[0-773]
HP76/知4/技5
・ガードからの突進/30/30/10
・打ち砕く剛拳/45/0/12 防御無視
・大胸筋ハグからのエネルギー吸収/35/0/10 吸収
・警戒しながらビンタ/16/51/10
1:相手が封印なら「警戒しながらビンタ」。
2:相手が防御無視、または自分のHPが35以下なら「大胸筋ハグからのエネルギー吸収」。
3:相手の防御力が20以上、または回復なら「打ち砕く剛拳」。
4:相手の攻撃力が40以上なら「警戒しながらビンタ」。
5:さもなければ「ガードからの突進」。
男。
酒場兼喫茶店の店員。
黒髪。19歳。身長193cmの筋肉質な大男。好きなものは愛で、嫌いなものは虫。
故郷から旅立ち、3ヶ月前、大荷物を抱えながら道すがら故障した馬車を手助けと称して押してやってきた剛の者。喫茶店兼酒場のウエイトレスで生計を立てている。少女趣味で、ゴスロリじみた衣装と筋肉で膨らんだ巨体、満面の笑顔と不似合いな黄色い声で客を出迎えては失神させている。かつてアスカの親はこの町で働いていたが、不慮の出来事で事故死した。
drau
アスカ・スカイマイグレイトがリリオットに来て、早くも三月ほどが経った。
今日も、昨日と変わらず空に陽が昇り、正午を知らせる鐘が鳴り響く。
「いっけない!遅刻、遅刻、だよー!」
真昼時、慌てながら人の群れの中を走り抜ける影があった。一際大きいその影は、人ごみの中、遠く離れていてもよく目立つ。
この街の大通りの光景や道順も漸く目に馴染んできた。迷うことなく、最短で、目的地である雇い先に向かえるだろう。問題があるとすればこの混雑さであろうか。リリオットの情勢は芳しくなく、きな臭い噂が現れては跡を絶たない。呼応するように、人の波は街の外から溢れ、最近は食事時だというのに人通りが多い。
ぶつからないよう、人ごみの間を縫うように心がける。特に、小さな子供、老人や怪我人を轢いてしまったら大変だ。アスカはどうにも背丈が大きく、四肢も長い。出来うる限り縮こまるが、人を勢いのまま弾き飛ばしてしまいかねない。人間馬車というやつだ。
だからだろうか、むしろ、人ごみの方が後ろから来る巨体を警戒して左右に避け、道を開けてくれた。
「あぁっ♪ありがとう、だよー!」
開けた道を走りながら、横を通り過ぎる人達にお礼の言葉を吐いていく。
――ふふ、皆、優しいなぁ♪
にこりと口に微笑みを咲かす。男臭い顔に似合ってないのが歪だが。
重く大きな足音を鳴らして、アスカは疾走していく。奇妙な光景に、街行く人々は口を丸くしていく。
途中で何度か道を曲がり、少し大通りを外れた所に目的地の姿が見える。大小様々な花束が飾られている看板に、《花に雨》亭と、ひっそりと書かれていた。ここが、アスカの職場である。
元々酒場であったが、突然店主が甘味と茶の類をメニューに置くことで、酒場兼喫茶店として新しく営業した店だ。大通りから外れた小さな通りに客足もまぁそれなりで、若い街娘達と荒くれ者達を同時に存在させながら、順風満帆とはいかないが細々と営業している。 ……大抵の客からの評判は概ね、色物扱いではあったが。
「遅れてごめんなさい!おはようございます、だよー!」
花と鈴をあしらえた、質素な素材の扉を開け放つ。
少女趣味を思わせるリボンやフリルを飾った若い娘の従業員達と、同じくリボンやフリルを発達した筋肉のあちこちに巻き付けた奇妙な出で立ちの巨漢が、店内に現れて向かい合った。勢いよく、お互いのスカートと鈴が揺れる。
呼応して、酒を口に流し込む荒くれ者や、従業員目当ての若い男の客が眼を揺らす。
……色物が、どれのことを指すのかは不明だが。順風満帆とはいかないが、細々と、アスカとこの店の今日は続く。
遅刻したアスカが、店内で給仕をしていると、帽子を被った少女がやってきた。この少女、ソラは明るくて、楽しい気分にさせてくれる娘だ。そして彼女がよく注文する品、ミルミサーモン。この品は自分も気に入っていてたまに食べている。値は張るが、ラズベリーを煮込んだジャムを自分で付けたりすると、これまた美味しいのだ。
次に、奇妙な手と足を生やした女性を出迎えた。
初めて見る人だ。注文の品を提供しながら、よくよく見ていると、自分が苦手な、昆虫を少し思い浮かべてしまった。
その時、店内に公騎士達が現れて、ソラに近づいて口上を述べた。 こんなに静まりかえった店内では、聞こうとしなくても聞こえてしまう。
――ソラちゃんが?そんなことを?
疑問と抵抗感が浮かんだ。このまま捨て置くことはしたくない。馬車を見つけた時とあの日と同じだ。真実がどうあれ、あの娘はお客さんだ。何か助けになることが出来るなら、してあげたい。馬車の通る大通りまでソラを放り投げようか?
――でも怪我しちゃいけないよね。
店側としては騎士達に抵抗はしにくい。それは店主にも悪かった。
アスカは騎士達とソラの間にぬうっと、割って入ることにした。あくまで店員として。
「いらっしゃいませ、だよー!《花に雨》亭にようこそ♪皆様、合わせて四名様で宜しいでしょうか、だよー!」
「……何だね、君は」
「ボクの名前は、アスカ、だよー!アスカんって呼んでね♪」
「!?」
突然現れた、奇妙な大男に騎士達は“警戒”する。
初老の騎士を含んだ三人がアスカの顔を見上げた。アスカの背後に位置するソラを、四人目が見張っている。自分の足下に背後から茨草が迫っているとも知らないで。
「うわっ!?」
その四人目が驚きの声をあげて、三人が振り返ると同時に、アスカは悲鳴をあげながら、背後のテーブルに両手を付いて向き直る。身体でソラを隠しながら、そっと素早く、耳打ちした。
「テーブルを潜って後ろのカウンターへ。カウンター奥の厨房に、換気用の小窓。そこから木を伝っていけば隣の建物の屋根に昇れるはず。ソラちゃんは高い所、大丈夫、だよ、ねー?」
その後。騎士を助けようと近づき、その眼前でわざと茨草に腕と足を絡めて捕まってみせることで、店側は無関係であることを証明した。
「あ〜れ〜、だよー!」
複数の絡まった鈍色の茨が、アスカの隠された大胸筋をはだけさせる。
「んんっ・・・!」
くぐもった声がアスカの口から零れる。
ソラを探す騎士以外の男客達は、総じて目を白く濁らせて、ある者は机を小突き続けたり、ある物は幼少の頃の思い出を思い返し、あるものは故郷を思い返した。
アスカが茨に絡め取られていると、傍で先ほどの女性と騎士たちの声がした。
「すみませんすみません! 新作の茨型ギ肢が勝手に暴走してしまって! 本当にすみません!」
「謝って済む問題じゃないだろ、君! どう責任を取ってくれる!」
「本当にすみませんでした!」
「もうよい、手を離せ! 次から気をつけるように! 」
「よし、引くぞ! ついて来い!」
「え、どうしたんですか、班長! 班長!」
騎士団が去っていった。どうやら、ソラは無事に離れたらしい。
先ほどのやり取りの中で言われた、「ありがとう、アスカ」という声を思い返し、安堵する。
「ふう。行ったわね」
「よかった〜、だよー!」
同じく安堵しながら、此方に向き直った彼女。アスカは満面の笑みで応えた。
この女性が、あの茨を出してくれたのだろう。
「あなた、名前は?」
「ボクの名前は、アスカ、だよー!アスカんって呼んでね♪」
少したじろぎながら、彼女はアスカに返事を返し、手を差し伸べた。
「あの子を助けてくれてありがとう。私はリオネ。よろしく」
「よろしく、だよー!」
アスカは手を握って、暖かい気持ちになった。
――この人、優しい人だね♪
そして、ふと思い浮かんだ疑問を彼女に問う。
「ねえ、リオネちゃん。さっきのいばらは、なに?」
「ええとね、」
彼女は床にしゃがみこみ、茨の中から、種のようなものを取り出した。茨が繋がってる所をみると、これらの鈍色の草はそこから発生したらしい。
うねうねと動く茨が種に戻っていく光景に、アスカは大きな口を丸くした。気がつけば、先ほどまで絡み付いてた茨も無くなっている。
「これは、私の開発したギ肢のひとつ。腕の代わりに、自在に伸ばせる触手を生やしたら便利かなと思ったんだけど。
なんかうねうねしていて落ち着かないし、そもそもさほど便利じゃなかったから、戦闘用に改造したの。
勿論、勝手に暴走したなんて嘘。軽くは暴走させたけど。
見えるかしら? この糸。これで私は種を繋いでいたの。
《私の作ったギ肢は、人の意思が無いと動かないから》。」
初めて見た物の説明に夢中になる。つまり、昆虫というよりは、タコだ。そういうことなのだ。
「う〜ん。なんだかよくわからないけど、すごいね〜、だよー!」
「うん。なんだかよくわからないけど、ありがとう。」
タコ。幼い頃、旅の行商人をやっているアスカの祖母から、お土産と称してタコの干物を貰ったことがある。
この地から遠く離れた東の国では、この触手まで食べるらしい。驚きながら、今のように、未知の話に夢中になったものだ。
リオネの話は、面白い。祖母と同じく、やはり旅人なのだろうか。
「さて、と。
あなたにも迷惑をかけてしまったわね。
そう、ちょうど今思い出したのだけど、明日。
リリオット家のお祖父様からギ肢制作依頼を受けているのだけど、よかったら一緒に来る?
その……本物のお嬢様とか、使用人が見れるわよ。」
何かを言い淀みながらも、リオネは続ける。
「それと、これ。」
「……なんですか、これー?」
「動くネコミミ。一種のジョークグッズ。良かったら着けて。飽きたら他の店員にあげてもいいわ」
ギ肢を手渡され、二つの誘いに、アスカは思案した。
リオネに付いていけば、貴族の建物内部にいけるかも。きっとそこもギ肢や祖母のような、アスカにとって未知の世界だ。
店主の顔を振り返る。店主は、ソラを突き出すべきだったかと思案していた。
ここの店主は成り上がりたいという欲を持ち、貴族とのコネを欲しがっている。雨を待つ花のように。・・・もしかすれば、自分を雇ってくれた恩に応えれるかもしれない。
アスカは決意した。
気が付けば、もう休憩の時間だ。
アスカは頭につけたカチューシャを外して、束ねた髪をふわっと手で梳いて下ろし、肩までなびく黒の長髪を露にして、
「よろしくお願いします♪、だよー!」
アスカはそれらの誘いに乗ることにした。
「それじゃあ、集合場所はこの店の前でいいわね。アスカ、また明日。・・・あぁ、お茶、美味しかったわ」
休憩中、リオネにお茶を淹れ、明日落ち合う時間と場所を話しあう。リオネはお茶を綺麗に飲み干し、去って行った。
次の日、ついにアスカはリオネとリリオット家に到達する。
門番による危険物持ち込み等の確認後、応接室に案内された。目くるめく煌びやかな世界にアスカは呆然とし、過去を思い返す。
アスカがこの街で働き初めて、だいたい二月半が経った。
三月前、この街に来たあの日。
道すがら、森の中で、精霊石の破損した馬車を見つけた。
生憎、近距離での運用だったらしく。修理人も、換えの精霊石も乗り合わせていなかったらしい。
商人や騎士、身なりの整った数人の人々が困り果てていたので、自分が後ろから押していくことで、夜が来るまでに一緒に街に到着できた。
街の入口で、公騎士達や傭兵達も含めたリリオットの人々が集まって出迎えてくれたのを覚えている。……集まった彼らは困惑していたのだが。
困ったことに黒い長髪と体格のせいで雇い先が見つからず、半月ほど、手当たり次第に商店に出向いていた。その時、人間馬車リリオット到着時の光景と自分を見た《花に雨》亭の店主がアスカを雇ってくれた。なので店主には非常に感謝している。
「君は悪目立ちするが、この際悪目立ちでも構わん。俺はこの店を有名にしたいのだ。しがない酒場で終わってたまるか。良かれ悪かれ、噂を聞いた危険知らずで知恵の足りない年頃の貴族の小娘共が!この店に来て甘味をねだってくれればいい。俺は貴族連中にコネを作りたいのだ!そうしていつかはこの店や俺も貴族のお抱えになろう!この甘味とこの店で、美しき花に甘い甘い雨を与えるのだ!そしてこの俺にも――ああ!雨を!花に雨を!」
「……で、今まで通りに酒を飲みに来てる俺等はどうすりゃいいんだよ」
「おーいオヤジ!俺達にも雨をくれよ!さっきからジョッキが空なんだ!枯れちまうぜ!」
「――あぁあぁ、喧しい花だ!」
荒くれ者達が演劇じみた店主を冷やかす光景を思い返して、アスカは笑う。眼前では当主とリオネが話し合いをしていた。
厳かな雰囲気に緊張しながらも、招かれた部屋を観察する余裕も出てきた。
頭に着けたギ肢を震わせながら、思案する。
――コネ、出来るかなぁ。
流石に、壮年の当主にそんな話は持ちかけられない。
せめて、このギ肢提供が万全の形で上手くいったときならばまだ違うだろうが、リオネに何度も付いていくわけにもいかない。
――んー・・・お嬢様と話す機会は無いだろうし、使用人のお姉さん達に話しかけてみようかなー。
アスカは赤面しながら、おずおずと手を上げた。“用を足したい”のですがよろしいですかと声をかけ、苦笑するリオネを横目に室内を離れることにした。
「誰か、居ないかなー、だよー」
呟きに応えるように、廊下の窓からかすかな悲鳴が聞こえた。
「えー?」
かすかに聞こえた裂けた悲鳴。アスカは窓の下を覗き込む。窓枠に両肩がつっかえた。
だが、眼下に広がる光景に異常は見受けられない。
幻聴だろうか?・・・いや、何かあったのかもしれない。嫌な予感がする。
アスカは廊下を走り出した。大きな音と共に、辺りを見渡し、悲鳴の元を探す。
いくつもの扉を横目に通り過ぎては突き当りを曲がる。本当に、ここは大きな屋敷だ。
十字路を抜けると、男の大きな悲鳴が聞こえたのでその先に向かう。
館内は慌しい声と、命令する声が飛び交いだした。むしろ、異常は館内に広がっていた。
「何だ、今の声は!?」
「門の方から聞こえたと思ったら、今度は館内か!?護衛はすぐに当主様の元へ迎え!」
「門のほうに向かわせた門番たちからの連絡はまだか!?」
「半刻ほど前に来られた、部屋で待たせているペルシャ家の使者に、何かがあっても困る!そちらにも手配を!」
「くそ!【ペルシャの猫目】め!連絡もなく急に来るなんて!清掃員、従者は身分の不確かな者を見つけたら報告しろ!」
「それらしき男は居ないぞ!?何処だ!?」
思った以上の、何かが起こった。アスカは判断を誤ったかもしれないと思いながら、従者の女性の姿を見つけ、そちらに向かう。
「何があったの、だよー!」
従者はかなり慌てている様で近づいてくるアスカに警戒心をむき出しにした。
「な、何者ですか!?止まりなさい!」
「ボクはアス・・・ 」
「その格好!当家の従者に化けたつもりですか!稚拙甚だしい!隠せるとでも思ったのですか!?」
取り付く暇も無い。
――確かに、服装は物真似だけど。
「えっと」
「誰か、誰か来て!不審者はここに、きゃあ!」
突進。叫んだ女性を拾い、片手で担ぎ上げて走り出す。
抵抗の余地なく、すかさず隆起した右腕の力瘤で女性の腰を挟み、右肩に乗せて固定した。
「ボクはアスカ!お姉さん!道案内をお願いします、だよー!」
「ひぃぃ!!」
飛鳥は走りながら思う。
――ボクが聞いた“女の人の声”は何処からだろう?
