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HP82/知3/技5
・アイスファルクス/24/24/10 凍結 :溶けない氷を打ち叩いて作られた両手剣。
鍛冶職人グラキエス亡き今、溶けない氷を加工する方法はわからなくなった。
・打ち切る/30/0/9 防御無視 :ただの振り下ろしだが、敵の防具を貫通する威力をもつ剣技。
敵の攻撃を防ぐ暇はない。
・パンチ/5/0/1 :相手をひるませたりペースを乱れさせるために放つ小パン。
01:相手が何も構えていないなら「パンチ」。
02.相手のスキルの攻撃力が0なら「パンチ」。
03.相手のスキルが回復でないかつ、ウェイトが9以上かつ、攻撃力が自分のHPより下かつ、相手のHPが30以下なら「打ち切る」。
04.相手のスキルのウェイトが10以上かつ、相手のHPが30以下なら「打ち切る」。
05:相手のスキルが回復かつ、ウェイトが10以上なら「アイスファルクス」。
06:相手のスキルが防御無視か回復なら「パンチ」。
07:相手のスキルの防御力が0かつ、ウェイトが2以上なら「パンチ」。
08:相手のスキルの攻撃力が24以下かつウェイトが10以上19以下なら「パンチ」。
09:相手のスキルのウェイトが10以上なら「打ち切る」。
10:さもなくば「アイスファルクス」。
男。
旅人(鍛冶屋の息子)。
「リューちゃ〜ん、愛してるよぉーーーー!」
有名な鍛冶屋の両親の形見である凍剣「アイスファルクス」に
かけられた呪いを解くための方法を探して旅を続ける青年。チェスが趣味。
呪いを解くためのありとあらゆる手段を試みており、
呪いに対してはとても博識。
「第3版呪い辞典」という本をいつも持ち歩いている。
ついでに小型のチェスセットも持ち歩いている。
今回はリリオットにあると噂される精霊の結晶「ジーニアス」を
見つけ出し、凍剣にかけられた呪いの構造と解除方法を調べるつもりだ。
(ジーニアスにはありとあらゆる情報が刻まれているらしい)
かわい子ちゃんに弱い、甘えん坊、チャラいと
周囲から反感を受けやすい性格だが、
物事を変に考えすぎるクセをやめるためにあえてやっているらしい。
負の感情を溜め込み過ぎて爆発することがある。
その他設定:
マックオートの両親は”鍛冶屋のグラキエス”と呼ばれる有名な鍛冶屋だった。
しかし、その存在は他の鍛冶屋に妬まれ、ライバル鍛冶屋から送り込まれた傭兵に両親は殺される。
両親がマックオートを逃がす際に託したアイスファルクスもその時に呪いをかけられてしまった。
アイスファルクスは特殊な剣だったために呪いの内容はあやふやになったが、
解除方法まであやふやになってしまった。
(所有者に不幸が訪れたり訪れなかったりするらしい)
チェスのナイトをかたどったペンダントには「自分はメイティング・マテリアルに不足」という劣等感が隠れている。
オトカム
ツイッター Otokam0510
「馬要らずの馬車」とはまたすばらしい。
馬を飼わないから費用が安い。費用が安いということは、運賃も安いということだ。
おまけに、馬の機嫌や天候に左右されない安定した走りを実現している。
馬車の運転手も、馬車に行き先を命じるだけで勝手に動いてくれると絶賛していた。
運転手とチェスを楽しみながら「馬要らずのナイトです」と駒を配置しないジョークをされた時には
思わず腹を抱えて笑ってしまった。
精霊都市リリオット・・・
そこには他にも、精霊技術による便利なもので溢れているという。
マックオートはそれを目的にやってきた。
背中に携えた大剣の存在を確かめ、馬車を降りた。
精霊都市リリオット。ここは予想以上に人が多かった。
メイン・ストリートに一歩入れば道物乞いが道の端を埋め尽くし、
その道路の中央は権力者と思わしき人物が大勢の部下を連れて馬車を走らせていた。
まずは酒場で腹ごしらえと情報収集をしたいと思ったマックオートはそれらしい建物を探す。
途中、多くの人が振り返り、マックオートに何かを言っていた。
中にはあからさまに指をさし、すごい気迫の人もいた。
何を言っていたのかは聞かなかった事にしたが、その口の動かし方をみれば、
褒め言葉ではないことはすぐに分かった。
マックオートのなにがいけないのだろうか。
武器を持ち歩いている所だろうか?いや、他にも武器を持った人はいくらでもいる。
部外者だからだろうか?いや、旅人と思わしき人も大勢いる。
デカデカと看板をつけた店を見つけた。酒場だ。
ランチタイムを過ぎていたために店内はそこまで混雑していなかったが、
店員が割れた皿を掃除しているあたり、たびたびトラブルが起きているようだ。
マックオートはオススメのメニューを頼むことにした。ハンバーグがでてきた。
なるほど、食べれば体力がつきそうな、ボリューム満点なハンバーグだと感心しながら
皿を手に取り、空いた席についた。
ハンバーグを切り分け、肉汁が出るさまを楽しんでいた所、ふと、女性が目に止まった。マックオートの瞳が潤った。
白い髪をしたその女性は、ほうきをギターにみたてた芸を見せていた。周りの客はその姿を舐めた目で見ていたが、
マックオートは非常に魅力を感じた。思わずポケットに手が動く。
「君の瞳に乾杯♪」
そう言って手にとった硬貨を1枚指ではじいた。硬貨はその女性の足元の缶にむかって飛んでいき、金属音を鳴らした。
客の視線を集める行為になった。
それを確認したマックオートは軽いため息をはき、半分に切りわけたハンバーグをおおげさに指差して言った。
「半分のハンバーグ」
ダジャレである。しかしなにも起こらない。お前のせいで興ざめだと訴える客の視線も変わらない。
ただ一人、あの白い髪の女性は微笑んでいた。
お金を消費してしまったからには、お金を供給する必要がある。
マックオートは酒場でリリオットの地図を買い、クエスト仲介所を目指した。
クエストをこなして日銭を稼ぎ、旅を続ける生活をしていたからである。
クエスト仲介所の中は依頼を受ける人、報告する人、その他業務員などで賑わっていた。
その中でも、コインを積み上げて塔を立てている少女がひときわ目立っていた。
マックオートは声をかけようと思ったが、集中を乱すマネはやめておくことにした。
求人一覧表の束を手にとった。リソースガードと呼ばれる組織に向けたクエストが中心だったが、
無所属の旅人がこなせるものも充実していた。
しかし、大抵のクエスト表にはこのような注意書きがしてあった。
「黒髪人種お断り」
・・・マックオートは急に周りの人が気になった。
青、緑、赤・・・黒髪はあのコイン塔の少女だけである。
マックオートは自分のボサボサ頭をつまんで色を確認した。・・・黒だ。
あの時、メインストリートで受けたものは黒髪が原因だったらしい。
それはそうと、何かしらのクエストをこなして金を稼ぐ事が最優先だ。
幸いにも、どろさらいの仕事は黒髪でも受けることができる。これしかない。ちょっとした質問と共に受付に持っていく。
「スコップは借りられますか?」
「レンタル料をいただきます」
「あぁ、そうですか。なら遠慮しときます」
「どろさらいのついでに人さらいもどうですか?」
「どろさらいだけで十分汚れますって!」
この受付のお姉さんはちょっと怖い。マックオートはビビって仲介所を後にすると、
仕事場である貧民街へ向かうことにした。
***
「こいつか・・・」
マックオートは敵である泥の前にたたずんでいた。背中の大剣を引きぬく時がきた。
シャキリ・・・鋭くも鈍い音がする。
青みを帯びた白い刀身・・・反り返った内側にある刃先・・・
これはただの剣ではない。溶けない氷を打ち叩いて造られた凍剣”アイスファルクス”なのである。
溶けない氷は加工方法のわからない物質で、本来は刀剣を造るのには全く向いてない。
しかし、ひとたび剣の形になれば、折れない、欠けない、錆びないと、まさに最強の剣といえる。
「もちろん穴も掘れる!うおりやぁぁぁぁ!!」
マックオートは溝に潜む邪悪な魔物である泥たちに凍剣を突き刺した。
「下っ端最高ぅーっ!」
これがスコップのレンタルを断った理由である。
泥がとびちる。これは戦いなのだ。
クエスト仲介所の、受付嬢の内の一人が、年上の受付嬢に声をかけた。
「ねぇお姉ちゃん、あの黒髪に”写し絵の羊皮紙”持たせた?」
「あ!・・・いけない、持たせてないわ・・・」
「もぅ、お姉ちゃんはいつもそうなんだから・・・」
「仕方ないわね・・・あの子にもたせましょう」
「リソースガード嫌いだけど大丈夫かな?」
「関係ないクエストだから、駄賃でもあげればやってくれるでしょう。」
***
見よ、これが戦いの終わりだ。
単なるどろさらいの割に報酬がいいと思えばその規模は大きく、貧民街から職人町を抜け、
さらに続く場所までを一直線に結ぶ溝の全てのどろをさらう必要があった。
途中でその雑な仕事のために、正規の清掃員に口汚く罵られたりもしたが、きっと彼も何か嫌な事があったのだろう。
長い距離を歩いた分、街のだいたいの構造も理解できた。剣を納め、帰ろうとすると、少女が声をかけた。
「あの・・・マックオートさんですか?」
「ん?そうだよ。何か御用かい?お嬢さん。」
話をすると、彼女はマックオートがきちんと仕事の報告ができるために、”写し絵の羊皮紙”というものを
届けに来てくれたのだという。
「もう終わっちゃっているみたいですから、私がやっておきます。」
そう言いながら彼女が丸められた羊皮紙を広げると、どろのなくなった溝の情景がそっくりそのまま書き込まれていく。
これも精霊技術によるものなのだろうか。
「これはすごい・・・」
「じゃ、これを受付に渡してくださいね。」
彼女は急ぎの用があるのか、羊皮紙を渡すとすぐに立ち去ろうとする。しかしここで別れるマックオートではない。
「お嬢さん、名前は?」
「え・・・?ソラですけど・・・」
「ソラちゃんだね」
「ちゃん?」
「今度一緒に、食事にでもいかないかい?」
「結構です。変な人ですね・・・」
ソラは去っていった。
マックオートは女性をお茶や食事に誘い、断られる事を習慣にしている一面があった。
そのため、声をかける前に女性をよく観察し、断ってくれるかどうかを判断している。
さて、仲介所に帰ろうと振り向いた時、一人の女性がいた。緑のフードからは金髪が見える。
マックオートは自分とその女性以外に人がいないため、自分に用があると確信した。いつもの調子で声をかける。
「お嬢さん、俺に何か用かい?」
女性は何も答えずに歩み寄ってくる。その表情を観察し、”それ”を警戒した。
そぐそばまで近づいた時、女性はスっと手を突き出した。その手は鋭く、まるで槍のようだった。
マックオートはギリギリの所でその腕をつかんだ。
「レディとこんな乱暴なふれあいはしたくなかったが・・・俺も痛いのはごめんだぜ。」
やはり”それ”だった。この女性はマックオートを殺す気か何かである。少なくとも、血を見たがっている。
女性はマックオートの手を振りほどくと、さらに2回、3回と手を付き出した。
マックオートも4回目までは対応できたが、5回目の手は頬をかすめた。血が流れた。
恐らく、まともに受けていれば体を貫き、悲鳴をあげることすらできなかっただろう。
「く・・・こうなったら・・・アイスファルクス!」
大きく距離をとり、剣を抜いた。それを見た女性は構えをとった。ますますやる気になったらしい。
マックオートは自分でさらった泥山に剣を突き刺し、すくいあげた泥を女性に投げつけた。
相手は顔を守るために腕で覆った。チャンスだ。
左足を軸にくるりと回り、一目散に走りだすマックオート。
相手が追いかけてきているかを確認する余裕すらない。
走って、走って・・・そして・・・疲れた。
この街では、黒髪に命があることすらお断りらしい。
果てしない量のどろをさらいあげた直後に命がけで全力疾走した男がいた。
その男は、目はたれ、口はぽかんと開け、背中は曲がり、肩でぜぇぜぇと息をしながら仲介所を目指していた。
体を押し付けて仲介所の扉を開けた。無理な力がかかったために、大きな音をたてた。
ガコン!その音とともに現れたのは、人のような形をした何かだった。
「何奴!?」
仲介所にいた傭兵は一斉にマックオートに注目し、おのおのが武器を手にとった。
緑の髪をした小柄な少女にいたっては、鉄でできた両腕を構え、いまにも斬り裂きにかかりそうだった。
「ま、まて・・・俺の肉はフレッシュだ・・・ゾンビなんかじゃあ、ない・・・」
マックオートは自分の無害さをアピールしようと必死に身振り手振りをした。
今にも倒れそうな、その情けない姿を見て、あえて攻撃しようとする者はいなかった。
あぁよかった、わかってくれたと安心したマックオートは受付へ向かう。
量があったとはいえ、クエストはただのどろさらい。それなのに彼は疲れきっている上に頬からは血が流れている。
受付嬢はビビりながらもいつもの調子で業務をしようとつとめた。
「ぁ、あ、はい。では羊皮紙を確認します。・・・き、れいになりましたね。ありがとうございます。
では、これが報酬です。」
報酬を渡した受付嬢は、羊皮紙に鳥の羽のようなものをかざした。すると、羊皮紙に描かれた情景は消えていった。
このようにして長い間使われているようだ。
「あ、あとそういえば・・・」
まだ何かあるのかと恐れる受付嬢。マックオートは封印された巻物を取り出した。
「これ、多分ここのクエスト依頼書ですよね?落ちていたんですが、誰のでしょうか・・・?」
マックオートは逃げる途中で道に落ちていた依頼書を拾っていた。
その巻物を見た緑の髪の少女はマックオートの元へ近づいてきた。
「あの・・・それを見せてください・・・」
さっきのあの少女だ。あの時はそれどころでは無かったが、あらためて少女を見たマックオートの瞳は
輝きを取り戻し、細胞が活性化し、背筋がピンと伸びた。
目の前で行われる数々の怪奇現象を目の当たりにした受付嬢はついに倒れた。
「もしかして、お嬢さんのものかい?」
「・・・そうです、ありがとうございます。」
少女は依頼書を取り、急いで仲介所を出た。素早かった。名前を聞くことすらできなかった。
それに関しては少々残念だが、困っていた人が助かったようで、なによりだ。
とてつもなく疲れたので、さっさと食事を済ませて宿で寝ようと思った。
困っていた人が助かったようで、なによりだ?
