[0-773]
HP72/知8/技4
・ウンちゃん/54/0/12 回復
・ノムさん/0/78/13
・ジンすけ/40/0/13 防御無視
・サラぴー/8/6/6 炎熱
・シェイどん/0/30/5
・ウィルお/4/0/1
・ルナっぺ/12/0/9 防御無視封印
・ドリこ/24/0/12 炎熱防御無視
・『相手の残りHP≦40』かつ、
『自分の残りHP>相手の技術×13』であれば『ジンすけ』を使う。
・『相手の残りHP≦24×(100+経過カウント)÷100(端数切捨て)』かつ、
『自分の残りHP>相手の技術×12』であれば『ドリこ』を使う。
・相手が何も構えていない時、
相手の最新同時選択スキルの攻撃力が1以上かつ、行動ウェイトが1なら『シェイどん』を使い、
経過カウントが400以上であれば『サラぴー』を使い、
さもなくば『ウィルお』を使う。
・相手が防御無視かつ、相手の残りウェイトが12の時、
『相手の残りHP>44』であれば『ウンちゃん』を使う。
・相手が防御無視なら『ウィルお』を使う。
・相手が攻撃力31以上の回復でないスキルを構えている時、
相手の残りウェイトが13以下であれば『ノムさん』を使う。
・相手が攻撃力10以上の回復でないスキルを構えている時、
相手の残りウェイトが5以下であれば『シェイどん』を使う。
・相手が攻撃力0、もしくは回復のスキルを構えている時、
『相手の残りウェイト≧12』かつ『経過カウント≧70』であれば『ドリこ』を使い、
『相手の残りウェイト≧13』であれば『ジンすけ』を使う。
・『相手の残りウェイト≧12』かつ『自分のHP≦36』なら『ウンちゃん』を使う。
・『経過カウント≧400』なら『サラぴー』を使う。
・『相手の残りウェイト≧5』なら『ルナっぺ』を使う。
・さもなくば『シェイどん』を使う。
13歳。男。
エフェクティヴに所属する精霊精製作業員。
採掘直後の精霊は俗に粗霊(アラレ)と呼ばれ、
精製作業を行うことで一般に使用可能な精霊となる。
オシロはエフェクティヴが抱える非正規の精製技術者で、
幼いながらも見よう見まねで高いレベルの精製技術を習得している。
その独特の感性から精製された精霊はクセも強いがコストパフォーマンスに優れ、
精霊資源の乏しいエフェクティヴで珍重されている。
好奇心旺盛かつ非常に楽天的な性格で、大人たちに混じって軽口を叩くこともしばしば。
両親、祖父母共にエフェクティヴとしての活動中に命を落とし、
7歳の頃からエフェクティヴの老精製作業員に育てられているが、
自身の才能が評価され、生活待遇が向上した現状にとても満足している。
(詳細データ)
・人間・身長153cm・体重50kg・血液型O型・双子座・少し色白・髪色はグレー
・頭の後に工具ポシェットを巻きつけている・改造オーバーオール着用
・都市中心部を離れた寒村在住・近隣にエフェクティヴの隠れ基地の一つがある
・エフェクティヴの所属意識は低い・好物はサツマイモの茎の甘煮とビール
・スキルはコブシ大程度の精霊を込めた8つの人形を使う。
人形の外見は某聖剣伝説2に登場する8体の精霊をモデルにしている。
使用時には背中のボタンを押すだけで、特に人形が動いたり喋ったりはしない。
獣男
ツイッター urauraurauraura
板張りの床に、朝日が落ちているのを見て目を覚ます。
オシロは倒れるように床に眠っていた。
村外れの崖に掘られた横穴に、
半分埋った小さな木造小屋がオシロの仕事場だった。
「あと二日か・・・」
任された精霊の精製期限を一人ごちて、オシロはのろのろと食糧庫へ向かった。
精霊の精製。
それは採掘された直後の精霊に、
使いやすいよう前処理を施す作業のことを指す。
精製前の精霊は、精製作業者の間で俗に粗霊(アラレ)と呼ばれ、
一般に流通する精製済みの精霊とは区別された。
公式の精霊販売元であるソウルスミスは、一定の精製品質を保証していたが、
それだけに精霊の価格は貧困層に容易に手が出ないものとなっており、
持たざる彼らが手にできるのは、非合法な入手手段による粗悪な粗霊(アラレ)に限られた。
必然的に貧しい者は、精霊の精製を自身の手で行うことになる・・・。
食糧庫へ行く間にある、もう一つの作業小屋から人の気配を感じて、
オシロはわずかに足を止めた。
「じーちゃん、朝飯取ってこようか?」
「ああ、頼む」
小屋から返ってきた返事は、いかにも疲労困憊した老人の声だった。
オシロの育ての親であり、精霊精製の師でもある、老精製技師ベトスコである。
「年なんだから、ちょっとは寝ろよ」
「ああ」
気のない返事の後、微妙な間を空けてベトスコはもう一言付け足した。
「寝てるよ」
ハァ、と呆れながらオシロは足を進めた。
オシロが所属する反体制組織、エフェクティヴでは、
配給制による構成員の最低限の食事を保証していた。
オシロやベトスコが使っている作業小屋もエフェクティヴの提供物である。
「イモ茎、イモ茎・・・、豆パン、豆パン・・・」
鼻歌のような独り言を呟きつつ、古びた棚から二人分の朝食を取り出していく。
「おはよう」
突然背後からかけられた挨拶に、オシロはびくりと手を止めた。
「あ、基地長」
「配給表は守っているか?お前はランク5のはずだろう」
声の主はこのエフェクティブ基地を指揮する基地長だった。
エフェクティブの隠れ基地は、いくつもの小村に付属する形で散在しており、
それぞれに駐屯する中隊を基地長が指揮する形式を取っていた。
「いや、じーちゃんよりいいものを貰うのもどうかな、って思って・・・」
「遠慮か。なかなか愁傷な奴だ」
粗末な皿一枚に食糧を乗せ、オシロは入り口に立つ基地長の横を抜けた。
再び朝日に当てられて、視界が一瞬白む。
「それより例の精霊は順調か?期限は明日か・・・、くらいのはずだったが」
「提出は明後日です。ま、何とかなりそうですね」
内心、本当か?と自分で自分に問いかけつつ、
オシロは自分よりランクが下になってしまった、徹夜がちの師の元へと朝食を運んだ。
その日の深夜、村の隅の古びた納屋で、
エフェクティヴの定期報告会が行われた。
「納められる精霊は以上です」
オシロの師、ベトスコが精製が完了した精霊を報告すると、
次に基地長が長めの書簡を持って立ち上がった。
「セブンハウスに動きがあった」
一瞬、30人近く集まった構成員の間でざわめきが起こる。
「セブンハウスの一家、ジフロマーシャの主催で、精霊精製競技会が行われるらしい。
参加者をリリオット全域から募集しており、優秀者は当家の精製作業員に抜擢するとのこと。
エフェクティヴの三将軍はこれを『神霊』の採掘が完了する準備段階と判断した。
ひいては、構成員の中から見込みのある精製技師を参加させ、
可能であれば内部より諜報を行えとの指令である」
「『神霊』とは?」
精悍な青年が律儀に手を上げて質問を発する。
「セブンハウスが3年かけて発掘している精霊だよ。とてつもなく巨大な、な。
最初はただの噂話でしかなかったが、ここ最近になってようやく存在が現実視され始めた。
こいつがいよいよ発掘されるとなると、確かにその精製もかつてない規模になる」
基地長のその説明には、傾聴する者はほとんどいなかった。
世情に疎い構成員か新人でもなければ、大抵の者が耳に挟むような話である。
「ではベトスコを送るのですか?」
「彼はさすがに年だろう」
「ドロッセンはどうだ?」
「あいつはもう抜けたがっている。娘夫婦について西区へ行く気だよ」
口々に候補者の精製技師が挙げられ、そして否定されていった。
それは、当然といえば当然だった。
正統な理論を学び、一線で評価されるような技術を習得しているのなら、
そもそも不満の代弁者たるエフェクティヴに参加などしない。
「オシロは?」
いくらか静かになった頃合に、そう問いを発したのは基地長だった。
「この基地で公式資格を持つ参加者に対抗できる候補を探すのは無理だ。
このままでは、該当者なしとして返答せねばならんが、
どうせなら駄目元であいつを送ってみるのも面白い。将来性を買われる可能性もある」
静まりかえった納屋には、あえて反論する構成員はいないようだった。
が、一人ずれたテンポで老人が口を開く。
「あの子は人前に出せません。両親が現れる可能性があります」
発言者はオシロの育ての親、ベトスコだった。
「なに?確かあいつの両親は、二人ともエフェクティヴだったのではないのか?
しかも共に死亡していると聞いているぞ」
「・・・・・・」
ベトスコはそれ以上何も喋ろうとはせず、
報告会は結局、該当者なしとして返答を決定し、閉会した。
その少し離れた崖下の小屋では、
オシロが一人、徹夜で仕上げの精製作業を行っていた。
朝も近い、静まり返った深夜。
オシロは一人、作業場で時計の秒針を凝視していた。
そして素早く火かき棒を精霊釜の奥に突き入れ、ゆっくりと金属の容器を引っぱり出す。
容器を完全に釜から出し終わると、オシロは汗だくの額をぬぐって大きく息を吐いた。
「カン、ペキ」
残しておいた最後のビールを飲み干し、オシロはそのまま寝転がろうと作業台にコップを置いた。
その直後。
ボッ ドドーーーンッッ!!
大爆発が起こった。
オシロの頭には一瞬、『暴走』の二文字が浮かんだ。
精霊の精製中、何らかの誤作動によって精霊が暴走し、
命を落とす精製技師が後を絶たないと、師は繰り返し忠告していた・・・。
しかし、作業場の壁へ逆さに叩きつけられたオシロが見た光景は、
燃え上がる木造の小屋ではなく、たった今精製し終わったばかりの精霊が、
微かに光りながら宙に浮かぶ姿だった。
「なんてこったああーー!」
爆音に重なってそんな声が聞こえた気がした。
そう思っている間にも、壁に押し付けられていたオシロの体が重力に負けて落下する。
「いてっ」
「誰だ!」
威圧的な声は、精霊から発声されていた。
「精霊か?精霊が喋ってるのか?」
混乱したオシロは、誰に向けるでもなく、思ったことをつい口に出してしまった。
「うるせぇ!俺を精霊と呼ぶな!
ちっくしょう〜、ウジ虫どもが姑息な悪知恵を働かせやがってぇ・・・。
俺が精霊になっちまうとはよぉ〜、笑えねえ。悪夢だぜ・・・」
言葉を発する精霊は、その語調とは裏腹に、穏かに光り、虚空を上下していた。
「おい、餓鬼。俺を再生したのはお前か?答えろ」
喋る精霊はどうやらオシロを認識し、詰問しているようだった。
「再生、っていうか、精製はした。精霊が喋るなんて聞いたこともないけど」
「ちっ。てことは、精霊の再生も忘れられるほど、時代が過ぎちまったってことか。
奴らも死んじまったのかよ・・・。それとも、ここがとんでもねえド田舎なのか?」
オシロは立ち上がって精霊に近づいてみた。周囲を見ると、思ったほど荒れてはいない。
精霊の周囲で爆風のようなものが起こったのだと、オシロは推察した。
「おい、餓鬼。低劣かつ見るからにお稚児野郎のお前に、
俺様が金にも等しい古代の知識を与えてやろう。脳蓋をかっさばいて聞け。
精霊とは、精神の化石だ。畜生動物では持てない、人間様の上等の精神が堆積し、
奇跡的な物理的、霊的条件を経て初めて結晶する魂の宝石だ。
正しい手順をもって再構築を行えば、過去の精神を再生することすら可能となる」
状況の混乱とは裏腹に、その言葉は驚くほど明瞭にオシロの頭に入ってきた。
懐疑を口にする前に、思わず聞き入ってしまう。
「そして俺が『常闇の精霊王』。暗黒を制し、精霊を統べた百虐の魔王だ。
光栄に思うがいい。俺の本体を再生するまで、お前のその薄汚い肉体を使ってやろう!!」
「え?」
反射的に思わず身構えたオシロだったが、つぶった目を恐る恐る開けてみても、
精霊は相変わらず穏かに浮遊しているだけだった。
拍子抜けした様子で精霊が呟く。
「あれ、動けん」
「コーティングしてあるから、駆動してもエネルギーは外に出ない」
「それじゃ精霊として使えねーじゃねーか!」
「外側から駆動すると自動的に解除される仕組み」
「それ、誰が考えたの?」
「僕。暴走対策に」
「すげーなお前」
「そう?」
それ以上何も言うことはなかったのか、単に間を取っているだけだったのか。
精霊が20秒ほど沈黙した次の瞬間には、
連日の強行軍で疲れ果てたオシロは、気づくと床に眠りこけてしまっていた。
例の精製の夜から目覚めた後、オシロを待っていたのは基地長からの尋問だった。
どうやらオシロが眠りに落ちてから、爆発音に気づいた基地長たちが作業場に駆けつけたらしく、
そこであの『トコなんとかの精霊王』とやらが、またしても大演説をかましたらしい。
オシロの証言を得た後、基地長は『トコなんとか』を二級機密扱いに指定。
上層部に報告後、直ちに搬送する予定となったのだった。
(ったく、大人はいっつも一番面白いとこだけ一人占めしようとするんだから。
・・・まあでも、精製失敗で弁償させられるよりマシか)
何度目かの全く同じ愚痴を心の中で呟きながら、オシロは酒場のボロ机の上で酔い潰れていた。
そこは仕事終わりに、オシロの育ての親であるベトスコがよく連れて行ってくれる、
村近くの安酒場だった。
オシロの暮らす小村のほとんどの住人は鉱夫であり、その全てがエフェクティヴの協力者でもある。
つまるところ、オシロもベトスコも彼らの口裏合わせによって鉱夫として村に住み着き、
実際は近隣の基地で精製作業を行うという日常を送っているのだった。
「・・・ダザ、おめぇ、エフェクティヴに入らねぇか?」
「何ですか?藪から棒に」
「すみません。オシロさんはおられますか?」
「・・・ちっ、何でこんな所にリソースガードが来るんだよ・・・」
ぼんやりと酒場の会話を聞いていたオシロだったが、
その声を聞いたとたん、がばりと起き上がり、入り口の扉の方へと頭をひっくり返した。
「レストさん!?」
オシロの視線の先には、緑髪の女性と、それに寄りかかる黒髪の男性の姿があった。
「ああ、オシロさん。夜分に申し訳ないのですが、他に頼れる所もなくて・・・。
知り合いの男性が疲労で倒れてしまわれたんですが、少し様子を見ておいて貰えないでしょうか?」
その緑髪の女性、レストは、そう言って肩をまわした男性の顔を見た。
ぐったりとした黒髪の男性は、顔色こそいいものの、
全身は泥まみれでまさに疲労困憊という状態であるのが見て取れる。
「はいもちろん、って言いたいんですけど・・・、じーちゃん?」
オシロは伺うように、一緒に来ていたベトスコの顔を覗いた。
オシロもベトスコも、レストとは面識があったが、
彼女は、彼らがエフェクティヴであることを知らないはずだった。
それは当然でもあり、彼女が属するリソースガードとエフェクティヴは、
場合によっては互いの利害をぶつけて争い合う敵同士なのである。
「かまわんよ。その黒髪の坊主も随分苦労したんだろう。ここで一泊させていけばいい」
「ありがとうございます。私はもう少しやることがあるのですが、
今夜中には必ずもう一度訪ねますので。よろしくお願いします」
「ああ待って、レストさん!」
店から出ようとしたレストを、オシロは慌てて引き止めた。
駆け寄ってポケットから精霊を握ったまま取り出すと、それをそっとレストのポーチに滑り込ませる。
「余りものですけど。お代はまた今度ビールでもおごって下さい」
「いつもすみません。でもこれ、本当はもっと価値のあるものなのでは・・・」
「いえいえ、全然、全く。あ、そうだ。この間、すごく面白いことがあったんです。
今度、ぜひ聞いてくださいね。本当は言っちゃいけないんですけど」
苦笑いをしながら出て行くレストを見送った後、オシロは横になった黒髪の男性を見下ろすと、
ニコニコしながらその両足を抱えて店の奥へと引きずっていった。
オシロの所属するエフェクティヴ基地。
その精霊保管庫に、運送用に梱包された精霊が一つ置かれていた。
魔王を自称する喋る精霊、『常闇の精霊王』である。
その表面にはさらに厚く対暴走コーティングが施され、
いかに内部から精霊エネルギーを駆動しようとも、発動できないよう封印されていた。
はずだった。
しかし、精霊の内部に、ほんの僅かな不純物が残っていたのである。
パンジーの花粉。その細胞を精霊エネルギーで強化し、
物理的に対暴走コーティングを破壊することは、『常闇の精霊王』にとって難しいことではなかった。
めきめき・・・ ずんっ!
