[0-773]
HP56/知4/技5
1:かばんで防御/5/0/1
2:月明り/10/0/5 封印
3:夕焼け空/37/0/11 炎熱 回復
4:夜明けの光/20/0/10 封印 防御無視
最初に願うのはステンドグラスに彩られた日々。
恋は赤に染まり、喜びは橙に染まり、絆は黄に染まり、平穏は緑に染まり、
希望は青に染まり、信念は藍に染まり、そして少しの嫉妬が紫に染まり、
ソラから降り注ぐ光を七色に輝かせる、ささやかな日常。
それが叶わぬのなら
1:最初の行動選択で、相手の知性が3以下技術が5以下なら「夜明けの光」。
2:最初の行動選択なら「かばんで防御」。
3:構えなしの時、自分のHPが56なら「かばんで防御」。
4:構えなしの時、相手の最新の同時選択スキルが封印されていた(0/0/5 なし)なら「かばんで防御」。
5:封印されている(0/0/5 なし)スキルを構えており、ウェイトが5なら「月明り」。
6:ウェイトが11で、回復・凍結なし、自分のHPが相手の攻撃力以下、
自分の[残りHP+「夕焼け空」の攻撃力]が相手の攻撃力より大きいなら「夕焼け空」。
7:自分のHPの[最大-残り]が20以上の時、ウェイトが11で、凍結なし、
自分の[残りHP+「夕焼け空」の攻撃力]が相手の[攻撃力(回復なら0として扱う)]より大きいなら「夕焼け空」。
8:ウェイトが12以上で、防御無視なら「かばんで防御」。
9:ウェイトが5〜10で、防御無視なら「月明り」。
10:ウェイトが15以上なら「夜明けの光」。
11:回復か吸収か凍結か炎熱であり、ウェイトが11以上なら「夜明けの光」。
12:構えなしの時、相手の最新の同時選択スキルの防御が0なら「かばんで防御」。
13:ウェイトが5以上で防御が0なら「月明り」。
14:自分のHPの[最大-残り]が20以上の時、ウェイトが10以下で、凍結なし、
自分のHPが[攻撃力(回復なら0として扱う)+{10-残りウェイト}*技術]より大きいなら「夕焼け空」。
15:回復か吸収か凍結か炎熱であり、ウェイトが10以下で、
自分のHPが相手の[攻撃力(回復なら0として扱う)+{10-残りウェイト}*技術]より大きいなら「夜明けの光」。
16:防御が1以上なら「夜明けの光」。
17:防御が0なら「かばんで防御」。
18:最後に願うのは「夜明けの光」。
女。
ステンドグラス磨きの少女。
【パーソナリティ】
ヘレン教の教会の礼拝堂や、時計塔、街灯などのリリオットの公共施設の掃除をして日銭を稼いでいる少女。
駄賃を与えれば配達やちょっとした伝言もやる。
年齢は15歳で、大き目の帽子を被って羽毛に覆われた耳を他人に見せないようにしている(変な耳だから恥ずかしいだけ)。
居住地は鉱夫用の集合住宅の物置として用意された一室で、他の居住者の好意でそこを借りさせてもらっている。一人暮らし。
日常の会話では綺麗な街の風景や、リリオットとその周辺で起こった明るい事件についてよく話す。
【スキル説明】
「かばんで防御」はかばんを振り回します。攻撃は最大の防御です。
掃除用具の他にも色々な物が入っています。
「月灯り」は礼拝堂のステンドグラスに差し込む一条の月明りのように神秘的な光を戦場に呼び寄せる魔法です。
体が発光します。無防備にもそれに見入ってしまった者を蠱惑し、信念を惑わせます。
周囲の羽虫が寄ってきます。
「夕焼け空」は礼拝堂のステンドグラスから差し込む夕日のように暖かい光を戦場に呼び寄せる魔法です。
体が発光します。人々は安息の地へ帰り体を休め、獣と魔は眠りから目覚め力を取り戻します。
冷めた料理を温められます。
「夜明けの光」は礼拝堂のステンドグラスに差し込む朝日のように透き通った光を戦場に呼び寄せる魔法です。
体が発光します。邪悪なる物と粗暴な力を封じ、弱き者達に今日の活力と献身の心を分け与えます。
濡れた手が少し乾きます。
魔法を使うと次の日以降熱が出たり体調が悪くなったりします。
【反応表】
以下の表は他の物語でキャラを出す時の参考にでもしてください。
好感度は絶対ではありません。相手の反応は自分の物語に合わせて好きに変えて構いませんし、その方がいいでしょう。
【好感度/主な初期値/出会った時の反応の例】
-3:避ける/リソースガード/あなたの正体を知った途端彼女の目は暗く濁っていった。
-2:無関心/旅人/帽子を被った少女があなたの横を走り過ぎていった。
-1:嫌い/ソウルスミスの組合員/「ちょっと……何の用ですか」
0:普通/リリオットの住人/「おはようございます○○さん!」
1:気になる/(該当なし)/「○○さん……今度から○○って呼んでもいいかな?」
2:好き/ヘレン教の教団員/「○○、今日時計台で見つけたんだけどね」
3:大好き/教会のステンドグラス/「私、ステンドグラス越しの光を見てると心が安らぐんだ」
4:大嫌い/(該当なし)/「馬鹿!死んじゃえ!もう○○なんて知らない!」
5:愛してる/(該当なし)/「○○、今日は一緒に夜の街を歩かない?」
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リリオットの郊外に建てられたヘレン教の大教会。その礼拝堂の祭壇の壁には巨大なステンドグラスがはめ込まれている。モザイク状の色硝子は、黄色いロングヘアーに尖った耳を持つ女性の姿を映し出している。それは決して飾られることのない、エルフであることを除けばどこにでもいそうな女性を象った絵だったが、陽光を取り込んだ彼女はソラがこれまでに見たことがない美しさを持っていた。まさに聖女だった。ソラは最初に聖女を見た時から、ステンドグラスのヘレンの虜になっていた。
最初にリリオットに来たのは2年前、ソラがソウルスミスの追手を撒く途中で逃げ込んだのがこの礼拝堂だった。最初のうちは頼れるものもなく、助けられるために教会に足を運んでいたが、リリオットに滞在するうちに寝床を見つけ仕事を見つけ、今度はソラが教会のために働くことになった。しかし、その時のステンドグラスは輝きを失っていた。埃が積もったガラス窓は光をほとんど通さず、聖女の美しさも威厳も感じられなくなっていた。
「またきたね」
ソラが礼拝堂の掃除を終えると、白髪と火傷跡が特徴の修道女が現れた。名前は確かシャスタ。彼女はソラの視線が一方向に集中していることを一瞥し、先ほどソラが磨き上げたばかりの聖女のステンドグラスに目を向ける。
「私の仕事はこの教会を綺麗にすることだからね」
ソラはステンドグラスに見蕩れたまま言葉を続けた。
「それに、教会に助けて貰った恩も返さなきゃいけないし、このステンドグラスには色々なものを分けて貰ったから。強さと美しさを兼ね備えながら、弱き者を救うために戦う戦乙女ヘレン、それはこの教会のシンボルでもあるし、彼女の光はいつだって絶やすわけにはいかないでしょ」
なーんて……本当はこの聖女のステンドグラスが輝きを失うのが勿体ないだけ、とソラは心の中で呟く。私はヘレンを、そしてヘレン教をよく知らない。ただ、この教会の修道女と子供達の笑顔を見ていれば、それが優しいものなのだということはわかる。
「ヘレン、……」
シャスタは硝子の聖女に祈りを捧げていた。
――せっかくだし。
シャスタに倣い、ソラはステンドグラス越しの天に向かって願をかけることにした。
――もしも願いが叶うなら、この虹の天幕のような華やかな日々の中に居続けさせて下さい。私はステンドグラスが好き、この教会が好き、リリオットが好き。だから、好きな物の傍にもっといさせて、彼等の輝きにもっと気付きたい。
リリオットのメインストリートに連なる建物には大小様々な店が並び、人々の往来で賑わっている。道の脇では乞食の集団をツナギ姿の男がブラシを振り回し追い払っている。
ソラは数並ぶ店の一つで足を止めると、そこのショーケースに貼りついた。
その店は古今東西のランプだけが揃えられた専門店で、ショーケースの中には最新型の精霊ランプが置かれていた。燃料として加工された精霊をエネルギーにして灯りを提供するものだ。
精霊エネルギーを利用したランプは、従来の油ランプより明るく、燃料も比べものにならないほど長い時間保つ。ただし、流通量は少なく高価。貴族からすれば端もない金額のがらくただが、普通の市民がやすやすと手を出せる代物ではない。
ソラはポケットの小銭を探ってみたが、残っているのは銅貨たった3枚だけ。
「はあ…」
ソラはため息をついて鞄の中から手垢まみれになった青い遮光ランプを取り出した。
「おじさん、油の補給をお願い」
ソラはランプ屋のカウンターに3枚の銅貨を全て並べた。
「悪いな、油は値上がりしたんだ。3枚だけじゃ足りないな。最低でも5ゼヌ、それ以上はまけられん。文句はギルドの連中に言ってくれよ、流通量も価格もあいつらの一存で決められてるんだからな」
ランプ屋の店主は手持無沙汰そうに古布でカウンターをこすっている。
忘れるところだった、とソラは帽子に手を突っ込み1枚の銀貨を取り出した。
「ふっふー、臨時収入ー!おじさん、これで満タンいけるよね」
ソラは頬肉をつり上げ、得意げに鼻を鳴らす。
「ああ!だが、これだけあればそのランプを下取りして粗霊(アラレ)で動くランプに変えてやってもいいぞ!」
「このランプで十分だよ。精霊を使うのは好きじゃないし……」
「そうか……ほらよ」
店主はランプの給油口に十分な油を差すと、3枚銅貨と共にカウンターに置いた。
「あれ、銀貨の残りは……?」
「言っただろう、『最低で』5ゼヌだ。灯油はこの間仕入値が3倍以上になったんだよ。お前は油の無駄遣いが多いようだし、これを機に節約でもするんだな」
店主は布で銀貨を磨きながら白い歯を見せた。
「このペテン師!」
ソラは油で重くなったランプと銅貨をひったくりながら店を後にした。
「これどうしようかなあ……」
ソラはノートを広げ見ながら裏通りを歩く。
『救済計画』メモにはそう書かれていた。掃除の合間に教会の修道士に聞いてみれば、教師達の間でそういう話が持ち上がっているらしい。ソラはヘレン教の教師と会ったことはなかった。こんな計画を立てる人達だ、きっと高い理想を持っている人がなれるのだろうな。