いやそんな事はない。重大なミスをしたために、逆に人を困らせてしまったのだ。
マックオートは後悔した。
仲介所のテーブルで、二人の男女が会話をしていた。
マックオートは確かに依頼書を持ち主の少女に渡した・・・つもりだった。
というのも、マックオートは疲れきっており、目の焦点があっていなかったのだ。
緑の髪の少女は、今いる自分が本物で、その時渡した相手は自分の偽物だったと説明した。
なるほど、思い出してみれば、あの時の少女の腕はシザーマンもびっくりの鋼鉄。そのうえ、
指のすべてが刃物というおぞましいものだった。
しかし、今ここにいるレストの腕は鎖帷子に包まれてはいるが、人間の腕の形をしている。
うむ、こちらの方が何倍もかわいい。もちろん腕以外もだが・・・
「それは済まないことをした。すぐにでも偽物をとっ捕まえないとな・・・」
テーブルで対面して座っていた所を、マックオートが急いで立ち上がろうとする。しかし、足に力が入らない。
「うおっつ!?」
「大丈夫ですか?あなた、相当疲弊していますよ?」
「あぁ、すまない。君の素敵な服に泥をつけてしまったね・・・」
倒れそうになったマックオートを、レストが支えたのである。
「それに、黒髪なんかにさわったりして、忌み嫌うべき行為じゃないのかい?」
「それは大丈夫です。私には、心がありませんから」
「そんな心ないことを言わないでくれよ。俺はこの街にきて今までずっと一人だった。
しかし君のおかげで、そうでなくなったんだから・・・
俺は機械か何かに対してこんな感情は沸かないさ・・・」
マックオートは黒髪というだけで避けられていた。黒髪を泊めてくれる宿もほとんどなく、
黒髪でも利用できる唯一の宿も相部屋で、肩身の狭い思いをしていたのである。
酒場で白い髪の女性が美しく見えた。その女性は微笑みをくれた。
しかし、一人だった。
誰もやりたがらない仕事を一人でうけた。気持ちを紛らわすためにあえて変なテンションで取り組んだ。
やはり、一人だった。
仕事帰りには襲いかかる金髪の女性から逃げまわった。
そして、一人だった。
しかし今は、話をしてくれる人がいる。
安心すると、借金の利息のように積み重なっていた疲れがマックオートにのしかかった。
そのまま眠り込んだマックオートを見てレストはどうしたものかと考え、
抱きかかえると仲介所を出た
光っていた。
マックオートは巨大な光を放つ物体の前に立っていた。
「青年よ、お前が私を探しているのは知っている。」
耳を介さず、声が心に直接響いた。知っている・・・知識・・・
マックオートは超自然の怪異に驚きながらも、心当たりが一つあった。
「まさか・・・精霊結晶ジーニアス!?」
「最近の人間は私をそう呼んでいる。しかし、存在の認識は噂程度だがな・・・」
精霊結晶ジーニアス・・・マックオートは、ありとあらゆる知恵と知識が刻まれたものだと噂で聞いていた。
どうしても知りたい事があったマックオートはジーニアスを求めてここまで旅を続けてきた。
どんなに研究してもわからず、どんな占い師に頼んでんもわからなかった事を知るために・・・
「では、聞こう。お前は何を求めている?」
「・・・この剣にかけられた呪いを解く方法を求めています。」
マックオートは答えた。しかし、良い答えではなかったようだ。
「いや、私が聞いているのはそこではない。
お前は剣の呪いを解くことに何を求めている?
剣の呪いを解くことに、どのような利益を求めている?」
マックオートは意外な返答を受けてしまった。剣の呪いを解くことに執着するあまり、
呪いを解く理由を見失っていたのだ。マックオートが答えを出せないと分かったジーニアスは続けて声を送る。
「ならば、今は答えまい。お前がお前自身を知った時、また会おうではないか。」
何も分からいまま終わってしまうのだろうか、マックオートはそうなる事を避けたかった。
「ま、待ってくれ!また会うなんてどうすれば・・・?」
「私に会いたいと強く望め。そうしれば私はもう一度、お前の元に現れよう。」
そう告げると、その光はさらに輝きを強め、ついには目を開けていることさえできなくなった。
マックオートは顔を腕で覆うと、いつのまにか横になっていた。
・・・夢だったのだろうか。しかし、その割には意識があった。不思議な時間だった。
それにしても、肩や後頭部が痛い。どこかで打ったのだろうか。
体を起こすと、そこは知らない部屋だった。床の上で寝ていたらしい。
痛む頭を抑えながら、自分の身に起こった事を整理していると、近くから会話が聞こえてきた。
「それで、あの男性はどこに休ませたんですか?」
「あぁ、こっちだよ。ついてきて。」
一人の声は分かった。あの時の緑髪の少女だ。
あの時の緑髪の少女と誰かの会話が聞こえる少し前、マックオートは新しい出会いを果たしていた。
体を起こしてあたりを見回してみると、自分が引きづられてここにいることが分かった。泥の跡が自分の所まで伸びていたからである。
「自分を運んだ人はいないみたいだし、掃除くらいはやっておくべきかな・・・」
ちょうど物陰にブラシらしき道具の棒が飛び出ているのを見つけたマックオートは近づいて手に取ろうとした。その時!
「うわ!」
「あばばば!?」
より強く驚いたのはマックオートだった。そこには、どぶさらい中に怒られた清掃員と、もう一人、女性がいた。
「あー、もうドジ!バレちゃったじゃないの!」はじめに女性が喋った。
「仕方ねぇだろ!」
「ば、バレる?え?」
マックオートは現状を全く把握できなかったが、顔見知りの清掃員がいたのは助かった。
「あぁ、あの時の清掃員さん!あの時はすみませんでした・・・」
3人とも軽いパニックを起こしていたが、清掃員は言葉を返してくれた。
「・・・ま、まぁ、掃除して逆に汚れるのは本末転倒だからな。
それにしても、一体どんな掃除をしていたんだ。頬に傷までついているじゃないか。」
清掃員はマックオートの頬にある傷を指摘した。
「仕事帰りに襲われまして・・・」
マックオートは辺りをもう一度見回す。
「それはそうと、ここは一体?となりのお嬢さんはどなたで?」
「あ、私!?私は夢路よ!あぁそうだ、ダザ、あんたも自己紹介くらいしなさい!」
「あ、ああ・・・。俺はダザ。ダザ・クーリクスだ。」
二人の名前が分かった所で、夢路とダザはぶつぶつと何かを言いながら退散していった。
マックオートはここはどこなのか、なぜここにいるのかは分からないままだった。
「レストちゃん、ですよね・・・」
「はい」
マックオートは仲介所で依頼書を渡した所から目覚めるまでの記憶が全て消えていた。
まさか、女の子の名前すら間違えてしまうとは、マックオートは後悔した。
この後悔が1度目なのか、2度目なのかさえ、今のマックオートには分からない。
ともかく、レストという少女が困っているらしい。居合わせた全員で協力することにした。
と思えば、次の瞬間には謎の巨大パンジー立ちはだかっている。
これではもらった服に着替える余裕もない。
「俺とて精霊師と無駄に立ち回って、消耗してもつまらん。だが――
そこの餓鬼を守る、ってんなら、その限りじゃねえ。
さあ・・・、どうする?」
どうやらこのでかい花はオシロを目的にやってきたようだ。
話からすると、人質もいるようだ。それぞれが決断に迷ってるようだったが、
マックオートの心はすでに決まっていた。
飛んできたレストを受け止め、優しく地面に下ろしたマックは振り返って言った。
「女の子に乱暴する奴は生かしちゃおけねぇ!!」
マックオートはアイスファルクスを振り回し、辺りでうねるツタを片っ端から切り落としはじめた。
突然すぎる行動にパンジーはビビった。周りのメンツもビビった。
「ええい!こしゃくな!」
パンジーはあわててツタを振り回すと、偶然にもマックオートに直撃した。
「あばらぼねぇぇ!」
そのまま弾かれたマックオートを合図に部屋の全員が立ち向かった。
ダザは襲いかかるツタをブラシを振り回して追い払い、
レストもツタの動きを確実に見きって対応した。
オシロはなにやら嘆いていた。
夢路は・・・これは珍しいものだと眺めていた。
「ダメだ!きりがないぞ!」ダザが声をあげた。
「オシロさん、相手について何か知ってるんですか!?」
「あれは僕が精製したんだよ!それが大人たちにとられちゃって・・・」
「精製・・・?では、あれは精霊なんですか?」レストは冷静に答えた。
「そうだよ!」
「なら、私に対策があります。私の左腕には、精霊の力を奪う機能があります。」
「なら、早くやってくれ!」ダザが怒鳴るように叫ぶ。
「しかし、発動までに少しの時間が必要です。それまで、誰か・・・」
「俺に任せろ!」
マックオートは声をさえぎって立ち上がり、レストとパンジーの間で剣を構えた。レストは左腕にエネルギーを集める。
「そんな剣、へし折ってくれるわ!」
パンジーのツタがアイスファルクスを何度も打った。しかし、びくともしない。
「残念だが、こいつの加工方法は俺でも分からないんだ。」マックオートは自慢気に答えた。
「・・・準備できました!」
レストの左腕が薄い精霊光を帯び、その腕でパンジーを掴んだ。
「のぉわぁぁぁぁああああ!?貴様!俺を・・・!」
泥水を出た直後、マックオートはふらつきながら尋ねた。
「レストちゃん、これからどうする?」
「はい。・・・私は自分の依頼書を探すつもりです。」
「君にはかなり迷惑をかけているみたいだから、何か力になれれば・・・」
マックオートはそこまで言うと倒れそうになった。
「おい、大丈夫か!?」
それを支えてくれたのはダザだった。ダザの服にも泥がついた。
レストから受け取った服は未だに着替えららずにいた。
「すまない・・・」
「全く、無茶をする奴だよな、お前は。・・・そうだ、」
マックオートに肩をかしながら、ダザはある提案をした。
「温泉にでも行くか?」
「オンセン?」
温泉とは、公衆浴場のことだそうだ。確かに、マックオートの体は洗いたいほどに汚れている。
また、そこに備え付けられている”精霊渦の箱”という道具を使えば服の洗濯もでき、
軽い傷なら入浴前に受付が回復してくれるらしい。
マックオートは賛成した。レストは拒否した。
手をあげて、馬車を呼ぶ。料金は割り勘にした。レストも仲介所の近くまでは乗ることになった。
馬車に揺られるあいだ、マックオートは本を取り出そうと自分の服に手を入れた。
「ん・・・場所が少しずれているな・・・」
マックオートは持ち物の異変に気がついた。
「あ、それは・・・すみません、ここに来るまでに、あなたの持ち物を勝手に調べました・・・
依頼書を隠し持っている可能性もあったので・・・」
「なんだ、そういうことか。」
マックオートは安心した表情で本を取り出した。しかし、レストは少しうつむく。
「あと・・・」
「あと?」
「ここに来るまでの馬車代もマックオートさんから出してもらいました。」
ティンときたマックオートは報酬袋を調べた。確かに、硬貨の枚数が足りない。
しばらく困った顔をしたマックオートは、納得して答えた。
「緊急事態だったみたいだからね。レストちゃんの判断は正しかったと思う。あと・・・」
「あと?」
「俺の事はマックと呼んでくれ」
「あ、・・・はい」
うなずいたレストを見て微笑んだマックオートは本を読み始めた。
ダザが興味本位で覗いてみると、その本には謎の図形と長い文章が一面に記載されていた。
「すごい本を読んでいるな・・・」
おもわず口が動いた。
「これ?これは”第3版呪い辞典”。ちょっと解きたい呪いがあってね・・・」
マックオートはこの本の大半を暗記するほどに勉強していた。
自分の剣の呪いについては、レストの依頼書探しで忙しい今は話すべきではないと
考えたマックオートは、そのまま本を眺めていた。
ブラシを突きつけられると、反射的に背中に手がのびた。
・・・しかしここは湯船の中、武器を持っているわけもなく、
鞘をつかむはずの左手を無意味にグーパーさせるだけだった。
「マックオート、てめぇは何のために街にやってきた?他の害虫どもとは違う気がするが、返答次第じゃ追い出させてもらう。」
ジーニアスからも問われた事だ。何のために剣の呪いを解くのか・・・
マックオートは答えを出せていなかった。・・・いや、それが答えか。
「・・・分からなくなった。」
「分からなくなった!?」
出来れば誰にも悟られずに一人で解決したい問題だった。しかし、そういうわけにもいかないようだ。
「俺の剣、アイスファルクスにかけられた呪いを解く方法を知るために旅をしている。
この街にある”ジーニアス”という精霊結晶にこの世のあらゆる情報が刻まれていると噂で聞いた俺はここまできた。
しかし・・・」
「しかし?」
「泥水で眠っていた時、夢の中でジーニアスに会った。
そこで、”何のために剣の呪いを解くのか”と問われた。その時も俺は答えられなかった。
・・・俺は何の意味もなく、何の理由もなく、湧いては消える存在なのかもしれない。」
マックオートは湯気を眺め、しばらくただよってから消えるさまを自分と重ねていた。
すぐにでも街から出ていくべき身分かもしれない。しかしマックオートには一つだけ願いがあった。
「だから、出ていけと言われればおとなしく出て行く。
だけど、その前に終わらせておきたい事がひとつある。」
「終わらせておきたい事?」
「レストの依頼書探し。あれは一段落させておきたい。俺が関わった事でもあるから・・・」
ダザからの返答を待つあいだ、マックオートは湯気からもうひとつのものを連想した。
あの時、酒場で見た白い髪の女性・・・
彼女のようにしっかりと立つことができていれば、答えを失うこともなかったのかもしれない。
マックオートはダザが言った事のすべてを理解したわけではないが、彼とは和解できたようだ。
どれだけ自分を否定しようとも、自分が生きている事には変わりなく、
まぁ、そんなもんでしょうと納得して湯船から上がった。
それにしても、あの時の夢でこんなにも心を揺るがされるとは、あれは夢以上の何かだと肯定している
自分がいることにすこし驚いていた。
服は汚れがひどすぎるためにもうしばらく時間がかかるという。レストから受け取った服に着替えて出発した。
太陽はすでに昇っていたため、クエストを受けにいくことにした。
***
「人呼んで、”マック・ザ・ドラゴンスレイヤァー!!”」
そう言ってマックオートが剣を振り下ろした相手はオオトカゲだった。
証拠として退治したオオトカゲのシッポを切り取ったマックオートは仲介所に持ち帰った。
「おつかれさまです。」
受付嬢はいつものように報酬を渡した。
「ちょっと悪いんだけれど、この地図に書いてある図書館はどう行けばいいかな?
