千夜一夜の果てに

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[300] 2012/06/02 15:35:53
【ウォレス・ザ・ウィルレス 19 「変化の教師、ファローネ」】 by 青い鴉

 喧騒の礼拝堂の片隅に、赤い髭をたくわえた猫がいた。
 背筋を伸ばし、あくびをする。とててて、と猫は駆けた。駆けて、公騎士団の前に立った。そして一言「にゃー」と鳴いた。颯爽と現れたその猫は、猫語で「そこまでだ」と言っていた。「ヘレン教にあだなす悪党よ、そこまでだ」と。
 ――言っていたが、公騎士団には猫語が通じなかった。
 
「なんだ? この赤い猫は?」傭兵達が問う。
「知るか。ただの野良猫だろう。今、大事なところなんだ。猫なんぞに気を取られるな!」ハスは吐き捨てる。

 しかしその言葉に割り込むように、猫はにゃあーと鳴いた。その姿はたちまち、赤いたてがみの獅子のそれに変わっていた。がるるるる。一匹の獅子は公騎士団の前に立ち、威嚇する。
 
「な、猫が……猛獣に……」傭兵たちが怯んで下がる。ハスの顔がひきつった。

 焔の騎士は、精霊武器のランスの先端を、獅子に向ける。
 
「貴様、ただの猫ではないな!! 正体を現せ!!」焔の騎士が怒鳴る。

 それに応えるように、ライオンが吠える。その姿は再び変わり、今度はさらに巨大なものへと変化する。礼拝堂の半分を埋めるほどの巨躯。それはライオンの身体に人間の顔、鷲の翼を持つ、スフィンクスの姿であった。
 
「幻術? いや、これは、このプレッシャーは……『変化の術』か!?」焔の騎士が呟く。
「汝らに問う」スフィンクスは口を開いた。
「朝に四つ足で歩き、昼に二つ足で歩き、夜に三つ足で歩く化物、それはなんだ?」
「馬鹿げた謎かけ〔リドル〕に付き合っている暇はない!」ハスが怒鳴る。

 するとスフィンクスは公騎士団の一人を前足で雑作も無く摘み上げて、けだるそうにぽいと投げ捨てた。
「不正解」投げられた男は、礼拝堂の椅子に激突して跳ね、動かなくなる。

「き、貴様ァ!?」公騎士団と傭兵たちは、スフィンクスを包囲するべく円陣を組む。

 だが、スフィンクスは動じず、高みから見下ろす。

「再び汝らに問う。朝に四つ足で歩き、昼に二つ足で歩き、夜に三つ足で歩く『化物』、それはなんだ?」スフィンクスは問う。
「そんな謎かけ〔リドル〕、おとぎ話を聞いたことがある者なら誰でも知っている!!」ハスは叫んだ。
「答えは人間。人間だ!!」
「そう。答えは人間。人間は二つ足で歩く『化物』だ。お前たちは人間であり、人間という名の『化物』だ。滅ぼされるべき『化物』だ。いまお前たちは、自分でそう答えたのだから――ウォレス。時間は稼いだぞ」

「『ウォレス・ザ・ウィルレスの首切り鎌!』」

 子供のような甲高い声と共に、虚空からぬるりと無数の刃が現れ、ハス以外の公騎士団と傭兵たちの喉元をざっくりと切り裂いた。
 場違いな鮮血が、礼拝堂に溢れる――


[301] 2012/06/02 17:58:04
【ソフィア:15 黒髪と憎しみ】 by ルート

俄かに、礼拝堂の方角から喧騒が響いてくる。
何事かと思わず身構えていると、一人のシスターが中庭へと駆け込んでくる。

「何かあったんですか?」
「公騎士団です!騎士達が突然押しかけてきて……!」

動揺する彼女の説明を受けて、私は顔をしかめる。
教会側がどんな対応を取っても、既に騎士達の標的はソラから教会に移っているだろう。今年こそ本気でヘレン教を潰すつもりなのか。
ふと気付けば、子供の一人が不安そうにこちらを見上げてくる。大丈夫だよ、と軽くその子の頭を撫でて微笑む。

「……今はこの子達を安全な場所に、ですね」
「は、はい。地下倉庫がありますので、そちらに……」
「案内お願いします。みんな、今度はかくれんぼだよ!」

怖がらせないよう努めて明るい声で呼びかければ、子供達もゆっくりと動きだす。
移動を始めて間も無く、礼拝堂側からピィィィ!!と甲高い笛のような音が響き渡る。あれは公騎士団の危険信号。それが鳴ったということは、表の連中は誰かが片付けたのか。
しかし安心する間も無く、信号が合図だったかのように今度は教会の裏手から喧騒が響く。

「な、何ですか、今の音……?」
「私が最後尾を務めます。あなたは子供達と先に」

短剣を引き抜き後方を警戒しながら、シスターと子供達を先行させる。この教会の廊下は狭く、戦うなら一度に二人が並べる程度。それなら一気に突破させない自信はある。
やがて裏手へ続く廊下の先から現れたのは、傭兵と思しき武装した男女が十名ほど。

「ちっ、もうやられちまったのかよ、表の連中は」
「なっさけないよねぇ」

悪態を吐く者、軽口を叩く者。装備にも統一感は無いが、只一つ共通しているのは彼らの髪の色。
後方を振り返ったシスターが、彼らを見て思わず嫌悪の情を込めて呟く。

「く、黒髪……」
「あぁん?黒髪だから何だってんだ、ヘレン教徒がぁ!!」

激昂した傭兵の一人が突進する。私はその男の前に立ち塞がると、闘牛士が猛牛相手にするように、身に纏うマントを翻す。視界を塞がれ踏鞴を踏む男に、マントの裏から短剣を突き放つ。

「ぐげっ!!」

手応えあり。刃を捻り、内蔵をずたずたに引き裂いてから蹴り飛ばせば、男は床に倒れたきり動かなくなった。残る傭兵達の視線が、私に集中する。

「てめぇもヘレン教徒か?」
「お生憎様。成り行きで居合わせたようなものでね」
「だったら何でヘレン教徒を助ける。そんな差別主義者の気違い共を!!」

彼らの黒髪よりも尚どす黒い、突き刺すような殺意と憎悪を叩き付けられる。背後でシスターや子供達が息を呑む。これに呑まれてはならない。呑まれるな。笑え。

「どうやら見解の相違もあるようだけど、私が邪魔をする理由はもっとシンプルだよ」

憎悪に塗れた修羅の群れへ、私はにっこりと微笑んでみせる。

「乱痴気騒ぎはよそでやれ」


[302] 2012/06/02 19:10:16
【マックオート・グラキエス 22 盾となれ】 by オトカム

ピィィィ!!

甲高い笛のような音が響き渡った。
「嘘・・・そんな・・・!黒髪、アンタはここで待ってなさい!」
そういうとネイビーは駆け足で部屋を出た。静かに扉を閉めることさえできていないため、かなりの緊急事態と思われる。
兵士としての実力がある彼女が慌てる理由・・・一つしかないだろう。
「巨大パンジーの襲来?」
・・・つまりは、戦闘である。この教会に何らかの敵が襲ってきたのだと、マックオートは推測した。
ならば自分も加勢を、と思ったが、シャスタの言葉が頭をよぎった。
『君はとにかく部屋から出るな。君に悪意がなくとも面倒なことになる。』
ここで部屋を出ればまた叱られるだろう。しかし、逆に言えば、叱られるだけで済むのである。
マックオートは部屋を出た。明らかに今までとは違う空気が流れている。はやり緊急事態だろうか?
教会の構造を知らないマックオートは闇雲に廊下を走った。途中で事情を知っている人に会えれば良いと思ったのである。
途中、壁に飾られた盾を見つけた。武器を没収されたマックオートにとって、これはありがたい事だった。
「・・・ふーむ、飾り用のちゃっちいのか。2,3回は使えるかな。」
マックオートは盾を取ってまた走りだした。マックオートは武器の目利きができた。

狭い廊下で、子供たちを連れて歩くシスターに出会った。
「避難訓練か何かで?」
マックオートは質問したが、自分でもそれはないと思っていた。ソフィアが黒髪の集団と対峙していたからである。
「マックオートさん!?」
「やぁ」
マックオートは子供たちの間をぬって歩き、ソフィアの隣まで来た。
「なんだおめぇ!黒髪のくせにヘレン教徒に味方すんのか?」
黒髪の一人が喋った。”黒髪のくせに”と・・・マックオートはその言葉を聞いて激怒した。
「人を髪の色で判断すんじゃねぇよ!」
左手を握りしめ、首を傾け、完全に怒った。
髪の色で差別されている黒髪人種たち・・・それが今や、人を髪の色で判断する側に立っていたからである。
「てめぇらは自分が高等とでも思ってんのか!?こんな子供の前で流血騒ぎ起こしやがって!」
「なんだと!クソが!」
釣られて激怒した黒髪の一人が剣を片手にマックオートに襲いかかった。
マックオートは右手に持っていた盾で剣を受け止め、そのまま腕を弾き、相手の顔を盾で殴りつけた。
1発・・・2発・・・ふらふらとした所に3発目をぶち込み、相手は倒れた。
「なかなかの剣だ。だが、こんな事に使われるんだ。剣も浮かばれねぇよ・・・」
そう言って倒れた相手の剣を拾い上げた。

このようにして、マックオートは場に居合わせた全ての黒髪を敵に回した。
しかし、それは黒髪たちが望んだ事でもある。


[303] 2012/06/02 19:41:29
【ハートロスト・レスト:12 とうそうへ】 by tokuna

 ヒヨリさんからの依頼内容を頭の中で復唱しながら、私は静かな住宅街を歩きます。
「いいか? 今から口頭で指示を伝える。覚えろ。紙面では渡せねーし、声に出して復唱も駄目だ。隠せ。特にあたしの名は出すな。いいな」
 そんな言葉とともに伝えられた、いくつかの行動指示。
 その意図は解らないままですが、私は彼女の指示通りに、郊外の大教会に向かっていました。
 話を聞く限りでは、とりあえず従っても問題の無さそうな内容でしたし。
 既に私の偽物のめぼしい手がかりも尽きてしまいましたし。
 従わないと死ぬとまで言われてしまいましたし。
 というか、破格の報酬でしたし。
 ひっかかることがある気もしましたが、目的地に到着したので思考は中断です。
 大教会の威容を眺めながら、ここで行うべきことを再々確認します。
 ええと、まずはソラさんという方を探すのでしたか。
「あら?」
 突然、教会の中から、何か悲鳴のような叫びが聞こえました。
 驚いて耳を澄ますと、閉じられた扉からかすかに怒声や争うような物音が漏れています。
 嫌なかんじです。
 一度『泥水』にでも行って、時間をおいてから来た方がいいのでしょうか……。
 思っていると、物陰から黒いローブを頭からまとった影が飛び出しました。
 反射的に心臓を過剰駆動しそうになりましたが、影は足音を響かせない走り方で私の横を走り抜けると、そのまま貧民街の方へと消えていきました。
 すれ違いざま、ちらっと見えたその横顔には薄い笑みが浮かんでいるように見えましたが、何か楽しいことがあったのでしょうか。
 影が消えた方をぼんやり眺めていると、今度は甲高い笛の音が響きました。
「公騎士団の危険信号、ですね……」
 何が起きているかは解りませんが、何かが起きていることは解りました。
 もう迷う余地はありません。逃げましょう。
 決意してすぐさま『泥水』の方に身体を向けます。
「あれ、レストちゃんじゃん」
 いつの間に近寄られていたのか、目の前に、見覚えのある方が居ました。
 何度かクエストで同道したことのある黒髪の女性です。
 驚いて竦んでいると、彼女は構えたナイフを下げ、
「こんなとこでどうしたん? 危ないな、殺しちゃいそうだったよ」
「ええと、いえ、教会に用事があったのですが、立て込んでいるようなので出直そうかと」
「あー、そうして。今からちょっと血なまぐさいことになるんでね。見逃したげるから、レストちゃんも見なかったことに」
「ええ、解りました。ありがとうございます」
 彼女が裏口の方へと走っていくのを待たず、私は今度こそその場から逃げだしました。


[304] 2012/06/02 20:25:01
【メビエリアラ09】 by ポーン

 ウォレスの前におびただしい数の死体が横たわった。
「笛の音の起こされて来てみれば……絶景ですね」
 奥の扉から女が現れた。その顔には斜めがけに包帯が巻かれ、左目が隠されている。メビエリアラだった。多数の黒髪の死に、彼女は明らかに喜んでいる。
「メビか。お主、いままでどこで何をしておった。いや、それは後でいい。クックロビンの死をお主は、」
「き、貴族殺しのメビエリアラだと!?」
 公騎士たちの中で唯一生かされたハスが叫んだ。彼は巨大なスフィンクスに踏まれて這いつくばっている。
 メビエリアラは礼拝堂の中を一望した。どうも彼女が構うべき人間が多いようだ。
 震えるシスターたち。どうやら情報源として生かされたらしい公騎士の男、ハス。ウォレス・ザ・ウィルレス。
 それから最も大事な者がいる。
「ファローネ様!」
 彼女はふらつきながらも、興奮気味にスフィンクスに駆け寄る。その巨大な前足に愛しそうに触れた。人面の獅子は苦い顔をした。
「わしが分かるのか」
 彼の今の容貌は本来からは懸け離れている。メビは笑った。
「ええ。ファローネ様の飼われている猫に、毛並みがそっくり。イメージにエフェクトを受けたのでしょう」
「目はどうした。怪我したのか」
「クックロビンから与えられた傷です。ご心配なく。基礎治療は済んでいるので、癒えるのは時間の問題です」

 教会の一室を借りて、ファローネ、メビエリアラ、ウォレスが情報を交換する。
「クックロビンはその≪何者か≫の操作で自殺した、という訳じゃな」
「ええ」
 ファローネが言う。
「その≪何者か≫を目下最優先で突き止めねばならぬな。正気を保ったままの洗脳。情報を漏らさぬように設定された自害。並大抵の技術ではない」
「その者の客観情報を集めることは、時間と状況が許しませんでした。しかしわたくしは主観を通じてその人間性をある程度は逆算できました」
 メビエリアラは語る。
「その者は秘密裏に行動しています。組織を抱えている可能性はありますが、基本的には強力な一人です。クックロビンを魅了し、貴族をも手駒とするカリスマ性。精霊、人間精神、および、それらの関係にも深く通じる知識と洞察。目的のためならあらゆる存在や感情を犠牲にできる冷徹さ。常識にも孤独にも、そして己の欲望にも負けない、自己犠牲じみた、炭素結晶のように強固な信念。貴族にも貧民にも通じる、広い見識……おそらく彼、または彼女は、セブンハウスとエフェクティヴ、どちらにも通じている」
「セブンハウスとエフェクティヴ? メビよ、それは矛盾しているぞ。水と油、ヘレン教と黒髪だ」
 ファローネが反論した。ウォレスは考え込んでいる。
 メビははっきりと答えた。
「はい。矛盾しています。そしてその矛盾こそが、その者の本質の一端であると、メビは愚考いたします」
「そうか……お前がそう言うのであれば、そうであると考えるのが良いのであろう」
 ファローネは頷いた。
 そこには信頼関係があった。

「さて……ハス・ヴァーギールへの尋問はどうするかの?」
「メビ、任せていいか? ≪その何者か≫ほどとは行かずとも、お前にも似たようなことは出来るだろう」
「それが、大変申し訳ないのですが、わたくし今は都合が悪いのです」
 メビエリアラはファローネに、現在精霊が使えなくなっている理由を説明した。
「ならば、昔ながらの洗脳術を使うしかないのう」
 ウォレスがぽつりと言った。
「≪苦痛≫という名の教師をな」


[305] 2012/06/02 21:10:44
【オシロ17『プラークさん目覚める』】 by 獣男

「それが起きてるのよねえ」
突然の声にオシロは心底すくみあがった。
公騎士団病院の待合室。
リューシャに仮宿の提案を申し出られて、考え込んでいた所への不意打ちだった。
見るとプラークが上体を起こして、完全に意識を取り戻している。
「未成年を宿代で釣って、取引きを迫るなんて、
ちょっと犯罪入ってるわよ?あなた」
そんな事を言いながら、プラークは身だしなみを整え始めた。
「・・・いつから起きてたの?」
「便利な落し物、あたりかしら。
っつ・・・!そういえば、あなたよね、位置的に私を殴ったの。
それで、何?ここ、公騎士団病院?私だけ治療もさせてもらってないわけ?
あなた達、一体どういう教育受けてるのよ・・・。良心の存在を疑っちゃうわ・・・」
後頭部を抑えながら、プラークが恨めしげにリューシャを睨む。
リューシャはリューシャで、その非難を涼しげに煽り返した。
「それは、あなたの頭が固過ぎたからでしょう?
好意で柔らかくしてあげようと思ったのだけど、効果なかったかしら?」

ぴきっ

とはもちろん鳴らなかったが、
そういった形容に近い状態に空気が変化するのを、オシロは感じずにはいられなかった。
「あーのー・・・」
「心配しなくても」
慌てて間に入ろうとするオシロだったが、プラークはそれを力づくで押しのける。
「こんなお嬢ちゃんの嫌味にいちいち取り合わないわよ」
これまた挑発的なプラークの言葉に、リューシャの閉じた口の中から、
歯の噛み合わさる音が聞こえた。ような気がした、オシロには。
「それで?年増のおばさんならどうするってわけ?
オシロくんを拘束するの?うわあ、かわいそー。いろんな意味で」
「・・・別に連れていっていいわよ」
「へ?」
このまま、なし崩しの泥仕合になる予感を感じて腰が引けていたオシロだったが、
プラークのその意外な一言に、キョトンとしてしまう。
それはリューシャも同じようだった。
「だから、さっきのは冗談。別にいいんじゃない?あなたの宿にその子を置いてあげても。
私は研究者だし、子供のエフェクティヴまで追いかけ回そうなんて言わないわよ」
「いいんですか?」
思いがけない譲歩に、オシロは半信半疑で聞き返してしまう。
「私も一度報告に帰らなきゃいけないしね。
どうせ、おじいさんの方はここに入院してるんでしょう?たぶん、お仲間もね。
なら、事情を聞くのは明日以降でもかまわないわ」
「いやに融通がきくじゃない」
リューシャが疑わしげな目でプラークを見つつ、
意味ありげに自分の後頭部を人差し指で差しながら、言った。
「事情を知るラボタの住人は、他にも大勢捕まってるでしょうから・・・。
でも、もしその子が本当に・・・、いえ、まあいいわ。
とにかく、子供を一人放っておく方が余計に心配だしね。
むしろ、誰かが面倒見てくれてた方が楽だわ。私、子供苦手なの」
それだけ言うと、プラークはふらつきながら、待合室の扉を出て行った。
それから、一気に静かになった部屋で、オシロはなぜか少し照れくささを感じながらも、
リューシャの申し出を受ける返事を伝えた。


[307] 2012/06/02 23:36:46
【ダザ・クーリクス:19 誰も居ない】 by taka

ダザが待合室に行くと、そこには誰もいなかった。
オシロぐらいでも残っているかと思ったが、いないのか。
詳しい事情を聞きたかったが仕方がない。
・・・オシロは泊まる場所とか大丈夫だったのか?
えぬえむやリューシャって奴が何とかしてくれていればいいが。
そういえば、精霊発掘顧問はどうなったんだ?
精霊発掘ってことはジフロマーシャの人間か。
いくら頭に血が上っていたからってセブンハウス関係者を粗雑に扱ったのはまずかったな。
ジフロマーシャ邸で会ったらちゃんと謝罪しないと。
語ってくれるかわからんが、今日のことも教えてもらえるかもしれんしな。
そう思いながらダザは公騎士団病院をあとにした。

ジフロマーシャ邸に着くと、なにやら物々しい。なにかあったのだろうか?
不審に思いながら門番に聞いてみると
「通達を聞いてないのか?クックロビン卿がお亡くなりになった。定期清掃なんぞやってる場合じゃない!帰れ、帰れ!これだから掃除屋は・・・。」
と、叱られてしまった。
クックロビン卿が亡くなっただと?ウォレスが言っていた精霊武器を流出させていたという人物が?
「死因はなんなんですか?」
ダザは門番に銀貨を数枚渡して聞いてみると、門番は周りを気にしながら語り始めた。
「恐らく明日には発表があるだろうが、自殺だそうだ。しかし、ヘレン教の女が関わっているという噂もある。」
「自殺?ヘレン教の女?」
「緑のフードを被った女がクックロビン卿が亡くなる際一緒にいたらしい。詳しくは知らんがな。」
「その女は今どこに?」
「分からん。捕まったのか逃げたのか。俺が知っているのは以上だ。」
「そうですか。あと、精霊発掘顧問のプラーク様はいらっしゃいますか?」
「プラーク様?今日は不在だが、なにか用なのか?」
「あ、不在ならいいです。ありがとうございます。」
そういうと、ダザは門番に別れを告げてジフロマーシャ邸を離れる。
緑のフードでヘレン教の女。酒場でウォレスの元に訪れた少女を思い出す。
ウォレスはクックロビン卿を疑っていた。そして、それをその少女に伝えていた。
あの少女なら人を自殺に追い込むのも可能な気がする・・・。
プラークが不在なのも気にはなる。まだ、オシロとかと一緒にいるのか?
ダザは、ジフロマーシャ邸の屋根を見上げる。
侵入して調査をするか…。いや、今日は警備が厳しすぎて無理だろう。
「はっ、結局俺は何もできねぇんだな。」
ダザは自嘲的に笑うと、清掃美化機構に今日のことを報告しに帰ることにした。


[308] 2012/06/02 23:58:24
【夢路15】 by さまんさ

リリオットの次期当主は興味津々で屋台の中を覗きこんだ。
「すごーい、泡がいっぱい出てる!」
「こら、顔をやけどするぜ」
あられ揚げ屋の主人は、下味をつけた粗霊をジャァーッと油の中に放り込んだ。黒コショウの香りが道いっぱいに広がる。粗霊は油の中をくるくると飛び回っている。

「おじさま、これなあに?」
「看板に書いてあんだろ。あられ揚げだよ」
「あられ揚げ!」
マドルチェも聞いたことがある。どんな子どもも夢中になってしまう魔法のお菓子。ヘリオットは魔女が差し出したあられ揚げが食べたかったためにヘレンを裏切ったのだ
「おいしいー、おいしーい、あられ揚げぇー、いかがですかー。一袋5ゼヌ、十一袋で50ゼヌ、お買い得だよー」
「5ゼヌ!」
マドルチェはどうしてもあられ揚げが食べたかった。だがお金なんて持ってない、生まれてこの方手にしたことがない。
「おじさま、これで売ってちょうだい」
マドルチェは適当に指輪を差し出した。小指の先ほどの宝石が嵌っており、ビックリするような値段がつくはずだったが、店主は価値がわからなかったのか受け取ってもらえなかった。

それでもマドルチェはガッカリして落ち込んだりしない。手に入らないあられ揚げのことはすぐに思考の外に放り出された。
「おじさまー、あれはなに?」
「あれはこの町のアイドル、あられちゃんだ。デザインはオレが考えたんだ」
「きゃはは、ブッサイクー!」
「ガァーン」
しかしマドルチェが尋ねたのは塗装のハゲた人形のことではなかった。
謎の大男がそのあられちゃんの頭部を撫でていた。

「お〜、お〜、ボウズ〜ボウズ〜」
おんおん泣いている。
「聞いてくれよ〜、俺あワルだともなあ〜悲しいときには涙が出んだなあ、ぽろぽろってなあ。変だあなあ」

マドルチェの頭頂部の毛がピン!と立った。この人はもしかしてもしかしなくても困っている。
スキップして彼の背後に立つと、
「あなたハッピーじゃないのね、私がハッピーにしてあげる!」
「あ〜!ボウズボウズ〜!」
「でも、どうすればいいかしら?」
「話をなあ聞いてほしいだ〜」

それからマドルチェは小一時間、大男の話につき合わされることになったが、彼の血なまぐさい話はマドルチェに新鮮で面白かった。

「ありがて〜、ありがて〜」
「あら、もう日が暮れちゃった」
「あんたはヘレン様だあ、ありがて〜」
「あなたハッピーになったのね、よかった!」
「あ〜!ヘレンさま〜、俺あ、俺あ〜!」

大男はマドルチェのことをヘレンだと思っているらしい。マドルチェは、絵本の中のヘレンならこうするだろう、と思ったことをやってみた。
しゃがんでいる大男の頭をよしよし、と撫でてやった。
「ヘレンさまあ〜!」
男は感激してますます泣いてしまった。


[309] 2012/06/03 01:06:44
【リューシャ:第二十二夜「休息」】 by やさか

「……ムカつく女」

言いたいことだけ言って去ったプラークのことを、リューシャはそう評した。
お嬢ちゃん呼ばわりされたのを、少しばかり根に持っているらしい。

彼女はオシロを連れて行ってもいい、と言って報告に戻ったが、その報告如何によって彼女の上がどう判断するかはわからない。
……この時点ではともかく、再び会うことがあれば、信用はできないだろう。

「あの……」

険しい顔でプラークを見送るリューシャに、二人の間で行き交った皮肉に顔をひきつらせていたオシロが声をかける。

「ああ、ごめんなさい。……とりあえず、君はもう宿に移ったほうがいい。疲れてるでしょう、顔色が悪いわ」

リューシャは目付きを和らげて、そう笑ってみせた。
まだ少年のオシロに、今日一日はとてつもなく長かっただろう。
リューシャが彼に提供してやれるのは、今のところ、とりあえずの宿くらいだ。

「ありがとうございます。……でも、リューシャさんは?」

もちろん、同じ宿に部屋をとってやる以上一緒に戻ってもいいのだが……

「……ダザがまだ起きてこないのよね。癒師の話じゃ、麻酔が抜けるまであと……三時間くらいかしら」

リューシャは肩をすくめて、足を組み替える。
魔法を多用して動きまわった上、今度はもう数時間も座りっぱなしで、身体の疲れが溜まっていないわけがない。
だが、ダザはエフェクティヴの基地で明確に説明を求めていた。
それを意図して遮ったのがリューシャである以上、説明責任を果たすつもりくらいはある。

「でも、リューシャさんも休んだほうがいいですよ。
 ずいぶんたくさん戦ってもらって……助けてもらったんです。疲れてないはずないでしょう?
 ダザさんには、次に会った時、僕から説明しますから」

だから休んでください、とオシロが重ねて言った。
自分のことのように困った顔をする少年に、リューシャは苦笑して折れる。

「わかった。じゃあ、ダザへの説明はオシロくんにお願いするわ。
 ……わたしも内部事情を知ってるわけじゃないし、知り合いから聞いたほうがいいかもね」

リューシャはそう言って立ち上がり、ぽん、とオシロの肩を叩いた。

「よし、それなら宿に行きましょう。君の部屋を取ってもらわなきゃ」
「お世話になります」


[310] 2012/06/03 13:27:46
【【アスカ 15 今日までの猫と、今日からの猫】】 by drau

リリオット家。偽者メイドが騒ぐ午後。
豪華な客室で女が話している。

「f資金、フェルスターク一家、ジフロマーシャの経済学者。
金、所有者、発見者。目的、消費者、生産者。
何故、誰が、何処に……何を?
f資金とは何か?誰が殺したのか?何故、わざわざ学者は所有者を示したのか?」

「…………」
「知りたくないですかぁ?」

猫目の女は、猫目の女に振り返る。
合わせ鏡のように、両者の姿は偏差無い。

「ペルシャ、ジフロマーシャと続いて、今度はリリオットか?」
「あなたが来ましたかぁ。外での陽動はばっちりですかぁん?随分騒がしいですねぇん?」
「おまえを知ってるものなら困惑するでしょう。
あれだけ今まで火に油を注ぐかのように嘲笑ってきた、見下したリリオット家に縋ろうなんて。
何処よりも自分に敵意を持っている、この場所に身を寄せようなどと考えるとは。其れだけのモノを持っているという自信ですかね」
「落ち目であろうと、形だけであろうと、リリオット家には、由緒と伝統による、正当性があります。
それは、この街に起きる大規模なエフェクトの中心に立てる、対抗できうるということですよぉ?」


「自分の家より、クックロビン卿の手元より、ここが嵐の中で一番安全だと。そう判断した?」

「さぁぁん?一番かはわかりません。ですが知る限り、ここは最も都合よいですねぇん」

「あいにく、リリオット卿に話をさせるわけには行かない。猫の行路はおしまいだ。」

「ですよねぇぇ?あなたたちは関与を警戒している。リリオット卿を、不都合であると認めている。」

「あんなのただの老いぼれですよぉん?」

「あっはっはっは!その姿、声、わたしにそっくりですねぇん。さすがは偽者(フェイク)。そうやって、あなたがわたしになると?」

「【変声】は声を、【変装】は見た目を変化する。わたしは【変数】。代入されれば何者にもなれる。顔や声だけでなく、体形も。望まれた役割を実行する」

「ハルメルのときのように?武器を移したときのように?」

「解は出さない」

「あなた方は何処に使えているんですかぁ?全身いじってるとこを見ると、特殊施療院?」

「解は出さない」

「インカネーション?」

「解は出さない」

「クローシャ?」

「解は出さない」

「少しは値を出しなさいなぁ」

「解は出さない」

「あぁめんどうだなぁ!あなたたちは明日も、何処かで誰かを演じるのでしょうねぇぇ。哀れな生涯ですねぇん?」

「人は皆、自らを演じているに過ぎない」

「あっはっはっは!!痛みへの対抗策も準備してますねぇ。先ほどと同じですよぉ。警戒している。あなたは自らの虚しさを理解している。」

「わたしに皮肉はきかない」

「あぁ所詮、世界などこんなものという嘲りで自らを保ってる!!あっはっはっはっは!!!」

「あっはっはっはっは!!!」

「猿真似の笑いで誤魔化せるとでもぉん?」

「わたしは【変数】。何者にもなれる。」

「体を切り刻まれて、作り変えられて、寝て起きたら姿が変わってただけでしょう?
他にも自らにも敗北した弱者故の思想、建前。欺瞞。自己暗示じゃないですかぁ?
あっはっはっはっは!それに縋るあなたがわたしになれるわけがない!わたしは猫に餌なぞやらない!」

「命運尽きた猫が吠える!なんとも、愉快ですよねぇぇぇ?」

「「猫の行路はおしまいだ」」

カーテンで閉ざされた室内の中、喧騒の屋敷の中で。
二人の猫目の女は背に回した手でナイフを取り出し、鉄のこすれる刃音を奏でて、踊りだした。


[311] 2012/06/03 17:25:04
【リオネ:14 "針の穴"】 by クウシキ

「誰か!」
「だよー!ってリオネちゃん、だよー?」
「あ、アスカ!?」

そこに現れたのはアスカだった。
私は余程この人と縁があるらしい。

======
騎士を大きな布で包み、片手で持ち抱えたアスカは、
「お客様!目的地は何処までですか、だよー?」
と訪ねる。
仮にも死体を脇に抱えているというのに、この人は、ある意味度胸がありすぎる。


――しかし、私達は何処へ行けば良いと云うのだ?