「!?」
保管庫の前で番をしていたエフェクティヴ構成員は異常な音に気づくと、
すぐに鍵を開け、保管庫の内部を確認した。
「うわ・・・!」
保管庫から飛び出した緑色のツタが、構成員の口めがけて飛び込む。
直径10cmはあろうかという太さが、彼から声を出す権利を迅速に奪った。
「わざわざ俺を精霊と一緒に置いておくとはな。
やはり人間全てが小賢しくなったというわけではないらしい」
パンジーと同化した『常闇の精霊王』が、虚空に向かって告げる。
保管庫の中はもはや原形をとどめておらず、安置されていた精霊は全てツタに突き破られ、
無数に絡まりあった太い茎が庫内をバタバタと跳ねまわっていた。
「殺しはせん。せいぜいあのクソ生意気な餓鬼のご機嫌でも取ってやるさ」
構成員の口内にガスが噴出され、精霊で強化されたパンジー内で合成された化学物質が、
すぐさま構成員からその意識を奪った。
「もっとも、24時間から先は命の保障はできないが」
「なあ、なんか変じゃないか?」
清掃員姿の男、ダザがそう唐突に呟いた。
「ぎく」
その真横にいた占い師のような格好をした女性、夢路がむせ返る。
「静かすぎる。それにこの感じ、いつも尾行がばれて、見つかった時の空気と同じなんだよな」
「確かに、いつからでしょう。フロアの方から声が全く聞こえません」
緑髪の女性、レストはそう言うと、立ち上がって酒場のフロアへ続く扉へと手をかけた。
ドガァッ!!
その瞬間、レストが手をかけていた扉が吹き飛んだ。
レストも同様に吹き飛ばされたが、器用に空中で反転して、
たまたま後ろにいた黒髪の男、マックオートの上に着地する。
「むぎゃ!」
そんな悲鳴が聞こえると同時に、扉の壊れた入り口からレストめがけて緑色のツタが突出した。
体勢の崩れたレストは咄嗟の反応が間に合わず、覚悟を決めて歯を食いしばったが、
あと瞬き一つ遅れればレストに達するというタイミングで、その足元から突き出された剣がツタを切り落とした。
「アやぁスファらぁかス」
レストに踏まれながら剣を握るその男がそう呟くと、ツタの切り口が瞬時に凍結して枯死する。
「ずいぶん精霊武器が集まってるじゃねえか」
静まり返った酒場のフロアから姿を現したのは、巨大なパンジーの花だった。
無数の太いツタを従えながら、オシロ達のいる部屋へと侵入してくる。
「この声・・・。もしかして、トコヤミさん?」
恐る恐るオシロが聞く。
「そうだ。ずいぶん探したぞ?おかげで最初に眠らせた奴の残り時間はぐんと減っちまった」
「何このビオランテ、オシロ君の知り合いなの?」
夢路が興味津々の顔をしてオシロの方を向く。
「えーっと、どこまで話していいんだっけ・・・。基地長、厳重管理してたんじゃないんですかぁ〜・・・」
混乱とアルコールで回らなくなった頭を抱えて、オシロは天井を見上げて嘆いた。
「ま、お前らには関係のないことだ。餓鬼、これからお前を連れて行く。
この地のどこかに未だ眠る俺の本体の再生を手伝ってもらうぞ。ゴネるのは無しだ。
俺を置いていた施設、この酒場の客。今は寝ているが、お前の返事次第じゃ全員が死ぬ」
「おいおい、なんだって?」
清掃員姿の男がブラシを構えて巨大パンジーを睨みつけた。
「お前らには関係ないと言っただろうが。
俺とて精霊師と無駄に立ち回って、消耗してもつまらん。だが――」
さらに多くのツタが部屋に入り込んで、一層激しく動き回り始める。
「そこの餓鬼を守る、ってんなら、その限りじゃねえ。
さあ・・・、どうする?」
==========<参考データ>==========
あくまで強制力のない仮想スペックですが、
一応の目安として巨大パンジーの強さを記載しておきます。
見た目からの判断や展開の参考に利用したりしなかったりして下さい。
「常闇の精霊王inパンジー」
性能:HP200/知6/技10
スキル:
・ツタの串/50/0/5
・ツタの鞭/30/15/12 封印 凍結 炎熱
・ツタの壁/0/75/5
・ツタ再生/180/0/15 回復
・麻酔ガス/30/0/9 混乱 防御無視
・余裕/0/0/15 防御無視×5
プラン:
・自分のHP≦50なら『ツタ再生』。
・相手のHP>80なら『ツタの串』。
・100カウントに一度だけ『ツタの鞭』。
・相手が攻撃力1以上なら『ツタの壁』。
・相手のHP>30なら『麻酔ガス』。
・さもなくば『余裕』。
(補足)
・プラン判定は一人一人個別に行い、攻撃は全て単体を対象とする。
・条件を満たす対象が複数存在する場合、最も残りHPの高い相手を選ぶ。
・残りHPが同じであればランダムに対象を決定する。
「では、何かわかったら『泥水』に伝言をお願いします」
そう言って、レストとダザ、そしてマックオートの三人は帰っていった。
白み始めた明け空を背に、オシロと夢路がそれを見送る。
「レストちゃんはたぶん気づいてるっポイよね。ダザはあれで結構鈍いからわからないけど」
「僕は夢路さんがエフェクティヴだったことの方がビックリですよ・・・」
レストの手でとどめを刺された巨大パンジーは、直後急速にしおれ、完全に活動を停止した。
それから手分けして周囲の被害を確認することになったのだが、
幸いなことに村の被害は酒場だけにとどまっている様だった。
その酒場の客も、10分ほどで最初の一人が回復し、その他ベトスコも含め、
全員が30分程度で意識を取り戻したことが確認された。
「どういうことだ!」
「やめろ、ここには部外者もいるんだぞ!」
事態が周囲に伝わり始めると、そうした口論がパンジーの残骸を横目に行われ始めた。
部外者とは明らかにレストらを指し、当事者とはエフェクティヴをかくまう鉱夫達と、
その協力に頼るエフェクティヴ構成員達のことだった。
エフェクティヴのミスによって住民に危険が及んだのであれば、その危うい信頼関係は簡単に崩壊しかねず、
反体制組織にとって住民の協力を失うことは、例外なくその活動の破綻を意味していた。
「すいません。採掘に関する守秘義務があるから、詳しくは言えないんです。
逆にソウルスミスから情報の流出を疑われた方が迷惑になっちゃうと思うんで、
今日のところはひとまずここにいない方がいいと思います。ごめんなさい」
パンジーの正体について言及するレスト達にも、オシロはそんな嘘で誤魔化すしかなかった。
「私はもうちょっと残っていこっかなー」
「夢路さん、無理言わないで下さいって・・・」
一人、異を唱えた夢路だったが、
その直後こっそりと小声でオシロに囁いて、それ以上の反論を黙らせた。
「私はこっち側だから、だいじょうぶい」
「うそでしょ」
三人を見送った後、基地の様子を確認に向かうベトスコ達について、夢路もその場を後にした。
『常闇の精霊王』の言葉を信じるなら、基地の方の被害も相当であるはずで、
実際、その時点まで基地からの帰還者はまだ一人もいなかった。
一方オシロは酒場に残り、その後片付けを手伝うことにした。
「でもなんで、よりによってパンジーなんだ?」
しおれた花弁の一枚を手に取り、オシロは誰に問うでもなく、そう一人ごちた。
パンジーはオシロの死んだ母親が、唯一オシロに残した思い出の花だったのだ。
この事件の原因が、その作業場に置かれたパンジーの鉢植であったことにオシロが気づくのは、
それからちょうど1秒後のことだった。
薄暗い巨大な空間にいくつもの微光が明滅していた。
そこに一人たたずむ女性が、中でもひときわ大きい光を見上げながら呟く。
「やっぱり誤反応じゃない。ここにも確かに『神霊』があるんだ」
その直後、大きく輝いていた光は、空中で溶ける様に消滅した。
セブンハウスの一家ラクリシャ。その本邸三階の奥、豪奢な執務室に、
同じくセブンハウス、ジフロマーシャが抱える第三精霊発掘顧問リット・プラークはいた。
「誰もが誤反応だと信じきっていました。しかし、ディバイン・スプライダー≪神霊探知測距≫は完全に正常です。
反応点は明らかな人為的経路を移動した後、昨晩の深夜に突然消滅したのです。この私の目の前で」
言い切るリットを前に、執務椅子に座る中年の男は疑惑の顔を見せる。
「考えられん。神霊の一部が流出しているというのか?そんな報告はないぞ。
含有量が低すぎる精霊はそのまま放出しているんだ。その反応だろう」
「いいえ、それはありません。反応が大きすぎる。大きすぎるんです。
何より、この観測データが正しければ、この神霊は我々の精製した神霊よりも、精製精度が高いことになるんです」
「そんな馬鹿な。それでは誤反応は確実ではないか」
「それを確かめに。反応のあるラボタ地区は御家の管轄地区ですので、
公騎士をお借りできないかと参じた次第であります」
「そう、か。まあいい、好きにしろ。私にはとても信じられんが」
「ありがとうございます」
リットはそう言って深々と礼をすると、静かに執務室を後にした。
その直後。
「私です」
執務室の男の胸ポケットに飾られた小さな精霊結晶から、若い男の声が響いた。
それまでの様子とは一転、執務室の男はぎくりとして、全身を強張らせて直立する。
「話を聞いていました。ラボタは精霊産出量も乏しい鉱夫の寒村地でしたよね。
そんな所で高精製精度の神霊が反応した。おかしいと思いませんか?
考えられる主な可能性は二つ。神霊の鉱脈そのものが飛び地していて、それが産出された。
もう一つは、放出された低含量の精霊から、誰かが神霊を濃縮精製した。
精製精度の反応から、可能性はまず後者に絞られます。となると誰が精製したのか。
我々が採掘した精霊は、ほぼ例外なく関連工房で精製されます。しかしラボタに工房など一つもない。
不正精製です。さらに鉱夫村はエフェクティヴの代表的な温床地の一つだ。
抱え込んだ精製技師にそこで精製を行わせていたとしても、不思議ではありません。
個人やヘレン教の隠れ工房の可能性もありますが、それならそれでいい。
しかしエフェクティヴだったなら、彼女は危険です。ヘレン教と違い、彼らにとって我々は明確な敵、ですからね」
息継ぎ一つするそぶりもなく、声はそこまで一気に喋り続けた。
その場にいないはずの相手を意識して、執務室の男は滑稽なほど直立不動で答える。
「いかが致しましょう?」
「スラッガー≪叩き屋≫を1ダースほど。彼女には知られずにつけて下さい。
公騎士の現場隊長がエフェクティヴの潜伏地と判断した場合、技術者を除き構成員全員をすみやかに皆殺し」
「は!?いや、それは・・・」
「殺すべきでない者を殺した時、それは後悔すればすみます。
しかし、殺すべき者を殺さなかった時、それは後悔だけではすみません。わかりますか?」
「しかし・・・、ですが・・・はい。わかりました、ムールド様。ご指示の通りに」
そう言うと男は再び執務椅子に座り、羊皮紙の命令書を取り出した。
「全然おわらーん」
ぐちゃぐちゃに荒らされた作業部屋を片付けながら、
オシロは投げやりにそう言い放った。
基地は死傷者数ゼロと大事には至らなかったが、
基地中を這い回ったツタは見事にあらゆる設備を滅茶苦茶に荒らしていた。
オシロは昼の配給の干した芋の茎を噛むと、片付けを一段落にして、
基地本館にあるエフェクティヴの資料室へと向かった。
エフェクティヴのブラックリスト。
エフェクティヴ基地に最低一冊は配備されているという、
敵対勢力の危険人物をピックアップして、まとめられたリストである。
そこにはオシロが噂でしか聞いたことのないような、
そうそうたるメンバーが名前を連ねていた。
七家筆頭騎士団長たるリリオットの守護神、マカロニ・グラタン。
その妻であり一角騎士団を率いる罪人追い≪クライムトレーサー≫、チーズ・フォンデュ。
ソウルスミス擁する秘密諜報機関エレメンタルの最終兵器、ハッサン・フィスト。
ヘレン教会が最もヘレンに近づいたと崇める不出の少女、ヘルミオネ。
SSランクと呼ばれるそんな化物たちが載ったページをいくらかめくると、
ふと見知った名前を発見してオシロは手を止めた。
精霊食いのレスト。
(レストさんはしょうがないんだ。高価な精霊が必要なんだから)
オシロは反射的に、そう心の中で誰に問われるわけでもなく弁明した。
リソースガードは普通、一部の例外を除いてエフェクティヴの攻撃対象に指定されない。
それはリソースガードのあまりにも多様な所属者の気質や目的から、
不用意に反感を買うのは、むしろ得策ではないとエフェクティヴ上層部が考えたからだった。
(でも、他の人は一体どんな理由で人を殺すんだろう・・・)
そんなことを考えながら、思考が逸れていることに気づき、オシロは頭を振った。
条件に合う人物を探しながらページをめくるオシロだったが、
あるインカネーションの一ページにさしかかった所で指を止める。
「ビンゴ」
そこにはオシロがレストから聞いた、偽者だと目される人物の特徴を一揃え備えた、
一人のインカネーション工作員の名前が記されていた。
オシロがレストへの伝言を頼みに、酒場『泥水』の扉を開けると、
そこには異様な光景が広がっていた。
店の壁に整列させられた鉱夫たち、その中に混じった見慣れない金髪の女性、
店の中央で腕組みをして立つ上等のショールを巻いた女性と、その周りに控える四人の公騎士、
そして、カウンターの奥で殴られている『泥水』の主人と、それを殴る一人の公騎士・・・。
『泥水』の主人はすでに顔のあちこちが腫れ、鼻と口からも血が滴っていた。
「あら。こんな子も顔を出すような店なのね、ここ」
オシロに気づいた中央の女性が、振り返って言った。
「私は採掘所のプラーク顧問。まあ、あなた達の監督の一人ってトコね。
ちょっと用事があって訪ねたんだけど、この店がこんな有様でしょ。
理由を聞きたいんだけど、誰も答えてくれないの。君は何か知ってる?」
オシロは一瞬ぎくりとしたが、少し逡巡してから、首を振って沈黙を守ることにした。
「駄目か」
女性、プラークは溜息をついて、懐から握り拳ほどの精霊結晶を取り出した。
「これはスプライダーといって、精霊の位置を調べることができる道具なんだけど、
このスプライダーは特別に、ある特定の精霊にしか反応しないように作ってあるの。
その反応がここであった。それは絶対に、ここには無いはずの物なのに。
この酒場で何かがあったのだと私は確信している。突きとめるまでは帰れない」
子供の口なら割りやすいと思ったのか、尋問の対象は完全にオシロに切り替わっていた。
スプライダー。精霊鉱脈を探す為にここでもよく使われる道具だったが、
それほど精度がよい物ではないはずだった。
さらには特定の精霊にだけ反応するスプライダーなど、オシロは聞いたこともない。
(ひっかけか?)
