[0-773]
HP74/知1/技5
・Absolute Monarchism/100/0/25 凍結 防御無視
「あなたはハッピー?」
女。
セブンハウスの名家のおてんば娘。
人間の感情を取り出す能力を持っている。
取り出した感情は、精霊とよく似た形をしている。
昔、ちょっとしたことがあって、負の感情を失ってしまったため、歪な享楽主義者になってしまった。
人助けが趣味であり、生きがい。
リリオットをハッピーにするのが夢。
ゴールデンキウイ
ツイッター golden_kiui
セブンハウス七家の1つ「リリオット」
街にその名を冠することからも伺い知れるように、かつてはセブンハウスの中でも最高の栄華を誇った。
しかし、ジフロマーシャの謀略によりその地位は下降し、今や七家の中では「お飾りの当主」と化していた。
リリオット家の一人娘、マドルチェ・ミライエール・フォン・リリオットはそんな事情など露知らず、今日も「人助け」の為に精を出す。
世界中の全ての人間の悩みを解決してハッピーにすること、それが彼女の夢なのだ。
「何か困っていることはない?」
セブンハウス直属の庭師、メイド、清掃員――、マドルチェは彼らに問う。
外への出入りを厳重に管理されているマドルチェにとっては、リリオット家の邸宅と庭だけが世界の全てだった。
*
《絶対王制》――Absolute Monarchism.
それは、人間の身体から感情を抜き出す能力。
取り出された感情は精霊に似た力へと変質し、二度と人間の身体に戻ることはない。
幼少期に発現したその力のせいで、マドルチェは半ば幽閉される形でリリオット家の屋敷で暮らしていた。
変化のないお飾りとしての生活。いつまで続くとも分からない無味無臭の人生。
暗い暗い屋敷での生活の中で、徐々に彼女の心は色褪せていった。
「こんな自分なんて、死んでしまえばいいのに」
17歳の誕生日、彼女は自らの力を己に向けて行使した。
取り出した感情、それは長く暗い生活の中で彼女が大きく蓄えた「負の感情」そのものだった。
そして彼女は「ハッピー」になった。
*
残ったのは、歪な享楽主義の心。
世界中のみんなに幸せになってほしいというその一念だった。
昔見た絵本の中に広がる世界。
どうすれば私もあちら側へ行けるのだろう?
誰か私をここから連れ出して。
叶うなら、みんなみーんな幸せにしてあげたいから。
私と『同じ』ハッピーになってほしいから。
「誰か来た!」
自室でぼんやりと窓の下を眺めていると突然見慣れない男女が現れた。
マドルチェは訪れた男女を目を凝らしてじっと見つめた。
女の子は、そもそも人間なのか、身体からニョキニョキと面白い手足をたくさん生やしている。
そしてもう1人は、フリルのたくさん付いた可愛らしい服を着た男性。
「新しいメイドさんなのかな……」
男の人がメイドさんの服を着るなんてちょっとおかしいことかもしれない。
しかしハッピーになったマドルチェにとってそんなことは些細な問題だった。
当人が幸せなら、他人の自由を咎めることなどあってはならない。
それがハッピーになったマドルチェの考えだった。
*
その2人が屋敷の中へ入ってくる姿を見つめている時、はっとマドルチェは閃いた。
「今ならお屋敷の門が空いてる!」
普段は重く閉ざされた門。
しかし来客があった今なら、あの2人が帰るまでは門を開けっ放しにしているかもしれない。
今なら、このお屋敷は外の世界と繋がっている。
絵本の中で見た、広大に広がる世界。
マドルチェは居ても立ってもいられなくなり、駆け足で自分の部屋から飛び出した。
*
「あれは、マドルチェ様……?」
リリオット家に仕える門番は、門の横に佇みながらマドルチェが屋敷の玄関から飛び出す姿を見咎めながら呟いた。
突然の予期せぬ来客があったため、普段は3名ほど門で待機しているはずの彼らも慌ただしく仕事に追われていて、今残っているのは彼だけとなっていた。
息を切らしながら笑顔で駆け寄ってくる少女の姿を見つめながら、門番は顔を曇らせた。
「はぁっ、はぁっ……、こ、こんにちは!」
「マドルチェ様、どうしてこちらに?」
マドルチェ・ミライエール・フォン・リリオット。
理由は詳しく教えられていないが、小さな頃からあの大きな屋敷の中で育ってきた娘だ。
彼の知る限り、マドルチェが明るく振舞う姿を見たことは一度も無かった。
それがどうだ、目の前にいる少女は明るく元気に笑っていた。
「あなたはハッピー?」
「ハ、ハッピー?」
突然の質問に鼻白んでしまう。
「ハッピー、とは何でしょうか……?」
「えっ、ハッピーはハッピーだよ。」
「えっとですから……」
意図が掴めずに言葉が頭の中に浮かんでは消えていく。
「なんだ、違うの?」
「あ、あの……」
「でも丁度良かった、それなら私が――」
――ハッピーにしてあげるね。
そして、暗く閉ざされたリリオットの屋敷に、男の裂くような悲鳴が響き渡った。
「ほ、報告致します!」
リリオット家応接室に、息を切らした使用人が駆け込みながら大声を上げた。
