[0-773]
HP36/知4/技6
・矢羽掃射[ハルピュイア・フラッタ]/6/0/1
・千手円盾[ヘカトンケイル・コンパス]/0/36/4
・姫荊抱擁[アルラウネ・スクィーズ]/30/9/9 炎熱
・ギ肢換装[クイック・メンテナンス]/36/0/7 回復
1:初手
→敵の技術≦5ならば「ギ肢換装」、そうでないなら「矢羽掃射」。
2:同時選択時
→敵の(現在HP÷初期HP)<自分の(現在HP÷初期HP)ならば2-A、そうでないなら2-Bを参照。
2-A:自分の現在HP÷7≧敵の技術かつ自分の(最大HP>現在HP)ならば「ギ肢換装」、そうでないなら「矢羽掃射」。
2-B:敵の最新同時選択スキルの防御力=0
→[回復]ならば「姫荊抱擁」、そうでないなら「矢羽掃射」。
敵の最新同時選択スキルの防御力>1
→敵の最新同時選択スキルの攻撃力が9以下ならば「姫荊抱擁」、10以上ならば「千手円盾」。
3:敵が[回復]
→(敵の残りウェイト−1)×6>敵の現在HPならば「矢羽掃射」。
→自分の(最大HP>現在HP)ならば「ギ肢換装」。
→敵の残りウェイト>9かつ経過カウント≧80ならば「姫荊抱擁」、そうでないなら「矢羽掃射」。
4:敵が[防御無視]
→敵の残りウェイト≧9かつ経過カウント≧80ならば「姫荊抱擁」。
→敵の残りウェイト=8ならば「矢羽掃射」。
→敵の残りウェイト=7
→敵の攻撃力>(自分の現在HP+36)ならば「矢羽掃射」、そうでないなら「ギ肢換装」。
→敵の残りウェイト≦6
→(敵の攻撃力+(7−敵の残りウェイト)×敵の技術)>自分の現在HPならば「矢羽掃射」、そうでないなら「ギ肢換装」。
5:敵の残りウェイト≦4ならば「千手円盾」。
6:敵の残りウェイト≧16かつ自分の(現在HP<最大HP)ならば「ギ肢換装」。
7:敵の攻撃力≦9ならば「姫荊抱擁」。
8:敵の残りウェイト>9かつ敵の(現在HP+防御力)<姫荊抱擁の攻撃力ならば「姫荊抱擁」。
9:敵の防御力=0ならば「矢羽掃射」。
10:さもなくば「姫荊抱擁」。
女。
旅人(勢力:無所属、商売をやる都合上「ソウルスミス」に登録)。精霊ギ肢装具士。
戦闘や事故で失われた四肢を代替する装具である義肢、
或いは元々人には存在しない翼やヒレの機能を人に持たせる"擬"肢を
オーダメイド制作・販売する技術士。
彼女はそれらを合わせて、単に「ギ肢」と呼び、特に区別していない。
彼女の作るギ肢には精霊を撚り合わせた特殊な糸が神経のように張り巡らせてあり、
それらを複雑に駆動させることで筋肉や関節の動きを模倣し、
まるで装着者のもとからあった手足であるかのように動かすことができる。
ただし、彼女によって作られるギ肢は、人工物であることを隠そうとはしない。
過去、別の街で、傷ついた者たちの為の義肢の制作依頼を受け、
ヘレン教の救済部隊を訪れたことがあるが、
そこでヘレン教が黒髪人種を拒絶していることを知り激昂、依頼を破棄し決別。
彼女は元々金髪であるが、彼女はその頃から
わざわざヘレン教が嫌悪する黒髪のウィッグを身に着けている。
クウシキ
ツイッター kuushiki
少女が、リリオットのメイン・ストリートを歩いている。
先ず目に付くのは、背に負った、その躰の大きさに見合わないほどの大きな荷物。
次に、ショートカットの金髪の中に垂れ下がる不自然な黒髪の束。
そして、最も特徴的なのが、肩から生えている(ようにしか見えない)鈍色の腕とスカートから覗く鈍色の脚。
その鈍色の手足は明らかに"肉体"ではなかった。
しかしその動きは奇妙なほどに滑らかで、じっと見ていると、
それはまるで元から彼女に生えていたかのような錯覚に陥る。
彼女が一歩歩く度、ガチャリガチャリと大きな音を立ててはいるが、
それは背中の荷物の中身が擦れる音で、鈍色の手足は軋む音一つ立てない。
「まったく……こんなに手続きに時間が掛るとは思っていなかったわ。
商売許可を取るより前に宿を探した方が良かったかしら。
でも、これでやっとこの街で商売できるわ。
それにしても、ソウルスミスの受付嬢さん、卒倒しかけるなんて思わなかったわ。
こんなもの、『馬要らずの馬車』なんかよりも、ずっと自然じゃないの」
独りごちながら彼女は、鈍色の右手を、ぎゅっと握り、広げる、という動作を2回繰り返した。
彼女はまだ気付いていない。自然すぎるからこそ、それが不自然であるということに。
「それじゃまずは、宿探しね。
それから、ビラ配りは……明日にしましょう。
さすがにお腹がすいたわ」
彼女の(肌色の)左手に握られたビラには、このように書いてあった。
========================================
腕・脚・翼・ヒレ・角……
あなたが求める身体の部品
目的・予算に合わせて
だいたいなんでもお作りします(※要相談)
精霊ギ肢装具士:リオネ
========================================
「うーん、ここに泊まることにするわ。
ちょっと狭いけど、『ここなら夜に多少の音を立てても大丈夫』なのよね?」
リオネは、宿の主人に尋ねる。
主人は、営業スマイルを取り繕おうとして少々失敗し引きつった笑顔のまま答える。
「それは、はい、その、そのように配慮いたします、はい」
「では、この部屋を1ヶ月借ります。ちょっと待って下さいね……」リオネは小切手にペンを滑らせる。
「はい、これで」
「確認させて頂きます、……」小切手を受け取った主人は、目を丸くした。
「すみませんお客様、この数字は私どもの宿の代金よりずっと……」
「いいのいいの、気にしないで。さっきも言ったけど、多少迷惑を掛けるわ。
なので、その分の前払いだと思って下さい。代金1ヶ月分の1.5倍。
隣の部屋から苦情が来たら、この余剰分からお金を出して割引サービスにでもしてやりなさい。
もし私が何か壊したりしたら、この余剰分から出して。積極的に壊そうと思っているわけではないけど。
勿論、何もなかったら、全てあなたの利益よ」
「しかし、お客様」
「何よ、まだ文句あるの」
「いえ、そうではなくて、その、それではこの小切手の数字は……一桁足りないようですが。」
「……ふう。」
背中の荷物とギ手に持たせた荷物を降ろし、彼女はため息を吐いた。
「とんだ恥を掻いてしまったわ。かっこ良く決めたつもりだったのにね。
んー、でもこれで、宿も確保できたし、"研究"を始める前に、夕飯でも食べに行きましょうかね!」
彼女は伸びをして立ち上がると、部屋を出た。
階段を降りる途中で、黒髪の少女とすれ違った。年は、私と同じくらいか、少し年下だろう。
ヘレン教の力が強いこの街で、黒髪にしては元気な顔をしている。
凛とした雰囲気は、東の国の者だろうか?
しかしリオネは実際に東の国を訪れたことが有るわけでもなく、確証はない。
黒髪の少女は会釈をすると、そのまま通り過ぎてしまった。
奇異の目で見られることが多いリオネにとっては、久々に覚える新鮮な感覚だった。
食事を宿の食堂で摂ろうかとも思ったが、どうやら何かいざこざが起きているようだ。
グラスの割れる音と、ざわついた声が聞こえる。
食堂の隅で、金髪の女性が倒れた男に剣を向けているのが、かろうじて見て取れる。
「彼女だけには、例え何があっても、絶対戦いを挑んではいけないわね……」
そう横目で呟き、リオネは宿を出た。
「確かソウルスミス本部で貰った地図に、食事処一覧みたいなのがあったわね。
ええと、『泥水』『ラペコーナ』『花に雨』……。さて、どこにしましょうか」
「どうしてこうなったのかしら……」
話には聞いたことがある。
庶民層には馴染みの浅い女性使用人の立ち姿や振る舞いが大いに曲解され、本来の女性使用人の姿とは似ても似つかないが、
しかしその曲解された姿を給仕に取り入れることで人気を博す喫茶店が存在するらしいことを。
どうやらこの店は、その類の店、のように、見えるのだが……。
なぜその給仕の中に、筋骨隆々とした男性が混じっているのだろうか?
唖然としてしまい固まったまま店の入口を塞いでしまったリオネは、
大男には全く不釣り合いな黄色い声の店員に促されるまま店の隅の席に着き、
とりあえずメニューを取ったはいいが、全く頭に文字が入ってこない。
行動予定《プラン》を徹底的に破壊されたリオネは、かろうじておすすめメニューを注文することに成功した。
食事を終える頃にはすっかり混乱も解け(味は良く思い出せないが、結構美味しかった、ように思う)、
店員と
「そんなにお皿とかジョッキをいっぺんに運ぶの大変じゃない?
私のギ肢を使えば、一度に沢山運ぶのも楽になるわよ。
良かったらお安くしておくわ」
などと談笑する余裕も出てきた。
もっとも、リオネと話している大男には、ギ肢など全く必要なさそうであったが。
店のコルクボードに、ビラを貼っても良いかどうか交渉していたら、
突如として4人の騎士が店に押し入ってきた。
騎士の一人が、帽子を被った少女に告ぐ。
「君をフェルスターク公一家殺害容疑で連行させてもらう。外に傭兵も控えている、抵抗はやめた方が身のためだ」
帽子を被った少女は額に汗を浮かべながら、何かを考えているようだ。
たった一人の少女を確保するのに、騎士を4人も使うのは大袈裟だ。
それに、今「フェルスターク公一家殺害容疑」と言った。
「フェルスターク」はセブンハウス七家「ペルシャ」の分家であり
少女一人で安易と一家を殺し尽くせるような警備体制ではないはずだ。
すなわち、これはどう見ても明らかに濡れ衣であると判断せざるを得ない。
彼女を助けたい。
だが、確かこの街の騎士団は、セブンハウスが展開しており、商人との連携が強かったはずだ。
ここで私が彼女を助けようものなら、私の商売許可証が取り消されるどころか、
すぐさまこの街を追い出されるか、それとも牢屋で過ごすかだ。それは勘弁願いたい。
見ず知らずの彼女を助けるために、それだけのリスクを冒せるのか?