道が入り組んでいて、これだとわかりにくいんだ。」
マックオートはダザのアドバイスで図書館に行くことを決めていた。
「あぁ、それですか、それならカクカクシカジカです。」
とてもわかりやすい説明に納得してマックオートは図書館を目指した。
***
「な、なん・・・だと・・・!?」
マックオートは本棚の前で驚嘆していた。
『3分で簡単アレンジあられクッキング!!』という本からもただならぬオーラが出ていたが、
それよりも『第4版呪い辞典』が出版されていたことに驚きのショックを受けていた。
出版日は・・・3日ほど前だった。マックオートは思わず手が伸びた。
「”毒ガエルの呪いにかかってから2週間以上たっても解呪できる方法”!?不可能だと思っていたのに・・・」
「”解呪用煮汁をつくるにはどの時期の茨が良いか”!?なんてマニアックな・・・」
新たな知識が脳に、いや、魂に入っていった。しかし、アイスファルクスの解呪法になりそうな情報はなかった。
呪いの正体がわかれば、それに対処することでどんな呪いでも解くことができる。
しかし、アイスファルクスの呪いの正体は未だにつかめていなかった。
呪いの症状が出れば、正体を推測することができる。
しかし、アイスファルクスの呪いで受けたとされる損害は今まで一つも見つけることができていなかった。
占い師に頼ったことも何度かあったが、どれもペテンだった。
マックオートは自分の無力さを痛感した。これは2度目だった。
「きゃははは!ポーンがボーン!」
マックオートはなぜか、図書館で謎の少女とチェスをしていた。
というのも、いきなり「あなたはハッピー?」と質問され、「チェスをしている時はハッピーかな」と答えたからである。
この少女、キングとルークを入れ替えるだけで笑い、ポーンが取られるだけで笑い、
さらにはナイトが他の駒を飛び越えるだけで笑っていた。
駒の動かしかたも全くのデタラメで全く読めない。ここまでくると不気味である。すると突然、
「ねぇ、今あなたはハッピー?」
少女はこのような質問を投げかけた。
満遍の笑みを浮かべる少女からただならぬ狂気を感じ取ったマックオートは考えた。
(ここでNOと答えたらどうなるかは想像もつかない・・・きっと恐ろしいことになるぞ・・・)
「もちろんハッピーだよ!」
マックオートはいつもの気取った調子で答えようとしたが、顔がひきつっていることが自分でわかった。
「じゃあ、よかった!」
そう言った少女はチェスの試合をそのままにどこかへ走り去っていった。
あのようにしてあちこちを襲撃しているようだ。
マックオートには恐怖が残った。
普通の時はそれとして、女性と接する時はいつでも気取った調子で接するマックオートにとって、
そんな調子で接することができない女性・・・それも、こちらに敵意のない女性にそうできないとは。
冷や汗をかき、胸に手を置きながら深呼吸をした。ふと、チェス盤の上にあるルークが目にとまった。
そういえば、東の外れにある塔は骨董屋と地図に書いてあったような気が。
確認すると、確かに骨董屋だった。
もしかしたらアイスファルクスの呪いを解く手がかりがつかめるかもしれないと、
チェスセットを服にしまったマックオートは急ぎ足で図書館を出た。
呪いを解くヒントを得るために骨董屋に訪れたマックオートを白い髪の女性が迎えた。
「いらっしゃいお客さん。あなたは何をお探しなの?」
「やぁお嬢さん、解呪に役立つ品を探しているんだが・・・というのも、この剣が呪われていてね。」
マックオートは背中の剣を少し引き抜き、青白い刀身を見せた。
すると、”やっぱりあの人だ”というような顔で話を始めた。
彼女はソフィアと名乗った。彼女もまた、腰にある剣”追憶剣エーデルワイス”にかけられた呪いを
解く方法を探しているという。
それを聞いたマックオートの心に火がついた。今まで溜めていた知識が逆流を始めたのである。
「その剣、ちょっと見せてくれない?」
そう言ってマックオートは剣を手にとった。その時!
『マックオート!あなたはこの剣を持って逃げなさい!』
『跡取りが逃げるぞ!グラキエスの剣は1本たりとも逃すな!』
『砕けない!?クソッ!あれがアイスファルクスか!』
『壊せないなら呪いでもかけておけ!使いたがる奴もいなくなるだろう!』
「ちょっと・・・大丈夫?」
ソフィアの声でマックオートはハっとした。マックオートは昔に記憶の中にいた。
妙なしこりが残った。ともかく、剣の観察を続けた。
「この魔剣は手放してもすぐに戻ってくるんです・・・」
「程度の低い呪いなら茨の煮汁をかければ解ける・・・しかし、これはかなり頑丈な呪いだ。
炎で焼き付けてある。」
「やっぱり無理ですか・・・」
しかし、マックオートは白い剣とソフィアの白い髪を見て思い当たるものがあった。
「ちょっと触るよ?」
「え・・・?きゃっ!」
マックオートは有無を言わさずソフィアの髪を触った。普通なら気取った顔をしている所だが、
今回はいたって真顔だった。見たところ、染物や脱色で白くなっているわけではないようだ。
「この色は生まれた時から?」
「いえ、この剣に取り憑かれた時に白くなってしまったんです・・・本当は金髪でした。」
「やっぱりそうか。恐らく、この剣はある部分で君と一体化している。
だから、手放しても戻ってくるんだ。
君のどこかに手放したくないものがあるはず。
それを捨てれば、剣も一緒に捨てることができる。」
ソフィアはよくわからないという顔をしていたので、言葉を付け足した。
「呪いは目に見えない。しかし、呪いのせいで目に見える部分が左右されている。
だから、目に見えない部分で解決ができないと、目に見える部分も解決できないんだ。」
そうソフィアに告げると、マックオートはまたハっとした。
もしかすると、自分の剣の呪いもそうなのかもしれない・・・
「具体的な解決策は分からない。ごめん」
ソフィアの言っていた、凍剣を持つ女性”リューシャ”が停泊していたという宿まで来た。
どうやらこの宿も黒髪を受け入れているようだ。財布が太っていればここで停泊するのもいいかもしれない。
残念ながら、リューシャと思わしき人物を見つけることはできなかった。
旅人が1日中宿で過ごす方がおかしい。当たり前と思いつつ、残念だった。
凍剣の情報も得られず、レストの依頼書も全く進展がない。
しかし、依頼書に関しては他のメンツが何か掴んでいるかもしれない。
情報交換は泥水でと約束した。マックオートは事の進行状況を知るために泥水へ向かうことにした。
しかし、黒髪頭でメインストリートに行くのは少しまずい。
少し時間はかかるが、職人街を通って向かおう。
職人街でマックオートは足をとめた。
あの時襲ってきた女性が目の前で倒れている。全身は血にまみれ、その指は欠け、片目はえぐれ、明らかにまともな状態ではない。
血の跡を見る限り、今まで地を這って移動していたようだ。
レストの話や図書館で読んだ本のことを考える。彼女は恐らくヘレン教。ヘレン教を嫌う誰かに襲われたのだろうか?
目の前にいる人は自分を殺しにかかった人だ。しかし、それ以前に血を流し倒れた女性である。マックオートは近寄った。
女性は言葉にならない声をあげ、拒否しようとしたが、構わず抱き上げた。服に血がついた。
手をあげて、馬車を呼んだ。運転手は馬車が血で汚れるのは勘弁と断ったが、金を積んで半ば強引に頼んだ。
財布の残りから食費を除けば、今日の野宿は確定した。
もしヘレン教徒なら、教会まで運べばそこの人がなんとかしてくれるはずと、ヘレン教会に向かった。
馬車に揺られながらマックオートは考えごとをしていた。
この街に来て自分は黒髪であるために拒絶された。これは悲しい事だが、不条理だとも思うし、腹も立っている。
しかしこの女性を、襲ってきたからといって拒絶したらどうなるだろうか。
理由がある。だから拒絶する。それは同じだ。ならば同じだ。私が黒髪のために拒絶されるのも、彼女が襲ってきたために拒絶するのも。
マックオートはそういう事は嫌いだった。しかし嫌いと思っても、肯定している一面もある。
あの日、自分から両親を奪った傭兵たち、剣に呪いをかけた呪術師が憎い。そうでなければ収まらない。
しかしそれも、人を髪の色で区別するのも同じだ。それを思うと嫌な気分になる。
「一体、誰を憎めばいいんだ・・・」
思わず言葉になってしまった。
***
「すみません、だれか居ませんか?」
ヘレン教会に到着した。彼女を運び込むと、多くのシスター達が慌てふためいた。
しかし、あるシスターはマックオートに問いかけた。
「あなた、先生に一体何をしたの?」
その目には明らかな敵意と憎しみがこもっていた。
「本当だ!俺は何もやっていない!倒れていた所をここまで運んできただけだ!」
しかし、マックオートの必死の弁明は届かない。黒髪人種だからである。
何人かのシスターが女性を囲んで手をかざしている。自分の頬の傷を回復してくれた公衆浴場の受付と同じものだろうか。
途中、顔に火傷の跡が残るシスターも駆けつけた。この中では彼女が最も術に長けているようだ。
マックオートは思いをめぐらした。
黒髪だから、自分はヘレン教の敵であり、黒髪だから、自分はヘレン教に危害を加える。
というのが、ヘレン教徒にとっての自分の姿なのだろう。
なんとか自分の無実を証明できないだろうか?いや、それは不可能だ。
この場から逃げ出そうか?いや、この濡れ衣を肯定してしまう。
ならばどうしようか、いっそ、彼女たちの思い通りの黒髪人種 -破壊と殺戮を繰り返す悪魔- を演じ、
望みどおりの結末を迎えさせるのはどうだろうか?
・・・馬鹿げた話だ。誰がそんな結末を望んでいるんだ。
彼女たちが黒髪を嫌うのは、黒髪から損害を受ける事を望んでいるからではない。
かつて黒髪から損害を受けたからだ。図書館の本にはそう書いてあった。
しかし、この前提は、黒髪が絶対悪という前提は、真実を受け入れない、被害者精神に満ちた心は・・・!
あぁ、嫌だ。だからヘレン教会に近寄りたくはなかったんだ。それなのに彼女を助けたいと願い、それを叶えてしまった。
マックオートは拳を震えるまでに握りしめ、歯を食いしばった。
誰に対しても向けてはならない感情が溢れてくる。・・・しかし、止まった。
顔に火傷の跡を残すシスターが冷静な口調でマックオートに声をかけたのだった。
「キングス・インディアン・アタァーーック!!」
「何を!ツーナイツ・ディフェンス!」
マックオートは教会の一室でインカーネーション所属の見張りとチェスをしていた。
血が固まっていた手は洗ってあり、血のついた服は支給された予備のローブに着替えていた。・・・女物のローブではあったが。
「ふ、あたしの勝ちね!チェックメイトよ!」
「・・・フフフフ・・・」
「ちょっと、何がおかしいのよ!」
「ステルスメイトさ・・・引き分けダァァァァ!」
「しまった・・・!」
マックオートは負け試合を強引に引き分けに持ち込んだ。
その時、”許可がない人は絶対誰も開けないでね☆”と張り紙がされたドアが開き、一人のシスターが覗きこんだ。
「お静かに!」
「「すみません・・・」」
チェスは静かにやるのがマナーである。
和気あいあいとしているとはいえ、この部屋の中だけである。今は軟禁状態。泥水の伝言板を見に行くのも後になりそうだ。
それに、メビエリアラという名前だっただろうか?彼女の容態も心配だ。
抜け出すにしても見張りがいるし、アイスファルクスも没収されている。
ふと、マックオートは疑問を抱いた。
「・・・君は黒髪に抵抗はないの?」
見張りの少女は答えた。
「ネズミみたいなもんですよ、近寄られると不衛生な気がして嫌だけど、写真や絵や標本で見ると、
たまにかわいいって思いません?ほら、リスとか仲間だし」
「はははは・・・」
マックオートはとても悲しい気分になった。
ともかく、今はこの教会に自分の運命を決めてもらうしか無い。
「チェス、もう一回やる?」
「いいわよ、今度は完璧に追い詰めてみせるんだから!」
マックオートはチェス盤に駒を並べた。
マックオートはヘレン教に対する考えを少しづつ変えていた。
黒髪を探して殺し歩く殺戮マシンの集団かと思っていたが、普通の人間の集まりでもある。
ここの人たちは普通に駄弁ったり笑ったり、食べたり飲んだりしているようだ。
しかし、変わらない考えもある。
(ヘレン教の人たちは頬から血を出させるのが好きなの!?)