*
リリオット家、門にて四人の男が館を眺めている。
「何だ、今の声は!?」
「おいおい、またこいつのように、蛇に怯えて叫んだとかじゃないだろうな」
「慌てて戻ったが、まったく傑作だったな」
{門を開けっ放しでひやひやしたぜ、この坊ちゃんが」
「あぁ、もう、からかわないでくれよ!尻尾の不意打ちを食らって驚いちまったのさ!」
「おい、今度こそ何かあったのかもしれんぞ、俺は行ってくる!」
男が一人、館に向かう。
「よし、そろそろ門を閉めておかんとな。おい坊や、もう腰も立つだろう?そろそろ男に戻れよ」
「あぁ、わかったよ。ちゃんと立つさ。門を閉めよう。
・・・“侵入されるなんて持っての他だからな”」
男は立ち上がると、二人に悟られないように、暗く、笑った。
気が付けば、アスカは自分の宿で寝ていた。外を見てみればすっかり真っ黒な夜である。
リリオット家から去り、リオネに謝りながら別れた。それで、何があったんだっけ?と、ぼやけた頭で今日の出来事を思い返す。
・・・あれは、従者に道を聞いてからのことだ。
*
「止まれ!おい!」
此方へと向かって突進してくる肉の巨体に、顔つきの鋭い清掃員達が鋼鉄製のモップを、数人係で幾度も叩きつける。
自らの体で快音を打ち鳴らしながらも、紛い物メイドは止まらず、一直線に清掃員の真横を通り過ぎる。
「なんだあれ、勢いとまんねぇぞ!」
「くそっ!追え!」
清掃員達はその後を追いかける。
「いてて、だよー」
片目を閉じてしかめっ面をしながら、同じくしかめっ面の女性を肩に背負ってるにもかかわらず、荷物なぞ持ってないかのようによどみなく階段を駆け下りる。
打ち付けられた上半身の筋肉が肥大し、メイド服のボタンがはち切れそうに震えていた。
「お姉さん、次はどっち、だよー?」
「・・・右ですが」
担がれている女性はため息をつき、諦めた顔で質問に応えた。
「もうそろそろかな、だよー」
「・・・そうですね、右に曲がって、突き当たりを通り抜けて、また右に行けば貴方の言う場所の・・・あ、助けて!・・・ちょうど真下ですね」
アスかは通り過ぎにまた叩きつけられる。
「慣れてきた、だよー」
「どんな体ですか・・・」
「あ、ところでお姉さん!美味しい酒とお菓子とお茶を置いてある店があるのですが、だよー」
「・・・はぁ!?」
そんな一幕と共に、目的地に到達した。
――僕の聴いた声は女性。外から聞こえたはずだけど皆は聞いてない。
ドアノブを握って捻る。
――窓から聞こえたんだ。声の発生源は真下の部屋の窓からかも。
「すみません!大丈夫ですか、だよー!」
扉を開けると、猫目の女性と目が合った。服を着替えているところだったのか衣装掛けを触っていた。
「ナンですか貴方ぁ?」
「ボクはアスカだよー。お姉さんは?」
「はぁん?」
「・・・ペルシャの猫目様です」
「だ、そうですよぉん」
正真正銘メイドの目が複雑そうな顔で猫目を見る。
猫目の女性は、意地悪そうに口を吊り上げた。
「ナンですかぁ?この騒ぎはぁ?」
アスカは思い出す。そして結論が出た、自分が聞いたのは確かにこの声だ。
ペルシャの猫目。茶髪のボブヘアーに、猫のような目と、つりあがった口。
セブンハウス、ペルシャ家に率いられた財源監視官の一人。
力に媚びる、図太く無神経な性格からリリオット家の下々からはペルシャの野良猫にしてジフロマーシャ家の飼い猫として忌み嫌われてる女である。
「使者の方に申せる情報はまだ届いて御座いません」
「あぁあぁめんどくさいなぁ!茶菓子も見当たらないし、来るんじゃなかったなぁ!」
「こちらの予定を無視し、・・・突然の来訪でしたので、配慮が行き届かず、申し訳御座いません。直ぐにお持ちします」
「いいですよぉ、どうせ高級あられのなんとかかんとかでしょお?私、あられ食べ飽きてるんですよねぇ」
「左様ですか」
「あらぁん?やっぱり高級あられなんですかぁ?流石に衰えても金はまだまだありますよねぇん。結構なことです。安心安心」
「それは当家に対する」
「心配ですよぉ。我々ペルシャ率いる家々は、未だにリリオット家一筋ですよぉん?」
「未だに?」
「あっはっはっは、感謝の言葉は要りませんよぉ?よっ、大将、あんたが一番!」
肩の上の従者と猫目の女性が淀んだ空気をかもしだす。
この女性とリリオット家は仲が悪いのだろうか。
「あのね?」
猫耳をピクピクさせて、アスカが横入りする。
「この部屋から、お姉さんの痛がってる声が聞こえてきたんだよー」
「館内待機の私どもは男性の悲鳴しか聞こえませんでしたが」
「私の声ですかぁ?幻聴じゃないですかぁ?それと貴方の存在も幻覚にしたいのですがぁ?」
「間違いない、だよー!」
すかさず両者に否定されたうえ、投げかけられる軽口も気にせずに、迷わず、アスカは自己を肯定する。
猫目は一歩引く。
「ホントですかぁ?だいたい、聞こえたのはどこからぁ?」
「窓から!」
「耳の良いことでぇ・・・おやぁ良い耳してますねぇ?猫みたい!」
「何かあったの、だよー?」
「んーんーんー?」
「いい加減、下ろしてくださいませ」
悩むそぶりを見せる猫目と、逃げ出そうと足をバタバタする従者。
「あー、ありましたねぇ。転んだんですよ。うっかり。」
「転んだの、だよー?」
「そうなんですよぉ、地盤が緩んでるんじゃないですかねぇ、この家?あぁ、深い意味は無いですよぉ?」
「下ろして、離してくださいませ!この、この無礼な女の頬を引っ叩かせてください!」
「いてて、だよー」
アスカの顔が平手で何度も叩かれる。
「そうですかぁ・・・わざわざそんな事の為に、確証も無く、暴れて叫んでここに来てくれたわけですかぁ。良いですねぇ。物語のナイトのようですねぇん、おおぉ、良い筋肉♪」
猫目が笑いながら、アスカの体をばんっ!ばんっ!と叩く。
「暴れたり叫んだりはしてないよー?」
「いやぁん♪もろに不審者じゃないですかぁ?あっはっはっはっは!!」
「転んだけど、頭に怪我は無いですか、だよー?」
アスカが一歩踏み込むと、「大丈夫ですよ」と制止する。その様子は、今までの軽い感じとは違っているように思える。
アスカが怪訝に思い、「でも」と言おうとした時、青い髪のメイドがアスカの背後に現れ、手に持ったスプレーを噴射する。
巨体が、「ふぇ?」と声を出して、音を立てて倒れこんだ。
「おぉ揺れた揺れた♪」
助け起こされた従者がようやく一息つく。猫目は笑っていた。
「スプレー一息でコロリなんてどこの害虫ですかぁぁ?あっはっはっは!」
そんな猫目を睨み付ける従者と巨体をつれて、青髪のメイドは頭を一度下げて、室内から去っていった。
「・・・・危うかったですねぇん」
猫目は一息ついて、窓を開けて覗き込むと、真下に茶髪のメイドが控えていた。
「“変声”と“変装”はもう撤退しなさい。門は元通り、開けておくように」
口を動かし、声無き指示を出しながら、人間大の大きさに包められた布を真下に落とす。
「さぁて、わたくし猫目は今夜、丘から落ちて死ぬとしますよぉん♪」
リリオット家から戻ってきた次の日。
《花に雨》亭にて、アスカはティーポットを傾け、お客の目の前でお茶を淹れていた。
猛々しい筋肉の塊が行う静かで優雅な振る舞いに、初見の客は汗をかいて緊張していた。
アスカの頭に付いたネコミミの震える様と、帰り際に譲り受けたリリオット家専有の本物の従者服を身にまとった姿に、男の常連客は「おいおいパワーアップしてるよ」と口をあんぐりと開けていた。
同僚店員の娘たちはこぞって従者服の生地とネコミミを撫で、羨望の眼差しを向けていた。
店内は姦しい雰囲気だったが、店主の顔は優れない。落ち込んでいるというよりは、落ち着きすぎているという感じだ。
店主は花をあしらった窓から外を覗いては、顔の前で指を組んでいた。店主の腰掛けた席だけが、まるで教会の様だ。
「どうかしたんですかー?店長。」
「少し、薄汚い商売敵に弔いをね。もしくは、祈り、か。」
「?」
「昨日、同業者の店で、ちょっと、な。生きてるか死んでるかはわからんから、とりあえず手を組んでいるのさ。何らかの効果があれば、いいんだが」
「店長・・・」
「あいつはあいつの、俺は俺の信ずる道に行く、それだけさ。おぉ、雨を!・・・・ふぅ。」
心配そうに眉を八の字にするアスカに、店主は言った。
「弔いといえば、君も行くんじゃないのかね?ここ半月ほど、行ってないのだろう?」
「はい、だよー。今日、このまま行こうかなー、なんて」
「そうか、なら、花を持って行きたまえ」
店主は扉付近に活けられた花束を指差した。
アスカはお礼を言うと、花を優しく持ち出した。
「あぁそうだ、アスカ君、今日は念のため遠回りしていきたまえ」
*
第八坑道。
アスカは花束を坑道の入り口に置き、指を組んで祈る。アスカの母は五年前、ここで炭鉱夫として出稼ぎに行って落盤事故に巻き込まれ、その命を落とした。巻き込まれたにしては損傷の少ない、母の古ぼけた遺体を引き取りに、初めてリリオットに馬車でやって来た時のことを思い出す。
――あの日ほど肌寒い日をボクは知らない。
頭を振って、悲しみを振りほどき、アスカは膝をついて祈り続けた。
――ママ、どうか、安らかに。
坑道入り口で祈っていると、背後から従者の姿をした壮年の男性がやってきた。
「おや、お祈り中でしたか。申し訳ない」
立ち上がり、微笑みながら振り返り会釈するアスカの姿をみて少しうろたえながら、男も会釈し返した。
「いえ、そろそろ終わろうとしてましたからお気になさらず、だよー」
「でしたら宜しいのですが・・・失礼ですが、やはりどなたか、その、落盤で?」
「えぇ、五年前の、落盤事故でマ・・・母を」
「そうでしたか・・・あの年この坑道では、本当に多くの犠牲者が出てしまいましたから・・・」
「ついでといったら失礼ですけど、他の方の分も祈りを送ろうと思って、だよー」
「ほう、それは素晴らしい」
目を凝らし見渡すと、坑道の影に色とりどりの花束の山が陳列していた。
「貴方は?」「私はヒルダガルダにお仕えする者です。この第八坑道での活動が再開される事になりましたので確認の下見に参りました」
「ということは、ウロさんが?」「えぇ、実に驚くべき能力と素晴らしく迅速な手際で御座います。貴方も彼をご存知でしたか」
「はい、いくつかお話もお聞きしました、だよー」
アスカがこの坑道の奥で、土にまみれたウロ・モールホールと出会い、母について聞いたのが三ヶ月前。
此方を振り返ることなく「知らん。」の一言で片付けられたのを覚えている。五年前には彼はまだ居なかったし、仕方ないのだが。
仕事中で初対面とは言えその態度は、と流石のアスカも頬を膨らませ、しかし一心不乱に掘り続ける彼の姿に見惚れたものだ。
それから何度か祈りの際、帰り際に声をかけた。
そうか、終わったのか。今度、店に連れて来てお茶でも淹れようかなとアスカは思った。
「五年前に止まった、この坑道の時も漸く動き出します」
「・・・・」
「せめて、犠牲者の遺族の方のお心も、この街の更なる発展と共に潤えばと思います」
「・・・!? えぇ、そうですね、だよー♪」
――ママの時は、止まったまま、もう動かない。
最初の彼の言葉にこんな事を考えて穿ち、続く彼の言葉の優しさに目を覚まし、アスカは自らを恥じる。
「ありがとう御座います、だよー♪」
「いえいえ」
突然、ゴオウッッ、とお腹の音が鳴った。ラペコーナにでも行こうかな、うちのお店とご近所さんだしとアスカは決めて、赤面しつつヒルダガルダの従者に別れを告げ、逃げるように走り出した。
滑らないよう注意しながら、レディオコーストを南下する。
降りる途中、大きな木々の連なる山道で立ち止まる。
「ちょっとだけ、貰っていくね、だよー」
そういって木に抱きつく。じっとして、離れて、次の木に抱きつく、を十数回繰り返す。淡い光が現れ、また消える。一息ついた後、再び走り出した。
西の丘にそびえ立つ古城と、東には大きな邸宅が見える。その邸宅を有する敷地の傍を走り抜ける。
「あ、ここがヒルダガルダさんの家なんだー♪」
リリオット家ほどの厳かさな雰囲気はないが、とても広大な敷地だ。
すごいなー、だよー!と口走りながら、南下。門番がこちらを見て警戒していた。
気にせず、走り抜ける。南下し続けると、図書館と学術院のある区画まで到達したので、路地を東に、メインストリートに出るまで走る。
途中、裏路地から悲鳴が聞こえた。聞いてしまった。裏路地に入る。腐臭汚臭の中を駆け抜ける。ただひたすら、駆け抜ける。止まると危険だ。この路地に危険が渦巻くならば、自分を見定めさせる時間を与えてはならない。
道すがら、ナイフをちらつかせた男に襲われていた貧民らしき男性を発見し、通りすがりに掻っ攫う。男性を抱えたまま、後ろからの罵声も気にせずに走る。
走りっぱなしだが、時間は無駄に出来ない。メインストリートが見えた。
「よしっ、だよー!」
危機は去った。苦難は通り抜けた。至極安全に、商店街に入る。
流石に荒くなった息を抑えて、大量の汗と臭いが染み付いた服を着替える為、《花に雨》亭の裏口から店に入る。
「戦争の帰りかね、アスカ君」
「むー!遠回りしたほうがいいって!店長が!・・・・ふぅー!言ったから、だよー?」
「遠回りしすぎだろう!・・・まぁ、いい。君が、そういう感じなのを解って雇ったのだから。いいんだけどね・・・あ、そうそう」
「だよー?」
「君宛てに手紙が届いていたよ、これだ。受け取りたまえ。」
「あっ!はい、だよー!」
黒い蝶の刻印が捺された手紙。間違いない。祖母からだ。
「で、そちらのお客さまはいかがします?」
「は、はぁ・・・」
アスカに攫われ、茫然自失といった表情の男性が、「と、とりあえず」、とお茶を頼んだ。
アスカは身支度に少しの時間を要してから、商店街食堂「ラペコーナ」に入店し、日替わり定食を注文した。
味はまぁまぁでおかずの量も多く、雑多な雰囲気の店内は肉体労働を主にした住人達で賑やかだ。
喫茶店店員である自分は少し場違いかも、と要らぬ心配をしながら、店員の働きぶりを目に留めた。
実に軽やかで、機敏だ。少し頼りない顔だが、自分にはない小刻みな小動物のような動きに感服する。
「ボクもダイエットしなきゃ、だよー・・・」
ため息を吐きながら、店員の少女におかわりを注文した。
商店街の外れの裏路地にて。
4人の鉱夫が、一人の女性を決して逃がさぬように取り囲んでいた。
「ですからねぇん、私も良くわかるんですよぉ?あなた達の気持ちはぁ」
「うるせぇぞ!糞貴族が!」
「逃げられると思うなよ!てめぇ!!」
間合いが一歩、縮まる。
「そう言わないでくださいよぉん。私も元々は貧民の生まれでしたからぁ、虐げられてきた者の苦しみは良くわかるんですよぉ?」
茶髪のボブカットの女性は、そうやって彼らを宥めようとする。
「皺と傷だらけの手で泥や汗をかき、生きる為に手探りで這いつくばり、僅かな食事で生命を繋ぐ。
飢えた子供を見殺さねば自分が生きて活けない日々。体の奥が日々欠けていき、激化する痛みに耐えて薬を待つ日々。
老いてもなお働かねばならぬ日々。荒れる肌。爛れた足。」
「ぐっ・・・」
過去を思い出した男が目頭を押さえる。
「汚れていかなければ生きれない我々を見下ろす着飾った小娘達。自らが踏み潰した蟻の欠片を見るかのように気にも留めず歩くお偉方。
あなた達の主張、憤りも御尤もです」
「黙れ猫目!金で買われたセブンハウスの獣!貴様らが行った非道の数々を思い出せ!
お前もその一部だろうが!採掘所の連中にだってそうだ!よくも、あんなえげつねぇ事をしやがって!」
「そうだ!あそこには俺の従兄弟もいたんだ!」
「許せねぇ!」
男が叫ぶと、怒りが収まりかけた者も奮起する。
(あの件を持ち出してきたか、これはもう駄目だな)
内心でそう呟いて「そうですねぇ、えげつないですよねぇぇぇ」と言葉を吐きながらうつむく。背後にまわした左手で、鈍く光る短剣を握る。
あの襲撃のせいで、エフェクティブだけではない。話を聞きつけた一般の鉱夫や流れの労働者自体にまで、根付いた貴族層全体への不満や憎しみの猛りが激化している。そしてこの先、身内を噛み千切られた貴族も刃を握り直すだろう。
裏路地を通ったとはいえ、ここまで絡まれるとは。しかも、彼らの目には明らかな殺意が宿っている。
(ジフロマーシャの件といい、僅か数日でここまで事態がうねるか)
「どうか、ここは皆さん穏便に。これでも受け取ってくださぁい」
右手で金貨を取り出して男達に見せ、短剣を握る左手に力をこめた時、それは起こった。
「危ない、だよー!!」
唸るような音と共に、道をふさぐ男達が壁際に吹っ飛ぶ。目の前には、手を交差してそびえ立つ、あの害虫が居た。
「あれ、猫目さん、だよー?」
「えぇぇ、また、貴方ですかぁん?」
食事を終え、ラペコーナを出る。満腹。
さて、まずは図書館に行こう。
今日はするべき予定が多い。
こういう時は、なんというんだったか。思い出の中の、祖母の真似をしてみる。
「ちょっぱやでいかないとけつかっちん、だよー♪」
「うるせぇぞ!糞貴族が!」
「逃げられると思うなよ!てめぇ!!」
そう言った矢先に、裏路地のほうから声が聞こえたので、アスカは走り出した。
「裏路地に貴族って、リリオットのお嬢さんかも、だよー!?」
*
「いやぁ、一度ならず二度までもってやつですかぁん?あなた、人助けの為にこの街に来たんですかぁ?それとも、私を追っかけてるんですかぁ?
私、お金と権力持ってて直ぐ死にそうな人が好みなんですがぁ?これでも貴族ですからぁん。身分違いなんですよねぇ」
助けたのはあの時に会った女性だった。
先ほどから、頭が高い!頭が高い!と腹筋に頭突きを繰り出してくる。
「ここは危険だから通らない方がいい、だよー?」
「硬い衝撃がたまりませんねぇ。ていうか黒髪の人に言われたかありませんよぉ?よっ、と!」
わざわざ地面を蹴って、大胸筋に跳び頭突きを繰り出してきた。
「まぁ、あえてあなたを襲う人は少ないでしょうがぁ・・・ぴぎゃっ!」
「あ、大丈夫ですか。だよー?」
頭を抑えた猫目が唸る。
「硬っ!?」
「あー、お守りに当たっちゃったん、だよー」
「お守りですか、随分硬質ですねぇ」
ごそごそと胸をまさぐって取り出した緑色の固形を見せる。
それを見た猫目の顔色が変わった。
「お守りって言うか、宝石?精霊結晶?これは……?」
「お祖母ちゃんから貸してもらった、大戦前の魔石、だよー」
「へぇぇぇぇ?この精霊時代の只中でも金の臭いが、プンプンしますよぉ?涎出ちゃうから早く仕舞いなさいなぁ。その自家製?自肉製の胸ポケットにぃ」
「はい、だよー。あっ、いっけない!時間が無いんだよー!それじゃ、ボク行くね、だよー♪」
「はぁい。どうぞぉん?ていうか、あんまり調子に乗らないことですよぉ?死にたくなければぁ、(当の本人は死んでますけど)あっはっはっは!!」
嫌味も渾身の冗談も聞かず、音を立ててやってきて、音を立てて去っていく肉の背中。倒れ伏せた男達を見て、「命、拾っちゃいましたねぇん?」と猫は鳴いた。
*
ここに来たのももう何度目だろうか。
図書館の棚を流し見しながら、目的のスペースに向かう。
そこには、街の日々の情報を乗せた過去の広報紙が棚一面に畳んで並んでいた。、
調べるのは、第八坑道の落盤事故。
ボクがこの街に来た一番の理由。
故郷を飛び出し、ボクがこの街を選んだ理由。
――ママの生きた日々と、死を追う事、だ。
机一杯に情報誌、広報誌の束を広げる。黙々と目的の記事を探す。
《第八坑道、落盤事故多発》、《第八坑道、依然、採掘進まず》
、《第八坑道、封鎖決定》。
首を横に振る。この記事は何度も読んだ。
ここまでの情報も既に読んでいる。調べたいのは、封鎖が決定された直接の原因となった事故だ。
アスカの次の記事を探す手が止まる。
《第八坑道、沈没事故》、コレだ!
