト仲介所で、私は二通の手紙を受け取りました。
 手紙。
 最近はほとんどありませんでしたが、以前は各所からよく督促状を貰っていたので、手紙にはいい印象がありません。
 どうも今回は、そういった類のものでは無さそうですが。
 ふむ。
 手紙にしては分厚い一通目を開けて、細かくびっしりと書き込まれた文章にざっと目を通します。
 いきなり『お前がこの文章を読んでいるとき、私は既に死んでいるだろう。』から始まったので少し面食らいましたが、どうやらヒヨリさん、では無く、カットスティールさんがあらかじめ預けていたもののようです。
 手紙には、昨晩に彼女から聞いた内容をより詳細に綴ったものと、左腕を正しく駆動させるためのコード、そして謝罪が長々と記されていました。
 ……左腕を正しく駆動させるためのコードって、なんでしょうか。
 今までの精霊を奪う力が、正しい駆動ではない?
 偽手ワードプロトという名前らしいこの左腕についても詳細な説明が書いてありましたが、内容が専門的すぎて、部分的にしか読み取れません。
 専門家の方は、人の知能を高く見積もりすぎるきらいがあるようです。
 四則演算よりも複雑な数学は、私には難しすぎます。
 なんとか理解出来たのは『精霊を拡散させ、使用者の精神を現実に強制する』というような一文と、その機能の燃費の悪さだけでした。
 これでは何が起こるのかも解りませんし、今の精霊を奪う力より便利なものとも思えません。
 よし、忘れましょう。
 綺麗に折りたたんで空になっていたポーチにしまい、もう一通の手紙を開きます。

 そちらは、オシロさんからの手紙でした。もちろん、本物のオシロさんからの、です。
 手紙には、インカネーションに私の偽物が所属しているかもしれないということ。
 『泥水』にはもう行かない方がいいこと。
 オシロさんがエフェクティヴに所属していること。
 オシロさんと知り合いであることは隠した方がいいということ。
 そして、もう精霊を渡すことが出来ないかもしれない、というようなことが書いてありました。
 私の偽物と『泥水』については、せっかくの助言ですが、残念ながらもう役に立たない情報です。
 オシロさんがエフェクティヴに所属している、というのは驚きではありますが、依頼さえ無ければ特に気にする必要も無いことなので、あまり重要ではありません。
 オシロさんと知り合いであることも、セブンハウス側にはおそらく既に知られてしまっているでしょうから、やはり敢えて隠す必要は無いでしょうね。
 だから、この手紙で問題にすべきは最後の一点でした。
 もう精霊を渡せないかもしれない、という、その一文でした。
 オシロさんがどんな危地にあるのかは解りません。
 敢えてこんな手紙を残したことを思うと、状況を軽く見ることは出来ないでしょう。
 ただ、今までに頂いてきた精霊の量から予想できる、これから頂けたかもしれない精霊の量を想うと。
 いえ、人の善意を当てにするのは、一般的に言ってあまりよくないことです。それは解っています。
 解っています、が。
 私も、四則演算なら出来るんです。
「とりあえず、オシロさんがどんな状況に陥っているのか、調べるぐらいなら……」
 そうです、恩義のある人を見捨てるのは、よくないことのはずです。
 私は強くうなずいて、クエスト仲介所を後にしました。


[488] 2012/06/16 07:58:38
【ウォレス・ザ・ウィルレス 28 「墓地からの推理」】 by 青い鴉

 リリオットに粗悪な精霊武器が出回っている。
 クックロビン卿亡き今、そうとは知られぬまま。売られ、買われ、流通している。
 精霊武器がすぐ手の届くところにある。一般人や貧民の手に渡っている。

 白のウォレスが身を寄せる共同墓地。その墓守に分かるのは、ここ最近の死体の数だけだ。だが、そこからでも分かることがいくらかある。黒髪の死体と、精霊武器によって損壊した死体が、増えているということ。ならばおそらく。

「黒髪狩り」
 ウォレスは死は平等だと考えている。黒髪差別を肯定も否定もしない。黒髪狩りに対しても、別段感情を持っていない。ヘレン教が成立してからというもの、黒髪狩りは幾度となく行われてきた。それが今再び起こっている。それだけのことだ。無論止められるものなら止めたいが、今はおおっぴらに動くわけにもいかない。
 
「それと、精霊武器の流通、か」
 誰かが知らぬ間に、粗悪な精霊武器を、あるいは妖刀魔刀の類を、売り買いしているのなら。ファローネがソウルスミスに張り出した、情報提供の張り紙すらあまり役に立っていないというのなら。
 そもそも、素人には精霊武器の良し悪しどころか、それが精霊武器か否かでさえ分からぬのではないか? その識別に用いる銘(めい)が欠落しているがゆえに、「粗悪な」精霊武器と呼ばれていたのではないか?
 