「そういえば教会で変な子供の伝言受けてたんだっけ。ええと、内容は……」
ソラは白いチョークを取り出すと、建物の壁に文を書き始める。リリオットの子供達の間では裏通りの壁や酒場のトイレなど、特定のポイントが伝言板として使われている。リリオットの噂話はこの伝言板を介して急速に広がっていくことがあるのだ。
<仲間急募!『f予算』に興味があって、金と戦闘にも興味がある人材募集中!ソウルスミス、リソースガード関係の方は大歓迎。黒髪不問。詳細は酒場のバイオレットまで!>
ソラはリリオットの各所に伝言を書いて回ると、「なんか違った気がするけどまあいいか」と呟きチョークをかばんにしまった。
それよりも大事なのは救済計画のことだ。好奇心で道端に落ちている依頼書なんて覗き見なければ、こんな場所に好んで来ることもなかっただろう。ソラは帽子を目深に被り直し、リソースガードの仲介所へ出向いた。
仲介所の入り口は摺りガラスが立てかけられ、中の様子がほとんど見えない。ガラスの先からはリズム良く金属を弾く音が聞こえる。ソラは恐怖で胸が一杯になる。心は勇気で満たしたつもりだったが、体は正直だ。曇りガラスの先にあるのは闇、曇天の夜、煙突の煤、馬車の天幕の中、地下牢、まっ黒。彼等ではないことはわかっていても、リソースガードを意識するだけで、鼓動は早くなっていき、汗か涙かもわからない液体が顔を濡らす。
一転、曇りガラスの先の金属音は止み、ガタリと椅子の動く音が聞こえた。緊張と驚きでソラは危く失禁しそうになった。
「あら……こんな所でどうしたの。顔色が悪いわよ」
ガラスの雲の隙間から現れたのは不揃いのツーテールを持つ黒髪の女性。彼女は軽く微笑むと、ソラの体に触れ、黄緑色の優しい光でソラの体を包んだ。誰かに似ている……そうだ、シャスタだ。
「あ、ありがとうございます。あの……」
「お礼なら硬貨を一枚くれないかしら」
「私の依頼を受けてくれませんか」
ソラは破ったメモと1枚の銀貨を出しながら、ツーテールの少女に深く頭を下げた。
「ですがこの依頼。“依頼”じゃなくて“約束”にしてもいいかしら」
「はい?」
つい訊き返してしまった。それは予想外の答えだった。普通なら、ソラの身なりを見るだけでもっと訝しむし、大抵は興味なさそうに断ってくる。そう思っていた。
「ああっ!誤解しないでね。”依頼”だとリソースガードを仲介しないと怒られちゃうのよ。安心して、アタシは『“約束”を必ず守る』と傭兵達の間でも評判だから」
黒髪ツーテールの女性、彼女はさっきヒヨリと名乗っていた。ヒヨリはウインクをしながらソラに笑顔を見せた。
「わかりました。では“約束”。よろしくおねがいします」
渡した銀貨は戻ってこなかったけれど、ソラは胸の高鳴りを感じていた。
リリオットの夜。ソラは自分の部屋の硬いベッドの上に転がりながら、今日の出来事を思い返していた。今でも、ヒヨリとの”約束”で一度高鳴った胸はまだおさまっていない。
ランプの火は橙色に輝き、枕元を照らしている。
今日は色々あった。そのことを思い出す。
「やっぱり……ステンドグラスに願をかけてから世界が変わった。そんな気がする」
ソラが手のひらをランプにかざすと、指と指の隙間からキラキラと光が漏れていく。
リリオットの街は光に溢れていて、楽しい夢の一時を感じさせてくれる。人も、物も、精霊も、みんな嬉しそう。自分の喜び
ソラは約束した時にヒヨリに触れた指を大事そうに両手で包んだ。ソラの胸の高鳴りは、その日の夜が明けるまで続いた。朝日が見えソラの心が落ち着いた時、ランプの油は底を突いていた。
まだ太陽が出てから数刻しか経っていないというのに、リリオットの街のメインストリートは盛況だった。ソラは通りの両脇に設置された街灯を布で磨きながら人の往来を眺めていた。道の中央を馬車が駆けて行き、その脇を公騎士団の巡回班、その隣を他の住民が歩き、そして道の周囲を乞食や大道芸人たちが囲んでいた。
表通りの街灯は、精霊の力によって長く光を出し続けることが出来る精霊灯。リリオットを古くから治めるセブンハウスが共同で設置した施設の一つだ。この精霊灯を、ソラはペルシャ家に雇用される形で、リリオットの公共施設の掃除を任されている。といっても間には公騎士が仲介人として入り、稼げる日銭は他の貧民がやっている単純労働と何も変わらない。
ふと、街路を奇妙な仮面をつけた男が歩いているのが目に入った。時計を象った仮面をつけたその男は、帽子とスーツとネクタイで正装し、手には白い手袋をはめた至って紳士的な姿をしており、彼が傍目におかしいという事実を油断していれば見落としそうになった。彼は馬車が風のように走り抜ける合間をまるで意に介さず、まるで舞踏会の会場にいるように華麗に歩いていた。
ソラは一瞬、夢でも見ているのかと耳を引っ張ったが、羽根が一枚ぶつりと抜け、痛みに襲われた。現実だ。あの変な仮面も、馬車の間を歩いているという事実も。
周囲を見回してみたが、誰も彼に気付いていそうな人はいなかった。公騎士団は運悪く歩いていなかった。
「そんな所を歩いたら危ないですよ!」
ソラは慌てて精霊灯の掃除を放り出して彼の下に駆け寄ろうとする。仮面の紳士とソラの間を朝露に濡れた馬車が横切った。紳士はこれくらい問題ないとでも言いたそうな無表情の顔で、声を大きく張り上げた。
「おやお嬢さん!そこは馬車の通り道、そんな所に立っていては危険ですぞ!」
「えっ……ちょっと、それはこっちの……うわ!」
ソラが反論しようと思うや否や、仮面の紳士は手袋でソラの手を取り強く引いた。ソラは紳士の胸の中に受け止められた。と、その直後に道を外れた馬車がソラのいた場所を駆け抜けていく。
「危機一髪であったな!これからは気を付けなされよ」
時計の仮面をつけた紳士はメインストリートを颯爽と通り過ぎて行った。
まだリリオットには知らないことがあるものだ。ソラはこの不思議な人物の噂話を誰かにしたくて仕方がなかった。
ソラが花と鈴で飾られた扉を開けると、ふんだんにリボンやフリルを纏った若い女性たちと、巨漢が出迎えた。ここは《花に雨》亭、大通りから少し外れた場所にある、酒と甘味を同時に揃えた食事処だ。
「アスカ、いつものちょうだい!」
ソラは開いている席に腰掛け、肩から下がったかばんを置くと、近くのウェイトレス姿をした巨漢に7枚の銅貨を渡した。巨漢は、男には少々不釣り合いな満面の笑みを浮かべると厨房へマスターに注文を告げる。しばらく花で飾られた店の窓から外の明かりを眺めながら時間を潰して待っていると、巨漢はパンと料理皿を持って戻ってきた。
「はーい♪いつもの、だよー!」
皿にはミルクの海が広がり、その中から桃色の魚の切り身が顔を覗かせている。また、脇には添え物として緑と赤の野菜が盛りつけられている。ミルミサーモン……《花に雨》亭の人気メニューの一つで、サーモンをミルクで煮込んで特性の味付けをした料理だ。味も良いが、それだけがこの料理の評判の理由ではなかった。食べた者はその内に眠る潜在能力を開花させることができるという噂がまことしやかに囁かれている。
ソラはスプーンで切り身を細かく切り分け、フォークを突き刺してそれを口に運ぶ。ぽたぽたと滴るミルクを舌で受け止めながら柔らかい肉をゆっくりと頬張る。
「うーん、おいしー!」
ソラはミルミサーモンを夢中になってつつき始めた。
だが、ソラが食事を始めた直後、4人組の公騎士団員が扉を激しく開け放ち、店の中へぞろぞろと入ってくる。それまで会話で華やかだった店の中が急に静まり返り、皆騎士達へ視線を向ける。騎士達はミルミサーモンをつつくソラの傍までやってくると、その中の髭を蓄えた初老の男が一歩前へと進み出る。
「君がソラ君だな」
ソラが「はい?」と顔を向けると、初老の騎士は「……まだ年端もいかない少女じゃないか……」とくぐもった声で呟いた。手で合図を出し後ろの騎士達に錠縄を用意させた後、緩慢な口調で告げる。
「君をフェルスターク公一家殺害容疑で連行させてもらう。外に傭兵も控えている、抵抗はやめた方が身のためだ」
ソラはまだ食べ終わっていないミルミサーモンと公騎士達を見比べる。完全な濡れ衣だが、素直に従って無事帰してもらえる用件だろうか。どう見てもそうは思えない。
「えーと……どうしようかな……」
ソラはかばんの紐を手に取りながら、冷や汗を浮かべた。
「うーんと……どうするかなー……」
かばんの紐を持ったままソラが逡巡していると、アスカが騎士との間に割り入ってきた。
「いらっしゃいませ、だよー!《花に雨》亭にようこそ♪皆様、合わせて四名様で宜しいでしょうか、だよー!」
「……何だね、君は」
「ボクの名前は、アスカ、だよー!アスカんって呼んでね♪」
「!?」
騎士達はアスカの奇妙な姿にうろたえ、初老の騎士と後ろの二人がアスカに釘付けになった。残りの一人はソラへの警戒を解かなかったが、鉛色の茨に足を取られて転んだ。
「うわっ!?」
突然の悲鳴に騎士達がそちらに気を取られるや否や、アスカは悲鳴をあげながら、背後のテーブルに両手を付いて向き直る。身体でソラを隠しながら、そっと素早く、耳打ちしてきた。
「テーブルを潜って後ろのカウンターへ。カウンター奥の厨房に、換気用の小窓。そこから木を伝っていけば隣の建物の屋根に昇れるはず。ソラちゃんは高い所、大丈夫、だよ、ねー?」
「ありがとう、アスカ」
ソラはカウンターを飛び越え、一度だけ客席を一望した。アスカ以外にもう一人、助けてくれた人がいるはず……と、一瞬だけ義肢の少女と目が合う。彼女のようだ。
ソラはそのまま厨房に入り込み、換気用の小窓を開け放った。客席からは男達の悲鳴が聞こえた。
「ちょっと窓使わせてもらうよ!」
厨房にいた調理師にそう告げると、彼女は卵を投げてよこした。とりあえず貰っておこう。ソラは窓からジャンプし、木に飛び移る。
「裏で音がしたぞ!」
ソラが木をよじ登っている隙に、公騎士一人と腕の立ちそうな傭兵が2人、街路を通り駆けつけてきた。
「貴様!逃げると罪は重くなるぞ!」
血気盛んな公騎士は高圧的に喚き散らしてきた。
「べえーっだ」
ソラは舌を出して挑発すると、木を渡り屋根の上へと這い上がった。
屋根の上から見る空は青かった。
ソラはしばらく屋根伝いに公騎士達から逃げると、途中で立ち止まった。