そう、あの少女に精霊(?)を引き出されて倒れ、そして今アスカが抱えている死体は騎士だ。
私達は一昨日、帽子を被った少女を助けるために《花に雨》亭で公騎士団を妨害している。
その二人が、騎士の死体を持ち運ぶ? 私達が犯人だと疑われる以外のビジョンが見えない。
自殺行為にも程がある。
なにしろ、あの少女がやったことは、私しか見ていないのだから、
それを主張したところで誰も信じてはくれないだろう。
急病患者として病院に連れ込む?
駄目だ。この街の病院は、おそらくヘレン教のものかセブンハウスのものしかない。
アスカは黒髪。ヘレン教の病院には行けない。
セブンハウスの病院は、当然公騎士団が運営しているだろう。自ら望んで捕まりに行くようなものだ。
……『詰み[チェックメイト]』、か。

…………いや、待てよ?
何かが思考の片隅に引っかかる。
この違和感は、何だ?
もう一度、記憶を呼び戻す。

――少女が騎士に右手を翳す。
――精霊の光が少女の右手に集まり、発散する。
――少女は何処かへ行ってしまった。騎士を一人置いて。

……"騎士"が"一人"? あり得ない。
私が助けを呼んだ時、ここに現れたのはアスカ一人。
公騎士団は、必ず二人以上で班を組んで行動するはずだ。他の班員は何処にいる?
彼が騎士団長クラスなら単独行動の可能性もあるが……とてもじゃないが、そうは見えない。
一応アスカに確認してみる。
「アスカ、ちょっと彼を下ろしてあげて……あなた、公騎士団の団長って見たことある?
 彼が『騎士団長』かどうかって分かる?」
アスカは、予想外の発言に戸惑いながら答える。
「……?えっと、公騎士団のことは、よく分からないけど、でも、団長さんは違うひと、だよー!
 もっと偉そうで、強そうで、もっと豪華な制服を着てるはず、だよー!」

……ビンゴ。彼は「単独で行動していた」。これは公騎士団の原則に反する。
だから、そう、誰が彼を殺したのか、「誰も証明できない」。
当然、私達が真っ先に疑われるだろう、……ならば。

「アスカ!!!」
「はい!」
突然大声を発した私に驚いて、小動物のように飛び跳ねる。
「な、なに、リオネちゃ……」
「アスカ! 通りに出て、なるべく大声で助けを呼びなさい。その辺にいる公騎士団にも見つかるように。
 『騎士さんが"ひとり"、たおれてます!』って。
 私は彼に、回復術を試みるわ。まだ『助かるかもしれない』」
「……!わ、分かった、だよー、リオネちゃん!」


……アスカが走り去ってから、私は一人呟く。
「こんな賭け、したくないんだけど……」
私たちはこれから十中八九、公騎士団に連行される。ならば、証人は多いほうがいい。


[312] 2012/06/03 20:11:43
【ソラ:16】 by 200k

「笛の音の起こされて来てみれば……絶景ですね」
 教会の奥から出て来た人物は、やけに落ち着た声で話した。もう終わったのだろうか、ソラが物陰から身を乗り出して見てみると、血の海が広がっていた。スフィンクス、血塗られた鎌を持った少年・ウォレス。そこに斜め掛けの包帯を巻いた金髪の女性が、まるでその状況が平常であるかのように歩み寄って行った。ここで何があったのか、彼等を囲む空気にソラは恐怖を感じた。
「き、貴族殺しのメビエリアラだと!?」
 ハスの声、彼はスフィンクスの下敷きになって生きているようだった。ソラは安堵の息を漏らした。血溜まりの中での会話が終わると、スフィンクスが髭を蓄えた男へと姿を変えた。3人はシスターの一人に礼拝堂の後始末とハスの監禁を命じると、部屋へと引き返していった。
「ハスだって、誰かに無理矢理やらされているのかもしれない。直接聞かなきゃ」
 ソラはシスターに連行されるハスの後をこっそりとついて行った。

「ごめんなさい!少しの間だけ話をさせて!」
 ソラはかばんを振り回して後頭部を殴りつけ、見張りのシスターを気絶させた。ハスは手をきつく拘束され牢に入れられていた。ハスはいつもソラに向ける爽やかな笑顔を見せた。
「ソラちゃん!」
「ハスの真意が聞きたくて来たの。教会に来たのは誰かに命令されたからだよね、あの赤い騎士に……」
「クスクス……ソラちゃんは面白いこと言うねえ」
 ハスは笑顔を歪めた。
「これは俺が仕掛けたことだよ。焔の騎士も、裏に侵入させた傭兵達も、俺が裏で手を引いて動かしただけさ。一人じゃ動き辛いからね」
「どうして……」
「ごめんね、俺はソラちゃんのことを利用していたんだ。救済計画について聞いた時からこの計画は始まっていたんだよ。濡れ衣のことは悪いと思っているけど、今のセブンハウスは大変でね、ああするのが最良だったんだ。ごめんね」
「ハス……」
「それと、もう一つ謝らなきゃならないことがあるんだ。俺はソラちゃんのこと、駒としか思っていないんだ。ごめんね」
 ハスは拘束された手を起こし、人差し指をソラの顔に向けた。
『さあ最後の仕事だ。お前の心を解放し、憎き相手を殺せ。あの傭兵や騎士達のように、憎悪で心を満たすのだ』
 ハスが暗示をかけると、ソラは夢を見ているかのように虚ろな瞳になった。
「そうだ……それでい……ぐわっ!何をする!やめ……ろ……ソ……」
 ソラは牢の中へ手を伸ばすと、ハスの首を締め上げた。牢屋は一瞬まばゆい光に包まれ、その後干乾びたハスの死骸がどさりと倒れた。

======

 ソラは今教会の牢屋にいます。
 ソラや牢屋に近付きたい方がいましたら、戦闘しましょう戦闘!
 先に言っておきますが、ソラが勝ったらそのキャラは容赦なく殺しますのでご注意を。(敗北の時の処遇は勝者に任せます。引き分けの時は相談で)
 というかそろそろ八百長でもいいから戦闘やりましょうよ!


[313] 2012/06/03 21:00:24
【マックオート・グラキエス 23 増悪に支配された人たち】 by オトカム

バキッドカッ!
「うぐ・・・」
剣の腹で殴り倒した最後の一人に、もう一発お見舞いする。
ドカッ!。しかし反応は無かった。
「ふぅ・・・片付いたかな。この子たちはどこかに避難を?」
「は、はい・・・地下倉庫に・・・」
表情をがらりと変え、笑顔を見せるマックオートにシスターは怯えていた。
マックオートは避難場所までついていくことにした。

***

地下倉庫はかなり広く、子供たちを全員入れてもまだすこし余裕があった。
「黒髪だぞー、悪い子は取って食っちまうぞー」
マックオートは大げさに両手をあげて話しかけてみた。
子供たちの反応は様々で、泣いてシスターに抱きつく子もいれば、黒髪なんか怖くない、という子もいた。
見たところ、怪我をしたり、極度に衰弱している子はいないようだ。
「はははは・・・」
マックオートは子供たちの視界から抜けるため、倉庫の隅にいった。
「ん、」
そこには没収されたアイスファルクスがあった。
壁にもたれかけて座り、手にとったアイスファルクスを鞘から少し引きぬいた。いつもの青白い刀身だ。
「マックオートさん・・・」
ふと顔を向けると、ソフィアがいた。
「君は黒髪に抵抗はないの?」
最初に聞いたのはマックオートだった。
「いいえ。・・・あなたはなんでヘレン教徒の味方を?」
「誰の味方もしていないよ。
 ただあの時は、あの連中に腹が立っただけだ。」
マックオートは顔をアイスファルクスに向きなおして言葉を続けた。
「何かひどいことをされたって、人を憎んだり復讐したりできる権利が手に入るわけじゃない。
 それをあの連中は気づいていない。・・・いや、気付きたくないんだ。
 人を憎む機会があるのは特別じゃないのにね・・・」
マックオートはアイスファルクスを背中に帯剣し、立ち上がった。
「ソフィアちゃん、ここは任せて大丈夫?」
「え?」
「他にも敵がいるかもしれない。実行部隊と合流して状況を聞いてくるよ」
そう言うとマックオートはソフィアの返事を聞かないで倉庫を出た。

***

「ソラちゃん!?」
マックオートの前に現れたのは、ソラの帽子をかぶり、ソラの服を来た人物だった。
しかし、その虚ろな瞳は彼女のものとは思えない。
「・・・」
無言でマックオートに襲いかかった。


[314] 2012/06/03 21:28:57
【カラス 09 静かな時】 by s_sen

カラスはいつもの酒場に赴き、歌を歌っていた。
歌はサムライとしての教養の一つである。
風流なサムライたちは、戦や試合のない時に集まっては上品に歌う。
今は亡きカラスの師は、歌の名手でもあった。
教えてもらった東の国の歌を歌う時、カラスは時々彼のことを思い出す。
果たして、彼が生きていたら何と思うだろう。
今の状態では、まともに剣を振るうことができない。
それは呪いのせいなのか。
ただ、自分のせいなのか。
歌は終わり、カラスは親切な者が銭を投げてくれるのを待とうとした。
銭は来なかったが、一つの質問が来た。
カラスが、何故このような事をしているかについてだった。
質問をしたのは、一人の紳士であった。
紳士は全身を、戦いのないサムライと同じくらい上品に着飾っていた。
しかし、彼は見たこともないような奇抜な仮面を身につけていた。
カラスのみでなく、その他の客もまた驚きを隠せないようである。
彼こそが、時計館のオーナー・サルバーデルであった。

カラスは再び時計館へ出向き、彼の元を訪ねた。
「先の事は、申し訳ありませんでした。日を改めて、私は心を決めました」
と、カラスは話を切り出した。
単なる旅人のカラスには、この街があまりにも過酷な場所に思えた。
日々絶え間ない差別、貧困、暴力の連鎖。
この優しき紳士もまた、それに憂えているのだろう。
カラスはリソースガード正式加入の条件を絶ってでも、彼の力になりたいと思った。
もしものためなら、この剣を再び振るっても良かった。ただし、条件をつけて。

それから少し間を開け、カラスは静かに言った。
「ですが、どうかこちらからもお願いしたい事があるのです。
私の剣は弱きものを活かし、守るためにあります。
人の命まで斬ることは出来ません。
それを認めてくだされば、どうかしばらくの間…あなたのお傍に置いていただけませんでしょうか」
サルバーデルは相変わらずの仮面の姿で、その内はどうなっているのか分からない。
だが、カラスには穏やかな表情をしているように思えた。
「わかりました。仕事の内容は様々…では、早速引き受けてくれますね?」
サルバーデルは嬉しそうに返事をし、カラスを雇い入れた。

「まずは少し、カジノディーリングの練習をしましょう。1から9のカードがここにあります。
これをテーブルの上に並べられるようにしてみて下さい」
「ええと、1、2、3、4、5、6、7、8…6…?」
「ふふ、このカードは6ですよ。そして、この下線が引かれているのが実は9です」
「なるほど、紛らわしいんですね。9が逆さまで、順番を6と入れ替えて…」
「これで、配置が正しくなることでしょう。さあ、一番上の数字をご覧あれ」

カラスは時計館を出て、残っているリソースガードの雑用を受けに行った。
その雑用仕事をする機会も、ほとんどなくなるだろう。


[315] 2012/06/03 21:31:44
【シャスタ:No,17】 by ざるそ


ここまでの大規模な騎士団の介入……私達の平和は崩れてしまうのか?



チェレイヌ様がふと呟いたのが聞こえた気がする。
「まさか、ファローネ様に礼拝堂を貸したのが何かまずかったのかねぇ……そんなこと言っても仕方ないが。」

いざという時の備蓄を保管した地下倉庫には、いまや人でごった返している。
チェレイヌ様を筆頭にシスターの重役が統率をとっているが皆が動揺していた。
子供達は泣きべその子ばかりだ。そして何よりも明らかに、倉庫の中の人が足りないのだ。教会の全員に満たない。

「そうだねぇ、パッと見て実働部隊の方々はともかく、ログアさんと彼女が面倒を見てた子供達が来ていない。
障がい者を助けに行ったらしサフィーさんもいない。メビ様の看病に行ってたアリサもいないね。
あの子は足だけは異様に早いから逃げ切ってると思うけど。」
ミレアンは渋い顔をしているが冷静だ、だが私はそろそろ気が気じゃない。
ソラはあそこに隠れたままで大丈夫だったのか、マックオートはまだあの部屋にいるのか、メビ様は、子供達は。
「……助けに行かなければ。」「ダメダメ、シャスタはここにいなよ。あんたも意外とパニックになりやすいんだからさ。」
「私はこの中でも戦える技術がある!!」「だからこそだよ、いざって時のためにも守る人が必要なんだよ。しんがりと同じよ。
それに不安になってる子供をあやせるのは私よりシャスタが上手でしょ。」
ミレアンはいつのまにか愛用の拡声器を持ち出している。あれにも精霊が埋め込まれてはいたが、戦闘に応用できるとは思えない。
「婦長がいりゃあなんとかなるとは思ってるけどさ、現役引退してる人に鞭打ちたくないもんね。
なぁに私の舌先八寸の丸め込み、虚矢火芭<<ウロヤカバ>>の術を甘く見るんじゃないよ。
重要なのは能力じゃない、イマジネーションとフレーバーだッて脳筋共に教えてやるのさ!許可が下りたら。」

だだその時、地下倉庫の扉が開いた。遠目だったが、シスターログアが帰ってきたのがわかった。
それからどうやら、ソフィアとマックオートも……。だが、後ろの二人は見失ってしまった。



「……ああぁどうしようどうしようどうしよう!!
メビリエアラ様は起きあがってさっさと礼拝堂の方に行っちゃったし、
子供達や部屋に入れてた黒髪の人を連れてこようとしたらもう部屋にいないし、
ていうか黒髪の人が入ってきてるらしいの見ちゃったし、どうすれば、どうすればー!!」
茶髪の女性は明らかに混乱してしまっている。自分の行くべき場所すら見失ってひたすら廊下を走っている。
「誰か、逃げ遅れた子はいないですかー?!」

敵は明らかに減っているが、教会の混乱はまだ少しの間、止まない。


[316] 2012/06/03 22:35:15
【えぬえむ道中記の17 不滅の剣】 by N.M

病院から帰宅の途についたえぬえむ。
だが彼女に大きな障害が立ちはだかる!!

ぐ〜〜…

腹の虫。空腹である。

「うー…宿まで持ちそうにないよー…」
取りあえず手近な店に入る。店の名は、ラペコーナ。
黒髪のウェイトレスさんが働いてるので取りあえず自分でも大丈夫そうである。
マトンハンバーグとライスを頼んでお腹を満たす。

「あふー。ごちそうさまでした。さて、戻ろうかな」
代金を払って宿に戻る。

「うーん、とりあえず目を覚まさないと話聞けそうにないしなー」
宿の食堂でアイスをちびちび舐めながら刀剣作成依頼書片手に思案する。
「それに、もしかしたら紹介状必要なくなるかもしれないしなぁ…」

腕を組んで思い悩む。

「とりあえず武器の仕様だけでも決めよう…」
武器の種類は…ブロードソード、シミター、ファルシオン、ダガー、まぁいろいろあるが・・
「クレイモア、と…」

クレイモアは両手持ちの剣だが軽く、取り回しが良い。
その分打つのは難しいが、リューシャなら問題ないはずである。

「ん、アルティアもアイス食べる?」
ふにふにしながら残りの部分も埋めていく。

そうこうしているうちにリューシャが戻ってきた。
オシロも一緒である。

「おっかえりー」
二人に手を振って呼びかける。


[317] 2012/06/03 23:17:27
【夢路16】 by さまんさ

「馬を出せ!」

リリオット卿は叫んだ。いつまで経っても家に帰らないお転婆じゃじゃ馬放蕩娘についにカンカンに業を煮やしたのだ。いや、そうではない。マドルソフ・リヴァイエール・フォン・リリオットは、自分が恐ろしい兵器を愛すべき町リリオットに解き放ったことを理解していた。可愛い可愛い我が愛するマドルチェの"能力"は長いリリオット家の歴史上最強――かのリリオットの創始者リリア・リュミエール・フォン・リリオットにも勝るほどの――凶悪な強さ。

(私に止められるのか、あの子を?)

マドルソフは"能力"を持たない。"能力"は、リリオット家の女性にのみ遺伝する(例外も一人いるが・・)。そして、"能力"を持つ女性はだいたい短命というのが創始者リリアの時代から変わらぬ我が家の伝統であった。

(マドルチェ・・)

リリオットの町とリリオット家と愛するマドルチェと。全部を守らなきゃいけないのが当主様の辛いところだ。

しかし執事にいなされた。
「いいえ、もう夜も遅うございます、マドルソフ様。今から馬を出せなどと冷静沈着な兵捌きで百の戦を勝ち抜いたマドルソフ様ともあろう方がそんなことを仰るなど、さすが親馬鹿、いえ祖父馬鹿と申しましょうか、マドルソフ様がマドルチェ様への愛ゆえに乱心めいたことを仰るのであれば、私はリリオット家への忠心ゆえに馬舎の門にカチャリと鍵をかけて参りましょう。」
「何とでも言え」
リリオット卿が構わず外に出ようとした時である。

玄関の外からコツコツという小気味よく泥を払う足音が聞こえた。青髪のメイドが外の人間の正体を確認したのち扉を開いた。
その人物は・・
「お祖父さま。夜分遅くの無礼を許してください。すでに聞いたことかと思いますが、ジフロマーシャのクックロビン卿が亡くなられたたと…」
「それどころではない!!」
「…どうかなさったのですか?」

ジフロマーシャの当主が亡くなったことが「それどころ」とは、一体どんな恐ろしい終末的災害があったというのか?
「……マドルチェ様が行方不明…ですか。」
「そのような不穏な顔はやめてくれ、意見があるならさっさと言いたまえ。」
「いえ、たった今私が丘を上って来るときに、丘の上に、若い女性の影を見たもので。
 てっきりマドルチェ様が屋敷に帰るところかと…」

「…なんだと?」


次の瞬間、照明が一斉に消えた。


[318] 2012/06/03 23:20:27
【ソフィア:16 狂乱と扇動者】 by ルート

死ぬかと思った。正直な感想を言えば、そんなところだ。
戦闘中にマックオートが駆けつけてきてくれなければ、子供達とシスターは逃がせても、自分は殺されていただろうなと思う。
予想外の救援だったが、彼には感謝してもしきれない。子供達を地下倉庫まで送り届けた後、彼は再びどこかへ去っていった。

「あ、いたいた」
「しゃすたせんせー!」
「お前達……!」

残った私はというと、人探しを手伝っていた。探す相手は子供達の人気者、シャスタ先生。
飛びつく子供達を受け止めながら、シャスタは私を見る。

「ありがとう、子供達を守ってくれて」
「お礼は黒髪の彼にも言ってあげてください。まだ敵がいるかもって飛び出していっちゃいましたけど」
「そうか……」

それを聞くと、シャスタはどこか複雑そうな表情を浮かべる。彼女には、ヘレン教徒というだけではない事情があるのかもしれない。
そう思いながら子供達と戯れる彼女を見ていると、不意に誰かがこんな言葉を発するのが聞こえた。

「ねぇ、これも黒髪の仕業なの?」

その一言で、まるで水面に墨を一滴垂らしたかのように、暗い感情が場をゆっくり支配していく。
囁くようなその言葉を皮切りに、他の誰かも次々に言葉を紡ぐ。

「黒髪の悪魔が――」
「また私達を迫害するというの――」
「騎士達まで抱え込んで、なんて卑劣な――」

加速する。坂道を転げ落ちる岩のように、悪意に後押しされた人々は止まらない。子供達も、「くろかみのあくまが、ぼくらをいじめるの?」と、濁った眼差しで私やシャスタに問いかけてくる。
薄暗い地下倉庫に押し込められる圧迫感。不安、混乱、焦り、恐怖、理不尽だという怒り。
ヘレン教徒達の様々な感情は、「黒髪」という単語によって纏め上げられ、醸造され、やがて怨嗟の大合唱へと変わる。

「黒髪を許すな!」
「黒髪を殺せ!」

瞬く間に、大半の人々がこの狂騒に飲みこまれる。シャスタを始め正気を保っている者も、この状況に理解が追いついていない。
おかしい。いくら何でも早すぎる。こんな短時間で一集団が恐慌状態に陥るなんて。
思えば襲撃してきた黒髪達の様子もおかしかった。ヘレン教への憎悪に取り憑かれた様な……、

(扇動者がいる?)

ばっと周囲を見渡し、狂乱する人々を観察する。
誰だ。この状況を生み出すための、最初の一言を放ったのは……

「……!」

拡声器を握り、猫目を血走らせて叫ぶ金髪の女性。その声に聞き覚えを感じた私は、紅い糸を彼女に投げつけ拘束する。
糸に雁字搦めにされた女性は、それでももがきながら叫び続ける。洗脳されている?

だが、それ以上の事を調べる猶予はなく。人々の殺意ある視線が、一斉に私へと集まった。


[320] 2012/06/04 00:08:58
【マドルチェ 06 マドルチェとカラス】 by ゴールデンキウイ

「あれ、迷っちゃった……」

勇んで路地裏を飛び出したまでは良かったものの、元来た道を忘れてしまったマドルチェは完全な迷子になっていた。誰かおうちまで連れてってくれる人は居ないかな、と考えながらマドルチェは時計館の前に座り込んだ。

ガチャリ。突然、時計館の扉が開き、館の中からハッピーそうな感じの小柄な女性(?)が現れた。

「こんにちは。あなた、とってもハッピーそうね! 素敵だわ!」
「こ、こんにちは……」

カラスはマドルチェを怪訝な表情で見返した。

(豪華な服、貴族か? 貴族が自分に何の用? 年端もいかない子だし、日も暮れ始めているのにお付きの者も見当たらない……)

その時、カラスは閃いた。

(もしかして、この子は迷子なのでは?! 送り届ければお礼もらえちゃったりするのでは?!)

「こほん。……その通り。私は今、ハッピーと言えるでしょう。そのハッピーさと言ったらもう、困っていることがあれば何でも相談に乗っちゃうくらいです」
「まあ、それは助かるわ! 実は私、おうちへの帰り道がわからなくて困っていたのよ」

カラスは務めて冷静に話を続けようとしたが、口元の笑みまでは隠しきれなかった。
しかし、そんなことを一切気にせずにマドルチェはつられてニコニコと笑っていた。

「では、この私がご案内致しましょう。私はカラスといいます。お名前を伺ってもよろしいですか、お嬢様?」
「マドルチェよ。マドルチェ・ミライエール・フォン・リリオット」
「成程、マドルチェ様ですね」

そこまで口にしてから、カラスは衝撃的な事実に気付いた。
リリオット。
リリオットって、あのリリオット? セブンハウスのトップのリリオット家?!
想像以上の大物だ。その屋敷も確かこの時計館からそう離れてはいないはずだ。カラスはよりいっそうニコニコしてマドルチェの手を引いていった。

 *

「カラスさん、あなたのおうちはどこなの?」
「私は旅人です。故郷はここから遥か東方にありますね」
「すごい! そんな遠くから来たのね! いいなぁ、私は今日初めておうちの外に出たの」
「は、初めて?」
「うん、どうしても外に出たくなって出てきちゃったの。みんなにハッピーになってもらいたかったの」
「ハッピーですか、それは素晴らしい! いやはや素晴らしい! とっても素晴らしい!」

楽しそうにカラスとマドルチェの2人は笑った。その時、声につられて2人に向き直った兵士たちがいた。

 *

「マドルチェ様! こんなところに! なんだ貴様はっ! マドルチェ様から離れろ!」
「え……?」

何人かのリリオット家直属の騎士が駆け付けてきた。カラスは問答無用でその場に取り押さえられる。

「い、いや、私はその……」
「カラスさん、心配しないで。おうちの人だから」
「マ、マドルチェ様……」

不安そうな表情のカラスを尻目にマドルチェは相変わらずニコニコしていた。騎士たちはマドルチェを連れてリリオット家へと向かった。カラスも一緒に連行された。


[321] 2012/06/04 00:30:12
【ヴィジャ:02 手紙】 by やべえ

 鉄扉が重々しい音を立てて開いた。
「ヴィジャ。元気にしていたかね?」
 髭を蓄え、煤けたローブを羽織った男が問いかける。
 その姿は以前より大分やつれているように見えた。
「特に変わりありません」
「それはよかった。……物音や、誰か私でない者がここへ来たりは?」
「いいえ。この九日と十七時間、四十二分、十秒の間は、とても静かでした。僕は正常です」
「手紙を開けてはおるまいな?」
「はい、ここに」
「よろしい。素直でいい子だ」
「…………」
「今日はこの指輪を置いていこう。高価な代物でなくてすまないな」
「……いいえ」
 ヴィジャは、男に直接触れないよう注意して指輪を受け取る。華美な装飾の無い質素な銀細工だ。
 いくつかの文字列が刻まれていたが、ヴィジャの知らない言語だった。
「では、また十日後に」
「はい。お待ちしています」
 鉄扉が閉まる。

 それから1209601カウントが経過した。
 男は現れなかった。

 *

『私が最後に訪れてからまだ二週間が経っていないなら、この手紙を閉じなさい。
 もし、そうでないのなら……続きを読み、考え、行動することを許可する。

 …………

 …………

 …………

 残念だが、私がお前と会うことはもう二度と無いだろう。
 とても悲しいことだ。 

「悲しい」とはどういう感情かわかるか?
 わからないなら、それでもいい。その方が幸せなのかもしれない。
 だが、人間には悲しい時もある。
 論理や倫理で計れないものに支配され、思いもよらぬ行動を取ることもある。
 覚えておきなさい』

 羊皮紙にはそれから数頁に渡り、様々な情報が丁寧に記されていた。
 礼儀、礼節、食事のマナー。
 硬貨の種類。リリオットの各種施設の情報。
 襲われた時に身を守る手段。頼れる人の居場所。
 封印宮を出入りする方法もあった。

『ヴィジャよ。
 お前には今まで、待つことと数えること以外何もさせてやれなかった。
 暗いところに閉じ込めていた。
 愚かな私を許してくれとは言わない。だが、せめて謝らせてくれ。
 すまなかった。
                  ――――ミゼル・フェルスターク』

 銀糸の服の内ポケットに羊皮紙を仕舞いこむ。
 手紙が一つ、ヴィジャの心を埋めた。


[322] 2012/06/04 00:39:05
【リオネ:15 "神の一手"】 by クウシキ

路地裏に人だかりが出来つつある中、公騎士団の男達がそれを割りながら私達の前に現れる。
「何だ! 何があった!!」
その中には……一昨日《花に雨》亭で金貨を渡した騎士の顔も含まれている。

「この人が! ねぇ、この人が!」
私は拙い回復術を、精霊を抜かれた騎士に対して掛けながら涙目で訴える。

彼は『助かるかもしれない』とアスカには言ったが、当然これは嘘だ。
私の回復術『ギ肢換装[クイック・メンテナンス]』は、
神経と精霊繊維の同期を瞬時に行う事に特化させている。
外部出力しても、精々擦り傷の回復くらいしか出来ない。
既に鼓動が止まっている人を生き返らせるなんて無理だ。
だが、「人死にをみて錯乱した私が、必死に回復術を試みている」くらいは偽装できる。

……《花に雨》亭で出会った騎士が私に気付いた。
「これは……お前がやったのか!」
「そんな、私は彼を助けようと……」
「じゃあ誰が!」
「私、見たの! 女の子が、彼の身体から精霊を抜き出していたのを……」
私、見たの! ですって。反吐が出るわ、こんな口調。
「身体から精霊を抜き出した? 何を馬鹿なことを。そんな嘘を吐こうったって……」
「ホントよ! 見てよ、彼の身体には一切の傷がないわ」
「しかし、お前は」
「じゃあ『誰が証明してくれるって言うの』?
 私が彼から精霊が抜き出されるのを見た時、此処には、その女の子と、彼しかいなかったわ。
 私が助けを呼んだ時だって、ここに駆けつけてきてくれたのは、そこにいる、アスカだけだったわ。
 どうして誰も来てくれなかったのかしら?『公騎士団なのに、何で彼は一人で行動していたの』?」
「……確かに、それは公騎士団のルールに反するが……」