「……事故の絶えない第八坑道であったが、五日前、遂にこれまでにない大規模な事故が発生した。坑道内天井の一斉落盤。同時に、内部で広範囲の地盤沈下である。活動中の鉱夫の大多数が生きながら土砂に飲み込まれた。現在、坑道入り口の近くで活動していた鉱夫の半数は救助され、公騎士団病院、ヘレン教大教会、特殊施療院に回されるも、残りの犠牲者達の救助活動は依然進まず、セブンハウス・ジフロマーシャ家は事態の収拾までの第八坑道およびレディオコースト全体に対する一般人立ち入り禁止を命じた。第八坑道に至っては採掘所関係者も立ち入り禁止に含まれる。発掘された重傷者、死亡者は既に50を超えている。この数は恐らく、今後も跳ね上がると思われる。……うん、これ、だよー。」
しかし、アスカはまだ納得がいかない。予想以上だったが、酷い事故ということは知っている。太い手が、怪しげなゴシップ誌に伸びる。
《爆発事故の謎に迫れ!》、違う。
《あられ揚げの真実》、違う。
《リリオット上空に現れた謎の円盤》、違う。
《ダウトフォレストは存在しない》、違う。
《消えたあられ揚げ創始者、その完全犯罪と綻び》、違う違う。
《沈没事故の不透明さにおける疑念》。……読んでみよう。
「……第八坑道、沈没。多くの犠牲者を出したおぞましい事故であるそれは、余りにも不可思議な事象でもある。
誰一人として、生存者が当時の状況を語らず、沈黙しているのだ。街を離れ、足取りの掴めなくなった者も多い。セブンハウスによる、徹底した情報規制。これには、何か裏があるのではないか。事故から数年がたった今でも、依然封鎖は解かれず。多くの者が圧力をかけられたとの噂もある。とにかく、沈没事故の全容が余りに不透明なのだ。沈没事故、そのものが、本当に存在したのか?誰も語らないのではなく、語れないのではないか。例えば、この事件はセブンハウスによる、エフェクティブの大規模な粛清ではないかと筆者は想像している。救助も打ち切られた、埋もれた土砂の中、真実の光は未だ射さない、……ううっ!!」
アスカは、息を呑んだ。
「…………これ、だよー」
アスカは、納得のいく結論を探している。取っ掛かりを探している。
半月前、最後に会ったウロ・モールホールの言葉を思い出す。
「大規模な事故?俺が聞かされたのは事故が多発した、だ。この坑道に死者が居ないとはいわないが、俺が掘り返した土に含まれた骨なぞ、そんなにたいした量じゃあないぞ」
ふと、時計を見たアスカは、机の上を慌てて片付けて立ち上がる。
「もう行かなきゃ……」
振り返ることなく、午後の街へ走り出した。
図書館を退出後、走りながら、アスカは思考する。
当時の第八坑道について詳しそうな者に話を聞き直そう。
当時の鉱夫長、そして搬送先となったはずの病院や、特殊施療院、ヘレン教大教会。
セブンハウスによる情報規制が存在するのであれば、犠牲者遺族であっても碌な情報を得られそうにない。
あの男気のありそうな鉱夫長ならばどうだろう。アスカが母の子として挨拶をしに行った際、彼は沈痛な面持ちで労いの言葉と謝罪を告げた。
もっと深く胸の内を突けば、真実に至る情報を教えてくれるかもしれない。
このまま鉱夫達の集まる場所まで行ってみようかと足を運んでいる最中、路地裏から助けを呼ぶ声が聞こえた。悲痛な、それも、最近聞いたことのある声だ。
これで今日、何度目だったか。アスカは腕を顔の前で交差して、突撃体勢をとり、路地裏へ。
そこにいたのは、緑のドレスを着た女と、倒れ伏せた公騎士の男。
「誰か!」
「だよー!って、リオネちゃん、だよー?」
「あ、アスカ!?・・・あぁもう、丁度いいところに来たわ!」
四つの手で、アスカの服を掴んで問答無用で引き寄せる。
その表情には何処か、焦りと興奮が見受けられた。
「ど、どうしたの、だよー?」
「アスカ、今、大丈夫かしら?大丈夫よね?彼を運ぶのを手伝って!」
「彼?リオネちゃんの彼氏さん?ふぇ!?息してない、だよ?」
「事情は後で話すわ!人目につく前に、早く移動しましょう!」
「う、うん、わかった、だよー!ちょっと待ってて!」
*
メインストリートへ走り出したアスカが戻ってくると、風呂敷代わりになりそうな布を露天商人から譲り受けて持ってきた。
それで男を包み隠し、すっと片手で持ち抱える。
どこへ行こうか。取り合えず、宿か?《花に雨》亭か?
「お客様!目的地は何処までですか、だよー?」
尋ねられたリオネは、思考を高速活動させた。
リリオット家。偽者メイドが騒ぐ午後。
豪華な客室で女が話している。
「f資金、フェルスターク一家、ジフロマーシャの経済学者。
金、所有者、発見者。目的、消費者、生産者。
何故、誰が、何処に……何を?
f資金とは何か?誰が殺したのか?何故、わざわざ学者は所有者を示したのか?」
「…………」
「知りたくないですかぁ?」
猫目の女は、猫目の女に振り返る。
合わせ鏡のように、両者の姿は偏差無い。
「ペルシャ、ジフロマーシャと続いて、今度はリリオットか?」
「あなたが来ましたかぁ。外での陽動はばっちりですかぁん?随分騒がしいですねぇん?」
「おまえを知ってるものなら困惑するでしょう。
あれだけ今まで火に油を注ぐかのように嘲笑ってきた、見下したリリオット家に縋ろうなんて。
何処よりも自分に敵意を持っている、この場所に身を寄せようなどと考えるとは。其れだけのモノを持っているという自信ですかね」
「落ち目であろうと、形だけであろうと、リリオット家には、由緒と伝統による、正当性があります。
それは、この街に起きる大規模なエフェクトの中心に立てる、対抗できうるということですよぉ?」
「自分の家より、クックロビン卿の手元より、ここが嵐の中で一番安全だと。そう判断した?」
「さぁぁん?一番かはわかりません。ですが知る限り、ここは最も都合よいですねぇん」
「あいにく、リリオット卿に話をさせるわけには行かない。猫の行路はおしまいだ。」
「ですよねぇぇ?あなたたちは関与を警戒している。リリオット卿を、不都合であると認めている。」
「あんなのただの老いぼれですよぉん?」
「あっはっはっは!その姿、声、わたしにそっくりですねぇん。さすがは偽者(フェイク)。そうやって、あなたがわたしになると?」
「【変声】は声を、【変装】は見た目を変化する。わたしは【変数】。代入されれば何者にもなれる。顔や声だけでなく、体形も。望まれた役割を実行する」
「ハルメルのときのように?武器を移したときのように?」
「解は出さない」
「あなた方は何処に使えているんですかぁ?全身いじってるとこを見ると、特殊施療院?」
「解は出さない」
「インカネーション?」
「解は出さない」
「クローシャ?」
「解は出さない」
「少しは値を出しなさいなぁ」
「解は出さない」
「あぁめんどうだなぁ!あなたたちは明日も、何処かで誰かを演じるのでしょうねぇぇ。哀れな生涯ですねぇん?」
「人は皆、自らを演じているに過ぎない」
「あっはっはっは!!痛みへの対抗策も準備してますねぇ。先ほどと同じですよぉ。警戒している。あなたは自らの虚しさを理解している。」
「わたしに皮肉はきかない」
「あぁ所詮、世界などこんなものという嘲りで自らを保ってる!!あっはっはっはっは!!!」
「あっはっはっはっは!!!」
「猿真似の笑いで誤魔化せるとでもぉん?」
「わたしは【変数】。何者にもなれる。」
「体を切り刻まれて、作り変えられて、寝て起きたら姿が変わってただけでしょう?
他にも自らにも敗北した弱者故の思想、建前。欺瞞。自己暗示じゃないですかぁ?
あっはっはっはっは!それに縋るあなたがわたしになれるわけがない!わたしは猫に餌なぞやらない!」
「命運尽きた猫が吠える!なんとも、愉快ですよねぇぇぇ?」
「「猫の行路はおしまいだ」」
カーテンで閉ざされた室内の中、喧騒の屋敷の中で。
二人の猫目の女は背に回した手でナイフを取り出し、鉄のこすれる刃音を奏でて、踊りだした。
アスカは口を丸くして、リオネの舌戦を見ていた。
静まり返る場。その場に集まった誰もが、リオネの手に飲まれていた。
知略の糸をもって張り巡らされた蜘蛛の巣に、羽虫達は捕らわれた。
(すごいなぁ…)
あんなに小さな少女が、大の大人達を翻弄している。
毅然としていた。支配していた。(リオネちゃんって、しっかりしてるんだなぁ)、とアスカは思った。
(まるで、ボクのお祖母ちゃんみたい)とも思った。
『私が助けを呼んだ時だって、ここに駆けつけてきてくれたのは、そこにいる、アスカだけだったわ。』
思い返せば、リオネはさり気無くこの言葉でもって、アスカが“善意の第三者である”と定義していた。
挑発のような物言いも、アスカに向けられる公騎士の疑いの目を逸らさせる為もあったのかもしれない。
リオネの振る舞いからは見た目同様、年頃の少女にありがちな、どこか歪で潔癖なる怒り。そして不条理に対する、幼いとも過剰ともいえる抵抗心が見て取れた。、
あの歪な髪型からも、予想は出来たことだが。根本は、優しい子なんだろうなと、思った。……敵に回すのは恐ろしいが。
*
しかし、自分には何か出来ないものか?
あのまま荷馬車になった所で、人間大の物体を抱えて、万が一騎士団に途中で尋問されたりしたら?荷を確認されたら、不味い状況になっていたはずだ。
現在、この街と騎士団は大変慌しい。まず確認の目は入るだろう。
リオネちゃんはよく考える子だが、アスカはそれに比べて余りにも考えが足りてないのだろうなと、前回のことも含めてアスカは自責した。
やはり、自分に旅人は合わないのだろうか。祖母にも厳しく言われていた。
彼女のように、祖母のように、何か出来ないか?自分は何がしたい?
アスカは、猫目の女とのやり取りを思い出し、己の胸を弄った。
――ごめんね、リオネちゃん。
アスカは静寂の盤上を歩き出し、リオネの横に屈む。
「アスカ?」
倒れ伏せた男に近づくと、包んでいた布で自らと男の体を覆い隠した。事切れた男に密着し、優しく包み込むように抱きしめた。
「んんっ!!!」
びくん、と。布と巨体が一度、強く揺れた。息が荒い。
「はぁ…はぁ…、うっ……!!」
間を置いて、更に強く揺れる。
アスカは苦悶の表情を浮かべて、呻いた。咳き込み、少量の血を吐いた。静寂の中で、響くような音が鳴った。
「……駄目、だよー」
淡い精霊の光が、男の体から零れていく。
彼自身の生命と精霊は凍結して傷を負っていた。いや、凍結しきっていて、肉体に宿る精霊の器そのものが、ひび割れ、砕けていた。
ここに回復術の使い手、かつて自分を癒してくれたヒヨリという女性が居たとしても、もう、助からないのだろう。
――こんな酷いことが出来る女の子がいるなんて、なんて恐ろしいんだろう。
群集は、アスカの動作に困惑していた。
騎士団の男も、リオネすらも、突然の異常行動に一歩、二歩退いていた。
しかしアスカは気に留めなかった。あることを思い出していた。
――騎士団の取調べ、荷の確認、少女、そして単独行動…
布を放り出し、男の鎧に綴られていた紋章を見る。アスカは理解した。
しかし、大っぴらには言えない。
「この紋章、短髪の女の人の絵なんだけど。なんだっけ、だよー?」
その場にいる誰かに、あくまで自然に問う。
「リ……、リリオットの紋章だ」
騎士の返答。
このやり取りでリオネも気付く。いや、この少女ならばとっくに気付いているだろう。
状況は捻じれている。だが、彼女なら何とかできるだろう。
きっと、凍って砕けた、不可視の精霊痕にも気付いていた筈だ。
『助かるかもしれない』という言葉の嘘、リオネという蜘蛛の意図に気付き、背筋が寒くなる。
「いいだろう、民間が捜査に協力、大いにいいだろう。だが、そこのおと、おん、……そいつは本部に連行させてもらう。」
先の動作により、アスカは目をつけられた。瞬間、リオネに対する恐怖が、感謝と謝罪にかき消された。
騎士団本部。真実を探す自分にとっては、望むところだ。
「わかりました、だよー」
アスカは立ち上がった。
「本当に、構わないのね?」
「うん、乗りかかった船なのに、手伝ってあげれなくてごめんね、だよー。」
「そう、……解ったわ。まったく、貴方は手がかかる人ね。面倒だわ」
アスカの譲れない意志を感じたのか、リオネは観念したかのように頷いた。
「エヘ、だよー♪あと、ビラの件はバッチリだからね、またお茶を飲みに来て欲しいな、だよー」
「…あら、当然、貴方の奢りなのよね?埋め合わせといっては何だけど」
「ふぇ?う、うん、別に大丈夫、だよー。でもリオネちゃん、お金持ち、でしょ?」
ギ肢の人指し指がちっちっと音を鳴らして横に動く。
「金銭の誤差じゃなくて、こういうのは気持ちが大事なのよ。貴方が私の為に、悪いと思って、ありがとうと思って特別に淹れてくれるのが大事なわけ」
「おぉー、だよー……」
「こういう心配りを理解しなきゃ、立派なレディーにはなれないわよ?」
「むー、ボク、おとこのこだもーん」
「そ、そうね、そうだったわね…」
「いつまで無駄話している!早く来い!」
「はーい、だよー」
苦笑するリオネを横目に、アスカは数人の騎士に連れられて、メインストリートを歩いていく。
*
大通りをはさんだ、公騎士病院の真向かいから少し北にずれた位置。
白い壁に7種の旗を掲げた騎士団本部の建物が、町民やよそ者を威圧するように鎮座していた。
騎士達の鎧や甲冑が飾られた通路を歩く。良く見ると、セブンハウスのそれぞれの紋章が描かれている。
まるで人型の展示品のようだ。アスカが通りながら鑑賞していると、通路から大広間に出た。
「うわぁ、だよー……」
アスカを出迎えた壁には、巨大な絵が飾られていた。リリオット家に見立てた鎧と、追従するようにそれぞれの家の鎧が整列して並べられている絵だ。
例外として、唯一つバルシャ家の鎧だけが、リリオット家の鎧よりも前に立ち、光る剣を掲げている。
「リリオット家を守ってるん、だよー?」
「そうだ」
「わっ!」
見惚れて一人呟いていると、横から話しかけられた。
豪華な鎧と、煌びやかな剣を腰に着けた男だ。
「ここは唯一、リリオットの何処よりも、リリオットのどの家よりも、バルシャが力を持つ場所だ。この絵は、その特異性と忠誠の表れでもある」
「ほぇー、だよー!」
「こら、早くついてこんか!貴様は取調べを受けに来ているんだぞ!」
「あぁ、すまんな。私が話しかけてしまったせいだ。お勤め、ご苦労。」
「ひっ、いえ!恐れ多いことです!!」
騎士が、敬礼をして背筋を伸ばす。
「えっと、お偉いさんなのかな、だよー?」
「失礼なことをぬかすな!この方はなぁ!!