「叫び声の主は当家の門番です! 意識不明で地面に倒れていました! そして不審者を発見との連絡、エプロンドレスにネコミミを付けた大柄の男とのことで、おそらくリオネ様のお連れになった方かと……」
「……」
リオネは無表情を保ちながら、心の中で大きく項垂れた。
「それだけではないだろう、続けろ」
弛緩しかける空気が、当主の一声塗り替わる。
「はっ、そちらの不審者には現在使用人が1名対応中です。……それから、屋敷の中及び近辺にマドルチェ様の姿が見当たりません! そして入口に、この装飾品が……」
「これは……」
リリオット卿はまさかという表情で、使用人の手に握られた髪飾りを凝視した。
豪奢な金の下地、埋め込まれた黒曜石には短髪の女性の意匠が施された髪飾り。
「――リリオット家の紋章、マドルチェ……!!」
「!」
リオネを除いた、その場いるほぼ全員が息を飲んだ。
「精霊義肢よ。契約の話は後日に回してもらう。それどころでは無くなってしまったのでな」
「と、申しますと」
「この騒ぎを見てしまったならば仕方がない。内密にしてもらうぞ」
「心得ております」
「……我が家の跡継のマドルチェが行方不明だ。最悪、何らかの事件に巻き込まれた可能性がある。お前たち! 即座に公騎士団のリリオット直属の部隊にマドルチェの捜索依頼を出せ!」
リリオット卿は使用人の数名にそう一喝して頭を抱えながらソファに深く腰掛けた。
「万が一にもヘレン教、エフェクティヴの耳に入るようなことがあってはならないが、迅速に見つけることでそれを防ぐしかあるまい。最優先でリリオット家の直属に通達! それから信頼のおける優秀なフリーランスにも声を掛けろ。報酬は金貨50枚、これなら情報を売る者も現れないだろう……」
冷静に、しかし底深くから唸るようにリリオット卿は呟く。
「……それから、決してマドルチェに手傷を負わせることのないように。見つけ次第、即座に私に連絡を」
「承知致しました!」
当主の命を受け、使用人が散る。
(想像している以上に、厄介なことに巻き込まれた……)
鬼気迫った当主の表情を見つめながら、リオネは心の中で呟いた。
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リリオット家当主マドルソフ・リヴァイエール・フォン・リリオットより通達
リリオット家第一息女マドルチェ・ミライエール・フォン・リリオットの捜索命令
マドルチェ・ミライエールに一切の危害を加えることなく発見次第保護、当主へ連絡せよ
報酬:金貨50枚
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「マドルチェ様だ、見つけた……!」
メインストリートから少し内に入り込んだ路地裏に佇むマドルチェを見つめながら、若き公騎士団の男は興奮を抑えられずに呟いた。
リリオット卿からの捜索命令を受け、彼は即座に行動を開始した。図書館で騒ぐ小柄の少女の噂を聞き、まさかとは思いながらも念のために図書館近辺を探っていたが、一発目で当たりを引くとは……
マドルチェを無事に屋敷に送り届けることが出来れば、金貨50枚の報酬はもちろん、リリオット卿からの信頼を勝ち取ることが出来る。それは彼の今後の出世に大きくプラスになる。
男はニヤリと笑いながら、路地裏のマドルチェに近付いた。
「マドルチェ様、こんなところにいらっしゃいましたか!」
「こんにちは! あなた、私のこと探してたの?」
「屋敷の皆さんが困っています、マドルチェ様のことを心配してね。さぁ、私と一緒に帰りましょう」
「みんな困ってるの?! もしかしてあなたも困ってる?」
「マドルチェ様……?」
突然目を爛々と輝かせるマドルチェを見て、若干の違和感を覚えながら男は続けた。
「……マドルソフ様も私も困ってしまいます、貴方が屋敷に帰ってくれないとね」
「おじいちゃんもあなたも、困ってるの! そうだったの……。おじいちゃん、昔からずっと難しい顔してたから、やっぱりハッピーじゃなかったんだ……」
マドルチェはうんうん、と自分に何かを言い聞かせるように頷いた。
「それじゃああなたもハッピーじゃない、ってこと?」
「ハッピー?」
「うん、ハッピー。あなたは今、あんまり幸せじゃない?」
「そうですね……」
夢見がちな少女の妄言、そう考えて男は大袈裟に首を捻りつつ、不思議な吸引力で話の内容について真剣に考えていた。
――マドルチェを屋敷に連れて行き、金貨と信頼を獲得する自分を想像する。
間違いなく、その時自分は幸せだろう。努力に努力を重ねて入った公騎士団。しかしいつも優秀な仲間に先を越されて大した手柄も上げられずに苦しい日々を送ってきた自分がいた。そしてそれも、もうすぐ終わる。
「……今はまだ、幸せではないです。けれどもうすぐ幸せになれる。そんな予感がしています」
顔を伏せながら男は呟いた。
「もうすぐ幸せになれる?」
「ええ、マドルチェ様が私を幸せにしてくれる、そんな予感があるのです」
男は顔を上げた。変わるんだ。こんな日々とはおさらばしてやる、と覚悟を込めて。
――目の前にはマドルチェの右手がかざされていた。