屋根の上からはリリオットの街が一望できた。屋根が続いている街の北は職人街となっており、いくつかの煙突からは絶えず煙が立ち上っている。その先には貧民街。貧民街の先を進んで行けば終着点にあるのは鉱山だ。ヘレン教の大教会は鉱山へ向かう道から分岐して、郊外へ出た先にぽつんと見える。別の方角を見渡せば大通りを挟んで、時計塔やセブンハウスの屋敷などの特徴的な建物が点在している。
「ここから教会まで屋根伝いは……無理かな」
ソラは屋根の起伏を確認しながら独り言を言った。
「ここなら誰もいないよね……」
ソラはいつも被っていた帽子を取った。帽子の中から肩まで伸びている翼のような耳が解き放たれる。耳の内側は白く、外側は茶色い。ソラは耳をバサバサと羽ばたかせながら深く息をつく。
ソラはもう一度屋根から景色を一望した。故郷は見えない。見えたとしても、もうなくなっているだろう。
ソラはもう一度帽子を深くかぶり直すと、降りられそうな場所を探してまた屋根を渡り始めた。しかし、すぐ下に公騎士がいるのに気付き、身をかがめてやり過ごす。公騎士は街の女性と話し込んでいるらしく、なかなか立ち去る気配がない。
「あっちに駆けていくのを見ましたよ。随分焦ってる様子だったけど」
「そうか。よし、行くぞ」
しばらく話をしていたが、女性の方がやけになったらしい。騎士達を適当な方角へ案内していた。ソラは騎士達が去ったのを確認すると、起き上がりまた屋根を渡り始める。と、先ほどの女性が空に向かって声を出した。
「高い所は目立つから、適当な所で降りて身を隠したほうがいいよ。もしも隠れる場所の当てがないなら、東区の外れの塔に来てもいい。私としては、そこで買い物もしていってくれれば万々歳だけど」
ソラが東を見やると、街外れに相当古い塔があった。あの塔には『螺旋階段』という骨董屋が店を開いているという話を聞いたことがある。屋根伝いなら、教会よりも安全に行けそうなことを確認してから、ソラは下を見やる。
「ありが……」
ソラがお礼を言おうと路地を覗き見た時には、その女性の影はなかった。
ソラは街外れの塔へと、屋根を渡って向かうことにした。
ソラが骨董屋『螺旋階段』を訪ねると、店主の女性は快く通してくれた。その上お茶まで出してもらった。その暖かさで一息ついたところで、ソラは話を切り出した。
「私はソラ、リリオットで掃除や伝言を頼まれながら細々と暮らしています。今回追われている理由は私にもよくわからなくて、フェルスターク一家殺害事件の容疑者にされていたんだけど、その事件に首を突っ込んだ覚えはないし、詳しいことはさっぱりで……」
あ、とソラは狙われる心当たりを一つ思いついたが、すぐにその答えを取り消した。
「どうしたの?」
「ううん、何でもない。ええと……それからは他の人達が色々と助けてくれたこともあって、つい逃げ出しちゃったってところかな。あはは……」
なるほどね、とソフィアは頷き、
「私の方も自己紹介しなきゃね。私はソフィア、この店の店主よ。それに、リソースガードの依頼もこなしているから腕に自信はあるわ」
ソラは蛇に睨まれた蛙のように一瞬顔を強張らせたが、ソフィアの顔を見てゆっくりと表情を戻した。もうソウルスミスは私のことなんて忘れているだろう。
「さっきも言ったけど安心していいよ。あなたを売るような真似はしないから。あなたが私に何かするつもりなら別だけど」
「助けてもらったのにそ、そんなこと……」
ソラは必死になって否定した。ソフィアはそれを見て少し微笑んだ。
「そうだ、助ける前に条件が1つだけ」
ソフィアはそう言いながら腰から下がっている、一振りの剣を見せた。
「この剣は追憶剣エーデルワイス。この剣に呪われてしまって、その呪いを解く方法を探しているの。あなたは何か心当たりない?」
真っ白な剣は言いようのない美しさを讃えていた。ソラは唾を飲んだ。呪いだったら少しはわかるかもしれないと思ってよく見てみたが、この魔剣の呪いがどのようなものかすら知ることが出来なかった。強い力と想いを感じるのは確か。
「ちょっとした呪いならこの魔術で解けるんですけど……」
ソラは剣に手をかざし、念を込める。手に力を集中し、それを剣に注ぐ。ソラの手からは透き通った白い光が剣に降り注がれ、ソラの肌も淡い光に包まれる。飲みかけのお茶から湯気が立ち、じわじわとその水量を減らしていった。剣に変化はない。
「あ、やっぱり駄目みたいですね」
ソラは体の光と激しくなる動悸、息切れを抑えながら残念そうに剣から離れた。
ソラは熱を出して寝込んでしまった。
「大丈夫?今日は安静にしていた方がいいよ」
ソフィアはソラが持ってきた卵で卵酒を作り、ベッドの横に置いた。
「うん、これくらいなら大丈夫……。魔術を使った後はいつもこうなるんだ」
ソラはふらふらとコップまで体を動かし、中の酒をゴクゴクと飲み干した。
「うわ、まっず!」
子供にはまだ酒の味がわからなかったが、眠気を誘う薬にはなった。
精霊が一般に広まる前、大国グラウフラルの方では魔法がその位置に立っていた。しかし、精霊と違い魔法を使うには代償が必要だった。呪文、時間、才能、契約……殊更奇跡と呼ばれるような大きく現実を歪める魔法ほど、大きな代償を必要とした。儀式、精神、そして生贄……古の歴史を紐解けば、魔法使いが自分の力と欲望のために人を狩る暗黒の時代もあったという。そんな愚かな時代を乗り超えた人々は、生贄の代わりに魔物を代償にすることを始めた。魔法に対して適切な魔物の体の部位を使えば、人の血や肉を捧げるより効果があることに人々は気付いたのである。魔物は魔法をより少ない代償で使うことが出来た。彼等はほんの少し自分の生命力を削るだけで簡単に魔法が使えた。それを知った人々は魔法を成功させるために魔物の体を求めるようになった。例えばそれは古き物語にも記されている、一角獣:ユニコーンの角、赤竜:ドラゴンの鱗、蛇の王:バジリスクの魔眼。
魔物の取引が金になると睨んだソウルスミスは、それまでただの商隊の護衛であったリソースガードにクエストを課し魔物を狩らせ、触媒と魔法の品を流通させることで富と版図を拡大していったのである。人々の生活を守るために危険な魔物を掃討するなんてことは、彼等からすれば建前でしかなかった。リソースガードの活躍で魔物は次々に打ち倒され、人は広大な生活圏と神秘への供物を獲得していったのである。そして、それは魔法が精霊技術に取って代わられた後も、魔物が人々の生活圏に侵入することがほとんどなくなってしまった今でも、まだどこかで続いている……。
ソラは悪夢から目を覚ました。ソラは狩られる側だった。明かりのない夜に眠ると、いつも同じ夢を見た。
塔の小窓からは月明かりが差しこんでいる。
――明かりが足りない。
ソラはかばんの中から遮光ランプを取り出したが、少し振って油の跳ねる音がしないことを確認すると、かばんの中に戻した。
ソラはそれから一睡もしなかった。
「もしも公騎士や傭兵に襲われても、魔術は極力使わない事。もしそれで倒れちゃったら、本末転倒だからね」
ソフィアのお願いにソラは頷き、身支度を始めた。行き先はヘレン教の大教会。
塔からヘレン教会までの道のりはさほど遠くなかった。塔から住宅街までは辛うじて馬車が2台は通れそうな短い林道があり、住宅街に入れば教会は目と鼻の先であった。ソラは外套で全身を隠し、ソフィアと連れ立って教会へ向かった。
林道はリリオットの外周に位置する住宅街と農耕地区を繋ぐために作られた道で、中心市街に出る時は遠回りにしかならず、人通りはほとんどなかった。住宅街の方から茶色い髪の騎士が一人歩いてくるくらい。
ソラはその騎士に見覚えがあった。いつも掃除の仕事と報酬を与えてくれる、ソラにとって一番親交のある騎士だった。彼の名前はハス。ソラは優しくしてくれる彼に全幅の信頼を寄せていた。だが……公騎士ならフェルスターク一家殺害の話も知っているはず、とソラは外套のフードを寄せた。
「ソラちゃん!」
すれ違った直後、ハスは足を止めて二人の方を向いた。それに反応し、ソフィアが間に入ると、剣の柄に手をかけた。
「ソラ、離れてて!」
「ま、待ってくれ!俺は戦う気も誰かを呼ぶつもりもない!」
ハスは両手のひらを出して戦意がないことを告げた。
「ソラちゃんが事件に巻き込まれたと聞いて、心配になって探していたんだ」
「ソフィア、ハスさんなら私の知り合いだから大丈夫だよ」
ソラがそう言うなら……とソフィアは構えを解いた。
「よかった無事で……この道を進んでいるということはこれから教会に?」
「うん……」
「そうか、それがいい。ヘレン教なら疑いが晴れるまでソラちゃんの事も匿ってくれるはずだ。運よく他に誰もいないし、今あったことは誰にも口外しないよ」
ハスはうんうん、と何度も頷いてから、「それじゃ」と言ってソラ達と別れた。
ハスを見送り、ソラ達も教会へとまた歩みを進めた。
誰もいなくなった後、ハスは一人林の中で呟いた。
「はい……多少遅れてしまいましたが、《プラン》通りです。ヘレン教も、我々からの贈り物をいたく気に入ってくれることでしょう。『きっかけは些細なことでいい』とはいい言葉です。それが嘘偽りでも、我々が介入するには正当な理由となる。しかし、彼女は惜しい逸材ですよ。見聞きしたことを全て、何の疑いもなく話してくれた。教会の動向、信者の様子、黒髪との確執まで全て……ね」
「…ところであのハスって人、仲が良さそうだったけど、彼氏さん?」
「ち、違うよ!」
ソフィアの問いに対し、ソラは顔を真っ赤にした。
「ま、まだ食事にもいったことがないし……手も触れるくらいしか行ってないし……」
「……ソラごめん、ちょっと予定変更」
「え?わっ」
ソフィアはソラの手を引いて木立の合間に身を潜めた。踏みしめられた下草が音を出す。
「きゅ、急にどうしたの?」
「ソラ。あなたは知らないのかもしれないけど、公騎士団は必ず2人以上の班で活動するの。単独での活動は、何か特別な任務でも無い限り、まず行わない」
「え……」
「近くに仲間の騎士がいる様子もなかった。気味が悪いから、このまままっすぐ教会に向かうのは避けるよ」
「でも……」
ソラの表情には戸惑いが浮かんでいた。ハスは自分を心配してわざわざ探しに来てくれたのだとそう思っていたから。