「何か言った?」
「え?あぁ、ううん、ちょっとデジャヴとかいうのを感じてね・・・」
マックオートは苦笑いをしながら頭に手を回した。嫌な感触がした。
負傷したメビエリアラを抱き上げた時は全く考えていなかったが、自分の頬が血で滲んだことで感触がよみがえってくる。
「あぁ・・・感触が残ってる・・・公衆浴場行きたい・・・」
「教会からは出せないけど・・・ここにも簡単な浴場ならあるけどね。」
浴場と聞いて、見張りは当番を怠って浴場の鍵を開けっ放しにしていたことを思い出した。
「え!?マジ!?是非入らせてください!」
マックオートは懇願した。体を洗う事でいなや感触を流したいという気もあったが、いきなり攻撃をしてくる見張りと
二人きりで過ごすことにビビっていた。せめて、もう一人温和そうな人がいてくれれば・・・
一方、威嚇で完全にビビったマックオートを見て勝気になった見張りは余裕を見せる。
「どうしよっかな〜・・・この時間なら誰も入っていないはずだし、まぁいいかな」
ここでマックオートを浴場に入れれば、鍵を開けっ放しにしたことを咎められても言い訳が出来るかも、と
考えた見張りは承諾した。
「でも、逃げるつもりなら・・・ね?」
「いえいえいえいえまさかまさかそんなばかなそんな」
すっかり弱くなったマックオートを見て見張りは笑った。
***
ちょっと前までは孤独に苛まれていたというのに、今は一人でのんびりできるのが幸せとは。
マックオートはニコニコしながら浴場に入った。が、誰もいないはずの湯船に二人の人影が見えた。
「うぁ、す、すみません!」
顔を見て女性と判断したマックオートは慌てて隠れた。脱衣所には自分のローブ以外に何もなかったはずなのに。
しかし、その顔はどちらも見覚えがあった。
「え?ソラちゃんにソフィアちゃん!?どうしてここに?」
マックオートは思わず顔を出した。飛んできたエーデルワイスが顔に直撃したので、片方がソフィアなのは間違いないだろう。
「あばばば!?」
慌ててローブを表裏逆に着たマックオートは逃げるように脱衣所から出た。
「どうしたの?」
「他に人がいるんですけど・・・」
「え!?嘘!侵入者!?あぁ、もう・・・!!」
顔を真っ青にした見張りはマックオートを置いて浴場に走っていった。
「マックオート!?なんてこんな所に?」
めまぐるしく変わる状況についていけず、呆然としたマックオートに通りかかったシスターが声をかけた。
あの時、冷静に対応してくれた火傷跡のシスターだった。
「剣の呪いを解く」その目的のためにマックオートはリリオットに来た!
黒髪という理由で周囲から避けられるも、理解ある人達と出会う事もできた!
ででん!
夢路、ダザ、オシロ、レストと共に巨大パンジーを倒したマックオートは
消えた依頼書とレストの偽物の調査に出る!
でででん!
しかし、道中で黒髪を嫌う集団の一人が倒れていた!
助けるために教会に運び込むも、疑いをかけられ軟禁されてしまったのであった!
ででででん!!
顔に火傷の跡を残すシスターは何者か!?追憶された過去を打ち明けられる相手はいるのか!?
剣にかけられた呪いの正体とは!?ジーニアスには会えるのか!?
次章『黒髪人種とヘレン教徒編』
新たな仲間と共に運命に立ち向かえ、マックオート!!
バキッ、パキッ、ボキッ、
「あ〜」
”許可がない人は絶対誰も開けないでね☆”と張り紙がされた部屋の中、マックオートは首を回していた。
ネイビーといっていただろうか、見張りの少女は叱られてごきげんななめである。
部屋から出るなと言われ、浴場にも入れなくなったが、代わりに濡れタオルが支給されるという。
あのシスターの名前はたしかシャスタ・・・
ドアが開いた。
「言っていた濡れタオルだ。」
「ありがとうございますシャスタさん!」
マックオートは両手をあげて無邪気に喜んだ。
「・・・メビエリアラ様が目覚めるまでもうしばらく待っていてくれ。」
対応に困るが、渡すものは渡したという顔でシャスタは出ていった。
「良かったじゃない、濡れタオル」
腕を組んで壁にもたれかかっていたネイビーがしゃべった。
確かに、本来なら濡れタオルさえもらえず、監禁状態でも良かった。
しかし、この濡れタオルも、手錠もかけられていない今の状態も、シャスタの配慮のおかげなのは間違いない。
黒髪人種を嫌う立場でいながら、これほどの事をしてくれるとは。マックオートは感謝した。
早く事情がハッキリし、ここから出られればなお良いのだが・・・
しかし、マックオートは漠然と思うものがあった。
彼女は自分のためにいろいろとしてくれている。しかし、自分はどうだろうか。
昔の事を思い出す。あの時自分は弱いためになにも出来なかった。守ることができなかった。
旅をする理由も残念だ。この剣の呪いを解く・・・それも、自分のためであって、他の誰かのためではない。
「あぁ、俺は・・・俺は・・・」
急に悲しい思いが胸を打ったマックオートは、手にとった濡れタオルを握りしめ、額によせた。
「ちょ、ちょっと・・・」
ネイビーは慌てた。イライラした態度で接した事に、少なからず後悔していたからである。
ともかく、今は時間が経つのを待つしか無かった。
ピィィィ!!
甲高い笛のような音が響き渡った。
「嘘・・・そんな・・・!黒髪、アンタはここで待ってなさい!」
そういうとネイビーは駆け足で部屋を出た。静かに扉を閉めることさえできていないため、かなりの緊急事態と思われる。
兵士としての実力がある彼女が慌てる理由・・・一つしかないだろう。
「巨大パンジーの襲来?」
・・・つまりは、戦闘である。この教会に何らかの敵が襲ってきたのだと、マックオートは推測した。
ならば自分も加勢を、と思ったが、シャスタの言葉が頭をよぎった。
『君はとにかく部屋から出るな。君に悪意がなくとも面倒なことになる。』
ここで部屋を出ればまた叱られるだろう。しかし、逆に言えば、叱られるだけで済むのである。
マックオートは部屋を出た。明らかに今までとは違う空気が流れている。はやり緊急事態だろうか?
教会の構造を知らないマックオートは闇雲に廊下を走った。途中で事情を知っている人に会えれば良いと思ったのである。
途中、壁に飾られた盾を見つけた。武器を没収されたマックオートにとって、これはありがたい事だった。
「・・・ふーむ、飾り用のちゃっちいのか。2,3回は使えるかな。」
マックオートは盾を取ってまた走りだした。マックオートは武器の目利きができた。
狭い廊下で、子供たちを連れて歩くシスターに出会った。
「避難訓練か何かで?」
マックオートは質問したが、自分でもそれはないと思っていた。ソフィアが黒髪の集団と対峙していたからである。
「マックオートさん!?」
「やぁ」
マックオートは子供たちの間をぬって歩き、ソフィアの隣まで来た。
「なんだおめぇ!黒髪のくせにヘレン教徒に味方すんのか?」
黒髪の一人が喋った。”黒髪のくせに”と・・・マックオートはその言葉を聞いて激怒した。
「人を髪の色で判断すんじゃねぇよ!」
左手を握りしめ、首を傾け、完全に怒った。
髪の色で差別されている黒髪人種たち・・・それが今や、人を髪の色で判断する側に立っていたからである。
「てめぇらは自分が高等とでも思ってんのか!?こんな子供の前で流血騒ぎ起こしやがって!」
「なんだと!クソが!」
釣られて激怒した黒髪の一人が剣を片手にマックオートに襲いかかった。
マックオートは右手に持っていた盾で剣を受け止め、そのまま腕を弾き、相手の顔を盾で殴りつけた。
1発・・・2発・・・ふらふらとした所に3発目をぶち込み、相手は倒れた。
「なかなかの剣だ。だが、こんな事に使われるんだ。剣も浮かばれねぇよ・・・」
そう言って倒れた相手の剣を拾い上げた。
このようにして、マックオートは場に居合わせた全ての黒髪を敵に回した。
しかし、それは黒髪たちが望んだ事でもある。
バキッドカッ!
「うぐ・・・」
剣の腹で殴り倒した最後の一人に、もう一発お見舞いする。
ドカッ!。しかし反応は無かった。
「ふぅ・・・片付いたかな。この子たちはどこかに避難を?」
「は、はい・・・地下倉庫に・・・」
表情をがらりと変え、笑顔を見せるマックオートにシスターは怯えていた。
マックオートは避難場所までついていくことにした。
***
地下倉庫はかなり広く、子供たちを全員入れてもまだすこし余裕があった。
「黒髪だぞー、悪い子は取って食っちまうぞー」
マックオートは大げさに両手をあげて話しかけてみた。
子供たちの反応は様々で、泣いてシスターに抱きつく子もいれば、黒髪なんか怖くない、という子もいた。
見たところ、怪我をしたり、極度に衰弱している子はいないようだ。
「はははは・・・」
マックオートは子供たちの視界から抜けるため、倉庫の隅にいった。
「ん、」
そこには没収されたアイスファルクスがあった。
壁にもたれかけて座り、手にとったアイスファルクスを鞘から少し引きぬいた。いつもの青白い刀身だ。
「マックオートさん・・・」
ふと顔を向けると、ソフィアがいた。
「君は黒髪に抵抗はないの?」
最初に聞いたのはマックオートだった。
「いいえ。・・・あなたはなんでヘレン教徒の味方を?」
「誰の味方もしていないよ。
ただあの時は、あの連中に腹が立っただけだ。」
マックオートは顔をアイスファルクスに向きなおして言葉を続けた。
「何かひどいことをされたって、人を憎んだり復讐したりできる権利が手に入るわけじゃない。
それをあの連中は気づいていない。・・・いや、気付きたくないんだ。
人を憎む機会があるのは特別じゃないのにね・・・」
マックオートはアイスファルクスを背中に帯剣し、立ち上がった。
「ソフィアちゃん、ここは任せて大丈夫?」
「え?」
「他にも敵がいるかもしれない。実行部隊と合流して状況を聞いてくるよ」
そう言うとマックオートはソフィアの返事を聞かないで倉庫を出た。
***
「ソラちゃん!?」
マックオートの前に現れたのは、ソラの帽子をかぶり、ソラの服を来た人物だった。
しかし、その虚ろな瞳は彼女のものとは思えない。
「・・・」
無言でマックオートに襲いかかった。
ソラは体を発光させてマックオートの胸ぐらを掴んだ。
「な・・・何を!?」
光は腕を通してアイスファルクスに乗り移った。
強引に突き放したマックオートは、ソラを殴って気絶させるために鞘に手を掛けるが、引き抜けない。
「封印魔法・・・!」
ソラは鞄を振り回し、力任せに殴りかかってきた。息を荒げ、歯を食いしばり、明らかな敵意を持っている。
マックオートはなんとか腕で防御するも、一振りされるたびに一歩後退するしかなかった。
このまま防ぎ続けるだけなら、、骨が砕けるのも時間の問題だろう。
(今だ!)
マックオートはソラが振りかぶった所を素早く反撃した。ソラは手の甲を叩かれ、反射的に鞄を離した。
落ちた鞄からは割れたランプが顔を出した。
しかしソラはひるまない。空いた手でマックオートに飛びかかった。その勢いで帽子が脱げ、羽毛で覆われた耳を晒した。
「くっ・・・」
マックオートは背中を床に打ち付けられ、息ができなくなった。ソラに首を絞められたのである。
なんとか振りほどこうとソラの腕をつかむも、びくともしない。
増悪に満たされたソラの顔が間近に迫った。
(だめだ・・・苦しい・・・)
目を閉じたマックオートに、今までの記憶が蘇ってきた。
酒場で美しい歌を聞いた。拒絶された。泥をさらった。襲われた。巨大パンジーと戦った。
記憶はさらに深い部分まで沈んでいく・・・
──昔、自分は泣き虫だった。
優しい母親はそんな自分をいつも抱き寄せてくれた。
その暖かさは、どんな言葉よりも自分を慰めてくれた。──
マックオートは手を離し、そのままソラの背中に回すと、抱きしめた。
体が自然に動いた。
「・・・!」
ソラの見開いた目から涙が溢れだした。
すると、荒い息は静まり、食いしばった歯はゆるみ、首を絞めた手は離れた。
そのまま目を閉じると、眠った。
「がはっ・・・けほ、げほ・・・はぁ・・・」
どうやら収まったようだ。
マックオートは体を起こし、ソラを抱いたまま壁にもたれかけると、やさしく頭をなでた。
アイスファルクスに乗り移っていた光は消えていた。
あの虚ろな瞳や、言葉を用いなくなる症状は、あくまで仮定だが理性を拒絶する呪いや洗脳の類のものだった。
しかし、それは対象が持っていたものを吐き出すことしかできず、増悪や怪力を植え付けられるわけではない。
となれば、ソラはあの憎しみや力を以前から持っていたということになる。
この子の過去に何があったのだろうか・・・?
マックオートはそんなことを考えながらソラの寝顔を眺めていると、ふと、自分はソラを抱いていることに気がついた。
急に心臓の鼓動が聞こえてくる。抱く腕に少しだけ力を入れてしまう。な、なんだ、このドキドキは・・・
その時である!
「黒髪の男……お主は敵か? 味方か?」
驚いて振り向くと、紫のローブをまとった少年がいた。
しかし、その言動や身のこなしは少年とは思えないほどに研ぎ澄まされていた。名前はウォレスだという。
どうやら、牢屋の中で干からびている死体に用があるらしいが・・・
マックオートに牢屋をこじ開けられる力があることを前提に『こっちによこしてくれ』と言った。
貴重な情報源なので、ゾンビ化させて喋らせるのだという。
ウォレスからは危険な雰囲気が流れていいたが、「『ヘレン教ってこんなのばっかりなのか――』とは思わんでくれよ」という、
思考を先読みされたような台詞を聞いて確定した。この少年は危険だ。
マックオートはソラをを壁にもたれさせると、アイスファルクスを引き抜き、牢屋に殴りかかった。
”打ち切る”それはただの振り下ろしだが、あらゆる防具・装甲を貫通する威力を持つ剣技である。
ガキィン!
鍵を壊し、扉を開けた。
「うむ、ごくろう」
ウォレスは牢屋に入ると、死体の前でかがんで手をかざした。
(もう帰っていいですか・・・?)
思考を先読みされたマックオートはテレパシーを送信しようと試みた。
どうやら、ソラの凶行はハスという公騎士のしわざらしい。
他にも、f予算・救済計画などの情報をしゃべっていたが、マックオートはそれが何なのかは全くわからなかった。
それにしてもこの少年・・・公衆浴場でダザが言っていた『紫のローブの少年』なのだろうか?