いや、まだ方法はある。
リオネは『姫荊の種[アルラウネ・ユニット]』の安全装置を解除し起動させた。
鈍色の茨は音もなく増殖し、店の足元を這いはじめる。
------
リオネは以後、姫荊の種を回収するまで、姫荊抱擁[アルラウネ・スクィーズ]を封印されたものとして扱う。
「すみませんすみません! 新作の茨型ギ肢が勝手に暴走してしまって! 本当にすみません!」
リオネは今にも泣きそうな顔で、四人の騎士団にぺこぺこと謝っている。
「謝って済む問題じゃないだろ、君! どう責任を取ってくれる!」
「本当にすみませんでした!」
リオネは至極自然な動作で騎士団の手を握り、そして他の誰にも聞こえないように小声で告げた。
「これで、許して頂けませんか」
リオネの手には1枚の大きな金貨。下っ端騎士団の給料の、実に3ヶ月分に当たる大金だ。
「………………よし、いいだろう。もうよい、手を離せ! 次から気をつけるように! 」
「……はい、ありがとうございます!」リオネは一粒涙を零し、上目遣いで騎士を見つめる。
「よし、引くぞ! ついて来い!」
「え、どうしたんですか、班長! 班長!」
金貨を受け取った一人の騎士が歩き出したのを皮切りに、他の三人の騎士がそれを追いかけ、彼らは去ってゆく。
「ふう。行ったわね」
けろりとした顔でリオネは振り返る。
「よかった〜、だよー!」
大男は黄色い声で応える。初めて見た時は驚くしかできなかったが、結構イイ奴らしい。
「あなた、名前は?」
「ボクの名前は、アスカ、だよー!アスカんって呼んでね♪」
ただ、その姿と声には一生慣れられそうにないが。
「あの子を助けてくれてありがとう。私はリオネ。よろしく」
「よろしく、だよー!」
大きな手がリオネの手を包む。さっきの騎士の手とは比べ物にならない、優しい手だった。
「ねえ、リオネちゃん。さっきのいばらは、なに?」
「ええとね、」
リオネは未だうねうねと動き続ける茨の中から、
『姫荊の種[アルラウネ・ユニット]』を回収しなにやら操作した。
茨の動きが止まった、かと思えば、またうねうねと動き始める。
ただし、先程とは逆に、種へと茨が吸い取られるように戻っていく。
「これは、私の開発したギ肢のひとつ。腕の代わりに、自在に伸ばせる触手を生やしたら便利かなと思ったんだけど。
なんかうねうねしていて落ち着かないし、そもそもさほど便利じゃなかったから、戦闘用に改造したの。
勿論、勝手に暴走したなんて嘘。軽くは暴走させたけど。
見えるかしら? この糸。これで私は種を繋いでいたの。
《私の作ったギ肢は、人の意思が無いと動かないから》。」
「う〜ん。なんだかよくわからないけど、すごいね〜、だよー!」
「うん。なんだかよくわからないけど、ありがとう。」
「さて、と。
あなたにも迷惑をかけてしまったわね。
そう、ちょうど今思い出したのだけど、明日。
リリオット家のお祖父様からギ肢制作依頼を受けているのだけど、よかったら一緒に来る?
その……本物のお嬢様とか、使用人が見れるわよ。」
何かを言い淀みながらも、リオネは続ける。
「それと、これ。」
「……なんですか、これー?」
「動くネコミミ。一種のジョークグッズ。良かったら着けて。飽きたら他の店員にあげてもいいわ」
「お初にお目にかかります、リリオット卿。
本日はお招き頂き有難う御座います。」
豪奢な屋敷の応接間。
そこに、明らかにこの場の雰囲気、格調、調度品、その他諸々から浮きに浮きまくった二人が並んでいる。
その内の一人、挨拶を述べた少女は、
質素な緑色のドレスに、明らかに人のものではない手足を左右ひとつずつ、本来の身体のパーツと合わせて計八本。
その姿はまるで蜘蛛のようだ。
そしてもう一人は、フリルを沢山着飾ったゴシック調のエプロンドレスに、何故かネコミミ。
その出で立ちは、まるで魔法をかけられた子猫が身を尽くして働いてくれる、青少年の妄想を具現化したかのような姿だ。
ただしそれが、可憐な花ではなく無骨な岩を思わせる大男でなければの話だが。
そしてこの珍妙な二人を出迎えるているのが、
その昔この精霊都市リリオットを興したリリオット家の現当主であるリリオット卿その人である。
初老の男性ではあるが、精悍な顔つきと衰えの見えない肉体は、往年の戦士と言っても通じそうである。
今でこそリリオット家は他のセブンハウスの影に隠れてしまってはいるものの、
その屋敷は嘗て栄華を極めた面影を濃く残し、平民には一生手の触れられない空気を纏っていた。
「さて、本日の要件ですが」
「うむ。手短に話そう。私は冗長な話が嫌いでね」
リリオット卿は右足のブーツを脱いだ……より正確に言えば、『外した』。
ガシャリ、と重い金属の擦れる音がする。
「見ての通り、私は若い頃、右足の膝から下を失っている。
リオネ君。君は、この国どころか、世界中でも有数の精霊義肢の装具士として名を馳せていると聞いている。
間違いないかね?」
「はい。わたくしの作るギ肢は、その加工技術、反応精度、そして多様性に於いても右に出る者はいないと自負しております」
そう言ってリオネは、背中に背負った荷物の底から、ギ肢の右手を使って義肢会の免状を取り出し、提示した。
メイド服を着た大男のアスカは、落ち着きなさげに部屋の中を見回している。
緊張した面持ちだが、ぴょこぴょこと動くネコミミは、彼の興奮を如実に物語っている。
「……確かに。では、契約と参ろうか。
依頼は、私の新たな右足となる義肢の制作。品質は最高のものを。代金は如何程になる?」
「卿の体躯の大きさや要望にも依りますが、最高品質ですとおよそ金貨30枚程になります」
「……ふむ。いいだろう。では早速、計測と要望の確認を行おう。
代金と製作期間の見積もりが終わったら、本契約といこう」
「承知致しました」
私がリリオット卿と契約の話を進めていると、隣で落ち着かない様子だったアスカが、
少々恥ずかしそうに手を挙げ、用を足したいのですがよろしいですか、と口にした。
私は反省する。こちらの話に夢中になりすぎて、彼のことを忘れていた。
しかし、「用を足す」とかじゃなくて、もっとこう、「お花を摘みに」とか言った方が……
などと思っていたら、苦笑いの表情が顔に浮かんでしまった。
彼を見送り、卿と話を続けていると、男の悲鳴のような声が聞こえた。
「何事だ!」卿は立ち上がり、部屋にいたメイドを一人、使いに送る。
「騒がせてしまって済まない。すぐに状況を確認する。話は一時中断だ」
部屋にいたもう一人のメイドを側に付け、警戒姿勢を取る。
――まったく、次から次へと事件ばかり起こる。
しかし、この状況は結構不味い。
屋敷のような閉鎖的な空間で何か事件が起きた時、真っ先に疑われるのは私達のような余所者だ。
ましてや、私達は昨日、《花に雨》亭で騎士団に反逆とも捉えられかねない行動を取っている。
口止め替わりに金を渡してはいるが、それらが卿に知られたら、あの口止め料は全くの逆効果だ。
セブンハウスへの敵対者だと思われても不思議は無い。
しかも、アスカは席を外している。まさか彼が犯人ではないだろうが。
悲鳴は少なくとも彼のものではないから、彼の身は無事だと思うが、やはり心配である。
また、犯人の狙いがリリオット卿だった場合、私達も巻き込まれかねない。
この屋敷の門戸をくぐるため、危険物と判断される戦闘用ギ肢は全て、入口で預けたままだ。
これでは、卿を守るどころか自らの身すら護れない。
何れにせよ、ここは大人しくしておく他ない。
『何もしない』以外の方法で、何もしていないことを証明することはできない。
アスカもきっと、直に戻ってくるだろう。
それを信じて待つことしか、今の私に出来ることは無い。
アスカはそれから程なくして戻ってきた。
彼を連れてきたのは、モップを片手にした青髪のメイドだ。その身体は華奢に見えるが、驚いたことに、彼を肩に担いでいる。
何かまた彼が別の事件に巻き込まれたのかとも思ったが、どうやら目を回しているだけのようだ。
「あー」とか「うー」とか唸る声が聞こえる。
青髪のメイドは、どさりとアスカを降ろすと、頭を軽く下げて何も言わずに去っていった。
「さて、彼も戻ってきたところで、リオネ君。
私は君のことは買っているが、しかし君たちのことは少々調べさせてもらうよ。
何、心配することはない。君達が騒動の原因ではない事は私が証明するが、その証明をより強固にするためだ。
しばしの間、ご辛抱願う」
「いえ、こちらこそ、彼が迷惑を掛けたようで申し訳ありません。
以後このような事が無いよう気を付けますので、どうぞご容赦下さい」
「いや、いいんだ。君のような者が連れて来るのだから、変人でない方が驚きだ」
「はあ。しかし、卿は私についてよくご存知のようで」
「君は、ここが何処だか忘れたのかね? 『精霊採掘都市リリオット』であるぞ。そして私は長い間義肢生活だ。
あまり知られてはいないが、私は精霊義肢の一般化にも大きく力を入れている。君のことを知らない方がおかしい。
分かってくれたかね?」
「はい。卿のような方にも名前が知られていることは身に余る光栄であります」
「気にするな。その代わり、この件が落着したら、君の他の"ギ肢"もよく見せてもらおうかな」
「恐縮です」
身体検査では、当然肌を晒すわけで。私のギ肢を見たメイドたちは、
始めは皆驚いていたが、途中からは興味を持ってくれた者もいた。
もしかしたら、ネコミミくらいなら彼女たちに売れるかもしれない。
一方、壁を挟んだ隣の部屋からは「んんっ……!」とか「あんっ……!」とかいうくぐもった声が漏れ聞こえ、
まあ、その、なんだ……ごめんなさい。
詳しい身体検査が終わる頃には、既に日は傾き、空の彼方は赤く染まっていた。
久々に受けた大型案件が御破算になったのは、まあ良いとして(良くないが)、
それにしても今度は、リリオット家の跡継が行方不明、である。
「今日は済まなかったわね。また事件に巻き込んでしまって」
「ううん、大丈夫、だよー!
メイドさんもたくさん見れたし、お嬢さんは見れなかったけど、
街にいるなら、もしかしたらばったり会えるかも、だよー!」
「ええ、そうね。」その言葉はちょっと楽観的すぎるかもしれない。
「それでね、今日は――」アスカは今日の騒動のことについて話そうとしたが、私はそれを遮る。
「嗚呼、ごめんなさい。今日はちょっと疲れちゃったから、お話は後で。
あなたに何があったのかは知りたいけど、それは、私が今度あなたの店を訪れた時にでも頼むわ」
さすがに、色々ありすぎた。今は宿に帰って、泥のように眠りたい――
人とは何か。命とは何か。魂とは何か。
リオネはずっと、この問いに対する答えを探している。
******
人形で一人遊びをする幼い少女は思った。
私が動かし、声を当てているこの人形。
これがもし、人と同じように、動き、喋り、食べ、眠り、あたかも人のように行動する人形だったならば、
それは生きていると言えるのではないだろうか?
周りの大人達に聞いてみたら、変な事を言う子ねと笑われた。
どんなに人らしく動いても人形は人形で、それは人ではない。
「それは命を持っていない」から、と。
だが、少女は更に考える。
命を持たぬとされている水や石や風や精霊は、本当に命を持っていないのだろうか?
或いは、私の周りの人は、果たして命を持っているのだろうか?
命は目に見えない。
"それ"が、人のような姿をし、人のように生活しており、
誰の目にも区別ができないのであれば、それは生きているのと同じではないのだろうか?