一瞬、そう疑う。
しかし、特定の精霊とやらに十分過ぎるほど心当たりはあった。
喋る精霊。『常闇の精霊王』。
「部外者の前では話せません」
「私は採掘所の管理職員よ。あなた達以上の機密だって知ってるわ」
オシロは頭を振って、それから先刻見た壁際で立つ見慣れない女性を示した。
「違います。そこの、金髪の人」
「彼女?さっき聞いた時は、ここによく出入りする工房の刀匠だって言ってたけど」
「そんな言葉を信じたんですか?信用できる人は顔で覚えないと駄目なんです。ここでは」
公騎士の一人に腕を引かれ、金髪の女性が突き出される。
そのすれ違いざまに、オシロは最大限に注意して絞った声で、囁いた。
「休憩所から鉱夫長を呼んで下さい。お願いします」
「え?」
金髪の女性はまるで予想していなかったその言葉に、目をぱちくりさせ、
蚊ほどの疑問を発した後、公騎士によって即座に閉められた扉に遮られて、その姿を消した。
金髪の女性が出て行った後、
酒場『泥水』は再び異様な沈黙に包まれていた。
「まずいですよ、プラーク顧問。彼らは何かを待ってる。
もしかしたら、さっきの女に助けを呼びに行かせたのかも」
公騎士の一人が、苛立った女性、プラークにそう助言する。
しかしプラークは頑として取り合わなかった。
「だから?彼らが今日私達を追い払ったとして、それが何になるというの。
鉱夫が採掘所から逃げ出せるわけもないし、いずれ観念して白状するしかないわ」
その時だった。
入り口の扉を空け、一人の男が入ってくる。鉱夫長だ。
「おや、何か問題でも?」
一通り店内を見回しながら、鉱夫長は軽い口調で、店の中央に立つ女性、プラークに告げた。
「あなたは?」
「ここで鉱夫長を任せられている者です。公騎士なんぞ連れて、一体何の御用かと」
「やっとまともな人間が来たわね。私は第三発掘顧問のリット・プラーク。
独自の手段で、ここから極めて特殊な精霊の反応を検知したの。それにこの建物の損壊。
詳しく話を聞きたんだけど、誰も答えてくれなくてね。どういうことかしら」
それを聞いて、がははははっ、と鉱夫長が豪快に笑う。
「ここの奴らにそんな肩書きを言っても無駄ですよ。
字も書けなけりゃ、雇い主の名前を知らないのも大半だ。口の堅さと頭の固さだけが取り柄でね。
ここじゃなんだ。休憩所で話しましょう。なに、ちょっとした事故です」
腑に落ちないような顔をしたプラークだったが、
再び外に出ようとする鉱夫長を見て、仕方なくその後に続いた。
公騎士たちも、わずかに緩んだ空気を感じ、ふう、とそれぞれに息を吐いたようだった。
「しかし、発掘顧問ですか。若いのに大したもんだ。失礼ですが、おいくつですか?」
入り口の扉に手をかける前に、後ろを向いたまま鉱夫長がプラークに聞く。
「二十七よ。顧問を任せられたのは三年前だけど。別になりたかった訳じゃないけど、両親は喜んでくれたわね」
「そうか。だが俺の娘は五歳で死んだよ。粗霊病だった」
直後、勢いよく振り返った鉱夫長は、後ろにいたプラークを力任せに横に押しのけ、
両手に握ったボーガンを公騎士たちに向かって発射した。
同時に窓からもいくつもの矢が飛び込み、ガラスを打ち壊し、
公騎士たち全員を瞬く間に串刺しにする。
うめいて倒れる公騎士たちを確認してから、鉱夫長はプラークへと向き直って言った。
「『神霊』の機密がわざわざ飛び込んできてくれたわけだ。
どこの箱入り娘かは知らんが、じゃじゃ馬が過ぎたな。どんなことをしてでも、全部吐いてもらう」
「ぐ・・・、何を・・・!?
こんなことをして、あなた達はお終いよ!殺されたって、私は何も言わないわよ!」
崩れた体勢のまま気丈に言い返すプラークだったが、鉱夫長は憐れみすら込めた目でその虚勢を否定した。
「世の中には、泣いて殺してくれと懇願させる拷問なんていくらでもある。
最後にゆっくり勉強していくんだな、お嬢さん」
その時、流血にまみれて伏した公騎士の体から、かん高い笛の音のような音が鳴り響いた。
ピィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!
その音が、リソースガード中から殺戮目的で編成された悪名高い無法者集団、
スラッガー≪叩き屋≫に虐殺を許す知らせだということを生きて知る者は、
その場にはもはや誰一人としていなかった。
「なんだ?」
音が止まって、まず口を開いたのは鉱夫長だった。
「周囲に公騎士の姿はなかった。今さら危険信号を鳴らして何にな・・・」
ずずんっ
その時、まるで地震のような地響きがとどろいた。
砕けた窓からちょうど見えたのは、木々から飛び上がる無数の鳥達と、黒煙。
それはまさしく、エフェクティヴの隠れ基地の方角だった。
「くそっ、別動隊がいたのか!?」
狼狽を隠しきれず、鉱夫長が吐き捨てるように叫ぶ。
「皆、ゴタゴタが続いてすまない。非戦闘員は屋内待機、戦闘員は基地へ向かってくれ。
俺はこいつを連れて基地長を探す」
酒場にいる人々に、鉱夫長が謝罪と指示を伝える。それから、倒れたプラークの胸倉を掴み上げた。
「調査は名目で、最初から基地の攻撃が目的だったのか!吐け!残りは何人だ!?」
「し、知らない。本当に、私が頼んだのは調査だけで、こんな事になるなんて想像もしてなかった」
「囮か」
鉱夫長はそう即断すると、店内から出て行く人々や、口々に自分に問いかける声に応えながら、
そのままプラークを掴んで入り口の扉を通ろうとした。
しかしそれを、まだ店の奥に残っていた男がうわずりながら呼び止める。
「待ってくれ、鉱夫長!俺、この場面を知ってる・・・。
悪夢みたいだ。基地を先に爆破するのは、スラッガー≪叩き屋≫の手口なんだ!
それで、集まってきた奴らを一人一人に途中の道で殺していくんだ。
俺も一度、やられた!悪夢だった!この場面を、俺は知ってる!」
「何だと・・・!」
スラッガー≪叩き屋≫。
唯一リソースガードの中でエフェクティヴに抹殺対象とされる、特異な例外。
残虐な手口でエフェクティヴを殲滅する武装集団で、
彼らが活動するたびに世論が180度反転すると言われるほど、過激な連中だった。
「はい、ちょっとお邪魔さん」
そう言って、酒場の奥からいきなり現れた長身の男は、
片手に、スリングショットを二つ繋げたような道具を握り、バチンとそれを発射した。
続けざまに、バチン、バチン、バチン、と破裂音が鳴り響く。
時間にして2秒にも満たないその瞬間に、鉱夫長とプラーク、そしてオシロを除く、
店内に残っていた全ての男たちが、首や胴体を両断されて絶命した。
「なっ」
「案の定、全滅か。女が出て行った時点でヤバイと思ったんだよな〜」
長身の男は公騎士たちの死体を見て、軽い口調で言った。
鮮血の噴き出る死体を見回しながら、半ば錯乱状態でプラークが激昂する。
「やめて!彼らにはまだ何も聞いていないのよ!」
「うるせえ。てめえの尻を舐めてる最中なんだから黙ってろ。つーか、遅えよ」
「うおおおおお!!」
雄叫びを上げた鉱夫長がプラークからその手にあった剣をもぎ取り、
その柄に手をかけながら長身の男に突進する。
バチン。
再び長身の男が何かを発射したが、咄嗟に構えた鉱夫長の剣の鞘に巻きついて、
その『何か』が止まった。
くるくると回って巻きつくそれは、2つの小さな球だった。
その間を細い、恐らく精霊で切れ味を高められた紐が、球の間をつないでいる。
「いい剣だ」
長身の男はそう言うと、腰から長いバールのような棒を抜き出し、
剣を鞘のまま構えた鉱夫長の脇腹を、それで強烈に打ちつけた。
そのまま飛び上がり、よろめいた鉱夫長の右太股にバールの石突き部分を突き刺す。
「があぁぁっ!!」
「さすがに重労働者は声がデカい」
そう言って長身の男は、悲鳴を上げる鉱夫長の口に、黒い塊を押し込んだ。
「あがぁ、ごぉっ」
「取れねーよ。その精霊爆弾は、一度てめえのくせえ息で溶けたら、
トリモチみてえに二度と剥がれねー」
「んー!んーぉ゛ぁー!」
ぼんっ!
爆弾というにはあまりに小さな破裂音を立てて、鉱夫長の首から上が吹き飛んだ。
「はははははっ!見たかよ、あの顔!反応が短直すぎて童心に戻っちまうよ!」
天井まで届く血飛沫と、床に転がった頭部の破片を指差して、
長身の男は文字通り腹を抱えて笑っていた。
「ん、なんだお前」
男の視線の先には、レストへの伝言を書き記しておこうとカウンターの裏へ入ったまま、
出るに出られず隠れていたオシロの姿があった。
エフェクティヴ。
労働者から搾取を続けるリリオットの支配階級に仇なす反体制組織。
その到達点は街そのものの革新、『ニュークリアエフェクト』であり、
構成員はその力を求めて日々、自己SS化≪スペシャライズ≫へとまい進する。
だが、そんな大層な題目を掲げても、
その大部分を支えるのは、繰り返されるいつもの日常でしかなく、
たとえSS到達者≪スペシャリスト≫だろうが、毎日食わねばならず、
毎日衣服を着なければならず、毎日寝床で眠らねばならない。
結局、人間とは日常からは何をしても逃れられないのだ。
所詮、日常が全て。
そう考えるオシロの日常は、皮肉にも今まさに、
目の前で粉々に砕け散ろうとしていた。
「・・・心中するつもりなら止めないけど、裏口の場所を教えてからにしてね」
そうオシロの前に立つ女性は告げた。
公騎士を鉱夫長が殺し、鉱夫長を長身の男が殺し、
最後に、その長身の男を殺した女性。ついでに、オシロの命の恩人でもある。
オシロはゆっくりと立ち上がって周囲を見回した。
それは・・・、惨状だった。
血まみれの死体の中には、いくつか見知った顔もある。
物心ついてから、ずっとこの場所で育ったオシロにとって、それは当然だった。
コルベン。サッチョ。マルサムトス。バーディア。ギロ。鉱夫長。
皆、嫌な奴だった。お荷物で役立たずのオシロを煙たがった。
しかし、仕事を覚えてからは、少しずつ認めてもらえるようになった。
最初にビールを奢ってくれたのは、サッチョだった。
「呆けたくなる気持ちはわかるけど、しっかりして。
このままここにいたら、貴方もすぐに彼らの横に転がることになるわよ」
金髪の女性が叱咤してくる。
オシロはそれに素直に感謝した。確かに呆けている場合ではない。
「裏口は向こう。厨房から倉庫に抜けて、すぐ左にあるよ」
そう言うと、オシロは呆然と座り込んでいるプラークへと近寄っていった。
「って、何やってるのよ。早くしないとおいて行くわよ!」
「僕は行かない。じーちゃんがまだ基地にいるんだ。この人を連れて、助けに行く」
「基地って・・・。さっき爆破された所!?無茶よ、辿り着く前に殺される」
「ここから地下通路に降りられるんだ。
本来は基地からの脱出用だけど、もちろんこっちからも通れる」
オシロはプラークのすぐ傍にしゃがみこみ、言った。
「ここで暴れた精霊は僕が精製したものです。喋る精霊でした。
後で詳しく話します。でも、その前にじーちゃんを助けて下さい。僕の師匠なんです」
それまで焦点の合っていなかったプラークの目が、はっと見開かれる。
「早く!!」
オシロは無理やりプラークの手を引いて、地下通路へ降りる階段へと向かった。
その後を、剣を大事そうに抱いた金髪の女性がついてくる。
「心中は止めないんじゃなかったんですか?」
「君、ひょっとして性格悪い?まあ、こっちも見返りがなきゃ見捨てたかもね。
手を貸すかわりに、精霊の話、私もじっくり聞かせてもらうから」
オシロの皮肉にやや顔を引きつらせながら、
金髪の女性はお返しとばかりに不敵にそう答えた。
エフェクティブ基地内部、炎に巻かれた大会議室の中央で、
いくつも倒れる死体の一つに、男が腰掛けていた。
「三人やられたか。残党狩りは公騎士まかせだな、こりゃ」
手元の精霊の光を見てそう呟く。
「基地一つをたった十二人で落とせるかってんだ。
いつも通り、手を抜かせない発破ってわけかよ。クソッ」
男がそう毒づいた時、壊れた扉の奥に人影が現れる。
「ん、丑(ウシ)か。どうしたんだ?撤退にはまだ早いだろ」
男が扉から現れた、巨大なハンマーを引きずった男にそう言うと、
ハンマーを持った男は涙を流しながら這いつくばって謝った。
「マ、ママ、ごめんなさい!もうしないから!許して!許して!」
「?」
明らかに正気とは思えないその男は、それから疲れ果てて眠るまで、
一度も泣き止むことなく謝り続けた。
××××××××××××××××××××××××
唇に生暖かい感触を感じながら、夢路はついさっき、
永遠にお別れしたはずの意識をかろうじて取り戻した。
「こっちも戻ったわ!」
すぐ近くでそんな大声が上げられる。
薄く開いたまぶたのすぐ前には、金髪の若い女性の顔があった。
(だれだろ。こんなぴちぴちのおねーちゃんなんて、ここにはいなかったと思うけど)
指一つ動かせない朦朧とした状態で、夢路はかろうじてそんな事を考えた。
(体、動かない。そりゃそうだ。スプラッタだし。
でも最後に口ジャンケンまでさせられたのは、焦ったなあ。
グーしながら食べ続けるなんて、私がんばったよ。二番目くらいにがんばったと思う。
何の順番かわからないけど。でも、二番くらいに入れとけば、大抵問題ないと思うんだ・・・)
再び意識を失いかけた夢路の耳は、他に聞いたことのある少年の声と、
もう一人の女性の声を、かろうじて拾い続けた。
「駄目だ!この精霊じゃ危険な状態を抜けるまでは回復できない!」
「公騎士団病院に連れて行けば、まだ間に合うかも。
でも、私が許可できるのはその老人だけよ。他のエフェクティヴまで連れて行けないわ。
それにどの道、私達だけで二人も怪我人を運んで脱出するなんて、どう考えても無理よ」
「置き去りにするってこと?」
「選択肢なんか、ないでしょ」
「夢路さんは僕が背負うよ。きっと、じーちゃんを庇ったんだ。置いてはいけない」
「無茶よ・・・。あなたは特に小柄なのに」
「ぐだぐだ言ってる暇はないわ。ローテーションを組んで持ち回りで背負う。
もちろん貴女もね。駄目なら一人、そこで置いていけばいい」
小柄な体に背負われる感触を感じてから、夢路の意識はそこで再び途絶えた。
オシロ。
13歳。男。
エフェクティヴに所属する精霊精製作業員。
両親はエフェクティヴとして要人暗殺のテロ活動の最中、
精霊爆弾の暴走を起こして、両名とも死亡。
暴走は多数の一般人犠牲者を出したが、最終的には事故として処理された。
その後、エフェクティヴ内部で処理される寸前に、老精製作業員ベトスコに引き取られる。
以後、精製技師見習いとして働き始めるが、
その心内には、精霊の暴走を根絶するという静かな意志があった。
オシロ7歳。それは今からちょうど6年前の出来事――。
図書館といえば、オシロには馴染み深い場所であった。
両親やベトスコは、オシロを学校へは行かせなかった為、
オシロは読み書きを一人、図書館で覚えるしかなかった。
しかしそれもずいぶん昔の話で、成長してからは顔を覚えられることを危惧して、
その出入りも固く禁じられるようになっていた。
(じーちゃんが病気・・・)
頼まれた本の内容を書きとめながら、オシロは呆然と先刻告げられた言葉を反芻していた。
基地の壊滅。
仲間の死。
祖父の病。
「勘弁してよ・・・」
思わず口から出た言葉だった。
だが、それに全く予期していなかった返事が返ってくる。
「なら、全部捨てちまうか?」
「え?」
声は、頭から外して、腰に巻いてあったポシェットから聞こえていた。
それはあの、パンジーの花弁を拾って、入れておいた場所だった。
「俺を取っておいたのは、まだ生きてるかもしれない、って思ったからだろ?