公騎士団の男はそのまま無抵抗に地面へと倒れ込んだ。マドルチェはその様子を見つめながら小さく肩をすくめて呟く。
「なんだ、あなたも幸せになれないんだ……」
心底残念そうな表情で取り出した光を手放す。そのまま、精霊に似た光は空気中に粒子となって霧散してしまった。
「どうして誰も幸せになってくれないんだろう……」
門番のおじさんも、公騎士団のお兄さんも、幸せになることに耐え切れなかった。苦悶の表情を浮かべる男の顔を見て、ふと数十秒前の彼との会話が頭を過ぎった。
(……マドルソフ様も私も困ってしまいます、貴女が屋敷に帰ってくれないとね)
「おじいちゃんも、困ってるって言ってた……」
昔から気難しそうな顔をしていたおじいちゃん。私のことを危険物扱いして屋敷に閉じ込めたおじいちゃん。私から自由に、そして幸せになる権利を長い間奪い続けていたおじいちゃん。そんなおじいちゃんが「ハッピーじゃない」というのなら、今すぐにでも私が幸せにしてあげる。
「……今すぐ私が幸せにしてあげるね、おじいちゃん」
澄んだ声音でマドルチェは歌うように呟いた。それは私にしか出来ないことだ。世界中のみんなを幸せにしてあげなくちゃ。私のこの力で、ハッピーじゃない人をハッピーにしてあげるんだ。
決意も新たに、マドルチェは駆け足で路地裏を飛び出した。行く先は決まっている。口元に歪んだ笑みを浮かべていることに、彼女自身は気付くことはなかった。
*
本能的な危機感から、リオネは物陰に隠れてその一部始終を声を上げることもなくただ呆然と見守っていた。
「人間から、精霊を……」
有り得ない。しかしあの光は間違いなく精霊の輝き。原理は分からないが、彼女は確かに人間から精霊を取り出していた。そして取り出された人間は……。リオネは倒れ込む男に近付き、胸に手を押し当てた。
「……そんな」
脈はない、呼吸も止まっている。男は完全に事切れていた。あの少女は危険すぎる。先ほどの独り言を聞く限りでは「おじいちゃん」なる人物にも再び力を行使するつもりなのだろう。しかし、生きた人間から精霊を取り出すなどという前代未聞の現象が目の前で確かに行われた。興味と畏怖が混ざり合った複雑な感情がリオネの胸の中を渦巻き始めていた。
「あれ、迷っちゃった……」
勇んで路地裏を飛び出したまでは良かったものの、元来た道を忘れてしまったマドルチェは完全な迷子になっていた。誰かおうちまで連れてってくれる人は居ないかな、と考えながらマドルチェは時計館の前に座り込んだ。
ガチャリ。突然、時計館の扉が開き、館の中からハッピーそうな感じの小柄な女性(?)が現れた。
「こんにちは。あなた、とってもハッピーそうね! 素敵だわ!」
「こ、こんにちは……」
カラスはマドルチェを怪訝な表情で見返した。
(豪華な服、貴族か? 貴族が自分に何の用? 年端もいかない子だし、日も暮れ始めているのにお付きの者も見当たらない……)
その時、カラスは閃いた。
(もしかして、この子は迷子なのでは?! 送り届ければお礼もらえちゃったりするのでは?!)
「こほん。……その通り。私は今、ハッピーと言えるでしょう。そのハッピーさと言ったらもう、困っていることがあれば何でも相談に乗っちゃうくらいです」
「まあ、それは助かるわ! 実は私、おうちへの帰り道がわからなくて困っていたのよ」
カラスは務めて冷静に話を続けようとしたが、口元の笑みまでは隠しきれなかった。
しかし、そんなことを一切気にせずにマドルチェはつられてニコニコと笑っていた。
「では、この私がご案内致しましょう。私はカラスといいます。お名前を伺ってもよろしいですか、お嬢様?」
「マドルチェよ。マドルチェ・ミライエール・フォン・リリオット」
「成程、マドルチェ様ですね」
そこまで口にしてから、カラスは衝撃的な事実に気付いた。
リリオット。
リリオットって、あのリリオット? セブンハウスのトップのリリオット家?!
想像以上の大物だ。その屋敷も確かこの時計館からそう離れてはいないはずだ。カラスはよりいっそうニコニコしてマドルチェの手を引いていった。
*
「カラスさん、あなたのおうちはどこなの?」
「私は旅人です。故郷はここから遥か東方にありますね」
「すごい! そんな遠くから来たのね! いいなぁ、私は今日初めておうちの外に出たの」
「は、初めて?」
「うん、どうしても外に出たくなって出てきちゃったの。みんなにハッピーになってもらいたかったの」
「ハッピーですか、それは素晴らしい! いやはや素晴らしい! とっても素晴らしい!」
楽しそうにカラスとマドルチェの2人は笑った。その時、声につられて2人に向き直った兵士たちがいた。
*
「マドルチェ様! こんなところに! なんだ貴様はっ! マドルチェ様から離れろ!」
「え……?」
何人かのリリオット家直属の騎士が駆け付けてきた。カラスは問答無用でその場に取り押さえられる。
「い、いや、私はその……」
「カラスさん、心配しないで。おうちの人だから」
「マ、マドルチェ様……」
不安そうな表情のカラスを尻目にマドルチェは相変わらずニコニコしていた。騎士たちはマドルチェを連れてリリオット家へと向かった。カラスも一緒に連行された。