「もし、私と同じように動き、同じように生活し、何もかも同じ人形が出来たならば、それは私ではないのだろうか?」
それを答えられる人はいない。なぜならそんな事を誰も考えなかったから。
それを確かめる術は無い。なぜならそんな人形は嘗て存在しなかったから。
ならば、自分で作るしか無い。『生ける人形[オートマトン]』を。
******
彼女にとってギ肢の制作は、彼女の目的を達成する研究過程で身につけた技術の応用でしかない。
だが、人に喜んでもらえ、研究費用も手に入れられるギ肢の制作販売は、彼女にとって非常に合った仕事であった。
また、彼女が人形制作の上で、神経や筋肉を模すために発明した「精霊繊維」は、
そのしなやかさや強度や収縮率などあらゆる性能において、既存の繊維と比べて非常に優秀であったが、
その最大の特徴は、《人の意思に反応して収縮反応を起こす》ものであるということだ。
精霊繊維を使用した義肢は特に『精霊義肢』と呼ばれるようになる。
その発明は彼女の研究費用獲得に大いに役立った。
しかし一方で、彼女の目的である『生ける人形[オートマトン]』の制作に、明確で大きな一つの課題を残すことになる。
すなわち、意思の宿らぬ人形は、人形のまま動かないのである。
精霊繊維は、その発明者であるリオネに因み、現在は《蜘蛛の糸》と呼ばれている。
昨晩は夕飯も摂らずに宿に帰ってきてからそのまま寝てしまった。
そして、目が覚めると、まだ朝日も昇らぬ早朝であったにもかかわらず、
ぐっすり眠った後だったので妙に目が冴えてしまっていた。
お腹は空いていたし、風呂にも入りたかったが、この時間に開いている商店も浴場も当然ながら無く、
しかしやる事もないので散歩がてらリリオットのメインストリートを歩いていた。
この街は広い。一日の内最も気温の低い朝の空気は、澄んでいながらもどこかに孤独を含む。
と、後ろから突然声を掛けられた。
「あなたが、精霊ギ肢装具士のリオネさんですか」
「ひぁっ」
突然過ぎて素っ頓狂な声を上げてしまった。思わず振り返りながら戦闘態勢を取ろうとする。
「あ、いや、驚かせてしまってすみません。少しお話を聞かせてもらえませんか」
そこにはレストと名乗る緑髪の女性が立っていた。
======
話をしようにも、喫茶店も開いていないし、あまり無闇に他の人に知られたくはない話題のようだったし、
特に敵性も感じなかったので(殺したり何かを奪ったりするつもりなら、さっき声を掛けた時にすれば良いし)、
とりあえず私が泊まっている宿の部屋に案内した。
彼女の話をまとめると、大体以下のようになる。
ひとつ、どうやら自身の偽物が現れているらしいこと。
ふたつ、その偽物を探すために、その偽物が付けていたという義肢の情報を集めているということ。
みっつ、その義肢は、鋼鉄の腕に指の全てが刃物というおよそ私の美学に反する代物らしいこと。
私は彼女に、まず一通り、私の専門分野である精霊義肢の話をした。
彼女の話を聞いた時点で、その話は彼女の偽物に直接関係するものではないと思ったが、
それでも多少は役に立つかもしれない(立たないかもしれない)。
それよりも、私は彼女の着けているギ肢の方が気になった。
話を終え立ち去ろうとする彼女を引き止めて尋ねる。
「ちょっと待って。私もあなたに聞きたいことがあるの。
端的に聞くわ。――その左腕は何?」
======
「精霊駆動」には一定以上の純度の精霊が必要だ。
精製していない精霊では、まるで湿気た火薬に火が点かないように、駆動しようとしても不可能だ。
植物や動物にも、それらが摂取した精霊が宿るが、
そのようにして生体内に蓄積された精霊は外部から駆動できるほどの濃度を持たない。
それらを再利用しようと思うならば、大規模な濃縮還元装置が必要だ。
もっとも、普通その濃縮還元には膨大なエネルギーを伴うので全く割に合わない。
だが、目の前で起きた出来事はまるで……植木に宿った精霊を、搾り取るかのように、外部駆動させた?
いや、これは外部駆動なんかとは違う、
そもそもこれは精霊駆動によるエネルギー変換じゃない、これは大規模な精霊駆動の、たとえば、準備動作……
こんな、生命力を吸い取るような強引な精霊濃縮が、準備? ……今のが?
「……あなた、レストさん、だったかしら。このギ肢は、一体どこで?」
私は必死に冷静さを保ちながら、彼女に質問する。
彼女は答える。
「この左腕は、親友の形見なんです」
仄暗かった宿屋の一室は、既に朝日の光で満ちていた。
「親友の、形見?」
私は緑髪で義肢の女性、レストに尋ねる。
「はい。六年前の大爆発事故、と言ったら分かりますか?
私と彼女は、その事故の被害者でした」
レストは、淡々と語り始める。
======
なるほど。
私は分かったように呟く。
分かったことは少ない。
ひとつ、少なくとも六年以上前からその左腕は存在していたこと。
ふたつ、レストは六年前の事故で失った内臓系の機能を、精霊を利用した人工臓器で補っていること。
みっつ、その人工臓器を駆動させる為、食事として精霊を摂っていること。
分からなかったことは残り全て。
正直言って、彼女の左腕の機構は想像すらできない。
それに、精霊利用の人工臓器? そんなものまでヘレン教は実用化していたのか。
……いや、実用化までは至ってはいない。話を聞くに、彼女は体(てい)の良い実験体にされただけだ。
それでも、成功例が目の前にいるだけで驚嘆に値する。
他にも幾つか気になった点は在るが、それは追々仮説を立てておこう。
それにしても、
「あなた、随分と冷静に喋るわね。嫌な思い出でしょうに。それとも、もう割り切ってる?」
私は、少しだけ彼女を試す。
すると、予想外の答えが返ってきた。
「いえ……『私には、心がありませんから』」
「心が……無い、ですって?」
ふうん、これはむしろ私が試されているのかしら。
「あなたの言う『心』って何かしら?
あなたは、私に、心があると思う? それは何故?
心は目に見えないわ。あなたには、それが見える?
あなたが今まで会った人、全てに心があると証明できる?
或いは、その辺に転がっている石や、この水差しの水、
そしてあなたがさっき枯らした植木、若しくはこの精霊結晶に心が無いと、証明できる?
あなたの心は何処にあるのかしら、それとも無いのかしら。それは証明できる?
いい? 『観測可能な物は、そこに存在する』わ。
『観測』は、何も計器による数値の変化のことだけを指すのではないの。
何かの『作用』に対し、それに対する『反応』があれば、それは『観測可能』よ。
水に触れる。冷たい。これは『観測可能』。
肌に触れる。暖かい。これも『観測可能』。
傷に触れる。痛い。これも『観測可能』。
あなたは何を以って『心』を観測しますか? 『心』の存在を、どう証明しますか?
もう一度言うわ。
あなたの言う『心』って何かしら?」
「……」
レストは答えない。
「つまり、『心』なんてものは何処にもないわ。
『心』とは何か、と考える瞬間にだけ人間の思考に現れる幻想よ。
普段はそんなものは存在しないわ。
だから……これが私の『観測』で『証明』よ。
さて、もう日も昇ったし、お腹もいい加減空いたわ。どこか美味しい所、知ってる?
……嗚呼、いや、あなたは一般的な食事を摂らないんでしたっけ。
いいわ。あなたには精霊繊維精製用の超高純度精霊結晶をあげるわ。特別よ。
宿の食堂で"朝食にしましょう"。」
(打てど響かず……か)
敢えて傷に触れるように放った言葉は空を切った。『観測』には失敗したと言える。
(だけど……まあ、弾丸とは言わずとも、楔程度にはなるでしょう……)
(……それに、あなたが心無い人形だったら、私の研究が終わっちゃうじゃないの、ねぇ?)
「あ、そうそう、よく考えずに高純度精霊をあげるって言ったけど、
あなた、普段摂取している精霊はどのくらいの純度?」
私はがさごそと荷物を探り、小指の先ほどの試験管と、汎用精霊結晶を入れた袋を取り出す。
「ええと、中級精霊です」
「だとすると、毒になっちゃうか、最悪の場合異常暴走するかもしれないわね。
……一時的に、爆発的な駆動力は得られるかもしれないけど」
試験管を渡しながら言葉を継ぐ。
試験管からは、星々をこれでもかという程押し込めた夜空のような、昏く妖しい光が漏れ出ている。
「だから、そうね、これは宝物にするか、どうしても必要なときにだけ食べなさい。
食べるなら自己責任で。売ってもいいけど……怪しまれるでしょうね。
だから、こっちもあげるわ。こっちは普通の精霊だから」
そういって、袋からおはじき大の結晶を一握り渡す。
「ありがとうございます……でも、いいんですか? こんなに頂いて」
「要らないならあげないわよ。
いいのよ、あなたからは面白い話が幾つか聞けそうだし、これはその前払いだと思って」
======
予想は完全に的中し、色々気になる話を聞けた。
『救済計画』の話。精霊を帯びた巨大パンジーの話。ヘレン教の特殊施療院の話。
特に、巨大パンジーの話は興味深い。
出来ればこの件も調査したいけれど……さすがに情報規制が取られているだろうから難しいかもしれない。
「今日はどうもありがとう。あなたを引き止めたのは大いに正解でした。
研究のヒントになりそうな話が沢山聞けたのは素晴らしい収穫だったわ」
「いえ、もとはこちらが話を聞かせてもらえないかと参りましたので、
こちらこそありがとうございました」
「いや、私は大して役に立つ話が出来なかったような気がするけど……
そうね、私もあなたの偽物について、何か分かったら連絡するわ。
報酬はその時に、また新しい話を聞かせてくれればいいわ」
「はい、ありがとうございます」
======
食堂からレストを見送った後、今日は何をするか考える。
偽物探しにも、協力するとは言ったが、何の手掛かりもないので無闇に動いても意味が無い。
とりあえず公衆浴場に行ってから、図書館にでも行こうかしら……?
少女が男の顔に翳した右手からは、極光のような光が溢れ……
いや、その光は、少女の右手から溢れ出ているのではなく、――
======
それは初めての経験であった。温泉である。
東の国のスパを参考にしたという其処は、身に着けたものを全て外さねばならないらしい。
ギ肢を外したのは久しぶりだった。
換装可能な部分は簡単に外せるが、
身体とギ肢を直接接続する部分は神経と精霊繊維の同期を一旦切らねばならず、
外すのにも着けるのにも時間が掛かる。
「外した、は良いけど……重っ」
ギ肢の重さはギ肢で支えているので、ギ肢を外すと、それを持ち運ぶだけで重労働である。
やっとの思いで金庫にギ肢を金庫に預けると、既に汗だくだった。
「これじゃ、出てきた後、また汗をかいてしまいそうね……」
それは予想通りになったのだが、それでもひととき汗を流せたのは良かった。
後から詳しく聞いてみたら、義肢は外さなくても良かったらしいが、
「他のお客様が驚かれると思いますので……」とやんわり断られた。
それから適当に露天で食事を摂り、
図書館へ。
技術的研究資料を漁るのも良いが、
詳しい内容は機密事項が多く、深くまでは探れない場合が多い。
なので、今日の目的は物語のエリアだ。
北方の精霊鉱山、南方のダウトフォレスト、そして地下に眠るという『封印宮』の話。
「こういう秘密の多い街には、大抵……おお、あったあった」
そう言って探り当てたのは、この地域一帯に伝わる伝承や神話の記された古い本だ。
丘の上の古城に住む魔法使いの話。
森に住まう怪物の話。
死んだ人の命が宝石に宿り精霊となった話。
闇を統べる魔王の話。
御伽話の、その殆どは、昔を生きた人々の思い込みや、過大な脚色が施された故事であるとされているが、
時々、あまりに荒唐無稽すぎる神話が実は昔本当にあった話だったりすることは、稀によくある。
特にこういう街では、既に人々に忘れられてしまった伝承が、不可解な現象を紐解く鍵となることもままある。
それに、物語が物語だったとしても、物語は"ここ"とは違う世界を見せてくれる。
それは現実を見ているだけでは見つからない何かを見つけるきっかけにもなるのだ。
======
図書館でたっぷりと本を満喫したリオネは、
その帰りに、路地裏に佇む二人の人影を見た。
一人は可憐な少女。一人は若き騎士。
少女の翳す右手には、影を微かに照らす光。
あの光は……高濃度精霊から漏れる光に似ている?