相変わらず、抜け目のない小僧だぜ。その通りだ。俺は死んでねえ。
ま、正確には、お前が手に取る直前に、俺が移動したんだが」
聞き覚えのある奇妙な響きの声、『常闇の精霊王』の声だった。
確かにオシロは、その滅んだはずの花弁をポシェットへ忍ばせていたのだが、
あまりにも反応がなかった為、完全に忘れてしまっていた。
「で、さっきの話の続きだが、
何も死にぞこないの老いぼれ一人の為に、わざわざ敵地に戻ることはねえ。
エフェクティヴとかいう、しみったれた組織か?も、
どうせ、どの時代でも腐るほどあるやっかみ集団だろうが。
そいつらが仮に政治転覆を成功させたとして、何をするかわかるか?
今の為政者と同じ事をするのさ。権力を囲い、文句を言う奴は皆殺し。
何てことはねえ、てめえが偉くなりてえってだけの話よ。
わかるか?こんな下らねえ奴らに付き合うこたあねえ。たった今、捨てちまえ。
かわりにお前には、新たなる視点をくれてやる。下らないものを下らないものとして廃絶し、
世界の森羅万象を、真に価値あるものとして愛でることができる玉座だ。
馬鹿な親、馬鹿な仲間、馬鹿な組織、馬鹿な政府、付き合ったって碌なことにはならねえよ」
聞こえてくる『常闇の精霊王』の声に、オシロはもはや笑うしかなかった。
「はは、さすが魔王だ。傷心に付け込むのがうまい。
不思議と、そうかもしれないと思えてくるよ。けど・・・、それはない」
「そうかい。まあ、気が変わったらいつでも言えよ。どうせ俺はもう動けねー。
余分の精霊力が底をついちまってるからな。お前次第だ」
存外、あっさりと引いた精霊王に少し拍子抜けしながら、
オシロは立ち上がって図書館の出口へと向かった。
(焦る必要はない、ってことか。いつか篭絡できる、と・・・)
笑えない寒気を感じて、オシロはその予想を肝に銘じた。
「ああ、それとな、オシロ。チェスくらいは鍛えとけ」
すっかり饒舌になった花弁が、ついでとばかりに声をかけてくる。
「なんでだよ」
「チェスの弱い魔王なんて、格好がつかないだろ?」
「知るか!」
外はもう、日が暮れ始めていた。
「精霊を一言で言うなら、便利な落し物です」
「はぁ?」
図書館からの使いを終えたオシロは、
公騎士団病院の控え室で、なぜだかリューシャ相手に、
精霊の解説のようなものをする事態になっていた。
この街の外から来た刀匠を名乗る彼女は、
どうやらそれが目当てでオシロに協力していたらしかった。
さすがに疲労の色が濃くなっていたオシロだったが、
プラークが目覚めれば、ほぼ確実にエフェクティヴとして拘束される以上、
今以外に話せる猶予はないという結論だった。
「つまり、由来が何もわかってないって事です。
何故あるのか、何故動くのか、何故その性質があるのかさえ、未知なんです」
「だから落し物?」
「そうです。なので、基本的にはその扱いを知るには、経験が大きなウエイトを占めます。
その中で、一般に見い出される精霊の大きな特徴は二つあります。
人の精神に感応する事と、動力回路であるという事」
「動力回路?」
「動力を伴う回路。あらゆる精霊は動力を持ち、回路を持つという事です。
つまり、精霊に対して行えるインプットというのは、
原則的に、精神の力で動力を働かせるか、精神の力で回路を形成するか、だけです」
「ふーむ、なるほど。ちょっとイメージが湧いてきたわ」
「ですが、『精神に感応する』という性質は、便利なことばかりでもありません。
武器なんかだと敵の精神の影響もありますし、それでなくても、使い手の精神の乱れで、
いつ暴走するかもわかったもんじゃないです」
「確かにね」
「それを補うのが、精製の理由の一つって事です。
精霊は場所ごとに感応しやすさのムラが存在するので、
それを一度砕いて感応度別に分離した後、再び焼き固めることで、
一部以外の表面の感応度を低く覆ってしまう事が可能なんです。
それによって、その『入り口』以外からの操作を防ぐと共に、
感応のムラも均一にする事ができて、結果的に性能も上がります」
「ちょっと待って。精霊って砕いても再結合できるの?
それだと、いくらでも強力な精霊が作れちゃうんじゃない?」
「ところがそうでもありません。精霊は採掘時点で個別の塊として存在していて、
他の精霊同士は結合どころか、拒絶反応で連結も不可能なんです。
だから精霊は大きさによって、全く別の等級で売買されるんですよ。
記録では大戦時、リリオットで発掘された直径2メートル塊の精霊が最高だとか。
今でも王都の宝物庫で厳重に保管されてるって話です」
「2メートルか。そこまで行くと、もう完全に兵器ね・・・」
オシロはそこでわざとらしく咳払いをし、横でちょこんと座って聞き入るリューシャに、
申し訳なさげに説明を切り上げた。
「とまあ、こんな感じなんですが・・・、
はっきり言って、精霊の精製と武器加工は全くの別物なんです。
精製はあくまで精霊を使いやすくするまでの作業で、
そこからの回路造成や創意工夫は、個々の職人の間でしか伝わっていません」
「あ・・・、そう。まあ、そんな気はしてたんだけどね。けど、目ぼしい所はもう当たったわよ。
それで済んでたら、あんな危険な橋を渡る気も起きなかったでしょうけど」
「はい。たぶん、誰も喋らないと思います。
でも、エフェクティヴなら条件次第で何とかなるかもしれません。
ここからは、リューシャさん次第ですけど・・・。
エフェクティヴの活動や、その風当たりは、これから更に激化するかもしれません。
また、危険に巻き込まれるかも。
でもそれでも構わないというなら、職人街にいる僕の知ってる、
エフェクティヴの職人を教えます。会うのに必要な符丁も。
でも本当に会うかどうかは、リューシャさん自身で決めて下さい。
僕には、何も保障ができないので」
怒るのか、喜ぶのか、見つめるリューシャの目からは、
彼女がどう返事するか、その感情の片鱗すらオシロには読み取れなかった。
「それが起きてるのよねえ」
突然の声にオシロは心底すくみあがった。
公騎士団病院の待合室。
リューシャに仮宿の提案を申し出られて、考え込んでいた所への不意打ちだった。
見るとプラークが上体を起こして、完全に意識を取り戻している。
「未成年を宿代で釣って、取引きを迫るなんて、
ちょっと犯罪入ってるわよ?あなた」
そんな事を言いながら、プラークは身だしなみを整え始めた。
「・・・いつから起きてたの?」
「便利な落し物、あたりかしら。
っつ・・・!そういえば、あなたよね、位置的に私を殴ったの。
それで、何?ここ、公騎士団病院?私だけ治療もさせてもらってないわけ?
あなた達、一体どういう教育受けてるのよ・・・。良心の存在を疑っちゃうわ・・・」
後頭部を抑えながら、プラークが恨めしげにリューシャを睨む。
リューシャはリューシャで、その非難を涼しげに煽り返した。
「それは、あなたの頭が固過ぎたからでしょう?
好意で柔らかくしてあげようと思ったのだけど、効果なかったかしら?」
ぴきっ
とはもちろん鳴らなかったが、
そういった形容に近い状態に空気が変化するのを、オシロは感じずにはいられなかった。
「あーのー・・・」
「心配しなくても」
慌てて間に入ろうとするオシロだったが、プラークはそれを力づくで押しのける。
「こんなお嬢ちゃんの嫌味にいちいち取り合わないわよ」
これまた挑発的なプラークの言葉に、リューシャの閉じた口の中から、
歯の噛み合わさる音が聞こえた。ような気がした、オシロには。
「それで?年増のおばさんならどうするってわけ?
オシロくんを拘束するの?うわあ、かわいそー。いろんな意味で」
「・・・別に連れていっていいわよ」
「へ?」
このまま、なし崩しの泥仕合になる予感を感じて腰が引けていたオシロだったが、
プラークのその意外な一言に、キョトンとしてしまう。
それはリューシャも同じようだった。
「だから、さっきのは冗談。別にいいんじゃない?あなたの宿にその子を置いてあげても。
私は研究者だし、子供のエフェクティヴまで追いかけ回そうなんて言わないわよ」
「いいんですか?」
思いがけない譲歩に、オシロは半信半疑で聞き返してしまう。
「私も一度報告に帰らなきゃいけないしね。
どうせ、おじいさんの方はここに入院してるんでしょう?たぶん、お仲間もね。
なら、事情を聞くのは明日以降でもかまわないわ」
「いやに融通がきくじゃない」
リューシャが疑わしげな目でプラークを見つつ、
意味ありげに自分の後頭部を人差し指で差しながら、言った。
「事情を知るラボタの住人は、他にも大勢捕まってるでしょうから・・・。
でも、もしその子が本当に・・・、いえ、まあいいわ。
とにかく、子供を一人放っておく方が余計に心配だしね。
むしろ、誰かが面倒見てくれてた方が楽だわ。私、子供苦手なの」
それだけ言うと、プラークはふらつきながら、待合室の扉を出て行った。
それから、一気に静かになった部屋で、オシロはなぜか少し照れくささを感じながらも、
リューシャの申し出を受ける返事を伝えた。
オシロの住んでいたラボタ地区の虐殺から、
一晩が明けた翌朝。
事情を聞きつけた周辺住人は、相変わらずのペースで野次馬に訪れ、
夜通し警備を続けていた公騎士達を、さらに疲れ果てさせていた。
酒瓶を持った中年の男が、ふらふらと前に出て言う。
「こんなことが、許されていいのか・・・」
頭が薄く禿げ、小太りのその中年男は、はらはらと涙をこぼしていた。
「待て、待て、それ以上入るな。まったく、見世物じゃないぞ」
「娘夫婦が住んどったんだ。あの子らは何もやってねえ。それが、こんな・・・」
「うるさい。詳細は後日発表される。それまでここは封鎖だ!」
公騎士は中年男を強く突き飛ばすと、中年男はそのままよろめいて尻餅をついてしまった。
そこに女性が駆け寄り、中年男を抱き起こす。
「もう、公騎士様にご迷惑をかけては駄目よ、お父さん。
すみません、昨日から飲みっぱなしで。ほら、行きましょ」
そう女性が言うと、そのまま中年男は女性に連れられて、
すごすごとその場を退散していった。
二人が曲がり角に消えたあたりで、一人の公騎士がつぶやく。
「あれ?娘夫婦はラボタにいたんじゃなかったのか?」
「姉妹かなんかだろ。まったく、あの小汚い親父から、よくあんな美人が生まれるもんだ」
あくびをしながら、もう一人の公騎士がつまらなそうに答えた。
公騎士の目を離れた路地裏を二度ほど曲がってから、
女性は支えた中年男性から離れて、控えめに口を開いた。
「気をつけて下さい、《ジェネラル》。
最近は公騎士といえど、過激な連中も増えていますので」
「そうだな。だがせめて、この手で弔ってやりたかった」
中年男は、一転して姿勢を伸ばし、はっきりとした口調で答えた。
「それで、どう思う?喋る精霊の報告があった直後にこれだ。
奴らが口封じの為にスラッガーをよこしたと思うか?」
「断言はできません。間接的に情報が漏れて、奇襲された可能性もあります」
「確かにな。だが、拘束された構成員の一部は刑務坑道ではなく、
セブンハウスの精製工房に連れて行かれた。
まさか技術者狩りでもないだろうが、技術者に用があるのは確かなようだ」
「それが例の精霊だと?」
「それこそ断言などできんよ。
例の精霊を精製した少年の安否はわかっていないのか?」
「報告はありません。生きているのなら、工房に送られているかもしれませんが、
なにぶん子供なので、奴らがどう判断するか・・・」
「工房がただの人手集めならいいが、尋問が目的ならあまり時間はないな」
「救出しますか?」
「いや、今は無理だ。『神霊』の強奪に向けて、戦力を温存しなくてはならない。
残酷なようだが、機会を待つ」
「わかりました」
しっかりとした態度で女性と話す中年男だったが、
流れる涙の量だけは、公騎士の前にいた時よりもはるかに多くなっていた。
===================================
リューシャさんへ
一晩考えましたが、やっぱり宿を出ようと思います。
僕はエフェクティヴなので、普通の人といると、
それだけで迷惑をかけてしまいます。
精霊の精製は、近日中にお見せできるよう考えるので、
その時はこの宿に連絡しておきます。
お気づかい、ありがとうございました。
ついしん。
朝ご飯を食べ過ぎてしまいました。ごめんなさい。
オシロ
===================================
それだけ書いた手紙を宿屋の受付に預けると、
オシロは埃まみれの服のまま、仮宿を出て行った。
まずオシロが向かったのは、クエスト仲介所と呼ばれる所だった。
そこでオシロは、今度はレストに向けて書いた手紙を預ける事にした。
レストの偽者かもしれないインカネーションの事、
オシロがエフェクティヴだった事、
もう精霊を渡せないかもしれない事、
泥水には行かない方がいいという事、
オシロと知り合いだった事は誰にも言わない方がいいという事。
それだけを簡素に書きつづった後、
最後に、ごめんなさい、とだけ付け足した。
その頃にはすでに正午になろうとしていたが、
オシロは宿で貰ったゆで卵を歩きながら取り出して、
先だけ殻ごとかじると、そのまま休まず風俗街へと向かった。
夢路から確かな事を聞いたわけではなかったが、
恐らくそこが夢路の所属する基地だとオシロは踏んでいた。
案の定、夢路を知る女性を見つけることができたオシロは、
夢路の居場所とその現状を伝えてから、
精霊精製をしている他のエフェクティヴ基地をいくつか教えてもらった。
その後、オシロは公騎士団病院に向かった。
まずダザを探してみたものの、さすがにもう病院を出ていったらしかった。
「ああ、もしかして、オシロってお前のこと?