「乾杯!」
「上手くいったな!」
公騎士団の3人組、リリオット家からそう遠くない倉庫の一室で酒瓶を打ち合いながら大笑した。
「あやうく手柄を訳の分からない東方人に奪われるところだった」
「これで金貨50枚は俺たちのものだな! そして出世も確実、笑いが止まらないぜ!」
「当主から直接の連絡を受けたっていうお前の演技、完璧だったぜ。これであの東方人もどこかに漏らしたりしないだろ」
「あの馬鹿なお嬢様じゃないが、最高にハッピーだな!」
「リリオット卿も良い迷惑だな、あんな出来損ないが跡継ぎなんだからさ」
「あの爺さんは本当に不幸だよな」
そう言いながら3人は杯を煽った。
*
「そういえば、こんな噂知ってるか?」
一頻り飲み笑い終えた後、一人の騎士が思い出したように呟いた。
「なんでもセブンハウスの中でリリオット家を潰そうとしてる一派がいるらしいぜ」
「本当かよ」
「リリオット卿を直接狙うって話もあるしな、あくまで噂だけど」
「首謀者は誰なんだよ」
「――それ、詳しく話を聞かせてもらえるかしら」
思わぬ第三者の声に、騎士達は声の方へと顔を向けた。そこには、豪華なドレスを纏ったマドルチェが、普段と変わらぬ姿で立っていた。……その手に黒い水晶を握りしめている一点を除いて。
「おじいちゃんが危ないっていうのは、本当なの」
「マドルチェ様、お目覚めでしたか。飛んだ失態を……、すぐお屋敷にお連れ致しますので」
「質問に答えて」
「えっと……」
明らかに変質している彼女の声音に、騎士たちは内心訝しんでいた。何かがおかしい。相手はあの温室育ちのお嬢様。言いくるめて屋敷にまで連れていけばいいはず。それなのに、決定的に何かが変化していた。そうこうしているうちに、マドルチェは諦めたようにふっと溜息を吐いた。
「答えないなら、もういい」
マドルチェは右手をかざす。咄嗟に騎士達は身構えた。あの手に触れてはいけない。しかし所詮は17才の女。傷付けない程度に気絶させて屋敷まで運べばいい。酔った高揚感の中、騎士は笑みを浮かべた。しかし、その笑みも束の間。
「――?!」
身体から何かが抜け落ちていく感覚。胸元からは眩い光が輝いていた。これは、マドルチェの唯一無二の能力、【絶対王制】の光……。
その思考を最後に、3人の騎士は糸の切れた操り人形のように倒れ込んだ。くだらない、とマドルチェは再び溜息を吐いた。
「行かなくちゃ」
おじいちゃんのところへ。他の誰かが、おじいちゃんを殺してしまう前に。
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以降、暗黒の水晶を失うまでの間、マドルチェは負の感情の一部を取り戻したものとし、スキル【Absolute Monarchism】を【100/0/10 凍結 防御無視】として扱う。
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"一、主の命を守るためあらゆる手段を行使する"
屋敷の照明が落ちた直後に青髪のメイドは動いた。
リリオット卿を抱えて一番近い窓から中庭へ飛び降り、音も無く着地する。
動揺と硬直――機動力、判断力の低下。暗闇における最大の脅威を彼女はよく理解していた。
「……夜襲か」
マドルソフの問いに、しかしメイドは答えなかった。
月明かりの下に敵影は無い。不気味な静けさの中、どたどたと走る衛兵の足音が耳につく。
剣戟はおろか矢を放つ音すら聞こえないが、警戒は解けない。
「下ろせ」
言われるまま、丁寧な動作で当主を地面に下ろした。
虚空を見つめる卿の横顔には深い皺が刻まれている。
「……回りくどい真似をしおって、この老いぼれをどうするつもりじゃ」
続いた言葉はメイドに向けられたものでは無かった。
戻した視線の先。そこには、いつの間にか――。
「ごきげんよう、リリオット卿」
音無く、影無く、月を背に。
文字盤の仮面の男が佇んでいた。
*
照明が戻った時、ムールドは心の中で舌打ちした。
リリオット卿がいない。
賊の襲撃と運悪く重なったのか? ……だが、そんな情報は知らない。ならば『襲撃は無い』はずだ。
「ああ、なんということだ……僕が目の前にいたというのに」
「ご安心ください、ムールド様。あの侍女がついている限り卿の身は安全のはず。要塞に篭るようなものですな」
ややオーバーアクション気味なムールドに対し、執事が落ち着いた口調で言う。
とはいえ内心穏やかでは無いだろう。ただでさえ都市全体の治安が危うくなっているのだ。たとえこのまま何ごとも無くともリリオット家の警備は厳重になる。
そうなればリリオット卿との密談はおろか、対面すら難しくなりかねない。まして洗脳など言わずもがな。
マドルチェの捕縛を始め、用意していたものが全て無駄になってしまった。
これでは出直し――いや、計画を見直す必要すらあるのでは……。
「くそっ! ……いえ、失礼」
思わず声を荒げてしまった。こんな感情は忘れて久しい。
「客室に案内致しましょう。卿が戻られるまで、そこで――――」
――――バンッ!!