……グ、グラタン様!失礼いたしました!こいつは直ちに連れて行きますゆえ!おい、行くぞ!!」
「あんっ!だよー」
アスカは縛られた縄を引っ張られて、無理やりに扉の中へと連れ込まれた。
「ははっ、別に、構わんのだがな」
男は笑いながら、絵を見上げる。
扉が閉じても、騎士達が敬礼をしながら行き交っても。ため息交じりの義足の清掃員が連行されていても、男はじっと、絵を眺め続けていた。
“何故こんなこと”になっているのだと、義足の清掃員は頭をたれた。
騎士団本部の取調室で、男達が談議している。
寒気と熱気が全身を襲っていた。
*
巨漢は頬を膨らませ、席を立って講義していた。
未読の祖母の手紙が、騎士に取り上げられたからだ。
「うー、だよー!」
「取調べだから当然だろ、とっとと座れ。」
「はい、だよー……」
「で、お前がやったのか?それともあの小娘か?」
「知りません、だよー」
「外傷は無し。どうやって殺した?」
「解りません、だよー」
「ホントのことを言え!」
「ボクはよくわから、ふぁん!?」
ぴとっと肌に当たる物があった。外から入り込んできたであろう、黒蝿が上腕に降りていた。
アスカは虫が大の苦手である。故に、必然だった。
「きゃぁーーーーだよーーー!!!」
「ぐぼぁ!!」
反射的に振るった巨肉の上半身が、目前の男を床から弾き飛ばす。
放たれ弾は鋼鉄の扉を押し抜け、扉外の通路の壁に着弾。
「あぁ!?ごめんなさい、だよー!」
「おいっ、待て!」
アスカが騎士を案じて通路に出る。
騎士は目を回して沈黙していた。困惑していると、着弾痕の直ぐ横の扉から話し声が聞こえる。扉の締まりが甘いのだろうか。
「――ですから、泥水に入ったら、客の鉱夫達や店主、鉱夫長の遺体が既にありました。」
「……泥水と鉱夫長!?」
「コレで説明、4回目ですよ、早く終わらせてく!?」
大きな音を立てて、室内に入る。
「何だ貴様は!」
騎士が清掃員を尋問していた。
身構えてこっちを見ている。
「どういうことですか、だよー!」
「何だ!?」
清掃員の体に掴みかかる。
「お兄さん、知ってること、教えて、だよー!」
「おい!公務を横から取るな!!」
「離れろ!」
「お前は取り調べられる側だろうが!」
駆けつけた一人の騎士と、取調べしていた二人の騎士が制止する。
「離せ!てめえは誰だよ!」
「ボクはアスカ!アスカんって呼んでね!」
「呼ばねーよ!!」
清掃員の足が近寄る巨体を押し離そうと、メイド服の上で踏ん張る。
アスカも足掻いて喰らいつく。室内は大騒ぎだ。
「どうしたことだね、この状況は?」
鶴の一声。先ほど、横から声をかけてきたお偉いさんが場を諌めた。
「グラタン様!?」
「筆頭団長殿!?こ、これはですね!?」
「け、敬礼!」
畏まった騎士達が説明する。
「……なるほど」
(リリオットのお嬢様と、スラッガー襲撃か。)
話を聞いた男はアスカ達の顔と、騎士達の纏う紋章を見やり、沈黙の後、全てを理解した笑顔で提案した。
「ここはわたしに任せてくれないかい?」
「こ、このような下っ端のお仕事なぞ」
「その事件には心当たりがあってね。なに、私は久々の休暇中だったんだが気にすることは無い。たまにはこういうのんびりとした仕事をしたいものだ。」
「ですが」
「ははは、君達はペルシャ家の者だろう?今はフェルスターク家の事で忙しいだろうに。ここは私に回して、そちらに尽力してくれていいんだよ?」
「し、しかし」
「……うん?」
男が笑顔で首を傾けると、騎士達は震え上がり、それっきり黙ってしまった。
「そうそう、“ダザ・クーリクス”君。君も一緒に取調べ室に来たまえ。
そこの彼は君に用があるようだし、君も仕事中に呼び出されたんだとか?うーん、すまないね。早く済ませたいだろう?」
「私が一人で同時に済ませよう。時間はもう、とらせないよ」
剣を掲げた男の絵。パルシャ家の紋章を纏う男。
暖かい穏やかな笑みを浮かべた、七家筆頭騎士団長、マカロニ・グラタンが、アスカと清掃員の肩を抱いて有無を言わさずに室内に連れて行く。
残された騎士達が去りながら、話し出す。
「……いいのかよ?」
「……馬鹿言え、マカロニ・グラタンを下手に刺激するな、熱するなって言葉を知らんのか」
「口が火傷するってか?」
「命にかかわる火傷だ」
「それで済むかよ、全焼だろ」
マカロニ・グラタンによる尋問はお互いの紹介から始まった。
「なっ!?お、お前、花に雨の店員なのか!?」
「うん♪そうです、だよー♪」
「マジかよ……(オヤジさん、訳わかんねぇよ……、あんたの夢って何だよ……)」
ダザは軽く眩暈を覚えた。
「うんうん、自己紹介は終えたね。さて、アスカ・スカイマイグレイト君。尋問を始めよう。」
「はーい、だよー」
「といっても、君の遭遇した事件について、私の中では既に結論が出ている。誰がやったのかがね。
君も解っているんだろう?」
「はい、想像はもうついてます、だよー」
「ならば、構わないさ。ただ、この事件の概要について、口外は無用という事だけをお願いするよ。
そこのダザ君に対してもだ。例え彼に害意が無くても、“彼の友達のそのまた友達”が何をするか解らないからね。用心はするに越したことは無い」
「……別に聞きませんよ」
「わかりました、だよー」
「うんうん。さて、ダザ・クーリクス君、次は君の尋問、というか証言だ。アスカ君もよく聞いておきたまえ」
「はぁ……」
「……ごくり、だよー」
ダザによる、ラボタ地区や【泥水】内で起こった事件についての説明が行われた。
問答無用で襲ってきたスラッガーの迎撃。鉱夫達や店主の死骸。
彼が目にし、体験したその凄惨な光景を、アスカはおぼろげに想像した。
大きな手で包んだ口からくぐもった怯えが零れる。
対してグラタンは話を聞きながら、にこやかに頷いていた。
「アスカ君は、お母さんの話をその亡くなった鉱夫長に聞きたかったのだろう?五年前の沈没事件についても調べているそうだね」
「はい、だよー。でも、あの鉱夫長さんが、死んじゃったなんて、とても、良い人そうだったのに」
「悲しいことだね。ラボタ地区全体の犠牲者もかなりの数だ。君のお母さんについて知ってる人も、相当数減っただろうね」
「う、うぅ」
「ははは、だが、まだ、ここにダザ君が居る。彼は元鉱夫だ。聞くといい。」
「俺が知っている採掘所の鉱夫たちの顔ぶれは6年前のです。その母親らしき人に会った覚えはありませんよ。大体女の鉱夫なんて数も少ないですし」
「そう、ですか、だよー……」
アスカは俯いた。母の手がかりは、ぐっと少なくなってしまったのだろう。
「あっ」
「ふぇ?」
その沈んだ顔と気持ちを、ダザの何か思い出したような声が上昇させる。
「あぁそうか、思い出した!居た!鉱夫じゃない、事務の方だ!」
「ほう?」
「俺とは微妙に部署が違ったので会ったことはありませんが、仕事で朝帰りの続いた鉱夫たちに業を煮やして、早く帰らせてやろうと、時折手伝ってくれる事務員が居たそうです。男顔負けの働きぶりだったとかで。器量良しで、度胸良し。なかなかの人気で、泥水って酒を奢って酔い落とそうとか悪巧みしてる奴も居たそうです。お酒は苦手だから結構ですって断られたとかで落ち込んでる奴もいました」
「アハ♪……ママ、だよー!ママ、ボクと同じで、お酒、苦手だったもん!」
「うんうん、良かったね、アスカ君。」
微笑を絶やさず、グラタンは言った。
「ダザ君、続けて沈没事故についても教えてあげたまえ。君は5年前、既に清掃美化機構に勤務していただろう?」
「……あ、あんた!?」
「うん?」
アスカはキョトンとしている。アスカは清掃員の仕事の全ては把握していない。
ダザとグラタンが向き合う。両者の顔つきは対照的だった。
(死体としての母を知らないのか、知ってるなら答えてやれとでもいってるのか?)
「あいにく、知りませんね。担当地域には居なかったと思いますよ」
「違うよ、内容について教えてあげたまえ。よく知ってるんじゃないかい?君の仲間にも関係が深い事件だったろう?」
「(事件?事故じゃなくて事件?俺の、仲間だ?どういう意味だよ?こいつ、俺をエフェクティヴって疑ってるんじゃねぇか!?)」
「ははは、まぁ一旦置いておこう。
アスカ君、ダザ君、少し小腹は空かないかい?
私の妻が作ってくれた弁当があるんだよ。随分と量が多くてね。食べるのに協力してくれないかい?」
「ちょうど、お腹空いてました、だよー。じゃあ、ご好意に甘えます、だよー」
「ははは、ではお茶を淹れてこよう」
困惑の顔を崩せないダザは、グラタンの意図を掴めずにアスカと二人きりになった。
数秒の沈黙。アスカはネコミミを弄っている。ダザは口を開いた。
「なぁ、アスカとやら」
「はい♪なんですかー、だよー」
「お前はなんでこの街に来たんだ?」
「それは、さっき言ったように、マ……母を弔いたかったのと。生前について聞きたくて、だよー♪」
「そうじゃなくてな、俺が聞きたいのは…何で事故について詳しく調べる必要があるんだって事だ」
「えっと……」
「どんな事故だったかはとっくにわかってんだろう?なんでまだ調べてるんだ?」
「ダザさん?その、納得がいかなくて、だよー?」
「何でだよ」
「……」
「……お前は、なんつうかさ。不慮の事故じゃなくて、事件であって欲しいと思ってねぇか?」
「……そんなこと」
「あるだろ。じゃあなんでここに大人しく来るんだよ。騎士団に聞きたいからだろ?当ててやろうか?お前、母親が誰かのせいで死んだって事にしたいんだ。
なんかの陰謀に巻き込まれたとか。本当に唯の事故だったとしても納得しないはずだ。きっと黒髪だったから、よそ者だったから、鉱夫だったから。
ヘレン教やら、公騎士やらに見捨てられて助けてもらえず死んだ、とかな。……考えてんだろ?」
頭を抑えて、ネコミミを握って、アスカは首を振る。
「ち、ちが、…ちがう、だよー!」
「不器用だな、お前。お前は、誰かを恨みたいんだ。大方焦ってんだろ?第八坑道が再開しちまって、母親の死が風化されそうで。」
「ちがう…勝手なこと、解ったような事、言わないで!!」
「お前、今日俺と会った最初からなんだけどよ。気付いてないなら教えてやる。さっきの母親の酒の話でもだ。お前、目が笑ってねぇんだよ。
あの薄気味悪い騎士団長の方がまだ自然だ」
「ボ、ボクは…」
「……なんか悪いな、さっきから。お前の言うとおり。俺の勝手な想像だ。ちっ、説教臭くなっちまってるな、俺」
「でも実際、アスカ君の想像も、ダザ君の想像も正しいんじゃないかな?」
グラタンが、サンドイッチやお茶の乗せられた皿を片手に室内に入ってきた。
「あの日の事故の混乱に便乗して、第八坑道を用いて、エフェクティヴの処刑が行われた。とりあえず、真実だよ」
美味しそうにサンドイッチを頬張っている。
「私が指揮を執っていたからね」
アスカの手の中で、ぱきっと音がした。
寒かった。
どうしようもなく寒かった。歯がかちかちと音を鳴らした。
アスカは震えたまま、その場から動かない。
グラタンはダザに向き直って言った。
「ダザ君、君ももう帰っていいよ。お疲れ様。」
「はぁ…」
「ただね、ダザ君。君は自分でも解っているように、危うい立場にいる。
君はあの襲撃における唯一の証人だ。特に、泥水内の光景のね。君は、公騎士達はボウガンで射抜かれて死んでいたといったね。
しかし、我々が発見した現在の状況では、死んだ騎士達は皆、“爆発されて五体がバラバラになっている”んだよ。スラッガーの遺体の一つが所持してた精霊爆弾でまとめて殺された、騎士達はスラッガーの被害者である。そう思っていたし、ラクリシャ家もそう発表するらしいんだが、君の話とは矛盾する。あの地区で、ボウガンで射抜かれて死んだものは他に居ない。騎士を殺したのは誰か?いや、重要なのはスラッガーは騎士を殺してないのか?君が聞きつけた笛の音から察するに、スラッガーを呼んだのは騎士だ。つまり、この事件はラクリシャ、ジフロマーシャの指示の下にある。」
「口封じされるって言いたいんですか?」
「ジフロもラクリシャも、君の証言一つが唯一目障りだ。クロージャも君を警戒している。……バルシャ家としては、リリオットに仇為す者は野放しがたい。この事件を暴きたまえ。裏で何が起こってのかを。それが君の安心に繋がるだろう」
「潜入調査しろ、と。だけど、裏の仕事は今は出来ませんよ」
「私が個人的にお願いしてるんだよ。ダザ君個人に対してね。」
「少しの間、考えさせてください」
「ハハハ、言ったろう?“時間はもう取らせない”って。」
グラタンは微笑を崩さぬまま、剣を握った。
その剣は、煮えたぎっているかのように高熱を発して、鞘を溶かしていた。室内が居様に熱かった。
「性格腐ってるな、あんた」
「うん?」
「個人的な感想だよ、あんた個人への」
「ハハハ!!そうかい、そいつは参った!」
グラタンは、破顔した。
サンドイッチに手を伸ばす。
「で、アスカ君はどうするんだい?私に抗議するかね?何ならダザ君と一緒になって抗議するかな?
しかし、遺体の損傷が少ないのなら、本当に事故に巻き込まれて窒息しただけかもね?
さぁ、今、君は何がしたいんだい?教えてくれたまえよ、アスカ君。
こんなとき、アゲハ・スカイマイグレイトの孫はどうするのかな?」
*
メインストリートにて。
アスカは、曇りだした空を見ていた。
体は震えていた。
彼はできなかった。
何も、できなかったのだ。
封を開けると、写し絵の羊皮紙が付随してあった。
広げると、鬼面の形相でこちらへと大斧を振りかぶる祖母の光景が写った。思わず、紙を閉じながら後ろに退いた。心臓が騒いだ。左右を確認しながらまた広げる。
やはり怒り狂った祖母だ。無断で突然故郷を飛び出したことを怒っているのか。紙の隅に、モーニングスターでぐるぐると巻かれた父がひっくり返りながら苦笑していた。
私もまた苦笑して手紙を読み始める。
『貴方に旅人は向いていません。速やかに故郷に帰りなさい。
貴方は思想が足りません。思考が足りません。知恵が足りません。力が足りません。速さが足りません。重さが足りません。小回りが足りません。強さがありません。業がありません。才がありません。なにより第一貴方に危機感や勘が旅人として充分に備わっているなら、今のリリオットには決して近づかないでしょう。
私自身、今あの街に溢れる恐れるべきものの影を感じて手をこまねいているのです。
貴方は愚か者です。弱者です。子供です。花畑の住人です。
今すぐ帰りなさい。即刻戻りなさい。足がすくみ動かぬというのならジェロニモ鳩に乗って空中から貴方を狩りに赴くとしましょう……よろしいですね?』
馬で一週間かかる距離を半日で飛ぶという巨大な怪鳥の空襲で、鉤爪に頭を掴まれて無残に運ばれる自分を想像し、冷や汗をかいた。
*
白髪の女が通りを歩いている。労働の後であろうか、歩きながら肩を回して、少し疲れを取ってる最中のようだ。
空が曇りだした。雨が降るかは解らないが、先ほどから雷鳴が鼓膜をかすかに揺らしている。
ふと、何気なく空を見上げる。
「……?」
一瞬、異物が目をよぎった。
もう一度、良く見てみる。同時に雷鳴。離れた所に落ちた雷光が、暗くなった頭上を照らした。
「きゃっ!?」
般若の形相。鬼だ、鬼が居た。雷光の中、目から液体を流し、膝を抱えて蹲る鬼が目前の建物の屋根の上に居た。まるで、魔除けの像のように屋根の淵から此方を見下ろしている。
女はとっさに剣を構える。町人に被害が生まれるやもしれぬ。
「そなた、そこで何をしておる!」
「ぐ、ぐ、ぐ、ぐぐ…」
呻いている。ひたすら震えている。逃げられても困る。女は接近することにした。
*
「ぐすっ、ぐすっ、ふぇぇぐぐぐぐ…」
アスカはグラタンの言葉に何も出来なった。ダザの言葉に反論できなった。
何がしたいのか?よくわからなくなって、息苦しくて、情けなくて涙がこぼれてきた。アスカも今の姿で人目にはつきたくなかった。
宿泊先にも戻れず、建物内にも入れず、路地裏も危険だ。隠れ場所を探し、壁を伝い、この大きな建物の屋根の上へと登ることにした。
アスカが堪え切れずに泣いていると白髪の女性がひょっこり現れた。
「すみません、勘違いでした」
いきなり謝られた。
「見ないで、だよー、ぐすっ、ぐぇっ」
顔を背けて、嗚咽する。
「ふむむ、なんだか事情は少しわかりました。しかし、ここはここで随分と目立ちますよ」
「ふぐっ」
メイド服の巨漢は泣き止まない。
「サムライの情け!」
女がアスカに衣をかけてやると、アスカの姿は人目に映らなくなった。
「これでもう、見られませんよ。存分にお泣きなさい」
「う、うえええぇぇえええぁぁぁん!!だよぉぉおぉ!!」
「ぎぇぇぇぇ!!」
不思議な布で姿だけは隠せた。カラスと名乗った女の言葉に安心したのか、もう諦めたのか。
速攻で巨漢が発した雷鳴をも上回る泣き声で、カラスが耳をふさいでよろめく。
「なんという…」
顔をしかめて少し悩んだ後、カラスは歌を歌ってやった。
ただ、気が晴れればいいと。
「なんですか、今の声は!?聞き覚えのある声が!?」
リリオットでアスカが出会った、あの勝気なメイドが此方を見上げていた。
「そこのあなた!降りてきなさい!近所迷惑ですわ!リリオットを汚す者は許せません!」
「わ、私じゃないのに!!」
「ふぐぐぇぇ!ぐすん!ぐすん!ふっふふっ♪…あはは!!」
「わ、笑ってないで、弁解してください!」
――僕(しもべ)の灰色の空に、歌が響く。雷すら、黙って聞き惚れる歌が。
「あ、駄目、…ぐすっ、また、うぇえええええええ!!!」
「ぎぇぇぇ!!」
ダザがため息を吐いて去った後、取調べ室にて。
「ど…どうして、お祖母ちゃんの名前をしし、知ってるの…だよ…?」
「ハハハ、教えてあげよう。私は君のお祖母さんの事を幼少のときから知っているんだ、アスカくん。そしてそれこそが、私が君の尋問を買って出た理由だよ。
君のお祖母さんは昔、本を書いていてね。羽蝶の書という本だが知っているかな?」