掛かった。舌戦に於いて、一瞬でも口篭った瞬間、それは致命的な隙になる。

「しかし、それでも、『君が彼を殺さなかった』ことは証明できない」
「でも、『私が彼を殺した』ことも証明できないわ」
「しかし、お前はあの時、」
「一昨日の《花に雨》亭でのことなら……何度だって謝るわ。
 そう、あの時『茨型ギ肢が暴走した』なんて嘘を吐いたこともね。
 でもね、あの時、あなたたちは、四人で! 四人もの騎士を連れて、たった一人の女性を!
 ソラさんって言ったかしら? 彼女を連れて行こうとしたじゃないの。
 彼女一人で『フェルスターク公一家を殺害した』ですって?
 本気でに彼女一人でそんなことが出来るとでも思っているの? あなたたちは!」

周りの群衆がざわめき始める。逆王手[クロス・チェック]。

「だ、だが……」
「そう、それに、私が外傷なしで一人の人を殺せるような技能を持っているなら、
 あの時わざわざギ肢を使ったりしないわ。そんな目立つ方法使ってどうするの」
「……もう良い! 一昨日のことも、今目の前でここに起きていることも!
 本部で詳しく聞かせて貰おう!」

痺れを切らしたらしい騎士が、私を強引に連れて行こうとする。巫山戯た真似を。
もう、詰み[チェック・メイト]からは逃れられないのに。

「何よ、まだ不満? あの時、私、あなたに言いましたよね?
 『これで、許して頂けませんか』って。"大きな金貨1枚を渡して"。」
「!!!」

さらに群衆はざわめく。

「そう、結局カネで動くのね。あなた達は!
 警察の真似事みたいなことをやっていても、誰を守ろうなんて考えちゃいないんでしょう!
 いいわ、連れて行きなさい! それとも……」

私は金貨を取り出して、親指で弾き飛ばす。

「これでまた、許して貰えるのかしら?」

群衆は一瞬で静まる。チリン、と、金貨が地面で跳ねた。
演技など、とうに捨てていた。それでも、盤上は、全て私が支配していた。


「そうそう、あなたのお仲間がもう死なないためにも。
 私も捜査に協力したいのだけど。
 
 ……よろしくて?」


[323] 2012/06/04 04:21:46
【ハートロスト・レスト:13 くちはてた】 by tokuna

 教会から逃げ出した私は、人通りの少ない道を選んで酒場『泥水』へと向かいます。
 ヒヨリさんには「出来るだけ早くやれ」としか言われませんでしたから、教会での用事は後回しでも問題ないでしょう。ええ、利益も無いのに自分から危険に飛び込むなんて、出来ませんからね。公騎士団の方々と関わってもいいことはありませんし。
「誰か、偽物の手がかりを見つけてくださっていればいいのですが」
 と、そんな願望を呟きはしましたが、実際あまり期待はしていませんでした。
 あれからさほど時間も経っていませんし、皆さんが積極的に偽物探しに取り組む理由もありません。
 時間を潰すついでぐらいの気持ちでいて、本当に、期待はしていなかったんです。
 ですが、当然、こんな状況も予測していませんでした。
「ええと、これは、どういう……」
 『泥水』とその周囲は、一変していました。
 凍りついた壁面、砕かれた窓、離れていても漂ってくる血の臭い。
 辺り一帯を封鎖する公騎士団の方々は殺気立った様子で、野次馬すら近寄れないような物騒な空気です。
 もしや、あの巨大パンジーが、また?
「貴様、そこで何をしている!」
 あー。
 せっかく逃げてきたのに公騎士の方に見つけられ、私は内心で悲鳴をあげました。
 ……いえ、でも今日は一応、何もやましいことは無いはずです。
 両手を胸の前で合わせて、無害な一般人を装います。
「私はただ、お酒を……。何があったんですか」
「現在ここは封鎖中だ。帰れ」
「どなたか、殺されたんですか」
 公騎士さんが無言で腰の剣に手をかけました。
「わ、私の友人が居たかもしれないんです!」
 上から睨みつける公騎士さんを、懇願の目で見つめることしばし。
 演技が通じたようで、彼は大きくため息をつきました。
「詳しい事情は言えんが……怪我人は既に各所へ搬送済みだ。死者は後日の発表を待て」
 今すぐには教えられない死者。
 それは、数の問題でしょうか。質の問題でしょうか。
 私は公騎士さんに深く頭を下げ、踵を返しました。
 走り去ったように見せかけて今度は注意深く物陰に隠れ、見張りの公騎士さん達の会話に聞き耳を立てます。

「どうした?」「なんでもない。一般人だ」
「そうか。ああ、また新しい死体だ。何十体目だ?」
「担当区域外まで駆り出されて、いつまで続くんだ、この後片付けは」
「チッ、鼻が麻痺しちまった」「こういうのは美化機構の仕事だろう」
「フムン、上はよほど後ろめたいことがあると見た」「確かに最近は妙な任務が多いな」
「よせよ。下手なこと探ると寿命が縮むぞ」
「なあ、今度のは白骨死体だとさ」「白骨?」「おいおい」
「間違って墓を掘り返したんじゃないのか」「まあ埋まってたというのは確からしいが」
「は? なんで地面掘り返してるんだ」「検分終わった死体を埋めるんだと」「酷いな」
「死体用の穴を掘ったら別の死体か。笑えん」「というかそれじゃあ、今回の件とは関係ないだろ」
「いや、だが、戦闘用の義手をつけたまま埋まってたんだそうだ」
「義手? トクセの?」「さあ。両手ともに鉄腕で刃の指だとか」「物騒だな。傭兵か」「知らんよ」

……? ええと、今、聞き捨てならない言葉が聞こえたような。


[324] 2012/06/04 08:40:11
【ダザ・クーリクス:20 課長】 by taka

ダザは自分の上司である、清掃美化機構特殊広域課の課長の前にいた。
機構内のリリオット全域に渡る偵察、暗殺を統括する人物だ。
彼の前で下手な嘘は通用しないだろう。
ダザは自身が不利にならないように、ある程度脚色して報告を行った。
「うちの清掃員が病院に怪我人を連れてきたというから驚いた。容姿を確認したら君だと分かり、受付にジフロマーシャ邸の依頼中止を伝言したが上手く伝われなかったようだな。」
「受付には出会いませんでした。恐らく入れ違いにでもなったのでしょう。」
あの受付のことだ、わざと伝えなかったのかもしらないが。
「ふん。まぁいい。それと、ラボタ地域を襲ったのはスラッガーだろう。事件後、公騎士団が駆けつけた時には既に誰も居なかったが、手口からして間違いない。」
「スラッガーというと、対エフェクティヴの傭兵部隊ですか。」
「そうだ、しかし今回はラボタ地区全域で一般人の被害もでている。そもそも、エフェクティヴと一般人の判別は難しく、襲撃時や集会、違法精錬の証拠でもなければ対処出来ない。このような無差別虐殺をスラッガー単独で行うとは思えず、どこからか依頼があったのだろうが、依頼者は依然不明だ。」
「ラボタといえばラクリシャの管轄ですね。死んでいた公騎士団にもラクリシャの紋章がありました。」
「しかし、現場指揮はジフロマーシャの発掘顧問だ。他のハウスや外部の関与も否定出来ない。スラッガーは依頼者の名前を決して明かさないことでも有名だ。調査は難航するだろう。」
「動機も不明ですね。一般人を巻き込んだ制裁を加える理由があるんでしょうか。」
「発掘顧問のプラーク氏が見つかればいいが、彼女の所在も不明だ。最悪殺されたと見たほうがいい。」
結局、プラークの行方は分からないままだ。オシロ達と一緒にいればいいが・・・。
「クックロビン卿の件にしろジフロマーシャになにかありそうですね。」
「クローシャも疑われているがな。」
「クローシャですか?」
急に自分達が所属しているハウスの名前が出て驚く。
「管轄である美化機構の清掃員が関わり、管轄である病院に証人を匿っているとな。」
そういうと課長はダザを睨んだ。
あぁ、俺のせいなのかとダザは目を逸らした。
「おかげで、現場の処理は公騎士団がすることになった。疑わし組織に関わらすわけにはいかないそうだ。」

「・・・で、自分の処分は?」
「機構としては、貴重な証人の救助及び保護ということで処分は行わない。だが、当分裏の仕事は謹んでもらうがな。それと、近日中に公騎士団から取調べを受けるだろうから覚悟しとけ。」
「・・・わかりました。寛大な判断ありがとうございます。」
「以上だ。今日はもう帰りたまえ。」
「はっ、失礼します。」
ダザは、課長に一礼し課長室から退室する。

処分なしは良かったが、それはそれで怪しい気がする。
泳がされているのだろうか・・・。
ダザは疑念を抱きながら機構を後にした。


[325] 2012/06/04 14:02:35
【【アスカ 16 蜘蛛の意図と、虚貫の抱擁】】 by drau


アスカは口を丸くして、リオネの舌戦を見ていた。
静まり返る場。その場に集まった誰もが、リオネの手に飲まれていた。
知略の糸をもって張り巡らされた蜘蛛の巣に、羽虫達は捕らわれた。
(すごいなぁ…)
あんなに小さな少女が、大の大人達を翻弄している。
毅然としていた。支配していた。(リオネちゃんって、しっかりしてるんだなぁ)、とアスカは思った。
(まるで、ボクのお祖母ちゃんみたい)とも思った。

『私が助けを呼んだ時だって、ここに駆けつけてきてくれたのは、そこにいる、アスカだけだったわ。』

思い返せば、リオネはさり気無くこの言葉でもって、アスカが“善意の第三者である”と定義していた。
挑発のような物言いも、アスカに向けられる公騎士の疑いの目を逸らさせる為もあったのかもしれない。
リオネの振る舞いからは見た目同様、年頃の少女にありがちな、どこか歪で潔癖なる怒り。そして不条理に対する、幼いとも過剰ともいえる抵抗心が見て取れた。、
あの歪な髪型からも、予想は出来たことだが。根本は、優しい子なんだろうなと、思った。……敵に回すのは恐ろしいが。



しかし、自分には何か出来ないものか?
あのまま荷馬車になった所で、人間大の物体を抱えて、万が一騎士団に途中で尋問されたりしたら?荷を確認されたら、不味い状況になっていたはずだ。
現在、この街と騎士団は大変慌しい。まず確認の目は入るだろう。
リオネちゃんはよく考える子だが、アスカはそれに比べて余りにも考えが足りてないのだろうなと、前回のことも含めてアスカは自責した。
やはり、自分に旅人は合わないのだろうか。祖母にも厳しく言われていた。
彼女のように、祖母のように、何か出来ないか?自分は何がしたい?
アスカは、猫目の女とのやり取りを思い出し、己の胸を弄った。

――ごめんね、リオネちゃん。

アスカは静寂の盤上を歩き出し、リオネの横に屈む。

「アスカ?」

倒れ伏せた男に近づくと、包んでいた布で自らと男の体を覆い隠した。事切れた男に密着し、優しく包み込むように抱きしめた。

「んんっ!!!」

びくん、と。布と巨体が一度、強く揺れた。息が荒い。

「はぁ…はぁ…、うっ……!!」

間を置いて、更に強く揺れる。

アスカは苦悶の表情を浮かべて、呻いた。咳き込み、少量の血を吐いた。静寂の中で、響くような音が鳴った。

「……駄目、だよー」

淡い精霊の光が、男の体から零れていく。
彼自身の生命と精霊は凍結して傷を負っていた。いや、凍結しきっていて、肉体に宿る精霊の器そのものが、ひび割れ、砕けていた。
ここに回復術の使い手、かつて自分を癒してくれたヒヨリという女性が居たとしても、もう、助からないのだろう。

――こんな酷いことが出来る女の子がいるなんて、なんて恐ろしいんだろう。


群集は、アスカの動作に困惑していた。
騎士団の男も、リオネすらも、突然の異常行動に一歩、二歩退いていた。
しかしアスカは気に留めなかった。あることを思い出していた。

――騎士団の取調べ、荷の確認、少女、そして単独行動…

布を放り出し、男の鎧に綴られていた紋章を見る。アスカは理解した。
しかし、大っぴらには言えない。

「この紋章、短髪の女の人の絵なんだけど。なんだっけ、だよー?」

その場にいる誰かに、あくまで自然に問う。

「リ……、リリオットの紋章だ」

騎士の返答。
このやり取りでリオネも気付く。いや、この少女ならばとっくに気付いているだろう。
状況は捻じれている。だが、彼女なら何とかできるだろう。
きっと、凍って砕けた、不可視の精霊痕にも気付いていた筈だ。
『助かるかもしれない』という言葉の嘘、リオネという蜘蛛の意図に気付き、背筋が寒くなる。

「いいだろう、民間が捜査に協力、大いにいいだろう。だが、そこのおと、おん、……そいつは本部に連行させてもらう。」

先の動作により、アスカは目をつけられた。瞬間、リオネに対する恐怖が、感謝と謝罪にかき消された。
騎士団本部。真実を探す自分にとっては、望むところだ。

「わかりました、だよー」
アスカは立ち上がった。


[326] 2012/06/04 19:01:08
【マックオート・グラキエス 24 肉体言語】 by オトカム

ソラは体を発光させてマックオートの胸ぐらを掴んだ。
「な・・・何を!?」
光は腕を通してアイスファルクスに乗り移った。
強引に突き放したマックオートは、ソラを殴って気絶させるために鞘に手を掛けるが、引き抜けない。
「封印魔法・・・!」
ソラは鞄を振り回し、力任せに殴りかかってきた。息を荒げ、歯を食いしばり、明らかな敵意を持っている。
マックオートはなんとか腕で防御するも、一振りされるたびに一歩後退するしかなかった。
このまま防ぎ続けるだけなら、、骨が砕けるのも時間の問題だろう。
(今だ!)
マックオートはソラが振りかぶった所を素早く反撃した。ソラは手の甲を叩かれ、反射的に鞄を離した。
落ちた鞄からは割れたランプが顔を出した。
しかしソラはひるまない。空いた手でマックオートに飛びかかった。その勢いで帽子が脱げ、羽毛で覆われた耳を晒した。
「くっ・・・」
マックオートは背中を床に打ち付けられ、息ができなくなった。ソラに首を絞められたのである。
なんとか振りほどこうとソラの腕をつかむも、びくともしない。
増悪に満たされたソラの顔が間近に迫った。
(だめだ・・・苦しい・・・)
目を閉じたマックオートに、今までの記憶が蘇ってきた。
酒場で美しい歌を聞いた。拒絶された。泥をさらった。襲われた。巨大パンジーと戦った。
記憶はさらに深い部分まで沈んでいく・・・

──昔、自分は泣き虫だった。
優しい母親はそんな自分をいつも抱き寄せてくれた。
その暖かさは、どんな言葉よりも自分を慰めてくれた。──

マックオートは手を離し、そのままソラの背中に回すと、抱きしめた。
体が自然に動いた。
「・・・!」
ソラの見開いた目から涙が溢れだした。
すると、荒い息は静まり、食いしばった歯はゆるみ、首を絞めた手は離れた。
そのまま目を閉じると、眠った。
「がはっ・・・けほ、げほ・・・はぁ・・・」
どうやら収まったようだ。
マックオートは体を起こし、ソラを抱いたまま壁にもたれかけると、やさしく頭をなでた。
アイスファルクスに乗り移っていた光は消えていた。


[327] 2012/06/04 19:58:44
【リューシャ:第二十三夜「次の一歩」】 by やさか

「おはよう」
「おっはよー」

宿の食堂に降りてきたオシロを、リューシャとえぬえむが迎えた。

「おはようございます……」
「よく眠れた?」
「うーん……ちょっと落ち着かなくて……」

えぬえむがアルティアにクッキーを与えながら、二度寝しちゃえば?と笑う。

「ベトスコさんのお見舞いなら、午後からでも大丈夫なんでしょ?」
「そうね。それに、もしも何かあったらこの宿に伝えてくれるように頼んであるわよ。
 昨日は色々あって疲れてるだろうし、一日くらいゆっくりしててもいいと思うわ」

二人はそう言ったが、起きたばかりのオシロと違い、すでに出かける用意をしていた。
昨日は血で汚れていた服や靴も、今日はもうきちんと整えられている。

「お二人はどうされるんですか?」
「私は出かけるわよ。アイツの指令はまだ山ほどあるし」
「わたしも出かけるわ。何もわからないかもしれないけど、少し町を歩いて、昨日の影響を見てみるつもり」

どの程度の危険を見積もればいいのか理解しないことには、せっかくのツテも使えない。
危険が過ぎれば手を引くことさえも考えるべきだと、リューシャは冷静にそろばんを弾いていた。
せっかく技術を得たところで、リューシャ自身がそれを使える状態で帰郷できねば意味がないのだ。

「オシロくんが見てきてほしい場所とか、会ってきてほしい人とか、わたしが代わりに行ってきてもいいわよ」
「やっぱり、僕が出歩くのは危険だと思いますか?」
「……まあ、町に出るなとは言わないわ。でも、『泥水』や基地には近づかないほうがいい。できればラボタ地区は避けて歩いて。
 一番いいのは宿からでないことだけど、ここもどれほど安全かはわからない。……そもそも全部杞憂かもしれないしね」

多くの商人を客として抱えるこの宿ならば、お抱えの傭兵も雇われている。
万が一襲撃があった場合、町中よりも少しは逃げやすいだろう。

肩をすくめてそう言うと、リューシャはカップを置いて立ち上がる。

確保されたラボタの住民から、どんな情報が、どんな形でどれほど漏れたか。
件の「喋る精霊」に関してオシロの名前が漏れていないとも限らないし、それがオシロに不利な形でない保証もない。
リューシャにとっては、オシロを確保されると、エフェクティヴに直通のラインが絶たれることにもなる。

でも、と微笑んだリューシャが、すれ違いざまオシロの肩を柔らかく叩いた。

「……オシロくん。わたしは技術者として尊敬できる相手を子供扱いするつもりはないわ。
 だから、大切なことは自分で決めてね」

宿にいるなら、食堂なんかの料金はわたしにツケておいても構わないから。
リューシャはそう言って宿を出ていった。


[328] 2012/06/04 20:06:45
【オシロ18『ジェネラル』】 by 獣男

オシロの住んでいたラボタ地区の虐殺から、
一晩が明けた翌朝。
事情を聞きつけた周辺住人は、相変わらずのペースで野次馬に訪れ、
夜通し警備を続けていた公騎士達を、さらに疲れ果てさせていた。
酒瓶を持った中年の男が、ふらふらと前に出て言う。
「こんなことが、許されていいのか・・・」
頭が薄く禿げ、小太りのその中年男は、はらはらと涙をこぼしていた。
「待て、待て、それ以上入るな。まったく、見世物じゃないぞ」
「娘夫婦が住んどったんだ。あの子らは何もやってねえ。それが、こんな・・・」
「うるさい。詳細は後日発表される。それまでここは封鎖だ!」
公騎士は中年男を強く突き飛ばすと、中年男はそのままよろめいて尻餅をついてしまった。
そこに女性が駆け寄り、中年男を抱き起こす。
「もう、公騎士様にご迷惑をかけては駄目よ、お父さん。
すみません、昨日から飲みっぱなしで。ほら、行きましょ」
そう女性が言うと、そのまま中年男は女性に連れられて、
すごすごとその場を退散していった。
二人が曲がり角に消えたあたりで、一人の公騎士がつぶやく。
「あれ?娘夫婦はラボタにいたんじゃなかったのか?」
「姉妹かなんかだろ。まったく、あの小汚い親父から、よくあんな美人が生まれるもんだ」
あくびをしながら、もう一人の公騎士がつまらなそうに答えた。

公騎士の目を離れた路地裏を二度ほど曲がってから、
女性は支えた中年男性から離れて、控えめに口を開いた。
「気をつけて下さい、《ジェネラル》。
最近は公騎士といえど、過激な連中も増えていますので」
「そうだな。だがせめて、この手で弔ってやりたかった」
中年男は、一転して姿勢を伸ばし、はっきりとした口調で答えた。
「それで、どう思う?喋る精霊の報告があった直後にこれだ。
奴らが口封じの為にスラッガーをよこしたと思うか?」
「断言はできません。間接的に情報が漏れて、奇襲された可能性もあります」
「確かにな。だが、拘束された構成員の一部は刑務坑道ではなく、
セブンハウスの精製工房に連れて行かれた。
まさか技術者狩りでもないだろうが、技術者に用があるのは確かなようだ」
「それが例の精霊だと?」
「それこそ断言などできんよ。
例の精霊を精製した少年の安否はわかっていないのか?」
「報告はありません。生きているのなら、工房に送られているかもしれませんが、
なにぶん子供なので、奴らがどう判断するか・・・」
「工房がただの人手集めならいいが、尋問が目的ならあまり時間はないな」
「救出しますか?」
「いや、今は無理だ。『神霊』の強奪に向けて、戦力を温存しなくてはならない。
残酷なようだが、機会を待つ」
「わかりました」
しっかりとした態度で女性と話す中年男だったが、
流れる涙の量だけは、公騎士の前にいた時よりもはるかに多くなっていた。


[329] 2012/06/04 22:28:53
【えぬえむ道中記の17 呪い牛首】 by N.M

朝食を済ませ、宿を飛び出す。

「…とはいったものの、どうしたものかしら…」
コレまでの情報を整理する。
そういえばリューシャが言うには真っ白な魔剣を持つ者がいて、骨董屋を経営しているらしい。
そしてその人は白い髪をした女性らしい。

「よし、次はコレね」
指を鳴らす。
「とはいえ、取りあえず働かなくちゃ食べてけない」
目的とは裏腹にリソースガードの仲介所へ向かう。


仲介所が何やら騒がしい。なんか大々的な依頼が貼りだされたらしい。人ごみの隙間を縫って張り紙を確認する。
「ダウト…フォレスト…攻略作戦?」
「嬢ちゃん興味あるのか? 若いのに命を散らすこたぁない、やめときな」
「私向きじゃあなさそうね」
「そうだな。ダウトフォレストにはエルフが住むとか」
「エルフ…」
アイツが渡したヘレン教の情報によると、ヘレンはかなりの確度でエルフだという。
一般に流れているヘレン教の情報を集めてもそのような情報は見受けられないが…。
ヨタ話を集めたのかそれとも裏情報を掴んだのか。
どちらにせよえぬえむには判別がつかなかった。

傭兵たちの話を聞くに、エルフたちはものすごい強さだという。
その強さが本当ならば、もしかしたら、あらゆる人を救うことも可能かもしれない。

アイツは言っていた。
「力だ。絶対的な力だ。力があれば片手で世界を握りつぶすことも、最悪の結末をひっくり返すことも可能だ」

強者たれ。
ヘレン教の一部ではこういう教えもあるという。
自分に力はあるか? ただ殺すだけでない力が。

そうこう考えているうちに公騎士団らしき人が来たのでそそくさと受付に行きクエストをもらうことにする。

「なにかいいクエストある?」
「荷物運びとかどうかしら?」
「重いの?」
「そう重くはないけどなんか開けたら呪われそうっぽいから」
「っぽい?」
「まぁこれを螺旋階段って店まで運んで…」
「ちょうどいいわ! その店に用事があったのよ」
「じゃあ、ハイこれ」

渡されたのは一抱えぐらいある箱。

「何が入ってるんだろ?」
「まぁ骨董品店だし骨董品じゃない?」
「それもそうね」

箱を抱えてえぬえむは店を後にした…。


[330] 2012/06/04 23:51:45
【ソフィア:17 黒髪と傷跡】 by ルート

「こいつも黒髪の手先だ!」
「捕まえろ!」

今の彼らにとっては、敵イコール黒髪の手先、らしい。掴みかかってくる人々の動きは素人だが、この数を殺さずに対処するのは厳しい。
ともかく逃げるか、と短剣を構えながらじりじりと後退する。そこで私は、倉庫内に薄く煙がたちこめ始めているのに気付く。

(火事?!)

思わずぎょっとしたが、見回しても火元らしきものは無い。だがこの煙を一息吸い込む度に、喉の痛みと脱力感を感じた私は、マントで口元を覆うと姿勢を低くする。
荒れ狂っていた人々も、煙にまかれると身体の自由を失い、次々に倒れていく。暴れていた最後の一人が倒れた後、煙の中心にシャスタが立っているのが見えた。
彼女の表情が青ざめているのが分かる。煙に殺傷性は無いようだったが、それでも親しい人達を攻撃してしまった罪悪感ゆえか。
煙が十分に晴れたのを見計らってから、私は立ち上がってシャスタの肩を叩く。

「ありがとう、助かりました」
「あ、ああ……だが、今のは一体…?」
「恐らくは洗脳。もっと言うなら、集団催眠のようなものだと思います」
「集団催眠…?」
「一個の集団の、全ての人に共通する部分を刺激して、大勢の人を一度に洗脳しちゃったわけです。この場合は、ヘレン教徒の"黒髪人種への拒絶"というポイントを狙って」

あくまで推測ではあるが。元々、ヘレン教が教徒達に植えつける黒髪への悪意はある種洗脳じみていると言ってもいい。そこをまんまと利用された訳だ。
どんな技術や魔術を使ったのか知らないが、大した手際だ。問題は、誰がそれを行ったかということだが……
私は、最初に洗脳を受けたらしい金髪の女性を指してシャスタに問う。

「彼女に普段、不審な挙動や言動はありませんでしたか?」
「まさか!ミレアンは本来、こんな事をする奴じゃない!」

この二人は友人だったらしい。ならば確かに、普段から不審な点があれば気付くだろう。
ミレアンと言うらしい女性の拘束を緩め、何か処置を受けた痕跡は無いかと探っていると、彼女の背中に浅い切り傷を見つける。

「この傷は?」
「え?あぁ、ここに来る前に傭兵に襲われて逃げたと言っていたから、その時の傷じゃないか?」
「傭兵に……」

公騎士団に雇われたと思しき黒髪の傭兵達。彼らが雇われたのは、ヘレン教徒に因縁を持つ人材を集めた、それだけなのか?
暫し沈黙して考えを纏めた私は、地下倉庫の外へと向かう。

「一つ、原因に心当たりが見つかった。シャスタ、あなたも来る、それとも残る?」


[331] 2012/06/04 23:57:17
【カラス 10 令嬢が一人】 by s_sen

時計館での勤めを終えた頃。
一人の少女が現われ、道を案内してほしいとカラスに頼んだ。
それがごく普通の少女なら良かった。
彼女は、マドルチェ・ミライエール・フォン・リリオット。
街と同名のリリオット家の令嬢であった。
少々世間からずれていたが、笑顔が眩しい娘である。
彼女を家に送り届ければ、報酬が貰えるかもしれなかった。
ところが、そんな欲を出したのが運の尽きだった。
カラスは令嬢誘拐の容疑をかけられ、騎士たちに連行された。
純粋な彼女を利用し、金を得ようと大変見苦しい行いをしてしまった。
カラスはそれを天に向かって恥じた。

どこかも良く分からない、地下室にて。
「ハッハッハ!さあ、手を後ろに組め。そうだ」
騎士たちによる尋問と身体・所持品の検査が行われていた。
「んー、何だ?その顔は。面白えじゃねえか」
尋問担当の騎士は品のない表情を浮かべ、カラスの顔を覗き込んだ。
カラスは下着姿にひん剥かれ、所持品をもう一人の騎士に取り上げられた。
「さ、今度はバンザイだ。早くしろ」
カラスは言われるとおり、両手を上に掲げた。
「ヒーッヒッヒッヒ!そんなにお腹を押されたいのかねえ?押されたいのかねえ?」
「!」カラスは突然腹部を軽く押され、悲鳴を上げた。

ttp://www.geocities.jp/s_sennin1217/s_skhelp/s_skhele101.jpg


騎士は二人いた。リリオット家に仕えている者たちだろう。
尋問の騎士は大柄でお世辞でも美しいとは言えない男だが、女物の鎧を着ている。何かあったのかもしれない。
もう一人の検査の騎士は、目つきが鋭すぎるウェーブ髪の女だった。こちらは全く喋らない。
「ま、せいぜいアタシたちみたいにたっぷり物を食ってトレーニングにでも励むこったな。
そうすりゃこのガキみてーなガリガリでチビの身体も少しはマシになるんじゃねーの。
なんか確かニンジャだっけ?よくわかんねーけど」
尋問の騎士はやる気がなさそうに話したが、ずっと喋り通しである。
「ニンジャではありません、サムライです」そして時々、相槌を入れるのがカラスである。
「あーうん、じゃあそれだ」
他愛もない話をしていたら、他の騎士が戸を開けて入ってきた。
「…貴様への処分を下す。釈放だ」
と、騎士は静かに語った。なぜか兜を身につけている。表情を悟られないようにするためか。
「協議の結果…捜索依頼の報酬金は十分の一、第一発見者の当家の兵士に支払われる。
貴様は、マドルソフ様直々の裁定によって無罪とす。ただし…」
騎士は、はっきりと言った。
「お嬢様の事は口外するでないぞ、旅人よ。そうなると裏の諜報隊が貴様を生かしてはおかぬ」
「そんな…あのお嬢様、マドルチェ様が一体何をしたと…」
カラスは驚いたというより、不穏さを感じた。
「貴様の知った事ではない。無論、我々下部の人間もほぼ知らされていないのだが。
とにかく、ここから出て行ってもらおう」

解放された先には、広い風景が見えた。
ここも、街中とは打って変わった様子である。
一体、何を意味しているのだろうか。
カラスはマドルチェの明るい笑顔を思い出しつつ、リリオット家の敷地を後にした。