執事は息を飲んだ。扉が開く音に驚いたから、ではない。
「マ、マドルチェ様! よくぞご無事で!!」
現れた女性に執事は駆け寄った。
しかし、その手に触れるほどの距離まで近づいた時、『突然雷鳴に撃たれたかのように硬直し、床へ倒れ込んだ』
「邪魔よ」
死体を一瞥する彼女の目は恐ろしく鋭利で、冷えていた。
あの女は誰だ? 煤けたドレスを身につけ、執事から「マドルチェ」と呼ばれたあの女は一体――。
目が合った。
「あなたは誰?」
本能が告げていた。取り繕うのは無理だ。会話をするな。距離を取れ。
彼女の挙動の一つひとつが絶対的な威圧感を放つ。
言葉が刺す。瞳が刺す。靴音が刺す。刺す。刺す。
気づけば目の前に。手の、届く距離に。
「……もしかして」
ムールドはようやく理解した。
「あなたも、おじいちゃんを殺しに来たの?」
この女に――マドルチェに宿る、絶望的なまでの危険性を。
「……っ!!」
何か得体の知れない異物がマドルチェの中に侵入してきた。
「ぐ……あ、う……」
内側から何かを抉り取られるような感覚。口からはひゅーひゅーと末期の病人のような音が漏れた。今まで一度も感じたことのない酷い吐き気に襲われて、胃の中のモノをすべて床に撒き散らした。奇怪なダンスのようにフラフラとした足取りで汚物の中に倒れ込みかけた、その瞬間。
「……!?」
マドルチェが内ポケットにしまい込んだ暗黒の水晶が鈍い光を放つ。男喰らいの魔女を封じ込めたその宝珠は、ムールドという異物を激しく拒絶した。そして――
「…………っ! はぁっ、はぁっ!!」
溜め込んだ息を大きく吐き出す。まるで冷水を浴びせかけられたような気分だった。一体彼女はいつから幻影を見せられていたのか。気付いてみれば、マドルチェとムールドの距離は大きく離れていた。一度小さく呼吸を整えてから、努めて冷静にマドルチェは自分の右手に視線を向ける。そこには一部の出血も肉体の損壊も見当たらない。どうやら、あの男と対峙その瞬間から自分は何か悪い夢に囚われていたらしい。マドルチェは内ポケットへと手を伸ばし、黒き水晶を掌に広げた。
*
「……それは」
ムールドは自身の洗脳が失敗したことにも動揺させられたが、それ以上に黒く輝き続けるその水晶に目を奪われていた。……どうして箱入り娘のマドルチェがあれほど危険な物を持っているのだ? 有り得ない。しかし自分の洗脳が失敗したのは黒い水晶の力が働いたと考えれば納得も出来る。
「私に、何を、したの……」
マドルチェは息も絶え絶えに、しかし強い意志の光を瞳に宿らせてゆっくりと一歩ずつこちらへと向かってくる。この状況は拙い。一刻も早くここから逃げなければ。ここはリリオット邸、これ以上不自然に動くわけにはいかない。しかし、どうやって? 窓の外にはあのメイドとリリオット卿が。それなら一体、私はどこへ逃げればいいんだ。私は、私は……。
タタタタ……。
その時、微かに足音が聞こえた。これは、おそらく衛兵の……。そう考えて、ムールドは閃いた。今は手段など選ばず、若干不自然でもマドルチェから離れなければいけないのだ。
「これは一体何事なんだ! 照明は消える、マドルチェ様は現れる! 衛兵よ、何が起きているのか説明してくれ!」
芝居掛かった声音で大袈裟にそう叫びながら、ムールドは部屋の外へと駆け出した。足音が離れていく。マドルチェは苦々しい表情で扉の外を睨み続けていた。
「今のは、何だったの……」
右腕の感覚を確かめるように、マドルチェは強く拳を握る。どのような手品を使ったのか分からないが、とにかく腕さえ無事なら問題なく私の力を使う事が出来る。ぺっ、と口の中に残る吐瀉物を吹き出してから、マドルチェは浅く呼吸を整えた。
「おじいちゃん、どこなの」
執務室に姿がないのなら、応接間か、それとも食堂か。……全く、先ほどの男といい余計な手間ばかりが増えていく。マドルチェは若干の苛立ちを覚えながら、気持ちを切り替えて廊下に向かって歩き出した、その時。
「どこへ行くつもりですか?」
「えっ」
突然の呼び掛けに、声の主を探して部屋の中を見回した。しかし姿が見えない。聞き覚えのない声だ。――ああ、また私の邪魔をする輩が増えたのか。事態がどんどん煩雑になる。マドルチェは苛立ちを隠せず、小さく舌打ちした。
「……あなた、どこにいるの」
「おっと、これは大変失礼しました」
そして、黒い影が部屋の扉から姿を現した。文字盤の仮面を付けたその男は悠然とマドルチェの数歩手前まで歩み寄ると、芝居がかった動作で恭しく一礼した。
「お迎えに上がりました。マドルチェ・ミライエール様」
「……お迎え? おじいちゃんに命令されたの?」
「いいえ、違いますよ。……私が、私の理由であなたをお出迎えしたのです」
男の言葉を全く理解出来ずにマドルチェは眉根を潜めた。こんな男は知らない。意図が掴めない。私は早くおじいちゃんのところに行きたいのに。マドルチェの中の苛立ちは、ここにきて最高潮に達していた。
「どいつもこいつも……」
小さく、しかし確かな怒りを込めて呟く。それに呼応するかのように暗黒の水晶が再び鈍い光を放つ。それはマドルチェが久しく忘れて無かった、負の心、憤怒の感情。
「私の邪魔ばかり!!!」
そう叫ぶと同時にマドルチェは動いた。邪魔な者は殺す。一刻も早く。私にはやらなければいけないことがあるのだ。
「――絶対、」
一息で彼我の距離を詰め、右手を大きく振り上げる。
「王制……!!」