ジーニアスに関しての事も聞きたいが、今はソラのことが最優先だ。
「ソラ、大丈夫?」
「大丈夫、寝ているだけみたい。」
「その子は礼拝堂のステンドグラスを磨いておったな。好きかもしれん」
背中で語るウォレス。興味を持ったマックオートはソラを抱きかかえてソフィアと共に礼拝堂に向かった。
***
あちこちに血痕が残っている。ここでも戦いが起こったようだ。
ソラが目覚めたら真っ先にステンドグラスが見えるよう、向きをかえて抱きなおした。
色硝子で描かれたモザイク画に映しだされた”ヘレン”の姿は気高く、凛とした顔つきをしているが、
どこか優しい表情でもある。弱きを助け、悪しきをくじく。強さ、優しさ・・・
確かにこれは誰もが憧れる存在であり、誰もがなりたいと願ってもかなわなかった人物像だ。
「きれいですね・・・」ソフィアは見とれていた。
しかし漠然と思うものもある。
ヘレン教が黒髪を嫌うのは、かつて黒髪に迫害されたからだ。
つまり、ヘレン教徒が黒髪を嫌っているからといって、ヘレンもそうとは言えないのだ。
今ここにヘレンが来たら、黒髪も受け入れるのだろうか?
もしそうなら、それを見たヘレン教徒はどのような反応をするのだろうか?
「マックオートさん・・・?」
ふと顔を向けると、ソラが心配そうな目でマックオートを見ていた。どうやら今まで険しい顔をしていたらしい。
「目が覚めた?」
マックオートは今までの表情をかき消すように答えると、帽子と鞄をソラに渡した。
ソラは鞄の中にある割れたランプを残念そうに見つめていた。お気に入りのものだったようだ。
これは悪いことをした。何か代わりにできないかと考えたマックオートは呪い辞典を手に取ると、白紙のページをやぶり、折り始めた。
ソラとソフィアはマックオートの手元に注目した。
紙は折られることで奥行きを手に入れ、最後は鳥の形になった。
「はい、鶴。君にあげるよ」
「わぁ・・・ありがとう」
「両親が鍛冶屋でね・・・手先が器用なんだ。」
追憶剣・・・首絞めの時の走馬灯・・・鍛冶屋だった両親・・・今日は昔を思い出す機会が多い。
今まで自分の中で押し殺してきたあの頃の記憶が溢れてくる。
「ちょっと、昔の話をしてもいいかな?」
マックオートはソラの手に持たせた折り鶴を眺めながら次のように語った。
「ヘレン教会特編レイディオ体操ぉ!!」
ヘレン教会の朝が始まった。子供から老人までの幅広い人達が体操する中、マックオートも混じっていた。
メビエリアラはまた眠りにつき、証言が得られないままになったからである。
まさか教会で泊まることになるとは思っていなかったが、財布は力尽きて宿代も払えない状態だったので
むしろ好都合だった。
その後、食堂で孤児たちと朝食をとった。
黒髪が見えないようにと、口元しか見えない兜をかぶることになったマックオートは”テッカメン”の愛称で人気だった。
「はい、犬。もふっ、もふもふ!」
「わーすごーい!」
中庭で木材を彫ってクエストされた動物などの彫刻を作ったりもした。荒い作りではあるが、子供たちは受け入れてくれた。
***
「ここの片付けもこれくらいでいいかな?」
「どうもありがとうございます・・・」
シスターは黒髪に手伝いをされるのを嫌がっていたが、昨日の戦いの後片付けはマックオートも手伝った。
やることを終わらせて、一人でのんびりしようと廊下を歩くいているとあの子と鉢合わせした。
「やぁ」
「あ、マックオートさん・・・」
「マックでいいよ」
教会は事件のほとぼりが冷めるまではソラを護ってくれるそうだ。
彼女の過去は壮絶なものだった。しかし、自分を騙し続けることをせず、現実に正面から立ち向かおうとする姿には
本物の強さがあった。それに比べて、情けないだけの自分の過去の話はまた今度にしておくことにした。
「チェスでもやらない?今回はシシリアン・ディフェンスは封印するよ」
ヘレン教会には場違いな、黒髪人種の奇妙な生活があった。
「ソラちゃんが見つからない!?」
手のあいているシスターで探したが、成果はあがらなかった。
チェスに誘った際、『やることがあるから』といって断ったソラを最後に、その姿を見た者は誰も居なかった。
「そ、そんな・・・事件のほとぼりが冷めるまで護ってくれるって言ったじゃないですか!!」
「私に怒っても仕方ないだろう!」
怒りながらシャスタに泣きつくも、ソラがいなくなったことで動揺しているのはマックオートだけではない。
しかし、ソラという存在はマックオートにとって大きなものだった。
ステンドグラスの前に立ったソラは、まさに太陽だった。
リリオットを輝かせたいという決心は、自分の剣の呪いを解くという自分主義な目的で旅を続けるマックオートの心を
大きく揺り動かしていた。
「お願いです!外出許可をください!」
「いや、それはできない。メビエリアラ様の証言を聞かねば。」
「しかし・・・」
「黒髪が泊まっているのは妙だと思っていたが、そういうことか。」
気がつくとウォレスが立っていた。
「メビは黒髪に助けられたと言っておった。おそらくこやつじゃろう。」
「ふむ・・・」
「許可してくれるんですか!?」
「しかし、お主はなぜそこまでしてソラを探そうとするんじゃ?
今から飛び出したとて、探すアテもないのだろう?」
ソラを探す理由・・・それは剣の呪いを解く理由よりも、雄弁に語れる言葉があった。
「・・・これは傲慢かもしれないし、自己中心だからかもしれない。
しかし、俺に、人のために何かできることがあるのなら、ソラのためにやりたい。
俺は今までこの剣の呪いを解くため、自分のために旅をしてきた。でもソラは違う。
ソラはリリオットのためを思っている。だから俺はソラのためを思いたい。」
マックオートは自分で何を言っているのかわからなくなってきた。もはや正直にこの言葉を使うしかない。
「好きなんだ!ソラのことが!!」
兜で顔は見えないが、マックオートの表情は容易に想像できた。
「・・・暖かいですね」
「メ、メビエリアラ様!」
しばらくの沈黙をメビエリアラがやぶり、部屋に入った。
あれだけえぐった目も治り、襲いかかってきたあの時と同じ姿をしていた。
「もし差し支えないのでしたら、私に剣のことを話していただけませんか?」
メビエリアラは語りの質ではなく、語り手の思いを評価したようだ。
ソラは今、教会にいない。それだけだ。
だから、こうやって混乱してさわいだことは恥になってくれればいい。
ソラが普通に帰ってきてくれればそうなるから。マックオートはそう願う。
マックオートは深呼吸をすると、アイスファルクスを引き抜き、刀身を眺めながら次のように語った。
「この剣は溶けない氷でできている。本来は加工できないこの素材を剣の形にできるのは、俺の両親だけだった。
俺の両親は有名な鍛冶屋だった。しかし、他の鍛冶屋に妬まれ、傭兵にけしかけられて死んだ。
両親はこの剣を俺にたくしたんだ・・・」
地面と平行に傾けたアイスファルクスはしんしんと周りの空気を冷やしている。
「この剣も、その時の傭兵によって呪いをかけられた。
俺は家族を守ることができなかった・・・この剣さえも・・・
だから、せめてこの剣の呪いだけでも解きたい。両親の形見だから・・・」
自分のことを話すことで剣の呪いを解く理由が分かった。今ジーニアスに会うことができれば胸を張って言えるだろう。
だが、もうどうでもよかった。
「・・・しかし、呪いを解いても両親は生き返らない。」
マックオートは顔をあげた。公衆浴場の時のような不安は無かった。
「でも、ソラは探せば戻ってくるかもしれない!
お願いします!私に、外出許可をください!」
その後のメビエリアラの証言により、無実が認められたマックオートは飛び出すように教会を出た。
血がついた服も洗濯して返してもらえ、これといった害を受けることはなかった。
しかしメビエリアラの目は襲ってきた時と同じものだった。本来は黒髪に敵対する勢力。もう戻ることもないだろう。
メインストリートまで駆け抜けたマックオートはかぶりっぱなしだった兜を取り、辺りを見回した。
見える景色はいつもの人ごみと行き交う馬車。当たり前だが、ソラは見つからない。
もしも騎士団に捕まっていたら・・・嫌な不安は拭えない。焦りばかりが先回りする。
「ちょっとそこのお兄さん!」
焦るマックオートを呼び戻したのは露天のおばさんだった。リリオット名物お菓子を売っているらしいが・・・
「何があったがしらんけど、何か食って落ち着いたら?」
「あぁ、そうだね・・・じゃあ、この”ピーチ味チロリン棒”をひとつ買うよ」
「ピーチ味?お子様だねぇー!」
笑われつつも代金を払おうと財布に手を入れた。そういえば今は食事一回分程度しか持ち合わせていない。
チロリン棒をかじると、気分もいくらか落ち着いた。
とりあえず、ソラはいない。無事かどうかもわからないだけで、惨劇が確定しているわけでもない。
そして、今は金もない。
ソラを見つける方法は不明、しかし金を集める方法はいくらかある。
マックオートはソラの無事を願いつつクエスト仲介所に向かった。
運か不運か、ひょんなことから教会の動乱に巻き込まれたマックオート。
しかし、そこでは剣の呪いを解く理由と、それすら無価値に思えるほどに価値のあるものを見つけたのであった!
ででん!
日銭を得て宿に泊まる生活に戻る中、裏では巨大な陰謀が渦巻いていた・・・
でででん!
愛する人には会えるのか?友の義足の秘密とは?リリオットは無事なのか!?
黒髪マックオートの心は何色か?
ででででん!
次回、最終章『戦いの果て』
時計男が物語を教える・・・
マックオートが引き受けたクエストは路地裏に巣食う害虫の駆除だった。
駆除用の粉が入った袋を受け取り、地図で確認したマックオートは路地裏に向かった。
黒髪に回ってくるクエストはいつもこのようなものばかりだったが、それでも数をこなせば一日を過ごす金は手に入った。
***
「あぁ、こいつらか」
目的地にて、害虫と思わしき虫の巣を見つけたマックオートは粉をふりかける。
最初は何が降ってきたのかわからない害虫たちだったが、1匹、また1匹と死んでいくのを見てあせりだし、
せわしなく動き出すも、最後は全滅した。
証拠として羊皮紙に情景を写し終わり、あとは戻って報酬を得るだけ・・・だったが、なにやら音が聞こえてくる。
ガツン・・・ガツン・・・鈍い音だ。嫌な予感がしたマックオートは音の出処へ走った。
そこにいたのは何人かの倒れた黒髪と、不気味な笑い声をあげるダザだった。
「何やってんだよ!ダザ!」
「”さん”をつけろよ黒髪野郎!!」
呼びかけに気づいたダザはこちらを見ると、なんのためらいもなくブラシを振りかざす。
ガキン!
マックオートはなんとかアイスファルクスで打ち合うも、ブラシはびくともしない。
どうやら、鉄か何かでできているようだ。公衆浴場で脅しに使ったのも納得できる。
ダザは続けて義足による蹴り技を繰り出す。絶え間なく放たれる重量級の攻撃に、マックオートは防戦一方だった。
蹴りが飛んでくるたびにアイスファルクスにかかる負担が増えていた。よく見ると、義足からは煙があがっている。
このまま力が強くなれば、対応できなくなるのも時間の問題だ。
ならば逃げ出そうか?いや、この状態から背中を向ければ即死だろう。
「死ね!死ねぇー!」
作戦を考える間も蹴りの力は強くなる。低い姿勢で受け止めなければ跳ね飛ばされるほどだ。
(跳ね飛ばされる・・・?そうか!)
秘策をひらめいたマックオートは大きく後ろに下がり、ニヒルな笑を浮かべながら手をパタパタと動かした。挑発だ。
「てめぇ!ふざけてんのか!」
ダザは今までにない力を義足に込めた。チャンスだ。
マックオートはアイスファルクスを構えて蹴りを受けると、全身をバネにしてそのまま跳ね飛ばされた。
「あばべぇぇぇぇ!」
相手の攻撃の勢いを利用し、素早い撤退を可能にした完璧な作戦だ。着地方法を考えていない点をのぞけば・・・
マックオートはそのまま吹き飛ばされていった。
「次会ったら絶対殺してやるからなぁ!!」
その捨て台詞は”きっと彼も何か嫌な事があったのだろう”では済まされないレベルの叫び声だった。
幸いにもゴミ溜めの山に激突して柔らかく着地できたマックオートは次に両足を使って逃げ出した。
ソラの安否の確認と、剣の解呪。やることがあるマックオートはそう簡単に死ぬことはできない。
そのまま仲介所まで逃げ込み、報酬を受け取った。泥人間にゴミ人間、仲介所に来るたびにおかしな格好をする姿は
もはや名物なのか、『おお、今日はゴミ男か』と関心する者までいる。
その後、雑用クエストをいくつかこなしたマックオートは公衆浴場へ向かった。
***
ここはダザと腹をわって話をした所だ。
害虫駆除の時、黒髪が倒れていたり、自分に対して”黒髪野郎”と呼んだのを考えると、黒髪狩りをしているのは間違いない。
しかし、よそ者嫌いのダザがなぜ黒髪嫌いに変わったのか、そもそも本当にダザなのか。
手がかりがない。このまま考えてものぼせるだけだろう。
マックオートは風呂からあがると、預けていたいつもの服とゴミまみれの服を交換してもらい、宿へ向かった。
***
翌日は食堂「ラペコーナ」で食事を取ることにした。
頼んだラザニアを食べながらふと物思いにふける。もし、このテーブルの対面する席にソラがいて、
ちょっとした事を話してお互いで笑いあえたら・・・
やはり、ソラを自分の所有物にしたいのか?マックオートは思い悩んだ。
「お客さ〜ん?恋でもしましたか?」
ワッと顔を向けた先には店員のマーヤさんがいた。そういえば、ソーダ水のおかわりのために店員を呼んでいた所だった。
「え、あぁ・・・まぁね・・・最近会えてないんだ。」
思わず照れるマックオートを見てマーヤは笑っていた。その時!