首を振る。
「そうか、まぁそうだろう。評価自体は芳しくないし。出回ってる絶対数も少ない。この街の、品揃えが多い事が自慢な図書館にも置いてないしね。まぁ、君が生まれてくるより前、君よりも若い年齢だった私が、家にこっそり持ち出してそれっきり返さなかったからなんだが。身内にも伝えないだろうなぁ、ああいった自伝めいたものなんて気恥ずかしくて。しかし、ははは、私はその本が大好きだったのさ。
『物語冒頭で自らを混ざり血と称した娘。父方や母方の一族それぞれに溶け込めず、苛まされ飲まれ縛られて生きる自己の無いか弱い少女ヒチョウが、全てから逃げだして東西南北と旅を続けていく中で、最後には決定的な自己性、旅人アゲハ・スカイマイグレイトへと羽化するに至る』といった話さ。聞き覚え、あるんじゃないかな?実際、彼女は、混ざり血だったのかい?」
自分よりもうんと小柄なのに自分よりも力強い祖母の、悲しげな顔が思い浮び、言いよどんだ。
「ははは、あながち空想や自虐でもないのかな。だとしたら興味深いね。ファンとしては」
「ファン…?」
「私は生まれも育ちもずっとこの街でね。生まれる前から一族の意向で、バルシャ家とこの街を背負うべき騎士のお偉方になることが決められていたのさ。そこに私の意志は当然無い。そういう運命だった。だからこそ、鎖を投げ飛ばして踵を分かった彼女の自由さと無謀さには強く憧れたものだ」
グラタンは満足げにお茶を味わう。
「そう、私はその手紙の内容を、他の騎士ではなくこの私自身で直接拝読したかったのさ。その手紙を目に入れた瞬間から。彼女は若き旅人に何を語るのか?素の彼女の言葉に、憧れは持続するか?底が知れるか?頭は一杯でね。私もまだまだ若いんだろうね。この感情は嫉妬にも近い。」
*
「この叫び声、確かに彼の声だと思うのですが」
リリオットのメイドが首をかしげて、呟いた。
「マドルチェお嬢様も見つかりませんし、困りましたわ。しゃくですが、彼が勤務しているというお店に行ってみましょうか。疑ったお詫びとして服も差し上げましたし、そこまでする義理もないでしょうけどしかし、彼の暴れた原因ですし。一応彼にも伝えておかなければ。今日の朝頃、猫目の遺体が丘で見つかった、と。」
「ええっ、だよー!?」
「ひっ!」
猫の片耳が砕けても、アスカの耳は、その言葉を聞き逃さない。
屋根の淵から、壁横に跳び降り、整えられた岩壁を蹴って掴んで下へと伝い降り、ある程度の高度からメイドの横へと一直線に飛翔し着陸する。
耳元に突然飛び込んだドスンッ!という震動音とアスカの声が、メイドを脅かした。
「猫目さんならお昼に、会ったところなのに」
「へ?今日?そんなはず…え、え、といいますかその声は、リオネ様のお連れの、アスカ、様?…あ、え?」
突然の状況に腰を抜かして、彼女はへたり込んでいる。
「あ、でも、今はまず優先しなきゃいけないことがあるん、だよー!」
アスカは一目散に走り抜けた。
メイドは目を丸くしてパクパク口を動かし、カラスは屋根の上で首をかしげていた。
喉が痛む。目が痛む。胸が痛む。だがアスカの顔に、苦みはもう消えていた。未熟な怯えや悲しみも、透けて、消えた。
再挑戦の扉を開ける。
「グラタンさん」
「ははは、初めてだよ。尋問から開放された後に、自発的に戻って来る者は。どうしたんだね、答えは出たかい?」
先程と変わらず彼は取調べ用の机の前で椅子に座っていた。食後のお茶をのんびり味わっているらしい。
「貴方は意地悪、だよー」
「そんなことはないさ。私はリリオットと、バルシャの正義であろうと心がけている。だから街に仇なす者を焼き捨てる、善良な一介の騎士だよ?」
「母は、……ママは貴方の粛清に関係ない筈、だよー。焼き捨てられずに、ボクの前に戻ってきたもん。あくまでママは、不慮の事故に遭ったん、だよー」
「おや、分かっちゃったのかい」
「ママは、何処に搬送されたんですか?担当した人に会いたい、だよー」
「ははは、あの日の事故は粛清ごと機密扱いなんだよ。情報規制は知っているね?合わせれないなぁ、すまないね」
「ボクもママも、お祖母ちゃんの身内だよ?」
「だから、さ。私はやはり若いね。この場合、私は善良な騎士の前に、君の祖母に憧れた男になる。だから、なのさ」
「やっぱり、意地悪」
「憧れの存在の子供や孫をこの手で特別に助けることよりも。私は道を阻むことを選ぶね。再起不能、自己崩壊、夢破れたり。憧れの存在の後継者の目論見を阻め、憧れた者に間接的に傷を与えれる。これほど、ファンとして光栄なことは無い」
グラタンはこちらを一切見ない。彼の視線も、微笑みも、精神的には自分に一度も向けられていなかった事に気付く。彼は、羨望の剣をアスカの後ろの祖母に突きつけていたのだ。
楽しそうに祖母の手紙を読んでいる。
「やはり旅人アゲハは面白いね。冒頭から、いきなりの諦めろの連続に、締めは子供を早く二人生め、一人には名付けさせろ、それまで死ぬな、だ。暖かいのか、冷たいのか」
「担当者に合わせてください、グラタンさん。お願いします、だよー」
アスカは頭を下げた。それを背で感じたのか、グラタンは笑う。
「ハハハ!!……いいだろう、いいとも。合わせてあげよう。対価を差し出せばね
君も、旅人になるんだろう?――冒頭からいきなりの、祖母越えをして見せてくれたまえ。彼女が行く事を途中で拒んだ場所へ行き、我々の望むであろう対価を持ってきたまえ、無理だろうがね」
「ボクにだって、意地はあります、だよー」
浅慮で無謀な答えに、グラタンが微笑んで振り向いた。そして、その顔が驚愕に染まる。
ダザに対してとは違い、歯牙にもかけなかったアスカへの警戒心。アスカの存在の変貌に、筆頭騎士団長は思わず、腰の炎熱剣に手を伸ばす。
「……アスカ、君だよね?ま、待ちたまえ!!」
応えはない。
*
警備する騎士を通り過ぎながら、アスカは自身の変化を理解した。
今なら、今ならば、出来るかもしれない。
五体全ての意識を、前に向けた。走り出す。
人ごみを掻き分け、街道を駆ける。
今ならば、土や、木の根を踏み越えて、恐怖や死の影を振り切って、劣悪な道を突き進める。
走って走って走って、転んでも、走れる。
向けられた視線を掻い潜れる。例え人の死を見ても、例えこの身を矢で射抜かれても、人間馬車は止まらないだろう。
そんな覚悟と共に、アスカは空気を裂く。
肌を擦る音。
鎧を指先でなぞる音。限り無く無音に近づくよう心がけ、呼吸を抑えて、荷物を漁る。
リソースガードの男が持っていたのは自身の血で清められていた刃のみ。
次へ。そっと、うねる様に液体を含んだ土の上を這って、隣の女の元に向かう。察するにインカネーションだ。
衣の隙間に手を伸ばす。女は黙ったまま、体をなぞる視線と手に抵抗しない。ただこちらを見ているだけだ。
見開かれた女の目、片方の穴からは棒を生やしていた。長い睫毛には赤い泥がついていた。
手で覆い、そっと目を閉じさせる。せめてもの救いを与えてやろう。もう見なくてすむように。いや、彼女は見たいのかもしれない。
その欲故にこうなったのだとしても。其れが彼女達だ。開いていようが閉じていようが、彼女の視界に自分の姿が映ることはない。
ああ、ならばこの情けは黒髪らの復讐になるのだろうか。誰も答えない。自分の胸の内から心の臓が鳴く音。あとは、獣の声や、風切音が、時折小さく掠めるだけだ。それもだんだん弱まっていった。
結局、薄目にさせた彼女。目的のものは持っていなかった。目を凝らして、次へ向かう。これで、十……、何人目だったか。
早く見つけて、交渉に及ばなくては。交渉の期間が終わる前に。
*
先程横目で見た、彼や彼女、ソフィアやウォレスのように、自分は他人の血で汚れたミスリルを差し出す。
「…まぁ、いいだろう。認める。交渉を行おう」
悩んだが、出せるものは、コレぐらいしかない。
「えっと……、い、今着てる服とか…シューズじゃ駄目、かな?」
「見合う価値があるならば」
「こういうの、凄く好きで、ちょうど、今着てる奴は最近手に入ったばかりのとても、お気に入りの、だから」
「見合う価値があるのであれば」
「最悪、下も、とか…」
「価値があるのであれば」
顔を赤らめて、周りを見返す。背に腹は変えられない。ごくりと音を鳴らした後、しゅるしゅると、肌の擦れと共に、纏っていた制服を差し出した。
黒髪をたなびかせ、腕で胸を抑え隠し、体を外気に晒す。アルティアがじっとこちらを見ていた。
「ど、どう?」
周囲から、大きな共鳴音が波打ち騒ぐ。
それは、悲鳴にも似た戸惑いと、強くこみ上げてくる怨嗟だ。
「臭う」
予期せぬ現状を見返して、彼らは理解し、そこに至った。
音と共に、自分の腕が、千切れて飛んで、エルフとの間で舞った。
「臭うぞ」
最初からこの森自体が血生臭いじゃないか。見つめた端正なエルフの顔が、その眉間と口が、形を歪める。怒りだ。怒るのか、彼らも。
「ヒトの血に混じって、お前の、不浄の腐れた贓物から!かすかに臭ってくるぞ!」
強い耳鳴りが彼らの吐くヒトの言葉に混じっている。
「お前は《ドワーフ》だ!何故ここに居る!?何故、存在している!!何故、リリオットの印しの付いた衣を着ている!!我等は知っている、それは従者の衣だ!」
森が蠢いた。
「あまつさえ其れを、“我等に差し出す”だと!?おぐぃあ!ふぃじじ!ぐドぅ!ぐ!!あ!あ!あああ!あああ!!」
彼ら自身の言語でも、ヒトの言語でもない。瞬間的に狂ったか。
「答えろ!――リリオットは我々を謀ったのか!?」
「対価を」
解き放たれ、肌を晒したまま、彼らに方法を説く。
片手を広げて、にっと笑う
「対価を出して、――だよー♪」
「対価だと」
「うん、だよー。情報に見合う対価を」
「貴様ら薄汚い山の穴掘り蛆が、我らと交渉するに足るはずもない」
「さっき、自分で言ってた、だよー?認めるって。貴方達エルフが、契約を、約束を反故するなんてことあっていいの?」
「あのミスリルは貴様以外の血で濁っていた。大方殺生の果ての盗掘品だ。貴様らにお似合いの汚れた品だ」
「そう、だけど、あのミスリルを濁らせたのは貴方達。解っててさっき認めたのも貴方達、だよー」
「……ふん」
「さぁ、対価を」
「彼らは贄だ。ソウルスミスによって、この森と我等に捧げられたものだ。先程のミスリルも、彼らの命と共に“既に捧げられている”のだ」
「……むー」
やっぱり、リオネちゃんみたいにはいかないなぁ、とアスカは心中で頭を垂れた。
「それならおかしい、だよー。あのミスリルはソウルスミスが配布したものなんだから、そこのお姉さんは交渉を認められていいの?」
「生き延びて、贄の役目が解かれたからだ」
「…じゃあもういい、帰ります、だよー」
「帰す筈がない」
「どうして?」
「意図を話せ。リリオットの真実を告げよ」
「ボク、服を渡しただけで何も言ってないもん」
「いいだろう。交渉などせずとも、貴様の体に聞けば解ることだ」
今度は耳が千切れて飛んだ。弓だ。左耳が背後の木に縫いつけられた。
でも、音は変わらず聞こえる。
「脅しに屈すると思うの?」
アスカは前に出た。エルフの至近距離へと歩みだす。
一本の矢が肩を射抜き、次いでもう一本が胸に刺さった。
「ねぇ、屈すると思うの?」
更に歩む。エルフを見下ろした。
「ボクは人間のつもりだけど、《ドワーフ》なんでしょ?だったら解るはず。ドワーフは、納得いかないことには絶対に従わない」
「……」
「だから貴方達はヒトを利用して駆逐させた。ヒトに攫わせて連れてこさせることだって出来たはず、言うことを聞かせようと。実際に、死ぬまで、拷問もしたんでしょ?血の臭いも知ってるんだから」
エルフが大口を開けて、こちらを威嚇する。
「でも、彼らは最期の最後まで従わなかった。尊厳の崩壊した朽ちた操り人形には出来ても、意思と知恵を残したまま従える事は出来なかった、だよー」
その目を、覗き込む。
「お祖母ちゃんだってボクだって、そんな横暴には従わない。死にたくなんてない、生きることは何よりも重要だから。でも自己を無くしたくもない、だよー」
エルフの智と本質を覗き込む。
「知りたいのなら。ボクをソウルスミスとの契約の対象にしないのなら。ボクと契約して、だよー」
「契約」
「そう、契約、ボク個人と。真実を対価に」
「……お前の名は」
「ボクはアスカ。アスカ・スカイマイグレイト」
あっ!と、思い出して付け足した。
「アスカんって呼んでね、だよー♪」
首を傾げて、納得いかない顔のエルフ。
ウォレスが見かねてそっと助け舟を出した。
「……契約成立、じゃな」
そうしておけ、とエルフに耳打ちして付け足した。
アスカは、意気揚々とf予算について聞くことにした。
「――アスカよ。それは儂が既に聞いておるんじゃが」
アスカは、何故自分の事に気付いたのか聞くことにした。
エルフとウォレス、えむえぬ、アルティア、ソフィアが指を刺して答える。
「あっ」
指の先を見ると、自分の尻に矢の先が浅く刺さっていた。
ミスリルを探さずに、ウォレスの話を横で聞いておけばよかったのか。
白けた雰囲気の中、他の交渉者が撤収する。
アスカの怪我の応急処置をしてくれた女性、ソフィアの容態が急変し、えむえぬという少女に運ばれていく。妖精が去り際にこちらを見てくる。恥ずかしい。
僅かな時間だったが、ヘレンの器に(恐ろしいことだ)、ではなくソフィアに感謝する。優しい人だった。自分が彼女に出来ることがあるならば、しかし
今は、契約の方が大事だ。天秤は、破壊されていく彼女の自己や涙よりも母へ傾く。多くの森の犠牲者を天秤に架けたときと同じ様に。
エルフの声がアスカを呼ぶ。
「…いいだろう。契約を認める」
今までずっと考えていたのだろうか。
「それじゃ、改めてボクに情報を」
「その前に、対価を。衣は受け取った。残りと、真実を差し出せ」
「ふぇ!?服もなのー?」
「我等への軽視の証で無いのであれば、ただの捧げ物と認めよう。契約は既に認められた」
「……なかったことにしたいだよー」
「既に対価として受け取った。返却の為の対価を与えよ」
「ううー!」
無茶苦茶だ。
「……?ちょっと待って、残りと、真実!?残りの真実じゃなく?」
「対価として受け取る」
「さ、最悪、下もとか、言わなきゃ良かった、だよー……」
*
体を震わせて、膝を抱えて蹲るアスカの顔に、エルフがその手を近づけた。
「わわ!顔がち、近い、だよー!?」
「真実を見せて貰う。その為の手段だ。逃げるな」
長い指が、アスカの千切れた耳の穴に突っ込まれる。顔を両手で固定された。
「あふっ!!」
冷たい指の感触に声が出る。
「お前の中に入らせてもらう」
「ひっ、うっ、やっ!」
「受け入れろ。入れない」
「あぁっ!!」
エルフがその額をくっつけると、目の前が光り輝き、視界が白く塗り変わる。精霊封印に受けるときに近い感覚。精霊による精神への侵入。
渦に飲まれるような感覚。
気がつくと、アスカは朦朧として、広大な砂漠の上に立っていた。
「ふわぁー…?こ、ここは?」
「お前の精霊と、記憶の在る場所を風景として目視化した世界。情報閲覧の為に、お前には自己プロテクトを解除してもらわねばならない」
「じ、自己プロテ?」
エルフが指刺す方を見ると、熱砂の先に黒い半球型の壁が見えた。
「お前が言ったとおり、ドワーフの自己プロテクトは頑強だ。守られた情報ごとこの壁を壊すことは出来ても、それを覗くことは出来ない。だからお前も共に連れてきた」
「ほへー、だよー」
「解除を、念じよ」
さて、どうしたものか。
アスカは、エルフの視線に身を捩じらせながら思考する。
エルフが壁に触れると、自己プロテクトの壁は光の加減によっては一部半透明に見えるようになった。
「うわ、だよー!」
服を着た複数の“アスカ達”が、内側から石壁を全身で支えていた。
「ボクノナカニハイラナイデ」
「ボ、ボクがいる、だよー」
「ボクヲオカサナイデ」
「自己プロテクト……」
「ダヨー」
「さぁ、解除を念じよ」
「ヤメテヨシテサワラナイデ」
「ごめんね、ママの為、だよー」
えいっと念じると、黒い壁とアスカ達が粉末のように分解されて熱風に散っていく。
壁で隠されていた自己の中心へと向かう。噴水が埋まっているのが見えた。
一歩踏み出す毎にかつての記憶や自分に関わる存在や物が浮かび上がって目に入る。家族の笑顔。リリオット家の応接室。祖母のお守りもあった。
「これは吸精の魔石。作動を念じたままダメージを与えることによって、衝撃に分散した対象の精霊を器から吸引し、取り込んだ精霊を反対側の窪みから放射注入する中間ツール」
「うん、お腹空いたときとか疲れたときとかにも助かるん、だよー。」
「随分と小型でかつ単純な構成…かつ薄汚い。ドワーフ族の作ったものだな」
「むー、お祖母ちゃんも使ってたから、年季が入ってるだけだ、もん!うう!ぐあ!…あ、あれ?」
侮辱と判断。軋む音。
「アスカ」
エルフが呼ぶ。黒い靄が腕から滲む。腕が勝手に動いた。止める腕も今は無い。
「か、体が!?エ、エル、ぐぐ、ぅぅ……えるふ、へレん、きにイらナい、だよー!?だ、駄目、ち、力が!?…ユルセ、ナイ、にクい」
アスカを、小さなドワーフの自己意識が包み込む。血は薄いはずなのに、エルフに対する憎しみは濃いのか。腕が、アスカの意思に反してエルフの首を絞めあげる。
「アスカ」
エルフが此方を見ている。ヘレンに良く似た顔で。この顔を、グチャグチャニツブシテヤリタイ。
ごき、ごき、ぴき、ぴき。このままではまずい。自分は祖母ほどエルフに悪い感情は無いはずなのに。生贄だって、戦争に比べたらずっとマシだと。エルフだってヒトと変わらず自己防衛に及んでるだけだと。ドワーフ追放だって、昔のことで自分に実感は無いって、納得しているのに。天秤はそう掲げたのに。自分はアゲハの孫で、ドワーフとホビットと、ヒトの混じった人間だって思っているのに。
自分の腕に噛み付く。顎を全力で閉じる。肉を抉り出す。筋と血管に歯を滑らせる。自分は納得しない。こんな憎しみはボクのじゃない!