「分かってるよ、これは私の考えすぎなのかもしれない。彼は本当にソラのことが心配で、規則違反も構わずに、辺鄙な林道まで来てあなたを探していたところに、私たちが運良く通りがかっただけかもしれない。けど例えそれがどんなに酷い誤解だったとしても、死んじゃったらそれを謝ることもできないんだよ。危険を避けるには、最悪の事態を考えなきゃいけない」
ソフィアの気迫に圧され、ソラは渋々と頷いた。
「目立たないよう少し遠回りするけど、ヘレン教会に向かうのは一緒だよ。教会に裏口みたいな場所はあるかな。あとは教会の人で、信頼できそうな人に手紙を書いてほしい。助けてほしいって」
ソフィアは荷物の中からペンと千切ったノートの一片を差し出した。
「うん、わかった」
ソラはペンを取り、紙切れに伝言を書いた。
〜〜〜
親愛なるシャスタへ
お願い、助けて。フェルスターク一家殺害という身に覚えのない容疑をかけられてしまったの。迷惑だというのはわかっているけど、今頼れるのはシャスタしかいないから……。少しの間だけでいい、疑いが晴れるまで力を貸してほしい。 ――ソラ
〜〜〜
「もう一枚いいかな?」
ソラはシャスタ宛の手紙を書き終えると、ソフィアに二枚目の切れ端を貰った。もう一つの手紙の頭には、『親愛なるヒヨリへ』と綴った。書き終えた二つの手紙を折り畳み、ソラはソフィアに二通の手紙を渡した。
「書けた!片方は教会のシャスタに、もう片方はリソースガードの仲介所にいる人に出そうと思うんだ。あの人なら、力になってくれるはず……!」
ソラは自信に満ちた顔で言った。
「教会に入れてもらえたら、まずは少し休憩したいなぁ」
「私も、少し疲れちゃった……」
「服も昨日のままだし、身体洗ったりできないかな。教会にお風呂ってあるの?」
「どうだっけ?」
二人でそんな他愛もない会話をしていると、教会の裏手に着いた。大教会は煉瓦ブロックをモルタルで塗り固めた壁と、身長よりも高い金属製の柵で囲われている。柵にはところどころ蔦が絡み付いている。幸運なことにほんの一部の柵が老朽化して折れ曲がっており、女性か子供程度ならそこから這って入れそうだった。
「ここから行こう」
ソラはかばんを提げたままするりと柵の合間を潜り抜けた。続いてソフィアも這い進んだ。途中で身につけていた何かがつかえたのか先に進まなくなるが、しばしの格闘の末ソフィアも教会の柵を抜けた。
柵を抜けた先、二人の眼前には開放的なガラス張りの浴場が広がっていた。大体10人は一緒に入れそうな大きさだ。浴場のすぐ横には直接外へ繋がる扉もつけられていた。
「お風呂だ!」
「こんな場所あったんだ」
ソラは礼拝堂とその周辺しか掃除していなかったので、教会の奥にある施設まではあまり知らなかった。
「少し、お邪魔しちゃおうか?」
言ってソフィアは扉に手をかける。鍵はかかっていなかった。
(柵を越えたあたりから気になっていたけど、ソフィアって大きい……?)
ソラは自分の平坦な胸とソフィアを見比べながら困惑した。
教会の浴場は2人で使うにはとても広かった。ソフィアは浴場に入れることがわかってしまうとすぐさま服を脱ぎ、嬉しそうにお湯の中に入っていた。ソラはしばらく悩んだ末、帽子だけ残して裸になり、体についた汚れをさっと流してから浴場に飛び込んだ。
「フライングクロスチョープ!!」
ソラのダイビングの衝撃で浴場の水は波打った。ちょうどソラが飛び込んだあたりの水深は浅く、手を底にぶつけてしまった。
(この技は隙と負荷が大きすぎる、実践では使えないだろう……)
ソラはしばらく湯船に浸かり、体の疲れをを取った。
突然、脱衣所へと続く扉が開いた。ソフィアは湯を跳ね上げて立ち上がった。
「うぁ、す、すみません!」
「んなっ……マックオートさん?!」
「え?ソラちゃんにソフィアちゃん!?どうしてここに?」
マックオートとは一度仲介所で頼まれごとをした時に会ったが、こんな場所で会うとは予想外だった。そして自分たちが裸であることにハッと気付き、赤面して湯船の中に顔を沈ませていった。
「とにかく出てけーっ!」
「あばばば!?」
ソフィアはいつの間にか手に魔剣を持ち、それをマックオートめがけて投げつけた。剣はマックオートの顔に直撃し、彼はその場から逃げ出した。それを追うように、ソフィアは湯船から上がるとマントで体を覆い、短剣を構えて飛び出していった。
「ソラはここで様子を見てて。危ないと思ったら、さっきの隙間から外に出て」
「え、ちょっとソフィア、服は?!」
ソラの言葉が届く前にソフィアは駆け出して行った。
ソフィアがいなくなり、ソラは浴場で一人取り残されていた。
「やっぱり大きいなあ……」
ソラは必死に寄せたり上げたりしてみたが、揺れることはなかった。
「ん?」
ソラは窓の外から気配を感じ振り返った。だが、浴場から見える庭に人影はない。杞憂だったようだ。まあいい、ソフィアを待っている間少し遊んでいよう。ソラは浴場の中で手足をバタバタと動かし泳いだ。
しばらく経った後、ソラが浴場に駆け付けたシャスタから延々と長い説教を受ける羽目になったのは言うまでもない。
シャスタの説教が一段落した後、礼拝堂に場所を移して今回の経緯をソラは話し始めた。
フェルスターク一家殺害の事件があった時、自分がそこに出入りしていた覚えはないということ。いつも掃除の仕事を与えてくれた騎士、ハス・ヴァーギールの動きがおかしいとソフィアが言っていたこと。街で追ってきていた公騎士達がペルシャ家の騎士達であったこと。あられ揚げの味付けについて。もし教会にはいられなくなってしまった時のために、リソースガードのヒヨリという女性にも救援の手紙を渡していること。
「それで、これからどうすればいいんだろう……。犯人の目星もないし……」
一通り語りを終えてソラは息をついた。
「ここで暮らすかい?ソラさえよければ、いつまでもここにいたっていい。子供達もソラがいれば喜ぶだろう」
シャスタは優しく、ソラに問いかけた。
「う〜ん……」
ソラはシャスタから差しのべられた手を前にして悩んでしまった。これが私の望んだ答えではなかったのか。反射でステンドグラスを仰ぎ見るが、空に薄い雲がかかり、外からの光がほとんど入ってきていなかった。ステンドグラスのヘレンもまた、ソラの問いに対して沈黙していた。自分の心がわからない。心に一つ、壁があるみたい。
その悩みの答えは、外からの音で後回しにせざるを得なくなった。
石畳を打ち鳴らす蹄鉄の音、馬の嘶き、十を超える金属具の足音。全てが礼拝堂にまで聞こえてくる。
「大変です!武装をした公騎士団がこちらに!入り口の開放を求めています!」
「なんだと!」
シャスタは命令を飛ばす。
「シスターの皆は子供達を安全な場所へ、メイビーは他の者達に通達を!ソラも安全な場所に隠れているんだ!」
ソラは頷き、咄嗟に礼拝堂の教壇の裏に身を潜めた。
教会中が騒然とする中、礼拝堂の入り口が勢いよく開かれ、騎士達がなだれ込んできた。先頭には赤い鎧に身に包み精霊武器のランスを持った通称『焔の騎士』が、その後ろにはソラを追っていた騎士達5人と騎士ハス、そして彼等に雇われた傭兵達が十名ほど。
焔の騎士が無言で目配せをすると、ハスが一歩前に出た。
「我々の要求は一つ、この教会に匿われた罪人を引き渡してもらうことです。もし従わなければこの教会がどうなるか、察しの良い方ならばわかるでしょう。……もっとも、あなた方の答えを聞くまでもなく、この教会の運命は決まっていますがね……」
ハスはニヤリと笑みを浮かべた。
「笛の音の起こされて来てみれば……絶景ですね」
教会の奥から出て来た人物は、やけに落ち着た声で話した。もう終わったのだろうか、ソラが物陰から身を乗り出して見てみると、血の海が広がっていた。スフィンクス、血塗られた鎌を持った少年・ウォレス。そこに斜め掛けの包帯を巻いた金髪の女性が、まるでその状況が平常であるかのように歩み寄って行った。ここで何があったのか、彼等を囲む空気にソラは恐怖を感じた。
「き、貴族殺しのメビエリアラだと!?」
ハスの声、彼はスフィンクスの下敷きになって生きているようだった。ソラは安堵の息を漏らした。血溜まりの中での会話が終わると、スフィンクスが髭を蓄えた男へと姿を変えた。3人はシスターの一人に礼拝堂の後始末とハスの監禁を命じると、部屋へと引き返していった。
「ハスだって、誰かに無理矢理やらされているのかもしれない。直接聞かなきゃ」
ソラはシスターに連行されるハスの後をこっそりとついて行った。
「ごめんなさい!少しの間だけ話をさせて!」
ソラはかばんを振り回して後頭部を殴りつけ、見張りのシスターを気絶させた。ハスは手をきつく拘束され牢に入れられていた。ハスはいつもソラに向ける爽やかな笑顔を見せた。
「ソラちゃん!」
「ハスの真意が聞きたくて来たの。教会に来たのは誰かに命令されたからだよね、あの赤い騎士に……」
「クスクス……ソラちゃんは面白いこと言うねえ」
ハスは笑顔を歪めた。
「これは俺が仕掛けたことだよ。焔の騎士も、裏に侵入させた傭兵達も、俺が裏で手を引いて動かしただけさ。一人じゃ動き辛いからね」
「どうして……」
「ごめんね、俺はソラちゃんのことを利用していたんだ。救済計画について聞いた時からこの計画は始まっていたんだよ。濡れ衣のことは悪いと思っているけど、今のセブンハウスは大変でね、ああするのが最良だったんだ。ごめんね」
「ハス……」
「それと、もう一つ謝らなきゃならないことがあるんだ。俺はソラちゃんのこと、駒としか思っていないんだ。ごめんね」
ハスは拘束された手を起こし、人差し指をソラの顔に向けた。
『さあ最後の仕事だ。お前の心を解放し、憎き相手を殺せ。あの傭兵や騎士達のように、憎悪で心を満たすのだ』
ハスが暗示をかけると、ソラは夢を見ているかのように虚ろな瞳になった。
「そうだ……それでい……ぐわっ!何をする!やめ……ろ……ソ……」
ソラは牢の中へ手を伸ばすと、ハスの首を締め上げた。牢屋は一瞬まばゆい光に包まれ、その後干乾びたハスの死骸がどさりと倒れた。
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ソラは今教会の牢屋にいます。
ソラや牢屋に近付きたい方がいましたら、戦闘しましょう戦闘!