「そういえばここの店員に黒髪がいたっけな」
マックオートの顔はひきつった。奴だ、奴が来たんだ。
「お、マックじゃん!久しぶりだな!」
下品にラペコーナの扉を開けてダザがやってきた。
黒髪を殺しにきたのは目を見れば一瞬でわかったが、襲いかかるそぶりはない。
確かに、昼間から客が大勢いる店の中で暴れだしたらそこで終わりかもしれないが・・・
”最近は黒髪が襲われるから気をつけて”と伝えたダザは弁当を買って店を出ていった。
「おい、知ってるか?犯人はセブンハウス系列らしいぞ?」
「いや、黒髪嫌いといえばヘレン教だ。あいつらに違いない。」
ダザの言葉をきっかけに噂話がそこかしこで始まった。
マックオートは犯人を知っているが、話した所で噂のひとつにしかならない。
「ブラシで殴られると、人は死にます・・・気をつけて・・・」
マックオートはマーヤにそう耳打ちした。何かできることはないかと思ったからである。
しかし、マーヤは逆に怯えてしまったようだ。
「そ・・・そういえば最近この店、恋焦がれる人たちが集まるようになったのよ。
リソースガードの男女とか、金髪の子もあなたみたいな顔していたわ。」
マーヤは他愛もない話題に切り替えようとしたが、気になるワードがあった。金髪の子・・・
もしもソラのことなら、ソラは無事かもしれない。マックオートは表情を変え、少し身を乗り出した。
「その金髪の子って、羽毛みたいな耳をしたそれはそれはかわいくて魅力的て素敵な子ですか!?」
「え・・・ええ、そうね、羽毛だったわ、羽毛」
「いつ頃来ましたか?」
「昨日は肉料理とパスタ料理を食べてたわね・・・あとは今日の朝も来たわよ」
こういう店において、店員が客のことを話すのは禁止だとは思うが、マックオートの顔が脅しの顔に見えたのか、
マーヤは素直に話してくれた。
ソラは無事だ!少なくとも朝までは無事だった!その事実はマックオートの身体能力を極限まで高めた。
「あぁ、ありがとうございます!」
マックオートはマーヤの手を掴んで握手すると、急いで店を出た。店からは声が聞こえる。
「お客さ〜ん!お会計!」
これはしまったと急いで店に戻ると、硬貨をいくつか取り出した。
「急いでるんで、お釣りはいりません!」
店を出ると、また声が聞こえた。
「足りません!」
これはまたしまったとさらに急いで店に戻り、正しく会計を済ませたマックオートは走った。
「すみません、羽毛で覆われた耳の金髪の女の子を見かけませんでしたか?」
「ふーむ、羽毛の耳の子か・・・
そういえば急いだ様子で南に向かったのを見たな。
まさか、ダウトフォレストに行ったわけではないとは思うが・・・」
「ダウトフォレスト?」
「”第二次ダウトフォレスト攻略作戦”という大規模クエストがあってな。
多くの死者、行方不明者を出している。森にいった友人を探しにいく者が後を絶たない。」
「そうですか、ありがとうございます」
クエスト仲介所の警備公騎士に礼を行ったマックオートはダウトフォレストに行くことにした。
「犠牲になった人たちは欲に目が眩んだをだけで、善良な人たちだよ。きっと・・・」
「まったくお前はいつもおめでたいな」
後ろから聞こえてくる公騎士の会話を聞いて、彼らにも守りたいものがあるのだろうと思った。
もちろんマックオートにも守りたいものはある。しかし、守れなかったものも多かった。
***
ダウトフォレストに入ってすぐ、担架を運ぶ人影を見た。一人は黒髪の少女で、もう一人は見覚えのある人影だ。
「ソラちゃん!」
「マックさん!?」
「あぁ、良かった無事で!急にいなくなって、濡れ衣で捕まったんじゃなかったと心配で心配で・・・」
一度は安心したマックオートだったが、担架で運ばれている人を見て、その安心も消え失せた。
「ソ・・・ソフィアちゃん・・・?まさか、ダウトフォレストで・・・」
「怪我をしたわけじゃないみたい。だけど・・・」
ソラはどうも安心しきれていないようだった。
「エーデルワイスに封じ込まれれたヘレンの記憶がソフィアの記憶を押し流したって、エルフが言っていたわね・・・」
ヘレンは実在する人物?エルフ?黒髪の少女はにわかに信じられないことを言ったが、それが本当のことだとわかったのはすぐだった。
マックオートの気配に感づいたのか、ソフィアが目を開いた。
「ソフィアちゃん、大丈夫?」
マックオートの問いかけに対し、ソフィアは首をかしげるだけだった。
「あなた は だれ ?」
その言葉を聞き、ソフィアの身に起きたことを知ったマックオートは鳥肌がたった。
「マックオートだよ、聞き覚えない?ソフィアちゃん・・・」
ソフィアは首を横に振った。
「わたし ってだれ?」
それを聞いたマックオートはソフィアの手を優しく握って答えた。
「君はソフィアちゃんだよ。とっても素敵な女の子だ。」
しかし、ソフィアは首をかしげるだけだった。マックオートの目から涙がこぼれた。
ソラも、ソフィアがこうなったのを今知ったようだ。
人の死とは何によって定義されるのか。
マックオートはそのような哲学に詳しいわけではない。しかし、目の前のソフィアが”ここにはいない”と感じ、
”君はソフィアだ”と断言しても自分でそれが納得できなかった。
その悲しみは涙となって現れた。
黒髪の少女はえぬえむと名乗った。
ソフィアを宿まで運ぶ道すがら、ダウトフォレストの事や泥水が襲撃にあったことを聞いた。
そういえば、レストの偽物探しも何も手をつけられていないと思ったマックオートだった。
***
日も暮れて、宿の部屋をひとつ借りた。周りは女の子ばかりだが、マックオートの就寝は別の部屋があるという。
「せいれい。せいれいが いっぱい とんでる」
ソフィアは言葉を忘れたわけではないようだが、記憶や人格は消えた様子だった。
紙を折って鶴を作ってみせても、何も反応しない。むしろえぬえむが驚いていた。
「……そうあたかもそれは神霊よりも遥かに絶大なひとつの精霊であるかのように街は呼吸し鼓動し活動し続ける」
「……ソフィアちゃん?」
マックオートは急に口調を変えたソフィアに驚いた。まだ彼女は安定していないらしい。
「そうだ、えぬえむちゃんには話しておかないと」
「私に?」
不意にえぬえむの黒髪が見えたマックオートは昨日のダザを思い出した。
「今、この街に黒髪ばかり狙って殺してる奴がいる。ブラシを持った、義足の男だ。えぬえむちゃんも気を付けるんだ」
夜も遅い。ダザが黒髪殺しをするなら今が一番のチャンスだろう。
「黒髪狙い、ってことは犯人はヘレン教徒なの?」
「そんな!」
ソラが辛そうな顔をして叫んだ。
「いや、彼とは互いの名前を知っている仲だけど、彼はヘレン教とは接点がないと思う。彼は清掃員で・・・」
「あっち だね」
会話を遮ってソフィアが話した。ふとみると、両手にエーデルワイスともうひとつ、黒い剣を持っている。
「って、ちょっと、ソフィアさん?!」
ソラが呼び止めようとしたが、ソフィアは構わずに走りだした。えぬえむはとっさに後を追いかけていく。
マックオートはソラの目を見た。彼女も追いかけるつもりのようだ。当然、マックオートもそのつもりだ。
***
「……情報の収集、変換、放出。エーデルワイスとマルグレーテ。これらを情報干渉用端末として。流用」
ソラとマックオートが追いついた頃には、ソフィアとえぬえむはダザを見つけていた。
ソフィアを追う最中、ソラはマックオートに自分がリソースガードになったことを告げた。
直後、ソラは体に無理をさせていたらしく、咳き込んでかべにもたれかかってしまった。
「ごめんなさい、ちょっと無理し続けちゃったみたい……。少し休めば大丈夫だから、マックさんは先に追ってください」
「いいや駄目だ。こんな所で女の子を見捨てるなんて、俺には出来ないな」
「うわわ、きゃ!」
マックオートはソラを抱きかかえ、ソラに道を聞きながらソフィアを追いかけた。
***
「この男の肉体は傀儡。意思の本体は義足内の精霊。この意思の活動能力を喪失させる手段。義足の封印または切除」
追いついた頃には、ソフィアとダザが交戦状態だった。
いつのまにか髪が金色に変わっていたソフィアは、二人の到着に気が付き、後退していく。
「おう、マック!次会ったら殺してやると言ったな!」
「黒髪殺しはもう終わりだ、ダザ!」
「”さん”をつけろっつっただろ!!」
マックオートはソラを下ろすと、アイスファルクスを抜刀した。
振り下ろされる鋼鉄ブラシに、あわせるようにアイスファルクスが動く。
えぬえむは横から剣で斬りかかるが、義足によって防がれた。
2体1の状況だったが、ダザは余裕の笑みを見せた。
「えぬえむ、ダザの義足が温まるまえに決着をつけるんだ!」
「残念だが、遅いんでね!」
ダザが燃え盛る義足で蹴りかかる。マックオートは防ごうとするが、段違いの力になった蹴りを受け止めきれなかった。
大きく弾かれ、何歩も後退してしまう。
「くっ・・・!」
「この魂の高揚感!これこそがヘレンだ!」
左手を握りしめ、雄叫びをあげるダザ。勝利を確信して周りを見渡すと、咳き込みながらも体を光らせるソラがいた。
「おじょーさん、具合が悪いようだねぇ。すぐに楽にしてやるよ!」
獲物を見つけたダザは義足で地面を蹴り、ソラに飛びかかる。
「やめろ!」
マックオートが叫んだ時には体も動いていた。ソラの前に立ちはだかり、振り下ろしたブラシを受け止めた。
「ヒュー、若いねぇ!」
ダザはがら空きのマックオートの腹に義足をぶつけた。
「がはっ・・・」
マックオートに全身に焼けるような激痛が走った。しかし、後ろにはソラがいる。
膝を地につけるも、アイスファルクスを杖に倒れまいと持ちこたえた。
しかし、次の義足蹴りには耐えられなかった。
「死ね!ウジ虫!」
すくい上げるような蹴りに、マックオートの体は真上に浮いた。
(どうすればいい・・・どうすればダザを止められる・・・?
どうすればソラを守れるんだ・・・?教えてくれ・・・)
マックオートは地に落ちた。立ち上がる力は無かった。
「俺は死んだのか?」
マックオートは泥水で見た光の幻の中にいた。
「いや・・・まだお前は生きている。時ではないからな。」
ジーニアスは続けて言葉を送った。
「”会いたくば強く望め”と言ったな。何が聞きたい?」
「・・・あなたはそれさえも知っているのでは?」
「ははは・・・確かにそうだ。しかし、それではコミュニケーションにならない。
ダザの義足は切り離された。ソラは倒れたが、命は無事だ。」
「そうですか・・・それは良かった。」
マックオートの目の前はただ光が満ちているだけだったが、その光が改めてかしこまったようにも見えた。
「さて、今度は私が聞こう。なぜソラを護った?」
「それは・・・体が勝手に・・・」
「いや、君は知っているはずだ。」
長い沈黙があった。ジーニアスはマックオートの心を開くようにうながす。
「ソラは弱く、情けない存在だから仕方なかったといった所か?」
「そんなことはない!」
マックオートは叫んだ。
「ソラは・・・」
ここまでか。小さな溜息をついて、マックオートは言葉を続けた。
「好きなんだよ、ソラの事が・・・」
それはやわらかな光だった。
「良い答えだ。あの時と似ているとは思わないか?」
「あの時?」
「君が剣を背負った日の事だ。両親はなぜお前のために犠牲になったと思う?」
マックオートは”自分が弱かったからだ”と答えようとしたが、意図を理解した。もう一度、小さな溜息をついた。
「本当は分かっていたはずだ。君の両親は君を愛していた。命さえ惜しまないほどに。
しかし君は、自分のせいで両親を死なせた事にしなければ生きる意味を失うと感じていた。
君が背負った剣の呪い・・・いや、君が背負った呪いは、君が望む時に解ける。
両親の死を負い目に生きるのをやめようと望めば・・・」
「・・・そうだな」
マックオートが答えると、手に持っていたアイスファルクスに無数の筋が入り、砕け散った。
その破片は種のようになり、花が咲くような光を発していた。喪失感よりも、開放感が満ちていた。
「さぁ、これからどうしたい?」
「ソラを護りたい。そして、ソラが願うようにリリオットが輝く事を願いたい!」
恥ずかしいセリフだが、全てを知っている相手に話すのは簡単だった。
「良い答えだ。・・・実はな、私が君をこの街に導いたのだ。」
「?」
「今、深い闇がリリオットを包もうとしている。
私は、その闇を打ち破る大勇士を方々から集めた。君もその一人だ。」
「それは一体・・・?俺が大勇士・・・?」
「さぁ、行け!」
突然、マックオートの体が揺れる。
「な、なんだ!?」
「行け!」
***
マックオートが目を覚ますと、大男に抱えられていた。揺られるたびに剣の鞘からジャリジャリと音が聞こえる。
今のは夢だったのだろうか?
『新たな剣は用意した。時が来たらまた導こう』
そんな言葉が頭をよぎると、マックオートはまどろんだ。
マックオートが再び目を覚ますと、宿の大部屋にいた。
ソフィアとえぬえむは見当たらないが、隣にはダザとソラが寝ている。確かにジーニアスの言っていた通り、ダザの義足は切断されていた。
ソラは・・・ひどい熱があるようだ。
ふと、背中に違和感を覚えたマックオートはアイスファルクスを引き抜こうとするも、刃がなかった。
もしやと思い鞘の中をのぞくと、砕けた刃の破片が詰まっていた。これも、あの時夢で見たものと同じだ。
マックオートは氷の破片をいくつか取り出し、外したバンダナでくるむと、ソラの額に乗せておいた。
さて、ここまでが言う通りなら”新たな剣は用意した”というのも本当なのだろうか?
鞘を前に考えていると、えぬえむが金髪の女性を連れて帰ってきた。
彼女の名前はリューシャ。凍剣造りの鍛冶屋だという。
そうか!これか!と思ったマックオートはリューシャが帯剣していた凍剣”シャンタール”を欲しがった。
そのためには昔話や夢の話だってした。しかし、ダメだった。
だがリューシャは、そこでふと柔らかな息をついた。
「あなたが望むなら、この剣を。アイスファルクスを、剣の形に打ちなおしてあげる」
(もう一度打ち直されたアイスファルクスが約束の剣?)