右手をかざす。仮面の男の胸元が白く輝き始める。感情の摘出。それは多くの人間にとって『死』に他ならない。感情を失った自分に耐え切れず発狂して死ぬ者。精霊を奪われ生命そのものを絶たれる者。いずれにせよ、圧倒的多数にとってこの状況はチェックメイトのはずだった。――この男、サルバーデルただ1人を除いて。
「おじいちゃん!」
メイドと共に佇む祖父の姿を見て、マドルチェは駆け出した。ようやくおじいちゃんと会えた。どうして自分がここまで祖父に会いたがっていたのか思い出せないが、とにかく探していた人を見つけることが出来た喜びにマドルチェは飛び上がるような気持ちでリリオット卿に駆け寄った。
「マドルチェ! 一体、今までどうしてたんだ!」
「えっ……」
しかしそれを一喝するようにリリオット卿は凄んだ声音でマドルチェを怒鳴り付けた。マドルチェは冷水を掛けられたような気分で、それまでの浮き上がる心は急速に萎んでいった。どうして、どうしておじいちゃんは怒っているの? 確かに私は勝手に家を飛び出したけど、心配を掛けたのは分かっているけど……
「何も言わずに居なくなって、私がどれだけ心配したと思っているんだ!!」
「……し、心配かけたことは、分かってる」
「分かっているなら、お前は私の気持ちを考えたりはしなかったのか!!」
わたしの、きもち……? 考えたこと? その言葉を聞いた瞬間、マドルチェの中の溜め込んだ記憶が滂沱として溢れ返った。
「何が……」
「……?」
「何が私の気持ちなの?! おじいちゃんの馬鹿! それじゃあおじいちゃんは『私の気持ち』を考えたことがあるの?!」
「当たり前じゃないか、だから私はこうしてお前の身を案じて……」
「全然分かってない!」
一度声に出してしまった瞬間から堰を切ったように言葉が湧き上がる。17年間ずっと立ち止まり続けたマドルチェも、今はもう止まらなかった。
「おじいちゃんは小さい頃からずっと、ずーっと私をお屋敷の中に閉じ込めて! 本当に私の気持ちを考えたことがあるの……!? 私がどんな思いで毎日過ごしていたか、一度でも考えようとしたことがある? 私はお屋敷の外に出たかった。一人ぼっちが、寂しかった! 街の人とお話をしたかった! 眠れない夜は、もううんざりなの!」
マドルチェはそこまで一息で言い切ってから、ひくっ、と身体を震わせて顔を伏せてしまった。
「わ、私は……、お前を危険な目に合わせたくなくて、リリオット家の異能を引き継いだお前を……」
「私はずっと外の世界に憧れてて、リリオットの皆に幸せにする夢を叶えたくて、だから、今回だって……、私は……、私……」
その言葉を聞いて、卿は僅かに逡巡してから厳かに一度頷き、ゆっくりとマドルチェに歩み寄った。
「マドルチェ……、すまなかった。私は、本当のお前のことを見ていなかったようだ。当主である以前に私はお前の家族なのだ、私はお前の力を怖れるあまりに大切なものを見失っていたようだ」
リリオット卿はマドルチェを抱き寄せて、小さく肩を震わせた。その姿を見て、近くに控えていた青髪のメイドも何か感じ入ることがあったのだろう、この時ばかりは柔らかい眼差しで2人のことを見つめていた。
――どさり。
不意に、メイドが地に倒れ込む音がリリオットの庭に響く。暗闇の中から、静かに文字盤の仮面が浮かび上がった。
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黒い輝きを失った水晶を加工して作ったイヤリングを見つめながら、マドルチェは小さく頷く。吸い込まれるような魅力を放つ破片をぼんやり眺めていると、何か懐かしい感覚に囚われて、マドルチェの脳裏に『自分では無い何か』に変貌してしまうのではないかという無益な考えが過ぎった。
(それでも、構わないのかもしれない)
これから私はアーネチカになる。私ではない何かを演じる。ここから、私は『自分では無い何か』になればいい。軽く頭を振る。もう、彼女に余計な雑念は無かった。マドルチェはイヤリングを丁寧な所作で身に付ける。今この瞬間から、私はマドルチェではなくアーネチカ。戦いの果てにヘレンを求めたアーネチカなのだ。
「……かつてヘレンを求めた全ての者たちよ、私は覚えている。全ての物語を。皆の生きた証を。」
一息に、過去を追想するように、何かを再現するように、心を込めてアーネチカは呟く。
「それぞれが異なる72の意思を持って、しかしヘレンという同一の存在を目指し、その戦いの果てに全てを掴む者はただ1人なのだ」
「この歌が聴こえている命ある全ての者よ、真実は貴方の胸の中にある。夢半ばで敗れた者、涙を飲んだ者、全てここに集うが良い。忘れ去られた嘆きを再生しよう。私が読み取る、私が理解する、私が伝える。72の願いと幻想を。果ての向こうにある全ての意思を。私の意思を。戦いの果てに辿り着き、瑞々しい生をこの身で実感したい。箱庭ではなく私の意思を以て謳歌できる生が欲しいのだ。」
この瞬間、世界の中心はアーネチカだった。アーネチカ以外の全ては塵芥も同然であり、彼女こそが世界の全てと錯覚しても何ら不思議ではなかった。
「さぁ始めましょうミルミ。全てを赤く染める炎は此処にある。燃え盛る焔の中でも、決して傷つくことのない強さを持つのはどちらか。今ここで、決着を付けましょう。」
照明が落ちる。さぁ、72の嘆きを再生しよう。その果てにヘレンがいる。アーネチカは暗闇でふっと微笑んだ。
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ヴィジャの力を受けて、無機物である71の偶像が動き始める。