リット・プラークって人から伝言頼まれた。
明日の朝、街の北西にある第一精製工房に来いってよ」
受付の男からそう伝言を受け取ると、
オシロはベトスコと夢路の様子を見てから、
公騎士団病院を出て、近くを通るメインストリートへと歩いた。
メインストリートへ出ると、あたりはもう暗く、人通りもすっかり減っていた。
足も棒になってしまっていたオシロは、ゆで卵を再び殻ごと一口かじった後、
乞食に混じって冷たい石畳の上で眠りについた。
プラークからの伝言を受け取った翌朝、
オシロは指示通り、街北西に建つ第一精製工房にやってきていた。
想像以上の人通りにオシロは面食らったが、
看板を見ると、どうやら精霊精製競技会というものの一次審査が、
この第一工房から第五工房までを解放して行われているようだった。
名を告げると、オシロは丁寧にその五階へと案内された。
「入りたまえ」
案内された先の部屋には、四人の男女が座っていた。
三人の中年男性と、一人の女性。女性はプラークだった。
「これからいくつか質問する。正直に答えたまえ。
嘘をつけば、拘束中の君の仲間達の命はない。病院の君のおじいさんもだ」
左から二番目の男がそう言うと、オシロの後ろで出口の扉がばたんと閉められた。
閉めたのは若い男二人で、公騎士ではなかったが、
リソースガードなのかどうかまでは、オシロには判別がつかなかった。
オシロは命令に無言で頷いた。
「まず、ラボタのエフェクティヴ基地で、
喋る精霊を精製した技術者というのは本当に君か?」
「はい」
「では、その精霊が喋った言葉で、聞き取れた単語は何かあるかね」
「精霊は流暢に喋りました。自分は常闇の精霊王だと」
「それはこの国の言葉で?」
「はい」
「ははは、それは妙だな。そいつは古代の精霊だと言ったんだろう。
常闇の精霊王といえば、伝承では1200年前に滅ぼされたという魔王だ。
それが今のこの国の言葉を流暢に喋るというのは、不自然じゃないかね」
「でもそう言ったんです。精霊が嘘をついたのかも」
「もういい。話にならん。やはり、事前に口裏合わせをしていたのだ。
尋問を再開するよう伝えろ」
左から二番目の男がそう言って立ち上がると、オシロは慌てて反論した。
「証拠があります!今、ここにその精霊王を連れてきてるんです!」
オシロはそう言うと、頭に巻いたポシェットの一つを開き、軽く手で叩いた。
「おい、こら。ちょっと喋ってよ。ねえ、ほら。なあ。おーい」
「見苦しい。さっさとこいつも拘束しておけ」
一人でポシェットを叩き続けるオシロを尻目に、次々と男達が立ち上がった。
それを見て、今まで黙っていたプラークが口を開く。
「待って下さい。ディバイン・スプライダーは間違いなく正常でした。
以前に聞いた、この少年の精製に対する知識も、ただの見習いのレベルは越えています。
ラボタに『再生』された精霊がいたのは事実です。
現時点での材料だけで、全てを嘘と断定するのは早すぎます」
「口を慎みたまえ、プラーク第三顧問。
公騎士五人を無駄死にさせた汚点を正当化したい気持ちはわかるが、
君は本気で、この子供が『再生』を成功させたと思うのか?」
「それは・・・、しかし偶然ということも」
「偶然で『再生』が成功するなら、今頃リリオットは『再生』された精霊であふれかえっておるわ!」
叱責されるプラークを横目に、今度はオシロが男達に食い下がった。
「なら、試させて下さい。もう一度、同じ事が起こせるかどうか、見てから判断を」
「ガキが、思い上がりおって。エフェクティヴの猿真似精製が、
ソウルスミスの誇る一級精製技師に比べて、いかに低レベルか、お前は知りすらしないのだ。
いいだろう。競技会に出してやる。それが終わったら、お前は一生、刑務坑道で穴掘り仕事だ」
それだけ言うと、男達はオシロとプラークを残して部屋を後にした。
ハッサン・フィストは考える。
拳で戦う男はお坊ちゃんだと。
男なら拳で戦え?
いわく、拳こそ魂の武器である?
馬鹿馬鹿しい。
『勝ち方に拘るのならば、それは戦いではない。』
それが、ハッサンの信条だった。
生死をかけた状況で、なお過程に頓着する。
それを道楽と呼ぶのだ。
戦って守るべき何かを忘れ去った倒錯者たち。
籠の中の鳥。
本当の戦いを知らず、本当の生きる意味を知らない坊やたち。
そんな者たちとは、自分は違う。
ハッサンにはその自負があった。
自分が全ての敵を拳で倒してきたのは、
何も下らない余裕を披露する為ではない。
いつ現れるともしれぬ、本当の強敵の為、手札を常に隠し続けてきたに過ぎない。
それが結果的に、拳でだけ戦う男として認知されただけだった。
ハッサン・フィスト。拳の超人。
拳だけであらゆる強敵を葬り去ってきた、大国グラウフラルの、
その覇権の拠り所となる、秘密諜報機関エレメンタルの最終兵器《リーサルウェポン》。
その初めての、全ての手札を駆使して戦った戦いが、最初で最後の敗北だった。
「こんなものだ。どんなに最強と褒めそやされようが、死ねば負ける。
ミゼル・フェルスタークはとうにf予算の隠匿に成功していた。
f予算が回収できなければ・・・、計画は実行されない。大した・・・男だ」
自分はこの拳で、他愛もなくミゼルの命を奪ったが、
ミゼルはその時、自身の勝利を確信していたのだ。
封印宮、その奥の果てで、エレメンタルの最強の手札が失われる事を知っていた。
「これが、敵(かたき)討ち、ということなのでしょうか」
事切れたハッサンの横には、白金の肌をした寂しげな少年が、
たった一人で立ち尽くしていた。
精霊精製競技会。
リリオットから広く精霊精製技師が集められ、
その技術を互いに競うと共に、共有も目的とされる。
主催ジフロマーシャはさらに、
優秀者を直営工房で要職を与えるとして宣言した。
現時点での参加者数は187人。
課題は一次から三次まであるとされ、三次試験のみ非公開とされた。
要は二次試験までは公開されるということである。
ただし、技術者として身元を証明できる者になら、と制限はつくが。
(リューシャさんに連絡できればよかったんだけど・・・)
連行されながら、オシロは考えていた。
さすがに試験まで自由時間というわけにはいかず、
明日の一次試験開始まで、オシロの身柄を拘束する命令が出されていた。
(でも、あいつらの目的はそもそもなんだ?
特殊な精霊の反応を調べに来たと言っていた。
実際にその尋問をしてるみたいだし、嘘じゃない、と思う。
特殊な精霊は、あの喋る精霊の事だ。でも、あれを僕が精製した事をあいつらは信じてない。
問題は信じた方がいいのか、信じない方がいいのかだ。
真実が発覚したら、僕以外は殺されるんだろうか?なら時間稼ぎした方がいい?
でも、あいつらはハナから僕を疑ってる。可能性を感じさせつつ、結果はじらす。できるか?)
そんな事を考えながら、オシロは気づくと、
今度は第二工房の五階まで連れてこられていた。
連行してきた男が扉を開けると、そこには憔悴しきったラボタの精製技師達がいた。
全員で十数人。明らかに少なかった。
「大人しくしてろよ」
オシロを連れてきた男は、オシロを部屋に突き入れると、
そのまま素早く扉を閉め、鍵をかけた。
「あの・・・」
オシロが近づこうとすると、それより早く、近くの精製技師が胸倉を掴み上げてきた。
「お前、何やったんだ!?俺達はどうなる!?みんなは!?」
技師のススとシワだらけの目尻には、じわりと涙がにじんでいた。
「お前、ちゃんと白状したんだろうな!正直に!
自分だけ助かろうなんて、考えてるんじゃあないだろうなぁ!!」
技師はオシロを床に叩きつけると、今度はオシロの腹を踏みつけてきた。
「言いました、でも。信じてくれなくて・・・」
「うるさい!ちゃんと責任を取れ!エフェクティヴの男だろうが!」
「そうだ、責任を取れ!皆、殺されたんだ!お前があの変な精霊を作ったから!」
最初の技師がオシロの腹を蹴り始めると、後ろから次々と他の技師も立ち上がり、
罵声を浴びせながらオシロを踏みつけ始めた。
それは、私刑(リンチ)だった。
「お前が鉱夫長を殺したんだ!ベトスコもいない!お前が奴らを連れてきた!
恩を仇で返しやがって!子供だから許されると思うな!?これは責任だ!お前の!!」
いくつも振り下ろされる足の間を縫って、オシロは残ったギリギリの理性を集めて、手を上げた。
わずかな瞬間だけ止まった時間を逃さず、血の混じった口で喋る。
「明日、僕が精製をします。それで上手くできれば信じてもらえます」
何とかそれだけを言って、オシロは再び脱力した。
技師達がそれに対してなんと答えたかは聞き取れなかったが、
とりあえず私刑が中断されたらしいことを知って、オシロは少しだけ安堵した。
精霊精製競技会一次審査、一日目。
精製競技会一次審査は、あらかじめ用意された粗悪な粗霊の山から、
参加者が任意の粗霊を三つ選び、その精製を三日かけて行うというものだった。
もっとも、粗悪といってもあくまで主催者側の文句であり、
実際、オシロから見ればどれも、
一年に一度回ってくるかどうかというほどの良質な粗霊に思えた。
その中でも、とりわけ使いでの良さそうなものを選ぶ。
「型板をください。あと、あれば百層分離機も。ヘラは200枚ほどお願いします」
精製作業の前に、オシロはまず道具を揃えなければならなかった。
会場に用意された道具は、何もかもオシロが見たこともないような物ばかりで、
とても扱えそうになかったからである。
次々とオシロの周りに集まる時代遅れの精製器具と、大量の木板を見て、
周囲の見学者からは、少なからず失笑がわき始めていた。
「その傷はどうしたんだね?」
血がこびりついたオシロの服に気づいて、運営員が声をかけてきたが、
近くに立つ、尋問の時にいた中年男性の一人が手で制すると、そのまま押し黙った。
一般に精霊は、いくつかの特性において分類される。
厳密にはあらゆる精霊は、全て異なる特性を持っているが、
大雑把にそのカテゴリーを定める事はできた。
この特性をならし、汎用的に扱える統一規格に揃えるのが精霊精製の目的の一つである。
が、オシロの精製はこの目的からは、全く外れていると言えた。
百層分離機から、現代精製では不要とされるほど細分化された粗霊を回収する。
それをオシロは、間に何枚も仕切り板を挟みながら、型板の中へと振り分けていった。
それは全く突飛な作業だった。
本来、定型化された組成へと再構築する作業工程であるはずの場面で、
オシロはまるで絵を描くようにまばらに、
しかし無意味とも思えるほど多くの仕切り板を用いて、型板を粗霊の破片で埋めていった。
「何だあれは。子供の砂遊びか?」
そんな冷やかしも聞こえたが、オシロは無視した。
感覚を研ぎ澄ませて、精霊のあるべき姿を思い描く。
7歳から粗霊だけを見続けたオシロだけが持つ、肌感覚。
その完成図に根拠はなかった。
オシロが原料に乏しいエフェクティヴで見い出した、精霊を最大利用する精製法。
それは特性を平均化するのではなく、あえて特化させ、
あるべき精霊の姿への純度を上げる精製法だった。
使用できる目的は完全に限られるが、出力は通常の精製の3倍はくだらない。
(言われてみれば、確かにこれは精霊の『再生』とも言えるのかもしれない。
精霊の本来の姿が、本当に人の精神なら、この精製を完璧に極めれば、それが起こる)
アルファ粘板と呼ばれる、焼き入れ直前の粗霊の板状の塊までを完成させて、
オシロはその日の作業を終えることにした。
かたずけを終わらせ、最後に粘板段階での出力測定を行うと、
その規格外の数値にどよめきが起こり、周囲からも人が集まってくるような騒ぎになった。
その隙に、オシロは作業中に並列して簡易精製した小さな精霊をポシェットへしのばせ、
またあの技術者達のいる部屋へと戻った。
精霊精製競技会一次審査、二日目。
雨。
昨日作った粘板を確認し、精霊釜へと放り込む。
近くに時計を置いて針を確認してから、オシロは釜に火をつけた。
「昨日は驚いたぞ。特化精製で出力を上げるとは、どこで学んだ?」
尋問の時にいた中年の男が話しかけてくる。
後ろには、昨日はいなかった残りの三人も、プラークを含め、全員が集まっていた。
「考えました。普通に特化させても、五十回に一回くらいは出力が上がるんです。
そこから色々試して、三回に一回まで底上げしました。
後は工程に最初から三回として組み込むだけです」
「簡単に言ってくれる。しかし、少しは期待できそうだな」
そう言うと男は再び後ろへ下がり、残りの三人となにやら相談を始めた。
「悪いがこれじゃ『再生』はしねーぜ」
そう言ったのは、頭に巻いたポシェットに入った花弁だった。
「そもそも素材に『再生』可能なほどの精霊が含まれてねーし、
濃縮も全然足りねー。短時間過ぎる。焼き入れ前に、あと三段階は同じ工程が必要だろ。
得意のコーティングはどうしたんだよ。お前、やる気あるのか?」
久しぶりの毒舌に、オシロは苦笑しながら返す。
「やっと喋ったか。よく言うよ。誰のせいでこんな事してるんだか」
「おいおい、俺に責任転嫁しようってのか?
お前、まさかあのジジイ達も、醜悪で生き汚い卑怯者だとでも思ってるんじゃないだろうな。
ありゃ当然の反応だぜ。自分の命が惜しくて何が悪い?
俺だって同じだ。身を守る為に黙ってた事を責められる覚えはねえ」
「そんなこと思ってないよ。今朝、ちゃんと彼らに脱出用の精霊も渡してきただろ」
「どうだかな。俺はてっきり、この警備の中を脱走未遂でもさせて、
仕返しする気なんだと思ってたぜ」
ふー、とオシロは息を吐いた。
「警備は手薄になるよ。そもそも『再生』ができたって、助かる保障なんてない。
ただ逃げても、技術者に固執してる連中がいる限り追手はかかるしね。
今日は彼らが全員集まってくれてラッキーだった」
「お前、何を言ってるんだ?何か仕掛けるつもりか?・・・いや、まさか、おいお前」
オシロは時計をコンコンと指で叩きつつ、釜の中を覗きながら言った。
「これは僕の『責任』なんだよ」
「馬鹿か、お前は!あんな連中に義理立てする理由なんぞ何もないだろ!
お前はお前で足掻けばいいって、そういう話だろうが!?」
「お前の言うこともわかるよ。
でもそんな理屈は、現実の前じゃ、こうだ」
オシロが掲げた右手は、人差し指と中指が折れ、すでにぱんぱんに腫れあがっていた。
「痛くてたまらない。痛みは、痛みであって痛みじゃないんだ。
僕は何もわかってなかった。わかった気になって、痛みや死を知った気になってた。
都合よく、痛くも痒くもないものに置き換えてたんだ。
でも、本当に直面した時、それじゃ通用しない。通用しないんだよ」
そのまま振り返って、後ろの四人に声をかける。
「そろそろ完成しまーす」
気づいた四人は、ぞろぞろと足を動かし始めた。他にも多くの見学者が近寄ってくる。
「おい餓鬼、やめろ」
「お前には感謝してる。あの時、本当は基地を皆殺しにすることもできたんだろ?