「うーむ。少し状況を甘く見ておったかもしれん。そうとは知られぬまま、精霊武器がリリオット全体に浸透しつつあるのか」
「となれば、治安の悪化は避けられん。精霊武器を持たぬ公騎士団では役には立たん。リソースガードは金を積まねば動かない。インカネーションは自力で対策を練るじゃろう。となると――残るのはエフェクティヴ」

 ウォレスは消去法で対象を絞ると、ぽつりと呟く。
 
「エフェクティヴの鉱夫たちになら、精霊武器かそうでないかの違いが分かる。エフェクティヴに接触し、精霊武器の回収を依頼するしかないかのう」

 ウォレスは足を職人街へと向ける。昔使った暗号符牒はもう古くなっていて、使えないかもしれないが、エフェクティヴに一定のエフェクトを与えるくらいならば可能だろう。精霊武器回収の依頼料は――まあ、歩きながらでも考えることにしよう。


[489] 2012/06/16 11:32:02
【【アスカ 28 自己解放と、崩壊故事】】 by drau

エルフが壁に触れると、自己プロテクトの壁は光の加減によっては一部半透明に見えるようになった。
「うわ、だよー!」
服を着た複数の“アスカ達”が、内側から石壁を全身で支えていた。

「ボクノナカニハイラナイデ」
「ボ、ボクがいる、だよー」
「ボクヲオカサナイデ」
「自己プロテクト……」
「ダヨー」
「さぁ、解除を念じよ」
「ヤメテヨシテサワラナイデ」
「ごめんね、ママの為、だよー」
えいっと念じると、黒い壁とアスカ達が粉末のように分解されて熱風に散っていく。
壁で隠されていた自己の中心へと向かう。噴水が埋まっているのが見えた。
一歩踏み出す毎にかつての記憶や自分に関わる存在や物が浮かび上がって目に入る。家族の笑顔。リリオット家の応接室。祖母のお守りもあった。
「これは吸精の魔石。作動を念じたままダメージを与えることによって、衝撃に分散した対象の精霊を器から吸引し、取り込んだ精霊を反対側の窪みから放射注入する中間ツール」
「うん、お腹空いたときとか疲れたときとかにも助かるん、だよー。」
「随分と小型でかつ単純な構成…かつ薄汚い。ドワーフ族の作ったものだな」
「むー、お祖母ちゃんも使ってたから、年季が入ってるだけだ、もん!うう!ぐあ!…あ、あれ?」
侮辱と判断。軋む音。
「アスカ」
エルフが呼ぶ。黒い靄が腕から滲む。腕が勝手に動いた。止める腕も今は無い。
「か、体が!?エ、エル、ぐぐ、ぅぅ……えるふ、へレん、きにイらナい、だよー!?だ、駄目、ち、力が!?…ユルセ、ナイ、にクい」
アスカを、小さなドワーフの自己意識が包み込む。血は薄いはずなのに、エルフに対する憎しみは濃いのか。腕が、アスカの意思に反してエルフの首を絞めあげる。
「アスカ」
エルフが此方を見ている。ヘレンに良く似た顔で。この顔を、グチャグチャニツブシテヤリタイ。
ごき、ごき、ぴき、ぴき。このままではまずい。自分は祖母ほどエルフに悪い感情は無いはずなのに。生贄だって、戦争に比べたらずっとマシだと。エルフだってヒトと変わらず自己防衛に及んでるだけだと。ドワーフ追放だって、昔のことで自分に実感は無いって、納得しているのに。天秤はそう掲げたのに。自分はアゲハの孫で、ドワーフとホビットと、ヒトの混じった人間だって思っているのに。
自分の腕に噛み付く。顎を全力で閉じる。肉を抉り出す。筋と血管に歯を滑らせる。自分は納得しない。こんな憎しみはボクのじゃない!
「アスカん」
エルフの声。ようやく覚めたアスカの自己によって腕が止まり、長い沈黙が続いた。
「ご、ごめんなさい、だよー…」
エルフは気にしてないのか風景を見ている。
「……絞められてる間、大まかな記憶は覗けた。お前の知っているあの街の真実から察するに、リリオット家とその現当主は潔白と見た。だが、その配下については行動に不穏な空白が多い」
「か、関わってないから、だよー」
「お前がここに来た理由も知った」
「ママ…」
「他家の真実を調べよ」
「…ふぇ?」
「対価は真実とお前は言った。だが、真実が足らない」
「そんなのず、ずるい、だよーー!?」
「お前の魂胆も既に見た。我等を手玉に出来ると思ったな。侮るな」
「あぅ…」
「ひとまず、お前の望む情報を与えよう。次いで、契約成就の為に、命ずる。他家の真実を調べよ」
「最初から、手駒が欲しかったん、だよー?」
「お前は人間なのだろう。それを認めよう。そして我等に害意は無い。調査はお前の自己による自意識に任せる。故にリリオットへの不可侵は守られる」

目を覚ますと、88体の贄がアスカを取り囲んでいた。
「仕えるつもりじゃなかったのに、だよー」
あの服を差し出したのも、そういう意味じゃないのに。しかし、そういう風にもとれた。