先に言っておきますが、ソラが勝ったらそのキャラは容赦なく殺しますのでご注意を。(敗北の時の処遇は勝者に任せます。引き分けの時は相談で)
というかそろそろ八百長でもいいから戦闘やりましょうよ!
憎悪は貪欲であった。愛が深いほど、憎しみもまた深まっていった。
最も憎いのはハス。恋い焦がれる思いが深かったからこそ、その淡い思いは一途にソラの体を動かした。愛と憎しみは表裏一体。一枚のコインの表と裏。
大好きな物を思い浮かべるたび、体の奥底から憎しみが沸いてくる。
――嫌いだ。ヘレンもリリオットも人間も、みんな大嫌いだ。
<<マックオート[24]>>
最も嫌いな相手が喋ることも動くこともなくなったことに気付き、ソラは牢に構うのをやめた。牢から離れる途中で遭遇したマックオートは、やり場のない憎悪と怒りをぶつけるにはちょうど良かった。
ソラは体に魔法の力を宿らせながら、マックオートに掴みかかった。突き刺すように鋭い光が彼の魔剣アイスファルクスを貫いた。すぐにマックオートの腕力に突き放されるが、マックは剣を抜けない。ソラはそれを見逃さず鞄で殴りかかった。
一打、二打、三打。一振りするたびにマックオートは後退していく。
しかし、窮地に追い詰められたマックオートはソラが鞄を振りかぶる一瞬を見逃さず、手の甲で鞄を叩き落とした。落ちた鞄から、お気に入りの遮光ランプが顔を出す。
「あ……」
ソラは声を漏らした。ランプは割れてしまった。
よくも!よくも……!
ソラの怒りは10倍に跳ね上がり、力は一層増す。ソラはマックオートにもう一度掴みかかると、勢いをつけて押し倒した。風圧でソラの帽子が脱げ、羽毛だらけの耳が顔を出した。
ソラは首を絞める力を強めながら、マックオートの顔を覗く。
相手の表情が見たかった。なにを思ってソラと戦っているのか知りたかった。
マックオートの顔は……母のように優しい笑顔だった。マックオートは抵抗をやめ、代わりにソラの背中に手を回し、抱きしめてきた。
「!!」
ソラの見開いた目から涙が溢れ出した。ずるい……。そんな顔をするなんて反則……。そんな顔されたら、嫌いになれないよ……。
ソラは首を絞めていた手を離し、虚ろな目を閉じた。
魔法を使い続けた疲れと、マックオートの体の温もりに、ソラの意識は遠のいていった。
目が覚めた時、ソラはステンドグラスの光の中にいた。
眼前にはマックオートとソフィア。マックにかばんと帽子を返してもらうと、かばんの中の割れたランプが目に留まった。故郷からずっと共に暮らしてきた相棒は、もう動けなくなっていた。
それを見たマックオートは本の頁を破り、紙の鳥を折ってソラに渡した。「はい、鶴。君にあげるよ」慰めだからこそ、とても嬉しかった。
「両親が鍛冶屋でね……手先が器用なんだ。ちょっと昔の話をしてもいいか・・「待って」」
ソラはマックオートの言葉を遮った。帽子を外して二人を見る。
「二人はもう私のこの姿は見てるんだよね。それならちょうどいいから、私のことを話そうと思って。二人には大きな借りが出来ちゃったし、特にマックオートさんは……その……色々と……」
ソラは俯き顔を頬を染めた。翼の形をした耳がパタパタとせわしなく上下していた。
「見ての通り私は人じゃありません。多くの人からは亜人と呼ばれています。……故郷を襲った人々は“魔物”と呼んでいました。私の故郷はグラウフラルの辺境にある山の頂。そこは私たちの言葉で“太陽に最も近い場所”といって。私たちはそこで外との交流をほとんどせずに平和に暮らしていました。しかし、ある日やって来たリソースガードの傭兵達によって私たちの親も友人達もみんな狩らたのです。矢で射られ、体を切り刻まれ、喉を突かれて。私たちの翼は光や癒しの魔術の触媒になるらしくて……。その後彼等からずっと逃げて、辿り着いたのがここ」
ヘレン教の教会の礼拝堂、ソラはステンドグラスを仰ぎ見た。
「リリオットは優しかった。ヘレン教会では、私を偏見の目で見ずに救ってくれた。公騎士の人達も私に優しくしてくれた。家を貸してくれた鉱夫の人達も。リソースガードはいつ私の故郷を襲った人に出会うかわからなかったから怖かったけど、二人のように優しい人達もいた。私はリリオットが大好きだった。だけど、騎士と黒髪の人達とヘレン教の人達が互いに武器を取り合って戦う姿を見て、最後にハスに裏切られて、気付いちゃった。私はリリオットに幻想を抱いていただけだって。……それでも、やっぱり嫌いにはなれなかった。だから、これからのことだけど、私はリリオットを輝かせたい。あのステンドグラスを照らす太陽の光ように……」
ソラはステンドグラスの前でくるりと回った。
「あ……ごめんなさい。一人で語ることに熱中しちゃった」
てへぺろ。
今回のことで決心がついた。私はもう逃げたりしない、隠れることもしない。今回の件を公騎士団に直談判しに行こう。ハスは死ぬ前に言っていた、濡れ衣を着せたのは自分だと。そのことを素直に話せばわかってくれるはずだ。
先に出発したソフィアが「希望」という名の高そうなランプをくれた。こんな物を貰ってしまっていいのだろうかと思っていると、「いいのいいの」とソフィアは軽く言うので、ソラは受け取ることにした。
「よし、行こう」
ソラは肩からかばんを提げると、裏庭を通ってヘレン教会から外へ出た。格子をくぐる時に、帽子が地について汚れてしまう。
「うーん、これはもう被らなくてもいいかな」
ソラは帽子をパンパンとはたき、かばんの中にしまった。
途中で子供に耳を馬鹿にされた。別の子供には耳の羽を毟り取られそうになった。
「ぜぇ……ぜぇ……、なんでこんな目に……」
ソラは通りの端で街灯に寄りかかりながら息を整えた。道行く大人の反応は少し物珍しそうに眺める程度だったが、子供達の猛攻が激しかった。ソラが街の子供達とよく遊んでいただけに、彼等は遠慮を知らない。彼等に毟り尽くされる前に目的地に着いたのは幸運だ。
ペルシャ邸。88年前のグラウフラルとの大戦が終結した時に改修された屋敷は、リリオットの景観から浮き、一味違った趣を感じさせている。セブンハウスと縁のない外からの使節のほとんどは、このペルシャの門をくぐると言われている。そして、ペルシャと親密なグラウフラルの名家もまた多く、訪問者も多い。
ソラは門前に立つ衛兵に近寄った。
「ん?ああ、お前はハスの……」
ぴくっとソラの眉が動いた。意識は虚ろだったがはっきりと手の感触は残っている。ハスを殺したこと……。ソラはそれ以上の回想を振り切り、毅然とした顔をした。
「話があるの。誰でもいいから騎士に会わせて」
「残念だったな。ハスならこの間戻ってきて、騎士を辞めさせられたぜ」
「えっ……?ハスは死んだはず……」
「何言ってるんだ。あいつは教会に出向いて戻ってきた、たった一人の生還者だ」
「うそ……!」
「お前が何を見たのか知らないが、これは金で買えない方の真実だよ。……で、何の用だ?掃除の仕事か?」
「フェルスターク家の事件のことで」
「あ、お前がそうなのか。入れ!早くしろ!」
フェルスタークの名を出すなり、衛兵はソラを屋敷の中へ急き立てた。
ソラは屋敷に充満する不穏な空気を肌で感じた。
ペルシャの屋敷に入ったソラが連れて行かれた先は、普段の使用人や騎士達のいる部屋ではなかった。
カーテンの閉め切られた部屋の左右には隙間なく棚が並び、中には何かの目玉、動物の剥製、雄々しい角、綺麗な革、瓶詰の生き肝などの豊富な触媒が並んでいる。中央手前には来客用のソファとテーブル。奥には執務机が置かれ、そこに一人の老婆が黒いローブを羽織り座っていた。オーフェリンデ・ゲルデ・トゥ・ペルシャ、老いて子供達へ家業を譲り渡した後も重要な意思決定の場に現れ、ペルシャの舵を取ってきた女。顔が皺とあばただらけになったその老婆は座っているだけで威圧感を放っている。
「お前がソラか。ここまで乗り込んでくるとはいい度胸じゃないか」
オーフェリンデは目をぎらつかせた。
「ヒヒヒ……その度胸、あたしゃ嫌いじゃないよ。座りな。ヴァーギールの坊やが逸材と言っていただけのことはある」
ソラは気怖じしながらもソファに座らせて貰った。
「ヒヒヒ……何から話そうかねえ……」
「あの、ハスは……ハスが生きてるって本当ですか?」
「ああ。生きて戻って来たとも。……もっとも、無理矢理生き返らされたせいで大事な記憶は失って使い物にならなくなっちまったよ。だから屋敷からつまみ出した。誰がやったのか見当はついているが、余計なことをしてくれたもんだよ。生ける屍を作るなんざ」
「生ける屍……」
「あれくらい、不死者のあ奴なら簡単に作れるのじゃろうな。ウォレスには関わらん方がいいぞ?お前はもう手遅れのようじゃがな、ヒヒヒ……」
オーフェリンデは掠れ声で笑った。
「まったく笑えんわい。あの件での実りといえば、バルシャの騎士一人をうやむやのまま葬れたことと、お前を見つけたことくらいじゃ。これでは対価が釣り合わん。ヴァーギールはマスター・オブ・エフェクティブの計画を知るための手掛かり、泳がせて情報を得るつもりじゃった。そして教会ではもっと多くの生贄が血を流すはずじゃった」
「一体何を……」
「死の連鎖反応[フェイタル・ドミノ]。ミゲル・フェルスタークの死から始まった、陰惨なる命のやり取り。クックロビンの自刃、ラボタの虐殺、教会襲撃、細かい物なら他にも色々とある。あたしゃ魔術と取引にそれを利用させて貰っているだけじゃよ……ヒヒヒ……。次はダウトフォレストが熟してきたかねえ……」
目の前の魔女はトントンと執務机を叩いた。
合図とともに侍従が部屋に入り、ソラの目前に金貨袋を置いて出て行った。ソラが袋を持つと、ジャラジャラと中の硬貨が音を立てた。
「さて本題じゃ。その金は今回の迷惑料じゃから受け取るがいいぞ、ヒヒヒ……。本物は物言わぬ死体となって出て来よったからな。まったく、大事な賓客だというに勝手に命を投げ捨ておって……」