[333] 2012/06/05 06:23:07
【サルバーデル:No7 はてしない物語】 by eika

「アンナ……、アンナ。聞いておくれ。楽しい話なんだ。君も楽しい話は好きだろう。なんたって、私と君は、旅の始まりから終わりまで、ずっと一緒だったんだからね。覚えているかい。思い出せる事ならばいくらでもある。初めて君を見つけたことも、あの一夜の賭けの事も、まるで奇跡のような出来事だったねえ。君を買い取って、そうさ、すぐに街の外へと踊り出したものだ。屋根裏の外は広くてねえ、まるでこの世には果てが無いかのような気すらしていた。幾多の街を巡ったものだ。数多の人と出会ったものだ。錆びた街で被虐の犬と友になった。戦いの城では優しい兵士が逃げ道を教えてくれた。東の国では怪盗少年の死を見届けて、嘘吐きの街でマフィアの抗争に巻き込まれた。鏡の街では失踪事件の謎を解いた。仲良しの街で孤独な少女画家と語った。空へ延びる脚立塔に登り、空の天井に触れた。別れ行くサーカス団の最後の公演を見た。パレードの行進でやたら元気なご老人を見かけた。幸せな村では、……悲しい事が起きた。だけど友の墓を立てて、それでも私たちは旅を続けた。月と星の夜を、街の端から端まで歩いたこと。旅の途中で彼らと出会い、ともに冒険したこと。最初の友達であった君が身代わりに倒れたこと。何もかもが忘れられない。本当に、私たちの旅は、はてしない物語だったんだよ。そうだ、アンナ。君は見たかい。今日のあの、可愛らしい客人を。聞けば東の国の侍だという。真昼を散歩していたら、やたら大きな看板の店をみつけたんだ。なんであんな大きさなんだろう。そこで彼女は──彼女と呼ぶべきだろう──箒を抱えて歌を歌っていた。歌の調は巧緻に揺らぎ、鮮麗な展開が空を焦がす情景を想起させた。私は目を見張ったものだ。というのも、彼女の歌は生き物のそれであるにも関わらず、あれは、作られた人間の形をしていたからだ。だからアンナ、今一度、退屈の奴を憎んでやろう。『さまよういとしき小さな魂よ、私の肉体に仮に宿った友よ、おまえは今どこへ旅立とうとしているのか』──しかし、平穏な余生など、そのようなものはご遠慮願いたい!ご覧、幕が上がったんだ。今こそ私には、着飾る為の舞台衣装が必要だ──そうとも、マダム・コルセットが薦めるような、それはいっそう優れた衣装でなくてはなるまい。そうだろう、アンナ……」
仮面の男は月と星の夜を、恋人と共に屋根の上へ、柱時計の発条を巻いて、千夜一夜を刻めるように。


[334] 2012/06/05 08:26:02
【ウォレス・ザ・ウィルレス 20 「貴重な情報源」】 by 青い鴉

「なんの騒ぎかと牢屋にきてみれば……。やれやれ。貴重な情報源が死んでしもうたか」ウォレスは残念そうに言った。
 牢屋。
 見知ったステンドグラス磨きの少女、ソラが倒れる傍らには、黒髪の男と干からびたハスの死体があった。
「黒髪の男……お主は敵か? 味方か?」声は子供のそれであったが、敵ならば殺す、的なニュアンスの台詞であった。
「名前はマックオート・グラキエス! 味方です! 完全に完璧に味方です! いやついさっきまで監禁されてましたけど! いまはソラちゃんが暴走してたのをかろうじて止めたところです!」
「監禁……ソラ……暴走……ああ、そういえばメビを教会に連れてきた怪しい黒髪が居ると聞いておったが、それがお主か」
 ウォレスは合点したようだった。
「儂はウォレスという。そうじゃな……黒髪嫌いのメビに代わって礼を言っておこう」
「黒髪の俺に対して感謝をしてくれるんですか?」
「儂は黒髪にはそれほど抵抗感が無いのでな。なぜなら『死』というものは――髪の色に関係なく、平等にやってくるものじゃ。そうは思わんか?」
「はは……確かに」
 この紫色は危ない。ヘレン教に珍しい無差別主義者かと思えば、死は平等だから差別はしないと言う。主義主張の根底が狂っている。

「それでは、そこのハスの死体をこっちによこしてくれんか。貴重な情報源じゃ。まだたくさん使い道はある」
「え? でもこれ、完全に死んでますけど……」
「ゾンビにする」
「え? 今なんて……」
「じゃから、生ける屍〔リビングデッド〕にして死ぬ前の記憶を吐かせる」
 マックオートは、紫色の子供が言っていることがよくわからない。死体から情報を得るなどというおぞましい行為が、本当にできるのだろうか。呪いについては詳しいが、さすがに禁忌(そっち)方面の知識は少ししか持ち合わせていない。普通に考えてできるわけがない。できるわけがないのだが――紫色の子供の目は本気だ。

「し、死者の尊厳とかそういうのは?」
「死者に人権は無い。ヘレン教の敵だった者ならなおさらじゃ。とにかく情報だけは吐いてもらう。拷問して吐かせるほうがよほど簡単だったのじゃが……まあこの際しかたがあるまい」

「『ヘレン教ってこんなのばっかりなのか――』とは思わんでくれよ」
 思考を先読みされたような台詞に、マックオートは思わず唾を飲み込んだ。


[335] 2012/06/05 13:51:24
【【アスカ 17 忠誠と、剣】】 by drau


「本当に、構わないのね?」

「うん、乗りかかった船なのに、手伝ってあげれなくてごめんね、だよー。」

「そう、……解ったわ。まったく、貴方は手がかかる人ね。面倒だわ」
アスカの譲れない意志を感じたのか、リオネは観念したかのように頷いた。

「エヘ、だよー♪あと、ビラの件はバッチリだからね、またお茶を飲みに来て欲しいな、だよー」

「…あら、当然、貴方の奢りなのよね?埋め合わせといっては何だけど」
「ふぇ?う、うん、別に大丈夫、だよー。でもリオネちゃん、お金持ち、でしょ?」

ギ肢の人指し指がちっちっと音を鳴らして横に動く。

「金銭の誤差じゃなくて、こういうのは気持ちが大事なのよ。貴方が私の為に、悪いと思って、ありがとうと思って特別に淹れてくれるのが大事なわけ」
「おぉー、だよー……」
「こういう心配りを理解しなきゃ、立派なレディーにはなれないわよ?」
「むー、ボク、おとこのこだもーん」
「そ、そうね、そうだったわね…」
「いつまで無駄話している!早く来い!」
「はーい、だよー」

苦笑するリオネを横目に、アスカは数人の騎士に連れられて、メインストリートを歩いていく。



大通りをはさんだ、公騎士病院の真向かいから少し北にずれた位置。
白い壁に7種の旗を掲げた騎士団本部の建物が、町民やよそ者を威圧するように鎮座していた。

騎士達の鎧や甲冑が飾られた通路を歩く。良く見ると、セブンハウスのそれぞれの紋章が描かれている。
まるで人型の展示品のようだ。アスカが通りながら鑑賞していると、通路から大広間に出た。

「うわぁ、だよー……」

アスカを出迎えた壁には、巨大な絵が飾られていた。リリオット家に見立てた鎧と、追従するようにそれぞれの家の鎧が整列して並べられている絵だ。
例外として、唯一つバルシャ家の鎧だけが、リリオット家の鎧よりも前に立ち、光る剣を掲げている。

「リリオット家を守ってるん、だよー?」
「そうだ」
「わっ!」
見惚れて一人呟いていると、横から話しかけられた。
豪華な鎧と、煌びやかな剣を腰に着けた男だ。

「ここは唯一、リリオットの何処よりも、リリオットのどの家よりも、バルシャが力を持つ場所だ。この絵は、その特異性と忠誠の表れでもある」

「ほぇー、だよー!」

「こら、早くついてこんか!貴様は取調べを受けに来ているんだぞ!」

「あぁ、すまんな。私が話しかけてしまったせいだ。お勤め、ご苦労。」

「ひっ、いえ!恐れ多いことです!!」

騎士が、敬礼をして背筋を伸ばす。

「えっと、お偉いさんなのかな、だよー?」
「失礼なことをぬかすな!この方はなぁ!!
……グ、グラタン様!失礼いたしました!こいつは直ちに連れて行きますゆえ!おい、行くぞ!!」
「あんっ!だよー」

アスカは縛られた縄を引っ張られて、無理やりに扉の中へと連れ込まれた。

「ははっ、別に、構わんのだがな」

男は笑いながら、絵を見上げる。
扉が閉じても、騎士達が敬礼をしながら行き交っても。ため息交じりの義足の清掃員が連行されていても、男はじっと、絵を眺め続けていた。


[336] 2012/06/05 18:47:29
【マックオート・グラキエス 25 狂気の紫ローブ少年】 by オトカム

あの虚ろな瞳や、言葉を用いなくなる症状は、あくまで仮定だが理性を拒絶する呪いや洗脳の類のものだった。
しかし、それは対象が持っていたものを吐き出すことしかできず、増悪や怪力を植え付けられるわけではない。
となれば、ソラはあの憎しみや力を以前から持っていたということになる。
この子の過去に何があったのだろうか・・・?

マックオートはそんなことを考えながらソラの寝顔を眺めていると、ふと、自分はソラを抱いていることに気がついた。
急に心臓の鼓動が聞こえてくる。抱く腕に少しだけ力を入れてしまう。な、なんだ、このドキドキは・・・
その時である!
「黒髪の男……お主は敵か? 味方か?」
驚いて振り向くと、紫のローブをまとった少年がいた。
しかし、その言動や身のこなしは少年とは思えないほどに研ぎ澄まされていた。名前はウォレスだという。
どうやら、牢屋の中で干からびている死体に用があるらしいが・・・
マックオートに牢屋をこじ開けられる力があることを前提に『こっちによこしてくれ』と言った。
貴重な情報源なので、ゾンビ化させて喋らせるのだという。
ウォレスからは危険な雰囲気が流れていいたが、「『ヘレン教ってこんなのばっかりなのか――』とは思わんでくれよ」という、
 思考を先読みされたような台詞を聞いて確定した。この少年は危険だ。

マックオートはソラをを壁にもたれさせると、アイスファルクスを引き抜き、牢屋に殴りかかった。
”打ち切る”それはただの振り下ろしだが、あらゆる防具・装甲を貫通する威力を持つ剣技である。
ガキィン!
鍵を壊し、扉を開けた。
「うむ、ごくろう」
ウォレスは牢屋に入ると、死体の前でかがんで手をかざした。
(もう帰っていいですか・・・?)
思考を先読みされたマックオートはテレパシーを送信しようと試みた。


[337] 2012/06/05 19:29:22
【ソラ:17「憎悪は貪欲であった」】 by 200k

 憎悪は貪欲であった。愛が深いほど、憎しみもまた深まっていった。
 最も憎いのはハス。恋い焦がれる思いが深かったからこそ、その淡い思いは一途にソラの体を動かした。愛と憎しみは表裏一体。一枚のコインの表と裏。
 大好きな物を思い浮かべるたび、体の奥底から憎しみが沸いてくる。
 ――嫌いだ。ヘレンもリリオットも人間も、みんな大嫌いだ。

<<マックオート[24]>>
 最も嫌いな相手が喋ることも動くこともなくなったことに気付き、ソラは牢に構うのをやめた。牢から離れる途中で遭遇したマックオートは、やり場のない憎悪と怒りをぶつけるにはちょうど良かった。
 ソラは体に魔法の力を宿らせながら、マックオートに掴みかかった。突き刺すように鋭い光が彼の魔剣アイスファルクスを貫いた。すぐにマックオートの腕力に突き放されるが、マックは剣を抜けない。ソラはそれを見逃さず鞄で殴りかかった。
 一打、二打、三打。一振りするたびにマックオートは後退していく。
 しかし、窮地に追い詰められたマックオートはソラが鞄を振りかぶる一瞬を見逃さず、手の甲で鞄を叩き落とした。落ちた鞄から、お気に入りの遮光ランプが顔を出す。
「あ……」
 ソラは声を漏らした。ランプは割れてしまった。
 よくも!よくも……!
 ソラの怒りは10倍に跳ね上がり、力は一層増す。ソラはマックオートにもう一度掴みかかると、勢いをつけて押し倒した。風圧でソラの帽子が脱げ、羽毛だらけの耳が顔を出した。
 ソラは首を絞める力を強めながら、マックオートの顔を覗く。
 相手の表情が見たかった。なにを思ってソラと戦っているのか知りたかった。
 マックオートの顔は……母のように優しい笑顔だった。マックオートは抵抗をやめ、代わりにソラの背中に手を回し、抱きしめてきた。
「!!」
 ソラの見開いた目から涙が溢れ出した。ずるい……。そんな顔をするなんて反則……。そんな顔されたら、嫌いになれないよ……。
 ソラは首を絞めていた手を離し、虚ろな目を閉じた。
 魔法を使い続けた疲れと、マックオートの体の温もりに、ソラの意識は遠のいていった。


[338] 2012/06/05 20:34:36
【カラス 11 忘却の彼方】 by s_sen

はるか昔。戦いに持てば必ず勝利するといわれるお守りがありました。
南に住んでいたアマゾン族の無敗の戦士。
百二十年の治世を誇った女王。
聖女へと祭り上げられた平民の娘。
時を超え、場所を超え、彼女らの手にしていたのがこの水晶でした。
しかしアマゾン族の戦士は病には勝てず、
長生きの女王は老いには勝てず、
平民だった聖女は嫉妬には勝てず、
無念を抱いて死にました。
時を超え、場所を超え、彼女らの手にしていたのがこの水晶でした。
そのたびに透明だった水晶に曇りが見え、
今ではすっかり煙のように濁っています。
やがてその話も忘れられると、
無念だけがひとりでに歩き…

カラスは、再び街の中にいる。
釈然としない何かを抱えていたが、とりあえず浴場に行ってから考えることにした。
騎士たちに身体検査を受けたことで、とにかく気持ちが悪かった。
『変化の術』を使って動物か何かに変身して水を浴びればたいそう楽なのだが、
それはいまだに封印されている。姿を変えた魔女の呪いは、解決したわけではない。
もはや人が居ても居ないのも関係なしに、
カラスは光の速さで風呂から入り、上がっていった。
そして次にフルーツ入りの牛乳を買い、それを開けて飲みながら、
身につけていた衣類を『精霊渦の箱』に突っ込み…
恐ろしい事に気がついた。あまりの衝撃で牛乳は吹き出してしまった。

カラスは、厳重に保管していた(といっても、普通に所持していただけだった)
暗黒の水晶を無くしてしまっていた。
水晶の中には、魔女が封印されている。
街に着いたらどこかで鑑定後、危険物として引き取ってもらおうと考えていたものだった。
それをうっかり落とすなどして外部に流出させたら、
どんな危険が待ち受けているだろうか。
もしや、あの時。
リリオット家で尋問を受けたときに、忘れてしまったのではないか。
であるとしたら、再び訪れるのも難しい場所である。
しかし、危険物の一つや二つは上手く廃棄してくれるかもしれない。
取り返しに行こうか、どうしようか。
カラスは悩んだ。


いつの頃だったろうか。
リリオット家のとある一画にて。
それは、ふわりと空を飛んだ。
封印のために光の魔術のかかった布を巻き込んだまま、強い力に導かれて飛んだ。

マドルチェの傍に、半透明の布と釘の刺さった黒い水晶が落ちていた。
彼女には、それを拾うか、さもなくば破棄するかの選択があった。無視しても良い。

===============
『暗黒の水晶』
男喰らいの魔女が封印されている水晶。魔女の知恵の分より1本少ない数の釘が刺さっている。
マドルチェの捨て去った感情を思い起こさせる。
0:装備者が能力者の場合は、新たな術を会得できるかも知れない。
1:装備者が女性の場合は耐久力か技術を、魅力の分だけ伸ばす事ができる※。
2:装備者が男性の場合は耐久力か技術を、世の女性に備わる魅力と同じ分だけ減らし、性別は女性となる。
3:さもなくば、不快な邪気を放つくらいで何も起こらない。
※魔女の都合良さで出来た力のため、男性にはならない。
『ソールの衣』
装備者の姿を光の屈折で隠す外套。ただし、降りかかった粉末などからは身を隠せない。
暗黒の魔力を軽減する。


[339] 2012/06/05 22:27:53
【オシロ19『出立』】 by 獣男

===================================
リューシャさんへ

一晩考えましたが、やっぱり宿を出ようと思います。
僕はエフェクティヴなので、普通の人といると、
それだけで迷惑をかけてしまいます。
精霊の精製は、近日中にお見せできるよう考えるので、
その時はこの宿に連絡しておきます。
お気づかい、ありがとうございました。

ついしん。
朝ご飯を食べ過ぎてしまいました。ごめんなさい。

オシロ
===================================

それだけ書いた手紙を宿屋の受付に預けると、
オシロは埃まみれの服のまま、仮宿を出て行った。

まずオシロが向かったのは、クエスト仲介所と呼ばれる所だった。
そこでオシロは、今度はレストに向けて書いた手紙を預ける事にした。
レストの偽者かもしれないインカネーションの事、
オシロがエフェクティヴだった事、
もう精霊を渡せないかもしれない事、
泥水には行かない方がいいという事、
オシロと知り合いだった事は誰にも言わない方がいいという事。
それだけを簡素に書きつづった後、
最後に、ごめんなさい、とだけ付け足した。

その頃にはすでに正午になろうとしていたが、
オシロは宿で貰ったゆで卵を歩きながら取り出して、
先だけ殻ごとかじると、そのまま休まず風俗街へと向かった。

夢路から確かな事を聞いたわけではなかったが、
恐らくそこが夢路の所属する基地だとオシロは踏んでいた。
案の定、夢路を知る女性を見つけることができたオシロは、
夢路の居場所とその現状を伝えてから、
精霊精製をしている他のエフェクティヴ基地をいくつか教えてもらった。

その後、オシロは公騎士団病院に向かった。
まずダザを探してみたものの、さすがにもう病院を出ていったらしかった。
「ああ、もしかして、オシロってお前のこと?
リット・プラークって人から伝言頼まれた。
明日の朝、街の北西にある第一精製工房に来いってよ」
受付の男からそう伝言を受け取ると、
オシロはベトスコと夢路の様子を見てから、
公騎士団病院を出て、近くを通るメインストリートへと歩いた。

メインストリートへ出ると、あたりはもう暗く、人通りもすっかり減っていた。
足も棒になってしまっていたオシロは、ゆで卵を再び殻ごと一口かじった後、
乞食に混じって冷たい石畳の上で眠りについた。


[340] 2012/06/05 22:29:15
【ダザ・クーリクス:21 感謝】 by taka

「掃除屋が今頃なんのようだ。死体処理はお前等の仕事だろ。何故出動しなかった?」
「上からの命令だ。上に逆らえないのはお互い一緒だろう?」
ダザは『泥水』の前に来ていた。見張りをしていた公騎士に出動しなかった理由を問われたため、ダザは面倒臭そうに答えた。
「馴染みの店でな。弔いの代わりだ。」
そう言うと、ダザは他の酒場から買ってきた精霊酒の瓶を扉の近くに置く。
周りには他の人が供えたと思われる、花や粗霊、酒瓶が置かれていた。

「・・・ふん。用が済んだらさっさと帰るんだな。」
この騎士は話が分かる奴らしい。
「仕事中に悪いな。助かるよ。」

ダザは死者の冥福は祈らない。ただ一つ、生前伝えれなかった死んでいった人達への感謝を念じるだけだ。
それが、ダザの弔いのやり方だった。

クソまずい酒をいつ飲ませてくれたこと、仕事の失敗をしつこく叱ってくれたこと、一緒になって馬鹿なことをやったこと・・・。


様々な感謝を一通り念じたダザは、見張りの公騎士に礼を言うと『泥水』を後にした。


さて、これからどうするか。
プラークが行方不明。つまり、オシロ達が無事という保証もないということだ。
本来なら、オシロ達の居場所を調査したいんだが・・・。

ダザは、そう考えながら後ろに注意を向ける。人の気配はない。
しかし、機構の偵察専門の連中なら気配を消すことも出来るだろう。
「付けられている感じはするんだけどな・・・。」
ダザは偵察の有無を雰囲気や勘に頼るしかなかった。
だが、もし偵察がいるとしたら、オシロ達の居場所を探すわけにはいかない。
彼等も重要な証人だ。所在が割れたら、機構やセブンハウスがどう動くかわからない。

一応、課長からオシロ達の名前や容姿、居場所を確認された時、聞いてない、頭を打ってあまり覚えてない、起きたら居なかったとかで、曖昧に答えといたが・・・。
怪しすぎだが、情報を漏らしてオシロ達を危険に晒すよりかは良いだろう。
居場所を確認してるところを見ると、恐らくセブンハウスはオシロ達の所在は把握していない。
スラッガーの残党に襲われた可能性もあるが、病院は街中だ。
わざわざラボタ地区に戻らない限り大丈夫だろう。
それに、えぬえむやリューシャが一緒だったんだ。無事である確率の方が高い。
自分が無闇に動いて探した方が、危ないだろう。

「熱りが冷めるまで大人しくしとか。」
ダザはオシロ達の捜索を諦め、家に帰ることにした。


[341] 2012/06/05 22:56:36
【えぬえむ道中記の18 悪計】 by N.M

えっちらおっちら荷物を運ぶえぬえむ。

「泥水」前を通りがかるが、運悪く―というか案の定―封鎖されていた。
野次馬が輪を作り、公騎士団が厳重に警備をしている。

素知らぬ顔して公騎士団の一人に話しかける。
「あのぅ、ここで何があったんですか?」
「コロシだ、コロシ」
「こわいですね」
「全くだな。さぁあっちいったあっちいった」
「あと、もう一つだけ」
「何だ?」
「ここから『螺旋階段』って店に行くための道を…」
「あぁ、それならそこの道から回ってまっすぐだ」
「ありがとうございます」
ぺこり、と頭を下げ、道を急ぐ。

(うーん、確かに道にも死体転がってたけど…ここまで大規模な封鎖が必要かしら?)

そんなことを考えながらえぬえむは『螺旋階段』へ向かっていく。
店主は留守とも知らずに。


[342] 2012/06/05 23:51:30
【ソフィア:18 伝う憎悪と牢屋の人々】 by ルート

ヘレン教会内で、インカネーションに所属する一人のシスターが、数名の傭兵の死体を前に立ちつくしていた。
シスターの身体に刻まれている幾つもの傷が、今は物言わぬ骸となった彼らとの戦闘の激しさを物語っている。

「ふふ、あはは……黒髪が死んだ……」

シスターは笑っている。虚ろに、恨めしく、鬼気迫る形相で。
死体を蹴り飛ばし、傷の痛みも感じていない様子で、次なる獲物はいないものかと周囲を見回す。

「みぃんな殺さなきゃ。黒髪も、黒髪の味方する奴も、黒髪を殺さない奴も、黒髪の隣人も、黒髪と話した奴も、黒髪を見た奴も、黒髪と、黒髪に関わるもの、全部憎い!全部殺さなきゃ!」

黒髪への憎悪一色で塗り潰された心は、再現無く肥大化を続け、その矛先を向ける対象のいない現実に苛立ちを高めていく。
やがて待っていても獲物は来ないと観念したシスターは、自ら獲物を追い立てるべく教会の外へと歩きだし……

「黒髪、黒髪コロス、全部コロス……」
「はい、そこまで」

がつん。



教会の床に倒れてのびているインカネーションの女性を見て、私はふぅ、と息を吐く。戦闘で消耗していたらしく、不意打ちで無事に気絶してくれた。

「やっぱり、"感染源"はこの傭兵達かぁ……」

周囲で息耐えている黒髪達を見る。私が考えたのは、彼らの憎悪もまた洗脳によって肥大化され、その感情が他者に伝播しているのでは、というものだ。
「ヘレン教を憎む黒髪の悪意」が、「黒髪を憎むヘレン教の悪意」を刺激し、増幅させる。自然にも起こりうるその情動を意図的に操作できれば、へレン教徒を暴走させる洗脳システムが出来あがる。
もし上手くいけば、暴徒と化したヘレン教徒が街に黒髪狩りにくりだす展開もあったかもしれない。回りくどい気もするが、そうなれば公騎士団は世論の後押しを受け、心置きなくヘレン教を殲滅できる。
これをやった人はよっぽどヘレン教が憎いんだろうなぁ、と思いつつ、今は気絶させたこの女性をどうするか。もしまた暴れられても困る。

「牢屋とかないのかな、この教会……」

閉じ込めておければ牢でなくても良いが。女性を担いで教会内を歩き回ってみると、ほどなくそれらしい場所が見つかる。
道中でふと、留守にしてきた骨董屋の事を思いだす。「御用の方はポストに用件と連絡先をどうぞ」と、念のため張り紙はしてきたが、この分だと帰るのはいつになるか。

「……おや?」

牢に来てみると、そこには既に先客がいた。マックオートと、気絶しているソラ。見知らぬ紫色の少年に、ハスとかいう公騎士……は、既に息絶えている。

「……えっと、何この状況?」

かくん、と私は首をかしげた。


[343] 2012/06/06 00:05:45
【ウォレス・ザ・ウィルレス 21 「ハスの選択」】 by 青い鴉

 元・公騎士であったハス・ヴァーギールは、ため息を吐いた。
 
 気絶から目覚めたところを、紫色のガキ、黒髪、白髪に色々訊かれた。回らない頭で、嘘を吐くこともままならず、全部喋った。どうやら生き残ったのは自分だけのようだったし、計画の大失敗を考えれば、全部喋ってヘレン教の捕虜になったほうが得だと考えたのだ。
 
 が、考えが甘かった。あろうことか、ヘレン教は自分を釈放した。
 
 教会襲撃は完全に失敗。ソラを教会に誘導し、黒髪のリソースガードを雇って日ごろの鬱憤を晴らさせよう、そして「救済計画」や「f予算」について聞き出そう、という計画だったが、インチキじみた教会勢力に完全な敗北を喫した。
 というか、未だに自分の身に起こったことが理解できない。猫がライオンになり、ライオンがスフィンクスになった。時間稼ぎをされている間に、ありえぬほど鋭利な魔術が公騎士団を襲った。自分以外は全員死んだ。
 いや、自分も死んだのだ、とハスは思う。あの時、ソラの手によって、自分は確かに死んだはずなのだ。
 
 動く死体〔リビングデッド〕。
 視界に入る風景は全て灰色に染まり、自分の心臓の鼓動は完全に停止している。
 
 ハスは騎士団長に全てを報告しに戻った。そして全てを話し終えた時、待っていたのは「裏切り者」というレッテルだった。分かってはいた。自分一人だけが生き残ったという事実は「仲間を売った結果」としか解釈されないであろうことは。
 公騎士の資格の剥奪。そして、ただ「目の前から消え去れ」とだけ告げられた。
 
 ハスは泣きたかったが、あいにく涙は枯れていた。
 迷った末、ハスはソウルスミスのクエスト仲介所に向かった。職が無くなった今、日銭を稼がなくては生きていけない、と思ったのだ――もう死んでいるというのに!
 