[490] 2012/06/16 17:09:32
【えぬえむ道中記の25 崩れゆく聖域】 by N.M

ソラと協力してソフィアを運んでいると、いつぞやの凍剣を持った男が現れた。
なんでもソラとソフィアの知り合いらしい。

彼―マックオートというらしい―に現状を簡単に説明する。
話を聞いて目を丸くしていたが、同時に話を理解したというように頷いた。

ひと通り話終えたところでソフィアが目を覚ました。
ソフィアはソフィアで、もはや自己の認識すら覚束なくなってしまっている。
やはり情報の塊とはいえマルグレーテを巻きつけるだけではだめなのか。
あのエルフは情報を取り出していた。それを真似することは出来ないか。

だが、今はその時ではない。当面は…

「…この通り、だいぶ侵食されてきてる。まずは落ち着ける所まで運ばないと。
 『螺旋階段』がベストだけど、この森とは丁度逆方向だし…私の泊まってる宿が近いかしら?」

ソフィアを載せた手製の担架を三人で運ぶ。道すがら互いのことを話し合う。

「…というわけなんだ」
「なるほどー……」

教会は教会でいろいろあったらしい。
そうこうしているうちに宿の前。日もとっぷり暮れてしまった。

「とりあえず、広い部屋一つ借りましょ。話はそれからね」

前に使ってた部屋はマックオートの就寝用でいいかなー、
さすがに寝るときに男女一緒の部屋はちょっとね、
とか内心思いつつ宿屋の受付へ向かった…。


[491] 2012/06/16 17:28:21
【     :29 せいれい の まち と くろかみ ごろし】 by ルート

もり を でて まち に つきました。しらないまち です。しってるばしょなんて ないけど。
もり の なかも くらかったけど。そとも よる で くらいです。

「せいれい。せいれいが いっぱい とんでる」

この まち は せいれい に みちてます。ひとの おもいは せいれい と とけあい 混ざり合って互いに伝播しその流れは新たなエフェクトを産みながら捻れ狂い循環し流転し悲劇と喜劇と狂宴の結末へと墜ちていき、

「……そうあたかもそれは神霊よりも遥かに絶大なひとつの精霊であるかのように街は呼吸し鼓動し活動し続ける」
「……××××ちゃん?」

……?
まっくおーと が しんぱいそうにこっちをみてる。へんなこと いったかな わたし。

「そうだ、えぬえむちゃんには話しておかないと」
「私に?」
「今、この街に黒髪ばかり狙って殺してる奴がいる。ブラシを持った、義足の男だ。えぬえむちゃんも気を付けるんだ」

まっくおーと が しんけんなかおで えぬえむ に おはなししてます。
くろかみ ごろし?なんで くろかみばかり ころすんだろう。

「黒髪狙い、ってことは犯人は×××教徒なの?」
「そんな!」

そら が さけぶ。すごく つらそうな かおで。
えぬえむ は いま なんて いったんだろう。
おぼえていない はずなのに。こわれた こころに そのことばが しみこんでくる。
わたし は しろいけん と くろいけん を てに まちを 流れる精霊の流れに自らの精霊で接触し干渉し没入し没頭していき、
そして みつけた。

「あっち だね」
「って、ちょっと、××××さん?!」

わたし は はしりだす。はしりだす わたし を おいかけてくる あしおとがする。
まっさきに おいついてきたのは ……だれだっけ。

「急にどうしたの?」
「……黒髪殺し。情報に合致する人物を発見。何者かが街に配置した精霊による観測システム。そのネットワークを逆に辿る。ハッキングを行い。情報を獲得」
「どうやってそんな事を……」
「……情報の収集、変換、放出。エーデルワイスとマルグレーテ。これらを情報干渉用端末として。流用」

わたし は さっきから なにを いってるんだろう。まぁ じぶん が こわれている ことは わかるから。わからないことを してしまうのは こわれてるから しかたない。
……ともかく わけわからないけど そういうこと らしいの。
とにかく わたし は はしる。こわれた まま こわれつづけた まま。
くろかみごろしさん に あうために。



脆弱すぎる精神故に、彼女に逆流したヘレンの記憶。
情報の奔流は彼女の人格を砕き、ソフィアでもヘレンでも、何者でもないモノに変えた。
現在の彼女には、ソフィア・ヘレン両者の知識と技術が、断片的に詰めこまれている。
今の彼女は、外的刺激に反応してそれらを垂れ流す。危機を察知すれば戦うこともできる。

えぬえむ達の制止も理解せず、彼女は宿を飛び出す。観測者システムのハッキングによって得た情報から、マックオートの言葉と一致する人物を見出す。
何故そんな事ができるのかを疑問に思うこともできないほど、壊れているのに。
そもそも、相手に会ってどうするのかさえ、彼女の頭にプランは欠片も無い。