でもしなかった。感謝してる。
本当はとっくにわかってたんだ。全部、僕のせいだったって。
協力はしてやれなくて、ごめん。でもお前も、置いていくわけにはいかないから・・・」
「やめろ、オシロ!!」
ポシェットからの叫び声に周囲がぎょっとして視線を集めた直後、
オシロの横の精霊釜は、工房一棟を丸々巻き込んで大爆発を起こした。
――僕の両親もこんな風に、関係ないたくさんの人たちを巻き込んで、死んだ――
――今日からお前はエフェクティヴの男だ――
――弱きを助け、強きを挫く、そんな勇敢な男になれ――
――作戦は失敗した!精霊爆弾の暴走らしい、ボルツ達も全滅――
――もうこいつを生かしておく理由も――
――今日からお前は精製作業を覚えるんだ――
――嫌だ!僕は戦士になるんだ!そんなのじゃ、敵を殺せない――
――あなたみたいな人が、そこまでして何故こんなことを続けるんですか――
――あの事故以来、私には――
――永久精霊っていう物があるんだって!それが作れれば――
――そんな物はできん。そろそろ図書館に行くのも――
――こんな粗霊じゃ駄目だ!何もできないじゃないか!――
――また失敗だ!なんで上手くいかないんだ、なんで――
――あの、これ、あまりいい物じゃないんですけど――
――また失敗しただと!お前一体、どれだけ精霊を無駄にすれば――
――信じられん出来だ。各基地への配備を進める、量産を急げ――
――よくやった。エフェクティヴの男として、もう一人前だな――
――精霊か?精霊が喋ってるのか?――
――そして俺が『常闇の精霊王』――
――やめて!彼らにはまだ何も聞いていないのよ!――
――駄目だ!この精霊じゃ危険な状態を抜けるまでは――
――責任を取れ!エフェクティヴの男だろうが――
――あんな連中に義理立てする理由なんぞ――
――とっくにわかってたんだ。全部、僕のせいだった――
・・・・・・・・・・
――リオネ・アレニエールが街に来ているという報告が――
――至急手配を。もっとも、これに手の施しようがあるとは思えないが――
エフェクティヴによる自爆テロと断定された、
精霊精製競技会での大爆発から数日後。
稀代の精霊ギ肢職人、リオネ・アレニエールは、
七家ラクリシャから口外無用と念押しされ、ある薄暗い医療施設へと招かれていた。
「『これ』は何?」
「何だと思いますか?」
縦長の水槽に浮かぶ『これ』を見上げながら、リオネは眩暈を感じながら言った。
人払いのされた誰もいない室内で、
名乗りさえしない男が、抑揚のない声で逆に質問を返してくる。
「史上最悪の拷問を受けた死体の成れの果てって感じかしら」
「非常に示唆に富む推論です。
しかし、それは完全なる誤解ですよ。
彼は先の36名もの死者を出した自爆テロ、その最も爆心地近くにいたとされる少年です」
「確かにこれは爆創ね。でも、そんな事ってありうるかしら」
「もっともな疑問だと思いますよ。
最低限必要な臓器を除き、皮膚、筋肉、骨格、血管、ほとんど何も残っていない。
しかし、我々は何らかの精霊防御によって、それが行われたのだと考えています」
「関係ないわ!これはもはや死者でしょう!?何もできることなんて、ない」
リオネは半ば悲鳴のような声で叫んだ。
しかし、そんな反応もまた想定内だったのか、特に気にするでもなく、男は話を続ける。
「爆発直後こそ何度も生死を行き来しましたが、今では精霊液の中で十分安定しています。
それに何も、彼をもう一度歩けるようにしてくれ、などと頼んでいるわけではない。
内耳と鼓膜、補聴器、つまり聴覚までは精霊で代替することができました。
しかし、それだけではコミュニケーションは成立しない。
彼の声帯、さもなくば筆談可能な程度の義肢を接続して頂きたいのです」
「はっきり言って、気が進まないわね」
「あなたが断れば、他の誰かが行うことになるでしょう。
結果的には、彼の安楽が遠ざかるかもしれませんね。
私としては、そのような状況になることは、あまりに忍びない」
「そこまでして、一体何を喋らせようっていうの・・・?」
「あなたも精霊に携わる者なら聞いたことはありませんか。
精霊技術の常識を覆す、リリオットに眠る途方もない精霊の話を。
その最後の鍵を持つのが、この少年なのですよ」
××××××××××××××××××××××
(知ったことか・・・)
思考の中で、オシロはそう呟いた。
激痛が全身を支配し、吐き気がやまず、凍えるように寒い。
しかし、この話が幻聴でなければ、もはやその感覚ですら、偽物のはずだった。
(あの人達は無事に逃げられたんだろうか)
目は何も見えなかったが、奇妙な浮遊感だけはあった。
三半規管が補われているからかもしれない。
――ほらな?あんなしみったれた奴らに肩入れしても、所詮こんなもんだ――
――今からでも遅くねえ。捨てちまえ。お前には俺の隣こそが相応しい――
(そうだな。いいよ。好きにしてくれ。
どうすればいい?お前を『再生』する方法を考えるよ。
僕も、ちゃんと治してくれるんだろ?もううんざりだ。
約束だったよな。世界を愛でられる玉座をくれるって。
それでいい。何でもいいから、早くして。もう、今にも死にそうだ・・・)
しかし、その懇願に答える幻聴は、二度と聞こえることはなかった。
もう何もかもが遅い。
言い知れぬ喪失感と恐怖が、無いはずの胸を締め付けたが、
泣く為の涙腺はおろか、オシロにはもはや眼球すらもなかった。
このリオネという少女(オシロには声からしか判断できなかったが)は、
さぞや優秀なのだろう、とオシロには思えた。
それだけに、彼女の期待に応えられないのは辛かった。
絶えず励まし、休みなく作業を続けた彼女が、
やっとの思いでオシロに接いだ細身の義手で、オシロが綴った文字は、
『しなせて』の一言だった。
その後、長い沈黙があった。
「こいつはもう駄目だ。体の問題じゃねーんだ。
一度自分で死を選んじまうと、たとえ助かったとしても、
その決断をした自己との同一性を保とうと精神が固化しちまうんだよ。
こいつが今望んでいるのは、本当に死、だけなのさ」
聞き慣れた、いつも通りのくだけた声が言う。
常闇の精霊王。巻き添えにしたつもりだったが、二人とも生き残ってしまったのは、
何とも皮肉な結果に思えた。その周囲で36人もの人間が死んだというのに。
「一号は黙ってて。
オシロ。貴方の意思は尊重するわ。
私には自殺志願者を止めるほどの力はない。
でもね、私は諦める事が救いになるなんて事は信じていないの。
そんな姿になるまで貴方が貫こうとした事は、今ここで諦めて達成されることなの?
無念は本当にないの?
その為に何かが必要なら、人はいつだってそれを補うことができるのよ」
必死で訴えるリオネに申し訳なさを感じながら、オシロはさらに義手を使って、
『らくにして』と書き綴った。
くっくっく、と常闇の精霊王が笑うのが聞こえた。
「いーいカウンセリングだったが、言葉通り聞く耳もねーとよ。
実際問題、こいつを立たせようとするだけで、安い家の二、三軒でも立つんじゃねーか?
死なせてやれよ。お前がお払い箱になった後は、それこそ何をされるか、わかったもんじゃねーんだ。
そして俺と組め。お前は優秀だ。『神霊』へ導いてやる。そこで俺を復活させろ」
「そんな話は・・・」
そこで階段を響かせて、誰かが降りてくる音がした。
全員が口を閉じた後、扉を開く音が鳴る。
「結構。義手の接続は成功したようですね。
報酬は上に用意しておきました。あなたの役目はここまでです」
最初の男の声だった。リオネが慌ててそれに反論する。
「待って!まだ終わっていないわ。彼にはまだ・・・」
男の足音がオシロに近づき、何かを取り上げる音がした。
「しなせて、ですか。生憎とそんな事ができるほどの自由を与えられては困ります。
これだけ書ければ十分。さあ、お帰り下さい。
それとも、契約を放棄してその名を地に落としますか?リオネ・アレニエール」
ぐっ、とリオネが言葉を飲み込み、
そのまま階段を上がっていく音を、オシロは少しだけ安堵しながら聞いていた。
「さて、では君の最後の仕事の説明を始めましょう。
それさえ終われば、君もその苦痛からすぐに解放されます。
もう薄々気づいているでしょう。
あなたが最後にすべき仕事は、『神霊』の精製です」
声が。男の声だけがオシロには聞こえていた。
他には何もない。闇。無。底のない常闇。
その中でオシロは、与えられた義肢を使って、一言、意思を出力した。
『セブンハウスの指図は受けない』。
男は少しだけ沈黙し(恐らく文字を読んでいたのだろう)、すぐに言葉を続けてきた。
「なるほど。少し誤解があるようですね。
私はエフェクティヴの人間です。さしずめ、セブンハウスに刺さった、
エフェクトのくさび、といった所でしょうか。それゆえに君を救えた。
そういえば、エフェクティヴの工房から、君に伝言がありましたよ。
金髪の若い女性からだそうです。心当たりはありますか?
しかし、この内容は少し、今のあなたには酷かもしれない。
あなたの事を買っているから、来る気があるなら訪ねてほしいと、そう言われたそうです」
オシロにはそれがリューシャの事だとすぐにわかった。
紹介した職人に取次ぎを頼んだのだろう。
ともすれば、競技会にリューシャも来ていたかもしれない可能性すら無視して、
自爆を強行した罪悪感を感じながら、オシロは疑惑を緩めた。
(なら、この人は本当にエフェクティヴ・・・?)
反応を返さないオシロを見て、男はそこで別の話を始めた。
「少し昔話をしましょうか。
今から一世紀近くも前、今は亡き南の小国ポレンで、一つの喋る精霊が見つかりました。
彼の名はヴェッテルラング。過去の英雄でした。
彼は様々な古の知識をもたらし、そこから多くのエフェクトが伝播しました。
知っていましたか?馬要らずの馬車は彼の知識によって、復活されたものなのですよ。
そしてそれは、大きな戦争をも招き寄せた・・・」
教育を受けた事のないオシロだったが、そんな歴史は聞いたことがなかった。
かつて起こった大戦の理由は確かに不確かだが、
各国の領土争いの激化が原因だと、一般には言われている。
その疑いに気づいたわけでもないだろうが、男は少し息を切って、弁解を挟んできた。
「もちろん、彼の存在は秘されていました。
しかし、彼の最後の遺言が、大戦最大の激戦地を、このリリオットへと決定付けた事は確かです。
彼が遺したのは、常闇の精霊王の墓。その場所。『神霊』の眠る地。
大戦が終結した後、大国同士の牽制によって、半ば空白地帯と化したリリオットで、
神霊の探索を引き継いだのは、土着の氏族であったセブンハウスでした。
しかし苦労の末、一つ目の神霊を掘り出した彼らですが、そこで決定的な誤算を犯してしまいます。
あまりの巨大さから分割して精製を試みたものの、『神霊』の精製は失敗。
エフェクティヴの妨害作戦もあり、それは最悪の暴走事故を引き起こして終わりました。
・・・そう、すでに神霊は一度掘り出されていたのですよ。
しかし、その精製の難しさゆえ、誰も使うことができなかったのです」
「それが六年前の事故の真相。
君にとっては、因縁の深い、あの事故のね」
男が語った過去。『神霊』はすでに一度掘り出されたという。
そして、その精製に失敗した。その事故でオシロの両親は死んだ。
確かに奇妙な因縁といえるのかもしれない。
今度は再び、その『神霊』の精製がオシロに求められている・・・。
「けれど、その失敗をきっかけに、セブンハウスは完全に混乱状態に陥りました。
中でも決定的だったのは、ジフロマーシャの裏切り。f予算の告発です。
知っていますか?リリオットの抱える、あらゆる問題を解決する事ができるとさえ噂され、
大富豪から乞食に至るまでが、その行方を捜しているという夢の埋蔵金、f予算。
しかし、何という事はない。その実態は、f、found《建国》、つまり《建国予算》。
88年前の大戦終結以来、『神霊』を基軸に秘密裏に温められてきた、リリオット独立計画。
その最大の要であり、証拠でもあるf予算が暴露されるなど、あってはならない事でした。
さらに、ジフロマーシャは巧みに採掘権をも独占し、
二つ目の神霊を手土産に、残る六家全てを逆賊として、本国へ売ろうとしていたのですよ。
もっとも、そのジフロマーシャも今では、ヘレン教によるクックロビン卿殺害と、
あなたが実行した自爆テロによる、採掘責任者全員の死亡という不幸によって、
もはや家の体すら成してはいませんがね」
男はそこで話を一区切りすると、足音をたてながらオシロから遠ざかり、
何かをガチャリと動かした。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・
重く低い音が部屋全体に響き渡り、何かが下から上がってくる気配をオシロは感じた。
「第二神霊は現在、セブンハウス同士の猜疑心から、
一商人の手にその全権が移っており、迂闊には手が出せません。
ですが、第一神霊は事故以来、その欠片は幾度となく精製を試みられ、
もはや原形すらとどめない劣悪な失敗作として、ほとんどが放置状態にあります」
ガチコーンッ、と大きな音が鳴り、重低音がやむ。
「DS1-4p13《ザドキエル》。横縦約3メートル、高さ約6メートル、まだら黒色の第一神霊の欠片です。
あなたの両親の命を奪った神霊であり、エフェクティヴ悲願の破城槌。
まるで聞こえるようだ。エフェクトの革命歌。みなが散っていった。大いなるこの時の為に」
感極まった様子の男とは裏腹に、オシロには一つの疑問があった。
『なぜおやのことしってるの』、そう書き綴る。
親なしである事はともかく、その経緯まで知っているのは、同じ基地内でも、
わずかな人間だけのはずだった。
実際の事故を知る人間となると、ほとんど育ての親であるベトスコくらいしか思い当たらない。
「手紙。誠に残念ながら手紙を頂きました。遺書です」
男が声の調子を落として、言う。オシロは嫌な予感がした。
「病で先の長くない身と聞きましたが、その前に」
聞きたくなかった。
「手を下したのは公騎士だったそうです。恐らくは、報復でしょう」
死病に侵された老人に?
「これがセブンハウスのやり方です。誰かが正さなければ、永遠に続く」
(殺すなら僕を殺せ!!)