抽象的な形をしたそれらの偶像は、裏打ちされた過去など持たぬはずの偶像は、まるで明確な意思を持っていると見る者を錯覚させるほどの鮮烈な輝きを放っていた。無機質の中の生。不気味さの中に、どこか神々しさを同居させた生命の形。かつて戦いの果てにヘレンを目指した71の魂の形。
――さぁ、パレードを始めよう。鳥籠に囚われていたマドルチェはもう居ない。アーネチカのように、自由に、鮮烈に、そして無規律な生を謳歌しよう。それこそが生きるということ。あらゆる過去を超えて、彼女は彼女の望むままに生きる。その果てにどのような結末が訪れようとも今の彼女には『今』が一番幸せなのだから。
このリリオットに住む人たちを、みんなみーんな幸せにしてあげたい。マドルチェの願いは、ただそれだけだった。マドルチェの口元が歪んでいく。かつて支配され続け、その心に憎しみを植え付けられた彼女の歪められた願いは、もはや正しく導く事も、別のカタチに昇華させることも叶わないのかもしれない。赤く染まった彼女の手は何を為すためにあるのだろう。
*
生き生きと輝くマドルチェの姿を、マドルソフは穏やかな面持ちで見つめていた。かつてリリオットの屋敷で生まれ育ったマドルチェが、これほど明るい表情を見せたことがあっただろうか。そういう意味でも、あの文字盤の男には感謝すべきなのかもしれない。正体は明かさぬものの、一度はマドルチェの危機を救い、そして笑顔を取り戻してくれた人物。……いや、彼の正体なんて二の次で構わない。今はただマドルチェが元気に明るく過ごしてくれればいい。それを脅かす存在があるならば、何であれ許すつもりはない。卿は懐に控えるメイドに目配せをする。彼女は主人の視線に気付き、軽く目礼するとマドルチェのパレードに足並みを揃えて歩き始めた。
「な、何だ……?」
メインストリートを歩く者は立ち止まり、突如として現れた異形の集団に目を奪われていた。剣士がいた、ゴーレムがいた、精霊がいた。そしてその中心にはマドルチェが、軽やかな足取りで笑うように歌っている。まさに非日常と形容するのが相応しい。ここ数日で不穏な空気が流れ始めたこのリリオットの中でも、飛び切りの異端が街の中心に溢れ返る。夢か幻かと見間違う光景に、街の住人はただ呆然と立ち竦み、その異様な一団を眺めていた。
月は揺らめき 空に花咲き
塵と屍と粗霊と夢と
あなたは踊る わたしは歌う
神を祈りを失意を果てを
時よ止まれ 宵よ続け
巡り廻る マルグレーテ
マドルチェの澄んだ歌声を、従者の笛の音と偶像たちの舞が飾り立てる。まさしく今宵この場にふさわしい、絢爛なパレードだ。
「見て、おじいちゃん! 私たちの歌で、リリオットの皆がハッピーになっていくわ!」
「よかったのう、マドルチェ。本当に……」
歌を聴いた聴衆の身体が青白い輝きに包まれた。それはマドルチェと「幸福」を共有し、最期に咲き乱れる命の色、精霊の輝きだった。
影は蠢き 闇に仇なし
意志よ仮面よ鴉よ灰よ
あなたは踊る わたしは歌う
愛も瞳も勇姿も果ても
刻は訪れ 夜は掠れ
生まれ滅ぶ エーデルワイス
*
マドルチェと偶像のパレードは進んでいく。死体の山を築き上げながら。マドルチェが絶対王制を敷いた後に残るのは、精霊の残滓と、一様に悲痛な表情を浮かべる人間だったモノの抜け殻。それこそがマドルチェの幸福だった。痛み、苦しみ、孤独、不安、絶望、ありとあらゆる負の感情を全て捨て去らなければ、己の存在自体を維持することが出来なかったのだから。彼女を理解できる者でなければ、彼女と同じくらい壊れていなければ、彼女と幸せを共有することは出来ないのだから。
みんな、みーんな幸せになろう、私と一緒になろう。私の温度を理解して、ただ隣に居て、私を理解してほしい。うわべだけの薄っぺらい言葉は要らない。私と同じになって、それでも尚私と共に歩める者が居るのなら、そこに彼女の目指す果てがあり、救いがある。
パレードを続けよう。マドルチェは疲れも、喉の渇きも忘れて歌い続けた。果てに到るまで。――その先にたとえ破滅が待ち構えていたとしても。
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マドルチェと偶像
HP74/知1/技5
・40人の偶像/8/180/8 献身
・16人の偶像/1/142/6 献身
・8人の偶像/1/94/4 献身
・4人の偶像/1/46/2 献身
・2人の偶像/1/22/1 献身
・アーネチカの偶像/72/0/6 回復 献身
・Absolute Monarchism/100/0/25 凍結 防御無視
構え無し、技術≦2人の偶像の防御:2人の偶像。
構え無し、技術≦4人の偶像の防御:4人の偶像。
構え無し、技術≦8人の偶像の防御:8人の偶像。
構え無し、技術≦16人の偶像の防御:16人の偶像。
構え無し、技術≦40人の偶像の防御:40人の偶像。
防御0の自分スキルを3つ以上所持:Absolute Monarchism.
残りウェイト12以上、自最大HP>自HP:アーネチカの偶像。
残りウェイト9以上:2人の偶像。
残りウェイト1〜8、防御無視でも回復でもなく、攻撃≦40人の偶像の防御:40人の偶像。
残りウェイト1〜6、防御無視でも回復でもなく、攻撃≦16人の偶像の防御:16人の偶像。
残りウェイト1〜4、防御無視でも回復でもなく、攻撃≦8人の偶像の防御:8人の偶像。
残りウェイト1〜2、防御無視でも回復でもなく、攻撃≦4人の偶像の防御:4人の偶像。
残りウェイト1、防御無視でも回復でもなく、攻撃≦2人の偶像の防御:2人の偶像。
残りウェイト7以上:2人の偶像。
アーネチカの偶像。
Absolute Monarchism.