老婆は執務机の下から金貨袋を取り出した。ソラに手渡されたものの3倍以上はある。
「さて、あたしゃお前を雇いたい。どうじゃ?それ以上の報酬を出すぞ、ヒヒヒ……」
それを聞いてソラはすっくと立ち上がり、目の前の袋だけかばんに入れると部屋の戸を開けた。そして振り向いて口を開いた。
「……ごめんなさい。私、あなたのこと大っ嫌い。二度とこんな薄気味悪い物が並べられた陰気臭い部屋に呼ばないでよ。今日これっきりで私のペルシャとの縁も掃除の仕事もぜーんぶおしまい!変な容疑をかけられたんじゃなければこんな所一秒でもいたくないね!退職金奮発してくれてありがとうございます!べーっだ!」
弾丸のようにまくし立ててソラは勢いよく扉を閉めた。
「やっちゃった……やっちゃったよ……」
まだドキドキする胸を抑えながら、ペルシャの廊下の絨毯を踏んで外へ出る。その間に誰かに呼び止められることも、捕えられることもなかった。
通りに出て、ソラは背伸びした。
「仕事なくなっちゃったなあ。これから先どうしよう」
大通りの喧騒に囲まれながら、ソラは市場を見て回っていた。露店には占い師、装飾品屋、路上理髪師など、様々な店が立ち並んでいる。ソラはそのうちの一店で足を止めた。木製の立て台に吊るされた色とりどりのリボン。
「どうだい、買っていかないかい。お嬢さんなら似合いますよ」
ソラは青いリボンに引き寄せられた。そういえば、マックオートさんの昔話を聞きそびれちゃったなあ……。あの時自分が制止して語り出していなければ、あの人のことをもっと知ることができたかもしれない。ソラはそう思った。
「青いリボンが気に入ったの?買っていくかい?」
「い、いやいや今はやめておきます!すこし考えてきます!」
ソラは自分の頭の中が店員に見透かされたのかと思い、慌てながら店から離れた。
近くの理髪師が「今黒髪になろうなんて自殺行為だぞ!考え直せ!」と誰かに叫んでいる。その横をソラは耳を揺らしながら通り過ぎていった。
市場で色々と見て回った後、ソラはラペコーナで食事を取った。街道に面したテラスは日当たりもよく、隣では駆け出しリソースガードの男女が食事と歓談を楽しんでいた。花に雨亭のメニューとは違った肉料理やパスタ料理の味にソラは舌鼓を打った。
ソラは次に図書館へ行ってみることにした。図書館の中は大通りと違って、静謐な空気に包まれている。ソラは『石の城の吸血鬼』という本を手に取ってしばらく読んだ。ソラは途中で本を閉じ、そっと棚に戻して別の本を取り出す。『おいしいあられの揚げ方』、あられ揚げから始まる恋を綴った恋愛小説だった。ソラの時間は本と共に過ぎて行った。
ソラが本を読み終え図書館を出ると、周囲はもう暗くなっていた。夜空には月と星々が瞬いていた。大通りまで出ると、家の窓から漏れる明かりと街路を照らす精霊灯がまるで地上の星々のように輝いていた。
「……そうだ」
ソラはポケットから一本の錠を取り出す。仕事を辞めた時に返すのをすっかり忘れていた時計塔の鍵。ソラは階段を登り、立体交差の橋を渡り、街の奥にひっそりと建つ時計塔の前まで来た。リリオットでは、ここが一番太陽に近い場所。
ソラはそっと鍵を開け、階段を登り、展望室から屋根へ這い上がった。普段誰も入らない、自分だけの貸し切り。そこから見るリリオットの夜景は、ソラが見たどんな夜空よりも綺麗だった。
「次は一人きりじゃなくてちゃんと……」
ソラは時計塔の屋根から、夜のリリオットずっと眺めていた。
リソースガード仲介所。ソラはテーブル席に座り待っていた。
「ソラさん。登録証出来ましたよ」
受付に呼ばれてソラは席を立った。傭兵としての注意と依頼の説明を一通り受けた後で登録証を手渡される。ソラは傭兵になった。
登録証を受け取ると、再びテーブル席に座った。
依頼は行方不明者の捜索が多かった。黒髪の男性、黒髪の女性、黒髪の子供、黒髪の女性、黒髪の――。捜索依頼が出されているのは黒髪ばかり。ヘレンは黒髪を救わない。だから、救いを求める人達はここに足を運ぶのだろう。「誰だっていい、助けてくれるのなら」一抹の希望にかけて、大切な生活費を出しながら依頼書を書く人が今日だけで3人、ソラの前を横切っていった。
「いってー、誰か回復術使える奴はいねえかー」
傭兵の男は仲介所に入って来るなりボロボロの体で声を張り上げた。彼は席全体を見渡すと、「ちっ、今日もコイン女はいねえのか……」と呟きがっくりとうなだれた。ざっくりと切り口が開いた腕から血が滲み出ている。
「あの、私少しなら癒しの魔術が使えます!」
ソラは男に駆け寄り、魔法を使った。かざした手から赤い光球が生まれ、男の腕を包む。傷は急速に癒えた。
「ダウトフォレストは駄目だ、少なくとも俺の周りは全滅。あれは森じゃねえ!どこからともなく矢が降り注ぐし、木一本一本が襲い掛かってきやがる、まるで一つの大きな怪物の腹の中……」
男は仲介所に響き渡る大声で語った。彼の話を聞くべく他の傭兵達が集まってくる。
「ダウトフォレストで何かあったんですか…?」
「おっと、あんた新人か?ダウトフォレスト攻略作戦を知らねえのか。100人以上の大所帯で埋蔵金探しにエルフの森まで侵攻したのさ。だが駄目だ、あそこに行った奴らはもうみんなやられちまってるはずだ」
「ここに参加者の名簿もあるぜ」
別の男がソラに名簿を渡した。何ページにも渡り参加者達の名前が列挙されている。その中に見知った名前を見つける
「ハスにウォレス…!?それにソフィアまで!!」
「嬢ちゃんの知り合いもいたか……そいつは気の毒に……」
ソラは人だかりを押しのけ、仲介所を飛び出した。
「待て!手練れの戦士でも歯が立たなかった場所だぞ!死にに行くつもりか!」
背後から傭兵の止める声がした。
コホ、コホ、とソラは少し咳き込みながら大通りを真っ直ぐ南へ駆けていった。ダウトフォレストの中へと。
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魔法を使った後休む暇がないため、ソラの最大HPは一時的に-1されます
ダウトフォレストの森は鬱葱と茂り、人を通すまいと木の枝と根は絡み合い道を塞ぐ。
「よっこらせっこら」
ソラは木の幹に登ると、樹上伝いに森を渡っていった。森は不気味なほどに静かだ。人一人いないどころか、死体の一つも転がっていない。木の根元には矢のように鋭い下草が生え、まだ丈が伸び始めたばかりの若木が新芽と葉を広げているだけだった。ダウトフォレスト攻略作戦は本当にあったのだろうか、仲介所に来た男は嘘をついたのかと訝しみながら、ソラは森の奥深くへと入って行った。
森の奥、斜面の中ほどにソラは一つの動く影を見つけた。それは皮が土のように腐り落ち、全身が腫れあがった人型の化け物。辛うじて人の服を着ていることから人間であることが推測できるそれは、木に背をついて座っていた。ソラはハスに近寄るため樹の枝から降りた。
「ソラちゃん!」
ハスはソラに気付き顔を上げた。目玉は片方どこかに落としてきたらしい。
「助けてくれよ……胸に矢が刺さって痛いんだ。抜いてくれよ」
ソラがハスの胸を見ると、左胸から木の枝が突き出ていた。
「何なのこれは……」
ソラは力を入れて胸の枝を抜いてみようとしたが、枝はハスの体の奥深くに刺さって抜けない。背中の方を見てみたが、そちらまで貫通しているわけではない。
「なんでだよ……なんで俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだよ……。なあソラ、助けてくれよ!」
ハスはソラに両手でしがみつきながら、ソラの体を揺さぶる。立ち上がりかけたハスは、しかし、脚を取られてその場に崩れ落ちた。ハスの足から小さな根が張っている。
「いい加減にして!ハス、あなたは自分が何をやって来たかわかってそんなことを言っているの!」
ソラは掌でハスの頬を殴った。失意に満ちた横顔を見せながら、ハスは弱弱しく答える。
「わからないんだよ。わからないんだ。目にはもう色が映らず、今までの記憶もどこかに消えてしまって、それなのにどれだけ痛みを受けてもこの体は死なないんだ……。お願いだ教えてくれ。どうしたら俺はこの苦しみから解放される」
ソラは何も答えられなかった。出来たのは言葉の代わりに魔法を使うことだけ。
赤い光に包まれたハスの体は朽ちてゆき、最後には一本の苗木が残った。彼の体が癒えることはなかった。
「苦しいのはこっちだよ……」
ソラは涙を手で拭い、再びダウトフォレストの森を歩きだした。
====
最大HP-1します(累積-2)
ソラは森の中でソフィアに再会した。ソフィアはえぬえむっとした黒髪の少女に引きずられて運ばれていた。えぬえむっとした少女は名前もえぬえむだった。
ソラはかばんから出した木製組み立て式梯子のパーツをばらし、布を張って即席の担架を作り、そこにソフィアを乗せた。その間にえぬえむにダウトフォレストで何があったのかを教えて貰った。
「……というわけなのよ」
「でもよかった。ソフィアさんが無事で」
「本当に無事ならいいんだけど……。交渉中は私の名前を聞き直したりして様子がおかしかったし」
「名前、もう一度聞いてもいいですか」
「ん、えぬえむよ」
えぬえむっとした名前の響き。
「もう一回聞いてもいいですか」
「ん……あなたわざと聞いてるでしょ!」
えぬえむは反撃でソラの耳毛をぼふぼふと叩いた。
「うわー、やめろー」
ソラはソフィアと再会できて嬉しかった。そして、その場にウォレスがいなかったことも運が良かった。もしウォレスに出会っていたら、自分が何をしてしまうかわからない。きっと怒りに我を忘れていたことだろう。
ソラは心を落ち着けるために呪文を唱えた。
「……えぬえむ」