「アスカん」
エルフの声。ようやく覚めたアスカの自己によって腕が止まり、長い沈黙が続いた。
「ご、ごめんなさい、だよー…」
エルフは気にしてないのか風景を見ている。
「……絞められてる間、大まかな記憶は覗けた。お前の知っているあの街の真実から察するに、リリオット家とその現当主は潔白と見た。だが、その配下については行動に不穏な空白が多い」
「か、関わってないから、だよー」
「お前がここに来た理由も知った」
「ママ…」
「他家の真実を調べよ」
「…ふぇ?」
「対価は真実とお前は言った。だが、真実が足らない」
「そんなのず、ずるい、だよーー!?」
「お前の魂胆も既に見た。我等を手玉に出来ると思ったな。侮るな」
「あぅ…」
「ひとまず、お前の望む情報を与えよう。次いで、契約成就の為に、命ずる。他家の真実を調べよ」
「最初から、手駒が欲しかったん、だよー?」
「お前は人間なのだろう。それを認めよう。そして我等に害意は無い。調査はお前の自己による自意識に任せる。故にリリオットへの不可侵は守られる」
目を覚ますと、88体の贄がアスカを取り囲んでいた。
「仕えるつもりじゃなかったのに、だよー」
あの服を差し出したのも、そういう意味じゃないのに。しかし、そういう風にもとれた。
「ちょっと貰ってくね」
呻く贄の群れを掻き分け、手ごろな巨木をさすりながら話しかけた後、優しく抱きついた。
ミチミチと片腕に締め付けられる其れはツリーフォークだったが、両者に抵抗は無かった。光が浮かび上がる。
「ごちそうさま♪……ねぇアルケー、さん?アルケーん?まず傷を治療して、千切れたこの腕と耳もくっつけて?調べるのに不便だから」
腕に持った腕をエルフに突き付ける。
「傷を癒すのであれば奥の泉へ向かえ。しばらく浸かる事で再び肉体も繋がるだろう」
指差す方に向かうと、底の見えない暗い泉があった。
「うわぁ、冷っこい……うー、でも気持ちいい……ふぅー、エルフの森で水浴び、だよー」
ソフィアに止血してもらった傷口が動き出し塞がっていく。これは便利だ。生命力の濃縮したこの泉だけで、充分ヒトを引き寄せる魔力を持つ。
エルフも外敵から身を守るのに必死になるだろう。その結果、潜在的な敵意を更に産み付けていくわけだが。
「うん?何か今当たった、だよー?」
潜って見ると、ヒトや獣の形をした骨が複数体、ゆらゆらと身をくねらせて踊っている。髑髏の口元は笑っている。アスカは無言で、身を引いた。
ここは、この森の口なのだろうか。
贄は何らかの目的に使われた後、用無しとなればここに沈められるのかもしれない。
「ボクは、かつての、生贄の血をすすっているんだね」
森の目を仰いで、一人納得する。腕や耳も、ちょうどくっついていた。
アスカは何か思い立ったのか、泉の水を飲んだ。嗚咽しそうだ。命が入っていく。潔癖故の半端な拒絶を無視し、無残な結末の恩恵に必要以上にあやかる。
そして咳き込みながら歌いだした。歌詞はない。
雄叫びのようで、囁きのような。リズムも定まって無い無茶苦茶な波紋。伝えたいのは気持ちだけだ。
良くわからない、このもやもやだけだ。あぁ、皆さんの命を貰っていきます。皆さんの嘆きを貪っていきます。とても、苦いですが、美味しいです。こんな虚しさ、大嫌いです。皆、皆、大嫌いです。貴方を好きになりたい。世界を好きになりたい。もっと世界を見たい。正当化したい。ボクになりたい。
――生きよう。せめて生きて、目的を遂げよう。彼らの分まで。ボクの為に。何かの為に。この命達を使って。
*
エルフから“ある情報”を得た後、町に戻ると深夜を既に越えていた。辺りは静まり返り、人通りも無い。
不穏な動きで思い当たるのは、ペルシャとジフロマーシャ、ラクリシャだ。猫目の件を考えると、まずペルシャ家に向かった方がいいのかもしれない。
不眠でアスカの探索劇は動き始めた。これから、アスカとこの街のエフェクトが始めて深く関わることになる。いや、ならねばならない。
――ボクの旅の、始まり。
夜道を歩いていると少女の話し声と何かを引きずる音が聞こえた。
こんな、おそらく夜遅くの時間に路地の奥から。怪訝に思い、ちらりと覗くと、森で遭遇した彼女達を見つけた。
少女を支え、二人の男を引きずっている。異様な光景だった。お持ち帰りかな?見かねて話しかける。
「あのー、大丈夫ですか?……って、ソラちゃん?ダザさん?ど、どういう状況なの、だよー?」
「あ、さっきの。って貴方、腕が?」
「あ、お蔭様で、だよー」
繋がった腕を見せる。
「いやに治るのが早いわね」
驚くえぬえむを尻目に、店で追われてるのを見て以来だったソラを確認する。調査をペルシャ家優先にするぐらいには気にかけていたのだが無事そうで良かった。
ふと、此方への視線に気付く。
「えっと、ソフィアさん、だよ、ねー?」
「……」「……」
髪の色の違うソフィア。先程のエルフのような、ヘレンのようなと金髪。
じっとこちらを見たまま、彼女は何も言わない。エルフの首を絞めたときの感情。手折る直前の感触を思い出す。嫌な沈黙。なんだか気まずい。
場を切り替えようとえぬえむからある程度事情を聞き、宿に向かってる途中であることを知る。彼女達だけでは大変だろう。
ソフィアとダザを見返す。……借りを返そうか。
「ソフィアさん、えっと、その糸でボクを縛ってくれる?」
*
「よいしょー」
右手にダザを、左手にマックオートというらしい男を抱え込む。
背中にはソラをくくりつけた。
このまま宿まで運んであげよう。淀みなく歩き出す。
「悪いわね、助かるわ」
「エヘ♪困ってる女の子を放って置くのも忍びないしね」
置いていった場合も在るけど、と小さく零す。
「さっ、出発進行、だよー!」
「一応、余り目立たないようにはしてね」
「……」
「ヘレンさん?」
ソフィアが背中に飛び乗った。
「わっ」
飛鳥の髪を引っ張る。
「いてて、だよー」
手綱を取られたアスカが四人を体に乗せて、走り出した。
「まるで馬ね」
えむえぬがその後を追いかける。
街中心の表通りまで来ると、この時間帯でも人は居るみたいだ。
目立たぬように、路地を駆ける。
宿まで無事連れていくと、リオネと会おうかという話になっていた。
アスカは事後処理のことで改めて謝りたかったが、壊れた片耳の事がちょっと気まずいので今は離れることにした。
ペルシャ家突撃捜査の前に、取り合えず店に戻って情報収集しよう。
深夜の《花に雨》亭では、理性から解き放たれた酔いどれ共が、店員や女性客に絡んでいた。
「んなぁー、ねえちゃんも酒飲めよおー、ぐへへ」
「お客さん、困ります。あたし勤務中ですし」
「いいじゃないのぉ、このまま夜闇にまぎれちまおうずぇえ。今日はあのでけぇのもいねえし」
「うわージェシカ見て。キャリーが絡まれてる。あいつ鬱陶しいのよね」
「普段はおとなしいくせにね、アスカんが居ないとこれだわ。酔っ払い、しつこいなぁ」
「ちょっと店長、落ち込んでぐだってないで何とかしてくださいよ」
「花に、雨を…ううう…」
「だめだわこりゃ、さっきから仕事してないでお酒飲んでるし」
「貴族帰属貴族ぅぅ……、花に雨は降ってこないか?あぁこの乾いた心は酒では潤わないのか!?」
「しらねーよ!……あ、いらっしゃいませー♪」
「「いらっしゃいませー♪」」
「夜分遅くに失礼します、アスカ様はおいでですか?」
「うおメイドさんだ!本物!?ジェシカ、あれ本物!?」
「はい、私、リリオット家に仕えております」
「いらっしゃいませ、ご婦人。ようこそ御出でくださりました。アスカ君のお知り合いですかな?あいにく彼は今日は休みでしてなんでしたら連絡先をお伝えしましょうか」
リリオット家という言葉にスイッチの入った店長が、姿勢を正して二カッと笑う。咄嗟に投げつけた酒瓶は放物線を描いて酔っ払いの頭にめり込んだ。
「いってぇえっぇ!!なにすんだ親父!」
「速やかに枯れろ!朽ち果てろ!本物の花に栄養を譲れ!」唾を吐く。
「きゃ、客に向かって何たる!?この親父を囲め!デルタフォーメーションだ!」
「「おう!」」
冷ややかな目でメイドは店内を見ている。
「……あぁ、彼の働いているお店と言う実感が湧きましたわ」
「すみませんお客様、騒がしくて…」
「彼が居ないのならしょうがありません、また後日改めますわ」
ちりんちりん!
「こんばんわだよー♪」
巨漢の登場に店内がざわついた。上半身は裸で、下に緑色のエルフ族のスカートを履いている。
「ア、アスカん!よかった、ちょっと助けて!喧嘩が起きてるの!」
「だよー」
「(げぇ!?出た!!つーか何処の部族だよあの格好!!)」
「(逃げるぞ!抱きしめられるのは勘弁だ!)」
アスカの大胸筋の蠢く様を見て、もはやメイドじゃあない、と男達は天井を仰いだ。冷や水をかけられたように場が静まる。
「アスカ君ちょうどいいところに!此方のご婦人が君に用が在るようなんだが」
「アスカ様?その格好は?」
「あ、リリオット家のお姉さんだ。ごめんね、せっかく貰ったあの服、人にあげちゃった、だよー」
「あら、そうですか、とりあえず、先の借りを返させていただきますわ」
すかさず張り手。
「お蔭様で腰を抜かしてしまって大変でしたわ、ええ、それはもう」
流れるような往復張り手。
「いててだよー」
「ええそれはもう!ええそれはもう!」
店内に、張り手の音が数分間響き渡った。
お客や店員に聞いた情報収集の結果。
爆発や連続殺人等のきな臭い噂。いや、きな臭い事実が街には満ちていると再確認する。
メイドからは全身骨折した猫目の遺体の事と。あの日の門番の証言を聞きなおし、門番の偽者の存在が発覚した事を聞いた。
アスカはメイドを貴族街に送り届けた後、公騎士団総本部に直行した。グラタンに捜査の後押しをして貰おう。まさに事態は、濁流のごとく激しく流れていた。この街は、大いなるモノに飲まれようとしていた。世界は、最期の劇に辿り着こうとしていた。アスカは、警備の人間に捕まった。
「あ、店長、アスカんと最後に何か話してましたけど?え、どうしたんですか?」
「……自分は今夜限り居ないものと思ってくれだそうだ。恐らくもう、いつものようには会えない…らしい」
「えっ」
「……おお、花に、雨を!」
ペルシャ家、応接室。
威圧感を放つ老女と、アスカが対面する。
「よくもまぁこんな夜更けに、守護神様は礼を知らないのかねぇ?」
ぎらついた目で、こちらを睨み付ける。アスカの真横に座っているグラタンが肘を突いて笑う。顔が疲れていた。
「起こすのも忍びないとは思っていましたがね。既に起きてらっしゃって助かりました。オーフェリンデ様も流石に朝が早くなりますね」
「わざわざあたしに嫌味を言いに来たのかい、マカロニ坊や。それもでかいのを横に連れてきて。一人じゃ夜道も歩けないのかねぇ?」
「ははは、敵いませんな。私は彼の道案内をしたまでです。こちらの彼がペルシャ家に用が在るとのことでしたので」
「下らない用でないことを願っているよ。さぁ、名乗りな若造」
老女に礼をする。
「突然のご無礼をお許しください。ボクはアスカ、だよー」
「お前さんは何処の誰の使いだい?」
「森のエルフ、だよー」
「…ほう、長耳どもかい。何のようだね?」
「“時は来たり。満ちる前に、リリオットの者共に、今一度リリオット家と神聖なる契約への忠誠を問う”、だよー。リリオット家を愛してますか?」
「ヒヒヒ……今更かえ?自信家のあやつらにしては珍しいことさね。下々の者を疑うだなんてね。
しかしまぁ、忠誠だって?ヒヒヒ、笑わせるねぇ。土底のクックロビンに聞かせてやりたいよ」
「ちなみに我等バルシャ一同は、忠誠の剣のままですな、《我が栄光と誇りは、我が背後に立つ》。家訓は揺らいでません」
「リリオットのマカロニ坊やの話はいいよ。一介のロニ坊やとしてはどうなんだい?」
「変わりませんな。いや、結局、幼い頃から変われませんでした。私は結局周りに言われたとおりの騎士のままです」
「ヒヒヒ……しかしどうやって忠誠を試すんだい?エルフの下男。
一言で終わらせてしまっていいのかえ? 変わらぬ、さぁ、お帰り 」
言葉でならいくらでも言える。
エルフにおける重要な契約の、正当性を補足する行為に虚があってはならない。
アスカは魔石を胸の隙間から取り出して、その手を伸ばし、抱きついた。枯れた木のような手応えだった。
「な、なにすんだい!離しな!この、助平がっ…!」
離さない。全身の筋力で、老婆を肉の中に閉じ込める。
「ハハハ、コレも捜査なんだそうですよ。私もフラフラになるまで吸われましたからね。さぞ苦しいでしょう」
公騎士団へ持ち帰った情報は、他勢力に劣らぬ新たな尋問の方法だ。アスカの持つ石に宿る魔と精霊を解して、老女の精霊を此方へ吸収する。老女の記憶と自意識がアスカの精霊器内を通過する。
エルフが使う、他者の内面への侵入ではなく、自己精神を用いた他者意識の反芻。照付ける脳内で、老婆の情報に色濃く残るものを反芻する。
――ハス・ヴァーギール。ミゼル・フェルスターク。死の連鎖反応[フェイタル・ドミノ]。ハッサン・フィストの召還。ソラちゃん。マスター・オブ・エフェクティヴ。常闇。グラウフラル。更なる血。手紙。そして、この部屋に仕掛けられた封印魔方陣。
「グラタンさん、ここから離れて執務室に急いで!このお婆さんの、グラウフラルとリリオットの戦争をしかける手紙が在るはず!」
「お、お前、このガキ共が!イヒ、ヒヒヒ…!!此処から出れると思ってるんじゃない!生贄にしてやるよ!」
老婆の意思により、室内に隠された魔方陣が輝く。アスカと、グラタンの体が瞬時に硬直する。
グラタンが微笑んだ。
「既にうちの部下に捜索させています、ご安心を」
――誰かの心臓。そして、これは、触媒の山。沈没事故?ドワーフ?
「クス♪」
アスカもまた、微笑んだ。渦巻く奔流の中で見つけた、自分の母へ。
老婆もまた、微笑んだ。室内奥の小さな扉から、異形の獣が姿を現した。
奥の扉から一匹、また一匹と獣が入室する。異形の其れは、まさに魔物と呼ぶべきものだった。
足が動かぬので逃げることは出来そうにない。
グラタンが笑う。
「これはこれは!ここ最近、うちの者を貪ってくださったのもこの獣達なのですか?」
「ッヒヒヒ!!さあねぇ?知ったところでもう遅いだろうさ。既に、血と死は及第点まで集まっている」
「何をなさろうとしているんです、オーフェリンデ様。争いをけしかけようなどと」
腰にぶら下がった剣が炎を纏うが、手は動かない。
「相手がグラウフラルじゃなくても、大きな争いの波は幾度と目前に迫ってきておる。それも、練り上げられ、より大きく、より激しくなった血の渦が!。
いったいどんな波がこの街を飲み込むのかは、あたしにももはや解らんよ!ヒヒヒ!この子達を使ってやろうかねぇ。肉に飢えに飢えたこの子達を、場繋ぎにさ!」
「世迷言を。狂ったのですかな!オーフェリンデ様は!」
「あたしが一番最後に笑ってやろうと、そうしているだけさね!この街でね!既に、エフェクトの手も、獣達も、あちこちで解き放たれているのさ!」
騎士と魔女が言葉をぶつけ合っていた。その諍いをアスカは中空で掴む。
「そうなんだ、すごいね」
両腕に籠める力。骨の砕ける音が老婆の悲鳴と協演した。
「ペルシャのお婆様、もう一押しでボクは貴方の背骨と胸骨を砕けます。体が動きませんが其れぐらいはまだ出来ます、だよー」
既にもう、老婆の肩の骨はひしゃげている。
「このままだと一緒に贄になるだけ。獣を止めて、縛りを解いて降伏して?ボクも貴方を解放します、だよー」
顔を歪ませながら思案した老婆が、答えを返す。「ヒギギ……い、いいだろう、1、2の3で術を解いてやるよ…」
「1、2の、3、だよー」上半身の硬直が解けた。手を放して後ろに伸ばす。老婆がよろめきながら、距離を置く。
「ギッヒ、ヒヒヒ、やっちまいなぁ!!」
指示に、獣達が唸りを上げた。アスカ達の足は依然動かない。解けたのは上半身だけだ。半端に解けた術式が中途再開し、数十秒後に今度は全身が再封印されるだろう。
老婆は舌を出してよろよろと部屋を出て行った。
「どうするんだい、アスカ君」炎熱の剣が獣を威嚇する。
「くすくす」
強く握って食い込んだ爪。振りかざした拳から、血が滴っている。薄くて、匂いの濃い血が獣を誘う。
「おいでー」
炎に怯えた獣が、涎を垂らしながら飛び掛る。その顔を空を切って振り下ろした拳が、寸でのところで机に叩き付けた。
「いいこ、いいこ」
頭蓋と眼球を破砕するその手が、石造りの机を二つに叩き割り、咀嚼するような耳障りな音と、砕けた石と獣の脳髄と赤黒い肉片が螺旋を描いて溶け合い、床へと熱く注がれた。香りが強
い。打ち砕く音は室内や扉の外まで響き、床に咲き乱れる亀裂の花。そこに染み込んだ淹れ立ての茶が、整えられた魔方陣を上から悪戯書きの様に書き換えて濁し、効力を損なった。
ごりごりと、擦る音を奏で終え、歩みだす。
「さぁ、追いかけましょう、だよー♪」
満面の笑顔。隠し切れない愛情。
「ママが、ボクを待ってる!」
飢えた獣は、確かに解き放たれた。
応接室同様に執務室からも湧き出した獣達をあらかた処分し、反逆の物理的証拠の手紙をグラタン率いる公騎士団が見つけた。
だが、老婆の姿はない。アスカが老婆の記憶の中で見た、何らかの術に用いるであろう触媒たちも見つからなかった。
不気味な触媒の中でも特に異彩を放ったのが、心臓入りの水槽だ。それも、室内を埋め尽くすほどの数え切れぬ量。
あの魔女は、何を行うつもりだったのか。
「(あれは、ドワーフ族の心臓だ)」
アスカの頭の中に声が響く。森のエルフ。アルケーの声だ。
「(ドワーフ族は信仰心が強かった。山と神霊に対しては、特にだ)」
アスカの偏見や思い込みが捜査に混じってしまえばエルフの為に成らない。故にエルフはアスカの心象世界に楔を置き、あの砂漠に配置したアルケーの分体を通して、捜査を監視していた
。その楔によって、アスカが捜査を放棄して逃亡したりできないようにもしている。アスカが自己プロテクトを解除した時にあおれは仕掛けられていた。
「(血と死の連鎖。生贄。前述した触媒を用いた術式。察するに神霊に働きかける術だ)」
「詳しいね、だよー?」
「(当然だ。我等もいつか行うであろう手段として、認識していたからだ)」
「……やっぱりエルフ、だね。でも、それはいい。アレは、あの心臓には、ママの分が入っていた、だよー。ママは最終的にペルシャ家に運ばれていたんだ」
「(なぜ、解る)」
「……男の子の勘、だよー」
正直、母の顔を見つけてから、アスカは気が気でなかった。瞬間的に、漆黒に染まっていたといっても過言ではない。いや、今もだ。
*
「ようこそ……、モールシャへ……御出でくださった」