無知なる回答者。愚鈍な賢者。
ソレは、自らが何を目指しているかも理解せぬまま、己の肉体を駆動させた。


[492] 2012/06/16 17:53:16
【リオネ:22 "技術屋の業"】 by クウシキ

情報の伝達に用いられる器官として、
「声帯、または義手」を選択肢に挙げたのは正しい。

しかし、声帯だけを接続しても人の声は出ない。
先ず、声帯を震わせる呼気を出すための肺と、肺を膨らませたり萎ませたりする横隔膜・肋間筋が必要である。
また、声として母音や子音を発音し分けるには、口腔や鼻腔などの調音機構も要る。
まあ他にもいろいろあるが、詰まるところ、
生体器官の殆どを失ったオシロに声を出させる、それも意思を伝達する声を出させるのは余りにも困難だ。

義手による文字情報伝達も、視覚が失われている彼には難しい出力になるだろうが、
視覚を失う前に文字を書いていたなら、目を瞑っても文字は何とか書ける。
機構としても、発声機構を作るよりはずっと単純だ。
それに、ギ肢として喉を作ったことは無いが、腕ならば幾度と経験がある。

それでも尚難しいのは、普通精霊ギ肢を接続する時は
神経と精霊繊維を直接に近い形で接続し同期させなければならないのだが、今の彼は水槽から出られない。
だから、水槽外からどうにかして意思を精霊繊維に伝える機構が必要だ。

だが、これには考えがあった。

リオネは背中の荷物から「動くネコミミ」を取り出し、分解を始める。
試作一号がなんやかんや言ってくるが、取り敢えず無視する。
これは、頭に付けるだけで(神経と直接接続しなくても)意思を取り出すことができ、
それをネコミミに伝達することで、ネコミミの動きを制御している。
すなわち、意思の増幅装置[アンプ]と無線通信の機能[ラジオ・モジュール]を内包している。
と言うより、元々「動くネコミミ」はその実証実験装置だ。

ネコミミから取り出したモジュールを発信装置とし、
既に外部代替している耳に(水槽に手を突っ込んで)追加接続する。
最小限の入力でギ手を動かすために、
殆ど骨しかないような中身剥き出しの構造にありったけの精霊繊維を編み込み、
手羽先大のギ手を作り出す。
ギ手と同じ程度のスケールの(形だけで空洞の)胴体[トルソー]を用意し、
また別のネコミミから取り出したモジュールを受信用に改造し、トルソーの肩にそれを埋め込む。
そしてその肩に、ギ手を接続する。

「一号! あんたの出番よ!」
「なんでぇ急に。俺をこき使おうだなんて百年どころか千年早いわ」
「偉大なる精霊王様は、まだ彼の声を聞けるそうね。
 その能力を使って、通信の同期を取りたいの。
 一旦同期が取れれば、その周波数と暗号鍵を記録できる」

======
やっとのことでギ肢の同期を取り接続出来た時には、既に作業開始から丸一日経っていた。
まだまだ精度は甘かったが、正直これだけで金貨百枚は下らない逸品だ。

かと思ったら、水槽の部屋から追い出された。
まだやれることは山とあったが、しかし此処で帰らなければ、文字通り「帰らぬ人」になってしまうだろう。
彼が生きてさえいれば、そして私が生きてさえいれば、いつかどうにかなる。

それに……
(自分の作ったモノに『銘』を入れておくのは、『技術屋としては当然』、よねぇ。)
階段を登りながら、キチキチと動く小さなギ肢を見て、頭の中で呟く。
(それから、精霊王さん。恐らく貴方は、今現在、誰にもその存在を気付かれていない。
 私を利用したいなら、私に利用されなさい。私に勝手に死なれて媒体[試作一号]を燃やされでもしたら、貴方も困るでしょう?)


[493] 2012/06/16 20:40:05
【オシロ28『神霊の眠る街(1)』】 by 獣男

「さて、では君の最後の仕事の説明を始めましょう。
それさえ終われば、君もその苦痛からすぐに解放されます。
もう薄々気づいているでしょう。
あなたが最後にすべき仕事は、『神霊』の精製です」

声が。男の声だけがオシロには聞こえていた。
他には何もない。闇。無。底のない常闇。
その中でオシロは、与えられた義肢を使って、一言、意思を出力した。
『セブンハウスの指図は受けない』。

男は少しだけ沈黙し(恐らく文字を読んでいたのだろう)、すぐに言葉を続けてきた。
「なるほど。少し誤解があるようですね。
私はエフェクティヴの人間です。さしずめ、セブンハウスに刺さった、
エフェクトのくさび、といった所でしょうか。それゆえに君を救えた。
そういえば、エフェクティヴの工房から、君に伝言がありましたよ。
金髪の若い女性からだそうです。心当たりはありますか?
しかし、この内容は少し、今のあなたには酷かもしれない。
あなたの事を買っているから、来る気があるなら訪ねてほしいと、そう言われたそうです」

オシロにはそれがリューシャの事だとすぐにわかった。
紹介した職人に取次ぎを頼んだのだろう。
ともすれば、競技会にリューシャも来ていたかもしれない可能性すら無視して、
自爆を強行した罪悪感を感じながら、オシロは疑惑を緩めた。
(なら、この人は本当にエフェクティヴ・・・?)