 クエスト仲介所に入った瞬間、「ダウトフォレスト攻略作戦 『f予算』『レアメタル』『エルフ』」という張り紙が目に入った。そこには「前金」とも書かれていた。ハスは状況に流されるように、そのクエストに応募した。幸い公騎士としての風体はまだ有効だった。

「おめでとうございます! あなたは100人目の応募者です! 当選金は前金に上乗せさせて頂きます!」
 
 100と書かれたナンバープレートを受け取りながら、ハスはただぼんやりと思った。自分は死んでしまったというのに、もはや公騎士では無くなってしまったというのに、一体何がおめでたいのだろう、と。


[344] 2012/06/06 02:35:41
【リオネ:16 "力の残り香"】 by クウシキ

(リリオットの紋章、ね……)
そういうことか。

誰も手が出せないまま落ちている金貨を拾いながら、リオネは大体の事情を理解した。
つまり、あの少女が……リリオット卿の孫娘で次期リリオット家当主のお嬢様。

積極的に探そうとも思っていなかったが、こうもまあ早く見つかるものか……
というか、あれだけ地味で派手な能力を躊躇いもなく使っているところを見ると、
お嬢様が捕まるのも時間の問題だろうか。

======
私の制止も聞かずに、アスカは公騎士団に連れられていった。
言葉尽くで止めることも出来たが、どうやら彼は自ら望んで公騎士団に付いていったようだったので、
無理に止めることはしなかった。


……さて。

アスカを見送った私は、まだ此処に残って状況を検めている騎士に話しかける。
「ねぇ、あなた達……」
「ひぃっ! な、なんでしょうか……」
随分と怯えられている。どうでもいいが。
「この街の、公騎士団の病院はどちらかしら。
 恐らくだけど、"彼"みたいに、外傷無しで死んでいた人が、他にも何人か居ると思うの。
 出来ればその人達の遺体を調べさせて欲しいの」
「……し、しかし、君のような子供が……」
「大丈夫よ。連れていってくだされば、恐らく許可は頂けると思うの」
「公騎士団の病院に、見ず知らずの君が行って、遺体を調べる許可をその場で取れる、と。
 そんなわけ……」ないだろう、と言いかけたようだ。
「普通ならあり得ないでしょうね。
 まあ私が何とかするから、とりあえず道だけでも教えて貰えませんか?」


======
病院に着いたリオネは、まず受付の男に話しかけた。
「すみません、整形外科はどちらにありますか?」
「整形外科? お嬢さん、顔の整形ならうちの病院じゃ取り扱っていませんよ」
「いいえ、そんな冗談は結構です。
 出来れば、整形外科の長(おさ)を務めている方にお会いしたいのですが」
「しかしお嬢さん、ここは貴族の紹介が無いと診察は受けられませんよ」
「診察の依頼ではありません。それに、紹介状が必要なら、今、書きます」
リオネは、鈍色の左手が持っている袋から羊皮紙と羽ペンとインクを取り出し、紹介状を書き始めた。
「お嬢さん、いい加減に……」
「少しお待ち頂けますか」

――
「出来ました。急ぎなので、封蝋の無い略式で申し訳ありません」
受付の男は、リオネと、リオネが書いた紹介状を交互に見比べている。
「私は、精霊ギ肢装具士の『リオネ・アレニエール』と言います。
 とにかく、これを渡してきて頂けませんか?」


[345] 2012/06/06 12:11:57
【【アスカ 18 偽メイドと、元鉱夫の取調べ】】 by drau

“何故こんなこと”になっているのだと、義足の清掃員は頭をたれた。
騎士団本部の取調室で、男達が談議している。
寒気と熱気が全身を襲っていた。



巨漢は頬を膨らませ、席を立って講義していた。
未読の祖母の手紙が、騎士に取り上げられたからだ。
「うー、だよー!」
「取調べだから当然だろ、とっとと座れ。」
「はい、だよー……」
「で、お前がやったのか?それともあの小娘か?」
「知りません、だよー」
「外傷は無し。どうやって殺した?」
「解りません、だよー」
「ホントのことを言え!」
「ボクはよくわから、ふぁん!?」
ぴとっと肌に当たる物があった。外から入り込んできたであろう、黒蝿が上腕に降りていた。
アスカは虫が大の苦手である。故に、必然だった。
「きゃぁーーーーだよーーー!!!」
「ぐぼぁ!!」
反射的に振るった巨肉の上半身が、目前の男を床から弾き飛ばす。
放たれ弾は鋼鉄の扉を押し抜け、扉外の通路の壁に着弾。
「あぁ!?ごめんなさい、だよー!」
「おいっ、待て!」
アスカが騎士を案じて通路に出る。
騎士は目を回して沈黙していた。困惑していると、着弾痕の直ぐ横の扉から話し声が聞こえる。扉の締まりが甘いのだろうか。

「――ですから、泥水に入ったら、客の鉱夫達や店主、鉱夫長の遺体が既にありました。」
「……泥水と鉱夫長!?」
「コレで説明、4回目ですよ、早く終わらせてく!?」
大きな音を立てて、室内に入る。
「何だ貴様は!」
騎士が清掃員を尋問していた。
身構えてこっちを見ている。
「どういうことですか、だよー!」
「何だ!?」
清掃員の体に掴みかかる。
「お兄さん、知ってること、教えて、だよー!」
「おい!公務を横から取るな!!」
「離れろ!」
「お前は取り調べられる側だろうが!」
駆けつけた一人の騎士と、取調べしていた二人の騎士が制止する。
「離せ!てめえは誰だよ!」
「ボクはアスカ!アスカんって呼んでね!」
「呼ばねーよ!!」
清掃員の足が近寄る巨体を押し離そうと、メイド服の上で踏ん張る。
アスカも足掻いて喰らいつく。室内は大騒ぎだ。
「どうしたことだね、この状況は?」
鶴の一声。先ほど、横から声をかけてきたお偉いさんが場を諌めた。
「グラタン様!?」
「筆頭団長殿!?こ、これはですね!?」
「け、敬礼!」
畏まった騎士達が説明する。

「……なるほど」
(リリオットのお嬢様と、スラッガー襲撃か。)
話を聞いた男はアスカ達の顔と、騎士達の纏う紋章を見やり、沈黙の後、全てを理解した笑顔で提案した。
「ここはわたしに任せてくれないかい?」
「こ、このような下っ端のお仕事なぞ」
「その事件には心当たりがあってね。なに、私は久々の休暇中だったんだが気にすることは無い。たまにはこういうのんびりとした仕事をしたいものだ。」
「ですが」
「ははは、君達はペルシャ家の者だろう?今はフェルスターク家の事で忙しいだろうに。ここは私に回して、そちらに尽力してくれていいんだよ?」
「し、しかし」
「……うん?」
男が笑顔で首を傾けると、騎士達は震え上がり、それっきり黙ってしまった。
「そうそう、“ダザ・クーリクス”君。君も一緒に取調べ室に来たまえ。
そこの彼は君に用があるようだし、君も仕事中に呼び出されたんだとか?うーん、すまないね。早く済ませたいだろう?」

「私が一人で同時に済ませよう。時間はもう、とらせないよ」
剣を掲げた男の絵。パルシャ家の紋章を纏う男。
暖かい穏やかな笑みを浮かべた、七家筆頭騎士団長、マカロニ・グラタンが、アスカと清掃員の肩を抱いて有無を言わさずに室内に連れて行く。
残された騎士達が去りながら、話し出す。

「……いいのかよ?」
「……馬鹿言え、マカロニ・グラタンを下手に刺激するな、熱するなって言葉を知らんのか」
「口が火傷するってか?」
「命にかかわる火傷だ」
「それで済むかよ、全焼だろ」


[346] 2012/06/06 19:14:51
【ダザ・クーリクス:22 思い話と伝言】 by taka

(ダザが公騎士団本部に連れて行かれる少し前)

「おい、花に雨のオヤジさんよ。急に店に寄ってくれって頼まれたから久々に来てみたら、なんだこの変わりようは」
ダザは久々に訪れた『花に雨』亭の内装や従員の服装が気になって仕方がなかった。
「俺の夢のためだ。それよりダザよ。お前も『泥水』の奴とは馴染みだろうが。まさか、あいつが死んでしまうとはな・・・。」
「っち、居心地の悪い上にオヤジさんの慰めに付き合うとは。これならいつもどおり『ラペコーナ』で弁当を買ったほうがよかったな。」
「そう冷たいこというな。一緒に悲しんでくれる奴がいるだけでも心が癒される。ああぁ俺の枯れた心に雨を…。」
オヤジは涙を拭う。この『花に雨』亭と『泥水』は同じ酒場でありライバル店であった。
店主同士もよく喧嘩していたが、喧嘩するほど仲がいいというものか。
ダザは仕方なく、店主の泣き言と思い出話に付き合うことにした。
「 ―でだ、あの時もどっちの酒が旨いかで喧嘩してな。ダザ、お前も居ただろう。」
「あぁ、結局どっちも不味いで終わったんだろう?」
「馬鹿いうな!うちの酒の方が旨かったに決まってるだろ!あんな泥水になんか負けてたまるか!!・・・その酒ももう飲めないだがな・・・。」
オヤジは思い出話で盛り上がったと思えば、ライバルの死を思い出し落ち込んだりと忙しかった。

ダザは、そろそろ仕事の時間だと話を切り上げた。それと同時に一枚の紙を店主に渡す。

その紙にはオシロ達の情報が書かれていた。
「・・・そいつ等を見かけたことは?」
「いや、見てないな。」
店主は紙をジッと見ながら答えた。
「そうですか。じゃあ、もし見かけたら伝言頼みます。」
そういうと、ダザは再び紙を渡す。その紙にはこう書かれていた。
[セブンハウスが探している。当分身を隠せ。俺にも近づくな。]
店主はフンッと鼻をならし、受け取った紙をコンロで燃やした。
「面倒ごとか?」
「そんなもんです。」

ダザが席を立とうとした時、店の扉が勢いよく開いた。
そして、鎧を着た公騎士団が数名ズカズカ入ってきて、ダザの所でとまった。
「また、公騎士団か!これが面倒ごとなのか?」
店主がうんざりした顔で言う。

「貴様がダザ・クリークスだな?泥水の件で聞きたいことがある。本部まで同行してもらう!」
先頭に立った騎士がそうダザに言い伝える。
「泥水?どういうことだダザ?」
「・・・無事に戻れたらまたお話します。」
そう言うとダザは大人しく、公騎士団について店を出て行った。


[347] 2012/06/06 20:58:45
【マックオート・グラキエス 26 ステンドグラスの輝き】 by オトカム

どうやら、ソラの凶行はハスという公騎士のしわざらしい。
他にも、f予算・救済計画などの情報をしゃべっていたが、マックオートはそれが何なのかは全くわからなかった。
それにしてもこの少年・・・公衆浴場でダザが言っていた『紫のローブの少年』なのだろうか?
ジーニアスに関しての事も聞きたいが、今はソラのことが最優先だ。
「ソラ、大丈夫?」
「大丈夫、寝ているだけみたい。」
「その子は礼拝堂のステンドグラスを磨いておったな。好きかもしれん」
背中で語るウォレス。興味を持ったマックオートはソラを抱きかかえてソフィアと共に礼拝堂に向かった。

***

あちこちに血痕が残っている。ここでも戦いが起こったようだ。

ソラが目覚めたら真っ先にステンドグラスが見えるよう、向きをかえて抱きなおした。
色硝子で描かれたモザイク画に映しだされた”ヘレン”の姿は気高く、凛とした顔つきをしているが、
どこか優しい表情でもある。弱きを助け、悪しきをくじく。強さ、優しさ・・・
確かにこれは誰もが憧れる存在であり、誰もがなりたいと願ってもかなわなかった人物像だ。
「きれいですね・・・」ソフィアは見とれていた。
しかし漠然と思うものもある。
ヘレン教が黒髪を嫌うのは、かつて黒髪に迫害されたからだ。
つまり、ヘレン教徒が黒髪を嫌っているからといって、ヘレンもそうとは言えないのだ。

今ここにヘレンが来たら、黒髪も受け入れるのだろうか?
もしそうなら、それを見たヘレン教徒はどのような反応をするのだろうか?
「マックオートさん・・・?」
ふと顔を向けると、ソラが心配そうな目でマックオートを見ていた。どうやら今まで険しい顔をしていたらしい。
「目が覚めた?」
マックオートは今までの表情をかき消すように答えると、帽子と鞄をソラに渡した。
ソラは鞄の中にある割れたランプを残念そうに見つめていた。お気に入りのものだったようだ。
これは悪いことをした。何か代わりにできないかと考えたマックオートは呪い辞典を手に取ると、白紙のページをやぶり、折り始めた。
ソラとソフィアはマックオートの手元に注目した。
紙は折られることで奥行きを手に入れ、最後は鳥の形になった。
「はい、鶴。君にあげるよ」
「わぁ・・・ありがとう」
「両親が鍛冶屋でね・・・手先が器用なんだ。」
追憶剣・・・首絞めの時の走馬灯・・・鍛冶屋だった両親・・・今日は昔を思い出す機会が多い。
今まで自分の中で押し殺してきたあの頃の記憶が溢れてくる。
「ちょっと、昔の話をしてもいいかな?」
マックオートはソラの手に持たせた折り鶴を眺めながら次のように語った。


[348] 2012/06/06 21:31:10
【リューシャ:第二十四夜「密会」】 by やさか

ダザの家の戸を、誰かが叩いた。
ダザが警戒した様子で戸を開くと、見知らぬ男が一人、立っている。

「……なんだお前、こんな夜中に」
「すいませんね。手紙を頼まれたんです。これ、お渡ししましたからね。では」

客はあっという間に封筒をひとつ押し付けて、夜の闇に消えていった。
ダザは首を傾げて戸を閉めると、封筒を透かし見て、そこに紙一枚だけが入っていることを確かめる。

『二階で待つ』

白い便箋に、たった一行。名前もない。筆跡に見覚えもなかった。
ダザは顔をしかめてモップを手に取り、足音を殺して二階へ上がる。
二階といっても狭い屋根裏だ。そう何人も潜めるようなスペースはない。

「……誰だ」

絞った声に、影から現れたのはリューシャだった。
金髪をフードで隠し、シャンタールにも布を巻いて特徴を消している。

「名前は出さないで。一応、聞かれて足がつくと困るわ」
「……お前、どうやって入った?」
「あなた、監視されているようだったから。手紙をやったでしょう。そっちに目が行っているうちに、ガラスを切ったの」
「お前な……」

器物損壊を咎めかけたダザを、リューシャは鋭く静止する。

「ガラスならあとで弁償してあげるから聞いて。……オシロが消えたわ」

言うと、リューシャは懐に手をやって、オシロからの手紙を差し出した。昨日、ダザが眠っていた間のあらましも説明してやる。
話が進むにつれて、ダザの眉間はどんどんと険しくなっていった。

「……お前、どうしてあいつを放っておいたんだ」
「あら。一日張り付いて監視していればよかったのかしら。それとも宿に監禁しておけって?
 あの子はそれほど子供じゃないわ。あなただってわかっているでしょう」

リューシャはそんなダザを軽くいなし、それより、と話を続けた。

「宿の主人の話からして、あの子は自由意志で出ていったわ。危険も承知してたはず」
「だから放っておけっていうのか?」
「放っておけっていうために、わたしがわざわざあなたの家を探したと思っているの?
 あなたに指示を仰ぎたいのよ。……わたしには土地勘がないし、この街の情勢にも疎いから」
「指示?」
「あなた、いつ取り調べで身動き取れなくなるかわからないでしょう?」

リューシャが肩を竦めると、金髪がひと筋フードからこぼれて、割れた窓からのかすかな光に輝いた。

「……ひとつ聞きたい。お前は、どうしてオシロに肩入れするんだ?」
「自分のためよ。だから、過剰に期待されても困る。
 ただ、彼は今のところ、わたしの目的に一番近いところにいるわ。仮に見捨てることがあっても、裏切ることはない」

そんな保証で満足かしら。
そう言ったリューシャは、ニヤリと人を喰ったような笑みを浮かべてみせた。


[349] 2012/06/06 21:33:23
【夢路17】 by さまんさ


私のママも娼婦だった。


その頃は私は娼婦ってなんなのか理解ってなかったけど。

父親のことを聞いてもママは笑って「よくわかりません!」って言ってたからたぶんほんとうに私の父親がどこの誰なのかよくわかってなかったと思う

ママは万事が万事そんな感じでいい加減でだいたいがなんでもかんでもちゃらんぽらんだった。

でも、私は学校にも通えたし発育良好でキチンとちゃんとあっちこっち育ったのは、やっぱりママのおかげだと思う



ママの一番の楽しみは、私に可愛い服を買ってあげることだった。そして私のことを時々『お姫様』と呼んだ。


ママは紙袋から新品のドレスを引っ張り出した。
「お姫様、明日はこれを着てお出かけしましょう」
スカートは光に透ける肌触りのシルクの布が何枚も重なって濃淡を生み胸元には銀の糸で薔薇が刺繍してあり肩はふわっと膨らんでウエストには白いリボンと造花それにキラキラのビーズがたくさん。
「ヤッダー!恥ずかしーよォ!友達でそんなキラキラの服着てる子誰もいないもーん!やーだー!」
「ぐすん、せっかく買ってきたのに」
「だってこないだダザに『おまえ・・その服買ったカネでチロリン棒ひゃっこ買えるんじゃね?』って言われたんですけど?」
「ギクリ」
「ママぁ!」
「………そうね…私、夢路と違って学校行ったことないから…算数には自信がないのですけど、そうですね……千個は買えるでしょう。」
「せんこ!?まじやべえ!」
「……(指折り)……2500個買える!」
「てゆーかおなかすいたよー!えーん!」
「ごっ、ごめんね、私悪いママだよね、ごめんね…」
「チロリン棒食べたいよー!」
「ごめんね夢路ー!えーんえーん!」
「えーんえーん!」

そのとき家の戸がバタン、と開いた。

「これ、ポトフ。いつも腹すかしてるアホな親子に持ってってやれって母ちゃんが」
「「神キタ――!!」」
神の正体は、頭に鍋をのせたダザだった。ちなみにクーリクス夫人のポトフはありえないうまさでマジ国宝レベル。


寝る前にママは私の髪をとかしてくれた。
「ねえ夢路、私たち貴族に生まれればよかったねえ」
「そうだねー」
「もし貴族だったら、毎日宝石のいっぱいついたお洋服を着て二人でお花畑でお昼寝して暮らそうね。」
「私はチョコと生クリームがいっぱい載ったケーキ毎日食べる。」
「あはは、お姫様はハナよりダンゴですねえ」

ママの体の周りにはいつも、キラキラする青い糸がくるくると回っていた。
私はときどき、その糸をちょっとだけ千切って口に入れた。




〜〜〜〜

【新出用語】
チロリン棒…チョコレート的な何か。1本2ゼヌ。


[350] 2012/06/06 22:57:53
【えぬえむ道中記の19 空圧】 by N.M

『螺旋階段』前。えぬえむは荷物を店の前に下ろした。
「なんだかんだで微妙に重たかったー」

ふと見ると張り紙が。
『御用の方はポストに用件と連絡先をどうぞ』
「来たのはいいけど留守か…」
とりあえず荷物を届けに来た旨と、魔剣について相談事があることをリューシャから聞いた旨を書き、宿を連絡先としてポストに放り込む。

「さてさて、これからどうしようかしら?」
とりあえず店の隅っこに届け物をおいておく。
「どこに行ったかわかればいいんだけど、残してる様子もないし」
後頭部を指でコツコツ叩き思案する。
「ダウトフォレストも気になるのよね…。報酬貰いがてらもうちょっと詳しい話聞いてこようかな」

そう心に決めるときた道を引き返すことにした。目指すは仲介所。


[351] 2012/06/06 23:14:50
【オシロ20『第一精製工房の尋問』】 by 獣男

プラークからの伝言を受け取った翌朝、
オシロは指示通り、街北西に建つ第一精製工房にやってきていた。
想像以上の人通りにオシロは面食らったが、
看板を見ると、どうやら精霊精製競技会というものの一次審査が、
この第一工房から第五工房までを解放して行われているようだった。
名を告げると、オシロは丁寧にその五階へと案内された。

「入りたまえ」
案内された先の部屋には、四人の男女が座っていた。
三人の中年男性と、一人の女性。女性はプラークだった。
「これからいくつか質問する。正直に答えたまえ。
嘘をつけば、拘束中の君の仲間達の命はない。病院の君のおじいさんもだ」
左から二番目の男がそう言うと、オシロの後ろで出口の扉がばたんと閉められた。
閉めたのは若い男二人で、公騎士ではなかったが、
リソースガードなのかどうかまでは、オシロには判別がつかなかった。
オシロは命令に無言で頷いた。

「まず、ラボタのエフェクティヴ基地で、
喋る精霊を精製した技術者というのは本当に君か?」
「はい」
「では、その精霊が喋った言葉で、聞き取れた単語は何かあるかね」
「精霊は流暢に喋りました。自分は常闇の精霊王だと」
「それはこの国の言葉で?」
「はい」
「ははは、それは妙だな。そいつは古代の精霊だと言ったんだろう。
常闇の精霊王といえば、伝承では1200年前に滅ぼされたという魔王だ。
それが今のこの国の言葉を流暢に喋るというのは、不自然じゃないかね」
「でもそう言ったんです。精霊が嘘をついたのかも」
「もういい。話にならん。やはり、事前に口裏合わせをしていたのだ。
尋問を再開するよう伝えろ」
左から二番目の男がそう言って立ち上がると、オシロは慌てて反論した。
「証拠があります!今、ここにその精霊王を連れてきてるんです!」
オシロはそう言うと、頭に巻いたポシェットの一つを開き、軽く手で叩いた。
「おい、こら。ちょっと喋ってよ。ねえ、ほら。なあ。おーい」
「見苦しい。さっさとこいつも拘束しておけ」
一人でポシェットを叩き続けるオシロを尻目に、次々と男達が立ち上がった。
それを見て、今まで黙っていたプラークが口を開く。
「待って下さい。ディバイン・スプライダーは間違いなく正常でした。
以前に聞いた、この少年の精製に対する知識も、ただの見習いのレベルは越えています。
ラボタに『再生』された精霊がいたのは事実です。
現時点での材料だけで、全てを嘘と断定するのは早すぎます」
「口を慎みたまえ、プラーク第三顧問。
公騎士五人を無駄死にさせた汚点を正当化したい気持ちはわかるが、
君は本気で、この子供が『再生』を成功させたと思うのか?」
「それは・・・、しかし偶然ということも」
「偶然で『再生』が成功するなら、今頃リリオットは『再生』された精霊であふれかえっておるわ!」
叱責されるプラークを横目に、今度はオシロが男達に食い下がった。
「なら、試させて下さい。もう一度、同じ事が起こせるかどうか、見てから判断を」
「ガキが、思い上がりおって。エフェクティヴの猿真似精製が、
ソウルスミスの誇る一級精製技師に比べて、いかに低レベルか、お前は知りすらしないのだ。
いいだろう。競技会に出してやる。それが終わったら、お前は一生、刑務坑道で穴掘り仕事だ」
それだけ言うと、男達はオシロとプラークを残して部屋を後にした。


[352] 2012/06/06 23:32:45
【ソラ:18「太陽」】 by 200k

 目が覚めた時、ソラはステンドグラスの光の中にいた。
 眼前にはマックオートとソフィア。マックにかばんと帽子を返してもらうと、かばんの中の割れたランプが目に留まった。故郷からずっと共に暮らしてきた相棒は、もう動けなくなっていた。
 それを見たマックオートは本の頁を破り、紙の鳥を折ってソラに渡した。「はい、鶴。君にあげるよ」慰めだからこそ、とても嬉しかった。
「両親が鍛冶屋でね……手先が器用なんだ。ちょっと昔の話をしてもいいか・・「待って」」
 ソラはマックオートの言葉を遮った。帽子を外して二人を見る。
「二人はもう私のこの姿は見てるんだよね。それならちょうどいいから、私のことを話そうと思って。二人には大きな借りが出来ちゃったし、特にマックオートさんは……その……色々と……」
 ソラは俯き顔を頬を染めた。翼の形をした耳がパタパタとせわしなく上下していた。

「見ての通り私は人じゃありません。多くの人からは亜人と呼ばれています。……故郷を襲った人々は“魔物”と呼んでいました。私の故郷はグラウフラルの辺境にある山の頂。そこは私たちの言葉で“太陽に最も近い場所”といって。私たちはそこで外との交流をほとんどせずに平和に暮らしていました。しかし、ある日やって来たリソースガードの傭兵達によって私たちの親も友人達もみんな狩らたのです。矢で射られ、体を切り刻まれ、喉を突かれて。私たちの翼は光や癒しの魔術の触媒になるらしくて……。その後彼等からずっと逃げて、辿り着いたのがここ」
 ヘレン教の教会の礼拝堂、ソラはステンドグラスを仰ぎ見た。
「リリオットは優しかった。ヘレン教会では、私を偏見の目で見ずに救ってくれた。公騎士の人達も私に優しくしてくれた。家を貸してくれた鉱夫の人達も。リソースガードはいつ私の故郷を襲った人に出会うかわからなかったから怖かったけど、二人のように優しい人達もいた。私はリリオットが大好きだった。だけど、騎士と黒髪の人達とヘレン教の人達が互いに武器を取り合って戦う姿を見て、最後にハスに裏切られて、気付いちゃった。私はリリオットに幻想を抱いていただけだって。……それでも、やっぱり嫌いにはなれなかった。だから、これからのことだけど、私はリリオットを輝かせたい。あのステンドグラスを照らす太陽の光ように……」
 ソラはステンドグラスの前でくるりと回った。
「あ……ごめんなさい。一人で語ることに熱中しちゃった」
 てへぺろ。


[354] 2012/06/07 00:02:19
【マドルチェ 07 マドルチェの再誕】 by ゴールデンキウイ

「乾杯!」
「上手くいったな!」

公騎士団の3人組、リリオット家からそう遠くない倉庫の一室で酒瓶を打ち合いながら大笑した。

「あやうく手柄を訳の分からない東方人に奪われるところだった」
「これで金貨50枚は俺たちのものだな! そして出世も確実、笑いが止まらないぜ!」
「当主から直接の連絡を受けたっていうお前の演技、完璧だったぜ。これであの東方人もどこかに漏らしたりしないだろ」
「あの馬鹿なお嬢様じゃないが、最高にハッピーだな!」
「リリオット卿も良い迷惑だな、あんな出来損ないが跡継ぎなんだからさ」
「あの爺さんは本当に不幸だよな」

そう言いながら3人は杯を煽った。



「そういえば、こんな噂知ってるか?」

一頻り飲み笑い終えた後、一人の騎士が思い出したように呟いた。

「なんでもセブンハウスの中でリリオット家を潰そうとしてる一派がいるらしいぜ」
「本当かよ」
「リリオット卿を直接狙うって話もあるしな、あくまで噂だけど」
「首謀者は誰なんだよ」
「――それ、詳しく話を聞かせてもらえるかしら」

思わぬ第三者の声に、騎士達は声の方へと顔を向けた。そこには、豪華なドレスを纏ったマドルチェが、普段と変わらぬ姿で立っていた。……その手に黒い水晶を握りしめている一点を除いて。

「おじいちゃんが危ないっていうのは、本当なの」
「マドルチェ様、お目覚めでしたか。飛んだ失態を……、すぐお屋敷にお連れ致しますので」
「質問に答えて」
「えっと……」

明らかに変質している彼女の声音に、騎士たちは内心訝しんでいた。何かがおかしい。相手はあの温室育ちのお嬢様。言いくるめて屋敷にまで連れていけばいいはず。それなのに、決定的に何かが変化していた。そうこうしているうちに、マドルチェは諦めたようにふっと溜息を吐いた。

「答えないなら、もういい」

マドルチェは右手をかざす。咄嗟に騎士達は身構えた。あの手に触れてはいけない。しかし所詮は17才の女。傷付けない程度に気絶させて屋敷まで運べばいい。酔った高揚感の中、騎士は笑みを浮かべた。しかし、その笑みも束の間。

「――?!」

身体から何かが抜け落ちていく感覚。胸元からは眩い光が輝いていた。これは、マドルチェの唯一無二の能力、【絶対王制】の光……。

その思考を最後に、3人の騎士は糸の切れた操り人形のように倒れ込んだ。くだらない、とマドルチェは再び溜息を吐いた。

「行かなくちゃ」

おじいちゃんのところへ。他の誰かが、おじいちゃんを殺してしまう前に。


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以降、暗黒の水晶を失うまでの間、マドルチェは負の感情の一部を取り戻したものとし、スキル【Absolute Monarchism】を【100/0/10 凍結 防御無視】として扱う。
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[355] 2012/06/07 00:02:25
【カラス 12 返却の彼方】 by s_sen

昔々、太陽の神はその名前を変え、性別を変え、神位を変え、
各地を等しく照らしていた。
南ではアポロンという青年の姿をしていた。
西ではベレヌスという炎の神であった。
東ではオオヒルメという神々の女王であった。
この辺りでは、ソールと呼ばれていた。
人々はその恩恵に与り、その力を借り、受けた奇蹟の真似ごとをした。

カラスはソールの奇蹟を体現した魔術の道具を、リリオット邸に忘れてしまった。
しかし、それは自分で何度も作成できるので別に良かった。
それよりもっと恐ろしい魔術のかかった物を置き忘れたのが、今は特に気がかりだ。
――ある程度資金が貯まったら、こんな治安の悪い街をさっさと出て自由になろう。
涼しく透明な旅人は、風を受けながら暮らすのだ――
以前はそんなことを考えていたが、あのような危険物を流出させてしまっては、
風だの何だのとぼやいている場合ではなかった。
このまま黙って街を出ることは正義のサムライの道に反している。
カラスは思い切ってリリオット邸の門番に尋ねてみた。
「あの、この間はお世話になった者で…。実は、持ち物をお宅にて無くしてしまったようなのです。
ああ、あの石は…私の親の形見…!無くしてしまうと危け…ではなくて悲しいのです!はい!」
でっち上げた嘘をついてまで必死に演技をしたが、門番は事務的に返した。
「担当の騎士が言っていたが、そんな物は落ちてなかったそうだよ。あきらめて他を探しなさい」
こちらの話はこれ以上通じないだろうが、街を治める第一の名家なら
万が一の事態をすぐに収束させてくれるだろう。
カラスは時を待つことにした。


[357] 2012/06/07 00:19:11
【ソフィア:19 色硝子のヘレンと翼の少女】 by ルート

哀れ動死体と化した公騎士ハスの供述によって、今回の一件の事情は大方割れた。
ひとまずは、この襲撃が失敗に終わった時点で、公騎士にとってソラの利用価値はなくなったことになる。後はほとぼりが冷めるまで、ヘレン教が護ってくれるだろう。
……ただ、傭兵に洗脳を施したのもハスだったようだが、どうやってその技術を得たのか尋ねてみると、彼の返答は途端に曖昧になった。記憶に鍵をかけられたように。
彼らはペルシャ配下の公騎士だったようだが……これでセブンハウスの悪巧みが終わって欲しいと切に願う。
その後、私はエーデルワイスを牢屋にいたウォレスとかいう少年に預けて(半ば押し付けて)みることにした。死者を蘇らせるほどの力量を持つヘレン教徒の魔術師なら、この剣について調べてもらえば何か分かるかもしれない。

「きれいですね……」

今、私とマックオートは、眠っているソラを連れて礼拝堂のステンドグラスの前に立っていた。
美しくも強く、優しさや気高さを感じさせる色硝子のヘレンに、思わず目を奪われる。

(やっぱり、この剣はヘレンに縁があるもの、みたいだね)

やがてソラも目をさます。落ち込んでいた彼女は、。壊れたランプの代わりにとマックオートの折った折鶴を受け取ると、幾許か元気を取り戻した。
そして、マックオートの話を一度遮ると、ずっと被っていた帽子の下……翼の様な耳を見せて、自らの過去を、きっとずっと秘密にしてきた過去を、語ってくれた。
人なさざる種族の少女。魔物として追われ狩られる彼女が辿り着いたリリオット。そこで抱いた希望の幻影と、まやかしに気付いた今だからこそ、確かに彼女の心に宿った光。

「……眩しいなぁ」

ステンドグラスの前で笑う彼女は、まるでヘレンに祝福されているようだった。この子は強い。どこか保護者気分でいた自分が恥ずかしい。

「ソラなら、できるかもしれないねぇ。この街を綺麗に輝かせることも」
「そ、そうかな?」
「そうだよ。私に出来る事があったら、お手伝いするよ?」
「え、なんでソフィアが?」
「面白そうだから。あとは私も、輝いているこの街を見てみたいから、かな」

この街に住み着いて数年になるが、暮らせば暮らすほど、この街の嫌なところばかりが見えるようになってしまった。いくら覗いても底が見えないくらいの、この街の深い闇を知ってしまった。
けれど、だからこそ、見たいとも思う。どんな闇を抱えていたとしても気にならなくなってしまうほど、この街が輝いている一瞬を。心からこの街が好きだと思える事を。

「……ふぅ、にしても今日は暴れた暴れた。汗びっしょり」
「…またお風呂入るの?ソフィア」
「久しぶりのあったかいお湯だからね!ソラもまた一緒にどう?」
「え、えっと、私は……」
「あ、マックオート、覗くならばれないようにね」
「「な、何言ってんの(だ)?!」」

くすくす笑いながら告げた冗談に、二人は面白いくらい顔を赤くしてハモる。
いやぁ、若いっていいなぁ。


[358] 2012/06/07 14:57:42
【ウォレス・ザ・ウィルレス 22 「ヘリオットと魔剣」】 by 青い鴉

 教会襲撃のどさくさに紛れて、ウォレスは、ソフィアから純白の魔剣、追憶剣エーデルワイスを押し付けられた。
 ソフィアから話を聞くと、教会の「ヘリオット」の宗教画にある剣と瓜二つだというので、ヘレン教絡みの魔剣ではないかという。宗教画にほとんど興味を持たないウォレスであったが、言われて見比べてみると確かに似ている。純白であること以外にも、刀身の形とバランス、柄の特徴などが一致している。

 夜明け前。ウォレスは教会の個室で、剣を見つめる。
 いや別に夜明け前である必要はないのだが、礼拝堂の掃除をしていたらこんな時間になってしまった。礼拝堂はいつも綺麗にしておかねばならん。汚したのは儂じゃから、儂が責任を持って掃除をせねばならん。そういうところは律儀なウォレスであった。

 はてさて。ウォレスは剣は専門ではない。ヘレン教の歴史も専門ではない。
 それでも300年も生きてインカネーションの遊撃部隊に属していれば、いやがおうにもヘレン教の教えと歴史は頭の中に入ってくる。人並み以上に知り尽くすことになる。

 幼きころ、純白の髪をしていたヘリオット。裏切りゆえに、漆黒の髪へと変わったヘリオット。だが普通に考えれば、白い髪が黒くなることなどありえない。ならば、ヘリオットの黒髪化は後世の後付けなのか?