「直々のお出迎え恐れ多いことです」
「だよー」
モールシャ邸に出向き、痩せこけた顔のバーマン卿に出迎えられた。大勢の命を奪った第二次ダウトフォレスト侵攻の実行者。その彼の顔に、酷く苦悩した痕が見受けられた。
彼にも良心は在るのだ。だがそれはまた別の話。捜査を行う。アスカは卿を抱き締めた。
「ぐう……!」
「ははは、少々我慢なされば直ぐに終わりますよ」
「ううぅ……」
特別、異常は見受けられなかった。彼は、己の主へと忠誠をもっていた。
「何も、異常はなさそうですね、……だよー?」
黒い影が見えた。何だアレは。誰だアレは。アスカはその影に関する記憶を探る。
「最近、誰か、ここに来ましたか?客として」
「う、う、ううう!!!わ、わたしは!!わたしはぁぁぁっぁ!!わわわ!」
「バーマン卿?」
どうしたのですかと訊ねようとしたグラタンの声が止まる。
バーマン卿が頭を強く振り出した。
「わっしょい、わっしょい!」
「は!?」
アスカもまた、それに続けて叫ぶ。
「らっせーら!らっせーら!」
「(これは、なんだ)」
グラタンが、アルケーが困惑する。
心象世界の砂漠で、黒い思念が渦巻いていた。アルケーは、アスカが反芻する卿の記憶と精神の中に、トラップが仕掛けられていた事に気付いた。
「わたしはね!悪人に!成りたくなんて!なかったよ!」
「仕方がない!仕方がない!仕方がなかった、だよー!」
密着した男達がぐるぐると回りだす。卿は懐から鍬を出す。鍬が高速で回りだす。
このままでは拙いと判断したアルケーが、手をかざす。
「わっしょいわっしょい!!」「らっせーら!!」
エルフの力が、洗脳によるアポトーシスの、そのベクトルを逸らす。
「「せーの、のこった!!」」
二人の男が、お互いに強く組み合った。
グラタンは後ろから二人を剣の峰で殴り気絶させて、公騎士専用の馬車の後部座席に運んだ。
この後は騎士団本部に、ラクリシャ卿が直々に出向いてくれる手筈になっている。
無理を承知で持ち出した捜査なのだ、待たせる訳にも逃げられる訳にもいかない。この街の安寧はもうほとんどない。車輪が動き出す。運転席の横で、時に追いつけずとももっと早く動けとグラタンが苛立った。炎熱が車内に漂う。
後ろの二人が、どちらともなく目覚めた。
車内で立ち上がったバーマン卿が真横にアスカを押し出す。
「わっしょーい!」
どおうっ!と扉を突き破って、アスカの体が外へ飛び出して宙に浮く。
「っせーら!」
寸でのところで腕を伸ばし、天井部を掴んだ。巨体の足が馬車に引きずられ、音を立てる。
「わ、わたしは悪人じゃじゃじゃ!」
もう一方の手で卿も同じように車外へと引き出した。
このまま手を放しそうになるのを堪えて、馬車の屋根に上がり込む。
車内は狭く、小柄な卿に分が在るからだ。
戦いの歯車は回りだした。街道を走り、揺れる車上で二人は向かい合い、再度組み付いた。
落とされぬように踏ん張る両者の足が、屋根に窪みを作る。アスカの顔が苦しそうに歪む。圧されているのだ。
本来なら、体格や筋力が劣る卿が容易く御される筈の一戦。しかしこの戦いは心世界にて真実が浮かびだす。
心の砂漠で、黒い闇がアスカの自我を飲み込もうと、猛攻を繰り出している。ドワーフの自己プロテクトを用いて、エルフの力を借りて、ようやく防げでいる。
卿は鍬を車に打ちつけて自らを支える。「《鉄とモールシャは耕すためにある》か…」屋根を見上げるグラタン。突風が二人を苛む。瞬間、アスカは後ろに退き、飛び降りた。卿を掴んだままで。
*
路上を転がり抜ける二人。頭を打ちつけ、血を垂らして、アスカはマウントを取る。
「(打ち勝てる)」
「何をしているのかね、ねねね」
そう感じた瞬間、背後から声と殺意が圧し掛かる。咄嗟に真横へ退く。新手だ。降りてきたグラタンが叫んだ。
「まさか、ラクリシャ卿まで!?」
「のこったのこった!」
「わっしょい!」「らっせーら!!」三竦みか、否、アスカ一人を敵として二人が組み付いてくる。
「(感染?いや、連鎖反応。この人間もまた同じ別思念に囚われている)」
二対一。ラクリシャ卿がバーマン卿の肩に乗った。
「《我らが教育が人を創り、街を動かす》」
押さえ込まれる。暗黒は重なり、心内にてアスカを抉り付けた。路上をじりじりと後ろに押されていく。足が大地を削っていく。
命運尽きた時、朝焼け前のメインストリートを女が歩いてくる。
「“白痴事”か!?」グラタンは息を呑んだ。
「ドスコイドスコイ」と吼えながらつっぱりをかます彼女に、男達は「わっしょいわっしょい!!」とつっぱりで返す。千日手。
女はむっとしたのか。面白いと思ったのか。卿達の背中に力を籠める。それは挟撃の形となった。
「(この光。これは、精神干渉!この女は、リリオット家か!)」
暗黒の精神体を背後から光が襲う。アスカの縛りが緩まった。その隙に、アスカが叫び、暴れ、喰らいつく。がぶりだ。
陣形を咄嗟に変え背中合わせになり、前後のアスカ達を迎え撃つ卿達。
バーマン卿は落ちたときの衝撃で片腕が折れていた。しかし、がくがくと震えながらなお、アスカを通さない。
「(後一歩、後一歩及ばぬ)」
「「「らっせーら!っしょい!のこったのこった!!せーらっ!!っしょい!!」」」
心内にて、影が微笑む。アスカの心を強く苛む。アスカの母、祖母、父が砂の上に描かれては熱風に散っていく。
食いしばり、抗え。
「ぼ、ボクは、ママを、迎えに、いくんだ」
踏み出す。
「そこを、どいて。阻むなら、立ち塞がるのなら、ボクは、ボクは!!!」
拳を握る。強く高く。
「打ち」「ドスコイドスコイ」「砕く」
剛拳を足元に叩きつける。ひしゃげる、路上。
「……だよー!」
その勢いを殺さずに、手が、指が、足が大地を跳ねた。浮きあがる。卿たちを巨体に乗せて突き抜ける。
*
地平の向こうに、真っ白な朝焼けが今まさに昇る。
「“今一度問う”」
巨漢の問いに、男達は片膝をついて頭を垂れた。
「「我等の忠誠は、我等の主、リリオットの為に」」
二人の卿を引き連れ、捜査は順調に進んだ。二人は揃って頭を抱え、件の人影について思い出そうとしている。
クローシャ邸にて、銀髪の婦人であるクローシャ卿を抱き、しな垂れた彼女の口と心から忠誠を聞いた。彼女の瞳の熱っぽさにアスカはきょとんとしていた。
騎士団総本部でダザと再会する。彼は無事のようだが、街の様子がおかしい。北部に広がる闇と、住民達による暴動騒ぎ。
ダザの頼みに応え、クローシャ卿に協力してもらい、清掃機構の人員を動かしてもらう。
「エフェクティブが遂に動いたか。アスカ君と離れるわけにも行かない。私の妻と妻の騎士団にも協力してもらって、私と数人の部下を除いた公騎士団総出であちこちの沈静に励むことになりそうだ。長引けば長引くほど被害は増えそうだからね」
そう、急がねばならない。
「ありがとうな、アスカ、助かるよ」
礼を言うダザに、アスカは自分の母の心臓の事とオーフェリンデについて話した。あの老婆も、早く見つけなければならない。
そしてなにより、懸念することがあった。アスカは内に秘めた自分の思いをダザに伝えた。ダザは、“ダザの言葉”を与えてくれた。彼は笑って去っていく。
アスカは、その際ダザの精霊器の異常を感じた。だが、時間はない。今、自分が優先すべきこと、出来ることを考える。手紙に書かれていた祖母の教えを思い出す。
《故持って人に組し、故持って人を捨てよ。故とは、自己。何よりも譲れないもの。後悔の無い様に動きなさい。暖かく、冷徹であれ。せめてその故が、貴方の良心でありますように》。
*
ジフロマーシャ邸前。急いで捜査を行いたいが、有力な卿の死亡や爆発事故による被害等の混乱が続き、此処の内情に詳しいであろう者が思いつかない。
頭を抱えていると、アスカの耳と目が在る人物を発見した。相手にも、それを気付かれた。相手が逃げる。グラタン達を置いていって、アスカは追いかける。
細い路地を潜り抜け、襲い掛かる男達を轢き飛ばして、アスカは遂に逃げる猫を追い詰めた。
「……と、思いましたかぁん?」
音を立てて地面に横たわるアスカ。その顔と体から血が流れる。口角を吊り上げる女。ペルシャの猫目だ。いや、偽猫目か。
「誘い込んだんですよぉん、邪魔が入らないように、ねぇ!」
猫目の蹴りが、何度もアスカの頭や腹を蹴りつけた。
「捕まえれると思いましたぁん?私を力ずくで組み伏せれるとでもぉ?あぁあぁ!嫌だなぁ!コレだから男って奴は!ばぁっかみたぁい!!」
アスカの防御を掻い潜り、再び蹴りつける。アスカの息が荒い。
「はぁはぁと野蛮ですねぇん、まるで獣!けだもの!あっはっはっは!」
ゲシゲシと背中を踏みつけられながら、なんとか立ち上がる。
「う、うう、だ、よー…!」
「貴方、弱すぎですよぉん?力と図体だけじゃないですかぁ。遅いんですよ、次への動作が。来ると解ってればこちらも防げますし、こちらの防御を貫こうと大技を構えて防御を捨てさせたら、そのすきっ腹に連撃で打ち込む。貴方がのんびり防御してたら、此方も穴をつけばいいんですからねぇ。本当に楽勝ですよぉ!」
アスカのビンタを避けた猫目が、巨漢に掌底を喰らわせる。アスカが再びよろめいて倒れた。
「なんせ、ふふ、手負いの相手にもしてやられてるんですからねぇん」
猫目もよろめいた。汗をかいている。
「あの緑髪。ワードプロト。本当にいかれた女でしたねぇ…あのまま、【変装】や【変声】をやられるわけにもいかないとはいえ、私も庇って駆動をくらってしまう始末、苦しいんですよぉ、正直」
だから、と猫は笑う。ナイフを取り出した。
「早く白状なさいなぁ?何を企んでるんですかぁ卿を引き連れて?害虫?いやいや害獣さぁん!」
後ろから足音。振り向く猫。
「あら、人知れずの逢瀬の邪魔をしたかしら」
金髪の狐目が闇の茂みから現れた。
声を落とし、震える吐息と言葉を吐いた。
「ダザさん、ボクね……怖いんだ」
清掃員、今や元清掃員のダザに、以前自分に指摘をしたダザに、言葉を求めた。
「ボク、あれから、考えたんだ。何をしたいのか」
「……」
「ボク、受け入れられてないんだ。ママが、死んだって事が。もう、五年も前のことなのに、ね……」
母の死体だって、確認した。その死に顔だって、見た。
「ボク、すごくちっさい頃とか、学校の長期休みとかに、お祖母ちゃんに連れられていろんな所を見て回ったことが在るんだ。
大きな崖も砂漠も、海も見せてもらった、だよー。……あんまり覚えてないけど」
てへっ、と笑う。
「ボク、ヒト以外の血も混じってるんだけど……ボクよりもヒト以外に近い亜人の村や、黒髪差別のとても強い街とかにも行ったこと、ある。
そこで、たくさんの人が悲しんでたり、苦しんでるのも見たことある」
罪への罰として火をつけられて焼けた街や、訳もわからずいじめられる人を遠めに見て、あの時、祖母はこう言った。
「世界は醜い。決して、優しいだけじゃないんだ。そのことを覚えておきな、ってお婆ちゃんは言った。それで、ボクは勘違いしていたんだ。知っているつもりになった。そういうものなんだって解ってるつもりだった。納得したつもりだった、勘違い。
他人から見てとった悲しみと、自分の悲しみは違うんだって。ママが死んでから、気付いちゃった。同じじゃなかった。ボクは受け入れられなかった。認められなかった。ボクは世界なんて全然知らなかった。だから、もう一度、今度は自分の力で、もっと旅をしたかった。納得したくて、この街に来た。ママの世界を感じたかった。ママと、けじめをつけたかった」
自分は理由や原因を求めていた。
「ダザさんに言われたことは、正しい。ボクは、焦ってるんだ。わだかまりが固まる前に。向き合わなくちゃいけない。ママの事と、今くすぶってるボクの事に。向き合わなくちゃ。でもね」
アスカは震えた。
「ボクね。ボクからママを奪った人に出会ったら、殺してしまうと思うの。その人が本当に反省してても、謝ってきても。その人の大切な人まで、手にかけてしまうかもしれない。ボクは、そんな、自分が怖いんだ。……殺したくなんてないんだ、傷つけたくなんてないんだ。でも、手が、震えるんだ。頭が、凍るんだ。ボクは、どうしたらいいの?目を背けて、逃げ帰って、忘れたらいいの?むしろボクは、そうしたいと思ってる。でもそんなの嫌だとも思ってるんだ」
灰だなと、ダザは思った。
黒にも白にもなりきれない。自分らしく生きることも死ぬことも出来ない。アスカは変わった祖母や家族に守られて、生まれつきの巨大な体格に守られて、黒髪や血の事で悩むことなく、優しい世界で、優しいつもりの自分を育ててきた。
優しくないものに、出会ってしまったんだ。優しくない世界の実感を、優しくない自分のことをこいつは今更になって知ったんだ。
「アスカ、全ての親がそうだとはいわない。お前の親がそうだともいわない。それが正しいことだともいわない。
アスカ、お前も知ってるあの気のいい鉱夫長はな、幼い娘さんを病気で失って、エフェクティヴに入った。産れや金銭の理由から、治療してもらえなかった。見捨てられたのさ。
アスカ、親ってのは勝手なもんでな。自分の子供が殺されちまったら、復讐に狩られちまったりする。俺も、一応、子供いるんだけどさ。もしかしたら、俺も、ぶち切れるかもしれねぇ。
でもな、立場が逆だったら、俺も、鉱夫長だってそうだ。俺達が死んだからっていって、子供にそれを背負わせるつもりはねぇよ。もし、子供が、俺の跡を継いでくれる。遺志を引き継いでくれるってなったら、複雑だけど、照れくせぇけど俺は嬉しい。でもな、そいつ自身の生き方を、人生を、染めちまう気まではねぇ。犠牲にしたくねぇよ。
“俺を殺した奴の事なんか忘れちまえ。俺の事なんか忘れちまえ。復讐なんか気にすんな。お前は自分のやりたい道を進んで、悔いの無いよう幸せに生きろ”って思う。だって、俺は、悔いの無いよう、生きて、死んだんだ。“お前は、俺じゃねぇだろ”って言う。…矛盾してるけどな。立場逆だったら復讐するのにさ。しかも、なんか、良く在る言葉みたいだよな。ははっ!」
ダザは、そういうと、背中を見せて歩みだした。
「アスカ、俺が言えるのはコレだけだ。良く在る言葉なんて思わないで、俺の言葉として受け取ってくれ。ハハッ……じゃあ、俺も、行って来る」
「えぇお邪魔ですよぉ、去りなさいなぁ?」
「そう」
金髪の女が本当に去ろうとする。
「……いや、待ちなさい、貴方、パールフロストの、リューシャさんですよねぇ。プラーク顧問に会いに来てましたよねぇん?お話、お聞かせ願えますかぁ?」
女が踵を返した。向かい合う目に冷気を感じると同時に、二人の立ち回りは始まった。
刀剣と凍剣の擦りあい。路地での攻防。僅かな時間の後、猫目が舌打ちしながら後ろに引いた。
「口は災いの元。好奇心は猫を殺すわ」
「私はハートロストのトライアライランス。人非人の暗殺者。ジフロ本家に害の在りそうなものは消しておかないといけない。貴方は有害と判断しました。今、私の主観で」
「そう、私もよ」
「今は逃げます、全力で」
「逃がしはしないわ。そこのあなた」
アスカの事だ。
「狭い路地でその体は不利と思ってるの?小回りのきく猫を捕まえるにはむしろ丁度いいわ。その巨体を伸ばして、捕まえなさい、邪魔な壁ごと壊せばいい」
「だ、だよー!」
それを聞いたアスカが、壁や障害物を砕きながら腕を振るう。
「ばぁか!不意打ちならともかく。来るって解ってたら避けれるって言ったでしょうがぁぁ!」
なんなく避ける猫目。
「そうね。何処に避けるか解ってれば刺せるしね」
「…ぁん?」
猫の腹を、背後から侵入した刃が突き抜けた。
「し、まっ…」
刃が体内を昇っていくのを感じた猫が顔を歪める。
なんと言うこともない顔で女が刃に力を籠めようとした瞬間、巨体の剛拳が迫り、咄嗟に避ける。刃も猫から抜けた。
「やめて、だよー」
「……降りかかるなら斬るわ」凍剣をかざす。
「猫目さんもだけど、話を聞いて」
そういうとアスカは自分のお腹を殴りつける。遅くても自分には当てれるね、と呟いた。
巨体から精霊が放射される。凍れる獣達に吹き付けた。痛みはない、むしろ彼女達を回復させる。
「ボクの言いたいこと、伝わった?」
記憶の噴射。
「……なるほど。ダザの知り合いで、今は公騎士団と卿たちとを繋いでいる、と」
「見逃してくれる?」
「貴方はね。でも、そいつは駄目」
「くっ…」
「今ここで、殺さないでおく理由がないもの」と、刃を振り下ろす。
「だめ!」
女の放つ一閃が、盾代わりに突き出された路地の壁の瓦礫ごと、アスカの胸から腹までを袈裟切りにする。
傷跡は凍りつき、血も吹き出ない。
「……貴方の心は虚数?何故、庇うの」
「同じく、見捨てる理由がないもの」
「それだけ傷を付けられてるのに?」
冷ややかな目でアスカは見られた。別に、構わない。その目を覗く。
「勘違い、だよー。ボクは別に猫目さんに害する気はない。話せば話る。それにジフロマーシャの暗部に関わってる人なら、むしろ今の状況では、必要で、利用できる……だから、この人を殺さないで、だよー」
「……勝手になさい」女が剣を鞘に納める。
「勝手に話を進めないでくれますかぁ?二度ならず三度まで私を助ける気ですかぁん?笑わせないでくださいよぉ。…こっちは叩けば埃の出る身、捕まる気はない。……隠し玉!!」
猫目が何かを地面に投げ付けた。路地を白煙が包み込む。
視界が埋め尽くされる中、金髪の女は剣を構えた。煙の中、自分に近寄れば斬る。それだけだ。
*
煙が晴れると、猫はアスカに抱えられていた。
狭い路地の中で巨体を伸ばし、横を通り過ぎようとする所を捕まえたのだ。
「何処に避けるか解ってたら、抱き締めれるね♪」
「あっはっはっは!!普通、この状況だと警戒して少しは身構えてるでしょうにねぇん!ガードを捨ててまで体を開いて無防備になるとか…ばぁっかみたい!」
「きっと襲ってこないと思ったもん。猫目さん、…ううん偽猫目さん?ボクに協力して、だよー」
沈黙の後、猫が小さく鳴いた。
偽猫目の知識と、観測者システムを利用して老婆の行き先を見つけた。
街の西端にポツリと存在したあばら家。特に他に目立つ施設の無い区域。そこの廃墟の地下で、代々ペルシャ家の呪術者達は、儀式を継続してきた。
神霊と交わる究極なる呪法。規模に反して一室分程度の大きさの魔方陣。
陣内には数多くの溶媒、贄、魔法道具、そしてそびえ立つ心臓の山。
怨嗟と渦巻く命の奔流が周囲を取り囲む。その陣内で母の心臓を見つけた彼に老婆が笑う。
「やっとさね。神霊と交わり、願いを実現させる。イヒヒヒヒヒ!時は来た!!」
「ボクが邪魔すると思わないの?」
「もう既に実行しているよ。もう、止められない」
魔方陣は光と音を撒き散らしている。アスカは下の衣を破り、投げつけた。老婆の視界から、自らの姿を覆い隠す。