反応を返さないオシロを見て、男はそこで別の話を始めた。
「少し昔話をしましょうか。
今から一世紀近くも前、今は亡き南の小国ポレンで、一つの喋る精霊が見つかりました。
彼の名はヴェッテルラング。過去の英雄でした。
彼は様々な古の知識をもたらし、そこから多くのエフェクトが伝播しました。
知っていましたか?馬要らずの馬車は彼の知識によって、復活されたものなのですよ。
そしてそれは、大きな戦争をも招き寄せた・・・」

教育を受けた事のないオシロだったが、そんな歴史は聞いたことがなかった。
かつて起こった大戦の理由は確かに不確かだが、
各国の領土争いの激化が原因だと、一般には言われている。
その疑いに気づいたわけでもないだろうが、男は少し息を切って、弁解を挟んできた。

「もちろん、彼の存在は秘されていました。
しかし、彼の最後の遺言が、大戦最大の激戦地を、このリリオットへと決定付けた事は確かです。
彼が遺したのは、常闇の精霊王の墓。その場所。『神霊』の眠る地。
大戦が終結した後、大国同士の牽制によって、半ば空白地帯と化したリリオットで、
神霊の探索を引き継いだのは、土着の氏族であったセブンハウスでした。
しかし苦労の末、一つ目の神霊を掘り出した彼らですが、そこで決定的な誤算を犯してしまいます。
あまりの巨大さから分割して精製を試みたものの、『神霊』の精製は失敗。
エフェクティヴの妨害作戦もあり、それは最悪の暴走事故を引き起こして終わりました。
・・・そう、すでに神霊は一度掘り出されていたのですよ。
しかし、その精製の難しさゆえ、誰も使うことができなかったのです」


[494] 2012/06/16 20:40:59
【夢路24】 by さまんさ

初めてエフェクティヴの本部に連れてこられたとき、私は笑わない子供だったらしい。
しかし「食い意地が張ってるのは変わらなかった」とは上司の談だ。

「はいよ。昼メシだよ」
私は首を横に振った。
「いらないのかい?だめだよ食事はちゃんととらなくちゃ。あんたは、これからリリオットのために戦う戦士になるんだからね」
「・・・・おばちゃん、足りない」
ぺしん。殴られた。
「アホ!よく見な!人が大盛りついでやったのに何言ってんだ!そんであたしは『お姉さん』だ訂正しな!」
「だって足りないもん・・おなかすいちゃう」
「同じなの!みーんなおなかすいてんの!あんただけ贅沢言ったってダメー!」
私はなおも首を振る。盆の上には大盛りのごはんに肉ともやしの炒めものに野菜のスープ。ママのごはん(※)よりもよっぽど豪華で美味しそうだったが、
「足りないの。私、二人分食べなきゃいけないんだから」
「・・二人分?」
「二人分。」
そもそも、私がエフェクティヴの人に着いてきたのだって「お腹いっぱいごはんが食べられる」と言われたからだった。これでは、約束が違う。
「約束を守らないなら、私出て行くからね。」

※…具なしカレー、具なしチャーハンなど


「―――妊娠してる?」
「そうみたいです。それで食事をもっと寄越せと要求しています。」
「方針は決まってるだろう。堕ろさせろ。規則で決まってるんだ、例外は認められない。」
「そんなこと言ったら出て行っちゃいますよ」
「騙して薬か何か飲ませればいいだろう。それだけ食い意地が張ってるなら簡単なことじゃないか」
「しかし・・あれじゃ子供が死んだら自殺しかねない勢いですよ。」
「ふむ。」
「せっかく手に入れた《獏》を手放すのはちょっと、惜しいかと」
「そうだなあ・・」


ある日、私は小さな部屋に連れて来られた。部屋というか汚らしい倉庫みたいな場所だったが
ガチャン。

「何?鍵?」
部屋には一人だった。外から声がする。
『そうだ、鍵をかけた。私の命令に従えばすぐに開けてやる』
「なによ!?」
『自分の"糸"を取り除け』
「な、なに・・なんで?」
『お前は人の体から糸が見れるらしいが、それはお前にしか見れないんだ。だからそれを取り除けるのもお前だけだ』
「いやよ。なんでよ。」
『そうだな、罰則だ。お前は少し反抗的すぎる』
「意味わかんない。出して!」
『私だって辛いんだ。糸を取るのが嫌なら、そこで餓死しろ、出来るものならな』

勿論出来るわけがなかった。私は自分の能力が与える影響すらよく知らなかったのだ。結局のところそれが正義の味方を自称する集団のやり方だったわけだが、しかし、私は当時の記憶をまるまる失っている。上司から受けた仕打ちも自分に赤ちゃんがいたことも覚えていない。
そしてあの日以来、自分の体から"糸"が見えたことは一度もない。


[495] 2012/06/16 20:56:45
【マックオート・グラキエス 36 ソフィアの導き】 by オトカム

人の死とは何によって定義されるのか。
マックオートはそのような哲学に詳しいわけではない。しかし、目の前のソフィアが”ここにはいない”と感じ、
”君はソフィアだ”と断言しても自分でそれが納得できなかった。
その悲しみは涙となって現れた。