「遺書にはあなたへの深い愛情と共に、最後にこう書き綴られていました。
お前がエフェクティヴの無念を受け継ぎ、最後まで戦ってくれると私は信じている。と」
夜。石畳の冷たさに目が覚める。
泥の香り。寂しく道を照らす精霊灯。静か。
ここはリリオットのメインストリート。その外れ。
もう帰ってこられないかもしれない。そんな不安も、あった。
不意に頭上で声が響く。
「ことによると、明日からはお前と引き離されるかもしれねえ。
そうなったら、お前一人でも俺を復活させろよ。どうも嫌な予感がする」
「・・・弱気だな」
「保険だ。お前よりは、お前の状況のヤバさはわかってる。
お前の精神の一部に、精製に関する情報を書庫にして転写しておいた。
だがこいつは、あくまで臨時のものだ。展開しても、持続的に定着するわけじゃねえ。
場合場合によって、部分的に解凍して使え。キーワードと目次はこれから教える」
「知らないよ。それに、そんな怪しげなもの使えるもんか」
×××××××××××××××××××××××××
(デコード。精神のみで行う精製法)
心の中で・・・、精神で念じる。
すると一瞬気が遠くなり、次第に膨大な記憶が、映像で、音声で湧き上がってきた。
それに混じって、精霊の光沢に似た、扁平な板を持つ手が見える。
これはまさか常闇の精霊王の手だろうかと、オシロは思った。
男に、神霊とオシロの脳とを近接させるよう指示を出す。
(デコード。乱結晶化した巨大粗霊の精製法)
知識がはじける。内容は極めて難解だったが、精製に関する事だけは何とか理解できた。
巨大精霊の精製は、その精霊自身の一部を精製デバイスと化して、精製する方法が基本となる。
巨大だからこそできる無駄使い、異なる精霊では実現できない拒絶反応の穴。
(乱結晶の再構築にはスライディングブロック法が適する。
デコード。スライディングブロック法。
ついでだ。デコード。自解式多段連鎖精製について)
水槽越しにオシロの脳と接した神霊は、
精霊が回路を造成する時に発する、特有の光で包まれていた。
光が血管のように神霊に張り巡らされ、ギシギシと音を立てて、
その全体がたわんでいく。
「素晴らしい」
男がぽつりと賞賛の声を漏らす。
「やはり復活していたのですね、常闇の精霊王。そして受け継いだ、その知識を。
彼はどうしました?再び死んだのですか?まあいいでしょう。
しかし、何という激しい精製だ。
脳と精霊の間の遮蔽物がなくなったことで、より純粋な精神の交感が果たされている」
バキャメキャッ!!
精神を集中して精製を行っていたオシロの補聴器に、そんな異音が飛び込んできた。
まさか暴走、と焦ってオシロは義手を動かそうとしたが、
文字を書ききる前に男が状況を説明する。
「心配はいりません。精製の終わった部分が天井を突き破っていっただけです。
その本来の姿、闇となって、天を覆い尽くす為に」
男が涼しげな声で説明する。破壊音にかき消されないようにする為か、その声は近かった。
(闇・・・?)
「かつて精霊の力によって全世界を支配した、掛け値なしの大魔王。
その力の源こそ、この無限にも近い闇の精霊の粒子でした。
あらゆる都市、あらゆる国が光を奪われ、
ドラゴンひしめく大密林でさえ、その気まぐれに、ことごとく滅んでいった・・・。
その魔王の名が、常闇の精霊王スルト・メルコスティン」
破壊音はさらに激しくなっていく。
高速で連鎖的に精製状態が伝播していく神霊は、もはやオシロの手を離れ、
後は全てが完了するまで、その精製を自動的に続けるだけだった。
今度は途中で止めずに、最後まで義手で文字を綴る。
『あなたはなにもの』。
「私?私は、ムールド・アウルリオス・フォン・ラクリシャ。
エフェクティヴの真なる指導者、マスターオブエフェクティヴにして、
連綿と続く古代精神の後継。つまり、この時代の精霊王です」
その夜、ゆっくりと隠れていく星空に、気づく者は気づいていた。
夜が明け、いつもなら朝日が射す頃になると、
むしろ街を覆うそれが、夜よりも暗い闇だという事に、多くの人間が気づき始めた。
ランプを持った人々が、うろうろと闇の中を歩き始める。
偶然にも『闇』の壁を見つけた人間は、ある者は怯えて近づかず、
ある者は無謀にも踏破し、『闇』が無害である事を証明し、
壁の向こうには朝日が訪れている事を知った。
しかし、ある者はそれを見て、『闇』が動かせない可能性に気づきつつあった。
「始まった!」
「急げ!今日こそ、この街を俺達の手に取り戻すんだ!」
バタバタと男達が走り回る。
乏しい明かりの中、街中のエフェクティヴ基地には、
精霊武器を持つ構成員達が続々と集結していた。
「とうとう腹くくらにゃいかんなぁ」
薄い頭をぼりぼり掻きながら、男が言う。
街が闇で覆われた時、それが作戦開始の合図。
それが、マスター・オブ・エフェクティヴから出された指示だった。
「みな集まったか?全員、合い鈴を持つのを忘れるなよ。
では、そろそろ『神霊』をいただきに参ろうか」
男がそう言うと、集まったエフェクティヴ達は、それに応えて声を上げた。
『闇』はリリオット北部をドーム状に覆い、
その北端はレディオコーストにまで達していた。
それらの、街を包む薄い層状の『闇』とは別に、
その半球の中心部、シャトラン救済教会の半径50メートル以内には、
ランプの光さえ役に立たない、濃霧のような『闇』が渦巻いていた。
『闇』の力が放たれている中心地。使用者のいる場所。
そこから真っ黒な人影が走り出していった。
『闇』の塊。それは無意識に『闇』で体を補い、
ムールドの傍から逃げ出したオシロの姿だった。
「皆さん、落ち着いて下さい!
外出は控え、できる限り、屋内で待機して下さい!
エフェクティヴによる大規模な武力蜂起が懸念されています!
現在、公騎士団が全力で原因究明に取り組んでいます!
皆さん、落ち着いて下さい!」
そんな注意喚起をして公騎士団達が走り回っている中を、
オシロもまた闇の塊となった体で、がむしゃらに走っていた。
背後の空を見上げると、教会にあったはずの闇の塊が、少し北に移動している。
それはレディオコーストで『神霊』がエフェクティヴによって奪取される頃、
ちょうど、その場に達するはずだった。
「待て、そこの黒い奴!何者だ!」
すれ違った公騎士に腕をつかまれる。が、その腕は闇となってすり抜けた。
その『闇』のほんの一部を操作し、公騎士の両目に貼り付ける。
すぐさま公騎士は悲鳴を上げ、自分の顔面を押さえて足を止めた。
「待て、オシロ!」
前方からかけられた声にぎくりとする。
「神霊を放り出してどこへ行く?仲間達を裏切る気か?」
それはありし日の父だった。隣に母親も立っている。
「途中で投げ出さないで!最後までやり遂げて!」
かまわず二人に体当たりすると、そのまま手応えなく、二人は闇へと還った。
間を置かず、さらに前方に一人の老人が現れる。
「私は信じていた。お前なら立派に私の後を継いでくれると。
憎い公騎士達を殺せ!犠牲を恐れるな!私達の犠牲を無駄にしないでくれ!」
「だまれー!」
向かってくるベトスコを振り払うと、
その後ろから今度はレストが姿を現した。
「確かにあなたに精霊を渡し続けたのは、単なる僕のエゴだったよ!
父さん達の起こした爆発の犠牲者と重ねて、あなたの為に何かすることで、
罪滅ぼしをしてる気になってた!でもそんなのは全部まやかしだ!
その為に磨いた精製技術で、僕はまた父さん達と同じ事をしたんだ!
たくさん死んだ!こんなこと正しいはずがない!セブンハウスと同じだ!」
叫びながら両手を叩きつけようとすると、
レストはその場から素早く身をかわし、オシロはそのまま転倒した。
衝撃が内臓を叩き、咳き込むオシロの上から、レストがランプの光を当てる。
「ええっと、もしかしてこの黒い塊は・・・、オシロさんだったりするのでしょうか?」
「本物の・・・」
オシロが返事をしようとすると、その前にさらにレストが続けた。
「いえ、そんなはずはないですよね。オシロさんは人間です。
ちょっと暗くて動転していたようです。では、先を急ぎますので」
レストはそう言うと、倒れたままのオシロの横をすり抜けた。
「待って、レストさん!行かないで!」
そう叫んで立ち上がる。
レストがぴたりと足を止めた。
「オシロです!こんな姿ですけど、オシロなんです!」
そう言って、立ち止まっていたレストに抱きつこうとするが、
やはり素早くかわされ、オシロは再び転倒した。
「確かにオシロさんの声のような気もするのですが・・・」
「僕の体はもうないんです。爆発で焼き尽くされて。
でも、お願いです。僕をこの街から連れ出して下さい。
街から出て、ずっとずっと遠くまで、連れ出して下さい!!」
見上げながら、オシロは無茶苦茶な事を叫んだ。
レストはびっくりしたように、顔をきょとんとさせていた。
「ええっと、オシロさん?私、今、実はある方の頼みで、ダザさんを探しているのですが・・・。
それに何だか街もおかしな事になっていますし、少し状況を把握しなければ・・・」
「依頼料は一生かけて払います!
ずっとレストさんの為に、精霊を精製し続けます!」
「ええっ!?」
一転、レストは表情を変えて驚いた。
そのまま腕を組んでうつむき、うんうんと唸りだす。
その時、二人の人影がオシロ達の近くへ駆け寄ってきた。
「とこやみの せいれいおう。めざめさせた のは あなた?」
「…まさか、オシロ!?」
えぬえむと、もう一人は金髪の女性だった。
「えぬえむさん・・・?」
オシロは立ち上がりながら、えぬえむと、もう一人の金髪の女性を見た。
「どこへ いく?とこやみの せいれいおうは ふかんぜん」
奇妙な喋り方で金髪の女性が言う。
なぜこの女性が、常闇の精霊王を知っているのかはわからなかったが、
そんな事はもうオシロにはどうでもよかった。
「常闇の精霊王は、もう目覚めない。こんな力、さらに争いを呼ぶだけだ!」
「それは こまる。わたしには それしか ないのに。
こばむなら ちからずくでも つれていく」
「ソフィアさん!?」
剣を構える女性、ソフィアを見て、えむえむが悲鳴を上げた。
隙のないその構えに、オシロは思わず後ずさる。
するとその二人の間に、レストがとすとすと歩み寄り、
オシロを背にして、滑らかに構えをとった。
「どこのどなたかは存じませんが、依頼人を誘拐されては私が困ります」
「レストさん!」
崩れた崖の底へ消えていくレストを見て、オシロは叫んだ。
「私が行きます!」
そう叫んで真っ先にレストを追ったのは、魔法少女形態のすみれだった。
それから二人が消えた崖の横で、リオネがどさりと荷物を降ろす。
「足りるかわからないけど、ロープ代わりになる物を降ろしてみるわ。
あの調子じゃ放っておいても戻ってきそうだけど、いかにも天然二人組って感じだしね」
「それなら僕も・・・」
「てめーが遅れてどうすんだよ」
ドレス姿の少女と化した常闇の精霊王に『闇』の体をつかまれて、
オシロは無理矢理その場を引きずられていった。
静かな暗闇の中を、マックオートの剣の光と、
えぬえむの妖精の光を頼りに進んでいく。
「変ね。オシロ君の話じゃ、『神霊』は今、
公騎士団とエフェクティヴの取り合いの真っ只中なんでしょ?静かすぎるわ」
えぬえむが疑問を口にしていると、
不意にマックオートの剣の光が、より一層強く輝き始めた。
「近い!皆、気をつけるんだ、って、うわぁ!」
坑道が広い空間に抜けたかと思うと、突如、マックオートとえぬえむの周囲に、
ボーガンの矢やら精霊の弾丸などが集中砲火された。
「ひかり ねらわれてる」
「そっか!アルティア、消灯!マックオートさんも剣収めて!」
全員でわたわたと坑道に引き返して、照明になるものを全て消す。
しばらくすると攻撃はやんだようだった。
「むう、どうやら膠着状態みたいだ。剣が反応する方向の周囲が、うっすら光で囲まれていたよ」
「それが戦線ってわけね。柵に精霊灯か何かをかけて、近づいた者を攻撃する境界。
恐らく、その中心にいるのがエフェクティヴと・・・」
言葉を途中で切って、えぬえむは耳を澄ました。足音が後方に遠ざかっていく。
「ヘレンさん?オシロ君?常闇・・・、ちゃん?皆、無事?」
しかし、えぬえむの点呼に答えたのは、ヘレン一人だけだった。
「ここまで来りゃ、後はお前が俺を復活させるだけだ。わかるな、オシロ」
オシロの手を引きながら、常闇の精霊王が言う。
「『闇』の術者がエフェクティヴの人間か、『俺』かは知らねーが、
どういうわけか、お前抜きでも『神霊』を使える気でいるらしい。
白状するが、はっきり言って、今の俺は常闇の精霊王の雑種みたいなもんだ。
恐らく、基礎部分のそれに、お前が都合のいい精霊をつぎはぎして出来た、
合成人格ってとこだな。本物の常闇の精霊王は、俺みたいにフランクじゃねえ。
洒落抜きで街の一つくらい、一発で消える。わかるか?
のんびり奴らがお見合いやってる間に、あの『闇』が来たら終わりだ。
その前にお前が『神霊』を解放しろ。お前なら暗闇に紛れられる」
複雑に入り組んだ坑道を、明かりなしに常闇の精霊王がずいずいと先導する。
引かれて足を進めながら、オシロは手を、その後ろ首に当てて答えた。
「心配ないさ。あの『闇』の中には、誰もいない」
「な、グァ!?」
首に衝撃を受けて、常闇の精霊王はそのまま倒れこんだ。
「だって、あれを動かしているのは、僕なんだから」
「かつて、精霊は計り知れない暴虐のただ中にあった。
終わらない凄絶な悪夢に、精霊達はその声を聞く一人の少年を見い出し、
精霊の王として、無数の精霊が彼にその身を捧げた。
少年はその力を振るって戦い続け、いつしか百虐の魔王とさえ呼ばれるようになった。
その望みは、ただ、人間が精霊を使うのをやめさせたい。
それだけだったのに」
眩く輝く神霊を背に、オシロはそこから飛び降りた。
「エフェクティヴの本隊とは、行き違いになったみたいですね。
これだけの坑道だから、完全封鎖は難しい。
が・・・、偶然ではないな。ジーニアスの手引きか」
「あなた、本当にオシロ君?それとも、誰かに乗っ取られて・・・?」
えぬえむが厳しい顔でそう尋ねた。神霊の光によって闇は晴れ、互いの姿が視認できる。
「正真正銘の、オシロです。
そして同時に、その意志を譲り渡された、エフェクティヴの新しい指導者でもある」
言いながら、オシロは足を進めた。
そのつま先から、『闇』の体が肌色を取り戻し、
見る見るうちにそれは全身に広がると、瞬く間に完全なオシロの元の肉体を復元した。
「指導者!?って、オシロ君、体が!何で裸!?うわーっち!」
「つまり、お前は悪の親玉になってしまったって事か、オシロ!?」
混乱するえぬえむの横で、マックートが光り輝く剣を握って、オシロに問う。
「僕はあなた達に問いたい。なぜここに来たのか。
エフェクティヴの誰もが、圧政に義憤し、犬死の恐怖を克服して、この作戦に殉じている。
その聖なる戦いに、なぜあなた達が邪魔をするんですか。
この戦いは街に光を取り戻す戦いだ。しかし、あなた達はそれを潰そうとしている」
冷たく問い返すオシロに、マックオートは剣を振って叫んだ。
「勝手なことを言うな!エフェクティヴのせいで、
どれだけの人達が傷ついてると思ってるんだ!その涙を、俺は見過ごせないだけだ!」
「私も、この街にどんな歪みがあるのかはわからないけど、
それを暴力で無理矢理解決するのが正しいなんて思えない。
あなただって、そう、そう言ってたじゃない!(でもとりあえず服を着て!)」
反論する二人を制して、ソフィアが一歩前に出る。
「もう なにをいっても むだ。それに じかんが ない。もうすぐ やみが くる」
オシロの周りに『闇』が集まり、ぐにゃりと捻れて八体の人形が現れる。
「つまりは、通りすがりに上っ面の犠牲だけを見て、
正義の使者気取りで、のこのことやって来たってわけか。
ソフィアさん、僕、あの時言いましたよね。膨大無限の『闇』を倒す唯一の方法。
その精神の発生源たる術者を殺す。それが最短にして不可避の手段だと。
やれるものなら、やってみて下さい。
僕は、ぬくぬくと自分だけが安全な場所にいて、人殺しを指示してきた先代とは、違う」
そう言って、オシロは宙を舞う人形と共に三人に襲いかかった。(すっぽんぽんで)
==========<補足情報>==========
これ以降、オシロの無許可での殺害を解禁します。
オシロの戦闘データはオシロ投稿時のスペックに準じますが、
『闇』が到着するとパワーアップします。
PCに対しても積極的に致命傷を狙い、許可があれば殺害します。
英雄になりたい人は、英雄になって下さい。
茹で卵が、頭の先から割られるのを、もし内側から見ていたとしたら、
そんな風に見えたかもしれない。
街を覆った『闇』のドームは、その天頂から静かに崩れ落ちていった。
巨大な明り取りの窓のようなその光が、何を意味するものなのか、
ほとんどのエフェクティヴは知らされていたが、それを即座に受け入れられた者は、
けして多くはなかった。
「持ちこたえろ!必ず、必ず将軍達が常闇を率いて帰って来る。それまで・・・」
「命令を忘れたのかー!撤退だ!この戦いは失敗したのだ!