 否。これだけ長く生きていれば、ヘレン教の教えが後世の後付けかどうかくらいの判断はつく。むしろヘリオットの伝承は、ヘレン教の創成期から伝わるヘレン教の原典の中にも、物語として含まれている。
 
 ウォレスは考える。ならば、もともとヘリオットは黒髪だったのではないか。それが、追憶剣エーデルワイスのせいで、髪の色が白く変わっていたのだとしたらどうだろう? 全ては憶測ではある。だがつじつまは合う。
 
 もしこの剣がヘリオットの持ち物だったとしたら。彼が裏切りを決意したとき、初めてその魔剣はその身から離れ、髪の色は元来の漆黒に戻ったのではないか。彼が己の最も大切にしているものを捨て去った時、同時に魔剣は彼を見放したのではないか。
 
 そこまで考えたところで、ウォレスは骨董屋"螺旋階段"を営むソフィアに、魔法細工「希望」を買い取ってもらうことを思いついた。あるいはそれはランプを失ったソラに与えられるべき定めだったのかもしれぬ。そうじゃな、これは情報提供料ということにしておこう。
 精霊採掘都市リリオットに、今日も朝日が昇る。


[359] 2012/06/07 16:59:07
【【アスカ 19 微笑と、動揺の間】】 by drau

マカロニ・グラタンによる尋問はお互いの紹介から始まった。

「なっ!?お、お前、花に雨の店員なのか!?」
「うん♪そうです、だよー♪」
「マジかよ……(オヤジさん、訳わかんねぇよ……、あんたの夢って何だよ……)」
ダザは軽く眩暈を覚えた。
「うんうん、自己紹介は終えたね。さて、アスカ・スカイマイグレイト君。尋問を始めよう。」
「はーい、だよー」
「といっても、君の遭遇した事件について、私の中では既に結論が出ている。誰がやったのかがね。
君も解っているんだろう?」
「はい、想像はもうついてます、だよー」
「ならば、構わないさ。ただ、この事件の概要について、口外は無用という事だけをお願いするよ。
そこのダザ君に対してもだ。例え彼に害意が無くても、“彼の友達のそのまた友達”が何をするか解らないからね。用心はするに越したことは無い」
「……別に聞きませんよ」
「わかりました、だよー」
「うんうん。さて、ダザ・クーリクス君、次は君の尋問、というか証言だ。アスカ君もよく聞いておきたまえ」
「はぁ……」
「……ごくり、だよー」

ダザによる、ラボタ地区や【泥水】内で起こった事件についての説明が行われた。
問答無用で襲ってきたスラッガーの迎撃。鉱夫達や店主の死骸。
彼が目にし、体験したその凄惨な光景を、アスカはおぼろげに想像した。
大きな手で包んだ口からくぐもった怯えが零れる。
対してグラタンは話を聞きながら、にこやかに頷いていた。

「アスカ君は、お母さんの話をその亡くなった鉱夫長に聞きたかったのだろう?五年前の沈没事件についても調べているそうだね」
「はい、だよー。でも、あの鉱夫長さんが、死んじゃったなんて、とても、良い人そうだったのに」
「悲しいことだね。ラボタ地区全体の犠牲者もかなりの数だ。君のお母さんについて知ってる人も、相当数減っただろうね」
「う、うぅ」
「ははは、だが、まだ、ここにダザ君が居る。彼は元鉱夫だ。聞くといい。」
「俺が知っている採掘所の鉱夫たちの顔ぶれは6年前のです。その母親らしき人に会った覚えはありませんよ。大体女の鉱夫なんて数も少ないですし」
「そう、ですか、だよー……」
アスカは俯いた。母の手がかりは、ぐっと少なくなってしまったのだろう。
「あっ」
「ふぇ?」
その沈んだ顔と気持ちを、ダザの何か思い出したような声が上昇させる。
「あぁそうか、思い出した!居た!鉱夫じゃない、事務の方だ!」
「ほう?」
「俺とは微妙に部署が違ったので会ったことはありませんが、仕事で朝帰りの続いた鉱夫たちに業を煮やして、早く帰らせてやろうと、時折手伝ってくれる事務員が居たそうです。男顔負けの働きぶりだったとかで。器量良しで、度胸良し。なかなかの人気で、泥水って酒を奢って酔い落とそうとか悪巧みしてる奴も居たそうです。お酒は苦手だから結構ですって断られたとかで落ち込んでる奴もいました」
「アハ♪……ママ、だよー!ママ、ボクと同じで、お酒、苦手だったもん!」
「うんうん、良かったね、アスカ君。」
微笑を絶やさず、グラタンは言った。
「ダザ君、続けて沈没事故についても教えてあげたまえ。君は5年前、既に清掃美化機構に勤務していただろう?」
「……あ、あんた!?」
「うん?」
アスカはキョトンとしている。アスカは清掃員の仕事の全ては把握していない。
ダザとグラタンが向き合う。両者の顔つきは対照的だった。
(死体としての母を知らないのか、知ってるなら答えてやれとでもいってるのか?)


[360] 2012/06/07 18:59:53
【オシロ21『知られざる対決』】 by 獣男

ハッサン・フィストは考える。
拳で戦う男はお坊ちゃんだと。
男なら拳で戦え?
いわく、拳こそ魂の武器である?
馬鹿馬鹿しい。

『勝ち方に拘るのならば、それは戦いではない。』

それが、ハッサンの信条だった。
生死をかけた状況で、なお過程に頓着する。
それを道楽と呼ぶのだ。
戦って守るべき何かを忘れ去った倒錯者たち。
籠の中の鳥。
本当の戦いを知らず、本当の生きる意味を知らない坊やたち。

そんな者たちとは、自分は違う。
ハッサンにはその自負があった。
自分が全ての敵を拳で倒してきたのは、
何も下らない余裕を披露する為ではない。
いつ現れるともしれぬ、本当の強敵の為、手札を常に隠し続けてきたに過ぎない。
それが結果的に、拳でだけ戦う男として認知されただけだった。
ハッサン・フィスト。拳の超人。
拳だけであらゆる強敵を葬り去ってきた、大国グラウフラルの、
その覇権の拠り所となる、秘密諜報機関エレメンタルの最終兵器《リーサルウェポン》。
その初めての、全ての手札を駆使して戦った戦いが、最初で最後の敗北だった。

「こんなものだ。どんなに最強と褒めそやされようが、死ねば負ける。
ミゼル・フェルスタークはとうにf予算の隠匿に成功していた。
f予算が回収できなければ・・・、計画は実行されない。大した・・・男だ」

自分はこの拳で、他愛もなくミゼルの命を奪ったが、
ミゼルはその時、自身の勝利を確信していたのだ。
封印宮、その奥の果てで、エレメンタルの最強の手札が失われる事を知っていた。

「これが、敵(かたき)討ち、ということなのでしょうか」

事切れたハッサンの横には、白金の肌をした寂しげな少年が、
たった一人で立ち尽くしていた。


[361] 2012/06/07 20:28:03
【マックオート・グラキエス 27 今日は教会かい?】 by オトカム

「ヘレン教会特編レイディオ体操ぉ!!」
ヘレン教会の朝が始まった。子供から老人までの幅広い人達が体操する中、マックオートも混じっていた。
メビエリアラはまた眠りにつき、証言が得られないままになったからである。
まさか教会で泊まることになるとは思っていなかったが、財布は力尽きて宿代も払えない状態だったので
むしろ好都合だった。

その後、食堂で孤児たちと朝食をとった。
黒髪が見えないようにと、口元しか見えない兜をかぶることになったマックオートは”テッカメン”の愛称で人気だった。
「はい、犬。もふっ、もふもふ!」
「わーすごーい!」
中庭で木材を彫ってクエストされた動物などの彫刻を作ったりもした。荒い作りではあるが、子供たちは受け入れてくれた。

***

「ここの片付けもこれくらいでいいかな?」
「どうもありがとうございます・・・」
シスターは黒髪に手伝いをされるのを嫌がっていたが、昨日の戦いの後片付けはマックオートも手伝った。
やることを終わらせて、一人でのんびりしようと廊下を歩くいているとあの子と鉢合わせした。
「やぁ」
「あ、マックオートさん・・・」
「マックでいいよ」

教会は事件のほとぼりが冷めるまではソラを護ってくれるそうだ。
彼女の過去は壮絶なものだった。しかし、自分を騙し続けることをせず、現実に正面から立ち向かおうとする姿には
本物の強さがあった。それに比べて、情けないだけの自分の過去の話はまた今度にしておくことにした。
「チェスでもやらない?今回はシシリアン・ディフェンスは封印するよ」

ヘレン教会には場違いな、黒髪人種の奇妙な生活があった。


[362] 2012/06/07 21:19:51
【ハートロスト・レスト:14 あやうきに】 by tokuna

「偽肢、ですか?」
「ああ。従来の肉体改造としての義肢ではなく、近年研究されてるらしい肉体拡張としての擬肢でもない。人類では扱えなかったエルフ級魔法を精霊技術により無理やり行使する、精神強化としての偽肢。それがあたしの研究だよ」
「ギシ、ギシ……?」
「解らないか。そんな難しい話はしてないんだが……。つまり、あー、この偽手、ワードプロトは本来、凄く不思議なことが出来る、魔法の腕なんだよ」
「……魔法、見たいです」
「本来、っつったろ。この腕はあたしには使えねえ。つーか、人間には使えねえ」
「?」
「燃費が最悪なんだよ。使用者含めた周囲の命ぜんぶを奪っても、こいつを駆動させるには足りねえんだ。神経接続の関係で単純な義手としても勝手がいいから使ってるが、まあ偽肢としては失敗作だな」
「……?」
「こんなのを扱えるのは、それこそヘレン様ぐらいだろうさ」
「……」

***

 盗み聞きではこれ以上、大した情報を得られそうになかったので、誰かに見つかって面倒なことになる前に『泥水』を後にします。
 公騎士の方々が噂していた、地面に埋められていた、鉄の腕に刃の指を持つ白骨死体。
 義手の条件は合致しますが、私の偽物が地面に埋められて白骨化しているとは考えにくいですから、何かの偶然だと思った方がいいのでしょう。
「ふむ」
 『泥水』の惨状も気になりますが、今は依頼が優先です。
 教会が近付いてきたので、一応、遠くから眺めて辺りの様子を伺います。
 教会周辺は『泥水』と同様に血の臭いが漂っていましたが、静まり返っていて、争い自体は既に終わっている空気です。
 どういった種類の争いがあったのか解りませんからまだ安全とは言い難いのですが、あまり落ち着くのを待っていると、『泥水』のように封鎖されてしまいかねません。
 今が突入時でしょう。
 そう思い敷地内に入っていくと、ちょうどよく扉が開きました。
 扉の向こうから血色の悪い公騎士団の方が現れ、私の方を一瞥もせず、フラフラとどこかに歩いていきます。
 尋常でない様子です。
 何があったのかと開いた扉からそっと中を覗くと、そこは礼拝堂で。
 たくさんの死体が床に転がり、床も壁も血にまみれていて。
 その中に、紫色のローブを着た少年が何事も無かったかのようにたたずんでいました。
 狂気を感じると同時、ヒヨリさんの依頼を思い出します。
「ソラという帽子を被った小さい女に、今は力になれないと伝えろ。教会あたりに居るはずだ。
 ただし、紫ローブのガキが一緒に居るようなら」
 関わるな。見つかるな。伝言はしなくていい。逃げろ。
 私は、足音を立てないようにそっとその場を立ち去りました。


[363] 2012/06/07 22:08:26
【ソフィア:20 希望のランプと新しい出会い】 by ルート

騒動から一夜が明けた朝、私はウォレスの個室の戸を叩く。待っておったぞ、と部屋の主は預けていた魔剣を差し出して私を出迎えた。

「何か分かりましたか?」
「多少はな。あくまで推論じゃが」

外見は少年にしか見えないが、立ち居振る舞いは老賢者を思わせる。彼が御伽噺の魔法使いその人だと言われても、私はさほど驚かないだろう。
ウォレスは自らの推察を語る。白髪から黒髪へと姿を変えたヘリオット。それはこの魔剣に憑かれ、そして解き放たれた変遷を表すのではないかと。

「彼が己の最も大切にしているものを捨て去った時、同時に魔剣も彼を見放したのかもしれん」
「大切なもの、ですか……」
「何か、心当たりはあるか?」

マックオートにも同じ様なことを言われた。少し考えてから、私は首を横に振って答える。

「何も思いつきません」
「そうか」

それだけで、彼は理解してくれたたようだった。積み重なった知性の輝きを湛えるその眼差しに、敬服と畏怖を覚える。
ふと、昨日のソラとマックオートの話を思いだす。彼らにはちゃんと大切なものがあるのだろう。今は失われていても、胸の中で残り続けるものが。
羨望や嫉妬はない。ただ、それはとても素敵だな、とだけ思った。



情報料として、私はウォレスから「希望」という名の、魔法細工のランプを買い取る事になった。出費は少々大きいものになったが、特に不満はない。
教会を発つ前にソラと出会ったので、壊れた物の代わりにとそのランプを贈る。

「新しい友達にプレゼント、ってことで」

売り物じゃないのかと気にするソラに、にこにこ微笑みながら押し付ける。また様子を見に来るよ、と告げて、ソラとはそこで別れる。
去り際に見た彼女の笑顔は、「希望」という言葉がぴったりだったな、なんて思いながら、私はこれからの行き先を考える。
まずは教会での事がどう伝わっているか、仲介所で噂を聞くか。それから一度は店にも戻らないとまずいだろう。
そう決めて、私はリソースガード仲介所へと向かう。



「あら、ソフィア。荷物は受け取ったの?」
「荷物?」

仲介所にやって来ると、受付の女性からそんな事を聞かれた。

「あれ、知らない?あなたの店あてに荷運びの依頼があったから、受けて貰ったんだけど」
「ありゃ、先に店に戻ったほうが良かったかな……」

誰から何の荷物だろう、と首を傾げていたところに、仲介所のドアを開けて黒髪の少女が入ってくる。
彼女を見て、リューシャから聞いたもう一人の心当たりの事を、私は思い出した。


[364] 2012/06/07 22:55:08
【えぬえむ道中記の20 呪縛】 by N.M

「ただいまー。店主さん留守だったけど届けたよー」
「ちょうどよかったわね。彼女が『螺旋階段』の店主よ」
そこに佇むは白髪の女性。
「…ってことはあなたがソフィアさんね? リューシャさんから聞いてるわ」
「よろしくね」

早速魔剣を見せてもらう。

「これが噂の魔剣ね…何から何までアイツの情報通り過ぎて怖いわね」
「あいつ?」
「私の…まぁ、その、師にあたる人ね」
ちょっとだけ鞘から抜いてみる。

追憶剣の名の通り、記憶が脳をめぐる。つまりは直近の記憶。『泥水』の惨劇。
(うわー…)
あの状況でも冷静でいられるよう訓練されてなかったら発狂するところであった。
そもそもあそこで感情的にならないほうが狂ってるのかもしれないが。

わずかに抜いた刃を確認する。明らかに力のある、手に負えない魔剣。
「確かにアイツが喜びそうな剣ね…」
「なんか云われとか知ってるのかしら?」
「アイツは強い力を持つものが好きなのよ。で、改造したり対抗したりと」
「じゃあ解呪については…」
「アイツだから解くとしても力づくでやりそうね」
「それって危なくない?」
「リスクごと圧し折るような奴よ。いつかしっぺ返しくればいいのに」
肩をすくめる。

ついでに、紫ローブの魔術師、ウォレスから語られたという推察を聞く。
黒髪と白髪。ヘリオット。裏切りと魔剣からの解放。

「うーん、ヘレンとヘリオットねぇ…。情報源としては本当か怪しいレベルだけど、ヘレンがエルフだとしたら、ヘリオットもエルフかエルフに近しいはず。
 ならば、エーデルワイスもエルフに関わりがあるかも?」
「ダウトフォレストにエルフが住むって話は聞いたけど…」
「ちょうど二次侵攻がどうのこうの言ってたわね」

後ろで百人目おめでとうございます!などという歓声が上がっている。
当の本人はあまり嬉しそうな顔をしていない。というか死人同然の面である。

「ちょっと、エルフにあってみる?」
エーデルワイスを鞘に収め直し、えぬえむはソフィアに問うた。


[365] 2012/06/07 23:14:01
【シャスタ:No,18】 by ざるそ


立ち止まることも多い。でも。



地下室ではミレアンの扇動に暴れていた人がほとんどだが、
それ以外の人々は皆の変わり様にすっかり怯えきってしまっていた。
しかも皆いきなり煙に巻かれてばたばたと倒れてしまったのだから、怯えようはなおさらだ。
どうにかなだめなければならないと思っていたのだが。
「一つ、原因に心当たりが見つかった。シャスタ、あなたも来る、それとも残る?」
……この事件の原因がわかるなら私も知りたかった。だが私がソフィアに提案された時に、近寄ってくる人がいた。
「ちょっと、げほっ、うちのシスターを、げほげほ、勝手に連れて行かないでもらえるかしらねッ……!」
結った赤髪が特徴的な、妙齢の女性だ。ソフィアがちょっと驚いたように尋ねる「あなたは正気を保ってたんですか?」
「はぁ、私だってね、これでもここの責任者だ……この程度の、どっかのバカの策略で……げほげほ。」
具合悪そうな様子に、私は思わず焦る。「大丈夫ですかチェレイヌ様!!」
「う、ミレアンの扇動より、うっかりお前の煙をちょっとでも吸い込む方がキツかったかね……。」
「教会の長のチェレイヌ様だ。この中で一番偉い人。」私がソフィアに手短に説明しようとするとそうなった。
「そうなの?……すいません、でもこの状況だと……。」
「う、うーん。」ソフィアが言いかけたところで、チェレイヌ様がふらふらと倒れこんでしまった。慌てて私が支える。
煙を吸い込まなかったとしても、この洗脳によって何かしら負担を受けてしまったのだろうか?

その時の私の答えはこうだった。
「ソフィアすまない……私はここに残るよ。皆を置いていけないもの。こうして皆を傷つけてしまったし……」
「でもシャスタのせいではないわ?」
「……いや、その前に。私が、ここの人を守らなきゃいけないんだ」

騒動が終わりを迎えるまで、いや、私がいつか動けなくなる日まで、守らなきゃいけないものがあると思った。


[366] 2012/06/07 23:16:59
【ダザ・クーリクス:23 潜入作戦】 by taka

ダザがよそ者を嫌っている理由の一つとして、奴等が自分のためにしか動かないということがある。

見知らぬ土地、見知らぬ人々だから平気で迷惑をかけられる。自分の目的だけで行動できる。
そして、その尻拭いをするのはその土地の者達だ。そんな理不尽が許されていいものか。
オシロに肩入れする理由を、自分のためと言い切ったこの女も奴等と同じ臭いがする。
同じよそ者でも、マックオートやえぬえむとは違う、俺が最も嫌いとする臭いだ。
そんな女を信用できるものか。
・・・だが、こいつがオシロや、夢路、オシロの爺さんを助けてくれたのも確かだ。
俺はこいつに借りがある。それに、他に頼れる人間もいない。
レストやマックオートも泥水が使えない今、連絡手段がない。
仲介所を介して伝言は残せるが、仲介所が信用出来るかは不明だ。
俺自身も、監視されている上にいつ取調べで動けなくなるかはわからない。
リューシャなら、情報を渡し指示を与えれば、それによりオシロを最低限護ろうとするだろう。

「そろそろ答えを頂きたいのだけど?」
リューシャは笑みを崩さずに催促する。

「・・・俺はお前を信用しない。だが、利害の一致ということで利用させてもらう。」
「わたしも同意見だわ。信用なんかいらない。お互い必要としているから協力するだけよ。」
「分かった。それにより、オシロの安全性が上がるなら情報を渡し、指示を出そう。」
「助かるわ。」
リューシャは愛想よく礼を言うが、ダザには白々しく感じた。

「まず、オシロの居場所として一番確率が高いのはエフェクティブだろうな。」
「ええ、わたしもそう思うわ。」
「そして、エフェクティブに保護されているなら、取りあえず安否の心配はいらない。」
「けど、本当に保護されているかの確証はないわよ?」
「そこでだ。お前にはエフェクティブに潜入してもらいたい。」
「潜入?」
リューシェは首を軽く捻る。
「エフェクティヴに潜入できればオシロの所在が分かるかもしれない。もし保護されているなら、お前も精霊の話が聞けて好都合だろ?」
「なるほどね。けど、潜入とか簡単にできるのかしら?」
「こんな事件の後だ。厳しいかもしれない。しかし、同時にエフェクティブは人材不足で悩んでる。あとは、お前の交渉次第だな。」
そういうと、ダザは紙に何かを書き、リューシャに渡した。
その紙には人名と特徴が書かれていた。
「この人は?」
「俺が知っているエフェクティヴの所属員だ。親方・・・、亡くなった鉱夫長とも仲がよかった。」


[367] 2012/06/08 01:11:27
【リオネ:17 "白の刻"】 by クウシキ

「あなたが……『リオネ・アレニエール』さんですか?
 わたくしは、てっきり……」
「はい、私は顔や年齢を公開しておりませんので、実際に会った方は皆さん驚かれます。
 突然の無礼をお許し下さい。
 折角、精霊の発掘と加工で有名なリリオットに寄ったものですから、
 こちらの精霊義肢技術についてもお話を伺いたかったのです」
「いえ、こちらこそ、先生のような方とお会いできて光栄です。
 わざわざご足労頂きありがとうございます」
「先生? この方は……」


『リオネ・アレニエール』は、リオネの使う筆名である。
リオネは義肢会が年二回発行する雑誌[ジャーナル]に、
半年の間に製作したギ肢に関する記事を『リオネ・アレニエール』の名で毎回寄稿している。
筆名を使うのは、簡単に言ってしまえば、家の名を持たないと同業者からナメられるからである。
この筆名は、リオネが《蜘蛛の糸》を発表した時に初めて使用し、
以降は義肢会の登録名や各種許可証に用いている。
因みに「アレニエール」の名は、リオネが過去に在籍していた人形工房に由来し、
リオネの本名には含まれない。


(だから……こういう「権力」に弱そうなところは、
 こっちの名前のほうが"やりやすい"わよねぇ……)
口八丁に整形外科長から院長まで話を通し、遺体安置室で遺体の身体を調べるリオネは思う。
対価は、寄稿記事にリリオットの精霊義肢に関する情報を載せること。
(まぁ、リリオットに来ることを決めた時点で、最初から書くつもりだったのだけど、ね……)

遺体安置室にある同様の遺体は二体。
先ほどの騎士を合わせて、少なくとも三人は精霊を抜かれていることになる。
ヘレン教の病院に運ばれたか、若しくは病院に運ばれていない同様の遺体がある可能性を考えると、
もう幾人かは亡くなっているかもしれない。

遺体に、精霊繊維による精神官能検査を行なってみたが、精霊繊維は何の反応も示さなかった。
通常、落とされたばかりの腕や脚にはまだ意思が宿っている為、
精霊繊維によってその状態をおおよそ知ることが出来る。
これは、亡くなったばかりの遺体においても同様だが、
精霊繊維の反応が無いということは、
「精神が失われたか……それとも精霊の器が完全に砕けた、か……」

さて、あの時、少女の右手に集まる光を、私は精霊の光だと思ったが、
その仮説は正しかったのだろうか。
今は仮に「精霊が抜かれた」と表現しているが、
或いはあれは本当に精霊の光で、精霊を使った術か何かだった可能性もある。
ゆっくりスペクトル分析する暇があれば、
それが精霊の光か、もし精霊の光ならばその性質まで調べられるが、
勿論そんな事は出来ないので、いくら考えても仮説の域を出ない。

あの光が本当に「精霊」だったとしたら。

「精霊は、人の精神の結晶である」という説がいよいよ真実味を帯びてくることになる。
思い返してみれば、レストが着けていた義肢を駆動させて植木を枯らしたことも、
あの少女が騎士に対して行ったことと、現象としては近い。
彼女が話した巨大パンジーの事も、
結晶化した精神が何らかの反応で"融解"したのだ、と解釈できないこともない。
だが、どれも仮説を裏付ける為の証拠としては弱い。

「これは一回、巨大パンジーが暴れたらしい『泥水』に行ってみる必要があるかしら。
 ……そろそろ一般人の立ち入りが出来るようになっていればいいけど。」


リオネはまだ、巨大パンジーなど比にならないほど凄惨な事件が起きたことを知らない。


[368] 2012/06/08 01:23:05
【ソラ:19「歪んだ真実」】 by 200k

 今回のことで決心がついた。私はもう逃げたりしない、隠れることもしない。今回の件を公騎士団に直談判しに行こう。ハスは死ぬ前に言っていた、濡れ衣を着せたのは自分だと。そのことを素直に話せばわかってくれるはずだ。
 先に出発したソフィアが「希望」という名の高そうなランプをくれた。こんな物を貰ってしまっていいのだろうかと思っていると、「いいのいいの」とソフィアは軽く言うので、ソラは受け取ることにした。
「よし、行こう」
 ソラは肩からかばんを提げると、裏庭を通ってヘレン教会から外へ出た。格子をくぐる時に、帽子が地について汚れてしまう。
「うーん、これはもう被らなくてもいいかな」
 ソラは帽子をパンパンとはたき、かばんの中にしまった。

 途中で子供に耳を馬鹿にされた。別の子供には耳の羽を毟り取られそうになった。

「ぜぇ……ぜぇ……、なんでこんな目に……」
 ソラは通りの端で街灯に寄りかかりながら息を整えた。道行く大人の反応は少し物珍しそうに眺める程度だったが、子供達の猛攻が激しかった。ソラが街の子供達とよく遊んでいただけに、彼等は遠慮を知らない。彼等に毟り尽くされる前に目的地に着いたのは幸運だ。
 ペルシャ邸。88年前のグラウフラルとの大戦が終結した時に改修された屋敷は、リリオットの景観から浮き、一味違った趣を感じさせている。セブンハウスと縁のない外からの使節のほとんどは、このペルシャの門をくぐると言われている。そして、ペルシャと親密なグラウフラルの名家もまた多く、訪問者も多い。
 ソラは門前に立つ衛兵に近寄った。
「ん?ああ、お前はハスの……」
 ぴくっとソラの眉が動いた。意識は虚ろだったがはっきりと手の感触は残っている。ハスを殺したこと……。ソラはそれ以上の回想を振り切り、毅然とした顔をした。
「話があるの。誰でもいいから騎士に会わせて」
「残念だったな。ハスならこの間戻ってきて、騎士を辞めさせられたぜ」
「えっ……?ハスは死んだはず……」
「何言ってるんだ。あいつは教会に出向いて戻ってきた、たった一人の生還者だ」
「うそ……!」
「お前が何を見たのか知らないが、これは金で買えない方の真実だよ。……で、何の用だ?掃除の仕事か?」
「フェルスターク家の事件のことで」
「あ、お前がそうなのか。入れ!早くしろ!」
 フェルスタークの名を出すなり、衛兵はソラを屋敷の中へ急き立てた。
 ソラは屋敷に充満する不穏な空気を肌で感じた。