「どうしたの?」
「……言ってみただけ」
ソラがえぬえむに笑って返すと、えぬえむはさらに耳毛をぼふぼふと叩いた。
ソフィアを連れてソラとえぬえむの二人はリリオットの街へ戻った。街でマックオートと合流をし、ソフィアも目を覚ましたが、様子がおかしかった。自分のことも、ソラ達のことも全て忘れていた。エーデルワイスに封じ込まれれたヘレンの記憶、ソフィアはダウトフォレストで何を知ったのだろう。
一旦宿に泊まろうと皆で歩を進めたが、マックの始めた黒髪の話を聞いてソフィアは豹変した。何か独り言を呟いた後、白と黒の二本の剣を持って突然駆けだした。
「って、ちょっと、ソフィアさん?!」
ソラは声をかけたがソフィアの耳に入っていないようだ。えぬえむが追いかける。
追いかけなきゃ。ソラはマックの方をちらりと見た、マックもソラの方を見て頷いた。
ソフィアの後を追うえぬえむの黒髪が角へと消える。マックオートとソラもそれを追う。
「マックさん」
ソラは走りながらマックに話しかけた。
「私、リソースガードに入ったんです。マックさんやソフィアに助けられた後考えて、今度は私が恩返しをしたいなって思って。それから、仲介所にいればまた会えるかなって……ケホッ!」
ソラは咳をした。ダウトフォレストからずっと休みなしで来たために体に無理が生じたようだ。
「大丈夫かい、ソラちゃん」
「ごめんなさい、ちょっと無理し続けちゃったみたい……。少し休めば大丈夫だから、マックさんは先に追ってください」
「いいや駄目だ。こんな所で女の子を見捨てるなんて、俺には出来ないな」
「うわわ、きゃ!」
マックはソラを両腕で抱きかかえた。
「前が見辛いから、ソラちゃんはどっちへ行ったらいいか指示出してくれよ!」
「は、はい!」
ソラとマックオートが追いついた頃には、ソフィアとえぬえむの2人はダザを見つけていた。
リリオットの精霊は楽しそうだった。太古の昔に命を失った者達が蘇り、新たな世界で第二の人生を謳歌していたから。
初めて話をしたのは街灯の精霊。彼は命を光と燃やしながら1年私の話し相手となり、消えていった。精霊は永遠の存在と親から聞かされていたけれど、人々の道具として使われる彼等は他の生き物のように寿命があった。
「oOxBxrJjPM」
――他にもたくさんの精霊に出会った。
「KObIfsZrADYdqAQ」
――彼等の言葉は、皆楽しそうだった。
「XhcyYHDlDOACsR」
――解放されて喜ぶもの、
「sJZMzUxMbfEBQJRpuT」
――新たな世界で動く力を得たもの、
「KOxuZQICuOxMUAS」
――彼等は想いを共有し、
「JQVgmIEzLSGpCMNCV」
――人生に新たな輝きを見出し、
「hELomwdPmnvCJojDcqD」
――私たちとリリオットの街で暮らしていた。
けれど、彼は違った。ダザの義足に宿っていた精霊は、今まで話してきた精霊とは違う言葉を発していた。封印した時に入り込んできた感情は、これまでの【精製された】精霊達のように純粋な物ではない。怒りや憎しみといった裏の感情に雑念が入り交じったそれは、まるで人間の内の黒い箱を透かして見ているようだった。
――ヘレン。
確かにあの精霊はそう言っていた。そのことが心に引っかかる。ヘレンは黒髪を憎んでいたの?ヘレンは誰かを殺すことで近付けるものなの?
ヘレン教、精霊の言葉、そしてソフィア。私の知らないヘレン達の姿。彼女達は誰と戦っているのだろう、そしてどこへ行こうとしているのだろう。
ソラは意識を取り戻した。うっすらと目を開けると、ベッドに寝かされていることがわかった。おでこがひんやりとしていて気持ちいい。頭はまだくらくらするが、このまま起きられないこともない。だが話し声がしたため、ソラは留まった。一人はマックオート、もう一人は誰だかわからないが女性の声だ。マックがリューシャちゃんリューシャちゃんと名前を連呼している。
「あなたが望むなら、この剣を。アイスファルクスを、剣の形に打ちなおしてあげる」
リューシャの言葉はそう聞こえた。その後、何かやり取りがあり、マックに額に乗せられた氷嚢を奪われた。そして部屋に不思議な光が放たれる。
「もう俺は背負わなくていい」
そう言ってマックオートは新しい剣をアイスファルクスのあった背中ではなく、腰に取り付けた。ソラはベッドの中でプルプルと震えた。
(突っ込みたい……!)
「背負う」にかけられた動作と言葉の一致に、ソラは今にも飛び出したかったが、マックオートが涙を流しながら感慨に耽っていたので踏み止まった。
マックオートに対するリューシャの反応は冷ややかだった。
(これは冗談に笑えなかった時の反応だね……)
その後、マックオートに抱きかかえられて紅潮している間に別の部屋に連れて行かれた。交わされていた話の感じでは、リューシャはダザを連れて別の部屋に連れて行ったらしい。
(つ……ついに二人きりになってしまった……)
ソラの心臓が高鳴る。そこにタイミングよく乗せられるひんやりとした布。体調もすっかり良くなり、頭もスッキリした。ソラが再び薄目を開けてみると、マックがチロリン棒ピーチ味を取り出してソラの横に置いていた。マックはあばらの辺りの傷がまだ癒えていないらしく、少し苦しそうにしていた。
「ピーチ味だ!」
ソラは起き上がり、チロリン棒にかぶりついた。チョコとピーチの何とも言えない味の組み合わせが、ソラの口の中に広がる。
「完・全・ふっかあーーつ!」
ソラはベッドの上に立ち上がり決めポーズを取った。
「ソラちゃん、もう大丈夫なのか!?」
「マックさんのおかげですっかり良くなりました。それより今はマックさんの体の方が心配です」
ソラはマックをベッドに押し倒し、腹部に手を当てて癒しの魔法を使った。赤く暖かい光がソラの手から発せられ、マックオートの体を癒した。
「ねえ、教えてください。私、マックさんのこともっと知りたいんです」
ソラは上目遣いでマックオートを見据え、そう言った。
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休息を取ったので最大HPは元の値に戻します。
その後色々あった。例えるならそれは、ピーチ味のチロリン棒とミルミサーモン。郷愁の語らいと未知への冒険。
朝、小鳥の囀り合う音に誘われてソラは目を覚ました。宿屋のロビーに降りると、一枚のチラシが目に入る。演劇があるらしい、サルバーデルという名前は聞き覚えがあった。ソラはばたばたと足音を立てて部屋に戻り、窓の外を見ていたマックオートの鼻先にチラシを突きつけた。
「マックさんマックさん!これ行きませんか!」
「それよりも空が気になる……。あれを見てくれ」
窓の外、マックオートが指差した北の空は薄暗い闇に包まれていた。闇は貧民街をすっぽりと覆い、レディオコーストの方まで延びている。
「なんだろう」
ソラが窓の外を見ている間にマックオートはチラシを流し読みし、ソラに返した。
「ひとまず外の様子を見に行こう。これが始まるまでまだ時間はあるようだしな」
「うん、これは気にならない方がおかしいね」
ソラはかばんを、マックオートは剣を身につけて、二人は通りへ出た。
リリオットの北方に張られた闇の境界は無害で、二人はすんなりと入ることが出来た。途中でランプを持つ先導と共に進む一団と対面した。大小様々な体躯の男達がツルハシやスコップなど、思い思いの道具を手に取り武装している。
「そこの二人、悪いがこの先は立ち入り禁止だ」
先端にランプが提げられた錫杖を持つ男が、それを振りながら警告を出した。
「どうする……蹴散らしちまうか?」
「えーと、見覚えのある顔がありまして……」
鉱夫の一団の中にはソラが間借りている共同住宅の住人達が混じっていた。ソラは顔馴染みの鉱夫に尋ねてみる。
「ちょっとお兄さん、これは何ですか」
「革命だァ!これは俺達の、長い間虐げられてきた市民の革命だァ!エフェクティヴの怒りを知れェ!」
鉱夫は手に持っていたバールのようなもので殴りかかってきた。ソラは必死にかばんで防御したが、受け止めきれずにかばんが裂け、中の雑多な物がガラガラと転がった。
「女の子に手を出すなんて、それが男のやることか!」
マックオートは腰から光の剣を抜く。それを皮切りにエフェクティヴ達がマックオートへと突撃する。
「うおおおお!」
マックオートは迫りくる攻撃を剣で受け止めながら、男達の腹に拳の制裁を入れて黙らせた。あっという間に気絶した男達の山が出来上がった。
「これからどうしましょう」
「ジーニアスが呼んでいる……!行くぞ!」
マックが指差した先はレディオコースト。神霊の眠る山。
裂けたかばんから出てきた道具たち。布きれ、壊れたランプ、チョーク、ノート、筆、飴玉、折り鶴、希望という名前のランプ、時計塔の鍵、リソースガード登録証、木の枝、梯子、チロリン棒の当たりくじ。ソラは「希望」を携え、残りを都合よく近くにあった自分の家に放り込んだ。
レディオコースト内部は方向感覚を狂わされる入り組んだ迷路、毒ガスの充満する道、地の底も見えない大穴など、様々な地形が待ち構えていた。ソラとマックオートの二人はランプの灯りを頼りにしながらそれらの障害を踏破していく。
このまま順調に行くかと思われたが、切り立った崖に作られた細い足場を渡る途中、山全体が大きく震動した。その拍子でソラは崩れた岩肌に足を取られて転落した。
「あ……」
ソラは底の見えない闇の中へ消えていった。
「マックさんごめーん!後で必ず追いつきますからー!先に行っていてくださーい……」
声は段々と遠ざかる声が山の壁に反響して、マックの耳に届いた。
「さてと」
全身が風にあおられる。闇と落下の恐怖に対面しながらも、ソラは冷静になっていた。こんなもの何一つ恐れる心配はない。打ち勝つ力は既に手にある。