黒髪の少女はえぬえむと名乗った。
ソフィアを宿まで運ぶ道すがら、ダウトフォレストの事や泥水が襲撃にあったことを聞いた。
そういえば、レストの偽物探しも何も手をつけられていないと思ったマックオートだった。

***

日も暮れて、宿の部屋をひとつ借りた。周りは女の子ばかりだが、マックオートの就寝は別の部屋があるという。
「せいれい。せいれいが いっぱい とんでる」
ソフィアは言葉を忘れたわけではないようだが、記憶や人格は消えた様子だった。
紙を折って鶴を作ってみせても、何も反応しない。むしろえぬえむが驚いていた。
「……そうあたかもそれは神霊よりも遥かに絶大なひとつの精霊であるかのように街は呼吸し鼓動し活動し続ける」
「……ソフィアちゃん?」
マックオートは急に口調を変えたソフィアに驚いた。まだ彼女は安定していないらしい。
「そうだ、えぬえむちゃんには話しておかないと」
「私に?」
不意にえぬえむの黒髪が見えたマックオートは昨日のダザを思い出した。
「今、この街に黒髪ばかり狙って殺してる奴がいる。ブラシを持った、義足の男だ。えぬえむちゃんも気を付けるんだ」
夜も遅い。ダザが黒髪殺しをするなら今が一番のチャンスだろう。
「黒髪狙い、ってことは犯人はヘレン教徒なの?」
「そんな!」
ソラが辛そうな顔をして叫んだ。
「いや、彼とは互いの名前を知っている仲だけど、彼はヘレン教とは接点がないと思う。彼は清掃員で・・・」
「あっち だね」
会話を遮ってソフィアが話した。ふとみると、両手にエーデルワイスともうひとつ、黒い剣を持っている。
「って、ちょっと、ソフィアさん?!」
ソラが呼び止めようとしたが、ソフィアは構わずに走りだした。えぬえむはとっさに後を追いかけていく。
マックオートはソラの目を見た。彼女も追いかけるつもりのようだ。当然、マックオートもそのつもりだ。

***

「……情報の収集、変換、放出。エーデルワイスとマルグレーテ。これらを情報干渉用端末として。流用」
ソラとマックオートが追いついた頃には、ソフィアとえぬえむはダザを見つけていた。


[496] 2012/06/16 21:37:33
【リューシャ:第三十三夜「誇りの刀」】 by やさか

工房を出たリューシャをつけてくる影がある。
ダザ……ではない。彼なら多分、声をかけてくるだろう。
ため息をついてリューシャが振り返ると、そこにいたのはエフェクティヴの男の一人だった。

「……みんなは甘い顔をしていたが、組織の符丁を外部の人間が知っているなんてのは許されない」

言った男の手には精霊武器。質はそこまで高くない。
向けられた敵意に、リューシャはシャンタールに手を伸ばす。

「お前の選択肢はふたつだ。協力するか、死ぬか……どちらか選んでもらう」
「残念、どちらもお断りよ」
「では死ね!」

交渉の余地なし。
剣を抜いた男に応え、リューシャもまたシャンタールの鞘を払った。

蒼い刀身から放出される冷気に、周辺の水分が白煙と化す。
音高く鋼と氷が打ち合わされる。一合。二合。打ち合わすたびに鋼が欠ける。
精霊加工を施してなお、刀剣としての格が違う。そしてそれを振るう者の、職人としての誇りの高さが違う。

剣士に負けることはあろう。術者に負けることもあろう。路傍の子供に負けることさえあるかもしれない。
それでもリューシャは誇りにかけて、手段として武器を作る者には、けっして負けない。

やがて、ぎぃん、と男の剣が半ばから折れ飛んだ。
相手の武器を叩き折ってなお刃こぼれひとつない切ッ先が、男の首に突きつけられる。

「……そのへんにしといたらどうじゃ?」

だがそこで、掛けられた声にリューシャの手が止まった。
刃をそのままにそちらに目をやる。
白いローブの少年。……エフェクティヴではない。空気が違った。

「儂はウォレス・ザ・ウィルレスじゃ……と言っても、見たところおぬしは旅人じゃから知らんじゃろうな。
 すまんが儂は今、少々エフェクティヴに用があってな。
 おぬしがどうしてもそいつを殺したいというのでなければ、その男を譲り受けたいんじゃが」

もちろんそれなりの対価を払おう、とウォレスは言う。
リューシャはウォレスをちらりと一瞥すると、男に突きつけていた刃をくるりと返し、その峰で男を殴りつけて意識を奪った。

「おお、ありがたいのう」
「……お役に立てたならなにより」

リューシャは、ひょいと肩をすくめてシャンタールを納刀する。

「対価は……そうじゃな、金を求めているわけではなかろう?その刀について、というのはどうじゃ?」
「……面白いわね。あなたに何がわかるの?」

製作者のリューシャに、シャンタールの何を教えてくれるというのか。
興味をそそられて、ウォレスに向き直る。

「儂はこれでも三百年生きた魔法使いでな。妖刀や魔剣も見慣れておる。その刀のような、主を求める剣もな」
「……なるほど?」
「どうやら対価として足るようじゃな。では教えよう。……見たところ、そいつはもう主を決めておる」

誰だかまではわからんが、心当たりはあるかね?
そう笑ったウォレスに、リューシャは口をつぐんだ。

……誰のことだ、それは?