そう考えたマックオートの頭に、不意に言葉が流れる。
『約束の剣はシャンタールでもアイスファルクスでもない。見よ、鞘がある。』
「さ、鞘ってありますか・・・?」
マックオートの突然の質問にリューシャは首をかしげたが、一方を指さした。そこには鞘だけが立てかけられていた、
『その鞘を取り、砕けた破片を集め、剣と共にしまえ』
立てかけられていた鞘に近づき、手にとった。リューシャはなにも言わないが、不思議そうな顔をしていた。
マックオートは、自分はなにをバカな事を、と思っていた。この声はただの空想ではないのかと。
しかし、心を強く動かしているのもまた事実だった。
床に散らばった破片を集め、ソラを冷やしている破片も集めた。刃の砕けたアイスファルクスは、不思議と鞘に収まった。
『剣は欲しいか・・・?』
(欲しいです!)
『ならば引き抜け!お前の願った通りになれ!その剣は、鷲のように新しくなる!』
それを合図に引き抜くと、白い光を発する両刃の剣がそこにあった。
『必要は全て満たした。よろしく頼む。』
感動なのか、怪奇現象に思考が追いつかないのか、マックオートは一筋の涙を流した。
「・・・もう俺は背負わなくていい。」
そうつぶやくと、マックオート剣をしまい、鞘についていたベルトを腰に巻きつけた。
--
ステータス変化
スキル:
・光の剣/19/24/10 炎熱 :両刃の剣。世界が闇に包まれると、この剣が持つ僅かな光でさえも輝く。
・貫く/15/0/9 防御無視 炎熱 :闇を打ち砕く一筋の光。
・パンチ/5/0/1 :その破壊力は想いでできている。
プラン:
01:相手が何も構えていないなら「パンチ」。
02.相手のスキルの攻撃力が0なら「パンチ」。
03.相手のスキルが回復でないかつ、ウェイトが9以上かつ、攻撃力が自分のHPより下かつ、相手のHPが{15×(100+経過カウント)÷100 (端数切捨て)}以下なら「貫く」。
04.相手のスキルのウェイトが10以上かつ、相手のHPが{15×(100+経過カウント)÷100 (端数切捨て)}以下なら「貫く」。
05:相手のスキルが回復もしくは防御無視かつ、ウェイトが10以上かつ、{19×(100+経過カウント)÷100 (端数切捨て)}÷10(端数切捨て)が5以上なら「光の剣」。
06:相手のスキルが防御無視か回復なら「パンチ」。
07:相手のスキルの防御力が0かつ、ウェイトが2以上なら「パンチ」。
08:相手のスキルの攻撃力が24以下かつウェイトが10以上19以下なら「パンチ」。
09:相手のスキルのウェイトが10以上なら「貫く」。
10:さもなくば「光の剣」。
(ヘレンとは、一体・・・?)
『ヘレンとは、偶像だ。』
(偶像?実在するんじゃ・・・)
『確かにヘレンという名の戦いに果てたエルフはいた。
しかし、人々が思い描くヘレンは偶像だ。』
『あるものは戦いに明け暮れるためにヘレンを掲げ、
あるものは人々の輪の中に入るためにヘレンを掲げる。
ヘレンの名を掲げた者の数だけ、自分に都合の良い、勝手なヘレンが存在する。
ヘレンの名さえ掲げれば、何をやっても自由だ。黒髪を殺し歩くのもな。』
(そんな・・・)
『”自分のために”と言いたくないなら、”ヘレンのために”と言えばいい。
全くおかしな話だ。しかし、これがおかしいと気がつきたい者はそう多くない。
たとえ世界に朝日が注いでも、人々の心は常闇が支配しているのだ。』
***
マックオートは新たな剣を手に入れた後、リューシャに提案された通りにダザとソラを別々の静かな部屋に運んだ。
リューシャは凍剣のような冷たい眼差しだったが、病人を心配したり、ソラのために雪をつくってくれたりと、
現実的かつ効果的な行動だった。
その場のノリで動くマックオートとは真逆の存在。マックオートとリューシャは袂を分かつようにそれぞれの部屋に戻った。
マックオートはソラの看病に名乗りでた。ソラは熱で顔が火照っている。
マックオートもソラと二人きりになって顔が赤くなったが、そんなジョークを言える状況ではない。
さっそくリューシャが作りおきしてくれた雪をバンダナでくるんでソラの額に乗せた。
看病といっても、できる事はこれくらいだ。東の国では”紙の鶴を千羽つくって病を治す術”というものがあるらしいが、
今から千羽は到底無理だった。
「あぁ、あばらぼねぇ・・・」
包帯に巻かれた体の節々が痛む。別に肋骨だけ折れたわけではない。
リューシャが現実的判断と考えたが、もしかしたら違うかもしれない。いや、実際に運べたからには正解か・・・
そんな事を思いながら痛む体を抑えると、何かが当たった。取り出してみると、ピーチ味チロリン棒だった。
「そういえば、3本買って2本食べたんだっけ」
マックオートはソラの横にピーチ味チロリン棒を置いておいた。
しかし、これを食べたからといって体調が良くなるわけではないし、戦闘をくぐり抜けて形が崩れていない保証もない。
相変わらずの非現実的行動だった。
「ピーチ味だ!」
突然、ソラが飛び上がり、チロリン棒をかじりはじめた。チロリン棒はみるみるうちに姿を消していく。
「完・全・ふっかあーーつ!」
ソラはそのままベッドの上に立がり、決めポーズを取った。
「ソラちゃん、もう大丈夫なのか!?」
「マックさんのおかげですっかり良くなりました。それより今はマックさんの体の方が心配です」
いきなり回復したソラに驚く暇もなくマックオートはベッドに押し倒され、回復魔法によって癒された。
「ねえ、教えてください。私、マックさんのこともっと知りたいんです」
目の前にいるソラ。自分の上にのっかるソラ。胸のドキドキが止まらないマックオートは顔から湯気を吹いて気を失ってしまった。
「マックさん?マックさん!・・・」
***
マックオートが目を覚ますと、ソラが覗き込んでいることがわかった。
見えているソラの顔は90度ほど回転しており、後頭部にはベッドではない感触がある。
ズッキュゥゥゥゥーーーン!
マックオートの心のなかで、凄まじい兵器のような爆音がした。
「ひざまく・・・・!?いて!」
「きゃ!」
思わず起き上がったマックオートはソラと額をぶつけてしまう。膝枕だった。
「キングスインディアンアタック・・・ジオッコピアノ・・・クイーンサイドキャスリング・・・」
「?」
マックオートはチェス用語を意味不明につぶやいた。
***
「それで、そのゴーレムがなんで暴れていたかっていうと、ゴツゴツした体を丸めたかったらしいんだ。
だから、寝ている時にアイスファルクスで角を落として、無事解決。」
襲いかかるように迫ってくるソラが落ち着いた頃、マックオートは今までの旅の話をした。ソラは目を輝かせて聞いている。
「アイスファルクスは頑丈だった。刃こぼれしたことは一度もなかった。」
そういえば、あの時話そうとしていた昔話はしていない。とマックオートは改めて剣の話をした。
「・・・それで、今はこの剣。
なんだか恥ずかしいなぁ。俺は両親だけでずっと悩んでいたのに、ソラちゃんはもっと苦しい事にあって、
それでもこんなに輝いているんだ。」
ステンドグラスの前のソラを思い出し、マックオートは恥ずかしそうに頭をかいた。
「・・・・む・・・むぷぷ・・・・」
しかしソラは必死に笑いをこらえて震えていた。
その理由を聞いてみると、アイスファルクスが光の剣になった一部始終を見ていて、”背負わなくていい”が
ツボになっていたそうだ。
部屋にあったベッドはひとつだけだった。
マックオートはソラから二人でベッドを使わないかと提案されたが、あまりにも照れたために床で寝かせてくれと頼んだ。
ベッドの中で耳の羽をパタパタさせるソラを確認して、灯りを消した。
「ふぁー、雑魚寝さいこぅー・・・」(雑魚寝ではない)
翌朝、マックオートが目を覚ますとソラの姿は無かった。
ぼんやりと窓から日光浴をしていると、北の空が薄暗い闇に包まれていた。
「マックさんマックさん!これ行きませんか!」
不思議に思っているとソラに呼ばれ、振り返ると目の前がチラシだけになった。
「それよりも空が気になる……。あれを見てくれ」
マックオートは闇の方向を指さし、ソラが見ている間に受け取ったチラシを流し読みする。
”劇:アーチネカ”これはぜひともソラと一緒に見たいものだった。しかし、空に広がる闇に妙な胸騒ぎを感じる。
「ひとまず外の様子を見に行こう。これが始まるまでまだ時間はあるようだしな」
「うん、これは気にならない方がおかしいね」
チラシをソラに返した。
***
「ダメですよ!あの闇はどんな危険があるかわかりません!近づいちゃ!」
闇を目指す道すがら、仲介所にいた警備公騎士に声をかけられてしまった。しかし、使命を受けたからには行くしかない。
「いえ、俺たちは行きます!」
そう答えても行かせまいとする公騎士が突如表情を変えた。窓の割れる音、物が壊れる音、人々の叫び声が聞こえたのである。
「ぼ、暴動?まさかエフェクティブ!?」
向きを変えて騒ぎに駆けつけようとする隙に、マックオートとソラは闇に向かって走りだした。
「もう!生きて帰ってくださいよ!」
「あなたも!」
公騎士も暴動の鎮圧とマックオート達の制止の両方はできず、お互いに無事を約束した。
「あぁ私の愛したリリオット!どうか無事であってくれ!」
やはりこの公騎士にも守りたいものがあったようだ。
常に二人以上の班行動をすると聞いた公騎士が、彼一人だったからである。彼は規則よりもリリオットを優先していた。
***
闇の境目も害を受けずに通り抜けると、肉体系労働者と思わしき集団がスコップなどで武装していた。
「そこの二人、悪いがこの先は立ち入り禁止だ」
リーダー格と思われる一人が警告を出している。しかし、ソラは知り合いがいるらしく、その中の一人に尋ねていた。
「ちょっとお兄さん、これは何ですか」
「革命だァ!これは俺達の、長い間虐げられてきた市民の革命だァ!エフェクティヴの怒りを知れェ!」
残念ながら怒り狂っているらしく、労働者の一人がバールのよなものでソラに殴りかかった。ソラはかばんで防御するも、
バールのようなものは無情にもかばんを引き裂く。
こぼれた雑貨のひとつが地に落ちた時、マックオートは判断した。彼らは敵であると。
「女の子に手を出すなんて、それが男のやることか!」
マックオートは剣を抜いた。その刀身は淡い光で闇を照らしている。
「うおおおお!」
光に釣られるように襲いかかるエフェクティブの攻撃をことごとく打ち落とし、空いた腹に、頬に、背中に右ストレートをねじ込む。
このようにしてエフェクティブ達は一人残らず地に伏した。
「これからどうしましょう」
「ジーニアスが呼んでいる……!行くぞ!」
マックオートには先に見える鉱山から呼ぶ声が聞こえた。
鉱山レディオコーストの内部は、まるで意志を持って侵入者を拒むかのような複雑で殺意に満ちた地形だった。
マックオートとソラはランプの灯りを頼りに切り立った崖まで到達した。その先は細い足場になっている。
渡る途中、山全体が大きく振動する。マックオートはなんとか持ちこたえたが、振り向くとソラは闇に引きこまれていく。
「ソラちゃん!」
マックオートは手を伸ばした。しかし届かない。
(待ってくれ!行かないでくれソラ!俺はまだ君に想いを伝えていないんだ!俺は君のことが・・・)
「マックさんごめーん!後で必ず追いつきますからー!先に行っていてくださーい……」
迫り来る不安で頭がいっぱいになったマックオートはソラの声を聞いて自分を取り戻す。
ソラの声はどんどん遠ざかっていくが、とても冷静だった。なにか秘策があるのだろうか?