「ボクは、アスカ・スカイマイグレイト。ボクのママを奪った貴方をユルセナイ」
跳びかかる。放り投げた布を突き破り、接近する。
老婆は抵抗せずに、床に組み伏せられた。
「そうかいそうかいあの時のねぇ…何か勘違いし取るようだが、あたしゃあんたの母親を殺しちゃいないよ。搬送先の特殊施療院でくたばったあんたの母親から心臓を失敬しただけさね。後は埋められるだけの物を再利用するのは悪いことかね?」
「何をしようというの」
「ふさわしい理由があれば納得するのかねぇ?この街、この世、この星夜を消そうとする時計に抗うため、ではどうだい」
「なに、それ」
「神の力を得れば、不老不死にさえなれる、エルフを支配できる大いなる力を得れる。納得しな若造。術は動いた。そして、あんたの母親はとっくに死んでいる」
「そんなの!」
「さぁ、あたしの望みも叶う。あたしが、神に成り代わってやるのさ!ヒヒヒヒヒ!!!」
本格的な駆動。贄は塵となって空へ昇っていく。
「時は来た!神よ、大いなる物よ!贄を捧げる!ドワーフの心臓、死者と、死の連鎖反応の意図を!繋げる!」
「ママ!」アスカは陣に入り、母の心臓を取り出して陣の外に投げつけた。
「ママは、巻き込ませない。ママの魂は、安らかでなければならない!」
「ヒヒヒ!!馬鹿な子だよ!そんな物体の為に!!自分が贄になるだなんて!」
アスカは、体が軽くなるのを感じた。自分の中心。自己。自分の、ドワーフの心臓が溶けていく。流砂となり、滲み出し溢れていく。
力が入らなくなり、巨漢は床に崩れ落ちる。
――ボクの目的は、ママの生きた日々と、死を追うこと
「そうか、ボク、追いついちゃったんだね、ママ」
――ボク、悪い子だね
目を閉じた。
――今行くから、ボクを、叱ってね
地下から地上に溢れたその赤い輝きの渦は、神霊の降りた山へと向かっていく。
命の瞬き。明暗の点滅を繰り返す、眩いそれら光の粒子が世界中の夜を彩り、朝へと繋ぐ。昨日も、今日も、明日もずうっとそうやって世界は続いてきた。。
千の夜。一の夜。その果て。変わらず、ずっと。
始まり、終わり、失い、去り、消える命の流れ。
失い行く旅路の果て。
全ての瞬間にヘレンはいた。
ヘレンはそこにいた。
ぼくたちはそこにいた。
《それで?皆さんは、納得できましたかぁん?できるんですかぁぁん?あっはっはっはっは!!》
*
神霊が、情報の塵となって消えた。夜が訪れた。オーフェリンデは発狂した。
アスカは、消え行く少年と、光と闇の点滅の中で邂逅した。少年は、たゆたっていた。
「あなたはそれで、よかったの?」
「僕は満足です」
「本当に?」
「僕は納得しました」
「ボクは納得できない」
「僕の夜は、夢は、苦しみは今、終わったんです」
「ボクは終わってない」
「僕の生と死。その価値を。その意味を。世界に残したつもりです」
「そんなの、わかんない」
「僕の起こしたエフェクトが答えを出します。この街に、この世界に」
「その解は間違ってる、そんなの絶対におかしい」
「世界は明日も回ります。演者は明日も演じるでしょう。劇は、終わりません」
「あなたは誰を演じてきたの?」
「僕です」
「貴方はだれ?」
「僕は、そうですね、ヘレンです」
「全然、納得できないよ」
「じゃあ、貴方も起こしに行けばいいんです。エフェクトを。サヨナラ、大きなヘレンさん」
「……さようなら、小さなヘレンさん」
アスカは空を舞っていた。行き場の無くした魂たちと。夜の劇場を見ていた。どんどん増えていく魂の群れが、リリオットを鑑賞していた。
アスカは魂たちに答えを問い、得ようとする。誰もが、己の生でそうしてきたように。
「すまねぇ、おふくろさんに、あの日の坑道作業を手伝わせちまなければ…」
「もう、いいんです、だよー」
謝罪を繰り返す鉱夫に微笑と許しを返す。
アスカは、数多くの魂達と会話をした。少年に助言されたように。エフェクトを起こそうと足掻いている。
少しずつ体は街から離れて、空が近くなる。夜の街を眺めて、色んな人が空を漂っていた。
愛しい者を救おうとした人。仇を取ろうと足掻いた人。街を守ろうとした騎士。恋心を利用した男。
中には見知った顔も多い。それだけ今、命が散っているのだ。
「アスカ」
髪を二つに束ねた女が微笑んでいた。
「嘘、貴方まで…」アスカは死者達と話す中で感じる無常さと、じれったさに止まらない涙を流し続けた顔を歪ませた。
「どうして泣いているの」
「だって嫌なんだもん。こんなの悲しすぎるよ」
あの少年の全てを投げ打ち、どこか満たされたような顔を思い返す。自分は、そんなの、納得できない。そんな結末。そんな切断。
「なんだか、貴方は合う度泣いてるわ。ジェシカさんは元気みたいね」
「うん、ジェシカん、笑ってくれるようになった、だよー」
この街に来て間もない頃、深夜、アスカは暴漢に襲われたジェシカを助けようとした。複数人に囲まれて袋叩きに合って、助けれなかった。
その時、泣き叫んで這う自分と光の無い瞳で虚空を見るジェシカの傷を癒してくれたのが彼女だった。
助けたい時は、突進して一気に攫うようにしなさいと教えてくれたのも彼女だ。
「ボク、納得できない。誰かを残して、殺されて、無念を残した人がここにいっぱい居る」
「そうね、悔いが無いというのも稀有ね」
「もっと、幸せになれたはずなのに」
「満足した人たちもたくさん居るわ。聞いたでしょ、彼女もそうよ。友の為にその命を懸けた」良く似た姿の女が並ぶ。
「でも!残された人たちはどうするの!?貴方達が居なくなって、置いてけぼりになった人は!?そんなの、自分、勝手だっ!!」
母は、ここにも居ない。会って、くれない。
「そうね、無責任かもしれない。でもねアスカ、私達の物語の続きはね。残された人たちがその手で紡がなくてはならないの。
私達はやれるだけのことをやったわ。例え悪手でも、愚かでも。もっといい結末だってあったに違いないけど」
「ぐすっ…ひぐっ…」
「これは私達の物語なの。区切りはもう、ついた。後は、任せるわ」
「無意味、だよー!無、価値、だよぉー!こんなのぉ!!」
「だから、よ。だから貴方達が意味を作って、価値を与えて?続きを、貴方達の物語の中で時折描いて頂戴。たくさん、色々と」
「ふえぇ…?」
「それでいいの。それがいいのよ。私は幸せよ?
こうやって泣いてくれる人が居て。思い出してくれる人が居て。受け継いでくれる人が居て。語ってくれる人が居て」
「ぐすっ!ぐすっ!でも、忘れられたら!?いつか、丸ごと消えるボクたちは何の為に生きて死ぬの!?ママは何故死ななければならないの!?」
納得いかずに、延々と疑問が涙と溢れて止まらない。
「忘れてもいいの。死んだっていいの。永遠なんていらないわ。美しくなくてもいいの。私は私だもの。それでもいいのよ。既に応えたでしょう?貴方が作って。物語を見せて聞かせて。
まだない物語を。まだない私を。まだない貴方を。まだない命を。私達、世界の果ての観客に。感動を、感慨を、価値と意味を」
「ボクが?」
「貴方達が。ふふ、あの子も言ったでしょう?」
彼女はこちらに銅貨を渡して微笑んだ。
「納得できないのなら、エフェクトを起こせばいいって」
それは、命。譲れぬ自己の破片。誇り。
「これは?」
「私達からの依頼料。楽しませて。ロマンチックで素敵なお話を。いつかお茶も飲ませてね、期待しているわ、店員さん」
空を昇り太陽を目指す無念と満足の意思が、大量の手となって、アスカを包み、抱き締める。
「……暖かい。暖かいよ。ママに抱き締められた時みたい。こんなに暖かいの、コレが最後だね」
「何を言ってるの、また出会えるわ。もっと、もっともっと暖かい温もりの抱擁に、いつか、きっと。むしろ見つけなさい?」
女はウインクして笑った。アスカの顔が赤くなる。
見上げた月の夜。喧騒の街。
皆の高度が上がっていくのに反して、自分は下がっていく。押し出されていく。
「え?」優しい手が、雨となってアスカを殴りつける。激しいつっぱりで押し出す。
「ほら、いってらっしゃい、アスカ」
母が微笑んだ。
アスカは、体の最奥から、精神の深淵から、心の砂漠から、声をすくい上げて、叫んだ。世界中が弾けて震いあがった。
気がつくと、アスカはシーツにくるめられて路上に横たわっていた。立ち上がり、周りを見てみると商店街らしい。
通りの奥より、金属の虎が駆けてきた。血濡れの体で、馬車や壁を破壊し、止まることなく人を轢き、炎を吐いて此方へとやってくる。
グラタンが叫ぶ。「なんという暴力だ。数が意味を成さない。一人の剣技では仕留め切れん!奴を止めなくては!我が炎熱で!」
力なら、と脳内で復唱しながらアスカは突撃した。虎に押されながらも、踏みとどまり、その頭を殴り、ひしゃげさせた。
「ごめんね、これは、八つ当たりなの」
義憤というよりは、純粋なる怒りだった。苛立ちだった。灼熱の炎を浴びせられてなお、突進し大口を上げてアスカは唸った。何度も何度も殴り、蹴り、首を絞めた。
「ぐるるるるるるる」虎を持ち上げ、投げつける。完全には砕かない。グラタンに押収品の精霊爆弾をありったけ持ってきてもらおう。そしてこの獣の体に埋め込んで、こんな劇の役者達に投下して爆発で金属片を飛散させてやろうと思った。役者たちのことは話に聞いている。勝てないかもしれない。勝てないだろう。でも方法が在るならしたいと思った。抗いたいと。
しかし虎は不意をついて逃げ出した。主のところへと。
*
リリオットのお嬢様が、いつかの公騎士のように、大勢の命をその力で奪っていく光景を見た。倒される光景も。彼女の涙も。彼女の死に顔も。アスカは止めなかった。ただ見ていた。
血染めの少年が泣いている。安堵と恐怖と、虚しさで泣いている。あの少女の体を目の前で引き裂いてやったとしても、彼は泣き止まないのだろう。アスカは少年を抱き締めてやりたかった。でも、それを見捨てた。自分に何が出来るかを考えた。戻ってきた自分に何が出来るのかと。何の為に戻ってきたのだ。何のために命を貰ったのだ。何のために、人を見捨て、人を助け、この場所に居るのだ。出来ることをやろう。考え付くことをやろう。死に行く彼らの為に、観客の為に。祖母の手紙を思い出す。
*
商店街奥でアスカは、異変に巻き込まれて朝から帰れずに居たジェロニモ鳩に乗りこんだ。空へと舞い上がる。
雨がぽつぽつと降ってきた。遠くよりリオネが飛んでくるのが見えた。少し前には救援を求めるダザの声も聞こえた。それは、もういい。任せよう。
「ボクはボクの成すべきことをやる」
心の中のアルケーに問いかける。今、ボクとお前達に何が出来ると。中途終了した儀式により、ドワーフや、多くの無念の魂がアスカを器として埋めていた。森で吸ってきた贄達の命が体を蠢いた。
命だ。魔力だ。精霊だ。神霊でもいい。ボクの腕も耳もまた投げ捨ててやる。なんでもいい。ジェシカを背負い、教会に駆け込んだ時のような気持ちだ。体中から体液を零して、懇願する。
「助けて!!」
自分の体を殴りつける。精霊が魔石から放射される。
「ボクのことはいいから!自分で何とかするから!だから、この人を、この人たちを、皆を救って!!お願い!何の為の死?何の為の生?こんなの、こんなの……」
何度も何度も殴りつけた。空へと、雲へと、放射した。宿る大量のエネルギーを雨に混じらせた。癒しの雨をふらせたかった。
死に行く人を、死んでしまった人を、彼らを助けたかった。何一つ納得できなかった。
「何の為の、力?何の為の、争い?こんなに簡単に、人を殺しておいて、薄っぺらく扱っておいて、なんで助けれないん、だよー!!」
雨が降る。殴る。降り続ける。
「おぉ、花に、雨を!」一人でも多く。
「花に、雨を!雨を!」あと一人でも多く。
「雨を!雨を!」あと少しでも多く。
「花に、雨を!!」もっと。もっと。力を、命を、少しでも分けてあげたい。このまま、塵にさせたくない。死に行った者の犠牲を、無駄には出来ない。
「コレで救えなかったら、何の為に存在しているんだ!!こんな物の為に、争ってきたの?こんな程度のものなの!?――ふざけないで!!救ってよ!!」
アスカの顔も、腕も、腹も、指も、歯も、ボロボロになった。殴る。命を振りまく。もう、可愛さなんていらない。周りの命を吸収して、取り込み、また振りまく。
「う、わぁぁっぁぁぁぁぁあぁl!!!こんな物なのかよよおおおおおお!ボクらはぁぁぁぁぁぁぁ!!」
助けて、助けて、助けて。
「ウおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
嫌だ。嫌だ。嫌だ。納得できない。こんなもの、納得できない。
「お願い、誰か!!皆を助けて!!お願い、聞いて!!」話しかける。叫びかける。
「力を貸してよぉ……!!」宣誓し訴える。
「ボクはアスカ、アスカん!!ヘレン!神霊!こんなの認めない!天の国に空席は無い!!皆の命を、死の価値を!地に貶めさせてよ!お願いだから、ぐすっ…ひぐっ…死なないでよぉおおおおおおおおお!」
気を失い、落下するまで、命を振りまき続けた。
『数ヶ月が経ちました。町は復興作業が続いています。《花に雨》もあの日に焼かれてしまったらしく、店長がジェシカん達を連れてラペコーナで働いていました。クローシャ卿やリリオット家のメイドさんがご贔屓にしてくれてるそうで、順風満帆のようです。
リリオット家は、卿の行方不明やお嬢様の事で没落してしまいました。困惑しながらもバルシャとクローシャが先導して、ラクリシャとモールシャが穴を押さえて復興を頑張っています。ジフロマーシャとペルシャも、代表を決めなおして後続しています。それぞれがそれぞれの得意分野を分かち合って、手を打っていました。
この街で、大勢の命が失われました。各勢力に多大の被害が残り、皆が等しく手を合わせています。私は誰かを助けることができたのでしょうか。大勢の失いつつある命に、精霊を振りまき、一命を取り留めることは出来ました。第八坑道の時のように、いえそれ以上に、開放された教会や病院等の施設は満室です。それでも、全てをまかないきることは出来ないのかもしれません。死者も意識不明者も数多く存在しています』
片腕で手紙は馴れない。息を吐く。
無茶と、後のエルフとの再交渉によって、繋げた腕と耳が外れた。筋肉は衰え、頬もこけて、足もフラフラだ。
あの日、大勢のエルフも生かすことが出来たからか、交渉も意外と融通が利いている。リリオットはまだ、生きていた。
これからも、探し続けよう。
*
「おめでとー!」「ひゅーひゅー!」
「マーっク!マーっク!!」
「ありがとー!」「わっしょーい!」
ソラの結婚式に参加した。
可愛かった。とても可愛かった。羨ましい。
「若いっていいわねぇ」「だ、だよー!」クローシャさんがしな垂れかかってくるので恥ずかしくて逃げた。
「俺の陰に隠れるな」ウロがため息をつく。
「ふふふ!」
「ははは、いけませんな、クローシャ卿。若い男を誑かしては、可哀想ですよ」
「あら、そういう守護神様だって随分と年の離れた妻を捕まえてるじゃない。私より5歳若い娘と。男のそういうところ羨ましいわ」
「はは、参ったなぁ。あれはお互いの親が決めたことですし私が積極的に捕まえたわけでは…むしろ捕まったというか」
「あー、のろけはいりません」
「アスカさん!」黒髪の治療師がやってきた。頭に纏った包帯から、二つに束ねられた髪がはみ出ている。
「だよー?」
「この前の検査の結果が出ました!心臓は生身のまま駆動しています」
心臓は、今までどおり動いていた。代わりに、ママの心臓は何処を探しても見つからない。
「助けられてばっかり……」
「あの日の雨で、死に掛けてた私も助かったのに、暗い顔しないでください!」
「貴方、こそこそ這って逃げてたんだとか。生命力、お強いですね」ヘルミオネさんが感心していた。
「ええ害虫ですから、しぶといんです」
「ごめんなさいごめんなさい、とマスターが言っています」
「それより、アスカさん!大問題です!貴方の体の中で、大変なことが解りました!」
「マーっク!キスしろマーっク!!」
「げへへ、照れてやがる。だんなの前でオッパイモマセテ、ソラちゃ〜ん」
「結婚ですか」と緑髪の傭兵さんが口を開けていた。
「すごいですね、【変数】」
「ですねぇぇん?って・・・今はお役ごめんですし、兄さん、でいいよ」
「兄さん」「兄さん」偽猫目とその仲間が居た。
「いい、天気だね(【変針】の野望は潰えた。しばらく、この精神にわたくし猫目は身を潜めてましょうかねぇん。あっはっはっは!)」
「トライアライランスさん、ちょっとお話が。」
「なんでしょう?」
それぞれの旅は続く。教会内は騒がしかった。
「アスカさん、あの、その!」
「よーし、続け!」
「俺のソラに触るなお前ら!!」
「どうしたの?ボクの体は?」
そして、もっと騒がしくなった。
「お、おめでとうございます!」
*
「ハァァァァァァ!?」
「合点!冷静わっしょい!どどすこ!!」
「夢路ー!こっちに来い!乳が出るやも知れんぞ!」
「ないだろ……」ウロが本気で引いていた。
「ど、どういうこと、だよー!?」
「どどど、どういうことも何も、居るんですよ、貴方のお腹の中に!!」
もしかして、あの時に、命を貰ったって事だろうか?つまり?ママだったりする?
「なんですって、誰の子よ!?くやしいいいい唾付けられたぁぁっぁぁぁ!!!」クローシャ卿が必死の形相で喰らいついてくる。
「え、えっと、思い当たる人があまりに多いので、見当がつきません、だよー」
「不潔です!」元リリオットのメイドがビンタをかます。
「ドスコイドスコイ」その陰に隠れてツッパリが打ち付けられる。リリオットの人は張り手が好きなのだろうか。
「お、おなかはやめて、だよー!」
「おぱーい!もむもむっとした感触!って、何コレ豊満なのに硬いー」
「きゃー、だよー!!!」
「夢路がビンタでふっとんだぁー!!」
「早く旦那を探すことだね、念願叶うじゃないか。花嫁衣裳」店長が慰める。
「そ、そんなの困る、だよー!ボク、男の中の男になるのが夢なのに!」
全員が「はぁ?」という顔をした。
「言語能力、亀裂入ってるの?」
「男の中の男は子供生めんのかよ!広!」
「じゃぁマックはまだ女なの?ソラちゃんどう?どうだったの?マックは男なの?どれぐらいの男だったの?」
「いや、花嫁が弓を取り出したぁー!」
「お前ら静まれー!!」
全ては救えなくても、まだまだ、ボクと皆の旅は続くの。この街だって。終わったりしない。それでもいいでしょ? ママ!
[0-773]
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