[369] 2012/06/08 18:24:44
【ソフィア:21 エルフの森と厄介事】 by ルート

仲介所で出会った黒髪の少女、えぬえむは、彼女の師からエーデルワイスについて聞いていたらしい。
遠方からエーデルワイスの情報を得た彼女の師についても少々気になるが。えぬえむの話では、良くも悪くも豪快な人物、という印象を受ける。
互いに情報交換した後、えぬえむが提案したのは「ヘレンと関わりがあるらしい、エルフに会ってみよう」というものだった。
見れば確かに、仲介所にも「第二次ダウトフォレスト攻略作戦、参加者急募」と大きく張り紙が出ている。

「ってか、100人っていうのは流石に自殺行為じゃ…」

暗に死にに行けと言われている気さえする。迷っているところに、受付の女性が声をかける。

「そういえばソフィア、あなた宛にこんなのも来てるわよ」
「私に?」

渡されたのは硬貨の詰まった小袋に、一通の封筒。封蝋にはソウルスミスの刻印。
小袋から確認してみると、入っていたのは全て同じ硬貨だった。自ら淡い光を放つ、銀色のコイン。
後ろからえぬえむが覗きこんでくる。

「なに、そのコイン?普通の銀貨じゃないみたいだけど」
「…ミスリル銀貨。ソウルスミス加盟者の間でのみ流通する貨幣で、同時に加盟者であることを示す証だよ。
 ……つまりは前金での仕事の依頼だね、ソウルスミス上層部からの。『ダウトフォレスト攻略作戦に参加し、下記の品を入手せよ』だってさ」

封筒の中身を取り出して、内容を読み上げる。エルフの髪、妖精樹の枝、人狼の牙等、森の生物達から得られる素材がずらりと書き連ねてあった。
依頼という形ではあるが、これは実質命令に近い。覚悟を決めるしかないようだ。
早速応募手続きをしようとする私とえぬえむに、受付の女性が忠告する。

「あなたたち、気をつけなさい。昨日ラボタ地区で派手なコロシがあった。ヘレン教会にも公騎士が襲撃をかけた。その両方にウチの傭兵が大勢雇われてる。
 上層部は戦争を望んでる。傭兵も武器も食い物も何もかもが必要になる、でかい稼ぎ時をね。マズい事に巻きこまれないようにしなさい」

……忠告はありがたいが、もう手遅れかもしれない。何故かえぬえむも、きまり悪げに目を逸らしていた。
手続きを終えると、詳しい作戦内容はモールシャのバーマン卿に聞くように、とのことらしい。
モールシャの屋敷はリリオットの南。私は道順を頭の中で組み上げつつ、えぬえむに問いかける。

「ちょっと回り道してもいいかな?店と荷物の事も、少し気になるから」


[371] 2012/06/08 21:21:28
【夢路18】 by さまんさ

ヒカリ・ジャーマニエは病院内でも「コチコチの保守」「超退進派」「化石」として有名だった。

彼女は貧民も貴族も分け隔てなく扱い、夢路やベトスコを助けてくれた、これは「頭の堅い保守人間」にできることではない、でもその評価はある意味では正しい。

彼女は"新しい技術"を誰よりも嫌っている。

まず、最近ヘレン教によって開発された"肉体遡行術"。彼女に言わせれば『ただの誤魔化し。癒術とは呼べない』。


そして彼女がもっともっと嫌っているのは精霊回復術だった。

・精霊の服用。
・精霊繊維の移植。
・精霊エネルギーの直接照射。

これら精霊回復術と肉体遡行術が、現在世界中で使われている癒術の80%。リリオットに限れば99%だ。

残り1%はヒカリによる自然回復術。
患者自身の精神エネルギーを利用した昔ながらの癒術だ。本はたくさん残っているし癒術学校の必修科目だけどぶっちゃけラテン語みたいなもので現場で実用している癒者はヒカリ一人だけと言っていいだろう。
まさに「化石」なのである。


〜〜〜


ヒカリは、オシロが書いてくれたノートを繰り返し繰り返し読んでいた。
(やっぱり・・・)
拙くも丁寧な字で書かれた文字。
(やっぱり、私は間違っていなかった。)
確信。絶望。

ベトスコの病名は『精霊拒絶症』。

精製していない精霊に触れる機会の多い抗夫や精霊精製師に多い病気。
致死率は100%。
非常に新しい病気で、ここ一年で患者数が爆発的に増えているが、研究はまったく進んでいない。

この病気は何か。

異なる精霊同士は、互いにくっつけようとしても拒絶反応が起こるらしい。

この反応が人間に対して起こるのが『精霊拒絶症』だ。
精霊拒絶症に精霊回復術は効かない、むしろ危険、危険きわまりない。

(・・・・・・。)

この病気はきっと誰でも罹る(とヒカリは思った)。
精霊精製都市リリオット。

この町で暮らす限り、毎日たくさんの精霊が体に入る。水道水の浄化にも精霊が使われているのだ。


なぜこの病気が起こるのか。
なぜいままでなかったのか。

なぜ精霊が人間を拒絶するのか。
なぜいままで拒絶しなかったのか。

(わからない・・・しかし)

ヒカリにはわかっていた。すべては直感でしかなかった。人類は、リリオットは、精霊に頼りすぎている。いつかは精霊は人間を裏切ると、ヒカリは確信していたのだ。

(しかし、しかし・・・)

これも運命だと思えた。自然回復術のスペリシャリストであるヒカリと、この病気の出会いは。

(しかし・・・)

でも。

(でもこの人は助からない)

時間が、なさすぎた。


[373] 2012/06/08 22:57:08
【えぬえむ道中記の21 呪術の儀式刀】 by N.M

ミスリル貨。
魔力銀として有名な金属を硬貨として鋳造したものである。

(つまりはコレでエルフと買い物しろってことよね)
材料もチラ見した限りでは、相当な貴重品が並んでいた。
アイツなら「あー、とりにいくのめんどくせー天から降ってこねーかなー」とかぼやきそうな品ばかりである。

気をつけろとはいっても、もう遅い。取りあえず前金はもらってしまったし、やるしか無いのだ。
前金の中身を見ると結構な額が入っている。
(コレを百数十人ぶん…よほどの額ね…)

なんだかんだで、ソフィアの店に一度寄ることになった。
道すがら、師への愚痴をぶちまける。
「ほんと、アイツだけはいっぺんぶち殺したいわ。勝てた試しないけど」
「はぁ…」

『螺旋階段』前。
「ついたわね。それで荷物はどこに置いたのかしら?」
「確か店の隅っこに…あったあった」
「ちょっと開けてみましょうか?」
「見てもいいの?」
「頼んだ覚えがないのが気にかかるけど…」

包装を開けると、木の箱が出てきた。その箱を開けると…

「なにこれ…」
「黒い…剣…?」

箱の中から出てきたのは柄から先ま真っ黒な、鞘に収められた剣。

「まるでエーデルワイスを墨で染めたかのよう…」
ソフィアが感想を漏らす。
「なんか関係があるんじゃないかって送ってきたのかもね。
 …黒耀石か黒鉄かと思ったけどこの材質は見たことないわね。エーデルワイスもそうだったけど」
「多分抜くのは危なくて、刃も真っ黒でしょうね」
「ただのイタズラの可能性もないわね。鞘を通してでもなんか魔力を感じるわ」
「……これどうしよう?」
「エーデルワイスと対になるか、少なくとも縁ありそうだし、エルフに見せてみよっか?」

謎の黒い剣。一体どういう秘密が隠されているのか。二人はまだ知らない。


[375] 2012/06/08 23:09:28
【マックオート・グラキエス 28 光を失った】 by オトカム

「ソラちゃんが見つからない!?」
手のあいているシスターで探したが、成果はあがらなかった。
チェスに誘った際、『やることがあるから』といって断ったソラを最後に、その姿を見た者は誰も居なかった。
「そ、そんな・・・事件のほとぼりが冷めるまで護ってくれるって言ったじゃないですか!!」
「私に怒っても仕方ないだろう!」
怒りながらシャスタに泣きつくも、ソラがいなくなったことで動揺しているのはマックオートだけではない。
しかし、ソラという存在はマックオートにとって大きなものだった。

ステンドグラスの前に立ったソラは、まさに太陽だった。
リリオットを輝かせたいという決心は、自分の剣の呪いを解くという自分主義な目的で旅を続けるマックオートの心を
大きく揺り動かしていた。

「お願いです!外出許可をください!」
「いや、それはできない。メビエリアラ様の証言を聞かねば。」
「しかし・・・」
「黒髪が泊まっているのは妙だと思っていたが、そういうことか。」
気がつくとウォレスが立っていた。
「メビは黒髪に助けられたと言っておった。おそらくこやつじゃろう。」
「ふむ・・・」
「許可してくれるんですか!?」
「しかし、お主はなぜそこまでしてソラを探そうとするんじゃ?
今から飛び出したとて、探すアテもないのだろう?」
ソラを探す理由・・・それは剣の呪いを解く理由よりも、雄弁に語れる言葉があった。
「・・・これは傲慢かもしれないし、自己中心だからかもしれない。
 しかし、俺に、人のために何かできることがあるのなら、ソラのためにやりたい。
 俺は今までこの剣の呪いを解くため、自分のために旅をしてきた。でもソラは違う。
 ソラはリリオットのためを思っている。だから俺はソラのためを思いたい。」

マックオートは自分で何を言っているのかわからなくなってきた。もはや正直にこの言葉を使うしかない。

「好きなんだ!ソラのことが!!」
兜で顔は見えないが、マックオートの表情は容易に想像できた。
「・・・暖かいですね」
「メ、メビエリアラ様!」
しばらくの沈黙をメビエリアラがやぶり、部屋に入った。
あれだけえぐった目も治り、襲いかかってきたあの時と同じ姿をしていた。
「もし差し支えないのでしたら、私に剣のことを話していただけませんか?」
メビエリアラは語りの質ではなく、語り手の思いを評価したようだ。


[376] 2012/06/08 23:28:22
【【アスカ 20 想像と、真実の間】】 by drau

「あいにく、知りませんね。担当地域には居なかったと思いますよ」
「違うよ、内容について教えてあげたまえ。よく知ってるんじゃないかい?君の仲間にも関係が深い事件だったろう?」
「(事件?事故じゃなくて事件?俺の、仲間だ?どういう意味だよ?こいつ、俺をエフェクティヴって疑ってるんじゃねぇか!?)」
「ははは、まぁ一旦置いておこう。
アスカ君、ダザ君、少し小腹は空かないかい?
私の妻が作ってくれた弁当があるんだよ。随分と量が多くてね。食べるのに協力してくれないかい?」
「ちょうど、お腹空いてました、だよー。じゃあ、ご好意に甘えます、だよー」
「ははは、ではお茶を淹れてこよう」

困惑の顔を崩せないダザは、グラタンの意図を掴めずにアスカと二人きりになった。
数秒の沈黙。アスカはネコミミを弄っている。ダザは口を開いた。
「なぁ、アスカとやら」
「はい♪なんですかー、だよー」
「お前はなんでこの街に来たんだ?」
「それは、さっき言ったように、マ……母を弔いたかったのと。生前について聞きたくて、だよー♪」
「そうじゃなくてな、俺が聞きたいのは…何で事故について詳しく調べる必要があるんだって事だ」
「えっと……」
「どんな事故だったかはとっくにわかってんだろう?なんでまだ調べてるんだ?」
「ダザさん?その、納得がいかなくて、だよー?」
「何でだよ」
「……」
「……お前は、なんつうかさ。不慮の事故じゃなくて、事件であって欲しいと思ってねぇか?」
「……そんなこと」
「あるだろ。じゃあなんでここに大人しく来るんだよ。騎士団に聞きたいからだろ?当ててやろうか?お前、母親が誰かのせいで死んだって事にしたいんだ。
なんかの陰謀に巻き込まれたとか。本当に唯の事故だったとしても納得しないはずだ。きっと黒髪だったから、よそ者だったから、鉱夫だったから。
ヘレン教やら、公騎士やらに見捨てられて助けてもらえず死んだ、とかな。……考えてんだろ?」

頭を抑えて、ネコミミを握って、アスカは首を振る。

「ち、ちが、…ちがう、だよー!」
「不器用だな、お前。お前は、誰かを恨みたいんだ。大方焦ってんだろ?第八坑道が再開しちまって、母親の死が風化されそうで。」
「ちがう…勝手なこと、解ったような事、言わないで!!」
「お前、今日俺と会った最初からなんだけどよ。気付いてないなら教えてやる。さっきの母親の酒の話でもだ。お前、目が笑ってねぇんだよ。
あの薄気味悪い騎士団長の方がまだ自然だ」
「ボ、ボクは…」
「……なんか悪いな、さっきから。お前の言うとおり。俺の勝手な想像だ。ちっ、説教臭くなっちまってるな、俺」
「でも実際、アスカ君の想像も、ダザ君の想像も正しいんじゃないかな?」

グラタンが、サンドイッチやお茶の乗せられた皿を片手に室内に入ってきた。

「あの日の事故の混乱に便乗して、第八坑道を用いて、エフェクティヴの処刑が行われた。とりあえず、真実だよ」
美味しそうにサンドイッチを頬張っている。

「私が指揮を執っていたからね」

アスカの手の中で、ぱきっと音がした。


[378] 2012/06/08 23:59:06
【ダザ・クーリクス:24 微笑み】 by taka

ダザが渡した紙にはこう書かれていた。

[ウード・ウルモース 第三坑道監督官 背の高い白髭を生やした老鉱夫]
リューシャはその紙を胡散臭そうに見る。

「どんな人なのかしら?信用出来るの?」
「鉱夫の中では最も人望がある人だ。
 普段は坑道前の広場で、ツルハシを杖代わりにまるで樹木のように突っ立ってるだけなんだが、その場にいるだけで坑道の全てを把握している。
 そして、事故や問題が発生すれば真っ先に気づき、迅速かつ適切に指示をし、実際に現場に乗り込んで救助活動をしたりする。それにより助かった鉱夫は大勢いるんだ。」
「人望、能力も高いと。取り入る隙はある?」
「わからない。基本的には寡黙な人だけど、問題が発生すれば怒鳴り散らしながら指示するからな。
 泥水の件を話せば、多少は聞いてくれるかもしれんが・・・。」
「勝算は薄そうね。まぁ、とりあえず交渉はしてみるわ。」
リューシャはやれやれという顔をする。確かに、成功する可能性は低い。
「もし、交渉が失敗したときは、セブンハウスのジフロマーシャを探ってみてくれ。」
「ジフロマーシャって確か当主がなくなったという?」
クックロビン卿が亡くなったという噂は既に広がっているみたいだった。

「泥水にいたリット・プラークもジフロマーシャの人間だ。今現在、行方不明で殺されている可能性もある。」
「プラークが行方不明?報告しに帰るって言ってたのに?」
「死んでるのか、隠れているのか分からないが、間違いなくセブンハウスの裏で何かが動いている。最も怪しいジフロマーシャだ。」
「それを調査しろというの?あまり公的機関に目を付けられることはしたくないんだけど。」
セブンハウスとソウルスミスは蜜月の仲だ。あからさまにセブンハウスと敵対するのは避けたい。

「まぁ、どう選択するのはお前自由だけどな。あと、一応オシロ捜索に手を貸してくれそうな連中を教えておく。俺も連絡ついたら頼んでみるが、いつ連行されるかわからないからな。」
そういうと、ダザはレストとマックオートの情報を紙に書いて渡した。
「泥水で精霊が暴走したって話は聞いたよな?その時に一緒にいた連中だ。ある程度は信用できる。」

「・・・わかったわ。出来るとこまではやってみる。もし失敗しても恨まないでね。」
「もともと信頼もしてないんだ。恨みもしねぇよ。」
「あら、そういえばそうだったわね。」
リューシャは再び微笑む。ダザもつられてニヤリと笑った。


[380] 2012/06/09 00:04:48
【サルバーデル:No.8 見えるもの】 by eika

 カラスを連れて、展示室の一つへと案内した。扉を開けると、壁にかかっているもの、棚に飾られているもの、展示台に置かれているものなど、二十四個の時計が展示されていた。
「この部屋の時計を総て手入れして下さい」
「解りました」
 私が手入れ道具の箱を差し出すと、カラスは手入れ道具を手に取り、早速仕事へ移った。カラスの仕事ぶりといえば、見事なものだった。
 発条の緩んでいる時計や、重しの落ち切りそうな時計は巻き直し、部屋を飾っている時計の名札をちらと見ては、それが水気に弱ければ乾拭きを、特殊なものならば薬を用いて拭き、さもなくば水拭きを行う。指示した通りに、素早い動作で手入れを仕上げてゆく。しかし、ふいにカラスの手が止まった。
「サルバーデル様。あの、これは……?」
 戸惑う様子でカラスが私の方を振り返った。私は、なんだろうと思ってカラスの傍へ寄ると、どうやら『見えない時計』と綴られた展示台を前に──その展示台の上には何も無いのだ──成す術を無くしているらしかった。
 私はカラスの耳に届かぬよう小さな声でクスクスと笑うと、大真面目な声で言った。
「それはご覧の通り、見えない時計ですよ。どうぞ、丁寧に磨いて下さい」
 私がこんな事を言い出すものだから、カラスは神妙な顔つきをして、展示台の上の空に向かって何度も手入れ用の布を近づけたものだ。しかし、いくら探しても時計の表面に布をうまく当てられないと見えて、カラスは何度も頭上に疑問符を浮かばせていた。
 その様子を見ていると、ついに堪らなくなって、私は大きな声を出して笑い声をあげた。
「ははは、それは嘘に気付くまでを量る時計とも言うんですよ。嘘吐きの街で仲良くなった男から買い取ったが、結構な値がしたものだ」
 そう聞くや否やカラスの表情は一瞬真顔になり、えっ?という表情を浮かべたが、直ぐ揶揄われた事に気付いて、溜息に近い笑い声を漏らした。
「そんな、あはは……面白いジョークですね」
 私は、自分ではかなり愉快な冗談だと思っていたので、はて、何処か面白く無かったかなとひとしきり考えると、誤魔化すように咳払いをした。
「カラスさん、貴方は物覚えが早いです。この様子なら、私が見張らずとも問題無さそうですね」
 カラスは嬉しそうな表情を浮かべ、丁寧に返事を返した。
「お褒めに与り光栄です。サルバーデル様」
「さて、私は少し、散歩へ出かける事にしよう。解らない事は私のお仲間に尋ねて下さい。昼食も彼等が用意してくれるでしょう」
「畏まりました。お気をつけていってらっしゃいませ」
 カラスはそう言うと深くお辞儀をした。私はカラスの言葉に頷くと、背を向けて部屋から出る際に一言添えた。
「これからは、あまり大切なものを落とさぬように……」


[381] 2012/06/09 00:06:28
【マドルチェ 08 『マドルチェ』】 by ゴールデンキウイ

"一、主の命を守るためあらゆる手段を行使する"

 屋敷の照明が落ちた直後に青髪のメイドは動いた。
 リリオット卿を抱えて一番近い窓から中庭へ飛び降り、音も無く着地する。
 動揺と硬直――機動力、判断力の低下。暗闇における最大の脅威を彼女はよく理解していた。
「……夜襲か」
 マドルソフの問いに、しかしメイドは答えなかった。
 月明かりの下に敵影は無い。不気味な静けさの中、どたどたと走る衛兵の足音が耳につく。
 剣戟はおろか矢を放つ音すら聞こえないが、警戒は解けない。
「下ろせ」
 言われるまま、丁寧な動作で当主を地面に下ろした。
 虚空を見つめる卿の横顔には深い皺が刻まれている。
「……回りくどい真似をしおって、この老いぼれをどうするつもりじゃ」
 続いた言葉はメイドに向けられたものでは無かった。
 戻した視線の先。そこには、いつの間にか――。

「ごきげんよう、リリオット卿」

 音無く、影無く、月を背に。
 文字盤の仮面の男が佇んでいた。

 *

 照明が戻った時、ムールドは心の中で舌打ちした。
 リリオット卿がいない。
 賊の襲撃と運悪く重なったのか? ……だが、そんな情報は知らない。ならば『襲撃は無い』はずだ。
「ああ、なんということだ……僕が目の前にいたというのに」
「ご安心ください、ムールド様。あの侍女がついている限り卿の身は安全のはず。要塞に篭るようなものですな」
 ややオーバーアクション気味なムールドに対し、執事が落ち着いた口調で言う。
 とはいえ内心穏やかでは無いだろう。ただでさえ都市全体の治安が危うくなっているのだ。たとえこのまま何ごとも無くともリリオット家の警備は厳重になる。
 そうなればリリオット卿との密談はおろか、対面すら難しくなりかねない。まして洗脳など言わずもがな。
 マドルチェの捕縛を始め、用意していたものが全て無駄になってしまった。
 これでは出直し――いや、計画を見直す必要すらあるのでは……。
「くそっ! ……いえ、失礼」
 思わず声を荒げてしまった。こんな感情は忘れて久しい。
「客室に案内致しましょう。卿が戻られるまで、そこで――――」

 ――――バンッ!!

 執事は息を飲んだ。扉が開く音に驚いたから、ではない。
「マ、マドルチェ様! よくぞご無事で!!」
 現れた女性に執事は駆け寄った。
 しかし、その手に触れるほどの距離まで近づいた時、『突然雷鳴に撃たれたかのように硬直し、床へ倒れ込んだ』
「邪魔よ」
 死体を一瞥する彼女の目は恐ろしく鋭利で、冷えていた。
 あの女は誰だ? 煤けたドレスを身につけ、執事から「マドルチェ」と呼ばれたあの女は一体――。
 目が合った。
「あなたは誰?」
 本能が告げていた。取り繕うのは無理だ。会話をするな。距離を取れ。
 彼女の挙動の一つひとつが絶対的な威圧感を放つ。
 言葉が刺す。瞳が刺す。靴音が刺す。刺す。刺す。
 気づけば目の前に。手の、届く距離に。
「……もしかして」
 ムールドはようやく理解した。
「あなたも、おじいちゃんを殺しに来たの?」
 この女に――マドルチェに宿る、絶望的なまでの危険性を。


[382] 2012/06/09 00:07:31
【ウォレス・ザ・ウィルレス 23 「ハスと噂話」】 by 青い鴉

 第二次ダウトフォレスト侵攻作戦

「f予算発見の鍵」「封印宮の地図」「目〔オクルス〕の討伐」「貴重なアイテムの入手」「エルフとの対話」「精霊武器による制圧」

 メリットは無数にあったが、デメリットのほうも噂になっていた。
 
 まず、当然のことながら「全滅の可能性」。これは実際にありえた。
 その他にも「88人の生贄という噂」「エルフは透明になって襲ってくるという噂」「エルフは人間と喋らないという噂」「目〔オクルス〕は誰にも倒せないという噂」「精霊武器が無効化されるかもしれないという噂」
 噂。噂。噂。
 どれが真実でどれが嘘なのか、ハスには分からない。だがダウトフォレストに行って帰ってきた者がいないのは事実だった。公騎士だったときに話を聞いたことがある。ダウトフォレスト行きは、死刑よりも恐ろしい刑なのだと。
 
 とりあえずハスは前金をもらって、食堂で飯を食った。が、いくら噛んでも「砂の味」しかしない。ハスは出された料理のほとんど全部を残した。心臓は止まり、胃での消化活動すら行なわれていないのだ。食事はもはや楽しみでは無い。
 
 死にたい。しかし死ねない。
 
 ハスは100と刻まれたナンバープレートを首に掛け、それを見ながら思った。
 ダウトフォレストの奥深くで、俺はエルフに殺されて死ぬんだ、と。矢で死ぬのか、剣で死ぬのかまでは知らないが、それでこそ俺の哀れな人生は完結するのだ、と。
 
 だが、あいにく、ハスはエルフたちに殺される運命にはなかった。
 エルフは約束を守る。88人と言ったからには、88人しか殺さない。それ以上の余った人間は、虐殺の現場を、そして目〔オクルス〕への供物を捧げる行為を見届けるという、神聖な役割があった。
 
***

 ダウトフォレストに、アルケーという名のエルフがいた。戦闘能力の無い、最も弱い種類のエルフである。だがそれだけが、人間とエルフを繋ぐ架橋者(かきょうしゃ)であった。精神感応網で繋がった全てのエルフの知恵と意志を、人間の言葉で代弁する、ヒューマノイドインターフェイスとしての、アルケー。
 彼はエルフの全ての叡智の結晶。
 彼はきっと答えを与えるだろう。十分な対価さえ与えたならば。
 彼はきっと問いを与えるだろう。十分な対価さえ与えたならば。
 
 最弱のエルフ。しかしその姿形は、偶然にもヘレンそっくりであった。


[383] 2012/06/09 02:15:35
【リューシャ:第二十五夜「技術と信頼」】 by やさか

ダザから得た情報は、オシロの手紙とともに宿の暖炉で灰になった。
どちらも内容は頭に叩きこんである。下手な物証を残す気は一切ない。

朝早く宿を出たリューシャは、まずラボタ地区に向かった。

ラボタの人通りは、ひどくまばらだった。
ごく一部の建物を除いて封鎖はとけているようだが、公騎士の数が多い。それ以外の人影は、みなことごとく足早だ。
『泥水』の一件がよほど堪えたのか、明らかによそ者のリューシャに対して、人々の視線は刺すように鋭かった。
このまま坑道まで進めば、《叩き屋》や公騎士どころか、エフェクティヴに囲まれかねない。

「鉱夫の休憩所に向かうのも、目立ちすぎるか……」

坑道には何度か足を運んでいる。技術見学という名目も立つ。事実何度も訪れていることは、調べればわかることだ。
だが、リューシャが鉱夫たちの休憩所を訪れる適当な口実は思いつかなかった。

リューシャは考える。だが、歩みは止めない。
そのまま角を曲がった。二度、三度、蛇行を繰り返して監視のないことを確かめる。
そして淀みない足取りで、そのままラボタを歩き去った。

「……しかたない。予定変更」

ダザ自身ならともかく、やはり今のエフェクティヴによそ者のリューシャが接触を持つのは難しい。
エフェクティヴは良くも悪くも、リリオットに土着の組織だ。リューシャは、エフェクティヴに対して身の潔白を証明することができない。
ならば、手持ちのカードを活かすことを考えるべきだった。

そして、今この場で切ることのできるリューシャの手札は、技術と信頼。

自負ではない。矜持でもない。もちろんそれらを持ってはいるが、この場合に手札となるのは、純粋かつ客観的な評価だ。
ソウルスミスという巨大なギルドを相手に取り、十数年に渡って積み上げた技術者としての信用。
その蓄積を、容易に揺らがせるつもりはない。

「――こちらは、ジフロマーシャ本邸で間違いありませんでしょうか」

冷たく冴えた『仕事』の表情で、リューシャはジフロマーシャ邸の扉を訪う。

「ソウルスミス、パールフロスト支部加盟のリューシャと申します。
 こちらが開催する“精霊精製競技会”の噂を耳にしてお伺いしました。是非担当の方とお会いしたいのですが」

そう告げて、ソウルスミス発行のミスリル貨を示す。
鋳造年度の明記されたその硬貨は、古いものであればあるほど、ソウルスミスとの長い取り引きの……ひいては信頼の証になる。
リューシャの手にある硬貨に刻まれた年度は、十二年前。リューシャの年齢を考えれば、ずいぶんな古貨だ。

「……しばしお待ちを」

言い置いて扉を閉めた侍女が戻ってくるまでに、そう長い時間はかからなかった。


[385] 2012/06/09 09:04:58
【oOxBxrJjPM】 by Asif

For the love of God, keep wiirtng these articles.


[386] 2012/06/09 09:54:36
【ソラ:20「魔女」】 by 200k

 ペルシャの屋敷に入ったソラが連れて行かれた先は、普段の使用人や騎士達のいる部屋ではなかった。
 カーテンの閉め切られた部屋の左右には隙間なく棚が並び、中には何かの目玉、動物の剥製、雄々しい角、綺麗な革、瓶詰の生き肝などの豊富な触媒が並んでいる。中央手前には来客用のソファとテーブル。奥には執務机が置かれ、そこに一人の老婆が黒いローブを羽織り座っていた。オーフェリンデ・ゲルデ・トゥ・ペルシャ、老いて子供達へ家業を譲り渡した後も重要な意思決定の場に現れ、ペルシャの舵を取ってきた女。顔が皺とあばただらけになったその老婆は座っているだけで威圧感を放っている。
「お前がソラか。ここまで乗り込んでくるとはいい度胸じゃないか」
 オーフェリンデは目をぎらつかせた。
「ヒヒヒ……その度胸、あたしゃ嫌いじゃないよ。座りな。ヴァーギールの坊やが逸材と言っていただけのことはある」
 ソラは気怖じしながらもソファに座らせて貰った。
「ヒヒヒ……何から話そうかねえ……」
「あの、ハスは……ハスが生きてるって本当ですか?」
「ああ。生きて戻って来たとも。……もっとも、無理矢理生き返らされたせいで大事な記憶は失って使い物にならなくなっちまったよ。だから屋敷からつまみ出した。誰がやったのか見当はついているが、余計なことをしてくれたもんだよ。生ける屍を作るなんざ」
「生ける屍……」
「あれくらい、不死者のあ奴なら簡単に作れるのじゃろうな。ウォレスには関わらん方がいいぞ?お前はもう手遅れのようじゃがな、ヒヒヒ……」
 オーフェリンデは掠れ声で笑った。
「まったく笑えんわい。あの件での実りといえば、バルシャの騎士一人をうやむやのまま葬れたことと、お前を見つけたことくらいじゃ。これでは対価が釣り合わん。ヴァーギールはマスター・オブ・エフェクティブの計画を知るための手掛かり、泳がせて情報を得るつもりじゃった。そして教会ではもっと多くの生贄が血を流すはずじゃった」
「一体何を……」
「死の連鎖反応[フェイタル・ドミノ]。ミゲル・フェルスタークの死から始まった、陰惨なる命のやり取り。クックロビンの自刃、ラボタの虐殺、教会襲撃、細かい物なら他にも色々とある。あたしゃ魔術と取引にそれを利用させて貰っているだけじゃよ……ヒヒヒ……。次はダウトフォレストが熟してきたかねえ……」
 目の前の魔女はトントンと執務机を叩いた。


[387] 2012/06/09 10:21:46
【KObIfsZrADYdqAQ】 by Eden

It's really great that people are sharnig this information.