献身<行動ウェイト+0>
防御無視でない攻撃を受けた場合、構えていた自分スキルの防御力を相手スキルの攻撃力の数値分永続的に減少させる(0未満になる場合は0にする)。
このオプションが付与されたスキルは、技術16として攻撃力、防御力の値を設定する。
このオプションが付与されたスキルは、所持に知性を必要としない。
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マドルチェはおぼつかない足取りでフラフラと店を出て、夜道を歩いていた。最高の時は終わった。偶像は消え、イヤリングも失った。あれほど盛大なパレードも、ヴィジャの魔力が解け、マドルチェの意志が砕かれればカーテンコール、全てが泡沫の夢のように消えてしまう運命だった。
「マドルチェ……」
その後を追うようにリリオット卿も歩き出す。が、その行く先はメイドによって遮られた。
「……何のつもりだ」
「……」
「私はマドルチェを追わなければならぬ。もう二度と、悲しい想いをさせない為に」
「なりません」
「何故だ!」
「このままではリヴァイエール様の身が危ない、事が収まるまでリリオットを離れて何処か安全な地に身を隠すのです」
「ダメだ! それだけは断じて有り得ぬ! 仮にリリオットを離れるとしても、それならマドルチェを連れていくのだ! マドルチェを置いてこのリリオットを離れるな、ど……?」
言葉の途中で、リリオット卿は倒れ込むように意識を失った。目にも止まらぬ速度でメイドが放った鮮やかな手刀がリリオット卿の意識を刈り取ったのだ。
「申し訳ありません」
俯きがちに謝罪の言葉を紡いだ。マドルチェの犯した罪を鑑みても、リリオット家へ批難が集中することは既に誰の目から見ても明らかなのだ。このままマドルチェを庇い続ければ卿も同罪とされてどのような憂き目を見るか想像に難くない。そして彼女を卿と共に連れていけば、きっと再びリリオットと同じことが起こる。
人間である為の歯車を失い、人とは異なった精神に変わり果て、他者の非を是とする価値観を持ち、リリオットの呪いを受けた力を引き継ぐ者、それがマドルチェなのだから。
「……行きましょう、どこか遠い場所へ。私は貴方を守り続る。そう命じたのは紛れも無い貴方でしょう」
ふっと溜息を吐いて、メイドは一度振り返った。そこには夢遊病患者めいた頼りない足取りで、何かを探し求めるように彷徨うマドルチェの姿があった。
「アーネチカ……」
その後ろ姿に何か懐かしいものを感じつつ、そんなものは有り得ないと頭を振って無益な考えを否定した。
斯くして、リリオット家は。
その名前と長い歴史に幕を下ろす。
どこで踏み違えたのか、何が悪かったのか、今となっては誰にも分からない。
*
「私は……、私は……」
これから何をすればいいの? もう何も分からない。演劇もパレードも全てが終わってしまった。剣士に傷付けられた身体を引き摺って歩き続けてながら、マドルチェは頭の中で寸刻前の会話を反芻していた。
あの女。あの女は誰だ。マドルチェの手に触れて、マドルチェの絶対王制を感じて、それでも尚、マドルチェに幸せを説いたあの女は。
(幸せっていうのは相互作用なんだよ。人は一人じゃ幸せになれない。互いの一部を交換して、始めて成立するものなんだから)
――あぁ、本当にそう。
最後に触れた優しい右手、彼女は一体誰だったのだろう。優しくて、温かくて、生まれた時からあの温度を共有する誰かが居たなら、或いは違う人生を歩むことが出来たのかもしれない。絶対王制を持つ彼女を受け入れて、私を見て、理解して、同じ時間を過ごしてくれる人がいたなら、もっともっと幸せで、きっと誰よりも優しい時間を……。
「行かなくちゃ……」
あの人と一緒なら、私は変わることが出来る。もしかしたら今からでも、間に合うかもしれない。私は、私は……!
「――え?」
激痛と共に、見えない手に突き飛ばされたのはその時だった。たまらずに尻餅を付いてから、痛みの走った胸元に視線を向ける。
「あ」
マドルチェの胸から流れる混じり気のない赤。震える手でナイフを握り締めた少年が、ボロボロと涙を流しながら彼女を睨みつけていた。
「父さんと母さんの仇だ……! お前が、お前がみんな殺したんだ!」
少年が吠える。お前が仇だと。お前さえ居なければ良かったのに、という呪詛を投げ掛けながら。
「私が、殺した……」
そうだ、私はたくさん殺した。門番も、公騎士も、街のみんなを。きっとこれは罰なんだ。人に私の幸せを押し付けて、殺して殺して殺して殺して、その果てにこの結末がある。それなら文句は無い。私は私のやりたいようにやって、あの少年も私を殺したかったから殺したのだ。
「……は、は」
口から真っ赤な血が零れる。受け入れなければいけない。後悔なんてしてはいけない。全部私がやると決めたんだ。そんなことは分かっている、分かっていたはずなのに。
「――あぁ、それでも、ね」
あの優しくて温かい手に、もっと早く、お屋敷に閉じ込められる前に出会えていたら――。血の海に倒れ込み、全身を赤く染めながらマドルチェはふっと微笑む。叶うなら、次の人生があるなら、私は、もっと優しくて、みんなと同じ幸せを分かち合える人に、なりたいな……。
真っ赤に染まった右手。絶対王制の宿った右手を、マドルチェは天に掲げる。果たして、この手で『幸せ』にしようとした者は、本当に『幸せ』にしたかった者だったのだろうか。赤く染まったその手を眺めて、やっと自らがしてきた愚かさを、過ちと認めるその罪を、マドルチェは涙を零しながら受け入れた。
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