ソラは『頼りない翼に大空を羽ばたく力を与える魔法』を使い、耳を覆うきらめく大翼を作り宙に飛び立った。手から掲げた「希望」の灯りを頼りに空洞内で姿勢を整える。
「今のうちにマックさんの元に戻ることもできるけど、このまま手分けした方が効率いいよね。探索、探索ーっと」
適当な横穴を選んで進むと縦穴に出た。床には真新しい土砂が降り積もっており、その上や中に鉱夫達が倒れている。
「大丈夫ですか!?」
返答はない。駄目そうだった。
パラパラと、上からは現在進行形で砂が落ちてきている。
「うーん、上で何かあったみたいだね……」
ソラは垂直のトンネルの上を目指して再び飛んだ。
ソラは翼を羽ばたかせながらトンネルを上昇していった。トンネルではたびたび揺れが起こり、岩肌が剥がれおちていく。偶然か、それとも何か別の……?と考えていると、ソラの横を何かがかすめていき、下で爆音を起こした。
天井に開いた穴まであと少しといった所で、壁にへばりついている影を見つけた。
「え!?人かな?大丈夫ですか?」
ソラはツルハシで岩壁を登っている鉱夫に声をかけた。
「天使の登場か。とうとう俺の命運も尽きたか」
「何言ってるんですか!捕まっていてください!今助けますから!」
ソラは鉱夫を抱え上げようとするが、力が足らずびくともしない。
「ふんぬーっ!」
ソラはさらに気合を込め、肌が真っ赤に光に輝かせた。ランプよりも明るい太陽のような光がトンネルの中に形成される。ソラはその光を維持しながら、鉱夫を怪力で抱え上げた。
「ここは危ないですよ。出口へ行きましょう」
「なら上へ行ってくれ。神霊がある」
ソラは鉱夫の指示に従い、彼を抱え上げたまま天井の穴へ進路を取った。羽ばたくついでに自己紹介も軽く済ませる。鉱夫の名はウロといった。そして、上から神霊を引き上げるために穴を掘っていたが、雇い人の商人マーロックが謎の秘書とともに山を甘く見て凶行に走ったという話を聞いた。
崩れゆくトンネルを抜けてソラは久々に空の下へ出た。まだ闇の幕は張られたままで、ソラの体を包む赤い光と、神霊の白い輝きが周囲を照らしているのみ。ソラは地上に降り立って羽根を閉じ、ウロを降ろした。その後、少し離れた場所で息を整えた。
「はあ……もうくたくた……」
突然後ろから手が伸びてきてソラの胸を触った。
「きゃ!」
「あーら、残念なおっぱい!」
後ろから女性の声がし、手は引っ込んでいった。ソラが振り向くと、まとめ上げられた青髪を持つスーツ姿の女性が立っていた。
「あなたがウロさんの言っていた、ラペコーナのメニューに並んでいそうな名前の人ね!どうして他の人を巻き込んでこんな危険なことをしているの!これ以上私の大好きなリリオットの街を……リリオットの人達を玩具にするのなら……」
ソラはランプを持った手で胸を隠すように覆いながら、もう一方の手の人差し指を夢路の方へ突きつけた。
「返答次第では……絶対に許さない!」
(ソラが夢路に糸を食べられてから少し後)
「あーあ、呆気ない幕引きね」
神霊が消えた洞窟の中に少女の声が響いた。えぬえむ、マックオート、ソフィアの3人を、羽根のような耳をした少女が見下ろしていた。少女の全身は緑白色に発光し、黒蛾の一群を率いている。
「ソラ!」
「そうやって自分たちに都合の悪い物は摘み取って、都合のいい物は刈り取って、あなた達人間達は本当に傲慢。平和を望む者達に武器を振るい、あらゆる物を奪っていくのだから。彼だって、ただ精霊の言葉に耳を傾けただけなのにね」
ソラはマックオートの呼びかけに答えることなく話をする。
「闇の王は消え、街を覆う闇の帳は消えた。しかし、夜はもう訪れている。闇の時間はまだ終わらないわ。いいえ、本番はこれから」
ソラは先ほどまで神霊が吊るされていた虚空に手を伸ばし、そこから一本の弓を取り出した。
「あなた達が見て来た精霊はみな偽り、本当のセイレイはエイエンの中にある。そして、人間達への憎悪もまたエイエンに積み重ねられていっている……。憎しみは地の奥底に染み込み、水となって流れ、樹となって枝葉をつけるの」
ソラはマックオートのすぐ目の前まで翼を羽ばたかせて近寄ると、目線の高さを合わした。
「お前達への恨みは忘れていない、英雄の名を冠して私の家を、故郷を、家族を奪った傭兵ども!私の……私たちの憎悪を受け取りなさい……」
ソラはマックオートのおでこに口づけをすると、黒蛾に包まれて姿を眩ませた。
その後、神霊の上に見える空から声が響いた。
「それは『死の印』、あなたはあと数日で死に至る。それが嫌なら私の所まで来るのね。時計塔、そこで待っているわ。そこでしましょう……殺し合いを」
遠くからかすかに聞こえる翼の音が遠ざかり、ソラの気配は完全に消えた。
神霊の裏側には手を縄で縛られたまま眠る夢路が横たわっていた。
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スキルに変更があります。
「かばんで防御」→「憎しみの弓」(名称変更のみ)
「月明り」→「黒蛾と死の口づけの魔法」(名称変更のみ)
「夕焼け空」→「熱と魔の力の解放の魔法」(名称変更のみ)
「夜明けの光」→「渇きと精霊隷属の魔法」(名称変更のみ)
それ以外はMHPが56になること以外データもプランも変わりません
少し時間を置いてから決闘しましょう!決闘!
リリオットの地下に広がる下水道。ソラはしばらくその中に身を潜めた。
排水口からはとめどなく汚れた水が流れ出てくるが、そのほとんどは精霊精製の際に洗浄をするために使われた水だった。
コク……コク……と、ソラは穢れきった感情に満ちた水を飲んだ。そして、時計塔での戦いに思いを馳せる。あの英雄は私の憎しみを受け止めてくれるだろうか。神霊の向かいで、見ず知らずのはずの私の名前を叫んでいたあの男ならば……。
「行こう」
ソラは矢なしの弓を持って決闘の場に赴いた。
ソラが時計塔に入ると、既に先客がいた。一方は帽子を被った紳士、もう一方は白髪の女性。紳士は釘を受け膝をついていた。
「どうしてここにいるの……?」
ソラは弓を構えた。ここはずっと自分だけの場所だと思っていた。だから彼等を呼んだ。
「ここは私の場所、どうしてお前達はここにいる!邪魔をするなぁーーー!!」
ソラは弓に憎悪を込めて引き絞り、それをカラスめがけて放った。
「カラスさん!」
紳士が女性の前に飛び出し、ソラの撃った矢を胸に受けた。白髪の女性は彼の姿を見て戸惑っていた。
「あ……」
ソラは一瞬顔を曇らせたが、背後から来たマックオートの足音に表情を戻した。マックオートは剣を抜いたが、すぐに捨てた。
「なんのつもり?」
――私が求めている英雄は、そんなことはしない。
ソラは武器を持たず近付くマックオートに何度も矢を放った。
マックオートはなおも、言葉を並べながら近づいてくる。
「黙れ!黙れ黙れ黙れぇぇぇぇ!!お前なんかに何が分かる!お前なんかに!!」
――情けない言葉を並べ立てるな、私がどんな思いでちゅーまでしたと思ってるんだ。お前にやる気を出させるためにやったのに、どうしてわかってくれないの。
ソラは矢を出鱈目に撃った。その一本一本がマックオートの手を、足を、体を貫いた。
「ソラ・・・」
マックオートはボロボロになり、涙を流しながらその場に倒れた。
「目を覚ましてよぉ……この大馬鹿やろぉ……。お前なんか英雄失格だよぉ……女の子にプレゼントを贈るところからやり直しだよぉ……」
ソラはえぐえぐと泣きながら、マックオートの唇に自分の唇を重ねた。
「ねえ……マックオートぉ!!」
ソラは最愛の人の名前と顔とちゅーした回数を思い出した。
どこかの国のどこかの街、ある物語では精霊の都と呼ばれていた場所。その職人街の中にある一軒の工房。その建物の前を子供達がはしゃぎながら通り過ぎていく。その後、一人の黒髪の少女が工房の玄関口の階段を駆け上がり、戸を開けて中に入った。
「おかーさん!」
少女は声をあげて入り口のカウンターの中で赤ん坊をあやす女性が顔を向けた。金色の髪に、鳥の羽根のような耳を持った女性は、少女の方を見てふふっと笑った。
「おかえり、ヒヨリ」
「おとーさんは?」
「鍛冶場の方にいるから邪魔しちゃ駄目よ」
「じゃまはしないよ!」
元気な声を出して黒髪の少女、ヒヨリは建物の中を駆け抜けていった。
母親はヒヨリの姿を見送ってから、額にはめられて棚に飾られた写し絵の羊皮紙を眺めた。
羊皮紙の背景には教会が描かれ、その中央には若い頃の女性と、青いバンダナを巻いた黒髪の男の姿があった。その周囲には、彼等の友人であろう様々な人物も映っている。
あの後、私たちは結婚した。結婚式は教会で盛大に挙げられ、その後私たちはしばらく傭兵稼業を続けた後、色々な理由があってガラス工房を始めた。
工房を始めてまもなくして、最初の子供が生まれた。かわいい女の子だった。彼女の名前は悩むことなく決まった。『ヒヨリ』。どこかで聞いた覚えのある懐かしい名前。どこでその名を聞いたのか記憶の中からはすっぽりと抜け落ちていて思い出すことができないけれど、私の心を温かく包み込んで癒してくれる。
二人目の子供は数ヶ月前に産まれた。また女の子だった。今度は結婚式の時にも来てくれた友人から名前を勝手に貰ってしまった。この子が大きくなった時、彼女に紹介したらどんな顔をするだろう。今から楽しみで仕方ない。
「おかーさーん!」
ヒヨリが鍛冶場から戻ってきた。
「おとーさんがおしごとてつだってほしいって!」
「うん、じゃあヒヨリはその間お店と赤ちゃんをよろしくね」
母親は赤ちゃんを揺り籠に乗せ、店と鍛冶場の境界を跨いだ。
窓の外には真っ青な晴れ空が広がり、太陽が燦々と輝いていた。
おわり
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