いや、少し、違う?
そして、やがて、若い騎士は――
やがて、若い騎士は――倒れた。
糸が切れた操り人形のように。
「人間から、精霊を……」
そう、私が見たのは確かに、精霊の光。
一瞬、少女の右手から溢れ出ているように見えた光は、
よく見れば、溢れているのではなく、
右手の翳された騎士の顔から「引き出されていた」と言った方が正しい。
「……そんな」
騎士は、死んでいた。
一体何が起きた? 分からない。
あの少女は何者だ? 分からない。
何故騎士は死んでいる? 分からない。
少女は何処へ行った? 分からない。
分からない。分からない。分からない。
パニックになったリオネは自動的に高速思考に切り替わる。
目の前で起きた事象は理解できない。
騎士は、自ら望んで"ああなった"のか?
そう、"ああなる"前には、にこやかに少女に話しかけていた。
少女と目線を合わせるために、屈んでいた。
少女も、特にそれを退けることも無かった。襲われる様子もなかった。
だからあれは「護身」ではない。
しかし、今の騎士の顔は……苦悶の表情で事切れている。
自ら望んで"ああなった"のならば、それはあり得ない。
あの光は精霊?
人から精霊を取り出した?
そんな現象は聞いたことがない。そんな技術は聞いたことがない。そんな能力は聞いたことがない。
嗚呼、でも、そんなことを考えている場合ではない!
とにかく、人を呼ばなければ!
「誰か! 誰かいませんか! 誰か!」
路地裏からリオネは声をあげる。
その声は、贖罪か、あるいは懺悔のように悲愴だった。
「誰か!」
「だよー!ってリオネちゃん、だよー?」
「あ、アスカ!?」
そこに現れたのはアスカだった。
私は余程この人と縁があるらしい。
======
騎士を大きな布で包み、片手で持ち抱えたアスカは、
「お客様!目的地は何処までですか、だよー?」
と訪ねる。
仮にも死体を脇に抱えているというのに、この人は、ある意味度胸がありすぎる。
――しかし、私達は何処へ行けば良いと云うのだ?
そう、あの少女に精霊(?)を引き出されて倒れ、そして今アスカが抱えている死体は騎士だ。
私達は一昨日、帽子を被った少女を助けるために《花に雨》亭で公騎士団を妨害している。
その二人が、騎士の死体を持ち運ぶ? 私達が犯人だと疑われる以外のビジョンが見えない。
自殺行為にも程がある。
なにしろ、あの少女がやったことは、私しか見ていないのだから、
それを主張したところで誰も信じてはくれないだろう。
急病患者として病院に連れ込む?
駄目だ。この街の病院は、おそらくヘレン教のものかセブンハウスのものしかない。
アスカは黒髪。ヘレン教の病院には行けない。
セブンハウスの病院は、当然公騎士団が運営しているだろう。自ら望んで捕まりに行くようなものだ。
……『詰み[チェックメイト]』、か。
…………いや、待てよ?
何かが思考の片隅に引っかかる。
この違和感は、何だ?
もう一度、記憶を呼び戻す。
――少女が騎士に右手を翳す。
――精霊の光が少女の右手に集まり、発散する。
――少女は何処かへ行ってしまった。騎士を一人置いて。
……"騎士"が"一人"? あり得ない。
私が助けを呼んだ時、ここに現れたのはアスカ一人。
公騎士団は、必ず二人以上で班を組んで行動するはずだ。他の班員は何処にいる?
彼が騎士団長クラスなら単独行動の可能性もあるが……とてもじゃないが、そうは見えない。
一応アスカに確認してみる。
「アスカ、ちょっと彼を下ろしてあげて……あなた、公騎士団の団長って見たことある?
彼が『騎士団長』かどうかって分かる?」
アスカは、予想外の発言に戸惑いながら答える。
「……?えっと、公騎士団のことは、よく分からないけど、でも、団長さんは違うひと、だよー!
もっと偉そうで、強そうで、もっと豪華な制服を着てるはず、だよー!」
……ビンゴ。彼は「単独で行動していた」。これは公騎士団の原則に反する。
だから、そう、誰が彼を殺したのか、「誰も証明できない」。
当然、私達が真っ先に疑われるだろう、……ならば。
「アスカ!!!」
「はい!」
突然大声を発した私に驚いて、小動物のように飛び跳ねる。
「な、なに、リオネちゃ……」
「アスカ! 通りに出て、なるべく大声で助けを呼びなさい。その辺にいる公騎士団にも見つかるように。
『騎士さんが"ひとり"、たおれてます!』って。
私は彼に、回復術を試みるわ。まだ『助かるかもしれない』」
「……!わ、分かった、だよー、リオネちゃん!」
……アスカが走り去ってから、私は一人呟く。
「こんな賭け、したくないんだけど……」
私たちはこれから十中八九、公騎士団に連行される。ならば、証人は多いほうがいい。
路地裏に人だかりが出来つつある中、公騎士団の男達がそれを割りながら私達の前に現れる。
「何だ! 何があった!!」
その中には……一昨日《花に雨》亭で金貨を渡した騎士の顔も含まれている。
「この人が! ねぇ、この人が!」
私は拙い回復術を、精霊を抜かれた騎士に対して掛けながら涙目で訴える。
彼は『助かるかもしれない』とアスカには言ったが、当然これは嘘だ。
私の回復術『ギ肢換装[クイック・メンテナンス]』は、
神経と精霊繊維の同期を瞬時に行う事に特化させている。
外部出力しても、精々擦り傷の回復くらいしか出来ない。
既に鼓動が止まっている人を生き返らせるなんて無理だ。
だが、「人死にをみて錯乱した私が、必死に回復術を試みている」くらいは偽装できる。
……《花に雨》亭で出会った騎士が私に気付いた。
「これは……お前がやったのか!」
「そんな、私は彼を助けようと……」
「じゃあ誰が!」
「私、見たの! 女の子が、彼の身体から精霊を抜き出していたのを……」
私、見たの! ですって。反吐が出るわ、こんな口調。
「身体から精霊を抜き出した? 何を馬鹿なことを。そんな嘘を吐こうったって……」
「ホントよ! 見てよ、彼の身体には一切の傷がないわ」
「しかし、お前は」
「じゃあ『誰が証明してくれるって言うの』?
私が彼から精霊が抜き出されるのを見た時、此処には、その女の子と、彼しかいなかったわ。
私が助けを呼んだ時だって、ここに駆けつけてきてくれたのは、そこにいる、アスカだけだったわ。
どうして誰も来てくれなかったのかしら?『公騎士団なのに、何で彼は一人で行動していたの』?」
「……確かに、それは公騎士団のルールに反するが……」
掛かった。舌戦に於いて、一瞬でも口篭った瞬間、それは致命的な隙になる。
「しかし、それでも、『君が彼を殺さなかった』ことは証明できない」
「でも、『私が彼を殺した』ことも証明できないわ」
「しかし、お前はあの時、」
「一昨日の《花に雨》亭でのことなら……何度だって謝るわ。
そう、あの時『茨型ギ肢が暴走した』なんて嘘を吐いたこともね。
でもね、あの時、あなたたちは、四人で! 四人もの騎士を連れて、たった一人の女性を!
ソラさんって言ったかしら? 彼女を連れて行こうとしたじゃないの。
彼女一人で『フェルスターク公一家を殺害した』ですって?
本気でに彼女一人でそんなことが出来るとでも思っているの? あなたたちは!」
周りの群衆がざわめき始める。逆王手[クロス・チェック]。
「だ、だが……」
「そう、それに、私が外傷なしで一人の人を殺せるような技能を持っているなら、
あの時わざわざギ肢を使ったりしないわ。そんな目立つ方法使ってどうするの」
「……もう良い! 一昨日のことも、今目の前でここに起きていることも!
本部で詳しく聞かせて貰おう!」
痺れを切らしたらしい騎士が、私を強引に連れて行こうとする。巫山戯た真似を。
もう、詰み[チェック・メイト]からは逃れられないのに。
「何よ、まだ不満? あの時、私、あなたに言いましたよね?
『これで、許して頂けませんか』って。"大きな金貨1枚を渡して"。」
「!!!」
さらに群衆はざわめく。
「そう、結局カネで動くのね。あなた達は!
警察の真似事みたいなことをやっていても、誰を守ろうなんて考えちゃいないんでしょう!
いいわ、連れて行きなさい! それとも……」
私は金貨を取り出して、親指で弾き飛ばす。
「これでまた、許して貰えるのかしら?」
群衆は一瞬で静まる。チリン、と、金貨が地面で跳ねた。
演技など、とうに捨てていた。それでも、盤上は、全て私が支配していた。
「そうそう、あなたのお仲間がもう死なないためにも。
私も捜査に協力したいのだけど。
……よろしくて?」
(リリオットの紋章、ね……)
そういうことか。
誰も手が出せないまま落ちている金貨を拾いながら、リオネは大体の事情を理解した。
つまり、あの少女が……リリオット卿の孫娘で次期リリオット家当主のお嬢様。
積極的に探そうとも思っていなかったが、こうもまあ早く見つかるものか……
というか、あれだけ地味で派手な能力を躊躇いもなく使っているところを見ると、
お嬢様が捕まるのも時間の問題だろうか。
======
私の制止も聞かずに、アスカは公騎士団に連れられていった。
言葉尽くで止めることも出来たが、どうやら彼は自ら望んで公騎士団に付いていったようだったので、
無理に止めることはしなかった。
……さて。
アスカを見送った私は、まだ此処に残って状況を検めている騎士に話しかける。
「ねぇ、あなた達……」
「ひぃっ! な、なんでしょうか……」
随分と怯えられている。どうでもいいが。
「この街の、公騎士団の病院はどちらかしら。
恐らくだけど、"彼"みたいに、外傷無しで死んでいた人が、他にも何人か居ると思うの。
出来ればその人達の遺体を調べさせて欲しいの」
「……し、しかし、君のような子供が……」
「大丈夫よ。連れていってくだされば、恐らく許可は頂けると思うの」
「公騎士団の病院に、見ず知らずの君が行って、遺体を調べる許可をその場で取れる、と。
そんなわけ……」ないだろう、と言いかけたようだ。
「普通ならあり得ないでしょうね。
まあ私が何とかするから、とりあえず道だけでも教えて貰えませんか?」
======
病院に着いたリオネは、まず受付の男に話しかけた。
「すみません、整形外科はどちらにありますか?」
「整形外科? お嬢さん、顔の整形ならうちの病院じゃ取り扱っていませんよ」
「いいえ、そんな冗談は結構です。
出来れば、整形外科の長(おさ)を務めている方にお会いしたいのですが」
「しかしお嬢さん、ここは貴族の紹介が無いと診察は受けられませんよ」
「診察の依頼ではありません。それに、紹介状が必要なら、今、書きます」
リオネは、鈍色の左手が持っている袋から羊皮紙と羽ペンとインクを取り出し、紹介状を書き始めた。
「お嬢さん、いい加減に……」
「少しお待ち頂けますか」
――
「出来ました。急ぎなので、封蝋の無い略式で申し訳ありません」
受付の男は、リオネと、リオネが書いた紹介状を交互に見比べている。
「私は、精霊ギ肢装具士の『リオネ・アレニエール』と言います。
とにかく、これを渡してきて頂けませんか?」
「あなたが……『リオネ・アレニエール』さんですか?