次の作戦の為に、何としても生き延びろ!無駄死には許さん!」
街とレディオコーストの境界で交戦するエフェクティヴ達の後ろでは、
重ねて失敗を知らせる合図である鏑矢が、狂ったように射鳴らされていた。
「俺は最後までここを守る!誰が逃げるか!」
「俺も残るぞ!まだ立ち直せ・・・、ぐわぁー!」
喧騒鎮まらない中、街を蹂躙した『闇』は、
その全てが灰となって、うず高く積み上がっていった。
高度な中継回路によって制御された精霊兵器といえども、
その源となる『精神』を失っては、
一秒たりともその機能を維持することはできなかったのである。
かつて常闇の精霊王と呼ばれた人間が、
核の冬と恐れられた無尽の灰と精霊から作り出した、世界を覆うほどの『闇』。
バラバラに散らばった不滅のそれが、いずれまた集結し神霊となるまでには、
それからおよそ、1000年もの歳月が再び必要だった・・・。
「ラボタの人々には悪い事をしたと思います。
しかし、爆発もせず、ただじくじくと飼い殺しにされ続ける、
そんな監獄こそが本当の地獄なのです。
なればこそ、たとえ自らを自らで傷つけたとしてでも、奮起せねばならない」
鳴り止まない破壊音の中で、オシロはその不可解な告白に、
義手を使って疑問を書き記した。
『どういうこと』。
「あなたの所にスラッガーを送り込んだのは私です。
彼らの犠牲が糧となり、全エフェクティヴの意志がより一層強固なものとなる」
ムールドがいう言葉の意味は、オシロには理解できなかった。
(つまり、なに?この人は、なにを言ってる・・・?)
「つまり。私があなたのおじいさんを殺したのは、
あなたのその激情を利用し、あなたに神霊の精製を行わせる為だったという事です」
オシロには理解できなかった。
理解はできなかったが、その瞬間、神霊の欠片から立ち昇る『闇』は大きく方向を変え、
ムールドの下腹を貫き、そのまま壁へと磔(はりつけ)にした。
吐血しながらも、ムールドは平静を保って、なお喋り続ける。
「そう。それでいい。
かつて精霊王の中で最も力を振るった常闇の精霊王も、
そんな風に肉体を『闇』で補い、何百年もの間、『精神』を維持し続けたそうです。
あなたは本当に、彼に似ている・・・」
気づけば全身を襲っていた激痛は和らぎ、オシロは奇妙に赤く染まった視覚を取り戻していた。
それだけではない。『闇』でできた手足も、もはやオシロの自由に動かす事ができた。
「あなたの精神に、私の精神の全てを圧縮して移植しておきました。
後はキーワードを念じるだけで、全てが解凍され、あなたは私の、私達の後継者となる」
「誰が念じるものか、そんなキーワード!」
『闇』はオシロの声帯すら再現し、微妙にノイズを混ぜながらも、
その口から望み通りの声を発した。
「解凍は本人の、『精神』の意思なくしては成立しません。
あなたは自らの意思で、私にならなくてはならない・・・」
次第にムールドの焦点が合わなくなっていく。
『闇』の渦巻く部屋の中でも、オシロの『闇』の目は、それを鮮明に映すことができた。
「本当の、遺言を知りたくはありませんか・・・?あの老人の・・・、
それを知っているのは、もう私、だけ・・・ですよ・・・」
その言葉を最後に、現代の精霊王を名乗ったムールドという人間は、
『闇』に磔にされたまま、完全に事切れた。
===================================
オシロへ
お前に秘密を明かす前に私が死んだ時の為に、この遺言を残しておく。
なるべくなら、落ち着いた所で読んでほしい。
まず、直接お前に話してやれなかったことを謝りたい。
全ては告白を先延ばしにし続けた私の責任だ。
お前のことだから、きっと基地の襲撃の事を、
自分のせいだとか思っているのだろうが、
決してそんなことはないので、安心するように。
エフェクティヴは、皆が皆、それぞれに覚悟を持ち、
他人を傷つけながら理想を追い求めているのだから、
その責任はいつも自分だけのものだし、
お前が背負おうと思っても背負えるものではない。
それどころか、エフェクティヴはお前に借りすらあるのだ。
お前の両親は、エフェクティヴの中で結婚し、
お前を産んだ後、六年前の神霊強奪作戦に従事して、
その暴走に巻き込まれて二人共が死んだ。
お前はそう思っていただろうが、それは違う。
この二人はお前の本当の両親ではない。
お前がまだ二歳くらいの頃、
お前はエフェクティヴによって、ある中流貴族の屋敷から攫われてきた。
エフェクティヴはお前を人質に、ある要求を通そうとしたが、
立場を優先したその貴族は、身代わりの死体でお前が殺された事にして、
要求を無視し、お前を切り捨てた。
その後、使い道のなくなったお前を引き取り、親代わりに育てたのがあの二人だ。
本当は、あの二人が死んだ時にお前に教えてやるべきだと思った。
だが結局、私はそれを最後までお前に打ち明ける事ができなかった。
お前を失うのが怖かったからだ。
大人というのは、誰もが誰も、こんなにも自分勝手なものなのだ。
お前があの、リソースガードの娘に、
両親の事故を重ねて、負い目を感じているのも知っていた。
しかしそれも本当は、お前が背負わなくてもいいはずの負い目だったのだ。
お前は、エフェクティヴではないのだから。
だからもう、お前はエフェクティヴに縛られず、
自分のしたいように、思うように生きなさい。
これまで全てを隠していながら、
勝手な言い草で、本当にすまないと思っている。
勝手ついでにもう一つだけ言わせてもらうと、
お前と過ごした日々は本当に楽しかった。
これからはその清々しい笑顔で、
愛する人と幸福な時間をすごしていっておくれ。
精霊がお前をいつまでも愛するように。
じーちゃんより
===================================
「もう遅い・・・。遅すぎるよ、じーちゃん・・・」
解凍された精霊王の精神は、ゆっくりと確実にオシロの精神を侵し始めていた。
それは上書きではなく、追加。
膨大な歴々の記憶と知識がオシロのアイデンティティを押し流し、
その人格を、オシロのまま精霊王へと変えていく。
訳もわからぬまま、気づくとオシロは、
そこから全力で逃げ出していた。
[オシロ31へ]
そして1000年の歳月が流れた。
突如、酷い頭痛に襲われて、オシロは目を覚ました。
が、何も見えなかった。
精霊の力を駆動して、視覚代わりの回路を造成する。
同時に聴覚も復元し、反響を分析して空間を把握した。
ごちゃごちゃとした密室と、
その中心に置かれた、人体と言うにはあまりに小さな塊。
それは、現在のオシロの姿に他ならなかった。
「なんてこったああーー!」
感情がそのまま精霊を駆動し、爆風が巻き起こる。
(死んだ?僕は死んだのか?それで精霊になった!?そんな馬鹿な・・・)
混乱しながらも、オシロは精一杯現状を把握しようと、
生前の記憶を思い出そうとした。
しかしその追憶は、どさりと物音がしたことで、すぐに中断される。
「いたっ」
「誰だ!」
物音の先には、逆さまに壁に張り付いた、一人の少女がいた。
「精霊?精霊が喋ってるの?」
ぽろりとこぼした少女の言葉に、オシロはついカッとなって叫んだ。
「うるさい!僕を精霊って呼ぶな!
くっそ〜、まさかいきなり本気で殺しにかかってくるなんて・・・。
僕が精霊になってしまうなんてぇ〜、笑えない。悪夢だ・・・」
ひっくり返ったまま、大きな目をぱちくりさせている少女を見ながら、
どこか奇妙な既視感を感じつつも、オシロは少女に質問をぶつけた。
「ねえ、君。僕を再生したのは君か?答えてくれ」
「再生、っていうか、復霊はした。精霊が喋るなんて聞いたこともなかったけど」
(復霊・・・?なんだそれ?)
精霊王の知識にもないその単語に、オシロは困惑した。
しかし、落ち着いて部屋の中の道具を見回してみると、
それらはどれも見たことがなく、しかも相当に複雑な構造を持っているように見えた。
(未来。それも、これまでの時代よりも、
さらに進んだ精霊技術を発展させた時代、だっていうのか・・・)
考え込んでいる間に、気がつくと少女がこちらへ近づいてきていた。
(まあいい。どちらにしたって、再生技術が確立されていないなら同じだ)
驚きを隠しながらも、牽制するようにオシロは声を出した。
「ねえ、君。えっと、まあ、君は・・・、きっと賢いんだと思う。
しかもたぶん、稀有な才能も持ち合わせている。でも聞いてほしい。
精霊は、精神の化石だ。動物では持てない、人間の独自の精神が堆積し、
奇跡的な物理的、霊的条件を経て初めて結晶する魂の宝石なんだ。
正しい手順をもって再構築を行えば、過去の精神を再生することすら可能になる」
オシロの説明に、少女は場違いなほど無表情に、ふんふんと頷く。
「そして僕が、その精霊を害する人間を一掃する為に、彼らから選ばれた王。
その最後の後継者、精霊王だ。悪く思わないでほしい。
僕の本体を再生するまで、君のその体を使わせてもらう!!」
「そんなことしなくても義体があるから、それを使ってよ」
「え?」
精霊エネルギーを展開し、あと少しで少女の神経系を掌握するという寸前で、
その冷ややかな言葉を受けて、オシロは精霊駆動を中断した。
少女が指差す方向を見ると、
そこには何体もの巨大なケースがずらりと並んでいた。
「リリオット?誰それ、友達?」
義体、と呼ばれる人工の身体に潜り込んだオシロは、
少女に連れられて、外へ出る為の自動昇降機に乗っていた。
「街の名前だよ。そうか・・・、いや、知らないならいいんだ」
「ふーん」
いまいち感情に乏しいその少女の横顔を見ながら、
オシロは他に何か、この時代まで残っているものはないかと思案してみた。
「そうだ。レディオコー・・・」
「あ、着いた」
言葉を遮って、ががんっ、という音と共に昇降機が停止する。
鉄骨で編まれた扉がばしゃりと開いた。
「うーーーーーーん、久しぶりの朝日だ。気持ちいー」
少女はさっさと昇降機から降りると、伸びをしながらそんな声を上げた。
そこは芝草の植えられた、簡単な庭園のようになっており、
頭上には昇ったばかりの太陽と、薄く雲の伸びた青空が広がっていた。
勝手に走り回り始めた少女は放っておく事にして、
オシロはふと見えた、庭園の端にある柵へと歩いていった。
庭園は小高い丘になっているらしく、そこからは辺り一帯が見事に一望できた。
「すごいでしょ。ディバインフォール、神様の落ちた穴って呼ばれてる。
まあ実際は単に、ずっと昔に掘られた精霊の露天掘り跡らしいんだけど」
いつの間にか横に来ていた少女が、さらりと解説を加える。
庭園の眼下には、巨大な穴が広がっていた。
遠近感が狂ったような巨大な、そして深い穴。
それは、かつてのリリオットやレディオコースト全てを囲んでなお、
余りあるような大きさの穴だった。
「これじゃ、神霊も・・・、残ってはいないだろうなあ・・・」
柵に手をつきながら、心地よい風に忍ばせるように、オシロはぽつりとそう呟いた。
「これからどうするの?」
戻ってきた作業場らしき部屋で、
朝食を食べながら、少女は単刀直入にオシロに聞いてきた。
「そうだなあ。死んだばっかりで、ちょっとまだ混乱してるんだけど・・・」
「なら、しばらくここにいる?話も聞きたいし」
謎の果実を頬張りつつ、本を読みながら言ってくる少女のその言葉に、
オシロはふと懐かしさを感じながら、自分でも意外な返事を返した。
「うん、じゃあお世話になろうかな」
「おっけー。じゃ、登録しときます。名前はオシロだっけ」
少女は手を掲げて指を弾くと、机の上にある複雑な装置に手をあて、
それを駆動させた。
その瞬間、オシロの脳裏に無数の心象風景が流れ込んできた。
それはバラバラで様々な人生の断片。精神の火花。そして悲鳴だった。
(タスケテクルシイキエテイクヤメテタスケテヤメテクレ・・・)
それは、少女の駆動した装置から聞こえていた。
「今使ってる、それは何?」
「霊算機のこと?ネットにアクセスする為の端末。珍しい物じゃないよ」
「それは、精霊で動いてるの?
・・・いや、いいや。わかってる。そうか・・・、そうだよなあ」
「?」
耳を澄ませば、それはそこら中からも聞こえてきた。
世界は、精霊の悲鳴で満たされている。
消えていく精霊、それは無数のかつての人々の精神であり、
そこにはかつての、リリオットの住人達の精神も含まれているのだろう。
もちろん、オシロの関係のあった人達の精神も。
それが消えていく。完全な無へと還っていく。
(これが、あいつが魔王になった理由か。
あの人が自分で自分を殺させてでも、伝えなければならなかった願いか・・・)
「ごめん。やっぱり僕は、ここにいられないみたいだ」
「ふーん」
少女がそっけなく呟く。
オシロは立ち上がった。
「どうして?」
「精霊を使うのをやめさせたい。やめないなら、そいつらを殺しにいく」
それは言うべきではない言葉なのかもしれなかったが、
せめてもの恩返しのつもりで、オシロは正直に少女に答えた。
「それは難儀ね。手伝いましょうか?」
「え?」
意外なその少女の言葉に、オシロは少し面食らって、思わず振り返った。
「精霊が過去の精神の化石なら、それは私達のご先祖様の想いの残滓。
もう使うのはやめないとね。そういう話でしょ?」
霊算機を停止させ、少女が立ち上がる。
そのまま、少女もとすとすとオシロの方へと歩み寄ってきた。
「意外だな。てっきり馬鹿にされるかと思ってた」
「失礼な。するわけないじゃない。
だって私には、心があるんですもの」
緑髪の、その機械人形の少女は、
不服そうに自分の胸を叩いて、オシロにそう言ったのだった。
おわり
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