[497] 2012/06/16 22:23:15
【ダザ・クーリクス:31 逃走本能】 by taka

「そ、そこまでよ!」

ダザと包丁を握り締めて怯えているマーヤが対峙している時、たどたどしい少女の声が響いた。
声のした方をダザとマーヤが見ると、屋根の上に不思議な格好を少女が立っていた。

「とりゃああ!」
少女は屋根の上からダザに向かって飛び蹴りをする。

ダザは咄嗟に身をかわす。少女はダザの方を向き、指を指す。

「あ、あなたが黒髪殺人の犯人ね!わ、私の目は全ての悪を通さない!」
やはり、言い方がたどたどしい。誰かに言わされているかのようだ。

そうして、よく分からないポーズを決めて
「せ、聖なる正義の戦士、ホーリーバイオレット?華麗に参上!」
と名乗り上げた。

「な、なんだテメェは!変な格好しやがって!」

「へ、変って言うな!黒髪連続殺人犯め、私が退治してやるんだから!」
そう言うと、バイオレットは腕を前に構え、戦闘態勢をとる。

「チッ、邪魔するなら黒髪じゃなくても容赦しねぇーぞ?」
ダザはブラシを振りかぶり、バイオレットに向かって殴りかかる。
バイオレットはダザのブラシを素手でパシッと受け止め、カウンターでダザの腹に鉄拳を殴り込む。

ダザは後ろに吹き飛ぶ。

「くっ、オレの攻撃を受け止めるとは、タダの服じゃなさそうだな。」
「伊達や酔狂でこんな格好してるわけじゃないよ!」
「そうかよ。ならばこれでどうだ。」

ダザはブラシと義足を使った連続攻撃を行う。
バイオレットはなんとか防御をしていくが、徐々に間に合わなくなってくる。
「うっ、・・・っと!くっ!あ、きゃあああ!」
最後にはダザの義足蹴りが命中し吹き飛ばされる。
バイオレットは飛ばされた衝撃で目を回してしまう。

「ふぅ・・・。手こずらさせやがって。」
ダザは止めを刺そうと近づく。
と、その時、ダザとバイオレットの戦いを呆然と見ていただけのマーヤが
バイオレットを護ろうと立ちふさがる。
恐怖でガタガタ震えているが、持っている包丁は相変わらず怪しく光っている。

(おにぃ・・・私に勇気を・・・!)
マーヤはダザを睨みつける。包丁の光は強さを増し、ダザの傷口から再び体力が吸う。

遠くから、大勢が移動する足音が聞こえだす。
騒ぎが大きくなりすぎて公騎士団が出動したようだ。

「っち、公騎士団か。めんどくせぇなぁ・・・。」

ダザは、後ろに飛びマーヤと間合いを取ると
「次は殺すからな。後ろの女にも伝えとけ!」
そう捨て台詞を言って去っていった。

「・・・う?公騎士団?やばい!?」
バイオレットが目を覚ます。
「だ、大丈夫ですか?」
「あ、はい。ありがとうございます。逆に助けられましたね・・・。じゃ、じゃあ、わたし急ぐので!」
そういう言うとバイオレットも走って去っていった。

一人残されたマーヤは、包丁を見つめていた。
(ありがとう、おにぃ・・・)


[498] 2012/06/16 22:33:14
【ヴィジャ:06 言葉】 by やべえ

 多くを知ることは、多くを背負うこと。
 与える以上に奪われる。
「何者かによる精神操作、自刃に見せかけた暗殺。根拠のない憶測は飛び交っているようだけど事実は揺らがない。クックロビン卿は死に、ジフロマーシャとペルシャを結びつけるものは失われた」
 彼女の言葉には確かな重みがあった。