わたくしは、てっきり……」
「はい、私は顔や年齢を公開しておりませんので、実際に会った方は皆さん驚かれます。
突然の無礼をお許し下さい。
折角、精霊の発掘と加工で有名なリリオットに寄ったものですから、
こちらの精霊義肢技術についてもお話を伺いたかったのです」
「いえ、こちらこそ、先生のような方とお会いできて光栄です。
わざわざご足労頂きありがとうございます」
「先生? この方は……」
『リオネ・アレニエール』は、リオネの使う筆名である。
リオネは義肢会が年二回発行する雑誌[ジャーナル]に、
半年の間に製作したギ肢に関する記事を『リオネ・アレニエール』の名で毎回寄稿している。
筆名を使うのは、簡単に言ってしまえば、家の名を持たないと同業者からナメられるからである。
この筆名は、リオネが《蜘蛛の糸》を発表した時に初めて使用し、
以降は義肢会の登録名や各種許可証に用いている。
因みに「アレニエール」の名は、リオネが過去に在籍していた人形工房に由来し、
リオネの本名には含まれない。
(だから……こういう「権力」に弱そうなところは、
こっちの名前のほうが"やりやすい"わよねぇ……)
口八丁に整形外科長から院長まで話を通し、遺体安置室で遺体の身体を調べるリオネは思う。
対価は、寄稿記事にリリオットの精霊義肢に関する情報を載せること。
(まぁ、リリオットに来ることを決めた時点で、最初から書くつもりだったのだけど、ね……)
遺体安置室にある同様の遺体は二体。
先ほどの騎士を合わせて、少なくとも三人は精霊を抜かれていることになる。
ヘレン教の病院に運ばれたか、若しくは病院に運ばれていない同様の遺体がある可能性を考えると、
もう幾人かは亡くなっているかもしれない。
遺体に、精霊繊維による精神官能検査を行なってみたが、精霊繊維は何の反応も示さなかった。
通常、落とされたばかりの腕や脚にはまだ意思が宿っている為、
精霊繊維によってその状態をおおよそ知ることが出来る。
これは、亡くなったばかりの遺体においても同様だが、
精霊繊維の反応が無いということは、
「精神が失われたか……それとも精霊の器が完全に砕けた、か……」
さて、あの時、少女の右手に集まる光を、私は精霊の光だと思ったが、
その仮説は正しかったのだろうか。
今は仮に「精霊が抜かれた」と表現しているが、
或いはあれは本当に精霊の光で、精霊を使った術か何かだった可能性もある。
ゆっくりスペクトル分析する暇があれば、
それが精霊の光か、もし精霊の光ならばその性質まで調べられるが、
勿論そんな事は出来ないので、いくら考えても仮説の域を出ない。
あの光が本当に「精霊」だったとしたら。
「精霊は、人の精神の結晶である」という説がいよいよ真実味を帯びてくることになる。
思い返してみれば、レストが着けていた義肢を駆動させて植木を枯らしたことも、
あの少女が騎士に対して行ったことと、現象としては近い。
彼女が話した巨大パンジーの事も、
結晶化した精神が何らかの反応で"融解"したのだ、と解釈できないこともない。
だが、どれも仮説を裏付ける為の証拠としては弱い。
「これは一回、巨大パンジーが暴れたらしい『泥水』に行ってみる必要があるかしら。
……そろそろ一般人の立ち入りが出来るようになっていればいいけど。」
リオネはまだ、巨大パンジーなど比にならないほど凄惨な事件が起きたことを知らない。
遺体の検分を終え公騎士団病院を出ると、既に夜になっていた。
遺体安置室は、日光や外気が入らないように地下に作られているので、日が落ちたことに気づかなかったらしい。
私は、一旦宿に戻ることにした。
夜は事件の調査に向かない。
人が多く明るさの足りない夜よりも、人が少なく明るい朝の方が、色々と好都合だ。
夜通し警備している警備兵は疲れが溜まっており、その目を掻い潜りやすい、というのもある。
まあ色々理由はあるが、一番の理由は「疲れている」の一言だった。
「ラペコーナ」で適当に夕飯を見繕って包んでもらい、露天でこの街の名物らしいあられ揚げを買った。
あられ揚げを売っていたおばちゃんは、先程の図書館脇の路地裏の出来事を見ていたらしく、
「あんた、ちっちゃいのによくやるわね! はいこれはオマケ。
お代は500万ゼヌ! って、あんたには冗談にならなそうね! ガッハッハ!!」
などとずっと豪快にしゃべくり通していた。
私は、はぁ、と呟きながら5ゼヌを渡し、あられ揚げの入った袋を受け取った。
宿で夕飯を食べながら、今日の出来事を振り返る。
色々なことがありすぎた。
全くどうにもならない。
頭が痛くなってくる。
「まぁ、私がどうこうできる問題でもない、か……」
いつもは夜に行なっている『自動人形[オートマトン]』の研究も、
この街に来てから全然進んでいない。
手元の精霊灯は、精霊が切れ掛かってちらついている。
冷めたあられ揚げを齧りながら、月が照らす宿の窓辺からは、星々の瞬きが見える。
その光は、
あの少女の右手に見た光にも似ていた。
======
意識は微睡みの底に落ちていく。
其処は深く昏い闇、けれどどこか落ち着く場所。
夢の中に見るは、幼い頃に読んだ、ゼンマイ仕掛けの少女の物語。
時を刻む心の臓が壊れ果て砕け散る迄、
戦乙女ヘレンを追い求めた、自動人形の夢……
翌朝。
目覚まし時計が故障したようで、予定より起床が少し遅くなってしまった。
「泥水」を探して彷徨いてはみたものの、嘗てそれだったと思われる建物は半壊していた。
薄れてはいるが血の匂いも微かに感じる。いや、残っている、と言った方が正しいか……
レストに聞いた限りでは、ここまで酷い状況になったとはとても思えないのだが。
巨大パンジーの残滓に直接触れようとすることは端から諦めていたが、
「泥水」の店主あたりから聞き込みくらいは出来ると考えていた。
しかしそれも望めそうにない。
警備に当たっている公騎士団に話を聞いても、
のらりくらりと質問を躱すばかりで詳しい話を教えてはくれなかった。
取り敢えず、巨大パンジーが暴れた以上の事件が起きたことは理解した。
あまり深く突っ込むと要らぬ疑いが向けられそうなので適当に切り上げ、ラボタ地区を離れる。
……ふむ。
手掛かりは失われてしまった。
巨大パンジーに取り憑いた精霊、いや、精霊が取り憑いたからパンジーが巨大化したのか、
その精霊を精製した技術者に会えれば良いのだが、
レストからはその技術者についてはあまり詳しい話を聞いていなかった。
レストの偽物探しも、リリオットのお嬢様探しも、
両者ともに特に手掛かりはなく、同時にあまり興味もなかった。
私が興味があるのは、現象とその原因と結果だけだからだ。
と、その時、すれ違った鉱夫らしき男たちの声が耳に入ってきた。
「……、……すぐ『神霊』の採掘が終わるらしいぜ」
「人の背丈の十倍はあるっていう例の馬鹿でかい精霊か? あんなもン、どうやって掘り出し……」
『神霊』? 聞いたこともない単語だ。
それに、人の背丈の十倍? 世界中の建物を探しても、それより高い建物は数えるほどしか無いだろう。
「そ……」思わず振り返って声を掛けようとしてしまったが、思い留まった。
職人気質の強い人は、余所者に厳しい場合が多い。
理不尽に絡まれても面倒だ。
鉱山ツアーか何かに向かう振りでもして情報収集した方がよいだろう。
私は北へ向かうことにした。
「えぇっとぉ、今ぁ、一般の方が参加できる鉱山ツアーはやっていないんですよぉ。
とぉっても大きな精霊をぉ掘り出してるとかでぇ、危険なんですってぇ」
案内所のお姉さんが、やたら間延びした話し方で答えてくれた。
聞いてるこっちまで眠くなりそうだ。
「そうなんですか。分かりました、残念です。
ちなみに、あとどれくらいで採掘が終わるかって分かりますか?
私も旅の途中で、ずっとこの街にいられるわけじゃないんですけど」
「そうですねぇ、私にはちょっと分かりませんねぇ。
上の人が、あんまりそういう情報教えてくれないんですよぉ。
あたしは案内係だからぁ、お客さんからの質問にはぁ、できるだけ答えたいんですけどねぇ」
「そうですか。では、しばらくしたら、また寄りますねぇ」
……少し口調が伝染ってしまった。
案内所とは云っても、その広さは結構なものだ。
幾つかの土産屋や、鉱山の歴史を集めた小さな博物館も併設されている。
多分、リリオットの学校に通う子供たちが社会見学で訪れたりもするのだろう。
土産屋には、鉱石を使ったアクセサリや銀細工に加え、何故か木刀も置いてあった。
が、それよりも興味を引いたのは、博物館の方だ。
今からおよそ数百年前。
ドワーフの領域だったこの山を征服し、精霊鉱山として拓いたのが、初代リリオット。
その切欠となったのが、エルフとの契約。契約の内容は深くは知れないが、
もしかしたら、今掘り出しているとかいう『神霊』も何か関係があるのかもしれない。
"征服"と言えば聞こえはいいが、要するにそれは、ドワーフを追い出し、鉱山を"略奪"したということである。
逆に、"略奪"と言えば聞こえは悪いが、人の歴史とは奪い合いによってのみ成立する。
水。土地。食物。命。権力。名声。カネ。資源。それらの中に、精霊が取れる山が含まれていただけの事だ。
いくら「可哀想」だのと口に出したところで歴史は変わるわけでもなし、
結果的にリリオットが精霊採掘都市として栄えることで私達が利益を享受していることは間違いないのだから。
鉱山の構造。精霊の掘り方。ここで取れる精霊の種類とその見分け方。鉱夫たちの生活。
既に古ぼけてしまった様々な展示物の中でも、やはり目を引くのは『神霊』の説明されているコーナーだ。
どうやら、『神霊』の存在自体は鉱山が拓かれ始めた時点で噂レベルで知られていたようだ。
どうやって地中にある精霊の存在を知ることが出来るのかは、私には分からない。
それに、鉱脈の在処を読めた所で、そこに人の背丈十倍の精霊が眠っていることまでは確信できないだろう。
しかし、何れにせよ、その『神霊』が実際に発見され、その採掘が進んでいることは確からしい。
この採掘が成功すれば、精霊採掘都市としてリリオットの名は、今より更に広まるに違いない。
「まあ、今はその本家リリオットよりも、周りの家の方が力を持っているみたいだし。
軽く戦争くらい起きてもおかしくないかもしれないかしらね。」
役に立つ情報を探しに来たのだったが、普通に観光していた。
が、たまには悪くないだろう。
博物館から出ると、案内所内は慌ただしく人が交っていた。
また、「何か起きたんですか?」
「はい、精霊の精製工房で爆発事故があって! ちょっとあなたに構っている暇がありません、すみません!」
先程の間延びした話し方だったお姉さんまでもが人手に駆り出され、走り去っていった。
「随分と簡単に言ってくれるわね」
水槽の部屋から男が去っていった後、誰に届かないように呟いた。
身体の機能の殆どを人工臓器で賄っているレストを見た時も驚いたが、
まさかそれに近いことを私がやることになるとはね。
そう。最初から選択肢など無い。
やらなきゃどうせ私も殺されるんでしょう。
尤も、依頼を完遂したところで、私の命の保証など無いのだが。
それにしても、こんな状態にまでされて"保存"されている彼は一体何者なのかしら。
などと考えていると、背中の荷物の中が、がさごそ、と音を立てる。
何事かと思って荷物を広げると、
私が初めて作った人形『試作一号』が、なんと意思を持ったかのように動いている。
あれは布と綿製だし、精霊繊維を開発する何年も前に作ったもので、
球体関節どころか針金一本仕込んでいないのだが。
頭に疑問符を幾つも浮かべながら『試作一号』を観察していると、
『試作一号』が喋りかけてきた。
「おおう、やっと"出られた"ぜ、嬢ちゃん。
正直消えちまうかと思ってたんだが、丁度いい媒体があったからな。
乗り移らせて貰ったぜ」
……そうか、この声の発生源は『試作一号』じゃなくて、直接頭に声が響いているんだ。
「あなたは……誰? というか、何?