[388] 2012/06/09 12:40:08
【【アスカ 21 冷徹と、炎熱の間】】 by drau

寒かった。
どうしようもなく寒かった。歯がかちかちと音を鳴らした。
アスカは震えたまま、その場から動かない。
グラタンはダザに向き直って言った。

「ダザ君、君ももう帰っていいよ。お疲れ様。」
「はぁ…」
「ただね、ダザ君。君は自分でも解っているように、危うい立場にいる。
君はあの襲撃における唯一の証人だ。特に、泥水内の光景のね。君は、公騎士達はボウガンで射抜かれて死んでいたといったね。
しかし、我々が発見した現在の状況では、死んだ騎士達は皆、“爆発されて五体がバラバラになっている”んだよ。スラッガーの遺体の一つが所持してた精霊爆弾でまとめて殺された、騎士達はスラッガーの被害者である。そう思っていたし、ラクリシャ家もそう発表するらしいんだが、君の話とは矛盾する。あの地区で、ボウガンで射抜かれて死んだものは他に居ない。騎士を殺したのは誰か?いや、重要なのはスラッガーは騎士を殺してないのか?君が聞きつけた笛の音から察するに、スラッガーを呼んだのは騎士だ。つまり、この事件はラクリシャ、ジフロマーシャの指示の下にある。」
「口封じされるって言いたいんですか?」
「ジフロもラクリシャも、君の証言一つが唯一目障りだ。クロージャも君を警戒している。……バルシャ家としては、リリオットに仇為す者は野放しがたい。この事件を暴きたまえ。裏で何が起こってのかを。それが君の安心に繋がるだろう」
「潜入調査しろ、と。だけど、裏の仕事は今は出来ませんよ」
「私が個人的にお願いしてるんだよ。ダザ君個人に対してね。」
「少しの間、考えさせてください」
「ハハハ、言ったろう?“時間はもう取らせない”って。」

グラタンは微笑を崩さぬまま、剣を握った。
その剣は、煮えたぎっているかのように高熱を発して、鞘を溶かしていた。室内が居様に熱かった。

「性格腐ってるな、あんた」
「うん?」
「個人的な感想だよ、あんた個人への」
「ハハハ!!そうかい、そいつは参った!」

グラタンは、破顔した。
サンドイッチに手を伸ばす。

「で、アスカ君はどうするんだい?私に抗議するかね?何ならダザ君と一緒になって抗議するかな?
しかし、遺体の損傷が少ないのなら、本当に事故に巻き込まれて窒息しただけかもね?
さぁ、今、君は何がしたいんだい?教えてくれたまえよ、アスカ君。
こんなとき、アゲハ・スカイマイグレイトの孫はどうするのかな?」



メインストリートにて。
アスカは、曇りだした空を見ていた。
体は震えていた。
彼はできなかった。

何も、できなかったのだ。


[389] 2012/06/09 14:16:12
【ダザ・クーリクス:25 反逆罪 】 by taka

「いててて、すっかり油断してたな・・・。」
ダザは、頭を押さえながら起き上がる。
周りを見渡すと、部屋の造りからして地下にある部屋のようだ。
グラタンからの尋問が終わり帰ろうとしたときに、後ろから殴られ気絶していた。
まさか、公騎士団本部で襲われるとは。恐らくは内部の人間にやられたんだろうが、グラタンが言ってた通り色々なところに目を付けられてるみたいだな。

ダザがそう考えていると、目の前にあった扉が開き数人の公騎士が入ってきた。
暗くて見難いが、紋章はクローシャだ。
「まさか身内にやられるとはな・・・」

クローシャの騎士に遅れてもう一人、騎士の格好をした人物が入ってくる。
「目が覚めたかね?」
「・・・おはようございます。課長。」
その人物、ダザの上司である特殊広域課の課長であった。
「なんで課長のあなたが騎士の格好してるんですか?」
「あぁ、仕事の都合上、騎士団にも籍を置いてるんだ。一応クローシャ家の副騎士団長という立場だ。」
課長は普段通りの無表情の顔でダザに近づく。

「手荒なマネをしてすまんな。逃亡の恐れがあったため、気絶させて連れてこさせてもらった。」
「逃亡?俺には逃げる理由はありませんよ?」
「君が逃げ出すような話があってね。」
そう言うと、課長は一枚の羊皮紙を広げダザに見せ付けた。

「ダザ・クリークス。君に反逆罪及びスパイ行為の容疑がかかっている。公務員による反逆行為の刑罰は知ってるな?拷問の上の極刑だ。」
「なっ・・・。反逆罪だと!?何を根拠に!?泥水の件は報告をした通りですよ!?」
慌てて言い返すが、ダザには心当たりがいっぱいあった。

「泥水?いいや、違う。先般の教会襲撃事件は知ってるな?」
「ああ、公騎士団が教会を襲撃して返り討ちにあったってやつでしょ?」
「その返り討ちをした相手が判明した。前回、君に偵察を依頼していた紫ローブの少年、ウォレス・ザ・ウィルレスだ。
 さらに、リソースガード側に依頼していた「救済計画」とやら調査結果がいくつか返ってきてな。どうやら教会側は『f予算』を狙っているそうだ。どういう意味かわかるか?」
「・・・つまり、ウォレスが『f予算』を狙ってないというのが嘘だったと?」
「上は君が敢えて嘘をついたと考えている。また、他家から清掃員がスパイしているという連絡もあった。」
「・・・しかし、証拠は?俺がスパイだと証明してみてくださいよ!」

課長の口がニヤリと歪む。ダザはいやな予感がした。

「証明しろ?逆だろ。君がスパイではないことを証明するんだ。」
「どういう意味ですか・・・?」

「・・・ウォレスを殺せ。それで君の潔白は証明できよう。あぁ、もし断るようだったら、そうだな・・・、例え離縁していても家族は大事にしたいだろ?」


[390] 2012/06/09 20:45:42
【夢路19】 by さまんさ


カツン。

自分の指先が剣の束に触れるまでのほんの僅かな間、ムールドは戦闘を放棄しかけていた。

(いけない。)

剣を握りながら――次の一瞬でどれだけ間合いをとれるか考える。

(ふっ、未来予視能力が完璧すぎて三途の川が見えてしまっていたようだな)
いやそれは恐怖によるただの幻覚である。
「おじいちゃん――は――殺させ――ない――だ――れ――に――も」
彼女の右手が。
指先がスローモーションで上昇する。

とん!
半歩。軽く蹴って退がると同時にムールドは短剣を引き抜いた。
シャッ。
鞘から零れる精霊の光。
そして――鮮血。

(しまった・・・・。牽制のつもりだったが)
"神剣"と呼ばれる超上級精霊剣にしか許されない物理質量限界の鋭さが、マドルチェお嬢さまの右手の中指・人差し指・小指の第一関節から向こうを切って落とした。ポトトトン
絨毯に血。

ところがサイコーにアンハッピーな少女は指が落ちたことなんて気にもとめずに、
「邪――魔――は」
ぽたぽた
「さ――せ――な――い」
ぽたぽた
(うーん。我慢強いお嬢さまだね)

彼女の切断面から滲むように零れる光。
(体の中に随分精霊を溜め込んでやがるな)
いや精霊でないことは知っている。便宜上そうやって表現しただけだ。彼も洗脳術を嗜む身ゆえ人の精神のもつ性質を多少は理解していた。

…多少は、というのは謙遜である。

チャリ

再び剣を構える。
死神は歩幅を変えることなく再びまっすぐに近づいてくる、ぽとぽと。再計算――

――視えた。

「マドルチェ様」
言葉は通じない。
「見間違えましたよ。立派な淑女(レディ)になられましたね。最後に会ったのはいつでしたっけ…」
通じない。でも肝心なのは喋ることで意識を死の恐怖から逸らすこと。

マドルチェ様の能力は"奪う"こと――ならば、僕の能力との相性は、悪くないはずだ。

お嬢さまは2cmだけリーチの短くなった右手を再び伸ばしてきた。
ムールドは微笑する
(死を恐れるな、目的が果たされないことだけを恐れろ)
先代がそう教えてくれた。
準備はできた。
死への準備ではない。
迎撃の、準備だ。

「教えてあげますよ。マドルチェ様」
真っ赤な右手は、男から精霊の光を取り出そうとしたに違いない。
「…正しい能力の使い方を」
体から僅かに光が零れた瞬間、

パッチン!
紐が切れるような音がした。
ムールドは崩れ落ちた。
そしてそれはマドルチェも同じであった。
「う・・あああああぅあ!!」
絶対の負の力を手に入れた死神の少女は絨毯の上を這いつくばって呻いている。
はた目には何が起こったのかわからない。
いや、もうすぐわかる。「結果」が出るまで――ものの数秒もかかりはしないだろう。


[391] 2012/06/09 23:12:52
【ソフィア:22 黒の剣と魔の森】 by ルート

「……まさかコレにも呪われてないよね私…」

"螺旋階段"に配達されていたのは、エーデルワイスと対をなす様な、真い剣。
手に取った瞬間に感じたのは、磁石のように剣が自分を引き寄せるような感覚。エーデルワイスを始めて手にした時にも、同じ様な感覚があった。
あの時のように髪や肉体への変化は無かったが。魔剣二本も抱えて歩くとかちょっと勘弁してほしい。

「送り主も分からないし、剣の性質も不明だし……」
「そういえば、エーデルワイスの性質はどこで知ったの?」
「え。実際に使ってみるしかないじゃないそんなの」
「え」

使ったの?とえぬえむが首をかしげる。いや、だってそのくらいしか最初は思いつかなかったし。
えぬえむの胡乱気な視線から目を逸らしつつ、両腰にそれぞれ吊った剣を軽く撫でる。

(私って何か、魔剣に好かれる素質でもあるのかなぁ)

ふぅ、と溜息を吐いたところで、目的地に辿りつく。
セブンハウス、モールシャ邸。私達が首のナンバープレートを見せると、守衛は奇異と哀れみの混ざった視線で、門を開いた。



志願者達を集めたモールシャ邸の大広間にて、私は彼らからダウトフォレストにまつわる様々な噂を聞いた。
森に潜む目(オルクス)。88年前の『盟約』。その他に大戦時代の断片的な記録。
森の恐ろしさと危険性を語る噂も多いが、こんな所まで来る連中から聞ける話と言えば、やはり森攻略の見返り、メリットに関わる話の方が多い。

「……監視されている?」
「そうさ。88年前の『盟約』以来、森は契約の不履行がないか、ずっとこの街の動向を監視してるって話さ。人間には到底扱えねぇ、エルフの知恵や技術や魔法を使ってな。
 だから連中は、リリオットに住む俺ら以上にこの街の秘密に詳しい。f予算の行方だとか、封印宮の場所だとか……まぁそんな御伽噺みてぇなものじゃなくとも、儲け話の種になる情報をわんさか抱えてるって噂だ」
「噂、ねぇ……そもそも『盟約の履行』って、一体何をすれば履行されたことになるのさ」
「さあな。だがこれが本当なら、上手いことエルフを捕まえて情報を吐かせれば、億万長者も夢じゃねぇ。中には大層美人のエルフもいるって噂だしな、へへ……」
「……魔法で全身丸ごとかちかちに凍結させらえちゃえばいいよ」

溜息を一つ。「一攫千金」「怪物の討伐」といった命を賭ける理由の中に「美人のエルフ」が混ざるのだから、人の欲望って深くて怖い。自分も人の事は言えないかもしれないが。

そうして恐怖を紛らわせるかのように、必要以上に私達は無駄話を続ける。
長きに渡り人を拒み続けた、魔の森への出撃の時を待って。


[392] 2012/06/09 23:24:15
【マックオート・グラキエス 29 マックむかしばなし】 by オトカム

ソラは今、教会にいない。それだけだ。
だから、こうやって混乱してさわいだことは恥になってくれればいい。
ソラが普通に帰ってきてくれればそうなるから。マックオートはそう願う。

マックオートは深呼吸をすると、アイスファルクスを引き抜き、刀身を眺めながら次のように語った。
「この剣は溶けない氷でできている。本来は加工できないこの素材を剣の形にできるのは、俺の両親だけだった。
 俺の両親は有名な鍛冶屋だった。しかし、他の鍛冶屋に妬まれ、傭兵にけしかけられて死んだ。
 両親はこの剣を俺にたくしたんだ・・・」
地面と平行に傾けたアイスファルクスはしんしんと周りの空気を冷やしている。
「この剣も、その時の傭兵によって呪いをかけられた。
 俺は家族を守ることができなかった・・・この剣さえも・・・
 だから、せめてこの剣の呪いだけでも解きたい。両親の形見だから・・・」
自分のことを話すことで剣の呪いを解く理由が分かった。今ジーニアスに会うことができれば胸を張って言えるだろう。
だが、もうどうでもよかった。
「・・・しかし、呪いを解いても両親は生き返らない。」
マックオートは顔をあげた。公衆浴場の時のような不安は無かった。
「でも、ソラは探せば戻ってくるかもしれない!
 お願いします!私に、外出許可をください!」


[394] 2012/06/10 00:24:28
【マドルチェ 09 マドルチェと悪い夢】 by ゴールデンキウイ

「……っ!!」
何か得体の知れない異物がマドルチェの中に侵入してきた。
「ぐ……あ、う……」
内側から何かを抉り取られるような感覚。口からはひゅーひゅーと末期の病人のような音が漏れた。今まで一度も感じたことのない酷い吐き気に襲われて、胃の中のモノをすべて床に撒き散らした。奇怪なダンスのようにフラフラとした足取りで汚物の中に倒れ込みかけた、その瞬間。

「……!?」

マドルチェが内ポケットにしまい込んだ暗黒の水晶が鈍い光を放つ。男喰らいの魔女を封じ込めたその宝珠は、ムールドという異物を激しく拒絶した。そして――

「…………っ! はぁっ、はぁっ!!」

溜め込んだ息を大きく吐き出す。まるで冷水を浴びせかけられたような気分だった。一体彼女はいつから幻影を見せられていたのか。気付いてみれば、マドルチェとムールドの距離は大きく離れていた。一度小さく呼吸を整えてから、努めて冷静にマドルチェは自分の右手に視線を向ける。そこには一部の出血も肉体の損壊も見当たらない。どうやら、あの男と対峙その瞬間から自分は何か悪い夢に囚われていたらしい。マドルチェは内ポケットへと手を伸ばし、黒き水晶を掌に広げた。



「……それは」

ムールドは自身の洗脳が失敗したことにも動揺させられたが、それ以上に黒く輝き続けるその水晶に目を奪われていた。……どうして箱入り娘のマドルチェがあれほど危険な物を持っているのだ? 有り得ない。しかし自分の洗脳が失敗したのは黒い水晶の力が働いたと考えれば納得も出来る。

「私に、何を、したの……」

マドルチェは息も絶え絶えに、しかし強い意志の光を瞳に宿らせてゆっくりと一歩ずつこちらへと向かってくる。この状況は拙い。一刻も早くここから逃げなければ。ここはリリオット邸、これ以上不自然に動くわけにはいかない。しかし、どうやって? 窓の外にはあのメイドとリリオット卿が。それなら一体、私はどこへ逃げればいいんだ。私は、私は……。

タタタタ……。

その時、微かに足音が聞こえた。これは、おそらく衛兵の……。そう考えて、ムールドは閃いた。今は手段など選ばず、若干不自然でもマドルチェから離れなければいけないのだ。

「これは一体何事なんだ! 照明は消える、マドルチェ様は現れる! 衛兵よ、何が起きているのか説明してくれ!」

芝居掛かった声音で大袈裟にそう叫びながら、ムールドは部屋の外へと駆け出した。足音が離れていく。マドルチェは苦々しい表情で扉の外を睨み続けていた。


[395] 2012/06/10 01:25:17
【オシロ22『責任』】 by 獣男

精霊精製競技会。
リリオットから広く精霊精製技師が集められ、
その技術を互いに競うと共に、共有も目的とされる。
主催ジフロマーシャはさらに、
優秀者を直営工房で要職を与えるとして宣言した。
現時点での参加者数は187人。
課題は一次から三次まであるとされ、三次試験のみ非公開とされた。
要は二次試験までは公開されるということである。
ただし、技術者として身元を証明できる者になら、と制限はつくが。

(リューシャさんに連絡できればよかったんだけど・・・)

連行されながら、オシロは考えていた。
さすがに試験まで自由時間というわけにはいかず、
明日の一次試験開始まで、オシロの身柄を拘束する命令が出されていた。

(でも、あいつらの目的はそもそもなんだ?
特殊な精霊の反応を調べに来たと言っていた。
実際にその尋問をしてるみたいだし、嘘じゃない、と思う。
特殊な精霊は、あの喋る精霊の事だ。でも、あれを僕が精製した事をあいつらは信じてない。
問題は信じた方がいいのか、信じない方がいいのかだ。
真実が発覚したら、僕以外は殺されるんだろうか?なら時間稼ぎした方がいい?
でも、あいつらはハナから僕を疑ってる。可能性を感じさせつつ、結果はじらす。できるか?)

そんな事を考えながら、オシロは気づくと、
今度は第二工房の五階まで連れてこられていた。
連行してきた男が扉を開けると、そこには憔悴しきったラボタの精製技師達がいた。
全員で十数人。明らかに少なかった。
「大人しくしてろよ」
オシロを連れてきた男は、オシロを部屋に突き入れると、
そのまま素早く扉を閉め、鍵をかけた。
「あの・・・」
オシロが近づこうとすると、それより早く、近くの精製技師が胸倉を掴み上げてきた。
「お前、何やったんだ!?俺達はどうなる!?みんなは!?」
技師のススとシワだらけの目尻には、じわりと涙がにじんでいた。
「お前、ちゃんと白状したんだろうな!正直に!
自分だけ助かろうなんて、考えてるんじゃあないだろうなぁ!!」
技師はオシロを床に叩きつけると、今度はオシロの腹を踏みつけてきた。
「言いました、でも。信じてくれなくて・・・」
「うるさい!ちゃんと責任を取れ!エフェクティヴの男だろうが!」
「そうだ、責任を取れ!皆、殺されたんだ!お前があの変な精霊を作ったから!」
最初の技師がオシロの腹を蹴り始めると、後ろから次々と他の技師も立ち上がり、
罵声を浴びせながらオシロを踏みつけ始めた。
それは、私刑(リンチ)だった。
「お前が鉱夫長を殺したんだ!ベトスコもいない!お前が奴らを連れてきた!
恩を仇で返しやがって!子供だから許されると思うな!?これは責任だ!お前の!!」
いくつも振り下ろされる足の間を縫って、オシロは残ったギリギリの理性を集めて、手を上げた。
わずかな瞬間だけ止まった時間を逃さず、血の混じった口で喋る。
「明日、僕が精製をします。それで上手くできれば信じてもらえます」
何とかそれだけを言って、オシロは再び脱力した。
技師達がそれに対してなんと答えたかは聞き取れなかったが、
とりあえず私刑が中断されたらしいことを知って、オシロは少しだけ安堵した。


[396] 2012/06/10 03:20:26
【リオネ:18 "従者の時計"】 by クウシキ

遺体の検分を終え公騎士団病院を出ると、既に夜になっていた。
遺体安置室は、日光や外気が入らないように地下に作られているので、日が落ちたことに気づかなかったらしい。

私は、一旦宿に戻ることにした。
夜は事件の調査に向かない。
人が多く明るさの足りない夜よりも、人が少なく明るい朝の方が、色々と好都合だ。
夜通し警備している警備兵は疲れが溜まっており、その目を掻い潜りやすい、というのもある。

まあ色々理由はあるが、一番の理由は「疲れている」の一言だった。
「ラペコーナ」で適当に夕飯を見繕って包んでもらい、露天でこの街の名物らしいあられ揚げを買った。
あられ揚げを売っていたおばちゃんは、先程の図書館脇の路地裏の出来事を見ていたらしく、
「あんた、ちっちゃいのによくやるわね! はいこれはオマケ。
 お代は500万ゼヌ! って、あんたには冗談にならなそうね! ガッハッハ!!」
などとずっと豪快にしゃべくり通していた。
私は、はぁ、と呟きながら5ゼヌを渡し、あられ揚げの入った袋を受け取った。


宿で夕飯を食べながら、今日の出来事を振り返る。
色々なことがありすぎた。
全くどうにもならない。
頭が痛くなってくる。
「まぁ、私がどうこうできる問題でもない、か……」


いつもは夜に行なっている『自動人形[オートマトン]』の研究も、
この街に来てから全然進んでいない。
手元の精霊灯は、精霊が切れ掛かってちらついている。
冷めたあられ揚げを齧りながら、月が照らす宿の窓辺からは、星々の瞬きが見える。
その光は、
あの少女の右手に見た光にも似ていた。



======
意識は微睡みの底に落ちていく。
其処は深く昏い闇、けれどどこか落ち着く場所。

夢の中に見るは、幼い頃に読んだ、ゼンマイ仕掛けの少女の物語。
時を刻む心の臓が壊れ果て砕け散る迄、
戦乙女ヘレンを追い求めた、自動人形の夢……


[397] 2012/06/10 03:45:35
【リューシャ:第二十六夜「冷戦」】 by やさか

「……本当にあなただったの。名を明かしてこんな所へ来るなんて、いい度胸ね」

ジフロマーシャを訪れたリューシャの前に現れたのは、不機嫌な顔をしたプラークだった。
行方不明と聞いていたが、どうやら無事ではいたらしい。
さしずめ、先日の失態についてどう責任を取らせるか内部で協議中、というところだろう。

失態を犯したばかりの今のプラークに、たいした発言権はない。
物証も目撃者もなしに、公式訪問したリューシャを処断できる裁量はないはずだ。
そう踏んだリューシャは、クス、と微笑んだ。

「一体何をおっしゃっているのかわかりかねますわ、プラーク顧問。
 わたしはラボタで襲撃に巻き込まれたあなたと、そばにいた怪我人を病院に運び込んだだけでしょう?
 その後のお加減はいかがかしら。少しは頭が柔らかくなっているといいのだけれど」

涼しい顔でティーカップを傾けるリューシャに、プラークの眉間が三割増しに険しくなる。

「ええ、おかげ様でね」
「精製競技会も、あなたが担当だなんて思いませんでしたわ。
 競技会の担当者なんて、閑職に飛ばされたのはあの時のお怪我が原因?お気の毒さま」
「……あなた、いい性格してるわね」
「お褒めにあずかり光栄ですわ……と、言うべきかしら?」

そこまで言って、ふ、とリューシャの表情から温度が下がる。

「……いい性格をしているのはあなたもよね、プラーク」

リューシャの言葉に、プラークは一瞬息を呑んだ。
その反応に手応えを感じて、リューシャは一気にカマをかける。

「……オシロを確保したわね?先日とは、ずいぶん話が違うんじゃないかしら」

氷のような鋭い微笑。
ためらいのない断言に言葉を迷い、しかし、やがてプラークは息をついた。

「あなた……呼び出しの件を、あの子から聞いたのかしら。
 あの子なら、誰にも言わずにまっすぐ来るかと思ったけど……思ったより信頼されてるのね」

プラークは正しい。オシロはリューシャに何も伝えてなどいない。
みごとに引っかかったプラークに、リューシャは内心でぺろりと舌を出す。

「さあね。あの子がどう思っているかは知らないわ」

エフェクティヴがオシロを保護したなら、オシロの性格から言ってなんらかのアクションがあったはずだ。
もちろん、なんらかの理由があってそれができない、あるいはこれ以上リューシャに関わるつもりがない、という事も考えられる。
だが、リューシャは賭けに勝った。

掴んだ情報の手蔓を前に、リューシャは冷徹な計算を巡らせ始めていた。


[398] 2012/06/10 13:16:38
【【アスカ 22 僕と、僕の灰色の空と】】 by drau

封を開けると、写し絵の羊皮紙が付随してあった。
広げると、鬼面の形相でこちらへと大斧を振りかぶる祖母の光景が写った。思わず、紙を閉じながら後ろに退いた。心臓が騒いだ。左右を確認しながらまた広げる。
やはり怒り狂った祖母だ。無断で突然故郷を飛び出したことを怒っているのか。紙の隅に、モーニングスターでぐるぐると巻かれた父がひっくり返りながら苦笑していた。
私もまた苦笑して手紙を読み始める。

『貴方に旅人は向いていません。速やかに故郷に帰りなさい。
貴方は思想が足りません。思考が足りません。知恵が足りません。力が足りません。速さが足りません。重さが足りません。小回りが足りません。強さがありません。業がありません。才がありません。なにより第一貴方に危機感や勘が旅人として充分に備わっているなら、今のリリオットには決して近づかないでしょう。
私自身、今あの街に溢れる恐れるべきものの影を感じて手をこまねいているのです。
貴方は愚か者です。弱者です。子供です。花畑の住人です。
今すぐ帰りなさい。即刻戻りなさい。足がすくみ動かぬというのならジェロニモ鳩に乗って空中から貴方を狩りに赴くとしましょう……よろしいですね?』

馬で一週間かかる距離を半日で飛ぶという巨大な怪鳥の空襲で、鉤爪に頭を掴まれて無残に運ばれる自分を想像し、冷や汗をかいた。




白髪の女が通りを歩いている。労働の後であろうか、歩きながら肩を回して、少し疲れを取ってる最中のようだ。
空が曇りだした。雨が降るかは解らないが、先ほどから雷鳴が鼓膜をかすかに揺らしている。
ふと、何気なく空を見上げる。
「……?」
一瞬、異物が目をよぎった。
もう一度、良く見てみる。同時に雷鳴。離れた所に落ちた雷光が、暗くなった頭上を照らした。
「きゃっ!?」
般若の形相。鬼だ、鬼が居た。雷光の中、目から液体を流し、膝を抱えて蹲る鬼が目前の建物の屋根の上に居た。まるで、魔除けの像のように屋根の淵から此方を見下ろしている。
女はとっさに剣を構える。町人に被害が生まれるやもしれぬ。
「そなた、そこで何をしておる!」
「ぐ、ぐ、ぐ、ぐぐ…」
呻いている。ひたすら震えている。逃げられても困る。女は接近することにした。


「ぐすっ、ぐすっ、ふぇぇぐぐぐぐ…」

アスカはグラタンの言葉に何も出来なった。ダザの言葉に反論できなった。
何がしたいのか?よくわからなくなって、息苦しくて、情けなくて涙がこぼれてきた。アスカも今の姿で人目にはつきたくなかった。
宿泊先にも戻れず、建物内にも入れず、路地裏も危険だ。隠れ場所を探し、壁を伝い、この大きな建物の屋根の上へと登ることにした。
アスカが堪え切れずに泣いていると白髪の女性がひょっこり現れた。

「すみません、勘違いでした」
いきなり謝られた。
「見ないで、だよー、ぐすっ、ぐぇっ」
顔を背けて、嗚咽する。
「ふむむ、なんだか事情は少しわかりました。しかし、ここはここで随分と目立ちますよ」
「ふぐっ」

メイド服の巨漢は泣き止まない。

「サムライの情け!」

女がアスカに衣をかけてやると、アスカの姿は人目に映らなくなった。

「これでもう、見られませんよ。存分にお泣きなさい」
「う、うえええぇぇえええぁぁぁん!!だよぉぉおぉ!!」
「ぎぇぇぇぇ!!」

不思議な布で姿だけは隠せた。カラスと名乗った女の言葉に安心したのか、もう諦めたのか。
速攻で巨漢が発した雷鳴をも上回る泣き声で、カラスが耳をふさいでよろめく。
「なんという…」
顔をしかめて少し悩んだ後、カラスは歌を歌ってやった。
ただ、気が晴れればいいと。

「なんですか、今の声は!?聞き覚えのある声が!?」

リリオットでアスカが出会った、あの勝気なメイドが此方を見上げていた。

「そこのあなた!降りてきなさい!近所迷惑ですわ!リリオットを汚す者は許せません!」

「わ、私じゃないのに!!」

「ふぐぐぇぇ!ぐすん!ぐすん!ふっふふっ♪…あはは!!」
「わ、笑ってないで、弁解してください!」

――僕(しもべ)の灰色の空に、歌が響く。雷すら、黙って聞き惚れる歌が。

「あ、駄目、…ぐすっ、また、うぇえええええええ!!!」
「ぎぇぇぇ!!」


CGI script written by Porn