いや、秘策があると信じるしかない。ここで立ち止まるわけにはいかない。
マックオートはランプの代わりに剣を抜き、灯りにして先に進んだ。
***
奥深くまで進んでいくと、剣の光があってなお、5メートル先の岩肌すらみえない程の深い闇が広がっていた。
一方を指し続ける剣の光に導かれて歩いていると、マックオートの元に何かが近づいてくるのがわかった。
「・・・誰だ!」
近づいてくる足音に振り返り、剣を構える。鋭い刀身が目の前まで迫るのと同時に剣の光が一団を照らしだした。
「マックオート!?」
「リューシャちゃん、ソフィアちゃん!?えぬえむちゃんに、レストちゃんまで!」
顔なじみばかりだったが、知らない人も混じっている。
「え、えーと・・・黒い人は・・・」
「オシロです・・・」
「あぁ、なるほど。そちらの黒髪・・・いや、闇髪のお嬢さんは・・・」
「”女の子に乱暴する奴は生かしちゃおけねぇ”だっけ?かっこつけやがってな」
「分かったぞ!君は恐怖の巨大パンジー!」
「なんだその呼び名は!」
「私はリオネ。よろしく」
銀色の手足を持つ女性は自ら名乗った。
「マックさんも神霊を目当てにここまで?」
「神霊・・・?」
「は?こいつは何しにこんな所まで来たんだ?」
話を聞くと、闇の騒動は神霊とよばれる巨大な精霊が原因らしい。
「この剣の光が一方向を指し続けているんだ。もしかしたら神霊の場所まで導いてくれるかもしれない。」
残念ながらリューシャは街の暴動を止めるために引き返すという。
去っていくリューシャの影に隠れて見えなかった少女の名前はホーリーヴァイオレットというそうだ。
奇抜な衣装に見を包んでいるが、実に正義の味方らしく思える。
「危ない!」
突然オシロが叫ぶ。振り向くと、レストが体勢を崩していた。
オシロが伸ばした手をすりぬけ、闇にのまれていく。
「私が行きます!」
そう叫んで真っ先にレストを追ったのはホーリーヴァイオレットだった。
レストが消えた崖にロープ代わりの道具を降ろすリオネを後に一同はさらに奥に進んだ。
***
坑道を進み広い空間に出た瞬間、不意に矢や精霊弾が一同に襲いかかる。
なんとか坑道に引き返してやり過ごすと、照明を消した。えぬえむが言うには、
公騎士団とエフェクティブが神霊の取り合いのために設置した攻性防衛境界のたぐいだという。
「ヘレンさん?オシロ君?常闇・・・、ちゃん?皆、無事?」
照明を使えない状態に戻り、えぬえむは暗闇の中で点呼するが、ソフィアだけが答えた。
「オシロ?パンジー?」
「どうやらはぐれてしまったようね・・・」
無事が確認できたのはマックオート、えぬえむ、ソフィアの3人だけだった。
「とっぱ する」
ソフィアは自分を囮にえぬえむの連れの妖精砲で敵を殲滅する作戦を提案した。
エーデルワイスの光と共に闇に飛び込み、ほどなくして妖精が精霊のエネルギー光線を打ち込む。
轟音と共に敵の攻撃はやみ、先でソフィアが刺さった矢を引き抜きながら出迎えてくれた。
しかし、安心はできないようだ。
進路の先から爆発音や岩の崩れる音が聞こえてくる。
「何だ、今の音?」
「みちを ふさごうと してるのかも」
「じゃあ急がないと!」
広間を抜けて、先へと続く坑道へ。マックオートの剣が、道を指し示すように光り輝く。
3人はその光の先を目指し、駆けた。
***
剣の光が一層強くなる。見ると、神霊と思わしき巨大な精霊結晶が穴から吊るされていた。
剣の光が強くなったわけではなく、これ自体が巨大な光源になっていたのだ。
よくみると一箇所だけほくろのような影がある。いや、よく見ると・・・
「オシロ?」
影はこちらに気が付き、ふりむいた。
「パンジーはどこに?」
オシロは答えず、神霊に向き直した。
オシロは闇の塊のような姿から人間の肉体を取り戻した。
しかし、同時にエフェクティブから意志を受け継ぎ、マック達の叫びも届かず、敵意を向ける。
「つまりは、通りすがりに上っ面の犠牲だけを見て、
正義の使者気取りで、のこのことやって来たってわけか。
ソフィアさん、僕、あの時言いましたよね。膨大無限の『闇』を倒す唯一の方法。
その精神の発生源たる術者を殺す。それが最短にして不可避の手段だと。
やれるものなら、やってみて下さい。
僕は、ぬくぬくと自分だけが安全な場所にいて、人殺しを指示してきた先代とは、違う」
そう言って、オシロは宙を舞う人形と共に三人に襲いかかった。(すっぽんぽんで)
マックオートはでまかせで言った正義の味方っぽいセリフに後悔した。
「確かに、上っ面の正義を掲げても虚しいよな。なら正直に言おう。
俺は・・・ソラを守る。そして、ソラが愛したこの街を守る!それだけだ!」
八体の人形の一体が腕を振り回しながらマックオートに飛びかかる。
腹に一撃を食らいながらも、マックオートも右ストレートを人形の頬にねじ込んだ。
首から歪んだ顔にもう一発殴りかかろうとすると、別の黒い人形が間に分け入った。
殴れども殴れどもその体は傷ひとつつかず、むしろマックオートの拳から血が滲んできた。
殴るたびにソラの笑顔と、闇に包まれた街が交互に脳裏に写る。
「俺は・・・」
表情を変えずに拳を受け続ける人形に不気味さを感じるも、それを上回る感情があった。
手の感覚が薄れる中、ハッキリとした想いが一つだけ、叫べるほどに混じりけのない想いが一つだけ。
「ソラのことが・・・」
突如、背中から燃えたぎる剣を持った人形が襲いかかる。即座に振り向き、光の剣で受けた。
大きく弾かれたが、マックオートはひるまずに光の剣を振り上げる。
「好きなんだああああああああ!!」
重く振り下ろされた一撃は、炎の剣の人形をかばおうとした黒い人形ごと切り裂いた。
砕け落ちる人形の残骸を前に、荒い呼吸を整えながらマックオートは口を開く。
「俺は、俺のことを守りたいと想ってくれた両親に守られた。
だから俺も、守りたいと想った人を守る。」
その目は燃えていた。
ソフィアが神霊を腐らせ、3人の剣の一閃により神霊は跡形もなく消え去った。
空に広がる闇も、一瞬にして消えていく。
<ソラ:32まるごと引用>
その後、ソフィアが剣の力によって最後の命を燃やそうとしていた。
しかし、マックオートは死の印を受け、ソラの言う事なら数日で死に至る。
完全に失念していた。マックオートは恋心でふわふわしていたために、ソラの過去を完全に忘れていたのだ。
(俺はどうすればいいんだ・・・ジーニアス・・・?)
(ジーニアスなんてものがあると思うのか?)
ソフィアが握る剣から不意に声が聞こえてきた。
「その剣・・・触ってもいいかな?」
マックオートは答えを聞く前にマルグレーテと呼ばれる黒い剣を、半ば奪い取るように握った。
『いいか、ジーニアスなんてものは偶像だ。』
今度はハッキリと聞こえてくる。
『ダウトフォレストでソフィアがエルフと話をしてきたことは聞いただろう。
いいか、ジーニアスなんてものは、そのエルフ達が人間を頭の悪い種族のままにしておくためのトリック。
エルフがジーニアスのフリをして手のひらの上で踊らせていただけだ。』
(嘘だ・・・)
『まぁ、この時点で嘘か本当か見極めるのは無理な話だな。
この街の伝言板代わりにされている建物に願い事が書いてあるのを見たことはあるか?』
(願い事・・・?)
『その中の願い事をエリフが見、それをジーニアスの名目で叶えさせたらどうなる?』
(ジーニアスの存在が・・・しかし・・・)
『今のお前の状況を見ろ。闇を打ち砕き、街を救ったその姿はまさに・・・』
(英雄?)
『街を巡って伝言板を見て回れ。何を受け入れるかは、お前が決めろ。』
マックオートは駆けた。えぬえむやソフィアの声は届かなかった。
***
街のあちこちにある伝言板代わりにされた建物の壁を見て回る。
*ラペコーナいたずら要因募集中。興味の・・・・
*仲間急募!『f予算』に興味があって・・・
*お願いジーニアス!3/24は晴れにして!
*ジーニアス様、私の弟を病気から癒してください・・・
ジーニアス、ジーニアス・・・伝言と同じくらい、願い事も書かれている。
そしてついに見つけてしまった。
*男の子なら英雄に、女の子ならお姫様に
それはまぎれもなく両親の筆跡だった。かつての記憶が蘇ってくる。
─いいか?お前は立派な英雄になるんだぞ。父さんがそのためのいい剣を打ってやるからな─
まさか、まさか・・・
この街に導かれた奇跡、剣の奇跡、強大な敵を打ち倒した奇跡・・・
それは全て茶番だったのだ。
今までの自分は意志もなく、ただ好きなように動かされていた操り人形。気づかなければ幸せだったのかもしれない。
マックオートは両手を握りしめ、叫んだ。多くの人が振り返ったが、どうでもいい。
その後、ソラと見ると約束した劇を見ても、心を動かすものは何もなく、
リリオットを滅ぼすというウォレスの言葉も、それを確信させる偶像の行進を見ても心を動かすことはなく、
ただただ思いにふけっていた。
今の自分が、本当の自分が、何かできないか。
愛するソラのために何かできないか。
たとえ力がなくても、導きがなくても、奇跡がなくても、何か、と・・・
心は決まった。この先の結末は誰も用意していない。
悪くない、とマックオートは思った。
もしかしたら、後悔のどん底で死に至るかもしれない。
悪くない。
***
時計塔の中では、ソラが待っていてくれた。
ふと横を見ると、あの時の酒場の歌い手がいた。戸惑っている様子だ。矢を受けた仮面の男が倒れている。
ソラがマックオートを見ると、持っていた弓を向けた。
それに答えるようにマックオートも剣を抜いたが、捨てた。
「なんのつもり?」
答えず、マックオートは3歩ほど近づいた。
「俺は、自分が正しいと思っていた。
自分の考えで善や悪、敵や味方を判断していた。でも、その考えが間違っていたんだ。
本当の俺は身勝手で、傲慢で、自己中心だ。」
矢が放たれた。矢はマックオートの腹に突き刺さり、あばら骨を砕いた。
激痛が走ったが、マックオートは黙らない。
「ジーニアスなんてものは最初からなかった。偶像だった。
今の俺は歩いたら迷うし、剣を振っても敵を倒せない。何も守れない。」
もう一本、矢が放たれた。今度はマックオートの左肩を貫き、反対側から飛び出した。
「だから俺は考えたんだ。自分はなにをしたいのか、なにをするべきなのかを・・・
今の自分が、何もできない自分が、何かできないかを・・・」
ステンドグラスの前で悲惨な過去を打ち明けてくれたソラが脳裏に写った。
その時のソラは輝いていた。
「だから俺は、少しでもいい。たった少しでもいいから、君の増悪を受け取りたいと思う。」
マックオートは両腕を広げた。この行為はソラを激怒させるのに十分だった。
「黙れ!黙れ黙れ黙れぇぇぇぇ!!」
無数の矢が放たれ、そのことごとくがマックオートに突き刺さった。
腹に、胸に、肩に、腕に、足に・・・
「お前なんかに何が分かる!お前なんかに!!」
矢の応酬は止まらなかった。その一本一本がマックオートの体を打ち砕き、破壊しつくしていく。
マックオートの体中から死の危険を知らせる激痛が走ったが、すぐに消えた。
それすらもできなくなったからである。
ソラの増悪を取り出す。それすらもマックオートの果てしない傲慢の一つなのかもしれない。
しかし、自分の意志でここまでたどり着いたマックオートには不思議な安心があった。
「ソラ・・・」
”君のことが好きだ”と続けようとした言葉は、途中で果てた。マックオートはついに倒れた。
暗くなる視界・・・遠ざかる意識・・・・
今までなら、ここでジーニアスが現れて奇跡を起こしてくれるだろう。
しかし、ジーニアスは来ない。
マックオートはそれがたまらなくうれしかった。
体は動かず、声も出ず、何もかもできなくなる前に、最後の行動を起こした。
マックオートは涙を流した。
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戦いの果てのマックオート
HP76/知4/技5
・恐れ/0/750/103 炎熱
・迷い/0/750/102 凍結
・不安/500/0/103 防御無視
・平安/750/0/103 回復
プラン
01.ソラの増悪を受け取る。
02.さもなくば、生きている意味なんかない。
マックオートは不思議な浮遊感の中にいた。
恐怖と混乱で満ちたリリオットの街がどんどん遠ざかり、自分は高くあげられていく。
きっと死んだ時はこんな気分なのだろう、とマックオートは思った。
自分は死んだと感じたのはその直後だった。
周りには色んな人が漂っていた。きっと彼らも死んだのだろう。
コツン、
頭に何かがぶつかった。銅貨だった。
コツン、
また銅貨がぶつかった。なんだか癒されていく気分がした。
コツン、
ぶつかる度に体に刺さった矢が光になって消えていく。
マックオートは今の気持ちを言葉にしようと考えたが、できなかった。
最後に、1枚の銀貨が降ってきた。
『あなたは幸せものね』
女性の声が聞こえた。
すると突然、世界が震えるほどの叫び声が聞こえてきた。
声の方に振り向くと、見覚えのある大男が大量の手につっぱられ、押し出されていた。
最後の強いつっぱりが大男を弾き飛ばし、マックオートめがけて飛んできた。
そのまま激突し、街に落下していく。
「目を覚ましてよぉ……この大馬鹿やろぉ……。お前なんか英雄失格だよぉ……女の子にプレゼントを贈るところからやり直しだよぉ……」
かすかに女性の声が聞こえた。さっきの人とは別の人だ。唇に感触を覚えた。
「ねえ……マックオートぉ!!」
また聞こえた。今度はハッキリと。ソラだ。
***
目を開けると、ソラが泣いていた。
倒れたマックオートの目の前で、マックオートのために泣いていた。
マックオートは全身の機能を確かめた。体中に矢が刺さっている。
しかし、右腕だけは一本しか刺さっていない。角度を考えれば、いける。
右腕を動かしたいと願った。それは願いどおりになった。
涙を流して震えるソラを右腕でそっと抱きしめると、ソラの動きは止まった。
声はどうだろうか。声は出せる。
「どんな動物が好き?猫とか、うさぎとか・・・
木を削って、好きな動物の形にしてあげるよ。それをプレゼントにする。」
ソラは何も言わない。
「高価でキラキラした指輪の方がいいかな・・・?」
ソラはまた泣きだしてしまった。
「おとーさん!」
とある街のとある工房で、黒髪の少女が父親の元に駆け寄った。
「ヒヨリー、ちょうどいい時に来た。」
ヒヨリは、マックオートが工房を始めてまもなくして生まれた一人目の子供である。名前は妻がつけた。
「ステンドグラスの原画が3パターンほどできたんだ。お母さんを呼んできてくれ。」
「はーい!」
劇団によるテロは英雄達の活躍によって打ち砕かれた。
その後、マックオートは結婚した。教会で行われた結婚式は盛大だった。かつて共に戦った黒髪の少女から
空色のストラップシューズをもらったのをまだ覚えている。
結婚後はしばらくは傭兵稼業を続けたが、テロでステンドグラスが砕けたヘレン教会のために
ガラス工房を始めることにした。いろいろなガラス細工を造ってノウハウを学び、いよいよ本題。といった所だ。
数ヶ月前に二人目の子供が生まれた。ヒヨリと同じ、女の子だった。やはり名前は妻がつけた。
とてもえぬえむっとした響きの名前だ。よく妻の耳をボフボフと叩く。愛おしい。
「あの時の記憶だけで再現したんだけど、どうかな?個人的に3番目がいいんじゃないかと・・・」
「3番目って、私の顔じゃない?もうっ」
「はははは、君の美貌はヘレンもびっくりだよ。」
「2番目がいいわね、2番目。」
「やっぱり3番目が・・・」
「2番目」
「はい。」
マックオートの妻は美人だった。美人なだけではなく、世界で一番の妻といえる確信があった。
「・・・なぁ、」
「何?」
「あの日、時計塔で俺が何かを言いかけて途切れたのを覚えてる?」
「・・・」
「あの時は”ソラ、君のことが好きだ。”って言いたかったんだよ。」
そう言うとマックオートは妻に口付けをした。
「もう・・・」
妻は照れた様子だった。
二人は新婚旅行で訪れた街で「願いを込めて硬貨を投げると叶う噴水」というのを見つけた。
硬貨を投げようかと考えたが、投げなかった。
しかし、二人に願いが無いわけではない。
*男の子なら幸せものに、女の子なら幸せものに
それが二人の願いだった。
おしまい
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