まさか、この子じゃ無いと思うけど」
「はン、俺がこんな、生きてるか死んでるかも分からん鼻タレた餓鬼なわけあるまい」人形に鼻で笑われた。気がする。
「俺は『常闇の精霊王』。暗黒を制し、精霊を統べた百虐の魔王だ。
今は精霊力が尽きちまって動けないが、俺の真の姿は……」
「はいそこまで」
「ふぎゃっ」
私は『試作一号』を叩き潰す。布製なので、人形自体にダメージは無い。
「てめえ、何しやが……」
「丁度いいわ。手伝ってもらうわよ。返事は要らないわ」
面白そうだから、恐ろしい精霊王様に鏡を見せるのは後にして差し上げましょう。
======
コンコン、と水槽をノックする。
「あなた。オシロ、という名らしいわね。
件(くだん)の巨大パンジー、いえ、『常闇の精霊王』から話は聞いたわ。
あれを精製したのが、貴方だそうね。素晴らしいことだわ。
どうしてこんなことになっているのかは知らないし、あんまり興味が無いけど。
何も出来ない貴方に今、選択肢は無いわ。
貴方は今、生きてもいないし死んでもいない。
だから私が、貴方に選択肢をあげる。
先ず『生きなさい』。其の為の身体は、私が用意します。
貴方はまだ"意思"を持っています。
しかし、それを発する"器官"が無ければ、其れは"意思が無い"のと同義です。
"意思"は、其れを伝えることで初めて意味を為します。
それが『生きる』と云うことよ。
もし貴方が『死にたい』というなら、それも貴方の意思だから、私は止めないけど。
でも、その選択肢も、今、貴方は選べない。
だから私は、貴方にギ肢を作る。
仮初だろうが偽物だろうが、其れは貴方の『身体』となる。『肉体』となる。『魂』となる。『命』となる。
返事は、……要らないわ。」
情報の伝達に用いられる器官として、
「声帯、または義手」を選択肢に挙げたのは正しい。
しかし、声帯だけを接続しても人の声は出ない。
先ず、声帯を震わせる呼気を出すための肺と、肺を膨らませたり萎ませたりする横隔膜・肋間筋が必要である。
また、声として母音や子音を発音し分けるには、口腔や鼻腔などの調音機構も要る。
まあ他にもいろいろあるが、詰まるところ、
生体器官の殆どを失ったオシロに声を出させる、それも意思を伝達する声を出させるのは余りにも困難だ。
義手による文字情報伝達も、視覚が失われている彼には難しい出力になるだろうが、
視覚を失う前に文字を書いていたなら、目を瞑っても文字は何とか書ける。
機構としても、発声機構を作るよりはずっと単純だ。
それに、ギ肢として喉を作ったことは無いが、腕ならば幾度と経験がある。
それでも尚難しいのは、普通精霊ギ肢を接続する時は
神経と精霊繊維を直接に近い形で接続し同期させなければならないのだが、今の彼は水槽から出られない。
だから、水槽外からどうにかして意思を精霊繊維に伝える機構が必要だ。
だが、これには考えがあった。
リオネは背中の荷物から「動くネコミミ」を取り出し、分解を始める。
試作一号がなんやかんや言ってくるが、取り敢えず無視する。
これは、頭に付けるだけで(神経と直接接続しなくても)意思を取り出すことができ、
それをネコミミに伝達することで、ネコミミの動きを制御している。
すなわち、意思の増幅装置[アンプ]と無線通信の機能[ラジオ・モジュール]を内包している。
と言うより、元々「動くネコミミ」はその実証実験装置だ。
ネコミミから取り出したモジュールを発信装置とし、
既に外部代替している耳に(水槽に手を突っ込んで)追加接続する。
最小限の入力でギ手を動かすために、
殆ど骨しかないような中身剥き出しの構造にありったけの精霊繊維を編み込み、
手羽先大のギ手を作り出す。
ギ手と同じ程度のスケールの(形だけで空洞の)胴体[トルソー]を用意し、
また別のネコミミから取り出したモジュールを受信用に改造し、トルソーの肩にそれを埋め込む。
そしてその肩に、ギ手を接続する。
「一号! あんたの出番よ!」
「なんでぇ急に。俺をこき使おうだなんて百年どころか千年早いわ」
「偉大なる精霊王様は、まだ彼の声を聞けるそうね。
その能力を使って、通信の同期を取りたいの。
一旦同期が取れれば、その周波数と暗号鍵を記録できる」
======
やっとのことでギ肢の同期を取り接続出来た時には、既に作業開始から丸一日経っていた。
まだまだ精度は甘かったが、正直これだけで金貨百枚は下らない逸品だ。
かと思ったら、水槽の部屋から追い出された。
まだやれることは山とあったが、しかし此処で帰らなければ、文字通り「帰らぬ人」になってしまうだろう。
彼が生きてさえいれば、そして私が生きてさえいれば、いつかどうにかなる。
それに……
(自分の作ったモノに『銘』を入れておくのは、『技術屋としては当然』、よねぇ。)
階段を登りながら、キチキチと動く小さなギ肢を見て、頭の中で呟く。
(それから、精霊王さん。恐らく貴方は、今現在、誰にもその存在を気付かれていない。
私を利用したいなら、私に利用されなさい。私に勝手に死なれて媒体[試作一号]を燃やされでもしたら、貴方も困るでしょう?)
階段を登る。
その長さは(実際は)さほどでも無かったが、
寝食を忘れギ肢を作り続けるという高揚感の糸からプツンと切り離されてしまったリオネには、
絶壁をよじ登るかのようにすら感じられた。
階段を登り終えた先の部屋には、
かの男の言ったとおり、報酬が置いてあった。
金貨100枚。
ソウルスミスの上層部への紹介状。
ラクリシャの特別顧問の証明書。
リリオットの居住権(家付き)の権利書。
並の商人だったら泣いて喜ぶであろう紙切れが3枚。
リオネにとって"使える"のは金貨だけだ。
価値に換算すれば、権利書3枚の方がずっと高いだろうが、この街に留めようとする意思が透けている。
下手に売ることも出来ず、また放置することも出来ない資産は、価値どころか毒だ。
破り捨ててやろうかとも思ったが、それはそれで面倒な事になりそうなので止めておいた。
全くと言っていい程、頭が働かない。
……駄目だ。取り敢えず全て持ち帰ってから考えよう。
最悪一生この街に留まらなければならないことになったとしても……
======
どうやって宿に帰ってきたのかを、よく覚えていない。
むしろ宿まで無事に帰ってこれたのが奇跡的だった。
「一号……わたしは、ねるわ。
おきたら、あなたにもっと、かつどうしやすいからだを……」
そこまで言うと、リオネはそのままベッドに倒れ込み、眠ってしまった。
先程までいた場所から地響きのような音が聞こえてきたことも、
天が闇に覆われようとしていたことも。
睡魔という名の魔物には勝てなかった。
私はいつも一人だった。
いや、正確には一人ではなかった。
周りには沢山の人がいた。その人達は、全員大人だった。子供は私だけ。
だから、私はやっぱり一人だったのかもしれない。
私は、大人達から色々なことを学んだ。
言葉。算術。音楽。歴史。魔法。精神。法則。
私が一つ覚えれば、大人達は喜んだ顔をした。だから私はいっぱい覚えた。
遊び相手はいなかった。
いや、正確には遊び相手はいた。
周りには沢山の人形があった。それらは全て、動かなかった。喋らなかった。命を持っていなかった。
だから、私にはやっぱり遊び相手はいなかったのかもしれない。
私は、大人たちに色々なことを尋ねた。
論理。構造。矛盾。紀源。深淵。生命。世界。
私が一つ識れば、大人達は困った顔をした。だから私はいっぱい識ろうとした。
私が部屋を出た時、そこには私が触れたことのない情報で溢れていた。
私の知識は、"外"では全くと言っていい程役に立たなかった。それは誰とも共有されていない情報だったから。
私の知識は、"外"では何事にも優先する程役に立った。それは誰とも共有されていない情報だったから。
私が求めたのは何だっただろうか?
私が求めたのは誰だっただろうか?
チキリ、と胸で音がする。
白い部屋。この場所は、私の、……
違う。此処は。
******
流石に丸一日ぶっ続けの作業は堪えたらしい。
目が覚めた時には既に外は暗くなっていた。
「おう、やっと目を覚ましたか。
こりゃあいよいよ死んじまったかと思うくらいよく眠っていたぜ」
「あらおはよう、試作一号」
「そろそろその呼び方も止めてくれねえか。俺は『常闇の精霊王』だって言ってるだろ」
「知らないわよ。大体『常闇の精霊王』って長いのよ。
それは肩書きでしょ? 名前は何て言うのよ」
「それは、いいかよく聞け、俺の名は」
「まあ何でもいいわ」
「聞けよ!」
「私が眠る前に言ったこと、覚えてる? あなたに、もっと活動しやすい身体をあげる、って言ったわよね。
私は、精霊ギ肢装具士である前に、『人形職人』なのよ。
あなたには、私が今までに作った人形のうちの一つをあげるわ。
嗚呼、その人形の身体で暴れようなんて考えないでね。焼き殺されるのがいいところよ」
======
人形を組み立てていると、二人の男女が訪ねてきた。
女性の方は、金髪で、何処かで見たことがあったような気がする。
男性の方は、まだ見たことが無かったはずだ。見たところ、左足を失っているようだ。
ということは、
「ええと、ギ肢製作の依頼、でよろしいでしょうか?」
よく見てみれば、女性の方は、前にこの宿の食堂でちらりと見かけたことのある人だった。
初めて彼女を見た時は、剣を向けて倒れた男を睨みつけている氷のような目が印象的だったが、
今の彼女は雰囲気が少し違うように思う。
男性の方は……彼女の恋人か何かだろうか? 仕事にはあんまり関係ないけど。
「今まで使っていたギ足が壊れてしまったのね。
そのギ足って、今ありますか? 重さとか大きさとか付け心地とか色々参考にしたいのだけど」
「……」どうするべきか、と小さく呟く声が聞こえた。
「わたしが持ってくるわ」
「……分かった、頼む。すみません。少し待っていて下さい」
金髪の女性が部屋を去っていった。
何か事情があるのかもしれないが、そういうことにはあまり突っ込まないことにしている。
「そういえば、名前を聞いていなかったわね。貴方の名前は?」
「俺はダザ・クーリクス。ダザって呼んでくれ」
「分かったわ。
それで、ダザさん。
『安くて早く』とは言ったけど、機能的には何か欲しいものはある?