 *

「では、カガリヤが保護してください」
 ヴィジャは大真面目にそう言った。
 腰のポーチを外すと、中身をテーブルに並べていく。古びた金貨や装飾品……それらは水晶の檻で同じ時を過ごした、ヴィジャの一部だった。
 ポーチが空っぽになると今度は服のポケットに手を入れる。いくつかの宝石と硬貨、そして指輪が一つ、テーブルに加わった。
「依頼料です」
「ヴィジャ、よく聞いて」
 着替えを終えたカガリヤは、子供に言い聞かせるような口調で言う。
「私はジフロマーシャの人間よ。本家が協力しないなら、私に出来ることはほとんど無い。それはお金や言葉ではどうにもならない問題なの」
「カガリヤはクックロビンなのですか?」
「違うわ。あなたには私が、白髪まじりの黒髪で、居丈高で、白痴で、腹黒で、口を開く度に雑言と唾液を撒き散らす中年の男性に見える?」
 ヴィジャはふるふると首を振った。
 カガリヤはそれを見て、少しだけ表情を緩めた。
「いい子ね」
「……でも、それなら。カガリヤのことはカガリヤが決めるべきです」
「私は世界を観測する。でも、観測者は私だけじゃない。私自身もまた、観測されている」
 彼女は淡々と述べる。
「ヴィジャ。あなたが妙な行動を取れば、本家は事態を収拾しに来るわ。今はまだ、判断を留保しているようだけど、私と長く居ればそれだけ危険が増えるの。あなたにも、私にも」
 カガリヤの言葉を理解するのは難しかった。額面通りに受け取れば、今すぐにここを離れるべきに思えた。
 観測者。ジフロマーシャを構成する部品。
 彼女が意志を露わにしないのは、観測を恐れているからなのか――それとも。
 言葉が見つからない。
「この指輪」
 カガリヤはテーブルの端、銀細工の指輪を手に取った。
「ミゼルが置いていった物です。指輪に限った話ではありませんが」
「暗号文字が彫り込んであるようね。私には読めないけれど、解読できる人物には心当たりがある」
 段々と、風景が遠のいていくような錯覚に襲われる。
「案内するわ。その後はあなたの好きなようにしなさい」
「僕の、好きなように」
 椅子が、指輪が、外套が、天井が、彼女が。離れていく。
「指輪の謎を追ってもいいし、クックロビン卿の死の真相を探るのもいい。ペルシャへ行けばあなたを知る者がいるかもしれない。もちろん、元いた場所へ帰って何もせずに過ごすのも……ヴィジャ、あなたの自由よ」
 自由。
 書物によれば、それは束縛からの解放を意味する素晴らしい言葉だ。
 だが、それが訪れた時、ヴィジャはまた一人ぼっちになるのだろう。
 時は刻々と迫ってくる。秒針が心を削っていく。
 数えたくないと思ったのは初めてだった。


[499] 2012/06/17 08:49:05
【【アスカ 29 生きるたびと、死のたびの唄】】 by drau

「ちょっと貰ってくね」
呻く贄の群れを掻き分け、手ごろな巨木をさすりながら話しかけた後、優しく抱きついた。
ミチミチと片腕に締め付けられる其れはツリーフォークだったが、両者に抵抗は無かった。光が浮かび上がる。
「ごちそうさま♪……ねぇアルケー、さん?アルケーん?まず傷を治療して、千切れたこの腕と耳もくっつけて?調べるのに不便だから」
腕に持った腕をエルフに突き付ける。
「傷を癒すのであれば奥の泉へ向かえ。しばらく浸かる事で再び肉体も繋がるだろう」
指差す方に向かうと、底の見えない暗い泉があった。
「うわぁ、冷っこい……うー、でも気持ちいい……ふぅー、エルフの森で水浴び、だよー」
ソフィアに止血してもらった傷口が動き出し塞がっていく。これは便利だ。生命力の濃縮したこの泉だけで、充分ヒトを引き寄せる魔力を持つ。
エルフも外敵から身を守るのに必死になるだろう。その結果、潜在的な敵意を更に産み付けていくわけだが。
「うん?何か今当たった、だよー?」
潜って見ると、ヒトや獣の形をした骨が複数体、ゆらゆらと身をくねらせて踊っている。髑髏の口元は笑っている。アスカは無言で、身を引いた。
ここは、この森の口なのだろうか。
贄は何らかの目的に使われた後、用無しとなればここに沈められるのかもしれない。
「ボクは、かつての、生贄の血をすすっているんだね」
森の目を仰いで、一人納得する。腕や耳も、ちょうどくっついていた。
アスカは何か思い立ったのか、泉の水を飲んだ。嗚咽しそうだ。命が入っていく。潔癖故の半端な拒絶を無視し、無残な結末の恩恵に必要以上にあやかる。
そして咳き込みながら歌いだした。歌詞はない。
雄叫びのようで、囁きのような。リズムも定まって無い無茶苦茶な波紋。伝えたいのは気持ちだけだ。
良くわからない、このもやもやだけだ。あぁ、皆さんの命を貰っていきます。皆さんの嘆きを貪っていきます。とても、苦いですが、美味しいです。こんな虚しさ、大嫌いです。皆、皆、大嫌いです。貴方を好きになりたい。世界を好きになりたい。もっと世界を見たい。正当化したい。ボクになりたい。

――生きよう。せめて生きて、目的を遂げよう。彼らの分まで。ボクの為に。何かの為に。この命達を使って。



エルフから“ある情報”を得た後、町に戻ると深夜を既に越えていた。辺りは静まり返り、人通りも無い。
不穏な動きで思い当たるのは、ペルシャとジフロマーシャ、ラクリシャだ。猫目の件を考えると、まずペルシャ家に向かった方がいいのかもしれない。
不眠でアスカの探索劇は動き始めた。これから、アスカとこの街のエフェクトが始めて深く関わることになる。いや、ならねばならない。

――ボクの旅の、始まり。


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