とりあえず歩ける、走れる、くらいでいいのかしら」
「ああ、それでいい」
「予算はどれくらい?」
「それはその、できるだけ安く」
「うーん、安いと言ってもいろいろあるのよ?」
「とは言っても……」
ダザが押し黙ってしまったその時、女性が義足を抱えて戻ってきた。
「ありがとう。ちょっと渡して……結構良いギ足じゃないの、これ?」
何故か真っ二つに折れている点を除けば。
「精霊駆動型。
精霊をエネルギー源として様々な挙動を可能にしているみたいね。
高速駆動による瞬速移動。加熱駆動による熱源展開。
それに、これは……精霊エネルギー還元による装着者の自動回復機能かしら?」
……いや、それだけじゃない。
詳しく調べなければ分からないが、
おそらくこれは、装着者を単に回復する為に精霊エネルギーを還元しているというよりも、
むしろ精霊そのものを装着者の身体に流しこむような作りをしているような……
「こんなギ足、一体、何処で……」
「ああ、それは……ヘレン教の特殊施療院で……」
また特殊施療院か。
レストの左手も相当なものだったが、このギ足も大概なものだ。
「いいわ。このギ足、もう要らない? これをくれるなら、それなりに良いギ足を作ってあげられるわ。」
「? もう壊れてるけど、そんなんでいいのか?」
「ええ。対価としては充分すぎる程よ」
======
金髪の女性が宿を出ていった後も、ギ肢を作るための質疑と身体計測は続く。
「多分、ギ足自体は数時間もあれば出来るわ。
本来なら、微調整のために一、二週間は掛けるのだけど……
そんな暇は無いのよね? まあ出来るだけ頑張ってみるわ」
「それは本当か?」
「ええ、本当よ。だけど、その前に……」
「何だ? 俺に出来ることならなんでも言ってくれ」
「……お腹が空いたわ。そういえば私、昨日から何も食べていないのよ。
ちょっと大変かもしれないけど、食堂に行って何か包んでもらってきてくれない?
貴方も、良かったら朝食にしましょう。お代は私が出すわ」
「ねぇ、何が起きてるの?」
「うるせえ、今までずっと無視しやがって」
「しょうがないじゃないの、結構集中力使うのよ、精霊繊維を張るのって」
「んなこと知るか!」
「うーん、でも、どう見てもあれは"闇属性"よねぇ。
貴方に何か関係あるの? 『常闇の精霊王』さん」
「何だよ"闇属性"って。……ん、まぁ、関係ないことはない」
「貴方が、『あれ』を操ってるわけじゃあないのよね。
貴方は《ここにいる》もの」
「ん、何故俺が《ここにいる》と断言できる?
分裂したり瞬間移動したりできるとは考えないのか?」
「だって、そんなこと出来たらこんな処に留まる理由がないでしょ」
「まあそうだな」
「やけにあっさり認めるのね」
「まあな」
「ん……できたわ」
「……俺、"これ"に入るのか?」
「しょうがないでしょ。今直ぐ用意できる全身型はこれしかないんだから。
汚さないで帰ってこれたら新しいのを作る時間もあるわよ」
「別に俺は人形じゃなくても取り憑けるんだが?」
「そういうのは、ここぞと言う時に切り札として取っておきなさい。
『人の姿をしている』。『人の言葉を喋る』。たったそれだけで人は人を人だと認識するわ。
それに、永い眠りから目覚めて、まだ数日なんでしょ?
人の世を識るのには、人の姿が一番適しているわ。
何をするにしても、現代の情報を蒐集するのは重要よ。
また『精霊を食われて一撃』なんて格好悪いことに陥りたくなければね」
「……だからといって、この姿はだな……」
「でも、この姿なら、誰もこの中に貴方が入ってるなんて思わないでしょう?」
「いや、だが、しかし」
「文句言わない。
そうそう、髪の色は何にする?
ウィッグなら余りがあるから、今なら割と何色でもいけるわよ。
金、茶、黒あたりがベーシックね。一応白とか緑とか銀とか赤とか、あとは紫とか水色とか桃色もあるけど」
======
「……なんだかすごく悔しいが、まるで最初から自分の身体だったかのようだな、これは」
「貴方は元々精霊なのだから、精霊繊維とは相性がいいのかも知れないわね。
そういえば、『あれ』が何なのか、まだ聞いていなかったわね。『あれ』は、何?」
「……『あれ』は、常闇の精霊王。」
「? 貴方が『常闇の精霊王』じゃなくて?」
「ああ、俺は、初代というか元祖というか……
俺が封印された時に漏れだした俺の一部が、様々に形を変え、種々の精神を取り込み、
現代まで残った搾りカスみたいなもんだ。
『あれ』は俺であって俺じゃあない。
大体俺が力を振るった時は、あんなちっこい闇じゃなくて、大陸全土を闇夜にするような……」
「嗚呼、話が長くなりそうね。行くわよ。そんな話を聞いてる場合じゃなさそうだし」
「聞けよ!」
******
二人の少女が宿を飛び出していく。
一人は、常人の倍の数の腕と足の緑色のドレスを着た年頃の少女。
そしてもう一人は、それより更に幼い、黒と白のゴシックドレスを身に着けた、吸い込まれそうな闇色の髪の少女。
レストの悲鳴が見えない崖の底に吸い込まれていき、
それを追ってよく分からないファッションの少女がよく分からない叫び声を上げながら崖に飛び込んでいく。
そして他の人は神霊の方向へ向かってしまった。
「うーん、取り敢えず姫荊の種[アルラウネ・ユニット]を起動して下ろしてみたけど、
こう、底も見えないと、結局どうなってるか分からないわねぇ」
おーい!! と声を投げるも、返ってくるのは自分の声の反響音だけだ。
「やっぱり……降りてみるしかないか」
姫荊の種[アルラウネ・ユニット]を回収し、
大きな岩を探して、それに姫荊抱擁[アルラウネ・スクィーズ]で茨を巻きつける。
普段着けている腕型ギ肢を、千手の腕[ヘカトンケイル・ユニット]に換装する。
鈍色の茨蔦で身体を支えつつ、岩壁を無数の腕で掴みながら少しづつ下っていく。
「結構辛いわねぇ。これが終わったらもっと効率良くエネルギーを回せるギ肢を開発しましょうか。
っとと、きゃあっ!!!」
足を掛けていた石が崖から剥がれ落ち、それと共にバランスを崩したリオネも転落する。
======
無数の腕で岩壁に爪を立てるようにしがみつこうとするが、
落下の勢いは止まらず、それどころか壊れた腕が弾け飛んでいく。
茨の蔦はとうに千切れ、殆どコアユニットしか残っていない。
千手の腕[ヘカトンケイル・ユニット]の殆どの腕が弾け飛んだ所で、
鳥人の翼[ハルピュイア・ユニット]を展開する。
この翼型ギ肢は飛ぶのには役立たない。人間の身体は鳥に比べ密度が高すぎる。
翼をパラシュートの様に広げ、空気抵抗を利用して落下速度を緩めようとしたが間に合わない。
「きゃあああぁぁぁ……」
======
ずん、という衝撃を全身に受ける。
私もいよいよ死んだかなぁ、とか考えていたが、それにしては意識がはっきりしている。
恐る恐る目を開けると、そこにはレストの顔があった。
「あの……大丈夫でしょうか?」
「……ってて、私は……生きてる?」
「ええ、たぶん」
「……っていうか、貴方は大丈夫なの? こんな深い崖を落ちたのに」
「はい、身体は少し傷ついてしまいましたが、私は大丈夫です」
「『大丈夫です』って、痛くないの、その傷!」
「ええ……私には、心がありませんから」
私は、はあ、と肺の底から空気を吐き出すように溜息を吐いた。
「えーっと、貴方のあと、もう一人落ちてきたと思うんだけど、その方は?」
「すみれさんは、そちらに。
傷は殆ど無いんですけど、着地に少し失敗したみたいで、気絶してしまっているみたいです」
私は今度こそ、心の底から溜息を吐いた。
すみれさんを起こしたら……どうしよう?
降りてきたはいいものの、戦闘用ギ肢の殆どを失った今の私は何も出来ないことに気が付いた。
------
リオネは以後しばらく、矢羽掃射[ハルピュイア・フラッタ]・千手円盾[ヘカトンケイル・コンパス]・姫荊抱擁[アルラウネ・スクィーズ]を封印状態として扱う。
『君たちの言うところの、神だ』
自らを「ジーニアス」と名乗った存在はそう言い放った。
すみれさんも、一瞬の強い光で目を覚ましたようだ。
神。
神、ねぇ。
『私は君達に契約を申し入れたい。その対価は、我が叡智の全て。
受け入れるか?』
「そうねぇ、ジーニアスさん。契約の前に、幾つか質問してもいいかしら。」
『当然だ。君が望むなら、何でも答えよう』
「一つ。貴方が私達三人を此処に呼んだの?」
『そうだ。私が君達をこの場に導いた』
「一つ。貴方の実体は何処?」
『私は何処にも存在しない。故に何処にでも存在する』
「一つ。契約の意図は?」
『この街は今、大きな混乱と暴虐の意思に支配されている。
連鎖の中心に居る人物を討ち、これを止めてもらいたい』
「一つ。その人物とは、具体的に?」
『絶対零度の刀匠、リューシャ。
日出る処のサムライ、カラス。
混血の異端児、アスカ』
「では、最後に。私の義肢会の会員番号は?」
『……それが何の役に立つ?』
「いいから答えて。
あと、私が今持ってる精霊繊維用高濃度精霊の試験管の数。
私が着けてる黒髪ウィッグの毛の本数。
それと、鳥人の翼[ハルピュイア・ユニット]に残っている羽根の数。
今直ぐ答えられます?」
『……』
「うん、まぁそんな所ね。
それじゃあ数えてみましょうか」
リオネは鳥人の翼[ハルピュイア・ユニット]を装着し、空に向けて矢羽を無数に撃ち出す。
同時に増殖しきった姫荊の種[アルラウネ・ユニット]の蔦を地に巡らせながら
千手の腕[ヘカトンケイル・ユニット]で人の形をした光の塊に殴りかかる。
光の塊には触れられなかったが、空間が一瞬揺らぐ。
「レスト! すみれ! ここは幻術空間[ファンタズマゴリア]よ!
ちょっとでも変な壁や床や空間があったら、そこを全力で叩いて頂戴!」
======
すみれが思い切り叩いた、何も無さそうな空間から、罅が入り、亀裂が走り、そして一気に割れた。
そこにあったのは、腰の高さ程の円柱の上に乗った、
魔法陣が描かれた円状の底面と、それを透明な半球が覆う、手のひら大のオブジェだった。
「大体、突然『神』とか言い出す輩は信用出来ないわよねぇ。
よく分からん広さの空間とかよく分からん声の出処、暗示を掛けるような光の演出。
こんなことが出来るのは、『本当の神』か『幻術』のどっちかよ。
『幻術』ならば、幻術を使っている者が答えられず、私達の表層心理を映しても不明な質問、例えば、
私達が記憶に残していない、かつ確実な答えのある質問をすれば、大体見破れるわ。
本当の『神』ならきっと、さっと答えてくれるでしょうし、
そうでなければ、幻術を利用してこちらの思念も実体化出来るわ」
いまだボロボロの姫荊の種[アルラウネ・ユニット]を掴みながら、誰が聞いているのか、リオネは一人ごちる。
------
[叡智の地図]
全てを識る精霊、ジーニアスに繋がるとされる半球状のオブジェ。
物語の七つの欠片の一つ。
「くっそ、あの餓鬼め、この俺様を気絶なんてさせやがって……
奴らは誰も戻って来やしねえし、
かと思ったら爆弾が飛んできて道は塞がれるし、
何か俺、悪い事したか?」
白黒のゴシックドレスを着た幼き少女……もとい、自称『常闇の精霊王』は悪態を吐く。
「ったく、この身体じゃ塞がれた道を突破することも出来ねぇし、
かと言ってこのまま此処にいたって埒が明かねえし、
あの餓鬼の気配は馬鹿みてえにでかくなってやがるし、
クソ、取り敢えず戻るしかねえか。
次に会ったら、あの餓鬼、ぶっ殺してやる」
目の前が塞がれた坑道を戻ろうと、後ろを振り向いたその時、
大きな振動が常闇人形を襲った。
「!!! 何だ、この情報圧は……!
てめえ、オシロ、俺が倒す前にやられるなんてのは許さねえぞ!!」
悪態を吐いてはいるが、振動に足を取られて身動きが取れない。
砂埃が舞い、壁から石が剥がれ落ち、全身を襲う。
足元の大地がずれ、「あ、これはヤバい」と思った瞬間、
人形は崩れた穴に落ちていった。
「ああ、クソ、クソが!!!!」
******
「――そうでなければ、幻術を利用してこちらの思念も実体化出来るわ」
誰が聞いているのか分からない独り言をリオネが呟き終わるのとほぼ同時に、
背後上空から叫び声が落ちてきた。
「…………ぁぁぁぁああああああああ あ あ あ あ あ あ あ あ!!!!!」
「え、な、何!? きゃああっ!」
ぐしゃり、と嫌な音がする。
「わ、人が、落ちて、きた……?」
リオネが恐る恐る近づくと、その人が落ちてきた辺りの瓦礫から、突如声がする。
「もう、何だってんだ! クソが!!!」
「え……っと……? もしかして、『常闇』?」
「この声は、リオネ、てめえか! さっさと助けやがれ」
「……何だか今ものすごく助ける気を失ったわ」
「いいから助けやがれ! 助けろ! ……助けて下さい」
======
瓦礫から三人がかりで引っ張りだした常闇人形は、物の見事にぶっ壊れていた。
「ちょっと、どうすんのよこれ」
「いや、どうしようもねえだろ……つーか不可抗力だし」
「あんたの事じゃなくて、此処から這い上がる方法よ」
「少しは俺のことも心配しろよ!
……ああ、だがな。
ここは、懐かしい場所だな」
「今、あんたの昔話なんか聞いてる暇なんて無いわ」
「いいから聞け。
……ここは、ずっと昔、俺が死の灰[ニュークリア・エフェクト]を発動した場所であり、
そして封印された場所でもある。
今の時代だと『冥王毒』とか呼ばれてるらしいが、あれは毒とは違う。
死の灰[ニュークリア・エフェクト]は、"命を奪う"……文字通り『命を奪う』魔法だ。
幾千、幾万、幾億の精神を束ね、融合する魔術。
その術の中心となる魔法陣。
人々の知識、記憶、経験、その他諸々を繋ぎ合わせ、意識と無意識の海を渡る"地図"が……『これ』だ。
エルフ共が使う『精神感応網』。それを真似しようとしたらしいんだが……
無理やり一箇所に集めて繋ぎ合わせられたせいで、精神が奪われ、そこに残ったのは山程のカラっぽの肉体。
当然、死の灰[ニュークリア・エフェクト]を発動した魔術師も、それに飲まれて死んだ」
「待って! さっき、似たような話を……此処で、というか幻術空間[ファンタズマゴリア]の中で聞いたわ。
それは、本当のことなの?」
「あー。それはどうだか。
大方、誰かが俺の精神の残りカスを利用して幻を見せていた、辺りが妥当じゃないか。
真実と虚構は、混じっているのが一番厄介だからな。幾つかは本当で幾つかは嘘なんじゃないか。
俺の言っていることも、今となっちゃあ何処まで本当か嘘か、俺にも、もう分からん」
「それはどういう……」
「ああ、長話に付きあわせちまって、悪いな。つまり、こういうことだ」
何かが胸の中に飛び込んできたような、内なる衝撃。
「受け取れ。我が叡智。人を造らんとする者よ、神を冒涜せしめんとする者よ!」
「……なんか、あんまり変わってるように感じないんだけど」
「まあそう言うな。今のお前なら、天を舞う翼も、山を砕く腕も、地を巡る茨も、思うがままに作れるはずだ」
墨色に塗られた翼を精製し、レストとすみれを抱えて、『常闇』が落ちてきた穴から一気に上昇し、
そして最短距離を辿りながら(ときどき壁をぶっ壊したりしつつ)神霊を引き上げていた穴から上空へと向かう。
第二神霊を無理矢理掘り出そうとしたせいで坑道の構造が不安定になりつつあったのに加え、
霊的に山を支えていた神霊が失われたことで、坑道が崩れてしまうのは時間の問題だった。
その手には【叡智の地図】。
エルフが築いた『ジーニアスの偶像』。
ジフロマーシャが築いた『観測者システム』に《獏》の力が合成された『精神感応網』。
通信規約[プロトコル]も暗号鍵[サイファ・キィ]も全く異なるそれらも、
ヘレンが用いたとされる絶対言語[アブソリュート・ランゲージ]に変換してしまえば大した差異はなかった。
『常闇の精霊王』がリオネに託した情報書庫[アーカイブ]に加え、
リアルタイムに情報のやり取りが為されている精神ネットワークへのアクセス権を
【叡智の地図】によって手に入れた、という事実は、
リオネを全智レベルにまで押し上げた……訳ではない。
ひと一人の情報処理能力には限界がある。世界中の図書館の本を一生掛けても読み切れないのと同じだ。
だが、それでも、
今この街で起きていることは大体理解した。
山肌まで脱出した頃は昼だったが、街に降りる頃には夜になっていた。
その間、半刻も経っていないはずだった。
時間も精神も掻き混ぜられながら、この街は一つの物語を紡いでいる。
その物語の欠片の一つが、この手の内に握られている。
レストとすみれをメインストリートに降ろしたのち、
蜘蛛の巣のように絡まり繋がる精神網を巡るため更に空を翔ける。
観測者システムの中心[ルート]を探し辿る内、
同様にシステムをクラックしている存在を見付けた。
******
人の形。
一体何が、人を人足らしめるのか。
意思なき人形に意思を見出した時、その意思は何処にあるのか。
意思は誰かの中にあるのではなく、其れを意思だと感じる心こそが意思なのではないか。
人と人でないものの境界はどこにあるのか。
そんな境界はどこにも無いのではないか。
ヘレンならどう答えるだろうか。ヘレンは人だったのだろうか。
******
夜空を翔ける翼は闇に溶け、極光のような光を撒き散らす。
私が望むものは、無機なる装置[デバイス]ではなく、有機なる意思[デバイス]なのだと証明するために。
舞台は其処に在った。人と人ざる者の境界の、最も曖昧な場所。
炎が上がる。戦いの果てに、私は何を見るだろうか。
「観測」によって事象は決定する。
誰も「観測」しない事象は、そもそも存在しないのに等しい。
リオネとカガリヤは互いを同時に観測する。
その刹那、リオネは機械とも精霊とも闇黒とも言えぬ翼を組み替え始める。
カガリヤは外套を翻し、隠し持ったナイフを三挺、変成中の翼に投げつける。
それはリオネの翼を一瞬傷付けはしたが、組織の再編成によって傷の存在は失われ、
そして翼の代わりに生成された無数の茨蔦がカガリヤを襲う。
カガリヤは蔦の飛んでくるベクトルを観測し最小限の動きで回避したが、
蔦は一瞬にして手となり腕となり、カガリヤを拘束する。
カガリヤの外套は、その拘束から身を守るのには充分だったが、抜け出すのには不充分だった。
そして同時に、リオネも全力でその拘束を維持せねばならず、互いに動きが取れなくなってしまった。
それは奇妙な抱擁にも思えた。
「あなたは、……この街で、この街の何を視てきたの?」
「私は『観測者』。それ以上でも以下でもないわ」
「この街の人々の精神を、心を、……意思を視ても、あなたは何も思わなかったの?」
「私は私の役割を果たす。それが私の務め。それが私の使命。」
「ならば、何故……」
「私が劇に出演したのか、ですって? そんなの決まってるじゃない」
『『未だ見ぬ果てを観る為』』
「もうそろそろ限界ね」
「奇遇だわ。私もよ」
「それじゃあ、また。きっと私とあなたは、いい友だちになれると思うわ」
「ええ、きっとそうね。次があれば、また会いましょう」
そう言って、二人は倒れた。
雨が降る。優しい雨が。命の雨が。
戦いの果て。闇夜の果て。その"時"は、千の夜のように永く、一夜の夢の如し。
太陽の光が夜の終わりを告げた。
永久(とこしえ)なる闇黒を取り込み組織を変成させていたリオネの身体は徐々にその形を失っていき、
それは砂のように崩れ、光のように儚く、やがて朝日に融けるように消えてしまった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
嘗て、誰もが其の果てに追い求めたもの。
其は人であり、そして人にあらじ。
時を刻む音。
一秒毎に、規則正しく正確無比に其れは鳴る。
決められた回数のカウントが刻まれたら、自動人形は決められた通りに動く。
そして其れが終わるとまた、決められた通りに次の動きを定め、決められた回数のカウントを待つ。
二つの自動人形は互いに其れを繰り返す。
其の先に追い求めた果てに、自らが求むるものがあると信じながら。
時を刻む音。
舞台に残ったのは、嘗て時を刻んだ其の時計の壊れた歯車だけだ。
其の躰も、穿たれた胸の穴も、もう何処にも残っていない。
『嗚呼、我が主(あるじ)よ! 今貴方は何処におわしますか!
哀れな私は、貴方の命(めい)を守れなかった! 貴方の命(いのち)を護れなかった!』
時を刻む音。
私達は幾度も、幾度でも繰り返す。
幾多の世界が生まれ、幾多の人形が産まれ、壊れ、消えていった。
舞台の上には、歯車が、幾重にも、幾重にも、積み重なっていく。
其の歯車はやがて一つの回路を為し、
人となり、精霊となり、言葉となり、音を、傷を、物語を刻んでいく。
時を刻む音。
人の中心に在り、命を刻むデバイス。
其の鼓動は、機械仕掛けのように、それぞれの速度で駆動し続ける。
時を刻む音。
アーネチカの紡ぐ物語は、アーネチカそのものとなり、そしてアーネチカそのものだった。
其の姿は見えない。
其の叫び声は届かない。
漆黒の闇は世界の全てを喰らい飲み込み塗り潰していく。
時を刻む音。
朝を告げる鐘の音が鳴る。
意思なき操られ人形[マリオネット]達は、物語の中に命を持ち、そして生き、そして死んだ。
其は誰が為に語られる物語か。
其は誰が為に語られた物語か。
舞台の帳が降りる。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
******
「嗚呼、やっと出来たわ」
『生ける人形[オートマトン]』。それは嘗ての少女の夢。
おはよう。次は貴方の番よ。よろしくね。
少女は、その人形に銘と名と命を刻んだ。
《闇は光と共に在り 誰も見果てぬその先へ:リンネ》
[0-773]
CGI script written by Porn